森田成也氏によるトロツキー翻訳の既 訳酷似度分析 (2008.06.23)
中島章利
序文
本稿の目的は表題が示すとおり、森田成也氏による、トロツキーの著作の一連の翻訳が先行の訳業に酷似していることを実証的に明らかにする ことにある。
森田氏はトロツキー研究所幹事および事務局員としての活動の一方、『トロツキー研究』誌上に西島栄のペンネームで毎号、数多のトロツキーの翻訳を発表し てきた。また、『わが生涯』上巻 (岩波文庫 )、『レーニン』 (光文社古典新訳文庫 )、『永続革命論』 (『トロツキー研究』第 49 号、のち光文社古典新訳文庫 )の翻訳を本名で世に送り出している。
これらの翻訳について森田氏本人の言うところを聞こう。少々長いが、後論との関係上、ご辛抱願いたい。
●『わが生涯』上巻
「今回改めてロシア語原典からの翻訳を行なったのはロシ ア語からの高田訳にも多くの重大な誤訳が見られたからであ る。」 (岩波文庫下巻、 P595)
●『レーニン』
「松田道雄氏が底本にした英訳は 1925 年のものでかなり水準の低いものであった。 英訳自体が間違いだらけであることに加えて、英訳からの翻訳にも無視できない誤訳が少 なからず存在していた 。… (略)…
そこで今回、ロシア語原著から改めて訳しなおしたしだい である。」 (光文社古典新訳文庫、 PP502-503)
中公文庫版・注記でもほぼ同様のことを森田氏は書いている。
●『永続革命論』
「本書は、戦後、比較的早い時期に姫岡玲治という当時のブント活動家…によって英語版から日本語に翻訳されたが (現代思潮社 )、藤井一行氏が指摘しているように、 重要な誤訳が多数含まれており、 その中にはトロツキーに対する根本的誤解の元となるようなものさえ存在する 。そこで今回、ロシア語版にもとづいて全体を訳しなおした 。」 (『トロツキー研究』第 49 号、 PP6-7)
「『永続革命論』は 1961 年に英語版からの翻訳が出されたが、 い くつかの文章が欠落しているのと、当時の急進主義の影響による訳文の偏向が見られた。またいくつかの重要なタームが正確に訳されていない 。… (略)…その他大小さまざまな不備があり 、また日本語としても意味のとりにくい部分が少なくなかった 。
以上の点を踏まえつつ、最初、『トロツキー研究』第 49 号(2006 年)にロシア語原典からの翻訳を掲載したが、なお多くの不備が残されてい た。 そこで今回、改めて全体を見直し、全面的に修正した 上で、いくつか新たな訳注を加えた。」 (光文社古典新訳文庫、 PP480-481)
枕詞のように繰り返される森田氏の主張は 2点。
第一、先行の訳業には多数の重大な誤訳が見られる 。
第二、それゆえ氏が「 今回、改めてロシア語原典から翻訳を行なっ た 」ということである。
これだけ執拗に繰り返されると、「なるほどそうなのか」、「森田氏はロシア語の並々ならぬ使い手なのだろう」と検証抜きに思い込む読者も現われる。
私はこれが事実であるかどうかを検証する 。
検証手順は次のとおり。
まず、森田氏の 2点の主張をさしあたりそのまま受け入れる。森田氏の主張を前提すれば、「ロシア語原典から訳しなおした」森田訳は先行訳に見られる重大な誤訳を多数正し く訂正していることになる。
さらにここから検証課題が 2つ出てくる。
1. 森田訳は先行訳をどの程度の割合、どの程度の数、訂正しているか ?
2. 森田訳が訂正した箇所は本当にロシア語からの正しい訳か ?
本稿は、 1. の課題に焦点を当てて検証作業を行なう。 2. の課題は別稿にて行なう。
本稿の検証方法について述べておく。
森田訳テクストを次のように色で塗り分ける。
赤色=先行訳と同一。 (凡例の詳細はその都度表示する )
ピンク色=先行訳に類似。 (同上 )
黒色=森田訳のオリジナル部分
網掛け=先行訳とは語順が入れ替えられている。入れ替えの様相は / / で表示。
≪略≫=意味に影響を与えない省略がある。
≪欠落≫=先行訳にある部分が欠落している。
検証に先立ち、仮説を提示する。
仮説:「森田訳には『黒』の部分の量が圧倒的に多くなり、『赤』の 部分は最も少なくなる」はず。先行訳に
は「重大な誤訳が多数含まれる」という前提から必然的に導かれる結論である。
これが実証されない場合は何を意味するか ? これは本稿の結びの部分で考察を加える。
では検証に入る。
1 岩波文庫『わが生涯』の部
第12章 「党大会と分裂」
第13章 「ロシアへの帰還」
第17章 「新しい革命の準備」
第23章 「強制収容所」
2 光文社古典新訳文庫『永続革命論』の部
ここでは、訳業の吟味も加えた。
第6章「歴史的 段階の飛び越えについて」
「エピローグ」
付録
「4 ロシアにおける発展の特殊性」
「5 永続革命(『スターリンの偽造学派』より)」
3 光文社古典新訳文庫 『レーニン』の部