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[28792] 【完結】リリカルマジック ~素敵な魔法~ (リリちゃ箱→Force)
Name: GDI◆9ddb8c33 ID:97ddd526
Date: 2011/08/04 07:56
前書き

この作品はリリカルシリーズの原作である「リリカルおもちゃ箱」の魔法少女リリカルなのはの”なのちゃん”がリリカル世界に行くものです。
時系列は第4期のForce時代、なのはさん25歳ですね、時期は2巻の始め辺りのシグナムがやられた辺りです。

かなりの独自設定が盛り込まれています。あまり原作キャラの性格は変えたくはありませんが、分からない部分は想像で補っているので、気に食わない表現が出てくれるかもしれません。

また、作風的に若干Forceアンチっぽくなるかもしれませんので、そういうことも好まれない方はなるべく敬遠されたほうがよいかと。




リリカルマジック ~素敵な魔法~

その1 翠屋2代目 高町なのは



リリカルマジック ~素敵な魔法~ 




海鳴市 藤見町 高町家

 平和な港町である海鳴市の一角、庭に小さな道場がある以外は特に変わった所も無い一軒家にて、2人の女性が久闊を叙している。

 2人の関係は複雑、と言うのも的確ではないが、少々表現しづらい間柄である。別段因縁のようなものがあるわけではない。ただ、友人と言うにはもっと深い間柄であり、無論のこと同姓であるから恋人であるはずも無い。家族、その言葉がもっとも相応しいが、2人に間に血の繋がりは無い。

 しかし、そうであってもこの2人は家族なのだ。他ならぬ当人同士と、その周囲の人間が認識していればそれで十分なのである。人にとって”世界”とは即ち、自分の周りの人々とのつながりの輪を指すのだから。

 「お帰りなさい、レンちゃん、小梅小母さんたちは元気だった?」

 「おー。もう元気すぎて大変なくらいやったわ、もう少し自分の年考えて欲しいゆうくらいに」

 そうして笑いあう女性のうち、茶色の髪をサイドポニーに纏めている女性の名は高町なのは。海鳴でも有名な喫茶店である「翠屋」の次期2代目であり看板娘である。

 もう1人の緑かかった髪をした長髪の女性は鳳 蓮飛(フォウ レンフェイ)。親しい人たちからの呼び方は「レン」(ごく一部に亀と呼ぶ者もいる)である。姓から分かるように彼女の親は中国出身で、現在も長期出張で中国に滞在している。

 今より十数年前の時分にも、彼女の両親は長期出張しており、その際の数年の間下宿していたのが高町家。なのはの母桃子とレンの母親の小梅と親友であることの縁であった。なので、なのはとレンはお互いのことを家族と認識している。

 当時の高町家にはレンと同じく下宿同然で出入りしていた城島晶、高町家と深い間柄の、今では世界的に有名な歌手のフィアッセ・クリステラたちが居て、実に騒がしかったものだが、現在では皆成人し、それぞれの道を歩んでいる。

 長男である恭也は月村忍と結婚〔婿入り)し、今は彼女の仕事関係でドイツに住んでいる。向こうで父・士郎のような要人警護の仕事を行っているようだ。

 長女の美由希は今は彼女の実母である美沙斗を手伝うため、香港国際警防部隊に所属している。最近の仕事は新人の指導、教育の模様。まだ結婚はしていないが、恋人はいるらしい。

 フィアッセは、母ティオレの跡を継ぎ、クリステラソングスクールの校長を務めながら、世界中を回って歌を歌っている。

 晶も結婚し、現在は夫婦共働きで和食の料亭で働いている。ちなみに夫は高校時代に知り合った空手の同門らしい。

 また、よく高町家に遊びに来ていた神咲那美も、なのはの親友である狐の久遠と共に日本中をまわって退魔師の仕事を頑張っている。


 「桃子ちゃんは古巣のホテルのヘルプにいってるんやったっけ」

 「うん、急に1人パティシエの人がやめちゃったらしくて。それで私もようやくお母さんの代わりが務まるようになったから、安心していけるわー、って言ってくれたんだ」

 幼いときは子供っぽく”おかーさん”と呼んでいたなのはも、今は落ち着いた感じで”お母さん”と呼んでいる。

 「うんうん、よかったなー。なのちゃんが立派になって、桃子ちゃんも幸せやろな」

 「ありがと、でも大袈裟だよ。でもお母さんはいつも大袈裟に喜んで”これで私引退して、士朗の相手をいくらでも出来るようになれるわね♪”って言ってるけど」

 高町士郎

 なのはの父の名前であり、そして息子の名前でもある。
 
 なのはの夫のクロノ・H・高町(婿養子)との間に誕生した愛の結晶である。男の子だったら名前を士郎にしよう、というのは家族みんなで決めていた。ちなみに現在お昼寝中。

 「はぁぁ~、あのなのちゃんがいまや立派な一児の母に…… なんや時が経つのは早いモンやなぁ。ウチの中のなのちゃんはちっちゃい女の子やったのに、いつの間にかウチより大きゅうなって、ウチはよ結婚して、やっぱりウチより先に子供生むんやからなぁ」

 「そういえば、レンちゃんの所はまだなの?」

 「あはは…… それはほら、相手側の都合もあることやから」

 なのはと同じように、レンも既に結婚している。身体の弱かった彼女はよく入院していて、今でも定期的に通院はしている。そしてそんな病院通いのうちに医師の1人(恭也の主治医だったリスティの同僚)と出会い、長期の交際の末、2年前に結婚した。

 小さい頃より料理が、特に中華料理を作るのが好きだったレンは、中華料理店の料理人だったが結婚を機に退職した。彼女は出来れば中華料理店で働き続けたかったが、健康状態等を考慮して、専業主婦に落ち着くことになった。

 その後夫の転勤があり、現在は海鳴を離れているが、こうして時折高町家を訪ねてくれている。

 今回は両親のいる中国への旅行帰りで、お土産とお土産話を持ってきてくれたのだった。

 「子供といえば…… お母さんは”恭也ももっと頻繁に返ってきて、雫の顔を見せてくれたっていいのにー”って文句言ってるよ」

 「ああー、でもお師匠たちも忙しいって話みたいやしね。ただ、もう少ししたら、こっち帰ってくるゆうこと言ってなかったっけ?」

 「うん、あと一年くらいでもどって来れるって言ってた。だからお母さんはその話を聞いた日からカレンダーに毎日×印をつけて”一年後”を待ってるよ」

 「相変わらずやなあ、桃子ちゃんは」

 「レンちゃん、香港にも行ったんだよね。お姉ちゃんや美沙斗おばさんに会えた?」

 「会うたで。2人ともバリバリ元気やったよ。なのちゃんと桃子ちゃんによろしくゆうてた」

 そうしてまた笑いあう2人。その後もレンの土産話や自分達の近況などの話を1時間以上続けた後、レンは高町家を辞していった。


 


 レンが去った後、なのはは仕事場である翠屋に戻り、パティシエールの制服に着替え、店番をしてくれていた夫のクロノに礼を言う。

 「ありがとうクロノ君、遅くなってゴメンね、つい話込んじゃった」

 もう正式に結婚式を挙げてから5年経ち、子供も生まれたが、なのはのクロノの呼び方は昔のままである。ここまで来たら変えるのも今更だろう。

 「ううん、久しぶりなんだから、もっと話していても良かったのに。ちょうど客足の谷間の時間だし、あと1時間くらいは話していても大丈夫だったよ?」

 そう言いながら穏やかに笑いかけるクロノ。翠屋が女性に人気の理由は5割が味、3割が値段、そして残りの2割はこの笑顔である。ちなみに男性客が割りと多いにのは、無論姉妹にしか見えない母子が原因だ。

 「うん、でもこれから晶ちゃんのところやさざなみ寮、それにフィリス先生の所にも行くって言ってたから」

 「そっか、それなら仕方ないね」

 そうして2人とも仕事に戻る。クロノはミッドチルダで開発技師の仕事をしているのだが、機材が揃っていればミッドから離れた場所でも可能な仕事であるので、時間が空けばこうして店を手伝う。

 なのはが妊娠し、そして子供が3歳になるまでは妻に出産と育児に専念させるため、彼は本業の方を一旦休んでいたが、先年また再開した。

 とはいえ、クロノは既に翠屋店員として板についており、馴染みの客も多く出来てさらに彼目当てで来る女性なども居るため、頻繁に店に出てくれている。

 仲の良い夫婦で切り盛りする店の雰囲気は自然と柔らかいものになり、そうした雰囲気も翠屋が人気の一因なのかも知れない。そして今は仲の良い夫婦だが、かつては仲の良い家族だった。翠屋の雰囲気は2代目になっても損なわれること無く継承されたようである。

 ちなみに4歳の息子の士郎も連れてきている。今日は休日なので幼稚園は休みだ、そうした場合は1人するわけには行かないので店に連れてきている。父に似たのか年の割りにしっかりしているこの幼児は、店では本当に大人しくしてくれている。祖父の名をつけたが、性格面は祖父に似なかった様だ。

 「お姉ちゃんたちも、元気だって、クロノ君にもよろしくって言ってたよ」

 「一応さっき顔は合わせていたけどね、お土産のお返しも兼ねて、今度皆でレンさんの所へ訪問しようか」

 「うん、そうだね。お土産といえば、大きな鏡を貰ったんだけど……」

 「へえ、それは珍しいお土産、と、いらっしゃいませ、喫茶翠屋にようこそ」

 2人が会話している所へ新しい客が現れた。6人連れの女性たちに、さらにその後ろにもう5人居る。おそらく部活動の学生たちなのだろう。

 若い夫婦は話はまた後で、とアイコンタクトと交わし、それぞれの仕事に戻る。





 厨房入ったなのははしばらくディナータイムに向けての仕込をしていたが、途中である異変に気づいた。どうも胸に違和感がある、それも胸の中ではなく表面だ。

 気になって少し服をはだけてみると、いつもしている赤い宝石の首飾りが淡い光を発している。

 今からもう15年以上も前、自分に不思議な力があった頃に見た光景、そのときの大事な出会いが今の自分を作ったのだ、忘れられるはずも無い。

 「レイジングハート………」

 不屈の心という銘を持つ、自分の想いに応えて願いを叶えてくれた、素敵な魔法の宝石。

 かつて失われて、ずっと今まで戻ることが無かった輝きが、再び灯っている。

 「どうしたんだろう、急に。でも……」

 暖かい。レイジングハートの光は柔らかく心地よいものだ。この光は、小さい頃母に抱かれて安心と共にまどろんだ時と同じ気持ちにしてくれる。

 だから危険な感じは全く無かった。自分が魔法少女だった頃、レイジングハートは”魔法”で皆に笑顔を戻してくれたのだから、何も心配することはない、という気持ちにしてくれる。

 魔法の力は素敵な力。悲しいことを乗り越えて、笑顔をもたらしてくれる優しい力、なのははそう思っている。

 そんな彼女だからこそ、レイジングハートの光はこんなに優しいものになっていることには気づかない。この暖かな光は、彼女の心の輝きだ。

 お仕事が終わったら、このこともクロノ君に話そう、と考えてなのはは作業に戻っていった。






 そうして夜。仕事が終わり、息子の士朗も眠りに付いた時間帯で、夫婦は縁側で座りながら、夜風に当たって談笑していた。

 「そうか、それは美由希さんも大変そうだね」

 「うん。やっぱり教官さんって大変みたい、”恭ちゃんは高校生でこんな凄いことやってたのかー”ってお兄ちゃんのこと改めて感心してたんだって」

 美由希は自身の身体能力と技術は一流以上だが、他人に教えると言うことは慣れはいないようだ。そうしたことを得意としているのは兄の恭也のほうだろう。無論、彼個人の身体能力も凄まじいが。

 余談だが、なのはの身体能力は、見た目どおりの普通の女性……より少々どんくさい、といったところが周囲の人の総評だ。

 「恭也さんは凄いよ、本当に。ああゆう頼りになる感じが僕には無いから、尚更憧れる」

 「ううん、そんな事無いよ。例え他の人に頼り無く見えたって、私にとっては世界一頼りになる旦那様だから」

 「ありがとう、なのは」

 そうして軽く唇を触れ合わせる。まるで新婚夫婦のようだが、もう5年目で子供も居る。しかし新婚夫婦にようにしか見えない。周囲の人々からは”あの2人は20年先でもあんな感じだと思う”と言われていたりする。

 長男夫婦ではこうはいかないだろう。無論それは愛情が足りていないということではなく、恭也の性格的な問題だ。おそらく、新婚時でもこうした行為があったかどうかわからない。

 「美沙斗さんもいつもの静かな口調で”うん、あの子はすごいよ”って言ってたとか。それに美沙斗さんも全然変わってなかったって」

 「なのはの家族は本当に皆お若いままだね」

 「そういうクロノ君のとこだって、リンディさん、ずーっと変わらないよ、会った時のまま」

 「はは、それもそうか」

 そうして笑いあう二人に、真円を描く月は今日も冷たいようで柔らかい光を降り注いでいる。優しい時間がそこにあった。

 「それでね、レンちゃんに貰ったお土産なんだけど、ちょっと大き目の鏡台なんだ」

 「へえ、それはまた大層な物を頂いたね」

 「私もビックリしちゃった。でもね、もっとビックリすることに、その鏡には不思議な力があるんだって」

 その自分の言葉に、なのははレイジングハートのことを思い出す。

 「不思議な力?」
 
 だがクロノが鏡について聞いてきたので、とりあえずは後回しにして答えを返すことにした。

 「それがね、なんでも満月の日の深夜0時に鏡を覗くと、別の背世界の自分と入れ替わるんだって」

 「それはまた…… ちょっと心配だな。まさか並行世界を行き来する道具があるなんて…… 詳しく調査してみる必要があるかな」

 なのはの話を聞いたクロノは、かなり深刻な顔になって考え込む。彼自身が並行世界であるミッドチルダの出身なので、そういった事柄については慎重にならざるを得ないのだろう。

 「ああ~~、そんなに心配しないで。レンちゃんの話だと、そういう不思議な話で付加価値つけて値を上げようとしただけじゃないかって、現に前に使ってた人は何にも起こらなかったってことだし」

 「そう、それならいいんだけど……」

 それでも一度じっくり調べてみたい、というクロノに対し、なのはは話題を変えてみる。

 「不思議な力で思い出したんだけど、ねえクロノ君、魔法の力って元に戻ることってあるの?」

 その妻の問いにクロノは大きな瞳をさらに大きくして驚いた。そして聡明な頭脳で何かあったことを察し、尋ねた。

 「なにかおかしな事でも起きたの?」

 その言葉は真剣味を帯びている。世界で最も大事な妻の身におかしな事が無いよう、どんな些細な事でも聞き漏らさない、という姿勢が見える。

 「実は……」

 そういって服の中に入れていた紅い宝石を取り出した。手の平に乗せたそれは、昼間と同じように淡い光を静かに放っている。

 「レイジングハート……」

 「うん、今日の仕事中に、いきなり光りだしたの」

 なのはの手の上にのったレイジングハートは、月の光に負けじと徐々に輝きが強くなっていった。しかしそれは依然として柔らかい光を放っている。

 「綺麗な光だ…… うん、これはきっとなのはの心の光なんだね」

 「え、私はこの光を見てお母さんのことを思ったけど……」

 「ははは、自分のことは見えないものだから仕方ないかな、君は桃子さんにそっくりだから、外見も、もちろん内面もね」

 「そ、そうかな」

 目指す目標である母、桃子に似ているといわれれば、嬉しくないわけは無い。なのはの頬は自然と緩んでくるが、そうしてばかりは居られないと気を取り直す。

 「それで、こういうことって起こることなのかな。悪い事が起こる様な感じは無いけど…… 一応確認しておきたいし」

 「そうだね、力が戻るケースは無いわけじゃないけど、あまり例は少ないかな。でも、何か身体に異常が起こったという話も無いし、僕は大丈夫だと思うよ」

 「そっか、ならいいんだ」

 元々それほど心配してはいなかった。母の暖かさを思わせるものが悪い事をもたらすとは思えなかったから。自分がそれと同じ感じを持つ、と言われるのは少々面映いが。

 「僕も、問題ないとは思う。レイジングハートがなのはに悪影響を及ぼすなんて思えないしね」

 「私も、そうおもうよ」

 レイジングハートは変わらずに光を放ち続けている。見るものの心を落ち着かせる、素敵な魔法の光を。









 そうしているうちに夜の時間も進んできたので、2人は就寝の準備に取り掛かることにした。先に風呂を使ったクロノは先にベッドに入り、なのはも今日レンから貰った鏡台に座って髪を梳いている。

 (本当に別の世界の自分と入れ替わるのなら、その世界の私はどんなことをしているんだろう)

 自分とは違い翠屋の2代目を目指してはいないのだろうか?

 自分とは違いクロノと出会ってないのだろうか?

 自分とは違い兄や姉のような立派な剣士になっていたりするのだろうか?

 そんな考えを抱きながら、髪を整えて、最後にもう一度鏡の中の自分をチェックしてベッドに入るために立ち上がろうとした。


 果たしてそのときだった。

 (えっ)

 唐突に鏡が光を発し、それにあわせるようにレイジングハートの輝きが突然眩いほどのものになっていく。

 (まさか、本当に?)

 今日レンから聞いたこの鏡にまつわる不思議な話。違う世界の自分と入れ替わると言う魔法のような力。

 その条件は満月の日の午前零時に鏡を覗くこと―――咄嗟に見た時計の針は今が0:00であることを示していた。そして今日は満月。

 (あ――)

 さらに強くなる光に飲み込まれるように、なのはは真っ白な世界に包まれていった。

 「なのは!!」

 異変にに気づいたクロノが飛び起きて妻に手を伸ばそうとしたが、正視できないほどの光の所為で、それも敵わない。

 完全に視界が白くなるなる前になのはが見たのは、無機質な部屋の中で、物々しい大砲を掲げる自分の姿だった。








 あとがき

 まだリリカル世界に行ってません、御免なさい。大人なのちゃんや大人クロ君はこんな感じでどうでしょうか。あとレンも。

 とらハキャラのその後は100%の想像というより創造です。

 あと。謎の鏡は細かい設定は考えてません。とらハ世界ならこんな珍奇物品もありではないかと愚考しているのですが、だめでしょうか。一応”ロストロギアではダメだった理由”はあります、それは次にでも明かす、と思います。
 短くて申し訳ない。まあ、もともと1話完結のつもりだったのが予想外に長くなったので、きりのいい所で一旦切ったんですよね。




[28792] その2  気苦労多き八神司令
Name: GDI◆9ddb8c33 ID:97ddd526
Date: 2011/07/14 16:44
 
リリカルマジック ~素敵な魔法~

その2  気苦労多き八神司令


 第一世界ミッドチルダ 特務六課 司令室


 対フッケバイン対策部隊である特務六課の司令官、八神はやては気分を沈ませていた。たった今彼女の元に入った情報は、とても気分を楽しませるものではなかったからだ。

 その情報とは、彼女の家族である、守護騎士のリーダー、烈火の将と呼ばれるシグナムが、フッケバイン一家の1人と交戦し、瀕死の重傷を負ってしまったことを知らせるものだった。

 ただでさえ厄介な存在であるフッケバインに対し、本格的に作戦を始める前に主戦力の1人であるシグナムが戦線離脱してしまったのだから、今後の作戦の支障をきたす恐れもある。

 とりあえずはシグナムのことは当分戦力とは数えられない…… そう考えた所で、はやては嫌気がさした。

 それは対策を考えることに対してではなく、大切な家族が重体だというのに、それを”戦力が減った”と認識している己の思考に対してだ。

 無論自分は司令官である。この先さらに部隊から負傷者を出さないとためにも、作戦は慎重に考え、現状はきちんと把握していなければならない。

 公人としての自分と私人としての自分はきちんと分けなくてはならない。だが、今自分はそうした葛藤をせずに公人としての自分であり続けていた。

 それは果たして良いことなのだろうか? 「指揮官」としては良いことだろう、だが「家族」としては……

 そこまで考えてはやては頭を振った。やめよう、今はそんなことを考えている時じゃない。この先なのはやヴィータたちをシグナムのような目に逢わさないようにするのが仕事だ。今は仕事を優先させなければいけいない。

 しかし、そもそもにおいてこの特務六課の部隊運営は初めから頭を痛ませるものだった。最初に任命されたと時は一瞬何を言われたのか分からなかったほどだ。

 ”未曾有の事件であったJ・S事件を解決した元機動六課のメンバーで、フッケバイン一家の捜査、逮捕にあたれ”

 その内容を聞いたとき、はやてのなかで怒涛のごとくツッコミが沸き起こった。

 確かに機動六課は若き日の自分の夢であったし、その日々は充実したものだったと思っている。

 しかし、全てが上手くいったわけではない、確かにJ・S事件を解決したことで六課の設立理由であった”緊急時専門の部隊”としての成果はあがった。しかしその後の半年間はさしたる事件も無く、5人以上もの局内屈指の高ランク魔導師を、悪く言えば”遊ばせてしまった”結果も残っている。

 つまり1年間の実験期間のうち、リミッターをつけてまで高ランク魔導師を常駐させた成果はあったのか、コストに見合ったリターンはあったのかといわれれば、よくて5分5分だろう。

 頼りになる先輩であるクロノ曰く「六課はあくまで実験部隊だった。やってみて初めて良い点と悪い点が浮き上がる、だから君達の努力を生かすためには、これからの上層部の対策次第になるということさ。僕も、出来るだけ力を尽くすつもりだ”とのことだった。そして残念ながら、まだそうしたスクランブルの体制は整っているとはいえない。

 だが何よりも、かつての六課は”地上本部、ひいては首都クラナガンにおいて大規模テロが起こるのを防ぐ”という点を重視されて作られた組織なのだ。それ故に陸と海の連携が重要ということで、あのような少々歪な部隊となり、そして自分たちはその点では上手く出来なかったと反省している。本当はもっと辞を低くして地上と接するべきだった。

 あの頃は若かったなぁ、血気盛んやった、とはやては述懐する。

 ちなみに、そのJ・S事件は”民間人に1人も死者が出なかった”ことでも大規模テロとして未曾有の事件である。管理世界の中心であるクラナガンで起きた事件にもかかわらず、民間人に負傷者すらほとんど出なかった。

 むろん局員には多くの負傷者は出たが、それでも重体となったのはごく一部で、死者は指で数えるほどしか出ていない。死者が出たということは痛ましいことではあるが、事件の規模を考えれば、ほぼ有り得ない話だ。

 その以前でも、スカリエッティに関わって死んだ者は、局の武装隊以外には居なかったし、しかもそれは最高評議会の指示だったとも言われている。

 その点を、首謀者であるジェイル・スカリエッティに取調べの際に聞いたところ、以下のような返答が返ってきた。


 「無闇に流血と破壊を見るのは私の美学に反するのでね。強大な武力を盾に、弱者を無為に蹂躙する、そんなことは力さえあれば誰でもできることだよ。スマートではないし無粋だ、なにより美しくない。私の娘達が舞う晴れの舞台の演出を、そんな野暮なものに出来るはずが無いだろう。もっと優美で、洗練されたものでなければならないのだから、殺人など以ての外だよ」


 取調べを担当した局員は、改めて目の前の科学者が人格破綻者であることを認識したらしい。

 それに比べればフッケバイン一家はある意味”まっとう”だ。彼等の能力の特殊性はともかく、やっていることを列挙してみれば「ありふれた犯罪集団の行動」でしかない。

 言い方を変えれば、彼らは肉体は超人だが、精神は常人なのだ。

 しかし、その精神健常者であるフッケバインは無辜の民に殺戮を振りまき、狂人であるスカリエッティ博士が愉快犯的思考とはいえ殺人を禁忌としていた、というのは一体何の皮肉か。

 そのフッケバインは複数の次元世界を股に掛ける集団で、その対処は完全に”海”の領分だ、地上で活動することを前提とした機動六課のメンバーを”以前成果を挙げたから”という理由で再編成するという考えは、あまりにも短絡的すぎないか。

 そしてその召集したメンバーも問題だ。

 もともとフッケバインを追っていた執務官のフェイトとティアナ、これは問題ない。本局航空武装隊のシグナム、海上警備部捜査隊のザフィーラ、医務官のシャマルも同じく。

 しかし戦技教導隊のなのは、ヴィータ、この2人は少々問題がある。そもそも教導隊は百人に満たず、そのうち半数近くが他の部隊との兼任だ。専任は少ない。

 その少ない専任教導官を一気に2人も引き抜いたのだ、教導隊のトップが不動明王の如き表情をしているであろうことは、想像に難しくない。

 それでもここまではいい、教導官はそういう召集がかかる事があるというのは前提である一面もあるのだから(やはり一度に2人は少ないが)、しかし問題はこの後だ。

 港湾特別救助隊の防災士長であるスバル、そして辺境自然保護隊のエリオとキャロ、この3人の仕事は本来こうした事件の緊急要請とは無縁で、何より3人は”陸士”だ。

 彼らは今まで次元航空艦に乗ったことすらほとんどない、それがたいした訓練も無くいきなりの実戦である。

 司令部の同僚に、元六課メンバーであることと個人名を伏せて、所属先だけ見せてこの部隊をどう思う? と聞いたところ。

 「見事な寄せ集めだな」

 との貴重な意見が返ってきた。

 そのうえ、六課解散から6年以上が経っている、急に連携をとれといわれても、ろくな訓練期間もなしにはできるものではない。ただでさえスバルたちは畑違いなのに。

 そこまで考えて、はやての脳裏に1人の人物が浮かんだ。

 (レジアス中将………)

 彼が生きていれば、今回のようなスバルたちへの召集に対し、

 「完全に領分違いだ! 防災士長に犯罪者を追わせるなど何を考えている! 災害が起きた際に彼女の能力を必要とする被災者がどれほどいると思っているのだ、理不尽な引き抜きも大概にしろ!!」

 と怒鳴り付けているだろう、そして彼の主張は正しいのだ。レスキュー隊員にさせる仕事ではない。

 亡くしてしまって初めて故人の偉大さが分かる。生前彼とは対立関係あったはやてだが、彼が生きていればじっくりと教えを乞いたい、と今では思っている。虫がいいのは自覚してるが、年をとれば見えてくるものが変わるのだ。

 しかし、なにはともあれやるしかなかった。ここで必要なことは開き直りで、与えられた人員を最大限に活かせる作戦を考えなくていけないと、開き直った頭で考えた結果、そのスバルともう1人なのはを「切り札」にしなければならなかったことは、はやてとしても苦渋の決断だったが。

 ともあれ、これでフッケバインの足どりは掴めた。なのはやヴィータたちの武装は最終チェックの段階に入っているし、明日の朝にでも作戦を開始させれるだろう。相手は神出鬼没の凶悪犯、足どりがつかめているうちに対処しなくては。

 そうして気持ちを切り替え、武装の最終チェックを行っていたなのはにスクランブルの連絡を入れようとした時、逆に彼女が居るCW社の機器試験場から通信が入った。

 ちょうどいい、早速現状をしらせようと思い回線を開いたはやてだが、向こうからの知らせを受けて、その内容に10秒間以上放心することになった。

 ただでさえ頭の痛い部隊運営に、さらにもう一つ頭を痛ませる要因が増えたのだ。





 第3世界ヴァイセン CW社機器試験場



 高町なのはは驚きのあまり声もだせない状態にあった。

 ついさっきまで自分の家の寝室に居たのに、あの鏡から発せられた光に包まれたと思ったら、一面無機質な金属の壁に覆われた、なにかの実験室のような場所に居たのだから。

 周りを見渡すとなにやら大掛かりな機材が並んでおり、そのどれ一つとしてなのはは一度も見かけたことは無いものだ。これでも自分は機械類には明るく、最新のものでもわかるつもりで居たが、全く知らないものばかりだ。もしかしたら義姉の月村忍ならこういうものも知っているかもしれないが。

 そして何より、自分の足元に転がる、大きな剣のような、バズーカのような、そんな物々しい”武器”。自分では両手で抱えても持てるかどうか分からない、そんな物騒な代物。

 いったいここはどこだろうか。あの鏡をくれたレンの話が真実だとするならば、自分は並行世界の自分と入れ替わったということになるのだろうか。

 並行世界という概念は、夫のクロノから聞き知っている、他ならぬクロノ自身がその並行世界の出身なのだから。だけど彼曰く”今のミッドチルダの技術では、類似した世界にはいけない”ということだった。つまりアレは彼の世界には無い不思議な器物ということなのか。

 世界には不思議な事が一杯あることは知っていた、知っているつもりだった。

 友達のくーちゃんこと久遠の存在や、その主である神咲那美の力など最たる例だし、フィアッセや医師のフィリス先生も変わった”能力”を持っているのだと何年か前に聞いていた。それに若干自分の兄姉もその領域に片足を突っ込んでいる気がしないでもない。

 なんと言っても、自分自身が十数年前は”魔法少女”だったのだ、世の中どんなおかしなことが起きたって不思議ではない。

 とはいえ、流石にこの状況は驚きだ。何よりもなのはを驚かせているのは、もしレンがいったように、あの鏡の力が”別の世界の自分と入れ替わる”ものだったというなら、その”別の世界の自分”がこのような場所に立っていたのか、ということだった。

 そしてこの”兵器”が足元に落ちているということは、”自分”はこれを持っていたという事だろうか? こんなものを”自分”が?

