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[7779] 【ネタ完結】Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~
Name: 熊雑草◆890a69a1 ID:9b88eec9
Date: 2009/05/16 02:23
 == Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==

 去年、長期休暇を利用して投稿させていただいた者です。
 今年も、長期休暇を利用して投稿させていただこうと思います。
 明らかに、有り得ない設定ですのでチラシの裏の【ネタ】で投稿します。

 テーマは、
  『緩さ』
  『デタラメ』
  『士郎をイジられる側から、イジる側へ』
 です。

 ※ 私のSSが、どういった類のものか明記していないため、
 ※ 読んでくださった方に、迷惑を掛けてしまったようです。
 ※ 
 ※ 以下、このSSの注意点です。
 ※ ・このSSは、ギャグ主体になります。
 ※ ・多数の有り得ない設定 IF を盛り込むものになります。
 ※  例えば、『士郎が、魔術師ではない』『セイバーが、霊体化出来る』など。
 ※ ・私が、意図的に IF を用いた時は、<IF, BGの履歴>に追加します。
 ※  SSを読んで、原作との矛盾点が気になった方は、確認していただければと思います。
 ※ ・<IF, BGの履歴>への追記漏れや私の原作の間違った解釈等あれば、ご指摘願います。
 ※  直ぐ、対応という事は出来ませんが、徐々に直します。
 ※ ・私の不注意で取り返しのつかない設定が、発生しました。
 ※  そういった物は、BGとして、<IF, BGの履歴>へ追記します。
 ※  ご容赦の上、流して頂きたく存じます。


 <IF, BGの履歴> IF…もしもの設定 BG…作者により、引き起こされた修正不可の設定
 ――――――――――
 ●第1話 月光の下の出会い①
  IF:士郎は、魔術の特訓をしていない事に。
  IF:セイバーが、意味も無く勝手に召喚された事に。
 ――――――――――
 ●第2話 月光の下の出会い②
  IF:士郎を魔術師ではない事に。
  IF:原作では、魔術回路を持っているだけでも、魔力を感知したり魔力が流れたりするらしい。
    しかし、この話では、魔術回路を使用していないと魔力を扱えなかったり感知出来なかったりという事にします。
  IF:セイバーに、何故か魔力供給が出来る事に。
 ――――――――――
 ●第3話 月光の下の出会い③
  IF:士郎が、令呪を使えない事に。
 ――――――――――
 ●第4話 月光の下の出会い④
  IF:今後の話の都合で、強引にセイバーのトラウマを先に持ってくる事に。
 ――――――――――
 ●第5話 土下座祭り①
  IF:なし。
 ――――――――――
 ●第6話 土下座祭り②
  IF:セイバーのトラウマを藤ねえが、7割ぐらい解決する事に。
  IF:桜が衛宮邸に通う設定はない事に。
 ――――――――――
 ●第7話 赤い主従との遭遇①
  IF:セイバーが、霊体化出来る事に。
    セイバーは、死ぬ前にサーヴァントになったため、霊体化出来なかったらしい。
    しかし、この話では、そこは重要ではないため、既に死んで貰っている事にします。
 ――――――――――
 ●第8話 赤い主従との遭遇②
  IF:後藤君に、魔術師としての能力が発動する事に。
    ちなみに、能力は、女性限定の読心術。
 ――――――――――
 ●第9話 赤い主従との遭遇③
  IF:なし。
 ――――――――――
 ●第10話 後藤君の昼休みの物語
  IF:思いつきの番外編です。
 ――――――――――
 ●第11話 赤い主従との会話①
  BG:『サーヴァントは、サーヴァントを感知出来る』
    作者が、上記設定を忘れてSSを書いてしまい、修正出来ない流れに陥ってます。
 ――――――――――
 ●第12話 赤い主従との会話②
  IF:凛が、聖杯戦争は、根源に至るものだと知っている事に。
    原作では、知らないようです。
    指摘していただきました。
 ――――――――――
 ●第13話 素人の聖杯戦争考察
  IF:魔術師ではなく素人目線から、士郎とセイバーに聖杯戦争の考察して貰う事に。
    聖杯戦争の別目線を書いてみました。
 ――――――――――
 ●第14話 後藤君の放課後の物語①
  IF:思いつきの番外編の続編です。
 ――――――――――
 ●第15話 後藤君の放課後の物語②
  IF:思いつきの番外編の続編です。
  IF:また、後藤君に、魔術師としての能力が発動する事に。
    ちなみに、能力は、士郎が使えなくなった投影魔術。
  IF:ランサーが、聖杯戦争中にナンパする事に。
    本来は、姿を見られたら殺すが、鉄則なんですがなかった事にします。
 ――――――――――
 ●第16話 後藤君の放課後の物語③
  IF:思いつきの番外編の続編です。
  IF:また、後藤君に、魔術師としての能力が発動する事に。
    ちなみに、能力は、彼らしい模倣する魔術。
 ――――――――――
 ●第17話 天地神明の理
  IF:弱体化しすぎた士郎の為に、武器を追加する事に。
    今後、刀に能力を付加するか検討中。
  IF:雷画爺さんの話し方は、紅の豚を参考に。性格は、適当にする事に。
    原作等確認しても、正体が確認出来なかったため。
 ――――――――――
 ●第18話 サーヴァントとアルバイト①
  IF:アルバイト風景は、うる覚えで合わせて適当にする事に。
  IF:士郎に神業的、UFOキャッチャースキルを追加する事に。
 ――――――――――
 ●第19話 サーヴァントとアルバイト②
  IF:存在しない修学旅行のエピソードを追加する事に。
 ――――――――――
 ●第20話 サーヴァントとアルバイト③
  IF:セイバーに魔力&魔術の基礎知識を伝授して貰う事に。
    今後の話の展開が不透明なため、後半暈す形にしています。
  IF:士郎とセイバーの鈍感度が、この話だけUPする事に。
 ――――――――――
 ●第21話 帰宅後の閑談①
  IF:なし。
 ――――――――――
 ●第22話 帰宅後の閑談②
  IF:また、士郎とセイバーに聖杯戦争の考察して貰う事に。
    サーヴァントについて話し合ってもらいました。
 ――――――――――
 ●第23話 帰宅後の閑談③
  IF:弱体化しすぎた士郎の為に、剣術スキルを追加する事に。
    原作では、魔術の特訓に充てていた時間を剣道の特訓に充ててもらいました。
    ただし、攻撃面はなし。受身だけです。
 ――――――――――
 ●第24話 帰宅後の閑談④
  IF:なし。
 ――――――――――
 ●第25話 深夜の戦い①
  IF:バーサーカーの設定を原作よりかなり弱くする事に。
  IF:士郎が、イリヤを狙う事に。
    普通の人になってしまった士郎に、考えた戦闘方法ですが違和感がありすぎます。
 ――――――――――
 ●第26話 深夜の戦い②
  IF:テーマ通り、緩い結果にする事に。
    話し合いでイリヤと仲直りしてもらう事にしました。
 ――――――――――
 ●第27話 アインツベルンとの協定①
  IF:士郎とセイバーとイリヤに聖杯戦争を考察して貰う事に。
  IF:上記については、話の流れ上、イリヤに肯定して貰う事に。
 ――――――――――
 ●第28話 アインツベルンとの協定②
  IF:士郎に神業的、デッサン・スキルを追加する事に。
 ――――――――――
 ●第29話 アインツベルンとの協定③
  IF:バーサーカー戦の反省会と今後に繋がる考察して貰う事に。
 ――――――――――
 ●第30話 結界対策会議①
  IF:なし。
 ――――――――――
 ●第31話 結界対策会議②
  IF:呪刻を探す作業をセイバーが、行う事に。
  IF:士郎に選択問題の謎の赤点回避術を追加する事に。
 ――――――――――
 ●第32話 結界対策会議③
  IF:蜂蜜でライダーを退却させる事に。
 ――――――――――
 ●第33話 結界対策会議④
  IF:士郎と凛達でしっかりと会議して貰う事に。
    これは、原作と違う道を進むための説明の意味が強いです。
 ――――――――――
 ●第34話 学校の戦い・前夜
  IF:セイバーの私服を凛ではなく藤ねえに用意してもらう事に。
 ――――――――――
 ●第35話 学校の戦い①
  IF:なし。
 ――――――――――
 ●第36話 学校の戦い②
  IF:ライダーVSセイバー、凛、アーチャーの戦闘に。
    戦い自体がグダグダになります。
 ――――――――――
 ●第37話 学校の戦い③
  IF:結界吸収回避の要因は、完全なオリジナル設定です。
    原作とは、一切の関係はありません。
  IF:天地神明の理に魔力吸収能力追加。
 ――――――――――
 ●第38話 学校の戦い④
  IF:偽臣の書の譲渡は、原作には存在しません。
    また、使用法についても強く握るぐらいしか見受けられず使用法諸々謎の多いアイテムです。
    このSSでは、士郎のデタラメさを際立たせる設定の為に譲渡を行います。
    しかも、士郎が魔術書を解読して。
 ――――――――――
 ●第39話 学校の戦い⑤
  IF:38話同様です。
 ――――――――――
 ●第40話 ライダーの願い
  IF:なし。
 ――――――――――
 ●第41話 ライダーの戦い①
  IF:群体の倒し方が思いつかないため、ライダーの宝具で臓硯を一蹴して貰う事に。
  IF:このSSの桜は、士郎に出会う前なので暗い性格のままにする事に。
 ――――――――――
 ●第42話 ライダーの戦い②
  IF:なし。
 ――――――――――
 ●第43話 奪取、マキリの書物
  IF:間桐の魔術書を盗む事に。
    大事な魔術書の管理がずさん過ぎる気がしますが……。
 ――――――――――
 ●第44話 姉と妹①
  IF:このSSでは、凛は、桜救出に思いを注ぐ人物とする事に。
  IF:このSSが、平行世界の一つである事に。
 ――――――――――
 ●第45話 姉と妹②
  IF:凛と桜が、再会(?)する事に。
 ――――――――――
 ●第46話 サーヴァントとの検討会議
  IF:桜の人体修正について話し合って貰う事に。
    解決法は、原作通りではなく、このSSで用意した間桐から奪った魔術書を元にします。
 ――――――――――
 ●第47話 イリヤ誘拐
  IF:魔術書解読のために、イリヤを誘拐する事に。
 ――――――――――
 ●第48話 衛宮邸の団欒①
  IF:なし。
 ――――――――――
 ●第49話 衛宮邸の団欒②
  IF:なし。
 ――――――――――
 ●第50話 間桐の遺産①
  IF:なし。
 ――――――――――
 ●第51話 間桐の遺産②
  IF:士郎のデタラメ暗号解読術で暗号解決の手掛かりに。
 ――――――――――
 ●第52話 間桐の遺産③
  IF:なし。
 ――――――――――
 ●第53話 間桐の遺産~番外編①~
  IF:デタラメな話の中での番外編です。
 ――――――――――
 ●第54話 間桐の遺産~番外編②~
  IF:デタラメな話の中での番外編です。
 ――――――――――
 ●第55話 間桐の遺産~番外編③~
  IF:デタラメな話の中での番外編です。
 ――――――――――
 ●第56話 間桐の遺産④
  IF:早くも暗号を解き明かしてしまう事に。
    本来、こんなに早く解き明かせるわけありません。魔術書だし。
    ただ、これと言ったいい案も浮かばず、ダラダラと先延ばしにする事も出来ませんでした。
 ――――――――――
 ●第57話 間桐の遺産⑤
  IF:早い解読の補足をする事に。
    補足ではなく、ただ士郎のデタラメさがアップしただけだったり……。
  IF:姉妹のわだかまりを適当に解決する事に。
  IF:士郎に謎の裁縫技術を追加する事に。
 ――――――――――
 ●第58話 間桐の遺産⑥
  IF:蟲の設定は、一部オリジナルの設定を組み込んでいます。
 ――――――――――
 ●第59話 幕間Ⅰ①
  IF:アインツベルンの謎の古文書を解読する事に。
    これは、キャスターがやろうとしていた根源への道を開く手段を解明したオリジナル設定になります。
  IF:投影の説明とかニュアンスで書いてます。
    正直、何を調べても正解に辿り着けません。
    そういう設定で書いてしまったんだと、諦めて読んでくれると助かります。
 ――――――――――
 ●第60話 幕間Ⅰ②
  BG:セイバーの問題解決をしようとしたら……。
    エヴァの最終回みたいになってしまった。
    セイバーとシンジって似てないと思ってたのですが。
  IF:このSSの士郎とアーチャーは意外と仲がいい事に。
 ――――――――――
 ●第61話 幕間Ⅰ③
  IF:キャスター捕獲の作戦会議をする事に。
 ――――――――――
 ●第62話 キャスター勧誘
  IF:キャスターと協力関係になる事に。
 ――――――――――
 ●第63話 新たな可能性
  IF:キャスターを仲間にする事で展開する今後の方針を話し合う事に。
 ――――――――――
 ●第64話 女同士の内緒話
  IF:なし。
 ――――――――――
 ●第65話 教会という名の魔城①
  IF:教会を奇襲して最後の戦いをする事に。
 ――――――――――
 ●第66話 教会という名の魔城②
  IF:最後の戦いは、場を替え手段を替え決着する事に。
 ――――――――――
 ●第67話 教会という名の魔城③
  IF:最後の戦いの経過報告をする事に。
 ――――――――――
 ●第68話 幕間Ⅱ①
  IF:なし。
 ――――――――――
 ●第69話 幕間Ⅱ②
  IF:なし。
 ――――――――――
 ●第70話 聖杯戦争終了
  IF:聖杯戦争を終了する事に。
 ――――――――――
 ●第71話 その後①
  IF:このSSでのエピローグ その①です。
 ――――――――――
 ●第72話 その後②
  IF:このSSでのエピローグ その②です。
 ――――――――――
 ●第73話 その後③
  IF:このSSでのエピローグ その③です。
 ――――――――――
 ●第74話 その後④
  IF:このSSでのエピローグ その④です。
 ――――――――――
 ●第75話 その後⑤
  IF:このSSでのエピローグ その⑤です。
    諸々の設定は、全てオリジナルの設定になります。
 ――――――――――
 ●第76話 その後⑥
  IF:このSSでのエピローグ その⑥です。



[7779] 第1話 月光の下の出会い①
Name: 熊雑草◆890a69a1 ID:9b88eec9
Date: 2010/08/27 00:09
 == Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==



 時間は、深夜……。
 少年は、いつも通りに日常を終え、いつも通りに己を鍛えに向かう。
 場所は、土蔵。
 少年が、一番落ち着ける場所……。

 少年は、竹刀を正眼に構え、目を閉じ自分との対話を始める。
 月が傾き始め、土蔵の小窓から月光が中を照らす。

 土蔵の中では、十年前に描かれた魔法陣が月から魔力を得るかのように輝き出す。
 魔力が満ちた魔法陣は、朝の光のように土蔵を照らし出した。
 少年もようやく気付き、凄まじい光を両手で遮った。

 魔法陣からは、徐々に人が姿を現す。
 光の収束と共に、そこには一人の甲冑を着けた少女が、神話の絵から抜け出したように威風堂々と立っていた。
 金毛の髪を束ね綺麗な顔立ちをした少女は、ゆっくりと瞳を開くと目の前の少年を見据える。
 そして、落ち着いた口調で口を開く。


 「問おう……。
  貴方が、私のマスターか?」

 「違います。」



  第1話 月光の下の出会い①



 少年は、キッパリと言い切った。
 少女は、目を丸くして鳩が豆鉄砲をくらったように停止している。
 少年は、深夜の……しかも、土蔵に甲冑を着て現れた少女に不審の目を向けている。
 少女は、徐々に怒りを表し、少年に再度問い掛ける。


 「冗談は止めて頂きたい。
  貴方が、マスターでしょう!」


 少年も突然の怒気の篭もった言葉に敵意をあらわにする。


 「何言ってるんだ!?
  深夜に人様の土蔵にあがり込んで!」

 「な!?」


 少年の言葉に少女は自分のプライドを傷つけられたような気になる。
 収拾しない事態は、更に場をヒートアップさせていく。


 「ここには、貴方しかいないのに
  貴方以外の誰が、私を呼び出したというのですか!」

 「しつこい外国人だな!
  俺は、お前なんか呼んでないの!
  お前が勝手に地面から湧いて来たんだよ!」

 「人を害虫か何かと一緒にしないでください!
  それに貴方は、私が呼ばれたのを見ているではないですか!」

 「だから、知らないって!」

 「人を呼び出して置いて、知らないでは済みません!」


 しつこい少女に少年は鬱陶しく突き放す。


 「ああ、もう分かった!
  分かったから!
  俺が呼び出した!
  だから、もう帰ってくれないか?」

 「こ、こんな屈辱は初めてです!
  今の言葉を訂正しなさい!」

 「やっぱり、勝手に湧いて来たんじゃねーか!」

 「訂正するのは、そこではない!!」

 「本当にしつこいな!
  何? 家出?」

 「そんな訳ないでしょう!」

 「じゃあ、なんなのさ?
  あんたの格好、普通じゃないぜ?」

 「この格式高い鎧の何処がおかしいのです!」

 「気付かないなら、頭がおかしいんじゃないのか?」

 「今の言葉は許せません!」


 少年と少女は、噛み合わない会話で怒鳴り合い、肩で息をしている。
 出方を伺うタイムラグは数秒。
 視線が交差し、両者息を吸い込む。
 そして、次の言葉を発すべく利き足と逆の足を踏み込み、再度、話し合う(?)べく口を開く。
 しかし、幕を引く決定的な言葉が土蔵の隣の家から響く。


 「うるせぇぞ!
  何時だと思ってんだ!」

 「…………。」


 少年と少女は、お互いの顔を見合うと沈黙した。


 「「……すいません。」」


 そして、月の光が照らす綺麗な夜に謝罪の言葉を口にする。
 それは、彼らの気持ちが一つになった初めての行動だった。



[7779] 第2話 月光の下の出会い②
Name: 熊雑草◆890a69a1 ID:9b88eec9
Date: 2010/08/27 00:09
 == Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==



 先ほどまで火照っていた熱が引いていく。
 第三者による叱責で頭が冷える。
 怒られた者同士の共犯意識で少年が少女に声を掛ける。


 「とりあえず、母屋に行くか。」

 「……そうですね。」


 犯行現場を後にしたいため、少女は、少年の申し出に素直に従う。
 少年は、少女を伴って土蔵を後にする。
 しかし、再びあの声が響く。


 「うるせぇぞ!
  今度は、ガチャガチャガチャガチャ何やってんだ!」


 少年は、ガチャガチャの正体の少女へと振り向く。


 「その甲冑……なんとかならない?」



  第2話 月光の下の出会い②



 少女は、甲冑の武装を解く。
 甲冑は、光を弾き霧散する。
 甲冑の武装を解くと少女は、ドレスのような姿になる。


 「……手品?」

 「違います!」


 共犯意識はあっても、蟠りは未だ解けていない。

 甲冑を解いた少女は、自分の存在が少し希薄になるのを感じる。
 もう時間が少ないようだ。
 少女は、少年を無視して小さな声で早口に契約を交わす。


 「サxxxxxセxxバー、召xxxxx従い参xxxxxx。
  こxxxり我xxxxxxxxは剣とxxxxxxxxxxと共にxxxxり、
  xxxxxxの運xxxxは私と共にxxxxxxx。
  ・
  ・
  ここに契約は、完了した!!」


 少年の手の甲に契約の証が現れる。


 「オイ、何やった!?」

 「気になさらず。
  貴方には関係のない事です。」


 こうして少女は、少年を憑り代にして現世と過去を繋ぎ止めた。
 そして、釈然といかないまま、二人は今度こそ、ご近所に迷惑を掛ける事なく母屋に辿り着いた。


 …


 テーブルを挟んで、少年と少女は向き合って座っていた。
 長くなるであろう戦いに備え、急須とポットが用意されている。


 「俺は、ここの家主の衛宮士郎だ。ここの家主だ。」


 少年は、二度繰り返して強調する。


 「私は、サーヴァント・セイバーです。」

 「どっちが名字で、どっちが名前なんだ?」

 「お好きな様に。
  どうせ偽名です。」

 「偽名かよ!」

 「…………。」


 少年も少女も、このままでは、話が進まない事を感じる。
 少年は、一呼吸の間を置くと少女に提案する。


 「戦線協定を結びたい。」

 「む。」


 少年の言葉に少女が反応する。


 「少し……いや、かなり話して分かった事がある。
  俺達は、かなりの頑固だ。
  このままでは、どちらも譲らないだろう。」


 少女が頷いて返事を返す。


 「しかし、それ故にどちらも嘘を言っていないと思う。」


 少女は、再び頷いて返事を返す。


 「そこでお互い納得いかなくても肯定して話を進める。
  これが協定の内容だ。……どうだ?」

 「いいでしょう。
  話が終わってから白黒つけましょう。」

 「決まりだな。」


 少年と少女は、やっと話が進むと安堵して湯のみのお茶を啜る。


 「ところで……。
  お前の事は、セイバーって呼んでいいのか?」

 「はい。
  私は、貴方の事をマスターと呼びますが……よろしいでしょうか?」

 「出来れば名前で呼んでくれないか?
  士郎でいい。」

 「シロウ……。
  ええ、私としてもこちらの方が呼びやすい。」

 「……で、だ。
  話の焦点になるのは、『呼び出す』という言葉なんだが……。
  本当に呼んだ覚えがないんだ。」


 セイバーは、少し考えると別の質問をする。


 「貴方は、魔術師ではないのですか?」

 「違う。」


 セイバーは、再び考え込む。


 「シロウ。
  手を貸して下さい。」


 士郎は、無言で手を差し出す。
 セイバーは、手を取ると魔力の流れを調べ始める。


 「本当だ。
  魔術回路はあるものの魔力を流して使った形跡がない。」

 (では、どういう事だ?
  私には、魔力がしっかり送られて来ている。)

 「シロウ、貴方の言った事は正しかった。
  ただの人間にサーヴァントを召還する事は出来ない。」

 「じゃあ、やっぱり勝手に湧い……。」


 セイバーは、士郎を睨みつける。
 士郎は、思わず話を止めた。
 咳払いを一つするとセイバーが話を続ける。


 「土蔵に魔法陣があったのを覚えていますか?」

 「あの幾何学模様か?」

 「はい。
  あれが何らかの原因で起動したとしか考えられません。」

 「質問していいか?」

 「どうぞ。」

 「やっぱり、なんの事か分からない。
  説明は、なんとなく分かるんだけど。
  根本的なところが分かっていないから理解出来ない。」

 「シロウは、魔術師ではないのでしたね。
  分かりました。
  最初から全てお話しします。」


 セイバーは、何も理解出来ていない士郎に事態の説明をする事にした。



[7779] 第3話 月光の下の出会い③
Name: 熊雑草◆890a69a1 ID:9b88eec9
Date: 2010/08/27 00:10
 == Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==



  ・
  ・
  ・
  という様に聖杯戦争では
  七人の魔術師がそれぞれサーヴァントを呼び出し、
  最後の一人になるまで戦い抜くのです。」

 「なるほど……。」

 「分かって頂けましたか?」

 「ああ、やっぱり俺は間違っていなかった。」



  第3話 月光の下の出会い③



 「は?」

 「だから……。
  セイバーを呼び出したのは俺じゃない。」

 「そ、そうですね……。」

 「…………。」

 「何か言う事があるんじゃないか? セイバーさん?」


 セイバーは、ワタワタとした後、数秒目線を背けると頭を下げた。


 「……すいません。」


 士郎は、一瞬、勝ち誇った顔をすると直ぐに普段の顔に戻る。
 そして、時計を確認する。


 (もう、二時か……。)

 「ところで……。
  セイバーは、これからどうするんだ?」

 「もちろん、聖杯戦争を続けます。」

 「そうか。
  じゃあ、明日からはマスター探しだな。
  この家、広いから。
  今日は、泊まっていっていいぞ。」

 「あ。」


 士郎の善意の言葉でセイバーは、肝心な事を伝えていない事に気付く。
 頬に冷たい汗が一筋流れる。


 「シ、シロウ……。
  実は、貴方に伝いそびれた事がある。」

 「ん? 何かあったか?」

 「その……。
  シロウは、既に私のマスターです。」

 「ふ~ん。
  ・
  ・
  ……は?」


 シロウは驚きの声をあげ、セイバーは罰の悪い顔をしている。


 「なんでさ?」

 「シ、シロウは、聖杯戦争に参加する気はありませんか?」

 「ない!
  だから、なんでさ?」


 セイバーは、観念したように額を伏せて士郎から目線を外す。


 「先程、母屋に赴く時に
  『何やった』と言ったのを覚えていますか?」

 「ああ、覚えてるぞ。
  ……ま、まさか。」

 「はい。
  あれがマスターとの契約です。」

 「なんだってーーーっ!?」


 士郎は咆哮し、セイバーは苦笑いを浮かべる。


 「し、仕方がなかったのです!
  現界している時間もなく、貴方は、嘘をついていると思って……。
  シ、シロウ、これは不可抗力です!!」


 セイバーは、必死に弁明する。


 「じょ、冗談じゃないぞ!
  命懸けのゲームなんて!」

 「シロウ、貴方を巻き込んでしまった事は謝ります。
  しかし、私は聖杯を必ず手に入れなければならない!」


 真剣に話を続けようとするセイバーを余所に、士郎は俯き、肩が震えている。


 「ふ、ふふ……。」

 「シロウ?」

 「そんな事は知るかーーーっ!
  なーに! 焦る必要はない!
  この令呪とかいうのを使い切れば全て解決だ!
  マスターとも、めでたくおさらばだ!」

 「待ちなさい、シロウ!
  そんなくだらない事に令呪を使うというのですか!?」

 「その通り!
  跪け! 命乞いをしろ! 小僧から石を取り返せ!」


 士郎は、令呪を高く掲げる。
 セイバーは、令呪の発動に身構えた。


 「…………。」

 「使い方が分からん!!」


 セイバーのグーが、士郎の顔面に炸裂した。



[7779] 第4話 月光の下の出会い④
Name: 熊雑草◆890a69a1 ID:9b88eec9
Date: 2010/08/27 00:10
 == Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==



 「歯を喰いしばりなさい! シロウ!」

 「……順番が逆だ!
  殴られた後に歯を喰いしばっても、
  ダメージは、軽減出来ないだろうが!」


 士郎は、最後の力で言い切るとバタンと後ろに倒れた。



  第4話 月光の下の出会い④



 ぼーっと天井を見る。


 (あのセリフは、絶対に言わない……。
  それにしても……。)

 「いきなり殴られるとは思っても見なかった。」


 士郎は、体をゆっくりと起こす。


 「本来なら、斬り捨てていたところです。」

 「そこまでか!?」

 「当然です!」

 「と、いう事は、俺に解約の自由はないという事か……。」


 士郎は、溜息を吐く。


 「安心してください。
  聖杯戦争に勝利すれば、契約は解除されます。」

 「いや、安心出来ないだろ?
  その聖杯戦争に参加したくないから、
  こんなに揉めてんだから。」

 「…………。」

 「シロウ……貴方が自ら参加の意志を示して欲しい。
  私も、強制はしたくない。」

 (自分で勝手に契約させて、それはないでしょう?
  でも、打つ手がないのも確かなんだよな。)


 士郎は、暫し考えると結論を出した。


 「分かった。
  参加してやる。」

 「本当ですか!?」

 「ただし、条件がある。」

 (やはり、そう来ましたか。)

 「可能な事なら譲歩しましょう。」


 セイバーは、固唾を飲んで士郎の返事を待つ。


 「じゃあ、教えてくれ。
  お前の……セイバーの聖杯に願う事は、なんだ?」


 セイバーは、以外な返事に少し驚いた顔をする。


 「どうした?」

 「あ、いえ……。
  正直、意外な答えなので。」

 「そうか?」

 「はい。
  貴方の事ですから、無理難題を要求されると思いました。」

 「俺は、どこかの独裁者か何かか!?」


 セイバーは、笑って誤魔化す。


 「まあ、いい。
  先に理由を言っとく。
  聖杯戦争を生き抜けるかどうかの時に、その後の事を考えるのはおかしい。
  捕らぬ狸の皮算用ってヤツだ。
  聖杯戦争を生き抜くために、これから相棒になるセイバーの事を知って置くのは重要だと思う。
  力が強いことも重要だと思うけど、ここ一番で勝敗を分けるのは意志の強さだと思う。
  生き抜く確率を1%でも上げるためにセイバーの本気が知りたい。
  本気を知るには、願いを聞くのが一番だと思った。 以上だ。」


 士郎の真剣な言葉にいつしかセイバーも真剣になっていた。
 真剣な言葉には真摯に応えなければならない。
 先ほどまでのギャップが、セイバーにそう思わせた。
 セイバーは、聖杯戦争が終わるまで心の奥に仕舞って置くはずだった言葉を話す決意をする。


 「私は……やり直したいのです。」

 「やり直す?」


 セイバーの言葉に士郎は不快感を感じる。
 セイバーは、そんな士郎のちょっとした変化に気が付かなかった。


 「愚かだった私のせいで沢山の人々を不幸にした。
  あの時の選択を後悔しています。
  だから、私は……。
  やり直したい……。」


 セイバーは、話し終わると目を伏せた。
 あの日の光景が、まざまざと脳裏に蘇る。
 誤った選択により、壊れてしまった過去の記憶……。
 救えるものは、全て救いたかった……。
 自分以外の誰かなら、もっと上手くやれたはず……。
 寧ろ自分は、あの時、存在しなければよかったのかもしれない……。

 過去に意識を傾けていたセイバーは油断していた。
 それは勢いよく喉元に伸び、軽いセイバーの体を壁に押しつけた。


 「っ!」


 喉元を絞める力に呼吸も出来ず、地には足が届かなかった。


 「この馬鹿が!
  そんな覚悟で命を懸けてたのか!?」


 士郎は怒りに我を忘れ、右手でセイバーの首を力一杯、壁に押しつけている。

 
 「いいか? よく聞けよ?
  お前のしている事は、侮辱以外の何者でもない。
  お前と共に生きて来た者、全てを侮辱している。
  ・
  ・
  お前は騎士だったんだろう?
  なら、お前に命を懸けて戦った仲間も居ただろうし、
  お前が命を懸けた事もあったんじゃないのか?
  その共に生きて来た奴ら、全員をなかった事にするのか!」


 セイバーは、喉元の腕を握り返す。
 握り返された腕は、爪が食い込み血を流し出す。
 それでも、一向に力は緩まる事はなかった。


 「侮辱…するつもりは……ない。
  なかった…ことに…する………だけです。」


 士郎は、セイバーを畳に投げつける。
 セイバーは、激しく咳き込み肩を上下させる。


 「なかった事になんか出来る訳ないじゃないか!
  聖杯で願いを叶えても、セイバーの記憶からは消えやしないさ!
  そんな温い覚悟じゃ、聖杯戦争なんて勝ち抜けやしない!
  俺は、お前なんかに命を預けられない!」


 セイバーは、士郎を見上げて息を飲む。
 士郎は、振り返り廊下に出て行く。


 「気分が悪い。
  俺は、もう寝る。」


 士郎は、障子を閉めると自分の部屋に行ってしまった。

 残されたセイバーは、士郎の出て行った襖を眺め続ける。
 そして、暫くするとふらふらと立ち上がる。
 縁側の窓を開け、柱にもたれて座り込み、月を眺めた。

 頭の中では、士郎の言った言葉がいつまでも消える事がなかった。
 それは、やがて葛藤となり、何が正しく何が悪いのかを自問自答の螺旋に落としていく。
 自分を肯定すれば、士郎の言葉が心を貫く……。
 士郎の言葉を肯定すれば、自分の罪が心を貫く……。
 答えの出ない自問自答にセイバーは、涙を流していた。
 止め処なく流れる涙に青い服の袖は、より深い色を広げていった。



[7779] 第5話 土下座祭り①
Name: 熊雑草◆890a69a1 ID:9b88eec9
Date: 2010/08/27 00:11
 == Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==



 士郎は、部屋に入り布団を敷くと直ぐ横になる。
 怒りのせいで眠れないかと思ったが、眠りは意外と早く訪れた。



  第5話 土下座祭り①



 眠りに着くと普段見ない夢を見る。
 セイバーは、そこに存在していた。

 幾戦の戦いに勝利して……。
 王の孤独に耐え……。
 己が信念を貫いていく……。
 そして、国を統一し、歓びの凱旋を迎える。

 更に時は流れ、国を分断する戦が始まる。
 その戦いでセイバーは、致命傷とも言える傷を負う。
 夢は、そこで終わった……。

 士郎は、さっきまで話していた少女の生き様を見せつけられる。
 彼女の生き方は、茨の道を行くようだった。

 (納得いかないところもあるけど……。
  ・
  ・
  カッコイイじゃないか。
  最後まで貫き通したんだ。
  ・
  ・
  ここまでして、やり直したいか……。
  完璧主義者なのか?
  違うな……。
  大事だったんだ……。
  ・
  ・
  だったら……。
  尚更、やり直しちゃダメだろ?
  この現状の価値を作った張本人は、アイツじゃないか。
  アイツが貫き通さなきゃ、やり直したいなんて感情は生まれない。
  ・
  ・
  なんか矛盾してる……。
  やり通したのにやり直したい?
  やり通したから気に入らない?
  あれ?
  ・
  ・
  …………。
  ・
  ・
  兎に角! やり直しても無駄だ!
  自分の居ない物語にどんな意味がある?
  アーロンも言ってたじゃないか。
  『お前の物語だ』って。
  関係ないな……。
  ・
  ・
  アイツに足りないものが、分かった気がする……。
  きっと、本音を言える”本物の馬鹿”の存在だ……。)


 朝の気配に士郎は、目を覚ます。
 時計を見ると6時を少し回ったところだった。


 (ううう……。
  夢か……。
  恐ろしくリアルな夢だったな。
  セイバーの願いが夢の通りなら、昨日はやり過ぎた。
  アイツを責めて……。
  しかも、女の子に手をあげて……。
  いやいやいやいや……。
  俺、首絞めた上に叩きつけたよ……。
  ・
  ・
  自己嫌悪だ。
  やるべき事は、一つしかない!)


 士郎は、部屋を出るとセイバーを残した居間に向かった。


 …


 居間の障子を開けるが、そこにセイバーは居なかった。
 流れる外の冷気に目を移す。
 セイバーは、縁側に座り柱にもたれていた。

 士郎は、ゆっくりとセイバーの近くまで歩いて行った。
 セイバーは、士郎の気配に気付くとゆっくりと振り返る。


 (うっ……!
  泣いてる! 目が真っ赤だ!
  そりゃそうだ……。
  女の子にする事じゃない……。
  星一徹だって、ここまでしないさ。
  ・
  ・
  うっ……!
  袖が湖みたいになっていらっしゃる!
  ・
  ・
  あれから、ずっとか……。
  ・
  ・
  ええ~い!)


 士郎は、正座し背筋を伸ばす。
 そして、体を前に倒し、肘を90度に曲げ、頭を畳に擦りつける。


 「すいませんでしたっ!!」


 その完成された美しい謝る姿勢を人は、『土下座』と呼んだ。


 「シロウ……。
  何故、貴方が謝るのですか?」

 「…………。」

 「女の子に手をあげてはいけない……。」

 「…………。」

 「相手の理由を聞かずにキレてはいけない……。」

 「…………。」

 「でも、貴方には、怒る理由があったのでしょう?」

 「…………。」

 「シロウに言われた事をずっと考えていた……。
  そして、自分の言った事も考えていた……。
  でも、答えは出なかった……。」

 「だから、泣いていたのか?」

 「泣いて……?
  そうか……私は、泣いていたのか。」


 セイバーは立ち上がり、シロウの前まで来ると正座し背筋を伸ばす。
 そして、体を前に倒し、肘を90度に曲げ、頭を畳に擦りつける。


 「すいません……。
  きっと、私は、知らずに貴方を侮辱した。」


 その完成された美しい謝る姿勢を人は、『土下座』と呼んだ。


 「そんな事はない。
  悪いのは、俺だ。」

 「そんな事はありません。
  シロウには、私を責める理由がある。」

 「…………。」

 「夢を見たんだ……。
  セイバーの……。
  夢だから事実じゃないと思うが……。」

 「マスターとサーヴァントとの結びつきが強いと
  夢でお互いの過去を見る事があります。」

 「そうか……。
  なら、ますます申し訳ない。
  勝手に人のプライバシーまで侵害して……。」


 シロウは、無断で過去を覗いた事で更に自己嫌悪を強める。
 そして、二人は、土下座したままの状態で話し続ける。


 「気にしないでください。
  これは、どうしようもない事です。
  もしかしたら、私が貴方の過去を見る事にもなるかもしれない……。」

 「すまない。」

 「…………。」

 「私の過去は、酷かったでしょう。
  最後は、国を壊してしまった……。」

 「…………。」

 「私など……。
  王にならなければよかったのです……。」

 「…………。」

 「でも……。
  俺は、尊敬するぞ。」

 「何故ですか?」

 「分からない……。
  でも、正直、カッコイイと思った。」

 「何故ですか?」

 「分からない……。
  でも、俺の言った事に嘘はない。
  だから、セイバーに謝らなければならない。
  きっと、俺は、知らずにセイバーを侮辱した。」

 「…………。」

 「そんな事はありません。
  結局、私は、まだ答えを出せないでいる。」


 二人は、土下座をしたまま、自分が悪いのだと言い続ける。
 こんなところでも、二人は頑固だった。
 相手が根負けするまで、土下座の姿勢を崩さずに張り合い続ける。

 しかし、ある訪問者により、膠着状態は崩壊した。



[7779] 第6話 土下座祭り②
Name: 熊雑草◆890a69a1 ID:9b88eec9
Date: 2010/08/27 00:11
 == Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==



 その足音は玄関を通り過ぎ、居間まで一直線に近づくと勢いよく障子を開けた。


 「おっはよ~~~っ! 士郎!
  今日の朝ゴハンは、何かな~~~っ!?
  お姉ちゃん、お腹へっちゃったよ。」


 障子を開けた瞬間、固まる刻。
 目の前には、よく知る少年と見知らぬ少女の土下座する姿。
 藤村大河は、何も言わず障子を閉め直した。



  第6話 土下座祭り②



 「…………。」


 居間の障子を挟んで沈黙する内と外。
 内では、会話が止まり土下座をキープ。
 外では、障子を閉めて、そのままフリーズ。

 一呼吸置いて動き出す刻。
 そう、刻は動き出す。


 「士郎ーーーっ!
  なんで、土下座してんのーーーっ!」


 咆哮と共に勢いよく開けられる障子。
 藤村大河は、朝から元気だった。

 士郎とセイバーは、同じタイミングで藤村大河に振り返る。
 士郎は、目を丸くし、セイバーは、泣きはらした顔で……。


 「女の子泣かしちゃ、ダメーーーっ!!」


 藤村大河のグーが、士郎の顔面に炸裂した。


 「お、お、お姉ちゃんは、
  士郎を、そんな風に育てた覚えはありません!!」


 セイバーは、藤村大河の教育的指導に固まったまま動けない。


 「士郎! 説明しなさい!
  まさか、女の子を襲っちゃったりなんかしたんじゃないでしょうね!?」


 ぶっ飛ばされた士郎は、ゆっくりと立ち上がる。


 「いや、襲ってない……。
  ただ、首絞めたあとで畳に叩きつけた。」

 「そっかぁ。
  ・
  ・
  って、それもダメーーーっ!」


 そして、再び藤村大河のグーが、士郎の顔面に炸裂した。


 「士郎! 歯を喰いしばりなさいっ!」

 「~~~っ!
  またかっ!
  殴られた後に歯を喰いしばっても、ダメージは軽減出来ない……。
  でも、これで少しは、気が済んだ……。
  藤ねえ、ありが…と………。」


 士郎は、テンプルへの衝撃で意識が途絶えた。
 はあはあと荒い息を吐いて佇む藤ねえにセイバーが近寄る。


 「あ、あの……。」

 「どこのどなたか分かりませんが、うちの士郎がとんだ粗相をっ!」


 藤ねえは、セイバーに土下座する。
 セイバーは、直ぐに藤ねえの肩を掴んで立たせる。


 「止めてください!
  私が泣いていたのも、
  シロウが、あのような行為に及んだのも私に原因がある。」

 「え?
  いや、でも……。」


 セイバーは、気絶している士郎を見る。
 そして、奥歯を噛み締め、悔しそうな顔を一瞬すると藤ねえに頼み事をする。


 「すみません!
  私にも制裁を入れてください!」

 「え? え? ええっ!?
  なんで? なんでなんでなんで~~~っ!?」

 「この件に関しては、私も悪い。
  お願いします。」


 セイバーは、藤ねえの肩を強く掴んだまま放さない。
 そして、藤ねえ自身も、こういう体育会系のノリは嫌いではない。


 「分かりました。
  でも、あなたは女の子だから平手でいきます。
  歯を喰いしばりなさい。」


 藤ねえは、力一杯、セイバーの頬に平手を打ち込んだ。


 (女同士だと、ちゃんと叩く前に『歯を喰いしばれ』って言うのな……。)


 士郎は、意識を取り戻してセイバーが叩かれる音を聞いていた。


 …


 「オホン。
  二人とも座りなさい。」


 テーブルを挟んで藤ねえの前に士郎とセイバーは正座をさせられている。


 「まず、喧嘩の原因はなんなの?」

 「俺が全面的に悪い。」

 「違います!
  シロウを怒らせた私に問題がある!」


 土下座勝負の続きは延長戦に突入し、士郎もセイバーもどちらも譲らない。
 藤ねえは、溜息をつく。


 「じゃあ、士郎を怒らせた原因は?」

 「…………。」

 「恐らく私が言った『やり直したい』という言葉です。」


 藤ねえは、あちゃ~と額に手を置いて不味い顔をしている。


 「分かったわ……。
  士郎、あんたは、もういいわ。
  ご飯の用意して。」

 「ああ。」

 「それと……。
  昔の事、言っちゃうわよ。」

 「構わない。」

 (夢でアイツの過去を見ちまったんだ。
  それぐらい……。)


 士郎は、台所に向かう。


 「さて、どこから話そうかな?
  あれ? ところであなたのお名前は?」

 「セイバーと呼んでください。」

 「セイバーちゃんか……。
  変わった名前ね。
  わたしは、藤村大河。よろしくね。」

 「…………。」

 「え~っとね。
  セイバーちゃんが言った事は、士郎にとっては禁句なの。」

 「禁句?」

 「そう。
  士郎は、過去を乗り越えて来たから。」

 「過去を……。」

 「うん。
  十年前にね、大火事があったの。
  その時、士郎は、一人だけ生き残った。
  切嗣さん……士郎の養父になった人に助けて貰って……。
  ・
  ・
  あの時の士郎は、自分一人生き残った事に後悔してた。
  きっと、やり直したいって思ってた。
  ・
  ・
  でもね。
  士郎は、がんばって乗り越えたんだ。
  どんなに願っても、わたし達には過去を変えられないからね。」

 (そうだ。
  聖杯の存在を知らない人にとっては、それが常識なのだ。
  そういう人達は、過去を乗り越えている……。
  なのに……私は……。
  でも……それでも……。)


 セイバーは、他の人との矛盾を噛み締めながら、藤ねえに質問をする。


 「本当に……。
  シロウは、乗り越える事が出来たのですか?」

 「うん。」

 「どうやって……?」

 「え?
  ・
  ・
  気合い?」

 「…………。」

 「違うだろ、藤ねえ。」


 士郎は、気を利かしてお茶のおかわりを持って来るとセイバーと藤ねえの前に置く。


 「オヤジと藤ねえと雷画爺さんのお陰だろ。」


 セイバーは、会話に入った士郎の顔を見つめている。
 士郎は、視線に気付くと頭を掻いて少しぶっきらぼうに言葉を続けた。


 「正直、苦しかった。
  みんな死んだ中で一人生き残ってしまって。
  生き残ったのが罪だと思った。
  ・
  ・
  でも、許してくれたんだ。
  俺が生き残った意味を……。
  一人で生き残った自分を責めていた俺を……そう、許してくれたんだ……。
  ・
  ・
  そして、信じてくれたんだ。
  立ち直れるって……。
  また、歩き出せるって……。
  それだけで、俺は乗り越えたんだと思う。」

 「そうだったね。
  時間が掛かったもんね。」

 「そう…ですか……。」

 「…………。」

 「だから、セイバーも藤ねえに許して貰え。」

 「え?」

 「信じて貰え。」

 「でも、私は……。」

 「セイバーちゃん。
  わたしは、許してあげるよ。」


 藤ねえは、優しい微笑みを浮かべている。
 藤ねえの笑顔を見つめていると、セイバーは胸が熱くなった。
 今日、初めて会った人なのに思いが胸に込み上げて来る。

 心の奥に少しだけあった気持ち。
 王である事と責務を果たすため、強固な堤防で守って来た心の一欠片。
 その人は、たった一言と笑顔で、セイバーの心の壁に穴を開けた。
 流れ出る思いは、水のように止まる事がなかった。

 セイバーは、藤ねえに思いの丈を少しずつ話し始めた。


 「私の罪を聞いてくれますか……。」

 「うん。
  聞いてあげる。」

 「……私は、国を守れず。
  ……皆の気持ちも分からず。
  ・
  ・
  自分だけで……。
  自分の思い…だけで……。
  ・
  ・
  そればっかりでした……。
  ・
  ・
  でも……それでも!
  何としても守り通したかった!
  守り通さねばいけなかったのに!
  ・
  ・
  違う……。
  初めから間違っていたのだ。
  誤った選択をしたまま、突き進んだから……。
  ・
  ・
  だから!
  だから。
  だから……。」

 (結局、何も守れなかった……。
  だから、やり直さなければいけない……。)


 セイバーは、俯いて服の裾を力一杯握り締める。
 胸の奥から湧き上がる悔しさは、人にぶつけても消えるものではなかった。

 藤ねえは、セイバーに近づくと優しく抱きしめる。


 「それでも許してあげる。
  そして、信じてあげる。
  また、歩き出せるって。」


 ぶつけた言葉は、優しく受け止められる。
 たったの一言。
 その言葉だけで、悔しさではなく感謝で胸が一杯になる。

 それは、やさしい信念の肯定だった。
 問答無用に信じてくれる藤ねえにセイバーは質問をする。


 「……何故、貴女は、私を許してくれるのですか?」

 「頑張ったから。
  セイバーちゃんは、きっと、全力で走って来たから。
  だって、一生懸命じゃないと本当の後悔はしないんだよ。」


 セイバーは、やさしく抱いている藤ねえにしがみつく。
 誰にも話す事が出来なかった気持ちを藤ねえは何も聞かずに受け止めてくれた。
 目からは、感謝の涙が……。
 口からは、ありがとうの言葉が流れ続けた。


 (やっぱり、藤ねえには敵わないな。
  俺じゃあ、セイバーの心は救えない。
  ・
  ・
  そして、やっぱり、あの頃を思い出すよ。
  その一言が……。
  いたわりの心が、どれだけ嬉しかったか。)


 士郎は、再び台所に立つ。
 時間は、もう少し掛かりそうだ。
 士郎は、久しぶりにお弁当を作り始めた。


 …


 藤ねえから離れるとセイバーは少し落ち着いた。
 時間が経つと気恥ずかしさが込み上げて俯いた。
 目の前では、着々と朝食のために作られた料理が運ばれて来る。


 「士郎~。
  早く食べようよ。」

 「ああ、そうしよう。」


 士郎は、エプロンを外すと席に座る。
 電子ジャーを開けてみんなのご飯を盛り付けていく。


 「「「いただきます。」」」


 三者三様で『いただきます』をすると朝食は開始される。


 「う~ん。
  今日も士郎のご飯はおいしいね。」


 藤ねえは、景気よく朝食を胃袋におさめていく。


 「シロウが作ったのですか?」

 「そうだ。
  日本食は合わないかもしれないが、そこは勘弁してくれ。
  朝は、そんなに仕込む時間がないんだ。」

 「いいえ、とても美味しいです。
  ……貴方に感謝を。」


 セイバーは、律儀に感謝を述べると食事を再開する。
 和やかな朝の時間が流れ、食事が終わると士郎は洗いものをする。
 藤ねえとセイバーは、お茶を啜っていた。
 洗いものが終わった士郎は、藤ねえに声を掛ける。


 「藤ねえ。
  こんなにゆっくりしていて、いいのか?」

 「なんで?」

 「もう、10時になるぞ?」


 藤ねえは、むせ返ると時計に振り返る。


 「なんで、教えてくれなかったのよ!」

 「今、教えたじゃないか。」

 「士郎!
  あんた、もっと早く気付いてたんじゃないの!?」

 「なぜ、そう思う?」

 「うっ……か、勘よ!」

 「勘かよ!
  ま、気付いていたけどな。」

 「士郎! 帰ったらぶっ飛ばす!」


 藤ねえは、士郎にビシッと指をさすとけたたましい音を立てて玄関に走って行った。


 「士郎のいじめっこ~っ!」


 玄関の戸が閉まると辺りは静かになった。


 「シロウ。
  今のは、酷かったのでは?」

 「いいんだよ。
  気付いたのは、セイバーが泣いている時だったんだから。
  どうしようもない。」

 「……すいません。」


 セイバーは、顔を赤くして俯いた。



[7779] 第7話 赤い主従との遭遇①
Name: 熊雑草◆890a69a1 ID:9b88eec9
Date: 2010/08/27 00:12
 == Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==



 慌てて家を飛び出して行った藤ねえに比べて、士郎はのんびりしている。
 セイバーは、二人の違いに疑問を覚える。


 「シロウ。
  貴方は、ゆっくりしていて良いのですか?」

 「今更、急いでも変わらないからな。
  それに策は討ってある。」

 「よく分かりませんが、悪い事をしていませんか?」

 「気のせいだ。
  それよりも顔を洗って来いよ。
  涙の跡が残ってるぞ。」

 「本当ですか!? 失礼!」


 セイバーは、洗面所に消えて行った。


 「さて、用意するか。」



  第7話 赤い主従との遭遇①



 制服に着替えて玄関に向かう。
 後は、戸締まりをするだけだ。
 しかし、何も分からない住人を置いて、家を出る訳にはいかない。


 「お~い、セイバー。」


 返事がない。


 「セイバーちゃ~ん。」


 返事がない。


 「金髪泣き虫少女~。」


 奥の方から、走って来る音がする。
 そのまま勢いを止めず、セイバーは、士郎にグーを叩き込んだ。


 「人を変な名前で呼ばないでください!」

 「いや~、付き合いが短いから共通の話題がなくて。」

 「そんなコミュニケーションはいりません!
  それで、何か用ですか?」

 「別に……呼んだだけ。」


 セイバーのグーが、士郎に炸裂する。


 「シロウ、いい加減にしなさい!」

 (う~ん、ツッコミの素質はあるんだけど……。
  いつになったら冗談を冗談と受け取ってくれるのか。
  毎回、ツッコミが入る度に全力で殴られてちゃ、脳細胞が死滅するぞ。)


 『まあ、いいか』と受け流し、士郎は質問する。


 「俺は、これから学校に行くんだけど。
  セイバーは、どうするんだ?」

 「もちろん、ついて行きます。」

 「マジで?」

 「はい。
  聖杯戦争は始まっています。
  貴方を狙っているマスターが居るかもしれません。」

 「でもさ。
  奴らも魔術師じゃない奴を狙ったりするか?」

 「キャスターなら可能です。
  サーヴァントの魔力の位置からマスターを発見するのも容易いでしょう。」

 「つまり、もうバレてるかもしれないと……。
  なるほど。
  じゃあ、よろしく頼む。」

 「任せてください。」


 士郎は、戸締まりをするとセイバーと学校へ向かった。


 …


 登校時間は、聖杯戦争の詳しい説明に充て、今後の行動は、昼休みと帰宅してからになった。
 生徒達の登校の時間より遅い家出で、人通りは少ない。
 士郎とセイバーは、目的地の学校近くまで辿り着く。


 「あれ? 校門の前に誰か居るぞ。
  お役所出勤とは、図々しい奴だ。」

 「シロウ、貴方も人の事を言えませんよ。」


 校門に近づくにつれて、シルエットがはっきりしてくる。
 ツインテイルに赤いコート。


 「……アイツか。」

 「向こうも気付いたようです。」

 「みたいだな。
  ところで……。」

 「はい。」

 「お前は、どこまでついて来る気だ?」

 「当然、学舎の中まで。」

 「生徒ではないお前が、どうやって中に入る?」

 「霊体化すればいいだけです。」


 セイバーは、胸を張って答える。


 「ほほう。
  では、その霊体化というヤツを第三者の居る前でやる気か?」

 「あ。」


 セイバーは、ハッとした顔をしている。


 「なかなかやりますね、シロウ。」

 「誉めても、お前のミスは消えんからな。」


 セイバーは、笑って誤魔化そうとしている。


 「さて、どうしようか?
  あの赤い奴。
  ずっと、こっち見て、なかなか居なくならないぞ。」

 「サーヴァントだと気付かれたのでしょうか?」

 「そうかもしれないけど、お前の金髪が珍しいだけかもよ?」

 「まさか。
  それより、シロウ。
  何でさっきから、私は、『お前』扱いなんですか?」

 「戦争なんだろ?
  だったら、敵かもしれない奴にクラスの情報を与える必要はない。」

 「驚いた。
  シロウは、魔術師の様に冷静なのですね。」

 「いや、人を嵌めたり騙したりするのが得意だから、
  こういうのに慣れてるだけ。」

 「シロウ。
  私は、今、非常に納得がいったのと同時に虚しさを感じています。」

 「誉め言葉として取って置くよ。
  それにしても、いつまで居座る気だ? あの女。」


 呆れている士郎にセイバーが声を掛ける。


 「シロウ。
  私は、このまま帰ったフリをして、曲がり角で霊体化します。
  シロウは、そのまま学舎に行ってください。
  後で合流します。」

 「了解だ。」


 セイバーは、振り返ると曲がり角まで歩いて行き、士郎は、校門に向かう。
 赤いコートの女の子とすれ違う時、声を掛けられる。


 「おはよう、衛宮君。」

 「ああ、おはよう。」


 士郎は、とりあえず返事を返す。


 「衛宮君は、聖杯戦争って言葉を知っているかしら?」

 「知ってるけど。
  お宅、誰?」

 「自己紹介が、まだだったわね。
  わたしは、遠坂凛。
  早速だけど……。
  あなたは、何で、聖杯戦争を知っているの?」


 凛は、不適な笑みを浮かべ、士郎は、眉間に皺を寄せる。


 「答えてくれる?
  わたし、とっても興味があるの。」


 凛の追及は終わらない。
 士郎は、溜息をつくと答えた。


 「この前、歴史で習った。」

 「そんなバレバレの嘘はいらないわ。」

 「いや、嘘じゃないだろ。
  西郷隆盛が政府と戦って敗れたヤツだろ?」

 「それは、西南戦争よ!」

 「違うのか?」

 「わたしが言ったのは、せ・い・は・い!」

 「じゃあ、知らんな。
  で? それがなんなんだ?」


 本気で知らない素振りを見せる士郎に、凛はあからさまにしまったと言う顔を一瞬した。
 士郎は、内心で主導権を取れると確信する。


 (甘いな……こうも簡単に騙されるとは。
  それにしても、いきなり正体バラすとは……。
  自信があるのか、抜けているのか。
  ・
  ・
  どちらにしても紙一重な気がするな。
  もう少し、トボケるか。)

 「あの、もういいか?
  結局、なんだか分からなかったけど……。」

 「え? あ、うん。
  もう、大丈夫。」

 「そうか。
  それと……。」

 「な、何かしら?」


 凛は、猫を被り始めた。
 士郎は、からかうネタを仕込み始めた。


 「俺で良かったら友達になるぞ。」

 「は?」

 「あまり言いたくないけど。
  ああいう風に声を掛けても、なかなか人は、食いついてくれないぞ。」

 (まさか、わたし誤解されてる?
  しかも、友達のいない娘って思われてる?)

 「人と話してないとさ。
  余計に上手く話せなくなるもんだ。
  心のリハビリが……必要だと思うんだ。」

 (待って!
  何で、そこまでわたしが、かわいそうな人になっちゃうわけ?)

 (動揺してるな。
  もう少し追い詰めたら、どうなるんだろう?)

 「辛いとか死にたいなんて思っちゃダメだ!
  もし、君が学校に来る勇気がないんだったら無理しなくていい。
  少しずつでいいんだ……。」


 士郎は、可哀そうな人を見るような目で凛を見る。
 凛は、このどうしようもならない状態に内心で頭を抱えていた。


 (どうすればいいのよ?
  コイツをこのまま野放しにしたら、学校中に変な噂が流れちゃうじゃない。
  いっそ、魔術で記憶を消しちゃおうかしら?)

 「安心していいぞ。
  俺は、人を中傷するような事はしない。
  今日の事は、誰にも言わない事を誓うよ。」

 「あ、ありがとう。」

 (何で、わたしがお礼を言わなきゃならないのよ!
  ・
  ・
  でも、案外、いい奴かも。)

 「じゃあ、ミス・パーフェクト。」

 「ごきげんよう。」


 士郎は、何事もなかったように学校に向かう。


 …


 士郎を見送り、士郎の姿が校舎に消える頃、凛は気付く。


 「あのヤロー! わたしの事、知ってんじゃない!」 


 凛は、校門の前で一人叫んだ。



[7779] 第8話 赤い主従との遭遇②
Name: 熊雑草◆890a69a1 ID:9b88eec9
Date: 2010/08/27 00:12
 == Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==



 士郎が去ると凛のサーヴァントが姿を現す。
 赤い外套を纏ったがっしりとした体つきの彼は、凛に話し掛ける。


 「凛、どうだった?」

 「どうもこうもないわ!
  あいつは、ただの人間!
  魔術師でも何でもないわ!」

 (馬鹿な!?)

