11、セクハラ
竜宮から恋愛相談を持ち掛けられた放課後。
「先輩、今日はどこか寄り道していきませんか?」
教室に迎えに来てくれた冬華と合流し、それから廊下を歩いていると、彼女からそう提案された。
「良いぞ。……夏季休暇明けのテストのお疲れ様会って名目か?」
俺が尋ねると、冬華は意外なことに首を横に振ってから、口を開いた。
「今日は優児先輩、私とのお昼をすっぽかしたので、その埋め合わせです。テストの打ち上げは、別日でお願いします」
半眼で俺を見ながら、彼女は硬い声音で言った。
確かに今日は、竜宮との件があったから冬華と一緒に昼を食べられなかった。
「ニセモノ」の恋人とはいえ、なんだかんだ慕われているんだよな、と俺は嬉しくなって答える。
「ああ、そうだな」
「やった! それじゃ、駅前のカフェにいきましょー! あそこのパンケーキ、美味しいらしいですよねー」
と、俺の言葉にニコニコ笑顔を浮かべた冬華。
そして……。
「それなら、私も一緒に行っていいかなー?」
と、背後から声が掛けられた。
後ろを見るとそこには、夏奈がいた。
いつの間に背後に?
というか、テニススクールで練習があるんじゃないだろうか?
などと思っていたのだが、
「今日は自主練だから、優児くんと一緒にいたいかなー、って」
俺の視線に気づいたのか、夏奈はそう言って俺の腕に自分の腕を絡めてきた。
「事情は分かったから、とりあえず離れてくれるか?」
俺は夏奈にそう言ったのだが、彼女は「やーだよー」とさらに固く俺の腕を締め付けてくる。
いや、離してくれよ……と夏奈の恥ずかしそうな表情を見つつそう思っていると、
「私は葉咲先輩と一緒にいたくないので、さっさと帰って一生一人で自主練してくださーい!」
そう言いつつ、不機嫌そうな冬華が夏奈の腕に手刀を振り下ろした。
俺の腕にも思いっきり当たっていて、これがまた結構痛い。……わざとではないよな?
「……あ、冬華ちゃんいたんだー。ごめーん、優児君の彼女っぽさが全くないから、全然気づかなかったよー」
口角は上げつつ、しかしその瞳は全く笑っていない夏奈が、不承不承俺から手を離しつつ、そう煽った。
「わー、葉咲先輩。そういうのなんて言うか知ってます? 負け犬の遠吠えっていうんですよ? お勉強になって良かったですねー」
冬華も全力で煽り返す。
俺を挟んでにらみ合う冬華と夏奈を見て、こいつらホント仲良いよな……と、感心する。
「三人で行けば良いだろ?」
俺は一つ溜め息を吐きつつ、そう言った。
すると、夏奈は満面の笑みを浮かべてから、
「やった! 優児君は話が分かるよね!」
と、幸せそうな笑顔を浮かべつつ言い、
「……先輩のバカ」
と、冬華は不満を隠しもせずに言うのだった。
☆
靴箱で上履きからスニーカーに履き替え、外に出る。
両隣には冬華と夏奈の二人がいるが、彼女らは飽きもせずに未だに言い争っている。
俺がそんな二人の会話を聞き流しながら歩いていると……、
「アニッ……友木センパーーイッ!!!」
と、俺の名を呼びつつ、こちらに駆け寄ってくる人影があった。
俺はそちらに視線を向けると、こちらに向かって一人の男子生徒が全力で走ってきていた。
「うわ……さっさと帰りましょ、先輩?」
と冬華がその男子生徒に視線を向けながら呟いた。
「今日も平常運転だな、冬華は。少し話をするくらい、構わないだろ」
「うん、ちょっとくらい甲斐君とお話しても、良いんじゃない?」
俺と夏奈は苦笑を浮かべつつ冬華に言う。