 そうしてさまざまな疑問や思考でなのはの頭が錯綜している所へ、彼女をさらに混乱させる事態が発生した。即ち、モニターしていた技師達からこ声がかけられたのだ。

 『高町一尉! 大丈夫ですか? 今の光は!? それと…… どうしてバリアジャケットを解除したんですか?』

 ばりあじゃけっと? いちい? なのはには何のことだか分からない。だが、人が居るのならまずは話を聞かなくてはならない。まず、ここはどこか知らないといけないし、自分は誰かを知らせないといけない。 

 なので彼女は声がした方を見た、見上げる高さにあるそこには、ガラス張りの窓というにはあまりにも大きな囲いの向こうに、何人かの白衣やどこかの制服を着た人たちが立っている。そして皆一様に驚いた顔をしている。

 人が居ることに安堵し、そしてなのはは彼らに聞こえるように大きな声で話かけた(室内の通信がONになっているのでそんな必要は無いが、彼女に分かるはずも無い)

 「あの! ここはどこでしょうか!?}





 なのはの話を聞いた技師や局員は、その内容に目を剥いていた。

 とても信じられる話ではないが、確かに外見は高町一等空尉だが、性格は別物のようだ。不安そうに自分たちの顔を見たり、落ち付かない様子で周囲を伺う姿は、とてもあの「エース・オブ・エース」とは思えない。

 彼らも管理局員、この広大な次元世界には、人知の及ばぬ力を発揮するロストロギアなるものが多く存在するのだ、その中にはまだ管理局が知らぬ効果を持つものもあることだろう、という考えを持つことができている。

 ということは、この目の前の女性は、先ほどまで自分たちが接していた高町なのはでなく、次元漂流者ということになるのか。ならば自分たちの手に負えることでない、と皆で相談した後、彼らはロビーのソファになのはを座らせ、司令官であるはやてや、この建物内に居るヴィータに連絡をいれる事にした。



 そうしてヴィータを待っていたなのはと局員達だが、その両方とも落ち着かない様子であった。

 一応の説明を受け、今は彼等の”上位の人物”を待っているのだが、やはりその内容が今一飲み込めず、やはりここが何処なのか分からないことも不安だし、それ以上になのはを落ち着かせない原因がある。

 受けた説明のうち、ここは新開発された”魔導端末”の試験場であるとのことだが、何よりもその事実がなのはを驚愕させた。

 あの物々しい”兵器”が、この世界の魔法の力ということらしい。首から下げているレイジングハートを見つめ、この宝石とあの兵器が同じ”魔法”の力を持つ物とは思えなかった。

 自分の世界とこの世界とでは、魔法というものに大きな隔たりがあるように感じられる。だって、あの大きな剣のような大砲のようなものが、周りの人たちに笑顔をもたらせるものだと思う事が、なのはには出来なかった。あれは、きっと誰かを傷つけるものだ。

 そうしたさまざまな事実が一度に頭に入ってきたので、まだなのはは上手く頭の中を整理する事が出来ないでいる。

 そしてもう一方の局員達、とりわけ男性局員もかなりの困惑の中にあった。

 どうやら彼女は次元漂流者で、自分たちが知る”高町なのは”とは同一人物でありながら別存在のようだ。そのことには一応の納得はした。

 だから彼らの精神を騒がせているのは、彼女が何者かという事実ではなく、その”高町なのは”の様子そのものだった。

 高町なのはの容姿は一言で言えば美人だ。だが、そのエースオブエ-スという称号や、彼らが知るなのはから常に感じられるオーラのようなもので、彼女を美しいと思うよりも先に「ああ、この人はどんな時でも慌てないで構えてられるんだろうな」という一種畏敬のような念を抱いていたのだ。

 それは無論彼女が屈指のエースである、という先入観も手伝っているのだろうが、それを踏まえても彼らが知るなのはには、ある種の貫禄があり、それゆえに彼女を”綺麗な女性”としてみる事が無かった。

 しかし、目の前に居る女性は、不安げな瞳で、迷子のような頼りなさが感じられる。そのうえ、今の彼女は彼らが知るエースとは違い、白いワンピースのような夜着で、サイドに纏めている髪も解かれている。その姿は男性でなくても”守ってあげないと”という気分にさせるに十分なものだ。

 それゆえに困惑した、まさかあの高町なのはに、そんな感情を抱くことになるとは、と。

 そうしてほとんど会話も無く時間が過ぎているうちに、知らせを聞いたヴィータが現れた。






 ヴィータは知らせを聞いたとき、無論仰天した。一体何の冗談だ、怒鳴りつけたくなるほどに。しかしそんなことをしても意味が無いことを彼女の理性は知っていたので、自分を抑えることが出来た。

 そして移動してるうちに何とか気を落ち着け、次元漂流者である”高町なのは”に対応しようと思っていた。

 だが、なのはが居るロビーに入って彼女を見たとき、彼女の脳内は再び驚愕で埋まってしまった。

 「えっ、桃子、さん? なのはのかーちゃんの……」

 と思っていたことをつい無意識に声に出してしまうほどに。

 「あなたは、お母さんのに会った事があるの?」

 ヴィータの言葉になのはも驚いたが、常日頃から「母にそっくり」と言われていたことから、母に間違われることは慣れている。

 そして、待っていた”上位の人物”が小学生程度の少女であったことも驚いたが、この短時間のうちになのはもいくらか腹を括った。脅えているだけでは何もよくならない、しっかりと自分を持たなくては、と自分を奮い立たせることにしたのだ。彼女もまた、不屈の心の主であるが故に。

 なので、ヴィータの姿を見ても、この少女が”上位の人物”であることに疑問を持つことはしなかった。久遠という見かけと年齢に天地の差がある存在を知悉していることも、すんなりと受け入れる一因になっていたかもしれない。

 「ああ、そうか、なのはだよな、うん、ちゃんと見ればなのはだ…… えと、あたしはヴィータだ、はじめまして、になるんだよな、なんか変な感じだ……」

 「うん、ヴィータ……さんでいいのかな? 高町なのはです、はじめまして」

 そう答えられてヴィータはなんともいえない表情になる。まさかなのはから「さん」付けで呼ばれる日が来るとは夢にも思えなかった。

 「ああ~、いや、別に強要無しないけど、イヤじゃなければ「さん」じゃなくて「ちゃん」付けでたのむ、なんつーか落ち着けねぇんだ」

 「うん、それじゃ、よろしくお願いします、ヴィータちゃん」

 「できれば敬語も…… まあ、それはいっか、とりあえず、何度も悪いけど話を聞かせてくれ」

 「はい、わかりました」

 そして幾分落ち着きを取り戻し、気を持ち直したなのはは、局員たちへの説明の時より明瞭且つ無駄なくここに現れた経緯を説明した。それを真剣な表情で聞いたヴィータは、これははやてのところに行くしかねーな、と判断を下し、なのはと一緒に転送ポートに行くことにしたのだった。




 第1世界ミッドチルダ 特務六課 司令室


 ヴィータに説明を終えた後、なのははヴィータに連れられ、なにかの機械の上に立ったと思えば、次のに瞬間にはこの世界に来た時のような感じの光に包まれて、また目を開けたときは別の場所に居た。

 しかし、今回はその機械によるものだという事が分かっていたので、驚くというよりは感心してしまった。凄く文明が発達した世界なのだと。

 (なんか、魔法の世界というより、近未来SFの世界みたい)

 周囲の風景は”魔法”という単語から連想されるファンタジーな世界、というよりは、海外ドラマなどに出てくるサイバーパンクの世界のような雰囲気だ。

 そんな感想を抱きながらヴィータについて歩いていくうちに、一つのドアの前で停止した。そのドアも、彼女がよく触れるノブが付いているものではなく、プシュー、という音とともに横に開く近未来的なものだった。

 そしてヴィータに促がされ部屋の中に入ったなのはだが、そこで待っていた女性の顔をみて、小さいがはっきりとした驚きの声を上げてしまう。

 「レンちゃん……?」

 「へっ?」

 部屋で待っていた女性の雰囲気が家族に似ていたので思わず言ってしまったなのはだが、きちんと見れば髪の毛も茶色だし、長さも違う。

 「あ、ごめんなさい、貴女が家族と似てたので、つい変なこと言っちゃいました」

 「いえ、そんな、謝らなくてもええですよ」

 慌てて謝罪するなのはに、若干戸惑いながらはやても答える。と同時になのはの家族に「レン」なる人物は居なかったはずなので、どうやら本当に目の前のなのは(実ははやても桃子かと一瞬思った)が違う存在だと認識していた。

 (言葉遣いもレンちゃんと同じだ……)

 一方のなのはは、はやての返事からそんな印象を受けていた。もしかしたらこの世界でのレンちゃんなのかもしれない、という考えも若干抱いている。

 「とりあえず自己紹介しますね。わたしは八神はやて、時空管理局の特務六課司令で、階級は二佐です。よろしくお願いします。それで何度も申し訳ないんやけど、事情を説明してくれますか? 貴女の言葉で聞いておきたいので」

 公式の場であるので、はやては言葉使いを整えて自己紹介し手を差し出す。それに対してなのはも背筋を伸ばし、差し出された手を握り挨拶する。

 「はじめまして高町なのはです。肩書きとかなんにもない、ただのお菓子職人ですけど」

 そういって笑うなのはは、たしかにはやてが知ってるなのはの笑顔だが、やはり自分が知るなのはより「桃子さんに似てる」という印象を受ける。

 「いや、肩書きなんてたいしたことあらへんよ、いやありませんよ。いかんなぁ、どうしてもなのはちゃんと話してる感じになってまう」

 「構いませんよ、私も、友達に対していきなり敬語で話せ、て言われても無理だと思いますから」

 「そんならお言葉に…… いやいやそういう訳にもいきません、今は仕事中ですから」

 「でも、言いづらかったらいつでも変えてもらってイイですからね?」

 そうしてまた笑うなのは。少し前の不安な様子とは違い、彼女は心境を変えていた。ヴィータに案内されてここに来るまでに、一つの決心というか、自身に誓いを立てていたのだ。

 ここが何処かはまだ今一理解できていないし、元の世界に無事帰れるかどうかも分からないけど、もう戸惑うのはよそう。そして例え何が起こっても、絶対愛する夫と子供の元へかえるのだ、と。

 自分が居なくなってクロノは心配しているだろうし、息子の士郎は寂しがるだろう。片親であった自分は親が居ない寂しさをよく知っている。だから息子にそんな思いをさせるわけには絶対にいかない。絶対無事に帰るのだ、と、そう決意していた。

 そうしてなのはが3度目の説明をし、その後にはやてが管理局の概要と、この特務六課のことと、その中でなのはが担う役割を説明した。

 「そうなんですか、そんな大変な時期にご迷惑をかけてしまって、本当にゴメンなさい」

 「だからええですよ、なのはちゃ……なのはさんの所為やないんですから。ともあれ、一応、貴女の身柄は次元漂流者ということになりますので、こちらで保護させてもらう形になりますが、よろしいですか?」

 「ご迷惑でなければ、と言いたい所ですけど、すでにもう十分迷惑かけてしまっているので、恥を忍んでお願いしたいくらいです」

 「いえいえ、これこそ管理局のお仕事、って感じですもん。私個人としても、犯罪者追うよりは、なのはさんとお話してるほうが楽しいですし」

 「ありがとうございます」

 そうして頭をさげるなのはに、はやては若干表情と雰囲気を重くして言葉を綴る。

 「ただ…… そのですね。こちらの都合として、今回の作戦だけは、なのはさんにこれから出撃するうちらの船に乗ってもらうことになるかも知れないんです」

 はやてとしても、次元漂流者で民間人であるなのはを次元航空艦”ヴォルフラム”に搭乗させることには抵抗がある、しかし、現状では”高町なのは”には最低でも搭乗してもらわなくてはならないのだ。

 今回の召集は少々強引な所がある、教導隊の隊長たちはかなり苦々しく思っているだろう。そこへさらに「今回は高町一尉の出番はありませんでした」とは言えない。今後似たようなスクランブルの時のためにも、いまから余計な軋轢を生みたくは無い。

 既に作戦は開始されている、もう少し猶予があれば別だが、今の段階まで来てしまえば、どう展開しても”高町一尉が参加しない”状況はありえない。このなのはが別世界から来たと証明できれば良かったのだが、残念ながら難しい。その原因となっているロストロギアのような代物は、向こうの世界に存在しているのだから。

 はやてとしては、ある可能性に賭けている、それが彼女の望むとおりであれば、彼女がヴォルフラムに乗る必要はなくなるが、なんとなく”望み薄”だとも思っている。

 「もちろん貴女のことは必ず私達で守ります。どんな事が起こっても、貴女だけは守り抜くと誓います」

 かなり必死な様子のはやてを見て、なのはは申し訳なくなってくる。自分が来てしまったばかりに、この人に余計な気苦労をさせてるんだろうな、とその強い感受性で察していた。

 だから、なのはは少し冗談っぽく答えることにした。

 「わかりました、必ず守ってくださいね? 乙女の柔肌は繊細なんですから」

 そのなのはの答えに、はやてはかなりビックリした表情になった。そんな様子をみたなのはは、外したかな、と思い、言葉を続ける。

 「ご、ゴメンなさい、ふざけていいことじゃないですよね」

 なのはの様子にはやては忘我の状態から我を取り戻し、慌てて答える。

 「い、いや別に怒ったとかそういうことやないんよ、ただ、今の言い方とか表情とかが、ほんっっとうに桃子さんにそっくりやったから」

 「あ、はやてさんもお母さんのこと知ってるんですね」

 「うん、何度も会うてるで、あんな綺麗で明るい人はなかなか居ない…… と話が脱線しとるな、というかアカン、口調がまた素にもどっとる」

 「だから、構いませんよ」

 「そういうわけには…… いやもうええわ、ここまで来たら今更やな。ほんで、ほんまにええの? さっきも説明したけど、わたしらが追ってるのは殺人、強盗なんでもござれの凶悪犯なんやで、追いついたら、間違いなく戦闘になる」


 口調は砕けてるが、真剣な表情で再度問うはやて。この問題は管理局の、自分たちの都合で、それを本来被害者的な立場に居る彼女に押し付けて良いものではない。なのはがイヤだといえば、”高町なのは”の不参加の責任は負う覚悟はある。

 はやての剣幕に、なのはもまた真剣な表情になるが、返答は早かった。

 「はい、私は貴女を信じます、はやてさん」

 それは、はやてがよく知る「高町なのは」の瞳であった。真っ直な心で相手を信じる、その心がよく現れている綺麗な瞳。

 「……ありがとうな」

 「いいえ、こちらこそ迷惑をかけます」

 申し訳無さそうに笑うはやてに、相手を思いやる微笑を浮かべるなのは。出撃前の司令室だというのにどこか優しい空気がそこにあった。

 そしてなのはにある検査をしてもらうために、はやてはその準備をさせるためにリインに通信を入れ、もしかしたらなのはを危険な目に逢わせない事が出来る可能性を探るため、質問をした。

 「ええと、ちょっともう一つ聞きたいんやけど、ええかな?」

 「ん? いいですよ、なんでも聞いてください」

 「なのはちゃ、ンン! なのはさんは魔法を使ったこととかありますか?」

 もしこのなのはが魔力を持っていなければ、この女性が「高町一尉ではない」という証明になる。いくらリミッターを掛けても、0には出来ないのだから。

 「実は…… あります。お恥ずかしい話ですが、私9歳の時に魔法少女をやってたんですよ」

 そうして舌をだして可愛らしく言うなのは。その姿は同姓から見てもとても可愛らしいものだったが、その言葉ははやての心を抉った。

 (わたし、その”魔法少女”時代から、騎士甲冑変えてへんのや……)

 そして、この世界のなのはもほとんど意匠は変わっていない。ずっと「小学生時代の制服をアレンジした」デザインである。フェイトは結構大人っぽい落ち着いたデザインになってるが。

 「そ、そうなんか。ん? 9歳の時にってことは今はどうなん?」

 「やく、わかりません。ちょっと前なら使えないって言えたんですけど……」

 そう言って、なのはネグリジェの胸元から赤い宝石を取り出す。その宝石はなのはの掌で仄かに柔らかな光を放っていた。

 「レイジングハート……」

 「やっぱり、こっちの私も持っているんですか?」

 「ああ、持っとるよ、ただ、こっちのほうがちょう大きいかな」

 「今日の昼ごろだったんです、またレイジングハートが光りだしたのは、もしかして、私がここに来たことと関係があるのでしょうか」

 「無い、とは言えへんなぁ。この案件終わったらこの子を解析させてくれるかな、なんか分かるかも知れへんし……」

 「うーん、解析ってどんなことします?」

 「不安やったら、立ち会ってもらっても構へんよ、おかしなことはせえへん、と思う」

 最後の単語に一抹の不安を感じたが、とりあえずなのはは了承した。はやての方は、やっぱりこのなのはにも魔力はあるかな、という思いが確信に近づいていた。ただ、その魔力量がこっちのなのはよりかなり少なければまだ望みはある。

 そこへなのはの検査の準備が出来たことを知らせる通信が入った。

 「なのはさん、悪いけど、ちょっとした検査受けてもらえるかな、なんも危ないこととか無い簡単な検査やから。その結果によっては艦への搭乗はせえへんでもよくなるかも知れへんから」

 「え、あ、はい、わかりました」

 はやてのお願いにも、あっさりと笑顔で受け入れるなのは。やっぱりなのはちゃんやなぁ、とつくづくはやては思う。

 「ゴメンなぁ、知らない世界に来て不安ばっかなのに」

 そうして純粋に気遣いで言ったはやてに、なのはははやてが見たこと無い種類の笑顔で返事をした。

 「確かに、ここに来たばかりの時は不安で一杯でした、でも、そんな脅えてばっかりじゃいけないって思ったんです」

 「それは、どうして?」

 「私がお母さんだからです。実は子供が一人いるんです、その子に親がいない寂しい思いをさせるわけには絶対にいかないから、私は絶対帰らないといけなくて、それには前向きじゃないといけない、そう決めたんです。子供のためなら、お母さんはどんな事でも出来ちゃうんですから」

 その表情は母の顔だった。ああ、だから自分は目の前のなのはを、桃子さんソックリと感じたのだろう。無論こっちの世界のなのはも母親だが、同時に姉のような雰囲気もある。
 
 はやてがそう感心していると、なのはの表情がすこし変わる、母の顔から、ちょっと恥ずかしげな感じの、乙女の顔、とでも表現するべき表情に。

 「それに…… もし私がなにやってもダメでも、必ず旦那様が助けに来てくれるって信じてるから……」

 流石に言うのが恥ずかしかったのだろう、はやてから視線を外して頬を紅く染めている。

 (なんや、このなのはちゃんは、こっちのなのはちゃんよりも可愛い感じやな)

 「そかー、きっと素敵な旦那様なんやね」

 はやてが割りと思ったことをストレートにいうと、なのはは目を輝かせて語りした。

 「うん、クロノ君は凄いんだよ。頭はいいし、優しいし、声が素敵だし、顔も綺麗だし、髪もさらさら出し、気配りが出来るし、表情も柔らかくて素敵だし、あと……」

 延々と自分の夫のよい所を並べだすなのは、普通なら惚気話はまた今度、と言うところだろうが、今聞き逃してはいけない単語がなかったか?

 すかさずそのことを聞き質そう、と声をだしたはやてだったが―――

 「ちょっと待って、いまクロ「お待たせしましたー、なのはさん、こちらへどうぞですぅ」

 かなり狙ったようなタイミングでリィンが入ってきたので、はやての質問は遮られてしまった。

 「あ、わかりました。ええと、この子、いえこの方についていけばいいんですか?」

 「あ、ああ、うん、リィン案内お願いな」

 「はい、分かりましたです。はじめましてなのはさん、リンフォースツヴァイです、リィンって呼んでくださいです」

 「もう知っているし、貴女は”私”を知っているとは思うけど、高町なのはです、よろしくお願いします」

 「敬語はいらないですよ~、なのはさんにそうな風に言われると、なんだかこそばゆいです」

 「そう? それじゃあ、うん、そうさせてもらっていいかな」

 「ハイ! そうしてくださいです」

 「それじゃ、よろしくね、リィン」

 そうしてはやてにお辞儀をしてから、なのはとリィンは部屋の外へ出て行った。実はその際なのはは「この子、なんとなくフィリス先生に似てるかも」と思っていたりしていた。

 一方部屋に残されたはやては、なのはが言った言葉について深く考えていた。

 (えええ! 向こうの世界のなのはちゃんの旦那さまってクロノ君なん!? エイミィさんはどうしたんやろ? というかあの惚気のうちにクロノ君に該当しない項目があったような気もするし、クロノ君がいるならフェイトちゃんとかもいるんやろか? ああ、もうわからへん!)

 と、かなり混乱した状態にあったが、その直後入ったオペレーターから入った通信によって、自分がしなければならない仕事を思い出し、頭を切り替えることにした。

 この問題は、作戦が終わった後になのはちゃんからきっちり聞き出そう、と誓いながら。

 

 




 そうしてしばらく経った後、リィンがなのはの検査結果をもってやってきた。そして、その表情には困惑が浮かんでいるのがよく分かる。

 その表情を見て、はやてはどうやら結果は芳しくなかったか、と心の中でため息をついた。

 「なのはさんの結果なんですけど……」

 「やっぱり魔力はあったんやね」

 「……はい」

 まあ、そのことは確実だとは思っていた、ただ、その数値が低ければいい、と思っていただけだ。

 「それで、だいたいどのくらいなん? 個人的希望としてはこっちのなのはちゃんの1/3くらいやったら嬉しかったんけど」

 「そ、それが……」

 リィンの様子が少しおかしい、なにやら信じられないものを見たあとのような感じだ。

 「おんなじくらいだったとかかな」

 なのはの魔力保有量は管理局でも指折りだ。それと同等というのは、同質の存在であっても、やはり驚きだろう。だがリィンの表情はそんなくらいの驚きではない。となると

 「もしかして200万近いとか、フェイとちゃんとおんなじくらい?」

 フェイトの平均魔力量は206万、単純な魔力量で200万を越すとなると、次元世界でも指折りだ。

 そうはやては思ったが―――

 「平均で329万です」

 「はえ?」

 その考えは甘かったようである。たっぷり10秒間リィンの言葉を咀嚼し、ようやく頭まで届いたらしく大声を上げる・

 「ななな、なんやて! 329万? そんなんこっちのなのはちゃんの177万の2倍近いやないか!!」

 「はい、そうなんです!、わたしもはやてちゃんの250万以上の人なんて初めてみました!」

 ちなみに、6年前までなのはとフェイトは同等だったのだが、J・S事件の際になのはは限界以上の魔力を使い、その後遺症でリンカーコアの出力がそのまでより下がっていた。

 「いったい何者なんや、あのなのはちゃんは……」

 「わかりませんです、でも、これでやっぱり艦に乗ってもらわないといけなくなりましたね……」

 「そうやねー とりあえずそのこと伝えといてや……」

 ただでさえ気苦労が多い八神司令に、さらなる気苦労の種が追加されてしまった瞬間だった。
 


 
 

 


あとがき

なんか説明だらけになってしまいました。まことに読みづらいとは思いますが、温かい目で勘弁してやってください。
次回は、他の六課メンバーと顔合わせになると思います、たぶんそんなに長くはならないかなーと。
ついでに、今回出した魔力値は遊び心です。元ネタわかる人いるかな~、でもそこまでかけ離れていないのでは、とも思ったり。 

 



[28792] その3  優しい時間
Name: GDI◆9ddb8c33 ID:97ddd526
Date: 2011/07/17 11:24
 その3 優しい時間


次元空間、LS級航空艦 ヴォルフラム内部


 はやてから、申し訳ないがやはり乗って貰うことになった艦船を見たなのはは、その形状にやはり驚いた。どうみてもSF世界の乗り物で、昔クロノと一緒に見た、光の剣で戦う理力の騎士の物語で出てきそうな船だなぁ、と感心してしまう。

 そして案内された部屋はどうやら、乗組員の休憩所、というよりベッドルームのような部屋だ。次元航空艦はほぼ長期航海に出るので、こうした設備も充実している。なのはが宛がわれた部屋は割と広めで、ベッドは1つ、わりと大きめ。

 ちなみに彼女が知る由も無いが、この部屋は士官クラスの部屋である。通常の乗組員は2人一部屋、大型艦だと4人一部屋ということもある。つまりこの部屋は「高町一等空尉」に対して用意されたものだということだ。

 はやてたちの話だと、明日の昼ごろには例の凶悪犯と接触する予定であるそうで、それまではこの部屋でくつろいでくれとの事だった。もしかしたら、というかまず間違いなく尋ねてくる者も現れるだろうから、退屈はしない、とも言っていた。

 時刻はもう8:00をまわっている。まだ眠るには早い時間だが、彼女がここに来る前、つまりもとの世界では午前0:00だったのだ。眠気と、そしてこの事態に対する疲れも出てくる。少し休もうかな、となのはは考えてベッドに身を横たえる。

 「ん……?」

 すると太もものあたりに何かが当たる感触を覚えた。彼女はすぐにソレがなんであるかを理解し、ワンピースタイプの夜着に付けたポケットから一枚のカードを取りだす。

 S2U、本当の名前はSong To You

 歌を、貴方に。そんな意味が込められた、彼女の大切な人から貰った贈り物。貰った時は、それが彼と自分をつなぐ証であったし、彼と一緒になった今でも、絆の証として、レイジングハートと共にいつも肌身離さず持ち歩いている。

 なので、絶対に落とさないように、彼女の服にはどれにもすっぽりとカード状のS2Uが収納されるスペースを作っている。それは今来ている夜着も例外ではない。新品の服を買うごとに、彼女はチクチクと針を動かして収納スペースを作るのだ。

 ある時、その話をきいた姉の美由希は、口いっぱいに砂糖を含んだような表情をしていたという。

 明日になっても夜着のままで歩くわけには行かない。はやてからは作戦が始まったらシャマルという人の側に居るように指示を受けている。なんでもその人なら一瞬で自分をワープさせて安全な所まで送れるという。

 それがなんとも”魔法”らしい話だったので、なのはを少し安心した。彼女の中で、どうしても最初にみた”兵器”の印象が強かったので、こっちの世界でも”魔法”は”魔法”なんだな、と人知れず安堵していた。

 残念ながら、彼女のその安堵は半日後にまた、消えることになってしまうが。

 それはさておき服である、明日そういう状態のときに流石にワンピースのように見えるといってもパジャマでは常識的にも有り得ない。なので着替える必要があるので、なのはは備え付けのクローゼットを開けてみた。着替える時はこの中の物を着て良いと言われていたのだ。

 ここはそもそも”高町一等空尉”の部屋だったので、すでに彼女の衣類は運ばれていた。なのははいくつか見てみるのだが、どうやらここにあるのはすべて仕事用らしい。なのはとしては自分が普段着ているような服があるのが望ましかったのだが、よく考えれば仕事場にそうした服があるわけ無いか、と納得する。

 そして制服であろう服を着てみたのだが、そこで彼女は精神を揺さぶる衝撃を受けた、それもかなりの勢いで。

 胸が余るのだ

 胸が余ってしまっているのだ

 ”自分”が自分よりスタイルがいいという事実は流石にショックであった。他の部分はピッタリなのに、胸だけ余る。

 確かに自分はスタイル抜群というわけではない。だが人並みにはあるはずだ。それに余ってる分もそんな大きな差ではない。しかしショックなものはショックだ。
 
 このまま着続けるのは精神衛生上よく無さそうなので、元に着替えることにした、結局明日には着るのだから問題の先送りでしかないが、今は夜のなのだ、パジャマを着てなにが悪い。

 そうして着替え、精神を落ち着けせて居ると、部屋に誰か来た様で、ドアの向こうから声がする。

 「すみません、お邪魔してもいいでしょうか?」

 元気そうな女性の声だった。声の感じからしておそらく若い人だろう。

 「どうぞ、入ってください」

 断る理由が全く無いので、なのはは了承の返事をする。そして部屋に入ってきた女性を見て、今日何度目か分からないが目を丸くすることになった。

 「晶ちゃん!?」

 「え、え、ええと、なんでしょうか!?」

 その女性がなのは家族(血縁ではないがなのはの中では家族)の晶にそっくりだったので、思わず大声を上げてしまったため、入ってきた女性であるスバル・ナカジマも思わず素っ頓狂な返事をしてしまった。

 そしてそのスバルの反応から、自分の声で驚かせてしまったこと、そして無論この女性が晶ではないことを悟り、なのははあわてて謝罪する。

 「ご、ごめんなさい、知ってる人にそっくりだったから、つい大声を出しちゃいました。本当にごめんなさい」

 そう言ってペコペコと謝るなのはを見て、今度はスバルが目を丸くする番だった。こんな姿のなのはを見るのは初めてだったから、新鮮な驚きが彼女を包む。そしてそんな様子をみて、本当にわたしが知るなのはさんとは別人なんだな、と認識するのだった。

 「い、いえいえ、別に謝られるようなことは無いですよ! あの、あたしはスバル、スバル・ナカジマって言います。八神司令から話をきいて、僭越ながらなのはさんの話し相手を務めさせていただきます」

 そう言いながら敬礼をするスバル、尊敬する人のと異なる世界の同一人物の前で緊張してるのか、若干動きが堅かった。

 そんなスバルの様子をみて、なのはも落ち着きを取り戻し笑顔で応対する。

 「こちらこそ、お願いします。私のことはもう分かっていると思いますが、自己紹介しますね。ご迷惑を掛けてます、高町なのはです、よろしく、スバルさん」

 差し出されたなのはの手をスバルが握り慌てた様子で握り、その後お辞儀をし合って顔を上げる。

 なのははスバルに笑顔を向けていたが、スバルは自分をじっと見て、そのあと何だかポーっとした表情に変わっていくのを見て、少し不思議そうな顔になったが、やはり笑顔で尋ねた。

 「あの、どうかなさないました? あ、もしかして私の顔に何か付いてます」

 そういわれてハッと我に返ったのか、手をブンブン振りながら「何でもありません、とりあえず立ったままじゃなんですから、座りましょう!」といって自分は備え付けの椅子に、なのはにはベッドに座るよう促がす。

 実はこのとき、スバルは今まで見たことの無い雰囲気のなのは(別人であることを考慮すれば当然だが)に見惚れてしまった。優しい笑顔はスバルが知るものと同じだったが、言葉では言い表せない差異があったのだ。

 強いて言葉にすれば”落ち着き”だろうか。それは普段彼女が接する人々はあまり持っていないものだと、スバルには感じられた。

 座った直後は2人とも何を話せばいいのか戸惑いがあったが、口火を切ったのはやはりスバル、元々彼女は人懐っこい性格だ。

 「あの、なのはさん、慣れない場所で大変だと思いますが、あたしたちも出来る限りにことはしますから、安心してください」

 「はい、八神さんからも言われましたし、私は貴方達を信頼します、不安が無いといえば嘘になりますが、でも大丈夫です」

 実際、なのはは全面的にはやてを信頼していた。レンと似た雰囲気があったからかもしれないが、直感的に彼女は良い人だと察していた、これは母譲りの感受性によるものか、それとも父譲りの勘によるものか、それとも両方か。

 そんななのはの返事を聞いて、スバルも笑顔になる。

 「まかせてください! どんな事があっても、絶対守りますから!」

 「はい、絶対守られます」

 冗談っぽく言ういうなのはの返事をして、クスクスと笑いあう2人。もともと人当たりの良い2人だから、打ち解け合うのも早い。

 「スバルさんは、こっちの”私”とはどういう関係なんですか? やっぱり同僚さんでしょうか?」

 「一応今は同じ部隊ですけど、元々は違います。なのはさんは、ええとどうしよう、どっちもなのはさんだから、混乱しちゃう」

 「なんでしたら、私のことは名字とか、呼び捨てで構いませんよ?」

 「そんな! なのはさんを呼び捨てになんて出来ません! でも、そうですね、だったらこっちのなのはさんのことを”高町一尉”て言うことにします」

 「わかりました、じゃあそれでいきましょう」

 そうしてなのはは続きを促がすが、スバルは少し戸惑うような表情をしていた。それが気になったなのははどうしたのかと尋ねる。

 「どうかしました?」

 「いえ、それでですね、高町一尉が戦技教導官をしているのは聞きました?」

 「はい、八神さんからお聞きしました」

 「あたしもなのはさん……高町一尉の教え子の1人でして、あたしにとっては尊敬する憧れの人なんです」

 「はー、そうなんですか」
 
 自分と同じ存在を”尊敬する憧れの人”と言われ、なんとなく気の抜けた返事をしてしまうなのは。はやてから聞いたときも驚いたが、まさか”自分”が戦う方法を教える教官さんだとは夢にも思わなかった。未だに家族内ではもっとも運動が苦手ななのはである。

 それが今香港国際警防で働いてる姉のようなことをしているとは、そういえば父もSPの教官をしていたと母に教えてもらったこともあった。兄もまた然り。すると、自分もそういう才能があったり………しないな、うん、しない。少なくとも未だに逆上がりが出来ない人間にはまさに絵空事だ。

 きっと、この世界の高町一尉さんと自分とでは、何か(おそらく運動神経関係)が決定的に違うんだろう、と自分の中で整理するなのはだった。

 余談だが、笑顔が素敵な翠屋2代目を「ああいう人って憧れるよね」といっている風が丘や海鳴第二の女生徒は多かったりするのだが、その事実は当の本人は知らない。夫は知ってる、そしてひそかに喜んでる。

 「はい、それで…… できればあたしのことはスバルって呼び捨てにしてくれますか? できれば敬語もやめてもらって…… なんだかなのはさんに敬語を使われると落ち着かなくて」

 「あ、じゃあ、こっちの”私”はスバルさんのこと呼び捨てだったんですね」

 「はい、年齢も4つ離れてますし、一時期上官でしたし、階級も上ですので」

 「そうかー、後輩さんだったんですね。でもどうしよう、初対面の人をあんまり呼び捨てにはしづらいんですけど……」

 「ご、ごめんなさい馴れ馴れしくて、そうですよね、貴女とは初対面なんですよね」

 「いえ、実はさっきも言ったように、スバルさんは私のお友達、家族のように仲の良いお友達によく似てるので、あんまり初めて会った人という感じはしないんです。じゃあ、そうですね、その人のことは”ちゃん”付けで呼んでたので、スバルちゃん、でどうでしょう?」

 「ちゃ、ちゃんですか、わ、わかりました、それでお願いします」

 まさかのちゃん付けに慌てるスバル。21歳になってちゃん付けは少々気恥ずかしいが、このなのはに言われると、不思議とすんなり受け入れられた。

 「敬語のほうは、うん、晶ちゃんと話してる感じで話せばいいかな、じゃあ、改めてよろしく、スバルちゃん」

 「よ、よろしくお願いします」

 「それで、お話の続きなんだけど、スバルちゃんがしってる私の、高町一尉のこと教えてもらえるかな」

 「はい、ええとですね……」

 そうしてスバルは語りだす、自分となのはが出会った空港火災、なのはに救われた自分、なのはに憧れて入った管理局、機動六課の日々、とその後など、自分となのはに関係することを身振り手振りを加えて、実に熱心に。

 そんなスバルの様子に、時には驚き、時には笑い、時には苦笑いして聞いていくなのは。ただ、空港火災の際に助けられたくだりを聞いたとき、彼女の瞳に僅かな悲しみの色が写ったのは、似たような状況で命を落とした父を想ってのことだろうか。

 そして思う、この世界の私は凄いな、と。自分にはとてもできないことをやってのける、なんて勇敢な女性だろう、と。

 そのことをスバルに伝えると、彼女も満面の笑みで同意してくれた。ちなみに、スバルの話のなかでいつのまにか”高町一尉”から”なのはさん”に戻っていた。話し終えてからそのことに気づいて照れ笑いをしたのは余談か。

 「あたしの話はこんな感じですね、まあ、話そうと思えば一杯まだまだ話せますけど」

 「そうなんだ、でもありがとう、自分じゃないけど”高町なのは”のことをこんなに熱心に話してくれて」

 「いや~、ハハハ、と今度はわたしが聞いていいですか? なのはさんは今は何をされているんですか?」

 「私? 私は普通のお菓子職人だよ、まだまだ修行中の身だしね。こっちの私と違って凄い力も持って無いし」

 「じゃあ、魔法も?」

 「実はちっちゃな時はほんの少しの間だけ使えたんだけど、今はどうかな?」

 「もしかして使えるかも知れませんよ、いまからちょっと試し……」

 スバルがやや興奮気味に提案しかけた時、また部屋に訪れる人が現れたことを告げる声がした。

 「すみません、入ってもよろしいでしょうか?」

 若い男性の声だった。男性、というよりは少年から一歩前へ出た青年の声、という印象をなのはは受けたが。

 「アレ、もしかしてエリオ?」

 「知り合い? どうぞ、入ってください」

 なのはが返事を返すと、入ってきたのはやは高校生くらいの青年で、さらにその後ろに中学生くらいの女の子もいた。

 「あ、やっぱりキャロも来てたんだ。というかエリオ! また背が伸びたね」

 エリオというのが青年の名前で、キャロというのが少女の名前だろうとなのはは推測する。なんとなくだが、2人の間にはかつての自分とクロノのような、そんな絆のようなものが伺える。