 「魔力を感じなかったという事か!?」

 「ええ、そうよ!
  ただでさえ、こんな馬鹿みたいな結界張られてんのに!
  余計イライラするわ!」

 (しかし、あそこに居たのは、彼女に間違いなかった……。)

 「次の休み時間に、とりあえずリベンジさせて貰うわ!」


 凛のサーヴァントは、霊体化して姿を消す。
 虚空の空間から溜息が漏れ、いつもの空気に戻っていく。
 凛は、怒りを静めながら学校に向かった。



  第8話 赤い主従との遭遇②



 学校の下駄箱では、霊体化したセイバーが声を掛ける。


 「シロウ、どうでしたか?」

 「マスターだったよ。」


 セイバーの気配が変わり、辺りを緊張させる。


 「安心しろ。
  こっちの正体はバレてない。」

 「本当ですか?」

 「ああ。
  でも、時間の問題かもな。」

 「何故ですか?」


 士郎は、手の甲を見せる。


 「令呪の位置が悪い。
  これじゃあ、すぐに目につく。」

 「確かにそうですね。」

 「とりあえず。
  遠坂には、こちらがマスターだとバレる事を前提でいく。」

 「はい。
  では、それ以外は?」

 「情報の隠蔽をしながら情報収集する。
  セイバーは、俺が奇襲に合わないように気を配ってくれ。
  実戦は、経験がないからセイバーの指示に従う。
  情報の引き出しは、任せてくれ。」

 「了解しました。」

 「じゃあ、次の接触があるまで授業を受ける。
  退屈だと思うけど我慢してくれ。」


 士郎は、セイバーを引き連れ教室に向かう。
 授業は、二時限目が終わり休憩時間に入るところだった。


 …


 教室に入ると士郎は、一人の生徒に声を掛ける。


 「おはよう。後藤君。」

 「おはようでござる。衛宮殿。」

 「やってくれた?」

 「安心されよ。
  代わりに声を変えて返事をしといたでござる。
  今日も衛宮殿は、皆勤賞でござるよ。」

 「おお、心の友よ~。」

 「少し古いでござるよ。」

 「さて、次の時限からは、しっかり授業受けないとな。」


 士郎は、鞄から筆記具を取り出す。
 ふと見ると後藤君が、一点を見たまま固まっている。
 後藤君は、何も言わず指をさす。
 そこには、遠坂凛が笑いながらこちらを見つめて(?)いた。


 (あの女……。
  十分も経たないうちに、また現われやがった。)

 「衛宮殿。
  あそこに居られるのは、遠坂女史ではござらんか?」

 「そのようだが?」

 「衛宮殿に用があるのでは?」

 「仮にそうだとしても無視する!」

 「なんと!?」

 「後藤君。
  アイツは、優等生という化けの皮を被った状態だ。」

 「ふむふむ。」

 「故に! 自ら、よその教室に足を踏み入れる事はない!
  この教室は、言わば奴の心の壁!
  我々は、A.Tフィールドによって守られているのだよ!」

 「しかし、遠坂女史も別のA.Tフィールドを張っているように見えるが?」


 後藤君の洞察力は、間違っていない。
 現に凛の近くを歩く生徒は、見えない壁を避けるように彼女を避けている。
 凛は、笑顔を浮かべたまま、右手の人差し指をチョイチョイとこっちに来いと言わんばかりに動かし始めた。
 後藤君は、その光景に恐怖しダラダラと冷や汗を流している。


 「衛宮殿!
  これ以上は、死に関わるでござる!」

 「大丈夫だって!
  アイツ、あそこから一歩も動いてないじゃん?」


 しかし、事態は秒単位で悪化している。
 後藤君が死を意識した時、今まで眠っていた魔術回路に魔力を通し奇跡の力を発揮する。


 「衛宮殿。
  何故だか分からぬが、今なら遠坂殿の考えが手に取るように分かるでござる。」

 「面白い事を言うなぁ。
  ちなみに、今、なんって思ってる?」

 「『さっきから気付いてんでしょ?
   何時まで、わたしを無視して後藤とくっちゃべってるつもりよ!』
  でござる。」

 「なんか妙に生々しいな。
  まあ、どうせ動けないんだろうし。
  無視だ! 無視!」

 「『聞こえてるわよ。無視する気?』でござる。」

 「聞こえてる訳ないって。
  何メートル離れてると思ってんだよ。
  聞こえてんだったら、右手と左手入れ替えてみろっての?」


 凛は、右手と左手を入れ替えて人差し指で士郎を呼び続けている。


 「…………。」


 士郎は、ゆっくりと席を立つ。


 「後藤君。
  骨は拾ってくれ。」


 凛の後を項垂れてついて行く士郎を見て、後藤君の頭の中では、ドナドナが流れていた。



[7779] 第9話 赤い主従との遭遇③
Name: 熊雑草◆890a69a1 ID:9b88eec9
Date: 2010/08/27 00:13
 == Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==



 子牛を連れた主は、教室の廊下を曲がる。
 そこに誰も居ない事を確認すると音声遮断の結界を発動する。
 そして、怒りに任せたグーを子牛……もとい、士郎の顔面に炸裂させる。


 「衛宮君! 歯を喰いしばりなさい!」


 士郎は、中を泳ぎながら思った。


 (またか……。)



  第9話 赤い主従との遭遇③



 士郎は、飛ばされながらある事に気付く。


 (この位置って拙くないか?
  確か……この先にあるのって……。)


 士郎は、地面に背中が着く瞬間に受身を取る。
 しかし、一箇所だけ受身を取れない場所がある。
 それは、今、後頭部にクリティカルヒットしている消火器だった。
 士郎は、物の見事に気絶した。


 「衛宮君!
  校門の所といい、今の態度といい、
  一体、どういうつもりなのかしら?」

 「…………。」


 しかし、士郎は、気絶していて返事がない。
 ただの屍のようだ。


 「あなたが、わたしの普段の態度を見破ったのは
  褒めてあげるけど、やり過ぎなんじゃないかしら?」

 「…………。」


 しかし、士郎は、気絶していて返事がない。
 ただの屍のようだ。


 「ここでは言えない重要な事もあるから、
  お昼休みに屋上へ来なさいよ!
  いい? 来なかったら、ただじゃ置かないわよ!」

 「…………。」


 しかし、士郎は、気絶していて返事がない。
 ただの屍のようだ。

 凛は、フンと鼻を鳴らすとその場を去って行った。
 凛のサーヴァントは、霊体化して、この光景を見ながら額に手を当て押し黙っている。
 暫くすると彼は、凛を追って去って行った。


 …


 セイバーは、教室から今までの光景を通して見て頭痛がした。
 自分の主は、一体何をやっているのか……。
 セイバーは、仕方なく霊体化を解くと士郎を揺すって意識を取り戻させる。


 「っ! あの馬鹿!
  何考えてやがる!?」

 「シロウ……。
  何故、あのマスターは、シロウに敵意を向けているのですか?
  シロウが、マスターである事は知らないはずなのに……。」

 「学校で猫被ってんのを見抜いたからだよ。」

 「猫?」

 「そう。
  多分、魔術師であるってのは、
  必要以上に内面を見せない事も重要なんじゃないか?」

 「ええ、魔術師であるという事は
  世間一般では秘匿されています。」

 「やっぱりか。」

 「…………。」


 セイバーは、まだ、シロウを睨んでいる。


 「シロウ、本当にそれだけですか?」

 「短い付き合いでも見抜くもんだな。
  正解、あんまりにも図々しいんで少しからかってやった。」

 「……やっぱり。」


 セイバーは、額を押さえる。


 「まあ、校門での会話の詳細も伝えないといけないし、
  昼休みに屋上ででも話すよ。」

 「分かりました。」

 「それと……気絶していて分からないんだけど。
  アイツ、なんか言ってたか?」

 「すいません。
  あのマスターは、音声遮断の結界を使用したため、
  会話は聞き取れませんでした。」

 「いや、それが正しい。
  下手に近づいたらバレるからな。
  ・
  ・
  さて、戻るか。
  また、霊体化してくれ。」


 士郎は、セイバーを連れて教室に戻った。

 その後、解呪されなかった音声遮断の結界は、効果が切れるまで放置された。
 そして、音の届かない廊下と言う七不思議の一つが学園に刻まれる事になった。


 …


 教室に戻った士郎の後頭部を見て、後藤君は、驚きの声をあげる。


 「どっ、どうしたでござるか!?」

 「ああ、これか。
  拾ってくれるはずの骨の代償だよ。」

 「そんなコブは、漫画でしか見た事ないでござる!
  完治するのでござるか!?」

 「多分、大丈夫。
  藤ねえに経験させられた事がある……。」

 「経験済みでござるか!?」

 「ああ、思い出したくない過去の記憶ってヤツだ。」


 士郎は、ゲンナリとして頭を抱える。
 セイバーは、珍しい光景だと事態を眺めた。


 …


 時は流れて、お昼休みを迎える。


 「衛宮殿。
  お昼は、どうされるのでござるか?」

 「藤村先生に弁当を届けないといけないから、
  ついでに外で取る事にするよ。」

 「そうでござるか。
  では、拙者は、いつも通り購買に出掛けるでござる。」


 教室の前で後藤君と別れると士郎は、職員室へ向かう。
 職員室では、校長にこっぴどく叱られる藤ねえの姿があった。


 「藤村君っ! 君は、一体何を考えているのかね!?
  教師たるもの、生徒の見本となるべく遅刻など言語道断だ!」

 「しかし、校長先生~。
  今回は、士郎の躾で仕方なく……。」

 「言い訳は、やめたまえっ!
  衛宮君は、本日、1時限目から出席している!」


 校長は、出席簿を藤ねえに見せつける。


 「嘘!? なんで!?」


 士郎は、その光景を見て助け舟を出す事にする。
 これ以上、余計な事を言われたら、せっかくの偽装計画が失敗に終わる。


 「校長先生、その辺で許してやってください。」

 「おお、衛宮君。
  しかし、だねえ……。」

 「お昼食べる時間がなくなっちゃいますよ。」


 藤ねえは、うんうんと無言で頷き、士郎に無言のエールを送る。
 士郎は、切り札を出す。


 「これは、今日、漬けあがった漬物です。
  先生方、みんなで食べてください。」

 「おお、衛宮君。
  すまんねぇ、いつも。」

 「いえ、いつも義姉がお世話になっているので
  心ばかりのお礼です。」

 「藤村先生、今日は、衛宮君に免じて、これまでにしましょう。
  では、皆さん。
  お昼にしましょう。」


 機嫌の直った校長は、職員室の他の先生を交えて昼食の時間に入った。
 藤ねえは開放され、胸を撫で下ろす。


 「感謝しろよ。
  こうなると思って仕込んどいたんだ。」

 「う~~~っ。
  ありがとう、士郎。
  でも、士郎にも原因があるんだからね。」

 「分かってるよ。
  ホラ、これは藤ねえのだ。」


 士郎は、藤ねえにお弁当を渡す。


 「作ってくれたの!?
  ありがと、士郎ーっ!
  今日は、部員の子におかず分けて貰わなくて済みそうだわ。」

 「生徒にたかるな。」

 「あははは……。
  じゃあね、士郎。
  お姉ちゃん、弓道場に行って来る。」


 藤ねえは、お弁当を持って職員室を後にした。
 士郎は、漬物の争奪戦をしている先生の集団に向かって叫ぶ。


 「食べ終わった容器は、藤村先生に渡して置いてください。」


 教師達は、振り返ると無言で全員が頷く。
 そして、すぐに争奪戦は再開される。


 (大丈夫か……。
  ここの学校……。)


 士郎は、職員室を後にした。
 お昼休みは、10分間、無駄に過ぎた。
 そして、凛は、待ちぼうけを喰らい、イライラを募らせていた。



[7779] 第10話 後藤君の昼休みの物語
Name: 熊雑草◆890a69a1 ID:9b88eec9
Date: 2010/08/27 00:13
 == Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==



 お昼休みに、もう一つの物語が進行していた。

 後藤君が購買で昼食を買って教室へ戻る時、一人の少女を目にする。
 三枝由紀香が、寂しそうな顔をして窓から外を見ている。

 死の淵で開眼した後藤君の女性限定の読心術は、現在も絶好調に起動している。
 ちなみに魔術師ではない後藤君は、スイッチの入れ方も切り方も知らない。

 起動しっぱなしの魔術は、徐々に魔力を貪っていく。
 後藤君の命のカウントダウンは、今も続行中だ。



  第10話 後藤君の昼休みの物語



 心の読める後藤君は、由紀香の気持ちが手に取るように分かってしまう。


 (このまま去るのは、男らしくないでござるな。)


 後藤君は、意を決して声を掛ける。


 「こんにちわでござる、由紀香女史。」

 「あ、後藤君。
  こんにちわ。」

 「悩み事でござるか?
  拙者でよければ、お話を伺うでござるよ。」

 「なんで、私が悩んでいると思うの?」

 (うう……。
  心が読めるからですとは言えないでござる。
  衛宮殿の口の上手さが欲しいでござる。)

 「…………。」


 ストレートで返される疑問に後藤君は悩んでしまう。
 沈黙が痛い……。


 「すまんでござる。
  そう思ったから、つい、声を掛けてしまったでござる。」

 「ご、ごめんね。
  私も、困らせるつもりじゃなくて
  言い当てられたから。」


 由紀香は、俯いてしまう。


 「ご友人が喧嘩をしているのでござるかな?」


 由紀香は、驚いたように後藤君の顔を見つめている。


 「うん。
  今、蒔ちゃんと鐘ちゃんは、冷戦状態なの。
  だから、困ってたんだ。」

 (そうでござった。
  彼女達は、三人一組でござったな。)

 「なんとか仲直りさせたいんだけど……。」

 「では、拙者が助言いたそう。」

 「?」


 由紀香は、首を傾げる。


 「確か、そなた達は、同じ部活動でござったな。」

 「うん。」

 「では、そこで、必ず三人顔を合わす訳でござるな。」

 「うん。」

 「その時、そなたが二人にいつも通り、
  笑ってあげるだけで解決するでござるよ。」

 「え? それだけ?」

 「うむ。
  不安でござるか?」

 「うん。
  それだけじゃ……。」

 「では、魔法の言葉も授けよう。
  もし、笑っても効果がなければ、こう言うといいでござる。
  『なんで蒔ちゃんは、苗字で、鐘ちゃんは、名前なんだろう?』でござる。」


 由紀香は、後藤君を見て固まっている。
 余りに突拍子のない言葉に目を丸くしている。


 「騙されたと思ってやってみるといいでござる。
  もし、効果がない場合は、拙者は腹を切ろう。」


 後藤君は、言う事を言い切ると、その場を後にした。
 残された由紀香の頭の中では、疑問符が駆け巡った。
 しかし、かけがえのない親友のため、どうしようもない状態になったら実践してみようと思うのであった。



[7779] 第11話 赤い主従との会話①
Name: 熊雑草◆890a69a1 ID:9b88eec9
Date: 2010/08/27 00:14
 == Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==



 イライラしながら士郎を待つ凛に、彼女のサーヴァントは声を掛ける。


 「凛、奴を待っているところ済まないが……。
  来ないかもしれんぞ?」

 「は? 何でよ?」

 (やはり、気付いていなかったのか……。)

 「あの小僧は、凛の話を聞いていなかった。」

 「そんな訳ないじゃない!」

 「……何故なら小僧は、凛のパンチで気絶していたからだ。」


 凛は、衝撃の事実に思わず沈黙した。



  第11話 赤い主従との会話①



 何が何だか分からない凛に、彼女のサーヴァントは説明を続ける。


 「凛の殴り飛ばした方向に消火器があった。
  覚えてないか……?」


 覚えているはずがない。
 凛は、殴り飛ばした後、半身で腕を組み、”目を閉じながら”捲くし立てていたのだから。


 「お、覚えてないわ……。
  何で、アーチャーは、それをわたしに教えないのよ!」

 「普通は気付く。」


 凛は、うっと声をあげると押し黙る。
 今回は、明らかに自分が全面的に悪い。
 しかし、件の人物は、飄々と前を通り過ぎて行った。


 「待ちなさい! 衛宮君!」


 明らかに嫌そうな顔をして、士郎は振り返る。


 「今度は、なんの用だよ。
  俺は、昼飯食べないといけなくて忙しいんだよ。
  放置してくれよ。」

 「そうは、いかないわ!
  あなたには、話があるんだから!」

 「俺にはない!
  じゃあな。
  探さないでください。」


 士郎は、凛を無視して日当たりのいい場所へ向かう。
 その後をズンズンと凛がついて来る。

 士郎は、ピタリと立ち止まる。
 もう、話さないと埒があかない状態になっている。


 「分かった。
  話を聞くよ。
  ……で、なんの話?」

 「ここじゃ、人目につくから、あっちに移動するわよ。」


 士郎と凛は、屋上の人目のつかないところに移動する。


 …


 移動が終了すると凛が、早速、質問を投げ掛ける。


 「衛宮君、本当に聖杯戦争を知らないの?」

 「知らない。」

 「じゃあ、今朝、会ってた外国の人は誰?」

 (出方を変えて来たか……。
  では、こちらも変えよう。)

 「気付いてたのか?」

 「ええ。」

 「だったら、助けろ……。」

 「は?」

 「英語、分かんないんだよ!
  お前、頭いいんだろ!?
  だったら、放置せずに助けろよ!」

 「し、知らないわよ! そんな事!
  そんな事より、何か言ってなかった?」

 (今度は粘るな……。
  マスターか判別出来なくても、サーヴァントかどうかの
  情報だけでも手に入れようって魂胆か。)

 「多分、怒ってた。」

 「怒ってた?」

 「ああ、英語を全て聞き取れた訳じゃないが
  『シット!!』って言ってた。」


 士郎からは、相手を怒らせただけで何の情報も引き出せそうにない。
 凛は、頭を抱える。


 …


 世界に記憶の制限をされても彼女を忘れ切れないサーヴァント……アーチャー。
 肌で感じる現状の異質差……。
 故に、彼女を見て納得いかない彼は、我慢の限界を迎えていた。
 そして、冷静な彼にはあるまじき態度を取る。
 凛に許可なくアーチャーは霊体化を解き、姿を現す。

 セイバーは、一瞬、斬りかかろうとするが、士郎の意図を汲んで何とか自制する。


 「小僧、さっきからポケットに突っ込んだままの左手を見せろ。」

 「ア、アーチャー!?」

 (アーチャー?
  遠坂のサーヴァントは、アーチャーか。
  しかし、洞察力の鋭い手駒を持っていやがる。
  遠坂は、騙しきったと思ったのにいきなり弱点を見破られた。
  ・
  ・
  下手に怒りを買えば瞬殺だろうな。
  死にたくないな……。
  もう、ダメだな。
  うん、バラそう!)

 「参った。
  降参だ。
  察しの通り、俺はマスターだ。」

 「!!」


 士郎の答えに凛は、一瞬、呆けた顔をするが直ぐに緊張感を高めていく。
 何故なら、自分は、『マスター』というキーワードを出していない。


 「出来れば聖杯戦争が終わるまで、
  誰にも知られたくなかったんだがな。」


 士郎は、手をあげてセイバーに合図を送る。


 「姿は見せるな。」


 凛とアーチャーは、士郎を睨みつけたまま退路を塞いでいる。

 セイバーは、霊体化したまま、士郎の隣に来ている。
 士郎は、態度を変えずに、凛に話し掛ける。


 「用件を聞こうか?
  それとも、ここで戦うつもりか?」

 「用件は、幾つかあるわ。
  でも、まず、一番最初に聞いて置きたい事があるの。
  この学校に結界を張ったのは、あなたかしら?」

 「結界? 俺じゃない。
  第一、俺は、結界がある事すら気付かなかった。」

 「マスターであるあなたが、気付かないはずはないわ。
  魔術師なら、誰でも気付くぐらい強力なものですもの。」


 士郎は、頭を掻く。


 (また、魔術師関係か……。
  ったく!
  この誤解から解かないと話が進まないんだよな。)


 士郎は、凛に手を差し出す。


 「俺は、魔術師じゃない。
  嘘だと思うなら俺の手を持って魔力の流れを調べてみろ。」

 「何かの罠じゃないでしょうね?」

 「遠坂が、魔術師じゃないって信じてくれるなら調べなくていい。」


 凛は、アーチャーに視線で合図を送ると、そっと士郎の手を取り魔力の流れを調べる。


 「あ。」


 アーチャーは、凛の言葉を待つ。


 「本当に魔術師じゃない。」


 凛もアーチャーも驚いた顔で士郎を見ている。


 「分かったか?
  俺は、魔術師じゃないから、本当に結界に気付かなかったんだ。
  悪いが、それを前提に話を進めてくれ。」


 凛とアーチャーは、困惑の表情を浮かべて見つめ合っている。
 セイバーだけが、この状況を理解出来る。


 (やっぱり、そうなりますよね……。
  魔術師じゃないというところが、既に前提を崩壊させているのですから。)


 士郎は、平然としているが、凛とアーチャーは、軽いパニック状態だ。
 異質過ぎる対象に、どう対処していいか分からない。


 「ごめん、衛宮君。
  少し時間くれる? 何が何だか分からないの。」


 凛は、アーチャーと後方に撤退する。


 …


 撤退が完了すると、凛とアーチャーは、士郎に背を向けてしゃがみ込む。


 「……理解出来ない。
  何あれ?
  何で、魔術師でもない奴が、令呪持って平然と聖杯戦争に参加してるの?」

 「私は、それ以前に、どうやってサーヴァントを召喚したのかが気になる。
  多少なりとも魔力が必要だろう?」

 「そうよね。
  もう、事の始まりから説明して貰わないと
  用件を聞くどころじゃないわよね?」

 「まったくだ。
  まさか、こんな風に前提条件が崩されるとは
  思いもよらなかった。」


 コソコソと赤い主従相談の密談は続いた。


 …


 放置された士郎は、セイバーに話し掛ける。


 「仲いいな……アイツら。
  一体、なんだってんだよ?」

 「シロウ。簡単に言えば、昨夜、貴方と怒鳴りあった事の再現です。
  私と貴方は、マスターとサーヴァントの関係のため揉めましたが、
  彼女達の場合は、敵が魔術師じゃないという事で混乱をきたしています。」

 「やっぱり、魔術師であるっていうのが前提条件だもんな。
  それは、お前の説明を聞いて納得してたけど……。
  どうしようもないもんな~。
  っていうか、俺自身が被害者みたいなもんだしな~。
  ・
  ・
  ところで、これから話って進むのかな?」

 「さあ? 私だったら、例え敵でも説明を求めますね。
  シロウの様子は、キャスターなどに操られている様には見えませんから。」

 「そうか~。面倒臭くなりそうだな。
  本当は、お前と今後について話すつもりだったのに。
  何も分からないまま、アイツらの質問に答えるのかよ。
  いっそバックれるか?」

 「ここで先延ばしにしても、
  学舎に来る度について回りますよ。」

 「仕方ない……。
  ここで、しっかり白黒つけよう。
  それにしても長いな。
  昼休み終わっちゃうぞ?」


 士郎達の視線の先では、赤い主従の話がようやくついたようだった。


 …


 赤い主従が、こちらに仲良く戻って来る。


 「ちょっと、いいかしら?」

 「もう、なんでも聞いてくれ。
  俺のサーヴァントと話した結果、
  状況が納得出来ないと、話が進まないという結論に達した。」

 「あなたのサーヴァントが、冷静で良かったわ。」

 「そうか……。
  その前にさ、条件あんだけど。」

 「何かしら?
  無理難題なら受け付けないわよ。」

 「いや、そうじゃなくてさ。
  話し終わるまで物騒な事なしにしない?
  大方、そっちも俺がイレギュラーな存在だって分かるだろ?
  しかも、魔術師でもない雑魚なんだし。
  大目に見て欲しいんだけど。」

 「そうね……。
  分かったわ。
  話が終わるまで戦闘行為はしないであげる。」

 「了解だ。
  じゃあ、どっちから質問する?」

 「我々だ。」


 納得のいかないアーチャーが前に出る。


 「貴様がマスターである経緯を理解しない内は、話が進まん……。
  ・
  ・
  ? 貴様、何をしている!?」

 「お昼の用意だけど?」

 「…………。」


 アーチャーは、士郎の襟首を掴んでブンブンと縦に振りまくる。


 「貴様という奴は!
  聖杯戦争の大事な話をする時に昼食を取るなーっ!」

 「言っている事は、尤もなんだけどさ。
  お昼休み終わっちゃってんだよ。」


 辺りには、予鈴が響いている。


 「大体、時間取ったのって、あんた達だろう?
  『少し時間くれる? 何が何だか分からないの。』
  とかって言ってたじゃんかーっ!?」

 「ええーい! 気持ちの悪い裏声を使うな!」

 「そっちこそ、俺の昼飯タイムを返しやがれ!」


 士郎にはセイバーの、アーチャーには凛のグーが炸裂する。


 「あんた達、いい加減にしなさい!
  話が進まないじゃない!
  衛宮君! 昼食は、話が終わってからにしなさい!」

 「~~~っ!」

 「衛宮君?
  何で、そんなにダメージを受けてるのよ?」

 「俺のサーヴァントが武装解除しないで殴ったから
  篭手が顔面に来た……。」


 士郎は、顔面を押さえて蹲っている。


 「いい気味だ。」


 アーチャーは、士郎を見下しているが、凛に殴られた赤い跡が残ったままでは威厳も何もなかった。
 そして、どうしようもない状況の中で、凛が続きを促す。


 「はあ……。
  じゃあ、衛宮君がサーヴァントを
  召喚したところから話してくれる?」

 「待て、凛。
  その前に小僧に聞く事がある。
  何故、お前のサーヴァントは姿を現さん?」

 「ああ、それか。
  俺が雑魚だから、相手にクラスが分かるのも嫌なんだとさ。」

 「…………。」

 (何か衛宮君のサーヴァントって不憫ね……。)


 士郎は、周りの空気を無視して、早速、話を始める。


 「え~と、結論から言うと俺は、呼び出していない。
  さっきも言ったが、俺は、魔術師じゃないから
  召喚する事が出来ない。」

 「やっぱり、そうよね。
  じゃあ、どうやって呼び出したの?」

 「こっからは、サーヴァントと話した予測なんだけど。
  蔵にあった魔法陣とかってのが誤動作したんじゃないかって。」

 「誤動作? そんな事あるの?」

 「俺は、魔術師じゃないから、なんとも言えないけど。
  魔法陣っての使って、サーヴァントを呼び出すんだろう?
  でさ、サーヴァント自身が受肉とかすんのに魔力使うらしいから、
  こっち側じゃなく魔法陣のサーヴァント側から魔力が供給されて
  召喚したんじゃないかってのが、俺の考え。 故に誤動作。」

 「……ありえない。」

 「……酷いもんだな。」


 凛もアーチャーも呆れた顔をしている。


 「それで? その後、どうなったの?」

 「さっきのお前達と同じ。
  サーヴァントは、俺が召喚したんだって疑わないし。
  俺も、呼んだ覚えがないから大混乱。
  その後、30分間、怒鳴り合い……。」

 「わたし達以上に酷い……。」


 凛とアーチャーは、頭を抱えている。


 「何か、これ以上聞きたくないけど……。
  続きを話してくれる?」

 「その後、俺が嘘ついていると思ったサーヴァントが、
  勝手に俺と契約した。」

 「もう、聞きたくない……。」

 「やめてもいいけど?」

 「ごめん、続けて……。」


 凛とアーチャーは、頭痛を引き起こしていた。


 「埒があかないので、家で落ち着いて話したら、
  俺が魔術師じゃない事が判明して、
  サーヴァントに俺が謝罪させた。」

 「何? その『謝罪させた』って?」

 「文字通り謝らせた。」

 「こっちの主も酷い……。」


 アーチャーの口から、本音が漏れる。
 凛は、少し顔が引き攣っている。


 「しかし、俺は、命を懸けたゲーム……聖杯戦争なんてしたくなかった。
  そこで、マスターをやめるために令呪を使い切ろうとした。」

 「「!!」」


 凛とアーチャーが、勢いよく吹いた。


 「馬鹿か!? お前は!?」

 「何を考えてんのよ!」

 「ああ、案の定……。
  サーヴァントにぶん殴られた。」


 凛とアーチャーの頭痛は、更に悪化していく。


 「でも、何で、衛宮君の令呪は残っているの?」

 「ふ……。
  使い方が分かんなかったんだ。」

 (使い方を知ってたら、使う気だったのね……。
  本当に不憫だわ……。
  衛宮君のサーヴァント。)

 (登校の時の会話で分かった事だが、
  令呪は、魔力がないと発動しないから、俺には使用出来ない事が判明した……。
  俺に解約の自由は、完全に絶たれたという訳だ……。)

 「で、その後は?」


 凛もだんだん聞いた事を後悔し始めた。


 「まだ、話さなきゃダメか?」

 「ええ、聞きたくないけど。
  校門であった時には、混乱がなくなっていたから……。」

 「その後、マスターやめるためには、
  聖杯戦争に勝利するしかないって事になって情報収集する事にした。」

 「やっと、まともな話になったわね。」


 凛とアーチャーの頭痛は和らいだ。


 「で、パートナーとなるサーヴァントの事を知るために
  サーヴァントの聖杯への願いを聞いた。
  願いを聞けば、どういったサーヴァントか分かると思ったからな。」

 「なるほどね……。」

 「フ……。
  ただの馬鹿ではないようだな。」

 「…………。」

 「どうしたのよ? 続けなさいよ。」

 「ああ……。
  願いを聞いた俺は、その願いが気に入らなくて、
  サーヴァントの首を絞めて、畳に叩きつけた。」

 「「!!」」


 再び、凛とアーチャーは、勢いよく吹いた。


 「やはり貴様は、ただの馬鹿だ!!」

 「サーヴァントに喧嘩売るって、何考えてんのよ!」

 「まあ……その、色々あって。」


 治まった頭痛は、再びぶり返す。


 「あんた、サーヴァントに喧嘩売って、よく生きてたわね?」

 「いや、その後、精神的ツボの捨てゼリフを吐いて寝たんだけどさ……。
  それを聞いたサーヴァントは、起きるまで泣き続けてた。」

 「最低……。」

 「もう、何と言っていいか分からん……。」

 「で、俺も悪い事をしたと思って土下座した。」

 「当然ね……。」
 「当然だな……。」


 凛とアーチャーは、頭痛の他に眩暈もする気分だった。


 「聞きたい?」

 「聞きたくないけど、最後まで聞かないと気持ち悪い。
  ・
  ・
  はあ……。
  何か罰ゲームを受けているみたい……。」

 「その後、俺は、土下座し続け、
  サーヴァントも俺を怒らせた原因があると土下座した。
  事態は、硬直状態に陥り、我が家に藤村先生が来るまで土下座は続いた。」

 「律儀なサーヴァントなのね……。
  でも、何で、土下座し続けるのよ。」

 「頑固なんだ……。この上なく……。」

 (確かに私といた彼女も負けず嫌いで頑固だった……。)


 アーチャーは、少し昔へと思いを馳せていた。


 「そして、藤村先生に気付いた俺たちは顔をあげた。
  サーヴァントの目に流れる涙を見て、
  虎は咆哮し、俺の顔面にパンチが炸裂した。」

 「もう、訳分かんない……。
  一体、いつになったら、あんた達は、共闘するのよ!」

 「やめていい?」

 「ダメ。続けて。」

 「サーヴァントは、一方的に殴られた俺が理不尽だと言って、
  藤村先生に自分も殴ってくれと言った。
  ・
  ・
  で、ほら、藤村先生もそういうノリが嫌いじゃないもんだから、
  サーヴァントに平手打ちを一発。」

 「もう、サーヴァントの素晴らしさ以外伝わって来ない……。」

 「理不尽だな……。
  我が主、以上に……。」


 再び、アーチャーの口から本音が漏れる。
 凛は、再び、少し顔が引き攣っている。


 「その後、藤村先生が、サーヴァントと話し合って、
  サーヴァントの願いと悩みを聞いた。
  どうも願いと悩みというのが表裏一体でな。
  答えは、出ているが出ていない状態なんだ。」

 「何それ?」

 「これは言えない。
  サーヴァントと俺の約束だからな。」

 (そうすると……彼女は、この時点で答えを得たのか?)

 「へ~。
  衛宮君でも、ちゃんと相手を立てるのね。」

 「サーヴァントに殺されて、死にたくないからな。
  後は、サーヴァントと話をしていた藤村先生が遅刻して。
  登校時に聖杯戦争の詳細を聞いて。
  遠坂をからかって。
  遠坂に殴られ気絶して。
  お昼休みに今後の事を話そうと思ったら、
  お前達に邪魔されたという訳だ。 長かった……。」

 「あんた、やっぱり、わたしをからかっていたのね?」

 「仕方ないだろ。
  こっちは、正体知られたくないのに、
  ストレートに聖杯戦争の事、聞いて来るんだから。
  とぼけたフリするしかないじゃないか。」

 「その件は、もういいわ。
  今の話だけで頭痛いのに余計なものまで蒸し返したくないもの。
  そうなると衛宮君の目的って、何になるのかしら?」

 「死なない事が、第一。
  それ以外は、これから決めるつもりだった。
  正直に言えば敵になるかもしれない遠坂に、ここまで話すのは大サービスだ。」


 士郎の説明を終え、やっと本題に入る事が出来る。
 凛とアーチャーは、気を引き締め直して会話を続ける事にした。



[7779] 第12話 赤い主従との会話②
Name: 熊雑草◆890a69a1 ID:9b88eec9
Date: 2010/08/27 00:14
 == Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==



 本題に入る事が出来、安堵する赤い主従。
 しかし、士郎の話を聞く限り、相手は、まだ、聖杯戦争の準備すら出来ていない状態だった。
 凛は、何処から話そうかと思ったが、今、一番の悩みの種である結界について話す事にした。


 「衛宮君、まず、結界の事から話させて貰うわ。」

 「さっきも、そんな事言っていたな。」

 「ええ、学園に張られている結界は強力よ。」

 「ふ~ん……。
  どれぐらい?」

 「人間が溶解するわ。」


 士郎は、勢いよく吹いた。



  第12話 赤い主従との会話②



 今一、理解出来ていない聖杯戦争だったが、ここに来て生死を嫌でも実感する。


 「アホじゃないの?」

 「わたしも、そう思うわ。
  一般人に向けて使うものじゃないもの。」

 「いや、どんな理由があっても使っちゃいけないと思うが……。
  それって、やっぱりマスターを狙って?」

 「一番の狙いは、それだと思う。
  でも、もう一つの狙いもあると思うわ。」

 「もう一つ?」

 「サーヴァントは、魔力を蓄えれば蓄えるほど
  本来の力を発揮出来るのは、知っているわよね?」

 「それは、今朝、聞いた。」

 (今朝か……。)

 「この結界は、人間を溶解してサーヴァントに
  魔力を吸収させるためのものだと思う。」

 「ああ、やっちゃいけない人間襲う裏技ってヤツね。
  ところで、その結界の中に居る訳だが、大丈夫なのか?」

 「結界は、張られちゃったけど、発動を遅らせる事は出来る。
  結界の呪刻を破壊すればいいの。
  わたしは、数日前から呪刻を壊しているから、
  まだ、直ぐには発動しないはずよ。」

 「分からんから、そういうものがあるって事で話を進めるけどさ……。
  それっていつかは発動しちゃうって事か?」

 「その通りよ。」

 (呪刻に食いついて来なかったわね……。
  ちょっと、説明したかったりしたんだけど。)

 「で、根元から結界を破壊するために
  結界を張ったマスターを探してたところ。
  見かけない外国人と話してた俺を
  マスターと思って当たりを付けたってとこか?」

 「意外と鋭いわね……。」

 「遠坂との接点なんて全然ないからな。
  聖杯戦争と関連付ければ、それなりに。
  ・
  ・
  俺も出来れば、遠坂とは、お近づきになりたくない種類の人間だし……。
  一成の言っていた事は正しかった。」

 「あんた達の間で、わたしって、どんな風に捉えられてんのよ!」

 「それは、置いといて……。」

 「置くな!」

 「聞けば、激しく怒る事になるが聞くか?」

 「……やっぱり、置いといて。」


 凛は、何度目かの溜息を吐く。
 アーチャーは、自分のペースを維持出来ない凛に複雑な表情を浮かべる。
 生前、彼は、聖杯戦争でこんな遠坂凛を見た事はなかった。


 「話を戻して結論すると、俺への疑いは晴れたな。
  数日前に張られた結界なら、
  昨日から聖杯戦争に関与した俺は、無実だ。」

 「ええ、そうなるわね。」

 「それで、他に聞きたい事は?」

 「本当は、あなた達が話し合ってから聞くのが筋だと思うんだけど。
  衛宮君は、今後、聖杯戦争をどうしようと思うの?」

 「俺の行動か? 難しいな。
  出来れば戦闘行為をしないで終わらしたいというのが本音かな。」

 「それは、無理ね。」

 「ああ、分かってる。
  俺のサーヴァントが聖杯を望んでいる以上、戦闘は避けられない。」

 「衛宮君は、聖杯で叶えたい願いはないの?」

 「ない。
  それに、そんなものはいらない。
  俺は、自分の出来る世界で好き勝手出来ればいい。」

 「よく分かんない理由ね……。」

 「だろうな。
  俺は、魔術師じゃないからな。
  ところで、遠坂は、聖杯使って何すんだ?
  魔術師の戦争なら、それなりに理由があると思うんだけど?」

 「サーヴァントに聖杯戦争の事聞いたんじゃないの?」

 「おおまかなルールだけな。
  召喚される時の世界って奴からの情報らしいから、
  魔術師としての見地からの話も聞きたい。」

 「…………。」


 凛は、少し考え込む。
 一般人の士郎に魔術師の話をして意味があるのか?
 秘匿する事ではないのか?
 色々、考えたが自分達の情報を話してくれた士郎の質問に答えないのは、借りを作ったようで気持ちが悪い。
 心の贅肉と思いながらも、凛は、話す事にした。


 「そもそも、何で、聖杯で願いが叶うと思う?」

 「俺は、それ自体が嘘くさくてさ。
  今一、納得出来ないんだよ。
  何をするにしても、エネルギーって必要だろ?
  なんでも叶えるっていうと凄まじいエネルギーが必要じゃないか。」

 「凄まじい力って、どの程度の認識してるの?」

 「真田さんの話では、時間軸を力で捻じ曲げて
  A点からB点にワープする力が失敗するだけで、宇宙が爆発するとかしないとか?」

 「何の話か知らないけど、それ以上と思って貰っていいわよ。」

 「……そんなに?」

 (コイツでも驚く事があるのね……。
  ところで、真田って、誰よ?
  衛宮君にいらない事を吹き込んだ人かしら?)

 (宇宙爆発だぞ? 適当に答えてないか?)


 凛は、聖杯戦争の経緯や詳細を話し始めた。
 士郎は、説明を求めた事を少し後悔した。


 (この女……説明好きだ……。
  頼んでもいないのに余計な裏情報まで話しまくってやがる。
  ・
  ・
  あっ! 遂に伊達メガネまで装着しやがった!)


 ※以下、士郎の都合で必要なところの会話だけ抜粋されます。


  ・
  ・
  聖杯戦争は、根源に至るもの。
  根源に至る事が、魔術師の願い。」

 「根源? それが願いを叶える核となるものか?」

 「そう、根源とは……
  あらゆる出来事の発端となる座標。
  万物の始まりにして終焉。
  この世の全てを記録し、この世の全てを作れるという神の座。
  世界の外側にあるとされる次元論の頂点に在るという“力”よ。」

 「魔術師である遠坂も、当然、それを目指しているのか。」

 「ええ、そのための聖杯戦争ですもの。」

 「……凄い話だな。
  ますます、自分が無関係に思えて来た。
  でも、どんな仕組みで戦争するんだ?」

 「最初は……。
  聖杯戦争のシステムを組み上げるまでは、
  魔術師同士が手を組んでいた。
  アインツベルン……遠坂……マキリ……。
  二百年前に、この御三家が何代かに渡り根源に至る門を作ろうとしたの。
  ・
  ・


 士郎は、途方もない話に眩暈が起きそうになる。
 しかし、士郎は、魔術師でないからこそ浮かぶ疑問点があった。
 今は、その疑問を胸に秘め、凛の話を聞く事にする。


  ・
  ・
  アインツベルンが聖杯の器を用意し、
  遠坂がサーヴァントを降霊し、
  マキリがサーヴァントを律する令呪を作り上げたのよ。」

 「そのシステムを使って勝ち残った者が
  聖杯を手に入れる、か。」

 「概ね、そんなところね。」

 「参加する魔術師は、根源へ至りたくて戦うのか?」

 「それが魔術を極めるという事ですからね。」

 「そこまで至った者は居るのか?」

 「ええ、居るわ。」

 (なるほど。
  実績と目的に酔って、魔術師達は聖杯戦争に参加するのか。)

 「もう一ついいか?
  やっぱり、それに至るって大変なんだろう?
  何を押しても、それが優先されるでいいか?」

 「ええ、そうよ。
  わたしも、遠坂家の六代目だしね。
  ・
  ・


 (だからか……。
  目的が叶うんなら、他は気にならないのは……。)


 「ありがと。もういいや。」

 「え!? そう?」


 話を途中で切られ、凛は、不完全燃焼を顔に浮かべる。


 「あのさ?
  魔術師でない俺でも、遠坂は叩き潰すのか?」


 凛は、最大の問題を思い出し悩む。
 相手が、魔術師なら問答無用に叩き潰すのだが……。


 「どうしようかしら?
  衛宮君は、戦う気ないんでしょう?」

 「ない。」

 「困ったわ。
  色んな意味で……。」

 「見逃してくれないか?」

 「それが出来れば、速攻で無視するわよ。」

 「じゃあ、最後の一人になるまで見逃してくれ。」

 「何? その変な条件?」

 「倒すのは、いつでもいいんだろ?」

 「まあね。」

 「だったら、俺は、最後でもいいじゃないか!
  運が良ければ、遠坂は敗退して、俺は、戦わなくていいかもしれない!」

 「なんて嫌な考えをするのよ!」


 凛は、拳に力を込めて震えている。


 「条件を飲んでくれるなら、俺も譲歩する。」

 「衛宮君に譲歩させるだけの手駒なんてあるの?」


 凛は、冷ややかな目で士郎を睨む。


 「結界を張ったマスターを倒すのに協力する。」

 「魔術師でもないあなたに、何が出来るのよ。」

 「戦闘の際に俺のサーヴァントも一緒に戦わせる。」

 「!」


 凛は、再びアーチャーとの作戦会議に入り、セイバーも直ぐに士郎に話し掛ける。


 「どういうつもりですか!? シロウ!」

 「詳しい話は、後でするけど。
  この聖杯戦争は、明らかにおかしい。」

 「魔術師同士が戦う事に納得出来ないと?」

 「いや、システム自体から納得いかない。」

 「分かりました。
  その話は、後で。」

 「助かるよ。
  後、こっちが本音。
  藤ねえや友達を殺させたくない。
  ・
  ・
  そのためにお前を利用するのは悪いと思ってる。」

 「シロウ……。
  私も、英霊として、この戦い方を許す訳にはいかない。
  よって、シロウの意思を尊重します。」

 「重ね重ね、すまない。」


 向こうでも、話が着いたようだ。


 「その話に乗ってあげるわ。
  アーチャーだけでも十分だと思うけど、
  万が一を考えて手伝って貰うわ。」

 「知り合いが死ぬのは、見たくないもんな。
  その寛大さで、俺も見逃してくれるとありがたいんだけどな。」

 「それは、別の話。
  何かあったら、連絡入れるわ。」

 「そうだ、携帯の番号とメアドを教えてくれ。」


 凛は、一瞬、嫌な顔をする。


 「……わたし、携帯は持たない主義なの。」

 「そうか。
  じゃあ、俺の番号だけでも教えとく。
  何かあったら掛けてくれ。」

 「分かったわ。」


 凛は、電話番号を聞くと屋上を去って行った。



[7779] 第13話 素人の聖杯戦争考察
Name: 熊雑草◆890a69a1 ID:9b88eec9
Date: 2010/08/27 00:15
 == Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==



 凛が屋上を去った事で、セイバーは、霊体化を解いて姿を現す。


 「やっと、会話出来るな。
  遅くなったが、昼飯食いながら話すか。」


 士郎は、セイバーにお弁当の片割れを渡す。


 「私にも作ってくれたのですか?」

 「当然。
  仲間外れはよくない。」

 「ありがとうございます、シロウ。」


 セイバーは、嬉しそうにお弁当の包みを解くと蓋を開け目を輝かす。


 「素晴らしい……。
  職人の技ですね。」

 「大げさ過ぎないか?」



  第13話 素人の聖杯戦争考察



 おいしそうにお弁当を食べるセイバーに、士郎は、作った甲斐があったと満足した気分になる。
 少し落ち着いたところで、士郎は、セイバーに話し掛ける。


 「なあ。
  聖杯戦争のシステムって、
  なんで、7人いるんだろう?」

 「聖杯に選ばれた魔術師の中から、
  聖杯に相応しい魔術師を選定する儀式と考えますが?」

 「セイバーの説明と遠坂の説明の前提だとそうなるよな。
  でも、聖杯戦争は作られたシステムだろ。
  だったら、最初にシステムを作った御三家で争うシステムにすればいいと思わないか?
  なんで、無駄に魔術師を4人も追加する必要があるんだ?」

 「確かに……。」

 「俺だったら、競争率増えるから増やさないけどな。」

 「…………。」


 セイバーは、少し考え込むが、箸は止まっていない。


 「もしかしたら、聖杯を得るのに三人じゃ足りないのかな?」

 「何が足りないのですか?」

 「小説や漫画であるのは、生贄の数が足りないってパターンかな?」

 「生贄!?」

 「聖杯を得るには、生贄の数、もしくは、質なんかが必要になるんじゃないかと思うんだ。
  ・
  ・
  で……怒るなよ?
  生贄って意味の質としては、英霊って破格の条件だと思うんだが……。」


 セイバーは、怒りを込めた目で士郎を睨みつけている。


 「ああ、待て待て!
  聖杯戦争のシステムを作ったのは、俺じゃないんだから俺を睨むな!
  それにこれは、推測で予想!」


 セイバーは、深く息を吸うと落ち着きを取り戻す。


 「シロウ、その予想に至った経緯は、何なのですか?」

 「遠坂の説明に出て来た根源に至るエネルギー。
  このエネルギーを使って門を作るとか言ってたけど。
  そのエネルギーって魔術師数人を犠牲にしたぐらいじゃ出来ないと思うんだ。
  サーヴァントを召喚出来る体制を整えるだけで、何十年も掛かるって言ってたから。
  ・
  ・
  多分、サーヴァントを呼び出すエネルギーより、
  サーヴァント自体の方が、破格のエネルギーとか神聖さってのを持っていて、
  その聖なるエネルギーとかで門を作るんじゃないか?」

 「つまり、聖杯戦争は、サーヴァントを犠牲にする儀式だと言いたいのですか?」

 「違うかな?
  聖杯戦争するエネルギー貯めるのと
  サーヴァント7人のエネルギーの差って、
  どれぐらいあるか分からないけど……。」


 セイバーと士郎は、箸を止めて思案する。
 納得のいかないセイバーから、士郎に話し掛ける。


 「可能性の一つとしては、無くはないと思います。
  しかし、英霊にそのような扱いはしないでしょう。」

 「そうかな?
  俺は、魔術師に比べてサーヴァントの方が、
  リスクが低い気がするんだよ。」

 「リスク?」

 「聖杯戦争って、マスターもサーヴァントも願いを叶える権利があるだろ?
  マスターが敗れる時は”死”で、その後、何も残らない。
  しかし、サーヴァントが敗れた時は、座に帰るだけ。
  運が良ければ、また、聖杯戦争に参加出来るかもしれない。
  これって、願いを叶えるのに平等じゃない気がしないか?」

 「傍から見れば、そう見えるかもしれません。
  だから、生贄にされると言いたいのですか?」

 「実際、どうだか分からないんだけど。
  英霊として戦う以上、死も覚悟してるし、敗れる事も覚悟していると思う。
  ・
  ・
  多分、聖杯戦争で英霊が負うリスクは、『誇りを傷つけられる事』じゃないかな?」

 「!」


 セイバーは、目を見開いて士郎を見つめる。


 「勝った英霊は、願いを叶える事が出来る。
  負けた英霊は、根源の門の犠牲になり、魔術師に利用され『誇りを傷つけられる』。
  ・
  ・
  これが魔術師じゃない俺が、考えた英霊側の聖杯戦争。
  あまり感じがいいものと言えない。
  正直、不快な気分になる。」


 あくまで士郎の推測であり予測……。
 だが、その話に真っ向から否定出来ない部分もある。
 第三者から見れば、望みよりもシステムの異様な部分に目が行くのかもしれない。

 セイバーは考え込み、空になりかけたお弁当を見続けていた。
 士郎は、セイバーにショックを与えてしまったかと思いながらも話を続ける。


 「そこまでがサーヴァントの話。
  ここからがマスターの話。
  いいか? 話して?」


 幾分か落ち着いたセイバーは、頷いて答えを返す。


 「そして、間違いなく、この聖杯戦争では御三家が勝つと思う。」

 「シロウは、諦めたのですか!?」

 「それを含めて検討中……?
  ・
  ・
 (いつの間にか俺も聖杯戦争を真面目にする事になってないか?
  まあ、いいや。
  とりあえず、進めよう。)
  ・
  ・
  まず、俺が、この考えに至った理由を聞いてくれないか?
  その後、セイバーの考えを含めて話し合いたい。」

 「分かりました。
  シロウの話を聞きます。」


 士郎は、一つ咳払いをすると話し始めた。


 「この聖杯戦争のシステムを考えたのが、御三家なのは承知の事実。
  そして、システムを作った以上、奴らは、ある権利を手に入れている。」

 「権利?」

 「そうだ。
  ゲームマスターの権利……ルールの改竄だ。」

 「!!」


 セイバーは、驚いた顔で士郎を見つめる。


 「どうも聖杯戦争の参加者は、目的にばかり目が行くが、第三者から見れば簡単な事なんだ。
  せっかく作ったシステムをわざわざ他人と同じ土俵でやる必要あるか?
  そんなもの自分の都合のいいようにするに決まってるじゃないか。」

 「そんなあからさまにルールを破っては、参加者が集まりません。」

 「その通りだ。
  だから、バレないようにしているはずだ。
  中には、それを承知で参加している魔術師も居るかもしれない。
  ……餌が良過ぎるからな。」

 「根源……だからですか?」

 「ああ、長年掛けて来た答えが、目の前にぶら下がっているんだ。
  嫌でも飛びつくと思うぞ。
  遠坂に聞いたら、『何を押しても優先する』って言ってたからな。」

 「だから、シロウは、あの時、質問したのですね。」

 「その通り。
  まさか、生け贄のサーヴァントを呼び出す餌にされるとは思ってないだろうけど。」

 (現状、予想でしかないが……。)

 「しかし、御三家は、どのような事をしているのでしょう?」

 「俺は、一応予想したぞ。」

 「本当ですか?」


 セイバーは、士郎の予想に耳を傾ける。


 「遠坂の家系からいくか。
  確かサーヴァントの召還と土地だったな。
  ・
  ・
  多分、サーヴァントの召還は、御三家で平等にインチキしていると思う。
  強力過ぎるため、一つの家系で抱えたら暴動になりそうだから。
  奴らは、自分達に有利なサーヴァントを選んで呼び出したり、召還時期を操作していると思う。
  マスターが勝手に呼び出す以上、他人からは分からないからな。
  しかし、これだと遠坂の家系に有利な事がない。
  遠坂に有利に働くのは、土地。地元の利。
  俺だったら、聖杯戦争始まる前に、街中にトラップや逃げ道、秘密の通路、隠れ家なんかを作る。
  アイテムを隠して置くのもいいかもしれない。
  これを利用すれば有利に戦える。」

 「なるほど。
  しかし、その割には、あのマスターは、学舎に結界を張られてましたが?
  自分の生活の一部なら、身の回りから固めませんか?」


 セイバーの正論に士郎は、額に手を置く。


 「そうなんだよ。俺も、引っ掛かってたんだ。
  ワザと結界張らさせて、マスターを仕留める罠かとも思ったけど……。
  あの会話は違う。
  うっかり、今回の聖杯戦争では準備し忘れたのかな?」

 「分かりませんね。
  正々堂々戦うつもりかもしれません。」

 「考えられなくないんだよな。
  アイツ、俺の質問に律儀に答えてくれたし……。」

 「アーチャーのマスターとは約束も取り付けた事ですし、
  この際、後回しにしましょう。」

 「了解。
  んじゃ、次、アインツベルンな。
  ここは、簡単。聖杯に細工する。そのまま。
  アインツベルン以外は、聖杯使えなくしたり、横取りする。
  聖杯は、最後に現れるから、最後になるまでバレない。
  ・
  ・
  更に言うと最後に勝てばいいから、真面目に聖杯戦争をする必要もない。
  聖杯戦争中にダミーのサーヴァント倒させて、
  油断した最後に不意に一発なんて事もあるかも。」

 「聖杯の細工ですか……。」

 「あ。今、思い付いたけど、
  優勝者と一緒にこっそり根源への道を作る仕掛けを入れるかも?
  アインツベルンは、他のマスターより油断しているかもな。」

 (そんな事はない。
  彼らは、用意周到に準備をしているはずだ。)

 「最後にマキリ。
  実は、コイツらが一番厄介なんじゃないかって思っている。
  令呪……。これ非常にヤバい。
  呼び出すサーヴァントが弱くても、なんとかなっちゃうかもしれないから。
  ・
  ・
  令呪のパワーアップ、回数無制限、他のマスターの令呪抑制などなど……。
  やられたら堪らない。
  ……まあ、俺は、令呪使えないから抑制されても困らないが。」


 セイバーは、士郎の話を聞いて考え込む。
 士郎の言った通りなら、聖杯を手に入れるのは難しい。
 勝ち抜いても手に入れる事が出来ないかもしれない。


 「それにさ……。
  魔術師でない俺が、セイバーを呼び出した事自体、
  奴らの罠かもしれないしな。
  ・
  ・
  こう考えると納得いかない事だらけだろ?」

 (特に一般人の俺にとっては……。)


 状況は、悪くなる一方で、いい考えは、なかなか浮かばない。


 「私は、甘い。
  何も考えずにシロウを巻き込んでしまった。」

 「……まあな。
  叶えたい願いを目の前に突きつけられれば、判断を誤る事もある。」

 (判断というより勢いだったが……。)


 士郎とセイバーの間に沈黙が流れる。


 「…………。」


 セイバーは、悩んでいた。
 士郎と話して悪い方向に流れが向いた事だけではなく、聖杯戦争というものの在り方についても。
 欲望にまみれた戦いを勝ち抜いて自分の願いを叶えるのは、自分の守りたかったものを汚している様だったからだ。
 藤ねえに肯定して貰った迷いの答えは、別の形で見つかり始めていた。
 当初の願いへの欲望が薄くなって来ている。
 セイバーは、士郎に質問する。


 「シロウ、貴方は、どうしたいですか?」

 「どうしたいか……。
  随分、漠然としてるな。
  分からなくもないが。
  ・
  ・
  その答えは、出来そうにない事でもいいか?」

 「構いません。
  貴方に無理でも、サーヴァントである私なら可能かもしれません。」

 「分かった。じゃあ、言うけど……
  聖杯戦争をしたくないし……させたくない。
  よって、冬木から聖杯戦争を取り除きたい。
  欲望まみれの魔術師の戦いも嫌だし。
  何年か周期で起きる戦争なんて御免だ。
  ・
  ・
  何より、聖杯戦争の度に俺の命が危ない!」


 セイバーは、最後がシロウらしいと苦笑いを浮かべる。
 そして、士郎と藤ねえに会って、感化された気持ちも含め答える。


 「私は……分からなくなって来ている。
  何をしても何を優先してもと思ったが……。
  ・
  ・
  大河に許して貰ってから……。
  自分の努力を認めてから……。
  本当に誇りを持てるのは、やり直す事か? やり抜いた事か?
  ・
  ・
  そして、この欲望に塗れて勝ち抜いた聖杯戦争で願いを叶えて、
  あの人達の誇りは汚れないのかと……。」

 「そうか……。」

 (セイバーは、どこまでも真面目だな……。
  一見、他人を優先して見えるけど、それが生涯を懸けて貫き通した事だもんな。
  セイバーにも、セイバーの思っている人達にも、納得のいく結末であって欲しいもんだ。)

 「幸いマスターは、令呪も使えないへっぽこだ。
  好きなようにすればいいさ。
  ・
  ・
  俺は、脇役だから諦めてる。
  死ななければいい。」

 「はい。
  しかし、私は、シロウの指示に従おうと思います。」

 「?」

 「貴方は、性格に問題はあるが本質をよく理解している……と思います。」

 (最後戸惑うなよ……。
  誉めてんだか貶してんだか……。)

 「でも、言ったのって困難だぞ?」

 「それでもです。
  私の願いは、その時までに答えを出します。」

 (シロウ……。
  貴方は、英霊である我々の誇りを傷つけられる事に怒りを表してくれた。
  私のマスターは、そういう者でいい……。
  ・
  ・
  出来れば、直して欲しいところも多々あるが……。)

 「う~ん……分かった。
  じゃあ、聖杯戦争撲滅出来るようにという事で……。
  改めて、宜しく頼む。」

 「はい。」


 士郎の差し出す手をセイバーは、力強く握り返した。


 (これで正式に聖杯戦争参加決定かな?
  本当に死なないようにしないとな……。)


 二人は、中断した昼食を再開する。
 目標が決まった訳ではない。
 やるべき事を理解した訳ではない。
 しかし、行き先は見え始めた。
 また、間違いなく迷うだろうが、今は、それでよかった。



[7779] 第14話 後藤君の放課後の物語①
Name: 熊雑草◆890a69a1 ID:9b88eec9
Date: 2010/08/27 00:15
 == Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==



 凛達との会話とセイバーとの会話で、時間は著しく過ぎてしまっていた。
 士郎が教室に戻った頃、本日の授業は全て終了していた。


 「遅かったでござるな。」

 「また、遠坂に会ってね。」

 「なんと!
  それは、災難でござったな。」

 (酷い言われようですね。
  あのマスター。)

 「俺は、帰るけど。 後藤君は?」

 「拙者、所用がある故、
  帰宅は、それが済んでからになるでござるな。」

 「そっか。
  それじゃ!」


 士郎は、別れの挨拶をすると教室の外に出て行った。
 後藤君は、窓際へと移動する。


 (拙者も帰ってもよいのだが、助言した故、由紀香女史が気になる。
  この教室の窓からなら、あの三人の様子が分かるであろう。
  仲直りしたようなら帰るとしよう。)



  第14話 後藤君の放課後の物語①



 窓から様子を見られている事など知る由もなく、部活で顔を合わせた三人は、直ぐに冷戦状態に入る。
 普段、マシンガンの用にまくし立てる蒔寺楓の沈黙。
 いつも以上に冷たい壁を作る氷室鐘。
 そして、中立国の三枝由紀香は、そわそわと落ち着かない様子。
 ガン無視状態の敵対国に、ただ一人頭を悩ます中立国。


 (どうしよう……。
  どうしよう……。
  どうしよう……。)


 どんなに頭を悩ましてもいい案は浮かばず、ただただ時間だけが過ぎていく。
 数分の時間は、何時間にも長く感じた。

 由紀香は、散々悩んだ後、後藤君の言葉を思い出す。
 大切な親友のため、後藤君のアドバイスを実行に移す事にした。

 由紀香は、普段の三人の会話を思い出す。
 大丈夫。
 直ぐに笑顔が作れそうだ。
 故に、普段の会話がどれだけ尊いものか分かる。

 由紀香は、視線を合わせない二人に微笑み掛ける。
 いつも通り。
 だけど、今日は、違った意味も込めて。

 蒔寺楓と氷室鐘は、由紀香の視線に気付くと由紀香を見つめる。
 ほんの数日見なかった笑顔は、とても懐かしくてやさしい。
 そして、二人の胸にチクリと罪悪感を意識させる。


 (由紀っち……。)

 (由紀香……。)


 己との葛藤。
 このまま、謝れば直ぐに元通りになるのではないか。
 二人の頭に同じ事が過ぎった時、二人は、本日、初めて視線を合わす。
 しかし、今回の冷戦は、根が深いらしい。
 わずかな差で仲直りの機会は逃げて行った。


 (うう……どうしよう。
  また、視線を合わせてないよう。)


 由紀香は、限界に近づいていた。
 必死に我慢しても、涙のダムは決壊しようとしていた。
 由紀香は、後藤君に教えて貰った魔法の言葉を口にする。


 「蒔ちゃん、鐘ちゃん……。
  ・
  ・


 二人は、由紀香が説得しようと声を掛けたのだろうと思いながら、言葉を待つ。


  ・
  ・
  なんで蒔ちゃんは苗字で、鐘ちゃんは名前なんだろう?」


 待っていた言葉とは裏腹な質問。
 二人は、鳩が豆鉄砲を食らったように呆然とする。
 そして、不意打ちで投げ掛けられる質問に意識が飛んでいく。


 (呼び方の由来?)

