おいらがご主人に連れられて散歩するコースには、途中に本屋さんがあるんだワン。町の小さな本屋さんなんだけどさ、ご主人はそこに来ると必ず立ち読みをしに入るんでござるよ。 今日もご主人はおいらを電柱にくくりつけて、一人で本屋さんに入っていったんだ。おいらは暇だから、そのへんクルクル回ったり、おしっこしたりしてたんだけど、ふと、本屋さんの入口にこんな張り紙がしてあるのに気づいたんだ。 「今話題の“機関車男” 50万部突破!!」 おっ、すごいでござるね! おいらも読んだよ、『機関車男』。ウ~、なかなか泣ける話だったよねぇ。本がなかなか売れない時代って言われてるのに50万部だなんて、さすがだワン。 そこでおいらは、帰ってきたご主人にシッポを振りながら言ったよ。 「すごいよ、『機関車男』が50万部突破したんだってさ! これならミリオンセラーも間違いなしだワン!」 なのにご主人ときたら 「う~ん、、、」とうなったまま渋い顔だ。 「どうしたの?」とおいら。「お腹でも痛いんでござるか?」 ご主人は歯切れ悪く渋い顔で語る。 「いやぁ、出版業界の『発行部数』ってのはウソが多いんだよなぁ」 「ええっ、じゃあ『機関車男』の50万部も、ウソだってわけ?」おいらは驚いた。 いやもちろん、『機関車男』が50万部売れてないと決めつけるわけじゃないさ。『機関車男』はステキな話だったしね、もしかしたら本当に売れてるのかもしれないよ。でも、本当に売れてるのか、それとも本当は売れてないのかを一般の人が検証する方法は、残念ながらないんだよ。 「な、、、なんだかよくわかんないワン」とおいら。 ご主人は渋い顔をして続けた。 まず「50万部発行された」と「50万部売れた」は違うってことさ。いくら「発行」したって、全部売れたとは限らない。返本だってあるし、本屋さんで並んでる本だって含まれてる。だから「発行部数=販売部数」じゃないってことさ。それがいつのまにか「売れた」になってるのが、情報操作のからくりのひとつだ。 それに、出版業界ではさ、『機関車男』みたいな書籍の発行部数ってのはあくまでも自己申告なんだよ。「書籍」っていうのは、毎月出るような「雑誌」と違って、出版社が「50万部発行しました!」って言えば、それを信じるしかないわけ。どこか公的な機関があって、そこが発表しているわけじゃないんだ。そんないいかげんな状況で、みんな正直に申告してると思うか? 「う~ん、おいらにゃよくわかんないよ。でもさ、ウソをついたとして、なんかリミットがあるの?」 「ポチのバカっ! 『リミット』じゃなくて『メリット』だっ!!」 ご主人は怒りながら答えてくれた。 もちろん大いにメリットはあるさ。「たくさん売れました!」って言えば、マスコミで話題になるだろ? そしたらみんなも「読んでみようかなぁ」って思うし、さらにたくさん売れて評判になったり、マスコミが紹介したとなれば、さらに多くの書店が店に並べて置いてくれるしね。結果的にますます売れるわけなんだ。だから出版社が本を売るための戦略として、発行部数を水増しして発表することは日常茶飯事なんだよ。 「でもさ、『機関車男』は、毎朝新聞の“今週の売り上げBest10”にも載ってたワン!」 おいらは、以前見た新聞を思い出して言った。 あ、あれか? じつはあれも怪しいんだよな。新聞に載る「今週の本の売り上げBest10」みたいなのって、調べる場所が決まってるんだよ。よく欄外に小さな字で書いてあるだろ? 「新宿ワンワン堂書店調べ」とかってな。つまり新聞に載るのはその店での売り上げ順位ってことだ。でもさ、、、もし関係者が「新宿ワンワン堂書店」で大量にその本を買えばどうなる? 「ああっ、、、それって、もしかしたら自分たちで買ってるってこと?」 ああ、実際によく聞く話さ。…っていうか、じつは俺も出版社の友人に頼まれて買ったことがあるんだ。新しい雑誌が出るから、ニャンコ屋書店で頼むから買ってくれ!って。 「ええーっ、ご主人もぉ??」 「ス、、、スマン」 ははーん、おいらはピンと来たよ。 だからさっきからご主人は渋い顔だったんだワン! もちろん『機関車男』でもそんな事実があるのかどうかは俺も知らないよ。でも、過去にそういうことは山ほどあったってことさ。