挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
スキルが強すぎてヒロインになれません 作者:奏中カナ

第1章 嘘とはじまりの街

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました
5/130

最初の街① 忘却と喧騒と少女

 

 あくびは3回目、お腹が鳴るのは6回目。


 悲しいカウントをまた一つ増やしながら、大きな通りを過ぎて行く人の波を眺めている。


 街の入り口からほど近い、お土産やさんの軒先にしゃがみこんで、スカートを押さえてひざに顎を乗せてから、そんなに時間は経っていない。


 だけど放課後に異世界転移してこっちの世界のお昼に飛ばされたから、実質今日という日は30時間ぐらいに大幅延長されてる。


 そんなわけで眠気と倦怠感、そして空腹に泣きそうになりながら、高遠くん早く戻ってこないかなあと、忠犬のように唸りながら帰りを待っているのだった。


 訪れた最初の町は外国の古い町並みのように、赤やオレンジの煉瓦の屋根が印象的な石造りの建物がたくさん並んでいる、賑やかな所だった。


 街に入ってすぐの大通りは道の両側に大きなお店、その隙間を縫うようにいくつもの出店が立ち並んでいる。

 見たことも無い鳥の丸焼きや、細かく作り込まれた木の装飾品を威勢の良い文句で売り込む人、大きな木箱に不思議な色のフルーツをいっぱい詰めて走る人、剣や弓を抱えて歩く人。

 たくさんの人がごちゃまぜになって一つの喧騒を生み出していて、そしてそのどれもが、ここは元いた世界とは違うんだってことをよーく教えてくれていた。




 数分前、街に入るとすぐその喧騒に負けないほどの元気のいいお腹の音を響き渡らせたあたしに、高遠くんは「ごめん」と謝りながら大いに笑った。


 羞恥に頬を染めながら、飴のひとつぐらい入ってなかったかなあと制服のポケットに手を突っ込んだけど悲しいかな空っぽだった。スマホですらどさくさに紛れて聖女さんに没収されたから手元にない。もちろん財布なんてものも無い。いや、あったところで日本円が使えたとは思えないけど……。

 見知らぬ地で無一文、という状況をようやく理解してあたしは途端に青ざめた。


 だけど高遠くんは冷静に、お金を稼ぐ方法と泊まれそうな所を探しに行くと言って、空腹にあえぐあたしにここで休息を命じると、たった一人で誰も知る人のいない街の中に潜って行ってしまった。


 さすがは高遠くん、こんな状況でも焦らず今何をすべきか考えられる。同い年ながら感心しつつ、とりあえずすることもないので異世界人間観察を継続することにした。


 この世界の人は顔立ちがあたし達とはちょっと違うし、目の色や髪の色も色々で、黒の人はほとんどいない。服装もちょっと民族衣装風というか、いわゆる現代のものとは違うデザインや素材で出来ていた。


 と、ここまで考えて、それは向こうから見てもそうなんだと思い知る。

 学校の制服姿、というものはものすごく珍しく見えるみたいで、道行く人はちらちらと不思議そうにこちらを見てはサッと目を逸らして通り過ぎて行く。


 ……喜び勇んでこんなところまで来てしまったけれど、もしかしたらとんでもないことをしたのかもしれないなーと、目の前を跳ねて行くモップのような犬、あるいは犬のようなモップを見送りながら思う。なんだか生き物も微妙に違うみたいだ。


この世界には魔獣とかいうモンスター的なのも存在するらしく、魔王を倒すならまず戦闘は避けられないーーけどあたしには戦う力もないし武器もない。高遠くんの足を引っ張るようなことにならないといいな、と思い悩んでいると。



「……お願いします、返してください!」



 ざわざわ楽しげな喧騒の中に、ひとつだけ、必死な声を聞いた気がした。


 通りを見回しても特にトラブルの様子はない。くるりと振り返ると、店と店の隙間、狭い路地の入り口が目に入った。


 


「うわ、すげー額じゃん。アタリだったなー」

「子供がこんな大金持ってたら危ないだろ、お兄さん達が預かっててあげよう」

「あ、もしかして盗んだとか?」



 異世界と元の世界の共通点、それは不良、と思えるほどに、傷や刺青のある顔に着崩した服が「いかにも」すぎる男の人が三人。


 そして彼らがボールのように代わる代わる手にする赤いポシェット、それを一生懸命背伸びしながら取り返そうと頑張る女の子が一人。


 いかにもをいかにもで煮詰めたようないかにもな状況に、あたしは悩んでいたのもすっかり忘れて咄嗟に口を開いていた。


「卑怯者!」


「……あ? 誰だお前?」


 不良と女の子は、目を丸くしてこちらを見つめ、律儀にこちらの次の言葉を待っていた。

 …………あんまり考えなしに話しかけてしまった……えーと、つまり……


「……女の子に三人で寄ってたかるなんて卑怯じゃない!

 せめて一対一で正々堂々勝負しようよ!」


「なんだコイツ」

「止めてんのか煽ってんのかどっちだ?」

「おい、知り合いかよ」


 不良の一人に小突かれ、女の子が怯えた様子で首を横に振る。

 ……助けを呼びに行ってる、間が心配だ。ここはどうにかするしかない!


