その17謝罪

  「……そんな話はこの仕事に携わって初めてです。その話は週刊誌に載るレベルですよ。」

 

 2018年9月、私の個展に向けて新聞記者と打ち合わせをした。ついでにこの事件のことも話した。

 2016年8月の事件にはたくさんの実在人物がいる。哲学青年、そしてこの後登場する魔術師の医者、彼らもこの世に存在する。だから公言はできないと判断した。だけど、伝えたい。私独りでは抱え込めない事件なのだ。あまりにも重荷で私独りでは心に収まりきれない。苦しんだ。

 

 神の赦しを求めて私はこの小さなブログで書くことを決意した。もともと人形ブログなのにどうしたの?と疑問をもたれる読者もいるだろう。この件においては許してください。このエピソードは急いで書いています。書ききったら元の穏やかな人形ブログに戻します。

 

 

その16策士の内情

 この恋は甘い毒薬

 

 時間の流れは順番通りじゃないけど、哲学青年はカフェのみんなにこう言っていた。

 

 「僕の学校の運動会で騎馬戦があって、僕のチームは最弱だったんだ。だから僕は学校の図書室の本でいっぱい戦い方を研究した。その結果、運動会で僕のチームは圧勝した。学んで研究すればどんなこともできる。だから僕は本を読む、研究する。」

 

 これは哲学青年の本質を掴む大事な証言である。哲学青年はただ本を読む人ではなかった。

 

 私と付き合うときに哲学青年はこうも言った。

 

「たくさんの占い師から言われている、僕は王になる相を持っている。いつかアレキサンダー大王のようになりたい。」

 

 哲学青年は野望のために、支配のために本を読んでいる。私はただ純粋に本が好きで読んでいる。哲学青年をひとつの言葉で表現すると、「支配」だ。哲学青年は支配を実現するために本を読んでいる。今思えば私との恋もたくさんの作戦を練ったのだろう。私が「?」と思った時期は2016年5月、哲学青年はおそらく2016年2月より以前から作戦を考えていた。

 

 哲学青年は恋の策士だった。恋の策士、なんだかエロティックな響きの言葉だ。

  そんなことある?

 

 哲学青年と付き合うようになって私は朝の6時半にベッドから起きてパソコンを立ち上げ、その日の天気を調べる。その後朝の7時前に哲学青年に挨拶を兼ねて今日の天気を報告のメールを送る。哲学青年はそうして会社に出社する。これは普通の事柄である。

 

 哲学青年との交際のことをカフェのみんなに話すと、意外な言葉が返ってきた。

 

 「そうなることは前からわかっていたよ。あなた、哲学青年の好みの女性だもの。」

 

 ???なんで?そんなにわかりきっていたことなの?私はただ哲学青年の討論友達だよ?

 

 後日判明したことは、哲学青年はシュタイナー思想の喧嘩から私のことが好きになって、情報操作していた!哲学青年の親友に尋ねてわかった事実である。哲学青年の親友曰く、哲学青年は私に一目ぼれして周囲にいろいろ私の話をしていた!ウソー!でも本当……。

 

 哲学青年は相変わらず私のことを姫や女神、神の娘と言っている……。嬉しいけどさすがに私は恥ずかしかった。真顔でペルシアの姫って言われるのですよ!哲学青年大丈夫?

 

 そのことを哲学青年の親友に話したら、

 

 「ああ、彼はロマンチストで情熱的だからなあ……。」

 

 私は絶句した。

 

  それと哲学青年の面白い発言。哲学青年の仕事はお金の経理専門である。なぜ経理の仕事選んだの?と私は哲学青年に質問した。

 

  「経理の仕事はゲーテの格言に沿っているからだ!」

 

  私、返す言葉が無くてこれにも絶句した。

  哲学青年大丈夫?

