第6話 農民、冒険者ギルドに行く
さっきは玄関っぽいところをちょろっと見るだけで素通りした、冒険者ギルドの建物へと再びやって来た。
その時にも思ったんだが、ここゲームとかでいう冒険者御用達の施設って言うよりも、どちらかと言えば、普通のお役所のような雰囲気が強いのだ。
町役場の建物というか、木造平屋建てのちょっと広めの建物で、中へと入ると受付のカウンターらしき空間がどーんと広がっていて、カウンターの奥の方には本棚とか、資料のようなものが山と積まれた机とか、メモ書きのようなものが貼られた衝立とかがあって。
どっちかと言えば、地方銀行とかのイメージに近いというか。
受付自体も窓口がいくつもあって、それぞれに職員がいて、どう見てもこの町の規模よりも立派な感じがするのだ。
その辺は、スタート地点の町っていうことも関係しているのかも知れないな。
俺のようなプレイヤーが多く訪れることも計算されている、とか。
あとは、ちょっと、玄関から左の奥の方のスペースを見ると、壁に貼られている依頼書を見比べている冒険者っぽい感じの男女がいたりとか、円卓のようなところに座って談笑している人の姿も見えた。
服装とかを見ていると必ずしも、冒険者という感じではなさそうだ。
町の人も普段から、このギルドを活用してるのか?
そういう意味では、自分が思っていたような冒険者ギルドのイメージとは大分違う気がした。
仕事の斡旋とか、そういうのだけをやっている施設だと思っていたんだが。
「おう、よく来たな。何か用があるんだったら、こっちの窓口まで来な」
そんなことを考えていると、右端の窓口から声をかけられた。
受付嬢って感じじゃない、いかにも鍛えてますって感じの黒髪の男だ。
年は中年と言うか、そこそこ行ってる感じだが、引き締まった筋肉をした上に、黒々と日焼けもしていて、かなりがたいが良さそうだ。
服装こそ、普通の繊維の服を着ているが、どこか、冒険者! というインパクトが伝わって来た。
口調も気安い感じで、客商売ってノリじゃないしな。
「すみません、さっき、お婆さん……サティトさんから、旅人は一度顔を出した方がいいって、勧められまして、やって来ました」
「お? なんだ、迷い人だとは思ったが、サティ婆さんとも話したことがあるのか? へえ、珍しいな。普通は、真っ先に、この冒険者ギルドにやってくるもんだと思っていたんだが、お前、中々見所があるな」
「そうなんですか?」
「まあな。困った時の冒険者ギルドって言ってな。普通は、門番からこっちに送られるか、自分からやってくるか、町中でトラブルを起こして、自警団に連れてこられるか、その三つのうちのどれかだからな」
そういうものなのかな? と男の言葉に首を傾げる。
まあ、どういう選択をしても、最初は必ず、冒険者ギルドに来ることになるのは間違いなさそうだ。
「俺の名前はグリゴレだ。冒険者をやりつつ、このギルドでも働いている。まあ、言うなら、荒事担当の冒険者ギルドの職員だな。それで、お前、名前は何て言うんだ? 冒険者ギルドで発行している身分証があるのなら、そっちも見せてくれ」
「あ、はい。俺はセージュです。セージュ・ブルーフォレストって言います。身分証はまだ持ってません」
そもそも、まだゲームを始めたばかりで身分証なんてないしな。
むしろ、おそらくここで手に入るんだろうな、くらいに思っていたし。
そんな俺に対して、グリゴレさんが頷いて。
「わかった、セージュだな? どこからやって来たとか説明できるか?」
「日本の北海道の札幌からですね。そこから、ここへと来ました」
「なるほど、聞いたことがねえな。ってことは、お前は迷い人ってことで間違いなさそうだな。その、ホッカイドウってのも、サッポロってのも、この大陸の地名にはないからな。だったら、どこの大陸出身でも、こっちとしてはおんなじことさ。お前を『迷い人』として、対応させてもらう」
あ、やっぱり、ゲームの中の人はこっちの事情って知らないのか。
そういう部分も確認したくて、あえて、向こうの地名を出してみたんだが。
うん?
それにしては、別段、動じた様子もないよな?
