骸骨魔王のちょこっとした蹂躙   作:コトリュウ
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第24話 「景観魔王」

 

 ナザリック地下大墳墓第四階層守護者、“ガルガンチュア”。

 自立意思を持たない動像(ゴーレム)にして、拠点防衛には用いることのできない攻城戦専用兵器。

 心臓部には世界級(ワールドアイテム)アイテム“熱素石(カロリックストーン)”が設置されており、個体の戦闘能力としてはユグドラシルの上位レイドボスに匹敵する。

 ただ、元世界級(ワールド)エネミーである“ルベド”とイイ勝負をする能力も、誰かの指示がなければ揮えない。

 臨機応変の対応など夢のまた夢だ。

 ユグドラシル時代なら、物語に登場するようなぎこちない動きを踏襲している“動像(ゴーレム)用AI”という産廃もあったのだが、この異世界では完全命令受諾式であり、誰かの指示通りに動くだけだ。迎撃機能も、あらかじめ決められた通りに動くだけの中途半端なものとなる。

 もっとも、拠点防衛には使用できないのだが……。

 

 そんなガルガンチュアは今、風を切って緑の大地を歩いている。

 雲の少ない晴れやかな青空。

 太陽はちょうど真上まできている。

 動像(ゴーレム)に心があるのであれば、両手を上げ、背筋を伸ばし、「んんん~」と妙な声を漏らしながら運動不足の身体を弛緩させていたのかもしれない。

 

「ふむ、意思伝達がスムーズだな。思考した通りに動くようだ。頭を揺らさずに歩かせることも問題ない。この程度の指示であれば、人形遣いである必要はない……か」

 

 ガルガンチュアの頭の上に設置された骨の玉座に座っているのは、大魔王モモンガだ。その両隣にはアルベドとシャルティアがしなだれかかっており、膝の上には『生まれたばかりの赤子』かと思える天使のヴィクティム、背後にはセバスと三名の戦闘メイドが直立不動で控えていた。

 ちなみに、骨の玉座は一時帰還していたデミウルゴスの献上品だ。

 選びに選び抜いたスレイン牧場産の骨で出来ているらしいのだが、ちょっと目を凝らせば怨嗟の悲鳴を上げている人種の亡霊が見えそうで、同族は直視できないだろう。

 無論、骸骨魔王様から見れば中々の逸品であったりもする。

 だからこそ魔王の玉座として、遠出の御供に持ってきたのだ。

 

「改めて見てみると、自然とは美しいものだな。遠くに見える山脈の雄大さも悪くない」

 

「あの辺りには霜の竜(フロスト・ドラゴン)霜の巨人(フロスト・ジャイアント)が縄張りを持っているそうですわ」

 

「いい素材になりそうでありんすねぇ。モモンガ様と狩りに興じられんしたなら、大変光栄でありんすえ」

 

 竜狩り(ドラゴンハント)とは面白そうだ、いずれ遊びに行ってみよう――と膝上の赤子を撫でつつ、魔王は更に視線を傾ける。

 

「平地には人間どもの村や町か……。ああ、動かなくともよい。今回は遠出する散歩、遠足にきているだけだからな。足下で蠢いている人間を排除する必要はない」

 

「はっ、かしこまりました、モモンガ様」

 

 モモンガが片手を上げて止めたのは――『主が不快に感じたのかもしれない』と察し、ガルガンチュアから降りて逃げ惑っている人間どもを叩き潰そうとしていた――セバス及び戦闘メイド(プレアデス)たちだ。

 まぁセバスに関しては、昏倒させる程度に留めるつもりだったのかもしれないが、その他の者については容赦しないだろうから大地が血に染まったに違いない。

 せっかく動きの遅いガルガンチュアに踏まれなかったというのに、待っているのが大虐殺とは皮肉な話だ。

 止めてくれた魔王様に感謝するべきである。

 

「王国を蹂躙した後は帝国なのだからな。先に獲物を減らしてしまっては興醒めだ。楽しみは後にとっておくとしよう」

 

「流石はモモンガ様。帝国の人間どもはモモンガ様の御慈悲に咽び泣くことでしょう」

「帝国侵攻の際はわらわに御命じ下さいまし。一人残らず眷属にしてみせんしょう」

 

 帝国の人口がどの程度なのかは知らないが、その全てを吸血鬼の眷属にするなど狂気の沙汰としか思えない。

 だけど、やるのだろう。

 シャルティアとその配下たちならやりきるはずだ。

 出来上がるのが、下位吸血鬼(レッサーヴァンパイア)だらけのちょっとどう扱えばいいのか分からないアンデッド国家になるとして、さぁどうする?