 (氷室とあたし!?)


 頭の中では、過去を遡って三人の出会いまで戻る。


 (確か……由紀香は、私と蒔の字をさん付けで呼んでいた。)

 (で、氷室の妙な呼び方が気になって……)


 数分の沈黙の後、蒔寺と氷室は、同時に声をあげる。


 「そう呼び出したのは、由紀香だ。」
 「そう呼び出したのは、由紀っちじゃんか!」


 異口同音の言葉に三人の視線が中心で重なる。
 そして、このやりとりを見て、由紀香は、本当の笑顔を取り戻す。

 今度は、この緩んだ空気を冷戦状態に戻す事は不可能だった。
 蒔寺楓は、頭をガシガシと掻くと話し掛ける。


 「氷室、悪かったよ。仲直りしてくれ。
  あたしは、これ以上、由紀っちに心配を掛けれない。」

 「同感だ……私も謝ろう。
  少々、大人気なかった。」


 二人は、由紀香の前で仲直りする。
 由紀香は、今度は嬉しくて涙を必死に我慢する。
 しかし、それは本音を口にした瞬間に決壊した。


 「え~ん……二人とも~。
  本当によかったよう。」

 「由紀っち! 何泣いてんだ!?」

 「そ、そうだぞ!
  こんな事ぐらいで!」


 会話は、いつも通り。
 なかなか泣き止まない由紀香に慌てる蒔寺と氷室。
 色んな押し問答の結果……。
 三人は、本日、部活を早退して、何処かに出掛ける事にした。



[7779] 第15話 後藤君の放課後の物語②
Name: 熊雑草◆890a69a1 ID:9b88eec9
Date: 2010/08/27 00:16
 == Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==



 後藤君は、三人が仲良く歩いているのを見ると帰宅の準備を始める。


 「これで腹を切らなくて済みそうでござるな。」


 彼女達は、まだ、これから部活動のはずと予想をつけた後藤君は、鞄に荷物を詰める。


 「さて、帰るでござるか。」


 後藤君は、少々遅い帰宅に入った。



  第15話 後藤君の放課後の物語②



 仲直りの記念に何処かへ寄る事にした三人は、部活を早退し、後藤君より先に学校を出る。
 帰りに何処へ寄ろうかと相談しながら、商店街の方へ歩いて行く。
 しかし、歩き始めて数分。
 三人の前に身長の高い青年が現れ、声を掛ける。


 「お嬢さん達、何処かへお出掛けかい?」


 青年は、がっしりとした体格をし、後ろに髪を縛り、正面から見ただけでは短髪に見える。
 特徴的なのは、耳についているアクセサリーだろうか。


 「あんた、誰だ?」


 蒔寺は、平然と声を掛ける。
 由紀香は、少し怯えている。
 氷室は、警戒心を解かず青年を見ている。


 「な~に、ちょっと暇が出来たんでね。
  どうせ暇を潰すなら、女の子と過ごそうと思ってな。」

 「なにーっ!
  氷室! これは、ナンパというヤツじゃないか!?」

 「間違いではないがお断りしよう。
  我々は、大事な用がある。」

 「そっか~。
  初めての事でテンションあがってたんだけどな。
  わりぃな、兄ーちゃん! じゃ!」


 三人は、そそくさとその場を去ろうとするが、青年は、狭い路地で道を遮る。


 「つれないな。
  俺は、時間が限られているから見逃せないんだ。
  悪いが付き合って貰うぜ。」


 三人は、少し緊張する。
 逃走も考えたが、足の遅い由紀香は逃げられないだろう。
 ゆっくり近づいてくる青年に対して、三人は身構えた。


 …


 帰宅途中の後藤君は、偶然、三人を見つけてしまう。
 帰宅路が途中まで同じなのだから、しょうがない。
 しかし、事態は、少々よろしくない状況のようだ。


 「はて?
  何故、彼女達の方が、拙者より先に帰宅しているのだろうか?
  部活動に励んでいると思ったのだが?」


 後藤君は、遠見から三人が男に絡まれ困っているように見受けられた。


 「本日、開眼した飛天御剣流・読心術で確認してみるでござるか。」


 因みにこの技は、後藤君が勝手にネーミングしているため『るろうに剣心』とは、何も関係ない。
 更に使っているのは魔術である。


 『やばいんじゃないか!? これは……。
  あたしだけなら、逃げ切れるけど……。』

 『蒔の字は、自力で何とかするだろう。
  由紀香は、私が何とかしなければ……。』

 『うう……こわい……。
  どうしよう、折角、仲直りしたのに……。』


 後藤君は、青年の心も読み取ろうとするが上手くいかない。


 「女性限定でござるか……。
  自分で言うのもなんだが、ハレンチな……。
  ・
  ・
  仕方あるまい。
  男に生まれた以上、避けて通れない成り行きもあるでござる。」


 後藤君は、三人の前まで歩いて行くと自分よりも遥かに高い青年に声を掛ける。


 「すまないでござるが、彼女達は自分の学友で、本日、大事な用がある。
  見逃してはくれぬでござらぬか?」

 「何だ? てめぇは?」


 突然の邪魔者に青年は怒りを募らせていく。


 「後藤君!?」

 「なに!? 後藤!?」

 「何故、ここに居る!?」


 三人は、突然、現れた後藤君に驚きの声をあげる。


 「三者三様の声、ありがとうでござる。
  ここは、拙者が引き受けるから行ってくだされ。
  しかし、途中、交番を見掛けたら、一声掛けてくれるとありがたい。」

 「頼りになるのかならないのか
  分からない答えだな?」

 「無論、後者でござる。」

 「いいのか?」

 「砂にされるまでは、時間を稼ぐでござるよ。」

 「では、頼む!」


 氷室が、二人の手を引いて別の道へと去って行く。


 「ちょっと! 鐘ちゃん!
  後藤君、追いてっちゃダメだよ!」

 「いいんだ、これで!
  男が体を張っているのに我々が居ては邪魔になる。」

 「あたしは、氷室の意見に賛成。
  助けられたのが後藤っていうのが気に入らないけど。」

 「でも……。」

 「だから、さっさと交番に行くぞ!
  アイツは、自分が弱いのを自覚している!」


 三人は、交番に向けて走り出した。


 …


 一方、獲物に逃げられた青年の怒りは頂点に達しようとしていた。


 「おい! 坊主!
  覚悟は出来てんだろうな!?
  こっちに呼び出されてから、つまらない喧嘩ばかりでストレス溜まってんだ!」


 青年は、側に立っている道路標識を力任せに折って切断すると槍を持つように構える。


 「楽に気絶出来ると思うなよ。」


 青年が繰り出す薙ぎ払いを反応する事も出来ず、後藤君は脇に直撃を受ける。


 「ぐっ!?」


 今までに味わった事のない強烈な痛みが後藤君を襲う。


 「いい子だ……。
  よく倒れなかった。」


 青年は、二度三度、右に左に標識を叩きつける。
 しかし、後藤君は、倒れる事なく必死に耐え続ける。
 倒れれば、青年が直ぐにでも三人を追い掛けるかもしれないから。
 倒れるのは、三人が逃げ切れる時間を稼いでからでなければいけなかった。


 (ほう。
  こないだ絡んできたチンピラより根性あるな。
  ガキのくせにいい度胸だ。)


 青年は、標識を肩に担ぐと後藤君に話し掛ける。


 「なかなかやるじゃねぇか。
  でも、こんなんじゃつまんねぇな。
  オマエから、掛かって来いよ。
  そうしねぇとオマエをほっぽって、あの子達を襲っちまうぜ?」


 後藤君は、胴回りに激しい痛みを感じながらも青年を睨みつける。
 青年に嘘はなく、自分に飽きたらそうするだろうと後藤君は判断する。
 拳に力を込め、素人丸出しのパンチを青年の胸目掛けて突き出す。

 青年は、にやりと笑うと後藤君の太ももに強烈な一撃をお見舞いした。
 後藤君の拳は届く事なく無様に倒れ込む。


 「くっくっくっ。
  大変だな。
  立ち上がれるのか?」


 後藤君は、必死に立ち上がろうとするが、今まで味わった事のない痛みが太ももを襲い立ち上がれない。


 (強いでござる……。
  相手に全然届かない。
  せめて拙者にも武器があれば……。
  ・
  ・
  そう、武器が欲しい!
  あの鉄柱を防ぐ武器が!
  欲しいものは……。
  ・
  ・
  幕末を生き抜いた最強の侍の刀……。
  ・
  ・
  逆刃刀!)


 後藤君の必死の願いが魔術回路に、もう一本、魔力を通す。
 倒れそうになる体を必死に支えるために杖にした手に握られていたのは、間違いなく逆刃刀だった。



[7779] 第16話 後藤君の放課後の物語③
Name: 熊雑草◆890a69a1 ID:9b88eec9
Date: 2010/08/27 00:16
 == Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==



 後藤君の手に握られる逆刃刀に青年は目を見開く。


 「投影魔術だと!?」


 後藤君は、逆刃刀を杖に立ち上がる。
 そして、自分でも気付かないうちに手にした逆刃刀に気付く。


 (いつの間にこんなものが!?)


 訳は分からなかったが、後藤君は、逆刃刀を構え青年に向き直った。



  第16話 後藤君の放課後の物語③



 青年は、嬉しい誤算に笑いが止まらなかった。
 つまらないマスターの命令で不完全燃焼の戦いの連続。
 街で絡んで来る連中は、腰抜けばかり。
 戦いを望む彼は、憂さ晴らしも出来ない状態だった。

 しかし、目の前の少年は、魔術師のようで刀を投影して見せた。
 自分は、もう少し楽しめるかもしれないと思うと笑みが零れた。


 「刀を出したようだな。
  もう少しだけ、楽しめそうだ。
  じゃあ、行くぜ!」


 青年は、鉄柱を振り回す。
 しかし、後藤君は、攻撃を防ぐのが精一杯で型も何もない。
 素人丸出しの戦い方に青年の期待は裏切られる。


 「なんだなんだ!?
  見せ掛けだけか!?
  がっかりさせんなよ!」


 青年は、後藤君を弾き飛ばす。
 戦いは、ジリ貧だった。


 (ぐぅ……。
  折角、武器があるのに使いこなせないでござる。
  当たり前か……。
  刀なんて使った事がないのでござるから。)


 後藤君は、勝てないと知りながらも必死に立ち上がる。
 肩で息をして、痛みで脂汗が止まらない。

 青年は、戦い事態はつまらないものだったが、少年の心意気は気に入っていた。


 「よう、坊主。
  何で、ここまでやるんだ?
  アイツらの中に好きな娘でも居るのか?」

 「……れ、恋愛感情はないでござる。
  ただ、彼女達は学友で、三人一緒に居るのが気に入っているでござる。」

 「それだけか?」

 「それだけでござる。
  付け加えるなら、本日、喧嘩の仲直りをしたので
  取り持ってあげたかっただけでござる。」


 青年は、声をあげて笑う。
 戦うには軽い理由。
 でも、戦いは、こういう感情で理由を決めるのも面白い。
 何より、その理由で、この少年が立ち上がって来るのが気に入った。


 「大サービスだ。
  オマエが、俺に少しでも攻撃を与えられたら、このまま消えてやるよ。」


 青年は、適当に力を抜いてワザとやられる事を選んだ。

 しかし、後藤君は、相手の真意を考える余裕などなかった。
 疲れた体と頭で相手の良過ぎる条件を、ただ信じ込む事しか出来なかった。


 (一撃……一撃でいいでござる!
  拙者にあの侍と同じ動きが出来たら……。
  ・
  ・
  ダメでござる。
  直ぐには出来ない。
  ・
  ・
  なら、最強のあの侍の動きを出来る限り真似するでござる!)


 後藤君は、無意識で刀の鞘を投影すると逆刃刀を鞘に収め、頭の中でイメージする。
 強いイメージは、新たな魔術回路に更なる魔力を流し始める。
 今、後藤君の魔術回路には、
  ・読心術(女性限定)
  ・投影
  ・?
 が流れている。

 後藤君は、居合い斬りの前傾姿勢に入ると一気に地面を蹴り上げる。
 スピードは、正に神速。
 青年の懐に始めて飛び込む。
 青年は、信じられないスピードに対応が遅れる。
 放たれた居合いの一振りは、鉄柱を折り曲げ青年の脇に強烈な一撃を与えた。


 …


 深々と刺さる後藤君の一撃に青年は、何が起きたか分からなかった。
 脇に走る痛みで自分が攻撃されたのだと気付く。
 元々、強度の低かった鉄柱は折れ曲がり、そのままの勢いが青年の脇を貫いたのだ。