まあ、当たり前の話だが、他のテスターとかもいるだろうから、俺みたいなやつにはそういう対応ってのがマニュアル化されているんだろうな、と何となく納得する。
「迷い人に関しては、どっかから飛ばされてきて、着の身着のままのやつが多いからな。だから、そういうやつらのために、教会を通じて補助が出ているんだ。セージュ、お前は金を持ってるか?」
「いえ、持ってないです」
「はは、だろうな。そうなると、ここの仕事なりを受けてもらって、それで生活費を稼いでもらうんだが、そもそも、そのための準備が大変だろ? だから、最初は冒険者ギルドから、武器なり防具なりの装備品を貸してやる」
まずはそれを使って、簡単な仕事をしてもらうぞ、とグリゴレさんが笑う。
ほぅほぅ、なるほどな。
そういう風な流れになってるのか。
何でも、グリゴレさんによると、神聖教会と呼ばれる組織から、迷い人の育成のために補助金が交付されているのだそうだ。
当面の支度金や、冒険者ギルドが迷い人へと貸し出す装備の用意など。
それを使って、この世界の金を稼ぐ方法を学んで、少しずつ世界に馴染んでくれって、そういうことらしい。
要するに、これもチュートリアルの一部ってことか。
ハイネから、冒険者ギルドの担当へと移ったってところだろうな。
「代わりと言っちゃあなんだが、簡単なクエストも受けてもらう。なあに、冒険者に成りたてのやつでも務まるようなものさ。それで、お前の実力を計るのも兼ねているんだ。無事、クエストが終わったら、身分証となるカードを発行してやる」
「わかりました」
「はは、随分と素直だな。そうは言ってもだ、お前みたいな迷い人だと、こっちの常識とか当たり前に知ってることとかも欠けているだろうからな。一応、それなりに実力のある冒険者を付けさせてもらうぞ。お前の実力を計る担当も必要だからな」
お? そうなんだ?
つまり、ひとりでクエストをクリアしろって話じゃないのか。
冒険者のNPCが一緒についてくるって話なのか。
「そうだな、今手が空いてるやつは……おっ、おーい、カミュ、ちょっといいか?」
そう言って、グリゴレさんが声をかけたのは、受付の後ろの方でギルド職員と話をしていたひとりの女性だ。
えっ!? というか、修道女というか、シスターの服装をしているんだけど、その姿にまず驚かされる。
長い金髪がきれいな、だが、年恰好としては、どう見ても俺よりも年下にしか見えない女性。女性というか、もう少女だな。下手をすると小学生くらいにしか見えないぞ?
「あん? どうした、グリゴレ? 何か用か?」
「ああ、カミュ、もうそっちの仕事は終わったんだろ? ちょうどいいところに迷い人の客が見えたから、そっちの対応を頼んでもいいか? 今、ちょっと時間帯が早いせいか、そっちの任務に適したやつがあまりいないんでな」
「ふーん? ……そっか、もう今日からだっけな。まあ、仕方ない。そいつに関してはあたしがやるが、グリゴレたちも早いとこ、そこそこのレベルの連中を呼び出しておけよ? それなりの数が来るって話だからな」
そう言いながら、そのカミュと呼ばれた金髪シスターが近くまでやってきた。
「よぅ、迷い人の兄さん。あたしはカミュ。カミュ・ハルヴ・エンフィールドだ。見ての通り、教会のシスターをやってる女だ。ま、クエストをやる短い間の付き合いになるが、よろしくな」
「あ、はい、セージュ・ブルーフォレストです。どうぞよろしくお願いします」
「あー、敬語はいらないよ。何せ、あたしもこのなりだ。あんたが下手に敬語を使うと、周りから変な目で見られるだろ? だから、自然体でいいぞ。別に一緒に付いてくってだけで、先生ってわけでもないんだしな」
その方が気楽だろ? とカミュがシニカルな笑みを浮かべる。
というか、この子供シスターは何者なんだろうか?
そもそも、ゲームの中だし、見た目と年齢が違っていたりもするのかも知れないな。さっきハイネも長命種がどうとかそういう話もしていたから、一見、いやどう見ても、子供にしか見えない、目の前のシスターもそれなりに冒険者としては強いのかも知れない。
何より、いかにもな子供を前に、言葉で気を遣わないのはありがたい。
「わかった。カミュ、でいいんだな?」
「ああ、それでいい。ふふ、そっちの方があたしも気が楽だからな」
そう言って、にっこりと微笑むカミュ。
お、そういう仕草はかわいいかも。
口調が荒々しいけど、そういう意味では美人さんに見えるしな。
「はは、こう見えて、カミュは中々の実力者だぞ。冒険者ギルドのランクはないが、教会の巡礼シスターとして、ぶいぶい言わせてるからな。だから、安心して頼っていいぞ、セージュ」
「ふん、こう見えては余計だ、グリゴレ。そもそも、見た目で騙されるやつの方が悪いんだ。そんなこっちゃ、愛くるしいモンスターに殺されるぞ?」
「人形種とかか?」
「ああ。連中、敵には容赦なしだからな。ま、そういう意味なら、運が良かったな、セージュ。あたしがあんたの可愛い幻想を打ち砕いてやるから」
それで甘えも消えるだろ、とカミュが悪そうな笑みを浮かべる。
……おーい。
本当に目の前の金髪シスターは大丈夫なのか?
途端に、その言動に不安を覚えて、俺は心の中でため息をついた。
地方の冒険者ギルドの場合、役場業務を兼任しているところが多いです。
そのため、普段から冒険者以外もギルドを訪れます。