第8話 農民、クエストを受け取る
「よし! 準備してきたな。こっちがお前に頼むクエストだ」
装備を整えて、カミュと一緒に受付へと戻ると、グリゴレさんが笑顔で待ち構えていた。
あ、そうそう。
ちなみに、冒険者ギルドで貸し出してくれる装備というのは、いずれかの武器を一点と、鎧やローブなどの身体を守るタイプの装備を一点の以上二点だけなのだそうだ。
頭を守るための帽子とか兜、それに腕や足を守るためのものまでは貸してくれなかった。
というか、だ。
頭の装備がないのはまだわかるが、履いている靴がスニーカーってのはどういうことなんだとは思った。
カミュに聞いてみると、『歩きやすさとか、履き心地に関しては、迷い人が履いているものの方が性能がいいかもな。ただまあ、砂漠とか険しい山道とかには向かないし、森の中に入っていくって言うんだったら、後で、金を貯めて、戦闘用の靴を買った方がいいぞ。少なくともその靴、柔らかすぎて、戦闘にはあまり向いてないから』とか、言われてしまった。
どうやら、こっちの世界の靴は防御力重視の作りになっているそうだ。
安全靴とか、軍隊の半長靴みたいなものか?
そもそも、そんな履き心地重視の靴は、この世界の技術だと作れない、とも。
初期装備がオーパーツってことなのかよ?
何だか慣れないと、こっちの世界の靴って足を痛めそうだな、とか思ってしまう。
いや、だから、こんなところまでリアルにしなくてもいいだろうに。
【装備アイテム:靴】迷い人の靴
迷い人が愛用している靴。モンスターの革ではない、謎の素材が使われていて履き心地がいい。ただし、険しい道には不向き。モンスターにかじられると壊れてしまうかも。
…………うーん。
まあ、いいや。
こっちの靴が買えるようになるまでは、このスニーカーの世話になるわけだし、そういう意味では文句を言う筋合いもないだろう。
最初に、足にしっかりフィットした靴が用意されていたことを喜ぶべきか。
閑話休題。
グリゴレさんから、クエストが書かれた紙を数枚受け取ると、ポーンという音が頭の中に響いて、不意に小さめの『ウインドウ』が開かれた。
『クエスト【討伐系クエスト:ぷちラビット】が発生しました』
『クエスト【討伐系クエスト:ノーマルボア】が発生しました』
『クエスト【収集系クエスト:パクレト草】が発生しました』
『クエスト【収集系クエスト:ミュゲの実】が発生しました』
『クエスト【日常系クエスト:サティ婆さんのお手伝い】が発生しました』
『クエスト【商業系クエスト:キャサリンのお手伝い】が発生しました』
『クエスト【商業系クエスト:イザベラの護衛】が発生しました』
「――――って! 多いわ!?」
渡された紙、全部がクエストかよ!?
というか、詳しい内容はそれぞれ紙に書かれているようだが、それにしてもいっぺんに七つって、ちょっと初心者相手にしては多すぎないか?
「ああ、セージュ、心配しなくていいぞ。とりあえず、お前ができるかもしれないクエストで重複可能なものに関して、まとめて渡してあるだけだからな。本来のクエストと違って、任務完了できないものがあっても罰則とかないからな」
「はあ、でも、どうして、こんなに種類が?」
「それは、お前がどういう才能を持っているか未知数だからさ。討伐系、収集系、商業系の簡単なクエストを渡してみて、それぞれ、どこまで可能か、それを調べるために、わざわざ、カミュに付いてもらうわけだからな」
「そういうこった。スキル構成によっては、戦うのがそもそも不向きなケースもあるだろうし、逆に、こっちがそう判断した場合でも、それを覆して、きっちりクエストを完了させて来るかもしれないだろ? これだけあったら、どれかひとつくらいは
あ、なるほど。
言われてみると、確かにそれほどおかしな話じゃないな。
スキルの組み合わせによっては、向き不向きが出てくるものな。
生産職とかのスキル構成だったら、収集とか、アイテムを生み出す方が向いているだろうし。
「ちなみに、日常系のは、サティ婆さんがさっきやって来た時、お前の話を聞いて、それで追加されたものだ。クエストには、町の住人が困っているのを助けるものもあるからな。そういう意味ではちょうど良かった」
そういうこともあるから、覚えておくといいと、グリゴレさんが笑う。
日常クエストの場合、見ず知らずの者には依頼しにくいって側面もあるらしく、冒険者ギルドでも把握していないお悩みとかは、当然ある、とのこと。
なるほどな。
と、俺が渡されたクエスト用紙を見ながら、カミュが内容を吟味する。
「ふーん……この中だったら、討伐系と収集系は一通りいけるな。ノーマルボアはセージュの動き次第だが、そっちはちょっと確認してからだな。サティ婆さんのは、お前宛てだから、あたしのチェックが終わってからでもいいな。期限がきられてないし。後は……商業系のクエストはやめておいた方がいいな」
「商業系は、俺だと難しいのか?」
「まあ、試して失敗する分には、あたしも知ったこっちゃないが、あんた、アイテムの『鑑定眼』を持ってないだろ。それでどうやって、キャサリンの手伝いをするつもりだ?」
ほれ、とカミュがその詳細の紙を見せてくれる。
【クエスト依頼】キャサリンのお手伝い
