酷薄の森③ 白銀の騎士
「というわけで、森の出入り禁止です」
「え」
「ええー!?」
異世界に来て数日目の朝。
今日も今日とて自警団本部におじゃましてお仕事を貰おうと思っていた高遠くんと付き添いのあたしは、しかし受付のお姉さんからのにこやかかつ端的なお達しに絶句した。
で、出入り禁止とは……?
ここ数日、毎日せっせと森に出向き高遠くんは猪退治を頑張っていた。
あたしはお留守番を強化されエリュシカの監督のもと宿のお手伝いをして待っていたから詳細は知らないけど、話によれば高遠くんはだいぶ
そしてそのついでに大量の猪魔獣を退治してきたので、自警団さん的には大助かりなんだろうなと思っていたら。一体なぜ??
「というわけって、どういうわけです?」
「ですから、初日にお話しておりました王国騎士団からの派遣の目処が立ちまして……その騎士様があなた方の噂を聞き、即刻魔獣との戦闘を止めさせるようにと命じられたのです」
お姉さんは申し訳なさそうに目を伏せると、深々と頭を下げて言った。
「曰く、戦時とはいえ民間人の子供を不必要に危険に晒すとは何事か……と。
全くもってその通りです。あなた方はただの旅の方。私どももその強さについ甘えて魔獣退治をお願いしてしまいましたが、いくら人手不足とはいえ軽率な行為でした。
ですので、今後の魔獣退治は騎士団に一任し、あなた方には他のもっと安全な仕事を斡旋したいと思っています」
「……それって時給いくらですか?」
「魔獣退治に比べれば桁は落ちますね」
高遠くんはちらりとあたしに視線を投げ、目を閉じて首を横に振った。
……まさか高校生にしてリストラの憂き目を味わうなんて……。これが社会の荒波。先を急ぐ身として減給は死活問題だ。安いバイトをしてる間に異世界が崩壊してしまったら本末転倒じゃないか!
あたしと高遠くんは新しい仕事の紹介を丁重に断り、自警団本部を後にした。
建物を出てすぐに現在の資金総額を確認する。次の街までに必要と思われる旅費、まだその半分程度しか集まっていない。
「どうしようか……?」
「……割りのいい収入源については諦めるしかないかもね、支給元が自警団本部である以上。でもレベル上げの狩場としてはまだあの森には利用価値はある」
高遠くんは心なしか弾んだ様子で
「それにこの街の人が困ってるのは確かだし。報奨金は貰えなくても、勇者なんだから魔獣退治ぐらい勝手にやらせてもらうさ」
さ、さすが高遠くん格が違った……!
伐採した材木の転売とか、あわよくば猪肉を利用したビジネスを展開しようなんて浅はかなことを一瞬考えてしまった自分が恥ずかしい。
……こんな立派な考えのもと頑張ろうとしてくれてるのに、自分だけ留守番なんてやっぱり耐えられない。これはあたしの旅でもあるんだし。大丈夫、バレなければ怒られない、バレたら正々堂々聖剣と戦おう、と誓いながら、あたしは今回もこっそり後からついて行くことを目論んでいた。と。
「……どうせついて来るなら最初から言ってね」
「ハッ!?」
よ、読まれている……!? まさかアーサー王、読心術スキル保有者!?
あわあわするあたしに呆れたようにため息をつきながら、高遠くんは苦笑して言った。
「それならそれでちゃんと守りながら戦うから。そばにいなくちゃ庇いづらいだろ」
神さま仏さま、やっぱり高遠くんは素敵な人です。あたしははにかみながら頷き、でも心の中で、迷惑かけたくないしいざとなったらバレないように殴り飛ばそう、と気合いを入れるのだった。
* * * * * *
何十匹だろうと一生懸命屠ってやるぞー、とやる気満々で森に入ったのに、もうかれこれ十分以上ノーエンカウントだった。しんと静かな森の中に、二人分の足音だけが響いている。
おかしいな、前に来た時は入った瞬間鉢合わせてデッドヒートレースをくりひろげたっていうのに……?
「高遠くん、なんか変じゃない?」
「…………いや、実は昨日もちょっと数が少なくて……ていうか」
高遠くんはちょっと気まずそうに視線を泳がせると。
「日に日に見るからに魔獣の数が減ってったんだよね……よくよく考えると、この森の猪には幼体が見当たらないから、おそらく種の絶対数は固定だったんじゃないかと思う。そこに日に数十匹単位で退治してったもんだからその、つまり……」
言い淀む高遠くん。あたしの頭の中に社会の授業で習った深刻な社会問題が提起される。出生数を死亡数が上回り続けると、その先にあるのは種の滅亡だ。一つの生態系の崩壊。つまり、
「………高遠くん、 絶 滅 させたってこと……?」
「や、やめてくれ、字面が勇者っぽくない!!」
頭を抱えてきつく目を閉じる高遠くん、苦悩する様はとても一つの種族を破滅に追いやった張本人とは思えなかった。
いや、魔獣なんだから根絶やしにして全然良いと思うんだけど、さすがに 皆 殺 し という言葉の破壊力にはむしろ魔王的なものを感じないでもなかった……。たった数日、たった一人で根絶やしにするなんてさすが高遠くん。森林の伐採者かつ種の根絶者。うんうん、すっごく悪そうだ。
「いやいや一匹ぐらい生き残ってるかも……すみませーん! 誰かいませんかー!」
「高遠くん、どうせ殺すつもりなのに生存者を探す時みたいなセリフを使うと余計に邪悪っぽいよ!!」
静寂が包む森の中をぎゃあぎゃあ騒ぎながら二人ずかずかと進むけど、魔獣の姿はおろか気配すらしなかった。
……うーん、これはもう諦めて帰った方がいいのかも?
必死に進む高遠くんの背中を見つめながら、ちょっと立ち止まって考え込んでいると。
「……そこまでだ、異形の子供」
凛として低く、だけどよく通る声。
突如耳に届くそれに、そしてそれが放つ背筋が伸びるような緊張感に、あたしたちはピタリと足を止め息を飲んだ。
「この森に散らばる無数の魔獣の死骸、そして無残に伐採された木々。破壊の限りを尽くすその力、到底人のものとは思えない。
魔のものであるならば王国騎士団の名に懸けてここで打ち滅ぼさなければならない……
そして何より」
高遠くんの進む先、森の奥から現れたその人影は、尖ったフォルムをしていたーー
それがいわゆる西洋風の鎧というやつなのだと、カチャンと思い音を立てながら一歩ずつその人が近づく毎に理解する。
白銀の装甲に身を包み、大きな剣を携えたその姿は、当人が名乗った通り、正しく国を守る騎士そのものだった。
顔は兜で覆われて伺い知ることはできないけど、声と背丈の感じからはまだ若い男の人のように思える。
その人は高遠くんの数歩前で立ち止まり、兜の下からでも分かるぐらい大きく息を吸い込むと、高らかに言ったーーーー
「……そして何より、俺のやる事が無くなるだろうが!!」
あたしと高遠くんは盛大にずっこけ、なんか変な人と出会ってしまった帰りたい、と心一つに思うのだった。