「お姉ちゃん、変な服着てんのな。金持ってんの?」

「置いてってくれたらこの子見逃してやってもいいよー」

「まあこのカバンの中身は貰うけどな」


 けらけらけら、と笑う不良に、女の子がついに堪えきれずに涙をこぼす。

 それを合図に、あたしは目を閉じると、脳裏に浮かぶ文字を信じて一気に踏み出した。


「……………あれ?」


 後ろに間の抜けた三人の声を聞きながら、あたしは胸に抱いた赤いポシェットの中身を確認する。年季の入った紙幣がぎゅっと詰まってる。こりゃー盗まれるわと思いながらそっと蓋を閉じ、また取られては大変なので首に下げて振り返った。


 数メートル離れた地点に、不良と女の子の四人が呆然と立ち尽くしている。驚いているところを見ると、この世界の人の身体能力はあたしの世界のものとそんなに変わりはないみたいだ。

 きっと異世界にもそうそういないんだろう、()()()()()()()()()()()()()()()人なんて。


 目を閉じると、もう文字は消えていた。

 スキル【俊足】ーーこんな狭い道ではトップスピードには程遠いけど、相手を怯ませる奇襲には打ってつけ。上手くいってよかった。偉大なる愛読書ギフトにここに来て初めて感謝する。


「……な、何しやがったテメー!?」


「何……一生懸命走りました?」


「バッカにしやがって、ふざけんじゃねぇぞ!」


 チャキン、と音がして不良の手の内で何かが光る。ナイフだ、と思った時にはブチ切れた顔とともに突進されている最中だった。


 銀の切っ先が目の前で光り、不良の身体がすぐそばまで迫った時、あたしは素早く身をかがめると大振りな動きでガラ空きになった相手の胴体に掴みかかった。


 ーースキル【重量挙げ】!


 そこそこ鍛えているようだけど、さすがに2()0()0()k()g()を超えるということはないみたいで、スキルでもってひょいと持ち上げられた不良の体を、あたしは遠慮なく仲間の不良の元に放り投げた。


「うわっ!?」

「なんだコイツ?」

「に、人間じゃない……」


「あ、いえ、一応全部公式な人間の力だそうです。

 ちょっと限界極めちゃった人たちですけど……」


 ぱんぱんと手の汚れを払いながら、よーし次は握力の限界でも試してみようかなと指を鳴らしていると、不良達は慌てて路地を出て行こうとした。


「あ、ちょっと。何で逃げるんですか?」

「ギャーーーー!」


 投げ飛ばされなかった方の二人の首根っこをつかんで、スキルで猫のように持ち上げる。がたがたと震えるので掴みづらいことこの上なかった。大人しくしてほしい。


「わ、悪かった、もうしないから痛いことは勘弁して……」


「もちろんです。でも逃げるのは待ってください。……あの、お願いなんですけど、ここでもう少しだけ待っててもらえませんか?」


「……はあ? なんで」


 あたしはコホンと咳払いをした。この状況シチュエーションを見てからひそかに心の奥底で目論んでいた計画を、恥じらいつつも打ち明けることにする。

 そう、つまり……


「もうすぐ高遠くんが来るからです」


 たかとおくん? と首を傾げる二人に、あたしは視線を地に這わせもじもじしながらそっと打ち明ける。


「……その、ちょっと憧れてて。ピンチに颯爽と助けに来てもらえるのとか、ヒロインぽいじゃないですか? 一回でいいからやってみたいんです! という訳であなたたち絵面的にばっちりなのでちょっと協力してください」


「は、はあ~~~?」


 ……いや、分かる、変なこと言ってるのは分かる。


 でもひしひしと感じる、この先こんなチャンスは無い……このスキルのせいで、ヒロイン的なシチュエーションに陥ることなんてこの先の旅でもう滅多に無いってことがひしひしと……!


 この女頭おかしい、と青ざめる不良をぱっと地面に落とし、そこをなんとか、と両手を合わせてお願いする。


「……と、いうことなので、ちょっと恐喝してるっぽい絵を作ってもらってもいいですか? できるだけあたしが弱く見えるように!」


「「「無茶言うな!」」」


 ついには震えて抱き合いながら泣き出す不良たちに、あちゃーとあたしは落胆した。そしてくるっと振り返る。


「……しょ、しょうがないからもうこの際あなたに脅して貰うしか……」


「む、無理、です」


 すっかり怯えきっていたその女の子は、怪物でも見るような目であたしを見上げて、必死に首を横に振っていた。

 そっかそうだよね、ごめんねと、落ち込みながら首に下げていたポシェットを手渡すと、女の子はようやく笑って「ありがとうございます」と頭を下げた。


「あの、何かお礼を……」


「あ、いえいえいそんなお気になさらず……自分の願望を叶えようとした結果の大大大失敗ですので……

 ああ、そうだ。この街の交番ってどこ?」


 女の子はきょとんと目を丸くして、コーバンって何ですか? と首を傾げた。


 まずはそこからかあ、と頭を抱えながら、そういえばさっきまで表で何かに思い悩んでいた気がするとふと思い出し、だけどそれが何なのかは、結局すっかり忘れてしまっていた。


+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。