| ◆四つの遺言 以上のようにして、スバドラはお釈迦様の最後の弟子になったのでした。 『遺教経には』には、 釈迦牟田尼仏は、初めて法輪を転じて阿若僑陣如(あにゃきょうじんにょ)を度したまい、最後に法を説いて須跋陀羅(スバダラ)を度したもう。 まさに度すべき者は皆すでに度し終わりて、沙羅双樹の間においてまさに涅槃に入らんとす。 是のとき、中夜にして声なし。 と述べております。 *度したまい : 「度」と言うのは「渡る」と言う意味で、迷いの岸から悟りの彼岸に渡る事を言う。 *中夜 : 夜中の十二時を中心とする、前後の四時間を指す。 午後十時頃から午前二時頃の間のこと。 この寂然として声なきとき、お釈迦様は阿難尊者にいわれました。 「阿難よ、あるいは汝らにこのような考えがあるのかもしれない、「師の言葉は終わった。我らの師主はもはやおられない。」と。 阿難よ、そのように考えてはならない。 阿難よ、私によって説かれ、示された教法と戒律とが、私亡きあとの汝らの師である。 また阿難よ、現在、修行僧たちは、互いに「友よ」という言葉で呼び交わしているが、私が亡くなったあとは、そのように呼びかけてはならない。 目上の修行僧は、若い修行僧を、その名や性で呼んでもよろしいし、「友よ」と呼びかけてもよい。 しかし若い修行僧は長上の修行僧を「尊者よ」とか「長老よ」という言葉で、呼びかけるべきである。 さらに阿難よ、私が亡きあとには、もし修行僧の教団が希望するならば、小小戒(しょうしょうかい)は廃止してもよろしい。 次に阿難よ、私が亡きあとに、修行僧チャンナに梵壇罰(ぼんだんばつ)を加えなさい。 「尊い師よ、梵壇罰とは、どういうものですか。」 「阿難よ、修行僧チャンナは、欲するならば、他の修行僧に話しかけることができる。 しかし他の修行僧たちは、彼に答えてはならない。 話しかけてもいけない。 チャンナに忠告や訓戒をしてはいけない。 これが梵壇罰である。」 お釈迦様は臨終に際して、以上四つのことを遺言されました。 第一は、お釈迦様が涅槃に入られても、それでお釈迦様の活動が終わるわけではない。 そのあとにはお釈迦様が説き残した教法と戒律(法と戒)とが、私に代わって汝らの師であるといわれたのです。 すなわち今後は、法と律とを師として修行をなせといわれたのです。 遺言の第二は、長幼の序、上下の秩序を示されたことです。 お釈迦様が生きておられる間は、弟子たちは「釈迦の弟子」という点で同じですが、お釈迦様が亡くなられると、弟子たちだけになりますから、そこに上下の順序があらわになります。 その際、先に出家した者が先輩でして、一日でも出家が遅ければ後輩になります。 生まれた年の順序ではなしに、修行僧になる戒律を受けた日時が、先輩・後輩を区別する基準になります。 深い悟りを得た者や、学問のある人などは、それなりに尊敬されますが、しかし教団における長幼の順序は、出家をした日時で決まるのでして、後輩は先輩に対して、無条件の尊敬を捧げるのです。 第三は、修行僧が望むならば、小小戒は捨(しゃ)してもよいということです。 修行僧には二百五十戒というほどに沢山の戒律があります。 その中でも殺人・性交・盗み・悟りに関する妄語の四条は、波羅夷罪(はらいざい)といいまして、もっとも重い罪で、教団から追放されます。 その次に僧残(そうざん)といいまして、教団で裁判をしまして、罰を与える規則が十三条あります。 お釈迦様が亡くなるときに、この二百五十条が全部成立していたかどうかは疑問ですが、ともかくここには小小戒は廃止してもよいと遺言されたのです。 第四のチャンナ比丘に梵檀罰を与えることは、第一結集の終わったあとで、大迦葉(だいかしょう)の命により、阿難がチャンナに伝えました。 チャンナは、お釈迦様が王宮から出城し、出家するときの従僕であったことを自慢して、他を軽蔑し、粗暴の行為がありました。 それで彼を折伏するために、お釈迦様はこの遺言をなさったのです。 チャンナはそのとき、中インドの西のはしのコーサンビーにおりましたが、阿難から梵檀罰のことを聞いて、悲しみと驚きで失神したといいます。 そしてすっかり改心して、熱心に修行しましたので、阿羅漢のひとりになったということです。 勿論、阿羅漢になったとき、梵檀罰は自動的に解除になりました。 ◆涅槃に入る お釈迦様は上述べの遺言をなさったあとで、さらに弟子たちに告げられました。 「修行僧たちよ、汝らの中には、仏陀に関し、教団に関し、あるいは悟りに関し、そしてまた修行の方法に関して、疑問や迷いがあるかもしれない。 そういう人は問いなさい。 あとになってから、「あのとき、私は師に面と向かってお目にかかっていた。 それなのに私は師に質問することはできなかった」といって、後悔することがあってはならない。」 このようにいわれたとき、修行僧たちは黙然として住していました。 お釈迦様は再度、修行僧たちに告げられました。 しかし修行僧たちは、同じく沈黙していました。 そこでお釈迦様は三度告げられました。 