OVER PRINCE 作:神埼 黒音
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ティアがモモンガの手を引きながら、街中へと戻る。
見慣れた街ではあるが、彼が後ろに居ると何故か気分が良い。景色も違って見える。
迷子にならないよう、その手もしっかりと握って離さない。
いつもの彼ならそれに対して何か言うだろうが、今はそんな気力もないようだ。
無理もない。あれだけの大魔法を連発して身に纏ったのだ……普通なら魔力も尽き果て、意識を失うか、全身を酷い倦怠感が襲って歩く事すら困難になるだろう。
(途方も無い大魔法だった……それも、ごく自然に連発していた……?)
強大な何かを隠している、とは思っていた……だが、それは自分の想像すら遥かに超えるモノ。
彼は、かのフールーダ・パラダインすら凌駕するのではないか……?
それ程の魔法詠唱者でありながら、ガガーランを超える膂力すら持っている。
頭に浮かぶ文字は只一つ―――――「英雄」である。
古より謡われる「十三英雄」の再来であるとしか自分には思えない。
彼は何処から来たのか?
どうやってその力を身に付けたのか?
聞きたい事は沢山ある。
だが、焦りは禁物だ。
これに関しては、もっと時間を掛けて聞いていくべき事だろう。
自分はまだ、彼からそこまでの信頼を得ていない。
じっくりと腰を据え、長期的なプランを立てて考えていくべきだ。
(それにしても………彼は無用心……)
自分の力を、特別な存在である事を、自覚しきれていない。
彼は本来、慎重な性質であると思うのだが……何処かチグハグな印象を受ける。
あんな何もない平原を一人でうろついていたり、自信があったのか危険な法国の人間と二人きりになったり、街に入る時も身分を証明するものすらなかったと聞いている。
まるで、突然この世界に放り込まれたような……いや、それは自分の考えすぎか。
「モモンガ……これからどうするの?」
「早めに仕事を探そうと思ってますけど………営業職とか……」
彼の口から出るのは実に平凡な言葉。
ティアはそれを聞いて内心で眉を顰めた。これだけの、圧倒的な力を持ちながら、彼は普通の仕事に就こうとしているらしい。見た目や力とは裏腹に何処までも素朴ではある……。
だが、そんな事が出来る筈もない。
彼は早急に自分の立場を確保し、確立しなければならない。でないと、とても危険だ。
今の彼を冷静に見ると、あくまで身元不明の旅人なのである。
それは「流人」や「難民」などと何も変わらない。
彼を危険視した何かから、闇から闇に葬り去られても何処からも苦情が出ないのだ。
身分も戸籍も何もない存在……それは「居ない人間」と変わりがない。
元から居ない人間が居なくなったところで、何の不都合もないのだから。
「モモンガ。身元が確かでない人が、普通の仕事に就くのは難しい」
「まぁ……それは、そうでしょうね」
実際、次男や三男などが田舎から街へと出て様々な商会や、建築・土木などの仕事に就くケースは多いが、あれとて身元が確かだから雇えるのであって、身元も分からない旅人などを雇う無用心な所はないだろう。そのまま店の金を持ち逃げなどされては目も当てられない。
「私は冒険者として登録する事を勧める」
「冒険者……ですか……」
冒険者ならば、身元が不明であろうが、何であろうが登録する事が出来る。
彼に冒険者という仕事や、そのシステムを説明していく。
そして、その「裏側」にあるものも。
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「ティアさんの意見を纏めると……冒険者というのは「消耗」や「損耗」が激しいから身元なんて問わずに常に募集している、という事ですか?」
「そう。命を張ってくれる盾は、多ければ多いほど良い。為政者からすれば、そうなる」
「高額の報酬や、一攫千金の「夢」を与えて……命を賭けさせる訳ですか」
「それだけじゃない。ならず者や犯罪者に堕ちる者を掬い上げる、最後の救済機関でもある。学も力もない人間でも冒険者になれば、かろうじて食べていく事は出来るから」
真面目に冒険者として仕事をやっていれば、少なくとも飢える事はないだろう。
その毎日が生死の境を潜る事にもなるが。
冒険者の組織とは、こういった底辺層が犯罪組織へ流れて行く事を防いだり、治安を一定に維持する側面もある。これらも全て、王城に居るラナーの知恵だ。
自分としては珍しく長い言葉で話していく。
彼は聡明だ。
