10、竜宮乙女は告らせたい
アクセルをノンストップで踏みまくる竜宮が、無表情を浮かべる俺に向かって言う。
「やっぱり、友木さんもそう思われますか! では、来るべき時が来たとしても、私は会長にお預けをしましょう。とても残念がるとは思いますが、私に愛を捧げるのであれば、このくらいは我慢していただかないと」
きゃー♡ と、まるで無垢な恋する乙女のような初々しい表情をしながら、あまりにも意味の分からない言葉を宣言した竜宮。
そんな来るべき時は、恐らく来ないぞ。……と、竜宮の狂気にあてられブルってる俺は直接的には言えない。
なので、オブラートに包んで言った。
「……竜宮。まだ池と付き合ってもいないのに、気が早すぎるんじゃないか?」
俺の当然の疑問に、彼女は笑顔で答える。
「ええ、そうですね。まずは会長に告白をしてもらわなければなりませんね」
「……は?」
竜宮が何を言ったのか、一瞬わからず、俺は素で聞き返していた。
「どうしたのですか、友木さん?」
キョトンとした様子の竜宮が、俺に問いかけてきた。
「竜宮が池に告白をすればいいんじゃないか?」
俺の言葉に、竜宮は「はん!」とムカつく表情をしつつ鼻で笑ってきた。
その態度に俺は、ここ最近で間違いなく一番ムカついた。
「分かっていませんね、友木さん。男女交際でどちらがイニシアチブをとるかというのは、非常に重要なのです。相手を惚れさせる、そうすることで精神的優位を持ったまま、愛されることで幸せな交際を続けることができるのですよ?」
ドヤ顔で言う竜宮。
ツッコミどころがありすぎるので、俺はとりあえず話を整理してみる。
「なるほど。つまり竜宮のこれまでの交際経験から導き出された正解というわけなんだな?」
「いいえ! 私はこれまで誰ともお付き合いをしたことなどありません!」
「それじゃ、具体的な統計を調べてみたのか? もし調べたのなら、どういった方法で?」
「……そんなことはしていません」
俯きがちに小さな声で呟く竜宮を、俺は無表情のまま無言で見ていた。
すると彼女は居心地が悪くなったのか、顔を上げてから口を開いた。
「ですが、友木さんのように交際経験のない殿方が私の考えを否定する根拠も……。あ、とても素敵な恋人がいらっしゃいましたね、友木さんには」
あははー、と空虚な眼差しを俺に向けつつ、乾いた笑いを漏らす竜宮。
特に何かしたわけでもない上に、実は冬華とは「ニセモノ」の恋人でしかないのに完全論破してしまった。申し訳なさすぎて、少し優しくしようと思った。
「さっきも言ったけどな。何ができるかは全く分からないが、俺に手伝えることなら協力しようと思っている。だから、なんだ。……頑張って告白してみたらどうだ? 他の奴がどうなのかは知らないけど、池に限って言えば、自分から告白をしたかどうかで恋人に対する態度が変わることなんか、絶対にないと思うぞ」
俺の言葉に、彼女はどこか悔し気に唇を噛んだ。
それから、真直ぐに俺を見る。
「そんなこと、言われるまでもなくわかっています」
不服そうな表情を浮かべて、竜宮は言った。
……分かっていたのなら、さっきのドヤ顔での宣言は何だったのかと問いただしたくなるが、やめておく。
藪蛇になったらかなわない。
「……それでも私は。会長に告白をしていただきたいんです」
それから、竜宮はどこか深刻そうな表情でそう続けた。
……彼女が何を考えているかは分からない。
だが、これまでのような頭空っぽの状態とは違う覚悟が感じられた。
俺は、暗い表情をしている彼女に向かって、言う。
「告白をされたいのなら、これからどうするつもりなんだ?」
俺の問いかけに、彼女はゆっくりと頷いてから、真剣な眼差しでこちらを見ていった。
「友木さん。あなたは、会長ととても仲が良くて、私は本当に羨ましいと思っています。同性のあなたにしても仕方がないですが、正直嫉妬すらしています。ですが、そんなあなただからこそ……もう一度言います。私が会長と恋人になるための、お手伝いをしてください」
そう言って、竜宮はなんと、俺に頭を下げた。
俺のことを良く思っていないはずなのに、彼女は真摯に行動した。
それが、俺にはとても尊く思えた。
「頭を上げろよ、竜宮。俺にできることなら、協力するって言っただろ。……これで三度目なんだけどな」
俺の言葉に反応した竜宮と目が合う。
彼女が堪えきれず嬉しそうに、表情を綻ばせた。
それから、満面に笑みを浮かべて、口を開いた。
「ありがとうございます! それでは、早速なのですが、一つお願いがあります!」
本当に早速だった。
しかし、協力すると言った手前、拒否することはできない。
「ああ。なんだ?」
彼女はどこかもじもじとした様子を見せた。
これは、よっぽどとんでもないお願いが飛び出すのではないか……?
俺は彼女の口からどんな言葉が放たれるか、身構える。
「……こんなことをお願いするのは恥ずかしいのですが」
既に十ニ分に恥知らずな彼女がそう前置きをしたので、俺はこれから何をやらされるんだ? と絶望をしそうになったが、
「会長に恋人がいないのは分かっていますが、好きな女性のタイプや……現在好きな方がいるかどうかを、ご存知でしたら教えていただきたいです」
意外にも彼女は、かなり真っ当で、その上お可愛いお願いを口にした。
俺はほっと一安心してから、彼女に答える。
「池とそういう話をしたことがなくて知らないから、機会があったら、聞いておくことにする」
俺が答えると、彼女は顔を赤く染めてから、
「友木さん」
と俺の名前を呼んでから、続けて言う。
「これから、頼りにしていますので。……どうぞ、よろしくお願いいたします」
そんな殊勝な言葉を告げてから、朱色に染まったままの表情で、可愛らしく笑顔を向けてきた竜宮。
そして彼女は、俺に向かって右手を差し出した。
その右手に視線を落としながら、俺は答える。
「できる限りはするが……正直、期待はするなよ」
俺はそう言ってから、彼女から差し出された手を握り返す。
それから互いに目を合わせて、俺たちは笑い合うのだった。
――こうして。
主人公に好意を寄せる女子のサポートをするという、なんとも友人キャラらしいイベントが、二学期早々始まることになった――。