 青年は、嬉しい誤算に戦いを再開しようとした時、後藤君は、力尽きて倒れた。


 「おい! オマエ! 倒れるな!
  ここからだろうが!
  ・
  ・
  ~~~っ! ったく!」


 青年は、後藤君の体に触れると何かに気づく。


 「おいおいおいおいおいおい!
  コイツ、魔術師でもなんでもないじゃねぇか!?
  何で、そんな奴に魔力が流れてんだ!?
  ・
  ・
  仕方ねぇ……久々にルーン魔術で調べてみるか。」


 青年は、ポケットから石のような物を取り出すとルーン文字を刻みつけ。
 仰向けで横たわる後藤君の額に石を置く。
 調査は、直に終了した。


 「なるほどね。
  本日、初めて勝手に発動しちまったのか。
  通りで粗い使い方だと思った。
  ・
  ・
  このままだとスイッチを切れなくて死んじまうな。
  あ~~~っ! ついでだ!」


 青年は、更にルーン魔術を行使する。
 後藤君の脳裏には、飛天御剣流・龍鳴閃のイメージが浮かぶ。
 納刀を意味するイメージが浮かぶと魔力回路のスイッチは切られた。
 側にあった逆刃刀は、霧散して風に流されていった。


 「本当の大サービスになっちまったな。
  まあ、いっかぁ。
  それなりに楽しめたし。
  ・
  ・
  約束だ。俺は、消えるぜ。」


 青年は、その場を後にして、何処かに去って行った。
 由紀香達が警官を連れて戻って来たのは、その十分後だった。



[7779] 第17話 天地神明の理
Name: 熊雑草◆890a69a1 ID:9b88eec9
Date: 2010/08/27 00:16
 == Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==



 後藤君と別れ、帰宅の途についていた士郎とセイバーは、今日の予定を確認していた。
 朝は、時間帯が登校や出勤の時間と外れていたため並んで会話をしていたが、帰りはそうはいかない。
 霊体化したセイバーに士郎が話し掛ける形になっていた。


 「なあ、やっぱり戦闘が起きた時って、
  俺は、邪魔だよな?」

 「士郎だけが、特別ではありません。
  サーヴァント同士の戦いになれば、どのマスターも介入出来ません。
  つまり、聖杯戦争ではサーヴァントが、
  どのようにマスターを守るかも重要な要素になるのです。」

 「なるほどね。
  でも、得物ぐらいあった方がいいよな。
  帰りに雷画爺さんとこに寄って、相談しよう。」

 「士郎の面倒を見てくれた人ですね。」

 「そう。
  武器大好きだから、俺にも使えるものを見繕ってくれるかも。
  向こうに着いたら、適当に会話を合わせてくれ。」

 「分かりました。」


 二人は、家には向かわず藤村組へと足を運んだ。



  第17話 天地神明の理



 藤村組のお兄さん達に案内されて、士郎とセイバーは、屋敷の奥へと進む。
 ちなみにセイバーを現界させたのには理由がある。
 神出鬼没の虎に目撃された事と、藤村家の人間に隠し通す自信がなかった事。
 属性:藤村は、侮る事が出来ない……。

 そして、二人は、雷画の居る座敷へと通される。
 広い座敷には、威厳のある老人が一人居る。
 老人は、煙管を加え、煙をふかしている。
 士郎とセイバーが老人の前に座ると、老人は、楽しそうに士郎に話掛ける。


 「よく来たな、士郎。
  べっぴんさんを引き連れて来るなんざ、大したもんだ。」

 「こっちは、セイバー。
  親父が、世話になって世話したらしい。
  で、親父を訪ねて来たんだけど……。」

 「……切嗣は、亡くなってたか。」

 「身の振り方が決まるまで、
  暫く家に置いとくつもり。」

 「お世話になります。」


 セイバーは、背筋を伸ばし深々と頭を下げる。


 「ああ、気楽にしてくれ。
  士郎なら心配ないだろう。」

 「はい。」

 「藤ねえも、毎日、通ってくれるし。
  そこは、俺も心配してない。」

 「用件は、顔見せか?」


 雷画爺さんは、ポンと煙管の灰を処理する。


 「実は、頼みがあるんだ。」

 「そんなこったろうと思ったよ。
  言ってみな。」

 「得物が欲しいんだ。
  出来れば、刀がいい。
  でも、人を傷つけたくないから切れないようなヤツ。
  ・
  ・
  そんな都合のいい刀あるかな?」

 (シロウ……。
  それは、もう刀と言わないのでは?)


 士郎の突然の要求に雷画は、唇の端をあげ嬉しそうに返事を返す。


 「あるぜ。
  その条件にぴったりのがな。」

 (あるのですか!?)

 「さすが……。」

 「だが、学生に刀を持たすなら理由を聞かんとな。」

 「ああ、そっか。
  近所で殺人事件が起きたんだ。」

 「それは、知ってるぜ。」

 「その犯人が、長物を持っているらしいんだけど。
  多分、帰りに出くわしたのがそいつだと思うんだ。」

 (シロウ!
  また、嘘を!
  適当に会話を合わせろと伺っていますが、
  そんな突拍子もない嘘を言われても合わせられません!)

 「くくく……。
  昔っから、そいう揉め事には、事欠かないな。」

 「…………。」

 (何故、話が通るのでしょう?
  シロウは、どんな生き方をして来たのでしょうか。)


 雷画爺さんは、昔を思い出して笑っている。


 「顔見られたと思うから、俺も得物が欲しくてさ。」

 「ああ、分かった。
  用意してやる。」


 雷画爺さんは、ポンポンと手を叩き、若衆を呼ぶと得物を持って来るように命令する。
 暫くして、布に包まれた刀と思しきものが運ばれて来た。


 「開けてみな。」


 士郎は、刀を包む布の紐の封を解き、中身を取り出す。
 それは、予想通り刀だった。


 「随分と立派なものに見えるけど。」

 「刀身も見てみな。」


 士郎は、鞘から刀を抜き出す。


 「刃がない……。」

 「そういうこった。
  おめぇの条件にぴったりだろう?」


 士郎もセイバーも、刀に目が行く。
 武器なのに武器として用を成さない武器。


 「こういうものは、趣味じゃないと思ってたけど……。」

 「俺も始めは買う気はなかったんだけどよ。
  刃がついてないだけで、すげぇ一品なんだよ。
  つい、遊び心で買っちまった。」


 雷画爺さんは、豪快に笑う。


 「名前は、『天地神明の理』。」

 「嘘つきの俺が持ってちゃいけない気がする。」

 (自覚しているのですね……。)

 「いいんじゃねぇか?
  前に捕まった嘘つきのなんとかって教授が、同じ様な事喚いてたぜ?」

 (なんか刀の価値が、一気に半減した気がする……。)

 「作られたのは、四百年ぐらい前らしい。
  そして、伝承では、作ったのは『天狗』だとか。」

 「てんぐ?」


 セイバーは、聞きなれない言葉に首を傾げる。


 「嬢ちゃん。天狗ってのは、この国に伝わる妖怪の一種だ。
  赤い顔で鼻が長く、背中に羽を生やし、団扇を持っている。
  格好は、山伏でな。」

 「はあ。言っている事は分かります。
  羽が生えている以外、普通の人間と変わらないのですか?」

 「見た目はな。
  だが、天狗は、力が強く、団扇で大風を起こしたり、
  隠れ蓑なんてもので姿を消す事が出来たらしい。
  地方によっちゃあ、山の神なんて崇めているところもある。」

 「随分と具体的な伝承が残っているのですね。」

 (しかし、話を聞くとその天狗なるものは、
  魔術師のようにも感じる。)


 セイバーは、天狗を想像し考え込む。


 「伝承は、まだまだある。
  その刀は、それで完成されたものらしいんだ。
  天狗に刀を作って貰った人物が『刃がない』と言ったら、
  天狗は怒って『これで完成だ』と言ったらしい。」

 「刃がないのに?
  なんでだろう?」

 「さあな。
  そこは、俺にも分からねぇ。」

 「…………。」

 「雷画さん、先ほどの口振りでは、
  まだ、隠された話があるように聞き取れますが。」

 「ああ。これは、近年になって追加された話だ。
  その『天地神明の理』は、何で出来ているのか分からねぇんだ。」

 「砂鉄から作ったんじゃないの?」

 「材質が鉄じゃないらしい。
  その刀は、ある武家の蔵に眠っていたんだが、
  地震で山が崩れ、蔵は、4t近い岩で潰された。
  下敷きになった岩の真下にその刀があったんだが
  無傷の上に曲がりもしていなかった。」

 「たまたま、避けれたんじゃ?」

 「いや、避けてねぇ。
  その証拠に鞘は粉々に砕けていた。」


 三人の視線が刀に集まる。


 「そんなに凄い刀を貰っていいの?」

 「ま、嘘か真か分からねぇ伝承のついている刀だが、
  頑丈さだけは折り紙つきだ。
  そして、刃のねぇ刀は、やっぱり俺の趣味じゃねぇ。
  大事に使ってくんな。」

 「ありがとう。
  大事に使うよ。」


 その後、お茶を一杯ご馳走になり、士郎とセイバーは、藤村組を後にした。


 …


 藤村組から衛宮邸までの短い距離を士郎とセイバーは、話しながら歩く。


 「よかったですね、シロウ。」

 「ああ、刃のない刀なんてないと思ってたけど、
  言ってみるもんだな。」

 「ところで、シロウは、刀を扱えるのですか?」

 「普段は、竹刀だからな。
  家に帰ったら、刀の感覚に合わせないとな。
  ・
  ・
  う~ん、でも、今日、バイトの日だな。」

 「ばいと?」

 「そ、働かざるもの食うべからず。
  アルバイトに行って賃金を稼ぐのだ。
  ・
  ・
  そうだ、セイバーも一緒に働いてくれ。」

 「わ、私がですか!?」

 「何事も経験は大事だぞ。
  家帰ったら、俺の服、貸してやるから。」

 (お、王であった私がアルバイト……。)


 セイバーは、強引な士郎の申し出に流されるまま、アルバイトに強制参加させられる事になる。
 二人は、衛宮邸に歩みを進めた。



[7779] 第18話 サーヴァントとアルバイト①
Name: 熊雑草◆890a69a1 ID:9b88eec9
Date: 2010/08/27 00:17
 == Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==



 士郎は、自宅に着くとさっさと普段着に着替える。
 そして、自分の服からセイバーに合いそうなものを物色する。


 「俺より小さいから、少し前の俺の服でサイズは合うはずだよな。
  男でも女でもいいならジーンズか?
  上は、適当に持って行って選ばせるか。」


 部屋から服を持って出ると居間に向かう。
 そして、居間で待つセイバーの前にドサドサと服を置く。


 「適当に選んでくれ。
  下は、これな。
  上は、セイバーのセンスに任せる。」

 「シロウ……。
  本当に私にアルバイトなるものをさせるつもりですか?」

 「させるつもりだ。」

 「それにマスターを守るのがサーヴァントの役目だろ?
  そこらに突っ立てるよりいいじゃないか。」

 「しかし……。」

 「いいか? 
  お前のマスターは、一般庶民で、働いてお金を稼がねば生きていけない。
  戦で例えれば、兵糧がなくなる事になる。」


 セイバーの顔が、少し真剣なものになる。
 セイバーを納得させるには、彼女の近くにあったものを例えに出すに限る。


 「くっ。
  確かに兵糧が切れては、戦に勝利する事は出来ない。」

 (予想通りだ。
  落ちたな……。)



  第18話 サーヴァントとアルバイト①



 セイバーは、士郎の持って来た服の中から長袖のTシャツを選ぶ。
 しかし、この時期、これだけでは、防寒対策には足りない。
 藤ねえが、学生時代に忘れてクリーニングのビニールを被ったままのダッフルコートを上に羽織る事にした。


 「そんなものが残っていたのか。」

 「大河のものの様ですが。」

 「……だな。
  なんか、この家を発掘すれば思いもよらぬものが、まだまだ出てきそうだ。
  とりあえず、藤ねえのうっかりに感謝だな。」

 (しかし、何故、包装までされた物が士郎の家に?)


 考え込んでいるセイバーに士郎が一言。


 「深く考えない方がいいぞ。
  その程度の謎は、日常茶飯事だ。
  気にしてたら、脳みその許容量なんて直ぐに吹っ飛ぶぞ。」

 「…………。」


 セイバーは、士郎の忠告に従い考えるのを停止する。


 「辛酸を舐めさせられる前に
  その意見に従います。」

 「正解だ。
  セイバーも、この家の生き方と言うものが
  分かって来たようだな。
  ・
  ・
  んじゃ、行くか。」


 士郎とセイバーは、衛宮邸を出るとバス停へと向かう。
 冬木市の新都へは、バスを使用するためである。


 …


 新都のバス停に到着する。
 バス停からは、オフィス街にあるコペンハーゲンなる店に徒歩で移動する。


 「酒屋ですか?」

 「実態は、よく分からんのだ。
  だが、仕事内容は酒屋の仕事なので、
  やはり、酒屋なんだろうな。」

 「何か問答のような返答ですね。
  ひょっとして、ここも大河に縁のある場所では?」

 「……そういえば、ネコさんは、藤ねえの同級生だった。」

 「それ以上の説明は不要です。
  理解しました。」

 (いや~、なんか藤ねえってキーワードって強力だよな。
  登下校の時にしか話してないのに
  相手が、こうも簡単に引き下がるんだから……。)


 店の扉を開けて挨拶する。


 「おはようございます。」

 「おお、エミヤん。
  待ってたよ。」


 士郎は、店内の奥を見る。


 「今日、荷物整理って言ってた割りに
  人数少なくないですか?」

 「うちのが『来ても来なくてもいい』みたいな事言ったら、
  みんな、来なくてさ。」


 ネコさんは、ハハハと笑っている。


 「そうだと思いました。
  助っ人を連れて来ました。」

 「ん?」


 セイバーは、軽く頭を下げる。


 「この子は?」

 「え~っと……。
  ・
  ・
  誰だっけ?」

 「「は?」」


 同じ発音をしてネコさんとセイバーは固まる。
 士郎は、慌ててセイバーを隅に引っ張る。


 「すまん。
  紹介する時の偽名を忘れてた。
  ここでセイバーと呼ぶのは拙いだろう?」

 (あ、藤村組でも忘れた……。
  後で藤ねえ通して修正しよう。)

 「なるほど。
  私も忘れていました。」

 「どうする?
  適当な外人の名前にするか?」

 「例えば?」

 「キシリアとか?
  シーマとか?
  ハマーンとか?
  カテジナとか?
  フレイとか?」

 「それは、何が基準なのでしょう?」

 「あるアニメのヒロインだ。」

 「ほう。」


 セイバーは、『ヒロイン』という言葉に満更ではないというような顔をしている。


 「悪役のな。」


 セイバーのグーが、士郎に炸裂する。


 「シロウは、私を何だと思っているのですか!」

 「高が偽名じゃないか!
  じゃあ、お前は、どんなのがいいんだよ!」

 「そ、そうですね……。」


 セイバーは、考え始める。
 その横で士郎は、ボソッと呟く。


 「ちなみに自分で自分の偽名を考えるって、すごい恥ずかしいんだからな。
  少女チックでも過大評価の名前をつけても、
  俺は、容赦なくこの場で大声で笑ってやるから覚悟しろ。」


 セイバーは、タラタラと冷や汗を流すと呟いた。


 「……ハマーンでいいです。」


 一方、士郎がセイバーに殴られているのを見たネコは、一体、何が起きたんだと不思議な顔をしている。
 話が終わったセイバーと士郎は、ネコのところに戻って来る。


 「ハマーンと言います。
  以後、お見知り置きを。」


 士郎は、顔には出さないが、心の中で大笑いをしていた。


 「ハマーンさんね。
  突然で悪いね。
  わたしは、ここを切り盛りしてる蛍塚。
  本名は、嫌いだからネコと呼んで。
  ・
  ・
  さて、早速だけど。お願いね。」


 ネコに案内して貰い店の奥の倉庫に向かう。
 士郎は、ネコに納入した品物のリストを受け取ると片付ける場所をザッと相談する。


 「流石、コペンハーゲンの古株アルバイター。
  それでOKだから、後、よろしくね。
  わたしは、夜の準備するから。」


 ネコは、夜の仕込みのために去って行った。


 「さて、テキパキ片付けるぞ。」

 「かなりの量ですね。」

 「その分、やり甲斐もある。
  自分の取りやすいように整理も出来るしな。」

 「自分の取りやすいようにしてしまって、いいのですか?
  彼女の仕事のしやすいようにしてあげるべきでは?」

 「そこは問題ない。
  さっき、確認取ったから。
  長年勤めてるから、俺のやりやすい位置=ネコさんのやりやすい位置になってる。」

 「連携は、完璧でしたか。」

 「じゃあ、俺と同じ箱を持って着いて来てくれ。」

 「分かりました。」


 士郎とセイバーは、片付けを始める。
 士郎は、慣れた手つきで荷物を運ぶが、セイバーは、思いのほか重い酒瓶の箱に少しふらつく。


 「無理して俺と同じ量を持たなくていいぞ。
  落として割ったら、商品は弁償だからな。」

 「シロウに負ける訳には。
  こうなれば魔力を使って強化して……。」

 「それもいいけど。
  持ち方ひとつで、体に掛かる負担も違う。
  さっきのネコさんは、自分と同じぐらいの体重なら、
  楽に運べるって言ってたぞ。」

 「本当ですか!?」

 「本当みたい。
  支点、力点、作用点を上手く使えばいいんだって。」

 「聞いて来ます。」


 セイバーは、店のネコを訪ねて行ってしまった。


 「ホント、負けず嫌いだね。
  女の子が男と同じ力仕事されちゃ、立つ瀬がないよ。」


 士郎は、五分ほど一人で片付けをしているとセイバーが戻って来る。


 「シロウ!
  もう、遅れは取りません!」


 セイバーは、ネコに聞いたコツを活かして荷物を運んで行く。


 「いや~、大したもんだ。」


 士郎は、自分に遅れず着いて来るセイバーに感嘆の声をあげる。
 それから、二人は、黙々と荷物を運び続け、倉庫は綺麗に整理整頓された。


 …


 「我々の勝利ですね。」


 セイバーは、至極、ご満悦な顔で整理された倉庫を見渡す。


 「ああ、そうだな。」

 (これを勝利と呼ぶのだろうか?)


 二人は、ネコに報告しに行く。


 「終わりました。」

 「もう!?
  2日掛かりだと思ったんだけど。」

 「コツを覚えた私の前では、
  あの程度の荷物は、敵ではありません。」


 セイバーの何処か変わった言い方にネコは、笑顔を浮かべる。
 ネコは、整理された倉庫を見て満足する。


 「本当に片付けたんだね。
  エミヤんは、いい戦力を見つけて来てくれたよ。
  ありがとうね、ハマーンさん。」

 (そういえば、私は、今、ハマーンでしたね。)

 「お役に立てて、何よりです。」


 士郎は、二人の会話が一段落するとネコに話し掛ける。


 「ネコさん、ハマーンをこれから暫く雇って貰えませんか?」

 「ハマーンさん? いいわよ。
  根性ない男のバイトより、役に立つもの。」

 「ありがとうございます。
  じゃあ、俺達は、これで……。」

 「チョイ待ち。
  これ、ボーナス。」

 「いいんですか?」

 「いいのいいの。
  今、入れた額より、バイトの人数増やす方が掛かるからね。」

 「そこは、正直に言わなくてもいいんじゃ……。」

 「まあ、いいんじゃない。
  お互い変な勘繰りしないでさ。」

 「そういう事にして置きます。
  ありがとうございました。
  お疲れ様でした。」

 「はい、お疲れ。」

 「では、失礼します。」

 「また、よろしくね。」


 …


 二人は、コペンハーゲンを後にする。
 辺りは、すっかりと夜になっていた。
 オフィス街のネオンの中を二人は歩いて行く。


 「アルバイトというのも、やってみるものですね。
  普段出来ない体験というのは、新鮮で気持ちがいい。」


 セイバーは、本日の労働を満足した気持ちで表現する。


 「そういうものなのか?
  俺は、普段通りだからな。
  まあ、この仕事は、嫌いじゃないから続けられるんだけど。」


 会話が止まると無言で歩き続ける。
 暫くしてセイバーが、ある一点を見て立ち止まる。


 「どうした?」

 「あ、いえ……何でもありません。」


 士郎は、セイバーの視線の先にあったものに目を移す。


 「ぬいぐるみ?」


 そこには、ゲームセンターの前に置かれたUFOキャッチャーがあった。


 「ああいうのに興味があるのか?」

 「そういう訳ではないのですが。
  あのライオンは、愛らしいと思いまして。」

 (セイバーは、ライオン好きなのか。
  え~と、なになに、
  『全13種類のぬいぐるみを掴み取れ!
   愛と勇気と悲しみの爆殺ゴッドクレーン!!』
  ・
  ・
  なんだ? このパクリ丸出しのキャッチフレーズは……。
  俺は、こっちの方に惹かれるぞ。)


 二人は、UFOキャッチャーを前に立ち止まる。


 「俺、得意だから、タイトル通り掴み取ろうか?」

 「爆殺されても困りますが……。」

 「いや、掴み取るとこだけ。」

 「得意なのですか?」

 「ああ、相手が引くぐらい。」

 「では、お手並みを拝見させてください。」


 士郎とセイバーは、UFOキャッチャーの前に移動する。
 1回200円、3回500円。

 士郎は、500円を投入する。


 「何も言わず、とりあえず、見ていてくれ。」

 「分かりました。」


 1回目、クレーンは、ぬいぐるみの山をただ破壊する。
 セイバーは、溜息を漏らす。

 2回目、再び、クレーンは、ぬいぐるみの山をただ破壊する。
 セイバーは、あきらかに怒りを浮かべる。


 (まさか、嫌がらせでは?
  私にあのライオンを渡さないつもりか!?)


 セイバーが士郎に疑惑の念を向けていると、士郎がセイバーに話し掛ける。


 「こっからだ。」

 (本当でしょうか?)


 士郎は、横軸を合わせる①のボタンを押す。


 「ウッソ・エヴィン!
  V2アサルトバスター! 行きます!」


 クレーンは、横にグイングイン移動して行く。
 そして、縦軸を合わせる②のボタンを押す。


 「お前が、カテジナさんを変えてしまった!」


 士郎の口から出る妙な言葉を聞きながら、セイバーは、クレーンの行方を見守る。
 クレーンは、先ほど、壊しまくった中央付近を潜って行く。

 次の瞬間、セイバーは、信じられない光景を目撃する。
 クレーンには、これでもかという位にぬいぐるみが纏わり付いている。


 「な!?」

 (このゴテゴテ感……。
  まさに、V2アサルトバスター。)


 クレーンが元の位置に戻り、人形を穴に落として行く。
 士郎は、備え付けのビニール袋を一枚取ると取り出し口からぬいぐるみをビニール袋に入れた。


 「全13種、ゲットだ。」


 セイバーは、開いた口が塞がらないといった状態だった。


 「どうした?
  ライオンも取ったぞ?」

 「ま、待ってください、シロウ。
  何が起きたのか理解出来ない。」

 「そうか。
  セイバーは、こういうゲーム初めてか?
  これはだな……。」

 「やり方は、分かります。
  私が言いたいのは、何で1回で、
  そんなに取れるかという事です。」

 「慣れだな。」

 「そんな馬鹿な!?」


 セイバーは、納得がいかないという感じだ。


 「仕方ない。
  少しコツを教えてやる。」


 士郎とセイバーは、隣でUFOキャッチャーをしているカップルに近づく。
 そして、カップルを無視して講義が始まる。
 カップルは、明らかに嫌な視線を士郎とセイバーに向ける。
 しかも、説明する士郎は、クレーンを操作する彼氏に罵詈雑言を浴びせる。
 しかし、事実、彼氏は、ぬいぐるみを一つも取る事が出来ていない。


 「な、言っただろう。
  アイツが、俺の言う通りにすれば、
  7個以上は、3回で取らせてやるって言うの!」


 頭に来た彼氏は、士郎の指示通りにクレーンを動かし続ける。
 そして、3回目。


 (あれだけ大口叩いたんだ!
  取れなかったら、イチャモンつけてぶん殴る!)


 彼氏は、無言で指示通りに動かす。
 隣の彼女も彼氏同様、士郎を叩きのめす臨戦態勢を取っているようだった。
 しかし……。


 「はぁ!?」

 「嘘!? 何で!?」


 持ち上がったクレーンには、ゴテゴテとぬいぐるみが絡みつく。
 カップルは、呆然と穴に落ちる人形を見続ける。


 「分かったか?」

 「はい、分かりました。」

 (何が!? 今の説明で何が分かっちゃったの!?)


 カップルを無視して、再び元のUFOキャッチャーの前に戻る。


 「やれ! 今こそ、修行の成果を見せるんだ!」

 「はい! 師匠!」


 セイバーは、士郎のペースに乗せらている。


 「師匠! 私は、3回目に何と言えばいいのでしょうか?」

 「うむ。では、こう言うがいい!
  『Zガンダム! カミーユ・ビダン! 行くぞ!』
  『貴様には分かるまい! 俺の体から通して出る力の事を!』
  では、やってみよ!」


 セイバーは、1回目、2回目とぬいぐるみの山を崩す。
 そして、3回目。


 「Zガンダム! カミーユ・ビダン! 行くぞ!」


 セイバーは、律儀に言われた通り口にする。


 「貴様には分かるまい! 俺の体から通して出る力の事を!」


 セイバーは、律儀に言われた通り口にする。
 クレーンは、ぬいぐるみに突っ込むとライオンだけ6体掴みあげた。


 (ライオン狙いか……。
  しかし、そんなに取ってどうする?
  さっき、取ったのと合わせて7体。
  白雪姫と7人の小人ならぬ、
  セイバーと7匹のライオンか……。
  ・
  ・
  どんな話だ!?)

 「フッ……他愛も無い。」


 セイバーは、自分に酔っている。


 「あなた達、こんなところで何してんのよ?」


 二人が勝利の余韻に浸っていると不機嫌な声が後ろであがった。



[7779] 第19話 サーヴァントとアルバイト②
Name: 熊雑草◆890a69a1 ID:9b88eec9
Date: 2010/08/27 00:17
 == Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==



 最近、よく耳にする声を聞き、士郎は振り返る。


 「遠坂か。
  俺達は、見ての通り、ゲームをしているだけだ。
  お前こそ、何してんだ?」


 凛は、眉を吊り上げ、怒っているようだ。


 (なんか、いきなり逆鱗に触れてるな。
  何を怒ってんだ?)


 凛は、無言で人通りのない場所を指差す。
 どうやら、人前で話したくないらしい。


 (聖杯戦争の事か?)


 士郎は、セイバーを伴って、凛の後に着いて行った。



  第19話 サーヴァントとアルバイト②



 凛は、早速、不満をぶちまける。


 「あなた、聖杯戦争をしている自覚あるの!?」

 「自覚? さあ、どうなんだろう?
  そこは、人それぞれなんじゃないか?」

 「何よ! そのいい加減な言い方は!」

 「なんで、怒ってんだ?」


 セイバーは、凛が、怒っている理由を察する。
 そして、それは、自分の反省する事でもあった。


 「自分は魔術師でもないのに、
  何で、あなたは、こんな所をウロウロしてんのよ!」

 「アルバイトの帰りに寄っただけだよ。」

 「そういう事を言ってるんじゃないの!
  あなた、他のマスターに狙われているのよ?
  魔術を使う事も出来ない!
  魔術師としての知識もない!
  いくら何でも油断し過ぎよ!」


 士郎は、そういう事かと理解する。


 「大丈夫だ。
  俺のサーヴァントが近くに居るんだから。
  ・
  ・
  遂に、完璧に目撃されてしまったな。」


 士郎は、自分の隣に立ち、話を聞いているセイバーに目線を移す。


 「あなた、自分のサーヴァントが、
  他のマスターのサーヴァントよりも
  弱いかもしれないって考えないわけ?」

 「それは、考えたさ。
  それだけじゃなく、マスター同士が、
  手を組んで襲って来るかもしれないともな。」

 「それを理解して、何で、ここに居るのよ?」

 「結局、どこに居ても同じと考えたからだ。
  マスターもしくは、サーヴァントを探すには魔力を感知する能力が必須だ。
  しかし、俺は、感知される事はない。」

 「それで。」

 「他のマスターが、俺をマスターと認識するにはサーヴァントを確認するしかない。
  それは、家に居ても外に出ていても変わらんだろう。
  寧ろ、家で魔力を感知されてしまった場合、
  そこに俺しか居ないんだから丸分かりじゃないか?」


 凛は、顎に手を当て考えている。


 「お前が頭に来てたのは、俺達が遊んでいたからだろう?」

 (シロウ、そこまで分かっていて遊ぶ理由が理解出来ない。
  ……一緒になって遊んでしまった私が言うのも何ですが。)


 凛は、言い当てられてムッとした顔をしている。
 しかし、直ぐに反省の弁を述べる。


 「そうね。
  よくよく考えてみれば、衛宮君は、戦わないのが前提にあるんですものね。
  わたしのようにマスターを探して巡回する事はないんだわ。
  ・
  ・
  その女の子が、あなたのサーヴァントなのね。」

 「もう、隠す必要はないな。その通りだ。」


 凛は、品定めをするようにセイバーを見つめる。


 「内在している魔力は凄いみたいだけど……。
  その服装じゃ、何のクラスか見当つかないわね。」

 「ハマーンって言うんだ。」


 凛が、驚いた顔をする。


 「サーヴァントの真名を口にするなんて、
  何を考えてるの!?」

 「ちなみに英雄で直ぐ思い付くか?」

 「ハマーン……。
  ・
  ・
  聞いた事ないわね。」

 「当然だ。
  この名前は、聖杯戦争で使用するために、
  今日、思い付いた偽名だ。」

 (くっ!
  この男は、また、わたしをおちょくって!)


 凛は、拳に力を込め、ワナワナと震える。


 「他に何か用件あるか?」

 「ないわよ!」

 「そっか。
  じゃあ、これやるわ。」


 士郎は、凛に黒猫のぬいぐるみを渡す。


 「お前にぴったりだ。」

 「あ、ありがとう。
  ……何か凄い荷物ね。」

 「五百円で、これだけ取った。」


 士郎は、ビニール袋を凛の前にかざす。


 「…………。」

 「ねえ。
  あなた、もしかして修学旅行でも
  UFOキャッチャーしなかった?」

 「したけど……。
  なんで、知ってんだ?」

 「あのぬいぐるみの出所は、コイツか……。」

 「?」

 「綾子が、クラスの女子に配ってたのよ。」

 「それは変だな?」

 「何が?」


 士郎は、ニヤリと笑う。


 「なるほど、さすが美綴。
  ただでは転ばん女だ。」


 士郎は、一人で納得している。


 「真相を聞きたいか?
  多分、昼に聞いた時と同じ気分になるが。」


 凛は、うっと声を漏らす。
 しかし、好奇心の方が僅かに勝った。


 「……聞く。」

 「実はだな、ゲームセンターで美綴と勝負したんだ。
  罰ゲーム込みで。」

 「修学旅行先で何やってんのよ。」

 「アイツ、かなりのゲーマーなんだよ。
  で、俺が勝ったんだ。」

 「なるほど。
  どんな罰ゲームにしたのよ。」

 「『UFOキャッチャー2000円分のぬいぐるみを
   サンタの格好をして幼稚園の園児に配って来る』だったな。」

 「うわ~。」


 凛は、その場面を想像する。


 「それで、罰ゲームを過酷なものにするため、
  その店のぬいぐるみをクレーンが届く範囲で全て取り尽くしてやった。
  量だけは、正にサンタ。」

 「…………。」


 セイバーと凛は、絶句している。
 セイバーは、士郎の技術を知っているので容易に情景が頭に浮かぶ。


 「ついでにサンタの帽子を別のゲームで調達して。
  袋は、袋詰めのお菓子のUFOキャッチャーから
  お菓子を抜いて代用し、美綴サンタを作成した。」

 「本当にやらせたの?」

 「やらせた。
  アイツも半ば妬けになって、
  『このままじゃ、女がスたる!』
  とか言って、幼稚園に突入して配って来た。」

 「何やらされてんのよ、綾子……。」


 凛は、額に手を当て項垂れる。


 「でも、アイツ、残ったぬいぐるみをちゃんと確保してたんだな。
  クラスの女子で分ける用に。
  なかなかやるわ。」

 「それで、あの時、妙なテンションだったのね。」

 「まあ、そんなところだ。
  さて、じゃあ、帰る。
  これ、アーチャーに渡してくれ。
  きっと、アイツは、喜ぶ筈だ。」

 「何これ?
  包装してあるわよ。」

 「UFOキャッチャーの中にあるレアもので、
  ぬいぐるみじゃなくてフィギュアなんだ。」

 「ふ~ん。」

 (何で、アーチャーが喜ぶのかしら?)


 凛は、手の中の包装された謎の物体を不思議そうに眺める。


 「その中には、アイツの理想が入っている。」

 「?」

 「じゃあな。」


 士郎は、セイバーを連れて去って行った。
 アーチャーは、凛の隣に現界する。


 「一体、何かしら?」


 凛は、アーチャーに謎の物体を手渡す。


 「理想が入っていると言っていたが?」

 「何か、いやらしい女の子のフィギュアなんじゃないでしょうね。」

 「それは、理想とは言わん。
  だが、あの小僧の事だ。
  それぐらいの嫌がらせはするだろう。」


 アーチャーは、包装用紙を解いていく。
 そして、凛と一緒に絶句する。


 「あの小僧! 殺す!
  こんなものを理想として目指すか!」


 中には、筋肉ムキムキの地上最強の生物が、背中に鬼を浮かべて佇んでいた。



[7779] 第20話 サーヴァントとアルバイト③
Name: 熊雑草◆890a69a1 ID:9b88eec9
Date: 2010/08/27 00:18
 == Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==



 士郎とセイバーは、帰りにバスを使用せず、歩きながら自宅に向かっていた。
 その帰り道で、士郎は、魔力について質問していた。


 「魔力について質問していいか?
  俺が思うには、魔力は質のいいエネルギー体だと思うんだけど。」

 「また、突然ですね……。
  まあ、興味を持ってくれるのはいい事です。
  ところで……。
  シロウは、よくエネルギーと例えますが何故ですか?」

 「理由はないよ。
  訳分からない力を現す表現がないから、エネルギーって言ってるだけ。
  『力』とか『燃料』って言ってもいいけど、
  エネルギーって言った方が……カッコイイ。」

 「それだけですか。」

 「悪いな。
  期待しているほどの回答がなくて。」



  第20話 サーヴァントとアルバイト③



 夜の道は、人通りも少なく聖杯戦争の会話をするのに気兼ねなく出来る。


 「それで、シロウ。
  魔力が質のいいエネルギーというのは?」

 「魔術師って、背中に燃料タンクとか背負って戦わないんだろ?」

 「はい。
  中には居るかもしれませんが……。
  見た事ありませんね。」


 士郎は、話を続ける。


 「魔力ってやっぱり、体内に入れて使うんだろ?
  使っても太ったり体積増えたりしないんだろ?
  燃料持たなくていいんだろ?
  ・
  ・
  便利じゃん?」

 「まあ、そうですが……。
  魔力を生成する度に大きくなられても困りますし。」

 「原理は分からんが凄いよな。
  だって、体一つあれば、エネルギー練り出せるんだから。
  エネルギーなのに場所を取らない。
  これは、質がよくないと。」

 「それは、質じゃなくて特性なのでは?」

 「…………。」

 「そうだな……質じゃない。特性だ。」

 「もう少し詳しく言えば、
  世界や自然に満ちている大源と魔術師の体内で作られる小源です。」

 「ん? じゃあ、魔力って、そこら中にあるの?」

 「風が吹いたり、海がうねたっりしますよね?
  あれらの動きも僅かながら魔力を含みます。」

 「世界の様々な力。
  太陽が輝く力、海がうねる力、風が吹きゆく力、大地が震える力、生命と時間がめぐる力……。
  天のしずく、地のしたたり時のしぶき、生命の露……。
  宇宙を満たす力の源からの極僅かずつ、したたり落ちた純粋なエネルギーの塊。
  ・
  ・
  の事か?」

 「微妙に合っている様で、違っている様な……。
  知っているのですか?」

 「知らない。
  DEW PISMってゲームで言ってた言葉を覚えてる範囲で羅列した。
  似てたから、それに近いものだと思って。」

 「…………。」

 「まあ、そう思ってください。」

 (近いイメージを持っているのなら、
  無理に否定する事もないでしょう。)


 …


 その後もセイバーは、分かる範囲で士郎に説明をする。
 セイバー自身が魔術師ではないため、基本的な事が主になるが、マスターが何も知らないより知っていた方がいいと説明に力が入る。
 二人は、そんな話をしながら衛宮邸に向け歩いて行く。

 そして、二人には、刻一刻と敵は迫っていた。
 後ろから、二人に少女が声を掛ける。


 「こんばんは、お兄ちゃん……。」


 しかし、士郎とセイバーは、話に夢中になって気付いていない。
 先ほど、会話に出ていた強大な魔力の残り香を醸し出す少女に、真剣に説明をするセイバーは、まるで気付いていない。
 士郎も後ろからの声に気付いていない。

 少女と二人の距離が離れていく。
 少女は、無視された今の状態を恥ずかしく思う。
 完全に自分の独り言になってしまっていたからだ。
 少女は、その場を立ち去る。
 そして、『別の機会にする』と拳を握り締めて心に誓った。



[7779] 第21話 帰宅後の閑談①
Name: 熊雑草◆890a69a1 ID:9b88eec9
Date: 2010/08/27 00:18
 == Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==



 20時少し前、士郎とセイバーは、衛宮邸に到着する。
 居間にぬいぐるみを置くと士郎は、夕飯の準備を始め、セイバーは、テーブルの前で背筋を伸ばして正座している。


 「セイバー。
  やる事ないなら、テレビのニュース見ててくれないか?
  聖杯戦争が始まっているなら、それらしい事件が起こっているかもしれない。
  それと、この近所の長物による殺傷事件は、もう知っているから。」

 「分かりました。」


 セイバーは、リモコンを使ってテレビのスイッチを入れ、ニュースのやっているチャンネルを探す。


 (そういえば……。
  アイツ、この家の洗面所の場所とかリモコンの使い方とか、なんで、知ってんだろう?
  ・
  ・
  サーヴァントのスキルかな?)



  第21話 帰宅後の閑談①



 夕飯の支度が済んだ頃、虎が帰宅する。


 「たっだいま~~~っ!
  も~、お腹ぺっこぺこだよ~~~っ!
  夕飯は、何かな~~~っ!?」

 「めざし1本です。」

 「えーーーっ!?」

 「冗談だよ。
  さっ、ハマーンの隣に座ってくれ。」


 藤ねえは、セイバーの隣に移動し座ろうとして固まる。
 数秒後……。


 「ハマーン?
  あれ? ハマーンだったっけ?」

 「そうだよ。
  朝、色々あったから、聞き間違えたんじゃないか?」

 「そっか、そーだね。
  ごめんね、ハマーンちゃん。
  ・
  ・
  なんかニュアンスが違う……。」

 「気のせいだ。」


 士郎は、切って捨てる。


 (有無も言わせず、堂々と嘘を真実と置き換えてしまうとは……。
  シロウ、貴方は、恐ろしい人だ。)


 セイバーは、黙ってやり取りを聞いている。
 と、いうより、食事に目が移っている。
 座る前に藤ねえは、シロウの肩をポンと叩く。


 「士郎。
  もう一つの約束は忘れてないから。」


 藤ねえは、不適な笑みを浮かべる。


 「守ってもいいけど、明日のフォローはせんぞ。」

 「フォ、フォローって、何よ?」

 「俺の調べでは校長先生の小言は、最低でも3日続く。
  今日は、それを見越して差し入れをした。
  もし、この場で藤ねえが約束を守ろうと実力行使に出た瞬間、
  明日以降のフォローは消えると覚悟するんだな。」


 藤ねえは、タラタラと汗を流した後、ガクッと項垂れる。


 「ご飯にしましょうか。」


 藤ねえは、何事もなかったように話を進める。
 そのため、夕飯は、滞りなく始まった。


 …


 「「「いただきます。」」」


 朝同様に三者三様で『いただきます』をする。


 「シロウは、いつも料理をされるのですか?」

 「そうなのよ、ハマーンちゃん。
  しかも、手が込んでるのよ。
  きっと、いいお婿さんになるわ。」


 藤ねえは、胸を張り、セイバーは、士郎を尊敬の念で見つめる。


 「そんなにおかしな事か?
  自分でうまい料理を食べたきゃ、一工夫するだろう。」

 「それが出来ない人も居るのよ。
  わたしが作るとかに玉丼が、なぜかお好み焼きになっちゃうし……。」

 「失敗する人間のほとんどが、
  素人のくせに説明通りに料理を作らず、オリジナリティを出そうとする……。
  その典型が藤ねえだ。
  オリジナリティを出すのは、その料理を極めてからにするべきだ。」

 「だから、わたしは、
  もう諦めて、士郎の料理しか食べないから。」

 「そこで諦めるのは何か違う……。
  でも、新たな犠牲者を出さないためにも、その方がいいのかも。」


 何とも言えない会話に、セイバーは、眉を顰める。


 「ところで、さっき言っていた約束とは?」

 「ああ、今朝、藤ねえが捨て台詞で言ってた
  『帰ったら、ぶっ飛ばす』ってヤツだ。」

 「あれですか……。」

 (本気だったんですね。)


 テーブルの料理は、どんどんと無くなっていく。
 士郎は、セイバーが藤ねえに負けないペースで食事をしているのに気付いた。


 「ハマーンの国では、どんな料理が主食なんだ?
  やっぱり、絢爛豪華なのか?」

 (王様だって言ってたからな。
  こんな庶民のご飯では、満足し切れないんじゃないか?
  しかし、このペースは……。)

 「…………。」

 「あれ? ハマーンちゃん?」


 突然、固まってしまったセイバーに藤ねえは、声を掛ける。


 「一言で言うと……。
  ・
  ・
  雑でした。」


 食卓は、暫し固まる。


 「それは、料理されてない原材料で出て来るイメージ?」


 セイバーは、頷く。


 「そうか……。
  俺で、どこまで力になれるか分からんが、
  食事においては、大いに努力させて貰う。」

 「ありがとうございます。
  貴方が、マスターで良かった。」


 士郎とセイバーの絆は、意外なところで強まった。


 …


 夕飯が終わり、藤ねえとセイバーは、居間で寛いでいる。
 士郎は、洗い物を済まし、デザートの林檎を剥いていた。


 「士郎ーっ。
  このぬいぐるみ何ーっ?」

 「それは、今日、UFOキャッチャーなるもので
  取得した戦利品です。」


 士郎に代わって、セイバーが答える。


 「あ! 虎、発見!
  士郎! これ、ちょーだいっ!」


 士郎は、剥き終わった林檎をテーブルの上の皿に置いて答える。


 「ライオン以外なら、全部持って行っていいぞ。」

 「ありがと、士郎!
  ・
  ・
  なんで、ライオンは、ダメなの?」

 「売約済みだ。」


 士郎は、セイバーを指差す。
 セイバーは、少し照れた様子で俯く。


 「へ~~~。
  ハマーンちゃんは、ライオン好きなんだ。
  わたしと違う動物が好きでよかったよ。」

 (そうだな。
  考えただけで恐ろしい。
  サーヴァントと藤ねえの取っ組み合い……。)

 「まあ、この家は出入りが激しいから、
  そのうち、なくなるだろう。」


 三人は、林檎を一口かじる。


 「あれ? 何か忘れてる?」


 藤ねえは、思い出したように呟く。


 「何かあったか?」


 藤ねえは、セイバーを凝視する。
 セイバーは、思わず身構える。


 「あーーーっ!」

 「今度は、何だ!?」

 「そう! ハマーンちゃん!
  なんで、士郎の家に居るの!?」

 「今更か……。」

 (今頃ですか……大河。)


 士郎は、面倒くさいものを見るように藤ねえを見ると溜息をつく。


 「もう、忘れたのか?
  今朝、話したじゃないか?」

 (シロウ! また、嘘を!?)

 「え!? そうだっけ?
  う~~~ん……。
  ・
  ・
  いいえ、話してないわよ!」

 (流石に気付きますよね。)

 「本当に大丈夫か?
  行く当てもないハマーンを『お姉ちゃんが、面倒みてあげる』って
  言っていたじゃないか?」


 士郎は、セイバーに目で合図する。
 お前も合わせろと……。

 セイバーは、少し戸惑いを見せると、その後、諦めを顔に浮かべ決心する。


 (この流れに乗るしかないようですね……。
  否、乗らざるを得ない流れをシロウが作ってしまった。)

 「今朝は、ありがとうございました。
  当てのない私に親切にして頂いた御恩は忘れません。」


 セイバーは、背筋を伸ばし深々と頭を下げる。


 「えっ? ええっ?」


 藤ねえの思考回路は、ショート寸前だった。
 自分の記憶にない事態で、話が進んでいく。
 しかも、セイバーの面倒を見ると宣言してしまったのは、自分らしい。


 「まさか……。
  あれだけ、ハマーンに期待させといて、
  これから追い出す気か?」


 士郎は、更に畳み掛ける。
 既に、藤ねえに勝ち目はなかった。
 嘘に嘘が書き換えられ、記憶は、真実を捻じ曲げ捏造される。


 「ま、まさか! お姉ちゃんが、そんな薄情な事する訳ないじゃない?
  大丈夫! バッチリ、覚えているわよ!
  ハマーンさん、行き先が決まるまでしっかり面倒見るから、
  ここを我が家と思って滞在してね。」

 (軽いな……。
  藤ねえを落とすなら、脳に莫大な情報を与える事と人数で攻め落とすに限る。
  ただし、この行為は、善意を含む時だけに限られる。
  それ以外は、咆哮の後、暴走だ……。)

 (これは、胸が痛みますね……。
  成り行きとはいえ、完全な騙し討ちです。
  しかし、もう、後には引けない。
  ・
  ・
  英霊の身で、何が悲しくて一般庶民を騙さなければいけないのか……。)


 藤ねえは、ヤケクソで大見得を切り、士郎は、罠に嵌めて唇の端を吊り上げる。
 そして、セイバーは、自己嫌悪に頭を悩ませ、居間は、混沌とした状態になっていた。


 「う~あ~……そうだ!
  お姉ちゃん、そろそろ帰るね。」

 「そうか、悪いな。
  ハマーンの事、心配して来て貰ちゃって。
  明日も来てくれよ。」

 「ま、任せてよ! 約束だからね!」


 藤ねえは、少し混乱して藤村組に帰って行った。


 「シ、シロウ……。
  今のは、凄い罪悪感があったのですが。」

 「あれは、優しさだ。」

 「は?」


 セイバーは、『何が?』という顔をしている。


 「聖杯戦争には、藤ねえを巻き込みたくない。
  かと言って、セイバーを放って置く訳にも行かない。
  聖杯戦争でありながら、いつもと変わらぬ生活をしつつ、
  セイバーと藤ねえが仲良くなれる優しさを込めた嘘だ。」

 「…………。」

 「適当な事言って、誤魔化してませんか?」

 「いいえ、優しさです。」


 セイバーは、溜息をつく。


 「分かりました。
  そういう事にして置きます。」

 「そうそう、気にするな。
  嘘をついたのも騙したのも、全部、俺だ。
  そのせいでセイバーが、自己嫌悪したり罪悪感を感じる事はない。」


 とりあえず、話は、一段落する。
 ここからは、聖杯戦争の話をしなければならない。
 士郎から、会話を始める。


 「さて、今日、過ごしたのが俺の一日の日課だ。
  この日課は崩さない。
  逆に崩したら、違和感が目立つ事になる。」

 「シロウは、今日のような日課を過ごしつつ、
  聖杯戦争も行うという事ですね。」


 士郎は、頷く。


 「貴方が戦いを嫌がっている事と、私が答えを模索している事から、
  聖杯戦争での勝利を急ぐ事は、今はないと思っています。
  本来なら、敵を探し街を巡回し戦いを仕掛けるところです。」

 「やっぱり、人目を気にするなら深夜って事か?」

 「はい。」

 (闇に隠れて戦うのか……。
  ダークヒーローみたいだな……。)

 「しかし、聖杯戦争での情報収集は必要です。
  こればかりは、自分の足で集めなければなりません。」

 「そうだな。
  テレビでは、何かそれらしい事なかったか?」

 「ありました。
  ガス漏れ事故により、人が病院に搬送されていますが、頻度が多過ぎます。
  何処かのマスターが、関わっているとしか思えません。」

 「サーヴァントが人を襲っている……か。」

 「はい。
  この時、考えられるのが、学舎に結界を張ったものと同一人物の可能性。
  他にも同じ事をしようとしているマスターが、もう一人いる可能性です。」

 「どアホウが二人に……。」


 士郎は、頭を悩ます。
 聖杯戦争で、被害者が出始めている事。
 そして、無差別で行動しているようなので、自分も狙われるかもしれない事に。


 「困ったな。
  本来なら、こんな危ない事には、首を突っ込みたくないのに。」

 「?」

 「俺も戦わないとダメかも。」

 「シロウらしくないですね。」

 「俺の勝手な都合なんだけどさ。
  人が楽しいって思う時って、自分以外の人間が必要なんだ。
  同じ興味を持って話をしたり。
  ゲームの勝ち負けを争ったり。
  自分の評価をして貰って優越に浸ったり。
  くだらない話で笑い合ったりな。
  その俺の作り上げて来た関係を聖杯戦争のせいで壊されるのは困るんだよ。」

 「…………。」

 「本当に貴方は、自分中心でしか物事を考えない人ですね……。」

 「まあな。
  でも、命懸けで戦うんだから、知らない人間のために命は懸けらんないよ。」

 (本当にスッパリ言い切りますね。
  国という単位では、一人一人を認識する事は出来ない。
  私は、知らない誰かのために戦い続けたのだろうか?
  そこにシロウのような考えはなかった。
  ……私は、平穏に暮らしている全ての人を守りたかったから。)

 「シロウは、自分の関係のある人が無事なら、
  他の人は、どうでもいいのですか?」


 セイバーは、少しきつい質問を士郎に投げ掛ける。


 「そんな事はないよ。
  誰も傷つかないのが一番だと思う。」

 「しかし、シロウは、自分の築き上げた関係を理由にあげた。」

 「優先順位と自分の限界のせいだよ。
  悪いけど、サーヴァントは強過ぎて、もう、手に負えない。
  しかも、人まで襲い出している。
  無差別だから、対処のしようもない。
  俺が、サーヴァントより強くて、敵の位置を自在に知れるなら、
  対策の立てようがあるんだけどな。」

 (それは、最もな理由だ。
  サーヴァントに人の身で太刀打ち出来るはずもない。)

 「で、そうなると優先順位つけて、身近な人から守りたいわけ。」

 「人の命の価値に優劣などつけるべきではない。」


 セイバーは、厳しい表情で士郎を睨む。


 「ご尤もだ。ごめん。
  だが、俺は、器の小さい人間だから、目に写るものしか守れない。
  そして、今回に至っては守れる自信もない。
  セイバー頼みになると思う。」


 セイバーは、『仕方ないですね』と溜息を吐く。


 「方針を決める。」


 士郎の声に幾分か真剣実が加わる。
 セイバーは、顔をあげる。


 「敵の優先順位をつける。
  第1に、学校に結界を張っているマスター。
  第2に、ガス漏れを装って、人を襲っているマスター。
  他は、人を襲わない限り保留。
  ・
  ・
  と、優先順位をつけても、どうしていいか分からん。
  だけど、なんとかしないと俺のテリトリーが……。」

 (……結局、何だかんだ言って、シロウは戦うのですね。
  優先順位と言っても、縄張りのハッキリしているマスターの優先順位を高くしているだけ。
  へそ曲がりで天邪鬼だ……。)


 セイバーは、少し嬉しそうに微笑む。


 「その方針に従いましょう。」

 (あれ? やけに素直だな?
  こんな優柔不断な答えなのに……。)

 「ありがとう、セイバー。
  ・
  ・
  ところで……。
  一番、重要な事を聞いていなかった。」

 「何でしょうか?」


 方針に漏れでもあったかと、セイバーは、聞き返す。
 しかし、士郎は、予想外の事を口にする。


 「……お前、強いのか?」


 士郎への尊敬の念は一気に切れ、セイバーは、士郎の失礼極まりない一言にピシッと固まる。
 一呼吸置いてセイバーのグーが、士郎に炸裂した。



[7779] 第22話 帰宅後の閑談②
Name: 熊雑草◆890a69a1 ID:9b88eec9
Date: 2010/08/27 00:19
 == Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==



 「歯を喰いしばりなさい! シロウ!」


 セイバーが派手にパンチを炸裂させた後、士郎は思った。


 (もう、殴られた後のこのセリフは、デフォルトだな。
  ・
  ・
  それにしても素晴らしいツッコミの切れ味だな。
  導火線も短くなった気がする。)



  第22話 帰宅後の閑談②



 「最優のサーヴァントを引き当てて、
  私の強さを疑うとは何事ですか!」


 セイバーは、本気で怒っている。


 「仕方ないだろう!
  クラスを聞いただけじゃ、
  どのクラスが有利かなんて分かんないんだから!」

 「ほう。
  では、シロウが、セイバーのクラスが優れていないと思った理由を
  聞かせて貰いたい。」

 (何気に目が据わって怖いよ……セイバーさん。)


 士郎は、状況が悪化しないように急いで説明を開始する。


 「理由は、沢山ある。」

 「山ほどですか。」

 「ええい、イチイチ絡むな!
  まず、武器!
  槍と剣では、槍の方が有利と言われている!
  同じ実力の者が対峙した時、槍に勝つには、3倍の修練がいると何かの本で読んだ!
  この時点でセイバーは、次点。
  ・
  ・
  あと、射程!
  遠距離なら、アーチャー、キャスター。
  中距離なら、ランサー、ライダー。
  近距離なら、セイバー、アサシン。
  例外として、バーサーカー。
  と、考えている。
  聖杯戦争が情報を隠してマスターやサーヴァントを狙う以上、遠距離攻撃出来る方が有利!
  誰にもバレず、攻撃出来るのがベスト!
  だから、マスターは、居場所を隠すし、サーヴァントの真名や能力を隠す!
  ・
  ・
  どうだ……?」


 士郎は、一気に捲くし立てるとセイバーの反応を見る。


 「納得いきませんね。」

 (まだ、怒っているのか!?
  なんか間違った事言ったか?)

 「士郎の言っている事は、呼ばれたクラスのサーヴァントが、
  同じ実力を持っている時にしか成り立たない。」

 (完全否定ではないな。)

 「つまり、セイバーは、並みのサーヴァントより強いと?」

 「その通りです。」

 「…………。」

 「でも……。
  お前、女じゃん?」


 セイバーの額に青筋が浮かぶ。


 「シロウ! シロウは、騎士である私を侮辱する気か!」

 「侮辱も何も、お前は、女で俺より年下だろう!」

 「それは、大きな間違いです。」

 「女装趣味の男なのか!?」

 「違います!
  私は女ですが、男にも負けません!
  過去の英雄ですので、能力も見た目通りという訳ではありません。
  そして、私は、貴方より年上です!」

 「待て待て待て待て!
  整理させてくれ!」


 士郎は、セイバーの言葉を手で遮り、自分の思っていた事とのギャップを整理する。


 「英雄って、そんなに違いがあるのか?
  俺は、宝具っていう切り札にバラつきがあるぐらいにしか考えていなかったぞ?」

 「私も納得がいった。
  シロウは、魔術師ではないから、英雄に関して誤解を持っている。
  シロウは、英雄の強さを筋力や体格だけで判断していませんか?」

 「違うのか?
  内在する魔力を外に開放するのが宝具って思っていたんだけど……。
  つまり、キャスター以外、通常の戦闘では魔力を使わない。」

 「それでは人を襲ってまでして、
  魔力を掻き集める意味はないでしょう。」

 「魔力を掻き集めるほど、生前の力を発揮出来るって……。
  受肉するのに不完全なものに
  魔力をつぎ込んで完璧にしていく事じゃないのか?」

 「違います。
  戦闘においても魔力を消費します。
  肉体の強化や武器に魔力を込める事で、攻撃力は大きく変わります。」

 「そういう意味か……。
  生前の戦闘時と同じ様に魔力をつぎ込ませる。
  ・
  ・
  しかし、聖杯戦争においては魔力の供給は、
  サーヴァント自身ではなく共闘する魔術師の魔力量。
  戦闘で使う魔力を確保して置くために人を襲うマスターが現れる。」


 士郎は、ピシャンと額を叩く。


 「そういう意味なら……体格が小柄なセイバーが、生前、大量の魔力を有していて、
  戦闘時、魔力を攻撃力に変換していたなら……男にだって負けない。
  いや、つぎ込む魔力をコントロール出来るなら負ける方が少ない。」

 「分かって頂けましたか?」

 「ああ。
  そうなると、敵マスターと敵の英雄の情報は重要だな。」

 「はい。
  サーヴァントが優れていてもマスターが未熟では、
  本来の力を発揮出来ません。」

 「途中で魔力が切れれば攻撃力が落ちる。
  だから、未熟なマスターほど、人を襲う。」

 「はい。」

 「ん?
  じゃあ、魔術師でもない俺は、凄まじいハンデじゃないか!?」

 「その件ですが妙なのです。」

 「妙?」

 「能力値に若干の弱体化は感じますが、
  魔力は、普通に送られている様なのです。」

 「なんでさ?」

 「だから、妙なのです。」

 「分からんな。
  俺の方は、普段と大差を感じないし。」

 「私の方は、シロウから魔力が送られている感じがします。」

 「とりあえず、割り切ろう。
  魔術に詳しくない俺が考えても分からん。
  今は、送られる魔力量が十分か不十分かだけ考えよう。」

 「その点で言えば、十分です。
  影響は、能力値の低下のみです。」

 「どれぐらい落ちてんだ?」

 「落ちているのは、騎乗能力やカリスマ性ですね。
  ・
  ・
  カリスマ性が著しく落ちてます。」

 「俺のせいだと言いたげだな。」

 「しかし、セイバーとして必要な能力は、
  落ちていないようです。」

 「比べる事も出来ないから、何がなんだか分からん。」

 「困りましたね。
  能力の比較分析が出来ないのは……。」

 (シロウの分析能力を期待していたのですが……。)

 「仕方ない。」

 「何かいい方法でも?」

 「道場に行こう。
  魔力の攻撃力とかを体で覚える。
  セイバーは、加減して俺の体に叩き込んでくれ。」

 「本気ですか!?」

 「やらなきゃ、確実に死ぬ。
  魔術師なら、相手から出る魔力量で判断出来るけど、俺は無理だ。
  仕方ないから、相手から出る威圧感みたいなものを感じ取って、
  相手の能力値に当たりをつける。」

 「感じ取れないかもしれませんよ。」

 「それでもだ。
  魔力の上乗せによる攻撃力の変化も見ないと。」

 「いい心構えです。
  実戦を知らないシロウに、死を体感して貰う事も重要だ。」

 「な、何、恐ろしい事を言ってんだ?」

 「シロウ、生き残るために不可欠なものを叩き込んであげましょう。
  フフ……。
  今夜は、血が見たいですね。」


 セイバーは、不適な笑みを浮かべて、やる気を見せている。


 (変なスイッチを入れさせちまったみたいだ。
  天地神明の理も使わなきゃならないし……。
  今夜は、死ぬ覚悟で望もう。)


 士郎とセイバーは、衛宮邸にある道場に向けて居間を出た。
 多分、長くは持たないだろうと判断した士郎は、途中、風呂の釜に火を入れた。



[7779] 第23話 帰宅後の閑談③
Name: 熊雑草◆890a69a1 ID:9b88eec9
Date: 2010/08/27 00:19
 == Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==



 深夜の道場に明かりが灯る。
 冷たい空気は、気を引き締めるのに丁度いい感じだった。

 士郎は、天地神明の理を鞘から抜くと、いつも使っている竹刀より重い事を再確認する。


 「用意は、出来ましたか?」


 セイバーの声に反応し、士郎は、セイバーに向かい合うと目を見開く。


 「おま……! それ本物の剣じゃないか!?」


 セイバーの手には、黄金の煌びやかな剣が握られている。


 「シロウも真剣ですので。」

 「お前の剣には、刃がついているだろう!?」

 「安心してください。
  峰打ちします。」

 「その剣は、両刃だ!」



  第23話 帰宅後の閑談③



 セイバーは、自分の剣を見る。


 「では、私は、何を使えば?」


 セイバーの手から、剣が消える。


 「そこに架かっている竹刀を使ってくれ。」


 セイバーは、竹刀を手に取り吟味する。


 「これでは、痛手を与えられない。」

 「お前は、俺を殺す気か?」

 「…………。」

 「では、こちらで我慢しましょう。」


 セイバーは、隣に架けてある木刀を手に取る。


 (あの野郎……。
  ワンランク上の武器を取りやがった。)

 「では、始めましょう。」


 セイバーは、静かに士郎に向けて木刀を構える。
 士郎も気を取り直して天地神明の理を構える。


 (おや? 思ったより隙のない構えをしますね、シロウ。
  さあ、何処からでも掛かって来なさい。)


 しかし、数分経っても、士郎は、一向に攻撃して来ない。
 痺れを切らしたセイバーが口を開く。


 「いつまで、そうしているのです?
  早く攻撃をして来てください。」

 「…………。」

 「シロウ?」

 「お前から、攻撃して来ていいぞ。」

 「そうですか……。
  では、私から……。」


 セイバーは、床を蹴ると木刀を振り下ろす。
 士郎は、それを上手く躱す。

 セイバーは、一瞬、驚いた顔をすると続いて二度三度と斬り掛かる。
 士郎は、それを全て受け流した。


 「信じられない……。
  まさか私の攻撃を全て躱すとは。」

 「まだ、魔力は使っていないな?」

 「はい。」


 セイバーは、少し緊張感を強める。
 目の前に居る少年は、さっきまでの緩い雰囲気をしていない。
 天地神明の理を持って構えた瞬間、何かのスイッチが入ったかのように集中している。


 「シロウ、もう少しやりましょう。」

 「分かった。」


 再び、セイバーから仕掛ける。
 士郎は、また、受け流す。
 セイバーは、攻撃をしながら気付き始める。


 (シロウは、攻撃を全て躱すか受け流している。
  真正面から受け止めるという事をしない。
  また、反撃も来ない……何故?)


 セイバーは、士郎から距離を取る。


 「シロウ、正直驚きました。
  貴方が、ここまで出来るとは。
  しかし、何故、攻撃を一向にしないのですか?」

 「俺も驚いている。
  一体、どんな体幹をしているんだ?」

 「それと攻撃しないのと、どんな関係があるのです。」

 「…………。」

 「一緒に戦う相手だから、いいか。
  手の内、バラしても。
  俺の攻撃は、受けから始まるんだ。」


 士郎は、天地神明の理を下げる。
 それに合わせて、セイバーも木刀を下ろす。


 「受け流して、相手が体制を崩したところから攻撃を仕掛ける。」

 「なるほど。
  それで、先ほどから攻撃を仕掛けなかったのですか。」

 「ああ。
  体制崩すぐらい強く受け流したはずなんだけど、
  直ぐに生きた攻撃が来るから、攻撃に転じられない。」

 「年期が違いますから。
  しかし、それにしても私の剣が、こうも躱され続けるとは……。」

 「そこは、年期が違いますから。」

 「シロウ、からかわないでください。」

 「事実だよ。」

 「貴方は、十数年しか生きていないでしょう。」

 「…………。」


 士郎は、嫌そうな顔をすると諦めて話し始めた。


 「ガキの頃な。
  藤ねえに誘われて、剣道を始めたんだ。」

 「ほう。」

 「でさ、藤ねえが俺にも稽古をつけてくれたんだ。」

 「微笑ましいですね。」

 「…………。」

 「藤ねえは、稽古していると最初は、手を抜いてくれるんだよ。
  俺は、ガキだから、ムキになって力一杯、竹刀を振るうんだ。
  ・
  ・
  でもな。
  藤ねえが、手を抜いているのは……。
  いや、手を抜いていられるのは最初だけなんだ。」

 (何ですか? この言い回しは?)

 「暫くすると野生の虎の本能が開放されるんだ。
  そうするとガキでも容赦なく滅多打ち。」

 「……大河。」


 セイバーは、額を手で覆う。


 「初めての稽古の時、俺は、あばらを粉砕されて見事に病院送りとなった。
  当然だ。
  子供が、大人の筋力に敵う訳がない。」

 「…………。」

 「病院のベッドで思ったんだ。
  このままじゃ、いつか殺される。
  だから、俺は、命懸けで攻撃を受け流す術を身につけた。」

 「大人と子供の違いですか……。
  通りで私の剣を躱す訳だ。
  しかし、年期というのは?」

 「稽古は、今も続けられている。」

 「…………。」

 「と、言っても、俺も体が出来て来たし。
  藤ねえも、あれで女だから、筋力のアップは止まっている。
  もう、死に掛ける事はない。
  ・
  ・
  ただ、藤ねえにより刻み込まれたトラウマは拭えない。
  俺は、未だに土蔵での訓練を止める事が出来ない。」

 「何か貴方の努力は、切ないですね。」

 「あまり話したくないのは事実だ。
  だが、本当の生死が掛かっている以上、恥と知りながらも話す。」

 「しかし、これは嬉しい誤算かもしれませんね。」

 「?」

 「シロウが、一撃でも攻撃を躱せるなら、
  私は、直ぐにシロウのサポートに回れる。
  これは、普通のマスターには望めない事です。」

 「でも、魔力の通った武器なんて、躱せる保証はないぞ。」

 「恐らく……。
  いえ、間違いなくキャスター以外のサーヴァントは、
  マスター相手に魔力を使って攻撃をしないでしょう。」

 「理由は?」

 「サーヴァント自身が達人である事。
