OVER PRINCE   作:神埼 黒音
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運命

ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ。

隠れもなきアダマンタイト級冒険者の集まりである「蒼の薔薇」のリーダーである。

最高峰冒険者でありながら、王国貴族アインドラ家の令嬢であるという異色の経歴の持ち主。

ここ、王国において彼女ほど煌びやかな存在は居ないだろう。

 

その肩書きだけで「アダマンタイト級冒険者」「アインドラ家の令嬢」であり、本来ならこの二つだけで女神から恩寵でも受けているのかと、思われる程である。

 

加えて、持って生まれた美貌。

 

抜けるような白い肌にピンクの唇、黄金を溶かしたようなブロンドの髪、翡翠を思わせるような深い緑の瞳。その美貌に王国中の男が熱を上げていると言って良いだろう。

 

更には、その身を包む武装。

 

かつて英雄が使っていたとされる《魔剣キリネイラム/無属性全体攻撃可》

背中には攻防自在である6本の《浮遊する剣群/フローティング・ソーズ》

処女しか身に纏えない《無垢なる白雪/ヴァージン・スノー》

移動・敏捷・回避力を上げる《ネズミの速さの外套/クローク・オブ・ラットスピード》

 

そのどれもが万金を積んでも手に入らない物ばかりであり、これらの目を覆うような眩い輝きが彼女の身をより一層際立たせている。

そして王国で唯一、《死者蘇生/レイズデッド》を使用出来るという稀代の神官。

英雄として、後世にまで謡われる存在であろう。

 

 

「闇の気配を感じるわね………もう一人の私が反応している?」

 

 

ただ一つの欠点は………この世界では珍しい《邪気眼》という癒せぬ病にかかっている事だった。

普段は出ないが、思い出したようにたまにこれが出る。

何やら内側にもう一人の“闇の人格”が存在しており、それと戦っているらしい。

時折、右手を押さえ何かに抵抗するように、苦悶の表情を浮かべているところを幾度か目撃されている。仲間達からは魔剣の影響ではないかと大真面目に心配されているが、特に危険はない。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

そんな彼女は今、トブの大森林でとある依頼を遂行中であった。

事の発端は何とも下らないモノである。

若い貴族の子弟が集まり、誰が言い出したのか酒を飲んだ勢いで度胸試しとしてトブの大森林へと入ったのだ。当然、護衛の人間はいたが、8人いた護衛の内、5人が殺され、子弟の二人が行方不明。残りは這う這うの体で逃げ出した。

未だ行方不明となっている二人の捜索を頼みたい、と泣き付いてきた顛末である。

 

 

(国がこれだけ大変な時期に度胸試し、ね……馬鹿みたい)

 

 

それだけ度胸を試したいと言うなら、帝国との戦争の際、最前線に立てば良い。

森に入って、何の度胸を試そうと言うのか。そして、その度胸を誰が褒めるのか。

考えれば考える程、馬鹿らしくなってくるのだ。

 

 

―――とは言え、いつもの事ではある。

 

 

このような家の醜聞に繋がるような問題は、その殆どがラキュースの許へと来るのだ。

蒼の薔薇ではなく個人に、である。

ラキュースならば貴族特有のルールや慣習なども熟知しており、また依頼した内容が他の家に漏れる心配もない。貴族にとって醜聞や恥と言うのは文字通り、命取りになるのだ。

この手の貴族が関わってくる問題はラキュース個人か、その叔父へと行く。

 

依頼した方も本気でまだ生きているなど思ってはいない。

ただ、死体に家がバレるようなものがあるなら回収してきて欲しい、と言うだけだ。

そして、それこそが本当の依頼なのである。

既に内々で病死として処理する事となっているらしい。

 

 

(まるで、亡霊でも探しにいくようなものね……)

 

 

死体を求めて森を歩く。さながら、オペラのホラー劇のようであった。

気分を入れ替えるように一つ息を吐き、この森のモンスターについて考える。

まず、著名な森の賢王であろう。これは縄張りに入らなければ余り危険はないらしい。

そして、モンスターに襲われたという森の東。ここにはオーガなどが生息していると聞いている。

何の問題もない相手ではあるが、今回は一人。油断は禁物だ。

 

 

(この手の醜聞に関わる依頼には、他のメンバーを連れていけないのが辛いわね……)

 

 

蒼の薔薇は非常に多忙である為、個々に受ける依頼も多い。

逆に全員で動かねばならない事態など、国を揺るがしかねない相手が出現した時くらいである。

今もガガーランは鉱山から運ばれる鉱石輸送の護衛についており、ティアとティナは交代で複数ある八本指のアジトの割り出しにかかっている。

イビルアイは王都に何か起きた時、いつでも対処出来るようにしており、基本自由だ。

 

 

(この依頼が終わったら、全員で一度集まってゆっくりしたいわね……)

 

 

ガガーランとティアが言っていた、面白そうな男性の事も気になる。

王子だとか、流れ星だとか、愉快な事ばかり言っていた。あの二人は元々、愉快ではあったが今回のは特に傑作であったと思う。

この依頼が来た為、余り詳しい話は聞けなかったが、戻ったら紅茶でも飲みながらゆっくりと聞いてみたい。ラナーにも聞かせたらどんな顔をするだろうか?

