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スキルが強すぎてヒロインになれません 作者:奏中カナ

第1章 嘘とはじまりの街

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旅のはじまり①  彼女にとっての非日常

 

 背の低い草に頰を撫でられて、くすぐったさに顔をしかめる。鼻先を微かにお日様と土の匂いが掠めて、どうやら地面に横たわっているらしいことをぼんやりと察した。


 だけど瞼が重くて目を開ける気にはなれない。それになんだか、突然膨大な量の情報を詰め込まれたみたいに頭が痛いのだ。もう少し眠っていたって誰も咎めたりしないだろう。


 そういうわけで、天変地異でも起こらない限りは寝たフリを決め込むことにした。誰に起こされても鉄の意志で無視しよう。固く誓って微睡みの中に意識を放り投げる。


 しかし天変地異はすぐに起きた。しかも地球滅亡級のとんでもないのが。


「………さん、雨宮さん」


「…………」


雨宮あまみやアリアさん!」


「…………ハッ!?」


 いきなり片思いの相手の音声で下の名前を呼ばれる、という未曾有の大イベントが発生して思わず意識が急浮上して跳ね起きる。


 すると見慣れた顔がすぐそばにあって息とか時とか色々止まった。


「…………?」


「あ、よかった。目が覚めた」


 ……なるほど、これが天国……神妙な面持ちで両の頬を摘み全力で引っ張ってみると、思いの外よく伸びた上にばっちり痛かった。涙目でほっぺをさすっていると、その人はーー高遠深也くんは、面白そうに笑った。


「残念だけど夢ってわけじゃなさそうだよ。

 ……それにしても驚いた、いきなりこんなところに飛ばされたと思ったら、すぐ後に雨宮さんも転移してくるなんてすごい偶ぜ」


「ほあーーーーーーーー!?」


「な、何!?」


 突然汽笛のごとき叫びを上げたクラスメイト女子に、さすがの高遠くんも目を丸くして一歩引いた。

 いやしかしこれが叫ばずにいられようかいや無理です、あたしは異世界召喚なんて目じゃないぐらいの驚愕の事実にくらくら目眩を覚えながら必死に声を絞り出す。


「高遠くん、あたしの名前知ってたの?」

「当たり前だろ、クラスメイトなんだから」


 ーー拝啓地球の教職員のみなさん、聞こえますか? 遠い所から大変失礼します。その節は本当にありがとうございました。


「無事に帰れたら粗品送らせてください……」


「……大変だ、転移の影響で脳に混乱が……」


 土下座して祈りを捧げていたら割と本気で心配されてしまった。いけない、変な子だと思われてしまう……なんだかもう遅い気もするけど……


 気を取り直して立ち上がると、スカートを手で払いくっついていた土と草をはらはらと落とす。

 きょろきょろ辺りを見回してみると、どうやら神さまはあたし達を森の中の小さな川辺に飛ばしたみたいだった。

 ここが異世界だという確たる証拠もないけど、生えている木々の形、奥から聞こえる鳥の鳴き声、川を泳いで行く魚の色。どれも奇妙な違和感があり、まずとりあえず日本ではなさそうだった。空気を吸い込んで思う。そもそもここは春の匂いがしないのだ。


「そういえば雨宮さんは制服のままなんだね。現代物の本なの?」


 言われて高遠くんを見ると、彼はさっきまで着ていたはずの同じ高校の制服姿ではなかった。


 動きやすそうな中世風の上衣に、麻のズボン、革のブーツ。腰のベルトにはどう見てもおもちゃではない立派な剣を下げていて、柄と鞘に施された豪奢な装飾が、日の光を受けてキラキラと輝くのがとても綺麗だった。

 肩のあたりに鎧のような金属と、背に赤いマントを付けているのもあって、なんだか物語に出てくる騎士のような格好だった。

 ……ああそうか、神さまが言っていた。


「それが高遠くんの愛読書ギフトなんだね」

「そう。『アーサー王物語』……ちょっと子供っぽいけど、まあ強そうなことに越したことはないよね」


 そう言って気恥ずかしそうに顎を掻くと、腰の剣がカチャリと重い音を立てた。見れば見慣れた黒髪も、おそらく物語の主人公と同じサラサラとした金色に染まっていた。よく似合ってる。いるのか知らないけど美容師さんにお礼の言葉と眼福貢献賞を授与したいぐらいだ。


 そこでようやく気付いたけど、高遠くんはこの異世界に戦うために飛ばされてきたのだ。そしてその義務は、おまけで勝手について来たあたしにだってもちろんあるはずだった。


 ーーいやでも、この愛読書ギフトでどうやって戦えと?


 なんか武器も無いし強くなった感じもしないし……失敗した、今すぐ時を巻き戻し、本屋さんに直行して無双系小説を購入して自室の本棚に突っ込んでから異世界召喚に応じたい。

 だけどもはや後の祭り、これでどうにか頑張って行くしかないみたいだった。


「ところで雨宮さんはどんな本を選んだの?」

「あたし? あたしはーー」


 そこではたと気付く。


 ーー愛読書が世界記録集って、女子高生としてなんか色々終了しているのでは?


 なんてこった、とんだ大誤算だ、流行りの少女漫画とか恋愛小説とか可愛いやつにしておけば良かった! 読んだことないけど!


 死んだ魚の眼で言いよどんでいると、急な状況に気落ちしていると思ってくれたようで高遠くんは優しく首を振って言う。


「きっと少女漫画とか恋愛小説とかなんでしょ? こんなところに戦闘スキルも無しで放り込まれたら不安だよね」


 そして心配そうに顔を覗き込まれる。

 未だ慣れぬ至近距離に激しく絶命の危機を感じつつ、どうにかこくりと頷くと、高遠くんは安心させようとしてくれているように、微笑んで手を差し伸べた。


「大丈夫、幸いこっちは戦うのに特化してるし、一人守りながら戦うくらい何とかなるよ。


 こんなとこで会えたのも何かの縁だ。これからよろしくね、雨宮さん」


 あたしは差し伸べられた手をまじまじと見つめる。すで。素手である。


 そしてたっぷり数十秒ほど、それこそ異世界転移を決めた時よりも重く逡巡しながら奥歯を噛み締めーー

 深く深く頭を下げると断腸の思いで言った。


「今は鑑識手袋持ち合わせてないのでまたの機会にお願いします……!」


 涙を飲みながら言うあたしに、高遠くんは面食らって「あ、はい……」と何だか残念そうに呟くのだった。



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