  魔力は、節約しなければいけない事。」

 「なるほど、そうだった。」

 「シロウが、躱す事に特化しているのは幸いです。
  続いて、魔力を込めて攻撃してみます。
  今度は、攻撃自体が重くなりますので、
  受け流す事の出来る限界を探りましょう。」

 「いよいよか。
  お手柔らかに頼む。」


 士郎とセイバーは、お互い構え直す。
 セイバーは、自身に魔力を少し送り込む。


 「魔力を少し込めました。
  何か分かりますか?」

 「…………。」

 「ダメだ、分からない。
  考えてみれば、学校の結界すら分からないのに
  微量の魔力なんて分かる訳がないのかも。」

 「剣を合わせてみましょう。行きます。」


 セイバーの振り下ろしに合わせ、天地神明の理を斜めに合わせ自身も半身で躱す。
 士郎の手には、ずっしりと重い手応えが伝わる。
 それと同時に天地神明の理から何かが伝わる気がした。
 天地神明の理から伝わった感覚は、自分の中の何かの線を通ったような気がした。


 「何だ? 今の感覚は?」

 「どうしました?」

 「いや……。
  すまない、続けよう。」


 士郎とセイバーが打ち合って数分。
 さっきの感覚が間違いではない事を確認する。
 天地神明の理は、セイバーの微弱な魔力を間違いなく士郎に伝えている。


 「セイバー。
  もう少し、魔力を強くしてくれないか?」

 「分かりました。」

 (何か癪ですね。
  ただの人間のシロウが、英霊の攻撃を受け切っている。
  ・
  ・
  ここは、少し痛い目を見せるべきですね。)


 セイバーの負けず嫌いという悪い癖が出始める。
 セイバーは、サーヴァントと対峙する位に魔力を一気に込めた。

 セイバーが、床を蹴ると接近するスピードは段違いに上がっていた。
 士郎は、人間のスピードを凌駕する攻撃に必死に天地神明の理を合わせる。
 士郎は、初めて受け流しに失敗して勢いを殺せず吹き飛ばされる。


 「っ……。
  これが魔力を込めるって事か。
  スピードも攻撃の重さも段違いだ。」


 士郎は、次の攻撃に備えて素早く起き上がる。


 (思い出せ。
  土蔵でいつもやっている事だ。
  最強の相手を想定し……。
  自分の限界を肯定する……。
  その中で出来る最善を確実に実行する……。
  想定したイメージとセイバーを重ねるんだ。
  大丈夫だ。
  あの滅茶苦茶なイメージで作った最強の敵より、セイバーは強くない。)


 士郎の雰囲気が更に変わる。
 セイバーは、久しく忘れていた強敵の匂いを感じ取る。


 (何をしたのでしょうか?
  雰囲気も威圧も別人の様に変わった。
  この緊張感には、覚えがある。)


 士郎の変化にセイバーも緊張感を高める。
 木刀を握る手にも力が入る。
 セイバーは、床を蹴ると一気に士郎との間合いを詰めた。


 「な!?」


 セイバーは、驚愕した。
 天地神明の理と木刀が衝突した瞬間、木刀は、優しく柔らかく受け止められた。
 幾多の戦場を駆けたセイバーにも、この感覚は初めてだった。


 (なんて柔らかい剣なのでしょう!?)


 驚いているセイバーに対して、士郎は、距離を取りながら分析していた。


 (予想以上だ。
  俺の中で、今までにない位に上手く捌けたのに。
  手に重い感触が残っている。
  だが、受け流して、この威力……。
  受け止めたら、どうなるんだ!?
  ・
  ・
  サーヴァント相手に受けるは出来ない! しちゃいけない!
  絶対に躱すか受け流すかだ!)


 士郎は、戦いに集中して忘れていた。
 天地神明の理から来る感覚の情報の事を……。


 …


 セイバーは、士郎に躱され続ける自分の不甲斐なさに怒りを覚えていた。


 (私は、シロウがサーヴァントではない事に油断し過ぎていないだろうか?
  私は、まだ、一度も当てていないではないか!)


 セイバーは、当初の目的を忘れ始めていた。
 これは、勝負ではない事。
 魔力を士郎に覚えさせるため、元より油断というものが存在して当たり前である事を……。

 構え直している士郎にセイバーは、連続で木刀を振るった。
 先ほどのがまぐれではない事を証明するように、士郎は、数回受け流した。
 しかし、サーヴァントの連続攻撃など、普通の人間が受け流し続ける事など出来ず……。
 士郎は、セイバーの跳ね上げた攻撃を捌き切れず、天地神明の理ごと万歳の格好になる。


 「しまった!」

 「覚悟!」

 「なにっ!? 覚悟!?
  わーーーっ!
  待て! セイバー!」


 セイバーの目は、完全に殺る気になっている。


 (あの目は知っている……。
  暴走した時の藤ねえにそっくりだ。)


 士郎は、頭の上にある天地神明の理を引き戻し、受け止める姿勢を取る。


 (ああ……。
  これ受け止めたら、ぶっ飛ぶんだろうな……。)


 セイバーが、満を持して木刀を引き絞る。
 そして、魔力を込めた足を踏み込むと床板を豪快に突き破った。


 「へ?」


 士郎の視界から、セイバーが突然姿を消す。
 床を踏み抜いて狙いの反れたセイバーの一撃は、士郎の膝……弁慶の泣き所にクリーンヒットする。

 その時、ミシッと嫌な音が道場に響いた。



[7779] 第24話 帰宅後の閑談④
Name: 熊雑草◆890a69a1 ID:9b88eec9
Date: 2010/08/27 00:20
 == Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==



 「~~~っ!!」


 本当に痛い時は、声も出ない。
 膝を押さえて飛び上がり、悶え苦しむ。
 士郎は、床に片足を突っ込んで、もがいているセイバーを見る。
 セイバーは、悔しそうに口を開く。


 「くっ! 仕留め損なったか!」

 (本当に殺す気か!)



  第24話 帰宅後の閑談④



 痛みが引いて来た士郎は、セイバーに近づく。


 「ここまでだな。」

 「何を言っているのです!
  私は、まだまだ殺れます!」

 「お前……。
  これ模擬戦で勝負事じゃないって、分かっているよな?」


 士郎は、しゃがみ込んでセイバーの目線に合わせ睨みつける。


 「…………。」

 「と、当然です!
  シロウに実戦の厳しさを教えるために
  本気を装っただけですとも!」


 士郎は、ジト目でセイバーを見ている。


 「ほ、ほら!
  安心してください!
  粉砕されたのは、シロウの足ではなく私の木刀です!」


 セイバーは、バリバリとヒビの入った木刀を士郎に見せる。


 「加減って物が出来んのか! お前は!
  木刀にヒビが入るほど、斬りつける奴が居るか!」

 「いや、しかし……。
  それは、シロウが魔力の通った攻撃を
  体験したいと言ったからであって……。」

 「ったく! もういい。
  敵と戦う前に、自分のサーヴァントに殺されたら
  本末転倒もいいところだ。」


 士郎は、立ち上がると道場の出入り口に向かう。


 「ほら、行くぞ。」

 「シ、シロウ。」

 「どうした?」

 「足が抜けません。」

 「…………。」


 士郎は、セイバーを呆れた目で見ている。
 セイバーは、少し照れると言うんじゃなかったと後悔する。


 「何でもありません。
  この程度のものなど、魔力を込めれば……。」

 「床を壊さず抜けよ。」

 「え?」

 「『え?』じゃねー!」

 「では、私は、どうすればいいのです!?」

 「なんでもかんでも一直線でものを進めて、
  力任せで解決しようとしてちゃダメだぞ。」

 「しかし、ゆっくり引き抜いても反り返りが……。」


 士郎は、溜息を吐く。


 「霊体化しろ。」

 「!」


 セイバーは、なるほどという顔をする。
 セイバーが姿を消すとバサッと服だけ残る。
 士郎の後ろでガチャッという音がすると甲冑を着けたセイバーがそこに居た。


 「ほら、服持って風呂場行け。
  服は、洗濯機に入れて汗流して来い。」

 「そうします。」

 「替えの服、どうしようか?」

 「武装を解けばいいのでは?」

 「お前の服って、ちょっと豪華そうで
  一般家庭向けじゃないんだよな。」

 「はあ……。
  身形が良過ぎると?」

 「そんな感じ。
  今日は、男物の服で我慢な。
  明日、藤ねえに頼んでみるよ。」

 「お願いします。
  しかし、生前、王として生きていましたから、
  男物の服でも構いませんよ。」

 「素材がいいんだから、勿体無いじゃないか。」

 「?」

 「セイバーは、間違いなく世間一般的に
  美人と呼ばれる部類に入ると思うぞ。」

 「…………。」

 「そんな事を言われたのは初めてです。」

 「嘆かわしい。
  ・
  ・
  と、足止めしちゃったな。
  服は、居間に置きっぱなしだから、好きなのを選んでくれ。」

 「分かりました。では。」


 セイバーは、士郎を残し道場を後にした。
 士郎は、突き抜けた穴の淵を指で突っつく。


 「さて、この穴、どうしようか?
  ・
  ・
  俺の腕じゃ、無理だな。
  大工を呼ばないと……幾らぐらい掛かるんだ?」


 …


 士郎は、溜息をつくと天地神明の理を持つ。
 道場を後にして、玄関から土蔵に向かう。
 今、体験した事を頭の中で繰り返し、自分の経験としてしっかり蓄積しなければならない。
 土蔵に入ると天地神明の理を正眼に構え、目を閉じ自分との対話を始める。

 先程のセイバーとの戦いが、ありありと浮かぶ。
 魔力を込めて漲る力……。
 向上する身体能力……。
 そして、天地神明の理から伝わる何か……。

 士郎は、ゆっくり目を開ける。


 「忘れていた……あの感覚は、なんなんだろう?」


 セイバーの魔力が、天地神明の理に当たった瞬間、自分の中の線……。
 それも数十本の配線の内の1本に繋がったようだった。


 「集中してみよう。
  今度は、刀を自分の体の一部のように思うんだ。」


 武器の重さに慣れていない事は、大きな欠点になる。
 刀を己の延長として認識出来る事。
 刀の重さを自分の腕の様に認識する事。
 ここまで認識出来るほど、手に馴染んだ時、武器は武器でなくなり自分の一部になる。

 そして、この天地神明の理には、もう少し何かある気がする……。

 士郎は、天地神明の理と対峙し重さを感じ取り、空気の流れから刀身の長さを感じ取る。
 直に柄を握り締める手が、一つになっていく感じがする。


 (この感覚……。
  馴染んで来てる……。
  信じられない……今まで、こんなに早く馴染んだ事はないのに。)


 そして、戦いで感じたあの線の繋がる感覚があらわれる。


 (これだ……この繋がる感覚。
  この感覚を追って行こう。
  繋がる先は……。
  黄金の塊? なんだ? その先は……セイバー?)


 セイバーへ、繋がる途中に何かある。
 その何かが、自分を通りセイバーに魔力を送っているようだった。

 士郎は、集中を解く。
 一体感はなくなり、天地神明の理は、ただの刀に戻ったようだった。


 「初めてセイバーに会った時、魔術回路がどうとか言っていたな。
  これが、そうなのかもしれない。
  だとしたら、天地神明の理ってなんなんだ?」


 士郎は、手の中の天地神明の理を見る。


 「しかし、一体になった時、あの感覚が伝わるんなら
  戦いの時の自分の状態を知る目安になるな。
  今後は、一体になるまでの集中力を高める早さと持続時間を練習しよう。
  それが終わったら、今まで通り最強の敵とのイメージトレーニングだな。」


 士郎は、再び、天地神明の理との対話を始めた。


 …


 風呂からあがり、服を着替えたセイバーは、士郎が、居間に居ない事に気付く。


 (何処に行ったのでしょう?)


 その時、屋敷の結界が危険を知らせる。


 「これは?」


 何の躊躇もなく垂れ流される魔力をセイバーは感じ取る。


 「ここまで堂々と己が存在をさらすとは……。
  しかし、それも納得出来る。
  これほど強大な魔力だ。」


 セイバーは、居間から庭を睨む。
 服も甲冑に換装し、縁側から庭に出る。


 「こんばんは……月の綺麗な夜ね。
  あなたのご主人様は、どこに居るのかしら?」


 庭には、コートを着た雪の様な髪をした少女と屈強な巨漢の従者が佇んでいた。



[7779] 第25話 深夜の戦い①
Name: 熊雑草◆890a69a1 ID:9b88eec9
Date: 2010/08/27 00:20
 == Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==



 セイバーは、二人の訪問者を前に剣を構える。
 しかし、剣は、何かに覆われ透明になっていた。
 暫しの睨み合いの末、セイバーは、先程の答えを返す。


 「何者かと問うのも見当違いでしょう。
  そして、貴方に主の所在を教えるのも見当違いです。」

 「ふ~ん、別にいいわ。
  あなたが、ここに居るならマスターも近くに居るはずだもの。
  近くに居るなら魔力を感知すれば、直ぐに分かるわ。」


 少女は、目を閉じると集中し始める。


 「あれ? どこにも居ないみたい?」



  第25話 深夜の戦い①



 少女は、目の前のサーヴァント以外に魔力を感じない事に苛立ちを見せる。
 少女の一番の目的は、衛宮の名を継ぐ少年の抹殺であったために……。


 「つまんない。
  折角、わたしが、あなたのマスターを殺してあげようと思ったのに。」

 「ふざけた事を。
  貴女に私のマスターは殺させない。
  そして、今夜、命を落とすのは貴女だ。」

 「生意気なサーヴァント……。
  代わりにあなたを殺してあげる。
  守ってくれるサーヴァントが居なくなった時、
  あなたのマスターは、どんな顔をするのかしら?」


 少女は、不敵な笑みを浮かべるとセイバーを指差す。


 「やっちゃえ! バーサーカー!」


 少女の命令で、後ろに控えていた巨体が走り出す。
 手には、岩から削り出したような無骨で重そうな斧剣を持っている。

 バーサーカーは、それを全力でセイバーに叩きつけ、セイバーは、魔力を開放し己が剣で迎え撃つ。
 巨体に恐れる事なく、全力で打ち合った空間に火花が飛び散る。
 セイバーは、力負けする事なく互角に打ち合った。


 「なかなか、やるわね。
  バーサーカー相手に打ち合えるなんて。」

 (これほどの英霊を狂化して、従え、制御下に置くとは……。
  あのマスター……。
  魔術師としての資質は、計り知れない。)


 少女は、余裕の笑みを浮かべて戦いを見ている。
 少女の笑みからも分かるように、戦いは、徐々にセイバーが不利になって来ていた。

 まず、巨体であるバーサーカーのスピードが、並みのサーヴァント以上である事。
 そして、その巨体から繰り出される攻撃の一撃一撃が重く強力で、セイバーの全力の振り抜きと互角に近い威力である事。
 魔力で強化して戦っているにしても、連続で振り抜き続けるのは難しい。

 何より、体格の差が大きい。
 士郎と戦った時には揺れる事の無かった体幹が、バーサーカーの攻撃で揺らされる。
 揺らされた体幹は、攻撃力に如実に影響を及ぼす。

 セイバーは、距離を取ると一呼吸つく。


 「あの巨体で、なんて早い連続攻撃だ。
  この私が受けるのに精一杯だなんて。」

 「当たり前じゃない。
  そいつは、ギリシャ最大の英雄……。
  ヘラクレスって言う化け物なんだから。」


 少女は、自慢気に自分のサーヴァントの真名を明かす。
 セイバーは、自分のサーヴァントの真名を躊躇なく明かした少女の言動に驚く。

 しかし、それも納得のいく事だった。
 ヘラクレスほどの英雄をバーサーカーとして従えているのだから。


 「ヘラクレス……。
  それほどの英雄が、バーサーカーに……。」

 (狂化によって、どの位、強化されたのだ?
  ここで宝具を使用するべきか?
  ・
  ・
  いや、こんな住宅密集地で宝具の使用など……。
  戦法を変えるしかない。)


 セイバーは、左右のフットワークを増やしてバーサーカーに迫る。
 巨体で早く動けても、小回りが利かないのは間違いない。
 セイバーは、バーサーカーの攻撃を掻い潜り、バーサーカーを斬りつける。


 (浅いか……。
  やはり、大地をしっかり蹴らなければ……。)


 セイバーは、作戦自体に間違いはないと、再び、速度とフットワークを活かし接近する。
 そして、セイバーが、バーサーカーの心臓目掛けて剣を突きつける瞬間、バーサーカーが、セイバーの間合いに大きく踏み込んだ。


 「な!?」


 自殺行為に等しい行動にセイバーは驚愕する。
 そして、バーサーカーが前進した分だけ狙いが反れる。
 セイバーの剣は、深々とバーサーカーの腹筋に標的が変わり突き刺さる。
 そこでイリヤは、笑みを浮かべる。

 次の攻撃を仕掛けるため、セイバーは、己が剣を引き抜こうとした時、ガクンと停止する。
 強靭なバーサーカーの腹筋が、侵入した時とは逆に退出を許さないと筋肉で剣を締め上げたのだ。

 そして、その止まる瞬間を見越していた様に強烈な斧剣の横薙ぎがセイバーの甲冑を貫く。
 バーサーカーが斧剣を振り切るとセイバーは、土蔵の方に吹き飛ばされた。


 …


 土蔵での鍛錬を終えた士郎は、外が騒がしいのに気付く。


 「折角、納得のいく成果が得られたのに……。
  セイバーの奴、何を暴れているんだ?」


 士郎は、自宅で飼っている犬の様子でも見るように庭へと足を運ぶ。
 外に出た瞬間、セイバーが、もの凄い勢いで土蔵の壁にぶつかった。


 「!!」

 「な、なんだ!?
  オイ、大丈夫か!?」


 士郎は、セイバーに駆け寄る。
 しかし、それは、大丈夫と呼べる度合いの怪我ではない。
 甲冑を突き破った攻撃は、セイバーの青い服に血の色が混ざり、どす黒い色に変色させている。
 セイバーは、無理を承知で直ぐに立ち上がると剣を構え直す。


 「シロウ! 敵です!」


 士郎は、セイバーを気にしつつも、セイバーの目線に自分の目線も合わせた。


 「そんな所に隠れてたんだ……。
  フフ……お兄ちゃんと会うのは、これで二度目だね。」

 「は? 今日、初めてだぞ?」

 「そうよ。今日、二度目。」


 士郎は、セイバーを見る。
 そして、こそこそと話す。


 「あの子に会った記憶はあるか?
  俺は、覚えていないんだが……。」

 「私もです。
  あれ程の魔力を持っている相手であれば、気付かないはずがない。」


 少女の額に青筋が浮かぶ。


 「やっぱり! ホントに気付いてなかったの!?
  わたし、お兄ちゃん達が帰る時、声掛けたのに!」

 「「え?」」


 士郎とセイバーは、お互い見つめ合う。
 少女は、半ば諦めた感じで目を閉じる。
 そして、一呼吸置いて冷静さを取り戻すとスカートの端を持ち挨拶をする。


 「あらためて名乗るわ。
  わたしの名前は、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。
  アインツベルンと言えば、分かるかしら?
  ・
  ・
  お話は終わり……。
  もう、いいよね? やっ……。」

 「すいません。」


 話の途中で、士郎が手をあげる。


 「何?」

 「アインツベルンっていうから、
  御三家の方っていうのは分かったんだけど……。
  名前が長くて分からなかった。」

 「…………。」

 「シロウ……。」


 少女は、律儀に言い直す。


 「イリヤスフィール・フォン・アインツベルン! 分かった?」

 「ああ、イーリヤ・スフィールフォン・アインツベルン、な。」

 「ちがーう!」

 「え?」

 「イリヤスフィールで切って、フォンで切って、アインツベルン!」

 「なるほど、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。」

 「そう! もう、いいよね!?」

 「あの~……。」

 「今度は、何!?」

 「どれが苗字で、どれが名前になるんだ?
  普通、ガロード・ランみたいに二分割じゃないの?」

 「名前で呼んで! イリヤスフィール!」

 「……イリヤスフィール。
  長いな。
  間を取って、『ヤス』という愛称で呼ぼう。」

 「そんな男の子みないな名前で呼ばないでよ!
  長いんなら『イリヤ』って呼んで!」

 (流石、シロウ……。
  一瞬で、この場を緊張感のない空間に変えてしまうとは。)


 イリヤは、ハアハアと肩で息をし、セイバーは、出血しながら呆れている。
 聖杯戦争を理解していない士郎は、更に場を悪化させる。


 「で、イリヤは、なんで、ここに来たんだ?」

 「聖杯戦争なんだから、当たり前でしょ!」

 「見逃してくれないかな?」

 「ダメ!
  セイバー共々、やっつけちゃうんだから!」


 士郎は、セイバーに向き直る。


 「やっぱり、初めて会ったのにクラスがバレてるぞ。」

 「いや……それは、私が既に戦ったからで……。
  ・
  ・
  ん? やっぱり?」

 「まあ、クラス隠すのは、あんまり意味ないと思ってたけどな。」

 「は?
  しかし、シロウは、今までヒタ隠しにして来たではありませんか?」

 「よく考えてみろよ。
  それって、出会う前までが重要なんだよ。
  いざ、直接対峙すれば、自分のサーヴァントを除けば残り6体。
  内、キャスター、アサシンは、格好で見当がつくだろ?
  キャスターなら、ローブっぽいの着て。
  アサシンなら、黒装束っぽいの。 これで残り4体。
  バーサーカーは狂っているから、多分、丸分かり。 これで残り3体。
  ライダー、ランサー、アーチャー、セイバーぐらいが分からない。
  でも、残り2体は、3騎士と呼ばれるぐらいだから、実力に大差はないと思う。
  ライダーなら、3騎士と思って戦えば、実力に差が出て来るはずだ。
  戦い方や武器の使用で分かるはずだしな。」

 「で、では! まるで隠す意味はないではないですか!?」

 「そんな事はない。」


 士郎の言葉にセイバーのみならず、敵のイリヤも聞き耳を立てる。


 「なぜなら、俺は、セイバーに『ハマーン』という
  名前をつける事に成功した!」


 士郎は、拳を握り締める。
 セイバーは、開いた口が塞がらない。
 イリヤは、思わず、こける。

 そして、セイバーのグーが、士郎の顔面に炸裂する。


 「くはっ!」


 セイバーは、殴ったショックで傷口が開き出血する。


 「何やってんだよ。
  傷口開いてんじゃんか?」

 「シロウのせいです!」


 緊張感のない緩み切った戦場で、イリヤが叫ぶ。


 「も~~~っ! いい加減にしてよ!
  バーサーカー! やっちゃって!」


 ヤケクソの命令が、バーサーカーに下り、巨体がイリヤを飛び越え、士郎とセイバーの前に降り立つ。
 士郎とセイバーは、左右に飛んで躱す。


 「なんて、でかくて素早いんだ!?」

 「シロウ! そいつは、ヘラクレスです!」

 「ヘラクレス!?
  ・
  ・
  誰だ!?
  ・
  ・
  分かった!
  踵の腱が、弱点の奴だ!」

 「それは、アキレスです!」

 (くっ! シロウに英雄の話を持ち出してもダメか!
  これでは、対策も練れない!)


 セイバーは、甲冑を貫いて広がる傷口に目をやり、奥歯を噛み締める。
 無理して躱した事で更に開いた傷口では、表面を覆うにしても時間が掛かると判断する。
 マスターである士郎を守らねばとセイバーは、この危機の打開策を導こうと思案し続ける。

 一方、士郎とセイバーが左右に分かれた事で、バーサーカーは戸惑いを見せる。
 その様子を見て、イリヤが命令を出す。


 「セイバーは、放って置きなさい。
  あの傷なら、いつでも始末出来るわ。」

 (おいおいおいおいおいおい。
  あのチビッ子、何言ってやがる。
  セイバーが手傷を負わされる相手に、人間の俺が相手しろってか!?
  ・
  ・
  まあ、あの状態の女の子を戦わせる程、俺も鬼じゃない。
  碇ゲンドウじゃ、あるまいし……。
  ・
  ・
  とりあえず、逃げるか。
  セイバーは……逃げれないな。
  ・
  ・
  俺が逃げた後に霊体化するのは?
  ・
  ・
  ダメだ。
  セイバーを無視して追って来たら、確実に殺される。
  ・
  ・
  あ。
  イリヤ残してったら、セイバーがイリヤを仕留める筈だ!
  ・
  ・
  でも、あの子小さいから、手乗りインコみたいにバーサーカーに乗って来そうだな。)


 イリヤの命令は続く。


 「バーサーカー、手加減するのよ。
  簡単に殺しちゃダメだからね。
  でも、動けなくするのに手足の一本くらい潰してもいいから。」

 (怖ぇ~……。
  怖ぇ~よ! あのチビッ子!
  ・
  ・
  と、逃走論は、ここまでだな。
  無理だ。逃げられない。
  なんとか打開策を考えないと……本当に死んじまう!)


 士郎は、イリヤを見る。
 明らかに油断している。


 (さっきの状態から見て、バーサーカーは、自分の意思が薄い。
  必ず命令がいる。
  命令を下しているのは、イリヤ。
  そして、命令を出すイリヤは、油断し切っている。
  当然だ。サーヴァントに守られていないマスターなんて……。
  なら、この油断に漬け込むしかない!)


 士郎は、セイバーを見る。
 セイバーは、剣を杖に立ち上がろうとしている。


 (もう、立ち上がれるのか?
  だとしたら、回復には、時間が掛からないのかもしれない。
  サーヴァントのこういった情報は聞いて置くんだった。
  ・
  ・
  さて、何時、回復出来るか分からないセイバーは置いとく。
  ・
  ・
  この状態なら、後藤君と話し合った『悪役が主人公をやっつける』話が、
  実行出来るかもしれない。)


 士郎は、イリヤとバーサーカーの位置を確認する。
 イリヤは、遥か後方。
 そして、自分とセイバーの直ぐ近くにバーサーカー。


 (実行するには位置取りが悪いな。
  あと、イリヤをイラつかせないと。
  ・
  ・

  戦術の確認:
  ●これは、正義の主人公がヒロインを守っている事が条件。
   そして、ヒロインの死=正義の主人公の負けが条件。

   正義の主人公=バーサーカー、ヒロイン=イリヤが適用され、
   聖杯戦争では、マスターの死=主人公の負けになるので条件クリア。
   
  ●何で追い詰められた主人公が、悪役をやっつける事が出来るのか?
   それは、ヒロインのピンチに特別な力が働くから。
   3×3の主のピンチに無限の力を発揮する无などが良い例。
   聖杯戦争では、令呪の発動。

  ●それが分かっていて何故負ける?
   悪役が主人公と真っ向勝負をするから。
   また、急激な主人公のパワーアップで、ヒロインを狙っても主人公が立ち塞がるから。

  ●では、どうすれば悪役は勝てる?
   主人公がパワーアップしても意味のない状態でヒロインを狙う。
   主人公には勝てないから無視すればいい。
   尚且つ、パワーアップの条件を発動させなければ勝率アップ。

  →後藤君と話し合った結論『主人公が、ジャンプ攻撃している時にヒロインを狙え』。
   空中の自由落下中にパワーアップしても、地面に着くまで何も出来ない。
   河田とリバウンド取り合っている桜木花道でもない限り、そんな事は、まず無理。

  →油断しているイリヤは、まず、令呪を発動しないだろう『パワーアップはないと考える』。
   さっき、イリヤを飛び越えてジャンプした距離と滞空時間から、2秒ちょっとの猶予。
   さらに高くジャンプしてくれれば滞空時間が増える。
   つまり、バーサーカーがジャンプして、地面に着く前にイリヤを仕留めれば勝てる。

  ・
  ・
  クリアする条件多いな……。
  しかし、この絶望的な状況で、鼠が猫に噛み付くには覚悟がいる。
  無策で突っ走って、覚悟なんて出来る訳がない。
  なら、間違った予想でもいいから、そこに全力を注ぎ込む方が可能性はあるし迷いもない。
  ・
  ・
  まず、距離の確保と俺の走行速度を知られない事だな。
  走るスピードは、70%程度に抑える。
  切り札を出すための下準備を整えなければ。
  ・
  ・
  そして、イリヤをイラつかせて、ジャンプ攻撃で止めを刺させる。
  ・
  ・
  イラついたぐらいで、止めをジャンプ攻撃って安易過ぎないか?
  距離を取って確実に止めを刺せる時、
  一気にやれっていう方がジャンプ攻撃するんじゃないか?)


 数秒の思考が終了すると士郎は、天地神明の理を構える。
 集中し出した士郎に応えて、天地神明の理が配線接続のシグナルを返す。


 (よし。)


 セイバーは、道場で対峙したように士郎の雰囲気が変わるのを感じ取る。


 (まさか!? 戦う気ですか!?)

 「シロウ、いけない! 逃げてください!」


 セイバーの声に、イリヤは、嬉しそうに笑みを浮かべる。


 「フフ……ダメよ。
  そんな事、言ったって。
  ・
  ・
  あなたは、そこで自分の主も守れず見て置きなさい。
  そして、ゆっくりバーサーカーで壊してあげるから。」


 バーサーカーが駆け出すと士郎は、直ぐ様、逃走を開始する。
 しかし、走行スピードを落としているので、直ぐにバーサーカーに追いつかれる。


 (ダメだ! シロウの足では、バーサーカーに遠く及ばない。)


 セイバーは、相対速度を見て判断する。
 そのため、士郎が、自分で速度を落としているのに気付かなかった。

 士郎に追いついたバーサーカーは、斧剣で薙ぎ払う。


 (くそっ! なんつー馬鹿力してんだよ!)


 士郎は、ごろごろと派手に吹っ飛ばされながら、途中で立ち上がる。


 「へ~。
  今ので、死なないんだ。
  当然か……手加減してるんだもん。」

 (そうだった。
  まだ、手加減してんだったな。
  手加減して吹っ飛ばすか……。)


 再び、バーサーカーが士郎に迫り、薙ぎ払う。
 イリヤは、嬉しそうに笑いながら、士郎の吹き飛ばされた様子を見ている。


 (くそ!
  いたぶるつもりだから、距離取ってもジャンプしないで歩いて接近して来やがる!
  これじゃあ、隙を突いてイリヤに近づけない!
  ・
  ・
  やっぱり、イラつかせて、俺の獲物としての評価を上げさせるしかない!)


 士郎は、イリヤをイラつかせるため、バーサーカーの攻撃を更に受ける。
 イリヤは、吹き飛ばされる士郎を満足そうに見ている。


 (俺が、なんとか受けれるって事は、確実に手加減が入ってる。
  手加減しているのは確認出来た。
  ・
  ・
  新たな問題は、狂化によって、どれだけ理性を奪っているかだ。
  攻撃される方向にイリヤが居ないという事は、
  意識して薙ぎ払う位置を計算していると考えるべきだろう。
  しかし、さっきは、俺とセイバーのどちらかを狙うか迷った。
  ・
  ・
  ダメだ……判断出来ない。
  最後の決断は、勘になるかもしれない。)


 士郎は、痺れる手と体中に走る痛みを確認する。


 (こんなの何回も受け切れない……。
  もっと工夫しないと。
  薙ぎ払われる方向に飛んで威力を減らすんだ。)


 バーサーカーの接近に備えつつ、手の痺れが取れるのを待つ。
 そして、士郎は、吹き飛ばされる。
 今度は、慣性を利用して衝撃を減らすように薙ぎ払われる瞬間にステップを踏む。


 (さっきより、十分マシだ。
  兎に角、今は我慢だ。)


 その後、士郎は、数回吹き飛ばされる。
 それでも、尚、立ち上がる士郎にイリヤの表情が硬くなる。
 そして、イリヤは、士郎を指差す。


 「右肩……。
  背中の左側……。
  腰の左側……。」


 イリヤの呟きに、士郎は、演技がバレたかと緊張する。


 「なんか、つまんない……。
  少ししか血が出てないわ。
  わたし、お兄ちゃんの血を流す姿が見たいな。」


 イリヤは、なかなか進展しない戦闘に確実にイラつき始めていた。
 そして、更なる残酷なショーを想像し悪魔の笑みを溢すとバーサーカーに新たな命令を下す。


 「バーサーカー!
  少し本気を出していいわよ!」


 バーサーカーは、ジャンプして士郎を斧剣で叩き潰そうと地を蹴った。


 (来た!)


 士郎は、イリヤとの距離を確認する。
 士郎とイリヤの距離が遠過ぎる。
 これでは、バーサーカーの滞空時間を確保出来ても、イリヤに向かって走っている間に追いつかれる。


 (この距離じゃ、ダメだ。
  でも、あの威力で土煙があがれば……。)


 士郎は、バーサーカーの振り下ろしをギリギリで躱す。


 (藤ねえの容赦ない稽古に感謝だな。
  さて……。
  イリヤに望みのものを与えて油断させる!)


 土煙が舞い上がる中、士郎は、左腕を天地神明の理の切先で刺し貫く、その出血を右の脹脛のジーンズにべったりと染み込ませていく。
 続いてバーサーカーによって砕かれた尖った石の破片にも血を擦り付ける。


 (っ! いってー!
  刃がないから、刺すしかないし!
  加減が分かんないから貫き過ぎた。
  ……でも、こんなもんだよな。)


 士郎は、土煙が晴れそうになると盛大にごろごろと吹き飛ばされたフリをして、バーサーカーとイリヤとの距離と位置を調節する。
 そして、負傷した左手をイリヤから見えない角度に置き天地神明の理を握る。
 更に血のついたジーンズの右の脹脛を見せるようにして、右手で尖った石が刺さっているように見せつける。


 「ぐあっ!……あああぁぁぁ!」


 右手で石を掴みながら大声をあげて苦しみもがくフリをする。
 セイバーは、士郎の足に刺さる石を見て声をあげる。


 「シロウ!
  シロウ、大丈夫ですか!?」


 セイバーの叫び声と士郎の苦しむ姿を見て、イリヤは、満足そうに唇の端を吊り上げる。


 「あ~あ。
  足、怪我しちゃったね。
  それじゃあ、もう動けないよ?」


 士郎は、刺さってもいない石を強引に引き抜くフリをする。
 そして、引き抜いた石を投げ捨てる。


 「頑張るね、お兄ちゃん。
  そういうのが見たかったんだ。」


 イリヤは、後ろに手を組んで上機嫌で士郎の苦しむ姿を見ている。
 イリヤに向かって、セイバーが叫ぶ。


 「もう、止めてください!
  シロウは……シロウは、関係ないのです!
  私が巻き込んだのだ!
  私を好きにすればいい!
  だから、シロウは……。」

 「ダメよ。
  これは、復讐なんだから。
  ・
  ・
  バーサーカー! お兄ちゃんを叩き潰しなさい!」


 士郎は、『叩き潰す』というキーワードを聞いた瞬間、作戦が成功したと確信する。


 (いいタイミングだ!
  距離、油断、状況、全てが揃った!
  ・
  ・
  さあ、バーサーカー!
  一気に飛んで来い!)


 士郎は、覚悟を決めて大一番の勝負に唾を飲み込む。


 「■■■■ーーーっ!」


 巨人が咆哮し、前屈みになり大地を離れる瞬間、士郎は、一気に駆け出した。
 走るスピードは、さっきより早い。
 高く舞い上がったバーサーカーの着地より先にイリヤへと確実に辿り着ける速度だった。


 「「え?」」


 怪我をしているはずの士郎が、先程よりも早いスピードで一気にイリヤに迫る。
 イリヤは、混乱している。


 (相手が、バーサーカーで良かった。
  理性を奪われてなければ、マスターであるイリヤに芝居の状況報告が行ったからな。
  そして、気を付けなければいけないのは、投擲。
  イリヤと攻撃方向が一致するようにして、バーサーカーが投擲出来ないようにする。
  理性を奪われたバーサーカーには、
  マスターを攻撃出来ないような命令が、しっかり刷り込まれているはずだ。)


 士郎の上空をバーサーカーが通過する。
 士郎は、全力で走りながら、月に照らされて出来るバーサーカーの影を確認する。


 (予想通りだ!)


 しかし、途中で影は、反転すると斧剣を投げた。


 「何!?」


 斧剣は、士郎でもなくイリヤでもない反れたところに飛んでいく。
 そして、影は、空中で速度を緩めた。


 「信じられねえ!
  空中でブレーキ掛けやがった!」


 所詮は、素人の一般人の妄想だった。
 開いたと思った差が相殺される。
 自由落下から開放されたバーサーカーが、着地して走り出す。
 最後の最後で、士郎とバーサーカーの追いかけっこの一騎打ちになる。


 (間に合わない!)


 バーサーカーの手が届く瞬間、バーサーカーがガクンと速度を落とす。


 「シロウ! 走りなさい!」


 セイバーが、剣を投げた姿勢で檄を飛ばす。
 セイバーの投げた剣が地面に突き刺さり、バーサーカーの足を一時的に拘束したのだ。

 そして、全力で駆け抜けた士郎の方が僅かに早くイリヤに辿り着く。
 士郎は、スライディングの要領で足払いを掛けるとイリヤは転倒する。
 そして、そのまま背後に回り、天地神明の理をイリヤの首にピッタリと押し付ける。

 その状況をはっきりバーサーカーに見せつけるとバーサーカーは停止した。



[7779] 第26話 深夜の戦い②
Name: 熊雑草◆890a69a1 ID:9b88eec9
Date: 2010/08/27 00:21
 == Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==



 首に伝わる金属の冷たい感触にイリヤは息を飲む。
 天地神明の理は、刃がないのだが、イリヤは知らない。
 そして、イリヤに天地神明の理を突きつけている士郎の腕にも、イリヤの震えが伝わって来る。


 (これって……完璧に悪役の犯罪者がやる事じゃないか?
  幼い女の子に刃物を突きつけるなんて……。)


 勝利が確定した状況により、セイバーは、傷を庇って士郎とイリヤに近づく。
 途中、突き刺さる剣を引き抜き、息を切らしている主の元に辿り着く。


 「……た、助かったよ、最後。
  死なずに済んだ。
  ありがとう。」

 「礼には及びません。」

 「いや、本当に……。」

 「分かりました。」

 「もう、死んだらどうしようかと……。」

 「ええ、よかったです。」

 「走馬灯が駆け巡ったよ。」

 「…………。」

 「いや、もう本当に……。」

 「分かったと言ってるでしょう!」

 (わたし、ここで魔術使えば逃げれるんじゃないかしら?)



  第26話 深夜の戦い②



 セイバーのグーが、士郎の後頭部に炸裂する。
 しかし、今は、いつもと違う。
 士郎の後頭部の衝撃は、前方に向かいイリヤの後頭部に頭突きという形で伝わる。
 更に押し出されたイリヤの頭が前に傾き、天地神明の理を押しつける。


 「キャーーーッ!」

 「うわ!」

 「ちょっと!
  殺すにしても、死に方ぐらい選ばせなさいよ!」

 「す、すいません!」


 何故か、立場が逆転する犯人と人質。
 イリヤは、首が落ちたのではないかとドキドキし、士郎達は、天地神明の理に刃がないのがバレたかとドキドキする。

 コホンと咳払いをしてセイバーは、士郎とイリヤに視線を移す。
 再び、天地神明の理を突きつけられ、イリヤは震えている。


 「シロウ、先ほどは見事です。
  些か分からない点もありますが、先にやるべき事があります。
  ・
  ・
  このマスター……イリヤスフィールを殺しましょう。」


 士郎の腕の中で、イリヤがビクンと跳ねる。


 (凄いな……サーヴァントって。
  この空気でも話を進めるんだ……。)

 「そうだな、殺すか。
  ・
  ・
 (なんて、出来るか……。
  とりあえず、それっぽい事言おう。
  真似しか出来ないけど……。)
  ・
  ・
  だが、その前に聞きたい事がある。
  セイバーは、バーサーカーの動きに警戒しつつ回復してくれ。
  回復まで、どれ位掛かるんだ?」

 「表面は、覆いました。
  完全な回復には、数日、掛かると思います。」

 「分かった。
  じゃあ、頼む。」

 「はい。」

 (やっぱり、直ぐに修復って訳にはいかないのか。
  でも、霊体化と受肉の関係って、どうなってんだろう?
  あんな一瞬で出たり消えたりしてんのに、回復に時間が掛かるなんて……。
  ・
  ・
  あ、でも、一瞬で回復してたら、聖杯戦争終わんないよ。
  サーヴァントの勝ち負けがなくなっちまう。
  その辺も考慮してシステムを作ったのかな?)


 セイバーは、士郎とイリヤから離れ、バーサーカーの前で剣を構える。
 士郎は、イリヤに話し掛ける。
 出来るだけ冷徹な声を意識して……。
 尤も知識は、アニメの声優さんのもの真似でしかない。


 「さて、状況が逆転したな。
  さっきは、よくも好き勝手してくれたもんだ。
  人を叩き潰せだの、血が見たいだの。」

 「…………。」

 「なんとか言えよ。」


 士郎は、更に強く天地神明の理を突きつける。
 観念したイリヤが震えながら口を開く。


 「ふ…復讐だったの。」

 「復讐?」

 (なんだろう? 会った事もないのに?
  ・
  ・
  それにしても、気が引けるな……この状況。)

 「え…衛宮…切嗣を……取ったから。」

 (ん? 親父?)

 「どういう事だ?」

 「衛宮切嗣は……わたしの……父親だから。」


 その言葉に士郎は吃驚したが、士郎よりセイバーの方が驚いているようだった。


 「親父を取ったと言っても、
  俺は、切嗣とほとんど会話していないぞ。」

 「嘘よ! 
  お爺様は、そんな事、言わなかったわ!」

 「お前の爺さんが嘘言ってんだよ。
  実際、切嗣は、俺を養子にした後、数年でこの世を去った。
  その間も日本に居るより、海外に居る方が長かった。」

 「信じられない!」

 (そう言われてもなぁ……。
  ・
  ・
  親父も、子供いるなら言っとけよ!)

 「わたしは、何も残して貰っていないのに……。
  お兄ちゃんは、魔術を伝授されて!
  楽しく暮らしてたくせに!」

 (魔術の伝授?
  ああ、俺が断ったヤツだ……。
  『魔法を覚えるには、命を懸けなきゃいけない』って言われて、
  命懸けるならイヤだって断ったんだ。
  親父は笑って『それがいい』って言ってたんだよな。)

 「証拠を見せてやろうか?
  俺の手を取って、魔力の流れを感じてみな。
  少しでも怪しい素振りをしたら、命はないと思え。」


 イリヤは、震える手で士郎の手を握る。


 「…………。」

 「何これ? なんで?」


 セイバーが、イリヤに声を掛ける。


 「イリヤスフィール。
  士郎は、魔術師ではありません。」

 「嘘? でも……。」

 「貴女は、ここに来た時、士郎を探せませんでした。
  それは、士郎に魔力を流した経験がないからです。」


 イリヤから、怒りが消え、震えが消える。


 (騙されて……いた?)


 イリヤは、思い出していた。
 アインツベルンの使命を果たすために努力して来た事。
 そして、そのアインツベルンに吹き込まれた父親の事。
 その養子に復讐するためバーサーカーを呼び出し、命懸けの戦いすら乗り越えた事。
 事実は違っていた。
 対象の少年は、魔術師ですらなく何も受け継いでいなかった。

 何かを諦めた様な雰囲気が漂う。
 数分後、イリヤは呟いた。


 「フフ……馬鹿みたい。
  みんな……嘘つき……。」


 イリヤの目から涙が零れ、士郎の腕に伝ってくる。


 「ごめんね、お兄ちゃん……。
  殺していいわ……。」

 (逆恨みだったのかな?
  でも、なんかイリヤに嘘の情報を信じ込ませたって感じだよな。
  今なら、なんとかならないかな?
  ・
  ・
  正直、人なんて殺せない。
  だって、そいつの人生をそこで切ってしまう事になる。
  考えただけで怖い。
  何より、こういう極端な考えに走るのって良くないよな。)

 「要するにお前の生殺与奪の権利を
  俺に任せるって訳だな?」

 「ええ……。」

 (お! いい事、思い付いた!
  今、イリヤは、投げやりモードだから、
  俺の言う通りになるんじゃないか?)

 「じゃあ、殺す前になんでも話して貰うぞ?」

 「ええ……。」

 「言う事もなんでも聞いて貰うぞ?」

 「ええ……。」

 「約束したからな!」

 「ええ……。
  アインツベルンの名にかけて誓うわ……。」


 士郎は、天地神明の理をイリヤから離して地面に置く。
 そして、イリヤの腰を持って立たして振り向かせる。
 イリヤは、生気の無い目で士郎を見つめている。
 そんなイリヤを士郎は抱きしめる。


 「ごめんな、怖い思いさせて。
  本当は、女の子に刃物なんて突きつけたくなかったんだけど。
  聖杯戦争は殺し合いだから、約束を取り付けないと話も出来なかったんだ。」

 「お兄ちゃん……?」

 「約束しよう。
  もう、俺と戦わないって。」

 「え?」

 「俺もイリヤも被害者だからな。」

 「被害者?」

 「そうだ。
  一番悪いのは……。」

 「悪いのは?」

 「親父だ!」

 「へ?」

 (悪い親父!
  死人に口無しって事で悪者になってくれ!)

 「俺は、親父にほっぽかれて日本に残った。
  イリヤも、親父にほっぽかれて自分の国に残った。」

 「うん。」

 「つまり! 一番悪いのは、お・や・じ・切嗣!」


 イリヤは、キョトンとしている。


 「仲直りの握手。」


 士郎は、イリヤの手を取り、強引に握手する。


 「じゃあ、あらためて約束しよう。
  もう、俺と戦わないって。」

 「うん、約束。」


 イリヤは、少し微笑む。
 突然の展開に涙は止まってしまっていた。


 (約束は、取り付けた!)

 「じゃあ、母屋に行くか。」


 士郎は、イリヤの手を引いて歩き出す。
 しかし、納得のいかない者が一人。


 「シロウ!」

 「お? セイバー。
  もう、いいぞ。行くぞ。」

 「待ちなさい、シロウ。
  貴方のいい加減差には慣れて来たつもりですが、どういう事です!?
  貴方は、つい数分前、バーサーカーに殺され掛けたのですよ!?」

 「そうだったな。
  でも、もういいじゃん? 約束も取り付けたし。」


 もういいじゃん……
   もういいじゃん……
     もういいじゃん……


 セイバーの頭の中で士郎の言葉が反響する。


 「そんな口約束を信じるのですか!」

 「アインツベルンの名に誓ったから大丈夫だよ。」

 「シロウは、甘いです!」

 「じゃあ、お前は、セイバーの名に誓った約束を
  簡単に反故に出来るんだな?」

 「そんな事はしません!」

 「同じだよ。」

 「?」

 「誇りある者は、約束を裏切らない。
  セイバーの誇りが気高いのも知っているし、
  アインツベルンが積み重ねた歴史の気高さも知っている。
  どちらも又聞きだけど信じるよ。」

 「…………。」

 「そんな事を言っては、私は、何も言えないではないですか。」


 セイバーは、諦めて剣を下ろし溜息をつく。
 イリヤが、手を強く握る。


 「お兄ちゃん……ありがとう。」


 士郎とイリヤの姿を見て、セイバーは、少し微笑ましいと思う。
 セイバーは、自分さえ気を付ければと少し後ろから、士郎とイリヤの後に続く。


 (おかしな動きをすれば容赦なく斬ります。
  しかし……。
  今は、この後姿を信じましょう。)


 セイバーの口元も少し緩む。
 しかし、その和やかになりつつある雰囲気をぶち壊す一声。


 「いや~、だって! なんでも言う事聞くって約束だもんな!
  もう、誇りに誓って守ってくれ!」

 「「え?」」


 セイバーとイリヤが同時に声をあげる。


 「シロウ、貴方は……。
  まさか気落ちしているイリヤスフィールに漬け込んで……。」

 「そ! 約束を取り付けた!」

 「も~~~っ!
  途中まで、いい話だったのに!」


 セイバーとイリヤの気持ちが重なり合う。
 セイバーは、士郎の顔面にグーを炸裂させ、イリヤは、足を思いっきり踏みつける。

 母屋に向かう三人の後を歩くバーサーカーは、その光景を見て微笑んでいるようだった。



[7779] 第27話 アインツベルンとの協定①
Name: 熊雑草◆890a69a1 ID:9b88eec9
Date: 2010/08/27 00:21
 == Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==



 母屋に帰る途中、士郎は鞘を忘れて来た事に気付く。


 「あ、鞘を忘れた。」


 そこに後ろからスッと鞘が出て来る。


 「ありがとう。」


 士郎は、当たり前の様に天地神明の理を鞘に納める。
 三人は、驚愕する。
 鞘を渡してくれたのは、バーサーカーだった。



  第27話 アインツベルンとの協定①



 「イリヤスフィール。
  彼は、狂化されて理性がないのでは?」

 「そのはず……なんだけど。」

 「バーサーカーの感謝の気持ちだろ。きっと。
  主を殺さないで、ありがとうって。」

 「シロウは、意外とメルヘンチックな事を言いますね。」

 「そうか?
  でも、そういうような理由じゃないの?」


 セイバーは、少し悩んでいる。
 その横でイリヤは、少し嬉しそうにバーサーカーに微笑んだ。


 「玄関からは、入れないから縁側から上がろう。
  セイバーとイリヤは、先に入っていてくれ。
  あと、ストーブに火入れてな。
  バーサーカーは、縁側に座らせといてくれ。」


 士郎は、そそくさと上がると風呂場に向かう。
 セイバーは、きちんと火を落としてくれていたため、風呂の釜にもう一度、火を入れる。
 そして、温くなったお湯をバケツに汲み、雑巾を持って居間に戻って来た。


 「イリヤ、バーサーカーの足を上げさせてくれ。」

 「いいよ。
  バーサーカー、足を上げて。」


 バーサーカーの足が上がると士郎は、雑巾で拭き始める。


 「シロウ、何をしているのです?」

 「うん? 家上がるのに泥ついてたらダメだろ。」

 (シロウ、まるで貴方が敗者のようです。)

 「よし、綺麗になった。
  さ、入ってくれ。」


 バーサーカーが中に入り、居間は狭く感じた。
 ちなみに……。

   バ
  ■■■イ
  し セ

 という位置で座っている。


 「さて、これでゆっくり話が出来るな。
  あれ? なんか忘れてないか?」

 「シロウ、忘れています。」

 「なんだっけ?」

 「あなた自身の怪我です。」

 「そうだ!」


 士郎は、救急箱を取りに再び居間を出た。
 居間は、沈黙している。
 セイバーが、まだ、イリヤに完全に気を許した訳ではないからだ。
 イリヤもそれを察して沈黙している。

 直に士郎が戻ると治療が始まった。


 「シロウ、手伝います。」

 「ん、ありがとう。」


 士郎は、左手の袖を捲くる。


 「怪我をしたのは、右足ではないのですか?」

 「いや、左手で合ってるよ。
  派手に血が出たけど、傷口は小さいな。
  もっと、盛大に突いたんだけど。」

 「突いた? 刺さったんじゃないの?」


 セイバーもイリヤも士郎の演技を知らないため、首を傾げている。
 消毒が終わり、ガーゼと包帯を巻いて治療は終了した。


 「さて、自己紹介からしようか。
  俺は、衛宮士郎だ。
  士郎と呼んでくれていい。
  ・
  ・
  って、俺だけ名乗ってなかったな。」


 イリヤは、最初に自己紹介を済ませているし、サーヴァントは、真名を明かせないのがルールである。


 「で、え~と……。
  イリヤに何から聞こうか?」


 士郎は、セイバーに訊ねるが、セイバーもイリヤも先に士郎に訊ねたい事があった。


 「シロウ、イリヤスフィールへの質問も大事ですが、
  私は、シロウに先に質問したい。」

 「わたしもセイバーと同意見。」

 「?」

 「シロウは、どの様な算段でバーサーカーを退け、
  イリヤスフィールを落とすつもりだったのですか?」

 「わたしも、それが気になってた。
  怪我したのは、足じゃなくて腕だったし。」

 「ああ、あれね。
  はっきり言ってさ。
  バーサーカーには勝てないと思ってさ。
  狙いをイリヤにしたんだ。」

 「それは、結果を見れば分かります。
  知りたいのは、その過程です。」

 「簡単に言うとセイバーとイリヤを騙したんだ。」

 (また、嘘ですか……。)


 セイバーは、眉を顰め、イリヤは、何時、騙されたか思い返す。


 「どこから話そうかな?
  ・
  ・
  これな……。
  正義の味方を倒す悪役の考えなんだ。」

 「な!? 悪……。」


 セイバーは、少しがっかりした目で士郎を見る。


 「正義の主人公がバーサーカーで、ヒロインがイリヤ。
  主人公は、ヒロインを守り切れないと負け。
  で、悪役の俺がヒロインであるイリヤに手を掛けるんだ。」

 「士郎……なんか、それって正義の味方が、
  最後に負けたみたいでイヤだな。」

 「私も悪役の手下みたいでイヤです。
  もっと、マシな例えはないのですか?」

 「すまん。
  後藤君と話した想定の話を実行したんで……。」

 (あのシロウの友人ですか……。)

 「それで?」


 イリヤが、とりあえず続きを聞く。


 「物語の主人公って、ヒロインがピンチになると強くなるだろ?
  それでいつも悪役は負けるんだよ。」

 「勧善懲悪な物語では、そうでしょう。」

 「そこで『主人公がパワーアップしても負けない条件って、なんだろう?』って話し合ったんだ。
  そして、結論付けた条件が空中にいる時のパワーアップなんだ。」

 「それって、最後のバーサーカーの攻撃?」

 「そう。
  バーサーカーの滞空時間の間に、
  一気にヒロインのイリヤまで行って仕留める。
  幾らパワーアップしても地面に着くまで何も出来ないからな。」

 「口で語るほど、簡単ではない気がします。」

 「……命懸けでした。」


 士郎は、思い出してゲンナリする。


 「戦術は分かったけど、士郎は、どうやって実行したの?」

 「まず、最後の間合いを一気に詰めるための下準備から。
  バーサーカーに吹っ飛ばされるの覚悟で、70%ぐらいの速度で走り続けて、
  イリヤに俺のスピードを印象付けた。」

 「それで最後、速くなったような気がしたのですね。」

 「わたしも気付かなかった。
  それにしても、バーサーカーの攻撃を受けようなんて……。」

 「俺、受け流すのは自信があるんだ。
  それと、イリヤが『手加減しなさい』って命令してたろ?」

 「あ。」

 (そんな事まで計算に入れていたのですか。)


 一息入れるとセイバーとイリヤは、感嘆の息を漏らす。


 「でも、そんなに受け続ける必要はなかったんじゃないの?」

 「私も、受け過ぎかと……。
  受け損なった時のリスクが大き過ぎる。」


 セイバーは、回復し切っていない自分の傷を思い出す。


 「攻撃を受け続けていたのは、イリヤをイラつかせるためだったんだよ。
  案の定、イリヤは、バーサーカーに
  『少し本気を出していい』って、痺れ切らしたろ?」

 「確か……あれも跳躍による攻撃でしたが?」

 「位置が悪かった。
  イリヤに近づくためのバーサーカーの滞空時間とイリヤまでの距離が遠過ぎた。
  だから、適切な距離と俺に止めを刺せる条件を作った。」

 「作った?
  ・
  ・
  そうか、ここで何かをしたのですね!」

 「正解。」

 「待って。
  士郎が、怪我したのが左手で、
  突き刺したっていう事は……。」

 「「自分の腕を刺した!」」

 「またまた、正解。
  バーサーカーの攻撃で土煙があがっている間に左手の出血を右足に塗ったくって、
  土煙が晴れる瞬間に吹っ飛ばされたフリをして移動した。
  ちなみに滞空時間の計算は、最初にバーサーカーが、
  俺とセイバーを襲った時の情報を参考にした。」

 「そして、足を怪我をしたと思ったわたしがバーサーカーに命令して……。」

 「その滞空時間の間に
  シロウが、イリヤスフィールに攻撃を仕掛けた。」

 「本当に死ぬかと思ったよ。
  セイバーは、怪我してるし。
  バーサーカーは、強過ぎるし。
  唯一の隙は、イリヤが油断している事だけだった。
  ・
  ・
  しかも、最後のあの予想を裏切ったバーサーカーの行動。
  少しのずれも許されない条件だから死んだと思った。
  いや、セイバーが居なければ確実に死んでた。
  ・
  ・
  最後にイリヤが混乱してたのも大きかったな。
  魔術を使うの忘れていたから。」

 「…………。」

 「あれ? どうした?」


 セイバーとイリヤは、俯いている。


 「悔しいな。
  条件は、わたしの方が有利だったのに……。
  士郎の掌の上で、事が進んでいたなんて……。」

 (イリヤが本気だったら、俺は、今、ここに居ません。)

 「私も自分が不甲斐ない。
  シロウを守れず、逆に助けられる形になるとは……。」

 (セイバーの怪我は、バーサーカーとの戦闘で負ったサーヴァント同士のもの……。
  俺は、逃げまくってバーサーカーとは真面目に戦っていない。
  と、いうか、あんなものとは戦えない……。)


 居間には、何とも言えない空気が流れる。


 (なんだ、これ?
  俺、凄く悪い事した気がする。
  雑魚の癖に出しゃばりやがってみたいな……。
  でも、事実そうなんだよな。
  訳分かんない奴が、場を引っ掻き回したんだから。)


 その時、士郎の腹の虫が鳴った。


 「戦ったら、お腹空いちゃったな。
  夜食を作るけど、みんなは?」

 「頂きます。」

 「わたしも食べる!」

 「了解、暫し待ってくれ。
  ところで……セイバー。
  もう、甲冑取ったら?」

 「私は、まだ信用した訳ではないので。」

 (本当に頑固だな……。
  こういうタイプは、北風と太陽よろしく無理に言ってはダメだ。
  自分から取らせないと……。
  ・
  ・
  そうだ!)


 士郎は、冷蔵庫を漁り、スーパージェット茶碗蒸しなるものを取り出す。


 (お隣さんからのお土産なんだけど……。
  ・
  ・
  なになに……5秒でホカホカか。
  ふ~ん、スーパージェットシリーズって他にもあるんだ。
  ・
  ・
  注意事項も書いてある。
  ・
  ・
  密閉された空間で使用するな、か……。
  じゃあ、外で。)


 士郎は、外に行き、スーパージェット茶碗蒸しのギミックを発動する。
 凄まじい蒸気の発生の後、辺りには茶碗蒸しの匂いが立ち込める。


 (コイツは、密閉空間じゃ使えんな。)


 士郎は、居間に戻るとセイバーとイリヤとバーサーカーの前に茶碗蒸しを置く。


 「料理出来るまでの繋ぎな。
  イリヤとバーサーカーは、箸慣れてないと思うからスプーンで。
  セイバーは、箸で大丈夫だな。」

 「問題ありません。」


 茶碗蒸しはスプーンが定石だが、士郎は、ワザとセイバーの前に箸を置く。
 そして、手軽な料理という事でチャーハンを作り始める。
 夜中だからサッパリととも思ったが、運動後で少しカロリーが欲しい。
 アクセントに梅干を入れればサッパリするだろうと士郎は一工夫する。

 一方、セイバーは、士郎の策略に葛藤していた。


 (くっ! 篭手が邪魔で箸が持てません!
  士郎、謀りましたね!
  しかし、こんな事では負けません。
  ・
  ・
  そうだ! シロウを殴る時の様に篭手だけ解除すれば……。
  いや、それでは私の負けになる!)


 セイバーの隣でイリヤが、一口、茶碗蒸しを食べる。


 「士郎、これ美味しい!」

 「そうか? 口に合って良かったよ。」


 士郎は、セイバーの様子を見てニヤリと笑う。
 陥落まで、もう少し。

 セイバーは、茶碗蒸しを睨み険しい顔をしている。
 更に隣のバーサーカーが、スプーンも使わず一口で茶碗蒸しを平らげた。


 (無表情のはずのバーサーカーの顔が勝ち誇って見える。
  『お前は、食べないのか?』と。
  ・
  ・
  どうすれば……。
  どうすれば…。
  どうすれば!?)


 士郎は、チャーハンを盛り付けながら、セイバーに声を掛ける。


 「セイバー、ここは器の大きいところを見せて、
  武装を解除してくれないか?
  これは勝ち負けじゃなくて戦略的撤退だからさ。」

 (戦略的撤退……。
  負けではない……。
  器の大きさを見せる……。
  ・
  ・
  茶碗蒸し……。)

 「そうですね。
  マスターの意向を無視して困らせるのも良くない。
  イリヤスフィールにも礼節を重んじなければ。」

 (シロウ……。
  私は貴方の謀にあえて乗ったまでです!)


 セイバーは、武装を解除しドレスの姿になると、早速、茶碗蒸しを食べ始めた。


 「美味ですね。」

 (……勝ったな。)


 士郎は、最後に釜の飯を全て使用して、バーサーカー用にチャーハンを作り始めた。


 …


 士郎は、作り終わったチャーハンをみんなの前に並べる。
 そして、ほうじ茶を人数分並べる。


 「さ、食べるか。」

 「「「いただきます。」」」


 こうして異色の夜食は開始された。


 「しかし、違和感は拭えませんね。
  さっきまで殺伐としていたのに……。」

 「ま、話の流れからすれば誤解だったんだし。
  死人が出なくて良かったじゃないか。
  俺とセイバーが怪我しただけだ。
  バーサーカーと戦って、この程度で済んだのって奇跡に近くないか?」

 「わたしは、士郎のデタラメさの方が奇跡だと思う。
  あ、このチャーハン、酸味が利いてて美味しい。」

 「私も、イリヤスフィールと同意見です。
  貴方は、少し……いや、かなりおかしい。
  本当に、サッパリした酸味が美味しいですね。」

 「人を貶しながら、料理の評価を言うな……。
  おかしいおかしいって……。
  何も言わないバーサーカーに、一番、親近感を覚えるぞ。」

 「しかし、盛大に盛り付けましたね。」


 セイバーは、バーサーカーの前のチャーハンに目を移す。
 バーサーカーは、黙々と食べ続けている。
 勢いの中にも品性を感じ取れるのは、彼が英雄だったためだろうか。


 「でも、士郎が、バーサーカーの分の食事も
  作ってくれるとは思わなかったな。」

 「なんでさ?
  仲間外れは良くない。」

 「でも、サーヴァントは、
  食事を取らなくても平気なんだよ?」

 「へ~。」

 (シロウ、今の話を聞いて、
  明日から食事なしなんて事は、ありませんよね?)

 「でも、俺、魔術師じゃないから割り切れないな。
  自分だけ食べて、ほっぽとくなんて。」

 (流石、私のマスターです。)

 「士郎は、優しいんだね。」

 「う~ん。
  これを優しいと言うんだろうか?」

 「うん。
  わたしは、士郎が、バーサーカーに優しくしてくれたのが嬉しい。」

 「仲いいんだな。」

 「うん、ずっと一緒に居てくれてるの。
  セイバーと士郎も仲いいんじゃないの?」

 「昨日、初めて会ったんだけど、そう見えるか?」

 「うん。
  だって、マスターに制裁入れるサーヴァントなんて見た事ないもん。」


 セイバーは、ガクッと肩を落とす。
 士郎は、笑っている。


 「イリヤスフィール。
  貴女は、大きな勘違いをしている。
  あれは躾けの類です。」

 「制裁と何が違うんだ……。」

 「貴女も、シロウの足を踏みつけたではありませんか?」

 「そういえば……。」

 「あのような状況が、昨日から延々と続いているのです。」

 「なんかセイバーに少し同情……。」

 「変な結束を強めないでくれ。」

 「しかも、からかうのは、私だけに止まりません。」

 「その辺で止めてくれ。」

 「身近で言えば、義姉にあたる者。
  聖杯戦争関係で言えば、アーチャーのマスターとアーチャー。」

 「見境いないのね。」

 「人を盛りのついた犬の様に。」

 「お陰で話がいつも脱線して……。」

 「わたしの名前を聞いた時もワザと!?」

 「いえ、あれは素でしょう。
  シロウは、自分の興味がないものには驚くほど知識がない。
  特に横文字の類は嫌いみたいですね。
  学舎の英語の授業は酷かった……。」

 「何これ?
  お前ら、もう、打ち解けてんじゃん?」

 「じゃあ、士郎って頭悪いの?」

 「はい。」

 「オイ!」

 「しかし、人を陥れる時は、悪魔のように狡猾で天才的です。」

 「そうね。
  わたしも、まんまとやられたもんね。」

 「…………。」

 「どうしました、シロウ?」
 「どうしたの、士郎?」


 士郎は、もう好きにしてくれと食べ終わったチャーハンのスプーンを弄ぶ。


 「お前ら、本当は姉妹なんじゃないの?」

 「そうかもしれませんね。」
 「そうかもね。」


 セイバーとイリヤは、目を細め不敵な笑みを浮かべる。


 (共通の敵を見つけて結束しやがった。
  まあ、いい。
  話の流れを変える方法なんて幾らでもある。)

 「兄妹といえば俺とイリヤは、兄妹になるのか?
  血は、完全に繋がっていないけど。」

 「そういえばイリヤスフィールは、シロウを
  『お兄ちゃん』と呼んでいましたね。」

 「皮肉も込めてたんだけどね。
  でも、今は、素直に『お兄ちゃん』って呼んでもいいかな?」

 「何故ですか?」

 「新しい玩具を見つけたんだもん!」


 士郎は、ガンッとテーブルに頭をぶつける。
 士郎は、溜息と供に忠告を始める。


 「呼ぶ時は、『士郎』の方がいいかもな。
  ・
  ・
  虎が吼えそうだ。」

 「吼えますね。」

 「虎?」

 「士郎の義姉です。」

 「かなり直情的でな。
  脊髄反射で動くんだ。
  まず、イリヤが、俺を『お兄ちゃん』なんて言おうものなら……。」

 「言おうものなら?」

 「『士郎ーーーっ!
   その子、誰ーーーっ!?
   なんで、お兄ちゃんなのーーーっ!』って、叫んだ後……。
  パンチが炸裂だな……。」

 「私の時も、そうでしたね。
  しかし、イリヤスフィールを紹介すれば必ず咆哮するのでは?」

 「…………。」

 「その通りだ。
  誰が来ても咆哮する。」

 「なんか避けては通れない関門みたい……。」

 「今度、来た時、びっくりしないようにな。」

 「また、来ていいの?」

 「いいよ。もう戦わないし。
  普段、学校行ってるから、夕方が狙い目かな?」

 「うん、絶対行く!」


 イリヤは、嬉しそうに返事をした。


 「そういえば、横道に反れてたけど、
  イリヤには聖杯戦争の事を聞きたかったんだ。」

 「わたしに?」

 「うん。
  御三家の人に直接聞きたかった。」

 「アーチャーのマスターには聞かなかったの?」

 (遠坂って気付いてる……。
  情報収集はアインツベルンの方が、一枚も二枚も上手だな。
  ・
  ・
  と、いうか、俺達は、情報集めしていない……。)

 「なんかアイツ、真面目に聖杯戦争をしようとしていて、
  御三家らしくなくてダメなんだよ。」

