OVER PRINCE 作:神埼 黒音
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神の残光
王都でも最高級と言われる宿屋の一つ。そこに備え付けられたBARで二人の女性が飲んでいる。
イビルアイとティナだ。珍しい組み合わせ、と言って良いだろう。
ティナはチェリーの入った赤色のカクテルを飲んでおり、イビルアイの前にはグラスの縁にカットされたメロンが付いたカクテルが置かれていた。
「英雄を超える男、ね………ティアは女にしか興味が無かったのではないのか?」
「遊びは卒業したと言っていた」
アダマンタイト級冒険者である蒼の薔薇が座るテーブルはいつも決まっている。
どれだけ混雑していても、そのテーブルだけは必ず空けられており、これに座るようなモグリは周囲から「とんだ田舎者」と笑われる事となるのだ。
冒険者が使う施設には大抵、幾つかの慣習やルールがあるが、これもその一つだ。
有名な所で言えば、《銅/カッパー》になりたての冒険者に先輩冒険者が絡み、その対応を見て能力を推し量るというものがある。
大小様々な慣習があるが、それらに共通している事は一つ。
浮ついた気持ちに水を浴びせる、という事。
登録したばかりの冒険者が、いよいよ最高級とも言われる宿屋に泊まれるようになった冒険者も、其々の慣習やルールによって冷や水を浴び、身を引き締めさせられる事となる。
乱暴で、実に野蛮な風習ではあったが、これらによって冷静に自分達を見られるようになった者も多い。それでも見られない者は―――――いつの間にか“居なくなっている”。
それもまた、ごくありふれた日常の一幕だ。
「まさかとは思うが、妙な魅了でも食らっているんじゃないだろうな?」
「ガガーランはあの鎧。私とティアは忍者」
返って来た返答はシンプルなもの。それ以上の説明が要るのかと言う表情だ。
イビルアイとて、別に本気で言った訳ではない。
ガガーランの着ている《魔眼殺し/ゲイズ・ベイン》は状態異常を防ぐ超一級品の鎧であり、一体で、街一つを滅ぼすと言われるギガントバジリスクの《石化》すら防ぐのだ。
ティアとティナも幼い頃から厳しい訓練を経て、魅了や支配などに対する体質を作り上げている。
これも当然だろう―――――忍者が“口を割って”いたら話にならないのだから。
「純粋に惚れたと言うのなら……尚更、性質が悪い」
「そう?二人とも馬鹿になって面白かった」
馬鹿は元からだ、と言いかけて口を噤む。困った面もある奴らだが、大事な仲間には違いない。
ガガーランは《童貞食い》《童貞好き》を公言しており、
ティアは《元レズビアン》であり、目の前のティナに至っては《少年好き》である。
イビルアイは思わず頭を抱えたくなった。
(どうして、こう………おかしな性的嗜好持ちばかりが集まったのか)
ラキュースはかろうじて普通であると思いたいが、そもそも自分はラキュースと男の話などロクにした事がないので分からない。男などに興味はないからだ。
250年という悠久の時を生きる《吸血姫/ヴァンパイアプリンセス》である自分に、恋愛などまるで不要であり、世間の女が騒げば騒ぐ程、馬鹿らしくなる。
(そもそもが、男に守って貰おうとする性根が気に食わん)
人間の女は種族としての脆弱さからか、楽をしたいのか分からないが……とかく、男に守って貰いたいという気持ちが強い。笑止であった。
己が弱いのであれば、強くなれば良い。身を守りたいのならば、自分を鍛えれば良い。
少なくとも………自分はそうやって生きてきた。
男が居なければ自分の身も守れないなど、お笑い種ではないか。
自分達、蒼の薔薇の面々だけは………
それら世間の愚かな女と一線を画す存在であると思っていたが。
(その男、危険かも知れんな)
たかが、男一匹………とも思うが、いつの時代もチームや集団を壊すのは異性である。
楽観せず、早めに対応を考えておく必要があるかも知れない。
確か、エ・ランテルに居ると言っていたか………自分が転移先の設定をしていない街だ。
エ・ランテルは巨大な城塞都市だが、帝国との戦争に備える兵糧貯蔵庫・兵站の維持地点としての意味合いが強く、自分達にはまるで縁の無い街であった。
これを機会に、《転移/テレポーテーション》の設定をしておくのも悪くないかも知れない。
「会いに行くの?ぶちのめすの?」
相変わらず、鋭い女だ。
仮面で覆った自分の事を、よく察する。
「フン、そんな労力を割くだけの価値があるのやら……」
ただ一言、それだけを口にした。
