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【社説】

「働く」って何だろう 誰かの役に立つ喜び

 人手を安く埋めるだけのような外国人就労。経営者目線の働き方改革。障害者雇用の水増し…働く意味がかつてなく問われている。きょう、勤労感謝の日。

 「ただ目の前に並べられた仕事を手際よくこなしてく」-。

 人気グループ、ミスター・チルドレン(Mr.Children)の『彩り』という曲の歌い出しだ。

 自動車組立工場の夜勤で、朝まで単純作業を続ける従業員。やるせなさを感じながらも、小さなやりがいを持って働く姿を明るい曲調で描写した。高校の「倫理」の資料集(教科書の副教材)で青年の生き方を考える章に紹介されたこともある。

◆働く人たちの思い代弁

 歌の続きはこんな内容だ。

 自分の単純作業ででき上がった物が、どこかで誰かの幸せに役立っているかもしれない。そんな些細(ささい)なことをやりがいにして、モノクロのような毎日を彩ろう-。

 作詞作曲した桜井和寿さん(ボーカル)は曲を作るきっかけについて、かつて語ったことがある。

 一緒にサーフィンに行った友人が夕方、一足先に帰るという。工場の夜勤のためだった。まとまった休みも取りにくいのに、それでも淡々と働いている。

 そんな友人の姿に「自動車を組み立てる作業だって、まわり回って大事な仕事だよ」-ふと思いついたメッセージを込めた。

 桜井さんは、はやりの言葉でいえば、言動が社会的に大きな影響力を持つインフルエンサー。いわば成功した人だ。そうした人間が、必ずしもそうではない人たちの思いをすくい取り、代弁したことが共感を呼んだ。

 見方を変えれば、この国の経営者や権力を持つ人たちのどれほどが、真面目に働く人たちのやりがいや尊厳に心を砕いてきたか。

 ひたすら安い労働力の置き換えに没頭し、派遣労働やフリーランスの業務請負、外国人実習生らを拡大させようとしてはいないか。

◆中央省庁の罪深い行為

 誰かの役に立つことは仕事のやりがいであり、生きがいになる。人間にとって幸せを追い求める本能的行為といわれる。

 それは障害者も同じ。中央省庁などで発覚した障害者雇用の水増しは、障害者の幸せを得る機会を奪ったという点で罪深い。

 対照的に、障害者雇用に積極的に取り組む中小企業を紹介した記事がある。中日本高速道路から広報研修で中日新聞記者を経験する中村玲菜さんがまとめたものだ(同紙10月4日付地域経済面)。

 愛知県豊明市のリサイクル業「中西」では、知的障害の従業員がベルトコンベヤーの前でガラス瓶など資源ごみを仕分ける。

 <「真面目にこつこつ」が求められる作業には向いている。集中を切らさず、反復作業に当たってもらえる>

 健常者の集中力が続かない作業も黙々とこなす。適材適所で活躍できるということだ。

 もちろん成功ばかりではない。

 <(別の企業で)金曜には完璧にできた作業が、月曜になると手順が分からなくなることも>

 サポートは根気がいるが、職場に一体感が生まれるメリットもあると、記事はつづっている。

 ではなぜ障害者雇用を率先する立場の中央省庁は誤ったか。「雇ったことにできるなら、ごまかしてもいいか」といったものだったろう。ある省庁で「任せられる仕事が少ない」との声を聞いた。そのままで任せられない仕事なら段取りや仕組みを工夫する-そういう発想もなかった。

 政府が働き方改革で強調するのは、生産性向上という尺度だ。教えるのに時間がかかる障害者雇用と相いれないし、手間暇かけていい物をこしらえる日本のモノづくりの伝統とも親和しない概念だ。

 京都に一澤信三郎帆布という根強い人気を誇る老舗かばん店がある。一点一点職人が手作りし、修理を受け、長く使い続けるかばんを提供する。京都の店でしか売らない。「目の届く範囲、責任を取れる形で売る」からだ。

 そんな店の姿勢を在京テレビ局の人気番組が五月に放送した。爆発的に客足が増え、かばんは瞬く間に品薄に陥った。注文は受け付けるが入荷まで三カ月待ちだ。

◆利益優先より大切な事

 もうけを考えれば、七十人いる職人に残業を求め、人数を増やすだろう。だが、そうはしない。

 一澤信三郎社長は平然として言う。「世間は利益率やら投資効果、利便性のことばかり。だが暮らしに何十年と役立つものは、そんなものからは生まれまへん。だから、とことん時代に遅れ続けような、って言うてんです」

 職人の生活を守り、品質を守り、いいものを作り続ける。それが使う人の役に立つ。

 働くとはつまり、人をつなぎ、人を守るものではないでしょうか。

 

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