OVER PRINCE 作:神埼 黒音
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(モモンガですが、馬車内の空気が最悪です………)
あの後、借りてきた大きな馬車に乗り込んだのは良かったものの、空気は最悪だった。
頼みの綱とも言えるハムスケはその図体の大きさと重さから馬車には乗れず、今は機嫌良さそうに鼻歌交じりに外を歩いている。
自分もハムスケの背に……と言ったのだが、二人が強引に自分を乗せたのだ。
「モモンガさんと馬車に乗るのは、これで二回目ですね」
「そ、そうですね……」
自分の左隣に座ったニニャさんが上目遣いで自分を見つめてくる。
この子、以前に会った時より可愛くなってないか?いや、男の子に対して褒め言葉になるのかどうかはわからないが、おでこを少し出して余計に女の子っぽくなったような?名前も相まって、何だか猫みたいに思えてしまう……。
「ここから私達の戦いが始まるなんてドキドキしますね」
「そ、そうですね……」
自分の右隣に座ったラキュースさんが輝くような笑顔を向けてくる。
黄金のような長い髪が肩にかかり、深い緑の瞳に胸が高鳴ってしまう。シチュエーション的にはまるで夢に見たような光景である筈なのに……どうして俺はこんなにも息苦しいんだろう。
(降りたい……今すぐにでも馬車を降りたい……)
まるで両脇から鋭い剣でも突き付けられてるような心境だ。
何より二人から漂ってくる険悪なムードがそれに拍車をかけている。
「ニニャさんの用事、早く終わると良いですね。王都では闇を払う聖戦が始まりますし」
「僕には貴族の闇を払う方が先決に思えますけどね」
(良い天気だ……空が青いや……)
二人から目を逸らしつつ、辺りの景色をしっかり視界に収める事は怠らない。
転移の条件には一度見た事のある景色、というのが必要なのだ。
だが、こんな事なら魔法を使って《遠隔視/リモート・ビューイング》やアイテムBOXに転がしてる《遠隔視の鏡/ミラー・オブ・リモート・ビューイング》で主要都市を確認した方が良かった気がする……作業感ありありになるだろうが、こんな空気のままで王都まで行くよりは遥かにマシだろう。
「随分と貴族に恨みがあるようですね………貴女の用事は貴族に深く関わる事なのでしょうか?」
「そうですね……言うべきか迷っていましたが……むしろ、今言うべきなのかも知れません」
「………拝聴させて頂きます」
「攫われたのですよ。僕には姉が居たのですが、貴族が使い捨ての玩具にする為、慰み者にする為、適当に楽しんで、ゴミのように捨てたと聞いています」
「そ、れは………」
気が付けば重い話が展開されていた……馬車内の空気が一層重くなる。
もはや物理的な重力すら感じる程だ。
何も着けてないのに肩が重い。
「犬か猫のように貴族間で遊ばれては捨てられて、を繰り返して……今では、何処に居るのかも」
「そ、れは………ごめんなさい。貴女の用事を軽く見ていた非礼を詫びます」
「いえ………別に貴女がした訳ではありませんし……」
ラキュースさんが深々と頭を下げ、それを見たニニャさんが軽く目を見開き、何か落ち込んだように下を向いて動かなくなった。
両脇から感じていたギスギス感は多少薄れたが、代わりにどんより感が漂ってくる。
(ど、どうすれば良いんだ、こういう時は……)
こんな事ならもっとペロロンチーノさんが勧めてくるギャルゲーやエロゲーをやっておくべきだったか……自分の経験がないのだから、ゲームやら漫画から持ってくるぐらいしか……。
「モモンガさん、迷惑をかけるのを承知でお願いしたいんですが……僕の姉を探すのを、手伝って貰えませんか?お礼なら、モモンガさんが望む何だってします……」
「えぇ、私で良ければ力になりますよ」
ニニャさんが縋るような目を向けてきたが、自分の返答は実にシンプルだった。
良かった……助けを求めているなら、早くそう言ってくれれば戸惑わずに済んだのに。
考えるまでもない。
困っている人が居れば助けるのが当たり前……とまでは言わないが、自分は恩人からの必死な頼みを断る程、世知辛くも冷たくもないつもりだ。
「ニニャさん、私も協力させて下さい。貴女には不本意かも知れませんが、貴族ならではの機微や抜け穴なども一応、知識として持っています……少しでも力になれるなら……」
「あり、がとう……ございます………」
とは言え、自分もアテのない探偵ごっこのような事をするつもりはない。
対象を追ったり撒いたりする盗賊系ではないのだから。