 「はい、まあ、おかげささまで、と言うのも変ですけど」

 「わたしも、伸びてるんですよ…… ちょっとずつは」

 苦笑しながら爽やかな笑みを浮かべるエリオ青年と、ちょっと恨めしそうに膨れる。その様子が可愛らしかったので、子供が大好きのなのはは、キャロのことを早くも気に入った。

 「エリオ・モンディアルです、始めまして、高町なのはさん」

 「キャロ・ル・ルシエです。よろしくお願いします」

 そうしてなのはもまた自己紹介を済ませて、2人を座らせた。エリオはもう一つの椅子に、キャロは自分の隣に座らせる。

 「2人も、もしかして”私”の教え子さんなのかな」

 「はい、期間は1年間でしたが、本当に色々と教わりました」

 「はい、厳しかったけど、その分とてもためになりました」

 そうか、厳しいのか私は、そういえばお兄ちゃんもお姉ちゃんに教えてる時は厳しかったなぁと思い返す。スバルとの話を統合してみて推察するに、どうやらこの世界の自分は兄と姉を足して2で割ったような性格らしい・

 「そういえば、キャロは今回はティアと一緒に別件の方で動くんじゃなかったっけ?」

 「それなんですが、えと、その」

 なのはを見ながら言いよどむキャロの様子をみて、なのははおおよその経緯を理解した。

 「ゴメンなさい、高町一尉が居なくなったから、だよね?」

 その声を聞いて3人は驚いた。おそらく民間人であろうこのなのはがそういったことをいち早く理解するとは、驚き且つやっぱりなのはさんと同一人物なんだなぁと納得した。

 「で、でもなのはさんが気にすることなんか無いんですからね! なのはさんがこっちに来たのは何かの事故だと聞いてますし、責任を感じることなんか全然無いですから!」

 「そうです、不慮の事故であって、貴女が気に病む必要なありませんよ。本来なら、この艦に乗ってもらってるこっちが謝らなくてはいけませんから」

 手に握りこぶしをつくって力説する可愛らしいキャロと、しっかりと諭すように言うエリオのギャップが少々微笑ましかった。自分に詰め寄るような体勢のキャロの頭をそっと撫でて、なのはは微笑を浮かべながら礼をいう。

 「ありがとう、キャロちゃんにエリオ君、いい子だね」

 フェイトにされることは慣れていたが、なのはにこうしたことをされる事がほとんど無かったキャロは、ちょっとビックリして固まったが、すぐになんともいえない心地よさを覚えた。




 「スバルちゃんが今回は昔のメンバーの特別招集だって言ってたけど、普段2りはどんなお仕事をしているの?」

 そうして2人も交えて雑談が再開された。

 「辺境自然保護隊に所属してます」

 「自然保護区で管理する希少生物の生態系が狂っていないかとか、おかしな病気が流行っていないか、とか密猟者から動物さんを守ったり、とかが普段のお仕事なんです」

 自然がいっぱいでよい所ですよ、というエリオの言葉で、レンジャーさんのような感じかな、となのはは推察する。しかしある事に気づいてスバルに聞いてみる。

 「スバルちゃんはさっきレスキュー隊員だって言ってたよね、それで八神さんから聞いた話では凶悪犯を逮捕する作戦だってことだけど、3人とも普段のお仕事と全然違うような気がするんだけど……」

 自分で例えるなら、いきなりレンや晶の変わりに中華料理点や和食料亭の厨房にたてといわれたようなものじゃないかな、となのはは思う。お菓子職人だが喫茶店のシェフでもあるから、普通に料理は出来るが、その専門の道のプロには到底及ばない。せいぜい下ごしらえの手伝いをするくらいだろう」

 「管理局は人手不足なので、こうした召集もけっこうあるんですよ」

 言い出したらきりが無いので、そういって短く纏めるエリオ、体制に不満があったとしても、それをなのはに聞かせる必要な無い、と判断した彼だった。

 そうしたエリオをみて、なのははこの青年が、兄の親友である赤星勇吾さんに似てるな、と思った。爽やかな笑顔や颯爽とした動きが、昔よく家に遊びに来ていた時の赤星青年を髣髴させる。

 「でも、本当に背が伸びたよね、エリオ。あのちっちゃかった男の子が今ではあたしより大きくなってるんだから、時間が経つのは早いなぁ」

 しみじみと言うスバルの様子には、最初の頃の遠慮した様子がなくなっていた。また、エリオとキャロにしても初対面の女生と話すにしてはかなり打ち解けた様子だった。

 それは無論、”高町なのは”と話していることに起因するが、3人の中ではもっとも感受性の強いキャロは、目の前のなのはは自分が知るなのはより、さらに優しい雰囲気があるように感じられた。もっと言えば”母性”だろうか。

 「ハハハ、でもスバルさんも変わりましたよ。最初にあった頃よりもとても綺麗になりました」

 いきなり投下された爆弾発言に、一瞬停止したスバル、すぐに復帰を果たしたものの、若干慌てている様子がみえる・

 「な、何をいうかなこの子はもう、お世辞が上手くなっちゃって。そういう事はキャロかルーに言ってやりなよ」

 「お世辞じゃなくて、本当ですよ。スバルさん、前会った時と化粧変えましたよね」

 「え゛、なんでわかったの?」

 「一目瞭然ですから、でも、そのほうが前よりスバルさんに似合ってると思います」

 「そ、そうかな、アハハ」

 うん、間違いなく勇吾さんだ。このあまりにもナチョラルに女性を褒める事ができる特技は、学生時代のあの人も遺憾なく発揮していたものと同じだ、となのはは感じた。ちなみに、赤星が気づく女性のちょっとした変化は、兄の恭也が気づくことは一切全くなかった。

 と、そんな様子を見ていたキャロがちょっと膨れてる。その様子に母性本能を直撃されたなのはは、そっと後ろからキャロを抱きすくめて聞いた。スバルとエリオには聞こえないくらいの小さい声で。

 (エリオ君が取られちゃわないか、心配?)

 そのなのはの行動に驚くキャロだったが、やはりすんなりと受け入れてしまった。なんというか、彼女には人の心の壁をすぐに取っ払って和やかにさせる、不思議な雰囲気を持っている。

 (……はい、心配です。わたしはもう16歳になるのに子供っぽいし、ただでさえ強力なライバルもいるのに……)

 キャロが思い浮かべるのは紫の髪が美しい、同年代の少女。しかも”女”としての魅力は圧倒的に向こうが上なのだ。

 (でも、大丈夫、エリオ君が見てるのは貴女だから)

 「えっ?」

 なのはの言葉につい声が大きくなるキャロだったが、向こうの2人は聞こえなかったようだ。

 (どうして、そう思うんですか)

 (なんとなく、かな。単に、昔の私と旦那様は、きっと貴方達のようだったんだな、ってそう感じたから)

 その答えにキャロは喜びと驚愕を覚えた、驚きはむろんなのはが結婚していると言う事実に、そして喜びは夫婦になった2人の雰囲気に似てるということは、将来自分とエリオもそうなることが出来るのかな、ということに。

 そしてキャロはその結婚相手はどんな人なのか問おうとした時、彼女の心を鷲づかみにする事をなのはは口にした。もうこれ以上は声を潜める必要性がなくなったと判断したのか、声の大きさを戻して。

 「それに、キャロちゃんはきっとこれからもっともっと女の子らしい身体になると思うよ」

 「え、ほ、ホントですか!」

 「うん、少なくとも私はそう思う」

 なのはは何の根拠もなく言っているわけではない。彼女の記憶の中にそう思わせる要因があった。

 それははやてがレンに、スバルが晶に、エリオが勇吾に似ていたことから、キャロも自分が知っている誰かに似ている気がして、記憶の中を掘り起こしてみて分かった。

 それは、なのはの記憶の中ですぐイメージできる姿ではなく、何度か見せてもらった写真のなかいあったその人の姿にキャロは似ていた。

 綺堂さくら

 義姉である月村忍の、親戚の、忍にとっての姉のような存在。名字のようにとても綺麗な人で、落ち着いてた雰囲気の静かな印象が強いが、たまにするお茶目が本当に可愛らしい人である。

 そんなさくらは、今もスタイル抜群の美人だが、写真に残る高校性時代の彼女は、一見中学生に見えるほど小柄だった。

 夏のビーチのような場所で、小学生の頃の忍(本人はこの頃は可愛げのない子供だったなーと笑っていた)と、ショートカットが似合う茶髪の美人な女の子と(そのことをいったら何故かさくらはクスクス笑っていた)一緒に写る白いワンピースのさくらは、ちょうど今のキャロのように小柄だったのだ。

 しかし、今の桜はロングヘアが似合う美人で、身長も自分より高い。さくらが身体が女らしくなっていったのは高校3年、18歳になってからだという話だから、きっとキャロも女らしい身体になれる、となのはは思う。

 そうしたことをキャロに伝えると、少女は喜色満面の態で、うん、うん、これからこれから、と呟いて、元気がでました、となのはに礼を言った。
 



そしてまた4人で会話に戻る。依然キャロはなのはの腕の中にいるのは、なのは離さない為である。彼女の子供好きは母親譲りだろう。6年前のエリオとキャロを見て境遇を知ったら、即座に引き取っていたこと疑いない。

 「そういえば、なのはさん、最初にあたしのこと誰かと見間違えてましたけど、そんなに似てたんですか?」

 そのスバルの問いに、なのはは晶の姿を強く思い浮かべて、スバルと比較してみた。

 「やっぱり見た目は凄くにてる。でも晶ちゃん、あ、その人の名前なんだけど、とスバルちゃんを比べたら結構違う所は多いよ」

 「わたしも気になるなぁ、どんな人なんですか」

 キャロも交ざり、なのはは晶の人となりを述べていく。

 「性格は大雑把な所もあるけど、とってもしっかりしてる。ただ、すごく男の人っぽいところがあるの、というか並の男の人の2倍くらい漢気があるというか、とにかく気持ちいいくらいサバサバした性格だね。でも、作るお料理はとっても繊細で、やっぱり女の人らしい細やかな気配りもする人、かな」

 「聞いた感じでは、スバルさんとは少し違うタイプですね」

 エリオの言葉になのはも賛同する。

 「うん、スバルちゃんは可愛い感じが強いけど、晶ちゃんはカッコイイ感じが強いね、なんと言っても一人称が”俺”だし」

 「お、俺ですか……」

 自分と似た顔の人が自分を”俺”と呼んでいる事実に、スバルはなんともいえない表情になる。

 「空手、私の国での格闘技の一つなんだけど、それも凄く強いの。多分晶ちゃんより空手が強い女の人って、両手の指で数えるくらいしかいないんじゃないかなーって思うくらい」

 スバルはさらに考え込む表情になる、なんかそういう人物を自分はよく知ってるような……

 「凄い方なんですね」

 「僕が思うに、スバルさんよりノーヴェさんの方が似てるように思えましたね」

 「あーー!! それだよエリオ! 聞いた感じだとノーヴェにソックリな性格なんだ!」

 「スバルさんに顔が似てるってことはノーヴェさんとも似てることになりますしね」

 「ノーヴェ?」

 「あ、あたしの妹です。髪と目の色は違いますけど、それ以外はよく似てるって言われます」

 実際、ノーヴェの一人称を”俺”にしたら晶になる。

 「じゃあ、その晶さんは見た目はスバルさん、中身はノーヴェさんですか、うーん…… あ、わりと簡単に連想できた」

 「僕も」

 「あたしはちょっと自分のことなんで上手く連想できないなぁ」

 「ふふふ」

 

 なのはの微笑みにつられるように3人も笑顔になり話を続ける。明日の昼には命を賭した作戦が行われる艦内とは思えない穏やかな空間がそこにあった。



あとがき

 おかしい、話がどんどん長くなってる。当初の予定では1話完結の短編のはずだったんだが……

 だけど、この先は間違いなくあと2話で終わらせられる筈です。短編であることには変わりません。次はティアナとフェイトが登場、今回よりほのぼのとした話にはならず、割とマジメな話になる予定、なにせ執務官2人ですから。もともと1話に纏める所をまた2つに分けたから、次はきっと短めの話になるかと。



 

 



[28792] その4  たいせつなもの
Name: GDI◆9ddb8c33 ID:97ddd526
Date: 2011/07/22 14:06
その4 たいせつなもの




次元空間、LS級航空艦 ヴォルフラム内部


 凶悪犯を追跡中の次元航空艦の室内とは思えない和やかさで談笑していたなのはたち4人、気がつけば既に時計は10時を回っていた。

 「すごいなぁ、いつの間にこんなに時間がたったんだろう」

 「楽しい時間ってあっという間に過ぎていくね」
 
 時計を見て驚いたスバルの呟きになのはが応じる。他の2人も同意だと言わんばかりに首を縦に振る。

 4人はそれぞれ飲料のコップを手にしていたり傍らに置いたりしている、途中でエリオが食堂から持ってきたものだ。なのはは思いの外味が良かったことに驚いていた。こういうところの飲食物はもっと素っ気無い味かな、とイメージしていたのだ。

 「ところで、皆はこのあと何かお仕事あったりするの?」

 もしあるのであれば長々と引き止めて悪い事にしたことになる、なんだか今更だが、なのははふと気がついたことを確認してみた。

 「いいえ、僕は明日の朝に武装の調整と、その後に作戦の最終確認があるだけですので、今夜はもう休むだけです」

 「わたしも、このあとはもう眠るだけです」

 「あたしたちはこの部隊では前線メンバーなので、日勤、夜勤のシフトはありません。緊急出動はありそうですど」

 順番にエリオ、キャロ、スバルの回りで答える。

 「そうなんだ、やっぱり大変なんだね、凄いなぁ、皆私より年下なのに」

 「でも、喫茶店だってやっぱり大変ですよね?」

 ちょっと照れた様子でキャロが言うと、なのはは少し考える様子を見せた後、困ったような笑いを浮かべて答える。

 「そうだね、お昼のピーク時とかに『いちごパイ3つとチョコシューとバナナパイ、オールセットでアイスミルクティ・ダージリン・コーヒー各2つとアールグレイ! ランチパスタ6つで3つがデザートセット。コーラ2つにアイスコーヒー2つ、レモンティーにオレンジジュース! あ、アップルパイ焼き立てをお持ち帰りで!』 なんてやってると流石に大変かな」

 そのなのはの言葉に、聞いていた3人の時が止まった、はっきりいって、おそらくお店のメニューを言っていたのだろう、ということしか分からなかったし、その内容は覚えていない。それを淀みなく言えるなのはは、ひょっとして魔導師以上にマルチタスクを持っているのでは?と疑ってしまうのも無理からん事だった。

 しかし、人気の喫茶店の店長(代理)たるもの、これくらい出来なくて話にならない。母の桃子はこの2倍のオーダーにしっかりと対応しているのだから。

 と、そこへ3度目の訪いを告げる声が掛かった。スバルがおそらくティアだろう、と言ったので、部屋に入るように促がす。

 既にティアナのことはこの2時間で聞いている、彼女もまた”自分”の教え子の1人であり、スバルの話ではもっとも高町一尉の技術を吸収した努力の人との事だ。

 果たして入ってきたのはやはりティアナ・ランスターだった。

 「お邪魔します、ってアンタたちも来てたのね、久しぶり、エリオとキャロ」

 「はい、お久しぶりです」
 
 代表してエリオが答え、キャロも無言で頭を下げる。

 「そしてはじめまして高町なのはさん、ティアナ・ランスターと言います。どうぞよろしくお願いします」

 こちらこそ、といって握手をかわす2人。なのははティアナの一連の動きが凄く洗練された動きであるように感じ、改めてティアナのことを観察する。

 黒い女性用のスーツをピシッと着こなしている様子は、”できる女”という印象がしっくり来る。スーツに皺一つないのは、おそらく彼女の妥協を許さない性格が現れているのだろう。

 彼女のことを見て、なんとなく神咲那美の姉で、神咲一灯流の達人でもある神咲薫を連想した。間違いなく自分に厳しいタイプだろうと推察。

 「というか、流石にこの人数はちょっと多くない? スバル、アンタいつからお邪魔してるのよ」

 「えーと、多分2時間前くらい」

 もともと艦内であり、士官用の部屋とはいえ、通常の家よりはつくりは狭い。そこに大人5人は少々人口密度が高いだろう。

 「別にいいと思うな、私はなんだか学生時代にやってたパジャマパーティみたいで楽しいよ」

 この部屋の主(厳密には同一存在)がそう言えば、ティアナもそれ以上は言わない。元々思ったことを口に出しただけで、文句を言うつもりはなかった。

 そこへ、ぐ~、というやや気の抜けた音がした。発信源を辿ってみるとスバルのようだ、厳密に言うとスバルのお腹のようだ。

 「アハ、アハハは、夕飯早めだったから、もう燃料切れ起こしちゃった……」

 顔を紅くしながら照れ笑いする親友の様子に、ティアナは怒る気にもなれず、アンタねぇ……と呆れるのみ。

 「あ、もしここにキッチンがあって使ってもいいなら、私がなにか作ってこようか?」
 
 そこへなのはが提案をだす。こういうときこそ喫茶店の看板娘兼店長(代理)の腕の見せ所、というかここに居て自分に出来ることといったらそれくらいしか思いつかない。

 そしてその言葉を聞いたスバルは一瞬にして目を輝かせた。

 「でも、なのはさんはお客さまみたいなものですから、そういうことをさせるのは……」

 キャロがそういうと、意外な所から反論がきた、ティアナである。

 「う~ん、そうね、あたしは別にいいかな、と思うわ。軟禁してるわけじゃないし、八神司令もその辺は了承済みだと思うし」

 「そうですね、僕もいいかと思います」

 エリオも賛同し、とりあえずなのはの夜食つくりが決定した。


 艦内 厨房

 艦内には食堂があり、大型艦の場合はもっと大きいが、ヴォルフラムは中型艦なので、それほど大きくはない。けれど翠屋の厨房ほどの大きさのキッチンだったので、なのはにとってはこのくらいの大きさがもっとも使いやすい。

 スバル、ティアナ、エリオの3人を部屋に残し、キャロを連れて食堂にやってきたなのはは、早速キャロに機器類の使い方を教えてもらい、調理を開始した。

 ちなみにキャロを連れてきたのはなのはのご指名である。よほどキャロが気に入ったようだ、子供好きの高町の血のなせる業か。

 そのキャロは、たった一度、しかも自分でも上手とは思えないたどたどしい説明を聞いただけで、調理器具の使い方を覚えてしまったなのはに、畏敬の眼差しを送っていた。しかもその調理の早さが並ではない、ほとんど立ち止まる事がないのだ、全くと言っていいほど無駄のない動きだった。

 なのはは尊敬する女性であるし、彼女の料理がおいしいことも知っていたキャロだが、ここまでの凄さはなかったように思える、やはりプロとアマの違いか。

 もう夜なので、消化の良いものがいいだろうということで、なのはが作ったのはスパゲティ・プッタネスカ、今春の翠屋の新メニューである。量はスバルの胃のことを考慮して10人分作った。

 「よーし完成、じゃあお皿に盛り付けて持っていこう、っていっても量が多いから2回に分けないとダメかな?」

 「あ、それだったらエリオ君にも来て貰いましょう【エリオ君、ちょっと量が多いから、運ぶの手伝ってくれる?】」

 「今ひょっとして”念話”っていうのをしたの?」

 「あ、ハイ、エリオ君とはどんな時でも通信が繋がるようにしてるので」

 「ラブラブなんだ」

 「そ、そういうわけでは……あってほしいです」

 最後のほうはゴニョゴニョとした声になってしまったが、無論なのはにはしっかり聞こえている。真っ赤になって俯いているキャロが可愛くて仕方がないが、この場で抱きつくことは自制した。

 「そ、それはそうと、これなんていうお料理なんですか? 割と見たこと無いスパゲティですけど」

 ケッパー、ブラックオリーブ、それにアンチョビなどが冷蔵庫にあったので、なのはが作ったのはイタリアでは割と定番のパスタだが、キャロには馴染みがなかったようだ。

 「これはね、プッタネスカっていうんだ。意味はたしか”娼婦風スパゲティ”」

 なのはの返事におおッっという表情になったキャロだったが、すぐに冗談っぽく質問した。

 「じゃあ、なのはさんは一晩おいくらなんですか?」

 なかなかおしゃま(なのは的には)なキャロの言葉になのはは一瞬驚いた風だったが、彼女だってもう16歳だ、ということを思い出しすぐに笑顔で答える。

 「んー、10万でどうかな♪」

 通貨単位は異なるが、幸いなことにミッドと日本の貨幣価値は同等だったので、互いに冗談が通じた。尚、おそらくここにノリがいい司令官がいたら「買うた!」と即座に言っていることだろう。

 「キャロちゃんなら、タダでもいいよ、だから今夜一緒に寝ない?」

 言葉どおり捉えるならなにやら妖しい雰囲気の言葉になるが、無論性的な意味合いは全く無いことはキャロにも分かったので、う~んと考えた後、今日は止めておきます、作戦が終わったらいいですけど、と返事をした。

 必ずだよ、となのはが言ったとき、エリオがキッチンに入ってきたので、3人で料理を持って部屋に戻ることにした。


 

 「おいしいー!」

 到着した料理を口にするなり、スバルが感動の声を上げる。そんなスバルを嗜めながらティアナも料理を口にし、おお、これは、とスバル同様に料理の味に満足しているようだ。

 「すごいですね、短い時間でこんなにおいしいものを作れるなんて」

 「うん、すごいかっこよかったんだよ、エリオ君にも見せてあげたっかたな」

 「アハハ、そんなにたいしたものじゃないよ。でもティアナさんやスバルちゃんにも気に入ってもらってよかった」

 そうして和気合い合いと料理を食べていく5人。その様子はやはり出撃中の前線メンバーには思えない。

 「こうしておいしい料理を食べて寛いでると、なんだか疲れが出て来ちゃったな……」
 
 食後少し経った時、ティアナがそう言いながらすこし体性を崩す(椅子が足りなくなったので、なのはが料理を作って理間にスバルが厚手のカーペットを持ってきたので全員床に座ってる)、その顔にはたしかに疲労の色が見えた。

 「よかったら、ベッドに横になりますか?」

 「いえ、そこまでさせてもらうわけにはいきませんし、まずくなったら自室にもどりますよ。……それと、どうしてあたしには「さん」付けなんでしょうか、しかも敬語まで……」

 「え、なんとなくですけど、ダメでした? なんだかティアナさんは年下のような感じがしなくて」

 「ああいえ、別に構いませんけど、やっぱりどうも違和感が」

 「無理言ったらダメだよティア、ここは妥協しよう」

 「そうね、わかりました、そのうち慣れる……かもしれませんし。大丈夫です」

 「ありがとうございます、ティアナさん」

 そうなのはに礼を言われると、余計に戸惑うティアナだった。まさか自分があのなのはに敬語+さん付けされるとは夢にも思わなかったのだから。

 「あの、ティアさん、疲れてるのでしたら、わたし治しますよ?」

 「うん、キャロのヒーリンング、久しぶりにお願いするかな」

 キャロはティアナの側まで移動し、ケリュケリオンを起動させてティアナの治療を開始する。キャロの手から発せられる柔らかな光がティアナの身体にあたり、そうすると、お゛お゛お、きくぅ~、と乙女らしからぬ声がティアナの口から漏れる。

 そんな様子を見たなのは感心し、そのことをエリオに伝える。

 「すごいねキャロちゃん、本当に魔法使いさんなんだ」

 「キャロはフルバックですから、ああいう補助や治療が得意なんです。一言で魔法といっても、攻撃、移動、通信、治療と幅広いですけど、キャロは本来召還師ですが、結構なんでも出来ますよ」

 一通りそれぞれの得意分野やこの世界の魔法のことを、今までの2時間で聞いていたなのはだが、やはり百聞は一見、聞いた感じではこの世界では魔法=技術のような印象だったが、目の前の光景は、彼女がよく知る”魔法”の姿だった。キャロのケリュケイオンの光は、レイジングハートの光に通じるものがある。

 「わあ、かなり疲れが溜まってますよティアさん、やっぱり執務官はハードなんですね」

 治療しながらキャロがティアナに問う。

 「そうね、それもあるけど、さっきまで”カノン”の調整してたから、慣れない事やってた所為ってのが大きいかも」

 「そうか、明日の主砲役はティアさんが代わることになったんでしたっけ」

 「流石に”フォートレス”は無理だけど、”カノン”ならある程度バッテリーがあれば撃てるし、複雑な術式とかも一切無いから、調整だけ終わらせれば問題無しよ」

 「つまり、”フォートレス”無しってことは、あたし達突入隊に掛かってるってことだね、頑張ろう、エリオ」

 「はい、スバルさん」

 その会話を聞きながら、ティアナが本来乗るはずではなかったここに居るのが自分の所為だと分かっており、謝罪したいが既に何度も「謝らないで下さい」と言われているので、なのはは言葉を飲み込む。

 そして会話のなかに出てくる”カノン”というのはあの最初に見た大砲のことだろうか、と思った。今目の前で行われているキャロの”魔法”と違い、アレからはこういう不思議で暖かい感じが全く無かった。

 治癒の光は暖かで、その光が発せられてる少女の手は柔らかく、触れられると心地いい。

 でも、あの大砲のメタルの光は冷たく鋭利で、固い金属の感触は重苦しいイメージしか持てない。

 しかも、今の会話から察するに、あの大砲は”バッテリー”さえあればある程度は撃てるという。それは、普通の銃とどう違うのだろうか、と彼女は疑問に思う。

 なのはがそんなことを考えていると、急にスバルが大きな声を上げた。

 「そうだ! そういえば皆が来る前に言いかけてたんだけど、なのはさんてこっちの魔法使えるのかな!?」

 「ふえ?」

 スバルのいきなりの疑問に、つい間が抜けた声を出してしまったなのは。一方でほかの3人はそのスバルの言葉に興味ありげな様子だ。

 「八神司令の話だと、魔力はあるんですよね」
 
 「確かにちょっと気になりますね」

 「もし、イヤじゃなければ、試してもらってもいいですか?」

 キャロ、エリオ、ティアナも乗り気なのか、なのはに魔法試行を勧めてくる。

 「えと、デバイスは、持ってないですよね」

 「キャロちゃんのソレみたいなの? 一応はあるけど……」

 なのははレイジングハートを胸から取りだし、4人に見せる。なお、取り出す時に胸元を開いたので、エリオは即座に視線を移した、紳士である。

 「レイジングハート…… だけどちょっと違う?」

 「セットアップとか出来るの? ねえレイジングハート?」

 赤い宝石に話しかけるティアナとスバルの様子が不思議だったのか、キョトンとした表情になったなのは。そんな空気を読んだのか、ィ今までずっと黙っていた者達が話に参加した。

 『マスター、そのレイジングハートは私たちが知る彼女とは大きく違うようです。おそらく我々インテリジェントデバイス、というよりこの世界のデバイスとは異なる存在なのでしょう』

 「!? マッハキャリバー、ほんと?」

 『ハイ、機械的な信号を一切感知しませんので』

 1人と1機(なのは視点では青い宝石)の会話に驚いた様子のなのはに、ティアナがこの世界のデバイスについての説明を行う、聞き終わったなのははかなり感心した様子でマッハキャリバーを眺めていた。

 「魔導師の特性によってデバイスの形状も大きく変わります、ね、皆」

 そういいながらティアナはクロスミラージュを展開し、スバルたちもソレに倣ってそれぞれ待機状態からもとに戻す。

 形も種類もバラバラの彼等の相棒をみて、なのははさらに感嘆の表情になる。

 「うわぁ、すごい……」

 「僕ら魔導師は、基本的にデバイスなしでは大した魔法は使えません。全く出来ないわけではありませんが、格段に性能が落ちます」

 「まあ、中にはデバイスなしで、当たり前のように魔法を使えちゃうような人もいるけどね……」

 ティアナの脳裏に浮かぶのは、無限書庫の司書長。彼女にとって彼は、ある意味なのはやはやてよりも非常識な存在であった。9歳の時に地上から惑星軌道上の艦内に、人間4人を転送したという話を聞いた時は、おもわず「ば、化け物」と呟いてしまったほどである。

 「それに、デバイスがあれば何でも出きるわけじゃないですしね、しっかりと訓練しないと危険ですし、じっくり使い込まないとこの子たちの性能をきちんと活かしてあげる事が出来ませんから」

 兄や姉の剣術のようなものだろうか、となのはは思う。あれも小太刀を持てば強くなるわけでは決して無い。毎日修練を積んで、心身ともに鍛え上げたから強いのだ。

 となれば、この世界の魔法は技術+武術のようなものなのだろうか、そして剣術同様、強くなるためにはしっかりとした練習が必要であるらしい。エリオのデバイスは槍だから、兄たちのそれとイメージを合わせやすい。

 しかし、だとしたら尚更あの”大砲”が異質に思えてくる。同じ”武器”の形をしてるのに、エリオの槍やティアナの銃には嫌な印象がないのに、アレからは冷たい印象しか持てなかった。

 それに、先ほどティアナは「バッテリーがあればある程度は撃てる」と言っていた、それはつまり、あらかじめ充電しておけば、そのエネルギー分は誰でも撃てるという事なのでは……?

