OVER PRINCE 作:神埼 黒音
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―――アゼルリシア山脈
獰猛なモンスターが数多く住み着き、竜さえ生息している危険地帯。
ここは主にドワーフ族が地下で生活している勢力圏ではあるが、数え切れない程の鉱脈が存在している為、王国と帝国も多数の鉱夫を出し、何とかその恩恵に浴しようとしていた。
が、強力なモンスターに多くの作業場が襲われ、死傷者が絶えなかった。
いつ襲われるか分からない場所での作業など、まともな神経でやれるものではない。
まして、坑道を掘り進むというのは只でさえ命がけの作業である。誰も手を挙げない仕事は結局、大貴族が無理やり掻き集めた民の群れが負わされる事となる。
ここ、王国が二つの派閥に分かれ、どうしようもない迷走を続けているにも拘らず、未だその命脈を保っていられているのは、ひとえに鉱山からあげられる収入が大きい為だ。
ここで発掘される銅や銀などは通貨や武具、日常の製品などに加工され、今日も王国の財政面を支えている。その裏には無数の民からの搾取……そして、数え切れない程の悲鳴や死傷があったが、貴族の誰もそんな事は気にも留めないし、これからもしない。
故にどの鉱山でも士気など皆無であり、死んだ魚のような目で作業しているのが殆どである。
―――ただ、一つの作業場を除いて。
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とある大鉱脈―――「マッシヴ」の作業場
余りにも危険地帯であるが故、何処の貴族も商会も数百年前には撤退し、投げ捨てた地である。誰も権益を持っていない空白地帯・無主の地である為、王国に一定の税こそ納めるものの、基本掘った物は鉱夫の収入となる為、ここで働く者達の士気は高い。
無論、いつ死ぬか分からない……文字通り、一か八かの仕事である。
鉱夫。坑道。砂煙。土砂。
そんな中で、筋肉と筋肉がひしめき合っていた。
男達の全身からは湯気が立ち昇っており、その姿はここでの力仕事がいかに大変であるかを窺わせるものであった。あちこちから怒鳴り声や、大声で指示を出している声などが響いており、本来なら静寂である筈の山が、荒々しい雰囲気に満ちている。
削られた山肌から見える、幾つもの坑道。
そこで働いている男の数、何と―――514人。
114人からスタートした小さな鉱夫の集団であったが、ここ数年でその規模は膨らみに膨らみ、もはや大貴族でさえ軽く口を出せない程の一大勢力に伸し上がった集団である。
ひしめきあう筋肉と、何十本と掘られた坑道を全て見渡す高所に、一人の女が居た。
アダマンタイト級冒険者、ガガーランである。
高く組まれた櫓のような台には立派な椅子とテーブルが置かれており、そこには山のような肉や果実、そして幾つもの酒樽が豪快に置かれていた。
坑道から出た男達は胸一杯に新鮮な空気を吸い込み、そして櫓に鎮座するガガーランを見て破顔する。そして気を引き締めなおして再び坑道へと潜っていく。
彼らにとって、ガガーランは女神なのだ。
手も足も出ない凶悪なモンスターから自分達を救い、守ってくれる、文字通り……女神。
大自然の驚異と、モンスターの脅威に挟まれながら生きる彼らにとって、その二つをまるで歯牙にもかけず、寄せ付けないガガーランは憧れの対象であり、ここに居る誰もが彼女を慕い、強烈すぎる程の恋慕の気持ちを抱いていた。
この作業場には勿論、他の冒険者も山ほど雇われており、作業場を広く囲むようにして万全の態勢がとられていたが、それらに対してはあくまで金で雇い、雇われるビジネスの付き合いである。