第六位階の《物体発見/ロケート・オブジェクト》でも使って、一気に調べるのが良いだろう。それでも見つからないなら容赦なく《支配/ドミネート》を使って口を割らせる事も頭に入れておかなければ。
外道には、こちらもそれなりの対応を取らざるを得ないだろう。
恩人や仲間と呼べる存在と、それ以外の存在は自分の中で均等には並ばない。
その天秤は大きく傾き、片方は重く、片方は軽くなる。
こうして微妙な空気を孕みつつも、馬車の旅は続き………。
自分は転移用に様々な景色を納めていくのであった。
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あれから暫しの時が経ち、モモンガは馬車を降りた。
空気が重い、と言うのもあったが、それ以上に地図へ様々な事を書き記していきたかったのだ。
ゲームのように地点を登録出来る訳でもない。視界に収めるだけではなく、より鮮明に思い出せるように、特徴的な場所や地形などを記していく。
最初は二人も付いてきて横を歩いていたが、自分が意識を集中し、余り反応を返さないのを見て、今は二人とも馬車に戻っている。
(ここは大きな水車があるから、それを書いておくか)
ゲームで言うなら“マッピング”作業であろう。
ハイテク化が進んだリアルであっても、やはり最後は手作業である。仕事で大事な事を忘れないよう、注意すべき事など、何だかんだで人はメモ帳にそれらを書く事から離れられない。
(木とかじゃ、伐られたりする可能性もあるしなぁ……)
ラキュースさんから貰った周辺地図には、既にビッシリと文字が書き記されている。
自分は元々、マメな性質ではあったが、これ程に何かを書き込んだのは久しぶりだろう。何せ、この世界にはナビも何もないのだから、この作業は遊び感覚では出来ない。
必要な仕事であると思って、真剣に取り組まなければならないだろう。それに、万が一にも転移が使えないような状況になった時にも備え、地形や地理を把握しておくべきだ。
こうしてモモンガは持ち前の集中力と凝り性を全開にし、地図やメモ帳にペンを走らせ続けた。
その横ではハムスケがチョウチョを追いかけており、何ともいえぬ牧歌的な光景である。
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一方、馬車の中でも真剣な表情を浮かべている二人が居た。
攫われた姉を探す、という点では協力体制を取る事が出来た二人である。
が、ニニャから言われずともラキュースは元々、人攫いのような事を平然とする貴族など、貴族の面汚しであると常々考えている、貴族としては異端の人物だ。
当然、女性を物のように扱い、獣欲の捌け口にする男も大嫌いである。
ラナーと何度も相談し、遂には奴隷制度を廃止にまで追い込んだというのに、未だ王都には奴隷制度そのものであるような売春宿が残っており、今すぐにでも踏み込んでそこに居る屑どもを殺したいくらいに思っている程だ。
ラキュースからすれば、ニニャもその姉も貴族から一方的な理不尽を押し付けられた被害者であり、貴族である自分が嫌われるのも致し方ない、とそこは納得していた。
彼女が“男装”しているのも、深い理由があっての事だろうと口には出さない。
―――ただ、譲れない点はある。
一方、ニニャはその生い立ちを考えると貴族を嫌うのも当然ではあるが、少なくともラキュースを他の貴族と同じように糾弾し、一方的に嫌悪感を抱く、と言う事は無くなった。
彼女ほどの大貴族の御令嬢が、深々と庶民に頭を下げる事などありえないからだ。
貴族の傲慢さを骨の髄まで知っているニニャだからこそ、余計にその衝撃は大きかった。
本人の前では絶対に言わないであろうが、漆黒の剣というチーム名も十三英雄の一人が所持していたとされる4本の魔剣をいつか手に入れよう、という夢のような目標の為に掲げたものだ。
その夢である魔剣の一つを、ラキュースは持っている。
まるで悪魔に仕組まれたかのように、何もかもが噛み合わないのだ。
自分が嫌う《貴族》どころか、王城へ登り黄金姫と会える程の《大貴族のご令嬢》であり、
自分達のチームの目標である魔剣すら所持し、貴族に対抗する力を求め続けた自分の前に、まるであざ笑うかのようにアダマンタイト級冒険者という人類最高位の実力を持って現れた人物。
単純な嫉妬などを超えた、もっと複雑なものをニニャとしては感じざるを得ない。
現段階では、全てにおいて負けている。負けすぎている。完敗だ。
―――ただ、譲れない点はある。
「見た事のない文字だったわね………」