発行部数を水増ししたり、関係者が本屋さんで買い占めることで、話題性をアップさせてたくさん売ろうとする手法は、出版業界では当たり前にされてることなんだよ。 「ご主人も手伝ったことがあるぐらいだからねぇ!」とおいらはチクリ。 「いやー、ポチもキツイなぁ。でもさ、毎月出てる「雑誌」なんてもっとひどいんだぜ」 ご主人は苦しそうな顔で答えた。 「なにがひどいのさ??」とおいら。 雑誌の発行部数なんて、書籍よりもっとメチャクチャなんだよ。実際に売れた部数の数倍、いや10倍もの部数を「公称○万部」とか言っちゃってるんだ。 「それって逮捕された人が、『自称ミュージシャン』って言ってるみたいなもの?」とおいら。 「そうそう、それと同じさ。出版社が勝手に言い張ってるだけだからな」 ご主人は相変わらず渋い顔で語る。 「でもさ、なんで雑誌はそんなにひどいの?」 おいらは疑問に思った。 おっ、いいところに気が付いたな! じつは雑誌って言うのは発行部数が命なんだよ。雑誌には「広告」が入ってるのを知ってるだろ? 雑誌社の儲けっていうのは、雑誌の売り上げじゃなくて、ほとんどを雑誌に入ってくる広告料金に頼ってるってことを以前話したと思うけど(→その8「車雑誌にだまされるな!」)、雑誌の広告収入っていうのは雑誌の発行部数に比例するんだよ。広告を出そうとする会社(広告主=スポンサー)は、「よく売れている雑誌」に広告を出したいからね。たくさん売れている雑誌は広告料を高く取れるし、たくさんのクライアントがつくってわけ。 そこでおいらは気づいた。 「あっ、だからたくさん売れてるように見せたいんでござるね?」 「ピンポーン! 大正解だ」ご主人はおいらの頭をなでてくれた。 発行部数が出版社の経営に大きく響くから、出版社は雑誌の部数を大きく水増ししたがるんだ。でも実際のところ、雑誌ってそんなに売れちゃいないのが現実だ。本当の発行部数は、公称部数の3割ぐらい、雑誌によっては10分の1ぐらいって言われてる。さらに、売れないで書店から大量に返本される分を差し引いた「本当の販売部数」なんて、発行部数のうちのさらに何割しかないさ。この実際に雑誌が売れた数というのは「実売○部」なんて言われてるんだけど、これは出版社でもトップシークレットで、編集部にいる編集君たちでさえ知らされてないことが多いんだってよ。 「ひどいっ、そんなことがよく許されるワン!」 と怒りでシッポがブルブル震えるおいら。しかしご主人は 「いやー、それが許されちゃってるんだよな」 とのんきな顔だ。 何がオカシイって、ほんと笑っちゃうのが、出版社が雑誌の発行部数をウソついてるってことを、業界ではみーんな知ってるってことさ。広告代理店やスポンサー、クライアントさえ、みーんな「雑誌の発行部数はウソだ」って知ってる、いわば公然の秘密なんだからおかしいよね。。。それでいて広告を出すんだから。。。まるでキツネとタヌキの化かし合いみたいなもんだよ。 でも、まぁ、さすがにそれはマズイよね、、、ってことで、じつは今年(2004年)の秋から、日本雑誌協会ってところが雑誌の「印刷部数」ってのを発表することにしちゃったんだよ。それを見るとすごいぜ。今まで大嘘を付いてたのがモロにばれちゃった雑誌がたくさんあって、業界はパニックしてるらしいよ。今まで発表していた数の10分の1ぐらいしか印刷してない雑誌もあったんだからな! 「ひぇー、今頃やっと本当のことを言うようになったわけ?」とおいら。 いやあ、それがヘンな話で、「経過措置」とか言って、相変わらず自己申告の水増し発行部数を発表してる雑誌もあるんだ。それに発表されたのは単なる「印刷部数」だからな。そのうちの何割かは売れないで返品されるんだから実際はもっと少ないさ。でも、それでも今までの公称部数に比べればだいぶ現実に近いのは確かだ。出版業界にとっては大きな進歩と言えるんじゃないかな? ふ~ん、おいらもだまされないようにしないとね。 以前「出版業界は不況だ」って聞いたことがあったけど、これじゃあ不況になるのも当然でござるよ。おいら、ほんとにあきれちゃうワン。 するとご主人は周囲を見回しながらヒソヒソ声でおいらに言った。 「でもな、これは出版業界だけの話じゃないんだ」 ~つづく~ (続きは次号だワン!) |