OVER PRINCE 作:神埼 黒音
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眩い光が視界を覆う。
光が収まると、《飛行/フライ》中のモモンガの体がグラリと揺れた。
(ん!?………変だな)
飛行中にバランスを崩すなんて初心者じゃあるまいし……。
何度も練習を重ねて、今では空中で弓や魔法を回避しながら攻撃するのもお手の物だ。
一旦、地表に降りて空を見上げると――――そこには驚愕の光景があった。
―――――満天の星空。
余りの光景にモモンガは目を見開き、息を呑む。
何だこれ……何だこれ??
自分の居るワールド《ヘルヘイム》は死の世界……星空どころか、空さえ見えない筈だ。
空には常に暗雲が立ち込め、大気は瘴気に満ち、地表は荒れた大地が延々と続く。
であるのに、何かの冗談なのか、地表は荒野ではなく一面の豊かな草原となっていた……。
数瞬、思考が止まり………一つの結論に達する。
(やりやがった……運営め。運営めっ!散々、クソだと言って来たけどグッジョブ!!)
まさかサービス終了の最後にこんな《サプライズ》を用意してくるなんて!
周囲も自分と同じ気持ちなのだろう。
さっきまでのお祭り騒ぎが嘘だったかのように静まり返っている。
それも無理ないだろう。
こんなリアルではありえないような……まるで宝石箱のような圧巻の星空を見せられては。
さっきまで自分の心を覆っていた暗雲も、一緒に吹き飛んだような気分だ。
やっぱり……ユグドラシルを続けてきて良かった。
我ながらテノヒラクルーにも程があると思ったが、しょうがない。
今はただ、ただ、運営への感謝の気持ちが湧いてくる。
(この光景、ブループラネットさんにも見せたかったな……)
彼が最終日にINしてくれていたら、この光景を見せられたのかと思うと少し切なくはある。
だが、いまさら言っても詮無い事だ。
今はせめて、この感謝の気持ちを運営へと伝えたい。
12年も遊ばせて貰った事に、最後にこんな素敵なサプライズまで用意してくれた事に。
そして、気付く。
視界が普段と違う事に。
エリア名が、時刻が、HPが、MPが………表示されていない。
表示バグだろうか?
いや、これだけの星空を展開すれば処理や負担はとんでもない事になっているだろうから無理もない事かも知れない。
ナザリックの第6階層の星空でさえ、とんでもない時間と苦労を重ねて僅かな面積を空っぽく変えられたに過ぎないのだから。
世界の全てを覆うとなると、それはもう想像を絶するような負担に違いない。
当然のようにGMコールも効かず、そもそもコンソール自体が出ない。
仕方がないので腕時計で時刻を確認する。
幾らなんでも、そろそろサーバーダウンの時間だろう。
時計を着けた腕をローブから出すと、そこには見慣れた骨ではなく、普通の手があった。
(おいおい………アバターまで表示不具合が出てるのか?)
これはちょっとマズイだろう。
良いサプライズだったとしても、セットでバグがてんこ盛りともなると人間、現金なもので感動も薄れるものだ。
《0:02:58》
と言うか、サーバーダウンの時間過ぎてるよね??
この分だと処理落ちやら何やらで、バグだらけになってそうだ。
今日はサービス終了日という事で、普段の過疎が嘘のように何万人ものプレイヤーが来ていたのだから、今頃街では大騒ぎになっているだろう。
(俺も明日、4時起きなんだけどなぁ………会議の資料も纏めないと……)
さっきまで自分の心を覆っていた暗雲が、また立ち込めて来る。
やっぱり、さっさとユグドラシルを引退した方が良かったんだろうか?
我ながらテノヒラクルーにも程があると思ったが、しょうがない。
今はただ、ただ、運営への怒りの気持ちが沸いてくるのだから。
―――――よぉ、良い夜だな。
暗闇から突然、掛けられる声。
見ると、重武装に身を包んだ女戦士のようだ。
人間種と言う事で、一応警戒する。
まさか最後の最後でPVPを仕掛けてくるとは思えないが、愉快犯と言うのはユグドラシルではいつだって居たのだ……。
どうせ終わるのだから何をしても良い、と考える幼稚なプレイヤーも居るだろう。
「えぇ、良い星空ではありますが……これからの事を考えると頭が痛いですね」
「ま、これだけ明るいとな。お前さんらにとっちゃ、仕事に差し障りが出るってもんか」
「うん………うん?」
あれ、何か会話が繋がっていないような気がする。それとも、俺が何かを見落としているのか。
何やら口元が動いているようなありえない挙動を見た気もしたが、それもバグですと言われれば、そうですか、としか言いようがないのだが……。
それよりも女戦士が出てきた方向……もう一人のプレイヤーが隠れている方が気になる。
木々に上手く身を溶け込ませているようだが、自分の《闇視/ダークビジョン》は誤魔化せない。
こいつら……やっぱり仕掛けてくるつもりか?
「最後の最後に、こんな事をするのは止めませんか?良い気分で終わりたいですし」
「おめぇさんが何を言っているのか分かんねぇけどよ……止めろって言いたいのはこっちの方だっつーの。こんな何もねぇ所で黒粉の取引たぁ、泣ける努力じゃねぇか。えぇ?」
「……??それと、言い辛いんですが………後ろの人、もう気付いてますからね」
「!?」
女戦士が飛び上がるように距離を取り、後ろから忍者の格好をした女性プレイヤーが出てくる。
前衛と、阻害系のキャラか……。
魔法詠唱者である自分には、ちょっと面倒な組み合わせだ。
「ガガーラン、こいつヤバイ」
「八本指で間違いねぇな。リーダーの言った通りってわけか」
二人とも視線はこちらへ固定したままでコソコソとしゃべっている。
おかしい……会話がまるで通じてない気がする。
もしかして、何かのロールなのだろうか?
自分も魔王ロールをしているのだから気持ちは分かるが………もうゲームは終わったんだぞ?
と言うか、不具合の真っ最中でしょーが。
「すいませんけど、明日4時起きなんです。お二人からもGMにコール入れて貰えませんか?こっちのコンソール、バグってるみたいで出ないんですよ」
「ガガーラン!何かの信号か暗号っぽい」
「野郎…………援軍を呼ぼうったってそうは行かねぇぞ!」
二人が繰り広げる迫真のロールプレイに絶句する。
そりゃ、普段なら乗ったさ。喜んで乗ったよ!
でも、今はロールプレイしてる場合じゃないって事ぐらいわかると思うんだけどな……もしかして、今日でサービスが終わるって事に気付いてないのか??
このままじゃ、とてもではないが会話が成り立つ気がしない。
つか、明日4時起きなのに何で俺はこんなのに絡まれているんだ??
最後ぐらい綺麗に締めさせてくれよ……もうお願いしますから。
頭のフードを脱ぎ、月光の下に歩みを進める。
フードを取った時、二人が何やら息を呑んだような気がしたが、何なんだろうか………。
とにかくここはもう、頭を下げて謝ろう。
最後の最後で殺し合いなんて真っ平だ。せっかくのユグドラシルの思い出に汚点を残したくない。
「あの、最後に暴れたいってのも分かるんですが、自分は………」
「ヤバイ。超絶格好良い」
「おいおい、何処の王子様だよ、おめぇは!」
「は??」
―――――人を惹き付けて止まない、魅力溢れる人間。
モモンガの職業スキルが更新されました。
《流星の王子様/プリンス・オブ・シューティングスター》:15lv
モモンガさん、ナザリックに居ないのでNPCがおらず、
ここが異世界だと言う事に気付くのが非常に遅れています。