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スキルが強すぎてヒロインになれません 作者:奏中カナ

第1章 嘘とはじまりの街

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最初の街③ 1日目の終わり

 

 エリュシカがお父さんと二人で切り盛りしているという二階建ての宿『エーデルワイス』は小さいながらも素朴で清潔、おまけに街の中心部から遠い奥まった立地によって宿代も最安値という実に理想的な宿だった。

 ひとつの大問題を除いては。


「………………」

「………………」


「あの、アリアさん、なんで拳を握りしめてるんですか……? シンヤさんもどうして剣の柄に手を……?」


「エリュシカ……人ってね、痛い目見ないと分かり合えない悲しい生き物なの」

「真顔で何言ってるんですか!?」


 目が怖いですやめて! と涙目で懇願されて、仕方なくあたしと高遠くんは臨戦姿勢を解き、しかしなおも頑として睨み合った。


 堅実で確かなサービスが口コミで広がり人気を呼ぶ宿エーデルワイスは近頃収益も上がり、この度二階部分全面の内装リフォームが鋭意進行中だそうだおめでたい、でもそのせいで二階の部屋は全室クローズ、そんでもって一階にある三つの部屋のうち二つは常連客で埋まっているそうだ大繁盛。つまり。


「勝った方が野宿……それで依存無いね?」

「もちろん。悪いけど全力で行くよ」


「依存ありまくりですよ!!

 やめてください乱闘なんて、他のお客様のご迷惑ですっ」


 ついにはしくしく泣き出すエリュシカに、さすがにあたしも高遠くんも毒気を抜かれてしまう。

 あたしはおろおろと彼女の頭を撫でながらどうしたものかと手をこまねいていた。


「で、でもねエリュシカ……さすがに同じ部屋に泊まるっていうのはちょっと……」


「何がですかぁ。うちのお部屋はそんなに狭くないしベッドだって離れてます、つまんないこと気にして外で悪い人に襲われたりしたらどうするんですかっ。うちの宿を、ベッドが空いてるのに旅の人を泊めずに死なせた悪徳宿にしたいんですかっ?」


「うー……………」


 せいろーん…………。


 あたしはちらりと高遠くんを見やり、高遠くんもあたしを見下ろし、二人同時に首を横に振った。何よりも体を襲うとんでもない倦怠感がどうするべきかを嫌という程知らしめている。今回ばかりはエリュシカに完敗だ。


「ごめん、ついムキになって……お互い疲れてるし、細かいことは気にせずにきちんと体を休めるべきだ」


「あたしの方こそごめんなさい……突然のビッグイベントについ理性を失っちゃって……」


 頭を下げ合うあたしたちに、エリュシカはぱあっとお日様のような笑顔を向けると、ぱちんと手を合わせて告げた。


「わあ、よかった。お布団、ふっかふかにしてありますからね。明日の朝はあたたかい朝食をご用意して待ってます。

 それではおやすみなさい、エーデルワイスでよい夢を!」


 弾むように駆け出し、鼻歌交じりに奥へと引っ込んで行ったエリュシカを見送ると。

 あたしと高遠くんはわずかな沈黙にも耐えかね、どちらともなく激しく咳払いをした。



 * * * * * *



 玄関先でルームキーを握りながら、高遠くんは見たこともない険しい顔をして


「僕が先に部屋に入って速攻で眠る。君は僕の入眠を確認してから室内に入る事」


 という鉄の掟を言い渡した。その有無を言わさぬ空気にあたしが水飲み鳥のようにぎこちなく頷いたのも無理はない。

 そういうわけで今、あたしは少し遅れてお風呂を借りていた。


 お風呂と言っても湯船もシャワーもなく、大きなかめに入ったぬるま湯を桶ですくって体にかけるだけなんだけど。


 この世界の文明レベルはよく分からないけど、まず現代日本と同等のものを期待するのは根本的に諦めた方がよさそうだった。

 さして熱くもない湯が入った桶を、だけど恐る恐る意を決して肩のあたりで傾ける。


「うー、しみるー……」


 森林ウォーキングや不良との戦いでいつの間にかできていたらしい擦り傷がヒリヒリして、あたしは肩を抱いた。


 でもこれから旅を続ければ、戦いの中でもっと大きな怪我をするかもしれない。

 この程度で弱音を吐いていられない、と勢いよく湯をかけて肌を撫でる。ぬるい。熱いお湯に肩までつかってゆっくりしたいなあ。


「……………戦ってるとこ、高遠くんには見られたくないな」


 昼間のことを思い出す。不良との格闘。脳内で再現ビデオを上映してみる。


 ……ヒロインはどれですかって街頭アンケートしたら10割がエリュシカを選んでしまう……。


 桶に顔を埋めるようにして肩を落とす。

 自分よりずっと大きい男の人を持ち上げ、投げ飛ばし、終いには降参させるあの姿は、およそ女子高生、恋愛対象の女子からは遠くかけ離れたものだったと思う。脅威は抱かれても好意は抱かれないというか……。


「できればスキルを使わずにいられたら良いんだけどなあ……」


 そんなことできるんだろうか、と甚だ疑問だ。


 どうしてもっとこう、回復系とか魔法系とか、王道ヒロインぽいスキルじゃなかったんだろう……!


 神さまのばーか、と、八つ当たりを叫びつつ勢いよくお湯をすくって頭からかける。即座に天罰が下ったのか全身にしみて激しく悶えた。




 簡素な寝巻きに着替え、借りた部屋に入ると両側の壁際にベッドがあり、向かって左に高遠くんが寝ていた。すうすうと静かな寝息が聞こえる。疲れていたんだろう、よく眠っているみたいだ。


 反対側のベッドに潜り込み、猫のように丸まる。


「とんでもない1日だった……」


 放課後、もしもパンケーキを食べに行っていたらって考えると、とても不思議だ。


 目を閉じて思い出す。夕暮れ、教室、魔法陣。神さまと愛読書ギフト。壁の反対側で寝息を立てているのはあたしの名前も知らないはずだった人。今日一日で、ケンカをするぐらいには仲良くなってしまった。とっても不思議だ、なんだか信じられなくてふわふわする。


「……同じ部屋で寝るなんて、昨日までは思いもしなかったのに」


 こんな超常現象、異世界召喚以上に許容範囲を超えている。

 あたしはきっと今晩眠れないんだろうな、と思って目を閉じたら秒で眠気がきた。


 なんだかんだ言って歩き通しだったし、色々もろもろ運動もしてしまったし、疲れるものは疲れる。


 それに、高遠くんとこれからどんな冒険をするんだろうと思うと、なんだか楽しみで、早く明日が来てほしかったのだ。何が起こるかなんて分かりもしない、明日には死んでいてもおかしくないかもしれないけれど、不思議と怖くはなかった。きっとどうにかなるし、ならなければ頑張ってどうにかするだけだ。



 異世界に行くには魔法陣に乗って。

 明日に行くには、さっさと眠ることだ。


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