 「らしくない?」

 「普通さ、聖杯戦争のシステム作った御三家なら、
  自分達に有利な事を幾つか施すと思うんだよ。
  サーヴァントの降臨とか、令呪の改竄とか、聖杯に細工とか。
  ・
  ・
  そういった形跡が見つけらんなくてさ。」


 イリヤの雰囲気が、少女から魔術師になっていく。
 セイバーは、それを感じ取ると気を引き締める。


 「魔術師じゃない士郎が、そんな事に気付くなんて思わなかったわ。
  士郎は、それが悪い事だと思う?」

 「思わない。
  苦労した功績の恩恵を他の魔術師4名に分け与えるだけでも、
  大盤振る舞いなんだから、それぐらい当然だと思う。」

 「意外だわ。
  そこまで割り切っているなんて。」

 「ここら辺は、セイバーとかなり話したからな。
  でも、結論から言うと、この他の魔術師4名は、
  聖杯戦争のサーヴァント降臨のためのシステムの一部としか思っていない。」

 「悪魔のように狡猾で天才的……。
  あながち嘘じゃないみたい。
  士郎、あなたの考えは、全て正しいわよ。」

 (まさか、敵の前で堂々と認めるとは……。)

 「やっぱりか。
  このバーサーカーっていうサーヴァントも
  規格外な気がしてたんだ。」

 「例えば?」

 「狂化しているのに制御下にある事。
  さっき言ってた『ずっと一緒に居てくれてるの』。
  ・
  ・
  これって、聖杯戦争前に呼び出したって事だろ?」


 イリヤは、唇の端を吊り上げて微笑む。


 「じゃあ、士郎は、聖杯戦争をどう考えてるの?」

 「御三家しか勝てない戦争。」


 士郎とセイバーは、イリヤの答えを待つ。


 「なーんだ、みんな知ってんじゃない。
  知ってて、なんで、わたしに質問するの?」

 「な!?」


 セイバーから、殺気に似た気迫が噴出される。
 士郎は、手を伸ばし制する。


 「もう、話し合っただろ……。」

 「……そうでした。」

 「イリヤ、これって全部、俺の予想なんだ。
  だから、確認が必要だった。」

 (予想? どういう事かしら?)

 「イリヤは、魔術師でもなく魔力も通わない俺が、
  なんで、聖杯戦争に参加していると思う?」

 「それは……。
  ちょっと、待って!
  士郎は、サーヴァントを呼べないじゃない!」

 (あ、今、気付いた……。
  まあ、あんな騒動の後だしな。)

 「そうなんだ。
  俺は、知ってれば聖杯戦争に参加しないんだ。」

 「どういう事?」

 「昨日、土蔵でイメージトレーニングの稽古をしてたら、
  土蔵の魔法陣が勝手にセイバーを呼んじゃったんだ。」

 「嘘?」

 「ホント。
  で、仕方なく参加してる。」


 イリヤは、セイバーを見る。


 「本当です。
  だから、士郎は貴女に情報の確認を求めている。」


 イリヤは、考え込んでいる。


 「考えられない。
  聖杯戦争のシステムは完成されていて、
  呼び出すのに呪文と魔力が不可欠のはずよ。」

 「やっぱり、俺ってイレギュラーな存在なんだ。」

 「それは、間違いないでしょう。」

 「で、イリヤ。
  イリヤの意見としては、俺は、どうするべきだと思う?」

 「どうって……分かんない。」

 「だよな~。」

 「士郎は、どうするつもりだったの?」

 「逃げて! 逃げて! 逃げ抜いて!
  聖杯戦争が終わるのを待つつもりだった!」

 「……わたしは、そんなマスターに負けたのね。」


 イリヤは、自己嫌悪に陥っている。


 「しかし、シロウも少し心変わりをして来ています。」

 「え?」

 (なぜ、セイバーが代弁する?)

 「根本は、シロウが言った通りですが、
  倒そうとしているマスターが出て来ました。」

 「誰?」

 「シロウの学舎に結界を張ったマスターと
  街の人々を襲っているマスターです。」

 「理由は?」

 「俺の都合。
  俺の人脈保護優先で事を起こす。」

 「士郎って、自分大好き?」

 「大好きです。」

 「…………。」

 「シロウは、嘘つきですからね。
  その辺は、言葉通り取らない方がいいですよ。」

 「どういう意味だ?」

 「簡単に言えば、シロウはイリヤスフィールが、
  危機に陥ったと知ったら助けに行くという事です。」

 「そりゃあ、行くけど。
  どういう言い回しなんだ?」


 セイバーの言葉にイリヤは、ピンと来るものがあった。


 「そういう事なら、分かったわ。」

 (くそっ! なんか、いつもと逆のパターンだ。)


 こうして、夜は更けていく。
 長話は、もう少し続く。



[7779] 第28話 アインツベルンとの協定②
Name: 熊雑草◆890a69a1 ID:9b88eec9
Date: 2010/08/27 00:21
 == Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==



 セイバーとイリヤは、なんとなく分かって来ていた。
 士郎は、自分と関わりを持った者は、きっと、なんとかしようとするのだろうと。


 「なんかセイバーとイリヤだけで納得してるなぁ。
  まあ、いっか。
  ・
  ・
  聖杯戦争の話は、今日は、ここまでにしよう。
  イリヤの協力を約束出来ただけで大きな進展だ。
  素人同然の俺に本物の御三家の情報が入るんだから。
  それに……今後、どうするか考えないと質問も出来ない。」

 「うん、それがいいんじゃないかな。
  わたしも士郎の家に行く理由があるのは嬉しいもの。」

 「では、シロウ。
  イリヤスフィールと手を組むという事ですか?」

 「そうだな。
  でも、出来れば御三家のイリヤと聖杯戦争のあり方を話したいかな。」


 イリヤは、何の事だろうと首を傾げる。


 「簡単に言うと、もう、冬木で聖杯戦争をしないようにしたいんだ。」

 「そんなの出来ないよ!」

 「だから、話し合い。
  イリヤが聖杯を手に入れれば、聖杯戦争が起こらないって話なら、
  それも考慮に入れようかな、と。」

 「シロウ!
  そんな勝手な事を!」

 「そう、勝手な考えだ。
  だから、話し合い。」

 (どうやら、無理難題みたいだな。
  でも、やる事を明確にしないと何をすべきか決めらんないし。
  大体、一般人の住む所で戦争って……。
  天下一武道会みたいに武舞台でも作って戦えばいいんだよ。)



  第28話 アインツベルンとの協定②



 時間は、0時を回っていた。
 士郎は、遅くまで引き止めてしまったイリヤを気に掛ける。


 「遅くなっちゃったけど、家の人に連絡しなくて大丈夫か?」

 「う~ん。
  そういえば、予定の時間より遅いかな?
  士郎をサクッと殺して帰るつもりだったから。」

 「包み隠さない言い方だな……。」

 「…………。」

 「家の人が心配するといけないから電話しよう。
  電話番号は?」

 「え? 士郎が電話するの?」

 「そうだけど?」

 (ちょっと、セラの反応が見てみたいかな?)


 イリヤは、悪戯心を刺激され笑みを溢す。
 セイバーは、何となく、この雰囲気が士郎に似ている感じがした。
 イリヤは、士郎に電話番号を教える。
 士郎は、早速、電話する。


 「ところで、誰が出るのかな?」

 「多分、セラが出ると思う。」

 「セラ?」

 「わたしの家のメイド。」

 「メイドが居るのか……。
  お屋敷に住んでるんだな。」

 「お城だよ。」

 「…………。」

 (お城?)


 そうこうする内に電話が繋がる。
 イリヤは、電話のスピーカーボタンを押す。
 セイバーは、何をしたのか分からず見守る。


 『ハイ。』

 「ヤブに恐れ入ります。
  衛宮という者ですが……。」

 (なんて言えばいいんだ?
  『イリヤさんのお宅ですか?』か。
  『アインツベルンさんのお宅ですか?』か。
  ・
  ・
  どちらにせよ、外人の家には電話を掛けづらい……。)

 『あの、もしもし。
  どうかなさいましたか?』


 電話の向こうでは、メイドさんが聞き返している。


 「すいません。
  え~……。
  あなたは、セラさん?」

 『は?』

 (シロウ、何ですか突然……。)

 (さすが、士郎。
  もう、予想外の展開。)

 『何故、貴方が、私の名前を知っているのですか?』

 「ああ、その、イリヤに聞いて。」

 『イリヤ!? お嬢様を馴れ馴れしく愛称で呼ばないで下さい!』

 「す、すいません。」

 (なんで、怒られなきゃいけないんだ。)

 『それで、ご用件は何ですか?』

 「え~とですね。
  イリヤ……。」

 (しまった!
  イリヤイリヤって、呼んでてフルネームが出て来ない!
  もう、いいや……。)

 「イリヤが、今、家に居てですね。」

 『貴方は、私の話を聞いていたのですか!?
  馴れ馴れしく呼ぶなと言っているのです!』

 「イリヤさんが、家に居ましてね!」

 『あくまで、対抗する訳ですね。』


 …


 セイバーとイリヤは、こそこそと話しをしている。


 「なんで、士郎は、イリヤスフィールって言わないんだろう?」

 「イリヤと呼んでたから、フルネームが出て来ないのでは?」

 「横文字に弱いって本当だったんだ。」


 …


 再び、電話では、士郎とセラが鬩ぎ合う。


 「ああ! もう!
  セラ、しつこい!」

 『な!?』

 (あ、士郎キレた。)

 「イリヤと俺は、お前が考えているより深い絆で結ばれてんの!
  だから、イリヤでなんの問題もないの!」

 『何故、お嬢様が見ず知らずの方と絆など結ぶのです!』

 「それをお前に説明する義務はない!」

 『な!?』

 (一方的ですね、シロウ。
  しかし、これでは、イタズラ電話と勘違いされるのでは?)

 「いいか! 用件だけ言うぞ?
  イリヤは、帰りが遅くなったけど、今から帰るから!」

 『ちょっと、待って下さい!
  貴方、衛宮と名乗りましたよね?
  何故、敵である貴方から電話が来るのですか!?』

 「俺が勝ったからだよ!」

 『フ……貴方如き、俗人にお嬢様が敗れる訳ないでしょう。』

 (なんなんだ、このメイド!? 妙に腹立つな!)

 「じゃあ、お前は、
  なんで、俺がイリヤの電話番号知っていると思うんだよ?」

 『そ、それは……。』

 「いいか? よく考えろよ。
  アインツベルンの呼び出したバーサーカーは最強だ。
  そいつが本気になれば俺なんか、本来、5分で殺せる。」

 (シロウ、完全な敗北宣言じゃないですか……。)

 (士郎、勝ったのに自分を貶めてる……。)

 『た、確かに……。』

 「それが、今になっても連絡がなく敵から電話が来てんだぞ?
  キレる前に状況を把握しろよ!」

 (キレたのは、士郎が先なんだけどね。)

 『ま、まさか、本当に……。
  お嬢様に何かあったのですか!?』

 「だから! 俺が勝ったの!
  でも、イリヤと仲良くなったから危害は加えてない!」

 『嘘ですね。』

 「は?」

 『聖杯戦争でありながら、危害を加えないなど。』

 「馬鹿か!? お前は!」

 『な!? ば……。』

 「危害を加えたら、電話番号を聞き出せんだろーが!」

 『……貴方が、お嬢様を身代金目当てで
  誘拐したとも考えられますが?』

 「バーサーカーより、強い誘拐犯なんているか!」


 イリヤは、お腹を抱えて笑っている。


 『では、先程の勝ったという話は、どう解釈するのです?』

 「ああ~~~。
  つまりだな。
  バーサーカーに勝てないからイリヤを狙ったんだ。」

 『やはり、お嬢様に危害を加えたのではないですか!』

 「だから、危害は加えてない。
  ・
  ・
  体には……。」

 『体? 何をしたんです!?
  衛宮士郎ーーーっ!』

 (なんで、コイツ、俺の名前まで知ってんだよ?)

 「……あれ?
  そーいえば、随分、酷い事したな。」


 士郎は、あらためて思い返す。


 『だから! 何をしたのです!?』

 (士郎、煽るなぁ。)

 「え~と。
  ・
  ・
  転倒させて、首に刀を突きつけた?」

 『衛宮士郎ーーーっ!
  殺します……貴方は、絶対に殺します!』

 「待て、セラ!
  俺は、最初に戦いたくないって、イリヤに言ったんだぞ!?」

 『殺します。』

 「それに初めに殺そうとしたのは、イリヤだぞ!?」

 『お嬢様は、いいのです!』

 「なんだ!? その理屈は!?」

 (流石に今のは酷い理屈ですね。
  それにしても、シロウは死んでいいけど、
  イリヤスフィールには危害を加えるなとは……。)

 (う~ん。
  セラ、キレてる。
  だんだん脈略がなくなって来てる。)

 『大体、婦女子に刃物を突きつけるなんて
  恥ずかしくないのですか?』

 「いや、恥ずかしいよ。
  凄く恥ずかしいよ!
  でもな、殺されそうになってんのに、何もしない訳にはいかないだろう!?」

 『お嬢様に殺されるのだから、
  ありがたく死になさい。』

 「だから、死にたくないんだ!
  生きていたいんだよ!」

 『世の中のために死になさい。』

 「~~~っ!
  お前が死ね!」

 『お嬢様にとんでもないトラウマを刻み付けておいて
  生きているなど、虫がいいにも程があります。』

 「もう、訳分からん!
  何!? アインツベルンって!?」


 …


 セイバーは、イリヤを指で突いて、そろそろ助け舟を出せと合図する。
 イリヤは、士郎から受話器を奪い取ると話し始める。


 「セラ? わたし。」

 『お嬢様!』

 「士郎の話は、概ね本当よ。
  そして、今から帰るから。」

 『声を聞いて安心しました。
  お怪我などはないのですね?』

 「大丈夫よ。」

 『精神的疲労などはございませんか?』

 「大丈夫よ。」


 電話の向こうで、安堵した息が漏れる。


 『では、お帰りをお待ちしています。』

 「心配掛けて、ごめんね。じゃあ。」


 イリヤは、受話器を置く。


 「あのメイド! 全然、態度違うじゃねーか!」

 「セラは、真面目だから。」

 「電話とは、あの様に会話をするものなのですか?」

 「例外よ、セイバー。
  ただ、こうなると思っていたけど。」


 イリヤは、可笑しそうに笑った。


 …


 電話も掛け、時間も大分経ってしまった。
 縁側に移動し、イリヤがコートを羽織る。
 士郎とセイバーは、縁側でイリヤを見送ろうとする。


 「士郎、楽しかったわ。」

 「ああ。また、来てくれ。
  メイドは、連れて来んなよ。」


 イリヤは、再び、可笑しそうに笑う。


 「これ、好きなの持って行っていいぞ。」


 士郎は、戦利品のぬいぐるみをイリヤに見せる。


 「え? いいの?」

 「つい取り過ぎたからな。
  本当は、ライオンと虎も居たんだけどな。」

 「どこいったの?」

 「ライオンは、騎士に捕獲され、
  虎は、虎が持って行った。」

 「ふふ……何それ?」

 「ライオンは、セイバー。
  虎は、藤ねえが持って行ったって事。」

 「シロウ、アーチャーのマスターが黒猫を。」

 「そうだった。」

 「わたし、猫嫌いだからいい。
  じゃあ、残り貰っちゃおうかな?」

 「すまんなぁ。余り物で。
  今度、一緒にゲームセンターに行こうな。」

 「うん!」

 「そういえば、シロウ。
  アーチャーに、何を渡したのですか?」

 「アーチャーにも、何か渡したの?」

 「言って分かるかな?
  地上最強の生物を渡したんだ。」

 「…………。」


 セイバーとイリヤは、固まる。


 「何それ?」

 「言葉じゃ、説明しづらいな。
  絵で書いてやる。」


 士郎は、家の中からスケッチブックと鉛筆を持って来る。
 そして、僅か30秒で背中に鬼を浮かべた地上最強の生物を書き上げる。


 「これだ。」

 「「!!」」


 セイバーとイリヤは、絶句する。


 「こんなものをあげたのですか!?」

 「アイツ、鍛えてそうだったから。」

 「…………。」

 「ちょっと、バーサーカーに似てるかも?」

 「うん?
  そういえば、後姿は……髪の具合とか似てるかも?」


 士郎は、次のページにバーサーカーを地上最強の生物と同じポーズで書き上げる。


 「似てますね……。」

 「っていうか、士郎、絵上手過ぎ!
  ・
  ・
  そうだ!」

 「どうした?」

 「このバーサーカーに色塗ってよ。」

 「でも、色鉛筆ないし。」

 「このシマウマの鬣、色鉛筆だよ。」

 (最近のぬいぐるみは変わってるな。
  あ、危なくないようにキャップまでついてる。)

 「じゃあ、色つける。」


 士郎は、さらに30秒で色をつける。


 「ありがとう! 士郎!」

 「どういたしまして。」

 (帰るのどんどん遅くなるな……。)

 「ねえ、今度、セラとリズ書いて。」

 「メイドか?」

 「うん。」

 「見た事ないから、特徴言ってくれ。」

 「え~と、目が……。
  ・
  ・


 士郎は、モンタージュを作成するように2人のメイドを書き上げていく。


  ・
  ・
  そうそう、そういう服装。」

 「変わった服だな。
  色は、これでいいんだな?」

 「うん。
  あ、出来た?」

 「出来た。」

 「またまた、ありがとう!」

 「またまた、どういたしまして。」

 (シロウは、手先が器用ですね。
  ・
  ・
  それにしても、妙に変な特殊能力を持っていますね……。)

 「これ、おまけ。」


 シロウは、優しく微笑むメイド二人の間に笑顔のイリヤを書き加える。
 そして、三人の後ろにバーサーカーを書き加える。


 「わあ。」


 イリヤは、嬉しそうに絵を眺めている。


 「しまった……。
  セラの顔に皺の一つでも書いてやるんだった。」

 「そんなのダメだよ!」


 イリヤは、スケッチブックを士郎から遠ざける。


 「仕方ない……諦めるか。
  ・
  ・
  他に何かあるか?」

 「う~ん……。
  思い付かない。」

 「無理して考えなくていいから。」


 イリヤは、スケッチブックをぬいぐるみの入っているビニール袋に大事に仕舞う。
 そして、帽子を被ると縁側から外に出た。


 「楽しくて遅くなっちゃったから、
  今度こそ帰らないと。」
 
 「バーサーカー居るから、送らなくていいかな?」

 「うん。
  バーサーカーより、強い誘拐犯は居ないから。」

 「全くだ。」

 「じゃあね!
  お土産、ありがとう。」

 「ああ、おやすみ。」


 イリヤは、手を振って帰って行った。


 「なんか聖杯戦争で命を懸けた気がしない……。」

 「よく言います。
  この状況を作り出した本人が。」

 「!」

 「どうしました?」

 「こんな時間掛かると思ってなくて風呂の火を消してない。
  今頃、煮えたぎってるな。」

 「とりあえず、今日は、ゆっくりしてください。
  これからの話も体を癒した明日にしましょう。」

 「そうする。」

 「!」

 「どうしました?」

 「この荒れ果てた庭は、どうしよう?」

 「…………。」

 「大河にバレないように明日、修復ですかね?」

 「直せる自信がない……。」

 「確かに……。」


 士郎とセイバーは、荒れ果てた庭を見なかった事にした。



[7779] 第29話 アインツベルンとの協定③
Name: 熊雑草◆890a69a1 ID:9b88eec9
Date: 2010/08/27 00:22
 == Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==



 「やっと、終わった……。
  聖杯戦争が終わった……。」

 「シロウ、終わってません。」



  第29話 アインツベルンとの協定③



 居間で一息つくと士郎は、いきなり現実逃避を始める。
 時間は、1時少し前。


 「命を懸けたやり取りなんて初めてだからな。
  終わった途端に気が抜けたというか……。」

 「初めから終わりまで気を抜いていた様に見えたのは、
  気のせいでしょうか?」

 「バーサーカーに襲われた時は本気だった。
  怪我もしたし……。
  ・
  ・
  そうだ! 俺の怪我もそうだけど、セイバーは、平気なのか?
  普通に夜食食べてたから忘れてた。」

 「平気かどうかと言われれば平気ではありません。
  ただ、普通に生活する分には何の支障もありません。」

 「普通に生活出来る以外になんの支障があるんだ?」

 「忘れたのですか?
  今は、聖杯戦争の最中ですよ。
  戦闘に決まっているではないですか。」

 「そうか。」

 (う~ん。
  生活に支障がないという事は、怪我は治ってんだよな?
  じゃあ、戦闘に支障が出るって、なんだ?
  ・
  ・
  魔力を使った攻撃が出来ない?)

 「それって魔術回路に支障があって、それの修復に時間が掛かるのかな?
  いや、サーヴァント自体、魔力を使って現界してんだから……。
  ・
  ・
  違う。
  さっきあげた聖杯戦争のシステム……。
  サーヴァントのダメージ蓄積が考慮された?
  だって、そうしないと決着つかないもんな。」

 「何やら色々と予想していますが、概ねそういった事です。
  私自身、生前は肉体を持っていましたが、
  サーヴァントといったものになるのは聖杯戦争でしかありえません。
  それを正確に伝えるのは難しい。」

 「頭が混乱して来た。
  これ以上、話しても埒があきそうにない。
  とりあえず、風呂入って自問自答してくる。」

 「分かりました。」

 「セイバーも、俺の後入るか?」

 「そうですね。
  戦闘の後なので頂きます。」

 「了解。」


 士郎は、居間を出て遅い風呂に入るため、風呂場へと移動する。


 「うわ。
  服脱いだら、痣だらけだ。
  当然だよな……。
  バーサーカーにあれだけぶっ飛ばされて転げ回ったんだから。
  ・
  ・
  腕の包帯どうしよう?
  濡らさない様に気を付ければいいか。」


 士郎は、片手だけで器用に体を洗い髪を洗髪する。
 そして、考え事をしながら浴槽に浸かる。
 煮えたぎった浴槽へ……。


 「それにしても、よく生き延びれたよな。
  セイバーが、怪我する相手に……。
  ・
  ・
  やっぱり、イリヤが油断していたのは大きかった。
  手加減して、ぶっ飛ばされるんだから。
  ・
  ・
  でも、バーサーカーをやり過ごせたのは、
  イリヤの命令のせいかもしれないな。」


 士郎は、目を瞑り、バーサーカーの動きを思い出す。


 「明らかに動きがぎこちなかった。
  戦いを切り抜けて来た英雄にとって、手加減するというのは不自然なのかも。
  特に真剣勝負の時には……。
  ・
  ・
  益してやバーサーカーというクラスを考えれば当然なのかもな。
  理性を奪って強化して置きながら、『手加減しろ』という矛盾した命令。
  動きがぎこちなくなるのは、当たり前かもしれない。
  更に『少しだけ本気を出せ』。
  どちらも加減の度合いは似たようなもんだ。
  ・
  ・
  バーサーカーは、戦いの中で迷っていたのかもしれない。」


 士郎は、サーヴァントの桁違いの強さを肌身で感じ、人間で太刀打ち出来ない事を考える。
 しかし、実際には、何とか生き延びる事が出来た。


 「俺が、ジタバタしてなんとかなるのかね?
  でも、状況によっては、なんとかなるのか?
  サーヴァントに本来の実力を出させないようにして……。
  ・
  ・
  いや、そんなもん、そうそう転がってないって。
  今回だってバーサーカーが、桁違いに強かったから油断したんであって、
  サーヴァントなんて相手に出来ないって。
  結局、イリヤ自身の実力は見れなかったけど……。」


 士郎は、少し頭が、ぼうっとして来た。


 「あと、気になる事もあるな。
  なんで、セイバーは、怪我したんだろう?
  俺が、サーヴァントなら怪我しないのに……。
  ・
  ・
  アイツ、もしかして、まだ、生身の戦い方なんじゃないかな?」


 士郎は、そろそろ限界を迎える。


 「浸かり過ぎて逆上せそうだ。」


 士郎は、浴槽から出て気付く。


 「あっつ!」


 士郎は、自分の馬鹿さ加減に呆れながら服を着ると居間に戻り、セイバーと入れ替わった。


 「あ~、頭がくらくらする。
  でも、明日のために米磨いで、弁当の仕込みをしなきゃ。」


 士郎が、米を磨いでいるとセイバーの何とも言えない声がする。


 「熱かったかな?」


 米を磨ぎ終え、電子ジャーにセットしてスイッチを入れる。
 そして、冷蔵庫を確認する。


 「明日の職員室の差し入れは、どうしよう?
  おかずになりそうなものは……無いな。
  仕方ない。
  デザートって事でクッキーでも焼くか。
  今から仕込むのか……。」


 士郎は、バターと卵を出す。


 「普通常温でバターを柔らかくしとくんだけど……。
  まあ、いいや。なんとかなるだろ。
  卵も常温にしとくんだっけ?
  まあ、いいや。なんとかなるだろ。」


 続いて、薄力粉を振るう。
 続いて、ボールにバターを投入。


 「ヘラでぶっ潰す!」


 バターをこねくり回した後、塩を投入。


 「長年の勘を頼りに、適当に……。」


 更に泡だて器を用いてクリーム状に。


 「砂糖が固まらないように、数回に分けて投入して……。」


 よくかき混ぜた後、卵黄投入。
 卵黄をかき混ぜてるとセイバーが戻って来る。


 「凄い悲鳴だったな。
  ここまで聞こえたぞ。」

 「尋常ではない温度でしたので……つい。
  士郎は、あれに浸かったんですよね?」

 「ああ。
  さっきまで頭がくらくらしてた。」

 (我慢強いのでしょうか?
  それとも鈍感なだけか?)


 セイバーが、士郎の生態について疑問を浮かべていると士郎が質問をする。
 この時、練った生地に少量のココアを投入、オーブンは、180度に設定して加熱。


 (生地に匂いさえつけばいい……。
  後は、薄力粉を……。)

 「ところでさ……。
  セイバーは、なんで、バーサーカーの攻撃を喰らったんだ?」

 「っ……!
  それは、私の実力不足です。」

 「違う違う、そうじゃない。」

 「は?」


 付属の金属板にオーブンシートを乗せ、生地を盛り付け、異様な速さで180度に達したオーブンに投入。
 今度は、あと片付けと洗いものに取り掛かる。


 (もういいや。
  寝るのが、2時になろうが3時になろうが構わん。)

 「マスターを守る必要ないんなら、
  攻撃は全部躱せばいいじゃないか?」

 「シロウ……。
  剣で戦う以上、剣で攻撃を受けるのは必然です。」

 「マスターを守る必要がないなら、
  体に当たる攻撃は、霊体化してしまえばいいんだよ。」

 「!」

 「いいか?
  剣で攻撃を受けなきゃいけないのは、マスターが居る時だけだ。
  そうしないと霊体化して避けた攻撃がマスターにいっちゃうからな。
  それ以外は、霊体化して躱せばいいんだよ。」

 「確かに……。
  全然、気付かなかった。」

 「生前の戦いが染み付いているから気にならないかもしれないけど、
  サーヴァントらしく戦うなら、この戦い方は習得すべきだ。」

 「サーヴァントらしくですか?」

 「そう。
  多分、他のサーヴァントも召喚されてから、
  サーヴァントとして慣れていないから気付かないはずだ。
  ・
  ・
  ただ……。」

 「ただ?」

 「戦い方が正々堂々とは、ほど遠い。」

 「うっ……。」

 「だけど、これを習得して戦うのって聖杯戦争では
  当たり前になって来るんじゃないか?」

 「そう……ですね。
  戦いに勝利するため、仮に私達以外の者が、
  そのような戦い方をした時、相手を責められないでしょう。
  相手からすれば、寧ろ、
  『何故、サーヴァントに普通の戦いをさせているんだ?』
  となるかもしれません。」

 「どうする?
  これって、練習しないと身につかないと思うけど?」

 「霊体化して躱す練習ですか……。」

 「騎士だからな……。
  この戦い方は、気に入らないか?」

 「正直に言えば。」

 「じゃあ、条件付けでは?」

 「と、言うと?」

 「野球漫画の緊張しないための条件付けっていうので言ってたんだけど。
  人間、酸っぱいって感じると唾液が出る。
  梅干は、酸っぱいって認識して食べ続けると
  梅干見ただけでも唾液が出るようになるらしい。」

 「条件反射の刷り込みとでも言うのですかね?」

 「俺からの合図で無意識に
  いつでも霊体化出来るように条件付けするんだ。」

 「戦っている最中は、考えている余裕が無いから、
  シロウの判断で霊体化出来るのはいいかもしれない。」

 「それに令呪使って霊体化させたって
  錯覚させられるかもしれない。」

 「なるほど。」

 (H×Hでは、凝を反射的に出来るようにしてたっけ。
  待てよ……ゴンとキルアは、習得にかなりの日数を掛けてたぞ?
  おお振りでも時間掛かってた!
  ・
  ・
  ダメかもしれない……。)

 「思い付いたけど、やめるか。」

 「何故です?」

 「条件付けって思ったより時間掛かるはずだ。
  1時間、2時間で習得なんて出来ない。」

 「言われてみれば……。」

 「一瞬で習得させるのにいい方法ってないかな?
  ・
  ・
  あ。」

 「何か、いい案でも?」

 「思い付いたには思い付いたけど……。」

 「何か嫌な予感がしますね。」

 「うん。
  トラウマを使えないかと思った。
  あれって、出来るの一瞬じゃん?」

 「確かにそうですが……。
  霊体化するほどのトラウマなど。」

 「だよな。」

 「しかし、印象強いものを条件にするというのは、
  習得短縮の近道かもしれません。」

 「印象強いものか……。」


 士郎とセイバーが考え事に没頭して数分。
 オーブンのタイマーが作動する。
 士郎は、出来上がりを確認する。


 (ああ、いいんじゃない?
  じゃあ、残りの生地も焼いてしまうか。)


 士郎は、残りの生地をオーブンに投入する。


 「シロウ、貴方は、どの様に合図を送るつもりでしたか?」

 「そうだな。
  令呪を使った様に見せるから、左手を掲げる仕草なんかかな?」

 「ふむ。
  そういう感じですか。
  ただ、それだと戦闘中に気付かないかもしれません。」

 「でも、セイバーが、こっちに気付いてないといけないから、
  それやる前にセイバーを呼んで、こっちに気付かせるから大丈夫じゃないかな?
  でも、紛らわしいんなら右手も左手に添えるとか?」

 「なるほど。
  では、左手を掲げて右手を添えたら、私は、霊体化しましょう。」

 「そうだな。
  条件反射出来なくても、それを合図にしよう。
  普段からそうするように心掛けて、習慣にしていこう。
  聖杯戦争が終わるまでに出来ればいいし、出来なければ出来ないでいいや。」

 「中途半端ですね……。」

 「いや、他にもやる事あるし、これだけに時間を避けないから。
  イリヤみたいに召喚時期を操作出来たなら練習するんだけど。」

 「マスターとサーヴァントの連携を強める時間を確保出来るという点では、
  イリヤスフィールの行為は有意義でした。」

 「まあ、バーサーカーを制御下に置くんなら、
  それぐらいしないといけないかもな。」

 「ところで……。
  昨夜もそうでしたが、
  シロウは、睡眠時間を確保しなくて大丈夫なのですか?」

 「正直、ヤバイと思う。
  明日は、体育とか移動する授業ないから寝てるよ。」

 「学びに行って寝るとは……。」

 「本当は、休んでもいいんだけどさ。
  学校に結界がある以上は、学校を休めない。
  サーヴァントに対抗出来るのは、サーヴァントだけだから。」

 「バーサーカーとやりあって、よく言います。」

 「俺を相手にしてたバーサーカーは、
  道場で戦ってたセイバーより、弱いぞ。」

 「は?
  そんなはずはありません。」

 「力とか衝撃の度合いは、バーサーカーが上。
  でも、手加減して、ぎこちないバーサーカーの行動が予想出来たとしたら?」

 「ぎこちない?」

 「そういう風に見えなかった?
  セイバーがぶっ飛ばされた時と、俺が戦ってた時を思い出してみてくれ。」

 「…………。」


 セイバーは、暫し考え込む。


 「……言われてみれば。
  バーサーカーの強みは、大型の武器を自由自在に振り回せる事にあるのに
  大型の武器の特徴のような振り下ろすとか薙ぎ払う攻撃が多かった。」

 「理性を奪って強化したバーサーカーに
  『手加減しろ』の命令で混乱してたんだよ。」

 「なるほど。
  道場での私のように手加減出来なかったのですね。」

 (あの状態を手加減していたと言うのなら、俺は、何も言うまい。
  あれは明らかに小型のバーサーカーの類だった。)


 再び、オーブンのタイマーが作動する。
 士郎は、出来上がりを確認する。


 (問題なしだな。
  冷やさないで容器に入れたら湿気るな。
  朝に移すか。)


 士郎は、台所にクッキーを置き、セイバーの座るテーブルに戻る。


 「ここまでだな。
  明日、学校行ったら、遠坂と状況擦り合わせて、
  学校のマスターをどうするか確認だな。」

 「しかし、アーチャーのマスターと
  約束もせずに会えますか?」

 「なんとかと煙は、高いとこが好きだから、
  昼休みに屋上行けば会えるんじゃないの?」

 「酷い言い草ですね……。」

 「会えなきゃ会えないで奴の教室に行けばいい。
  さて、寝るか。」


 時間は、2時半を少し回る頃だった。


 「セイバーは、離れの部屋でも使ってくれ。
  え~と、場所はだな……。」

 「シロウ、私は、貴方の部屋で貴方を守ります。」

 「え~!」

 「何ですか?
  そのあからさまに嫌そうな態度は。」

 「だって、プライバシーの侵害……。」

 「しかし、離れでは遠過ぎる。」

 「じゃあ、隣で……。」

 「シロウ、アサシンなど、
  暗殺に向いたサーヴァントも居るのですよ。」

 「…………。」

 「セイバーは、自分のプライバシーはないのか?」

 「戦いにおいて不必要です。」

 「じゃあ、戦利品のライオンを鑑賞する姿を
  俺に見られても、なんの羞恥も感じないんだな?」

 「え?」

 「愛らしいライオンをゆっくり見る事も出来ず、抱く事も出来ない。
  騎士のそんな格好を仕える主に堂々と見せる事も出来ない。
  まさか、クールなイメージのセイバーさんが、
  そんな姿を晒すはずもないですよね?」

 「…………。」

 「ええ、その通りです。
  そんな姿は、晒しません。
  しかし、貴方の言う事も分かる。
  プライベートを守るため、隣の部屋で手を打ちましょう。」

 (絶対、嘘だな……。)


 そして、士郎は、天地神明の理を持ち、セイバーは、ライオン7匹を抱えて居間を出た。
 長い夜は、ようやく終わろうとしていた。



[7779] 第30話 結界対策会議①
Name: 熊雑草◆890a69a1 ID:9b88eec9
Date: 2010/08/27 00:22
 == Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==



 習慣というのは恐ろしい。
 僅かな睡眠時間でも朝の気配によって目が覚める。


 「5時か……。
  起きなきゃ……。
  でも、なんで、こんなに早い時間に目が覚める習慣がついたんだ?
  ・
  ・
  ……藤ねえに朝飯作らせないためだ。」



  第30話 結界対策会議①



 生死に関わる食事のため、台所に向かう。
 向かう時には、制服に着替え鞄も持って行く。
 台所に着くと昨夜のクッキーを容器に移し、朝食と弁当の用意に入る。


 「弁当作らなきゃ、軽く体を動かすんだが……。
  そうだ、顔だけでも洗っとこう。」


 士郎は、流しで顔を洗う。


 「頭がハッキリして来た。
  セイバーって、甘党かな?
  クッキーの味付けで文句言われんのもなんだから、
  蜂蜜でも持参するか。」


 士郎は、忘れる前に鞄に蜂蜜を入れる。
 純日本風の朝食を作りながら、弁当のおかずも作る。
 衛宮邸には、朝食のいい匂いが立ち込め始めた。


 「おはようございます、シロウ。」

 「ん、おはよう。」

 「よく起きれましたね。」

 「習慣かな。」

 (悲しいな……。)


 士郎は、朝食をテーブルに運びながらテレビのスイッチを入れる。
 テレビのニュースでは、相変わらずのガス漏れ事故を伝えている。


 「そろそろ、藤ねえが来る頃かな?」


 言った側から勢いよく扉が開く音がする。
 足音は、元気よく近づき障子を開ける。


 「おっはよう! 士郎! ハマーンちゃん!」

 「おはようございます、大河。」

 「おはよう、藤ねえ。
  ちなみにハマーンじゃなくセイバーだ。」

 「ええっ!?
  名前が、また変わった!?」

 「ああ、それ俺のせい。
  苗字か名前か分からんのでハマーンになっていたが、
  セイバーと呼ぶのが正しいと判明した。」

 「え? そうなの?
  う~ん、少し混乱気味……。
  士郎もいい加減、英語に強くなって欲しいわね。
  お姉ちゃん、英語の教師なんだから。」

 「少しずつ対応するよ。」


 話を切り上げ、朝食を開始する。


 「「「いただきます。」」」

 「うん! 今日も美味しい!
  いや、いつもより2品ほど、おかずが多い。」

 「鋭いな。
  賞味期限の関係で多く作りました。」

 「理由は、兎も角。得した気分。」


 テーブルのおかずは、昨日、同様にかなりのペースでなくなっていく。


 (やっぱり、おかず増やして正解だな。)

 「そうだ。
  藤ねえにお願いがあるんだ。」

 「わたし? 何?」

 「セイバーの服の事なんだけど。」


 藤ねえは、セイバーの服を見る。


 「あ~! 士郎の服着てる!」

 「そうなんだ。
  深い事情があって着の身着のままで
  親父を訪ねて来てしまって、1着しかないんだ。」

 (また、嘘をでっちあげて……。)

 「でも、男物の服しかなくてさ。
  藤ねえに頼みたいんだ。」

 「なるほどね。
  わたしのお下がりでもいいかな?」

 「構いません。
  恩人の好意は、ありがたく受け取ります。」

 「や~ね~。
  そんな堅苦しい言葉で。」


 藤ねえは、士郎にそっと耳打ちする。


 「ひょっとして、良いとこのお嬢さん?」

 「多分、そうだ。
  来た時から、あの口調だ。」

 (『王様でした』とは言えんしな。)


 テーブルの上のおかずは姿を消し、士郎は、片付けを始める。


 「ごちそうさま。
  美味しかったよ、士郎。」

 「ご馳走様でした。
  シロウ、貴方の朝食は、私にとても良く合う。」

 「そう言って貰うと嬉しいよ。」


 朝食を食べ終わると藤ねえは、立ち上がり伸びをする。


 「さて。
  お姉ちゃん、先に出るね。」

 「ああ、いってらっしゃい。」

 「いってきま~す。」


 藤ねえは、士郎を置いて先に学校に向かう。


 「一緒に出ないのですか?」

 「藤ねえは、教師で部活の顧問もやってるから、
  朝練する生徒のために早く出るんだ。」

 「素晴らしい。
  教師の鑑ですね。」

 (まあ、その鑑を昨日、遅刻させちまったけどな。)


 士郎は、洗い物を終えて片付けを済ますと学校に行くための準備を行う。
 何だかんだで20分ほど掛けると学校に向かう。


 「さて、行くか。
  今日は、登校時間にぶつかるから、最初から霊体化してくれ。」

 「分かりました。」


 セイバーが、姿を消すとそこに服だけ残された。


 (めんどいな……。
  この片付け、毎回やるのか?)


 服をたたんで居間に置くと士郎は、天地神明の理を竹刀を入れる袋に入れ、数人分の弁当という大荷物を持って家を出た。


 …


 学校に着くとセイバーが、霊体化したまま声を掛ける。


 「シロウ、結界が強くなっています。」

 「そうなのか?
  直ぐに発動しそうなのか?」

 「まだ、猶予はありそうですが、
  数日というより、2、3日といった具合でしょうか?」

 「遠坂の呪刻破壊より、
  敵マスターの張り切り具合が勝っているという事か。」


 校門の前で突っ立ていると凛が登校して来る。
 そして、士郎を見つけると真っ直ぐ歩いて来る。


 「おはよう、遠坂。」

 「話があるから、お昼休みに屋上で。」


 それだけ言うと凛は、去って行った。


 「流石ですね。
  彼女も事態の急変に気付いている。」

 「ホント、俺は、蚊帳の外で何も出来んな。」


 士郎は、欠伸を一つすると教室に向かった。


 …


 「おはよう、後藤君。」

 「おはようでござる、衛宮殿。」

 「なんかえらく疲れた顔してるけど?」

 「昨日、ちょっと一騒動あって、疲れが抜け切れんのでござる。」

 「そうなんだ。俺も寝不足で。」

 (今朝見たテレビの宣伝に出ていた中年のような会話ですね……。)


 授業が始まると士郎と後藤君は、死んだ様に眠り続けた。
 しかし、授業の切り替わりの礼では、ゾンビの様にふらふらと立ち上がり条件反射で返事もする。


 (何なのでしょうか? この二人は?
  シロウは、兎も角……。
  ・
  ・
  類は、友を呼ぶ?)


 …


 4時限目の終了のチャイムが鳴ると士郎は、ムクリと起き上がる。


 「昼飯だ……。」

 (本当に寝続けるとは……。)


 士郎は、眠り続ける後藤君を突っつく。


 「授業、終わったよ。」

 「まだ、寝足りない……でござる。」

 「お昼は?」

 「購買行かずに寝るでござる。
  食欲より、体が休息を求めるのでござる。
  実は動くのも、かなりしんどい……でござる。」

 「体に良くないって……。
  そうだ、これ。
  昨日のお礼に弁当作って来た。」

 「ホントでござるか!?」


 士郎は、後藤君にお弁当を渡す。


 「ありがたいでござる。
  お腹は空いているんでござるが、体が言う事を聞いてくれんのでござる。」


 後藤君は、士郎の居る前で『いただきます』を言うと30秒で食べ終えた。


 「あ、新しい特技かな?」

 「生き返ったでござる。
  でも、もう少し食べたいでござる。」


 士郎が、後藤君の食べ終えたお弁当を片していると由紀香がそっと教室を覗く。


 「あ、後藤君。」

 「由紀香女史、どうなされた?」

 「あの……昨日は、ありがとう。
  お礼にお弁当作って来たの。」

 (なんか、邪魔しちゃ悪いな……。)


 士郎は、そっと教室を出た。


 「士郎でも気を利かすのですね。」

 「人の恋路に手を出す奴は、
  風雲再起に蹴られて死んじまえってね。」


 士郎は、大きな手荷物を持って職員室に向かった。


 …


 職員室では、昨日と同じ光景が繰り広げられていた。


 「藤村君っ! 君は、一体何を考えているのかね!?
  教師たるもの、生徒の見本となるべく遅刻など言語道断だ!」

 (校長先生~。
  昨日と一字一句違ってませんよ~。
  ・
  ・
  士郎ーっ! はやく~~~っ!)


 士郎は、昨日と同じタイミングで現れる。
 職員室では、時が戻ったのではないかと思われる事象が再現されていた。


 「校長先生、その辺で許してやってください。」

 「おお、衛宮君。
  しかし、だねえ……。」

 「お昼食べる時間がなくなっちゃいますよ。」

 (何でしょう? この嫌な既視感は……。)

 「今日は、趣向を変えてデザートにしてみました。」

 「そう来ましたか。
  私は、おかずが続くと思い、ご飯を大目に持って来てしまったよ。」

 ((校長……。))


 セイバーと藤ねえは、軽い頭痛を覚える。
 校長は、士郎からクッキーを受け取ると他の先生方と昼食を開始した。


 「藤ねえ……。
  この高校、大丈夫か?」

 「わたしも、自信持って頷けないわ。」


 士郎は、昨日同様に藤ねえにお弁当を渡す。


 「士郎、ありがとう。
  じゃあ、行って来るね!」


 藤ねえは、弓道場にスキップをしながら消えて行った。


 …


 士郎は、昼の予定の大半を片付けると凛の待つ屋上へ向かう。
 凛は、昨日同様に待たされ少しイラついていた。


 「遅い!」

 「急いだ方なんだけどな。
  なあ、今日は、弁当食べながらでいいだろ?」

 「そうね。
  とりあえずの敵じゃないし。」

 「そっか。
  じゃあ、俺のサーヴァント呼ぶな。」

 「は?
  衛宮君、見せたくないんじゃないの?」

 「あれは、もういい。」

 (ハマーンと呼ばす事が出来て、からかい終わったから。)

 「弁当は、大目に摘まみ易いのにしたから、アーチャーも呼べば?」

 「あなたって、本当にマイペースね。」


 凛が、手を軽く振って合図するとアーチャーが現れる。


 「じゃあ、俺も。
  ・
  ・
  出でよ! 俺の美少女戦士!」


 凛とアーチャーが、思わず吹き出す。


 (ミニスカートの子が『月に代わってなんとか……』って
  言うんじゃないでしょうね!?)

 (この馬鹿は、何を考えているんだ!?)


 一呼吸の間を置いて、掌で額を覆って頬を赤く染めながら、俯いてセイバーは現界する。


 (落ち込みながら登場するなんて……。
  本当に不憫だわ。
  衛宮君のサーヴァント。)


 セイバーは、額に手を置いたまま、反対の手で『ちょっと、待ってください』と凛達にお願いする。
 凛とアーチャーも『どうぞ』と合図を手で返す。

 セイバーは、士郎を睨むと一気に間を詰める。
 そして、士郎の前でダッキングすると強靭な脚力で地面を蹴り、士郎のボディにパンチを突き上げる。


 「ガ……ガゼルパンチ!?」


 セイバーは、中を舞う士郎の襟首を掴むとブンブンと縦に振りまくる。


 「シロウ!
  貴方って人は……!
  貴方って人は…!
  貴方って人は!」

 (デジャヴだわ……。
  昨日のアーチャーが、ここに居る。)


 サーヴァントが違うだけの既視感に頭を抑える凛。
 その光景を見ながら、昨日の事象を再燃させ自己嫌悪に陥るアーチャー。
 セイバーは掴んだ手を放し、肩で息をする。


 「シロウ!
  何か言う事は、ありませんか!?」


 セイバーは、士郎に謝罪を要求する。
 そして、士郎は思考する。


 (何を期待してんだ? コイツは?
  ・
  ・
  そうか!)

 「殴ったね!?
  親父にもボディブロー入れられた事ないのに!」

 (このセリフを言って貰いたいんだろう?)

 「そう言う事ではない!」

 (サーヴァントが、そんなセリフ知ってる訳ないでしょう。)

 (哀れだな……。
  そもそも、子供の躾けにボディブローを入れる親など居るか!)


 屋上は、数分で妙な空間に変わった。


 …


 緩んだ空気の修復は難しい。
 士郎達は、昼食を取りながら結界の事を相談し、気を入れ直す事にした。


 「さあ、食べてくれ。」

 「随分、作ったわね。
  わたし達と話す事を想定してたのかしら?」

 「想定してた。」


 意外そうな目で凛は、士郎を見つめる。


 (衛宮君も、一応、聖杯戦争してると認識はしているようね。
  少し安心したわ。)


 それぞれ、士郎の作ったお弁当を摘まみ口に運ぶ。


 「美味しい……。」

 「ええ。
  士郎の料理の腕は、卓越しています。」

 「まあまあ、だな。」


 士郎以外の三人は、三者三様で感想を述べる。


 「摘まみながらでいいから状況を教えてくれないか?
  魔力を感知出来ないから、昨日とどう変わったか分からん。」

 「アーチャーのマスター。
  魔術師の貴女の口から説明して頂けますか?」

 「分かったわ。
  それと、それだと呼び難いでしょ?
  名前で呼んで貰って構わないわよ。」

 「分かりました。
  では、アーチャーと同じ様にリンと呼ばせて貰います。
  私の事は……。」

 「ハマーンでいいのかしら?」


 凛は、手間を省いたつもりだが、セイバーは、激しく落ち込んでいる。


 「ど、どうしたの?」

 「その名前は、シロウの悪戯で付けられた偽名です。
  ……出来れば、クラスのセイバーと呼んで頂きたい。」

 「あ、そ……そう?
  分かったわ。セイバーね。」

 「…………。」

 「セイバー!?
  衛宮君! あなた、セイバーを呼び出したの!?」

 「いや、呼んでないって言ったじゃん。」

 「凛、時期から考えて恐らく最後に残ったクラスが……。」

 「セイバーだったのね。」

 「どうしたんだ?
  お前、セイバーが良かったのか?」

 「セイバーを呼び出そうとして失敗したのよ。
  まあ、アーチャーの強さは認めているから、不満はないんだけど。」

 「リン、話の続きを。」


 名前の呼び方の了解を確認すると凛は、話し始める。


 「まず、予定より早く、多くの呪刻が作られているわ。
  わたしも放課後、呪刻を探して破壊しているけど、
  敵のマスターのペースの方が早くて後手に回ってる。」

 「もう少し急いで多くの呪刻を壊す事は出来ませんか?」

 「それは、ちょっと……。」

 「我々も懸命に呪刻を探している。
  隠すより探す方に時間が掛かってしまうのは物の道理だ。」


 急かすセイバーにアーチャーは、凛のフォローをする。


 「しかし、このままでは……。」

 「気持ちは分かるけど、
  焦らせても結果は変わらないぞ、セイバー。」


 珍しく士郎が、セイバーをなだめる。


 「呪刻を破壊出来るのは遠坂だけなんだ。
  アーチャーの言った通り、
  時間が掛かってしまうのは仕方ない。」

 (何か、シロウらしくないというか……。)

 「だって……呪刻だぞ。」

 「「「?」」」

 「小僧、お前は、呪刻を知らないのではないか?」

 「そうよね。」

 「…………。」


 セイバーは、嫌な予感がした。


 「シロウ……。
  貴方は、呪刻をどのようなものと思っていますか?」


 凛とアーチャーは、呪刻を知っているから疑問符が顔に浮かぶ。
 セイバーは、士郎が、とてつもない勘違いをしていると予想する。


 「いや、俺のイメージなんだけど。
  呪刻を破壊するのって、とてつもなく大変だと思って……。
  違うのか?」

 「まあ、それなりに魔術の知識と魔力を使うけど……。
  とてつもなく大変って訳じゃないわよ。」

 「小僧、何を想像した?」

 「え~と、だな。
  呪刻って名前から、蜘蛛みたいのを。」

 「「「蜘蛛?」」」

 「まず、呪刻の巣を探すんだ。」

 「「「巣……。」」」


 この時点で三人の頭には、嫌な予感が渦巻く。


 「きっと……遠坂は、鋭い目で巣の気配を探すんだ。
  そして……。
  巣を見つけると、おもむろに亜空間に手を突っ込む……。」


 凛の気配が変わり、セイバーとアーチャーは危機感を感じる……修羅場への危機感を。


 「巣の中で這いずり回る呪刻を掴み取ると一気に引き抜く。
  『ずりゅうぅぅぅ』とか『ズシャアァァァ』とか言って、妙な粘液の糸を引きながら。」


 凛の気配で空間が歪むような錯覚がする。
 セイバーとアーチャーは、修羅場になる事を確信する。


 「『キィキィ』言いながら手の中で暴れ回る呪刻に冷たい視線を向ける遠坂。
  視線とは裏腹に遠坂の唇の端は吊り上がる。
  ・
  ・
  そして、強靭な握力で呪刻を……握り潰す!」


 プチッと何かが切れる音をセイバーとアーチャーは聞いた。


 「握り潰された呪刻は、体液を撒き散らしながら、
  徐々に動きを鈍らせ、やがて絶命する。
  ・
  ・
  そして、飛び散った体液が唇に付着すると
  遠坂は、体液を舐め取り……一言。」


 セイバーとアーチャーは、アイコンタクトでお弁当の端を掴み修羅場になるであろう場所から移動させる。


 「『美味しい……』と。」


 士郎が説明を終えると凛は、お弁当のあった場所へ踏み込み、間髪入れずに士郎の顔面へグーを炸裂させる。
 続いて魔力で強化した手で、士郎にアイアン・クローを仕掛ける。


 「わたしは、悪魔か魔女かっ!」

 「ちょっ! 痛い! 食い込んでるって、遠坂!」

 「当たり前よ! 食い込ませてるのよ!
  何で、わたしが蜘蛛握り潰して舐め取らなきゃいけないのよ!」

 「岸辺露伴だって、やってるじゃんか!」

 「誰よ! それは!」

 「兎に角、放せ!
  砕ける! 砕けるって!!」


 凛に掴まれギリギリと締め付ける痛みから、バタバタと暴れる士郎。
 もう、どうすればいいか分からないセイバーとアーチャー。


 「こら! セイバー!
  コイツを何とかしろ!
  俺のサーヴァントだろう!?」

 「何か、このままシロウが、リンにやられてもいい気がします。」

 「薄情者~~~っ!」


 セイバーは、溜息をつくとリンに話し掛ける。


 「リン。
  もう、その辺で……。」

 「怒りが治まらないわ!
  衛宮君……いえ!
  士郎には、少し痛い目を合わせるべきよ!」


 アーチャーは、修羅場を目の前に頭を抱える。


 (生前の凛は、対等と認めた者だけ名前で呼んでいたが……。
  まさか、こんな展開で……。
  『君』付けで呼ぶまでもないって事だろう……。
  本当にコイツは、私の可能性の一つなのだろうか?)


 セイバーの粘り強い説得で、凛は、士郎を解放する。


 「し、死ぬかと思った……。」

 「セイバーに感謝しなさい!
  あんたの命があるのは、セイバーのお陰なんだから!」

 「お前、この程度の事で人殺してたら、
  冬木から人が居なくなるぞ?」

 「わたしをここまで怒らせるのは、あんたぐらいよ!」

 「呪刻を知らないんだから、仕方ないじゃないか。」

 「まだ、言うか!」


 アーチャーが、凛を押さえつける。


 「凛、もういい。
  真面目に相手をすると話が進まない。」

 「そうです。
  時には諦める事も大事です。
  ・
  ・
  ……私は、この2日で身に染みました。」

 (そ、そうだったわね……。
  このサーヴァントは、2日間も……。)

 「…………。」


 沈黙する凛にセイバーは、励ますつもりで話し掛ける。


 「リン。
  1回1回、気にしてはいけません。
  とりあえず、その場で1回殴って終わらせるのです。」

 「いや、セイバー……。
  お前、そんな扱いしてたのか?」

 「1回で溜飲を少しずつ下げるようにすればいいのです。
  シロウは、続けて過ちを犯すので数回は殴れます。
  そうすれば、徐々に溜飲は下がります。」

 「セイバー、間違ってるぞ。」

 「…………。」

 (やっぱり、不憫だわ……。)

 (どんな主従関係なんだ……。
  それにその都度、再燃する怒りは決して下がらないと思うが。)


 人は、自分より不幸な人を見ると怒りが静まる事がある。
 不憫なセイバーに、凛の怒りは静まっていった。


 「はあ……。
  取り乱して、ごめんなさい。
  もう、大丈夫。」

 「全く、大人気ないんだから遠坂は。」

 「あんたが言うな!」


 凛は、士郎の顔面にグーを炸裂させる。


 「なるほど……これか。
  とりあえず、1回殴れば溜飲が下がるわね。」

 「いいパンチです。リン。」


 アーチャーは、溜息をつく。


 「結界について話を続けていいか?」

 「「あ。」」


 セイバーと凛は、アーチャーの声で話が途中である事を思い出す。


 「何処まで話したっけ?」


 凛は、アーチャーに質問する。


 「正直、話が始まって直ぐに脱線した。
  結界が強まっているので
  呪刻をどう対処するかというところだ。」

 「そうだったわね。
  呪刻を破壊するのはそれ程ではないにしても、
  探し出すのに時間が掛かってしまうの。」

 「単純に二手に別れたら、どうだ?」

 「敵のマスターが、サーヴァントと行動しているかもしれない以上、
  アーチャーとの別行動は出来ないわ。」

 「そうじゃなくて、俺と遠坂で別行動。
  俺は、無理でもセイバーは、感知出来るんじゃないか?」

 「なるほど……。」

 「魔術師じゃないから呪刻の破壊は無理でも、
  位置をメモるぐらい出来るから、後で遠坂が破壊してくれよ。」

 「あんたも、まともな会話出来るのね。」

 「失礼な。
  さっきのは、セイバーが質問したから、
  思った通り答えたまでだ。」

 (素直に答えて、あれか……嫌な想像するわね。
  その都度、きっちり説明して置く必要がありそうね。)


 凛は、密かに士郎の扱いに対する注意事項を胸に刻む。
 そして、昼食を再開する。


 「じゃあ、放課後、屋上で待ち合わせで、どうかしら?」

 「上から下に攻めるのか?」

 「そう。
  そして、反対の階段から真ん中に向かって調べて落ち合ったら、
  見つけた呪刻の位置を教えて。」

 「了解。」


 この時点でお弁当は、ほぼ空になっていた。
 凛は、ある疑問が浮かんだ。


 (気のせいかしら?
  セイバーが、一番食べていたような……。)


 凛の思考の途中で、士郎が声を掛ける。


 「質問していいか?」

 「何?」

 「まず、一つ目。
  俺達が呪刻を破壊して回って、2、3日の猶予から
  3、4日に増えたりするか?」

 「それは難しいわね。
  ただ、『明日、発動する』なんて事には、
  ならないようにするつもりではいるけど。」

 「なるほど、そうなると明後日以降に
  敵マスターと必ず接触だな。」


 士郎の言葉に全員が真剣になる。


 「もう、一つ。
  結界が発動したとして、俺達は動けるのか?
  溶解するって話だと結界が完成したらアウトだ。
  学校には近づけないぞ。」

 「魔術師なら結界張られても、暫くは動けるはずよ。」

 (魔力が溶解する身代わりにでもなるんだろうか?)

 「そうなると結界が発動した時点で、俺は役立たずだな。」

 「ええ、そうなるわね。」


 士郎は、考え込む。
 凛とアーチャーは、魔術師でもない士郎が、何を考えているのか疑問に思う。


 「出来れば、今日か明日にでも敵の情報が欲しいな。
  でも、それは無理だろう。
  遠坂が、魔力を検知出来る様に相手も出来るはずだ。
  結界を張って有利な敵が、リスクを負って姿を現す筈がない。
  敵マスターが動くのは、俺達が学校を去った後と考えるのが妥当だな。」

 (意外ね。
  思ったより、的を射た事を言っているわ。)

 「そうなると相手は、暗闇の中を徘徊する事になる。
  もしかしたら、普通のブービートラップなんかが威力を発揮するかもしれない。」

 「面白い考えだな。
  サーヴァントにダメージを与えられないにしても、
  マスターに一泡吹かせられるかもしれない。」


 アーチャーが、士郎の意見に乗っかる。


 「アーチャーは、罠を仕掛けた経験とかあるか?
  俺は、公園で落とし穴を作ったぐらいしかないんだが。」

 「少しは経験があるが、屋内となると余り経験がないな。」

 「じゃあ、没かな?」

 「何も物理的なものでなくても、
  魔術的なものを仕掛ければいいのではないですか?
  魔術師の工房に罠が仕掛けてあるのは定石です。
  リン、貴女の工房の罠で、
  短期間に設置出来るものを幾つか用意出来ませんか?」

 「そうねえ、殺傷能力が低くても良いのであれば……。
  余り高度なものだと逆に警戒されるし。」

 「だとしたら、呪刻を偏って破壊しないか?
  ある1箇所だけ極端に破壊されれば、気になって調べるはずだ。
  『なんで、ここだけ?』『結界に弱点でもあるのか?』って。
  そこは敵マスターが、必ず調べなければいけない場所になる。
  そこにトラップを仕掛けるんだ。」

 「それは、ダメよ。
  見つけた呪刻は、全て破壊しないと発動時期を早められかねない。
  敵と接触する準備期間が短くなってしまったら、作戦も立てられないわ。」

 「しかし、小僧の意見も一理ある。
  罠は結果的に一番多く呪刻を破壊出来た場所に設置すればよかろう。」

 「フフ……。」


 凛が、笑みを溢す。


 「意外だったわ。
  防戦一方になると思われたけど、
  一矢報いる事が出来そうだもの。」

 「では、放課後、呪刻を破壊しながら罠の設置。
  罠の用意は、リンに任せます。」

 「分かったわ。
  午後の授業中に考えて置くわ。」

 「後は、結界が発動した時の事を
  考えなければいけません。」


 士郎は、ここで空になったお弁当を仕舞い、デザートのクッキーを取り出す。


 「良ければ食べてくれ。」

 「デザートまで作ったの?」

 「それは、藤ねえの脱出用のアイテムの残りだ。」

 「分からないけど、あえて突っ込まないわ。
  また、脱線するから。」

 「そうしてくれ。
  後、人の甘味がどれぐらいか分からないから、
  甘党の人は、これを使ってくれ。」


 士郎は、蜂蜜を取り出す。
 セイバー、凛、アーチャーは、士郎に勧められて先に一口食べる。


 「わたしは、丁度いいぐらいだけど。」

 「私もです。」

 「別におかしな所はないようだが。」

 「そうか。」


 士郎も、クッキーを摘まむ。


 「実のところ、味見してなくてな。
  お前達が大丈夫って言うんなら心配ないな。」

 「「「!」」」

 「シロウ! 私達に毒見をさせたのですか!?」

 「結果的に言えば、そうなる。」

 「最低……。」

 「っ!」


 三人は、士郎を睨みつけるが、士郎は、無視して話を再開する。


 「で、結界が発動したら?」

 「シロウを真っ先に見捨てます。」

 「わたしも、そうする。」

 「私も、乗せて貰おう。」


 三人は、仕返しとばかりに息を合わせる。


 「ああ、それでいいんじゃないか。」

 「「「え?」」」

 「だって、発動したら時間との勝負だろ?
  俺を含めた学校の人間が溶ける前に
  倒さないといけないじゃないか。」

 「何か真面目に話してるのに
  わたし達が茶化したみたいになってるじゃない。」

 「自己嫌悪させるように嵌められたのか?」

 「シロウなら有り得ますね。
  一体、何処までが本気で何処からが偽りなのでしょうか?」


 士郎は、更に話を進める。


 「解決の鍵は、発動後の敵との接触だな。
  早期に接触しないと被害が広がる。」

 「うう……何かしっくりこないけど。
  真面目な話だから。コホン。
  この時ばかりは敵のサーヴァントも、姿を現すと思うわ。
  結界を操作しないといけないから。
  操作している間は、魔力を辿って発見出来るはずよ。」

 「マスターを追えない以上、敵サーヴァントの消滅が条件だな。
  問題はサーヴァントを倒しても、結界が消えなかったらってとこだな。」

 「どういう事?」

 「マスターを抑えれば、辞めさせろって脅迫して確実に止められるけどさ。
  サーヴァント倒しただけじゃ、結界が確実に止まるかどうか分からない。
  よく映画であるだろ?
  死に際に時限爆弾仕掛けて道連れにしようとするヤツ。
  あれと同じでサーヴァントが死んでも結界が動き続けたらって話。」

 「確かにサーヴァントを倒しても
  効力が消えるまで時間が掛かってしまっては……。」

 「…………。」


 最悪の事態を想像し、暫し沈黙した時間が流れる。


 「セイバー、その時は、宝具を使って結界に穴を開ける事出来ないかな?
  そして、学校の人間を外に運び出して欲しい。」

 「シロウ……分かりました。
  私は、貴方の剣です。
  貴方が望むなら力を貸します。」

 「まさか、士朗が、ここまでの覚悟だったとはね。
  ……仕方ない。
  その後のフォローは、わたし達が受け持つわ。」

 「フォロー?」

 「学校の人達の事後処理や監督役への連絡。
  宝具発動後は、セイバーの魔力は極端に落ちるはずだから、
  別のマスターが襲って来た時にアーチャーが助太刀する事よ。」

 「遠坂、お前っていい奴だな。」

 「は? これは交換条件みたいなもんよ!
  勘違いしないで!
  ・
  ・
  それにわたしだって、このマスターには頭に来てんだから。」


 凛は、フンとそっぽを向く。


 「しかし、貴様が茶々を入れなければ、
  綺麗に話しは纏まるというのに……。」

 「全くです。」

 「その通りだわ。」

 「じゃあ、放課後、屋上集合という事で。」


 昼休み終了の予鈴がなり、士郎達は、屋上を後にした。


 …


 帰りの階段で、セイバーが思い立った様に呟く。


 「しまった……。」

 「どうした?」

 「私の宝具は、威力が有り過ぎるので、
  結界に穴を開けた時、周りの民家が被害を受けてしまいます。」

 「今更……。」

 「どうしましょうか?」

 「あれだけカッコイイ事言った手前、訂正出来ないな……。
  仕方ない……。
  宝具を使わない方向で頑張ろう。」

 「失敗出来ませんね。」


 士郎は、溜息をつくと教室へと向かった。



[7779] 第31話 結界対策会議②
Name: 熊雑草◆890a69a1 ID:9b88eec9
Date: 2010/08/27 00:23
 == Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==



 午後の授業が開始されると、士郎と後藤君は、再び寝続ける。
 そんな士郎を霊体化したセイバーが仕方なく見守る。


 (シロウ……。
  今日の放課後から呪刻を探すというのに
  貴方は、緊張感がなさ過ぎる。)


 セイバーは、主の態度に怒りを抑えつつ放課後を待った。
 一方、凛は、午後の授業中、ひたすら使用する罠を考えていた。


 (やっぱり、守るよりも攻める方が
  わたしの性に合っているわね。)

 (凛……。
  何を考えているか知らんが、
  さっきから、一人百面相になっているぞ。)


 アーチャーは、主の態度に溜息をついた。



  第31話 結界対策会議②



 放課後、屋上に士郎と凛と彼らのサーヴァントが集合する。
 凛は、早速、使用出来る罠のリストを見せる。


 「これが設置出来る罠のリストよ。」

 「かなりの数があるな。」

 「それだけ、リンが優秀な魔術師であるという事です。」


 セイバーの言葉に気分を良くする凛。
 一方、私の主も魔術師であればと心で嘆くセイバー。
 話を進めるため、アーチャーが凛に質問する。


 「凛、その中のどれを何処に配置する予定なのだ?」

 「え?」


 アーチャーの至極真っ当な質問に凛は固まる。
 そして、固まる凛に士郎が話し掛ける。


 「なんで、『え?』なんだよ。
  使い方の説明まで備考欄に書いてあるんだから、
  当たりは、つけたんだろう?」

 「…………。」

