1987年の『FZ750P』(以下「FZ」)以来、国内外向けのポリスバイク開発を手掛けているのが、ヤマハモーターエンジニアリング。2013年よりヤマハ『FJR1300』をベースとした『FJR1300AP』(以下「FJR」)が、日本の警察で白バイとして使われている。今回はこの白バイ仕様のFJR開発責任者である嶋義則氏(ヤマハモーターエンジニアリング 車両開発部)をはじめ、エンジニアに話を聞いた。
◆白バイと市販バイクは何が違う?
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そもそも白バイは、一般に購入することができるバイクと何が違うのだろうか。
日本の場合まず見てわかるのが、赤色灯のほかに緊急走行時に鳴らすサイレンと音声放送用のスピーカーを車体の左右にそれぞれ備えているほか、速度違反車両を取り締まるための専用の速度計を装備していること。
そしてシートは一人乗り用で後部座席はなく、そこには書類を収める箱があり、大きいパニアケースも欠かせない。こういった装備はFJRやFZだけでなく、他社の白バイを見てもほぼ同じだから、この辺りはレギュレーションとして決まっているのかもしれない。
バイク好きとして気になるのは、エンジンの出力特性やギヤ比などが専用となっているのかという点だ。白バイ仕様のFJRの開発責任者、嶋氏によると「違いはありません。異なるのはハンドルの高さで、ライザーを上げて30mm高くなっています」とのこと。
ベース車両となるFJRにはTCS(トラクション・コントロール・システム)やD-MODE(走行モード切替システム)、アシスト&スリッパー(A&S)クラッチも搭載されているが、そういった装備も同じだという。ミラーの大きさや形状も変更はなく、白バイだからといって特にハイパワーにチューニングされたりといった大きな違いはないようだ。
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ただし、細かいところが若干異なる。クルーズコントロールシステムの設定速度が、市販車では3速以上で約50km/hからセット可能だが、嶋氏によるとFJRでは「約15km/hから使える」という。駅伝やマラソンの先導、パレードなどでの使い勝手を考慮しての機能である。なるほど!
小杉圭氏(同・事業開発部)は、「シートは白バイ専用で、メーターを操作するためのスイッチまわりも異なります。それと違反車両の速度を印刷するためのプリンターも備わっています」と教えてくれた。
また、ウインドスクリーンは欧州ではハイスクリーンを採用しているが、国内仕様では一般のFJRと同じ。サイドケースもワイズギアの純正オプションと形状等は同一ながら、リッド(フタの部分)が開く角度がじつは少しだけ違う。これは様々な書類が落ちないようにするためだとか。
バンパーはオプションでの発売はなく、もちろん赤色灯は法規で許可車両のみが搭載できると決まっているから、我々が真似て装着することはできないのは、言うまでもない。
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◆サイレンやスピーカーに「ヤマハ」の音響技術
白バイならではの装備といえば、サイレンやスピーカーといった音の出る装置だが、車両開発部の鈴木道之氏は、こう教えてくれた。
「規定のデシベル値があり、それ以上の音量が出るようになっています。そこはこだわったところで、しっかり音が届くようにサイレンやスピーカーを開発し、形状面などデザインと機能の両立を実現しました。企画段階から楽器部門にシミュレーションを手伝ってもらって、一緒に作りこんだ経緯があります」
さすがはヤマハ。楽器メーカーを兄弟会社に持つという強みが、こうしたところにも活かされているのだ。もちろん警光灯にもまた、サイレンやスピーカーと同じように要求される性能(たとえば遠方からでも視認できる高輝度であることなど)があり、そうした要件をすべてクリアしている。
そして最近の白バイを見て気付くのが、昔のような回転灯ではなく、LEDを点滅させていることだ。国内仕様のFJRでは「品格のあるトリプルフラッシュで光るよう統一されています」と小杉氏は言う。警光灯は国によってさまざまで、日本の場合はご承知の通り警察車両は赤色灯。海外では青が多い。
◆海外向け白バイの実績
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ところで、なぜヤマハの白バイが選ばれているのか。警察車両の導入は入札形式でおこなわれるが、海外での実績が強みだったと思われる。
欧州向けFJRの開発に2006年から携わってきた鈴木氏はこう言う。
「(欧州向けに)最初は市販車と同じ仕様のサスペンションセッティングで納入していましたが、要望に応えて年々少しずつ熟成してきました。ヨーロッパですと高速走行も多く速度域が異なりますし、走行距離も長くなる傾向があります。100km先へ一気に移動なんていう使われ方をしますので、足まわりもやはり耐荷重性は上げる方向性です」
シートも長時間走行を考慮し、快適性を向上した専用のものを採用。国内仕様もこれに準じているのだ。
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国によっては、交差点などで白バイの警光灯を点けたままエンジンを停止し、警察官が交通整備や警戒態勢をとることもある。そういう使われ方をする場合には「補助バッテリーを積んでいます」(嶋氏)という。大きな無線機を積むケースなども同様とのことだ。
どんなに過酷な使われ方をしても、故障があってはならないのが白バイ用車両。納入したすべての車両が同じように走行を重ね、個体差は許されないし、そういう意味では社を代表する製品とも言える。嶋氏は、次のように述べた。
「もちろんホビーユースにも、故障は決してあってはなりません。そこに我々は差をつけていませんが、万一トラブルがありますと、その日の業務ができなくなってしまいますから、次元のまた異なるプレッシャーが絶えずあります」
◆子どもの憧れでありたい。そう願う白バイ隊員のために
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白バイ隊員たちからの意見や要望は、開発にもフィードバックされているそうだ。ヤマハ開発陣が強く印象に残っていると話したのは、隊員らが周囲の目を強く意識しているということだという。
「(白バイ隊員は)子どもたちに憧れを抱いてもらえるような姿、格好、振る舞いでないとならないと言うのです」(嶋氏)
だからこそ、白バイはカッコよくなければならない。そういった意見からFJRでは、車体こそベース車と変わらないがスタイル面に手を加えた。鈴木氏はこう振り返る。
「昔ながらの丸いサイレンを当初は付けていたのですが、せっかくのFJRの最新フォルムですから、それに似合うようにと専用のスタイリッシュなものを作り直しました。他にもリヤポールに備わる警光灯も、新型はLEDで再設計し、流線型のデザインとしているのです」
また、国内向けFJRの車体色には、ヨーロッパで使われているホワイトを採用している。まさに“正義の味方”のイメージふさわしい爽やかで清涼感のある白だ。そして車体色の白とガード類の黒がコントラストを明確にし、精悍なイメージに見せている。これも開発陣のこだわりだという。性能や機能はもちろん、白バイでもスタイリッシュさを追求するあたりは、さすがヤマハ!といったところだろう。