強制徴募 press-ganging
およそ航路巡回を任とするフリゲート艦艦長に就任したことがある士官であれば、王立海軍の公報に乗ったその瞬間から、招かれざる客人たちの来訪に悩まされた経験があるに違いない。
提督やら将官の紹介状を持った士官たちに、士官候補生を志望する有力者の子弟、海軍兵学校の卒業生たち。ただでさえ出航の準備に忙殺される短く慌ただしい期間をけして蔑ろに出来ぬ来訪者たちに悩まされる煩わしさと来たら、人によっては地獄に落ちたほうがましと思うかもしれない。
幸いというべきか。ピアソン大尉の場合、惑星防衛の任に就く辺境防衛艦隊の雷撃艇艦長への就任である為、それらの来訪者に悩まされることはなかったが、今度は新任艦長に共有する別の問題に頭を悩まされることとなった。
辺境領域への赴任までおよそ3週間を残すまでとなったある日。
後任への引き継ぎ作業を恙なく終えて官舎に帰宅したピアソン大尉は、自室でお気に入りのロココ調猫足ソファに寄りかかって書類を眺めていた。
気難しげな表情で手元の書類を眺めていたピアソン大尉だが、堅苦しい口調でつぶやいた。
「乗員が足りない」
すでに副官としての登録を終えたソームズ中尉が、対面の机で資料を作成しながら軽く首を傾げた。
「以前からの乗組員を引き継がれるのでは?サー」
「今は、サーはいらん、ソームズ」
つまりは、私的な会話という事だった。
威厳があるとみるか。不愛想とみるか。仏頂面を維持したままのピアソン大尉のぶっきらぼうな言葉にも、ソームズ中尉は微笑んだ。
「了解しました」
「……ザラにも造船所はある。と言っても、スクーナやら雷撃艇の整備がやっとで、建造できるのは輸送船や単座戦闘艇くらいのものだが」
「はい」
ソームズ中尉が相槌を打つと、ピアソン大尉は記憶を探って言葉を続けた。
「辺境にしては悪くないが……兎も角、スループやコルベット、それより大きな艦艇の建造やら長期改修やらは、辺境のもっと大きな造船所なり鎮守府の工廠で行うこととなる」
言葉を切ってピアソン大尉は立ち上がった。棚からカペー産赤ワイン(クラレット)の瓶を手に取ると、グラスを二つ銀の盆の上に置いて注いだ。
一つをソームズ中尉が手に取った。
「有り難うございます」
「我々の乗る雷撃艇だが、前の艦長が病気で依願退職をしている。それを機に鎮守府での長期のオーバーホールを行っているのだが……」
芳醇な香りを放つクラレットを味わってから、ピアソン大尉はやや苦い表情を浮かべた。
「海軍の通例だが、艦長の交代を機に船を降りる水兵は少なくない。それに常に海軍の人手は足りないものだ。残った乗員たちも他の船に廻されているだろう。最悪、現地で一から水兵を集めることになる」
「……ザラ人の水兵は信ずるに足りないとお考えですか?」
少し考えてからソームズ中尉が首を傾げた。
「そうではない。副艦長の気持ちを考えてみたまえ」
「彼らはおそらく十年。半世紀かもしれんが長年、副艦長としての職務を遂行してきたはずだ。
そして艦長が退任することとなる。
これはチャンスだと思うだろうな。或いはずっと待ち望んでいたかもしれない」
絨毯を敷き詰めた床は、後ろ手に手を組んだピアソン大尉がゆっくり歩き回っても足音一つ立たなかった。
「順番が来て、あとは海軍本部の承認待ち。ついに艦長の地位に手を掛けたと思ったら、待ったが掛かり、中央から若造が赴任してきて艦長に就任」
ピアソン大尉が立ち止まって、厳しい視線をソームズ中尉へと向けた。
「期待は打ち砕かれる。副長を務めた士官にとっては面白くあるまい」
「そんな。けして、大尉はけして……!」
「ありがとう。ソームズ君。しかし、彼にとっては……彼女かもしれないが、私はコネでいきなり艦長になった鼻持ちならない中央の貴族なのだよ」
高速艇による往復で4か月。或いはそれ以上掛かるものの、既に海軍本部からの命令書が現地に届いた時期であった。
雷撃艇がオーバーオールに入る前。予定表が届いた時点で新しい艦長が赴任するとの命令は発行されていた。ピアソン大尉が赴任するとの通信も、大尉本人に辞令が下った時点で先行する高速郵便船によって同様の内容が三重に発信されている。
「新艦長と馴染みの副艦長。乗員は心情的にどちらに味方する?」