 そこまで考えたが、それを自分が考えても無為だろうと思いなおし、あの大砲の存在を頭から閉め出し、再び会話に参加する。

 「じゃあ、あたしたちのデバイスでセットアップ可能かどうか試してみません?」

 「せっとあっぷ?」

 聞いた事が無い単語に首を傾げるなのはに、キャロがセットアップの概要を説明する。

 ふんふん、なるほど、と聞いているなのはに、スバルは一回見たほうが早いかも知れませんね、と言ってセットアップを開始。一瞬光ったかと思えば、そこにはバリアジャケットを纏った状態のスバルがいた。

 「これがセットアップです…… ってあの、なのはさん? どうかしました?」

 なにやらバリアジャケット姿になったスバルみて驚いたなのはだったがを、その後はじーっと食い入るようその姿を見ている。それもかなり真剣な視線だ、そんななのはの様子にスバルはちょっと怯んだ。

 自分はなにかおかしなことをしただろうか?と思っていると、なのはがやはり真剣な声でスバルに尋ねた。

 「ねえ、スバルちゃん、スバルちゃんは魔法を使うお仕事の時は、いつもこの姿なの?」

 「ええと、そういう訳じゃありませんけど、戦闘訓練や実戦とかではこの姿ですね」

 「そうですか……」

 なぜか敬語になっているなのは、そんな彼女の様子に、いつの間にか他3人も居住まいを正している。

 「いいですか、スバルちゃん」

 「はい!」

 声の感じは怒っている感じは無い、ただ真摯な雰囲気があるため、口をはさむことは誰にも出来ない。

 「女の子が、あまり人前でおへそをだすのは感心しません」

 「は、はい!」

 勢いよくスバルが返事をすると、なのははそっとスバルの腹部を撫でるように触り、表情を慈しみに溢れた表情に変え、優しい声で言い聞かせる。

 「それにね、女の子のココは、子供を育てる大事な場所なんだよ? だから、絶対に怪我なんかしちゃダメだから、ちゃんと守ってあげないと」

 わかった?という風にニッコリと笑うなのはに、スバルは首を縦に振ることしか出来なかった。その優しげで綺麗な瞳に心が吸い込まれてしまったかのように声が出てこなかったからだ。

 この作戦が終わったらバリアジャケットのデザイン、変更しよう、と誓うスバルだった。厳密に言えば腹部のバリア機能を強化させればいいのだが、彼女はそこまで気づかなかった、というか21歳でへそだしはそろそろ卒業しようかな、と思っていたこともある。

 その後、ティアナがクロスミラージュを渡してなのはにセットアップを試みさせたところ、出来ないということがわかった。

 クロスミラージュの話だと、なのはの保有する魔力は膨大だが、自分(デバイス)たちが普段扱っている魔力と質が異なるらしい。同じ電波でも、周波数が変われば全く別のものになるように。

 その事実にちょっと残念に思ったなのはだったが、自分がまた魔法を使うことがあれば、そのときはやっぱりこの子を使うんだろうな、と胸の宝石に触れた。

 そうしているうちにさらに1時間経ち、流石にそろそろお開きにしようか、というところへ最後の訪問客がやってきた。 

ティアナのときと同様に、おそらくフェイトだろう、とスバルが言ったところ、やはり入ってきたのはフェイトだった。お邪魔します、と言いながら入ってきたフェイトを見るなり、今までで一番の大声をあげるなのはだった。

 「くーちゃん!!?」

 「え、ええ?」

 果たしてフェイトの反応は「晶ちゃん!?」と呼ばれたときのスバルと同様のもの、いきなりことについていけずに混乱していた。

 「ど、どうしたんですかなのはさん、いきなり」

 そんな様子の2人にティアナが問いかける、同じく驚いた4人の中で、もっとも早く復帰したのがティアナだった。

 「あ、ごめんなさい、またやっちゃった。その、貴女が知っている友達に似ていたものですから……」

 申し訳無さそうに謝罪するなのはに、フェイトは、いいえ、気にしてません、と少々困惑気に答える、彼女もまた、なのはから敬語で呼ばれることに違和感を覚えていた。

 「でも、そんなに似ていたんですか?」

 「そうですね、綺麗な長い金髪と雰囲気がとても似てます……」

 その見間違えた久遠が狐であることは黙っていた。

 スバルはその一連の流れを眺めながら、自分のときも第3者視点ではこんな感じだったのかなー、と少々暢気に思っていた。

 そしてなのははティアナと同じ黒い執務官の制服に身を包んだフェイトを、やはり”できる女”だと推察した、なんとなくティアナが”技”で、彼女が”力”タイプのような気がする、直感したのは、父方の血によるものか。

 「改めてはじめまして、高町なのはです」

 手を差し出して微笑むなのは、親友(と同じ顔、同じ声)にはじめましてと言われることに、若干の寂しさを覚えるフェイトだが、握手に応じながら、微笑みを返し自己紹介をする。

 「フェイト・T・ハラオウンです、よろしく」

 だが、その言葉がこの人口密度がかなり高くなった部屋を、驚愕で埋め尽くす発言の呼び水になるとは、誰も予想してはいなかった。

 「え、ハラオウン?」

 「知っているんですか? なのはさん」

 今までの3時間の談笑のなかで、彼女がミッドチルダの、次元世界のことをほとんど知らないことがわかっていたスバルたちは、そのことをかなり意外に思い―――

 「うん、私の旦那さまの前の名字」

 そのなのはの爆弾発言によって、そんな”意外さ”は吹き飛び、かわりに驚愕一色に染められ、5人同時に絶叫を上げてしまったのだった。

ちなみに、なのはがクロノと出会った当事はハーヴェイと名乗っていたが、それは母、リンディ・ハラオウンと決別した際にけじめとしてハラオウンの姓を変えていたためであり、母と和解し、なのはと再会したときにはハラオウンと名乗っていた。

 そして現在時刻はPM11:00過ぎ、そんな時刻に艦内で大声を出せば当然、

 「うるせーぞテメぇら! 今何時だと思ってやがる!!」

 隣人から苦情がくるのは当たり前だ。怒りの形相で現れたのは、シャツ姿のヴィータだった。

 「だ、だってヴィータ、なのはが、結婚してて、それで」

 言葉を上手く繋げられず、何を言っているのか分からないフェイト、ヴィータにとってもココまで慌てるフェイトは久しぶりだ(執務官姿の時では初めてかもしれない)。

 「なのはさん、結婚してたんだ……」

 「それに”ハラオウン”姓の男性って言えば必然的にクロノさんって事になりますよね…」

 「でもなんとなく分かるような気もします」

 「ん? それってどういうこと?」

 「なんとなくなんですけど、こっちのなのはさんより、家庭的な雰囲気がありましたから」

 「なるほど」
 
 スバル、エリオ、キャロ、ティアナ、もう一度キャロの順に発言、そうしているうちに、フェイトはヴィータになんとか説明を終えたらしく、ヴィータもなにやら難しい顔をしている。

 「あ~~、なのはがクロノ提督と結婚してるのか、そりゃ確かに驚きだわな、ん~~、まあ、あれだ、そういうこともあんだろ。とにかく夜ももう遅えんだ、明日は多分決戦になるんだから、お前らも早く寝ろよ、話は作戦が終わったらじっくり聞けばいいだろ」

 容姿は幼くても彼女は歴戦の騎士、明日には何が控えていて、自分がそのためにすべきことは何かを、しっかりと把握している。そんなヴィータの言葉に、フェイトをはじめとした5人は、確かに、と局員の公人としての顔に戻り、そろそろお開きにしようか、と動き出す。

 「おうそうしろ、じゃ、また明日な。なのはもお休み」という言葉を残してヴィータは部屋に戻り、5人もまた部屋の片づけをはじめる。

 既に夜もかなり更けているので、なのはもそろそろ皆眠ったほうが良いだろうと考え、片づけを手伝う。

 だが、そこでフェイトが一つ連絡事項があったことを思い出し、その内容を話し出す。

 「そうだ、スバルに言っておく事があったんだ」

 「あたしにですか? あ! ひょっとして」

 心当たりがあるスバルは、期待と不安が入り交じった表情で、フェイトに話の続きをお願いした。

 「うん、トーマのこと。高い確率で”フッケバイン”に乗ってる」

 「そうですか……」

 思いつめたような表情になったスバルの様子を見て、ティアナに何事かと尋ねるなのは。ティアナは少し考えた後、ごく簡潔にスバルが気落ちした原因を説明した。

 スバルの弟分が、事件に何らかの形で関わっており、現在凶悪犯の移動拠点に乗っているだろう、ということを。

 聞き終えてからもう一度スバルのほうをみると、不安に押しつぶされそうな顔をしていた。そのトーマという少年が心配でならないが、もしかしたら敵になってしまうのかもしれない。もしそうなったら自分はどうすべきか、はっきりとした答えはスバルのなかでまだ出ていない。

 自分はきちんと任務を遂行する。それは出来る、そのための訓練は心身ともにしっかりやってきた自負はある。でも、もしあのかわいい弟分がひどいことになっていたり、万が一敵になったりしたら、自分はどうすべきなのだろうか。

 なるべく考えないようにしていたが、一度考え出せばきりが無くなる。なので今はトーマのことは頭から閉め出し、フッケバインを捕らえることのみに専念しようと決意しかけた、そのときだった。

 穏やかな、そして心の奥底まで響くような声が、彼女に届いたのは。

 「迷ってるんだね」

 なのはだった。その声と表情は、スバルが、そして他の4人がよく知るなのはのものであるようでありながら、やはりどこか異なる雰囲気を纏っていた。

 「スバルちゃんは、迷ってるんだね、その子と会った時に、そうであって欲しくないときに会っちゃったとき、どうしたらいいか」

 その通りだ、どうして分かったのだろう、とスバルが不思議に思ってると

 「そんな迷子のような顔してたら、すぐに分かるよ」

 と、子供をあやす母親のような表情で、そっとスバルの前まで移動し、スバルの目をジッと見つめながら、さらに言葉をつむいでいく。

 「だから、そんなとき、そうすればいいのか教えてあげる」

 言われているスバルも、回りで見守る4人も、誰も声を出せずに、なのはの言葉の続きを待つ。今のなのはを邪魔するのは、なにか神聖なものを冒涜するような、そんな禁忌感さえ覚えていた。

 「スバルちゃんにとって、何が一番たいせつ?」

 「一番……」

 「任務を果たすこと? そのトーマ君を助けること?」

 どちらだろうか、とスバルは自分の思考に埋没する。もし、もしもトーマの救助とフッケバインの捕縛、どちらかしか出来ない状況になったら、自分はどちらを選べばいいのか。

 公人としては捕縛、私人としては救出を、それぞれ優先させるという気持ちがある、でも選べない、今選べと言われても選べない。だから、もしそういう状況になっても果たして的確な判断が出来るだろうか。

 思考の網に捕らわれている所へ、なのはの声が続く。

 「迷ってるなら、大切にするのは自分の、気持ちだよ」

 「気持ち……?」

 「うん、特に、”好き”っていう気持ち。トーマ君を助けたいのは、その子のことが好きだからだよね、”好きだな”って思えるものは皆大切になるもの。だから、その気持ちを大切にして? そうすれば、きっと迷わずにいられると、そう思うんだ」

 それは公人ではなく私人としての心情を優先するということ、それは管理局員としてはいいことだろうか。

 でも―――

 迷って何も出来ないまま終わるのだけは、一番しちゃいけない。だから、そうした時は自分の、自分の気持ちに、大切なものを守りたいという気持ちに従う。

 それでいいのだ、と微笑みながらなのはは言った。そうすればきっと上手くいくよ、と。

 「私は迷う事があると、ずっとそうしてきたんだ、だからこれは経験則。思い出も、優しさも、全部”好き”っていう自分の気持ちから始まるの」

 なのははスッとスバルの胸に手を置き、優しく語りかける。

 「あなたのココはなんて言ってるの?」

 ココ、すなわちスバルの心。立場とか、責務とか、そういうことを考えない、スバル・ナカジマという1人の女の素直な気持ちは――

 「……トーマを、助けてあげたい、また家であの子と一緒にゴハンを食べたいです」

 知らぬうちにスバルは涙を流していた、こうして状況で人前で泣くのは、いったいいつ振りだろうか。でも、この女(ひと)の前なら、自然と恥ずかしくなく、涙が出てくる。

 「そうだよね、それでいいんだよ」

 なのはは泣いているスバルを包むように抱きしめる、その様子を見ていたフェイトには、その姿がなのはの母の桃子と重なった。そして、自分の義母であるリンディとも。

 高町一尉はどんな時でも皆を勇気付ける、まさに不屈の心をもつエース。空を己のものの様に自由に舞うその姿は、周囲のものを奮い立たせる戦乙女の如くだ。

 だけど、今目の前に居る女性は、悲しいことも辛いことも、全てを包み込んで安らぎを与えてくれるような、そんな天使のような雰囲気を漂わせている。

 しばらくその光景を眺めていたフェイトだが、スバルの涙が止まり、なのはの包容から離れた時に、思っていることを口にした。

 「素敵な考えだね」

 短いけど、心からの彼女の言葉、なのはの言うとおりの、自分の気持ちをそのままにした言葉。

 その言葉を受け取ったなのはは、片目をつぶってウインクしながら、お日様のような笑顔で

 「……ナイスでしょ?」

 と答えた。










 その後、スバルを連れてティアナが部屋を辞して、エリオとキャロもお休みなさいと挨拶して、自分たちの部屋に戻っていった。

 そのあと30分ほどなのははフェイトと話していた。その内容は高町一尉の私生活に関するもので、フェイトと同居していること、ヴィヴィオという少女を引き取って娘にしていることなどのことがほとんど。なのはは是非その少女に会いたいと思った。

 その際、なのはも自分にも子供が居ることを話すと、フェイトはああ、となにやら納得した表情になった。

 このなのはは正真正銘の”母”なのだ、自分のお腹に子供を宿し、育て、この世に産み落とした。なにかの本で読んだが、女性は出産を経験すると、”女”から”母”になるという。

 自分が感じた差異は、それに起因するのかもしれない、という思いを抱いた。たしかに、エリオとキャロは自分のことを”母”ではなく”姉”として接しているように感じられる。

 ヴィヴィオはどうかな、母と思ってくれているだろうが、同時に姉としても思っているような、そんな風に思えてくる。


 そのあたりをもっとなのはと話したいと思ったが、時刻は既に日付が変わろうとしていたので、就寝することにした。なのはもまたフェイトともっとおしゃべりしたかった、明日のことを考えるとそう無理を言うわけにはいかないと自制した。

 ヴィータの言うように、作戦が終われば、じっくりと話すこともできるのだから。



 そうして新鮮な驚きに溢れた日が終わり、いよいよ明日は対フッケバインの作戦が開始されることとなる。

 
  
 
 
あとがき

 おかしい、話がどん(ry

 ソレはさておき次回が最終回です。今回の話もこんなに長くなるはずではなかったんですけど、いつのまにか前話と同じくらいの長さになってますね。次もどうなることやら、今考えてる段階では短いんですが……
 向こうのなのはさんについては、本編終わったあとにおまけ的な話を書こうと思ってますので、それにて。ただ、私は基本的にこういう話しか書けないので、皆さんのご期待のものとは違うものになる可能性が高そうですが、ソレでよければ読んでやってください。
 なんとか本編は今週中に書き上げたい。


 クロノの姓について指摘があったので加筆しました。
 なのはWikiにも
「原作でのクロノは、ミッドチルダに迫る危機のために母と決別し、クロノ・ハーヴェイと名を変え自ら記憶の一部を捨て、イデアシード散布計画を強行した。」
 とあるので、おそらくハーヴェイは偽名だと思います。 



[28792] その5  魔法の言葉はリリカルマジカル
Name: GDI◆9ddb8c33 ID:97ddd526
Date: 2011/07/22 14:06


 その5 魔法の言葉はリリカルマジカル




 そして、高町なのはが”入れ替わった”日の翌日の正午、時空管理局の中型艦「ヴォルフラム」はついに凶悪犯罪グループ・フッケバインの移動拠点を補足した。

 2段構えの作戦の中核を担うはずだった”高町一尉”が不慮の事故のため参加していない(公式記録的には参加している)ため、本来この艦には搭乗せずに別件の捜査を行っているはずだった、ティアナ、キャロ、ザフィーラも乗艦している。

 そして高町一尉、の制服を着た高町なのは・翠屋2代目はそのザフィーラと、今1人シャマルに守られるようにブリッジに存在していた。

 これは、何かあったときにすぐになのはを守護、避難をさせるためのはやての措置である。やむを得ない状況だったとはいえ、彼女は本来民間人。ここに居させていい存在ではない。なので、最大限彼女の安全を確保するための人員配置を行ったのだ。

 なのはは緊張している。それは当然であり、していないほうがおかしい。彼女の25年間の人生において、命のやり取りを行うような場に立ったことは一度も無いのだから。

 幼いあの日、生涯の伴侶と出会ったあの不思議な日々では、確かに危険がはあったが、それは命の”危険”であり”やり取り”ではない。

 兄や姉のように剣を学び、戦うために心技体を鍛えていたわけではない、彼女はいたってごく普通の女性なのだ。

 そんなごく普通の彼女からの視点では、眼前で展開される光景は、いつかTVや映画で見たようなSF世界の”戦争”そのものだった。

 近未来を思わせる、凶悪犯罪者の艦”フッケバイン”に向けてティアナが撃つ大砲は、やはり彼女が抱いていた印象のまま、無慈悲な破壊の威力を発揮している。

 それは悪いことではない、アレらは”武器”として作られ、その単一機能を果たすべく、望まれた結果を出しているに過ぎない。だが、それを”魔法の力”と認識されていることに、どこか悲しさを覚えるなのはだった。

 魔法は、誰かを傷つけるものではなく、笑顔を取り戻すもの。幼き日に経験したあの出来事は彼女の生き方に深い影響を与えていたために、尚のこと彼女はそう思っていたから。

 悪いことじゃない、日本だって警察の人は銃を持ってるし、もっと治安の悪い国では警察の武装も強力になる。だから、これは悲しいことなんかじゃなく、当たり前のこと。

 眼前に広がる”戦い”の光景を眺めながら、そっと胸の宝石を握るなのは。そんな様子を怖がっていると捉えたのか、隣のシャマルが気遣い、「大丈夫ですか?」と声を掛けてくれる。ザフィーラもまた、気遣うような目をしながら、いつ何が起こってもなのはを守るために動けるよう気を配っている。

 大丈夫です、と返事をしながら、この女の人は槙原先生に似てるな、とシャマルのことを自分が知る動物病院の先生を重ねていた。すると自然と、反対隣のザフィーラに、その夫の耕介を連想させたのは、両者の体格の相似から言っても当然というべきか。

 そしてブリッジのスクリーンに写る光景は、フェイト、スバル、エリオの3名が敵艦内に侵入し、迎撃に現れた男女3人と交戦に入ったことを示していた。

 昨夜楽しく語り合った人たちが、ひょっとしたら死んでしまうかもしれない場所に居る。そう思うだけでなのはの胸は苦しくなる。どうか無事で帰って来て欲しい、彼女が願うのはそれだけ、敵艦の撃墜や犯罪者の確保などは欠片も考えはしない。

 そうした想いを彼女が強く抱いたからだろうか、胸のレイジングハートが淡く輝きだしたのは。

 驚いたなのはが光る宝石を見つめ、隣の2人もそのことに気づいたのか、シャマルが口を開きかけたそのときだった。ソレが起こったのは。

 そのときに起こった異変は2つ、一つは大きな、もう一つはごくちいさな影響を周囲に与えていた。

 ズン、という言葉にし難い感覚が周囲全体を覆ったと思えば、次の瞬間フッケバイン、ヴォルフラム両艦のすべての搭乗員が生命活動の危機に陥った。その軽重に個人差があるが、心停止した者さえある。のみならず機械関係、艦内の機能すら大幅に減少していた。これが大きな影響を与えた異変。

 対してもう一つの異変は、ごく小さな範囲にしか現れていない。時間軸でいえば、前者が起こったコンマ数秒後に後者が起こったのだ。

 そしてその小さな異変とは、高町なのはと、その隣に居たシャマルとザフィーラの2人にその前者の影響が及ばなかったこと。

 その大きな影響、すなわち”フッケバイン”に搭乗していたトーマ・アヴェニールが無意識に放ったディバイドゼロ・エクリプスは、半ば人間を超越したフッケバイン一家のメンバーをも戦闘不能にしている、それほどに無差別で慈悲が無い、絶死の波動であった。

 しかし、ここには、高町なのはの周囲にはその波動が一切届かなかった。理由は単純、彼女の胸の宝石が強い輝きを発し、魔の手から主を守ったから。

 そしてその小さな影響は、徐々に大きな影響へと変化していった。レイジングハートの輝きが届く範囲に居た者たちの意識が戻り、肉体に起きた異常が除かれていっているのだ。

 その光景を間近で見ていたシャマルは、なかば呆然とした表情でなのはを見つめていた。紅い宝石が輝きだしたその瞬間こそ驚いていたなのはだが、”異変”が起こってからは目を閉じ、祈るような静謐さで宝石を手で包むように佇んでいた。まるで、そうすれば良いのが分かっているかのように。

 「なのはさん、あなたは…… 今いったい何が……」

 「私も、よく分からないんです」

 実際、なのはにも何が起きているか分からなかった。ただ、この宝石のもたらす光は、魔法は、皆に笑顔をもたらすもの。彼女はそれを知っていて、それだけ分かれば十分だから、彼女は宝石に強い想いをこめたのだ。

 その原理は分からないが、彼女の胸元から発せられる柔らかな輝きを浴びた者たちは生命力を回復させてゆく。

 そうしてブリッジの者達は僅かな時間で回復した。しかし、艦内すべてというわけにはいかなかったようで、その報告を受けたはやては即座にシャマルに負傷者の治療を指示するとともに、甲板のティアナの補助にザフィーラに向かわせた。

 「なのはちゃん、今、なにを」

 むろんはやてもそのことに気づいた。今の波動は一度受けたらこんな短期間で回復できるものではない、そのことは彼女の魔導師としての勘と経験の両方が言っている。

 「わかりません、でも、きっとこの子が私の気持ちに応えてくれたんです」

  ディバイドゼロ・エクリプスの波動が全体を襲ったとき、なのはを守ったのは、彼女のとっさの自己防衛にレイジングハートが反応しただけかもしれない、だが、その後の周囲の人々回復は、間違いなくなのはの想いにこの紅い宝石が応えてくれた証だ。

 それははやてが知らない”魔法”の力。それゆえに彼女は声も出せず、自分の立場とすべきことを失念していた。しかしそんな時間もごく僅かのこと、彼女はすぐに指揮官としての自分を取り戻した。いま確認することは、なのはの不思議な力ではなく、突入隊の様子だ。

 管制官や通信室、操舵官のルキノに連絡をいれてみるが、返答は思わしくなかった。原因は分かっているが、とりあえず被害は深刻のようだ、突入隊の安否が気がかりでならない。バイタルサインだけはあるから、とりあえずは生きてはいるのだろうが。

 そこへ、”フッケバイン”から”ヴォルフラム”に通信が入る。相手は敵艦の操舵主件管制責任者とのことであったが、その声が子供のものであったことに、はやては驚きの念を禁じえなかった。

 その子供の言う内容、というより要求は簡単に纏めると

 突入隊3名と民間人2名がおり、5名とも生きている。

 今から5分後に敵艦は機能回復するので、その間の人質としておくので、攻撃を仕掛けないこと。

 機能回復したら、艦から排出すること。

 ということであった。この件については問題ない。その5名を無事回収できれば勝負は振り出しということだ。ただ、こうした場合を想定して用意していた「フォートレス」が使用不可である以上、今回はここで失敗かもしれない。と、はやては思う。

 だが、それ以上に、その後に続く通信の内容に、はやては強く反応した。
 
 『わたし達は少なくともここ数年、管理世界では大きな事件とかは起こしてないから! ”ちゃんと”管理外世界(おそと)でやってるんだから、わざわざ面倒な手続き踏んで追ってくるより、他にもっとやることあるでしょ』

 『そりゃもちろん管理世界(そっち)でもちょっとした犯罪行為くらいはしてるけど、わざわざ損害出しながらわたし達を襲うより、もっと安全な犯罪排除とかしてればいいじゃない、これ以上追ってくるならフッケバインだって本気出すよ』

 そう言われては、法の守り手である管理局の者として反論しないわけにはいかないし、はやて個人としても彼等の行為を見過ごすことは出来ない。

 それに、このままフッケバインを放置すれば、管理世界すべてに”管理局はフッケバインになす術がなく、彼らの前に膝を屈した”と知らしめるようなものだ。そうなれば、管理局を甘く見る連中が増え、犯罪が増加するし、”フッケバイン”の名前が管理局に対する魔よけの札のように使われるようになり、第2、第3のフッケバインが現れることになるだろう。現に、そうした兆候が現れているという情報も入っている。

 だから、公人としても私人としても彼等の行為を認めるわけにはいかない。その旨を伝えると、返ってきた言葉は反感に満ちたものだった。

 『単純な足し算引き算も出来ないひとと話すことはありません!』

 そうして5分後にハッチから5名を排出することを言い、通信が切られようとするそのときだった。誰も予想しなかった人物から声が発せられたのは。


 「待って」

 








 その瞬間、ヴォルフラムのブリッジの空気が凍結していた、すなわち誰も動くことも声を発することも出来なかったのだ。そう、まるで魔法に掛けられたかのように。

 「待って、貴女に聞きたい事があるの」

 声の主はなのはだった。それはこの艦にもっともそぐわない筈の人物、だが、いま舞台の中心にいるのは彼女だった。

 いつからそうだったかは、まさしく今この瞬間、彼女が声を発したこの時。だが、その声は、周りの発言を封じるような雰囲気を有している。

 それは威圧感や覇気といったものではなく、なにか神聖なものをか侵してしまうような禁忌感に近い、少なくとも周囲の者達が感じていたのは、そうした不思議な印象だった。


 「貴女は今、”ちゃんと”お外でやってるって言ったよね。ちゃんと、何をしているの?」

 彼女の口を、いや心を動かしたのは、その内容を語ったのが幼い少女のものだったからかもしれない。もしこれが生粋の戦闘狂や快楽殺人者から発せられた言葉であれば、なのはの心境は今のものにはなっていなかっただろう。

 『あ、貴方は誰?』

 なのはの声に高圧的な感じはまるで無い、ただ一点の曇りも無い静謐な声は、通信の声の主であるステラ・アーバインを怯ませるに足るものであった。

 「高町なのはといいます。ごく普通のお菓子職人です」

 その内容はステラにとっては冗談としか思えない、高町なのはが、エースオブエースがなにを言い出すのか、と。それはステラの横のフォルティスも同様だったが、相手の声に嘘を感じられない。

 「答えて欲しいな、ちゃんと、何をしているの?」

 『そ、それは』

 「人を、殺しているの?」

 重い、なぜかなのはの言葉を聞いたステラとフォルティスのはそう感じた。今まで散々「人殺し」と叫ばれてきた、呪詛の念を、憎悪の咆哮を浴びてきた。それがどうした、自分達はそういうものだと思ってきていたはずなのに、なのはの言葉がやけに響く、心に。

 一方のなのはも、深く自分の心と向き合っていた。本当は怖い、怖くて今すぐ座りこみたい、でも、なぜか自分の気持ちがそれをさせなかった。この子に、この子達に聞きたい事があるのだから、と。

 昨夜、フェイトたちとの会話が終わったあと、1人になると色々な事が頭に浮かんできた。その一つがこのフッケバインについて。

 フッケバインは皆超人とも思える能力を持ち、通常の人間ではなす術がないほどの力を持っている、それに常人が対抗するのはまさに蟻が象に挑むようなものだ。そして管理局の魔導師たちの魔法も通じない、そういう特性を持っている。その力を背景に多数の世界を渡り歩き、強盗、建物破壊、そして大量殺人を行っているとのことだ。

 殺人、そのことについて彼女は深く考えていた。人が、死ぬ。傷つけられて、命を奪われる。

 命がなくなることの辛さを、彼女はよく知っている、脳裏によぎるのは、あの勝気で何でも知っていて、寂しがりやな女の子。小さい頃たいせつな友達だった少女、今もなのはの心の中ではたいせつな友達であり続けている少女。

 死は、重い。

 魔法少女として夜の街をくーちゃんとリンディさんと一緒に駆けていたあの日々の中、大本の元凶は人をたくさん傷つける可能性を持つものだったが、人の命を奪うことは起こらなかった。

 でも、人にとって大事なものを奪っていくものだった、それは、想い出。想い出があるから、人は生きていける、優しくなれる、なのははそう思っている。

 それは自分が恵まれた環境にあったから抱ける、甘い幻想かもしれない。だけど、だからといって悪いことだとは思わない、思ってはいけない気がする。

 人から記憶が奪われる、たとえそれが悲しい記憶であっても、それがその人の”今”を作ってる大事なもの。たとえ大事な人を亡くした記憶でも、無くしてしまうことは、その人との日々を無くしてしまうことになるから。

 楽しさも、悲しさもすべて合わせて想い出にする。人はそうして悲劇を乗り越えていける強さを持っている。誰かの支えが必要な人もいるし、中々乗り越えられない人ももちろんいるだろう、でも、誰もが心の奥にそうした強さがあるはずだ。

 記憶という、その人を形付ける要素でさえ、無くすのはとても悲しいこと、なら、そのなくすものが命なら?

 「皆、誰もがそれぞれの夢を持っている、それぞれに大切なものがあって、一生懸命生きている」

 善い人、悪い人、優しい人、厳しい人、賢い人、強い人、実に多種多様。でもその数だけ夢があり、人生がある。それを奪うということは、その人の夢も目標も、その全てを無くしてしまうということ。

 「でも、死んでしまえば、それが全部終わってまうんだよ……」

 死が全てを奪うわけではない、その人の心を受け継ぐものがあれば、その人の人生には立派に意味があるし、受け継いだ人の心に、その人は生き続ける。母や兄のなかに父がいまでも生きているように。

 それでも、唐突に訪れる死に、対処できる人がどれほどいるだろうか、父のように、自分の死後のことを家族と話す人がどれほどいるのだろうか?

 「人の命は、大事なものだよ。それなのに貴方は”ちゃんと”と言えるの?」

 その声はあくまで静謐、怒鳴り散らすわけでもなく、強い憎しみや敵意が篭もっているわけでもない。それゆえに応じている2人を困惑させる。

 『わ、わたし達にはわたし達の理由があるんだから!』

 「うん、それは、なんとなく分かるよ、なにか理由があるんだなってそう思ったから」

 そう思った理由はステラの声。少女の声は、”自分達の家を荒らされた”怒りが篭もっていたから。それは”人”の感情で、彼女達が人間とは思考が違う怪物では無いことを示している。

 「でも、ひとつ聞かせて、貴方の仲間を、ううん、家族を、”ちゃんと”犯罪者を殺したっていう理由で正当化されたら、貴方は納得する?」

 『………』

 返答は沈黙。そしてそれはこの状況においては、納得できないということを如実に語っている。

 ああ、やっぱりとなのはは思う。昨夜考えていたときから、ずっと気になっていたのだ。

 彼らは自身をフッケバイン”一家(ファミリー)”と名乗り、自分達と同じ”エクリプスウイルス”というものに感染した人を探して仲間に加えているという。

 そのときになのはが思った、思い出したことは兄・恭也が語っていた言葉だった。いつだったか姉が所属している香港国際警防で大捕り物があり、兄がその助っ人として参加するということになった時のこと。日本を経つ前夜、縁側で話している2人の会話を偶然なのはは聞いた。

 ”いいか、美由希、敵の凶手は裏社会の水が骨の髄まで染み込んでいる者達だ。いざとなれば組織の掟に従って味方ごと殺しに掛かることも辞さない、油断はするな”
 
 そのときの兄達の敵もまた一家、とかファミリーとかそういう呼び方をしている組織だったように覚えている、そしてそれは、何百年も連綿と続いてきた裏社会のしきたりに従ったものだということも。

 ”だが、それ以上に気をつけねばならないのは、雇われの漣中だ。組織に属していようとも、チームを組んでいようとも、奴らは根本的な部分で『個人』だ。自分の意に沿わぬなら、仲間だろうが、親兄弟だろうが平気で殺す。既に常人の精神から大きく逸脱した狂人、お前も覚えているだろう、あのフィアッセを狙った奴らのような者達をこそ、最も警戒しろ”

 その兄の真剣な顔と、同じく真剣な顔で頷く姉の顔は、今でも忘れられない。

 その点で、このフッケバインはどちらなのだろう、となのはは1人ベッドの中で考えていた。そして、なんとなくどちらでもないように感じた、故に聞いてみたのだ、今この瞬間。

 その答えは出た。彼らは自分さえ良ければそれでいい、自分は1人で生きていける自負があり、他人を必要としないから、平気で他人を踏みにじる。そんな狂人ではない。

 だが、裏社会の掟に生きている、そういう矜持も感じない。兄たちは言っていた。彼らは基本的に堅気には手を出さない、今回は一部が暴走したようだが、必要以上の血は流さない、御神の剣は裏から表を守るが故の裏の剣なのだから、と言っていた。そうした”悪人の仁義”というものを彼らからは感じなかったし、少女の言葉もそれを裏付けるものだった。

 「そうか、貴方達は、怖いんだね」

 では彼らはなんだろう、そう考えて直感的に思ったのはそれだった。

 自分の力に絶対の自信があるのなら、狂人達のように絶対的な個人主義者になるはず、でも彼らは”家族”として仲間を大切にしているフシがある。そのうえ、自分達と同じ仲間を増やそうとしている。

 それはなぜか? 自分に置き換えて考えてみると答えは簡単に出た。寂しいから、1人では生きていけないからだ。

 1人ではいられないから仲間を、家族を求める、それはごく普通の人と同じこと。

 ではなぜ、彼らは人を殺める? それは分からない、でもなんとなくだが分かる事がある。

 きっと、本当に憶測に過ぎないが、彼らは最初被害者だったのだ、おそらく、エクリプスウイルスというもののだろう。そして、被害者であった彼らは何らかの方法で加害者になった。

 それゆえに怖いのだ、再び被害者に戻る事が。故に仲間を作る、自分達を脅かすものがないようにする。

 『ど、どうしてそんな風にいえるの!?』

 なのはの言葉にたいして返ってきた声は、若干動揺の色が含まれていた。なのはの言葉は自分の気持ちを真っ直ぐに伝えたものだったから、その分真っ直ぐに彼等の心に響いたのかもしれない。

 「どうしてだろうね、なんとなくなんだ。でも、それでも私は、人を命を奪うことはいけないことだと、そう思います」

 『貴方に何が分かるの? 偉そうなことを言わないで!』

 「そうだね、なにも分からない。だから教えて、貴方達が人の命を奪う理由を」

 それを聞かなければ前に進めない。だから彼女はその心のままに言葉をつむぐ。

 『……………聞いてどうするの?』

 「それも分からない。でも、もしかしたら何かできるかもしれない」

 『おめでたい人だね、そんなことできるなら、とっくにしてるって分からない?」

 「ごめんなさい、何も知らなくて。それでも教えてくれますか?』

 ステラは分からなかった。なのはの意図が全く分からなかった。彼女の言葉は管理局の人間が言うこととはまるで違う。ステラと同じく、フォルテスもまた、予想していた管理局の行動とはかけ離れたいまの状況に、理解が追いつかなかった。

 だがいつまでも問答してるわけにはいかない。この相手を突き放すには理由を話す事が一番早いだろう、と言うことをフォルテスは結論付け、ステラに話すように促がす。

 そしてなのはは聞いた。エクリプスウイルスのことを、殺害衝動のことを、自己対滅のことを、それらの治療法はないことを。

 それを聞いた彼女が最初に思ったことは、ああやっぱり、という納得だった。やはり彼女達は最初は被害者だったのだ、そして被害者のまま加害者になってしまった。

 「そうか、そうだったんだ」

 『これで分かったでしょ、だから……」

 「最後に一つ聞かせて? 貴方は、その病気を治したい?」

 『え………』

 ステラにとっては思いもよらない質問、横に顔を向けるとフォルティスも同様らしい。

 「その病気がなくなって、もう何かを壊すことも、人の命を奪うこともしなくていい様になれば、貴方は嬉しい?」

 『え、ええと』

 そんなこと、今まで考えたことも無かった。考えないようにしていた、だってそれは空しいだけだから。いくらそんなことも妄想しても、現実に人を殺さなければならないウイルスに、身体の芯まで侵されているのだ。

