もしもシャルティア・ブラッドフォールンがポンコツでなかったら……【完結】 作:善太夫
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エ・ランテルの冒険者協会にやって来た『深紅と漆黒』のシャルは扉の外に声をかけた。
戸惑いを隠せない様子で入ってきたのは漆黒のフルアーマーにバルディッシュを片手にした戦士だった。漆黒の鎧が描く艶やかな曲線は戦士が女性である事を示していた。
彼女がフルヘルムを脱ぐと、中から美しく艶やかな長い黒髪と美しい顔があらわれた。
深紅のフルアーマーを着たシャルが『美少女』であるならば、その漆黒の女性は『美女』という呼称が相応しかった。たとえ彼女の頭に二本の角が生えていて瞳の色が金色であっても、その美しさを損ねることはなかった。
「アル──。さっさと登録を済ませてしまうでありんす」
アルと呼ばれた女は受付の席に座る。そして用紙を眺めて困った顔をする。
「……どうしたらよいかしら。わたくし、王国の文字が読めなかったわ……」
アルに振り返られてシャルがアルベドをどかして代わりに座る。
「……仕方ありんせん。わら──コホン。私が代筆してしんしょう」
シャルは手早く用紙に書きこむと受付嬢に渡す。一瞥した受付嬢は何か言いかけるがシャルが人差し指でその口をふさいだ。
「……さっさと登録を済ませるでありんす。彼女はアダマンタイト級冒険者チーム『深紅と漆黒』の新しいメンバーでありんす」
かくしてエ・ランテル唯一のアダマンタイト級冒険者チーム『深紅と漆黒』に新しいメンバーが加わったのであった。
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「シャああルうう! お前はアア!」
冒険者組合に『大口ゴリラ』の絶叫が響きわたった。
受付嬢は泣きそうになる。
「困ったでありんすな。そんなに嫌なら自分で登録しなんし。私に頼むならば『大口ゴリラ』になるでありんす」
シャルはニヤリと笑った。
「──それとも『剛毛●●●』とか『ボーボー●●』の方が良かったでありんす?」
アル──大口ゴリラはギリギリと歯軋りをするがどうする事も出来なかった。
とはいえ、正式な登録名は『大口ゴリラ』となったが普段の呼び名はアルベドからとった『アルベ』を使う事になった。『アル』でなく『アルベ』にしたのは『シャル』と語感が似ていて間違えやすそうだから、である。
ともあれ事情によりアインズが抜けた穴埋めにアルベドが参加する事になった。
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“深紅と漆黒”のシャルとアルベに名指しの依頼がきた。なんでも地方の貴族の若者の成人の儀に同行して欲しいとの内容だった。
「はじめまして。私はトーケル・カラン・デイル・ビョルケンヘイム。是非トーケルとお呼び頂きたい」
「私は従者のアンドレです。この度はトーケル坊ちゃんの依頼を引き受けて頂きありがとうございます」
主従が深々とお辞儀をする。
「わら──私がシャル。そしてこちらが大口──」
「アルベよ」
アルベはシャルを遮って叫んだ。
「……ええっと……漆黒はたしかモモンという男性でしたよね?」
アンドレが恐る恐る尋ねた。
「モモン様、よ! おそれ多くもモモン様のお名前を呼び捨てるなど……二度としない事ね。でないとわたくしのバルディッシュの露となってもらうわ」
「……………ハイ」
アンドレは萎縮しながら恐る恐る尋ねた。
「……あの……モモン様は今日はおいでになられないのでありますか?」
「モモン様はお忙しいので今回の依頼はこの私、シャルとこちらの大口──コホン。アルベの二人で受けるでありんす」
次の瞬間、トーケルが叫んだ。
「シャルさん! 一目ぼれです! 結婚して下さい!」
「──な!?」
アルベが漆黒のフルヘルムを脱ぎながら笑う。
「シャあルうぅ。結婚してあげなさい。わたくし、祝福してあげるわよ」
シャルに求婚したばかりのトーケルは──
「アルベさん! 一目ぼれです! 結婚して下さい!」
「トーケル坊ちゃんんん!」
アンドレの叫びがむなしく響く。と、トーケルのアゴに見事に二人のアッパーカットが炸裂した。
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「トーケル。さっさとしなしんし。置いていくでありんす」
「全く使えないわ。荷物運びも満足に出来ないのかしら」
“深紅と漆黒”の二人の馬から遥かに遅れて荷物を満載した馬をひくトーケル主従の姿があった。
怒り狂う二人に土下座をしてなんとか依頼を受けてもらい、一行はトブの森を北上していた。
トーケルの家、ビョルケンヘイム家では跡継ぎの若者は成人の儀としてモンスター退治をする習わしがあった。そしてその為に護衛を兼ねて冒険者を雇う必要があったのだった。
“深紅と漆黒”に名指しの依頼をしたのは街中で聞いた深紅のシャルの美貌の噂に心を動かされての事だったが……
「坊ちゃん……あの二人が共にモモン様の妻、なんて本当でしょうかね?」
「知るか。……しかし二人とも実に美しいものだな。シャルさんは美少女といった所だし、アルベさんはまさに美女だ。しかも二人ともスタイルが抜群だな。ああ。あの二人のどちらかでも我が妻に出来るならば悪魔とでも取引するぞ」
トーケルの言葉にアンドレは色をなした。
「トーケル坊ちゃん……めったな事は言わない事です。噂ではローブル聖王国のあたりでは強大な悪魔が暴れているらしいです。本当に悪魔が来たらどうするんです?」
主従は口を閉じた。はるか前方ではシャルとアルベが馬を止めてこちらをうかがっている。
「はやくしなしんし。遅くならないうちに片付けてしまうでありんす」
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トーケル主従がようやく二人に追い付くとシャルもアルベも武器を構えていた。
「どうやらお出ましのようでありんすな」
「……バジリスクかしら? かなり大きいわ」
いつの間にか取り出したのか書物をめくっていたシャルが叫んだ。
「あったでありんす。ギカントバジリスクでありんす。ま、大した敵ではないでありんすな」
「そうね。じゃあわたくしがある程度虫の息にしてしまうからトーケルにとどめを刺させる、というのでよいかしら?」
トーケルは足をがくがくさせていた。
「シャルさん! アルベさん! ギカントバジリスクです! 逃げましょう! 私たちだけでは勝てっこありません!」
アンドレは叫ぶが二人は気にしない様子でたんたんと準備する。
「トーケル……本当に使えないでありんすな。仕方ありんせん。私がトーケルの足をつかんで武器がわりにギカントバジリスクのとどめをさすしかありんせんな。トーケル、しっかり剣を握っているでありんす」
二人とトーケルは迫り来るギカントバジリスクに向かっていった。
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今でもこうして昨日のように思い出す。そして孫たちは必ず目を丸くして私の話に夢中になる。
誰が信じてくれるだろうか? この私、トーケル・カラン・デイル・ビョルケンヘイムがかつて成人の儀でギカントバジリスクを葬った事を。
そしていまでも胸を熱くするのだ。あまりにも美しい銀色の髪の美少女と黒髪の美女の姿を。
そしてビョルケンヘイムを継ぐ者に伝説として語り継がれていくだろう。“深紅と漆黒”の名と共に。