 少しだけ想像してしまったモモンガは、『手間の割に大して面白くもなさそうだ』と断じ、シャルティアの鼻をピンとはねる。

 

「ひぐっ?!」

 

「却下だ。人間の死体を使うのなら、中位アンデッドを量産する方が効果的だ。それに素材や食料としても使い道はあるしな。やはり繁殖させて継続的に活用すべき家畜――なのだろうなぁ」

 

 ってこいつら聴いてないな、と魔王が視線を向ける先には、骨玉座の肘置きに倒れ込んでビクンビクンしている吸血鬼。そして、己の鼻を突き出して『早くお仕置きしてください』と言わんばかりの守護者統括が微笑んでいた。

 

「やれやれ、遠足とはこんなモノだったか?」

 

 なにか違うような――と首を傾げつつ、田舎出の成金が血統書付きの猫でも可愛がるかのようにヴィクティムを撫でながら、大魔王は遠くを見つめる。

 

「そろそろ帝国の出し物があってもよい頃合いだが……。さぁ、どんなサプライズでもてなしてくれるのだろうなぁ?」

 

 遠くに見えてきたのは帝都“アーウィンタール”である。

 高く分厚い防壁に囲まれた美しい巨大都市。人類が拠点とする都市の中でも、最高峰の機能を備えた見事な首都であると言えよう。

 トブの大森林や南方の亜人国家から遠征軍が押し寄せてきたとしても、十分に対抗できる防備を備えているに違いない。

 ただ、巨大な動像(ゴーレム)に対してはどうなのだろう?

 加えて大魔王への対策などはあるのだろうか?

 その魔王が世界を滅ぼすことのできる“白い悪魔”や“真祖(トゥルー・ヴァンパイア)”、“竜人”を連れているとしたら?

 人類に何が出来るのだろう?

 

「モモンガ様、歓迎の準備は整っているようですわ」

 

 もちろん(モモンガ様を受け入れる)私の準備も整っておりますが、と余計なひと言を忘れないアルベドの言葉通り、帝都の前面数キロは騒がしくなっていた。

 所々を鉄板で補強してある木製の投石器が十数台。鉄矢を撃ち出せるバリスタなどの遠距離用固定兵器も、元の場所から外して多数設置済みであるようだ。

 武装した兵士は三万と少し。

 上空には鷲馬(ヒポグリフ)に載った観測兵らしき人間が三十ほど、と目視で計上してみたものの、正解かどうかは少し怪しい。

 なぜなら、ガルガンチュアの進路上に多量の煙が発生していたからだ。

 山火事でも起こったのかと訝しく思うも、どうやらそうではないらしい。樹脂油と火矢を用いた人為的なものであるようだ。

 とはいっても、草原を焦がす程度であり、うっとおしい白煙が視界を遮るだけにすぎない。

 

「目くらましのつもりか? 狭い空間ならともかく、草原地帯で煙を炊いても隠せるのは()()程度であろうに……」

 

 巨大なガルガンチュアの頭上にいるので足下など見えようもないが、元より気にしていないのでどうでもイイ。

 モモンガは、撫でまわし過ぎてアルベドやシャルティアからヘイトを稼いでしまったヴィクティムを護りつつ、ガルガンチュアを無造作に進ませた。

 

 一歩が大地を揺らし、小動物を追い立てる。

 二歩が大気をも揺らし、人間どもへ死の訪れを伝える。

 そして三歩――。

 ズブリとの軟らかな何かに沈み込むような、呑み込んだ体積と同じだけの空気が隙間から押し出されるような奇妙な音と共に、ガルガンチュアの右足は沈んだ。

 

「おっと」

 

 池や沼にしてはやけに深いなぁ、とのんびりした感想を空洞たる頭骨に浮かべながら、大魔王はガルガンチュアを停止させるが、その時を待っていたかのように上空が騒がしくなる。