 でも、でももしもそれらが全て無くなったら―――

 「どうかな?」
 
 優しい声だった。赤子をあやす母親のようなそんな声。

 その声があまりにも心地よかったからだろうか、ステラという少女の奥底にあった小さな願いが口から漏れ出たのは。


 『………もし、無くす事が出来るなら、こんな身体でなんて、いたくない』


 聞いた、たしかに聞いた、彼女は、なのはは少女の願いを聞いたのだ。

 ならばすることは一つ、自分の気持ちをそのまま、この胸の輝きに伝えるだけ。

 魔法の力は素敵な力。みんなの顔に笑顔を戻す、不思議な力。彼等の病気を治せれば、これ以上被害者を出さなくてすむ、悲しい表情を増やさずにすむ。

 彼女は一歩前に踏みだし、自分の気持ちを、自分にとって一番大事な気持ちを、胸で輝く宝石に込める。

 自分が”好き”なのは、皆が笑顔でいること、だから私は、私の魔法はそれに答えてくれるはず。

 そんななのはの様子をみて、ようやく時の凍結から解放されたように、はやてが問いかける。

 「なのはちゃん、一体何をするつもりなん? それにレイジングハートが……」

 その問いになのははふわりと微笑んで、自信を持って答える。

 「大丈夫、私にまかせて、ね?」

 そして再び時が止まったように、周囲全ての者がなのはの行動を見守っていた。






 なのはは胸の宝石を、ネックレスにしていたレイジングハートを首から外し、両手の中に包みこむ。すると、今までとは比べ物にならないほど強い光が一面を覆う。

 だが、それはとても温かな光で、まるで母の胸に抱かれるような、そんな安心感を与えてくれるものだった。

 そんな中を、はっきりと、そして美しい旋律のような声が響き渡る。


 「我、使命を受けたもうものなり、契約の元、その力を解き放ちたまえ」

 手のひらに伝わる、魔法の不思議。この胸の中に溢れている熱い想いで、レイジングハートが輝いている。

 「風は空に、星は天に、そして、不屈の魂(こころ)はこの胸に」

 この想いを消さないで、真っ直ぐに伝える事が出来るなら、きっと。

 「この手に魔法を、レイジングハート、力を……」

 どんな願いも叶うはず。




 レイジングハートの輝きが、一層強くなり、本来ならもう目を開けていられないような強さのはずなのに、はやてたちはその光景をしっかりと見つめる事が出来ていた。

 なのはの姿は、管理局の制服から、白いワンピースのような姿に変わっていたが、その姿は神秘的で、彼女が広げた手のひらの上に浮かぶレイジングハートの光は何処までも神々しい。

 レイジングハートは宝石のままだった。はやてたち知る、バスターモードでも、エクセリオンモードでも、ブラスターモードでもない。

 だが、次なる変化はすぐに起こった。なのはの詠唱はまだ続いていたのだ。


 「レイデン…… イリカル…… クロルフル……」

 レイジングハートの起動の正式な詠唱は、はやても知っていた、以前なのはに教えてもらった。けれど、この詠唱は聞いた事が無い。

 「我、誓約を以って命ずるものなり……」

 それはなのはの最も大切な人の、人たちとの繋がりの証、この場でこれお使うことは、なのはにとっては当然のこと。だって、レイジングハートとこの杖の2つで、あの時の”ヒドゥン”を退けたのだから。

 「貴方の歌を響かせて…… Song To You」

 レイジングハートの白い光とは別の光が、なのはの手のひらに現れた。

 それはカード、しかしそれを見たはやては知っていた。そして思い出した、彼女の夫が誰なのか、どうやら聞き間違いではなかったらしい。

 そして、なのはの手の平の上で浮いていたその2つが、2つの光が融合し、一振り杖となっていた。

 その姿ははやてに見覚えがある。幼い頃クロノに見せてもらったS2Uの姿だ。だが、色が違う。その杖の色は彼女が知る黒ではなく白、そして中央の水晶体の色が蒼から赤に変わっている。

 それはつまり、レイジングハートとS2Uが融合した姿であると言うことだろう。そして、白い杖を掲げるなのはからは、物語に出てくる天使や女神のような美しさを感じられる。

 なのはが持つ白いS2Uに蒼と白の光が螺旋状に取り巻いていくと、驚きに声も出せないはやてを初めとした周囲の人たちをさらに驚かせる事が起こる。だがそれは驚愕というより感嘆の感情のほうが強いかもしれない。




 「リリカル、マジカル、あの子達の病気を治してあげて」



 そう、なのはが魔法の言葉をつむいだ瞬間。

 歌。

 歌だった。S2Uからメロディーが流れている。

 そしてなのはもそのメロディーに合わせて歌を歌っている。その手に持つSong To You(歌を、貴方に)の意味そのままに。
  
 光に包まれ、心を暖めてくれるような歌声で歌う女性。その姿はやはり神々しい。

 だからだろう、それを見ていたはやてたちは、その”変化”には全く驚かず、むしろ当然の出来事のように受け入れられたのは。

 歌を歌うなのはに、いつのまにか輝く羽が生えていた。それはなにも驚くことではない、天使に羽があるのは当たり前だ、誰もがそう思えてしまうほど、今のなのはは美しかった。

 その羽根もまた、彼女の心が形になったもの、”歌を通して願いを伝える”というイメージの際、なのはに浮かんだのは一人の女性。

 光の歌姫、フィアッセ・クリステラ。

 何度か見せてもらった彼女の美しい羽根、それを連想したからか、なのはにもまた輝く羽根が生えていた。

 そして、フィアッセの歌が世界中に届くものであるように、今のなのはの歌もまた、世界中に響いていたのだ。

 この日、この時、管理世界、管理外世界の区別なく、すべての次元世界のエクリプスウイルス感染者、エクリプスウェポン保持者、その他ウイルスに関連したあらゆるもののもとに、この歌声は響き渡った。

 癒しの願いが込められた、優しい歌声が。

 



 そうして、永遠とも思われる時間響いていたその歌声が止まった頃には、次元世界に存在するエクリプスウイルスは、ことごとく、はじめから存在していなかったかのように消滅した。

 



 あとがき

毎度妄言を吐いてしまって申し訳ない、次回で最終回です。いや、書いてるうちにどんどん長くなるんですよ、不思議なことに。
今回のコンセプト、というかこの話のコンセプトは『なのちゃん、マジ天使』です。なのでマジに天使にしちゃいました。
この展開が受け入れてもらえるか、正直ビクビクしています、気に入ってもらえたら嬉しいです。



[28792] その6  決意、新たに
Name: GDI◆9ddb8c33 ID:97ddd526
Date: 2011/07/24 13:57
 まず、お詫びを、コレ最終回じゃありません、前回嘘をつきました。自分の構想の甘さが嫌になる……


 その6  決意、新たに


 第一世界ミッドチルダ、特務六課 司令室


それから数日後、前代未聞の『エクリプス事件」の事後処理に追われていた八神司令以下特務六課のメンバーは、その膨大な量に辟易しながらも、なんとか一番忙しい段階を終えていた。とくに、前線メンバーとして招集されたメンツは、自分たちがモニターとひらめっこする日々を送るとは思っていなかったので、相当まいってしまっていた。

 そんな特務六課の八神はやてのもとへ、1人の男性がやってきた。管理局の査察官でありはやての旧知でもあるヴェロッサ・アコースだ。

 「やあ、お疲れ様、君の部隊の人たちは相当参っているようだね」

 「おー、ロッサー、わたしも参ってるでー」


 机の上にだらしなく上半身を投げ出すはやての様子に、ヴェロッサは苦笑しながら注意する。

 「おやおや、若い女性がそんなだらしない格好をしてはいけないよ。ここにいるのが僕じゃなく姉さんかシャッハだったら、なんて言われるか」

 「カリムたちかて、激務の後はこんなんなってるのと違う?」

 「否定できないところが、しまらないなあ、それはさておき、一段落ついたようだね」

 「まあなぁ、ここ数日の苦労の甲斐あって、なんとか経過報告書は纏まったわ」

 はやてたちの苦労は、まずあの”奇跡の歌”が鳴り終わった直後から始まった。そのときの事をはやては思い出す。







 歌が終わり、光が収まっていったと思うと、次の瞬間なのはは音もなく倒れこんだ。

 はやてたちは急いで駆け寄ろうとしたが、今度はモニターの向こうで異常が起こっていることを、クルーが大声で報告した。その声に応じてモニターを見ると、敵艦”フッケバイン”の高度が見る見るうちに下がっていっている。このままでは一分とかからず墜落するだろう。

 敵艦内部には突入した3人がいる。だがこれは問題ない、フェイトは飛べるし、エリオのストラーダも限定的な飛行が可能で、スバルにはウイングロードがある。しかし、内部にはそれ以外に民間人3名がいるのだ。

 そのうえ、敵艦”フッケバイン”が墜落しようとしているという事が何を意味するか、それは敵の動力が落ちているということだ。そして、その高度の下がり方は、出力が下がっている、というよりは完全に止まっている、というのが正しそうだった。

 ディバイドゼロ・エクリプスではない、そうであれば自分達にも影響があるはず、では原因はなにか。思い当たることは唯一つ。

 彼女は言ったではないか、歌ったではないか、この世界から不幸の、人々から笑顔を奪う元凶となるウイルスを去らせる聖句を。

 では、敵艦が墜落しようとしている原因ははっきりとしている、敵の能力が、エクリプスウイルスが失われたのだ。おそらく永遠に。

 敵艦”フッケバイン”もまたエクリプスウェポンの一つ、だからこそ、それの使い手が感染者でなくなった今、それはただのオブジェと化す。

 さらに、そうであるならば中のフッケバインメンバーは既になんの脅威も無い、一般人と化している、この高度からの墜落の衝撃を受ければただではすまないだろう。

 原因は分かった、ならば後は対処するのみ、はやての思考は高速で回転し、指示は迅速を極めた。

 「キャロ! ちょおキツイと思うけど、今すぐヴォルテールの召喚を! アレを下から支えて」

 「はい、了解しました!」

 キャロもまたブリッジにいた。有事の際に備えて控えていたのだ。そして彼女はすぐに司令官の指示に応え、己の究極召喚の術式を組む。

 ディバイドゼロ・エクリプスの直後であることを考えれば、それは不可能であるが、彼女は奇跡の光を間近で受けた1人なので、魔力も体力も十分ある。

 そうして召喚されたヴォルテールがその巨体に相応しい膂力で艦を支え、海面に軟着水させる。それを見て一段落、と息をついたはやて以下クルーたちに、さらなる報告が寄せられた。

 【こちらザフィーラ、本艦に接近していたと思われる人影が、海に堕ちようとしているのを発見、ただちに救出に向かう】

 ティアナの応援のために甲板に上がっていたザフィーラからだった。ティアナは高速飛行が出来ないので、彼を向かわせて良かったと、はやては思う。彼がいなかったらその人物――おそらくフッケバインの1人で、ウイルスの消滅と共に、飛行能力がなくなったのだろう――は海の藻屑と消えていただろうから。

 そして、突入組は、既にただの人間となったフッケバイン一家を捕らえて敵艦内から帰還し、民間人3名も無事保護した。そこへザフィーラも帰還し、最後の1人がフッケバインの首領であることが明らかになった。

 彼らはまとめて船室に監禁し、一応の監視は置いたが、彼らは既に無力だった。その様子は、己の絶対的な力が、一瞬にして霧散した現実を、把握できていないようにも見えた。そんな中ただ1人、ステラだけはなにが起こったか分かってた様子にみえたが。

 なのはの容態もただ気を失っているだけのようだったので、一同は安堵し、全員無事にミッドチルダに向け帰還したのだった。







 
 一連のことを思い出したはやては、そこで終われば、万々歳やったんやけどなぁ、かみ締めるように思う。

 「まさか、全世界中のウイルスが消滅しとるなんてなぁ」

 「僕も聞いた時は耳を疑ったよ」

 はやてたちがフッケバイン一家にのみだと思った”奇跡の歌”の効果は、その思惑を場外まで通り越し、次元世界全てに発揮されていた。そして特務六課は、その確認のために四方奔走するハメになったのだ。

 結果として、局が既に回収していたエクリプス・ウェポンはただのステキデザインの武器となっており、その後に発見した違法研究所に捕らわれていた感染者たちも、ただの人になっていた。

 だが、そのために六課のメンツはその事後処理のためのデスクワークに四苦八苦するハメになったのである。

 「それがようやく一段落…… この数日は地獄やったわ…… 半分はロッサのせいやねんで?」

 「”おかげ”といって欲しいなぁ、一応、僕がいなければその違法研究所の場所が分からず、その元感染者の救助が間に合わなかったかもしれないのだから。まあ、だからはやてたちの仕事は増えたんだろうけどね」

 彼の固有技能である『思考捜査』。彼が触れた対象の脳内の記憶を読み取る事が出来る能力。一応これも魔導の力であるため、フッケバインメンバーには効かない筈であったが、今の彼らはただの人間。

 なのでヴェロッサは彼らの頭から知っている限りのウイルス関連の情報を引き出した。はやてたちはそれを基に行動を起こしたのだ、行動を起こした結果が、いまの書類の山となっているのだが。

 「まあ、そうなんやけど、でもほんまにきつかったわ~。こんなきつかったの機動六課設立以来やで、もうわたしはこれ以後”六課”とつけられた部隊の作戦は金輪際参加せえへん」

 「ハハハ、まあ、気持ちは分かるよ。君らほどでなくとも、僕ら方もけっこう忙しかったから。事件が事件なので、僕もこうして駆り出されたくらいだからね」

 「まあ、後方支援組はともかく、前線メンバーとして召集したスバルたちは、もっときつかったやろなぁ。というかひょっとするとまだ終わってへんかもしれへん」

 「元々畑違いだしね、でも大丈夫じゃないかな、さっきランスターのお嬢さんとすれ違ったし」

 「ああ、ティアナが来たんなら、大丈夫やな、ふー、それにしても疲れたわ……」

 そうして再び机に突っ伏すはやて、ヴェロッサはやれやれ、という表情で彼女に近づき、治癒魔法をかけてやった。

 おおきに~と突っ伏した体制のまま、気の抜けた声を出すはやてに、手のかかる妹分だ、と思いつつ魔法を掛けるヴェロッサだった。





 特務六課 隊員オフィス


 特務六課の通常隊員たちが事務仕事を行うオフィスでは、2人の陸士が疲れた身体に鞭打って、モニターと向き合って手を動かしていた。

 エリオ・モンディアルとキャロ・ル・ルシエ。この両名とてデスクワークを行っていないわけではない。ただ、辺境自然保護隊での内容と全く異なる形式の書類に、散々手こずらされていたのだ。

 同じ組織とはいえ、部署は違えば様式も全く違う。まして管理局は次元世界屈指の大きい組織だ、その差異も当然大きい。

 そんな訳で、彼ら2人は終わらぬ書類仕事に心身ともに疲れきっていた。自然保護区で身体を動かしたときの心地よい疲労ではなく、頭に鈍痛が走るようなそんな重い疲労。

 「ああ、この事件が起こらなければ、今頃はきっとアシタカさんやシュナさんたちと一緒に、ヤックルにのってエスタフの草原を走り回っていれたんだろうなぁ……」

 自然保護部隊も、その勤務内容は多岐に渡る。希少種の観測、密猟者の摘発、生態系の異変の調査などなど。中には保護区内の先住民族との交流なども職務に含まれる。

 そして保護区自体も多くの次元世界に点在しているので、一つの固定された世界で長年勤務している者もあれば、多くの世界を渡り歩いて調査を行う者もいる。

 エリオとキャロはどちらかいうと前者で、キャロは行く先々の動植物と意思疎通でも出来ているかのように自然の様子を察する事が得意で、エリオは、その人柄のよさからか、先住民族との交流がなにより得意だった。

 今エリオが思い浮かべているのは、その先住民族の青年達と、彼等の家畜に跨り草原を駆けている自分。一年前に体験したアレは、実に爽快だったし、遊牧民である彼等の生き方も素朴で素敵なものだった。彼らと再び会うことを楽しみにしていたのだが、今回の召集でお流れとなってしまった。残念でならない。

 そんなエリオを励ますように、キャロが彼女自身も楽しみにしている話題をだす。

 「でも、この仕事ももうすぐ終わるし、そうすればちょうどアスベルさんが来てくれる頃だよ」

 次元世界を巡る冒険者の中には、嘱託魔導師として保護隊に協力してくれている人たちもいる。キャロが名を出した青年もその1人で、自然が多い所を旅しては、行く先々の様子を保護隊に提供してくれるのだ。とりわけその青年はしっかりとしたデータを作っていてくれるので、保護隊の中で人気がある。

 「そうか、そうだね、うん、アスベルさんとも久しぶりだ、また手合わせお願いしたいな」

 「わたしはカイやクイに会うのが楽しみ、2人ともわたしのこと覚えてるかなぁ。前にひょっとしたらお師匠様も一緒に来てくれるかも、って言ってたから、その人と会うのも待ち遠しいね」

 この先に待つ出来事を思い起こして元気が蘇ったのか、二人とも顔を見合わせ、笑いあった後またモニターに向かいデータ処理という強大な敵に立ち向かう。

 そこへ、2人のよく知る声が、耳に入ってきた。

 「お疲れ様2人とも、はい、差し入れ、疲れた頭によく効くわよ」

 「ティアナさん」

 「いつ戻ったんですか?」

 「今よ、着いたばっかり、フェイトさんはまだ現場に残ってるけど、あとは1人で大丈夫だって」

 「そうなんですか」

 2人はティアナから受け取った栄養剤を飲み、その柑橘系の風味に頭がすっきりするのを感じながら、話を続ける。

 「じゃあ、向こうの仕事の目処も大体立ったんですね」

 「うん、今分かってる情報のところは大体終わったわ。まだまだいくつあるか分からないけど、この先は捜査官と一緒に地道にやるしかないもの」

 「じゃあ、特務六課ももうすぐ解散ですね」

 「そうね、あっという間、というか嵐のような日々だったわ。でも、全部あの人が起こしたあの”歌”がなければこうはならなかったでしょうね、きっと今でもフッケバインを追っていたと思うわ」

 「ええ、本当に、今でも毎日その事実を裏付けるデータと向き合っていますけど、まだ信じられませんよ」

 エクリプスウイルスがこの世全てからの消滅した、そしてそれを起こしたのが、たった一人の女性。

 「まさしく”奇跡”ね、まるで御伽噺の神さまみたい」

 「でも、あの時のなのはさん、本当に女神様みたいでした」

 この3人のうち、その光景をみたのはキャロ1人、あのときのなのはの美しい姿は生涯忘れないだろうと、彼女は思う。

 「僕も見てみたかったな、けど、もうそれは叶わないんだよね」

 「奇跡には代償が必要だってことかしらね。そして、そんな奇跡の力も、私達からデスクワークを除いてくれることはできなかった、と」

 ティアナは悪戯っぽく笑った。エリオとキャロもつられて笑う。

 「でも、全部が全部をなのはさんに背負ってもらうことなんかできませんし、そんなことは思っちゃいけないことです。なのはさんが頑張ってくれたんだから、僕らは、僕らの仕事を精一杯頑張らないと」

 「おお、良いこと言うわねエリオ」

 「って言ってもさっきキャロに愚痴聞いてもらったばっかりなんですけどね」

 「あはは、仲の良いことでなにより」

 そこで、ティアナは不意に笑顔から真剣な顔に戻る。

 「でも、エリオの言うとおり、なのはさんが起こしてくれた”奇跡”は確かに皆を助けてくれたけど、それに頼ってちゃいけないのよね」

 「わたしは、アレは女神様がくれたプレゼントと思ってます。でも誕生日のように毎年貰えるわけじゃない、1回きりの、飛び切りのプレゼント」

 「そして、その後もこうして日常は、世界は回っていくんだから、僕らは自分の出来ること、やるべき事をやっっていかないといかないんだ」

 「なのはさんが願ったような、”人々が笑い合える”世界に少しでも近づけるためにね。そのための管理局で、そのためのあたし達」

 「ハイ! 頑張りましょう!」

 「なら、その最初としてこの書類を片付けないとね、よーし、やろうかキャロ」

 「うん」

 そうして決意新たに書類仕事に戻る2人を見て、ティアナは相変わらずイイ子たちだな、と思い、元々ココに来た目的を告げる。

 「あたしも手伝うわ、というかそのために来たんだし。海の書類はアンタ達には古代の石版みたいに難解でしょ」

 「あ、それは助かりますけどいいんですか?」

 「スバルさんの分の書類もあるんじゃ……」

 スバルは、2日前にクラナガンで起こった高層ビル火災の応援のため、一足先に元の部隊に戻っていた。そのため、スバルの分の書類はまだ結構な量がのこっていたりする。

 「あのね、あたしはこれでも執務官よ、なめてもらっちゃ困るわね」

 そういいながら席に着き、データを打ち込み書類を作っていく。その速さはエリオとキャロの倍かそれ以上だ。

 そうやって3人でしばらくデスクワークという敵を攻略していったが、不意にキャロがひとり言のように呟いた。

 「フェイトさん、ちゃんと休んでるかな……」

 それを聞き取ったティアナは、手を休めることなく応じる。

 「アンタ達よりは疲れた様子は無かったわ。大丈夫、もうすぐ帰って来るから、そのときアンタのヒーリング掛けて上げなさい」

 「はい」

 「ほら、手が止まってるわよ」

 「ああ、すみません」

 2人の会話を聞きながら、エリオもまた遠くにいるフェイトのことを思い、キャロと同じような心配をしていた。








 とある管理外世界 違法研究所跡


 遠く離れた所にいる2人の子供から無理してはいないかと心配されている女性であるところのフェイト・T・ハラオウンは、実際の所その2人より肉体的疲労も精神的疲労も感じてはいなかった。

 しかし、彼女の精神を嫌な方向で刺激するものがある、その名は疲労ではなく嫌悪。その感情は今自分の前に広がるカプセルの中にあるもの、今は”モノ”になってしまったそれらを眺めたことによりもたらされたものだ。

 彼女が嫌悪しているのはソレ自体にではない。ソレがもともとなんであったのかを知っていて、それを”こうしてしまった”者達に向けた嫌悪感だ。

 フェイトがソレから視線を外し、この施設を全て破壊するための指示を行っていくと、補佐官であるシャリオ・フィニーノが報告を持って現れた。

 「フェイトさん、向こうの区画には何人かの生存者がいました。それと、カプセルの中にも人の形をしているものがあって、生命反応もあります」

 「そう、これまでの所と同じだね」

 ここ数日フェイトが踏み込んだ施設には、まだ研究者が残っていたところがほとんどだった。そのため多くの違法研究者の逮捕が出来たが、その研究所の惨状は、歴戦の管理局員でさえ吐き気を催すものだった。

 人をモノのようにしか扱っていないということを如実に表している研究所内部の様子と、生き残った実験体にされかけた人たちからの証言。それら全てがこの研究者達が人からかけ離れた精神を持つ下衆であることを示していた。

 正直、あのスカリエッティがよほどの善人に感じてくるほどだ、思えば、あの男は狂人だったが、どこか生命に対して敬意を払っていたような気がする。

 そんな思考を振り払うかのように首を振り、フェイトはシャリオの報告を聞いていく。

 あの作戦の後、ヴェロッサによってもたらされた情報を基に、フェイトは専門部隊を連れて違法研究所の摘発を開始した。結果は上々、ほぼ全ての場所で逮捕に成功している。

 それは、ロッサが引き出した情報の正確さもあるが、部隊の行動の早さに依るところがなにより大きい、流石は歴戦のプロ達である。行動が迅速且つ的確で、足並みもしっかり揃っている。普段の訓練と経験の賜物だ。

 フェイトたちは着実に問題を解決していった。そのきっかけは、もちろん、なのはがもたらしてくれた”奇跡”が起こったからだろう。だが、その後の迅速は摘発作戦は、フェイトを初めとした部隊たちの積み重ねによるものだ。彼らでなければ、こうも簡単に次々と摘発成功にはならなかっただろう。

 「ここの施設には既に完全破壊の措置がされていました。研究員の話では、明日にはここを破棄していたとのことです」

 「そう、間一髪だったな」

 あれから数日、ウイルスが消滅したことは研究者たちも無論気づいたのだろう。その異変から自分達の危機を察して雲隠れする奴らは当然現れる、現れないほうがおかしい。

 故にフェイトは急いだ。”奇跡”の恩恵をうけてただただ喜ぶようなことはせず、自分の成すべきことを考え、そして行動したのだ。何よりも時間との勝負で、そして彼女は勝利した。

 「やはり、ここでも自己対滅したものは……?」

 フェイトの問いに、シャリオの表情が曇る。やはり向き合いづらい現実というものはあるのだ。

 「ここには自己対滅後の被験者が127人いました。そのうち生命活動を続けていた7名は人の形を取り戻していて、医療班の話では意識も戻るとのことです」

 「そうか…… なによりだ」

 仕事中のフェイトは、プライベートの時とは別人に思えるほど表情が厳しく、口調も固い、その姿は義理の兄であるクロノを髣髴させるものがある。今の彼女は敏腕の執務官以外の何者でもない。

 ここ以外で4箇所、違法研究所を回ったが、そこにいた生存者と、”あった”死者の数は圧倒的に後者の方が多い。その死者達はそうと知らないものが見れば、死者であることすらわからないほど、姿形を変えられていた。

 自己対滅した者のなかで、まだ生命活動を続けていた者は人のかたちに戻れていたが、多くのものはその変わり果てた姿で死んでいたのだ。

 ”奇跡”はたしかに起きた、たが、間に合わなかった者もいる、それが現実。そして自分達はその現実に立ち向かわなくてはならない。

 その瞳に強い輝きを宿し、フェイトは思う。この広い世界には、こうした人を人と思わずにいる者達がまだまだいる、ここで捕らえたのは氷山の一角にすぎない、自分達の戦いは、管理局の戦いはこれからも続いていく。

 ただ、鬼を倒すためには鬼にならなければいけない、という考え方はダメだ、とも思う。それではいつの間にか自分達の敵と同じになってしまう。今回のことで、そのことも改めて認識した。

 AEC装備の先にあるのは、多分そういうものだろう、今までのデバイスとは違う、”武器”としての能力しかもたず、しかもシグナムたちの剣のように長い修練を必要とせずに誰でも使える”兵器”は。

 彼女のものとは違うけど、彼女のように奇跡をもたらすことは出来ないけれど、自分達にも魔法がある。それも人を傷つけることがないように、先人達が改良してきた技術だ、それは偉大なことだと思う。

 だから、私達は私達の魔法で、彼女の奇跡のように、罪無き人に笑顔をもたらすことをしていこう。

 ちょうど、フェイトの子供2人と同じような決意を、彼女もまた抱くのだった。そのことを隣のシャリオに告げる。

 「ねえ、シャーリイ」

 「はい、なんでしょうフェイトさん」

 「あのなのはが起こしてくれた奇跡は、これ以上エクリプスウイルスで苦しむ人が出ないようにしてくれた」

 「はい」

 「でも、すでにエクリプスウイルスによって苦しんでいた人、辛い目にあった人を助けることは、私達の仕事だ、そうでしょ?」

 「はい、ここで救出した人たちや、フッケバインによって殺された人の身内の方々への援助は成されなければなりません」

 「そうだ、それこそが、秩序の、平和の守り手である管理局の仕事だ。頑張ろう、これからも忙しくなるから、頼りにしてるよ」

 「もちろん、このシャリオ・フィニーノ、非才なる身の全力をもって頑張ります!」

 うん、と頷いて彼女は研究所の外に出て、吹き込んできた風を全身に受けた。澱んだ空気の研究所内にいた彼女には、それは自分に向けられたエールのように感じられた。

 シャリオと並んで歩きながら、彼女は既に赤くなった空に気づいた。それがまるで空が燃えているように見えたからか、そういえば火災現場に向かったというスバルはどうしているだろうか、という思いを抱いた。




 第1世界 ミッドチルダ 首都クラナガン
 

 2日前に起こった高層ビル火災現場、そこでスバル・ナカジマは妹であり同僚でもあるノーヴェ・ナカジマと最終確認を行っていた。

 型式が古いビルだったからか、火災が起こった場所が運悪くビルのメインシステムの近くであり、緊急時の際に全てのシャッターが閉じた後メインシステムがダウンし、地下の階にいた人々が閉じ込められてしまったため、その救助ために日を跨いだ救助作戦となった。

 ビルの消火が完全に鎮火し、倒壊の危険性が無いことを確認してからの救出作業となったので、ほとんど休まずに働いていた特別救助隊の隊員は疲れていた。が、1人も死者をださなかったことに皆満足感を覚えてもいた。

 「しっかし、よく間に合ったなスバル、正直まだまだ時間がかかると思っていたぜ」

 「うん、女神さまからのプレゼントがあって、あたしの方はこっちを優先していい事になったんだ」

 「何だよそりゃ」

 そういいながら救助隊のテントの椅子に座り、手近にあったドリンクを一気飲みするノーヴェ。

 「はー、生き返るぜ、流石に2日間休みなしはきつかった。だけどホントにお前が来て良かったよ、多分あたし達だけじゃ48階の連中は助けられなかった」

 「あたしも来れてよかったと思ってる。だってこれがあたしの仕事だし、したいことだもん」

 防災士長であるスバルの能力は特別救助隊のなかでも指折りだ、そんな彼女がいないときに大規模火災が起こったことに隊員たちは舌打ちして神のクソ野郎と呪ったが、現場に駆けつけてきたスバルを見て、前言撤回した。

 そしてスバルは思う、もしなのはがあの奇跡を起こしてくれなかったら、自分は今ココには居れなかっただろう、だからそのことには感謝してもしきれない。

 (なのはさん、貴女のおかげで、あたしは助けを求めてる人を無事に助ける事が出来ました)
 
 だけど、死者を1人も出さずに済んだのは、なのはの奇跡のおかげだけではない、ノーヴェが、他の隊員が居てくれたから、それが出来た。

 それが自分の職場、特別救助隊。助けが必要な人の下へ、1秒でも早く、そして1人でも多く助けることに力を尽くす場所。

 こっちのなのはさんに助けられてこの道を目指すことを志し、今また別のなのはさんが起こした奇跡によって、自分の居るべき場所、やるべきことを改めて認識した。

 そのことを、スバルは隣に居たノーヴェに対して口にする、だがそれは言葉にすることによって、自分に強く言い聞かせる意味合いが強かったかもしれない。

 「ノーヴェ、あたしたちの仕事は大変な事が多いけど、人の命に直接関わる大事な仕事だから、これからも頑張っていこうね!」

 「何言ってんだ、そんなん当たり前じゃねーか」

 何を当然のことを、といわんばかりのノーヴェの表情と言葉に、返ってスバルは笑顔になり、うん、そうだよね、と返して炎の色ではない赤で染まりつつある空を眺めた。

 女神さまがくれた奇跡で今回は助けられたけど、それはもう2度と起こらない一度きりの贈り物で、これからも自分の現実は続いていく。だからここにいるノーヴェたちと一緒に、精一杯の力で自分の選んだ道を生きていこうと、赤い空を見上げながら、そんな思いを抱くスバルだった。

 そしてようやく現場の緊張が抜けたためか、無事保護したあの弟分は、今頃どうしてるかな、と考えた。







 クラナガン 管理局病院 特務六課用病室

 
 「はい、一通りの検査は終わりました。これで無事退院できます、おめでとう」

 医務官であるシャマルは、その言葉とともに患者に笑顔を向ける。患者は2名、トーマ・アヴェニールとリリィ・シュトロゼック。さらに付き添いにアイシス・イーグレットもいる。

 トーマは完全にエクリプスウイルスの影響が抜け、元の少年に戻っており、リリィは本来エクリプス兵器の生きた制御端末のようなのであったが、”奇跡の歌”が響いた後は、口が効けないだけのごく普通の少女となっていた。

 その理由についてはシャマルも分からないが、その光景を見た者としては、あの女性が誰かが不幸になることを望まなかったから、という結論しか浮かばなかった。そいう奇跡があったっていいじゃない、と思う。

 それに、自分たちとて元は単なるプログラム、文字と数字の羅列でしかなかった者たちだ、だからこの少女が人として生きることに、なんの問題があるという。

 だが、その少女、リリィ本人がそのことに当惑していた。自分の所為で多くの人が死んだ、その自分が普通に生きていいのか、と問うてきたのだ。

 ソレに対して無論トーマは、それはリリィの所為じゃない、と励まし、もう1人のアイシスは悪いのはその研究所のクソ野郎たちだよ! と怒りを顕わにして反論している。

 その光景を微笑ましく眺めながら、シャマルはリリィに優しく語り掛ける。

 「ねえ、リリィちゃん、聞いてくれる?」

 【は、はい】

 リリィは言葉を話せないが、念話を以って意思疎通を図ることはできる。ただ、人間になった彼女のソレは以前と異なり、通常の魔導師の念話と同じようなものになっていたが。

 「私達もね、リリィちゃんと似たようなものだったの。ある魔導書の付属品でしかなく、主の命令には逆らう事が出来ないプログラム」

 リリィを初めとした3人は驚いた、トーマですらそのことを聞いたことはなかった。

 「私達は、その間に多くの罪を犯したわ。今ではほとんど思い出すことすら出来ないけど、自分の手が血で染まる感触は、今でもなんとなく覚えてるの」

 3人とも声も出せずに、固唾を呑んでシャマルの言葉に耳を傾ける。

 「でも、はやてちゃんが、今の主がそんな私達を助けてくれた、私たちを”人”にしてくれて、一緒に罪を償う道を歩んでくれると言ってくれた」

 リリィは思う、そのシャマルの主は、自分にとってのトーマだと、初めて自分に温もりをくれた大事な人。

 「死ねことを選べば楽だったかもしれないけど、彼女が示したのは、一人でも多くの人を、私達が起こしてしまったような事件で苦しむ人たちを助けていく道。だから私は今ここに居る」

