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スキルが強すぎてヒロインになれません 作者:奏中カナ

第1章 嘘とはじまりの街

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幕間:中学三年、冬の日

 

 暗闇の中にいた。自分の手元すら見えない。


 12月の夜だった。

 戸外は凍えるように寒く、コートを着込んでいても身震いしてしまう。雨宮アリアは今朝、手袋を玄関に置いてきたことを後悔していた。


 はあ、と吐いたため息は白く、それだけが自分がここにいる証明のようだった。


 放課後の進路相談は難航を極めた。

 成績表と自分の顔とを見比べ懸命に話す担任教師の目からだんだんと生気が失われていく様はいっそ鮮やかなほどだった。

 結局志望校も決まらないまま下校時刻となり、アリアは送っていくという担任教師の申し出を丁重に断った。

 数時間の残業を強い、最終的に何の解決もできなかったのだ。家まで車で20分はかかる。2人きりなんて拷問だ、家に帰ったら必ず連絡を入れると約束することで、アリアはようやく帰路に着いた。


 中学から一番近い古びたバス停までとぼとぼと歩き、沈むようにボロボロのベンチに腰掛けた。



 それからすぐのことだった。

 屋根に取り付けられた年季の入った蛍光灯が、チチチ、と遺言のように点滅した後に消えたのは。



 田舎道だ。車通りは少ない。

 バス停をあてにして街灯も近くにはない。

 おまけにその日は曇りで、星はおろか月ですらもアリアを照らさなかった。


 完全な暗闇の中で、アリアは震えていた。寒さのためだけではない。

 数日前、母にかけられた言葉を思い出す。すぐ近くではないけれど、同地区内で女子中学生に不審者が声をかける事案が頻発していると。

 あの担任教師、どうして担いででも車に乗せなかったんだ、と今更ながら心中で恨み言を述べる。


 電気が消える前に確認した時刻表によれば、次のバスまであと20分は待たなければならない。


 携帯電話は持っていない。高校に入学したら買ってもらう約束だった。


 完全な静けさの中で、自分の心臓の音だけが痛いぐらいうるさい。震える手を祈るように握る。氷のように冷たかった。


 せめて、と息を吹きかけた音に重なって。


 足音が耳に届き、アリアは呼吸を止めた。



 近づいている。数メートル先から、今、数歩先。



 あと3歩、2歩、1歩ーーーー




「あの、」

「こ、殺すなら痛くないようにサクッとお願いしますーーー!!」


 わー、と騒ぐアリアの横に、その人物は腰掛けた。


「………あれ?」

「殺さないよ。バス停はバスを待つところでしょ」


 あ、笑った。

 暗くて何も見えないのに、なぜだかアリアはそう思った。


 声の雰囲気からして、アリアとそう変わらない年の男の子のようだ。

 不審者ではない、そして自分は一人きりでもない、そのことが分かって全身から力が抜ける。

 ほっとすると、人は涙が出るのだと知った。



 顔も見えないのに、アリアは少年の声だけで彼が今どんな表情をしているのか手に取るように分かった。


 少年は屈託なく話した。

 アリアと同じ中学3年生だということ。小学校からずっとサッカーを続けていること。

 家はこの近くではないが、ここから少し行った所にある高校が第一志望で、部活の見学をさせてもらった帰りだということ。

 最近の悩みは自分の名字が高いと遠いという漢字なので、なんとなく受験生としてはハードルを上げられている気がして記名するたびに嫌だということ。


 アリアが最近の悩みとして、担任教師の薄毛が進行したのは自分の成績が上がらないからではないかと大真面目に打ち明けると、少年は大笑いした。アリアも釣られて笑った。



 楽しかった。時間を忘れるほどに。さっきまでの不安はどこかに消えてしまっていた。


「それでね、hugeって書くところをあたしuとaを間違えて……」

「……………………。」

「? どうしたの?」

「いや、もう行ったみたいだから大丈夫」

「誰が?」

「それよりほら、バス来たみたいだよ」


 言われて目を凝らすと、暗闇の中に浮かぶライトが目に飛び込んだ。



「ほんとだ! よかった……」


 胸をなでおろし、アリアは鞄から定期券を探す。微かに車輪の回る音が聞こえた気がした。


「あの、一緒にいてくれてあ」

 バスに乗り込みながら振り返ると、そこには誰もいなかった。


「あれ?」



 ステップで立ち尽くすアリアを乗せ、バスは走り出す。


 窓から外を覗くと、自転車に乗り歩道を走る少年を一瞬見かけたが、すぐに追い越してしまった。






 次の日の朝、リビングに降りると母が良かったわね、と言った。


 何が、と問えば、


「昨日の夜、あんたの中学の近くで不審者が出たんですって。

 変装したいかにもな大男で、バス停のそばも少しうろついてたみたいよ。

 通報があって捕まったんだけどね、刃物を持ってたんですって。何もなくて良かったわね」


 アリアは呆然とその話を聞き、ぺたりと自分の頰に触れた。あたたかい。

 生きているのが不思議に思えて、朝ごはんの味もほとんど分からなかった。




 その日の放課後、担任教師との面談で、志望校を告げた。

 その勢いで髪が数本抜けるのではないかというぐらい担任教師は目を見開いた。


 ここから近いその高校の偏差値は県内でもトップクラスだったから無理もない。死ぬ気でやったって無理だぞ、という教師に、一度死んだような身です、とアリアは胸を張った。

 がんばるのでよろしくお願いします、と頭を下げると、担任教師は折れるようにうな垂れた。



「高いに、遠い。高遠タカトオくん、かな?」


 思えば顔も名前も知らないわけだが、アリアの心に迷いはなかった。


 もう一度会って、そして今度こそ言うのだ。

 守ってくれてありがとうって。



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