 鷲馬(ヒポグリフ)ではない。

 かの者らは邪魔にならないよう、後方へ引いている。

 代わりに宙を舞ったのは、岩だ。

 人の背を軽く超える巨岩石だ。

 微かに光を纏っていることからすると、魔法詠唱者(マジック・キャスター)により魔法付与が成されているのであろう。直撃すれば人はもちろん、無事で済むような対象を例に挙げる方が難しいくらいだ。

 

「挨拶の花火にしては無骨すぎる」

 

「おっしゃるとおりですわ、モモンガ様」

「ほんに、岩を投げてよこすなんて野蛮人でありんすなぁ」

 

 くだらん、と空を舞う巨岩の嵐に興味を示さない大魔王と二人の妃。面前にまで迫ってきている投石器からの攻撃に、欠伸で応えるかのような態度だ。

 だがそれも当然であろう。

 巨岩石は、ガルガンチュアへ衝突することなく弾かれる。砕かれる。見えない何か――何者かによって。

 

「モモンガ様」すっと魔王の横まで進み出ていたセバスが、人間たちの万死に値する大罪について言及する。

「至高なる御身へ攻撃するなど、どのような理由があっても許されることではありません。帝国への懲罰執行は私にお任せください」

 

 人を殺戮することに忌避感を持つであろうセバス自身が名乗りを上げるのは不自然かと思いきや、モモンガには解っていた。

 苦痛なく殺すために役目を買って出たのだ、ということを。

 魔王様に弓を引いた時点で許されないのは確定だ。たとえ周囲に展開していたハンゾウ、カシンコジ、フウマ、トビカトウなどの警護(しもべ)が防御したとしても、行為自体は無くならない。

 それにアルベドやシャルティアが現場にいるのだ。

 地獄の蓋が開くのは時間の問題だと言えよう。

 

「――よい」

 

 全身に気を巡らせていたセバスの虚を突くかのように、魔王の言葉が場の殺気を留める。

 

「モ、モモンガ様? どうしてですか? 愛しの旦那様へ牙をむいたのですよ! 妻としては黙っていられません!」

「モモンガ様! アルベドの妄言は捨て置きんして、正妃たるシャルティアに御命令を! 綺麗に掃除して御覧に入れるでありんす!」

「誰の何が妄言ですってぇぇ?!」

「どこの誰が妻だぁぁああっ!?」

 

 自称妃の二人が争うのはいつものことだが、玉座の左右から睨み合うと、モモンガの膝に座っていたヴィクティムが丁度挟まれる格好になる。

 役得であった安全地帯が、いつの間にか死地であった。

 

「やめよ二人とも。……ああ、そこまで畏まらなくともよい」魔王は『もうしわけありません!』と平伏する自称妃たちを宥めると、後方にいるセバスや戦闘メイド(プレアデス)たちにも言い聞かせるかのように言葉を紡ぐ。

 

「今回は景色を楽しむだけの遠出にすぎない。それに他の生き物の縄張りを歩いて進むのだから、虫や獣が驚いて飛び出てくるのも当然であろう。その程度の些事にいちいち反応していては楽しめんぞ、遠足をな」

 

 村や町を踏み潰しながら巨大動像(ゴーレム)で闊歩するのを、“遠足”と言うのかどうかは現実世界(リアル)の鈴木悟も頭を悩ませるところだが、この際名称などはどうでもイイのだろう。

 要はのんびり異世界の地を歩ければ、それで満足なのだ。

 大魔王だからと言って、世界を憎んでいるわけではない。自然を破壊したい訳ではない。むしろ世の中の害虫を駆除している側だ。神の如き管理者とも言えるだろう。

 つまり、骸骨大魔王モモンガは世界を愛している。

 だからこそ生者死者に関係なく、存在する全てのモノを滅ぼすのだ。

 もちろんナザリックは別枠で。

 

「さて、少しばかり泥濘に足をとられたが問題はない。先へ進むとしよう」

 

 地面を抉る轟音と共に沈んだ右足を振り上げ、ガルガンチュアは一歩を踏み出す。

 その先にあるのは数万もの帝国兵たちだ。

 己の死を察したであろう引きつった表情。震える両手で武器を握り、力の入らない四肢でなんとか身体を支える。

 逃げ出さないだけ立派なのだろうが、全長三十メートルにもなる動像(ゴーレム)相手に何を成そうというのか?

