聖者の休日② ランチタイム
大仕事を終えた後の食事は格別だ。大人数で食べるなら尚更だ。
畑から戻り手を洗ったあたしたちは、エリュシカが用意してくれていたグラタンが湯気を立てているのを見て誰からともなく歓声をあげた。視覚と嗅覚が大喜びでラインダンスを踊っているような感じで、あたしは両頬を抑えるとにししと笑ってしまった。
「うひゃーチーズとろとろ……エリュシカ、おかわりは?」
「騎士様の分も追加したので無いですよ」
「………………」
「ルード、俺は生まれてこない方が良かったのか……?」
「そんなような凄まじい目で見られてる気がしますけどそんなことはありませんよ、強く生きましょうギュスターヴ様」
ぐ……仕方ない、二人のおかげで随分早く畑仕事も終わったし。でも次はないよと思いながら、一つのテーブルに輪になって座り、手を合わせて声を揃える。
「それでは皆さんご一緒に」
「「「「いただきます!」」」」
火傷に気をつけながら口に運ぶと、全員の目がきらん! と輝いた。うんうん、やっぱりエリュシカの料理は最高!
ギュスタさんもこれには感動したようで、よく味わいながら噛み締めていた。ルードレイクさんは咥内が強靭なのか次々に咀嚼し飲み込んでいる。熱くないのかな……羨ましい……
「驚いた。美味いな、王都で出しても恥じない味だ」
「ふふふ、田舎に左遷も悪くないでしょー」
「誰が左遷だ!?」
スプーンを握りしめて憤慨するギュスタさんに、ルードレイクさんが珍しくくすくすと笑う。その顔が余りにも可愛いので、あたしは思わず掬ったエビ的な具をぽろりと器に落としてしまうぐらいだった。
「……全く。こんな能天気な子供を魔族と思い込むとは俺の目も曇ったものだな」
「あ、そうだそれそれ。魔族ってどんな感じなんです? 魔獣とは違うんですか?」
むぐむぐとグラタンを咀嚼しながら疑問を投げかけると、ギュスタさんは難しそうな顔をして唸った。
「……実は、魔族について分かっていることはごく僅かだ。と言うのも魔族に出会った人間はことごとく殺されているからね。
確定している特徴は人と変わらぬ姿をしていること、一様に黒い衣服に身を包んでいること、そしてーー例外なく残忍で、人を惑わす超常能力を有しているということだけだ」
スプーンを指揮棒のように軽く振りながら、それから、とギュスタさんは片目を閉じて付け加える。
「唯一公式にその名が記録されているのが通称『獣飼いのマリア』と呼ばれている女の姿をした魔族だ。
こいつは証言によれば魔獣を自在に操る能力を持ち、しかもその魔力でもって魔獣に半不死の特性すら与えられたと言うーーまあ、魔族は気まぐれで人間を完全に見下して敵とも認識していない場合もあるそうだから、王都の最前線にでも行かない限り直接戦う機会は稀だとは思うが」
ふーん……なんかやばそうな相手だな、ていうかなんかこの会話は何かのフラグのような気がする、と思いながらマカロニをまとめて掬って口に迎え入れた。美味しい美味しい。
と、粗方器を空にした頃にエリュシカがぱたぱたと忙しなく食堂に駆け込んできた。
「お食事中すみません! シンヤさん、食べ終わったらお手伝いお願いしていいですか? 棚を移動したいんですけど、お父さんが昨日から腰を痛めちゃってて……」
おろおろするエリュシカに、高遠くんは口元を拭うとにこりと笑って立ち上がる。
「うん、いいよ。ちょうど力を出せそうな腹具合だしね」
「力仕事か。俺も手伝おう」
続けて立ち上がるギュスタさんにエリュシカはぎょっとして腕をぶんぶん振った。
「いえ、騎士様にそんなこと!」
「いや、今日は非番だから他言無用だ。君のおかげで貴重な体験も出来たことだし、美味いグラタンもご馳走になった。お礼をさせてくれ」
そう言って微笑むギュスタさんはやはり王子様然としていて、エリュシカはぽっと頬を染めて「じゃ、じゃあ」と頷いていた。
三人が階上に上がり、あたしとルードレイクさんはもそもそと残りのグラタンやパンを摘んでいた。
…………ちょ、ちょっと緊張する……。なにしろ初対面で首の皮をスライスされそうになった恐怖が未だに拭い切れていないので。
そんなあたしの強張りを知ってか、ルードレイクさんは苦笑すると穏やかに言った。
「あれは冗談ですよ。細剣は突きに特化した武器ですから皮を剥くのには適しません」
「……あ、そ、そうですよねっ!」
「剥くなら専用の器具を使用します」
「専用の器具とは!?」
めちゃくちゃ経験者は語る的言い草だった……!
半泣きになりちょっと距離を置くあたしに、彼女は「冗談ですよ」ともはや嘘か真か分からないことを言った。
「あれは、シンヤ君に剣を抜かせるにはああするのが一番だと判断したからです。ただの脅しでしたが、結果的に怖がらせてしまって申し訳ない」
「ああ、いえ……」
やっぱ軍人さんて強いな、いや、騎士団って軍とは別物? なんてぐだぐだ考えながらスープを啜る。
「しかし、シンヤ君の実力は見させていただきましたが、アリアちゃんの力は結局披露してもらえませんでしたね」
ルードレイクさんの言葉に、さっと血の気が引く。
あはは、と乾いた笑いで誤魔化そうとしつつ、恐る恐る聞いてみる。
「あ、あたしの力って……?」
「自警団本部に記録が残っていました。件の悪漢退治の取り調べ内容、騎士団権限で閲覧したところ……私もギュスターヴ様も驚きました」
空になったグラタン皿を見下ろしながら、ルードレイクさんは淡々と告げる。
「驚異的速度での走行、自分の体重の倍近い男を持ち上げる腕力。不良たちの妄言と言えばそれで終いですが、被害者たるエリュシカ嬢の証言も全くそれと一致しています。別にそれだけなら、人間に不可能な範囲ではないかもしれませんが……失礼ながら観察させていただいたところ、あなたの肉体は平凡な少女のそれ。とてもそのような身体能力が備わっているとは思えません」
氷のような瞳で見つめられて思わず息を止める……でも、あたしに言えるのは一つだけだ。
「高遠くんには言わないでください」
不意を突かれたようにルードレイクさんは珍しく目を見開いた。そして呆れたように少し睨まれる。
「長続きしませんよ」
「う……分かってます、でももうちょっとだけ……」
ぐぬぬと唇を噛み締めていると、「まあいいですが」と嘆息された。
「……あなた方には、感謝していますし。ギュスターヴ様はここに派遣が決まった時目が死んでましたけど、最近は生き生きされてますから」
「ルードレイクさんは、ギュスタさんとは長い付き合いなんですか?」
「ええ、まあそれなりに。
あの人才能はそこそこですけど、どうにか騎士学校を首席で卒業したんです。だけどちょっと事情がありまして前線から離されたものだから燻っていまして……助かりました。上司の愚痴の相手ほど、手当を付けて欲しい無駄な仕事はありませんから」
彼女は長い髪を一房耳かけると、優雅に微笑んで言った。
「いいですね、信頼関係って感じで……」
「信頼し合うには、嘘偽りなく向き合うことですよ」
ルードレイクさんの言葉は余りにもずしーんとあたしの心に重くのし掛かった。
だけどきっと覚悟を決める日は近い。二階から響く床の軋む音に顔を上げながら、あたしは遠からず訪れる恋の終わりを思っていた。