「修行僧たちよ、汝らの中には、仏陀に関し、教団に関し、あるいは悟りに関し、そしてまた修行の方法に関して、疑問や迷いがあるかもしれない。 そういう人は問いなさい。 あとになってから、「あのとき、私は師に面と向かってお目にかかっていた。 それなのに私は師に質問することはできなかった」といって、後悔することがあってはならない。」と、このようにいわれましたが、修行僧たちは同じく沈黙していました。 そこでお釈迦様はさらにいわれました。 「修行僧たちよ、汝等らは如来を尊崇するあまり、遠慮して質問しないことがあるかもしれない。 もっと気楽に、友だちが友だちに尋ねるような気持で質問しなさい。」といわれました。 しかし修行僧たちは沈黙していました。 お釈迦様は、いよいよ般涅槃されるという直前にも、弟子たちのことを思われて、極度の疲労にありながらも、三度までも繰り返して、弟子たちに「疑問はないか」と問われたのであります。 さらにそれでも終わらず、もう一度「友だちが友だちに問うように気楽に問え」と、どんな小さな疑問でも残さないようにと願われたのです。 お釈迦様がこのようにいわれても、修行僧たちが沈黙していたので、阿難はお釈迦様に申し上げました。 「尊い師よ、不思議なことです。 得難いことです。 私は、修行僧たちが、仏陀に関し、法に関し、教団に関し、あるいは悟りに関し、修行の方法に関し、一人の修行僧すらも、疑いがなく、迷いがないことを、清らかな心で信じます。」 お釈迦様はいわれました。 「阿難よ、汝は(事実をつきとめないで)信念によってそのようにいう。しかし如来はこの点について、『この修行僧たちには、仏陀に関し、法に関し、教団に関し、あるいは悟りに関し、修行の方法に関して、一人の修行僧にも、疑いもなく迷いもない」と正しい知恵によって知っている。 ここにいる五百人の修行僧のうち、最下の修行僧ですらも、修行の初期段階である預流果(よるか)の悟りに達している。 それゆえ、再び仏教の修行から離れることがないように決定(けつじょう)している。 そして彼らは最後には必ず正しい悟りに達するのである。」 そしてさらにお釈迦様はいわれました。 「いざ、修行僧たちよ、汝らに告げよう。 もろもろの存在は変化する性質のものである。 諸行は無常である。 怠らず修行せよ。」 これがお釈迦様の最後の言葉でした。 それからお釈迦様は瞑想に入られました。 最初に初禅の禅定に入られました。 それから初禅から起って二禅に入られました。 二禅より起って三禅に入られ、さらに三禅より起って四禅に入られました。 ここに初禅・二禅・三禅・四禅とあるのは、瞑想の深まりを示しています。 禅とはジャーナの音訳で禅那(ぜんな)ともいいます。 意味は「静慮:じょうりょ」といいまして、心を静めることです。 初禅から四禅までは、心が瞑想に入っても、肉体の感受が残っている段階でありまして、心と感覚とが一つになっている「瞑想(禅定)」の状態です。 このうち四禅は最も深い禅定です。 しかしお釈迦様は四禅から起たれて空無辺処定(くうむへんしょじょう)に入られました。 次に空無辺処定より起たれて、識無辺処定(しきむへんしょじょう)に入られました。 識無辺処定かた起たれて、無所有処定「むしょゆうしょじょう)に入られました。 さらに無所有処定から起たれて、非想非非想定(ひそうひひそうじょう)に入られました。 さらに非想非非想定から起たれて、滅想受定(めつそうじゅじょう)に入られました。 * 空無辺処定・識無辺処定・無所有処定・非想非非想定 : 感覚を捨象した瞑想の世界 空無辺処定・・・空間の無辺を体験する瞑想。 識無辺処定・・・識(心)の無辺を体験する瞑想。 無所有処定・・・無を体験する瞑想。 非想非非想定・・・限りなく想を滅する体験する瞑想。 * 滅想受定・・・想と受が滅してしまった瞑想であり、死と紙一重の瞑想の世界(滅尽定:めつじんじょう)。 お釈迦様が滅想受定に入られたとき、阿難は、お釈迦様は涅槃に入られたと思いました。 そこで阿那律(あなりつ)に、 「阿那律よ、お釈迦様は般涅槃された。」といいました。 阿那律は「友よ、阿難よ、お釈迦様は滅想受定に入っておられるのである。般涅槃されたのではない。」といいました。 阿難はこのとき、まだ阿羅漢の悟りを得ていなかったので、滅想受定と般涅槃との区別ができなかったのです。 お釈迦様は滅想受定に入られたあと、それから逆に初禅の方向にでてこられました。 滅想受定より非想非非想定へ、さらに無所有処定へ、さらに識無辺処定・空無辺処定・四禅・三禅・二禅に入られ、ついで三禅に入られ、四禅に入られて、ここで般涅槃されたといわれています。 ここでお釈迦様の八十年の生涯は終わったのであります。 お釈迦様が般涅槃に入られたとき、大きな地震が起こりました。 人々は恐怖し、身の毛がよだち、また天の太鼓(雷鳴)が鳴りわたりました。 |
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