OVER PRINCE 作:神埼 黒音
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―――王都 酒場「33-4」
「ほぉ、邸宅ですか……」
エルヤーは使者の口上に片眉を上げた。
ゼロはあのガゼフを王城から誘き出す為にあらゆる工作をし、少なくとも襲撃予定地点を9箇所設定していた筈だ。その中でも邸宅は一番、可能性が低い場所であった筈。
「何か、不測の事態でも起きたようですね」
「恥ずかしながら、先手を打ってきた者がおりまして……」
エルヤーはその言葉に鷹揚に頷きながらも、内心で八本指の狼狽を嗤っていた。
何と愚かな連中か、と。
こちらが狙っている時は、相手もまた、こちらを狙っているのだ。
そんな当たり前の事にも頭が回らないとは。
所詮、犯罪組織などそんなものではある。搾取出来る弱者に対してのみ、強く在れるのだ。誰に対しても、どんな事象に対しても、完璧かつ優雅に対処出来る自分とは根本的に違う。
「ご安心を。何が起ころうと、この剣で道を切り開いて差し上げますよ」
「おぉ!何と力強い言葉か……かたじけない!」
出来る事なら王城からも見える、華々しい地点が好みであったが、仕方が無い。
どの道、この件が終われば否が応でも、王城にまでこの輝かしいエルヤー・ウズルスの名が響き渡るのだから。
「さて、行きますよ」
後ろのグズどもに声をかけ、外に出る。
淡い月の光と、街路に満ちる喧騒。
その襲撃者の影響なのか、かなりの騒ぎになっているらしい。物の役にも立たない衛兵や、銀や金のプレートをつけたマヌケな冒険者達が慌てふためいた姿で走り回っている。
それらを見ているとつい、声に出して笑ってしまう。
これらの騒ぎが。
走り回っている連中が。
その全てが、まるで自分を派手な舞台へと上げる役者達のようではないか。
「全く、私の為に大汗を掻いて下さり……うぷぷ、感謝しますよ……」
愚かな国と、無能な犯罪組織と、マヌケな衛兵や冒険者に乾杯しよう。
こうしてエルヤー・ウズルスは深い闇に包まれる街路へと、その一歩を踏み出した。
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「モモンガ成分が足りない」
「それ美味しいの?」
忍者二人が組合を出て、暫しの時間が過ぎた。
対・八本指対策として幾つかパターンを事前に考え、組合にも話していた為、大きな混乱もなくスムーズに事を進める事が出来た。この辺りの事前工作や根回しはガガーランやイビルアイは不向きであり、その種の能力もない為、忍者二人が請け負う事が多い。
逆にラキュースは貴族間の水面下での交渉やロビー活動などに優れた力を発揮していた。
「美味しい。それに良い匂いがする」
「育ち過ぎはいくない。少年の姿ならワンチャンあった」
「モモンガを見ても同じ事言える?それ、サバンナでも同じ事言えんの?」
「サバンナって何処」
忍者二人が無表情のまま屋根から街路を見下ろし、手配に間違いが無いか確認していく。
必ず複数で、時間差をつけ、大きな明かりを持って闇を照らしつつ、異変があれば即座に笛を鳴らすという見回りだ。重要な施設や建物には入念に《警報/アラーム》も掛けていく。
やる方は段取りが決まっていれば、それ程面倒もなく危険もない作業だが、これをやられる方は堪ったものではない。彼女らは敵地に侵入したり、騒乱を引き起こすプロであるが故に、自分がされると困る事を防御側に立って淡々と行っていく。八本指からすれば非常に嫌な相手であろう。
問題があるとすれば、衛兵達の士気が低いという事か。
彼らの多くは戦争に借り出されるのを避ける為に衛兵になったのであって、戦場から一番遠い王都で危険に巻き込まれるなど、真っ平御免であると思っているのだ。
