第5話 農民、はじまりの町に喜ぶ
気が付くと、見慣れない町の中へと飛ばされていた。
ここが、さっきハイネも言っていたスタート地点の町というやつなのだろう。
見た目的には、森の側にある小さな町、という感じか?
てっきり、こういうゲームだと最初の町って、どちらかと言えば、いわゆる中世ヨーロッパ風の『いかにもロールプレイングゲームですよ』っていうような場所から始まるのかと思ったら、そうでもないらしい。
もちろん、ファンタジー的な雰囲気のある素朴な町であるのは間違いない。
ここから見える家のほとんどは木造のようで、地面も、石畳でもなく、普通に赤土を固めたような道が続いている。
少し離れた道の先に簡易的な門のようなものや、柵のようなものも見えるので、俺が立っているのは、どうやら町の真ん中辺りのようだ。
ただ、見た感じ、あんまり大きな町ではなさそうではある。
建っている家のほとんども、平屋の一軒家がほとんどで、高さのある建物はほとんど見当たらないし。
遠くの方に見える、鐘のついた建物は教会だろうか?
そこは二階建て、三階建てくらいの高さはありそうで、他の家と比べてもちょっと立派な作りになっている。
「あっちは、畑か?」
その教会の向こう側には、畑らしき場所に、何やら作物っぽい草が茂っているのが見えた。実家が農場を経営していることもあって、そういうのがどうしても気になってしまうのだが。
いや、だから、農業から少し離れろよ、俺!
思わず、自然と浮かんできた思考に、ツッコミを入れてしまう。
職業が農民だったことが多少は尾を引いているんだろうな、と思う。
ただ、そこで、気付く。
「……そう言えば、チュートリアルで細かい説明を一切受けていなかったぞ」
何というか、ステータスの設定というか、自分のキャラを登録して終わってしまったような気がするが、他にも色々と知らないとまずいことがあったと思うのだ。
例えば、お金のこととか。
何せ、この『PUO』、発売前のゲームだけあって、事前情報がほとんど入ってきていないのだ。
当然のことながら、こんな最初の町の情報ですら、まったくネット上にもあがって来てはいなかった。このクローズドβのテスターの件も噂程度で、詳しい話に関しては、ほとんどネットの掲示板とかでも触れられていなかったしな。
「……そう考えると、ユウのやつすごいな。どこで情報を拾ってきたんだ?」
俺に、テスターのアルバイトの話を教えてくれた友人のことを思い出す。
いくつかのオンラインゲームで一緒になって、それが縁で仲良くなった男だ。
住んでいる場所が違うので現実では会ったことはないが、同じ学年ということもあって、一緒に遊んでいると楽しかったやつだ。
とにかく、そんなゲームに関しては、かなりすごいやつのおかげで、俺もこのゲームをプレイできているので、それについては感謝しかない。
なので、できれば、ユウもテスターをやっているなら、早いうちに合流をしたかったんだが、さっきから町を見渡しても、俺以外に、プレイヤーというか、それらしい姿を見かけないんだよな。
もちろん、この町の住人って感じのNPCらしき人は道を歩いているし、お店らしき建物で忙しそうに働いているのは見える。
ただ、まあ、なんだろうな。
ゲームを楽しんでますよ、っていう感じの興奮気味のやつの姿は見かけないというか。今の俺みたいに、『うわ、本当に別の世界に来たみたいだな』とか、うきうきしている姿が皆無なんだよな。
「おっかしいな、テスターによるプレイスタートって、今からだろ? ここが最初の町ってことは姿くらい見かけてもいいと思うんだが」
それとも、他のやつらはチュートリアルで時間がかかってるのか?
確かに、事前情報がない以上は、スキル構成とかを真剣に考える方が普通だろう。
実は、俺みたいに
今考えると、少し軽率な真似をしたのかもしれない。
もっとも、それを後悔するつもりもないがな!
せっかくのテスターなんだから、色々と失敗するのも含めて、このアルバイトの仕事というやつだろうし。
「とりあえずは、町の中を色々と巡ってみるか」
まずは、テスターとして基本的なお仕事から行ってみますか。
さて、町を色々と巡ってみて、わかったこと。
この町は、オレストの町という名前である、ということ。
町中には、武器や防具などを売っている鍛冶屋、服などを作ってくれる仕立て屋、俺たちのような町に住む人間以外が泊まる宿屋、さっき見かけた教会、あとは、冒険者ギルドとか商業ギルドというゲームではお約束のような施設に、閉まったままで人気がなさそうな魔法屋、などがあるということがわかった。
とりあえず、俺がその辺を歩いている町の人に話しかけたり、お店をやっている人に話を聞いて教えてもらったことはそのくらいだ。
とりあえず、旅人だったら、その辺りを一通り見ておくといい、と親切なおっさんや優しそうなお婆さんから教わったのだ。
やっぱり、ハイネと会った時にも驚いたが、想像以上にこのゲームのNPCってのはしっかりしているようだ。
問いかけに対しての返事とかも自然で、生身の人間と話しているのとまったく変わらなかったしな。
どこからともなく漂ってくる香ばしい香りとか、鍛冶屋の奥から響いてくる金属を打ち付けるような音、ほのかに新緑の匂いを含んだそよぐ風。
五感をフルに刺激してくるそれらは、今までのVRMMOとは段違いだ。
本当に、随分と細かいところまでしっかりと作られているんだな、と嬉しくなってしまう。
土の香りとか、肉をさばいているところの獣っぽい匂いとか、別にわざわざ再現しなくてもいいんじゃないかとも思うけど、そういうわずかなものが積み重なっているせいで、ここがきちんとした世界の中、という実感が沸いてくるのだ。
――――うん! いいな、いいな!
「じゃあ、そろそろ、冒険者ギルドに行ってみるか」
町の人たちの話だと、旅人や迷い人の場合、一度、冒険者ギルドにあいさつに行った方がいいらしい。
そうすることで、正体不明な謎なやつから、きちんと冒険者ギルドを通過した人って評価に変わるらしい。
『あんたは人の良さそうな顔をしてるけど、普通は怪しまれるからねえ。いつもだったら、門のところで冒険者ギルドまで行くように促されるはずさ』
そんなことをお婆さんが言っていた。
よくよく考えると、俺って、門を通らずに町の中に入ってるんだよな。
ハイネに飛ばされたとはいえ、普通だったら不法侵入ってことになるのか、これ?
まあ、町の人もこっちが丁寧に話をすれば、いきなり敵愾心とかぶつけてくる人もいなかったし、そこまで厳しい話でもないのかも知れない。
案外、システムの都合上、って話なのかもな。
とにもかくにも、冒険者ギルドに行かないと話が進まないらしい。
その審査みたいなのを終えないと、宿にも泊まれないし、店で商品も売ってくれないようだしな。
あ、そうそう、さっき、『ステータスウインドウ』の方を確認してたら、所持金という項目を発見した。
それはいいんだけど、その項目が『0N』となっているのには驚いた。
Nってのはたぶん、この世界のお金の単位だよな?
でもスタートで所持金ゼロって、どういうことなんだよ、と。
こっちは、武器も何も持っていないんだが、これでどうしろって言うのだろうか?
まあ、だからこそ、やれることがほとんどなくて、冒険者ギルドに行くしかなくなっているわけだ。
何はともあれ、冒険者ギルドへと行くとしようか。
お金は大事。
オレストの町は森の側の小さな町なので、町の人はお互いが顔なじみです。
なので、外から来た人間はすぐわかります。
『迷い人』が多く訪れる町、です。