隠すよりも、何もかもを話した上で納得して貰った方が良い。
「モモンガ。まずはちゃんとした身分を作るべき」
「それは確かに、そうでしょうね……今の自分は不法滞在者みたいな扱いでしょうし」
彼は暫く思案していたようだったが、最後には頷いた。
これで、とりあえずは身元不明の「存在しない人間」から脱却する事が出来る。
この都市で登録して貰えるのも大きな点だ。
少なくともある程度、立場を固めるまでは王都などの権力筋からは離れていた方が良い。
「もし、仕事をするのが嫌なら私が養っても良い。三食昼寝付き、オヤツも出す」
「止めて下さいよ!完全にヒモじゃないですかっ!」
「こう見えて甲斐性はある。もっと私を頼って、甘えてくれて良い」
「じ、自分はちゃんと仕事をして生きていきますから……大人なんですし」
「私と居れば毎日好きなだけ寝れる。美味しいご飯を食べて。美味しいお酒が飲める」
「う゛……何ですか、その悪魔の囁きは!」
「大きな家を買っても良い。私の事も毎日食べられる。幸せを約束する」
「ちょ、ちょっと!登録の話は何処に行ったんですかっ!」
いけない、つい暴走してしまった。
でも彼の顔も赤くなっている。可愛い。
また脱線してしまいそうだ……ひとまずは組合に行って登録しに行かなければ。
今後の事を考えるに………一番良い道筋はどれだろうか。
その1、彼にアダマンタイト級にまで上り詰めて貰う。
これは理想ではある。あれだけの力があれば、それは決して夢物語ではない。
私達と同じように替えがきかない存在として、時に国や貴族とも対等以上の立場に立てる。
その2、登録だけして私が養うパターン。
これも良い。全力で甘やかして、骨まで溶かしてみせる。
難点は、彼個人としての立場の重みを得られない事。
やはり、彼自身も重んじられる立場となった方が様々な面で安全だ。
その3、蒼の薔薇へ加入して貰う事。
これは仲間の了承も要るし、他にも問題があって中々に難しい……。
イビルアイが加入した時も、彼女との圧倒的な実力差に戦術も戦闘体制も、全ての変更を余儀なくされた。彼が入るとなると、更に一から再構築する必要が出てくるだろう。
普通の冒険者チームならそれでも良いだろうが、私達が相対する相手は国を揺るがすレベルの存在ばかり……下手な連携不足は、全員を死に追いやる。
ただ、時間と余裕さえあれば、彼の加入は飛躍的な戦力増加となる………。
全ての可能性を模索しつつ……まずは王都へと早急に戻り、仲間へ相談しなければならない。
ティナと私は一心同体、問題ない。彼の実力を知るガガーランも問題ないだろう。
だけど、リーダーやイビルアイはチームワークの点から、決して良い顔をしない筈。
何処かでモモンガと直接会う場を用意しなければ。
頭を高速で回転させていると、いつしか組合の扉の前に到着していた。
「モモンガ、ここが冒険者組合」
「随分と立派な建物ですね……」
モモンガが小声で「ブラック企業の本社って大抵、立派だもんな」などと言っているのが聞こえたが、ぶらっくきぎょうとは何だろうか……彼は時折、変な事を言う。
扉を開けると、中にいた者たちの視線が一斉にこちらへと向けられた。
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(これが冒険者組合か…………)
モモンガはティアの後ろを歩きながら、視線が集中してくるのを感じていた。
自分に向けられる視線は胡散臭い者を見る目であったが、前を歩くティアに向けられる視線は憧憬や尊敬の篭ったものであり、実に熱っぽい視線であった。
(最高峰冒険者、か……こんな小さな子が………)
この国の男は何をしてるんだろう?なんて偉そうな事が頭を微かに過ぎったが、
自分はそれ以下のヒモ状態である事を思い出して気分が落ち込んだ。
俺こそ何をしてるんだよ、と言われる立場だったよ……。
かつての仲間に呆れられないよう、今日からちゃんとした社会人生活を送らなきゃな……。
各種の視線を浴びながら受付に行くと、ティアさんが要領よく説明してくれた。
字が読めないし、助かったな……確か全ての文字を読めるマジックアイテムがあったから、後であれを出して試しておく必要があるだろう。字が読めないままだと色々とマズイ事になりそうだ。
取り敢えずは、最下級の《銅/カッパー》という位置からのスタートになるらしい。
会社で言うなら、新入社員といったところか。
《お一人での登録、チームですか……危険なのでは?》
《私が推薦する人物。問題ない》
二人が何やら小声で話しているが、ちゃんと登録出来るんだろうか?
