統一運動が目指してきたもの
私はもし今回、逆に、UCI側の完全勝利という判定が下されていたとしても、自らが今、こちら側にいるからと言って、諸手を挙げて喜べる心情になど、なれなかったでしょう。共に闘ってきた「戦友」のような方々が家庭連合の中に数多くいるからです!しかし、もし、そのことで、家庭連合が我に返り、本来の軌道に立ち戻れるなら、、、また、食口の方々が、それまで見えていなかった真実に気付くようになるなら、そうなるしかないのではないか、とも思いました…。
免職となる前、「天苑プロジェクト」が始まることを受け、食口の献金問題に対する強い危惧を述べた時、ある責任者からこう言われました。「UCIの資産が戻って来れば、プロジェクトは問題なく進むから大丈夫だ」と…。大きな信仰観と摂理観のズレを感じました。私たちは何を信じる群れなのでしょうか? 私たちは何のために多くの犠牲を払い、ある者は半生を捧げ、ある者は一生涯を捧げながら、この道を歩んできたのでしょうか!?
お父様の生涯は、一宗教指導者としてだけの生涯ではありませんでした。お父様が統一運動を宗教運動として出発されたのは、どこまでも、一人一人の霊性を高め、「神」を教えるためであって、決して、特定の宗教の枠の中に閉じこもり、自らの教理と教勢を広げることを願ったからではなかったはずです! むしろ教会を犠牲にしてでも、世界のために生きよ、と教えたのが、私たちが学んできたお父様の思想であり、生き方だったのではないでしょうか?
しかし、今回、家庭連合(教会)が裁判に勝つために米国法廷に主張し続けたことは、言わば、お父様はどこまでも「統一教会」の責任者であり、UCIはお父様が「統一教会のため」に作られた財団であり、その資産は「統一教会の活動のため」に用いられなければならなかった、というものでした。「統一教会の資産」を「統一教会以外の活動」(GPF)に用いたことをもって、「信託義務違反」としたのですから。
もし、お父様が自らの宗教団体の教勢にしか関心がなく、その布教のために、信徒たちに尋常でない資金繰りを要求してきたのだとしたら、家庭連合のその主張は正しいのでしょう。しかし、それが果たしてお父様の生涯だったのでしょうか? この運動が食口たちに求めてきた犠牲は、「宗教の枠」を越えたものでした。食口の方々が、本当に「自己の宗教的救い」のために信仰して来られたのだとしたら、ここまでの「自己犠牲」を自らに強いては来なかったでしょう!
その間、このブログの中で、様々な方々と出会いました。そして、この運動の背後に、途轍もなく大きな犠牲と悲しみと恨の世界が存在することを、改めて思い知らされました。もし、それが単に一宗教の拡大のためだったなら、また父母様の名を世に知らしめるための内容だったなら、そうした犠牲は報われないでしょう!
メシヤとは、国益や一宗教の利害関係を越えて、人類の親なる神の御旨を果たすために地上に来られた方を言うのではないでしょうか? それがお父様の生涯だったのではないでしょうか? 統一食口はそうした「神の御旨」のために、自らを捧げてきたのではないでしょうか? 神の御旨を中心に見るなら、その間の顕進様の取り組みを、教会に対する「背任」とする考えなど、生じ得ないでしょう!
顕進様の中にみる真実
食口の皆さんに、もう一度、質問させてください。皆さんは本当に、顕進様が教会指導部で言われてきたように、ただ単にお父様と意見衝突し、兄弟たちと葛藤したことから、資産をもって飛び出したと思われるのでしょうか? 或いは、顕進様が自らのポジションに固執し、資産に固執し、自分の考えに固執し、自己否定ができなかったが故に、全体から糾弾される道を決断されたと、本気で信じられるのでしょうか? 顕進様の本質に触れて来られた方々なら、また、顕進様のその間の歩みを冷静に見続けてきた方々なら、はっきり分かるはずです!
私はFPAに行くまでの期間、このブログで、家庭連合に対する危惧と切実な心情とを訴えてきました。しかし、FPAに来てからは、それ以上、家庭連合の課題に触れることは止め、小さなことからでも、実体作り・文化作りをやっていくことに集中しようと思いました。それが今の自分にできる、より大切なことだと思ったからです。
しかし、今回のことで、家庭連合が従来の主張をさらに強め、顕進様が本当に「教会の資産を奪った」かのような認識を、食口たちに与えようというなら、また、そうした認識を外の社会にまで広げようとするなら、私は断固、それに反対します! なぜなら、それは事実でも真実でもないからです! その点に関しては、一年前、顕進様の真実を訴えようとして声を挙げた時よりも、一層、強い確信をもって言えます。なぜなら、私はこの一年、顕進様の実体に触れてきたからです! 顕進様が追い求めたもの―、それは神の御旨の成就であり、お父様が神と交わされた約束の成就でした!