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スレイン法国。
周辺国家最強の戦力を有する、人類至上主義の国家である。
圧倒的強者であるモンスターから脆弱な人類を守るべく、ありとあらゆる手段を以って人類を守る為に奮闘している国でもあった。
また、600年前に降臨した“ぷれいやー”、六大神を国を挙げて信仰する集団でもある。
「英雄を超える存在だと……?馬鹿馬鹿しい」
「しかし、可能性は常に考慮すべきだ」
「報告者がクインティアの片割れではな。情報の精度を疑わざるを得んよ」
ステンドグラスから多彩な光が差し込む聖堂で、六人の男が顔を並べ議論していた。
一部は眉間に皺を寄せて考えているようであり、一部は鼻で笑ったりと、その表情は様々だ。いつもは静謐な空間である聖堂だが、今日ばかりは少々騒がしい。
無理もない。
彼らの立てている計画の一つに、思わぬ支障をきたすかも知れない情報が入ってきたからだ。
珍しく六大神官長の全員が顔を揃えていたが、その表情は決して明るいものではない。
「例の男を消しても、そやつが新たに登用されては意味があるまい」
「馬鹿な事を。あの頑迷な国がそのように大胆な登用など出来るものかよ」
「風花は破滅の竜王の調査に、陽光は竜王国への救援に、其々が仕事を果たしておるが……はて、漆黒の面々は何をされておられるのかな?このような下らん情報をもって仕事をしている、と我々に訴えられたいので?」
「それは侮辱のつもりかね?」
「止めんか、話の主旨がズレてきておるぞ」
―――――彼らは苛立っている。
これ程に人類の為に奉仕しているのに。
迫り来るモンスターの脅威に対し、ただ一国、孤独な戦いを続けているというのに。
何故?どうして?
我々にはいつまで経っても、救いが舞い降りないのか、と。
神が……“ぷれいやー”が、この地に降臨されるのはいつなのか。
どれだけ待てば良いのか。
降臨されたのはもう、600年も前なのである。
あと何年待てば良いのか。それとも、あと600年待てと言うのか。
それとも………この世界は、この国は、人類は、神から既に見放されているのか。
彼らは知っている。
いつか来るであろう、崩壊を。
ほんの少しの油断で、間違いで、人類の生存圏が一瞬で飲み込まれる事を。
全ての人類が奴隷となり、食料となり、獣以下の存在に成りはてる事を。
彼らは知りすぎている。
この世界における人類が、余りにも脆弱でか弱い存在である事を。
故に、彼らは必死に祈る。
歯を食い縛り、待ち続けている。
人の世界を覆わんとする闇を切り払い、光を齎す神の降臨を。
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一方、その“神”は―――――空腹で倒れそうになっていた。
(仕事がない………)
おまけに、神には仕事も無いようだ。
(金もない……)
渡されたのは借りた金であり、神のものではない。
“神”は余りの惨状に笑いたくなった。
あの最終日の悲しみすら、この惨状に比べれば子供騙しではなかったか、と。
毎日のように組合に出掛けるものの、まるで仕事がないのだ。正確に言えば、銅級でも出来る仕事がない。最初こそ、「新入社員に任せられる仕事なんて、そりゃ少ないよね」などと思っていたのだが、こうも貼り出されている仕事がないと、胸に絶望が圧し掛かってくるようである。
神のその姿は完全にハローワークに通う、失業者のおっさんであった。
「金もない、仕事もない、彼女もいない、友達もいない、か………ははっ!」
遂に神はブツブツと独り言まで言い出したようだ。
ボロいローブを着た男が、独り言をブツブツと呟いては突然笑い出す姿に、周囲に居た住人達は目を合わせないようにして距離を取っていく。
もし、スレイン法国が“神”のこのような現状を知ったのならば、国の総力を挙げて古今東西の美食と美酒を用意し、国中の美女と金貨を揃えて献上し、神の下に平伏した事であろう。
しかし、悲しいかな……両者はまるで互いの事を知らないのである。
ちなみに、神がどれだけ組合に行っても仕事がないのにも当然、理由があり、それは都市の上層部……いや、都市長直々による指令であった。
ティアが動いた結果、都市長は神を「少なくとも、遠国の貴人であろう」と判断し、銅級がやるような雑務をやらせるなどトンでもない事であると指示を下したのだ。
下手をしたら都市間の外交摩擦になりかねず、
