ノーベル賞ウイークが五日から始まります。十日の授賞式では本庶佑・京大特別教授が医学生理学賞を受賞。自然科学系で日本人は二十三人となります。
本庶さんをはじめ、受賞者が基礎科学の大切さを話すことが多くなっています。言うだけではありません。本庶さんは賞金などを元にして京大に基金を創設するつもりです。
二年前に受賞した大隅良典東工大栄誉教授はノーベル賞の賞金など一億円を出して大隅基礎科学創成財団を設立。基礎研究の助成をしています。
◆ウイスキーの空き瓶
来年三月から財団の助成を受ける木村洋子静岡大農学部教授の研究室を訪ねました。木村さんは大隅さんと同じように酵母を使った研究をしています。
研究室には現在、学生が三人、大学院生が四人所属しています。木村さんは文科省の科学研究費補助金(科研費)の申請が採択されず困っていたそうです。というのも、研究や学生の教育用に大学から受け取るお金は年間六十三万円。一方、電気代だけで二十五万円。高性能の顕微鏡使用料や実験装置の修理費、試薬などの消耗品…。削れない支出が多く、助成金がなければ赤字です。
棚に並んだ実験用のガラス器具の中には百円ショップで買った物もありました。ウイスキーの空き瓶も。高価な器具の代替品です。
試薬の瓶には値段を書いた紙が貼ってあり、節約を呼び掛けているようでした。そんなに研究費に苦労しているのに、木村さんは何度も「学生は失敗するもの」と言いました。学生や院生を育てるのには、やってみせ、させてみなければなりません。それが務め、と考えているようでした。
科研費は国内の多くの研究者を支える研究費です。二〇一一年度の総額約二千六百億円がピークで、昨年度は二千三百億円弱でした。採択率は昨年度で25%。研究者はよく「科研費に当たる」と言います。まるで宝くじです。
木村さんは研究の意義を「生物に関する新しい知見や発見を積み重ねて、生物学の大きな辞書を作っていく営み。基礎研究の特徴は、その結果を誰もが利用できること」と教えてくれました。
辞書がないと詩や小説が書けないように、基礎研究がなければ応用といった成果は生まれません。違いは、辞書から小説は生まれませんが、基礎研究は辞書の一項目になるだけでなく、時には大きく花開くことです。
◆受賞は日本か米国か
日本人初の湯川秀樹博士は一九四九年、米コロンビア大学客員教授の時に受賞、翌年、同大教授となっています。
江崎玲於奈博士(物理学賞)は米IBMの主任研究員時代、利根川進博士(医学生理学賞)は米マサチューセッツ工科大教授の時でした。最近でも、物理学の南部陽一郎博士と中村修二博士、化学の下村脩博士と根岸英一博士が米国への頭脳流出でした。
大学などの研究環境が十分でなかった時代に優秀な研究者が海外に出たのは、仕方のないことだったといえるでしょう。
政府は近年、集中と選択といって、研究費の配分方法を変えています。選択の基準は「役に立つ」が大きいように見えます。大学改革にも熱心です。しかし、世界の大学ランキングで日本の評価は芳しくなく、論文発表数も伸び悩んでいます。
研究環境の悪化、とあえて言います。その影響がいろいろな所に現れています。
偏差値が高い受験生は多くが医学部に進学。大学院博士課程の学生も、海外に出て行く学生も減少しています。
若者も、その親も、安定を望む時代です。理系なら医師になるのが高収入への道です。博士課程に進むと企業はあまり採用してくれません。海外に行くと、国内でポストを得にくくなり、そのポストも任期制という非正規が大半です。頭脳流出は何も、海外に出ることだけではありません。
◆違いが分かる研究者
木村さんの研究室からはまだ、博士課程へ進んだ若者はいません。飽きずに顕微鏡を見て、微妙な違いに気付くという才能を持った学生がいました。大隅さんを思い出させます。大隅さんは顕微鏡で長時間、観察してオートファジー(自食作用)という現象を見つけました。第二の大隅になったかもしれない若者が、大学を去っていくのです。大学改革は大学を魅力あるものにするべきです。
十二月はノーベル賞ウイークで、日本人の受賞を祝う。二十一世紀になって、それが師走風景の一つになっています。平成が終わっても、続いてほしいものです。
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