それらとは違い、ガガーランに対するものは一種の信仰でもあり、やはり恋慕であった。
一度、この集団は竜に襲われた事があるのだが、まだ成長していない仔竜であったにも拘らず、雇っていた冒険者達はたちまち殺され、逃げ出し、遂には最後に一人だけ残ったガガーランが血だらけになりながらも、仔竜を討ち取る事に成功したのだ。
この事件が決定打となり、それ以降は鉱夫の誰もがガガーランに対し、親しみを篭めて「姉御」と呼ぶようになり、彼女に少しでも格好の良い所を見せようと躍起になって命懸けで働くようになった為、この集団は異常な程の成長を遂げてきたのだ。
評判が評判を呼び、国内の有力な職人達が次々と入ってきた為に、更に集団としての力を増していくという、巨大なプラスの連鎖を生み続けている集団でもあった。
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「おめぇらもよぉ、俺っちの世話なんざしてても退屈だろうが」
「とんでもないですよ、姉御。ここに居る事が、自分達の誇りなんす」
今も彼女が座る椅子の横には二人の世話役の男が付いているが、この場所は「姉御当番」と呼ばれ、熾烈な争いによって選抜される。昔はそれこそ、血の雨が降っていたものだ。
今回の当番に選抜された二人は街を歩けば女性がつい、振り返ってしまうような偉丈夫であり、誰から見ても実に良い男達であった。そんな二人が恭しく傍に仕え、熱い視線をガガーランへ注ぐ。
まさに514人の男を従える女帝そのものであった。
「……ん、何処か崩れたか」
「本当ですか、姉御?!」
そう言った時には既にガガーランは櫓から飛び降りていた。
発言と行動が同時―――まさに冒険者である。
ガガーランが向った先の坑道は大勢の男達が大声を張り上げ、名状しがたい混乱の中にあった。坑道の入り口が崩落を起こし、大岩が道を塞いでしまったらしい。
「こんな大岩どうすりゃいいんだ!」
「岩多スギィ!」
「とにかく突っ込め!中に人が!」
「あっ、おい待てぃ(江戸ッ子)」
「二次災害が危険って、それ一番言われてるから」
「ツルハシを!!」
「おぅ、あくしろよ」
「“バール”持ってこい!“バール”ゥ!」
「誰か、魔法詠唱者を呼んでこい!」
「馬鹿野郎!こんなもん、魔法でどうにかなるかよ!」
そんな混乱の中、ガガーランの姿を見た誰もが口を閉ざし、道を空けていく。
大岩の前では只一人、まだ若い少年が必死に岩を退けようと懸命にツルハシを振るっていた。
「坊主、良く頑張ったな。こっから先は俺に任せな」
「ぇ……貴女は……!」
少年の目が大きく開かれる。
そこには自分の、いや、自分達が憧れて止まない女性が居た。
首が太い。
身体が太い。
足が太い。
腕が太い。
指が太い。
眉も、鼻も、放たれる眼光も太く、吐きだされる吐息さえ太い。
ガガーラン……その名まで太い。
「で、ですが、姉御!幾ら姉御でも、こんな岩……!」
ガガーランは今にも泣きそうになっている少年に対し、笑みを浮かべる。
濃い笑みであった。
見る者に安堵感と安心感を与える、太い笑みでもあった。
「坊主……石ころなんざよぉ、こいつで十分だろ?」
そう言って突き出された拳。
丸い、コロリとした拳であった。
そして、何処までも太い拳。
大木であろうが、岩石であろうが、そこを砕かずにはいられない拳であった。
それを見た少年の目が瞬きした瞬間、《それ》が突き出された。
否―――突き出し終えていた。
次に目を開いた時、目の前にあった岩石が粉々に打ち砕かれていたのだ。
「あ、姉御………!」
少年が感極まったように涙を流す。
にいっ。
と、ガガーランが笑った。
「言ったろ。何が襲ってきても、守るってよ―――」
匂い立つような漢気。
たまらぬ女であった。
