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スキルが強すぎてヒロインになれません 作者:奏中カナ

序章 放課後と異世界召喚

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おまけの7人目

 目を開けると真っ白な空間にいた。

 椅子も机も見当たらず、そもそも天井もなければ壁もない。


 ただ、何もないというわけではなかった。

 あたしは視線を下ろし、目の前で涅槃像のようなポーズでくつろいでいるその不思議な人たちを、ぼんやりと見つめた。



「あーやっと終わった終わった……」


「6人ぐらい一瞬だとか言ってたの誰ですか、もう一日終わりますよ。はー肩凝った」


「いやいやまさかこっちの人間がここまで疑り深いとは思わないだろ。名刺見せろとか事務所の所在地教えろとか……」


「ねー。ちょっと世界救ってくださいってお願いしてるだけなのに最近の若者って冷たいですわぁ……」


 はぁーーと溜息をつくのは、真っ白な服を着た、真っ白な髪の少年。この声は確かさっき教室から聞こえてきたものだ。

 その横で、修道服みたいな黒い衣装を着た女の子が、天使のように愛らしい顔でゴリゴリと肩を揉んでいる。


 あたしは視線を上げ、『異世界召喚スカウト大反省会』と書かれた垂れ幕にぽかんと口を開ける。なんかやばいところに迷い込んでしまった、帰りたい。


 い、いやいや高遠くんが無事かも分からないのに帰るわけには……


「あのぉ…………」


 意を決して声をかけると、その二人はぐりんとものすごい勢いで首を回してあたしを振り返り、そして即座に円陣を組んで内緒話を始めた。


「ちょっとちょっと……〝巻き込み〟には気をつけろって言ったでしょうこのポンコツ!!」


「悪い……魔法陣引っ込めるのちょっと遅かったみたいで……」


「ああ……この人っていつも詰めが甘い……こんなんだから世界崩壊の危機に陥るわけです……もう聖女なんて辞めて隠居したい……

 仕方ない、あの異世界人なんだかアホっぽい顔してるし、上手いこと言いくるめてお引き取り願いましょう」


 聞こえちゃいけないところが全部聞こえてる気がするけど、会議は終わったらしく二人はすっと姿勢を正す。

 そして白い少年は胸に手を当てると、あたしに向けて慈愛に満ちた笑みを浮かべて言うのだった。


「哀れな迷い子よ、落ち着きなさい……今見聞きしたことはそなたの心の動揺が見せた儚い幻」

「いや今さら取り繕っても色々遅いですよ」


 冷や汗をかいてあたしに向き合うその人の後ろで、聖女さんとやらが大慌てで垂れ幕を外そうと頑張っていた。なんかもう手遅れである。


「えっと、何をしてたのかは気にしないでおきますけど……あなたたち何なんですか?」


「ふっ……どうせすぐに忘れるのだから教えても構わないか。

 私はお前のいた世界とは別の世界から来た者ーーーー神と呼ばれている」


「神さま」


 ゴーン、と頭の中で除夜の鐘が鳴る。

 あたしは反射的に、初詣でそうしたように「高遠くんと一言話せますように……」とニ礼二拍手で願っていた。


「なにとぞ、なにとぞ……」

「いや私はそっちの世界の神とは管轄が違うから祈られても……」


 神さまは呆れつつも、「そんなことより」と話を戻す。


「……巻き込みには細心の注意を払っていたが誤算だった。これはこちらの不手際。お前は記憶を消してすぐに元の世界に帰してあげよう」


 そう言って神さまは白い手を伸ばし、あたしの頭に触ろうとした。

 とっさに避ける。まだ目的を達してないのに帰るつもりはさらさら無い。


「神さま、高遠くんはどこですか?」

「たかとおくん?」

「神よ、6人目の少年のことです」


 垂れ幕を無事回収した聖女さんが、額の汗を拭いながら戻ってきて言った。


「ああ、あの少年か。彼は既に〝投影〟を終え我々の世界へと転移した」


 何言ってんだこの人。


 あたしがあんまりにもぽかんとしていたからか、聖女さんが可愛らしく片目を閉じて補足してくれる。


「彼は異世界に召喚されたんですよ。我々の世界を救う勇者ととして」


 異世界! 召喚! 勇者!


 なるほどさっぱりよく分からない。

 でも人助けに召集されたってとこだろうか?

 さすが高遠くん! すごい! その需要は世界をも超える!


「そうなんですね! すごいなあー。で、いつ頃帰ってくるんですか? 明日?」

「帰ってこんよ」

「へ?」

「魔王を倒し我々の世界を救うまで彼はお前たちの世界には戻れない。

 まして我々の世界で死ねば、永遠に帰ることはできないだろう」


 神さまは淡々と告げる。


 そしてあたしは、気づいたら口を開いていた。


「だったらあたしも連れてってください! 異世界!」

「まあ」

「なんと?」


 面食らう神さまに詰め寄って、あたしは天高くガッツポーズを決める。何も迷うことはなかった。


「高遠くんがそこにいるなら、あたし、魔王だって世界だって倒してみせます!」

「いや、世界を倒してはいかん」

「とにかく、もう決めましたから! さあさあ召喚でも転移でも何でもやっちゃってください! ほら! ぐいっと!」


 神さまはええー……と嫌そうな顔をして後ずさった。


「普通断ったり逡巡したりするもんなんだけどなあ……お前、あの少年の恋人か何かなのか?」


「そ、そそそそんな畏れ多い…!