 

 

(ん。オーガ、か………)

 

 

前方に目を向けると、何かを食べている最中のオーガがいた。

その足元には、ゴブリンと思わしき死体が幾つか転がっている。

 

 

「ニンゲン!ニンゲン!マタクワレニキタ!」

 

「また、ね……なるほど、犯人は貴方達って訳か」

 

 

そこには二体のオーガと、2メートル後半はあろうトロールが一体居た。

どうやら、このモンスター達に食べられたようだ。遊び半分でやった度胸試しだったのであろうが……随分と高くついたものだと思う。

むしろ、そのような貴族の子弟達が成長し、国の重臣になっていくのだから、それこそ国民にとって度胸試しであり、恐怖であろう。

 

 

「ここで殺された人間……5人と2人が居た筈だけど、覚えてる?」

 

「クウ!オレ、コイツクウ!ウマソウ!」

 

「ダメね、これは………」

 

 

オーガが頭の悪そうな声を上げるのを聞いて、頭痛がしてきた。

会話が出来る程の知性があれば、まだ交渉の余地もあったけれど………。

 

そんな事をぼんやり考えていると、オーガが手に持った棍棒を振り下ろしてくるのが目に入った。その場を動かず、背中の剣を発射する。

瞬間、相手の額に剣が突き刺さり、地響きを立ててオーガが倒れ込んだ。

 

 

「別に戦うつもりはないのだけれど………」

 

「コイツ、ツヨイ!テキ!」

 

 

一匹のオーガが走り去り、横に居た大きなトロールが棍棒を横薙ぎに振るってくる。

背中の剣を動かし、それらを盾にして防ぐと同時に、魔法を放つ。

 

 

「闇に還りなさい―――――《聖なる光線/ホーリーレイ》」

 

 

聖なる光線が腕から迸り、それに触れたトロールの頭が爆散した。

音もなく横倒しになったトロールの体が何度か痙攣し、再生を試みようとしていたが、流石に頭部の全てを吹き飛ばされては再生も難しい。

トロールはその腕力もオーガを凌駕するが、何より特徴的なのはその再生能力だ。切ろうが刺そうが、吹き飛ばそうが、体力の続く限り再生を繰り返す。

のたうつ体に近づき、心臓へ魔剣を突き刺すと、ようやくトロールは生命活動を停止させた。

 

 

(参ったわね……他にも来るの……?)

 

 

地響きがする方向に目を向けると、そこには10体程のオーガと、5体のトロールがいた。

その内の一体は動物の皮を重ねたような革鎧を着ており、驚くほど巨大なグレートソードを手に持っている。その刀身はぬらぬらとした液体が流れており、何らかの魔法効果が付与されている事が見て取れた。

 

 

「何をしに来た、人間!」

 

「物の回収に……と言っても、残ってる様子もないわね、これじゃ」

 

「愚かな人間!食われに来たのか!」

 

「あのね………貴方達はそれしか言えないの………?」

 

 

口を開けば食う、食うと………野蛮極まりない。

見た目もそうだが、知性には期待しない方が良さそうだ。かろうじて鎧や剣を装備しているから会話ぐらいは出来るかと期待したけれど……。

 

 

「食う前に東の地を統べる王である、グ、に名乗る事を許してやる!」

 

 

グ?グ??

一瞬、頭の中を空白が走ったが、それが名である事に気付く。

随分と短い、何と言うか分かりにくい名だ。と言うか、食べる前に名乗れってどういう了見をしているのだろう……。とは言え、名乗れと言われたからには名乗らなければなるまい。

栄えあるアダマンタイト級冒険者として、アインドラ家の者として。

 

 

「私は、ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラよ」

 

「ぐわぁっはっはっはっ!」

 

 

名乗った瞬間、グが大爆笑する。

周りのトロールや、オーガまで口を揃えて大笑いしている………何が可笑しいのだろう?