「大尉に対して、古くからの船員が不服従を?」ソームズ中尉が言った。
「その恐れはある」
面白くもなさそうにピアソン大尉がつぶやいた。
いかに規律で抑えつけようが、人の心ばかりは杓子定規に動くものではない。
「現地に飛び込んでみるまでは何とも言えんが、まあ、考えようによってはさほど悪い状況でもないかもしれん。内心に不満を溜め込んでいるであろう年上の副艦長も、若造から指示される必要がなくなったのだからな」
咳払いしてからソームズ中尉が口を開いた。
「しかし、出発までに3週間しかありません。辺境では、マシンドロイドの整備が出来るとは限りませんので、どうしても水兵が必要です」
目を閉じて、ピアソン大尉はグラナダ級のスペックを思い浮かべようとした。
人の代わりに働けるマシンドロイドを充てられないとすれば、雷撃艇を動かすのに必要なのは
「……20名か」
「20人は本当に最低の人数です。出来れば40人。60メートル級雷撃艇が最高に戦闘力を発揮するのであれば、予備も含めて80名は必要です」
物心ついた時には宇宙艦艇で日常生活を送っていたソームズ中尉の言葉に、ピアソン大尉はうなずいた。
「120名いれば、4交代シフトを敷けるのですが」とソームズ中尉は、さらに言葉を重ねた。
「航路警備ではなく、惑星防衛艦隊だからな」
ピアソン大尉の言葉にソームズ中尉もうなずいた。
惑星防衛艦隊は、航路警備艦隊と違い、補給基地を兼ねた鎮守府を中心に活動することになる。
長期航海の可能性が低いのであれば、差し当たっては40名で十分だろう。
「現在、海軍から与えられた水兵の数は12名だったな?出発前に後8名は欲しい」
ピアソン大尉の言葉に、ソームズ中尉がギラリと目を光らせた。
「強制徴募なさいますか?」
「それは最後の手だな。できるなら志願兵が欲しい」
ピアソン大尉がそっけなく告げた。
「ベアトリス2世陛下の名において命ずる!この扉を開けろぉ!」
「強制徴募だぁ!」
帝都ログレスの一角、港湾区画にある酒場『ブラッディー・マリー』の扉を王立海軍の強制徴募隊が力強い拳で叩いていた。
「客を奥の通路へと逃がせ!」
バーテンの指示に小僧が走り出すが、その前に入り口で閉じた鋼鉄製の扉が飴細工みたいにねじ曲がってけり破られた。電磁警棒を手にした水兵たちがなだれ込んでくると、逃げ出そうとする客たちにとびかかって引きずり倒していく。
諸外国にも(悪)名高い王立海軍の強制徴募の執行である。要するに足りない船乗りを王立海軍がとっ捕まえて、強引に水兵にしてしまうのだ。
客たち。その大半が商船や輸送船といった航空・宇宙艦艇の乗員であるが、必死になって逃げまどい、あるいは抵抗するも、真っ先に飛び込んできた白髪の小柄な士官が暴風のように荒れ狂っては、抵抗する水夫たちを叩きのめしてしまう。
「畜生」
190はありそうな屈強の男が備え付けの椅子を振り回したが、白髪の士官が飛び込んで、小柄な癖にまるで大砲の弾が当たったかのように大男を吹き飛ばす。
「ノマドだぁ!」
強力なGに耐えるために遺伝子改変で強靭な肉体を持つようになった宇宙の遊牧民。なぜ、王立海軍の制服を着ているのかは分からないが、とにかく手に負えない。
悲鳴を上げた客の一人が警棒に顎を砕かれてよろめいた。再生槽につかれば半日で治る怪我だと、なおも痛みを無視して逃げるが、屈強の海兵たちに腰から押し倒されて床に拘束される。
「新婚なんだ!助けてくれぇ!」一人の若い男が叫んでいた。
ログレスの法律で新婚3年以内は見逃されることになっている。ただし、艦長によっては無視することも多い。
「身分証を出せ。照会する」
身分証を慌てて取り出す色男だが、海兵が鼻で笑った。
「駄目だな。お前、7年で結婚3回目じゃないか」
「お助けぇ!」
商船から降りた水夫たちが拘束され、壁際に並べられた。
船員服を着ている若い青年が抗議している。
「フォレチ商会の船員は免除されてる筈だ!」
「フォレチで免除されてるのは熟練水夫20名まで。お前さんは提出された名簿に名前が載ってない」
入口まですばしっこく逃げた青年が両腕を掴まれて、荷物のように運ばれていた。
「船なんか、乗ったことない!」
