OVER PRINCE 作:神埼 黒音
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淡い月光に照らされ、その姿が浮かび上がる。まるで神話から飛び出してきたような美しい横顔。
ローブから解放された、濡れたような漆黒の髪。
こちらに向けられたエキゾチックな黒い瞳に魂ごと吸い込まれそうになった。
馬鹿馬鹿しい事に、その背景には七色に輝く流星まで見えたのだ。
魅了………なんてレベルじゃない。
次元が違う。
違いすぎた。
命も、魂も、目も、意識も、心臓も、何かもかも―――――全てを一瞬で奪われたのだ。
《星の王子様Ⅴ》
ユグドラシルでは単なる一発ギャグ系の背景エフェクト。1つの星を50円で購入する。
Ⅰ~Ⅴまでの課金レベルがあり、Ⅴまで極めると七色の流星を出す事が出来る。
無論、何の意味もない。
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ガガーランとティアが暗闇に身を潜め、幾らかの時間が過ぎた。
泣く子も黙るアダマンタイト級冒険者「蒼の薔薇」の面々だ。
モンスターに圧迫され、常に弱者としての位置に立たされている人類において、切り札とも言える存在でもある。
そんな二人は今回、王国に蔓延る犯罪者組織「八本指」の取引を抑えるべく、
この名も無い平原に赴いて来た。
「黒粉」
麻薬の一種であるこれらの蔓延が、王国内を蝕むようになって久しい。
生産地を叩き、都市内での貯蔵場所を襲撃し、取引を妨害し、常に攻撃を加えてはいたのだが、悲しいかな彼女達は全員を併せても5人しかいない。
どれだけ死力を振るおうとも、まるで焼け石に水のような状況であった。
それでも一定の効果はあったようで、八本指は都市内で堂々とやっていた大きな取引を控えるようになり、今ではこのような何もない平原や、時には何の変哲もない農家など、人目に付きにくい場所で細々と商売をするようになったのだ。
全体的な流通量は減ったとはいえ、四散し、細かく分散してしまったような形となり、襲撃や妨害が難しくなりつつある………痛し痒しであった。
今回、リーダーであるラキュースから示された地点は3箇所。
黄金とも呼ばれる王女、ラナーが幾つかの情報から組み立てたものであるらしい。
何処の地点であっても襲撃を掛けられるよう、彼女らも分散して事に当たる事となったのだ。
本来なら各個撃破の危険を避けるべく人員は一極集中すべきだが、
八本指に真っ向から抗えるような存在が彼女達しかいない為、全員であらゆる可能性を潰すしかない、と言う結論に至ったのだ。
A地点にはラキュースとティナが。
B地点にはイビルアイが。
C地点にはガガーランとティアが。
其々、分散して当たる事に決定し、彼女達は息を潜めて待っていた。
そして、目標はC地点に現れたのだ。
全身を覆い隠すような、怪しげな茶色のローブ。
冒険者か旅人という線もあったが、夜だと言うのに明かりも持たず、野営の準備をする訳でもない。この時点で、疑いが濃厚である。
更に、こんな何もない場所で佇むようにじっと夜空を見上げている。
当然、取引相手を待っているのだろう……クロだ。どうしようもなく、クロだ。
ガガーランが後ろを見ると、とっくにティアは気配を潜め、木々に溶け込むようにして身を殺していた。ティアは一流の暗殺者であり、数々の術を行使する一流の忍者でもある。
そこに居る、と初めから確信していなければ……見つかるような事はない。
最初にガガーランが出て、そのまま制圧出来るならそれで良し。
相手に伏兵や罠があるようなら、ティアが暗闇から不意打ちして片付けるという手堅い戦法だ。
「よぉ、良い夜だな」
いま思えば、本当に良い夜だった。
―――――いや、奇跡の夜だったのだ。
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一方、モモンガは困惑していた。
迫真のロールプレイを繰り広げていた二人が、突然ロールを別の方向へとシフトしだしたからだ。
「王子か!?」とか「流れ星!」とか意味不明な言葉を発している。
もしかすると、麻薬中毒者なのかもしれない。黒粉とか何とか口走ってたしな………。
せめて酔っ払いぐらいであってくれれば良いのだけれど。
とにかく、明日の為にも早くログアウトしよう。
この二人はもう放っておいて、さっさと他の場所に行くべきだ。
この辺りだと、ヘラン荒野のバザーがあった筈。異形種が集まる小さなバザーだが、あそこなら自分を暖かく迎えてくれるだろう。
同じようにログアウト出来ずに困っているプレイヤーも多いだろうし。
「あの………それじゃ、自分はそろそろ行きますね………」
「ガガーラン、捕まえて。逃がすな。いや、逃がさない……絶対にだ」
「あったぼうよ!おめぇにゃぁ、たっぷりと体に聞く事があんだよ。八本指がどうこうなんて、もう関係ねぇ。アダマンタイト級の権限でお前を捕縛させて貰う。おまえさんが何の罪も犯してねぇ単なる一般人であってもだ」
堂々たる犯罪宣言であった。
彼女らは八本指?というギルドのメンバーのようだが、どうやら拉致や誘拐を楽しむロールプレイをするギルドなのだろう。
自分達のギルドも大概ではあったが、ここまでの犯罪臭はなかった筈だ。
本当の悪のギルドというのはこう言うものなのかもしれない。
「ガガーラン。そんな権限、初耳」
「ったりめぇだろ。今作ったんだよ」
「ナイス捏造」
ダメだ、この二人は。
黒粉とやらで完全に頭がやられているらしい。
げに恐ろしきは麻薬である。
自分は頑張って死の支配者となったが、麻薬には反対の立場だ。小市民な死の支配者なのだ。
そんな事を考えていたら、両足に強い衝撃を受け、気がつけば押し倒されていた。
見ると女戦士と忍者が其々、自分の足に張り付いている。
「ちょ、ちょっと……何してるんですか!こんな状況でPVPやる気ですか!?」
「ん?3Pだぁ?何だなんだ、王子様もやる気じゃねぇか」
「くんずほぐれつ」
「ちょっと、運営さん!18禁行為しようとしてますよ!これアウトでしょ!最終日に18禁行為とか、国の法律的にもマズイですって!」
「なぁーにがクニだ!クンニしろオラァン!」
「ガガーラン、野生的。だが、それが良い」
「誰かぁぁ!いたいけな骸骨が襲われてますよー!助けて下さーい!!」
「くんかくんか。王子、良いにおひ」
「何この忍者コワイ!」
「ティアって呼んで。貴方の恋人」
「怖っ!何言ってるんですか!どうせ中の人はおっさんでしょ!?」
あぁ、すれ違い……。
例えどんな世界線であろうとも、モモンガ様は馬乗りになって襲われる。
私はそう信じて疑いません。