 あたしはただのクラスメイトです! 喋ったこともろくにないし、そもそも存在を認知されているかどうか!」


「それなのに命を懸けて異世界までついて行くのか? なんとまあ……」


 神さまはすっかり呆れたようだったけど、たぶん面倒くささが勝ったんだろう。やれやれとため息をつきながら頷いてくれた。


「分かった。お前も異世界へ送ろう」

「やったあ!」

「遊びに行くんじゃないんだぞ……」


 しかし、と神さまは人差し指を立てた。


「異世界は魔獣蔓延る死と隣り合わせの地……ただの人の身ではすぐに死んでしまうからな。異世界召喚に応じた勇者には愛読書ギフトを基にした投影魔法を掛けてスキルを授けさせてもらう」


 痛々しいものを見る目で見つめていたら神さまはしゅん……と落ち込んでしまった。代わりに聖女さんが優しく翻訳してくれる。


「えーと、あちらの世界にはこちらの世界には無い、魔法やら回復・蘇生術といった戦うための力が色々あるんですけど。

 異世界の方にそれを使うことは不可能なので、基本的にこちらの世界にあるものを持ち込んで戦ってもらうしかありません。

 しかし現実的なあなた方の肉体の戦闘能力はほぼ無力……なので、こちらの世界にある空想上の力を使えるようにするための魔法、それが投影魔法です」


 皿のような目で見つめていたら聖女さんはしゅん……と落ち込んでしまった。しかしめげずに解説をがんばってくれる。


「つ、つまり、あなた方の世界の『書物』を利用し、人の想像力を増幅して、本に紡がれた内容をスキルとするための魔法というわけです」


「本の登場人物の能力をコピーして使えるってこと?」


「そう! よく分かりましたね偉い!」


 犬が芸を覚えた時みたいにめっちゃ喜ばれた。わしゃわしゃ頭を撫でられる。

 そして落ち込みから回復したらしい神さまが聖女さんの前に出て、ふっふっふと笑いながら言った。


「そのためには個々に胸に秘めた愛読書ギフトを媒体にする必要がある。ということでさっきお前の部屋に行って本棚から良さそうな本を選定しておいた」

「不法侵入……」

「あっ通報はやめてくださいお願いします!」


 聖女さんにスマホを没収されたあたしは、渋々神さまに手渡された、見慣れた本の表紙を見た。


「ギネスブック? ……人類の限界値の記録書、ですか。

 神よ、もっと強そうな軍記物とかファンタジーとかが良いのでは? すぐ死んでしまいますよ」


「こいつの本棚すっからかんでそれぐらいしか無かった」


「ああ〜」


「わかる〜〜! みたいな顔やめてくれます!?」


 本なんてさっぱり読まないし、この本だってお兄ちゃんの本棚がいっぱいになったからあたしの部屋に間借りさせられてるだけのものだ。毎年新しいのが出て律儀に買うもんだから嵩張って困ってる。


 まあ愛読書ギフトを投影ってなんのこっちゃと思うけど、あたしは高遠くんに会えればそれでいいので細かいことは気にしなかった。


 ふむふむと興味深げに頁をめくっていた聖女さんが、ふと顔を上げて首をかしげる。


「ふーん、地球人類っておかしなことに心血そそぎますねぇー。まあ使いようによっては戦えなくもない愛読書かも……


 でもこの本をそのまま投影するとなると、身長270㎝ 体重600kgとかになっちゃいますけど、それでもいいんですか?」


「な、なんですかそのゴリラ系女子!? ダメです! 強そうだけどかわいくない!」


「ふむ、分かった。では能力に関わる内容だけ投影することにしよう。

 しかし他の勇者は皆、壮大な物語の書物を選び、剣や魔法の異能を得ている中……。

 お前はこの本の内容的に、人知を超えることはまず不可能となるが。

 本当にこれで行くのか? 死んだら終わりだぞ?」


「いいです。あたしが知らないところで高遠くんが死んじゃうより、全然いいです!」


 あたしは胸を張った。

 神さまと聖女さんは顔を見合わせて目を瞬かせる。


「なんともまあ、類稀たぐいまれなる愚直な少女よ……。

 しかしこの凄まじい順応性、適応力、前向きさ、ある意味での信念……これこそが勇者の資質、かもしれなくなくなくもないな」


 神さまはふっと笑い、諦めたように頷いた。


「では、雨宮アリアよ……授けしスキルを駆使し、無事に元の世界に戻れるよう精々尽力するといい」



 神さまが指を鳴らすと、真っ白な床に穴が開いて、あたしは真っ逆さまに落ちて行った。


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