 シャマルの言葉には重みがある、彼女を初めとした4人は、16年目のあの日、己たちの身の振り方を真剣に語り合ったのだから。

 「闇の書の守護騎士たちは、今もそうして生きているの。貴女の場合は、貴女の責任なんか少しも無いんだから、そんなことを気にしちゃダメよ」

 とシャマルが締め括り、リリィが涙を流して頷いている所へ、別の声が掛かった。

 「そうだ、存在することは罪にはならない。剣を振るうことしか出来ない私ですら、こうして生きることを許されているのだ。お前が許されない道理がどこにある」

 シグナムだった。松葉杖を付き、点滴台を脇に従えながら、しかし背筋を伸ばして病室の前に立っていた。

 「シグナム!? 貴女こんな所でなにしてるの!?」

 「ヴィータから聞いた、保護された少女がかつての我らと似た境遇で、そして生き方に迷っていると。ならば先達として助言の一つでもと思いまかりこした次第だ」

 「次第だ、じゃないでしょ!! 貴女絶対安静なのよ、わかってる!?」

 「わかっているさ、そしてザフィーラは今の私のような状態で6年前の事件では動いただろう」

 「あの時は仕方なかったけど、今はもう事件は終わってるのよ、なのに「シグナムー!! テメぇ何処行きやがったーー!!」

 シャマルとシグナムの口論、というかシャマルの説教が始まろうとしたとき、ここは病院だ、という注意を受けそうなほどの大声が聞こえてきた。

 実際、「はい、すみません……」という小さな声も聞こえたので、注意を受けたようだ。

 「ここか、やっぱり居やがったな、さあ病室戻るぞ馬鹿野郎」

 現れたのはヴィータだった。注意されたからか、大きさは抑えてあったが、その声は怒りに満ちている。

 「いや、まだ私はこの少女にいうべきことが……」

 「それはシャマルに任せとけ、テメエの一番の仕事は傷を早く治して現場復帰することだろうが」

 「それはそうだが、しかし」

 「い・い・か・ら、いくぞ! ったく世話やかせんじゃネーよ」

 と言ってシグナムを引っ張っていくヴィータ、そして去り際にリリィに向かって。

 「まあ、なんだ、シャマルとこの馬鹿がもう言ったとは思うけど、お前は悪くねーよ、それに、もしそう言う奴らがいても、守ってやるんだろ? 坊主」

 前半はリリィにだが、後半はトーマに向けた言葉だったようだ。そのことに気づいたトーマは、元気よく頷いた。

 「はい、もちろんです、リリィのことをとやかく言うヤツがいても、俺はぜったいリリィの味方だから」

 「うむ、いい顔だ。男の顔だな、頼もしいぞ」

 「早く来いつってんだろシグナム、何うんうんと頷いてやがる!」

 そういうやりとりを残し、二人は去っていった。シャマルがコホンと咳払いをし、もう一度纏めに入る。

 「ま、まあヴィータちゃんとシグナムも言ったとおり、リリィちゃんは責任を感じることは何も無いわ。それでももし自分で納得できなかったら、トーマ君やアイシスちゃんに相談なさい、あなたのことを最も親身になってくれるのは、きっとこの2人だから」

 「もっちろん」

 「リリィ、何でも言ってくれよ」

 その2人が元気よく返事をすると、リリィもようやく笑顔になり、彼女の心の影は一応は祓われたようだ。

 「さて、退院したあとは、ナカジマ家に向かうのかしら」

 「はい、こんなことになっちゃいましたから、一旦戻って、そのあともう一度今後どうするかを考えます」

 「あたしは、もう一回3人で旅したいな」

 【わたしも、そうなれば素敵だと思う】

 「まあ、なんにしても一旦おうちに帰らないとね」

 そして、3人は病院から退院していった。リリィは足が動かないので、たまたま現れたザフィーラ(シグナムの見舞いに来た所だった)の背に乗って少し離れたターミナルまで行き、仲良く笑顔でナカジマ家へと向かうのだった。

 ちなみに、ターミナルへ向かう最中、第3者がいると分かれば会話も弾まないだろう、と気を遣ったザフィーラは終始無言のままだった。なのでトーマたち3人はザフィーラが喋れることを知ったのは、ずっと後のことになる。




 

 あとがき

 もう最終回うんぬんは言いません、罪が重くなりそうなだけなので。それと今回はなのちゃん出ませんでしたね。

 次回書く予定なのは、フッケバインとなのちゃんのその後、そしてお別れですね。最終回とは言いません、これ以上嘘予告はしたくないので。

 今回のトーマたちを出しましたが、彼等の性格が今イチ掴めていないので、違和感があったら御免なさい。

 ただ、本編が終わったら、おまけ話として高町一尉のことの様子を短く(多分)書いて、もうひとつおまけを書いて終わりにする予定です。



[28792] その7  ただいま
Name: GDI◆9ddb8c33 ID:97ddd526
Date: 2011/07/27 01:26
 その7 ただいま 


第一世界ミッドチルダ、特務六課 司令室


 ヴェロッサに回復魔法をかけてもらい、疲れきった身体を多少回復させた八神はやては、改めて真剣な話に戻っていた。

 「それで、フッケバインの処分の方はどうなっとるか知っとる?」

 ここ数日の忙しさもあり、司法の方に引き渡したフッケバインの連中のその後については、はやてもまだ良くは知らない。

 「クロノ君から聞いたけど、まだまだ時間はかかりそうだね。ただ、やっぱり極刑の声は多いみたいだよ」

 基本教育刑である管理局の刑法には、死刑というものはない。そこにはさまざまな理由があるが、とりあえず管理局において極刑とはすなわち、無人世界における数千年に渡る封印処置である。こうなったものは死ぬこともなく、ただ虚無の空間を漂うだけの存在になるのだ。

 「そっか…… 彼らにも、人を殺さなければいけない理由があったからなぁ、ウイルスさえなければ、あそこまでのことはせえへんかったやろうけど……」

 「けれど、彼らには人を殺しながら生きるよりは、自分ひとりが死ぬ、という選択もあったはずだよ」

 「せやかて、そんなこと思える人なんて、まずおらんよ。自分が苦しいときは、周りに配慮なんてできんのが当たり前や」

 「そうかな? 少なくても僕は1人知ってるよ。9歳という幼い身でありながら、そしてその手段が命を奪うほどのものではないと知っていながらも、”他所様に迷惑はかけられない”といって自分ひとりが死ぬほどの苦しみを味わうことを選んだ少女のことを」

 そう悪戯っぽく言うヴェロッサの言葉に、はやては一瞬何のことか分からずキョトンとしていたが、ヴェロッサの視線がジッと自分を見ていることで、ようやく自身のことを言われていたことに気づき、慌てて答える。

 「あ、あのときは魔法のこととかよう知らんかったし、そんな言われることやないよ」

 「まあ、そういうことにしておこうか。ただそうだね、やはり今回の件は更生施設送りというわけにはいかないだろうな。守護騎士やナンバーズの娘たちのときとは状況が違う。彼らは無辜の民を殺しすぎた」

 16年前の闇の書事件のときは、守護騎士たちは不殺の誓いを抱いており、負傷者は管理局の武装隊のみ、唯一の民間人である高町なのはもまた、彼らのことを起訴していない。そのさらに11年前の事件の死者の遺族であるハラオウン母子も同じく。

 さらに言及すれば、守護騎士たちは16年前の事件以前では、その人格すら確認されていない、ただのプログラムでしかなく、主が変わるごとに記録のほとんどがリセットされる使い捨ての道具でしかなかった。

 16年前の事件において彼らが自己の意思を持てたのは、主であるはやてが一度も闇の書を用いた魔術的な”命令”をしなかったからだ。彼女がしたのは全てお願いであり、命令は無かった。それ以前の主は、一度も彼等を人扱いはしなかったため、彼らもまた道具しかなかったのだ。

 故に、彼らを”人間”として罪を問うならば、該当するのは最後の闇の書事件のみ、それ以前の事件の責任は”道具”を使った主にある。そしてその最後の事件においては死者は出ていない。

 J・S事件においては、ナンバーズの少女達による死者は0。民間人はもちろん、武装局員にすら出ていない。それ以前における抗争では局員の死者出たが、その際は最高評議会の思惑だったとも言われている。

 また、彼女達はDrスカリエッティによって生み出された、人工生命体であることも、酌量のおおきな要因となっている。彼女達は、スカリエッティのラボ以外の世界を知らなかったからだ。

 だが、今回のフッケバインたちは少々今までとは趣が異なる。彼らはしっかりと自分のやっていることを”悪行”であることを理解しており、他者及ぼす影響を知りながら、それを行っていた。

 そして、”人を殺さなければならない”という事柄において、彼らは戦争中の世界へ行き、傭兵として参加する、などということはしなかった。戦争のさなかであれば、立場は対等、彼等の異能は敵を殺し、敵の質量兵器は彼らを殺す。

 だが、彼らは戦う力を持たない、一般の人間を殺していた、そこに言い訳の余地は存在しない。

 「そやね、最近では開拓団の人たちや、教会のシスターが殺されとったし……」

 「ただ、彼らにはもう再犯の可能性は少ないから、”極刑”ではなく、凍結処理になるかもしれない」

 凍結処理は、”極刑”である永久封印と同じ措置をした後、50年~100年後の解凍し、その後社会奉仕に従事させる処分を指す。永久封印は強力な力と更生の余地がない精神の両方を持ったものに適用されるが。凍結処理は、その罪人自身には強力な個体能力がない場合にとられる措置だ。

 ちなみに、Drスカリエッティの場合は、その永久封印をするかしないかでかなり揉めた。彼の娘であるナンバーズの胎内には新たな”彼”の種が仕込まれてるとのことなので、もし彼を封印した場合、新たな彼が生まれるのではないか、もしそうなったら、その赤子まで封印するのか、ということが争点となったのだ。

 それ以前に、”そうした装置”が世界のどこかに無いとどうして言える。ヴェロッサも彼の頭脳を走査してみたが、その中身は混沌としておりいまいち確信がもてなかった。というか、本当に彼が”人間”であるかどうかすら分からない。S+ランクの渾身の攻撃を生身で受けて、血の一滴も流れない男なのだから。

 そうした経緯があり”わざわざ藪を突付いて蛇を出すこともない”という、少々情けない理由で、スカリエッティの処分は現在のようなものになっている。

 「やっぱり、刑務所への収監、ということにはならへんか」

 「難しいね、もしなったとしても終身刑は確定だ。というか、今彼らを外に出せない、出したら多分殺される」

 その言葉に、はやての表情がより険しくなる。そのことは、彼女もある程度予想はしていた。

 「やっぱり、暗殺者がでたん?」

 「ここ数日でなんと3人、みんな狙いは首領のお嬢さんだった、人気者だね。やはり、彼等に生きていてもらっては、いいや少し違うな、”生きた彼らが管理局に捕まっている”という状況を好ましく思わない方々がいらっしゃるようだ」

 フッケバインは、次元世界を渡り歩き、さまざまな”依頼”を受けていた。そしてその”依頼主”がその世界における権力機構の一員であったことも多かった事が、暗殺者の存在で証明されたようなものだ。

 「親兄弟を殺された復讐ではなく、たんに自分に火の粉が飛ぶことを恐れての暗殺指示。世の中はシビアなもんだね」

 「とりあえず、今彼らを殺されるわけには絶対いかへん。変な話やけど、ここはしっかりフッケの連中を守らんと」

 「ああ、警備強化はしてるって言ってたよ。それで話を戻すけど、彼らのうち何人かは凍結処分になりそうな気配もあったよ。たしかステラという子がそうだったはず」

 今のところ凍結処理に決まる可能性が高いメンバーは2人。

 「その子は”自分がしてきたことは分かってるつもり”といって言たし、ドゥビルという男性は”今更じたばたはしない、甘んじて刑を受ける”と言ってから、その線でいくんじゃないかな」

 ただ、”俺を生かしても、テメエらにいいことなんざひとっつもねーぞ。殺れるうちに殺っときな、じゃないと、後悔するぜ”と言っていたヴェイロンは、どうあっても永久封印確定だろう。同様の思考のサイファー然り。

 「じゃあ、”極刑”か凍結処理かのどっちかになりそうって感じなんやな」

 「ああ、ただ、凍結処理というのもかなり厳しい罰だと思うよ。自分を知る者が誰もいない世界で、囚人として生きることになるのだから」

 はやてはそうなった自分を想像してみた、家族も友人もいない世界で、罪人として社会奉仕する自分……… これは確かに辛い。その上、そうした日々の中で、かつてした自分の罪を振り返ることになるのだから。

 そして重い沈黙が2人の間に流れたが、しばらくしたあと、さらに重い内容をヴェロッサが口にする。


 「それと、彼等の背後関係というか、協力者の存在が分かってきたよ」

 そういうヴェロッサの表情と様子が、常の彼らしくないものだったため、はやては心の中に鎧を着込んだ、これからヴェロッサが言う言葉には、心構えが必要そうだ。

 「ええよ、聞きたい」

 「彼ら、フッケバインに情報と資金を提供していたの存在は、個人、組織、両方あるが、その中で最も多くそれらを融通していたのは、CW社だ」

 それを聞いたはやての心に受けた衝撃は大きなものだったが、準備は出来ていたので、表情を動かすことは無かった。そして、ヴェロッサの様子からある程度予想は出来ていたのだ。

 「CW社は管理局という膨大なシェアを持つ市場への食い込みを図っていたのは聞いとったけど」

 「そのあたりで特に聞くのは通信技術関係だけど、本当の狙いは”武器”関係だよ。人間というのは強大な武器を持ちたがるものだからね、そこを上手く突いてきたんだろう」

 「CW社の製品の特許技術で、最たるものは”強度の魔力遮断状況でも使用可能”やったな」

 「ああ、しかし、そんな状況には滅多にならないから、あくまでそれらは”緊急用に備えておけば便利”というものでしかない、それでは既に大手が出揃っているデバイス関連市場に食い込むには弱い」

 「そこで目をつけたのが、フッケバイン……」

 「彼等が使うディバイダーは、その”強力な魔力遮断状況”を作り出す、故に、彼らがもっともっと暴れて、管理局が危機感を抱く脅威にまで成長してくれれば、CW社の製品が注目されるようになる」

 「そうして有用性を発揮させていくうちに、CW社の製品をメインになっていく、か。なんともまた、分かりやすいっちゃ分かりやすい話やな」

 「現実問題、CW社の思惑は成功していた。多分、そうして”脅威”に成長させたフッケバインを対処しきれる自信があったのだろうね、実際はどうなったのかは分からないけど、小火を起こすつもりが、大火事になっていたかもしれない」

 「あの首領は、それを知っとったんやろうか、知っててなお、行動するほど世界が憎かったんやろうかな……」

 「どうかな、どちらにしても哀れなことさ」

 再び重い沈黙、今度その沈黙を破ったのははやてだった。

 「なんや、世知辛い話やなぁ」

 「奇跡で解決した事件の底をさらってみれば、出てきたのは現実の非情さだった、か」

 「ああ、でもそうじゃなきゃわたしたちがいる意味あらへんもん、なんでもかんでも女神さまに頼ったらあかんて」

 「女神様は、お疲れのようだしね」

 その言葉の意味することは、女神こと高町なのはの魔力がなくなっている事実を指している。

 あの後、意識を取り戻したなのはには、以前あった膨大な魔力が、一切合財全く無くなっていた。ちょうど、幼き日にヒドゥンを退けたあの時のように。

 まるで、もう彼女の奇跡は必要なくなった、というように、今の彼女は本当に普通の女性になっていたのだ。

 「驚いたで、なんせあの馬鹿魔力が、影も形もなくなっとるんやから。でも、これで良かったというか、こういうもんなや、と思ったよ。やっぱり、ティアナも言うてたけど、奇跡には代償が必要なんやね」

 「そうだね、何度も起こせないから奇跡というんだろう。そして、奇跡が正体不明の病気を無くしてくれたなら、社会に蔓延る影を祓うのは、僕らの役目だ」

 そうして拳をぶつけ合ってて、ニヤっと笑う2人。辛気臭い表情していても始まらない、心機一転張り切っていかねば、と言わんばかりに。

 「そういえば、その女神様今どうしてるのかな?」

 「一応”高町なのは一等空尉”は長年のリンカーコア酷使と、以前の古傷が痛み出したので、現在リンカーコア障害おこしたことになっとる。そんで療養のため、長期休暇とった形やな。実際魔力出えへんから、疑われはしなかったよ」

 「そうか、それは何より。それで今回の件はなんて報告したんだい?」

 「そのままやよ。なぜか世界からエクリプスウイルスが消えて、事件解決。なんせあのとき艦内の機能落ちてたから、記録映像もないし、本部の方の魔力観測機は針振りきれてて、出所なんかわからへんかったしで」

 「まあ、女神様の力がなくなっている以上、再現なんかできないしね」

 「一応調査はするみたいやけど、ロッサ信じるか? 『1人の女性が世界中のエクリプスウイルスを一瞬で無くしました』っていわれて」

 「ちょっと冗談にしては、あまり面白くないね、と注意するレベルかな。その女性の魔力が0なら尚更」

 「そやろ」

 そこで、2人は一息つき、長い話をひとまず止める。これからも色々仕事のことで話す事があるが、今は一旦休憩だ。

 「今頃、女神様は何してるんだろうかね」

 「そやなぁ…… 多分エプロンつけてお菓子つくりでもしてるんちゃうかな」









 第一世界ミッドチルダ 高町なのはの自宅
 

 「それでは、今日は和食の基本にして奥義、玉子焼きに挑戦してみましょう」

 八神はやての予測どおり、エプロンをつけていたが、少々異なる所は作っているのがお菓子ではなく和食であるというところか。

 なのはの、高町一尉とフェイト執務官の自宅に暮らすことになったなのはは、毎日ここで専業主婦をする傍ら、得意のシュークリームをはじめとした洋菓子を、スバルやはやて、ヴィータの職場に届けていた。基本的に働き者の女性である。

 そして、この家の娘である所のヴィヴィオとは、すぐに仲良くなった。なのははヴィヴィオを一目見るなり気に入り、ヴィヴィオに「なのはさん」と呼ばれると、「私のこともママっていってほしいなー」と冗談なのか本気なのか分からないことを言ったりしている。

 ヴィヴィオも当初は戸惑っていたが、基本的に彼女が知るなのはママと同じであった(今いるなのはの方が、2倍くらい子供好きのような気もしたが)ため、すぐに打ち解けた。

 ただ、少し困ることは「ヴィヴィオちゃん、私の娘にならない? 娘も欲しかったんだ~」とやはり冗談だか本気だか分からないことを言う所か。

 ちなみに、ヴィヴィオの見るところ、なのはさんはなのはママと比べて料理が上手(流石はプロ)だが、なのはママに比べて格段にどんくさい。彼女の覚えている限りでは、何もないところでこける”高町なのは”を見たのはここ数日の間だけだ。ついでにこのまえ公園で散歩したとき、歩く早さが自分よりずっと遅かった。

 なので、細部は結構ちがうなー、というのがヴィヴィオの印象。なのはママのカッコイイ所を、すべて可愛らしいところに変換したような、そんな感じ。

 そして現在ヴィヴィオの友人3名、コロナ、リオ、アインハルトと一緒に料理教室の真っ最中。先日は中華をやったので、今日は和食。

 4人の生徒達は上機嫌の先生のお手本を、その手際の良さに感心しながら眺める。


 「まず卵液を作り、フライパンを温めます。卵液のついたお箸でフライパンを擦ってみてください、フライパンに付いた卵がしゅわっと固まったらOKです。それから卵液を数回に分けて流しいれます、ふつふつと膨らんできますので、菜ばしで割りましょう。固まってきたら奥から手前に巻いていき、巻き終わったら奥に移動させて、そこへ手前に新しい卵液を流します。コレを繰り返して……」

 目の前でささっと見る見る間においしそうな玉子焼きが出来上がるのを、キラキラした様子で見るリオ、その手順を良く見て忘れないようにしているコロナ、ただただ圧倒されるアインハルト、と反応は3者3様。

 「完成♪」

 おおー、と歓声をあげるヴィヴィオを含めた4人。既にここ数日で朝昼晩と見てきたヴィヴィオも、やはりその早さや上手さに感心する。


 なのはママもフェイトママも料理もお菓子作りも上手だけど、なのはさんはその上をいく。もちろんお店をやってるプロなんだから、当たり前だとも思うけど、やはり女の子として”料理が上手な人”というのは尊敬の眼差しを送ってしまう。


 「卵焼きというのは奥の深いものだったのですね……」

 「深いんだよ」

 ヴィヴィオが知る限り、ココまでの腕前は、なのはママのそのまたママである、桃子さんだけだった。感心しきりのアインハルトに微笑む様子はやはり桃子さんそっくり。

 皆一口ずつ完成した玉子焼きを食べて、おいしー! とか、すごいなぁ、とか ………(無言で感心)などの反応を示した後、それぞれの調理を開始した。

 なのはの教え方は、手取り足取り丁寧に教えていくやり方だ。包丁の持ち方、フライパンの振り方、調味料の計り方、全て隣もしくは後ろに立って、手を合わせてやり方を教える(その際、アインハルトは顔を真っ赤にしている)

 そういうところもなのはママとは違うんだよなーとヴィヴィオは思う。なのはママのやり方は、一度全部自分でやらせてから、その結果次第で自分の悪い所を見つけさせるやり方だ。

 逆にフェイトママは、常にピッタリと側にいて、一挙一動をハラハラしながら見守り、すぐに手伝ってしまって、最終的に自分が作ったんだかフェイトママが作ったんだか分からなくなる事が多い。

 なのはさんは、ややフェイトママよりな感じだが、その中間。手取り足取り教えるが、肝腎なところは自分でやらせる。そんなやり方。

 ちなみに、ヴィヴィオ個人としては、やはりなのはママのやり方が一番あってたりする。

 そして、今のアインハルトさんには、そのやり方でやったらダメだろうなー、とフライパンをひっくり返してしまった年上の友人を眺めながら思うのだった。



 なのはの見立てでは、4人の中で一番慣れてるのはヴィヴィオ、次にコロナ、やや離れてリオ。そして……アインハルト。昨日おとといの洋食と中華でも大体同じ結果だった、分かりやすく示すと

 ヴィヴィオ :上の中
 コロナ   :中の上
 リオ    :中の下
 アインハルト:かなり気の毒

 こんな感じ。

 まあ、部屋にサンドバックとトレーニング機器しかない格闘少女に、嫁入りスキルを求めるのが酷というものだろうか。

 そして、なんとかなのはの手ほどきを受けながらアインハルトも完成。それぞれが今回の反省点を教わった後、デザートになのはが作ったマロンケーキを食べて、今日はお開きとなった。

 帰りの途中、「次は負けません」と決意を胸に秘めたアインハルトを見ながら、「多分明日も同じこという気がする」とひっそりとコロナに耳打ちし、窘められるリオの姿があった。


 友人3人を見送るヴィヴィオの元気な姿を眺めながら、なのははとても幸せな気分に浸っていた。いいなあ、やっぱり女の子もほしいなぁ、と思い、うん、クロノ君におねだりしよう、と心に誓う。

 また、こっちの”自分”がしっかりと母親をしていたことに、安堵と満足感を覚えていた。”自分”がちゃんと女性らしい、家庭的なところがあるのは、ヴィヴィオを見ていれば分かる。

 スバルたちからはカッコ良さが強調された”武勇伝”ばかり聞かされていたので、少々不安になっていたのだ。

 でも、こうして生活感のある家で、元気に友人達と遊ぶ娘を見ていると、それが杞憂だったということが分かる。それと同時に、こんな可愛い娘がいるんだから、あまり危ない仕事はしないでほしいよ、なのはさん、と自分に語り掛ける彼女だった。

 そうして、玄関から戻ってきたヴィヴィオと、今の3人についての話や、学校での話などをしながら、なのはは楽しく時間を過ごす。とそこへチャイムが鳴り、誰かの来訪を知らせてきた。


わたしが出るよ、といって軽い足どりで玄関へ向かッたヴィヴィオが出会った人物は、なんとクロノ・ハラオウン提督だった。

 「く、クロノさん! どうしたんですか? 平日のこんな時間に、っていうかいらっしゃませ、どうぞなかへ」

 「ありがとう、驚かせてしまってすまない。あまり緊急というわけじゃないが、大事な用があってね、なのはは、高町なのはさんは、今いるかな?」

 高町なのはさん、と言い直したことで、ヴィヴィオはクロノが、なにかなのはさんに大切な用が、おそらく仕事関係の用があるということを察し、「なのはさんにお客さんです」と知らせ、クロノをリビングへ通した後は、わたし、部屋に戻ってます、といって去っていった。

 よく出来た娘だな、と感心しながらヴィヴォオを見送った後リビングに入ったクロノは、彼が良く知る姿でありながら、彼が良く知る人物ではない女性と対面した。

 「クロノ、君?」

 入ってきた男性の姿になのはの声が若干掠れる。その姿は愛する夫によく似ていたから。

 「はじめまして、高町なのはさん。時空管理局本局提督、クロノ・ハラオウンです」

 そして、真面目な表情で挨拶するクロノを見て、厳密には声を聞いて、彼女は一瞬の忘我から立ち返った。

 「こ、こちらこそはじめまして、高町なのはです」

 そして挨拶しあった後、目が合ったのでそのまま見つめあう2人、なんともいえない空気が流れる。もしかしたらヴィヴィオにいてくれたほうが良かったかもしれないと、クロノは思いはじめていた。

 だが、いつまでも見つめ合ってるわけにもいかないので、コホンと咳払いしたあと、クロノは言葉を続ける。

 「今回は、こちらの勝手な要望で、民間人であり要保護者の貴女を、乗艦させてしまったことを、改めて謝罪します」

 いきなり謝られたので、なのはもまだ気分を落ち着かせてなかった所為もあり、あわてて返答する。

 「いいえ、こちらこそ勝手なことをしてしまって。本当に御免なさい…」

 「貴女が謝られることではありません、こちらは大変感謝しています。また、この件で貴女に何らかの不利益が生じないよう、こちらとしても対処していますからご安心を」

 背筋を伸ばして、凛とした佇まいで、きびきびと話すクロノを見て、私のクロノ君とは結構違うなぁ、と思いながらもクロノに着席を促がし、コーヒーを淹れて対面に座る。

 彼女のクロノはいつも砂糖を一杯だけ入れていたが、なんとなくこの人はブラック派だと思ったので、砂糖は入れずに添えておいた。

 「あの、フェイトさんから聞いたんですけど、クロノく、クロノさんは私より年上なんですよね…?」

 「ああ。今年でもう30になります。若者とは呼べない年代に入ってしまいましたよ」

 なんとなく、彼からは最愛の夫より兄である恭也に近い雰囲気を感じていたのは、だからだろうかと納得した。声といい、雰囲気といい、目つきといい、彼女のクロノとは大きく違う。

 「そうですか、あの、それで敬語は別にいいですよ?」

 「そうか、今回は非公式の訪問だし、そうさせてもらうかな。僕としても、友人と同じ存在の女性に敬語を使われるのは、少々慣れていない。……まあ、フェイトから聞いたが、君にとっては夫と同じ顔の男になるのだろうが」

 「あ、いえ、クロノさんは、私のクロノ君と結構雰囲気が違いますから、あまり同じ人っていう感じがしないので、大丈夫です」

 「そうか、僕としてもそうしてリラックスしてくれたほうが助かるかな」

 そうして、いくつかの雑談、今の暮らしのこと、フェイトのこと、ヴィヴォオのことなどを語り合った後、クロノは今日ここに来た用件を切り出した。

 「それで、今日ここに来たのは、君に教えておく事があるからだが、いいかな?」

 「はい、どうぞ」

 なのはもなんとなく予想は付いている。提督という偉い地位にクロノがいることはフェイトから聞いたときに既に驚いていたが、彼がここに来たこともやはり驚いた。そしてその理由を彼女なりに考えた所、ひとつ心当たりがあった。

 「彼ら、フッケバインの処分についてだ。正式な決定はまだまだ先だが、大まかな筋は固まったのでね」

 「………」

 なのはは黙ってクロノの言葉を聞いていく。

 「精神的に更生の余地が見られるものは凍結処理、見られないものは永久封印、ということになった」

 両方とも聞きなれない言葉だったので、なのはは内心首を傾げたが、それを見越していたのか、クロノは説明を続ける。

 「永久封印は文字通り、内も無い封印空間に永遠に封じる罰、コレは最も重い罰だ。凍結処理は、50年から100年の間封印したあと解放して、社会奉仕に従事させる罰だ。君が話した少女は後者のほうになるかな」

 その言葉になのはが抱いたのは、憐憫だろうか、安堵だろうか、それは彼女自身にも分からなかった。

 「社会奉仕、ということは、どういうことを?」

 「最近50年前の囚人が解凍されて、開拓団や農場などで働いているかな。この罰は、刑の執行直後に外に出すと問題があるから、事件のことを誰も覚えていない時期になったときに解凍される」

 それをなのはは想像してみた、事件のことを覚えているものがいない、ということは、誰もその人を覚えていないということ、世界にひとりぼっちになるということなのか。

 「重い、罰ですね」
 
 それを想像して悲しそうな表情になったなのはを見て、ああ、この女(ひと)はこっちのなのは以上に感受性が強いな、と感じ、事実を率直に話す彼には珍しくフォローをいれる。

 「たしかにそうだが、彼らはそれだけのことをした、その償いはどうしても必要なことだ。ただ、ある意味では、全く新しい自分の生き方を見つけられる、という側面もある、そう悲観することばかりじゃないさ」

 らしくないな、こんな気休めにもならないうことを言うとは、と自嘲しながら、クロノはコーヒーを啜る。その苦味が、今の彼の心境にはちょうど良かった。

 そしてそんなクロノの不器用な気遣いに気づかないなのはではないので、ふわっというような擬音が当て嵌るような笑顔で礼を言う。

 クロノは不覚にも心拍数を上げてしまった。そのなのはの儚げでありながらも柔らかい微笑みは、常に平常心を保つことを信条としている歴戦の提督にとっても不意打ちだったのだ。

 特に、なのはの顔でそうした表情をされた事が何より大きかった。彼が知る彼女の笑顔は、味方に勇気を与えるエールのような、そんな活力に満ちたものだが、こうした表情は初めてである。

 なるほど、異なる世界の自分は、この笑顔にやられたのかも知れないな、と思うクロノだったが、実は2人の恋の始まりは、なのはがクロノの笑顔にやられた事がきっかけだったりする。

 「しかし、はやてから聞いていたが、彼等の処分をどうして知ろうと思ったんだ?」

 「自分で、したことですから、それがあの子達にどういう結果をもたらしたのかだけは、ちゃんと知っておきたかったんです」

 なるほど、こういうところは”高町なのは”らしいな、としみじみとなのはを眺めるクロノだった。 

 

 その後、いくつかの雑談を交えた後、クロノはそろそろお暇する、お邪魔した、と席を立つ。なのははもうすぐ夕飯だから良かったら、と誘ったが、実はまだ仕事が残ってるんだ、と丁重に断った。

 「それに、いくら妹の家であるとはいえ、独身の女性の家で夕飯を頂く、というのは妻子持ちの身としては、ね」

 なのはは今のクロノの状況を自分に置き換えて考えてみて納得する。

 「確かにそうですね、でも、その場合はやっぱり浮気になるんでしょうか?」

 「いや、君の世界の僕は君と結婚していても、僕は結婚していないからな」

 その返事にフフフっと笑い、クロノを見送ろうと立ち上がるなのは。



 異常はそこで起こった、クロノが突然念話(らしきもの)を受信したのだ。

 (もしもし、聞こえますか、僕の声が聞こえたら、返事をお願いします)

 クロノの記憶の棚にある人物の声の名簿の、どのページにも載っていない声だった。近い声で言えばユーノだが、彼の声とも少し違う、ただ、男性にしては高い声だ。

 【聞こえる。君は何者だ?】

 (クロノ・H・高町といいます。あなたの名前もクロノであっているでしょうか?)

 何? という思考がクロノに疾る、となるとこの声の主は、異なる世界の自分か、しかしだとすると随分声が違う……

 【ああ、そうだ、とすると君は”なのはの夫”の僕、クロノなのか?】

 (ご存知でしたか、良かった。重ねて質問ですが、現在のなのはの状況などは分かりますか?)

 自分に敬語を使われると変な気持ちになるな、と思うクロノ。どうやら向こうでは夫妻そろって礼儀正しいらしい。

 【というか、今側にいる。話があるならば直接がいいだろう、君の声を伝える方法はあるか?】

 (そうですね、貴方の身体になのはが触れれば、聞こえるかもしれない……)

 【わかった「なのは、ちょっといいか」

 突然黙り込んだクロノの様子を、傍らで黙って見守っていた(念話のことは教わっていたので、不思議には思わない)なのは対して、クロノは手招きし、自分の肩に触れるような促がす。

 少し戸惑い気味のなのはだったが、言われたとおりに肩に触れると、ここ数日彼女が最も聞きたかった声が聞こえてきた。

 (なのは、聞こえる?)

 「クロノ君!?」

 間違いなく、自分の夫の、愛する男性の声だった。目の前にいるクロノではなく、彼女のクロノの声だ。

 (よかった、無事かい? 怪我とかはしてない?)