グに至っては腹を押さえながら笑っており、本気で笑っている姿である。

 

 

「そんな臆病な名など聞いた事もない!力強さがない!情けない名だ!」

 

「えっと………」

 

 

名を侮辱されるなど、普通の貴族なら怒るところかも知れないが、自分はそこにわざわざ目くじらを立てようとは思わない。ただ、彼らの価値観が気になった。

もしかすると、彼らは貴族名などを馬鹿にしたり蔑む傾向があるのだろうか?

 

 

「ねぇ、何故わたしの名は臆病になるの?」

 

「長き名は勇気無き証!人間、お前は臆病者だ!」

 

(えぇぇ………)

 

 

その返答に思わず脱力する。価値観が違うのではなく、逆なのだ。

王国などでは名が長いと言うのはそれだけ地位の高い、重んじられる人間でもある。名の中に家柄や身分、領地名などが入り、どんどんと長くなっていくからだ。

彼らは短ければ短いほど、勇敢で勇気があるという事になるらしい……。

 

 

「もう一度名乗れ、人間!」

 

「ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラよ」

 

「ぐわぁっはっはっはっ!ぶぁーふぁふぁっげっはっはっ!はぶぁっふぁふぁっ!」

 

「あ、あのね…………」

 

 

グが耐え切れない、といった様子で呵々大笑し、遂には膝を突いて地面をバシバシと叩く。

はふーはふー、と荒い息を繰り返し、また笑いが込み上げてきたのか、遂に横倒しになって腹を押さえて苦しみだした。完全にツボに入ったらしい。

 

 

「人間!貴様、俺を笑いっふぉふぉ!卑怯ぶぁっはっはっはぁふぁふぁ!」

 

「死ね―――――《聖なる光線/ホーリーレイ》」

 

「熱ッ!はっヴぁっははは!痛ばぅはっふふふ!」

 

「こいつ…………ッ!」

 

 

聖なる光に焼かれながらも、まだ笑っている姿に思わず血管がキレそうになる。

しかも、再生速度が異常に速く、焼かれた傷がまるで巻き戻るようにして塞がっていく。

これまでも何度かトロールは見てきたが、これは完全に別格であろう。

ようやく笑いを収め、本気になったのか、グが立ち上がり剣を振り上げる。

 

 

「人間!臆病者の癖にこの偉大なるグに逆らうとは何事だ!」

 

「何がグ、よ。私からすれば貴方の名の方が優雅さがない、品もない、野蛮そのものね」

 

「臆病者の人間!五体をバラバラにして頭骨をバリバリと噛み砕いてやる!」

 

「頭の悪そうな発言ね」

 

 

グが剣を振り下ろし、大きく後ろへと距離を取る。

剣が振り下ろされた時の轟音は凄まじいものであった。内心、冷や汗を流す。

アレをまともに受けたら自分でさえ危ないだろう。

 

浮遊する剣群を次々とグへ向けて発射し、牽制する。

グはそれを避けようともせず、うるさそうに蝿を払うような仕草で手を振った。こいつには防御や回避というのは頭にないのだろうか?

それが頭の悪さからきているのか、自身の再生能力への自信なのかはわからない。

 

 

「お前達!この臆病人間を叩き潰せ!」

 

「オォォォ!」

 

 

周りのオーガやトロールが一斉にこちらへ向ってくる。

その足元を縫うように走りながら、一閃、二閃と魔剣を振るう。彼らの腕力は大したものだが、速さはなく、その防御力に至っては実にお粗末である。

魔剣を振るう度にオーガの骨が断ち切られ、トロールの肉を切り裂いていく。

振り下ろされた棍棒を避け、その腕を切り落としながら詠唱を開始する。

 

 

《集団標的/マス・ターゲティング》

 

 

「内なる闇を滅せよ―――――《善の波動/ホーリーオーラ!》」

 

「オ、ォォォ………ウゴケナイ!ドウジデェェェ!!」

 

 

動揺した敵に向け、拘束魔法を放つ。

衝撃を受けたようにオーガやトロールが身を震わせ、そこに更なる追撃を落とす。

 

 

「破・邪・滅・殺―――――ッ!《正義の鉄槌/アイアンハンマー・オブ・ライチャネス!》」

 

 

空中から光のハンマーが振り下ろされ、身を動かせないオーガが押し潰され絶命する。

トロールも頭から上半身が潰され、次々と身を大地に転がした。

だが、あのグと名乗ったトロールだけは血を流しながらも衝撃に耐え抜いたようだ。怒りからか身を震わせ、大声で何かを叫んでいるが、言葉になっていない。

 

 

「……しつこい男は嫌われるわよ」

 

「ギ、貴様ァァァァ!臆、病、人ゲン!このグに傷ヲ付けタなぁぁぁ!」

 

 

