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【社説】

週のはじめに考える 選挙をハックするもの

 今月は米国で中間選挙がありましたが、選挙といえば、民主主義の土台。でも、そうなっていない場合もあります。選挙がゆがめられているからです。

 そう書いて真っ先に思い出したのは、普通の選挙ではないのですが、イラク戦争数カ月前の二〇〇二年秋にあったサダム・フセイン大統領の信任投票。現地で取材しておりました。大統領に次ぐ権力者のイブラヒム革命指導評議会副議長が世界中から集まったメディアを前に結果を発表します。

 「信任、100%!」

 ジョークか、と思いました。

◆ロシアの選挙「介入」疑惑

 ゆがめられた、という証拠はありませんが、まあ、その、普通に考えれば…。確か、エジプトの新聞のコラムがこんなふうにからかっていたと記憶します。

 「サダムは、さすがだ。アラー(神)だって、100%はとれない。仏教徒とか無神論者とかもいるんだから」

 最近なら、与党が100%議席を占めたカンボジア国会議員選挙も驚きでした。ロシアのプーチン大統領も今春、76%余の得票率で四選。まあ控えめかもしれませんね、二桁ですから。

 わが国でも、「出陣式で現金入りの餅をまく」みたいな、あられもない手法で選挙がゆがめられた時代が。いや、今でも買収などの摘発は時々ありますね。

 しかし、です。この手の「ゆがめられ方」など、米国の一件と比べれば牧歌的にさえ思えてきます。何せ、二年前の米大統領選に、ロシア政府が「介入」していたというのですから。

 トランプ氏の対立候補だったクリントン氏の陣営にサイバー攻撃をしかけ、不利な情報を流出させたりしたのだといいます。トランプ陣営との共謀が強く疑われ、捜査が進んでいます。

◆中間選挙と有権者の不信

 そのいわく付き大統領選から二年たって行われたのが、今月の中間選挙です。荒れ狂うトランプ台風の進路に関わるとあって世界が注視しました。結果は、上院で共和党が多数を維持した一方、下院は民主党が多数を奪還しました。その分析は措(お)いて、話を中間選挙直前に戻します。

 今月五日付のニューヨーク・タイムズ紙(国際版)。一面の記事に一瞬ぎょっとしました。

 「中間選挙が迫る中、一つの不穏な疑問が首をもたげる。この選挙はハック(hack)されるのか? 答えは…イエス。この選挙は既にハックされている」

 hackは、コンピューターのハッキングというときのハック。ゆがめられている、不正に干渉・操作されている、といったニュアンスでしょうか。またロシア? いや、記事はこう続きます。「この選挙は既にハックされている…たとえ、ニセ情報の拡散のために新たなルーブル(ロシアの通貨)が使われていなかったとしても」

 どうして、それでも、「既にハックされている」のか? 筆者の大学准教授は「選挙の正統性は、有権者がその選挙は公正だ、と認めているかどうかにかかっているが」と前置きし、最近の世論調査によれば「有権者の46%は投票が公正にカウントされるとは考えておらず、ほぼ三分の一は、他国によって結果が歪曲(わいきょく)されそうだと考えている」と指摘。「この不信は投票意欲をくじく要因。自分の票がまともに扱われないと考える時、どうして投票に行く?」と。

 即(すなわ)ち、問題の核心は人々に植え付けられた不信であり、それによって、民主主義の土台である選挙がハックされている、ゆがめられているというのです。

 幸運にも、わが国の選挙が他国に「ハック」された例は聞きませんが、不信の種なら、故意かと思うほど多くばらまかれています。

 強権的な政権運営、解明されないままの首相がらみの疑惑、事故の教訓をないがしろにする原発政策、エラー続きでも居座る閣僚、一向に対抗軸を打ち出せぬ野党…。これらは有権者の政治不信を育み、投票意欲をくじく。その意味では、わが国でも、政治の現状によって「選挙は既にハックされている」のかもしれません。

◆「古い悪魔」を眠らせよ

 しかし、それに抗(あらが)うのでなく、投票しても無駄というあきらめや無関心に陥るのはすこぶる危険です。その方がやりやすいと思う権力者がいれば、彼を利するだけでしょう。極端な話、あの記事も言うように「独裁出現の手助けになる」かもしれないのです。

 今、世界を見渡せば、単純化した“解決策”で大衆を誘導するポピュリズムや、それと近縁性の高いナショナリズムの台頭が目につきます。それを「古い悪魔が再び目を覚ましつつある」と表現したのはマクロン仏大統領。あきらめや無関心が広がれば、悪魔に手を貸すことにつながるでしょう。

 

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