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【社会】

「やめたくてもやめられない」 窃盗症 マラソン元代表の原被告

選手時代の出来事などを話す元マラソン日本代表の原裕美子被告=千葉市花見川区で

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 スーパーで万引したとして、窃盗罪に問われた元マラソン世界選手権代表の原裕美子被告(36)の判決公判が三日、前橋地裁太田支部で開かれる。原被告は、衝動的に万引を繰り返す精神疾患「クレプトマニア(窃盗症)」と診断され、今回の事件も執行猶予期間中の再犯だった。実刑か、もう一度刑の執行を猶予するのか。弁護側は「再犯防止には刑罰よりも治療につなぐ方が効果的だ」と訴える。 (西川正志)

 原被告は本紙の取材に「やめたくてもやめられなかった」と語り始めた。

 群馬県太田市のスーパーで今年二月、袋詰めのアメなど(販売価格計三百八十二円)をジャケットの内側に入れた状態で店員に呼び止められ、窃盗容疑で現行犯逮捕された。「どうやって服の中に入れたか記憶がない」と振り返る。

 原被告は二〇〇五年、マラソン初挑戦だった名古屋国際女子マラソンで優勝。同年、ヘルシンキの世界選手権で六位入賞した。

 万引を繰り返し始めたのは一一年秋。厳しい体重制限に伴う摂食障害の影響で骨密度が低下し、度重なるけがに苦しんでいた。「この店は万引しても大丈夫」。そんな客同士の会話が記憶に残っており、寮の近くのスーパーでパンをカバンに入れた。心臓が破裂するほどの緊張感と達成感。「万引をしている時は苦しみを忘れられた」

 パン、総菜、お菓子などをトートバッグいっぱいに盗み、それらを食べては吐いた。異常さに気付き、専門の病院に行くと、窃盗症と診断された。競技を引退した一四年には、信頼していたコーチとの金銭トラブルで七百八十万円を失った。昨年一月には、婚約者と婚姻届を出す前日に連絡が取れなくなった。「人生のどん底」。ストレスや怒り、悲しみを忘れようと、さらに万引はエスカレートした。

 「やめるには捕まるしかない」。昨年七月、栃木県足利市のコンビニ店で化粧品などを防犯カメラや店員の前で見つかるように万引し、宇都宮地裁足利支部で同十一月に懲役一年、執行猶予三年の有罪判決を受けた。保釈後、三カ月余りの入院治療を受けたが、今回の事件で再び逮捕された。

 自分自身に絶望する中、窃盗症患者の被告の弁護を多く手がける林大悟弁護士と知り合った。林弁護士らに支えられながら今年四月から三カ月間、再び入院治療を受けた。八月には知人の紹介で人材派遣会社に就職した。

 弁護側は今回の事件で再び執行猶予を求めている。検察側の求刑は懲役一年。代理人を務める林弁護士は「窃盗症は治療をすれば回復可能。アルコール依存症と同じで、嫌なことから逃げたい気持ちで徐々にエスカレートしてしまう」と強調する。

 原被告は「昔は不安を一人抱え込んでいた。これからは小さな悩みごとも相談して、気持ちをコントロールしたい」と誓う。

◆「疾患と気づかぬ受刑者も」

 警察庁によると、2017年に万引で摘発されたのは約5万8600人で、うち2割超の約1万2400人に窃盗の前科前歴があった。犯罪白書を作成する法務総合研究所の話では、万引は他の犯罪と比べ、再犯者率(摘発人員に占める再犯者の割合)が高い。

 窃盗症については、定義などが明確でなく、詳しい統計データはないが、米精神医学会の診断基準は「個人で用いるでも金銭的な目的でもなく、物を盗む衝動に抵抗できなくなることが繰り返される」としている。同基準によると、万引で逮捕された人の4~24%が窃盗症とされている。

 多くの窃盗症の患者の治療を手がけてきた群馬県渋川市の赤城高原ホスピタルでは、患者が万引の経験などを語り合う「集団ミーティング」、回復の進んだ人が治療経験の浅い人に自らの体験を伝える「プライベートメッセージ」などに取り組んでいる。こうした治療を通じ、窃盗症が回復できる病気だと気付き、自助努力で手掛かりを探すことにつながるという。

 竹村道夫院長は「窃盗症と気付かず、無自覚のまま刑務所に入っている人も多い。刑務所では患者同士が語りあう機会はなく、治療はほとんど行われていないのが現状だ」と指摘する。

 

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