 「私は大丈夫、とっても元気だよ、でも、どうやって話せているの、これ?」

 (なのはが入れ替わったあと、あの鏡を調べてみて、なんとかその機能を少しだけ使えるように、手を加えてみたんだ)

 天才開発技師の名は伊達ではない。愛する妻が行方不明なったというのに、なにも出来ないでいる男ではなかった。

 「そっか…… やっぱり頼りになるなぁ、私の旦那さまは」

 (まだ戻れる方法は言ってないよ、褒めるにはまだ早いと思うな)

 「ううん、私はクロノ君を信じてるもの」

 (ありがとう、君に信じられていると思えばこそ、僕は頑張れたんだ)

 「うん」

 (それで戻る方法は、こっちの鏡をもう一度起動させるだけだけど、その際、座標や位置の確認はこっちでしっかり行うから、失敗はしないよ。一応万全を期して、次の満月までは待つことになる、どうやらこの鏡が機能を発揮させれるのは、あと1回が限界みたいだから)

 「そうなんだ、わかった」

 (だから、あと3週間くらい待たせてしまう事になるけど、大丈夫かい?)

 「うんこっちの人たちは皆良い人たちばかりだから、とてもよくしてもらってるの」

 (それを聞いて安心したよ)

 「そっちの私はどうしてるかな?」

 (毎日、翠屋でウェイトレスやってるけど、初日の頃は緊張してたのか、ちょっと失敗続きだったな、けど、今はバリバリ働いてる、桃子さんなんか、『なのはよりずーっとフットワークが軽いわ』って感心してるくらい)

 「もー、お母さんたら、私なんかこっちでは、事あるごとに”どんくさい”って言われてけっこうショックなのに……」

 (フフッ でもいろいろ話を聞いて驚いたよ、まさかなのはが恭也さんや美由希さんみたいなことをしてるなんて)
 
 「あ! そうだ、あのねクロノ君、そっちの”私”に子供がいること聞いた?」

 (うん、聞いたよ。それにこっちにいるなのはも、凄く士郎の面倒を良く見てくれてる、やっぱりこのへんは同じだなって思ったよ)

 「そっか、良かった、っとそれでね、その子がヴィヴィオっていう女の子なんだけど、すっごく可愛いの! もう連れて帰りたいくらいに」

 (こっちのなのはも、同じようなこと言ってるよ、士郎を連れて帰りたいって)

 「それでね、クロノ君、私、女の子も欲しくなっちゃった……」

 (女の子か、そうだね、僕も欲しい。なのはに似た可愛い子になるといいな)

 「だから、帰ったらよろしくね……?」

 (……了解、っとそろそろ時間切れだ、あまり長くは話せないんだ、この鏡の力も限られてるから。でも心配しないで、君は必ず帰れるから)

 「はい、お任せします、頑張ってね頼れる旦那さま」

 (ああ、それじゃあ、何かあったら連絡はこの世界の僕へするから、そのときは彼から聞いて)

 「うん、それじゃあね、クロノ君、愛してる」

 (僕も、愛してる)
 



 通信はそこで切れた。

 そして通信の中継器として、強制的に新婚夫婦のようなストロベリートークを聞かされていたクロノ提督も、キレそうになった。


 


 その後顔を真っ赤にして何度も謝るなのはに、気にしていないといいながら、もう一杯のブッラクコーヒーをお願いするクロノ。なんだかなのはが、自分と異世界の自分を同一視できない理由が良く分かった気がする。自分はエイミイにたいしてああいうことは言えない、とげんなりした表情で思った。

 そしてコーヒーを飲み干して幾分気を取り直したクロノ提督は、改めて別れの挨拶をして去っていった。

 なお、この際2階にいたヴィヴィオは、帰って行くクロノがやけに疲れた様子であることに、疑問符を浮かべながらその姿を見送ったという。





 そして、なのはが帰るまでの3週間は、嵐のように過ぎていった。

 ナカジマ家へ招待された時は、フードファイトのコックさんをやったり、ギンガやディエチと乙女な会話に花を咲かせたり、スバルやノーヴェに晶のことを話したり、ウェンディの冗談話で笑ったり、チンクを可愛がったりしていた。

 ハラオウン家へ招待された時は、リンディとお茶を飲みながら(なのはは笑顔で飲み干した)違う自分のことを話したり、「クロノ君の嫁同士、朝まで飲むよー」というエイミィに付き合ったり、ハラオウン家の子供達を可愛がったりしていた。

 八神家へ招待された時はシャマルに料理を教えたり、シグナムの稽古の様子に兄と姉の姿を重ねたり、リィンとアギトを可愛がったり、ミウラを可愛がったり、ザフィーラがやってるストライクアーツ八神道場の子供達を可愛がったりしていた。

 家ではヴィヴィオを可愛が(以下略)

 そうした楽しい時間が過ぎ、終になのはが帰る日がやってきた。その前日にクロノに通信が入り、時刻を知らせてきたのだ。

 集まっているのは関わった人全員ではない、ミッドではまだ6時過ぎということもあり、まだ仕事中の者もいる、それらの人は、あらかじめメッセージで伝えおいた。

 そして指定された時刻の5分前になると、なのはの周囲を淡い光が包み始めた。

 「それじゃあ皆さん、本当にお世話になりました。この1月のことは、一生忘れません」

 涙を目に湛えながら大きくお辞儀をするなのはに、皆がそれそれに別れの言葉を告げる。

 「あたしも、貴女に、なのはさんにあえてたこと、忘れません」とスバル。

 「いつまでもお元気でいてください」とエリオ。
 
 「教えてもらったお菓子の作り方、ずっと忘れずに、貴女に会えた証として、覚えていきます」とキャロ。

 「貴女のように素敵な旦那さまを捕まえられるよう、あたしも頑張ります」とティアナ

 「ほんまにありがとう、奇跡の女神さま。次は別に女神さまでなくてもいいから、また会えたらええな」とはやて

 この1月の間を同じ家で過ごしたフェイトは、ただ優しい抱擁を交わしたあと「元気でね」とだけ告げた。

 
 そして最後にヴィヴィオは、自分のリボンを解き、なのはに手渡した。なのはもまた、同じようにリボンを解き、ヴィヴィオに渡す。

 交換を終えた2人は、きつく抱き合ったが、なのはを包む光が強くなったので、名残惜しむように離れ、そして互いに笑顔でさようなら、と別れを告げた。

 
 光が一面を覆うほど強くなり、誰もが目を開けなくなったほどに輝いた後、そこには彼らが良く知る”高町なのは”が立っていた。

 「なのはママ!」

 一番先に抱きついたのはやはりヴィヴィオ、そして周囲の人々もまた、なのはの周りに集まっていく。

 そんな周囲の人たちに向け、彼女は皆が好きな、皆の元気が出るような、輝く笑顔で告げた。


 「ただいま、皆」

 
 




 
   
 

 海鳴市 藤見町 高町家


 あたりの民家が寝静まった深夜0時。高町家では、1人の女性がひび割れた鏡台の前に立っていた。

 その鏡をなぞるように触り、ちゅっとキスして、あなたのおかげで素敵な体験が出来ました、と礼を言う。

 そして、当然のことながら、彼女はすぐ側にいる誰かの気配を感じ取っていた。むろん、それが誰であるかなど、語るまでも無い。

 その人物はそっと彼女を抱き寄せ、万感の思いを込めてささやいた。

 「お帰り、なのは……」

 その言葉になのはもまた、万感の思いを込めて答える。どんなに居心地のいい世界に行っても、自分の居場所は、帰る場所は、ここしかないのだということを伝えるために。
 
 「ただいま、あなたのなのはが、帰ってきました」

 そして抱き合う2人を、真円を描く月だけが見守っていた。



 あとがき

 これにて本編終了。やはり中編になってしまいました。
 かなりのご都合主義と、捏造設定満載でお届けしましたが、読んで楽しんでもらえれば、ありがたいです。
 基本自分が話を作るときは『現実はどこまでも厳しいんだから、お話の中では甘い話があってもいいじゃないか』というのがあるのでこういう話しか作れませんでした。

 あとはおまけとして、リリカルのなのはInとらハですが、これはあまり構想が練れないので、本当におまけ話みたいな感じになります、期待されてた方がもしいらっしゃれば、ご期待のものにはなれないかもしれませんが、いちおう頑張ります。

 ただ、今週、というか明日から仕事が凄く忙しくなるので、いつになるかは分かりません。なるべく早く書きたいですが、今週中は絶対無理、来週でもできるかどうか、という感じです。気長にお待ちください。

それと、じつはこの話のメインタイトルの「リリカルマジック~素敵な魔法~」ですが、これは元祖魔法少女リリカルなのはのムービーで流れている曲の名前をそのまま拝借しました。その5のなのちゃんが魔法を使うときも、歌詞の一部を流用してたりします。

 それでは、お付き合いくださり、まことにありがとうございました。



[28792] 番外編 高町一尉の異世界生活
Name: GDI◆9ddb8c33 ID:97ddd526
Date: 2011/07/31 13:11
番外編 高町一尉の異世界生活


海鳴市 藤見町 高町家


 高町なのは、戦技教導官である高町一等空尉は、周囲の急激な変化に対応できずにいた。彼女とて歴戦の魔導師である、なので不測の事態に対する心構えは常にしてあったのだが、流石にこの状況には混乱した。

 自分は第3世界ヴァイセンのCW社機器試験場でAEC装備のストライクカノンの最終チェックを行っていたはずだ。それが、一瞬眩い光が目に入ってきたと思った次の瞬間には、自分は別の場所にいたのである。

 強制転移? いや、そんな術式は探知されたいなかったし。そもそもあの場所でそんな事が出来るはずも無い。だが現実問題として自分がここに居るということは、それを成した何者かがいるということ。

 そして不屈のエースたる彼女をして混乱させる最大の要因は、なによりも周囲の光景だった。見覚えがあるのだ、よく知っている場所なのだ。

 どうして自分は、海鳴の実家にいるのだろう、彼女の頭の中を占めているのはそれだった。なぜか、いきなり実家に転移している。

 『マスター、ここは間違いなく貴方の実家であるようです』

 転移する直前まで手にしていた”カノン”こそないが、彼女の側には相棒たるレイジングハートがあることを、今の声が証明している。それだけあれば十分、例え何者かの陰謀であろうとも、負けない不屈の心が自分にはある。

 彼女がそうやって冷静になるように努め、周囲の気配を探った所、すぐ側に誰かがいる事に気づいた。

 その誰かに対し、なのはは油断なく構えて、かつ心に鎧を着せて質問する。自分を強制転移させた相手ならば、まちがいなく強力な魔力の持ち主だろう。

 「貴方は何者ですか、私は時空管理局特務六課の一等空尉、高町なのは。私をここに召び寄せた理由を答えてください」

 だが、そんななのはの心の鎧は、相手の姿を見た瞬間霧散して消えた。現れた(実際は最初からその部屋にいたのだが)相手はよく知っている相手だったから。そしてその人物が口を開く。

 「なのは?」

 その顔は間違いなく彼女が知るクロノ・ハラオウンのもの。だが、その上に今現れている表情は、彼女が一度も見た事が無いものだった。困惑を隠せず、しかし相手(この場合自分)に対する気遣いを感じられる、そんな表情。

 「クロノ、君?」

 一度持ち直した心構えが、再び混乱の色に変わっていく。何故か実家に転移していて、何故かそこにクロノがいる、流石のエースもこの状況にはついていけない。

 そのクロノは自分をじっと見た後、考え込むような仕草をし、何らか結論が出たのか再び口を開いた。

 「君は…… 僕のなのはとは、違うなのはだね……?」

 その言葉になのはの理解は追いつけないでいる。混乱した頭では、考えを上手く纏める事が出来ない。

 その最たる要因はいきなり実家にいたこともあるが、何より目の前のクロノの存在だ。彼が実家の高町の家にいる訳が分からない。しかも、クロノの様子が彼女が知る彼と違うのだ。

 彼女が知るクロノは、あまり表情を動かさずに、難しい顔をしていることが多い男性だ。性格も一言で言えば厳格で、他人に厳しく自分にはもっと厳しい。提督という立場もあり、最近ではどこか”威厳”のような雰囲気を漂わせている。

 だが、今彼女の前にいるクロノは、綺麗な瞳でこっちを見つめながら、心配そうな表情でなのはの答えを待っている。良く見れば、このクロノの顔は自分が知るクロノより柔らかい印象を受ける。

 一番違うのは瞳だ、彼女がよく知るクロノは、常日頃から厳しい顔をしているからか、鋭い目を持っている。だがこのクロノの目は大きく真ん丸で、綺麗な青い宝石のようだ。そして、その全体の雰囲気はクロノというよりユーノかフェイトに近い。

 「ええと、どういうことかな、クロノ君」

 そのなのはの返答に、クロノは再び考え込むような仕草をして、同じように言葉を発する。

 「取りあえず、ここで立ち話というのもなんだから、居間に行こう。このままじゃ士郎を起こしてしまう」

 えっ、となのはは驚いた。そしてその驚きは2回来た。クロノが士郎のことを呼び捨てにしたことが一度目の驚き、そして2度目の驚きは彼が指した”士郎”が、彼等の横のベッドで眠る小さな子供であることだった。




 


 「ええええ!? 私とクロノ君が結婚してるの!?」

 そして居間にて、クロノが淹れたコーヒーを挟んで自分達の情報を交換していた2人だが、なのはの何故クロノが高町家にいるのか、という質問にたいして返ってきた答えに、彼女は思わず大声を発してしまった。

 「なのは、夜も遅い時間だから、もう少し声をさげて」

 「は、はい」

 今まで話したことは、彼女がココにいる理由があの不思議な鏡によるものだろうと言うことと、彼女がミッドチルダに住む時空管理局所属の魔導師であるということ。

 そして次なる質問として、クロノが居る理由を聞いたところ、近所迷惑1歩手前な大声になってしまったというわけである。

 「今話したように、君がここにいる原因は寝室にあったあの鏡なんだ。そして、あれがどういう原理でどういう機能を果たしたのかは、まだ分かっていない」

 「そう、だよね、でも……」

 なのはは部隊のことを考える。自分が作戦の中核だった以上、居なくなった場合の負担はどれほどになるか、果たして作戦は実行できるのか、というか向こうの自分は大丈夫なのか、と一気にいくつもの考えがよぎる。

 その様子を眺めていたクロノは、真摯な表情で、今自分たちに今できることを告げる。

 「君が不安であるのは分かるつもりだし、僕も君の世界にいったなのはが心配だ。けれど何も分かっていない以上、下手な干渉はしないほうが良い」

 それに対する答えは、力強い頷き。確かにクロノの言うとおり、無闇に行動するのは良くない。

 だが、それ以前に少し気になる事が、目の前のクロノを最初に見たときからあるのだ。

 「なのは、君は今夜は休むと良い、僕はあの鏡の調査を一通りしておく、明日の朝には桃子さんも来るし、詳しい情報交換はそのときにしよう」

 「う、うん」

 やはり違和感、優しい瞳で優しく語り掛けるクロノ、そんな存在は彼女の記憶の倉庫にはなかった。

 いや、おそらく倉庫内を隅々まで探索すれば見つかるだろう。おそらくそれには”希少品”のラベルが貼られていることは間違いない。だが、目の前のクロノはそれが常態であるかのごとく振舞っている。

 どうもクロノ君と話してる気がしないなーと彼女が思ったのは無理からん事だろう。

 しかも、彼女が知るクロノと違うのは内面だけではなく、外見も少々違う。髪が長いのだ、後ろで翠のリボンで纏めている。そんなところも、クロノというよりはユーノを髣髴させる。

 いや、むしろフェイトを男性にした感じかな、とも思ったが、すぐにフェイトちゃんは仕事中はともかく、プライベートで予期せぬことが起こった場合、こんなに冷静になれないよね、とヴィヴィオ大人モードになったのを最初に見たとき床にへたり込んだ親友の姿を回想しそれはナイなと思いなおした。

 「さっきの部屋、ああ、君にとってもここは実家だったね。あの部屋が僕らの寝室だから、そこで休んで」

 「わかった、じゃあ、詳しいことは、明日の朝お母さんが来た時に、だね」

 「うん、とりあえず、今夜はもう遅いから」

 時計は既に深夜1時半を回ろうとしている、これからさらに詳しい話し合いをするには、あまり相応しい時間とはいえないだろう。

 「クロノ君は、どうするの?」

 「僕はここで鏡のチェックをしたあと、恭也さんが使っていた部屋で休ませてもらうよ。あ、それと士郎は寝相がいいから、安心して。それじゃあ、お休み」

 「あ、はい、おやすみなさい」

 クロノが寝室から持ってきた鏡を前に、なにやらデバイスマスターの人が使うような道具を取り出すのを見ながら、なのはは最初に現れた寝室に戻る。

 そこには幼子が可愛い寝顔で眠っており、それをみたなのはも自然に頬が緩む。

 その子を抱くような格好でベッドに、大人2人と幼児1人が入っても充分な大きさのベッドに入りながら、なのははさまざまなことを考える。

 次元移動の技術では、通常こうした「近くて遠い世界」には移動できない。次元世界とは一つの惑星の異なる可能性の世界だが、類似した世界にはいけない仕組みになっている。

 同じ土地でも、そこを畑にするのと工場にするのとでは、外見から用途までまるで違う。次元移動で行けるのはこうした差がある世界で、工場の機械の配置が少し違う、といった具合の差異の世界には行けないのだが、どうしたわけか、あの鏡はそれを可能としたようだ。

 部隊のことはやはり心配だが、ここで自分がやきもきしていても仕方が無い、それに皆なら大丈夫だという信頼もある。その皆が居る限り、向こうの”私”はきっと無事でいるだろう

 しかし、彼女の脳裏の半分以上を占めるのが、今の状況、というよりもう1人の”自分”の環境だ。

 ミッドチルダにいっていない。

 翠屋の次期2代目になっている。

 そもそも魔導師じゃない。

 そしてなんと言ってもクロノと結婚している。

 こうしたことに加え、さらにそのクロノが自分の知るクロノとは、ほぼ別人であるということ。彼から感じる雰囲気、仕草、声などはむしろ、ユーノに近い。

 それ故に、つい考えてしまう。”自分”がこうしてごく普通の女性の幸せを掴んでいるように、もしかしたら自分もこんな風に、ユーノと結婚していた可能性もあるんだろうか、と。

 隣に眠る幼子、名前は父の名前の小さな命、この子を見ても、自分もこうして子供を生んでいる可能性があったんだろうか、と思ってしまう。

 いったいこれからどうなるんだろう、と考えた所で

 『大丈夫ですマスター、貴女ならどんなことでも切り抜けられます』

 という相棒の言葉を聞き、勇気付けられた彼女は徐々に眠りの世界へと引きずり込まれていった。






 そして翌日、早朝に帰ってきた桃子を交えて、改めて互いの情報を確認しあった。

 仕事関係、家族関係、友人関係、そして入れ替わった原因についてなど、全て話す頃には開始から2時間の時が経過していた。 

 その結果として、お互いが非常に驚く結果となったのは、もはや当然というべきだろうか。

 特に、昨夜多少話し合った2人と違い、桃子の驚きは殊更大きいものだった。

 「色々驚いたことは多いけど、それにしてもまさか、なのはが魔法使いで、しかも恭也や美由希みたいなことしてるだなんて、おかーさん驚きだわ~」

 子供のうち長男と長女は、既に一流の剣士となっているが、末っ子のなのははそれらとは無縁の、どちらかといえば運動は苦手な子供だったから、その娘がまさか、亡き夫や美由希のような、戦技の教官になっているとは。

 「そんなに意外かな?」

 なのはとしては、家族は自分が教導官になったことは少しも驚いていなかったので、この母の反応こそが驚きだ。まあ、話を聞く限り、こっちの自分は本当にごく普通の女性であるらしいので、無理ないことかもしれないが。

 なのはにとっては桃子はほとんど自分が知る母そのままだ。そのためか、変に緊張を感じなくて済んでいる。桃子にとっても娘は娘、ということなのか、屈託無く接している。

 お互いの環境についての話が一通りおわったところで、今度は今後どうするか、という話に移っていく。

 「とりあえず、何にしても僕は調査を始めます。だから、その間なのははもちろん家で過ごしてもらうことになるけど、お店のほうはどうします? お義母さん」

 「とりあえず、ホテルのほうには娘の調子が悪くなったので、って言って断ってきたから、大丈夫よ。それで、なのははどうする? 家にいてもいてもいいし、よければお店を手伝って欲しいけど」

 なのはとしては、無論手伝うの一択だ。どちらの世界においても、高町なのはという女性は働き者なのだから。

 「もちろん、手伝うよ。でも、私あんまり経験無いから……」

 この世界のなのはは、それこそ小学生に上がる前からメニューの撮影をはじめとした手伝いをしていたが、彼女はその頃常に遠慮していたので、邪魔になることを恐れて、あまり積極的に手伝うことは無く、そのまま魔法と出会い、今に到る。

 そのため、彼女が最後に喫茶翠屋で働いたのは、年単位の前のこと、それも2桁の年月だ。

 「だいじょーぶ、だいじょーぶ、バイトの子だってみんな最初は不慣れだし、分からないことはちゃんと教えてあげるから、ね?」

 「う、うん」

 不屈のエースと言われ、多くの局員から尊敬や憧憬の眼差しを向けられる女丈夫が、喫茶店のウェイトレスをすることに緊張を覚えることになるとは、誰が予想できただろう。

 しかしなのはとて人間、魔法関係、管理局関係となればベテランの彼女でも、慣れないことには緊張するのだ。また、緊張とは別に、自分はどれだけ実家の家業に携わってこなかったんだろう、という負い目のような感情も混ざっていた。


 そして女性2人が支度をして、家を出る前に、クロノが行ってらっしゃいの声を送る、その横には息子の士郎もいた。普段ならば翠屋に連れて行くが、今日からはクロノが自宅で鏡の調査をするので、小さな彼も自宅待機だ、明日からは幼稚園があるが。

 「なのは」

 気遣いが感じられる、その優しげな瞳、そして柔らかい声。彼女が知るその人の声とは全く違う、けれど耳に心地いい声。

 「いってらっしゃい」

 その微笑に、胸の鼓動が高鳴る。

 ……なるほど、”自分”はこの微笑にやられたのか、となのはは思ったのだった。



 海鳴市 喫茶翠屋 店内


 なのはにとって実に10年ぶり、もしかしたらもっと経っているかもしれない店員の仕事が始まった。

 ほとんど初めてといってもいいほどブランクがあるので、やはり最初は戸惑い、小さな失敗を繰り返してまう。そんな様子を見守る桃子は、丁寧に教え、冗談を交えて娘の緊張をほぐしてやる。

 桃子にとって、なのはに手取り足取り教えるというのは、実は初めてだったりする。なのはは本当に小さな頃から手伝っていたので、いつの間にかマスターしてのだ。だから、桃子が思い出したのは、たどたどしい動きのフィアッセや美由希の少女時代だった。

 来るお客の中には当然、なのはがウェイトレスをしていることに疑問を持つ者もいた、現在は彼女がマスターとして厨房とカウンターの両方にいる事が通常なので、常連さんにとっては不思議なのだろう。

 それに対する桃子の回答には、流石のなのはも目を剥いた。なんと、こともあろうに母は

 「なのは、昨日転んで頭打っちゃって、少し記憶があいまいなの、フィリス先生はしばらくすれば大丈夫って言ってたから、それまで先代の復活」

 呆気に取られるなのはを尻目に、お客達は「そうか、大変だねなのはちゃん」、「大丈夫かい? まあ、フィリス先生が言うなら大丈夫だろう」、「私の名前、分かります?」とごく普通に受け入れていた。流石は海鳴、実に素朴な気のいい人たちである。

 しかし、そのおかげで、”自分”との齟齬が埋まってくれた。俄かには信じがたいが、やはりここは海鳴、不思議な事が一杯な、そして優しい街なのだ。

 部活の帰りなのか、休日だが海鳴中央や風芽丘の女生徒が結構多い。そんな中の何人が、きょろきょろと店を見渡して、残念そうな顔になることが数回あった。それを見たなのはは不思議に思っていたのだが、回答は1人の女生徒の質問がきっかけで得られることになった。

 「あ、なのはさん、今日は旦那さんはお店出てないんですか?」

 「そうですよー、いつもは日曜は出てるのにー」

 えっと驚いたなのはは咄嗟に返事ができず、代わりにカウンターの桃子が援護にはいってくれた。

 「クロノ君はねぇ、ちょーっと急な仕事が入っちゃって、今は工房に篭もってます、残念だったねー」

 明るい笑顔で言う桃子に、そっかー、残念ーと口々に語る生徒達。どういうことかとこっそりなのが問うと、どうやら翠屋が若い女性に
人気があるのは、味と値段は元々だが、ここ数年である理由が加わったらしい。

 即ち、笑顔が綺麗な男性店員がいるということ。中性的なクロノの容姿は、特に海鳴中央や風芽丘の生徒達に大人気だそうだ。既婚者、ということも真剣な恋愛感情に発展させない良い要因になって、気軽に来れるというのもあるだろう。

 ちなみに、未だに高校生でも通りそうな容姿でありながら、しっかりとした”母性”を醸し出している2代目は男子生徒に人気である。本人は知らないが。

 理由を聞いたなのはは、はぁっと感心した顔をしたあと、新しい客が来たので、笑顔で挨拶をする。

 「いらっしゃいませ、喫茶翠屋へようこそ」

 そしてそれは彼女にとって、懐かしくもあり、新鮮でもある体験だった。





 その日の夜、高町家。

「ふう………」

 なのはは疲れた様子でソファに身を預ける。流石の彼女も、慣れない仕事で体力よりむしろ精神が疲れたようだ。

 「お疲れ様なのは、どうだった今日は?」

 桃子となのはが帰ってきたのを察知したのか、クロノが出迎えて労いの言葉を掛け、それを聞いた桃子が横合いから口を挟む。

 「桃子さんはビックリしたかな、だってなのはがあんなにてきぱきクルクル動くんだもん。バイトの子よりスムーズに仕事してたんじゃない?」

 当初こそ緊張していたなのはだが、初めて2時間も経つとそれもほぐれてきたのか、実に無駄なく迅速に動いていていたのだ。流石は実戦経験豊富なエース、周囲の状況を察知し、行動する判断能力が高い。

 「そうなんだ、すごいねなのは」

 「でも流石に疲れちゃった。だって本当に久しぶりだったから」

 「なんなら、マッサージしてあげたら? クロノ君?」

 いつもなのはが疲れていたら、クロノがマッサージをしてやっていたが、流石に今は状況が違う、とクロノは思う。

 「さすがにそれはちょっと。なのははなのはでも、やっぱり僕のなのはとは違う女性ですから、おいそれと身体に触るわけにはいきませんよ、お義母さん」

 「あはは、そうかもしれないけど、私は構わないよ?」

 「僕が構うんだ、妻あるものとして、独身女性の身体にみだりに触れるのはいけないと思うから」

 真面目な所はおんなじなんだ、感心するなのは。ようやく彼女の世界のクロノと共通する箇所を見つけたような気がする。

 「さて、夕飯までまだかかるから、なのはは先にお風呂に入ってきたらどう?」

 なのはは桃子の言葉に甘え、先にお風呂をいただくことにした。そこへクロノから、士郎も一緒に入れてあげてね、という注文がつく。

 リビングで絵本を眺めていた士郎をつれ、風呂場に行こうとすると、その幼子から意外(なのはにとってのみ)な言葉が発せられる。

 「とーさんは一緒に入らないの?」

 「うん、父さんはすこし忙しいから、今日は母さんとだけ一緒に入っておいで」

 「わかった」

 そうした父子の会話を聞いた後、小さな士郎の面倒を見ながら風呂に入り、夕飯の後も談笑を続けていると、時刻は9時を回っていた。子供が眠る時間である。

 クロノに頼まれ士郎を寝かしつけていると、ベッドにはいった幼子が不思議そうな顔で聞いてきた質問になのはは、少し返答に窮した。その質問とは

 「とーさんは一緒に寝ないの?」

 というものである。クロノ君、いやおとうさんは、いまとっても忙しいの、となんとか理由を捏造した(調査を急いでるのは事実ではある)が、これで納得するかなー、と内心思っていたが、子供の純粋さですぐに納得し、かつすぐに眠りに落ちた。

 その寝顔を少しの間眺めた後、リビングに戻ったなのはは、クロノによい知らせがある、といって調査が順調であるという報告を聞いた。

 「でも、あんまり無理はしないでね?」

 「大丈夫、それほど無茶はしてないよ、開発技師として仕事はもっと缶詰めになることもあるから。君も早く帰りたいだろうし、僕のなのはのことも心配だしね」

 その言葉に、なのはは先ほどより聞きたかった事を聞くことにした。

 「ねえ、クロノ君、もしかしてこっちの私とクロノ君って、いつも一緒にお風呂入ってる? ベッドも同じ?」

 「? そうだけど、それが何か?」

 「ううん、なんでもないの」

 となんでもない表情をしながらも、なのはは内心、胃もたれを起こした時のような気分を味わっていた。

 同じベッドはまだしも、結婚5年で毎回一緒に入るなんて、どういう夫婦だ、まるで新婚じゃないか、と”自分に”ツッコミを入れてしまう。

 そしてこっちの自分を呼ぶときに、桃子は「うちのなのは」と呼び分けているが、クロノは「僕のなのは」と言っているのだ、あまりにもナチュラルに、そしてそのことを桃子が全く指摘していないということは、それが”自分”とクロノのスタンダードということなのだろう。

 なのははコーヒーを淹れることにした、無論、砂糖もミルクもいれるつもりは無い。

 余談だが、向こうの世界に行ってるなのはも、ごく自然に「私のクロノ君」と言って周囲の人たちを瞠目させていたりしたりする。





 クロノがまだ調査を続けるといって、自室である工房に戻ったため、リビングにはなのはと桃子の母子2人だけとなる。

 桃子はホットミルクのカップを手に持ったまま、なのはに真剣な口調で問うた。

 「なのはは、向こうにいい人はいないの? うちのなのはは今の通りだから、おかーさんは安心なんだけど、そっちは?」

 あいまいな返事は許されない、真面目な問いだったために、なのはもありのままのことを話す。

 「今はいない、というよりあんまりそういうことを考えたこと、なかったかな」

 「そっか、うん、なのはの人生だものね。やりたいように生きればいい。でもね、向こうの私がどう思ってるかは分からないけど、私は、貴女にもちゃんといい人を見つけて、結婚して欲しいな、って思う」

 その瞳はなのはが知らない瞳、こんな瞳をした母は、彼女は知らない。

 「だって、とても幸せだったんだもの…… 短かったけど、あの人一緒にいたあの時間は。そして、もちろん今も幸せ」

 それは自分が体験していない高町家の事情、自分が知らない家族の人生。

 母の表情を眺めながら、なのはは思う。恋人、結婚。こういう単語は自分の周りの人たちにほとんどまったく出ていない。類は友を呼ぶ、というものだろうか。

 ただ、自分もそろそろいい年齢だ。母は今の自分の年の一年前に自分を生んでいる。自分の人生、将来を真剣に見つめなおす時期が来ているのかも知れない。

 ふとユーノの顔が浮かんだ。自分の交友関係で最も近しい異性である人。もしかしたらここのクロノと”自分”が結ばれたように、彼と自分が結ばれる、そんな道もあったんだろうか……

 そんな考えを抱きながら、やはり見たことの無い眼をした母が、1人の男性が写っている写真をみて微笑んでいるのを見つめる。

 「あなたが生きている世界があって、嬉しいわ……」

 その声も、彼女が一度も聞いたことがないような声だった。




 翌日、昼過ぎに高町家に城島晶と鳳蓮飛(フォウレンフェイ)が訪れた。

 レンは会うなり謝り倒しで、何度もなのはたちに頭を下げていた、自分が持ち帰ったものの所為で、大変なことになってるのを聞いて(桃子が電話した)、矢の様に飛んできたらしい。

 その途中で同じように桃子から聞いた晶と合流し、2人揃って現れたという流れのようだ。その晶も「こいつを責めないでやってくれ」と言い擁護していた。会えば喧嘩ばかりの2人だが、やはり根っこでは仲が良い。

 一応クロノの調査で、どうやら悪くても一月後には戻れそうだという事が判明したため、桃子は連絡し、その旨を伝えていたのだが、レンはいても立ってもいられなかったらしい。晶も同様。

 ちなみに、ほかの家族は、恭也はドイツ、美由希は香港、フィアッセはイギリスと実にグローバルなことになっているため、おいそれとは帰ってこれない。

 他の知人も那美は現在九州、久遠も一緒と、あと海鳴にいるのはフィリス先生くらいしかいなかったりする。

 尚、晶とレンを見た時のなのはの感想は、向こうの世界にいるなのはがはやてとスバルを見たときと同じようなものだったため、割愛する。

 「俺は城島晶、これでも料亭で板前やってんだ、よろしくななのはちゃん」

 「鳳蓮飛いいます、ほんまにごめんな、そしてよろしゅうな、なのはちゃん」

 「はい、よろしくお願いします」

 晶とレンは、「なのちゃん」と「なのはちゃん」で2人のなのはを呼び分けることにした。なのはに対しても敬語はいいよ、と口を揃え、なのはもその言葉に甘え、友人と話す口調にかえる

 こんなところでも、2人の”なのは”の違いが現れているようだった。

 そして互いのことを話し合う3人。既に3時過ぎになっているし、折角のお客ということなので、なのは達は高町家に戻って話をしている。

 2人がなにより驚いたのは、美由希たち同様なのはが戦技教導官であるということだった。それで、ではどれほどの腕前か、ということでそれそれとなのはが手合わせすることとなった。