 投石器による攻撃が不発に終わった今、頭の中は空っぽだ。

 

『バリスタだ! どこでも構わん! ゴーレムの身体に当てろぉ!!』

 

 一瞬で意識を切り替えた皇帝の指示が魔法具で拡大されると、それに合わせ各所で合図の楽器が鳴らされる。

 

『部隊は左右に展開! 拘束用のロープを広げて地面へ固定しろ! 魔法部隊はロープに魔法付与だ! ゴーレムの足をからめ捕れ!!』

 

 規則的な太鼓の音と、音階の異なる複数のラッパが鳴り響く。

 当初は混乱気味であった帝国兵も日頃の訓練成果が実を結んだのか、恐怖を飲み込んで決められた音の指示に従う。

 その光景は、数万の兵が意思をもった巨大な生物であるかのように統制されており、ガルガンチュアの頭部から見下ろしていた魔王様へ「ほぉ」との感嘆をもたらす。

 

「いかがなさいましたか、モモンガ様?」魔王様の右腕にスリスリしながら問いかけるアルベドには、帝国兵の動きなど見えていないようだ。視線は常に旦那様へ固定されている。

 

「ああ、見事なものだと思ってな。能力や忠誠心に劣る人間種を群れとして運用し、遥か高みにある上位者へ挑もうとは……。見世物としては合格だな」

 

「ほんに、虫けらの憐れな抵抗としては中々面白そうでありんす」自身も降りていって人間どもを蹴散らせたならもっと面白そうだとは思いながらも、シャルティアはモモンガの左腕から離れられない。愛する人の傍から離れるなんて、そんな選択肢は皆無なのだ。

 

『陛下! ゴーレムの頭頂部に人影が見えやすぜっ! 使役者ってヤツですか?!』

『なっ? こんな巨大なゴーレムを使役する者だと?! くそっ、フールーダ! 魔法部隊の精鋭を連れて――ん? フールーダ!? 爺! どこだ?!』

『さ、先程まで私の隣におりましたわ。ですが――』

『上です陛下! フールーダ様は〈転移(テレポート)〉で上空に! 単独でゴーレムに向かわれるおつもりのようです!』

 

 軽い認識阻害のベールを取り除いてみると、人間どもは軽いパニックに陥ったようだ。

 ガルガンチュアの頭部で骨の玉座に座する、大魔王様の御姿に畏怖の念を持ったのであろう。白髭の魔法詠唱者(マジック・キャスター)などは、単独でモモンガ様の御前に侍ろうと向かってきている。

 身の程も知らないで。

 

「清浄投擲槍!」

 

 ヒヒッと笑った吸血鬼が片手を振るうと、迎撃に移ろうとしていたハンゾウの側頭部をかすめて、特殊能力(スキル)の槍が白髭爺の胸へと刺さる。というか突き抜けた。

 老いた人間の胸には巨大な穴が開き、何が起こったのかを理解する前に、血反吐と共に落下していく。大魔王様へ羨望の視線を向けたままで……。

 

「ん? 今のはなんだ?」

「はい。あの枯れた人間は、帝国の宮廷魔法使いフールーダ・パラダインですわ。一応国家最強の魔法詠唱者(マジック・キャスター)で、目視した者の使用可能な魔法位階を、魔力系に限って見抜けるタレントを所持しております」

 

 よどみなく答えるのは守護者統括のアルベドだ。

 帝国に関する情報の収集などは、すでに終えているのだろう。ちらりと覗き見た老人の外見から必要と思われる大量の報告事案を脳内に並べ、魔王様の疑問に答えようと目を輝かせる。

 

「ほう、タレントか」

 

「はひっ? モ、モモンガ様?! もしや殺してはまずかったでありんしょうか?」ビクンと背筋を伸ばし、シャルティアは出ないはずの冷や汗を垂らす。確かモモンガ様はレアを集めていたはずだ。そう、生まれながらの異能(タレント)を持つレアな人間を。

 

「あらシャルティア、殺す前に御許可をもらうべきではなかったのかしら? くふふふ」

「ぐっ、このぉ、先に言ってくれてもよかったでありんしょう?! 私がスキルを発動させんしたのを気付いていんしたくせにっ」

 

 相も変わらずな睨み合いに、やはり大魔王の膝にいるヴィクティムが挟まれる。

 役得な場所だけにワザと巻き込んでいるのだろうか?