 (遠坂の家系の呪いが発動したな、凛。
  仕方ない……。)


 アーチャーは、主に助け舟を出す。


 「凛は、他者の意見を尊重しようとしたまでだ。
  お前達もリストの罠を頭に入れて意見を言って欲しい。」

 「そ、そう! それ!」

 「そうなのか?
  でも……。
  アーチャーの意見がいきなり矛盾したのは、なんでだ?」

 「気にするな。」

 「いやさ……。」

 「気にするな!」

 「なんでさ?」


 アーチャーのやり取りを見て、セイバーは感心する。


 (なるほど。
  シロウを制するには、強引さも有効のようですね。)


 アーチャーに押し切られた士郎は、仕方なく黙ってリストに目を移す。


 「バラエティが広いな。
  条件に合わせて絞ろう。」

 「全部使わないの?」

 「そうだな……。
  例えば、遠坂が仕掛けられるだけの罠を仕掛けたとしたら、
  魔力の気配が強くなってバレたりしないか?」

 「バレるわね……。」

 「調子に乗って盛大に仕掛けてもいいが……。
  次の日、他の生徒が来る前に解呪するのって簡単なのか?
  呪文、一つで全部消せるんなら仕掛けるけど。」

 「出来ない事もないけど……。」

 「どうする?」

 「……絞ろうかしら。」


 凛は、盛大に作り過ぎたリストと自分のテンションの高さを反省する。


 「さて、どのように絞る?」


 アーチャーの質問に沈黙する場。
 仕方なくアーチャーが話を進める。


 「意見があがらないなら、私から提案するが?」

 「お願いするわ。」

 (やけに大人しいですね。
  こういう事は、得意だと思っていましたが。)


 士郎は、リストを見たまま沈黙している。


 「まず、罠の有効性から絞りたい。
  発動範囲、罠に嵌った時の確実性と言ったところだな。」

 「狙いは、サーヴァントにしますか?
  それとも、マスターにしますか?」

 「当然、マスターだろうな。
  先ほど言った確実性を活かすなら、サーヴァントよりマスターだ。」

 「そうね。
  ダメージを与えるならマスター。
  ただ……。
  当然、先にサーヴァントから安全を確認するだろうから、
  サーヴァントの対魔力で私の罠なんてキャンセルされるはず。
  罠が発動してもマスターに届かない可能性が高いわ。」

 「…………。」

 「シロウ、何か思い付きませんか?」

 「ん? ああ。
  それなら、2通りあるぞ。
  ・
  ・
  まず、教室に入ったらって条件で罠を仕掛ける。
  サーヴァントが確認しに、先に教室へ入るはずだから、
  二人目が入ったら発動する。
  この時、発動するのは教室全体と入り口近辺。
  サーヴァントとマスターに距離が開いているはずだから、
  サーヴァント側は足止め出来るヤツで、マスター側は少々強力でいいと思う。
  ・
  ・
  もう一つも同じ要領で先にサーヴァントが教室に入ったら、
  廊下で待っているマスター側で発動させるんだ。
  即効性のヤツがいい。
  入り口の反対側の壁で発動すれば背後から確実だと思う。」


 士郎は、言うだけ言うと再びリストを見始める。


 「何……コイツ?」

 「何故、こんなにスラスラ出て来るのだ?」

 「貴方達も経験があるでしょう?
  シロウにしてやられたという事が。」

 「そういえば……。
  士郎って、こういう事に特化しているの?」

 「特化というか……話を聞いている以上、習慣ですね。」

 「…………。」

 「傍から見れば迷惑この上ない習慣だが……。
  まさか活かせる場面があるとはな。」


 珍獣でも見るように三人は、士郎を凝視する。


 「その習慣を持っている士郎が、何で、静かなの?」

 「それが不気味なのです。」

 「……いい予感はしないな。」

 「くっくっくっ……。」

 「何? 笑い出したわよ。」

 「遠坂。」

 「な、何よ。」

 「お前、五大元素みたいなのを安定して使えるだろ?」

 「な!?」

 「RPGなんかだと、『地』『水』『火』『風』が、
  よく使われるから検討がついた。
  ただ、あと1個、訳の分からない要素があるけど……。
  それは、どうでもいいや。
  『雷』とか『金属』とか『木』の類だろうからな。」

 「あんた、そのリスト見て判断したの!?」

 「まあ。」

 「じゃあ、沈黙してたのって……。」

 「お前の特性を見極めてた。」


 凛のグーが、士郎の顔面に炸裂する。


 「卑怯者!
  あんた、ただで人の情報を手に入れたわね!?」

 「卑怯じゃないぞ。
  黙ってていいところを、ちゃんと言っただろ?」

 「~~~っ!」

 「凛、落ち着け!」

 「その代わり、こっちも情報提供するからさ。」

 「魔術師でもないあんたが、何を提供出来るのよ!」

 「さっき、もう提供しただろ?」

 「罠の事?」

 「そう。」

 (っ! 先越された感じだわ!
  でも、特性がバレたぐらいなら、まだ、大丈夫……のはず。)

 「で! 他には!」

 「え? まだ、欲しいの?」

 「当たり前よ!
  士郎のやった事は、セクハラみたいなもんなんだから!」

 「セクハラ……。」


 士郎は、セイバーを見て訊ねる。


 「俺の判断で少し漏らしていいかな?」

 「一応、貴方の戦略には、及第点を置いているので許可します。」

 (ギリギリか……。)


 士郎は、凛に向き直る。


 「じゃあ、少し。
  アインツベルンのサーヴァントは、バーサーカーだ。
  とてつもなく強いから、会ったら逃げろよ。」


 凛とアーチャーが驚いている。


 「何で、そんな事知ってんのよ!?」

 「これ以上は言えない。」

 「まさか、接触したのか!?」

 「想像に任せる。」

 「…………。」

 「アーチャー、もしかしたら士郎と組んだ方が
  情報が入って来るんじゃないかしら?」

 「そうかもしれん。
  だが、それは、学校のマスターを排除してから、
  考えても遅くはない。」


 相談モードに入ってしまった凛とアーチャーに士郎が話し掛ける。


 「これでいいか?
  と、言っても、これ以上は提供しないが。」

 「ええ、いいわ。
  あなた達が有力な情報を持っているというだけでも、
  協力した甲斐があったもの。
  ・
  ・
  おしゃべりは、ここまで。
  呪刻を破壊しに行くわよ。」

 「罠は?」

 「あんたの決めた通りにして置くわ。
  休み時間の時、呪刻を多く破壊した場所に
  設置する事は決まってたでしょ?」

 「そうだったな。
  呪刻を破壊した後じゃないと罠を仕掛けられないんだった。」

 「そういう事よ。」

 「じゃあ、遠坂に呪刻を握り潰して貰うか。」


 凛のグーが、士郎に炸裂する。


 「その話を蒸し返すな!」


 長話で生徒が下校する時間は大きく過ぎ、校内は静まり始めていた。
 屋上を出ると士郎と凛は反対の方角へと別れ、行動を開始した。


 …


 連日のガス漏れ事故と殺人事件。
 部活動も禁止され、残っている生徒はほとんどいない。


 「さて、やるか。
  セイバー頼むな。」

 「分かりました。」


 調べる階に人が居ない事を確認するとセイバーは現界する。
 セイバーは、階段から最初の教室まで何もないのを確認すると最初の教室に入る。
 士郎もセイバーの後に続いて教室に入る。
 セイバーは、入り口からゆっくりと歩き始めると直ぐに立ち止まる。


 「シロウ、ここです。」


 セイバーは、黒板の中央付近を指差す。


 「やっぱり、何も分からんな。」


 士郎は、鞄の中からメモ帳とペンを取り出すと位置をメモする。
 その後、教室を一周するが、他には怪しい箇所を見つけられなかった。


 「こんな事を遠坂は、やっていたのか。
  確かに時間が掛かって後手に回るはずだ。」


 その後、同じ様に廊下を注意深く歩き、教室に入り確認する。
 そして、セイバーは、3個の呪刻を発見して凛達と落ち合った。


 「どうだった?」

 「4つだけですが見つけました。」

 「上出来よ。」

 「ここで見つけた。」


 士郎は、メモを見せる。


 「遠坂が見つけた呪刻の場所も、一応、教えてくれ。」

 「いいけど。
  そんなのどうするの?」

 「一応な。」


 士郎は、凛の探し出した呪刻もメモに加える。
 凛は、士郎のメモした呪刻の場所へ向かうと呪刻を破壊する。
 その間に士郎達は、次の階に行き呪刻を探す。
 この作業を繰り返して、1階まで辿り着いた。


 「かなり、破壊出来たわね。」

 「呪刻を探すのって集中力いるんだな。」

 「そうよ。
  大変だって言ったの分かる?」

 「ああ。」


 士郎は、呪刻の位置を記したメモを廊下の真ん中に並べる。


 「何してんのよ。」

 「もしかしたら、規則性ないかと思って。
  ドラクエの小さなメダルを探す時に
  最初は、レミラーマを使えないから、勘を頼りに探すんだけど……。
  街の角とか意味のない花壇に落ちてる事が多いんだ。」

 「ドラクエって……。」


 士郎は、何となくで赤ペンで印を付けていく。


 「遠坂。
  もう1回、いいか?
  俺の割り出した勘の箇所だけでいいから調べてくれないか?」

 「いいわ。
  やる気を見せてくれているんだから、
  期待には応えましょう。」


 士郎達は、屋上に上り呪刻を破壊しながら、再び一階に戻って来る。


 「的中率76%……。
  納得いかない……。」

 「凛、私も同感だ。」

 「私は、シロウのデタラメ加減には慣れて来ました。
  しかし、最初は、リンと同じ反応をしていました。」

 「何言ってんだよ。
  呪刻を破壊出来たんだからいいじゃないか。」

 「それにしたって……的中率が高過ぎるわよ。」

 「それは遠坂が優秀な生徒だから、そう思うんだ。」

 「何よ、それ?」

 「俺だってランダムで機械が勝手に作ってたんなら、予想は出来ないさ。
  しかし、今回は、人の意思が介入しているからパターンが出来るんだよ。」

 「それ、わたしと関係ないじゃない。」

 「大いにある!
  遠坂みたいに優秀じゃない生徒は、赤点取らないように必死なんだ。
  そいつらにとって重要なのは、選択問題での正答率!
  答えが分からずとも当てるためには、
  選択問題の配置パターンを作る教師の意思を読み取る事!
  そいつら……いや、俺達は、その行動パターンを必死に割り出し、
  赤点を回避しているのだ!」

 「…………。」

 「頭が痛い……。
  何で、自分が馬鹿である事の証明を力説されるのかが分からない……。」

 (全くです。)
 (全くだ。)

 「それにしても……。
  分かるかどうかもしれない人の意志を汲み取ってる暇があったら、
  普通に勉強して点数稼ぎなさいよ!」

 「遠坂さんは、人の心が分からない!
  勉強したくないから、勘を働かせて赤点を回避するんだろうが!」

 「他人の心を把握する方が、遥かに難しいでしょうが!」

 (シロウにとっては、例外かもしれません。
  日々、他人の思考を読み取ってからかい続けているのですから。)


 そして、士郎と凛が揉めている時、女の悲鳴が響き渡った。



[7779] 第32話 結界対策会議③
Name: 熊雑草◆890a69a1 ID:9b88eec9
Date: 2010/08/27 00:23
 == Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==



 響き渡る女の声は、恐怖によるものが感じ取れる。


 「行くわよ! アーチャー!」


 凛は、立ち上がり悲鳴のした方を睨む。


 「頑張れよ。」


 士郎は、シュタッと手をあげる。


 「あんたも来る!」


 凛のグーが、士郎の顔面に炸裂した。



  第32話 結界対策会議③



 凛とアーチャーに遅れて、士郎とセイバーが後を追う。


 「士郎! 遅いわよ!」

 「鞄と荷物があるから……。
  荷物の弁当箱のせいでバランスが取りづらいったら、ありゃしない。」

 「…………。」


 士郎以外の三人が、頭を押さえながら走る。


 「先、行く!」


 凛とアーチャーは、一足先に悲鳴のした場所へ向かった。


 …


 半分開けられたドアから夕日が差し込む。
 夕日は、廊下全体を照らしていた。
 そして、廊下に倒れていたのは、この学校の女生徒だった。
 凛が女生徒を抱えて調べ始める。
 暫くして、ようやく士郎達が到着する。


 「被害にあったのは、この女生徒か?」

 「ええ。」

 「血とか出てないから、平気か?」

 「平気じゃないわ。
  生命力が抜き取られてる。
  このままじゃ、死ぬわよ。」

 「救急車を呼ばないと。」

 「そんな物、呼んでも無駄よ。
  わたしが、何とかする。」


 凛は、ポケットから宝石を取り出すと治療を始める。
 しかし、差し込む夕日の強い光が集中を邪魔する。


 「閉めるか?」

 「お願い。」


 士郎がドアを閉めようとした時、何かの音が士郎の耳に入る。
 意識を注意深くしたその時、何かが飛ん来たのだと認識する。
 それは、間違いなく凛の顔面を狙っている。
 士郎は、手に持っている鞄で、それを防いだ。


 「何!?」

 「何か飛んで来た!
  ・
  ・
  杭?
  ・
  ・
  俺の鞄に穴がーっ!」

 「敵サーヴァントの攻撃だ!」


 アーチャーが、ドアの前に立ち警戒する。
 杭に繋がる鎖がジャラジャラと巻き取られて行く。


 「女の子の顔に……こんなもの投げつけるなんて!」

 「士郎……。」

 「遠坂だったから、いいようなものを!」


 凛は、治療を中断し、士郎の顔面にグーを炸裂させる。


 「このアンポンタン!」

 「凛、小僧は放って置け!
  ドアから離れるぞ!」


 アーチャーの声で、凛は、正気に戻る。
 セイバーが肩を貸し、凛と二人で女生徒を移動させる。
 一方、士郎は……。


 「くそっ!
  サーヴァントの攻撃のせいで、また殴られた!」

 (自業自得だ……。)

 「一泡、吹かせてやる!」


 士郎は、近くの教室の下にある小窓を蹴破ると鞄から杭を引き抜き、柱に固結びする。


 「そんな事をしてもサーヴァントの力で柱ごと持って行かれるぞ!」

 「そんな事は分かってる! 時間稼ぎだ!」


 巻き取られる鎖がピンとしなり、柱がギシギシと音を立てる。
 士郎は、鞄から蜂蜜を取り出すと杭と鎖にたっぷりと蜂蜜を掛ける。


 「よし!」


 士郎は、ドアから離れて凛達の居る場所まで下がる。


 「何をやっているのですか、シロウ!」

 「このまま、ただ、やられっ放しでいられるか!
  まともに戦ったら勝てないから、これぐらいで許してやる!」

 (微妙に情けない……。)

 「無駄ね……。」
 「無駄な事を……。」


 柱が限界を向かえ、杭と鎖が激しく跳ね回りながらドアの向こうに消える。
 そして、数秒後……。


 「キャーーーッ!」


 女性の悲鳴が辺りに響いた。


 「ふ……見ろ。
  敵サーヴァントは、女だ。」


 得意げな顔の士郎に対して、頭を抱える他三人。
 そして、今度は、ドアの辺りがビシビシと石化していく。


 「石化能力もあるみたいだぞ。」


 三人は、頭痛も引き起こす。


 「こら、ライダー!
  僕まで石化しているじゃないか!?」


 マスターの声と思われる会話が聞こえる。


 「敵サーヴァントはライダーで、マスターは男だ。」


 三人は、頭痛の他に眩暈もする。


 「ああっ、慎二!
  すいません! 直ぐに石化を解きます!」

 「もう、いい!
  僕を担いで撤退しろ!」


 士郎以外の三人は、完全に脱力する。


 「マスターは、意外な事に間桐慎二だ。」

 「もう、いや……。
  何? この展開……。」


 凛は、女生徒を抱きしめながら項垂れている。
 セイバーもアーチャーも憔悴し切っている。


 「全て俺の作戦のお陰だな。」


 フッと軽く笑い、得意げな士郎。


 「わたしは、認めないわ!
  こんな聖杯戦争なんて!」


 納得のいかない状態に怒りをあらわにする凛。


 「サーヴァントの戦闘に蜂蜜を用いるなど……。」


 妙な戦略に頭痛が増すアーチャー。


 「情報が入り喜ぶべき所なのに……。
  脱力するのは、何故でしょうか?」


 緊張するサーヴァントとの接触が裏切られて脱力するセイバー。


 「しかし、これだけは言えるな。
  敵のライダーは……。
  ・
  ・

 本日、始めての心の結集。


  ドジっ子だ。」
 「ドジっ子ね……。」
 「ドジっ子ですね……。」

 「間違いなくな。」


 士郎の意見に初めて他の三人は同意した。



[7779] 第33話 結界対策会議④
Name: 熊雑草◆890a69a1 ID:9b88eec9
Date: 2010/08/27 00:24
 == Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==



 人生には、常に予想外の事態が付き纏う。
 それが不測の事態なのか? 
 緊急を要する事なのか?
 思いもかけない幸運をもたらすものなのか?

 得てして、ここに居る4人は、脱力と情報を同時に手に入れた。


 「これで戦いにおいて
  有力な情報を手に入れる事が出来たな。」

 「こっちの気は、思いっきり緩んだけどね……。」


 一度抜けた気を引き締め直すのは、熟練した者でも容易にはいかない。
 凛は、暫く動く気になれなかった。


 「ところで、マスター。」


 アーチャーが、何かに気付いて凛に声を掛ける。


 「何?」

 「いつまで、その娘を抱いているつもりだ?」



  第33話 結界対策会議④



 凛は、何かに縋る思いで抱きしめていた女生徒に目を移す。


 「忘れてた。
  治療の続きをしないと。」


 士郎達に見守られる中で、凛は、宝石の魔力を使い呪文を紡ぎ治療を完成させた。


 「遠坂って、やっぱり凄いんだな。」

 「とりあえず、この子は、もう大丈夫よ。
  直に目を覚ますでしょう。」


 凛の言葉に全員にホッとした溜息が漏れる。


 「じゃあ、ここに置いてくか。」

 「あんたねぇ……。
  何もしてないんだから、保健室ぐらいには運びなさいよ。」

 「なんで、俺なんだよ?
  遠坂には、アーチャーという立派な肉体労働者が居るじゃないか?」

 「誰が肉体労働者だ!」

 (そういえば、シロウは、私にアルバイトをさせましたからね……。
  サーヴァントを扱き使うぐらい何とも思わないのかもしれませんね。)

 「兎に角、この子を放置出来ないでしょう?」

 「じゃあ、お前が連れてけよ。
  よく言うだろう?
  『家に帰るまでが遠足です』って。
  だから、ベッドに連れて行くまでが治療です。」


 凛は、頭を抑える。


 「リン、私が連れて行きます。」

 「セイバー、申し出は嬉しいんだけど、
  放課後とはいえ、人を連れて歩いていたら、
  人に見つかった時に、直ぐに霊体化出来ないでしょう?」

 「呪刻を探している時は、身軽でしたから……。
  言われれば、そうかもしれないですね。」


 凛とセイバーは、士郎を見る。
 続いてアーチャーが、士郎を見下ろす。


 「分かったよ。
  運ばせて頂きます。」


 士郎は、女生徒を肩に担ぐ。


 「米俵か何かじゃないんだから……。」

 「お姫様抱っこの方がいいか?」

 「…………。」

 「まあ、どうでもいいわ。」

 「!!
  遠坂……。」

 「何よ?」

 「コイツ……胸でかいぞ。」


 凛とセイバーが、申し合わせたようにグーを炸裂させる。


 「セクハラ!」
 「ハレンチです!」


 士郎は、何とか倒れずに踏み止まる。


 「お前らな!
  このまま倒れたら、この子にブレーンバスター掛けちまうじゃないか!」

 「あんたが、そんな事言うからいけないんでしょ!」

 「確かにそうかもしれないけど……。
  女を運ぶ時って、どうしても当たるじゃんか!
  お姫様抱っこしたら、手に当たるし!
  背負ったら、背中に当たるし!」

 「上下逆にして運べば?」

 「コイツの背骨が折れてもいいなら、そうする。」

 「あ~~~!
  もう、分かったわよ!
  分かったから、胸が当たっても余計な事言わないで!」

 「分かった。
  ・
  ・
  でもさ、前から疑問に思ってたんだ。」

 「何がよ。」

 「テレビなんかだとさ。
  主役の男性が、平気で女性を抱っこしたり背負ったりするだろう?
  あれって、俺が見ても『セクハラじゃん?』って思う時があるわけ。
  女性から見て、あれって許されるのか?」

 「正直、わたしは嫌ね。」

 「だったら……。
  嫌悪感持たれる前に、正直に言った方が……。」

 「だからって、あんたみたいに
  口に出すのは、もっとイヤ!」

 「そうなのか?」

 「そうなのよ!」


 士郎と凛は、喚き散らしながら保健室へ向かう。
 残されたサーヴァント達は、感想を漏らす。


 「あんなに自分をコントロール出来ない凛を見るのは初めてだ。」

 「仕方がないでしょう。
  デタラメな人なのですから。
  私のマスターは……。」

 「お互い苦労するな。」

 「真っ当なマスターを持って、よく言います。」


 セイバーは、軽く微笑むと士郎達の後を追う。
 アーチャーは、彼女の懐かしい微笑を見て苦笑いを浮かべると後に続いた。


 …


 女生徒を保健室のベッドに寝かしつけると、士郎達は、空いている教室に入り会話を始める。


 「結界の発動が近いけど、
  マスターが割れたから、攻めに移行出来るわね。」

 「俺のお陰でな。」

 「凛、マスターが割れたなら学校で呪刻を破壊し続けるよりも
  マスターを始末した方が早い。」

 「そうね。」

 「我々も協力しますか?」

 「戦う上でサーヴァント二体というのは心強いわね。」

 「では、我々も夜の巡回に参加すべきですね。」


 セイバーは、士郎に視線を移し了解を得ようとする。


 「俺は、巡回は不毛だと思う。」


 即答で反対をする士郎に対して、凛が不機嫌を顔に表す。


 「理由を言ってくれる?」

 「敵の情報を得る事が出来て、こちらが有利になったのは確かだ。
  しかし、その反面、相手にも警戒心を与えてしまった。
  まず、慎二は、自分の縄張りや家には戻らないと思う。」


 凛は、手を顎に当て士郎の言葉を頭の中で処理していく。


 「続けて。」

 「闇雲に探す巡回に慎二は引っ掛からないと思う。
  じゃあ、どこで襲ってくるか?
  結界という罠を張ったこの学校しか考えられない。
  俺達がやるべき事は、学校での戦闘方法の検討と
  結界が発動してしまった時の対策。追跡よりも待ち伏せ。
  慎二を倒した後の結界の被害の事後処理だと思う。」

 「見つかるかどうか分からない慎二を探すよりも、
  確実に現れる学校での対策を考える……という訳ね。」

 「そうだ。
  だから、巡回するぐらいなら夜も学校に居て欲しい。」

 「学校? どういう事?」

 「結界を張っている慎二が出来る事って、結界を完成させる事だけだろ?
  慎二が、結界に手出しが出来るのは夜だけだ。
  慎二だけに注意して結界を完成させないで欲しいんだ。」

 「確かに今までは、誰彼構わず疑わなければいけなくて
  注意の目が散漫だったけど……。
  慎二、一人でいいなら難しくはないわね。
  慎二にさえ気を付けていれば、新たな呪刻が急に増える事はない。」


 凛の言葉に士郎は頷き、話を続ける。


 「そして、これは戦闘をする事と被害を少なくする対策でもある。
  未完成の結界は、人間を溶かすスピードが遅くなるはずだ。
  俺達の戦闘時間の延長が許される。
  また、威力が弱いなら被害も少なく出来るはずだ。
  だから、戦闘になった時、確実に使われるであろう結界は、
  未完成である事を条件に加えたいんだ。
  ・
  ・
  どうかな?
  結界って言葉のパターンからの予想だけど。」

 「巡回するぐらいなら、学校で警戒する方が正解のようね。」

 (合ってるのかな?
  とりあえず、進めよう。)

 「それとトラップを仕掛ける手はずになっていたが、それもなしにしよう。
  マスターが割れた以上、マスターを嵌める必要もない。
  そもそも、慎二は、現れないはずだから。」

 「折角、考えたのにちょっと残念ね。
  でも……。」

 「ああ、それにしてもだな……。」

 「私は、慣れました。」

 「どうしたんだ?」


 全員の視線が、士郎に集まる。


 「あんた、二重人格なんじゃないの!?」

 「何、言ってんだ? 遠坂?」

 「私も凛と同じ意見だ。
  あれだけふざけた事をしている貴様が、
  何故、まともな戦略を立てられると思う?」

 「戦略的には、普通かと思うんだが……。」

 「普通?
  その割には、スラスラと出て来たじゃない。
  魔術師の知識もないくせに……結界の対策とか。」

 「遠坂は、ゲームとかしないのか? RPGとか。」

 「…………。」

 「しないわ。」

 (なんだ? 今の沈黙?)

 「RPGをやるとキャラクターを使ってゲームするんだが、
  魔法使いとか僧侶とか戦士なんてのを操るんだ。」

 「それで?」

 「敵の中には、人質を盾に結界を張るなんてのはザラだ。」

 「ザラ……何でよ?」

 「演出だ。
  ・
  ・
  そして、大抵発動する。」

 「ダメじゃない。」

 「しかし、そこで、場を盛り上げるために解決の切り札が用意されている。」

 「何で、用意されてるのよ?」

 「ゲームだからな。クリア出来ないと。
  そのパターンの一つが、プレイヤーの操るキャラクターが粘ったお陰で、
  最後に結界に亀裂が入り逆転とか結界の威力が弱くて逆転などだ。」

 「なるほどね。
  ゲームの作成者は、意図してピンチと解決策を用意する訳ね。」

 「でも、俺達は、ゲームをする訳じゃないだろ?」

 「そうね。」

 「だったら、ピンチの演出など要らないだろ?」

 「そうね。」

 「だから、まどろっこしいのしないで直接の原因の慎二を
  意識するように間を省けば……今の様な話になる。」

 「あんたの知識って、遊びからしか入らないわけ?」

 「義務教育の知識なんて大嫌いだ。」

 「…………。」

 「頭……痛い。」


 凛の反応を見て、アーチャーも口を開く。


 「私が気になるのは、話の内容ではない。
  真面目に意見を言えているのが疑問だ。
  ゲームからとはいえ、まともな意見を言えるのなら、
  普段のあれは、一体何なのだと言いたい。」

 「俺のささやかな楽しみだ。」


 士郎以外は、全員渋い顔をする。
 しかし、士郎は、無視して話を進める。


 「そんな事よりも戦闘に入ったら、どうするんだ?
  組織戦なんてやった事ないから、分からんぞ?」

 「気を取り直そう。
  ・
  ・
  マスターである凛と小僧は、後方。
  私とセイバーが、前衛の基本スタイルでいいだろう。」


 アーチャーの意見に、セイバーが追加の要求をする。


 「前衛の立ち位置は、私が前でアーチャーが後ろでお願いしたい。
  弓兵のクラス故、アーチャーは、私とライダーの戦闘での支援を。
  そして、万が一、我々が抜かれた時は、
  弓を持つ貴方が、マスター達を守って欲しい。」

 「心得た。
  私は、君より一歩引いて戦う事にする。」

 「わたしは、後方で魔術による支援ね。
  サーヴァントが2人も居るから、
  込める魔力も唱える呪文も練度の高いものが出来るわね。」

 「俺は、多分、戦闘に参加出来ないな。
  遠坂達が戦っている間、徐々に溶かされているだろう。
  そういう事で後方の守りは、遠坂だけでいいぞ。
  俺は、一般生徒に紛れて溶かされてるから。」

 「忘れていた……シロウは、魔術師ではないのでした。」

 「まあ、サーヴァントの戦闘に手出し出来ないのは、
  マスターも同じだから許容範囲だわ。」

 (シロウの受け流す能力は、意外と使えるのですが……。)

 「ところで、リン。
  今の話し方からするとマスターでは手出し出来ないと言いながら
  後方支援するというのは、矛盾があるように聞こえます。
  貴女は、何か奥の手でもあるのですか?」

 「流石ね、セイバー。
  一応、聖杯戦争を意識して準備して来たから、それなりのものはね。
  でも、今は、秘密にして置くわ。」

 「マスターである貴女が、切り札を持つ事は頼もしい限りです。」

 「ありがとう。」


 魔術師でない士郎は、完全に蚊帳の外となっている。
 しかし、それは仕方のない事と割り切って、士郎は、話を続ける。


 「戦闘は、それで戦えば問題なさそうだな。
  ・
  ・
  後は、結界だな。」

 「結界? シロウが溶かされる前に勝負を決めるつもりですが。」

 「そうじゃない。
  前にも言ったけど、
  ライダーが倒されても消えるかどうか分からないって事。」

 「そうでした。」

 「ライダーが倒されて消える結界だったらいいけど、
  ライダーが倒されても結界に内在する魔力が消えるまで効力を維持されたら?
  その効力が、2,3日平気で続くようなら?」

 「拙いわね。
  やっぱり、ライダー自身に
  結界を解除させてからでないと倒せない。」

 「手っ取り早いのが慎二を人質に取って、
  ライダーに命令を出させて解除させる方法だな。」

 「しかし、ぐずぐずしている時間もありません。
  ゆっくりしていたら学舎の人間が死んでしまう。」

 「…………。」


 暫しの沈黙が、良い案が浮かばない事を証明する。
 一足早く事態を整理したアーチャーが意見を投げる。


 「ライダーのマスターを捕獲する事は、優先順位として最優先だろう。
  ライダーのマスターについて話し合っては、どうだ?」

 「慎二か……。
  アイツも魔術師だったんだな。」


 士郎の言葉に凛は、ある事を思い出す。


 「おかしいわ……。
  慎二が、ライダーを呼び出せる訳ないのよ。」

 「なんでさ?」

 「慎二は、魔術回路を持っていないの。
  間桐……つまり、マキリは、魔術師として途絶えてしまった家系なのよ。」

 「じゃあ、誰が呼び出したんだ?
  慎二も魔法陣の誤動作か?」

 「きっと、慎二の祖父がライダーを呼び出して、
  マスターの権利を譲渡したんだわ。
  偽臣の書を使ったのかも……。」

 「マキリか……。
  令呪を作った家系なら、それぐらいの技術を持っているかもな。」

 (偽臣の書か……。
  書って事は、本なんだな。
  本か……本……本?)

 「しかし、妙だ。
  魔術師でもないものに命令権を譲って、どうするというのだ?」


 皆が、暫し考えに耽る。
 しかし、士郎は、理解出来ない言葉があるために別の質問をする。


 「その……偽臣の書って?」

 「本来のマスターが令呪を一つ消費して、
  マスターの権限を譲渡するのよ。」

 「令呪一つか……。
  ・
  ・
  なあ、こんなのはどうだ?
  魔術師じゃない者が、サーヴァントを持てば絶対に感知されない。
  マキリは、遠坂が学校にいるのを知っているんだから、
  魔力の感知出来ない慎二を送り込んだ。」

 「つまり……わたしの暗殺?」

 「実際、遠坂は、慎二を魔術師じゃないと決め付けていた。
  その油断をついて遠坂を上手く暗殺出来たら、
  再び権限を返して貰い本来のマスターが復帰する。
  遠坂が優秀なマスターで、アーチャーが強力なサーヴァントなら、
  令呪一つを犠牲にする価値があると思う。
  ・
  ・
  まあ、可能性の一つだけど。」


 凛とアーチャーが、思考して答えを返す。


 「小僧の推測は、的外れではないだろう。
  実際、凛は、敵のサーヴァントに狙われて武器を投擲された。」

 「これだな。」


 士郎は、鞄の穴を見せる。


 「ん?
  と、いう事は、あの女生徒は囮だったのか?」

 「許せないわ。」

 「慎二も、えげつない事するよな。」

 「慎二なんて、どうでもいい……。
  油断していたわたし自身に腹が立つ!」

 「それは、私も同感だ。
  マスターの危機に何も出来なかった。」


 自分への怒りで再燃する赤い主従。
 それを見て士郎は、後退してセイバーに耳打ちする。


 「なんか、火に油を注いじゃったな。」

 「ええ。
  しかし、彼らの気持ちはよく分かる。
  簡単に言えば、敵マスターの計略に踊らされていたのですから。
  敵マスターの誤算は、その場に士郎が居て暗殺を妨害された事です。」

 「俺?」

 「命の突きかけた女生徒の位置と中途半端に開いていたドア……。
  敵マスターは、リンが治療する事を見越していた。
  治療に専念すれば集中力は女生徒に向き、注意力が散漫になる。
  更にドアから入る逆光で投擲武器の位置は把握出来ない。
  ・
  ・
  この条件でリンが助かったのは、散漫になった注意力の代わりを貴方が代行したからです。」

 「確かにそうかもな。
  ライダーの武器は、鎖つきの杭だったから最初に鎖の音が聞こえた。
  そこで俺は、注意力を高めたから鞄で杭を受け止める事が出来た。」

 「…………。」

 「シロウ、シンジという人物は、
  そんなに策略に優れているのですか?」


 セイバーの質問に気を静めた凛が答える。


 「慎二にそんな策略を考える頭はないわ。
  その策略を考えたのは、祖父かライダーね。」

 (慎二……酷い扱いだな。)

 「では、結界を張る事を提案したのは?」


 更に質問するセイバーに凛が続けて答える。


 「それは、慎二の可能性が高いわね。
  英霊の戦い方と管理者の目に付くような戦い方を考えれば、
  サーヴァントと魔術師の思考とは考え難い。」

 (魔術は、秘匿されるってヤツだな。)

 「つまり、戦いの指揮を執っているのは慎二のようで……。
  本当は、サーヴァントによるところが大きい。」


 アーチャーが、更に補足を入れる。


 「大分見えて来たな。
  ライダーのマスターは、戦闘の時にどうするか?
  魔術が使えない者の強みを利用し、
  ライダーに戦闘をさせて自分は隠れる。」


 凛とアーチャーの意見にセイバーは焦る。


 「それでは、ライダーのマスターを見つけられない!」

 「いや、慎二の性格を考えれば学校に居るはずだ。
  アイツは、見下すのが大好きなんだ。
  俺達が慌てふためく様を見たいはずだ。」

 「そうね。
  わざわざ結界まで張るんだから、
  学校の中で気に食わない人が溶けて苦しむ姿を見に来るはずだわ。
  ・
  ・
  それでいて自分が一番大事な下種よ。」


 相手を分析し状況を認識し、戦う方向が見えて来た。


 「一つ……作戦を言っていいか?」


 士郎の声に全員が頷く。
 戦略という面では、セイバー以外の凛とアーチャーも士郎を認めてくれたようだ。


 「ライダーとの戦闘においての『石化能力』『鎖付きの杭の対策』は、
  サーヴァントであるセイバーとアーチャーに任せる。
  サーヴァントの能力は、把握出来ないから信じる事にする。」


 セイバーとアーチャーが頷く。


 「続いて、ライダーと戦うというより慎二をあぶり出す作戦。
  その1……慎二が望む状況を作り出す。
  学校の中での戦闘になるはずだから、
  ワザと狭い空間で戦い難いという演技をして
  セイバーとアーチャーは、ピンチを装ってくれないか?」

 「慎二を油断させるのね。」

 「理由は、もう一つ。
  慎二は、自分を認めないヤツの苦しむ姿を見たいはずだ。
  学校のみんなには悪いが、少し結界によって苦しんで貰う。
  この状況を慎二は見たくて校舎をうろつくはずだ。
  つまり、状況作りの時間稼ぎ。」

 「なるほど。」

 (信じられない……。
  士郎にこんな一面があったなんて。
  ・
  ・
  違うか……。
  普段の行いを凶悪にして利用すれば、こうなるんだ……。)

 「その2……ある程度、時間が経ったら派手に暴れる。
  これは、校舎を揺らすぐらいでもいい。
  大きな音を立てるのもいいだろう。
  振動や音により、慎二は、自分の危機を認識する。
  そうなるとどうなるか……。
  ・
  ・
  自分の身を守るためにいてもたってもいられない。
  そして、最後に頼るのは、自分のサーヴァント。
  慎二は、自分の下にライダーを呼び寄せる。
  そこを追撃して慎二を捕獲する。」


 士郎の作戦に全員が納得を持って返事を返す。


 「シロウ、いい作戦だと思います。」

 「あと……この前、話したヤツ。
  一応、漏れなく作戦を立てたつもりだけど、最悪も考慮する。
  慎二に逃げられ結界を破壊出来なかった時だ。
  その時は、セイバーの宝具で結界に穴を開ける。
  そこから遠坂とアーチャーと協力して学校の人間を救出するんだ。」

 「宝具の問題は解決していませんが……。
  角度と威力を調節して対応してみます。
  最悪の事態の場合は、宝具を使う事を約束しましょう。」

 「……わたし達のいる前で、宝具を使っていいわけ?」

 「問題ない。
  セイバーは、理解してくれた。
  それに俺達は、最後のサーヴァントになるまで遠坂達と戦わない約束だ。
  だとしたら、逃げ回るのが主体の俺達よりも、
  今後、戦いを主体に置く遠坂達の方が魔力を温存するべきだろ?」


 凛は、非常に納得いかないという顔をしている。


 「凛、提案に乗るべきだ。
  協力関係にあるから、小僧達も分かって譲歩している。
  それに小僧は、結界の中では一切戦えないのだ。
  その分、こちらがカバーすれば、等価交換は成立する。」

 「……分かったわ。
  その作戦に乗るわ。」

 「そんなに、気にしなくてもいいと思うぞ。
  サーヴァントが二体いて、最悪の事態まで行くとは思えないから。」

 「それもそうね。」


 凛は、ようやく納得の表情をする。


 「それと……。
  サーヴァントを倒して結界を解除した後は、どうすればいいんだ?
  救急車だけで大丈夫か?
  さっきの女生徒みたいに魔術を行使しないと助けられないって事ないか?」

 「そこは、任せて貰うわ。
  聖杯戦争の監督役ってのが居るから、そいつに骨を折って貰う。」

 「そんなのが居るのか?」


 アーチャーは、何かを思い出し険しい顔をして凛に声を掛ける。


 「凛、大事な事を忘れていないか?」

 「?」

 「小僧を教会に連れて行かなくていいのか?」

 「へ?
  ・
  ・
  あ~~~!」

 「なんだ?」

 「あんたを紹介するの忘れてた!」

 「誰に?」

 「言峰綺礼! 監督役!」

 「どんな奴だ?」

 「……陰険で最悪の奴よ。」

 「じゃあ、いいよ。
  そんな変なのと会わなくていい。
  今更、聖杯戦争の事、云々言われても二度聞きだし。」

 「そうね……。
  わたしから『最後の一人が現れた』って伝えとく。」

 (綺礼と会わせて、更なる修羅場を誘発する事はないわ。
  しかし……あの綺礼でも、怒らせる事が出来るんだろうか?)

 「それじゃあ、これで解散でいいかな?」


 士郎の言葉に全員頷く。


 「遠坂、夜の方は、お願いするけど……寝なくていいのか?」

 「大丈夫よ。
  夜更かしより、朝起きる方が辛いから。」


 アーチャーは、ある現象を思い出すと頭を押さえる。


 (あの姿は、見る方も辛い……。)


 アーチャーの微妙な変化に気付かず、士郎は、凛と話を続ける。


 「そうか。
  俺達は、なるべく朝早く登校して慎二の活動時間をなくすようにする。」

 「分かったわ。」


 話が終わり校門で別れると、士郎とセイバーは、商店街に向け歩き出した。



[7779] 第34話 学校の戦い・前夜
Name: 熊雑草◆890a69a1 ID:9b88eec9
Date: 2010/08/27 00:24
 == Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==



 夕暮れの商店街を士郎とセイバーは歩いて行く。
 ちなみに私服を用意していないので、セイバーは、霊体化している。


 「シロウ。
  ここには、何を目的に立ち寄ったのですか?」

 「生活必需品の買出し。
  つまり、食料調達。」

 「そうでしたか。」

 「そ。
  一人食い扶持増えたから、その分、多く仕入れないとな。」

 「う……すいません。」

 「気にするな。
  今日も、ネコさんのところで働くんだから。」

 「……私は、対価を払わされているのでした。
  普通のサーヴァントならば、このような扱いは受けないのですが。」

 「まあ、俺達は、普通じゃないからな。
  なんせマスターにサーヴァントを呼び出した理由がなく、
  サーヴァントに留まる理由があるんだから。」

 「ふふ……そうでしたね。
  私の聖杯への願いも変わって来たような気がします。
  特に貴方を見ていると気を張るのも馬鹿らしくなる。」

 (馬鹿らしく……か。
  俺は、そういうのこそセイバーに必要な気がするんだよな。)

 「セイバーは、英雄だったって言ったよな。」

 「はい。」

 「もしかしたら、この聖杯戦争は、英雄の最後の試練なのかもな。」

 「試練……ですか?」

 「そう。
  セイバーの願いは、見えるけど見えない。
  正解だけど正解じゃない。
  矛盾するけど矛盾していない。
  そんな感じがする。
  その中から答えを出すのは難しい。
  だからこそ、悩み抜いて辿りつく答えが試練の壁なんだ。」

 「そうだとしたら、騎士である私は、
  真正面から受け止め、乗り切らねばなりません。」

 「そうだな。
  そして、その試練の哀れな案内人に選ばれてしまったのが……。
  俺なんだろうな~。」


  セイバーは、クスクスと笑っている。


 「ええ、貴方が案内人で間違いありません。
  そして、聖杯戦争を体験する英霊全員が試練を与えられ、
  案内人は、マスターなのかもしれません。」



  第34話 学校の戦い・前夜



 商店街で買い物を終え帰宅する。
 食料を手早く選り分けて、冷蔵庫へと放り込む。


 「ライダーのせいで遅くなった。」

 「聖杯戦争をしている以上、
  スケジュールが狂う事は、避けて通れません。」


 会話も早々に切り上げる。
 そして、昨日同様に着替えを終えるとバス停へと急ぐ。
 バス内では、会話をする事なく士郎もセイバーも静かにしていた。
 バスが新都へ着くとオフィス街にあるコペンハーゲンへ早めの足取りで移動する。


 「おはようございます。
  遅くなりました。」

 「珍しいね。エミヤんが遅刻とは。
  まあ、いいけどね。
  5分、10分ぐらい。」

 「お世話になります。」

 「ああ、ハマーンさんも来てくれたんだね。」


 セイバーは、がっくりと肩を落とす。


 「あ、あれ? ハマーンさん?」

 「すいません、ハマーンではなくセイバーと呼んで貰えますか?」


 士郎は、隣で笑いを堪えている。


 「まあ、いいけど……どうして?」

 (どうしてと言われても……。
  『シロウのイタズラです』とは、言い難い。
  リン達は、事情を知っているから話せましたが……。
  ・
  ・
  ひょっとして話しても問題ないのでは?
  いや、会話からするとここでの士郎は、まともな人間をしているように見受けられる。
  余計な事を言って、私も変人と思われるのは避けたい。
  ・
  ・
  仕方ない……嘘に嘘を重ねるようで心苦しいですが。
  シロウが、大河に使ったのと同じ手を。)

 「申し訳ありません。
  この国に、まだ完全に馴染めず、
  苗字と名前の違いが分からなかったのです。」

 「それにしては、流暢な日本語を話すわね?」

 「ええ、言葉の方は、知人に教えて頂きましたが
  文化の方を完璧には……。」

 「いや、それだけ話せれば努力したの分かるって。
  異国の文化も慣れないと大変だもんね。」

 「ご理解が早くて助かります。」

 (セイバーも上手く躱すもんだ。)

 「ネコさん、直ぐに仕事に取り掛かります。
  昨日同様で、よろしいでしょうか?」

 「いや、今日は、配達分の整理だけでいいから。
  そっちは、エミやんに任す。」


 ネコが、目線で士郎に合図を送る。


 「分かりました。
  じゃあ、俺は早速。」


 士郎は、奥の方に姿を消して行く。


 「セイバーさんには、こっちの伝票を整理して貰いたいの。」

 「伝票ですか……。
  私は、こういったものをした事はありませんが。」

 「大丈夫、最初は、みんな知らないんだから。
  最初にわたしがやって見せるから。」

 「分かりました。
  お願いします。」


 ネコは、一枚の伝票を取ると付箋を付けながらセイバーに説明する。


 「分かった?
  日本語を書かないで数字だけだから、
  セイバーさんにも出来るでしょ?」

 「はい。
  これなら可能です。
  ・
  ・
  しかし、この電卓なるもの。
  素晴らしいですね。」

 (今時、電卓知らないって……。
  エミやんを疑う訳じゃないけど、この子、大丈夫?
  仕方ない……少し様子を見るか。)


 セイバーは、慣れない手つきで電卓を使い伝票をめくり書き込んでいく。
 しかし、自分の体を駆使する事には、抜群の能力を発揮するのがサーヴァントの性なのか……。
 はじめは、『なるほど』『ふむ』と頷きながらやっていたセイバーだが、次第に慣れてくるとネコさんの前でとんでもない事態を巻き起こす。


 「ネコさん、大体分かりました。
  今から、本気を出します。」

 「本気?」


 妙な言い回しに首を傾げるネコさん。
 セイバーは、それを余所に目を見開くと左手で凄まじいスピードで伝票を捲くる。
 鍛え抜かれた動体視力は、余す事無く数字を認識する。
 そして、右手は数字を正確に電卓に叩き込んでいく。
 電卓検定の有段者も真っ青な凄まじい展開にネコさんは、目を白黒させる。


 「終わりました。」

 「え?」


 セイバーは、伝票を精算して書いた紙をネコさんに渡す。
 流石に全部を確認するのは大変なので、中間の合計と最後の合計を検算する。


 「……合ってるわね。」

 「はい。
  電卓へ正確に打ち込んでいますから。」

 「ちょっと、いいかな?
  待っててね。」


 ネコは、席を外すと士郎のところに走って行く。


 「エミやん! エミやん!」

 「何ですか、ネコさん?」

 「あの子! セイバーさんって何者!?」

 「何かやらかしました?」

 「違う! そうじゃない!
  初めて電卓使うっていうから、様子を見てたんだけど。
  あっ、という間に伝票整理しちゃってさ!」

 (アイツは、体動かす事に関しては天才的だからな。
  人間じゃないし……一段上の英雄だから。
  なんて言えばいいんだか……。)

 「ネコさん。
  俺も初めて見た時は、びっくりしました。」

 「エミやんも?」

 「はい。
  セイバーは、運動神経が桁外れにいいんです。
  だから、体を動かす事をやらせると……大抵、予想の斜め上の成果を出します。」

 「そ、それは凄いわね。」

 「はい。
  しかし、初めて見る人は……。」

 「わたしと同じ反応をすると。」


 士郎は、黙って頷く。


 「何かアルバイトをさせるのが勿体無いわね。」

 (まあ、英雄ですから。
  ・
  ・
  確かに凄い無駄遣いだ。)

 「本人は、何に対しても一生懸命なんで。」

 「それは、分かってるよ。
  余りに人知を超えたような動きだったから。」

 (はい。
  人知を超えています。)


 少し安心したのかネコは、再び戻って行った。
 士郎も作業を再開する。

 そして、二日目のアルバイトも、予想以上の成果をあげて無事終了した。


 …


 「二人とも、今日もありがとう。
  セイバーさんには、数か月分の伝票まで整理して貰って。」

 「いえ、大変楽しく出来ました。」

 (数か月分処理して楽しいか……。)

 「それでは。
  我々は、これで失礼します。」

 「失礼します。」

 「ご苦労様。」


 士郎とセイバーは、コペンハーゲンを後にする。


 「セイバーの能力は凄いな。
  どんな生き方するとそんなになるんだ?」

 「日々、研鑽した成果です。
  貴方も努力を続ければ、私の様になれます。」

 (無理です。)


 昨日同様に、帰り道に聖杯戦争の会話をする。


 「さて。
  俺の予想だと明日は、慎二との戦いになる。」

 「何故、明日と断言出来るのですか?」

 「慎二の性格だな。」

 「性格?」

 「俺は、アイツと少し付き合いがあるから、
  ある程度の予想がつくんだ。」

 「では、どのような展開になり、
  戦いが始まるのでしょうか?」

 「正体のバレた慎二は、街を彷徨ったあげく学校に辿り着く。
  そして、最後の頼りの結界を完成させようとする。
  しかし、そこには赤い悪魔が居て手出しが出来ない。」

 (悪魔ですか……。)


 …


 その頃、学校の屋上で、凛がくしゃみを一発かます。


 「盛大なくしゃみだな、マスター。」

 「きっと、悪い噂ね。」

 「そうか?」

 「ええ。
  今、わたしの噂をする人物は、容易に頭に浮かぶのよね。」


 …


 士郎は、セイバーに続きを話す。


 「慎二は短気だから、自分の思い通りにならないと直ぐに癇癪を起こすんだ。
  だから、誰かに当り散らそうとする。」


 …


 学校の前に慎二とライダーが姿を現す。
 ライダーの報告に慎二は、歯をギリギリと噛みならし怒鳴り散らす。


 「はあ!? なんであそこに遠坂がいるわけ!?
  これじゃあ、結界を完成させる事が出来ないじゃないか!」

 「シンジ……。
  敵は、正体を知られた事でターゲットを我々に絞ったようです。」


 慎二は、ライダーを殴りつける。


 「お前が、遠坂を始末し損なったから!」

 「……申し訳ありません。」

 「どいつもこいつも役立たずだ!
  馬鹿の癖に! 僕に盾突くような事ばかりしやがって!
  ・
  ・
  ライダー……。
  明日、結界を発動させるぞ。」

 「しかし、シンジ……。」


 慎二は、再びライダーを殴りつける。


 「お前は、黙って僕の言う事を聞いていればいいんだ!」

 「…………。」

 「分かりました。」


 慎二とライダーは、踵を返すと学校を後にした。


 …


 「その当り散らしが、何故、結界発動に繋がるのですか?」

 「当り散らすのって、幾つかパターンがあると思うんだ。
  例えば……。
  子供が親に当り散らすような理解者に縋るもの。
  弱者に当り散らして自分のプライドを保持するもの……などなど。
  慎二の行為は、後者だ。
  こんなもので守れるのだから、大したプライドではないけどな。」

 「ええ、リンの言っていた事がよく分かる。
  ・
  ・
  しかし、彼をここまで歪ませたものとは?」

 「魔術師……じゃないかな?
  途絶えた家系とはいえ、知識が残っている。
  知識が残っているのに魔術を使えないジレンマ。
  そして、魔術の知識があるが故、ワンランク下に見える他人が意見するのが気に入らない。」

 「しかし、それは、自分自身で解決しなければ……。」

 「そういう環境でもないんだろ。
  遠坂の話では、祖父は、現役の魔術師みたいだし。
  そいつが、毎日、うろつくだけでも気に障るんじゃないの?
  『お前は、出来損ないだ』って言われているみたいでさ。」

 「シロウは、随分と敵マスターに同情的ですね。」

 「同情? 同情かな?
  まあ、相手を分析して話すとそう聞こえるかもしれない。
  しかし、分別はつけないとな。
  力を持つものは、力を持った責任がある。」

 「その通りです。
  力は、自分のためだけにあるのではない。」

 「でも、ちょっとだけ使いたい気も分かるな。」

 「シロウ! 何を言っているのです!」

 「正直、ドラゴンボールを見た時に
  かめはめ波が出ないか試したぐらいだからな。」

 「…………。」

 「何ですか? かめはめ波って……。」

 「体内のエネルギー”気”を集中し、放出するんだ。」

 「魔術に似ていますね。」

 「しかしな……。
  主人公は、本気になると地球ぐらい簡単に破壊するんだ。」

 「はい?」

 「いや、おそらく登場人物のほとんどが地球を破壊出来る。」

 「え?」

 「そうだよな。
  ドラゴンボールで、何回も地球を再生してるし。」

 「シロウ、何なのですか?
  先ほどから、さっぱり分からないのですが。」

 「ああ、漫画の話だから。」

 「漫画……とは、何でしょうか?」


 士郎は、少し考え込む。
 そして、セイバー用に解釈を整理して説明する。


 「普通の本は、字ばっかりだろう?」

 「ええ。」

 「漫画は、作者が絵を主軸に物語を作る本なんだ。」

 「ほう。
  それは、興味深い。」

 「漫画は、想像力を駆使するから、
  ありえない事も物語りに組み込めるのが強みだ。
  また、作者のイメージが絵に表れるから分かり易い。」

 「なるほど。」

 「さらに絵を繋いで実際の物の様に動かすアニメなんかもお勧めだ。」

 「見てみたいですね。」

 「家に戻れば、直ぐに見れるぞ。」

 「では、お願いします。」


 話は、逸れる。
 聖杯戦争から、大きく逸れる。
 士郎とセイバーは、漫画の話をしながら帰宅した。


 …


 帰宅すると士郎は、藤ねえの置いていった本を居間に運ぶ。


 「これから夕飯作るから、これ読んで見てくれ。」

 「『うしおととら』……ですか。」

 「名作だ。」

 「はあ……。
  では、早速。」


 本のタイトルと表紙の絵から、想像も出来ない内容。
 セイバーは、思っていたものと違う本に気乗りのしない返事を返すと、正座して姿勢を正しながら本を読み進める。


 (これは……。
  素晴らしい……。
  実に細かく描写されている。
  しかも、登場人物が、まるで動いているようだ。)


 夢中で読み耽っているセイバーを置いて、士郎は、夕飯を調理し始める。
 そして、30分後、藤ねえがセイバーの服を持って現れる。


 「たっだいま~~~!
  セイバーちゃん、服持って来たよ!」

 「ありがとうございます、大河。」


 セイバーは、本を置くと頭を下げる。


 「うん? 何読んでたの?」

 「シロウに勧められた本を。」

 「あ~、『うしおととら』!
  それ、面白いでしょう!」

 「はい。
  潮ととらの奇妙な関係が、何とも言えません。」

 「うんうん。」

 「特にとらの時々見せる愛くるしい動作が、私は好きです。」

 「お姉ちゃんも分かるな~。
  セイバーちゃん、満点!
  セイバーちゃんの感性には、満点あげちゃう!」

 「ありがとうございます。」

 (なんちゅう会話だ。
  英雄と虎が漫画の評論をしている……。)


 士郎は、調理し終えた料理を運び始める。


 「そろそろ夕飯にするぞ。」

 「はい。」

 「あっ。
  セイバーちゃん、夕飯の前に試着してみて。」

 「料理運ぶまで時間あるから、いいぞ。」

 「そうですか? では。」


 セイバーは、着替えを始めようとする。


 「ストーーーップ!」
 「ちょっと、待て!」

 「は?」

 「お前は、何をしてんだ!?」

 「着替えを……。」

 「そうじゃない!
  なんで、ここで着替えるんだ!?」

 「そうよ!
  女の子が男の子の前で着替えるなんて!」

 (ああ、そうでしたね。
  女である前に騎士として生きて来たので……つい。
  普通は、そういうものでした。)

 「すいません。
  実家にいた時の癖で。」


 セイバーは、咄嗟に誤魔化す。


 「実家……。
  まあ、セイバーちゃんが、
  それぐらい安心して滞在してくれているのはいい事だけど。」

 (時代錯誤の異文化コミュニケーションの不一致というヤツか?
  なんにせよ、びっくりした。)

 「では、あちらで着替えて来ます。」


 セイバーは、障子を開けて隣の部屋へ移動した。


 「藤ねえ、外国の子って、あんなに気にしないものなのか?」

 「わたしが英語教師とはいえ、そこは分からない。
  っていうか、普通、女の子は気にするわよ?」

 (と、なると、時代の違いだな。)


 士郎と藤ねえは、暫く意気消沈する。
 そして、障子が開いてセイバーが現れる。
 士郎は、思わず吹き出した。


 「なんでセーラー服なんだ!?」

 「何言ってんの士郎!
  セーラー服は、基本よ! 基本!」

 「なんの基本だ!?」

 「でも、嬉しいでしょう?」

 「……実は、少し。
  ・
  ・
  って、アホな事言っている場合か!」

 「シロウ、この服は、似合いませんか?」

 「いや、似合ってる。
  恐ろしいぐらい。」

 「ありがとうございます。」

 「しかし、それは、普段着ではなく制服だ。」

 「そうなのですか?」

 「そうなのです。
  学生服といって、学校に行く時の服だ。」

 「大河、これは違うようですが?」

 「ごめんね。
  わたしの学生の頃の服を持って来たから。」

 (嘘だ。ワザとだ。
  セイバーと俺の反応を見て楽しんでやがる。)

 「そうですか。
  しかし、シロウの学校の服も混ざっていたようですが。」

 (何個ネタを仕込んでいやがる! この馬鹿虎!)

 「それは、わたしの趣味。
  セイバーちゃんに着せたいな、って。」

 (趣味かよ!)

 「結局……私は、普段、どの服を着ればよいのでしょうか?」

 「じゃあ、一緒に選んであげる。」

 「お願いします。」


 セイバーと藤ねえは、居間を出て行く。


 「まったく、なんなんだ……。
  でも、ちょっと得した気分だ。」


 士郎は、料理を運び終え、後は食べるだけとなり、席に着いて二人を待つ。
 障子が開くと、セイバーと藤ねえが現れる。


 (今度は、普通だ。)

 「どう? 今度は、いいでしょ?」

 「ああ、昔、藤ねえが着てたのを覚えてる。
  でも、これって雷画爺さんと出掛ける時の余所行きのじゃないのか?」

 「そうよ。
  あまり袖を通さないで小さくなっちゃったから。
  今回、ようやく日の目を見る事が出来たわ。」

 「どうでしょうか?」

 「いい……。」

 (しかし、なぜ、制服っぽいのしかないんだ?)


 セイバーの服は……。
 簡単に言うと原作通りである。


 「さて、服も落ち着いた事だし。夕飯にするか。」

 「はい。」

 「そだね。
  冷める前にさっさと食べよ。」

 「「「いただきます。」」」


 食事は、明るく楽しく進んでいく。


 「セイバーちゃんは、見掛けによらず食べるわね~。」

 「いやいや。
  藤ねえが、それを言うか?」

 「シロウの料理は、とても美味しい。
  私も食が進みます。
  それに、この繊細に調理された味付けは、何とも言えない。」

 「でも、現代は、食も人の趣味になっているから、
  レシピ本なんかも色々出てるぞ。
  だから、時間さえあれば誰でも技術を身につけられる。」

 「では、シロウ以外にも熟練した料理人が居る訳ですか。」

 「その通り。
  特に家庭を守る主婦の中には達人も居るだろう。」

 「ところで、士郎。
  現代って、変な言い回しね?」

 「そうだな。
  『現代は』じゃなく『現代の』か?」

 「そうじゃなくて……。
  なんかセイバーちゃんに変な言い方してるなって。」

 (微妙に鋭いな。
  しかし、余計な事を言わなければ、痛い思いをせずに済んだのに。
  虎も鳴かなければ、撃たれなかっただっけ?)

 「今のは、藤ねえに対する皮肉だ。」

 「へ?」

 「気付かないから、言ってやる。
  現代の主婦候補の藤ねえが料理を一向に覚えないから、
  そう言ってやったのだ。」

 (シロウ……また、嘘をついていますね。
  何故、貴方は、ただ誤魔化すのではなく、
  からかう方向に持って行くのか……。)

 「だ、だって~。」

 「実験台なら藤村組のお兄さん達が居るだろう?」

 「士郎は、わたしに組を潰させる気!?」

 (大河……。)

 (自覚はあったんだな。
  確かに大量殺人の現場みたいなものを作ってはいけないな。)

 「シロウ、大河に料理を教えてあげればいいではないですか。」

 「教えたさ。」

 「そうなのですか?」

 「教えたが好奇心に負けて余計な調味料を
  いつも入れるんだ。」

 「だって~!
  わたし好みの味付けにしたいんだもん!」

 「普段、人の料理を食べてて、
  なんで、そうなるかな!?」

 「ふ。
  人は、飽くなき夢追い人だから……。」

 「カッコイイ台詞で誤魔化すな!」

 (どっちもどっちですね。)


 …


 食事は終了し、士郎は、後片付けをして洗い物をする。
 セイバーと藤ねえは……。
 『うしおととら』を読んで寛いでいる。


 「スン……。」


 涙を啜る音がして、藤ねえは目をやる。


 「う、潮……。
  貴方という人は……。」

 (まさか、『うしおととら』を見て泣いてる?)

 「十郎、貴方の気持ちも大いに分かる……。
  何故……何故!? 死を選んだのです!」

 (セイバーちゃん。
  そこで泣いてたら、この先、読めないわよ。)


 そこに士郎がお茶請けとお茶を用意して持って来る。
 セイバーの様子に気付いた士郎は、藤ねえに耳打ちする。


 「どうしたんだ?」

 「かまいたちのところで感情移入したみたいで。」

 「まだ、最初の方じゃないか。」

 「そうよね。
  サトリの話とか、とらの過去話とか、麻子救出なんて読んだら、
  どうなっちゃうのかしら?」

 「どうなるって……大泣き?」


 士郎と藤ねえは、黙ってセイバーを見る。
 セイバーは、側のテュッシュで涙を拭った後、チーンと鼻をかむ。


 (英雄の凄い貴重な瞬間を目撃した気がする……。)


 藤ねえは、一通りくつろいだ後、帰って行った。
 セイバーは、頬を緩めたり、怒ったり、涙ぐんだりして、『うしおととら』を読み続けている。

 その他の家事諸々を片付けた士郎は、天地神明の理を持って土蔵に向かった。


 …


 昨晩同様の鍛錬。
 天地神明の理との対峙……。
 重さ、刀身の長さを認識し一体になる。

 そして、線の繋がる感覚。


 (この刀は、なんだろう?
  この刀だけが特別なのだろうか?)


 士郎は、集中を解いて藤ねえ作の虎竹刀Ⅱを手に取り集中する。


 (ダメだ。
  一向にあの感覚があらわれない。
  やっぱり、この刀が特別なんだ。
  ・
  ・
  それに強度も実証済みだ。
  バーサーカーの攻撃にも、傷一つ、歪み一つも出来ていない。)


 そうと分かればと、士郎は、天地神明の理で鍛錬を続ける。
 本日も、仮想最強の敵とのイメージトレーニングを開始する。


 (アイツのイメージを修正……。
  バーサーカーの本気の動作を想像し付加する……。
  俺の武器の修正……。
  天地神明の理を装備……これで武器だけは、絶対に壊れない……。)


 士郎は、イメージの中で戦い続ける。
 存在しない最強の敵を仮定し、その中で何としても生き残れるようにと。


 …


 土蔵での鍛錬が終わり居間に戻ると、セイバーは、まだ『うしおととら』を読んでいる。
 士郎は、どうしたもんかと声を掛ける。


 「セイバー。
  俺は、もう風呂入って休むつもりだけど。
  セイバーは、どうするんだ?」


 セイバーは、本を読むのをやめると残りの漫画の数を確認する。
 続いて自分の読むペースと朝までの時間を計算する。


 「このまま、読み進めます。」

 「マジで!?」

 「当然ではないですか。」

 「『当然』の使い方が、間違っている気がするが……。
  ・
  ・
  明日、戦闘があるかもしれないのに
  寝不足で戦えませんというのは困るのだが?」

 「安心してください。
  サーヴァントは、睡眠を取らなくても問題ありません。」

 「『安心』の使い方が、間違っている気がするが……。
  ・
  ・
  まあ、サーヴァントの在り方は、分からないから任せるけど……しっかり頼むぞ。」

 「任せてください。」


 セイバーは、再び、『うしおととら』を読み始める。
 士郎は、風呂に入るといつもより早い登校をするため、普段かけない携帯のアラームをセットする。
 こうして夜は更け、戦いの日を迎えようとしていた。



[7779] 第35話 学校の戦い①
Name: 熊雑草◆890a69a1 ID:9b88eec9
Date: 2010/08/27 00:24
 == Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==



 夜明け前……。
 セイバーは、朝の張り詰めた寒さの中で姿勢を正してゆっくりと目を閉じる。
 そして、胸の中で渦巻く戦いの日々を思い返す。

 槍を手にした北海道までの道のりと東西の妖との戦い……。
 そして、戦いの中から得た絆……。
 恋人のためへの勇気ある決断……。
 友の出会いと過去と別れと再会……。
 両親の愛……。
 槍の因縁……。
 そして、最後の時……。


 「よかった……。
  戦い抜いた潮は、最後に一番手に入れたいものを……。
  そう、勝ち取ったのだ。
  ・
  ・
  とらの戦いでの最後の言葉……。
  心に響きますね。
  妖であるとらが得たものは、心の満腹感に他ならない。
  ・
  ・
  そして、あの二人は、日常に戻って行ったのでしょう。」


 士郎は、呆然としている。
 起きて居間に来てみれば、セイバーが干渉に浸って感想を呟いている。


 (確かに読ませたのは俺だけど……。
  どういう状況だよ!)


  第35話 学校の戦い①



 セイバーは、士郎に気付くと朝の挨拶をする。


 「おはようございます、シロウ。」

 「おはよう……。」

 「どうされました?」

 「…………。」

 「感想を呟くセイバーにドン引きしてた。」

 「失礼な。」

 「慎二の事があるから、早めに家を出るつもりだけど。
  気持ちを切り替えられるか?」

 「寧ろ、気持ちが高揚している状態です。
  今日は、無性に戦いたい。」

 (危ないな……。
  変なスイッチが入っている。
  昨日の作戦とか忘れてなければいいんだけど。)


 士郎とセイバーは、早めの朝食を済ますといつもより早く家を後にする。
 その際、藤ねえの朝食の作り置きをしておく。
 結界が使用されればお弁当どころではないので、本日は、鞄と天地神明の理のみである。


 …


 誰も登校していない学校に到着すると、士郎とセイバーは、見晴らしのきく屋上に移動する。


 「慎二が呪刻を作った形跡とかって感じられるか?」

 「私自身、魔力感知が得意ではありませんので断言は出来ませんが、