むしろ、面接とか無い方が落ち着かないんだが……。
面接も何もないという事は、裏返すとそれだけブラックな環境でもあり、いつ死んでも替えがきく、どうでも良い存在でもあるという事かも知れない。
何か大規模な派遣会社みたいだな……。
「モモンガ、チーム名はどうする?」
「チーム名……一人でも必要なんですか?」
「覚えて貰いやすいチーム名をつけたり、特色をチーム名にしたりする」
なるほど……言わば、個人の会社名みたいなもんなのか?
ならば、何と名付けようか。
かつてのギルド名が浮かんだが、あれを一人で名乗る事は憚られる。
あれは全員のものであって、自分個人のものではない。
(そういえば、仲間達からはネーミングセンスがないって散々、からかわれたよなぁ……)
「安直すぎww」「センスナッシング大帝」「ダサすぎンゴwwwンゴwww」
などと、散々煽られたものだ……あれ、何か凄い腹立ってきたぞ。
仲間達からは不評であったが、自分のネーミングセンスも捨てたものではないと思う。
むしろ、密かにセンスがあるんじゃないか?と思っている程だ。
ここらで一つ、この世界の人達が瞠目するようなチーム名を考えて汚名返上といこうじゃないか。
《モモンガ・ザ・ダーク・マジックキャスター》と言うのはどうだろう?
中々に勇壮な響きがあって良い。
暗黒っぽい魔術師は自分の望むところでもある。
《鉄十字・千年帝国》というのもどうだ?
実はアイテムBOXの中には幾つかの軍服っぽいのが入っていたりする。
パンドラに着せる為、と言い訳しながら作っていたが、実は自分も少し着てみたかったり……。
ゲーム後半ではやる事もなかったし、貯め込んだデータクリスタルを湯水のようにぶち込んで、希少金属も散りばめた逸品だ。
ユグドラシルでは恥ずかしくて着れなかったが、誰も自分の事を知らないこの世界でなら……。
ともあれ、ここらのチーム名でティアさんに打診してみるか。
「モモンガ・ザ・ダーク・マジックキャスター、はどうでしょう?」
「ダサい(直球)」
「う゛ぅ……な、なら、鉄十字・千年帝国と言うのは………」
「ダサい。長い。臭い」
「ちょ、、何なんですかぁぁぁぁ!これでも必死に考えたんですよ?!」
余りの酷評に、カウンターに突っ伏す。
受付のお姉さんも、何処か乾いた愛想笑いを浮かべていた。後ろからは「プッ!」と噴き出す声まで聞こえる始末だ……そんなに変か?変なのか??
「モモンガ、センスない」
「う゛ぅ……ここでも俺はセンスがないと言われるんですか………」
「でも、そんなところも可愛い」
「そんな慰め、聞きたくありませんよっ!」
どうしてだ……何故、俺のネーミングは誰にも理解されないんだ……。
まさか異世界に来てまでセンスを否定されるなんて……。
こうなったら、他の候補も挙げて意地でも格好良いと言わせてやる。
「なら、モモンガ・ザ・スペシャル……「流星、で登録して」」
「ちょっと!勝手に決めないで下さいよっ!」
「はい、《流星》で承りました」
「待って、受付の人!」
「モモンガにピッタリ。私が保証する」
流星って………確かに変なスキルの所為で星を纏ったりしてしまうけど……。
それこそ、まんまじゃないか??安直じゃないのか??
