エピローグ②
「ーーーーでは該当の記述を削除し、俺が屋根から屋根へ走って飛び回り、一人で弓を射て数十メートル先の僅か数センチの的を的確に射抜き弱点を破壊、即座に地上に降りて剣の一振りでもって大型魔獣を一刀両断したことにしろと?」
「そうそう、そんな感じー」
「ふんふんなるほど……って阿呆、そんな報告書が王都に送れるかーー!!」
華麗なノリツッコミの後、ばーん、と右手で机を叩いてギュスタさんは力の限り叫んだ。おーよかったよかった、とっても元気みたいだ。
VSでっかい猪、から一夜明け。
あの日、お互いに治療やら事後処理やらで慌ただしくなってしまい、挨拶もそこそこにルードレイクさんを連れて去ってしまったギュスタさん。
彼に呼び出され、あたしと高遠くんは自警団本部の執務室に通されていた。
取調室とは打って変わって高級そうな家具やカーペットに囲まれた室内は部屋の主を投影してかちょっと真面目で堅苦しい。
だけどふかふかの椅子に腰掛けて紅茶と焼き菓子をいただきながら、あたしは割とくつろいでいた。ギュスタさん良い生活してますねーと笑ったら苛立たしげに頭を掻きむしられてしまった。
「…………君たちの実力と功績が認められれば、騎士団への特別入団も認められると思うのだが」
「あ、そういうのいいですー」
「僕たちの能力や出自は、あなたも知っての通り誤解を招きやすい。また魔族の手先と疑われても面倒ですし、組織に縛られるのも望ましくない」
それに何より、僕たち自分勝手だし騎士道とか全然向いてないです、と言って、高遠くんはやんわりと誘いを断った。
「それに良かったじゃないですか、今回の魔獣討伐を手柄に立てれば、王都に再配属される可能性も高まりますし」
「……そんなやり方で栄誉を賜っても嬉しくなんてないよ。俺はこんな状態になってまで、さして役にも立たなかったような男だ」
言ってギュスタさんは、胸の前の左腕……肘のところで曲げられ、白い布で固定された、骨にヒビが入っているらしいそれを悔しそうに見下ろした。
「痛みます?」
「別に。鍛錬ができないのが辛いだけだ。身の回りの世話は補助を貰っているしね」
「まあ怪我する前も後もお世話の手間はあまり変わりませんが」
凛とした声で告げるのは、執務椅子に腰掛けるギュスタさんの隣に完璧な姿勢で控える彼女ーールードレイクさん。
服の下は全身包帯ぐるぐる巻きで肋骨は数本折れていると聞いたけれど、全然そんな風に見えない。
ていうかまだ安静にしてて下さいとお医者さんに泣かれたそうだけど完全無視して職務復帰したらしい。さすがだ。
「とにかく、僕たちのことは秘密ってことでお願いします。いずれ王都には向かうつもりです、倒すべき敵は一緒ですから、その時は必然的に騎士団とも協力することになるでしょう」
「……分かった。しかし、君たちはなぜ戦うんだ? 鵜呑みにするならば、君たちはこの世界とは関係のない存在なんだろう?」
うーん、何で……そう言われてもはっきりとした答えなんてないけど。
あたしと高遠くんは顔を見合わせて、声を合わせて言った。
「僕たち」
「あたしたち」
「「勇者なので!」」
ギュスタさんはぽかんと目と口を開け、ルードレイクさんはぱちぱちと首を傾げて瞬きした。
「……そうか。それなら仕方ないな。
俺もいずれは自分の力で王都に出戻って見せるつもりだ。その時には共に戦おう、勇者とやら」
ギュスタさんはそう言って晴れやかに笑った。
「……ああそれと、アマミヤアリア。君が報告してくれた『獣飼いのマリア』の情報もまた、しばらく王都への報告は控えさせてもらう……本当に魔族かどうかも確証がないしな。奴らが人間を生かして帰るなんて俄かには信じ難いことだ」
言われて、びくりと肩が震える……今思い出してもちょっとぞっとしてしまう、魔族との邂逅。
心臓を握られて優しく撫でられているような心地だった……あんなのとこれからも何度も出会って、おまけに倒さなきゃいけないなんて気が滅入る。勇者って大変なんだなあ……。
「では、次会う時は王都で、ですね。その時までにはもう少し強くなっておけるように頑張ります」
「おいおい、それ以上人間離れしてどうするつもりなんだ……。だが、ああ。俺も鍛錬に励むよ。アマミヤアリア、タカトオシンヤ、どうかそれまで無事で」
「ご武運をお祈りします。良い旅を」
「はい、ギュスターヴさんもルードレイクさんも、仲良くお元気で!」
ギュスタさんは耳を疑うようにあたしを見て、それから、流麗な表情を楽しげに崩して大笑いした。
「可笑しな話だな。……あんなに嫌だった渾名でも、しばらく呼ばれないと思うと寂しいなんて」
* * * * * *
「さて、次の街までは歩きか……数日かけて森を抜けていくみたいだから少し骨が折れそうだね」
「うん、そうだねーふふふ。大変だなあーははは」
「……なんでそんな笑ってるの?」
「へあっ!? あ、いや、ちょっと幸せを噛み締めていたというか、気が緩みましてついっ」
あたしは慌てて頬の肉を揉み、表情筋をほぐす。
いけないいけない、高遠くんとの二人旅の再会にだらしなく緊張感ゼロむしろマイナスな顔を晒してしまった……。へへ……。
「そ、そういえば高遠くんっ、あたしスキルのおかげで多分一人でも全然やってけると思うんだけど、今まで通りついて行っても大丈夫?」
ずっと不安だったことを尋ねてみると、高遠くんは怪訝そうに眉を顰めた。
「ついて来られてるっていうか、一緒に行ってるつもりだったんだけど……違ったの?」
「え」
てっきり、あたしを弱いと思ってて、見捨てるのもアレだから同行してくれてるものかと……。
そうと聞いてしまっては表情筋も弛緩の極み、もはや1ミリも口角を引き締めること能わずあたしはえへへえへへと目元口元なんかもう全てを緩ませてでろでろの生き物と化していた。
な、なんか生きる気力が湧いて来たぞ! 今ならどこへでも行けそう、こうなれば全速前進、力の限り突き進むのみ!
「よーし、がんばるぞー! わっはっはっは」
「ちょっと待って雨宮さん、やっぱり歩くの速くない!?」
無意識に競歩スキルを発動しつつ、見知らぬ世界の道を真っ直ぐに進む。
胸に宿す
そんな風に根拠もなく自信たっぷりに思いながら、次の街へ向かう足はとても軽かった。