酷薄の森⑤ 異端審問回
ととととりあえずその危険極まりない魔剣を預からせてもらおうかかか、という男騎士さんの震度3ぐらいの訴えに素直に応じ、高遠くんは
そして両手を縄で縛られた上、背後からばっちり抜き身の細剣をギラつかせる女騎士さんに威圧されながら、あたしたち二人は街へと連行された。魔王の手先(仮)として。
連れて行かれたのは自警団本部、その建物の奥にある取調室のような狭い部屋だった。
一面白い壁と床に囲まれ、向かって奥の壁際に簡素な椅子と机が一組。やけに高い位置にある小さな窓には鉄格子が嵌められ、さきほど通って来た扉には二重三重に鍵が掛けられてしまった。
あたしたちを部屋の中央に立たせると、男の騎士さんは足を組んで椅子に腰掛け、重厚な白銀の兜を外した。
中は酸素が薄いのだろう、長く息を吐きながらその人は目を閉じーー開けた目で、悠然とこちらを見据えた。
言っても騎士というぐらいだからそれなりの年齢なんだろうと思っていたら、予想以上に若くて驚いた。成人なりたて、もしかしたらギリギリ十代かもしれない。
鎧が良く映える銀色の髪が汗で少し額に張り付き、その下で鬱陶しげに細められた鋭い瞳は宝石のように深い青色。整った端正な顔立ちはどこか気品が感じられて、異国風味も合わさってまるでどこかの王子様のようだった。
それを待って、背後に控えていた女騎士さんも兜を脱ぎ床にコトンと落とす。
どうやって収めていたんだろう、サイドアップにしていた薄い水色の長い髪が、彼女が首を振るのに合わせてサラサラと宙に流れる。まるで清らかな水のようだ。あたしだったら爆発した鳥の巣みたいになるに違いない。
切れ長の目は男の騎士さんとお揃いの青、だけどあっちがどこか情熱的なのに対してこちらはどこまでも冷静、いや冷徹な雰囲気。
高い鼻に引き締まった唇、どのパーツも完璧に配置されている造形は正に知的美人といった印象だった。年は男の騎士さんより2、3は上のように思える。
「さて、ここに配属されて最初の仕事が子供の尋問というのも嘆くべき話だがーー騎士たるもの全力で取り組もう。まずは名を名乗ってもらおうか」
「……人に名前を聞く前にまず自分が名乗るべきかと思いますが」
武器と身体の自由を奪われてもさして気にした様子もない高遠くんに、騎士さんはムッとした顔をしつつ、しかしその主張には異論はないようで机の上で腕を組みながら答える。
「……そうだな。済まなかった。俺は王国騎士団首都第一部隊所属、現カーシュ・エイム支部警備隊長。ギュスターヴ・アルノーだ。好きなように呼ぶといい」
「ギュス太さん」
「くっ……なぜ好きに呼べなどと俺は……!」
我ながら良いあだ名を付けたと思うあたしに対しギュスタさんは両手で頭を抱え苦悶してしまうのだった。
「私は同部隊所属、ギュスターヴ隊長の補佐をしておりますルードレイク・リヒテンシアと申します。以後お見知り置きを」
「そんないつでも突き刺せるように細剣構えながらお見知り置きとか言われても……」
背後から淡々と告げられる女騎士さんの自己紹介に冷や汗を流しつつ、あたしたちも礼儀に応える。
「高遠深也」
「えっと、雨宮アリアです、よろしくお願いします」
「 ……奇妙な名前だな。ますます怪しい」
ギュスタさんはものすごーーく疑い深い半目であたしたちを眺め、下から睨み上げるようにする。
「ではタカトオとアマミヤとやら、単刀直入に聞こう。君たちは何者だ? 魔族ではないというのならその証拠は?」
あたしはごくりと唾を飲み込んだ。凄い圧だ、適当なことを言ったら即刻息の根止められる、後ろのルードレイクさんに。
だけど高遠くんは少しも怯まず、毅然として真っ正面からその詰問に回答した。
「信じてもらえないなら仕方ありませんが、さっき言った通りこことは別の世界から魔王を倒すために来た者です。根拠としては些か乏しいですが、雨宮さんの服はこの世界ではおそらくどこにも見られないものかと。
魔族でない証拠はありません……と言うのも、僕たちはそれがどんなものなのかまだ知らないので。
質問に質問で返して恐縮ですけど、では、魔族である証拠とはどんなものでしょう?」
ギュスタさんは半目を少し見開いて高遠くんを見た。
なるほど、魔族じゃないと証明できなくても、魔族であることが証明できなければ、それは魔族じゃないという証明になる。
よく分かんないけど多分数学的思考、さすが高遠くん、と心中でひとり拍手喝采くす玉パッカーーンなあたしだった。
ギュスタさんはふむ、と口元を押さえ、ややあってから告げた。
「……なるほど。確かに見慣れぬ衣服だが、それだけで出自に納得することは難しいな。しかし魔族である証拠か……生憎と我々も、奴らについては未だ分からないことが多いんだ。ただ一つ確かなのは、人知を超えた破壊能力を有していること。そして、例外なく極端に残酷で人の心を持たないということだけだ」
