2018年09月28日
日本のドローン産業の未来を分かつ、国家プロジェクトにかける想い
空の産業革命と呼ばれるドローン。手軽に操縦できることから、農業、インフラ点検・整備、測量、物流、防災、警備・防犯監視など、様々な分野での活用が検討されている。将来的には、多くのドローンが空を行き交うことになるかもしれない。ただ、そうなった際に必要なのが安全・安心にドローンを飛行させる「空の道」に交通ツールをつくること。NECではその実現に向け、ある国家プロジェクトに参加している。そのプロジェクトの概要と今後の展望について話を聞いた。
インフラ、防災、測量…、様々な分野で広がるドローン活用
今日は夜7時からサッカー日本代表の試合。家で晩酌しながら試合を観戦しようと楽しみにしていたら、冷蔵庫にあったはずの食材が切れている。近くのコンビニに買いに行っては、キックオフを見逃してしまう。そこですぐにネットで食材とビールを注文。5分後には宅配ドローンが到着し、思う存分サッカーの試合を観戦した──。
そんな世の中が、遠くない未来に実現しようとしている。最近はドローンが空撮した迫力満点の映像を目にする機会も増えた。また、2018年平昌冬季オリンピックの開会式で、1218機のドローンが華麗なショーを演じたことは記憶に新しい。
一方、産業用途でもドローンの商用利用は既にいくつかの領域で始まっている。農業分野ではシングルローターヘリを使った農薬散布が普及しており、マルチローター型のドローンも活用されている。また、建設・土木工事分野では、国土交通省が土木工事の全面的なICT化を狙った“i-Construction(アイ・コンストラクション)”が推進されており、測量にドローンを使う動きが拡大。さらに、近年、橋梁やトンネルといったインフラの老朽化が社会問題となっているが、高所や危険な場所での作業を伴うインフラの保守・点検作業にドローンを活用する研究も始まっている。
こうした中、NECグループでもインフラ点検や災害対応、測量など、様々な分野でドローン事業に取り組んでいる。未来都市づくり推進本部のロボットエバンジェリスト、西沢 俊広は語る。「NECは、安全・安心な社会の実現に向けて、インフラ老朽化や防災、警備・防犯の分野でドローン事業に取り組んできました。このうち、インフラ点検や災害対応でのドローン活用は、実験と現場検証の段階にきています。警備・防犯への活用については、第三者の上空でドローンを飛行させることが禁じられているため活用が進んでいないのが現状ですが、B2Bエリアでは、NECが得意とする消防分野でドローンを活用する取り組みを進めています。火災現場や水難事故の現場でドローンの空撮映像を現場の状況把握に役立てることで、より一層のサービス向上を実現するのが狙いです」。
航空管制のノウハウを活かしたドローン運航管理システム
現在NECは、日本のドローン産業の未来を賭けた、ある国家プロジェクトに取り組んでいる。
国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(以下、NEDO)が推進する「ロボット・ドローンが活躍する省エネルギー社会の実現プロジェクト」がそれだ。NECが受託したのは、そのドローンの運航を統合的に管理するテーマである「安心・安全で効率的な物流などのサービスを実現する運航管理システムの研究開発」。プロジェクトにはNECをはじめ民間企業5社が参加し、来年度末の実用化を目指して、福島県南相馬市のロボットテストフィールドで検証作業が続けられている。
このプロジェクトが発足した背景について、西沢はこう説明する。
「現在、ドローンは『操縦者が目視できる範囲で、常時監視しながら飛行させる』ことが大前提。現状では、操縦者が肉眼で機体を確認できないような遠方までドローンを飛ばすこと(目視外飛行)は航空法によって禁止されています。このため、警備や物流の分野でドローンを活用していくためには、地上からドローンの運航状況を管理するためのインフラの構築とドローンが墜落してもパラシュートなどで衝撃を緩和するといった安全技術の確立が不可欠であり、それらの進展にあわせ航空法の改正による新たなルールづくりの必要があります。つまり、有人航空機の航空管制システムと同じように、ドローンの運用においても運航管理システムの整備が必要になる。そのための研究開発を、NECが担当しているのです」
今回、NECが担当しているのは、運航管理統合サブシステムの全体の取りまとめと、飛行計画の管理や計画承認・変更・中止などを行う「フライト管理機能」の開発だ。そこには、同社が過去64年にわたって蓄積してきた、有人航空機の航空管制システムのノウハウが活かされている。
電波・誘導事業部航空管制第一システム部マネージャーの鈴木 淳は次のように語る。
「航空管制の世界には、“フライトプラン”と呼ばれる飛行計画があります。飛行物体はその計画に沿って飛び、かつ複数の飛行計画が互いに干渉し合わないようにして空の安全を保つ、というのが航空管制の基本コンセプトです。一方、ドローンについても、国が管理する公共の空域を利用するわけですから、有人飛行機の航空管制と同じような仕組みが必要になる。そこで、フライトプランに必要なデータを洗い出し、航空管制システムを参考にしてドローンの運航管理の仕組みを考えてみよう、というのが今回の研究開発の出発点でした」
