12、特別
学校で甲斐と別れてから、俺たちは三人でカフェへ向かった。
俺が一人で入ると入店を拒否されるのではないかと思うほど、雰囲気が良い。
大学生くらいの店員は俺の顔を見て少し表情を強張らせていたが、入店することができた。
それから、冬華と夏奈はパンケーキのセットを注文し、俺は飲み物だけ頼む。
注文を終えた後、冬華が俺に向かって問いかけてきた。
「そういえば先輩、乙女ちゃんどうでした?」
「あいつは危ないな」
俺は反射的にそう答えてから、これは言ってはいけなかったのではないか、と焦る。
冬華を見ると、
「それじゃ、乙女ちゃん。やっぱりちょーショックを受けてたんですね……」
落ち込んだ様子で、そう言った。
俺の言葉を「精神的に傷ついて、危ない状態」という風にとらえたようだ。
実際は違う。
思考と言うか思想が危ない。それが竜宮乙女という女だった。
だから、冬華が気にしているのを見て、俺は竜宮に不利益がないように、言葉を訂正をする。
「すまん、間違えた。あいつは思ったより危なっかしいところがあると、言いたかったんだ」
「どういう意味ですか?」
俺の言葉に、首を傾げて問いかけてくる冬華。
「竜宮は……真直ぐすぎるんだ」
自分の欲望に対して、という言葉を飲み込み、俺は彼女に伝える。
「乙女ちゃんって結構、ストイックっぽいですもんねー。それじゃ、次のテストに向けて、こっちが心配になるくらい勉強とかしちゃうのかもですね」
冬華の言葉に、俺は苦笑を浮かべる。
そっちの方がましだったかもしれないな……と。
「冬華ちゃんも大概ストイックだとは思うけど。……ところで、竜宮さんどうかしたの?」
不思議そうに、キョトンと首を傾げて夏奈が問いかける。
俺はそんな夏奈に、竜宮が池だけじゃなく、俺にまでテストの点数で負けてしまい、落ち込んでいると説明する。
もちろん、竜宮のおかしな……お茶目が過ぎるところを除いてだが。
「そういえば、優児君またテスト二番だったね! 凄いと思う!」
「不動の一位である池に比べたら、まだまだだけどな」
「そういう謙虚なところも、素敵かな」
えへへ、と笑顔を浮かべる夏奈。
俺はどこか気恥ずかしくなって、視線をそらしてしまう。
視線を逸らした先には、冬華がおり、今度は彼女と目が合った。
普段であれば非難染みた視線でこちらを睨むところだが……意外なことに、今日は力なく笑うだけだった。
どうしたのだろうか、そう思っていると、注文したパンケーキセットと飲み物がテーブルに運ばれてきた。
「わ、美味しそー」
「うん、実は私も食べてみたかったんだよねー」
と、冬華と夏奈がパンケーキを前にしてテンションを上げていた。
いただきます、と二人が言ってから、パンケーキをフォークとナイフで切り分けて、口に運んだ。
「うーん、美味しー!」
と夏奈が言い、
「ホント、美味しいですよ! 先輩も、一口どうぞ!」
冬華が切り分けたパンケーキを俺に差し出した。
俺は「ん、おう」と言って、彼女の厚意に甘え、一口食べることにした。
一口食べて思ったのは……甘い。それから、パンケーキの舌触りのよさと食感を味わう。
甘いものは苦手ではないので、素直に美味しいと思った。
「美味いな」
「ですよねー!」
と、楽しそうに、満足そうに笑う冬華。
それから、対面に座る夏奈から、視線を感じた。
「どうした?」
「私も、優児君にあーん、したい。……こっちも美味しいよ、あーん♡」
と、夏奈が俺に向かって頬を朱色に染めながら、切り分けたパンケーキを差し出した。
そういえば、あまりに自然な流れだったから当然のように食べさせてもらったが、中々恥ずかしいことをしてしまったな。
そう反省してから、一つ咳払いをして夏奈に向かって言う。
「行儀が悪かったな、すまん。あとは二人でパンケーキを味わってくれ」
と、彼女からは受け取れないことを告げる。
「冬華ちゃんには食べたのに……意地悪っ!」
と、夏奈は不満そうな表情で俺を上目遣いに睨んできた。
悪いなと思っていると、隣の冬華が口を挟む。
「私と優児先輩は、恋人同士だから。食べさせ合いをしても良いんですよ。……ね、セーンパイ?」
冬華は、普段のように夏奈を煽るような軽口を言った。
夏奈はその言葉を聞いて不満を隠さずにむくれていたが、俺はどこか違和感を覚えた。
冬華の声には、どこか不安を孕んでいるように聞こえた。
だが、その不安が何なのかは……心当たりがなかった。
俺は隣でパンケーキを咀嚼している冬華を見た。
彼女もこちらを見て、目が合う。
「何ですか、先輩? そんなにスイーツを食べる彼女を見るのは楽しいですか? ……ちょっと恥ずかしいんですけど?」
と、悪戯っぽく言った冬華。
その様子を見て、深く考えるのはやめようと思った。
俺は苦笑をしてから「何でもない」と小さく呟き、それから竜宮から頼まれていたことをふと思い出した。
この二人だったら、何か知っていることがあるかもな。
そう思い、二人に向かって問いかける。
「……そういえば、ふと思ったんだが。池って、これまで彼女いたことはあるのか?」
「アニキにですか?」
俺の問いかけに、冬華は不思議そうにそう言ってから、夏奈と視線を合わせる。
夏奈も、うーん、と考え込む仕草をしてから、
「聞いたことないよね」
と、首を振って答えた。
「それなら、好きな女子とか、聞いたことあるか?」
「私はないです、心当たりも、全く」
冬華は呆れたような表情で、断言した。
「私も、知らないかな。春馬のことを好きっていう女の子なら、何人も知ってるけど。春馬が誰かを好きになるっていうのを聞いたことは無いし、誰かを好きになるのを想像するのも……なんか、難しいな」
夏奈の言葉に、俺は問いかける。
「それって、どういうことなんだ?」
「だって春馬は、誰からも特別扱いをされるけど。春馬は誰のことも特別扱いなんてしないから」
その言葉に、冬華も苦笑交じりに頷いた。
……たしかに、言われてみれば。俺も池が誰かと恋人同士になるというイメージが、上手くできなかった。
そう思っていると、夏菜が恐る恐るといった様子で、俺を伺ってくる。
「……それにしても、急にどうしてそんなことを聞いたの?」
確かに、唐突な話題だったなと思いつつ、俺は答える。
「いや、なんとなくだ。特に、理由は無い」
「……もしかして、優児君って」
夏奈は、苦渋の表情を浮かべる、冬華に視線を向けた。
「さっきの甲斐君といい、無意識にそういう方向に向かってるんじゃないのかな……?」
「そ、そんなことないですから!変な言いがかりをつけるのはやめてください!」
二人が何を話しているのかは分からないが、
冬華の動揺をみて、なんとなく不安に思う俺だが、なんだか聞き辛い雰囲気だったので、無性にモヤモヤすることになるのだった。