そう言ってる間にも既に拘束魔法を力ずくで抜け出し、傷を負った箇所が泡立つようにして塞がっていく。反則だろう……これは。

しつこいとか、そういうレベルじゃなくなっている。

 

もはや、我が内に眠る―――――“もう一人の自分”を使うしかない。

魔剣キリネイラムの柄を握り締め、刀身に全ての力と魔力を篭める。我が内の“闇”と“魔”が重なる時、無属性の衝撃波が生まれ、全ての敵は死に絶える。

青き刀身から輝きが放たれ、その力の奔流に耐えるように左手で右手を押さえ込む。

 

 

「右手よ……どうか、あと少しだけ耐えて………」

 

 

今日は周囲に誰も居ないし、もうノリノリだ。

遠慮しない、するつもりもない、こんな絶好の機会を逃せない。

全力で“私の戦い”をする―――――!

無属性の力に満ちた刀身を振り上げ、それを横薙ぎに一閃する。

 

 

 

「超技!―――――《暗黒刃超弩級衝撃波/ダークブレードメガインパクトォオ!!》」

 

 

 

刀身から放たれた黒き奔流がグの全身を吹き飛ばし、その周辺で転がっていたオーガやトロールの体を一瞬で四散させていく。黒き奔流が収まった時、ようやく森に静寂が戻った。

 

 

(フフ、今日は良い感じで“私の戦い”が出来たわね………)

 

 

余り周囲に人が居ると、ちょっとやり辛いのだ。………何となく。

内なる闇は、余り人に見せるものではないだろう………うん、そう思う。思う。

 

 

(さて、後は一応この連中のネグラを探索して………)

 

 

そこまで思った時、口から何かが溢れてきた。

体の中心から頭に抜けるような衝撃が走り、口が開く。血だ。

それを認識した時、大量の血を吐き出した。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

(何、コレ………)

 

 

「良い働きじゃったよ、人間のお嬢ちゃん。ワシはこうした漁夫の利を拾う機会をずっと待っちょったんじゃよ。グとぶつかるのは賢王かと思っちょったが、まさか人間とはのぉ」

 

 

声はするのに、姿が見えない。気配もない。

体に痺れが走り、うまく体を動かせない。目が痛い。視界が歪む。

剣を振るうが、見えない敵があざ笑うように再度、何かを体に刺し込んで来た。背中から肺を貫いたそれは、紫に光るダガーであった。

 

 

(麻痺……痺れ効果……?)

 

 

遂に体が横倒しに倒れ、胃から込み上げてくる血を大量に吐き出す。

肺がやられて詠唱が出来ない……まずい……。

 

 

「後は賢王じゃが、あれは出て行ったと思ったらまた戻ってきたしのぉ……厄介な事じゃて」

 

(アイテムを………)

 

 

まずは麻痺を解除しなくてはならない。その後にポーションだ。

詠唱さえ出来るようになれば、何とかなる……。

痺れる手を何とか動かし、腰に挟んだ様々な道具へと手を伸ばす。

 

 

「おやおや、まだ動けるとは大した人間じゃの。じゃが、お前さんはここで終わりじゃよ」

 

 

透明の敵が腰に挟んでいた道具を取り上げ、粉々に打ち砕く。

まずい、まずい、本格的にまずい……。

 

 

「さて、お前さんは蛇どもの餌にで…………ギヒャッ!」

 

「透明になって女の子を襲うとか、何処のエロゲーだよ」

 

「な、なんじゃ、お前さんは?!何故、ワシのことがわかる!何故見える!」

 

「愚問だな―――――この身に不可視化や透明化などの小細工は通じんよ」

 

 

声のした方向に目を向けると、そこには全身にローブを纏い、フードを深く被った男が居た。

その手には、軽く見ただけでも超一級品と判るような杖が握られている。

そして、森の奥から途方も無い《大魔獣》が現れ……何と、彼の足元に跪いたのだ。

 

静謐な森の中……争いさえなければ木漏れ日が差し込むような神聖な空間で。

途方も無い大魔獣を従え、颯爽と現れた彼の姿に目を奪われる。

一体、彼は何者なんだろうか……。

まるで敵など眼中に入っていないような風情で彼がこちらへ振り向く。

 

 

瞬間、予感が走ったのだ。

この日―――人生が変わると―――

 

 

 

 

 

「―――――問おう。貴女が俺のマスターか」

 

この日、私は運命と出会った―――――

 

 

 

 




遂に邪気眼の黄金騎士、ラキュースの登場です。
会わせてはいけない二人が、遂に会ってしまった……。

それにしても、この女騎士ノリノリである。
ここから物語も怒涛の展開となっていきます。