この運航管理統合サブシステムは、ドローンの運航状況を確認しながら飛行計画の承認を行い、必要に応じて飛行ルートの変更や飛行の中止なども行う。もし同じ空域で、同じ時間帯に複数のドローンが飛行を計画している場合は、フライトスケジュールを調整して未然にトラブルを防ぐ。これが、今回の開発の最大のポイントといえる。
だが、今後ドローンの運用が本格化し、同じ空域を100台単位でドローンが飛び交う時代が到来すれば、天候の急変や予期せぬ事態の発生により、航空ダイヤに乱れが生じることも予想される。それについてはどのように対応しているのだろうか。
「突発的な理由により、飛行計画と実際の飛行との間にズレが生じた場合は、飛行中のドローンの位置や高度を特定して何らかの対応をする必要があります。その仕組みは、今回の運航管理統合システムには含まれていませんが、運航管理サブシステムからドローンの位置情報を取り込むことができれば、可能性は大きく広がっていくと思います」(鈴木)
AI技術を活用してドローン同士の衝突を回避
とはいえ、どんなに飛行計画の調整を行っても、空域が混雑すればするほど、ドローン同士が衝突やニアミス事故を起こす危険は高まっていく。それを防ぐための方策として、今回、NECは運航管理統合サブシステムにAIを搭載。安全・安心な運航を可能にするための工夫を行っている。
その研究に携わっているのが、データサイエンス研究所主任研究員の中台 慎二だ。
「例えば、空域が混雑してきたときには、ドローンの衝突を避けるため、『どちらの飛行を優先するか』を決定しなければなりません。あるいは、警備や宅配のドローンを緊急で手配したいときも、ほかのドローンが既に同じ空域で飛行許可を取っていれば、緊急手配はできなくなります。こうした問題を解消するため、AI同士が自動的に『ちょっと道を開けてくれませんか。その代わり、次回はそちらを優先します』と交渉するためのアルゴリズムを開発しています。いわば、AI同士が互いに交渉し、空域の優先使用権の貸し借りをするわけです。
今お話ししたのは、ドローンが1対1で飛行調整をするケースですが、空域が混み合ってくると、n対nで飛行を調整する必要が出てくる。そこで我々が提案しているのは、オークションと呼ばれる方式です」
例えば、天候が急変して複数のドローンが一斉に飛行計画を変え、同じ空域に避難したとする。当然、避難先の空域は混雑を極めるため、迅速に飛行を調整してトラブルを防ぐ必要がある。そこで、各ドローンから「自分はこれぐらいの空域が欲しい」と希望を出してもらい、それぞれの希望を調整して空域を割り当てる。これがオークション方式である。
とはいえ、どのような方式を採用するかは、日本国内だけで決定できる性格のものではなく、いずれは国際的な統一ルールに収斂されていかざるをえない。このためNECは、ドローン運航管理システムの国際標準化を目指すGUTMA(Global UTM Association)で、オークション方式の採用を提案。研究開発のみならず、国際ルール策定に関与するための情報発信にも力を注いでいる。
国際標準化の提案こそ日本勢の生存条件
現在、NECではNEDOプロジェクトが終了する来年度をめどに、安全・安心なドローンの運航管理システムを実現するための取り組みが続けられている。それを支えているのが、過去100年で培った航空管制のノウハウと、最先端のAI技術の融合であることはいうまでもない。
法整備や規制緩和の面で、先行する欧米にやや後れをとっているとはいえ、こうした障壁がクリアされれば、日本でもドローンの普及は一気に進むだろう。そのとき、ドローンは世の中にどのようなインパクトをもたらすのか。西沢は語る。
「日本国内では、トラックのドライバーの高齢化が深刻な社会課題となっています。一方では、eコマースの発展により小口配送が急増し、このままでは通販の翌日配送ができなくなるといわれている。今後は、物流拠点から自宅までの“ラストワンマイル”が、人による配送からドローンによる配送に置き換わっていくでしょう。そうなれば、1時間・1㎢当たり100台単位のドローンが空を飛ぶ時代が到来し、陸上のみならず空の上でも交通整理が必要になる。近未来の世界を支えるためにも、我々は運航管理システムを社会に必要不可欠なインフラとして育てていきたいと思います」
とはいえ、今後の運航管理システムを取り巻く状況は、予断を許さない。世界の空はつながっており、空域管理の手法は、いずれグローバルなプラットフォームに統一されていくためだ。
「今、NEDOでつくっているアーキテクチャも、国際標準化に失敗すればガラパゴス化の二の舞を演じることになる。そうしないためには、先行する米国勢と歩調を合わせ、共通のプロトコルをデファクトスタンダード(国際標準)として採用してもらうことが重要です。大切なのは、彼らと同じ方向を向き、かつ彼らの一歩先を行くこと。そのためにも、標準化提案を積極的に出していきたいと考えています」と中台は表情を引き締める。
「我々が今まさに取り組んでいるのは、『空の道をつくり、未来の空を守る』仕事。NECとしては、無人と有人とにかかわらず、空を飛ぶすべての機体をしっかりと管理できる運航管理システムを、実現していきたいですね」と西沢は語った。