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スキルが強すぎてヒロインになれません 作者:奏中カナ

第1章 嘘とはじまりの街

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最初の街② 上手なお金の稼ぎ方

 

「街の治安を脅かす悪漢の退治、お見事でした。心ばかりですが、当自警団本部よりお礼にこちらの報奨金を送らせてください」


「すごいや雨宮さん!」

「ワーイありがとうございまーーーす……」


 目を輝かせる高遠くんを横目に、あたしは差し出された硬貨入りの麻袋を真顔で受け取る。

 ……おかしいな、こんなはずでは……



 あの後、戻って来た高遠くんは山積みになった不良を見てそれはそれは驚いていた。


 そしてこの街には交番はもちろん無く、警察のような役割を担っているのは街の自警団なのだそうだと言うことで、大通りから少し曲がったところにあるこの自警団本部に、不良を引きずりながらやってきたのだった。


 受付カウンター的な場所に机を挟んで座る、制服を着たキレイなお姉さんは恭しく頭を下げると、あたしの手を握ってぶんぶんと振り回す。


「近頃は王国軍の配備も魔族との戦いの最前線である北の地に集中していて、この最南端の街の警備は専ら私たち自警団頼みでしたので……あなたのような屈強な旅の方の協力は本当に助かります。ありがとうございます屈強な旅の方」


 要らない形容詞を二回も付けて感謝してくれるお姉さんにハハハと乾いた笑いを返しながら、ハッとして高遠くんに向き直る。


「違うの高遠くん、あの人たちが弱かったの! それはもう突けば倒れるマッチ棒のように! あたしが強いんじゃないよ!」


「あの悪漢達には自警団の男たちも手をこまねき負傷者も出る次第で……」


「お姉さんちょっと黙っててもらえますか!?」


 ぎゃあぎゃあと抗議していると、高遠くんは少し俯いて言った。


「ごめん、守るだなんて言ったのに、一人にしてる間に危険な目に合わせて……」


「……あ、違うよ!? 自分からわざわざ巻き込まれてったというか! 高遠くんのせいじゃないよ、全然怖くなかったし!」


「全然怖くなかったんだ」

「さすがです屈強な旅の方」


「あーもーいいですそういうことでー」


 自滅してがっくりと机に項垂れると、高遠くんが「ところで」と麻の袋を見下ろしながら言う。


「こんな風に街の脅威を取り払う仕事を手伝えば、報奨金をいただけるんですか?」


「はい、自警団は人手不足ですから大歓迎です。もうじき王都の騎士団から人員が送られる予定なのですが、何分それまでは厳しい状況ですので……。ただ、魔獣討伐も含めた危険な仕事ばかりですが、よろしいですか?」


 あたしと高遠くんは顔を見合わせ、「きっとそういうの得意です」と声を合わせた。



 * * * * * *


「ひとまず当面はこの街に留まって、北を目指すための資金集めと情報収集。ついでに魔獣討伐しながらスキルを使いこなせるようになれればなお良しって感じかな。それから…………」


 自警団本部の建物を出るとすぐ、理路整然と今後の展望を説明してくれていた高遠くんは、しかしあたしの豪快な腹の音がそれを遮ると目を瞬かせ、「それから、とりあえずご飯食べよっか」と悪戯っぽく笑った。


 制御の利かない暴走器官と化したお腹を抑えながらあたしはぐぎぎと唇を噛みしめる。どういうわけかどうも、スキルを使うとお腹が空いてしまうみたいなのだ。おのれ神さま、力持ちに加えて食いしん坊属性まで……こんなはずでは……!


「めんぼくないです……」


「あはは。幸い、雨宮さんのおかげで食事代も確保できたしね」


 言いながら高遠くんは麻袋の口を開けて中身を確認する。500円玉よりちょっと大きい、ちょっと使い古されてくすんだ銀貨が10枚入っていた。


「あ、結構いっぱい。これっていくらくらいなのかなあ? お腹いっぱい食べても大丈夫?」


「さっき色々聞いて調べてみたんだけど、この世界の通貨単位はGゴールド、感覚としては大体1Gが10円ぐらいの価値なのかな。

 貨幣は三種類、銅貨1G、銀貨10G、金貨100G。他に1000G紙幣と10000G紙幣がある」


 算数の問題みたいだ。理数系は苦手だ、意識が遠のいてしまう。あたしは空腹によりいつも以上に回らない頭をフル回転させて暗算した。


「銀貨10枚だから、100G……十倍の価値だから……せ、1000円!?」

「よくできました」


 がーん、と青褪めるあたしに、高遠くんもちょっと困ったように腕を組む。

 思ったより少ない……けど、悪者退治なんて日本でやってもせいぜいが表彰程度。お礼がもらえただけありがたい。時給換算すれば十分すぎる額かもしれないな、と思いつつ、あたしはぎゅっとお腹を抱いて頭を振った。