 なのはは結界敷設などができないので、この世界で放出系の魔法は使えない。よって身体強化の術を用いて1人目の晶と対峙する。

 レジングハートをセットアップして、エクシードモードの装飾槍のような魔法の杖をみて、おおと感嘆する2人。一応魔力を付与して、衝撃を吸収する仕様にし、本気の一撃が当たっても怪我が無い様に調整を行う。

 ちなみに、セットアップはしても、バリアジャケットは纏っていない、コレには無論理由があり、それは彼女がこの世界に来た夜のこと――

 回想


 「それにしても、その服はもしかして防護服かい?」

 なのはは現れた時の姿、バリアジャケット姿だったので、クロノはそう聞いた。彼が昔、そして現在もごく稀に着ている服装のように思えたのだ。

 「うん、バリアジャケット、言い方は違うけど、多分同じものだと思うよ」

 「そうなんだ…………」

 そしてバリアジャケットを見ながらなにやら考え込むクロノ。彼の世界でこの手の服を着るのは危険な任務や実験のときだ。ただ、ひとつ欠点というか、問題があったのを彼は覚えている。

 「どうしたの?」

 クロノの様子が気になったので、なにかおかしい事でもあるのか、と聞くなのは。

 「いや、大変だな、と思ってね」

 「大変?」

 「その服装だよ。決まりとはいえ、そうした格好はあまりしたくないでしょ? しかも官給品というのはなかなかデザインを変更しないものだから」

 咄嗟に声も出ないなのはであった。その言葉がもたらした衝撃はあまりに大きかった模様。

 「僕のときも、デザイン自体は”執行官”のイメージで作られたものだから、重々しい感じだけど悪くなかった。でもあのトゲだけはいただけなかったから、外してもらうよう頼んでも、受理されるまで3年も…… ってどうかしたのなのは」

 あさっての方向を向き、なんとも言えない顔のなのはに、クロノは訝しがったが、なのははなんでもないよーっと若干引きつった笑顔で答える。

 もし、これがクロノが彼女のバリアジャケットのデザインを揶揄するようなことを言ったなら、彼女は毅然と反論しただろう。この服は自分の命を守るもの、馬鹿にされるようなものではない、と。
 
 だがしかし、この時クロノの言葉に込められていたのは、純然たる気遣いと同情だった。大変だね公務員は、といった具合で、悪意の欠片もありはしない。

 なので、なのはとしては笑顔で応対するより道は無かった。これは自分でデザインしました、とは口が裂けても言えない状況だ。

 折りしも、そろそろデザイン変えるべきかなー、と彼女自身も思っていた事がなにより大きい。人間はやろうと思ったことをやれと言われるのは非常に腹が立つ。クロノは別に変えろといった訳ではないが、いかんせんタイミングが悪かったようだ。

 故になのははこの時、この世界いる限りバリアジャケットは纏わん、と心に決めたのだった。


 回想終了
 

 
 そして晶との手合わせが開始される。構図としては晶が攻め、なのはが受ける、という形、基本的に近接格闘が得意ではないなのはは受けに回る。

 だが、彼女は15年以上実戦で戦ってる屈指の戦士。”機を読む”ことはすでに感覚で理解しており、的確かつ無駄なく、晶の攻撃を受け、流し、そして反撃する。

 開始より7分後、僅差ではあったがなのはのレイジングハートが晶の拳より早く届いた、互いに寸止めである。これだけでも2人が達人であることがわかろう。

 「あー、負けた、いや、すごいななのはちゃん、まるで師匠や美由希ちゃんみたいだ」

 「いえいえ、晶ちゃんこそ、凄かったよ」

 スバルと似た外見から、一撃必殺を旨とする戦法かと思いきや、晶の動きはきちんとした”型”にはまったものだった。ストライクアーツか、むしろ古代ベルカの武術に近いのかもしれない。

 「よし、次はウチや、いくでーなのはちゃん、このおサルみたいに簡単にはいかへんよ」

 そしてレンとの手合わせ開始。

 4分後

 「あつー、お見事や、なのはちゃん」

 「つーかオメー、俺よりもたなかったじゃねーか」

 「ウチのほうが速かったし、押してたやろーが」

 「その分早く体力削られて、早く負けたんだろーが」

 「そもそもウチは棍使いや、徒手空拳では不利やろ」

 「そんなら物干し竿でも使えよ!」

 「アンタには掛かってる洗濯物が見えヘンのか!」

 高町家にとってはいつものことだが、なのはにとっては珍しい光景だった。彼女の周囲の友人知人は皆仲良しなので、こうした息の合った喧嘩というものをほとんどしない。

 なのでなんか楽しそうだなーというどこか気楽な感想を抱くのだった。そしてそんななのはの様子に、今度は喧嘩中の2人が戸惑う。

 「なんや、ウチ等の喧嘩を眺めるだけのなのちゃんっていうのも不思議なもんやな」

 「う~ん、たしかに違和感がある…… けどやっぱ別人なんだからしょうがないだろ」

 彼女らが知るなのちゃんは、2人が喧嘩すると5km先でも察知し仲裁に入る能力の持ち主なので、それと同じ顔の人物が喧嘩をただ見てる、というのは新鮮なものだった。

 そんなこんなで手合わせを終えた3人は、それぞれ既に数年来の友人であるように接していた。達人同士の場合、肉体言語は千言万語に勝る。

 「にしても、まさかなのはちゃんがこんなに強いとはなぁ~」

 「でも、私だって身体強化を使ってなかったら、きっと反応すら出来なかったよ」

 「いやいや、それも実力のうちやて、それよりもやっぱり”あの”なのちゃんと同じ姿でこうも強い、ゆうのがなぁ」

 「だよな、ちょっと打ち込みづらくはあった。なのちゃんとやりあうなんて、一生無いと思ってたから」

 「同じようで、全然ちゃうなーっと、すごく実感できたわ」

 しみじみという2人のい様子に興味を覚え、なのはは聞く。

 「やっぱり違う? こっちの私と」

 2人は顔をうーん、と見合わせた後、はっきりと答えを言う。

 「やっぱりなのちゃんは末っ子だからさ、なんつーか”守ってやらなきゃ”って感じがあるんだよ。でもなのはちゃんにはそれが無い」

 「そやなぁ、なんやこう、なのはちゃんならどんなことがあっても、大丈夫やろう、って思わせるような雰囲気持ってる」

 「大きい地震とかおきると真っ先になのちゃんに連絡するもんな、無事かーって」

 「他の人たちはみんな大丈夫そうな人ばっか、ってものあるかもしれへんけど、なのちゃんはほんまに普通の子やから」

 「その点、なのはちゃんは頼れる人、って感じ。むしろ率先して誰かを助けに行く、みたいな」

 「姐御とか、女丈夫とか、そんな言葉がお似合いや」

 「なのちゃんを表すなら”良妻賢母”ってのがピッタリだけど」

 「なのはちゃんは”肝っ玉かーさん”ってイメージがくるなあ」

 はっきりと言いすぎだった。基本、この2人は性格がサバサバしているし、歯に衣着せない。しかも2人揃うと相乗効果でさらに倍。

 25歳独身(子供はいる)でありながら”肝っ玉かーさん”と表されたなのはは、怒っていいやら悲しんでいいやら、それとも彼女等としては褒めたのだから、喜んでいいやらで複雑だった。

 

 そしてそんな話題をきっかけに、なのははこの世界の”自分”のことを聞いていった。2人の口から語られる「高町なのは」の姿は、やはり自分と大きく異なる。

 魔法との出会い方がきっかけかと思っていたが、そうではなかった。2人の話に出てくる高町なのは、その少女時代の彼女は、とても素直で愛らしい女の子だったから。

 寂しいときには家族に甘え、悲しい時には家族に抱きつき、ワガママを言えばゴメンなさいと言う。そんな居るだけで周囲の心を和ませてくれる、可愛い子。

 おりしもそのとき次元を隔てた世界で、その”なのちゃん”がフェイトから幼少期のことを同じように聞いていた。

 彼女が抱いた異なる自分、それはどんな辛いことに遭っても諦めず、悲しいことがあっても涙をこらえ、真っ直ぐな瞳で周囲の人を引っ張っていく魅力を持つ、強い子。

 互いが互いのことを「すごいなぁ、私には出来ない」と思っていたのだった。


 そうしているうちに話はなのはが扱う魔法ことに移っていき、彼女はなるべく分かり易く説明するが、イマイチつたわっていないようなので、どうしたものかと首を捻った。
 
 百聞は一見に如かず、という格言にのっとって、実践できれば早いが、結界系統の魔法が使えない彼女では、街中で謎の桃色光線を発して、近所の人を騒然とさせてしまうだろう。

 そんなふうになのはが頭を悩ませていると、なにやらリビングの方で声がする、覗いてみるとちょうど士郎がテレビを見ていて、どうやら声はテレビのもののようだ。

 昔のアニメの再放送のようで、興味を惹かれたのか幼子は食い入るように見ている。その内容は戦闘民族の主人公が自分の”気”を技名と共に収束させて放っているところだった。
 
 「えーと、あんな感じのことができるの、かな?」

 
 「おお、かめはめ波 が撃てるのか!?」

 「なんやごっついなぁ、魔法っていうのとかなりイメージちゃうわ」

 そしてそれを例にしてしまったことをなのはは後悔した。この後ブラスターモードの説明をしたと時は「おお、界王拳だな」と反応され、スターライトブレイカーのときは「つまり元気玉やね」と納得されてしまった。

 それがためにまた微妙な気分になり、タイミング悪く放送していた地方放送局に内心恨みをぶつけるなのはだった。 





 そのあと、汗を流した3人は、昔のアルバムをみることにした。

 そしてやはり向こうの世界でも同様に、フェイトやスバルがなのはに”高町なのは”の映像を見せているところだった。

 こちらのなのはが子狐を肩に乗せて神社の階段で笑っている写真を見ているとき、向こうのなのははフェレットを乗せて笑っている映像を見ていた。

 こちらのなのはが喫茶翠屋のエプロンを付けて美由希と並んで働いている写真を見ているとき、向こうのなのははエクセリオンモードのレイジングハートを掲げてザンバーモードを掲げたフェイトと並んでいる映像を見ていた。

 こちらのなのはが怪我した姉に包帯を巻いているときの写真を見ているとき、向こうのなのはは辛いリハビリにめげずに歯を食いしばっている映像を見ていた。

 こちらのなのはがワンピース姿で髪を解き、つばの広い帽子を持って草原に立っている写真を見ているとき、向こうのなのははスターダストフォールでガジェットを殲滅させている映像を見ていた。

 こちらのなのはが結婚式でウェディングドレスを着てクロノと並んでいる写真を見ているとき、向こうのなのははシグナムとの戦技披露会で竜虎相打つ映像を見ていた。

 こちらのなのはがたった今生まれた我が子を抱いている写真を見ているとき、向こうのなのはは娘の友人にストライクスターズを放って残りLIFE40にしている映像を見ていた。

 こちらのなのはが幼稚園の前で息子と並んでいる写真を見ているとき、向こうのなのはは”ストライクカノン”と”フォートレス”をフル装備した映像を見ていた。

 どちらの世界でも、その写真や映像についての会話で、大いに盛り上がっていた。そして全く違う自分をみたそれぞれのなのはは、その自分を。

      可愛い
 とても       女性(ひと)だと思ったという。
     カッコイイ



 それから数日後の夜、なのははベッドに入りながらも、ぼんやりと考え事をしていた。

 それはこの世界と、そこに生きる自分についてのこと、もうひとりの自分にも有り得た可能性の世界の”高町なのは”について。

 彼女はとても愛らしく、そして優しい女性だ。おそらく周囲の人々みなに愛されているのだろう。彼女がいるから、周囲が優しくなれるのか、周囲の人たちが優しいから、彼女があんなに素敵な女性になれたのか、おそらくは両方だろう。

 この海鳴の町で、夫と子供に囲まれながら、平凡な、それでいて幸福な人生を送る。それはなんて素晴らしいことなんだろう、と羨ましくも思う。

 だけど、だからといって自分の人生が悪かったなどとは思わない。

 たしかに一般の女性とは違う生き方をしたかもしれない。でも、その中に多くの出会いがあった、多くの笑顔があった。

 ユーノと出会い、フェイトと友達になり、はやてたちとも知り合えた。それは魔法がなければ起こらなかったことで、そうしたことがなければ、スバルたちとも出会わなかったし、ヴィヴィオと母娘にもなることもできなかった。

 本当にさまざまな経験が今の自分を連れてきた。楽しいこともあったし、悲しいこともあった、そしてそれは全て今の自分を作っているの基になっているのだ。

 自分はそうして生きてきた。この生き方は私のもので、これからも自分の気持ちに素直に生きるということを変えることは無い、と思う。

 どこまでいっても私は私、違う自分の可能性を見たからといって、そうなりたい、とは思わない。

 けど

 しかし、だ

 

 …………もう少し、タイミングというものを考えて欲しかったなぁ、と思うのは罪ではないはず。

 彼女とて、流石にストライクカノンを「新装備です」と言って渡された時は、「いや、これはナイんじゃないかな」と思ったものだ。

 なんとなく自分の将来に漠然とした不安と、果たしてこのままでいいんだろうか、と思ったところへコレである。いまの彼女には幸せな人妻の生活をなぞるというのは、ある意味で苦行であった。

 でも、そんなこと思っても始まらない! 高町なのはは前向きに! と気を持ち直してもう寝よう、と目を瞑る。

 こんな気分で明日を迎えるのは、絶対失礼なことだろう。

 
 明日は、お墓参りにいくのだから。



 あとがき

 恒例の「書いているうちに話が膨らむ現象」が起こりました。もう何も言わないで下さい。
 今回はちょっとギャグっぽく書きすぎましたかね。なのはさんが好きな人には受け入れてもらえないような描写があるかもしれないと思っているので、ここで謝っておきましょう。

 次回はお墓参りです。そしてこのシリーズもそれで終わりですね。

 




[28792] 番外編 花咲く頃に会いましょう
Name: GDI◆9ddb8c33 ID:97ddd526
Date: 2011/08/04 08:02
番外編 花咲く頃に会いましょう

海鳴市 高台墓地



 海鳴市の高台にある墓地、高町なのははそこへ向かって、小さな士郎と共に勾配のある道を歩いている。

 彼女にとってはほとんど馴染みのない道。なぜなら、彼女は墓地を訪れる必要が無かったから。父方の家も母方の家も、墓があるのは海鳴ではなく、彼女の家族及び友人で鬼籍に入った者は居ない。

 しかし、この世界の自分はどんな時でも週に一度、この季節になるとほぼ毎日のように出かけるという。自分に馴染みのない場所に、もう1人の自分が行く理由はなにか。

 それは無論お参り。高町なのはは、逢う事のできなかった父と、大切なともだちに会いにくるのだ。

 そのことは、なのはがこの世界の自分との相違点の中で、一番驚いたことだった。彼女の世界ではいる者が、この世界にはいないこと。

 高町士郎と、アリサ・ローウェル

 アリサはなのはの世界においてはバニングスの姓で、聞いた話だと年齢も違ったという。けれど、とても大事な友達だったというのは、自分と同じ、アリサは今でも彼女の親友だ。

 父・士郎は自分の世界では存命で、今でも元気にしており、実家に帰ると暖かく迎えてくれて、ヴィヴィオを自分の孫のように可愛がってくれる。

 けれど、この世界の自分は、父と会う事ができなかった。彼女が生まれる前に死んでしまったから。

 また、月村忍の両親も忍が幼い頃に亡くなっているために、この世界ではすずかが生まれていないらしい。

 彼女は思う、この世界の家族達はどこか自分達の家族と雰囲気が違った。母も、電話越しだったが兄と姉からも、それが感じられた。そして今その答えが分かったような気がする。

 大切なものを失い、それを乗り越えた強さ。それが、家族達から感じられた雰囲気の違いなのだろう、なんとなく、彼女達からは自分が知る彼女達からは感じられない”重み”があったのだ。

 それは無いほうがいいのかもしれない。だって、大切な人を失う悲しみは、なるべく味わないほうが良いだろうから。

 自分も、父が重傷を負って入院し、その間家族が忙しいのを眺めて甘えることを、わがままを言うことを我慢し、遠慮する幼少時期を送った。リハビリを頑張る父の邪魔になるのを恐れて、迷惑かけないように抱きついて甘えたいのを我慢した。

 けど、この世界の自分はそれがしたくても出来なかったのだ。父親がいない、そんな環境でも”自分”はとても子供らしく真っ直ぐに育った。

 それに比べれば、自分の悩みはとても贅沢なものだったろう、自分には父がいたのだから、甘える事が出来たのだから。

 ヴィヴィオという娘を持って、彼女が始めて思った事がある。それは親というのは子供のためなら、どんなに苦しくても頑張れるということ。そして。その心からの笑顔を向けてくれる事が、なによりの喜びであるということ。

 ならば、”自分”はどこかでそれを理解していたのだろうか。だから、自分のような仮面の笑顔ではなく、心からの笑顔を向け、素直な心で家族達に甘えたのだろうか。

 この世界の雰囲気が優しいのは、悲しみを乗り換えた強さをもっているからだろうか――

 そこまで考え、彼女はちょっと考えすぎかな、と心の中で苦笑した。

 そんな考えが浮かんでくるのは、やはり墓地という場所へ向かっているという状況のなせる業かもしれない。死者が眠る場所というのは、けっして気分が高揚する場所ではないだろう。

 しかし、その抱いていた墓地への印象も、高台まで昇り終えたときに、変わらざるを得なかった。


 
 一つの風景がある。それは高台の墓地にある小さなお墓の風景。

 冬にそこへ訪れた人は、その寂しげな佇まいを見て、どこか物悲しい気持ちになってしまうだろう。その墓地が幼くして亡くなった少女のものだと分かれば、尚のこと。

 ちいさなお墓は、まるで1人ぼっちで泣いているように見えたから。

 でも、春になってからまた訪れると、その人はきっと驚き、そして胸を打たれる。

 だって、そのちいさなお墓はお花で一杯になっていたから。

 お墓は花々に囲まれて、半ば埋もれるようになっていたから。

 その光景に、冬に見た寂しさはない。周りにいっぱい咲き誇る菜の花が、ちいさな墓に眠るちいさな女の子と一緒にいるから。

 それを見た人が感じるのは、何よりもきっと優しさ。

 その花を植えた人、その女の子が寂しくないように、と花を植えた人の優しさを感じるはず。

 その光景は綺麗だけど、なによりも心を暖かくしてくれる。だから感じるのはきっと優しさ。

 アリサ・ローウェルは、今でも高町なのはの優しさに包まれて、穏やかに眠っている。




 だから、なのはも墓地についた瞬間、その光景に目を奪われた。

 スミレ、リンドウ、アヤメ、ジャスミン、タンポポなど多くの花々が植えられていたが、何よりも多いのが――菜の花。

 それを植えた人物が、どういう意味を込めてその花を植えたか、なのはには分かった。他ならぬ、同じ名前を持つ自分だから分かった。

 菜の花――なのはは、アリサちゃんの側にいるよ、貴女が寂しくないように。

 そして今も、おそらく姉から教わったであろう園芸技術で、花の手入れを行っているのだ。自宅の庭の花壇も、この世界では姉が香港に行っているが、綺麗に花が並んでいたことから、世話をしているのは”自分”だろう。

 それが分かったから、不意に目頭が熱くなる。話によればこの墓に菜の花が植えられたのは17年前、自分が8歳の時だ。8歳の幼さで、それだけの思い遣りをもてる”自分”を、なのはは素直に尊敬した。

 自分は誰かを失った事はない。自分の家族も友人も、自分のもとからいなくなったりしていない。だけど”自分”は、父と会うことはなく、大事なともだちを失った。クロノとも6年間音信不通の末に再開したということだし。

 だからきっと、この世界の”なのは”は、自分には無い強さがあるんだな、と彼女は思う。戦えば無論強いのは彼女だが、そんな類の強さではない、それはきっと人としての強さ。

 ”高町なのは”に尊敬の気持ちを抱きながら、彼女は横にある墓の前に花を捧げる。

 刻んである名前は、高町士郎。

 士郎の墓の周りには花は植わっていない。むろん季節柄野花は咲いているが、アリサの墓のように花に囲まれてはいない。

 だけどそれは愛情が不足していることを意味しない。男性で剣士だった士郎の墓は、そのままがいいと、家族で決めたのだ。そして、なのはは父の墓の前では歌う事が多い、それはフィアッセが世界に向けて歌っている歌。

 士郎の墓の側にいられないフィアッセに代わり、側にいる彼女が歌うのだ。――貴方が助けた命は、今も幸せに生きています――という気持ちを込めて。

 亡くなったという父、自分と会えなかった父。自分が知らない父、その墓に花を添え、なのはは不思議な気分になる。

 死者に会いに来るということ自体がほとんどなかった彼女にとっては、新鮮な感覚であり、それが自分のなかではちゃんと生きている父であるとなれば尚このことだ。

 人が死ぬ、そのことを真剣になって考えたことは無い。では目の前で眠る父はどうだったのだろう。

 母の話では、危険な仕事をしていたから死の危険はいつも考えていたとのことだった。だからこそ、父は母と”約束”をかわしたのだと。

 母と結婚し、”自分”が生まれるということが分かった後は、彼は危険な仕事はせず、教官としての仕事に専念するつもりだったらしい。けれど、いつもどおりに「帰って来る」と言って――そのまま帰ってくることはなかった。

 彼は小さな命を助けて、そのために命を落とした。

 家族を残して死ぬ、それはどういう気持ちだったのだろう、自分には分からないし、分からないほうがいいに決まっている。

 母は父との約束を、”俺が死んでも泣かずに幸せに生きること”をずっと守って生きている。母の笑顔の重みは、きっとその約束があるから。

 ふと、自分に置き換える。ヴィヴィオを残して、自分が死ぬ、そんな事が起こったらどうなるのか。

 自分は父のように、”もしも自分が死んだら”ということを想定したことはしていない。でも、どんなに強くても、エースオブエースと呼ばれていても、避けられぬ死というのはあるだろう。父がそうだったように。

 もしそんなことになってしまったら――― そんな事が頭をよぎった時だった、その声が聞こえてきたのは。

 


 『なのは、俺と同じ失敗は、するなよ』


 
 驚いて顔を上げるとそこに居たのは、自分と一緒にやってきた小さな士郎、その小さな体が墓の前に立ち、子供のものとは思えない深い瞳で自分を見ている。


 『家族を残して、死ぬな』


 やはり声は幼子のものでありながら、成人男性のようにも聞こえる声。自分が知るものとは少し違う父の声。

 「お父さん……?」

 そういって幼子の顔を覗き込むと、「どうしたの? かーさん」と不思議そうな声が返ってきた。それは間違いなく子供の目、子供の声で、先ほどまでの雰囲気は感じられない。

 今のは何だったのか、白昼夢だろうか、と思った彼女だが、すぐにそうではないと思いなおす。

 今のは父からの、この世界の父からのメッセージだ。

 改めて考えれば。今の自分と亡くなった父の居た環境は、よく似ている。父は結婚後はSPの教官をよくしていたらしいし、自分は教導官だ。

 そして、危険なボディガード、特別任務と危険な仕事が舞い込んでくることも変わらない。

 その果てに父は命を落とした、家族を残して。

 そして自分も、今回のフッケバインの任務を受けて、ヴィヴィオに別れを告げた。父のように「帰って来る」と告げて。

 でも、無事帰ってこられる保障がどこにあるというのか、フッケバインは資料を見るだけで危険な敵、死ぬ可能性は今までの任務よりも高い。

 それでも自分は任務を受けた、仕事だから、管理局員だから。

 でも、それは家族を持つ者として、正しい選択だったのだろうか。ヴィヴィオを引き取るかどうか、という時に思っていたではないか、自分は空の人間だ、だから子供を引き取るべきではない、と。

 ならば子供を引き取った自分は、空から降りるべきだったのだ。父は今の自分のように空に残り――そして堕ちた。

 「…………ああ」

 そうか、そうだったのか、なぜ自分がここに居るのか、その理由が分かった気がした。

 異なる可能性の世界である次元世界は数多く、行き来する世界は多い。だが、些細な違いの並行世界すら行き来するあの鏡の力が働いた時、どうしてその無限の可能性のなかの”高町なのは”から自分が選ばれたのか。

 「私をここに呼んだのは、おとうさん、貴方ですか」

 自分と同じ過ちを犯しそうな娘に、その道から外れるように、自分という”例”を知らせるために、父が、高町士郎が呼んだ。そして同じ名を持つ幼子の口を借りて、それを伝えた。

 なのはにはそう思えてならない。父は享年28歳、今自分は25歳、年齢も近い。

 「貴方の教え、しっかりと胸に刻みます」

 なのはの胸に言い表せない感情が溢れる。それは自分に対する戒め、娘に対する申し訳なさ、そして何より死して尚娘を想う父の愛情に対する嬉しさ、それらがない交ぜになった感情だろう。彼女の瞳から涙がこぼれた。

 しばらくの間墓の前で涙する彼女だったが、その瞳が晴れるころには、彼女の心もまた晴れていた。

 そして、一つの決意をする。ヴィヴィオを引き取った時から、私の命は私だけのものじゃない、だから私はそう簡単に死んだりしてはいけない。

 そのためには、危険な任務は断ろう。管理局の人手不足のこともあるが、その分自分は強く折れない若者を鍛え上げることに専念しよう。

 嘱託時代から数えて既に16年、前線任務に参加してきた。ならば、そろそろ前線任務から手を引いてもいいだろう。

 自分が参加しないことで被害が増えるかもしれない、そう思うと二の足を踏むが、しかしこの決断はヴィヴィオを引き取った時に下しておくべきだったのだ。

 自分は完全無欠のヒーローじゃない、どっちもとる、なんてことは出来ない。だから、子供を持つ私は死んではいけないし、死の危険がある場所へいってもいけない。

 エゴ、自分勝手といわれるかもしれない。でもそれでもいい。ヴィヴィオを悲しませるよりはずっといい。子供を引き取るということは、それを決断する、ということだ。

 たった今、父がそう教えてくれた。



 そしてお参りを済ませたなのはは、来た時よりもずっと晴れ晴れとした表情で、小さな士郎の手をとって「帰ろっか」と言った。

 その小さな手を握りながら、ふと考えた事がある。それは自分の未来について。

 もう前線には出ないようにしよう、そう今決めた。ならば、それにあわせて考えることもあるのではないか、そう、例えば結婚。

 この世界の自分が結婚し、とても幸福な家庭を築いている事実が、彼女をそう思わせた。結婚にはむろん相手が要る、それは誰か。

 脳裏に浮かぶのは一人の男性、この世界の自分と結ばれたクロノと似た雰囲気を持つ男性、ユーノ・スクライア。

 思えば自分とユーノはこの世界の自分とクロノのようになってもおかしくなかったのではないか、と今では思うが、そうならなかった原因も理解している、あの怪我だ。

 それ以来、彼は自分に対して一歩引く態度をとってしまうようになった。人の数倍責任感が強い彼は、要らぬ罪悪感を背負う悪癖を持っている。だが自分はそれを分かっていながら是正はしなかった。

 元々、2人の関係はなのはが進み、ユーノが支えるという形。初めて出会い、海鳴の街を駆けまわったときからそうだった。

 ならば、切り込むのは自分からだ。あの遠慮しすぎる青年は、どんな時も”待ち”の姿勢でいる、結構、ならば全力全で開突撃するのみ。

 むろん恋人になれるかなれないか、というのはその後の話だが、自分は彼が好きだし、彼だって自分を嫌ってはいないだろう。少々遅くなったが、関係を進展させてもいいかもしれない。

 いつまでも片親というのは、ね。

 そう思いながら、待ってろユーノくーんと手を振り上げるなのはだった。



 そうして墓地から去る際、彼女は最後にもう一度振り返った。

 何よりも先に目に写るのは、やはり菜の花に囲まれた小さなお墓、それを眺めると、不意にある言葉が浮かんでくる。

 自分の世界に帰れば、おそらく2度とこの世界に来ることは無いだろう、だからここに来るのはこれで最後になるはず。だからこう思うのはおかしい。

 けれど、あの墓を眺めていると、その言葉が自然と浮かんでくる。そしてそれは、この墓地を訪れ、花に囲まれた墓を見て感動した者誰もが思い浮かべ、そして口にする言葉。

 その光景あまりにも優しく、心を満たしてくれるから、次に来る時もこの季節、菜の花が咲くこの頃に来ようとそう思うから。

 だから彼女も少女の墓に、こう語り掛けるのだ。


 ―――また、花咲く頃に会いましょう――


 高原を吹く風が花を揺らし、その一枚がなのはの手に落ちる。それが花に囲まれ眠る少女の返事であるかのように。










 海鳴市 藤見町 喫茶翠屋


 高町士郎は、昼のピークを終えた店内の掃除をしながら、今日来る人物のことを考えていた。

 その人物は末娘のなのは、彼女が帰省するのは頻繁ではないが少なくもないので、そう珍しいことではないが、今回はいつもと違う点があった。

 帰省の連絡をしてきたのが本人ではなく、親友のフェイトであること、そしてとても驚く事があるだろう、ということ。

 前者は忙しかった、など理由はいろいろ考えられるのでいいが、後者はなんだろうか。

 ひょっとしたら恋人でも出来たかな、娘もいい年になってきた、そういうこともあるだろう、と昨夜妻と話し合っていた。父としては寂しい思いではあるが。

 まあ、楽しみにしていよう、と結論付けて掃除を終わらせたとき、店のドアが開き、一人の女性が入ってくる。

 「いらっしゃいませ、喫茶翠屋に……」

 士郎の言葉は途中で止まった。その女性を見た瞬間、一瞬時間が止まった気がしたほどに、彼は驚いた。

 出会った頃の妻が、そこにいたから。
 
 だが、すぐにそれが娘のなのはだという事に気づいた。彼が妻だと勘違いしたのは、娘が珍しく髪を解いているためか、それともいつものとどこか違う雰囲気か。

 そして、その娘は被っている白い鍔広の帽子を外し、彼が見たこと無い表情で、こう告げた。


 「はじめまして、お父さん、高町なのはです」

 えっと彼が驚いた次の瞬間、娘は彼の胸に飛び込んできた。

 「ずっと、ずっと会いたかった……」






 その話を聞いた時、彼女は完全に茫然自失の態をとってしまった。

 父が、高町士郎が生きている。この世界では父は死んでいない、それをフェイトから聞かされ、思考を回復させた後、彼女が抱いた思いは会いたい、ただそれだけだった。

 それを察したフェイトは早速海鳴に連絡をいれ、明日行くことを約束してくれた。

 その日なのはは眠れなかった。写真の中で、そして一度”魔法”を使って見た母の記憶の中でしか知らない父の姿。

 それが、生きている。行けば、自分を抱きしめてくれる、優しい言葉をかけてくれる。

 何度夢に見ただろう、父に手に抱かれる夢を。何度思っただろう、父と一緒に歩く自分を。

 父の手の感触を知りたくて、普段は絶対触らない刀におっかなびっくり触ることもあった。

 父の墓がある高台の草原で、父と共に遊ぶ自分を想像し、そしてその後こみ上げてくる寂しさで、そのまま緑の波に溺れてしまそうになったこともあった。

 会いたかった、声を聞きたかった、抱きしめて欲しかった。

 その父が、生きている。そう聞かされては眠れるはずも無かった。そしてもし眠ったとしても、夢にはきっと父が出てくる。

 だから、次の日に彼女が翠屋に着くなりにした行動は必然。

 見慣れた店内、でも一つだけ見慣れない姿がある。それは写真で見た姿より、幾分年齢を重ねた姿だが、兄によく似たその顔を間違うはずが無い。

 抱きつき、触れ合い、言葉を交わす。

 ずっとしたかったこと、でも出来るはずが無かったこと。だけど、今確かに自分は父の胸の中にいる、父の鼓動を感じる、生きていてくれている。

 「名前の意味は、菜の花、お父さんが、考えてくれた名前だよ」

 父にとってはなんだか分からないだろう、いきなりの娘の行動に目を丸くしているはずだ。それはきっと隣の母も同じ。

 だけどゴメンナサイ、今日は、今日だけはお父さんを借ります。いっぱい話したい事があるし、いっぱい聞きたい事があるの。

 でも、今は確かにここにいる父を感じていたい。

 そう思いながら、よりしっかりと父に抱きつき、その実在する逞しい身体の感触を確かめるなのはだった。







 余談だが、次の日、久しぶりに会った友人に一目見るなり泣き出され、次の瞬間抱きつかれて、1時間以上解放されずにいるという状態に混乱するアリサ・バニングスの姿が月村すずかによって確認された。








あとがき


おまけ更新、お墓参りですね。これは絶対書きたいことだったので、トリにしました。今回のタイトルはどうしてもつけたかったので、こうなりました。
これにてこのシリーズ終了です。ここまで読んでくださった方々、本当にありがとうございました。おそらく次書くのも中篇になるとは思いますが、また書き始めたら付き合ってもらええれば嬉しいです。短編の構想がひとつあるので、それを先に書くかもしれませんが。

余談ですが、アリサの墓の花は誰が植えたのか? と聞く人のなかには、喫茶店の店員と聞いて元軍人のスキンヘッドの大男を想像し、実際は白い服が似合う美しい女性であることを知り、安堵する人もいたりします。
尚、今回のなのちゃんのシーンは「さとうきび畑の唄」の6番~8番を聞きながら書きました。




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