それを聞いてあたしはうー……と眉を顰めた。
人知を超えた破壊能力……についてはさっき見事に証明してしまった。
もう一つの、人の心を持たないっていうのは、多分そうじゃないってことを証明できないーーーー
どんなに悪い人も良い人を演じることはできるからだ。
だけど高遠くんはギュスタさんの弁ににこりとここに来て初めて笑い、おかしそうに肩を震わせた。
「そうですか。それを聞いて安心しました」
「…………どういうことだ? 君たちの劣勢は何もーーーー」
その時だった、厳重に施錠された扉をドンドンと叩く音が部屋に響き渡ったのは。
「ーーーー失礼します騎士隊長殿、少しお耳に入れたいことが」
「何だ? 今は席を外せない、悪いが後でーー」
「いえ、そんな悠長なことを言っている暇は……うわ、痛い、やめてください鉄のフライパンで!!」
にわかに廊下が騒がしくなり、ルードレイクさんが嘆息交じりに扉の小窓の蓋を開けて外の様子を覗く。
そして。
「…………あれはあなた方の知り合いですか?」
「え?」
困ったように眉を下げるルードレイクさんに促され、背伸びをして窓から廊下の様子を見てみるとーー
同じく廊下から覗いていたでっかい目と思い切り鉢合わせた。
「ギャッ!?」
「あっ! その目、アリアさんでしょう? よかったあ、無事だったんですね!」
にっこりと細められる瞳、そしてその声は間違いなくーー
「え、エリュシカ!? 何してんのこんなとこで」
「何って、アリアさんたちが魔族としてお縄になったって聞いたから慌てて来たんですよ。そんなわけないって証明しに!
……王都の騎士さん、私の話を聞いてください。すぐに終わりますから」
切実なエリュシカの声にルードレイクさんはギュスタさんを振り返り、そしてギュスタさんは痛そうに頭を振ると息を吐く。
「……市民の意見を無下にするのは騎士の名折れだ。証人として入室を許可しよう。ルード、開けてやれ」
ギュスタさんが軽く手を挙げると、ルードレイクさんは手際よく扉を解錠し、なだれ込むようにエリュシカが部屋に飛び込んでくる。
その息は切れ、その手にはなぜか中央が凹んだフライパンが握られていた。
エリュシカはきっと前を見据え、ギュスタさんに臆することなく向き合うと、ぺこりと頭を下げて言った。
「宿エーデルワイス主人、ジョゼ・キルシュの娘エリュシカ・キルシュと申します。ご無礼をお許し下さい騎士様。……ですがこの者は魔族などではありえません!
アリアさんは、面識の無い私が悪漢にお金を盗られそうになっていた時、一も二もなく助けてくれました! 見返り求めずです! そんなことが魔族にできるでしょうか? できたとして何のために?」
「……エリュシカ」
「それに……」
エリュシカはフライパンをぎゅっと胸の前で握り、祈るように目を閉じてから、よく通る声で言った。
「…………アリアさんは調理をさせればあわや火事、かと言って皮剥きさせれば野菜を消失させ自らも負傷、掃除をさせればどういうわけかより散らかし、経理のお手伝いをお願いすれば平気で二桁単位で数字を間違える!
狡猾で高い知能を持ち、策略を巡らせると恐れられる魔族にそんなことが可能でしょうか!? いえ、無理です!! あれは天性の賜物ですっ!!」
力強く言い切った後、取調室を静寂が包みーー
エリュシカの息が整う頃、高遠くんはついにその場にしゃがみこんで俯いて肩を震わせた。笑いを堪えるあまりに。冷静なルードレイクさんですら口元を押さえて顔を背けている。
ギュスタさんはといえば、目を皿のようにして呆気に取られた様子で、しばらくエリュシカの証言をぼんやり反芻していたみたいだけどーー
やがて今日最大の溜息を吐くと、がっくりと机上に伏せてぱたぱたと片手を振った。
「……分かった。いや、何も分からないが、とりあえず君たちが魔族ではなさそうだということはよく分かった」
「な……なんで今ので分かるんですか!?
もしかして演技かもしれないでしょう、あたしが狡猾で高い知能を持ち、策略を巡らせるかもしれないという可能性もまだ無きにしも非ずでは!?」
「無いと思います~」
「無いのでは」
「無いんじゃないか?」
「無いと思うな……」
「何その一体感あたしも混ざりたーい……いや駄目だ、混ざってたまるか!!」
た、高遠くんまでそんなことを……!
必死に抗議したけれどもはや場の意見は満場一致、こうしてあたしたちは未だ怪しい存在として警戒されはするものの、とりあえず魔族疑惑は解消され、無事に縄を解かれ解放されたのだった。
でもなんでだろう、全く嬉しくない、試合に勝って勝負に負けた感……。
ふてくされてたけど、高遠くんに「ありがとう」と言われてしまえば全てを忘れてへらへら笑ってしまう程度にはあたしもお手軽だった。