 

 2016年7月、真夏の暑い日だった。私は昔ロサンゼルスのサンタモニカで買った白いレースのドレスに同じ店で買った白い麦わら帽子、胸にはグリーンガーネットのペンダントをした。哲学青年は真夏なのに涼し気に漆黒のスーツを纏っていた。もともと討論友達なので会話は困らない。私と哲学青年は上野に出向いた。

 

 真夏の上野公園は濃い緑の葉が生い茂っていた。だけど、なんだかみんな私たちをジロジロと見る。私が白いドレス、哲学青年は黒のスーツ姿なので目立つのかなあ……。特に哲学青年は細身の長身で、髪の毛の色が茶色で眼は金色、哲学青年の容姿ってビジュアル系みたいだものね。私もよくロシア人のハーフとさんざん間違われるしね。まるでカップルがコスプレしているように見えたのかもしれない。

 

 哲学青年は古代ギリシャ哲学が大好きで、特にアレキサンダー大王に憧れを持っていた。アレキサンダー大王はペルシアの姫と結婚したと哲学青年は私に説明する。君はそのペルシアの姫のようだ。

 

 哲学青年は最後の最後までロマンチストだった。これ以後私のあだ名はペルシアの姫になる。そんなこと言われてこっちが恥ずかしい。まあ、私の遺伝子は本当に中近東系に近く、5人の医者が日本人離れしているという。でも哲学青年、眼をキラキラさせて私をペルシアの姫と真顔でいう!このひと真剣にペルシアの姫っていう!どうしよう!

 

 もうこの時点で哲学青年は恋の狂気に突入しているともいえる。

 

 さて、古代ギリシャ展は面白かった。いろんなの見るたびにいつもの討論が始まって、しゃべりすぎてあるご婦人に睨まれました。カフェでも会話を楽しんだけど、こう外出して哲学青年と話すと会話が止まらない!哲学青年はプラトンの「饗宴」が大好きで、次回説明してくれる約束をした。

 

 食事は上野の洋食屋の精養軒にした。私は男性におごられる機会が多いので、美味しくて少し洒落ていてかつ適正値段のレストランを選ぶ。私は食後口紅を直し、薬を飲んだ。薬を飲むとおしゃべりな哲学青年が急に黙る。

 

 そうしてあちこち寄り道しながら帰りの電車に乗った。私は家の近くの坂で哲学青年と別れようとした。そのときだった。哲学青年の手は私の手を強く握った。哲学青年の金色の眼は炎のようだった。

 

 「どうか真剣に考えてほしい。」

 

 その言葉を発する哲学青年は別人だった。細身で長身で子ども時代女装させられた哲学青年が、熱い男性の手で私の手を少し強引に握る!その情熱が少し怖く、私は目を伏せた。そして挨拶して急いで家に帰った。

 

 ……このことを書くと、何だかロマンティックな恋ですよね……。2年経っても私が忘れられない理由は哲学青年が本当にロマンチストな男性だったからだ。デート後私を真顔でペルシアの姫って呼ぶのですよ!どこの漫画?今回の内容はここまでにします。

その13告白

 純然たる恋純粋すぎた恋

 

 私は哲学青年が好きで哲学青年も私のことが好きだった。あとは時間の問題。私も色々悩んだ結果哲学青年に好きであることを伝えようと決意した。そして手紙で伝えよう。好きであることだけを伝えよう。それ以上の言葉はいらない。

 

 2016年7月の中旬土曜日、カフェにいる哲学青年に短い手紙を渡した。 哲学青年も私のことが好きで告白したかったという。お互いさまと言って二人で笑った。哲学青年は先週の日曜日私に告白したくて私の通う教会まで行ったそうだ。だけど時間が違って会えなかったという。私は哲学青年にキルケゴールの本をプレゼントした。

 

 哲学青年は聖書の研究に熱心で、以前会ったとき聖書の創世記の箇所の数字の謎が解けたと喜んで私に話していた。ああ、これからは哲学青年ともっと語れる、私は喜びで胸がいっぱいだった。そのときの私の恋は純然たるプラトニックだった。

 

 哲学青年は上野博物館で古代ギリシャ展を開催しているから明日の日曜日デートしようと誘った。私は了解した。

 

 互いに想いあって2年以上が経っていた。哲学青年の本名はSさんだった。ファーストネームは親御さんが画数で選んだ名前だという。この話を何気なく聞いていた私、だけど違和感がかすかにあった。彼は実在人物なので今後も哲学青年というあだ名で通す。哲学青年と私は互いの携帯電話番号を教えた。私は携帯番号の名前に哲学青年から哲学少年に変えた。彼が無邪気な少年のようだったから。

 

 こんなステキな純愛が恐ろしい事件に発展するなんて誰も予想していない、哲学青年すらも……。