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スキルが強すぎてヒロインになれません 作者:奏中カナ

第1章 嘘とはじまりの街

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酷薄の森② 聖剣

 

 楽勝とか言っても所詮は人類の力の範囲内。

 素手で魔獣をやっつけるなんて無理だろうなと思っていけど、意外とどうにかなった。それが喜ばしいことなのかはさておき。



『バカめ! 武器もなしにこの森にのこのこ入ってきた命知らずはお前が初めてだ、記念に骨まで残さず喰ってやろう!』


「うっわきもちわるなんか喋ったああああ」



 魔獣は喋るらしい、ていうか人食べるんかい、ということを、イデアの森に入り、早速うわさの魔獣ーーーー猪の半獣人みたいなの、とエンカウントして知った。


 身の丈は2メートル近く。頭部の猪の顔はめちゃくちゃ怖いし、硬そうな毛で下肢を覆われた身体も筋骨隆々って感じで殴られたら一発で死んじゃいそう。だけど二足歩行のせいか、脚はそこまで速くない。


 【俊足】スキルをを駆使して、あたしは広い森の中を何とか逃げ回っていた。

 幸いなことに猪はカーブを曲がり切る技術が異常に甘かった。鍛錬が足りない、そんなコーナリングでは世界を狙えない、と、愛読書ギフトに宿る記憶は0.001秒の世界の厳しさをあたしを通して猪に切々と語るのだった。その走りでもって。


「あっそうだ、ここであたしと同じぐらいの年で、すっごくかっよこよくて見るからに優しくて隠しきれぬ人の良さと爽やかさそして強そうな剣を持った男の子見ませんでしたかー!?」


『ぜえぜえ……なんだこの女脚早すぎ……こら、普通に話しかけるな! お前アレの仲間か!? さっきから森の西の方でやりたい放題やってる悪魔みたいな剣士がいて俺たちゃ迷惑してたとこだ!』


「西ね、ありがとう、それじゃあさよなら!」


『何を言って……』



 最高速度トップスピードを保ちながら、重ねてスキルを発動する。

 スキルーー【跳躍】‼︎



 次の瞬間、あたしの脚は強く地面を蹴って、身体は空高く跳躍する。

 走り幅跳びの人類の限界は8メートルを優に超える。()()()()を飛び越えるには十分過ぎる値だった。


 着地して振り返ると、猪はあたしが飛び越えた川に勢いよく飛び込み、断末魔とともに流されて行くところだった。


「猪突猛進って本当なんだなあ……」


 ごめん、いいレースだった、とあたしは川の流れに手を合わせなむなむ……と祈るのだった。




「さて西かあ……って言ってもコンパスとか持ってないし……。

 太陽があっちだから……どっち……?」


 きょろきょろと辺りを見回すけど、森はたまに川が流れているぐらいであとはひたすら木々に覆われた薄暗い所だった。標識なんかはあるはずもない。


 本当に高遠くんに会えるのかな……と不安に思っていると、森の奥から響いた悲鳴が耳に刺さる。

 心臓がドクンと痛いぐらいに脈打った。


「……高遠くん?」


 あたしは声がした方に急いだ。まさか。遅かったのかな。

 スキルの速度のまま立ち止まらず走るから、あちこち枝や石に擦り切れて傷だらけになってしまうけど、構ってる余裕もない。


 だって神さまの言葉が頭の中で何度もリピートされるのだ。

 死んでしまったら終わり、二度と元の世界には帰れないーーーー



 だけど進んだ先、ようやく見つけた高遠くんはあたしの想像していた状況下にはいなかった。





 森が死んでいた。全身複雑骨折的な意味で。


 空を覆う背の高い広葉樹、長い時を生きてきたんだろうそれらが無残に切り倒され、地面に丸太みたいに横たわっていた。数十本単位で。


 そしてその隙間を埋めるように、体を深く斬りつけられた猪の魔獣が点々と倒れている。


 倒れた木々のせいで妙に開けた視界の先、無事に探していた人の背中を見つけたのだけど、あたしは近づくことができずにぽかんとその場に立ち尽くしていた。


『ば、化け物……』


「君たちみたいなのに言われるのは心外だな。……ちょっと待って、今度こそ。よし、大丈夫できる、がんばれ僕」


 木々を背に追い詰められた格好の魔獣と向き合い、なんだか能天気なことを呟きながら、高遠くんは腰に下げた聖剣の柄に手をかける。

 そして意を決したように息を吐き、剣を鞘から抜いた瞬間、


「ーーーーあ。やっぱこれ駄目だ」


 ごうっ、と鼓膜が破けそうな音とともに。

 引き抜かれた剣の刃が辿った軌跡をなぞるように、鋭い突風が吹いた。


 後方にいてもなお大気を震わせる、まるで獅子の咆哮のようなそのとんでもない圧に、あたしは咄嗟にスカートの裾を抑え、瞬きもできず前方を注視する。


 風は猪の大きな体を数メートル吹っ飛ばし樹の幹に叩きつけ、その幹もまた風の刃を受けてすっぱりと輪切にされーーーーぐらりとディレイしながら、重たげな葉の茂る緑の頭をもたげ、地面に物凄い音を立てて倒れるのだった。まとめて三本ほど。