後ろを振り返ると、「さっさとしろや」と既に順番待ちが出来ていた。くそー!
俺のネーミングセンスが認められる絶好の機会だったのに………。
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「モモンガ。私は仲間に会いに、一度王都へと戻る」
「そ、そうですか……あの、色々とお世話になりました。登録料も貸して頂いて……」
「気にしないで欲しい。当面の生活費も渡しておく」
「そんな事までして貰う訳には……!」
「今日の宿屋代は?ご飯代は?」
「うっ……な、無い、ですけど………」
ティアさんから、お金の詰まった小さな皮袋を渡される。
組合での登録を済ませ、夕暮れを迎える街で俺はヒモになっていた。
空を往くカラスの声が身に染みる。
今日を過ごす金すらないなんて……一体、俺の人生はどうなっているんだろうか……。
冒険者組合への登録料すら払えずにティアさんに借り、
あまつさえ生活費すら借りる始末だ……ヒモである。どうしようもなく、ヒモであった。
もはや、言い訳すら出来ない。
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たっち・みー
「見損ないましたよ。ヒモンガさん」
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えぇ、そうでしょうね!言われると思って構えてましたよ、たっちさん!
もう幾らでも責めて下さいよ!
貴方達のギルマスは今、異世界でヒモになってますよ!悪いですか?!
Re:ヒモから始まる異世界生活ですよ!
情けなさが頂点に達し、完全に開き直り状態になってきた……俺、疲れてるんだろうか……。
「いつか返してくれれば良い。モモンガは出来る男。きっと出世する」
ティアさんの暖かい言葉に胸が詰まる。まるっきりダメ男が励まされているような光景であったが、今の自分にはありがたい言葉だ……頑張って働かないとな。
あぁ、ニニャさんにもお金借りてたよな……。
借金してヒモになるって、こんな異世界転移があって良いのか。
俺の知るラノベにはこんな展開は無かったんだがな……。
「それじゃ、モモンガ。またね」
「は、はいっ!色々とありがとうございました!」
この日、最下級である《銅/カッパー》の冒険者が一人誕生した。
このみすぼらしいローブを纏った男が。
後に「流星の王子様」と王国中の女性を虜にしていく事になるのだが………
それはもう少し、後のお話―――――
第二章 -銀河- FIN
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状態が公開されました。
【感情の変移】
ティア(八本指の運び人 → 運命の人 → 不変の愛 → 永久不変の愛)
ガガーラン(八本指の運び人 → 極上の童貞 → 至高の童貞)
ニニャ(旅人 → 頼りになる強い人 → 愛情)
クレマンティーヌ(最低 → 友人)
ンフィーレア(助けてくれた人?)
ティアが王都へ帰還した事により、ラキュースとの遭遇フラグが立ちました。
ティアが王都へ帰還した事により、イビルアイとの遭遇フラグが立ちました。
ティアが王都へ帰還した事により、ティナとの遭遇フラグが立ちました。
度重なる取引の妨害に、八本指が苛立っています。
エ・ランテルの地下で、何かの儀式が進んでいるようです。
クレマンティーヌの漆黒聖典からの離脱フラグが消失しました。
クレマンティーヌの持ち帰った情報により、スレイン法国の一部に動揺が走っています。
スレイン法国が《破滅の竜王/カタストロフ・ドラゴンロード》の情報に神経を尖らせています。
トブの大森林で森の賢王が孤独な生活をしているようです。
カルネ村は今日も平和です。
リザードマンの村は今日も平和です。
これにて、第二章終了です。
オバロの二次としては変化球どころか、死球に近いような今作でしたが、
驚く程、多くの方に読んで頂けた事に感謝します。
オバロファンの暖かさと、心の広さに救われました。
毎日更新を続けていたので、第三章の開始は何話か書き溜めしてからになると思われます。
沢山の感想や、評価、お気に入りへの登録など、本当にありがとうございました!