金を受け取り、仕事として引き受けている冒険者達に比べ、甚だ心許ない存在である。
衛兵達のやる気無さそうな足取りに眉を顰めていると、空から羽ばたきと共に鳩が舞い降り、ティアはその足首に括り付けられた小さな紙をほどいた。
王都に配置している“草”からの連絡だ。
そこにはガゼフ・ストロノーフが動き、邸宅付近を拠点として、部下と共に固めていると記されてあった。娼館から運び込まれた女性を保護したようだ、とも。
「ガゼフ、有能」
「最初からやってくれると信じてました」
忍者二人が白々しい言葉を吐き、互いに少し笑う。
戦士長とその部下が動いてくれるなら、状況は少しマシになるかも知れない。
「モモンガの活躍を見れなかった事だけが無念」
「娼館……噂の魔獣を使って襲撃した?」
「むしろ、魔獣と化したモモンガに襲われたい」
「襲撃レイプ。魔獣と化した猛獣使い。これもうわかんねぇな」
二人が電波な会話を繰り広げる中、街路を歩く怪しげな集団が目に入った。
一人は見るからに剣士であり、後ろにいる三人は顔を隠すようにローブを纏っている。
こんな時間に、この騒ぎの中で、街を出歩く一般人など居るだろうか?いや、居ない。
「怪しい。それに……そこはかとなく馬鹿の匂いがする」
「後ろ三人の歩き方も変。足を痛めてる。先頭と距離も置いてる。まるで他人」
「八本指が雇った助っ人?ワーカーっぽい」
「あの服装……帝国の人間っぽい」
彼女達は自分の勘を信じる。そして、自分達の観察眼も。
それらは全て、長く苦しい修行の果てに一つ一つ身に着けてきたものだからだ。
既に二人の眼には、彼らが“敵”として映っていた。
「そこの四人、聞きたい事がある」
「八本指の人間なら青のマスへ。助っ人なら赤のマスへ」
「な、何だね……君達は……」
突然、屋根の上から掛けられた声に剣士が動揺した声を上げ―――
「何で八本指が私のカラーで、助っ人がそっちのカラーになる」
「情熱の赤は八本指には汚されない」
二人は剣士を無視するように話を続け、その傍若無人な姿に剣士が苛立ったように声を上げた。
忍者二人はそれを聞き流しながら、軽口を叩き、静かに両指を動かす。
彼女らは言葉だけでなく、手の動きでも会話をする。“忍”としての任務中、しゃべれない状況も多々あるし、これからもあるだろうからだ。
「私の青を侵食出来るのはモモンガだけ。八本指は臭そうだからNG」
《基本、後ろの三人はスルーでおk》
「半ズボンが似合う少年以外は私もNG」
《見た瞬間、スルー余裕でした》
「大体……貴様ら、この私を見下ろして話すとは何事だ!私を誰だと思ってる!」
「一流の剣士っぽい?ワーカーっぽい?ぽい?」
《あの特徴的な顔立ち、エルフだと思われ》
「腰に佩いてる刀、凄い」
《帝国のワーカーでエルフを奴隷にしてる、そこそこ有名なのが居た》
「ふふん、まぁ見る眼は最低限あるようだが……不快だから降りたまえ。第一、私は忙しい」
「「今、王都には戒厳令が出てる。貴方は八本指?」」
《まぁ、素直には吐かないだろうけど》
《どんな言い訳をするんだろね》
「幾ら雇われたとはいえ、あんな犯罪集団の一味と思われるのは心外ですね……良いでしょう!私は帝国が誇る最高のワーカー、天賦のリーダーであるエルヤー・ウズルスです!」
「デデーン。天賦~、アウト~」
《雇われた……アウト》
「ティア、台詞と手話が逆。いや、もうどっちでも良いや」
ここでも不意の遭遇戦が始まった。
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―――戦士長 邸宅前