まして、その遠国から「非礼である」と難癖まで付けられる可能性があった。
そうなった時、王国を牛耳る大貴族達は決してこの都市を庇うような事はしない。むしろ、喜び勇んで国王派である都市長を叩き下ろし、自分達の影響下にある人間へと首を挿げ替えるに違いない。
当然、そのような政治的判断を神が知る由もなく………。
足繁く組合に通っては、宿屋に戻るという日々を繰り返しているのである。
(毎日、水と干し肉だけじゃなぁ………)
神は《無限の水差し》からの水と、纏めて買った干し肉を齧ってここ数日を過ごしていたのだ。
借りた金を使えばもっと普通の食生活を送れるのだが、神は借りた金を使うのを良しとしない。
何処までも小心で、謙虚な神なのである。
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「あの………もしかして、あの時の………!」
「はい?」
アンデッドのように街を彷徨っていた神に、救いの声がかかる。
声の主は中性的な顔をした少年、ンフィーレアであった。
「あの時は、その、ありがとうございました!」
「い、いえ、こちらこそ店の中で騒ぎを……」
「冒険者の方、だったんですね」
少年が相手の着けている銅級のプレートを見て、少し驚く。
少なくとも彼は、少年の目の前で姿を“消した”のだ。それも人を連れて、である。
自身も第二位階の魔法を行使出来る身であり、仕事柄、数多くの冒険者を見てきた少年からすれば仰天すべき事であった。
アレがマジックアイテムによるものか、それとも噂だけで聞く伝説の転移の魔法なのか。
少年はあれ以来、ずっと考え込んでいたのだ。
出来る事なら聞いてみたい、と思っていたのだが、自身の能力や所持するマジックアイテムを他人にペラペラと話すような馬鹿な冒険者など当然、居る筈がない。
下手に情報が出回ったりなどすれば、それが自分の命取りになるであろう。
情報とは秘するものであり、冒険者にとってはハッタリも一種のステータスなのである。
それでも、少年は知りたかった。
大袈裟に言えば、転移とは”人類の夢”であろう。
一瞬で違う場所へ、思い描いた場所へ行く………それがどれだけ便利で、価値のある事か。
万金を積んででもその能力を得たい、知りたい、と思うのは当然であった。
「あの、冒険者の方であるなら………し、仕事を依頼しても宜しいでしょうか?」
「仕事ですか?!」
少年は、この冒険者に接触してみようと思った。
到底、教えて貰えるとは思えないが……長い付き合いともなれば、ほんの少しは漏らしてくれるかも知れない。そんな淡い期待を抱きながら。
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「実は、先日の騒ぎで薬草や薬剤がかなりダメになってしまいまして………」
「あぁ………それは………」
ンフィーレアはあの日の事を思い出し、思わず溜息をつく。
実際、あの二人の大立ち回りで薬草は踏まれるわ、ポーション瓶は割れるわ、で後始末が大変であった。何か危険な感じがする女性であったから、そこから助けて貰えた事には感謝しているが、損害も大きかった。
薬草や薬剤などは、早急に補充しなくてはならない。
「そこで、トブの大森林へ行こうと考えていまして。護衛を依頼したいんです」
「トブの大森林、ですか………」
「勿論、そんな奥地に入る訳ではありません。あそこには森の賢王がいますしね」
「森の賢王………」
トブの大森林と言ったのはマズかっただろうか?あそこは危険な地域だ。
人類未踏の地、と言っても良い。
奥地へは立ち入らない、と言っても多くの冒険者が尻込みする場所なのだから。しかし、何らかの方法で転移が出来るこの人ならば、と思ったのだが……。
「行きましょう。その依頼、私にお任せ下さい」
「あ、ありがとうございますっ!」
やはり、この人には自信があるのだろう。
うまくすれば、普段は入れない奥地へも入れるかも知れない……森の賢王が出てきても転移で逃げれるとすれば、あそこには貴重な薬草や実、薬効の高い木皮や植物の蔦や蔓など、素材の宝庫であり、それらが取り放題なのだから。
「挨拶が遅れました。僕はンフィーレア・バレアレと言います」
「私はモモンガと言います」
遂に“神”が名乗りをあげ、伝説となる一歩を踏み出した。
暫く書き溜めすると言ったが……ありゃぁ嘘だ。
一話が出来たと思った時には、もう既に投稿しているんだッ!
って事で、三章開始です。
スレイン法国と神(?)の温度差は縮まる事はあるのか……。