・依頼者:キャサリン
・依頼内容:道具屋のアイテム鑑定業務を手伝ってほしい。
・報酬:半日(6時間)拘束報酬が6,000N、仕事の内容次第で追加報酬あり。
なるほど。
アイテムの鑑定の手伝いの仕事ってことらしい。
何でも、新しく発見されたダンジョンの一室から大量のアイテムが発見されたせいで、今、そっちの仕事が追い付かないのだとか。『誰か助けてー』という悲痛な叫びまで、詳細に書かれているし。
「確かに俺では難しいな……ちなみに、この報酬の6,000……エヌって言うのか? この金額はどのくらいなんだ?」
「あ? あんた、金の価値に関しても知らないのか? そういや、そっちの説明はしてなかったな、すまない。単位に関してはそうだ。最小単位は1
「一応、1,000,000Nから上はミスリル貨になるが、そっちはドワーフの住んでるアルミナと取引がないと造れないから、場所によっては存在しない国もある。まあ、普通に暮らしている分には縁のない話だ」
「なるほど」
お金に関する話は初めて聞いたな。
やっぱり、単位はNでいいのか。
「ちなみに、その、6,000Nでどのくらいの価値があるんだ?」
6時間で6,000Nってことは、時給1,000Nってことだものな。
それだけで、一日暮らしていけるような額なのか、ってことは知りたい。
「宿屋素泊まりで、3,000Nから5,000Nくらいだと思え。6,000Nだったら、町人としての普通の生活をするのにギリギリの額だな」
「もっとも、今、カミュが言ったのは宿屋の部屋のベッドでゆっくり眠れるってのが基準の話だがな。冒険者によっては、野宿したり、冒険者ギルドの一室で過ごしたりすれば、もうちょっと金が浮くぞ?」
なるほど。
ということは、そのクエスト報酬だとけっこうギリギリなんだな。
特殊なスキルが必要なんだから、もうちょっと報酬が良くてもいいような気がするんだが。
そう、俺が言うと、カミュが首を横に振って。
「勘違いするな。それはあくまでも最低報酬だからな? キャサリンの場合、戦力にならなかったら、店番なり掃除なりでこき使うはずだ。それを踏まえた上での6,000Nだ。別に安いわけじゃない。追加報酬の記述もあるだろ?」
「あー、それで、拘束時間への報酬ってことなのか」
つまり、『鑑定眼』のスキルなしでクエストを受けてしまった冒険者への救済措置も含めてるってことか。
思った以上に、クエストって適正価格なんだな。
「当たり前だ。仕事と報酬のバランスを管理するのも、俺たちギルド職員の仕事だ。これがおざなりになると冒険者ギルドの信用に関わる」
「たまに、大幅にずれてるものもあるけどな。セージュも美味い話には飛びつくなよ?」
「わかった」
「まあ、金の価値に関しては、一日10,000Nは稼いでおかないと厳しいかもな。武器とか装備品も安いもんじゃないし、教会で癒しを受ける時もそれなりには金がかかるからな」
「教会で癒し?」
何だそれ? それに関しても初耳だぞ?
「ああ、そうか、そこも迷い人だと勘違いしてることがあるんだっけな。あんたらがいた世界がどうかは知らないが、こっちの世界には回復魔法がないからな」
「えっ!? マジか!?」
「マジだ。どころか、傷を癒す傷薬も決して、即効性とは言えない。戦闘中は使えないと思っていた方がいいぞ」
「……それって、随分と難易度が高くないか?」
「だから、本来ではありえないんだが、この町の教会には癒しスキルを持ってるやつを待機させている。加えて、迷い人が勝手に、即効性の薬を開発する分には問題ないってことにもなってる……随分と、ご都合主義な話だが、エヌのやつがそういう風に設定した」
「エヌ? お金の単位か?」
「違う、この
「うん? おい、カミュ、お前何を言ってる?」
不思議そうに尋ねるグリゴレさんに、カミュはよく浮かべるシニカルな笑みで。
「何でもない。そんなことよりも話の続きだ。深手の傷を負った場合でも、教会まで来てくれれば、格安で治療してやるよ、ってことさ。一回500N。迷い人に関しては、最初のうちは特別サービスってやつさ。だから、教会を上手に活用してくれよ」
「ああ、わかった」
そこで、クエストやお金に関する話も含めて、カミュの説明は終わってしまった。
うーん、もしかして、NPCのAIの中にも色々と差があるのか?
カミュは色々と裏事情も知っているようだし。
さっき、さり気なく言っていた『エヌ』っていうのは、
あ、そうか。
これはβテストだから、もしかすると、いくつかのNPCにはGMが出張ってきていることもあるのかも知れない。
ということは、カミュって、俺がきちんとアルバイトをしているかチェックしている『中の人』がいるってことか!?
うわ、そういうことなら、弱気になんてならずに頑張るしかないよな、うん。
よし! 俺のやる気を見せてやるぞ!
「よし! カミュ! 早速、クエストに行こうぜ! 俺頑張るから!」
「うん? 何でそんなにやる気になってるのか知らんが……ふふ、まあ、やる気があるのはいいことか。それじゃあ、町の外へと行くぞ」
「おお!」
何にせよ、町の外に出るのは楽しみだ。
グリゴレさんにお礼を言って、俺とカミュは冒険者ギルドを後にした。