「……我慢する……もうすぐ夕方になっちゃうもん。宿代に回そう? 大丈夫、あたしは全然平気だよ」


「そんな天変地異みたいな音を出しながら言われても……」


 フッと格好つけて言ってみたけど、お腹からギュゴゴゴゴゴゴゴゴという聞いたこともない轟音が鳴り響いていたので説得力ゼロなのだった。ああ……。


「それに、1000円じゃ一晩の宿代にはとても足りないよ。調べた限りじゃこの街の相場では一番安くても一部屋300Gは必要だ」


「そ、そんなあ……ってことは野宿??」


「いや、さすがにそれは……せめて雨宮さんの分だけでも確保したい。割りの良い仕事がないかちょっと聞いてくるよ」


 た、高遠くんを差し置いて屋根の下で寝るなんてむしろ罰ゲーム! あたしなんて土の上で虫のように眠れば良いものを!!

 だけど二人分の宿代となると不足分は500G。不良退治15人分だ。くるりと踵を返し自警団本部に戻ろうとする高遠くんの腕を引いて慌てて引き止める。


「ま、待って! あたしはどこでも3秒でぐっすり眠れるからいらないよ。もうすぐ暗くなっちゃうし、高遠くんのお部屋の分だけの簡単なお仕事を探そう! ね?」


 ナイスアイデアを提案するあたしをきょとんと見下ろし、ほんの一瞬考えると、高遠くんは即答した。


「嫌だ」


「なっ…………!」


 お、愚か者めが……! 紳士な高遠くんからの初めての拒絶に動揺しつつ、あたしは怒りに拳を震わせた。


「わがまま言わないでくれるかな、良いからしっかり休んでください!」


「我が侭はそっちだろ。不良退治をこなして疲れてるのは雨宮さんの方だ、良いから大人しくぐっすりゆっくり眠ってくれないかな」


「ううー……あ、あたし野宿好きだもん!」

「いいや僕の方が好きだ」


「あたしが野宿!」

「僕が野宿」


 な、なんか変な方向に白熱してきた……しかしここで退いては勇者の名折れ!!

 お互い一歩も引かず、ついには野宿愛を高らかに語り合うというよく分からん泥沼の口論を繰り広げていると、ふいに可愛らしい声が地獄の舌戦を断ち切った。


「あのぉ…………」


 すわ取っ組み合い、スキル使用も止むなしというギリギリの状態だったあたしと高遠くんは、ぴたりと動きを止めて声の出所を振り返る。


「あ、さっきの」


「助けてくれてありがとうございました。あの、なんだか楽しそうだったので話しかけづらくて……」


 くすくすと口元を押さえて笑う姿は、小さな花が風でふわふわと揺れるように可憐だった。

 あたし達のすぐ後ろで醜い争いを見守っていたらしいその子ーーーー柔らかい栗色の髪に、薄緑のワンピース。そして赤いポシェットが印象的な、さっき路地裏で助けた女の子は、ぺこりと頭を下げて言った。


「お礼はいらないって言っていたけど、どうしても諦められなくて……あの、お話、聞いちゃいました。困ってるんですよね?」


「うん……あ、でも、ダメだよそのお金! 大事なものなんでしょう?」


 さっき路地裏で見た、ポシェットの中いっぱいに詰まった紙幣。

 武器を持った男数人に取り囲まれてもなお取り返そうと頑張っていたのだ、そんなものを使うわけにはいかない。


「はい、このお金は()()()()()()()()()()()なので1Gも差し上げられません。でも代わりに宿を手配します」


 ほぼ同時に同角度で首を傾げたあたしと高遠くんに、彼女は赤いポシェットで口を隠しながらくすりと微笑み、人差し指を立てて言った。


「私の家、宿屋なんです。

 エリュシカといいます。ようこそこの街へ、親切な旅人さん」


 ぽかんと口を開けて高遠くんと顔を合わせた瞬間、タイミングよくグーーーーーーとお腹が鳴った。


 1000円分食べられるって分かったから喜んでんのかなと馬鹿なことを思ったら、高遠くんも同じことを考えたようで、お腹を抱えて笑われた。


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