 

「よい、あの程度のレアは不要だ」膝上の怯えた赤子天使を抱きかかえ、モモンガは地面に落下して赤いシミとなった老人を見やる。

「確か同じタレントを持った女を確保していたはずだ。ならば老いた人間など処分して構わん」

 

「ああ、モモンガさまぁ、ありがたき幸せでありんすぅ」

「ぐぎぎぃぃ」

 

 何やら歯軋りのような異音が頭蓋骨に響くが、モモンガは気にもしないで帝国軍の様子を見つめる。

 

「ふむ、大型の投射武器とお粗末な移動阻害。使われている魔法にも見るべきものはないし、プレイヤーらしき存在は出てこない、か。ここまで足を伸ばして得られたモノは、美しい風景ぐらいかもしれんな」帝国軍の必死な抵抗に欠伸交じりの感想で応える大魔王は、『せっかくここまで来たのだから成果の一つでも得ておこう』とばかりに背後で控えていた戦闘メイド(プレアデス)へ言葉をかける。

 

「ルプスレギナ、ソリュシャン、エントマ。下へ降りて、軍の最高指揮官を見つけてこい。発見した後は場所を知らせるだけでよいぞ。少しばかり話をしたいだけだからな。ああそれと、身体が鈍っているだろうから少し運動してくるとイイ。帝国の兵どもも喜んで相手になってくれるだろう」

 

「「「はっ! おおせのままに!」」」

 

 隠せないほどの歓喜をもって、戦闘メイド(プレアデス)はガルガンチュアから飛び降りた。

 その浮ついた様子からは、モモンガ様からの御勅命がどれほど喜ばしいことであるのかを感じ取れてしまう。セバスからしてみると、つい小言を言いたくなってしまうほどのメイドにあるまじき行為ではあるのだが。

 とはいえ、気持ちは解る。

 至高の存在であり絶対的支配者でもある大魔王モモンガ様――に弓を引いた者どもを粛正できるのだ。歓喜に身を震わせても仕方がない。

 

「あらあら、あの娘たちったら。あんなに喜んじゃって、はしたない」

 

「そうでありんすかぁ? モモンガ様の御命令に従って人間どもを殺せるのでありんすよ。羨ましくはありんせんかぇ?」

 

 正直言えばアルベドも嫉妬しているのだろう。でも、モモンガ様の傍に侍っている現状も至福の一時なのだ。それを投げ打って人間どもを殺しにいくなんて、出来るわけがない。

 

「まぁそれはそれとしんして、モモンガ様」シャルティアは『ぐぬぬ』と葛藤しているアルベドをそのままに、大魔王様へと問いかける。

「帝国の最高指揮官とやらに、どのようなお話をするのでありんすか? 人間ごときに直接御声を掛けるなんて……」

 

 人間への要件ならば代わりに承ります、と言いたいのだろう。

 ゴミたる人間がモモンガ様へ拝謁するなど許されぬ、身の程を知れ! ということだ。

 

「そうだな、後の手間を省くため――と言えばいいのか。帝国の皇帝とやらは優秀と聞いているからな、そうだったな、アルベド?」

 

「は、はい。歴代でも最高との評判です」

 

「ふむ、それでだ。この地の指揮官に皇帝へのメッセージを届けさせようかと――」ふと言葉を止め、大魔王は意識の奥に思考を繋げる。

 

「――どうしたエントマ?」

 

『はあい、モモンガさまぁ。帝国軍の総指揮官、皇帝を発見いたしましたぁ。即時殺害が可能な距離で囲んでおりますぅ』

 

「ほう、皇帝が直接指揮をしていたのか。たいした度胸だな。よし、そのまま現状維持で私の到着を待て」

 

『かしこまりましたぁ、モモンガさまぁ』

 

 エントマの甘ったるい〈伝言(メッセージ)〉を終了させ、モモンガは報告された皇帝の位置、軍の中央最後尾へ視線を送る。

 

「では、人間の皇帝とやらを見てみるか」

 

 魔王の一言で、ガルガンチュアはその巨大な一歩を踏み出す。

 岩のように見えながら、岩よりもはるかに硬い巨大な一歩。そんな踏み下ろされた岩足の下には、三名の戦闘メイドによって惨殺された帝国兵の死体が転がっていた。

 まるで炉端の石ころであるかのように。

 まるで最初から意味の無かった存在であるかのように。

 命を持った人間である必要はなかったかのように。

 

 大魔王様に欠片ほどの興味も持たれず、肉の残骸と化していった。

 







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