かつて、米国法廷でお父様に有罪判決が下された時、お父様はこう語られました。
「統一運動のプロジェクトに必要な莫大な資金は、教会人たちの精誠による犠牲と奉仕から作り出されています。このような私の運動の全容を理解するなら、私が25,000ドルの税金を逃れるために米国に来たと信じる人はいないでしょう。」
過去、この運動のために全身全霊を投入され、この期間、さんざんな迫害の中でも、変わることのない歩みを続けて来られた顕進様の歩みの全容を知るなら、この方がお父様の資産を、食口の資産を「奪おう」としたと信じる人は誰一人いないでしょう!
変わらない神の御旨
今回の一件の後、顕進様が食口を前にされた最初の訓読会で語られた内容は、ただただ、「神の御旨に立つ」ということだったといいます。
・真実に立て。真実は神からくる。神は生きておられる。
・たとえあなたが成したことに誰も気付けなかったとしても、神が見ている。
・この葛藤が生じた時から、私は自らが背負うべき十字架を理解し、喜んでその道を行った。自らが責任を果たす時、道は開かれる―。
人の本質は、「困難」に直面した時に現れるものです。私はかつて、顕進様の様子を伝え聞きながら思いました。「なぜ顕進様は困難な現状に左右されずに、一貫した歩みを続けることができるのだろうか」と。私はその答えを、顕進様の実体に触れるようになって、思い知らされました。それはひとえに、顕進様が「真実」に立っておられるからであり、「神様」を掴んでいるからなのだ!と。
顕進様に対し、教会内でどれほどネガティブなイメージが作り上げられてきたか、私はよくよく知っています。それはまるで、お父様を知らない世の中の人々が、お父様を見つめる時に抱くイメージのようです。しかし、私が実際に見てきた顕進様は、涙の人であり、祈りと精誠の人であり、神様と父母様を愛する人でした。そして、祝福家庭に対し、人一倍、強い愛情と責任心情を抱いておられる方でした。
今回の一件が、今後、私たちにどんな形で覆い被さってくるかは、分かりません。しかし、はっきり分かることは、顕進様は「神の御旨を諦めない」ということです。顕進様がその一線を退かれないのは、顕進様を知らない多くの方々が語るような「意地」のためでも、「プライド」のためでも、単なる個人的な「固執」ゆえでもありません。それは「神の御旨」ゆえであり、「父母様への愛情」ゆえです! 統一運動が統一運動であり続けるためです!
今、改めて、全ての祝福家庭の皆さんに伝えたいこと、また心からお願いしたいことは、「顕進様を知って頂きたい!」ということです。教会が誤った判断を下すことを、ただ傍観しないで頂きたいのです! 権威ある人々の言動や慣習的な信仰によって、神の御旨を見誤り、神の摂理を担う人物を迫害してきた過去の歴史を、もう二度と、繰り返してはならない!と切実に思うのです。
一年前、私はこれを叫んで免職となりました。もっと賢いやり方もあったのかもしれません。でも、当時、他の方法を見出すことはできませんでした。このことで、失ったものも多くありました。でも、後悔はしていません。祈って決断したことだからです。
私はこの一年、失った分だけ、多くの恩恵を受けました。数々の感動も覚えました。神を知り、神の御旨を知った者にとって、幸福なことは、何よりも、神の御旨と共にある実感ではないでしょうか? 今回の件が、過ちを繰り返す原因になるのではなく、今一度、全体に真実を気付かせる機会となることを、心から願ってやみません。
顕進様―2016年神の日の祈り(抜粋:約3分)
「あなたの御旨は成し遂げられるでしょう」
https://align-with-god.org/movie6
櫻井正上
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Re:辛いですね
お久しぶりです、それと、ありがとうございます、
教会は正常(常識範囲)の運営状況ではなかった訳ですし、確かに、献金問題の側面であれば、突つけば問題とし得る争点はいくらでもあったかと思います、、
ただ、話を聞く限り、UCI側はそうした泥仕合のような闘いの仕方はしていなかったようです、、、守るべきものをもって闘っていたからなのか、、今後、どういう闘い方をして行くかは、私にも分かりません、、
ただ、実際に献金を捧げてきた人々の意向は一切、考慮されていないのですから、信徒たちから見たら、この裁判自体、苛立たしい状況なのかもしれませんね、、、
いっそのこと、顕進様側と教会側とで、これまで進めてきた取り組みと投入してきた資金をオープンにし、信徒に判定を任せるとか、、汗
いずれにせよ、痛ましい現状ですが、危機が機会となるような展開を祈りたいと思います、、
櫻井正上
2018-11-12 06:54:02
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