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スキルが強すぎてヒロインになれません 作者:奏中カナ

第1章 嘘とはじまりの街

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酷薄の森① 攻略は朝食の後で

 

 最南端の街、カーシュ・エイムで密かに人気を集める小さな宿『エーデルワイス』の朝食は、日によってメニューが変わるそうだ。

 主人のジョゼさんが庭で育てた新鮮な野菜や鶏の卵を使い、その娘エリュシカが腕によりをかけて調理する。


 テーブルの上は絶景だった。 

 まず大皿、茹でてスライスした薄味の鶏肉に、シャキシャキした旬の葉野菜を添えて、別皿に用意された酸味の効いたドレッシングはお好みで。焼きたてのパンに具材を挟んでサンドイッチにしてもいいし、自家製の木苺のジャムをつけても良いようになっていた。

 温かいスープには食感を生かした角切りの根菜がたっぷり入っていて、湯気と匂いが食欲をそそる。食後にはフルーツの乗ったタルトまで用意されているらしい。

 これで街一番の最安値をキープしていると言うのだから驚きだ。

 あたしは値上げを熱く勧めたけど、エリュシカは「原価が安いので」とやんわりと断った。


「スープはおかわりがありますからね。それではどうぞ、召し上がれ」


「いただきます」

「いただきまーす!」


 あたしと高遠くんは手をあわせて一礼すると、黙々と朝食を口に運んでいく。

 一通りの味を堪能してから同時に呟く。


「おいしいよエリュシカ」

「おいひいほえふひはー!」


「ありがとうございます。でも、お父さんの育てた素材が良いんですよ」


「ほんはへんほんはっはひへほっはいはいほひへへはへふよほはは!」


「アリアさん、飲み込んでから喋らないとまた窒息しますよ?」


「そんな謙遜ばっかしてもったいない、お店で出せるよこれは、だってさ」


「わあ、さすがシンヤさん。よく分かりましたね」


 パチパチと手を叩くエリュシカ。

 あ、アリアさんスープおかわりしませんか、と空になった器を取る。まだ14歳だというのに本当によくできた子だ。

 あたしは口いっぱいにほおばったサンドイッチを咀嚼しながらこくこくと頷く。


 その横で、お皿を綺麗に空っぽにした高遠くんが椅子から立ち上がって言った。


「エリュシカ、悪いけど僕のデザートは雨宮さんにあげて」


「かしこまりました。例の自警団のお仕事ですか? 朝早くから大変ですね」


「ちょっと事情があって、先を急がないといけないからね。旅の資金はなるべく早く集めたい。ここの宿泊費を割引してもらえるっていうんで助かってるよ」


「そうですか。……気をつけてくださいね、近頃イデアの森の魔獣の活動が活発になってるみたいですから。何かの予兆かもしれません」


「ありがとう。無茶はしないよ。夕食までには帰るから」


「はい。お帰りをお待ちしてます。いってらっしゃいませ」


「…………。」


 なんだこの新婚さんみたいなやりとは……。

 パンにジャムを塗りながら半目で眺めていると、


「あの、ところで、どうしてアリアさんは一緒に行かないんですか?」


 純粋な表情で純粋な疑問を投げかけるエリュシカに、あたしはパンのかけらを飲み込み損ねて激しく咽せた。高遠くんは不思議そうな顔をして首をかしげる。


「どうしてって……僕と違って雨宮さんは普通の女の子じゃないか。ちょっと不良退治が上手いぐらいで戦う力なんて何もない。魔獣の巣窟なんかに行ったら危ないだろう」


「え、でも、私目の前で見ましたけど、アリアさんてすっごくつよ」


「そぉい!」

「むぐ!?」


 真実を明るみにしようとした何の罪も無いエリュシカの口にパンを突っ込むと、真相は闇に葬られた。あたしは動揺を必死に噛み殺す。

 ……あ、危なかったぁ……!


「ありあひゃん?」


「いやあこんなに美味しいパンを焼いてくれたのに食べられないなんてエリュシカに悪いなあと思って! どう? 美味しい? 美味しいよね!?」


「いえまかないで食べられますからそんな……ていうかなんで目が血走ってるんです? あんなに熟睡してたのに?」


 困惑しぷるぷる震えるエリュシカにほんとごめんと思いながら二個目のパンを投入するか検討していると、高遠くんがふっと笑った。


「まだ疲れが残ってるんだろう。雨宮さんはゆっくりもう一眠りするといいよ。別に飾りで『聖剣』なんて持ってるわけじゃ無いんだ、僕一人だってどうにかやってみせるからさ」


「…………高遠くん、あの、」


「じゃあ、行ってきます」


 もごもごするあたしを置いて、高遠くんは食堂を後にすると、宿のドアを優しく閉めて出かけて行った。


「…………」


「…………すいませんでした」


「いえ、いいんですけど……なんだか大変なんですね、アリアさんも」


 あたしというか、あたしのヒロインポイントはまあ確かに枯渇寸前、大変だった。

 だからと言って嘘をついた罪悪感には耐えかねて、朝食をもぐもぐ食べる手も止まる。



 高遠くんが向かったのは、この街から一時間ほどの距離にあるというイデアと呼ばれる深い森。

 そこはとある魔獣の一種の巣になっていて、そいつらが時々街を襲いに来るので、自警団にとって目下殲滅対象な場所なのだそうだ。


 魔獣討伐は危険だけどもその分報奨金は破格だった。まじめな勇者な高遠くんは一刻も早く王都を目指すべく、勇猛果敢にその仕事を買って出たというわけである。

 そしてあたしは、「スキルが結構強いので一緒に行かせてください」の一言がどうしても言えずに無力な女子高生を演じ、お留守番を命じられたのである。

 ……卑怯者と罵ってもらって構わない、でもこっちだって伊達に片思いこじらせてないっていうか、嫌われるかもしれないのにそんなこと言う勇気が出なかったって言うか!!


 異世界の平和と自分の恋とを天秤にかけ、どうしたって恋の方に傾く自己中心な様に、本気で自己嫌悪で死にそうだった。


「…………いや、こうしてる暇はないっ!」


「うわあー、立ち直り早い。どこに行くんですアリアさん?」


 突然立ち上がったあたしを見上げながらエリュシカが尋ねる。あたしは拳を握り天に突き立てると、高らかに宣言した。


「バレたくないなら、バレないようにすればいいだけのことっ! こっちは伊達に友達からストーカー疑惑をかけられてるわけじゃないんだよねっ。こっそり着いて行って気づかれないように魔獣退治のお手伝いするぐらい楽勝らくしょー! ハーッハッハッハッハッハ」


 ふんぞり返って笑っていると「アリアさん悪役みたいですよ」とエリュシカが呟く。


「元気になったみたいでよかったですけど……じゃあ、パンとスープのおかわりと、紅茶とデザートも、全部おあずけですね」


「……………え゛っ?」


 片付けてきますね、と厨房の方に行こうとするエリュシカを引き止めると、すとんと椅子に座りなおしてナイフとフォークを持ち上げる。

 善は急げ。だけどそれ以上に、腹が減っては戦はできないのだ。


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