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その夜は514人の男達が繰り広げる、盛大な宴となった。
近隣の大小様々な貴族や商会から驚く程の酒肴が届けられている。何とか彼らの機嫌を取り、掘り出した物を少しでも安く、多く売って貰おうと必死なのだ。
中には抜け目無く、帝国の商人からも酒肴が届けられている。
彼らは只の鉱夫集団ではなく、アダマンタイト級冒険者がバックに着いている厄介な集団でもあった。騒ぎを起こせば最悪、蒼の薔薇繋がりでアインドラ家が嘴を突っ込んでくる可能性もある。
王家にも大きな富を齎している集団でもあるので、これ幸いと仲裁に入る体で更に権益に食い込もうとしてくる危険性もあり、多くの貴族が珍しくこの集団に対しては手を付けかねていた。
「姉御、今日も何人か“男”にしてやって頂けやすか」
「おいおい、連日休む暇もねぇじゃねぇか」
ガガーランの童貞好きは有名であり、ここで働く誰もがその初めての相手をガガーランにして貰いたいと熱望しているのだ。少年達はまだ良い、可能性がある。
しかし、壮年の鉱夫や、既に妻子持ちの鉱夫などは可能性がない為、血涙を流していた。
「「お、お願いします姉御ッ!」」
そう言って輪から出てきたのは3人の少年。
その誰もが若く、力に満ちている。鉱山で働く少年特有の負けん気の強さが顔に漲っているようであり、世の女性達がとても放っておかない少年達であろう。
「おめぇらもよぉ、街に出りゃ幾らでも相手が居るだろうに……」
「街の女なんてどうでも良いんです!俺は、ずっと姉御に……姉御だけにッ!」
「わ、わぁーったよ。そんなにムキにならねぇでも、ちゃんと相手してやっからよ」
「お願いします!!」
周りの鉱夫達も「男になってこい」「めでてぇ!」と声を上げているが、その顔には隠せない悔しさも滲んでいた。何故、自分達は童貞を捨ててしまったのか、と。
あの日、あの時、童貞を捨てなければ……自分も姉御と夢のような一夜を過ごす事が出来たかも知れないのだ。それを思うと、後悔してもしきれない。
「そんじゃ、飯も食ったし行くか?」
「ヨロシクお願いしますっ!」
ガガーランの後ろに3人の男が続き、やがてその姿が見えなくなる。
残された男達はヤケ酒を飲みながら管を巻いた。
「俺も姉御に抱かれてぇよ……」
「ふざけんな、てめぇみたいなヘボが姉御に釣り合うかよ」
「姉御の大胸筋、何度見ても堪らねぇな」
「そんな腐った目で姉御を見んじゃねぇよ、穢れるだろうが!」
「なぁ……魔法で童貞に戻れないのかよ……」
「そんな方法があるなら、ここの銀を幾らでもくれてやんよ」
「違いねぇ」
こうして男臭い鉱山の夜は更けていく。
翌日、男になった三人は晴れがましい顔でウキウキと仕事し、それを見た周りの鉱夫達は嫉妬で悶え苦しむ事となった。
鉱夫達は今日も、童貞に戻りたいと願いながらツルハシを振るう。
(相変わらず、凄ぇ集団だな……ここは……)
それらの光景を、同じく護衛についている他の冒険者らが何とも言えない表情で見ていた。
ガガーランがモテモテの二次って見た事が無かったんで、フルスイングで書いてみた。
見た事がない。
ならば、書こう。
そう思った。
思った時には書き終えていた。
馬鹿な―――誰得だ。
そう思う。
まっとうな神経じゃない。
「ガガーランで丸々一話?これは酷い―――」
誰かの呻き声が聞こえた。
この作者、何を考えているのか――
そういう思いが、声に滲んでいるのがわかる。
にいっ。
と。笑った。
「ガガーランがモテる二次があっても、良いじゃないか――」
「ぬぅっ!?」
馬鹿な――
こんな事がありえるのか。
このようなことが、出来るのか。
たまらぬオバロ二次であった。