邸宅の周囲には無数の土嚢が並べられ、急いで構築された野戦陣地の前で、剣戟と弓矢が飛び交っていた。八本指の各部門から出された人員と、戦士長の部下達がぶつかったのだ。
陣地に拠り、一枚岩となって戦う騎士達と、ロクに統制も取れていない暴力集団。
その勝敗は明らかである。
「あんなもん、何の役に立つんだ?」
「犬っころを走らせる餌だ」
前者はブレイン・アングラウスの声であり、後者はゼロである。
あれらゴロツキは相手を疲弊させる為だけに用意したものであり、ゼロからすれば自分の部門の人間でもない為、容赦なく使い潰すつもりでいた。
「あのゴロツキらも、あんたのお仲間じゃないのか?」
「あんな屑どもに用はない。犬どもを疲れさせりゃ、上出来な類だろうよ」
「しかし、噂の剣士サンは来てないようだな」
「何処ぞで“蒼”に引っかかったんだろう。それはそれで、良い時間稼ぎになる」
その言葉にアングラウスは空を見上げ、喧騒に耳を傾けた。
暗闇の中、方々で燃え上がるような火の手が上がっており、このような騒ぎが王都全域に広がっている事を感じたのだ。言葉は悪いが、祭りのようでもある。
「あんたらも思い切るもんだな。ここまでの騒ぎにしちまうたぁ」
「今回で反対勢力を徹底的に潰す。昔から教育は拳と火でするのが一番手っ取り早いと相場が決まっている」
勿論、自分達に通じている貴族の館や、それに類する地域には手を出さない。
逆に自分達に反抗的な立場の連中には少々、痛い目を見て貰う。
それが八本指の会議で決められた事であった。今回は其々の部門が金を出し、資材を供出し、人員を出し、根回しに動き、最後の後始末にも動く。
八本指としても総力戦である。
ここで跳ねっ返りの蒼を消し、目障りなガゼフ・ストロノーフも消す。
自分達に反抗的な貴族や、王家にも“力”を見せ付ける。貴様らの膝元ですら、もう自由なのだと。
この騒乱が終わった後は、もうやりたい放題の“天下”である。
「さて、そろそろ俺は行くが……間違いないだろうな?」
ゼロの言葉にアングラウスが頷き、挑発的な顔で問いかける。
「それでゼロ、あんたの獲物に選ばれた不幸な相手は誰だ」
「連中も今頃、散らばって対処してるだろうよ。視界に入った蒼は、全員殺る」
それだけ言うとゼロは背を向け、残った部下達に次々と指示を下していく。
最後に信頼する六腕の一人、“千殺”に顔を向け、ゴロツキにとって冷酷な内容を告げる。
「マルムヴィスト、あのゴロツキらを徹底的に使い潰せ。逃げる素振りを見せれば、その場で殺して構わん。数だきゃぁ……幾らでも増えてくるんでな」
「承知。ですが、出来れば私も蒼の掃討に回りたいものですな……このような監視など」
「お前は万が一に備え、ストロノーフの部下を抑える役に回れ。とは言え、俺もお前の気持ちを全て無視したりはせんさ……一人はお前の為に残そう。どんな状態かは保障せんがな?」
「ありがたく。しかし、あの剣士め……奴さえ来ていれば……」
ゼロはそれには応えず、一度だけおざなりに手を振ると、闇の中へと姿を消した。
これらとは反対側で息を潜めているのが、フォーサイトの面々である。
アルシェが《溶け込み/カモフラージュ》を掛けた上で闇に潜んでおり、騎士達も彼らの存在には気付いていない。剣戟と嵐のような喚声の中で、全員がこの騒乱に其々の思いを抱いていた。
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「うへー、あんな暑苦しい死兵らと戦うとか……ないわー。ないわー」
イミーナがうんざりしたような声をあげ、全員が苦々しい表情を浮かべる。
まさに、その通りなのだ。
目の前の戦いを見ていると、一目瞭然である。
騎士達は完全に命を捨ててかかっているのが分かるのだ。自分達が金に困り、闘技場で様々な化け物や魔獣と戦った時のように、死を覚悟して戦っている姿である。