 突然の大伐採により生じた土煙の中、高遠くんは身動ぎもせず、不満げに手にしたそれーー薄く金色に発光する、美しい聖剣の刀身を見ていた。


「なんで上手くいかないかなー……もう何十匹も試してるのに」


『な、なんで王都周辺でもないのにこんな手練れが……おい、見逃してくれ、お前に手出しはしないと約束する!』


「いや、散々街の人を傷つけてきたらしいのによく言うよね。それは無理な相談だなあ」


 猪に近づきながら、ごめんね、と高遠くんは特に感慨もなさそうに言って、剣を振り下ろす。


 背中で隠れて見えなかったけど、耳はしっかりと、肉や骨がすっぱりと切れる生々しい音を聞いていた。


「…………」


 ーーーーもしかしなくても高遠くんのスキル、ものすっごく反則級な強さなのではーーーー?


 剣抜いただけで風刃? が起きるとかそんな。ファンタジーじゃあるまいしーーあ、いや、そういう愛読書ギフトなんだっけ?

 これならあたしの愛読書が神さまに心配されるのも納得だ。高遠くん、こそこそついてきて見守るのもおこがましいぐらい、普通にめちゃくちゃ強かった。


 だけど高遠くんは悔しげな顔で、困ったように聖剣を見つめてひどく落ち込んだように肩を落としていた。なぜに。


「…………一匹倒す度に木を数本切り倒すのはまずいよなあ……生態系を破壊してしまう」


 め、めっちゃエコロジカルな悩みーーーー!


 さすが高遠くん、地球に優しい。あ、ここ、地球じゃないんだっけ? じゃあ異世界に優しい? まあいいやとにかく高遠くん菩薩。あたしも元の世界に戻ったら節水節電ゴミ削減に力を注ぎたいと思います。


 どうやら、聖剣の力が強すぎて上手く制御できず無駄に派手に周囲を破壊してしまうみたいだった。


 うん、確かに負けはしないけど被害甚大、これじゃあ二つ名が『聖剣持った木こり』とか「伐採者ビーバー」とかになってしまう。それはあまりにも可哀想だ。


 なんて思いながら草葉の陰から見守っていると、ふいに高遠くんは空を見上げて息を吐いた。


「これ以上森林破壊するのも悪いしそろそろ戻ろうかな……雨宮さんに心配かけると悪いし」


「いえいえそんなあたしのことなんてお気になさらず……」


「え?」

「あ」


 慌てて口を抑えた時にはもう遅い、高遠くんは驚いた様子でこちらを振り返ると、あたしを見て目を見開いていた。


「雨宮さん!? なんでここに!」


「ご、ごめんなさい、心配でついてきちゃいました……」


 高遠くんは呆れたような愕然としたような表情でこっちに駆けて来ると、あたしの頰や足に走る擦り傷の数々を見て顔を青くした。


「傷だらけじゃないか、まさか魔獣に!?」


「あ、いや、魔獣は無傷でいけたんだけどその後ちょっと無駄に猪突猛進したというか……」


 うーん……やっぱり9秒台は障害物のないトラックで出すに限る……スピードのある状態でぶつかると何もかも倍以上に痛いものだった。今さら枝の擦れた跡がピリッとしてきて、ハハハと苦笑いしつつ頰を撫でる。


「……あ、でも、全然心配なんていらなかったね? 高遠くん、なんかすっごく強いもんね! これなら魔王だろうが神さまだろうが何でも楽勝で……あいたっ」


 ぺし、と頭を叩かれて見上げると、高遠くんは珍しくむすっとした顔をして半目でこちらを睨んでいた。


「……次やったら聖剣これでぶつから」


「いやそれ死ぬよね!?」


 ヒィーーと恐れおののきながらバッキボキに折られた巨木の数々を思わず見渡した。


「それにしてもアーサー王さんの剣ってすごいんだね?」


「うん、伝説ではこの聖剣カリバーン片手に巨人を相手に勝ったとか、400人を一人で薙ぎ倒したとか言われてるからね……

 ただ、強すぎるのも考えものだ。いちいち周りを吹き飛ばしてたんじゃ一対一の戦闘ではかえって動きづらい。そして何より悪役っぽい」


 あたしは大いに頷く。森の被害は甚大だ、まるで台風が根こそぎ奪って行ったかのよう。これでは市街戦、まして建物内での戦闘は実質不可能になってしまう。


「ただ、だんだん制御の仕方も掴めてきたし。しばらくこの森を練習場にしてどうにかスキルの出力を操作できるよう頑張ってみるよ。おまけに報奨金も貰えるんだから一石二鳥だよね」


 爽やかに笑って言う高遠くんに頷きつつ、あたしは森に同情した。がんばれ森、例え多くを失ってもまたにょきにょきと樹は生えてくるさ……たぶん。


 そして高遠くんの余りの強さに、当分自分の逞しいスキルを使う必要はなさそうだなってこの時は思っていた。そんな考えはすぐに打ち砕かれるとも知らず。




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