「……そうですね」
二人は其々考えていた思考を打ち切り、先程見た光景へと頭を切り替える。
二人の表情に浮かんでいるものは其々違ったが、思いは共通している。
―――知りたい、である。
あの文字は何なのか?彼は何処から来たのか?聞きたい事、知りたい事が多い。多すぎる。彼女達からすれば、一晩中でも聞きたいくらいだろう。
だが、長い間冒険者として活動してきた事がそれらを抑制する。
出身や出自、過去を調べたり問う事は余りにも大きなマナー違反なのだ。人によってはそれで激昂し、殺傷事件になる事もあるし、それらが原因でパーティーが解散する事だってよくある。
嫌われて良い相手ではない。万が一にも、嫌われたくない。
そういった想いから、二人はその辺りの事に関しては出来るだけ問わないようにしていた。
「仲間からは、王子だとか言われていたけど……本当なのかしら」
「モモンガさんは、モモンガさんです」
「あら、相手の立場や境遇なんて関係無い、と言いたいのかしら?」
「王子だろうが、旅人だろうが、何だろうが僕は気にしません」
「気が合うわね、私も同じよ」
先程よりはギスギスした空気は薄れたものの、今度は新たなギスギスが出てくる。
一番悲惨なのは、馬車を引いている御者のオッサンであろう。
彼は逃げたくても逃げられない。仕事だから。
「少なくとも、南方の出身という事には間違いなさそうね」
「そう、ですね……髪の色や文字を考えると……」
見た事のない文字を見て、二人の頭の中では南方出身の情報が確定となって埋め込まれる。
元々、この辺りでは黒髪の者は滅多に居らず、居ても茶色が混じったようなものであり、純粋に真っ黒というのはまず見ない。
「僕達のチーム名は漆黒の剣と言いますが……モモンガさんと“色”っていう共通点があったようで嬉しいです」
ニニャが「えへへ」といった表情ではにかみ、それを見たラキュースは笑顔を浮かべたまま、こめかみにピキリと血管が浮かび上がらせる器用な仕草で応えた。
「………黒と漆黒は、厳密には違うと思うんだけど。ううん、全然違う。違いすぎ」
「近い事は良い事だと思います。例えば誰とは言いませんが青色なんて、凄く遠い色ですし」
「近すぎて見えない、って事もよくあるわよね」
「「…………」」
(誰か助けてくれぇぇぇぇ!)
馬車を引く御者のオッサンは内心で悲鳴を上げていたが、その声が誰かに届く事はなかった。
現実は非情である。
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―――――スレイン法国 某所
一人の女がルビクキューを手に遊んでいる。
別段、楽しそうではないが、意識は集中しているようだ。
その様子を見て、男が何とも言えない表情になる。
「……英雄、出たんだって?」
「眉唾ものですよ」
短く、だが、ハッキリと男が告げる。
妙な気でも持たれて、ここから飛び出されては敵わない、そんな感情が透けて見える。事実、彼女はこれまで何度かそういう素振りを見せた事があるのだ。
まさかとは思うが、本当にここから離れられては笑い話で済まなくなる。
「そうかな……そうなのかな?強いと良いな」
「貴女より強い存在など、この世界の何処にもいやしませんよ」
「そうかな……そうなのかな?居ると良いな」
「居たとして、どうなさりたいので?」
内心うんざりした気持ちを抱えながらも、表情だけは取り繕い、男が言う。
たられば、もしも、そういう仮定の話は好きではない。非現実的な事より、着実に目の前の事を片付けていく……そうでなければ大勢の命を預かる隊長という役目は果たせない。
「貴方、いつ結婚するの?」
「……質問に質問で返されるのは困るのですが」
「そうだな……そうだね。そんな存在が居たとしたら、結婚する」
「なるほど、先程の問いに答えるなら、結婚するのはこちらの方が早くなるでしょうね」
「そうかな……そうなのかな?私の方が早ければ良いな」
男は苦笑を浮かべ、返事はしなかった。
女の方も別に返事など求めていないのであろう。その視線はルビクキューに向けられたままであり、会話を楽しんでいるといった風ではない。
「揃った。一面」
女がようやく顔を上げる。
その表情は別に嬉しくもなさそうだが、色が揃った面をどうだ、と言わんばかりに見せてくる。
しかし、他の面の色はバラバラのままだ。
「おめでとうございます」
男も短く、それだけを告げた。
黒猫と邪気眼がぶつかり合う中、
某所では”もう一人のオーバーロード”の姿が。
モモンガさん、勝手に結婚式()の予約入れられてますよ!