「武人の再戦どころか、王都の全てを巻き込んだ騒ぎですな」
ロバーデイクが呆れたように首を振り、肩を落とす。
彼からすれば一騎打ちの介添え人や、敵討ちの助っ人に近い気分でこの依頼を受けたのだが、こうまで騒ぎが大きくなるとは思っていなかったのだ。
殆ど国に対する反逆、クーデターに近いような騒ぎである。
「かと言って、今更逃げる訳にもいかないしな」
ヘッケランが諦めたように笑う。前金で既に200という金貨を受け取っているのだ。
働かずにこれを持ち逃げなどしようものなら、今後フォーサイトへの依頼など一件も来なくなるだろう。前金は出す方も勇気が要るが、受け取る方にも同じだけの勇気が要る。
「最悪の場合、皆は逃げて。……私が何とかする」
アルシェの悲愴な声に、全員が手を伸ばし、その頭を撫でたり肩や背中を叩いた。
一番の年下が何を言っているんだ、といってるようでもあり、妹のような存在に心配させた事を恥じたようでもある。
「数だけは、こっちが圧倒的に多いみたいだけどね。援軍も次々来てるみたいだし?」
「逆に騎士らの方にはまるで増援が来ませんな」
「近くに王城があるってのに、この国の兵隊サンは眠りが深いらしい」
「……でも、あの人達は強い」
アルシェの言葉に全員が頷き、彼らの動きの一つ一つに瞠目していた。
一人一人を見れば、彼らは決して強い存在ではない。
だが、幾つもの戦場で培ったのであろう連携や、無言であってもごく自然に行っているチームワークを加味すると、そこらのゴロツキなどでは近寄る事も出来ないだろう。
戦場では時に、5百の兵が5千の兵を壊乱させたりするが、まさに彼らがそうであった。
(だが、いずれ疲労はくる……)
ヘッケランは冷静にそれを考え、アングラウスが出てくるタイミングを計っていた。
恐らくは5分か、10分。
一騎打ちが終わるまでの時間、自分達が最後の防波堤となって騎士達を抑える必要があるだろう。何も殺す必要などない……アルシェの魔法、イミーナの援護、ロバーデイクの回復をバックに徹底追尾、妨害に回る。優にそれぐらいの時間は稼げるだろう。
(どっちが勝っても時代が動く……この騒ぎは、歴史に残るだろう)
その事に静かな興奮を覚える。
普段、カッツェ平野でアンデッドの討伐などをしていても、誰が見向いてくれるだろうか。
確かに自分達はそれによって帝国領の平和を保つのに一役買っているというのに、薄汚れたワーカーの、薄汚れた金稼ぎとしか見て貰えないのだから。
夢と冒険に燃えていた日々は終わり、訪れたのはまるで“清掃業務”である。
(この戦いで、フォーサイトの名が上がれば……)
遺跡の捜索や、マジックアイテムの探索、古代文明の調査など、本来自分達がしたかった仕事などが舞い込んでくる可能性も高まるのだ。
自分達を“清掃業者”から、本物の冒険者へ変える事が出来る……運命の一戦。
仲間を見れば、其々思う所はあるのだろうが、最終的に辿り着いた答えは一緒なのだろう。全員が覚悟を決めた目で目前の戦いを見ていた。
自分達のような薄汚れたワーカーが浮き上がるには、何処かで“一発当てる”しかない。
出来なければ、誰に知られる事もなく、泥に塗れて朽ちていくだけ。
つまりは、そういう事なのだ。
騎士達の士気は高く、天を焦がさんばかりの勢いに達している。
その動きにも全く迷いがない。この手の連中と戦えば火傷では済まないだろう。
(あんたらも必死ってか……?だがな、こっちも死に物狂いなんだよ……!)
ヘッケランもまた、燃えるような視線で目前の戦いへと目をやった。
各所で次々と始まっていくバトル。
お祭り騒ぎの動乱編なので、週末は連日更新していく予定です。