冬華は悔し気な表情を浮かべる。そろそろ仲直りをしても良いのに、とは思うのだが、そう簡単にはいかないらしい。
「お疲れ様っす、友木先輩! 今帰りっすか!?」
男子生徒……甲斐烈火が、俺に頭を下げてから問いかける。
「ああ。今から帰るところだ。甲斐は部活か。……というか、本当に日焼けしたな」
甲斐の言葉に応えてから、俺は驚いた。
夏休み中の先週の賜物だろう、甲斐の肌はすっかり浅黒く日に焼けていた。
かなりワイルドな印象を受ける。二学期に入り、これまでよりもなお女子生徒からの人気は上がっていそうだ。
「……っ! 友木先輩が、俺の変化に気づいてくれるなんて、感激っす!」
甲斐は俺の手を取って、真剣な眼差しを俺に向けてきた。そしてこちらの手を熱心にさすさすしてくる。
俺なんかのことを本当に尊敬してくれている様子の甲斐に、俺は嬉しくなるのだが、
「……え? ちょっとまって冬華ちゃん。……え、これってそういうことなの?」
「そうです。自分がいかに能天気だったかわかりましたか?」
「うん、ちょっと反省かな……」
「仕方ないですよ、葉咲先輩は優児先輩の彼女ではないので」
ドヤ顔をお披露目しながら、冬華は言う。
夏奈は、これまでのように言い返すと思いきや、悔し気に冬華を見つめるだけだった。
一体、どうしたのだろう?
そう思っている俺の耳に、甲斐の言葉が届いた。
「そうだ、友木先輩! もうすぐ体育祭っすね!」
「そうだな。あと一か月と少しってところだな」
この学校では、体育祭が10月半ばに行われる。
大きな学校行事の一つだから、体育会系の甲斐はやる気に満ち溢れているのだろう。
「俺、先輩の活躍、すっげー楽しみにしてます!」
屈託なく笑い、甲斐は無邪気にそう言った。
俺は教室で浮いているから、こういった学校行事ではあまり出番はないんだがな……とは思いつつ、流石にそんなことは言えない。
「……ああ、そうだな。それじゃ、甲斐。俺たちはもう帰るが、部活頑張れよ」
俺は気まずい思いを隠しつつ、甲斐に向かってそう言った。
彼は、どこか残念そうな表情を浮かべてから、未だに握っている俺の手を、さらにさすさすしてから、
「うっす、お気をつけて」
と、俺の手を握りしめながら言った。
「いやー、甲斐君にはそれ言われたくないと思うんですけど?」
「うんうん、ちょっと優児君が鈍いからって、そんなあからさまなセクハラはNGかなー」
そう言って、冬華と夏奈が、交互に俺と甲斐の手に手刀を繰り出してくる。
甲斐は鬱陶しいとでも言いたげな表情を浮かべてから、手を離した。
……にもかかわらず、なぜか俺の手には手刀が未だに繰り出されていた。なぜだ?
「先輩、俺……負けませんよ!」
決意が窺える表情で、甲斐はそう宣言した。
体育祭では紅組と白組に分かれて勝敗を競うのだが、例えチームが別れたとしても、本気でやり合うつもりだと、そう宣言したかったのだろう。
なぜこんなタイミングで? そうは思うものの、それ以外理由は考えられない。
「おう、望むところだ」
俺がそう答えると、甲斐はうっとりとした表情で俺を見つめてきた。
それから、甲斐に「またな」と告げてから、俺の腕に手刀を繰り出した理由を説明しないままの冬華と夏奈と一緒に、次の目的地であるカフェに向かおうとする。
「……先輩は、どうしてそう自ら茨の……というか薔薇の道を突き進もうとするんですか?」
「優児君はもっと他人の気持ちを考えた方が良いよ?」
と、不満そうな表情を浮かべて冬華と夏奈が言うのだが。
俺は、彼女らが急にそんなことを言う理由が分からなく、ただ戸惑うばかりだった――。