左右の水兵が揃っていい笑顔を浮かべた。
「よかったなぁ、坊や。金まで貰えて銀河の果てまで旅行ができるぞ」
「安心しろ。すぐになれる」
酒場の入り口に停車した黒塗りの浮遊艇の扉が開いて、ピアソン大尉が下りてきた。
「7名捕まえました。サー」ソームズ中尉が敬礼しながら手早く報告する。
「商船員が4名、3名は陸者ですが浮遊艇の免許保持者が2名。1名は整備技能資格D級持ちです」
敬礼を返したピアソン大尉が後ろ手に手を組んだまま、捕まえた犠牲者たちを見回した。
身も蓋もなくすすり泣いている青年に目を止めると、IDカードから住人データーを検索する。
青年ベン・マシューズは郊外の工場に務めており、母親と未成年の妹の三人で暮らしていた。
地元の役所から控えめな免除要請が添えられている。
「素晴らしい。ご苦労だった」
褒めてから、中尉の耳元に口を近づけてささやいた。
「しかし、辺境への赴任だ。長くなる。
その男は離してやってもよい。他の徴募対象者には見えない場所でな」
ソームズ中尉がまるで主人に褒められた愛犬のように目を輝かせてから、すすり泣いている青年の尻を叩いて外へと連れ出した。
「さあ、来い」
強制徴募に捕まった6名が、軍の浮遊装甲車へと無理やりに載せられていく。
「海軍から廻された志願兵12名を中核に強制徴募6名で18名。
なんとか最低限の人数は揃ったな」
うなずいたピアソン大尉が、考えてからソームズ中尉に告げる。
「現地までは輸送船の中で訓練を施すとして、あとは下士官を揃えたい」
「アイアイサー」
燕尾服を着たふくよかな中年の運転手が、ハンカチで汗を拭きながら主人に尋ねた。
「ご主人さま、強制徴募は最後の手段だったのでは?」
何のことだと言いたげに首をかしげるピアソン大尉。
「大尉殿が前言を翻して行われたからには、余人には図れぬ神算鬼謀がおありに違いないです」
燕尾服の男性は、断言するソームズ中尉を眺めてから、これは処置におえんわい。と小さくつぶやいた。
ログレス王国の首都キャメロット。一億を超える人口を超える巨大都市圏の繁華街では、深夜も不夜城のごとくネオンがきらめいている。金網の向こう側に広がる煌びやかな光景を眺めながら、レッドコートのうろつく駐屯地の運動場に連行されたエドは座り込んで携帯をいじっていた。
【拝啓、大好きなママ。僕は今、王立海軍の駐屯地にいます。
例の強制徴募です。浮遊車の免許なんかとるんじゃなかった。
宇宙船と浮遊車は全然、違うだろ。とにかく弁護士を呼んで。
このままじゃ、王立海軍の水兵にされてダサダサの縞々シャツを着ることになっちゃう。
出発は3週間後。早くしろ、間に合わなくなっても知らんぞー!】
メールを送信する。五分ほどですぐに返答が返ってきた。
【拝啓、エドへ。ごくつぶしだったお前が就職してくれるなんて母ちゃんは嬉しくて涙が出そうです。
立派な水兵になってください。できれば拿捕賞金をたくさん稼いでくれるなら言うことありません。
お国のために頑張れ♡頑張れ♡
追伸、脱走は駄目よ。戦死しても遺族には一時金が貰えるからね(重要♡】
「あんの、くそばばあァ!」
家族への最後のメールを発信していた強制徴募の新兵が一人。突然、絶叫して立ち上がった。
すぐにソームズ中尉の拳を頭部に食らって沈黙する。
「なにごとか?」
ピアソン大尉が問いかけた。
「一名、狂を発しましたがすでに鎮圧しました。サー」
「そうか。まあ、最初はだれでも落ち込むものだ」
反乱を煽るような言動をするのでもなければ、大目に見てやれ」
「アイアイサー」
1話のあらすじ
「ああああ、ホーンブロワー面白いんじゃー。ムラムラしたから新作書いたろ。
ロイヤル・ネイビーと。これは傑作になるで」(カチャカチャ
loyal 候補
「おっ、最近のパソコンは勝手に候補を出してくれて便利やなー。ポチーンと(あっ
「おい、loyal navyってなんだよ。Royal navyじゃないのかよ?(許しがたい読者の指摘 許してください
「はあ?僕はちゃんとRoyalって書きましたけど?(書いてない
「よく見てくださいよぉ(よく見る
「恥ずかしい(本当に恥ずかしい
馬鹿が格好つけて分りもしない英語使うから!(でも懲りない
生きておられんごっ!