  昨日と変わっていないようです。リンのお陰ですね。」

 「そうか。
  じゃあ、生徒が登校するまで
  ここで警戒しながら待機しよう。」


 セイバーは、無言で頷くと校門の見える位置に移動して監視を始める。
 やがて、日が昇り気温が少し上がり始め、生徒が少しずつ登校して来るのを確認する。


 「シロウ、生徒の登校が始まったようです。」

 「そうみたいだな。
  ・
  ・
  遠坂だ。
  赤いから、直ぐ分かる。」

 「目立ちますね。」


 凛は、屋上の士郎達に気付くと暫らく屋上に視線を向けていた。


 「アイツが来たなら、もういいな。
  教室に移動しよう。」


 士郎は、屋上から教室に行くためドアを開ける。


 「うわ!」

 「ハアハアハアハア……。」


 ドアを開けると凛が肩で息をしていた。


 「お前、さっき校門にいただろう?」

 「ハアハアハアハア……。」

 「いつまで息切らしてんだ?」

 「ハアハア……。」

 「変質者みたいだぞ?」

 「ハア……。」


 凛は、一息、大きく息を吸うと士郎にグーを炸裂させる。


 「変質者とは、なんだーーーっ!」

 「じ、人中に……クリティカルヒット……。」

 「今日、戦闘になるかもしれないから、
  急いで屋上まで上がって来たんでしょうが!」

 「最後の確認ってヤツか?」

 「そうよ!」

 「じゃあ、早速、確認するか?」


 士郎は、何事もなかったように話を進める。


 「あんたのそういうマイペースなところが
  腹立たしいのよね!」

 「そう言われてもな……。
  これは、俺の個性だし。」

 「ああ~……もう、いいわ!
  時間もないんだから、さっさと用件を済まさせて!」

 (朝からテンション高いな。)

 「あ~……え~と……なんだ?
  昨日、ありがとうな。
  呪刻に変化ないようだって、セイバーが言ってた。」


 凛は、落ち着きを取り戻すと返事を返す。


 「ええ、昨日、僅かだけど魔力を感じたわ。
  直ぐに消えたから、効果があったと思うわ。」

 「と、なると……。」

 「間違いなく今日でしょうね。」

 (遠坂も同じ考えか……。)

 「結界が発動したら頼むな。
  セイバーの指揮も一時的に頼む。
  セイバーもいいか?」


 虚空の空間から、『分かりました』と声が返る。


 「わたしをそんなに信用していいの?」

 「信用もなにも結界が発動したら、俺は、何も出来ん。
  指揮系統がバラバラじゃ、作戦を立てた意味もない。」

 「それもそうね。
  分かったわ。
  指揮は任させて貰うわ。」

 「いつ来るかな?」

 「授業を受けて直ぐにでもって、
  心づもりの方がいいでしょうね。」

 「正直、ちょっと怖いな。
  溶かされるって思うのは……。」

 「自分で作戦立てておいて意外ね。」

 「そうだな。
  ・
  ・
  ただ、慎二を誘き出すためにみんなに苦しんで貰うんだから、
  俺も溶かされる同じ条件に身を置くのは仕方ないかなってさ。」

 「何それ?」

 「罪悪感からの逃走。
  一人、安全なところに身を置いて勝ったとしても罪悪感に苛まれるって事。
  俺は、一生よりも一時の苦しみを選ぶ。」

 「途中までは、いい話だったのに……。
  後半、幻滅したわ。」


 凛の言葉に同意するように虚空の空間から溜息が二つ漏れる。


 「最後にアドバイス。
  結界が発動するって覚悟があるのとないのとじゃ、
  万一の時に差が出るわよ。」


 凛の目は、先ほどと違い真剣みのある鋭いものになっている。
 士郎は、少しうろたえて返事を返す。


 「わ、分かった。
  肝に銘じて置く。」

 「じゃあ、話は終わり。
  先に行くわ。」


 凛は、階段を先に下りて去って行く。


 「シロウ、リンの言った事を忘れないで下さい。」

 「そうするよ。」

 (それにしても嫌な事があるって分かるのは、何かに似ているな。
  ・
  ・
  子供の時に体験したような……。
  ・
  ・
  あっ。
  予防注射だ……。)


 士郎は、予防注射と結界を比べて笑いを溢す。
 セイバーは、疑問符を顔に浮かべて士郎を伺う。


 「さて。
  溶かされに教室に行くか!」

 「張り切るところではないです。」


 士郎とセイバーは、教室に向かった。



[7779] 第36話 学校の戦い②
Name: 熊雑草◆890a69a1 ID:9b88eec9
Date: 2010/08/27 00:25
 == Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==



 それは、2時限目の授業に突然起きた。
 辺りは赤い空間に侵食されて、立っている者は次々に倒れていく。
 教室のあちらこちらから、呻き声が漏れる。
 徐々に意識のある者は居なくなり、気を失った者だけが生気を吸われるためだけに息をしている。


 「覚悟か……この苦痛は、気を抜いたら終わりだ。
  意識していなかったら気を失っていた。」


 士郎は、初めて体験する苦痛の感覚に意識を繋ぎ止めるのに精一杯だった。


 「シロウ、行きます。」

 「ああ、頼む。
  これで未完成の結界だってんだからな。
  ・
  ・
  悪いが、刀だけ持って来てくれないか?
  あれがあると安心するんだ。」


 セイバーは、士郎のロッカーから天地神明の理を取り出し、士郎に預ける。
 そして、自身は魔力の感じる方へ走り出した。



  第36話 学校の戦い②



 セイバーは、何も隠さない魔力の方へ駆けて行く。


 「この隠さない感覚……。
  私達を呼んでいる。
  やはり、マスターを安全なところに置くためのライダーの作戦なのだろう。
  ・
  ・
  上手くやって、マスターを探し出さなければ。」


 1階の廊下の奥にライダーが待ち構えていた。
 セイバーが、ライダーと対峙して数秒後に凛とアーチャーが現れる。
 隊形は、作戦通り。
 最前衛にセイバー。
 そのやや後ろにアーチャー。
 そして、凛が後方に位置を取った。

 無駄のない連携にライダーが言葉を発する。


 「どうやら、こちらの行動を予想していたようですね。
  予想外にサーヴァントを二人も相手にしないといけないとは。」

 「聡明な貴女の事です。
  不利と分かるなら、直ぐにでも結界を解いてくれませんか?」

 「フフ……。
  聡明と言って頂けるのは嬉しいですが、主の命令でして。
  私は、学校の人間が溶けるまで、あなた達を相手にしないといけないのです。」


 会話をするセイバーとライダーの後方で、凛とアーチャーが、ライダーの容姿を見て分析する。
 ライダーは、長身の女性で足まで伸びた美しい髪、黒いボディコン風の服に身を包み、武器は、前回使用した通り鎖付きの杭。
 そして、異彩を放つのは、両目を覆う眼帯。


 「凛、あの眼帯。
  あれが石化の要因だろう。」

 「石化の魔眼か……やっかいね。」


 おしゃべりはここまでとライダーの体が深く沈み、肉食獣が攻撃するような体勢に入る。
 凛は、第一段階の慎二が校舎をうろつき出す時間を稼ぐように意識する。


 「セイバー! アーチャー!
  手筈通りに行くわよ!」


 凛の指示にセイバーは不可視の剣を構え、アーチャーは不利を装うため大き目の弓を投影する。
 アーチャーの能力を知らないセイバーは、アーチャーの手にした弓を彼の武器として認識する。


 (アーチャーの武器は、大型の弓ですか。
  あの大きさでは、ここで射るのは至難ですね。
  いや、彼の事です。
  ライダーに不利を印象付けるため、ワザと見せたと判断すべきですね。)


 一方、凛は、セイバーの知らないところで行われたランサーとの戦いを思い出す。


 (やっぱり、コイツの投影魔術は段違いだわ。
  あの時と、また違う武器を投影した。)


 戦闘態勢に入った三人のサーヴァントにより、空気が張り詰めていく。
 そして、先に攻撃を仕掛けたのはライダーだった。


 …


 士郎は、天地神明の理を握り締めながら、意識が飛ぶか飛ばないかのギリギリのところで対峙を始める。
 額に汗を流し苦痛に耐えながら、天地神明の理との一体感を強めていく。
 命の削られる劣悪な環境での精神集中に、普段より時間が掛かる。
 やがて、ある一点を越えて、己と天地神明の理に一本の線が繋がる。
 その途端に士郎は、苦痛から解放される。


 「っああ! ハアハア……。
  生気の吸収が止まった……。
  ・
  ・
  俺は、今、魔術師の状態なのか?」


 士郎は、立ち上がり自分の状態を確認する。


 「体力は、1/8ぐらい吸われている……と思う。
  いや、最初の接触が大きかったんだ。きっと。
  後は、緩やかに吸われていたはずだ。」


 状況分析の中でピシピシと何かの弾ける音がする。


 「なんだ?」


 音は激しくなり、士郎を強力な放電が包み込んだ。


 …


 ライダーは、廊下の狭い空間を縦横無尽に跳ね回り攻撃を仕掛ける。
 セイバーは、攻撃の瞬間を見極め、投擲される杭を弾き返す。


 「この戦い方……。
  戦いに有利な場所へ誘い込まれたようです。」

 「そのようだ。
  あのように動かれては、狙いが付けられん。」

 (二人とも流石ね。
  言葉で揺さぶりを掛けてる。)


 凛は、二人が作戦を実行し始めた事を確信する。


 「数では、こっちが有利よ!
  セイバー! あなたが仕掛けて!」


 セイバーは、凛の指示通りに動きライダーに仕掛ける。
 ライダーは、素早く躱すと後退する。
 ライダーの後退を確認したセイバーは、大きく振りかぶり横薙ぎに剣を振るう。
 剣は、壁にガリガリと引っ掛かり、速度を緩め追撃をし損なう。
 アーチャーは、引っ掛かりのない場合の剣の軌道に矢を放つ。
 しかし、そこには、既にライダーの影はなかった。


 「攻撃力の高そうな武器ですが、
  ここでは威力半減と言ったところですね。」


 セイバーは、剣を壁から引き抜き構え直す。
 アーチャーは速射を施し、ライダーを狙うが、二射目、三射目の精度は酷い有様だった。


 「弓の名手が存分に威力を発揮出来ず、
  支援も出来ない状態とは。」


 ライダーの唇に余裕の笑みが浮かぶ。


 (いい感じだわ。
  ライダーに余裕が見えて、こちらは、2対1で苦戦して見える。
  慎二も動き出しているはず……あと5分前後で次の段階に移行する。)


 手の内の作戦通りに進み、凛は、内心で笑みを浮かべた。


 …


 慎二は、3階と4階の階段の踊り場で笑いを漏らしていた。
 無様に這い蹲った生徒や教師が自分に平伏している様で笑いが止まらなかった。
 この結界の中では、自由に動ける自分こそ絶対的な存在だと狂っていた。

 そんな中で、彼に懇願する人間が居た。
 慎二は、その人間のつたない願いを笑い、蹴り飛ばした。
 蹴り飛ばされ動かなくなった女性に、彼の心は、どす黒い満足感に満たされていく。

 慎二は、身動き出来なくなった人間をあざ笑うと階段を上って行った。


 …


 1階での戦いは一時静まり、余裕の出来たライダーが、凛達に話し掛ける状態になっていた。
 凛は、この会話にあえて乗る事にした。
 時間的にも、あと数分は、慎二を油断させとく必要があるためだ。


 「少しお話をしましょうか。
  ちょっとした疑問です。
  セイバー……。
  あなたのマスターは、何処に居るのです?」

 「貴女に答える義務はない。」

 「そうですか。
  アーチャーの後ろに居る彼女は、
  あなたのマスターではないと思ったので。」

 「凛は、私のマスターだ。
  ・
  ・
  ライダー、戦いの最中に会話とは余裕だな。」

 「ええ。
  私は、勝つ戦いをする必要はありません。
  時間を稼げばいいのです。」


 セイバーは、凛を見る。
 凛は、セイバーの視線に黙って頷く。
 時間は、頃合に近づいていた。
 派手に暴れて、慎二に恐怖心を刻み付ける段階に。

 セイバーとアーチャーは、次にライダーが挑発して来たら仕掛ける準備を内面で行う。
 しかし、ライダーの口から出て来たのは予想外の言葉だった。


 「では、あなた方でも答えるのに困らない質問をしましょう。
  先日、私の武器に蜂蜜を塗りつけたのは、誰ですか?」

 「え?」
 「は?」
 「なに?」


 場は、暫し沈黙する。
 そして、セイバーも凛もアーチャーも視線を斜め下に背ける。


 「何故、視線を合わせようとしないのです!」


 今まで余裕の笑みを浮かべていたライダーが怒りを表す。
 三人に取っては、完全な不意撃ちで誤算だった。


 「た、戦いには、関係ないではないですか!?」

 「その通りです。
  これは、プライドを傷つけられた私の問題です!」

 (セイバー、頑張って言い返しなさい!)

 (まさか、ここであの事を問い質されるとは……。)

 「確かに、あのような事態に陥った貴女の気持ちも分かります。
  しかし……。」

 「あなたは、やられた事がないから冷静でいられるのです!
  敵を仕留めて返り血が付いているなら、兎も角!
  訳の分からない粘々した物がくっ付いているんですよ!
  いくら英霊に身を置いているとはいえ、耐えられますか!?」


 セイバーの会話を遮って、ライダーの怒りの言葉は続く。


 「お陰で私は、主の前で醜態を晒す破目になったのです!
  戦いに敗れたのなら納得もいきますが、あのような……。
  あのような……。
  あのような……。」

 「…………。」

 「それは……災難でしたね。」

 「だから、私は、そのような手段に出た者へ、
  一言、言わねば気が済まないのです!」


 ライダーの言葉を一心に受けて言葉を返す人身御供のセイバー。
 その後ろでゲンナリとする赤い主従。


 「っ! この場に存在もしないのに!
  また、あの小僧に引っ掻き回されるのか!」

 「本当、何なの士郎って……。
  呪いみたいな存在なんだから……。」


 第2段階移行のリミットは過ぎ、ライダーの怒りは、ヒートアップしていった。


 …


 話題にあがっているとも知らず、バリバリと放電を続けて天地神明の理を杖に士郎は状況を解明中だった。


 「なんなんだ、この放電は?
  内と外に引っ張られる。
  ・
  ・
  冷静に考えろ……。
  ・
  ・
  天地神明の理で線が繋がった。
  きっと、これは、セイバーと遠坂が話してた
  魔術回路ってヤツが繋がったんだ。
  ・
  ・
  だけど、俺は、魔力の使い方が分からないから、
  魔術師だけど魔術師じゃない中途半端な存在だ。
  この線に魔力を流さないと、きっと、魔術は使えない。
  ・
  ・
  で、話を少し戻して結界について。
  結界で魔術師が動けるのは生命力の変わりに
  魔力を代替しているからだ。
  ・
  ・
  多分……。
  ・
  ・
  それで魔術回路に繋がった線から結界が
  魔力を取ろうとしている。
  ・
  ・
  いいはずだな?
  ・
  ・
  しかし、俺は、魔力の生成方法が分からない。
  でも、セイバーには魔力が行っているとか、
  セイバーは、言っていた。
  ・
  ・
  と、なると、魔力の欲しい結界とセイバーに送られる魔力で
  内面で取り合いが起きる。
  俺の魔力の出所は、そこしか考えられん。
  ・
  ・
  そうか……。
  この内と外に引っ張られる放電は、
  結界とセイバーの魔力の取り合いだ……。」


 士郎は、がっくりと項垂れる。
 死なないけど、この放電はやっかいな事、この上ない。


 「静電気の永続トラップ。
  遊戯王だったら、どんな効果になるのか?
  毎ターン-50? 地味だ……。
  ・
  ・
  そんなアホな事を考えている場合じゃない。
  なんで暴れた形跡が、ここに伝わって来ないんだ?
  ・
  ・
  トラブルが起きたのかも?
  ・
  ・
  俺の勘が、行動を起こせと言っている。
  未来は、自分自身で切り開くべし。」


 士郎は、バリバリと放電を繰り返して教室を後にした。


 …


 ライダーの怒りを静めるため、セイバーは、質問をする。
 本来は敵なので、なだめる必要は存在しないのだが……。


 「ライダー。
  貴女の怒りは分かりました。
  因みに……もし、当の本人が居たなら、どうしますか?」

 「私の結界、この鮮血神殿に放り込み……溶解せしめます!」


 ここで、再びセイバーと凛とアーチャーが視線を斜め下に背ける。


 「何故、再び目を背けるのです!」

 「その、何と言えばいいか……。」
 「ああ、そうだな……。」
 「今、正に溶解中というか……。」

 「あなた達は、何を言っているのです!」


 三人は、今、重要な事を言ったが聞き流してしまう。
 彼女達は、結界を最優先で止めなければならない。


 「つまり……件の相手は、今、溶解中であって、
  貴女は知らずに復讐を果たしているのです。」

 「は?
  それは、おかしいですね。
  魔術師であるマスターが、溶解する訳ありませんから。」

 「貴女がお探しの私のマスターは、実は、ただの人間なのです。」

 「…………。」

 「セイバー……。
  あなたもそうだったのですか?」

 「はい。
  実は、私も……。」


 セイバーの言葉にライダーが同情の念を見せる。


 「お互い不憫なマスターを持ったものです。」

 「そう。
  この場で真っ当なマスターを持っているのは、アーチャーだけです。」

 (何か変な流れになって来たわね……。)

 (何故、この場でセイバーとライダーに友情のようなものが
  芽生えようとしているのだ?)


 セイバーとライダーは、アーチャーをジト目で見る。


 「アーチャー、貴方が羨ましい。」

 「私も、まともなマスターと思う存分戦いたかった。」

 「待て! セイバー!
  ライダーは、敵だろう!?」

 「話を摩り替えないで下さい!
  自分だけ真っ当なマスターを引き当てて置いて!」

 「そうです!」

 (私か!? 私が、話を摩り替えたのか!?)

 (アーチャーが困ってる……。
  しかも、セイバー……。
  マスターを引き当てるって……。
  引き当てるのは、サーヴァントを召喚するマスターでしょう?
  ・
  ・
  士郎の影響かしら?
  どんな呪いより強力ね、まったく……。)


 事態は、何故か『セイバー&ライダー VS アーチャー』の展開を催している。
 作戦は、消滅していた。
 妙な流れに誰も思い出せない。



[7779] 第37話 学校の戦い③
Name: 熊雑草◆890a69a1 ID:9b88eec9
Date: 2010/08/27 00:25
 == Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==



 バリバリと放電を繰り返し、士郎は、教室の外に出る。


 「うがっ……。
  動く度に放電が起こる。
  まるで重度の筋肉痛みたいだ。
  ・
  ・
  いや、初めて感じる感覚だから堪えようもない。
  キルアは、偉大だよ。偉いよ。尊敬するよ。」


 辺りを伺い様子を見る。
 始めに聞こえていた呻き声も今はなく、校舎内は静まり返っている。


 「これだけの人が居るのに気配がないなんて。
  待てよ……。
  これだけ静かなら慎二の動いた音が分かるんじゃないか?」


 士郎は、無駄に動くのをやめて聞き耳を立てる。
 階段の方から、笑い声が聞こえる。


 「御あつらえ向きに上って来てる。
  体力を温存したいから廊下の真ん中にいよう。
  気付けば勝手に相手にしてくれるだろう。
  慎二は、そういう奴だ。」


 士郎は、廊下の真ん中で膝を突いて慎二を待った。



  第37話 学校の戦い③



 1階は、散々足る状態だった。
 セイバーとライダーの質問攻めが、アーチャーを苦しめていた。


 「何故、貴方だけ、マスターが真っ当なのです!?」

 「だから、セイバー!
  さっきも言ったであろう!
  サーヴァントは、マスターを選べないのだ!」

 「私達のマスターを見ましたか?
  魔術師ですらないのですよ!」

 「ライダー、君も聞き訳がないな!
  それは、私のせいではない!」

 「英雄の言葉と思えませんね。
  正々堂々、戦おうとは思わないのですか?」

 「待て!
  サーヴァントを呼び出すのは、
  呼び出す魔術師の力量によるものだろう!?」

 (何なのこれ?
  何で、セイバーが、ライダーと一緒に
  アーチャーに食い下がってんの?
  ・
  ・
  今まで不満が溜まってたから、一緒に爆発したのかしら?)


 凛は、アーチャーに同情しつつ収拾の方法を考える。
 しかし、耐えかねたアーチャーは、自分の不満も爆発させる。


 「君達は、間違っている!」

 「何を今更。」

 「その通りです。」

 「凛は、決して真っ当なマスターではない!」

 「ちょっと! アーチャー!?」

 「確かに魔術師の実力は一級品だ。
  しかし、私の召喚は、とてつもないものだったのだぞ!」

 「……と、言いますと?」

 「私の召喚は、大爆発の上に成立したんだ!」

 「「大爆発?」」


 凛は、アーチャーの背中にしがみ付き、アーチャーの頚動脈を締め上げる。


 「アーチャー!
  世の中には、言っていい事と悪い事があるのよ!」


 凛の締め付けにアーチャーがタップする。


 「ライダー。
  アーチャーにも事情がありそうですね?」

 「そうですね。
  もしかしたら、今回の聖杯戦争には、
  真っ当なマスターの方が少ないのでは?」

 「ちょっと! そこ!
  わたしをあんた達のマスターと同類にするな!」


 アーチャーを開放し、ビシッと指をさして、凛は怒鳴り散らす。
 その横でゲホゲホとアーチャーは咳き込む。
 どうやら加減を忘れて魔力で強化して締め上げたらしい。

 収拾は、まだまだつきそうになかった。


 …


 階段を上がり切った慎二は、廊下の真ん中の人影に気付く。
 苦しくて出て来た生徒かと思ったが、方膝をついているところがおかしい。
 慎二は、人影に近づく。
 人影は、慎二が近づくとニヤリと笑った。


 「こうやって待っていれば、近づいてくれると思ったよ。」

 「お前……衛宮なのか?」

 「他に誰に見えるんだ?」

 「何故、何事もなく動けるんだ?」

 (? ばっかりだな。)

 「何事もない訳ないだろう。」


 士郎が立ち上がると例の放電がバリバリと起こる。


 「何だ!? その放電は!?」

 「とっくにご存知なんだろう?
  結界の影響だって?」

 「結界は、人間を溶かすものだ!
  放電なんかしない!
  お前は、一体……。」

 「俺は、お前を倒すために地球からやって来たサイヤ人……。
  穏やかな心を持ちながら激しい怒りによって目覚めた伝説の戦士……。
  スーパー……。」

 「そんな冗談はいい!」

 (最後まで言わせろよ……。
  ノリの悪い……。)

 「質問に答えろ! 衛宮!」

 (滅茶苦茶、上からの物言いだな……。)

 「そんなの分かる訳ないだろう?
  溶けない代わりにバリバリいってんだよ。」

 「くそっ! デタラメな奴め!」

 「またか……。
  俺って、そんなにデタラメか?」

 「少しは、自覚しろ!」

 「まあ、いいや。
  なあ、慎二。
  これなんだろう?
  この赤い変なのが出てからおかしいんだ。」

 (まずは、惚けて様子見。
  俺が、マスターって気付いているかどうか?)

 「はは……。
  そうだよな。
  お前みたいな屑が、これが何なのか分かる訳がない!」

 (う~ん。
  先に『結界』って口にしたから気付くかと思ったが……。
  マスターとも気付いてないみたいだ。)

 「これは、僕がやったんだ!」

 (ライダーだろ。)

 「慎二、これは、一体なんなんだ!?
  さっき、溶かすとか言っていたが……。」

 (ちょっと、ワザと臭かったかな?)

 「くっくっくっ……。
  これはな、鮮血神殿という結界だ。
  これにより、人間は溶解するんだ。」


 慎二は、嬉しそうに説明をする。
 そして、この状況を話せる相手が居た事で自分の満足感を更に満たしていく。


 「それ拙くないか?
  止めてくれないか?」

 「ハァ!? 馬鹿じゃないの!?
  ・
  ・
  そうだな。
  お前が土下座するなら考えてもいいな。」


 士郎は、有無を言わずに土下座する。


 「これでいいか?」

 「そうだな、それで懺悔の一つでもして貰おうか?
  当然、僕が引くぐらいのヤツでな!」


 慎二は、さも可笑しそうにゲラゲラと笑う。
 士郎は、床を見つめながら口を開く。


 「……ここ最近の話だ。」

 (本当にするのか?)

 「俺は、女の子の首を絞めた後、叩きつけました。」

 (おいおい、本気か?)

 「それだけじゃありません。
  小学生ぐらいの女の子の首に刃物を突きつけました。」

 (衛宮……。
  それ、本当に引くぞ……。)

 「冗談だろ?」

 「…………。」

 「本当です。」

 「お前は、外道か!?」

 「そう思うなら、慎二もやめてくれないか?」

 「僕は、お前と同じじゃない!
  これは復讐だ!」

 「…………。」

 「俺のやった事に、本当に引いただろ?
  同じだと思わないか?
  俺は、慎二に懺悔した後でも恥ずかしい気持ちが消えない。」

 「うるさい! うるさい! うるさい!」


 士郎は、放電しながら立ち上がる。


 「そうか……。
  じゃあ、戦おう。」

 「何だと!?」

 「慎二が結界を張ったと言ったんだ。
  止めてくれないなら、力ずくしかない。」

 「僕に逆らうのか!?」

 「逆らっていない。
  土下座もしたし、自分の恥である懺悔も慎二にした。」


 士郎は、天地神明の理を構える。


 「衛宮! その刀は、何だ!?」

 「さっきから持っている。」

 「初めから僕を狙っていたのか!?」

 「結界を解いてくれれば、必要はなかった。」

 「僕は、魔術師なんだ!
  お前なんかに! 
  お前なんかに!
  お前なんかに!」


 慎二は、懐から1冊の本を取り出すと本を開き強く握り締める。
 やがてそれは、黒いエネルギーとなり慎二の前の床で視認出来るほどになる。


 (なんだ? あれは?
  遠坂の話じゃ、慎二は、魔術を使えないって。)


 黒いエネルギーは、床を滑り士郎に向かい走り出す。


 「僕は、魔術師なんだ!
  偽臣の書さえあれば、僕だって!」

 (偽臣の書!? あれが!?
  ……あんなものでサーヴァントの命令権の譲渡が可能なのか?)


 士郎は、十分に動かない体を庇い棒高跳びの要領で天地神明の理に捕まり攻撃を躱す。
 しかし、その時、慎二の攻撃で放たれたエネルギーが天地神明の理に触れ霧散する。
 そして、それと同時に士郎の放電が収まる。


 (なんだ? 何が起きた!?)


 慎二は、状況を把握しないまま怒鳴り散らす。


 「くそっ! 上手く躱しやがった!」


 士郎は、慎二を無視して状況を確認する。


 (一編に色々起きて整理出来ない。
  ・
  ・
  まず、慎二が魔術を使えた事。
  あれは慎二が言った言葉の通りなら、『偽臣の書』によるものだ。
  ・
  ・
  じゃあ、なぜ、『偽臣の書』があると魔術が使える?
  魔術は、魔術回路を通して行使するはずだろ。
  『偽臣の書』自体は、サーヴァントの命令権譲渡のはずなのに。
  ・
  ・
  いや、サーヴァントの魔力を使用する権限もあるんだ。
  しかし、魔力だけじゃ発動出来ない。
  だとすると……『偽臣の書』は、擬似魔術回路と見るべきだ。
  ・
  ・
  段々、分かって来たぞ。)


 続いて士郎は、空の左手を軽く動かす。


 (やっぱり、放電しない。
  今度は、こちら側。
  天地神明の理が何かしたんだ。
  ・
  ・
  まあ、簡単に予想はつく。
  魔力の吸収だな。
  それ以外、考えられない。
  結界の効果が消えたんだから。
  ・
  ・
  しかし、分からない事もある。
  今は、完全に吸収が止まってる。
  なんでだろう?
  吸収した分の魔力を吸い取られてもいいんじゃないか?
  ・
  ・
  結界……偽臣の書……サーヴァント……命令権……魔力。
  ・
  ・
  仮説は立つな。
  きっと、結界に影響を及ぼさない権利というのがライダーの魔力なんだ。
  慎二は、偽臣の書でライダーから権利を譲渡済み。
  俺は、天地神明の理で、慎二の攻撃→偽臣の書→魔力吸収の流れで
  ライダーの魔力を取り込んで権利を奪ったんだ。
  偽臣の書は、やはり、マスターとサーヴァントを根元から繋いでいる。)


 士郎は、予想を立て終え慎二に向き直る。


 (天地神明の理が魔力を吸収出来るなら、こんな攻撃怖くない。)


 士郎は、慎二に向けて一気に走り出した。


 …


 1階の混乱は、突如、終わりを告げる。
 ライダーが、慎二の攻撃による魔力の譲渡を確認したからだ。


 「くっ! まさかサーヴァント2人とマスター1人の囮だったとは!」


 ライダーは、窓ガラスを割り外に飛び出すと4階に向けて蹴上がって行く。
 セイバーは、窓から身を乗り出し、ライダーを確認する。


 「何が起きたの!?」

 「恐らくライダーのマスターに何かが起きたのだろう。」

 「何かって……。
  この学校に、今、動ける人なんて……。」

 「シロウ……かもしれない。」

 「士郎!? 何故!?」

 「分からない。
  ただ……こんなデタラメな行動を起こす人物が、
  二人も三人も居るとは思えない。」

 (嫌な説得力があるわね……。)

 「私は、ライダーを追います!」


 セイバーも窓から外に出て、ライダーを追い掛ける。


 「アーチャー!」


 凛の命令に、セイバーが声を掛ける。


 「リンとアーチャーは、階段から退路を!
  万が一を考えて、ライダーとリンの一人での接触を警戒してください!
  シロウは、私が守ります!」


 セイバーの言葉に、アーチャーは行動を止める。


 「セイバーの意見は正しい。
  凛、二人で階段から退路を塞ぐぞ!」

 「分かったわ!
  ・
  ・
  セイバーとライダーが怒鳴り合ってる時は、どうなる事かと思ったけど。
  やっぱり、セイバーは冷静ね。
  もしかしたら、作戦だったのかしら?」


 先を走るアーチャーを追って、凛も階段に向かい走り出した。


 …


 士郎は、連続で放たれる慎二の攻撃を天地神明の理で薙ぎ払い無効化する。
 訳の分からない士郎の行動に慎二は混乱する。
 先ほどまであった距離は、もう存在しない。
 慎二は、士郎の間合いの中に居た。


 「何なんだお前は! 衛宮!」

 「慎二、終わりだ!
  結界を解くんだ!」

 「嫌だ! これは、僕の結界なんだ!」

 「訳の分からない事を!
  この中には、藤ねえや友達が居るんだぞ!」

 「藤村!? ハッ、あの馬鹿教師か!?」

 「馬鹿じゃない!」

 「馬鹿だよ! アイツは!
  結界を張ったのを僕とも知らずに縋り付いてさ!
  命乞いをするかと思ったら、『みんなを助けて』だとさ!」

 (藤ねえ……。)

 「余りにしつこいから、蹴り飛ばしてやったよ!」

 (なんでお前は、こんな時に俺を怒らせるような事を言うかな!?
  殺されたいのか!?
  ・
  ・
  ダメだ!
  殺したら、ライダーに命令出来る奴が居なくなる!)


 士郎は、怒りを抑えながら慎二の膝の皿に踵を蹴り入れる。
 その攻撃は、間接の逆方向に衝撃を走らせる。
 慎二は、膝を抱えて転倒する。
 そして、慎二の顔の直ぐ横に天地神明の理を突き立てる。


 (馬鹿に何を言ってもしょうがない!
  恐怖で、この馬鹿をコントロールする!)

 「慎二! 今、直ぐに結界を止めろ!」


 しかし、慎二は、突き立てられた天地神明の理により気絶していた。


 「もう、意識が……。
  こんな覚悟の薄い奴のために!
  ・
  ・
  くそ!
  とりあえず、慎二の身柄は確保したんだ。
  後は、遠坂達を……。」


 その時、窓ガラスを打ち破り新手の敵……ライダーが現れた。



[7779] 第38話 学校の戦い④
Name: 熊雑草◆890a69a1 ID:9b88eec9
Date: 2010/08/27 00:26
 == Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==



 不意に現れたライダーだったが、今の士郎は、天地天命の理と一体になっている。
 投擲された杭を簡単に弾き返す。


 「私の攻撃が躱された!?」


 不意を突いたタイミングとサーヴァントの攻撃を躱した少年にライダーは警戒を強める。
 少年の足元に転がっている自分の主に舌打ちし、どう行動を取ろうか決めかねている。
 そして……。

 静まり返った場へと近づく足音に、士郎は耳を澄まして集中する。
 この場に外から近づける者は、サーヴァントしかいない。
 そして、この足音は、道場で聞いているから間違いない。
 士郎は、確信を持って命令する。


 「セイバー! ライダーを羽交い絞めにして拘束しろ!」

 「分かりました! シロウ!」


 今度は、逆に不意を突かれたライダーがセイバーに拘束された。



  第38話 学校の戦い④



 セイバーは、魔力を全開にしてライダーを羽交い絞めにする。


 「シロウ! やはり、貴方でしたか!」

 「俺が動ける説明は後でする!
  慎二が気絶しちまって、ライダーに命令を出せない!
  ・
  ・
 (こうなったら、ライダーを脅して……。)
  ・
  ・
  ライダー! 慎二を殺されたくなければ結界を解け!」

 「それは出来ません。
  慎二は、正規のマスターではありませんから、
  私は、慎二の命令がないと動けません。」

 「くそっ!
  状況からすれば、慎二は、殺された方がいいってか!?」

 「シロウ?」

 「今の話し振りからするとライダーは、
  仕方なく慎二に従っているだけだ!
  ・
  ・
  あ~~~っ!
  もう、慎二は人質に使えない!」

 (この少年……。)

 (シロウが焦っている……。
  それだけ切迫した状況だという事なのですね。)


 士郎は、頭をガシガシと掻くと側に落ちている偽臣の書に目を落とす。


 「!!
  セイバー、後、3分でいい!
  そのまま、ライダーを拘束していてくれ!」

 「分かりました!」


 体格で劣るセイバーだが、魔力を注ぎ込みライダーの抵抗を強引に抑え込む。
 ライダーも体格に物を言わせて振り解こうとするが、セイバーの拘束は解けない。


 (おかしい……。
  これだけ体格に違いがあれば魔力で補っても、
  もう少し抵抗が強いものなのに。)


 セイバーは、疑問を抱きつつも拘束を続ける。

 一方、士郎は、偽臣の書をバラバラと捲り飛ばしていく。
 そして、1分ほどで最初から最後まで捲り終える。
 続いて、再び、最初から捲りながら、気になるところに折り目を入れていく。
 そして、この作業をしながら予想を立てる。
 また、1分ほどの時間が流れた。

 拘束するセイバーも拘束されるライダーも士郎の行動に疑問符が浮かぶ。


 (何をするかと思えば……。
  偽臣の書を捲り飛ばしている……。)

 (シロウ……。)


 士郎は本を閉じ、ライダーを睨みつける。


 (ここからは、賭けだな。)


 士郎は、ライダーに見せつけながら自分の手を天地天命の理で貫く。
 そして、その血を偽臣の書の表紙のマークのようなところに滴らせる。


 「何を……?
  ・
  ・
  ぐっ!」


 セイバーに拘束されているライダーが放電し始める。
 セイバーは、放電するのを堪えながら拘束を続ける。


 (この反応……。
  間違いなさそうだ!
  後は、次の反応が起きるまで血を提供すれば……。)


 士郎は、暫くの間、血を偽臣の書に滴らせ注ぎ込み続ける。
 やがて偽臣の書に魔力が宿り始め、ミスティックな輝きを放ち始める。


 「これは……!?」

 「シロウは、一体、何をしているのだ!?」


 士郎は、偽臣の書を手に取り、折り目をつけたページを開いていく。


 (これじゃない……。
  ここでもない……。
  あってくれよ……。
  ・
  ・
  ここだ!)


 士郎は、偽臣の書のあるページで読み止めると呪文を紡ぎ出す。


 「詠唱!?」

 「馬鹿な!?
  シロウは、魔術師ではない!
  それに偽臣の書の文字が解読出来るはずなど!」


 しかし、詠唱が終わるとライダーは、今までにない放電に襲われる。
 セイバーは、危うく拘束を解くところだったが、放電を自分の魔力で相殺する。


 「セイバー! ライダーを解放しろ!」

 「しかし、シロウ!」

 「信じてくれ!
  失敗した時は、また、指示を出す!」

 「分かりました!」


 セイバーは、ライダーを解放し、不可視の剣を構える。


 「ライダーに命令する!
  直ちに結界を解除しろ!」


 ライダーは、士郎の言葉通りに結界を解除する。


 「なっ!」


 セイバーは、目を見開き驚愕を表す。


 「よし!
  次は、俺が偽臣の書を左手に持ち、5回右手で偽臣の書を叩くまで
  霊体化して50m以上、離れて待機!」


 ライダーは霊体化すると、その場から消え失せてしまった。


 「シロウ……。
  一体、何を?」


 士郎は、偽臣の書を自分の懐に仕舞い込む。


 「後で全部話す。
  遠坂には知られたくない。
  これから俺の言葉に全て合わせてくれ。」

 「しかし……。」

 「聖杯戦争を有利にするための戦略なんだ!
  頼む!」


 士郎は、深々と頭を下げる。
 セイバーは、少し戸惑ったが士郎の左手から滴り落ちる血を見ると溜息をついて左手を手に取る。


 「分かりました。
  しかし、今から直ぐに左手は治療します。
  これだけは、私の指示に従って貰います。」

 「ありがとう。」


 士郎の笑顔にセイバーは、溜息をついた。
 そして、この展開に嫌な予感を拭い去る事が出来なかった。



[7779] 第39話 学校の戦い⑤
Name: 熊雑草◆890a69a1 ID:9b88eec9
Date: 2010/08/27 00:26
 == Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==



 凛とアーチャーが、階段を駆け上がる。
 そして、セイバーとライダーの戦闘が始まり、セイバーの魔力を強く感じる。
 目的の場所まで近づいた時、踊り場に藤ねえが倒れているのを見つける。


 「藤村先生!」


 凛は、藤ねえに近づくと状態を確認する。


 「先生……。
  ここまで助けを呼びに来たのね。
  ・
  ・
  頬に痣がある。」


 凛が、そっと藤ねえの頬を撫でる。
 しかし、何時までもここに居る訳にもいかない。
 凛は、先を急ごうとする。


 「アーチャー、急ぐわよ。」

 「…………。」

 「アーチャー?」


 アーチャーが、藤ねえを見たまま動かない。
 そして、掌を額に置き苦しんでいる。


 「ちょっと、どうしたの!?」

 「…………。」


 アーチャーが方膝を突く。
 凛は、藤ねえをそっと横たえ、アーチャーに近づく。


 「アーチャー!?」


 凛が、アーチャーの肩を掴み揺する。
 それをアーチャーは、静かに手で制する。


 「……大丈夫だ。」

 「大丈夫って……。」

 「少しだけ記憶が戻りつつあるだけだ……。」

 「え?」

 「おかしいとは思っていた。
  ところどころで彼女を覚えていたし……。
  最初は、世界の制限か凛の召喚のせいかと思っていたが……。」

 「何を言っているの……。」

 「すまない。
  今は、上手く話せない。
  ただ……私の記憶に制限を掛けた者が居るみたいだ。」

 「!」

 (そうだ……。
  私は、自分を衛宮士郎と認識していたはずなのだ。
  だから、ここにいる衛宮士郎が魔術を使えない事に驚いた。
  だけど、それは何故か些細な事と処理していた。
  ・
  ・
  そして……。
  やはり、彼女を強く覚えている。
  それなのに……何故、気付かなかった!?
  彼女は、霊体化していたではないか!?)


 凛が、アーチャーを心配そうに見ている。
 アーチャーは、凛に話し掛ける。


 「凛、少し時間をくれないか?」

 「え?」


 凛は、耳を澄ます。
 依然とセイバーの魔力放出を感じるだけで戦闘の音は聞こえない。
 状況は掴めないが、少しの時間ぐらいなら問題なさそうだった。


 「いいわ。
  でも、なるべく急いで。」

 「分かった。」


 アーチャーは、記憶を辿ろうと目を瞑り集中する。


 「…………。」

 (『……くらを…………った。』
  『…………ヤだって……。』
  ・
  ・
  『そのペンダント貸しときなさい。
   いい? これを返すまで勝手にどっかに行っちゃダメなんだから。』
  ・
  ・
  …………。)

 「…………。」

 「…………。」

 「…………。」


 記憶は、これ以上戻らなかった。
 だが、最後の声は覚えている。
 目の前の少女に他ならない。
 そして……。


 「犯人は、恐らく君か……。」

 「は? わたし!?
  ・
  ・
  やっぱり、わたしの召喚なんじゃない!」

 「すまない……そうではない。
  しかし、これでハッキリしたな。」

 (凛が、ペンダントに細工を施した。
  そして、感じる違和感……。
  あの大師父と関わりを持つ彼女なら出来るはずだ。
  多分、1回限りの限定魔術。
  ・
  ・
  問題は、何故、このような魔術を施したかだが……。
  追々、思い出せば良かろう。
  今は、それよりもやる事がある。)

 「手間取らせてしまったな。
  もう、大丈夫だ。急ごう。」

 「そう……。
  分かったわ。
  行きましょう。
  ・
  ・
  でも、どうして藤村先生を見て思い出したのかしら?」

 「確かに……。」

 (思い出した記憶と一致するものがない。
  状態や状況が私の中の何かを切っ掛けにした?)

 「とりあえず、この事は小僧達には秘密にしてくれ。
  弱点以外の何者でもない。」

 「そうね。」


 アーチャーは、藤ねえを背負うと、凛と一緒に階段を再び上がり始めた。


 …


 セイバーが士郎の左手の治療を始めた頃、凛とアーチャーが駆けつける。


 「遅かったな。」

 「人助けをしていたものでな。」


 アーチャーは、背中からよく知る人物を下ろす。


 「藤ねえ!」


 士郎は、藤ねえに駆け寄る。
 藤ねえの頬に痣がある。
 士郎は、それを凛と同じ様にそっと撫でた。


 「士郎……。
  その痣は……。」

 「分かってる。
  ありがとな。」


 士郎は、凛とアーチャーにお礼を言う。



  第39話 学校の戦い⑤



 異常な事態だった。
 士郎がからかいもせずに、凛とアーチャーにお礼を言った。


 「どうしたの!?」

 「頭でも打ったか!?」

 (酷い言い草ですね……。)

 「ああ、頭をしこたま打った。
  だから、おかしな事を口走っている。
  話をしていいか?」


 士郎以外の三人は、お互いの顔を見合った後、無言で頷く。
 凛は、アーチャーが元通りになっている事も確認する。


 「とりあえず、結界は止めた。
  そして、溶かされた人間(自分)の予想からの今の状態。
  本来の体力の1/4ぐらいが失われていると言える。」

 「数値で出すと分かり易くて助かるわ。」

 「だから、早急に処理が必要だが話す時間はあると判断して、
  事の顛末を語って置く。」

 「ええ、お願いします。
  私達の知らないところで何が起きたのか。」


 士郎は、一息つくと話し始める。
 セイバーは、士郎の服を裂いて作った急場の包帯で止血を続ける。


 「時間がいくら経過しても暴れる形跡が見て取れなかったんで、
  俺は、無理して教室を出たんだ。」

 「「「うっ。」」」


 士郎を除く、三人の顔が強張る。
 士郎は、珍しく気付かず話を進める。


 「遠坂のアドバイスのお陰で覚悟を決めてたせいか、
  周りの人間が気絶している中で、俺は、意識を繋ぎ止めたんだ。」

 「でしょ!?
  わたしのお陰よね!?」

 (いつもと立場が逆だな、凛。)

 「周りは、誰も動かないから異様に静かでさ。
  慎二の笑い声だけ近づいて来た。
  気だるい状態で戦えるか分からないけど、
  セイバー達が駆けつけてくれると思って行動を起こした。」

 (これは、罪悪感がありますね……。)

 (まさか、話が脱線していたとは言えまい……。)

 (でも、あれは士郎に原因があるんだし……。)


 士郎以外の三人は無言で頷き、真実を隠す事にした。


 「慎二は、結界を解いて欲しければ土下座しろと言って来た。」

 「な!」
 「なに!?」
 「あの馬鹿!」


 全員が気絶している慎二を睨む。


 「俺は、直ぐ土下座した。」

 「は?」
 「え?」
 「なんで?」

 「抵抗しなかったのですか!?」

 「しなかった。
  優先すべきは、結界の解除だから。」

 「…………。」

 「その後、不当な要求が続いて自分の手も刺し貫いた。」

 (何事も無い様に……。
  そこは、嘘ですね。
  ・
  ・
  やはり、いつものシロウだ。)


 嘘に気付いているセイバーとは余所に凛とアーチャーは驚いている。


 「あんた、そこまでしたの?」

 「した。
  けど、そこまでしても結界を解かないって言うから、実力行使に出た。」

 「そうか、そこで戦闘になったから、
  ライダーは、我々の前から姿を消したのだな。」

 「ああ、多分。
  偽臣の書を使う事でサーヴァントの魔力を借り受けて攻撃したから、
  直ぐに分かったんだろう。」

 「なるほど。」

 「ただ、慎二自身が魔術を使い慣れてないのと
  攻撃が一直線だったから、躱すのは簡単だった。」

 「当たり前ね。
  魔術は、ただ、便利な物ではないもの。
  修行や知識、絶え間ない研鑽をしなければ発揮出来るはずがないわ。」

 「その通りだ。
  慎二の間合いに入った時、脅して止めるはずだったんだ。
  ・
  ・
  だけど、慎二が学校のみんなを助けようとした藤ねえを
  蹴り飛ばしたって聞いたら、一気に頭に血が上って……。」

 「それじゃあ、藤村先生の痣って……。」

 「俺は、危うく慎二を殺すところだった。
  気が付いて、この刀を慎二の顔の横に突き立てたら、
  慎二が気絶しちまったんだ。」

 「気持ちは分かるけど。
  そうしたら、どうやって結界を解かしたのよ?」

 「ライダーとセイバーが駆けつけて戦闘になるかと思ったら、
  ライダーは、偽臣の書を拾い上げて、
  『これは、お礼です』って、結界を解いて居なくなった。」

 (これも嘘ですね。
  一体、真実は、何なのでしょう?
  そして、何故、ここまで隠すのでしょうか?
  ・
  ・
  シンジを気絶させた件は本当でしょうが……。)


 凛は考え込むと推測を弾き出す。


 「きっと、ライダーは、偽臣の書での縛りを解く事が目的だったんだわ。
  マスターに愛想が尽きたんでしょうね。
  結界を張るのも英霊として許せなかったのよ。」

 「正直分からないが、そんなところだと思う。
  話は、以上だ。
  ここからは、みんなを助けないと。
  俺は、どうすればいい?」

 「士郎は、いいわ。」

 「え?」

 「後は、わたしが何とかする。
  ここからは、魔術師と監督役の教会で何とかするしかないから。」

 「そうか。
  俺は、役に立たないな。」


 凛は、ボソッと声を漏らす。


 「これ以上、士郎に借りは作れないわよ。」


 アーチャーは、その声を聞き取ると苦笑いを浮かべる。


 「そういう事だ。
  手を怪我した小僧は戦線離脱だ。
  セイバー、小僧を労ってやってくれ。」


 セイバーは、凛とアーチャーの言葉に深く頭を下げる。


 「感謝します。」


 そして、セイバーは、士郎を連れ出し帰宅の途に着こうとする。
 そこで、士郎は振り返る。


 「遠坂、頼みがある。」

 「何?」

 「慎二の制裁は、十分とは言えない。」

 「?」

 「ボコボコにしてくれるとありがたい。」


 士郎の言葉に凛の顔が悪魔の微笑みに変わる。


 「任せなさい!」

 (やはり、小僧は小僧か……。
  そして、我がマスターも……。)


 アーチャーは、溜息をついて士郎とセイバーを見送った。


 …


 士郎とセイバーは、家に帰宅する。
 途中、一人で歩けると言った士郎を強引に捻じ伏せ、セイバーが肩を貸しての帰宅だった。


 「本当に大丈夫なのに……。」

 「結界により、体力が落ちているのです!
  それにあれは、人を溶かすものです!」

 (そうだった。
  セイバーは、俺が溶けてないの知らないんだった。
  まあ、いいや。
  その辺も纏めて『アイツ』を含めて話そう。)

 「セイバー。」

 「何ですか?」

 「お腹空いたから、ご飯作っていいか?」

 「…………。」

 「本当に自分主義というか……。
  ええ、お願いします。
  体力の落ちた貴方には、食事こそ重要です。」


 士郎は、料理を始めると手早く昼食を作り上げる。
 そして、テーブルには三人分の料理が並ぶ。


 「一人分多くありませんか?」

 「今、呼ぶ。」

 「呼ぶ?」


 士郎は、懐から偽臣の書を取り出し、兔人参の様に『ヘイ』と言って、5回右手で偽臣の書を叩く。
 暫くすると士郎とセイバーの前にライダーが現界する。


 「ライダー!」


 セイバーは、士郎の前に出て身構える。


 「何してんだ? お前?」

 「何って……。
  ライダーです!」

 「そりゃ、見れば分かるよ。」

 「では、警戒をしてください!」

 「仲間なのに?」

 「そうです!
  ・
  ・
  仲間?」


 疑問符の浮かぶセイバーに変わり、ライダーが話す。


 「マスター。
  偽臣の書の効果は、私とマスターしか分かりません。
  セイバーにも説明を。」

 「分かってる。
  からかっただけだ。」


 セイバーは、とりあえず士郎にグーを炸裂させる。


 「分かる様に説明してください!」

 「セイバー! 自分のマスターを殴るなどと!」

 「ああ、いいんだいいんだ。
  これは、俺達のコミュニケーションだから。」

 (一体、この人達は……。)


 全員、席に着きお茶を一口啜る。


 「あの、マスター……これは?」

 「食事だけど?」

 「我々は……。」

 「その説明も知っている。
  じゃあ、マスターの命令。
  一緒に食べなさい。」

 「仕方ありませんね。」


 説明は、昼食を取りながら始まった。


 「どこから説明して欲しい?」


 セイバーとライダーは、お互い顔を見合わせる。


 「ライダーの事も踏まえ、
  教室で別れた後から真実を話してください。」

 「セイバー、真実とは?」

 「シロウは、共闘したアーチャー達に嘘を伝えました。」

 「そういう事ですか。
  理解しました。
  では、私からもお願いします、マスター。」

 「そのマスターって、嫌だな。
  士郎と呼んでくれないか?」

 「では、シロウと。」

 「発音を変えてくれ。
  読者的に見分けがつかん。
  お前達、話し方が似てるから。」

 「は?」


 よく分からない理由でライダーは、強制的に呼び方を修正させられた。


 「実はな。
  今日の戦いで幾つか分かった事があるんだ。
  まず、結論から言うけど、俺は、結界で溶けてないんだ。」

 「え?」

 「馬鹿な!
  シロウ、貴方は、魔術師ではない!
  結界が効かない訳はありません!」


 そこで士郎は、天地神明の理を出す。


 「この天地神明の理……。
  使用者を擬似的な魔術師に変える事が出来る。」

 「本当ですか!?」

 「そのようなものを所有していたとは。」

 「今日、初めて知ったんだ。
  セイバーとの模擬戦をしてから、変な感覚はあったんだ。
  でも、分からないから無視してた。
  やって見せるよ。」


 士郎は、集中して天地神明の理を握り、魔術回路の線を繋ぐ。


 「OKだ。
  手を握って見てくれ。」


 士郎の手をセイバーとライダーが握る。


 「本当だ。
  一本だけ主張している魔術回路がある。」

 「しかし、魔力が流れていません。
  本当に、ただ繋がっているだけです。
  普通、魔術師は魔力を流して回路を認識すると言うのに。」

 「やっぱり、この線は魔術回路か。」


 士郎が天地神明の理を放すと魔術回路は閉じてしまう。


 「今の要領で擬似魔術師になった俺は、結界で溶けずに済んだんだ。」

 「偶然とはいえ……。」

 「何と運のいい。」

 「でもな……結界は、魔力を取ろうとするだろ?
  俺は、魔力を作れないし送れない。
  そうしたら、セイバーに行っている魔力を
  結界とセイバーで取り合いになっちゃってさ。
  放電しっぱなしだったんだ。」

 「それぐらいのリスクはあるでしょう。」

 「何事も思い通りにはいきません。」

 「で、動かなければ放電は酷くないから、
  事態が収拾するの待とうと思ったんだけど。
  ・
  ・
  何かイヤな予感がして行動を起こした。
  第2段階の予兆もなかったし。」


 セイバーは、視線を斜め下に移している。
 事の理由を知らないライダーが質問する。


 「その第2段階とは?」

 「俺達は、結界を止めるために慎二を少し泳がせた後、
  第2段階で大暴れして慎二に恐怖心を刻み付けて、
  ライダーに慎二まで案内させるつもりだったんだ。
  結界を解けって命令出来るの慎二だけだと思ったから。」


 ライダーは、額に手を当て俯いている。


 (破綻していますね、その作戦は……。
  セイバーの名誉のために黙って置きましょう。)


 ライダーは、あえて問わず先を促す。


 「続きをお願いします。」

 「廊下に出ると慎二の笑い声がしたから、
  廊下の真ん中で待ってたんだ。
  それで慎二が来たから、とりあえず説得してみた。」

 「慎二は、説得の効く人物ではないと認識していますが?」

 「その通りだった。
  土下座して恥の上塗りまでしても、
  言う事を聞いてくれなくて戦闘になった。」

 「土下座したのは、本当だったのですか?」

 「ああ。
  俺、土下座するのに
  なんの抵抗も感じないタイプの人間だから。」

 (騎士である私の主は、土下座が平気……。)

 (プライドが低いのですね……。)

 「で、ここで、また、誤算が起きたんだよな。」

 「また、ですか?」

 「そう。
  しかも、また、天地神明の理絡み。」


 三人の視線が、士郎の刀に移る。


 「これさ。
  擬似魔術師の時、魔力吸収出来るんだよ。」

 「「!!」」

 「こればかりは、俺も度肝抜かれた。
  で、慎二の訳分からん魔術の攻撃を吸収したんだ。
  そうしたら、体の放電が止まった。」

 「シロウ、その刀は、何かの宝具ではないのですか?」

 「ありえますね。
  魔力を吸収するなど、普通の刀剣類にはありえません。」

 「そうかもな。
  ただ、宝具としては攻撃するものではなく、
  明らかに護身用って感じだけどな。
  ・
  ・
  でも、人間の俺が使えるんだから、大した効果は期待出来んぞ。」

 「ふむ。
  武器としては、期待出来ませんね。」

 「しかし、マスターを護身するものと考えれば十分な効果です。」

 「ま、使い道は、追々という事で。
  話の続きな。
  ・
  ・
  慎二の魔力を吸収したのってさ。
  結果的には、ライダー→偽臣の書→俺という流れで
  ライダーの魔力を取り込んだ事になると思うんだ。
  で、結界の効果は、ライダーの魔力を権限として、
  俺を対象から外したんじゃないかって考えてる。」

 「士郎、あなたは鋭いですね。
  その通りです。
  結界自体は、生き物ではないため、
  高度な思考能力など持ち合わせていません。
  判断基準は、魔力の性質です。
  慎二は、偽臣の書により、私の魔力性質を持っていたため、
  結界内で自由に動けたのです。」


 士郎は、予想通りの答えに自信を持つと説明を続ける。


 「自由を手に入れた俺は、慎二を追い詰めて、
  ライダーに命令させるだけだった。
  ・
  ・
  ところがさ~。
  恐怖で命令きかせようと天地神明の理を顔の横に突き立てたら、
  気絶しちゃうんだよ。」

 「慎二は、ヘタレですから。」


 ライダーが、苦々しく呟く。


 「起こそうと思ったら、ライダーが来るし。
  結界発動してから時間は経つしで……。」

 「しかし、私も予想外でした。」


 ライダーは、事実を告白する。


 「まず、不意打ちであなたを仕留めるはずが躱された事。
  もう一つは、既に慎二があなたの下に居た事です。」

 「そうか。
  シロウの躱す技術は、サーヴァントを含め全てにおいて予想外の技術でした。
  それにシンジが、シロウの下に居る事は人質を取られたも同じ。」

 「その通りです。」

 「でも、慎二の命は、どうでもいいような事を……。」

 「あれは、慎二を……マスターを守る最後の抵抗です。
  あなた方は、結界を気にしているようでしたので、
  ああ言えば慎二の使用価値が残るため、殺されないと思ったのです。」

 「嘘かよ!
  じゃあ、あのまま強引に進めれば、結界を解いてくれたのか!?」

 「はい。」

 「シロウを出し抜くとは……。
  しかし、あの時のシロウは焦っていた。」

 「言われてみれば、そうだ。
  こっちの方が、人数も多いし人質も居るんだ。
  何を俺は、あんなに焦ってたんだ……。
  ・
  ・
  いや、焦るか……。
  溶解してしまうんだから。」

 「士郎、問題は、その後です。
  結果を見れば分かりますが、あなたは、何をしたのですか?」


 ライダーが、納得いかないという顔をする。


 「あなたが、慎二からマスターの権限を奪ったのは分かります。」

 「え!? シロウ!?」

 「だから、言っただろう? 仲間だって。」

 「セイバーの話なら、あなたは、魔術師ではない。」

 「その通りだ。」

 「そのあなたが呪文を詠唱した。
  これは、どういう事なのです?」

 「そういえば、『3分』時間を稼ぐというのも分かりません。
  偽臣の書を3分で解読など出来る訳がない。」

 「その通り。
  あんなミミズの這い蹲ったような訳の分からんものは解読出来ん。
  セイバーは、俺が横文字ダメなの知ってるもんな。」

 「ますます、分かりません。」

 「俺が使ったのは、
  『一夜漬けをしないで行うテスト前の解読』の定理だ。」

 「何か……前にも同じ様な事を聞きましたね。」

 「頭のいい優等生は、どうか分からんが、
  俺のように頭の悪い奴は、1点でも落とすと赤点という危機に陥りかねん。」


 セイバーは、ライダーにそっと耳打ちする。


 「覚悟してください。
  必ず脱力します。」


 ライダーは、疑問符を浮かべて話を聞く。


 「時間がない中で予想と傾向を判断するため、
  まず、最初から最後まで流し読みをする。
  そうすると大体の行間やページ数で重要なところがどこか予想がつく。
  特に偽臣の書は、作者が同じだからパターンのバラつきは少ない。」

 「え?」

 (ライダーの反応は、昨日の私ですね……。)

 「大方の傾向を頭に入れつつ2度目の流し読み。
  ここで重要なのは、『挿し絵』と『慎二のコメント書き』。
  俺は、『挿し絵』と『コメント書き』に全部折り目を付けたんだ。」

 「一体、何を言って……。」

 (分からないですよね。
  私も2度目ですが、未だにサッパリです。)


 士郎は、偽臣の書を開き指で差す。


 「こことこことここ。
  この絵から偽臣の書へのアクセスには、血液が必要と読み取れる。」

 「読み取れる?」

 ((読み取れません。))

 「更にマスターの権限を譲渡するには、血液の量と呪文が必要と判断出来る。」

 「判断出来る?」

 ((こんな絵だけで?))

 「この変な絵は、血液の量が一定量越えたら何か起きるっぽい。」

 「っぽい?」

 ((勘ですか!?))

 「以上を予想した上で実行したら……何か起きた。」


 セイバーとライダーは、頭を抱える。


 「デタラメだ……。」

 「こんな馬鹿な……。」

 「で、最後の呪文は、傾向で予想したページの……。
  ここの折り目の『慎二のコメント』が、日本語で書いてある。」

 「まさか……。」

 「そう。
  俺は、これを読み上げただけだ。
  多分、これはパスワードの類だと思う。」


 セイバーとライダーは、悪夢に魘されたように頭を抱え込んでいる。


 「どうした?」

 「セイバーからの助言で覚悟はしていましたが、
  これは、遥か斜め上を行く……。」

 「私は、あの時、こんないい加減なものを信用したのか……。」

 「まるで重度の高熱にでも掛かったようです。」

 「しかも、成功したから余計に性質が悪い。」


 セイバーは、偽臣の書を手元に引き寄せる。


 「ライダー、読めますか?
  私は、少しの文字や単語が分かる程度です。」

 「私も似たようなものです。
  確かに知っている単語や文字は、
  士郎の言った通りの意味をしているものです。」

 「と、いう事があって、
  ライダーは、めでたく俺のサーヴァントになった。
  分かったか?」

 「「分かりません。」」

 「仕方のない奴等だな。
  しょうがない初めから……。」

 「もう、いいです!」
 「結構です!」

 「納得してないんじゃないの?」

 「納得はしていません。」

 「しかし、世の中には納得していなくても、
  受け入れなければいけない現実があるのだと
  痛感させられたところです。」

 「人は、そうやって大人になっていくもんだ。」

 (その成長した大人は、間違いなく破滅の人生を歩むでしょう。)


 何はともあれ、学校の戦いは終わりを迎え、ライダーという新たなサーヴァントを獲得した。



[7779] 第40話 ライダーの願い
Name: 熊雑草◆890a69a1 ID:9b88eec9
Date: 2010/08/27 00:26
 == Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==



 学校の戦いで予想外の戦力を獲得した士郎。
 しかし、実際、イレギュラーで獲得した戦力をどうしたものか困っていた。
 そう、士郎自身は、聖杯戦争に思い入れがないのである。


 「疑問は、これで区切りをつけていいか?」

 「はい。」

 「私もありません。」


 士郎は、一息つくと目を閉じる。
 そして、思い立ったように口を開いた。


 「いきなりでなんだが、質問会議をしたい。」

 「「は?」」



  第40話 ライダーの願い



 セイバーとライダーが申し合わせたように声を揃える。
 士郎は、状況と今後を把握しなければと考えていた。
 当然、今後の事は、セイバーもライダーも考えなければならない。
 ようは、……『質問会議』という言い回しが悪いのだ。
 セイバーが、先に口を開く。


 「質問会議とは、何でしょうか?」


 士郎は、お茶を啜る。


 「ライダーの事だ。」

 「私ですか?
  ・
  ・
  何故、私への質問会議なのです?」

 「非常に言い難いのだが……。
  ライダーは、結界を解かせる手段で偽臣の書を奪って仲間にしてしまった。
  俺の方もイレギュラーなんだ。」

 「そうでした。
  結界を解く事ばかり考えて、そちらに意識が行っていませんでした。」

 「話の流れから、予想はしていました。」

 「そして、大きな戦力アップだから、遠坂に隠した。」

 「…………。」

 「意外と抜け目ないですね。」

 「あと、遠坂に説明すんのが面倒臭かった。」


 セイバーが、額に手を当てる。


 「あの時、真面目な事を言って人を説き伏せといて……。
  シロウ、後半の方が本音でしょう。」

 「…………。」

 「それでだな……。」

 ((無視しましたね……。))


 セイバーは、ライダーの前なのでグーによる制裁を我慢する。


 「実は……俺、聖杯要らないんだ。」

 「そして、私も聖杯に興味がなくなりつつあります。」

 「あなた達は、何で、聖杯戦争に参加したのですか!?」

 「話すと長いんだが……。
  ・
  ・


 士郎は、事情を説明する。
 セイバーとの出会い、バーサーカーとの対決、そして、学校の結界に至るまで。


 「まさか、イレギュラーな存在だったとは……。
  自ら呼び出していないなら、願いがないのも分かる。
  ・
  ・
  そして、犯人だったとは!」

 「犯人?」

 「あ。」


 セイバーは、ライダーが蜂蜜をかけた犯人を捜しているのを思い出す。


 「なんの事だ?」

 「士郎……。
  『蜂蜜』と言えば分かりますか?」

 「…………。」

 「ああ、その事か。」

 「私は、生涯であのような屈辱を
  受けた事はありません。」

 「そ、そうか?」

 「あのような……。」

 「『キャーーー!』なんて、悲鳴をあげるなんて?」


 ライダーの顔が一気に赤面し、青筋が浮かぶ。


 (何故、シロウは、火に油を注ぐのか……。)

 「士郎!」

 「おや? ライダーさんは、マスターを殴るのですか?」

 「っ!」


 士郎は、ニタニタと笑っている。

 横でセイバーが、ライダーに視線を送る。
 そして、手でGOサインを出す。
 ライダーは、勢いで士郎にグーを炸裂させる。


 「おのれ、セイバー! 謀ったな!」

 「シロウ! 貴方が悪い!」

 「俺のお陰で貴重な情報と戦力を手に入れたくせに!」


 グーを炸裂させたライダーは呆然としている。
 勢いとはいえ、マスターに手をあげてしまった。


 「あなた方は、いつもこうなのですか?」

 「そうだ。」

 「シロウ! 貴方と同じにしないで頂きたい!」


 セイバーのグーが、士郎に炸裂する。
 セイバーの我慢も限界を超えた。
 ライダーは、何か懐かしいやり取りを思い出す。
 そして、軽く微笑むと話し掛ける。


 「セイバー、もういいです。」

 「そうですか?
  殴り足りないなら、後、1発や2発……。」

 (最近、容赦ないな……。
  Sとして目覚めたか?)

 「ええ、もういいのです。」

 (どうしたのでしょうか?)


 セイバーは、突然、雰囲気の変わったライダーを気に掛ける。


 「士郎、セイバー……。
  あなた達に全てを話してお願いしたい。」

 「ライダー?」

 「士郎、私が魔力の提供をして貰っていないのを知っていますね。」


 ライダーの真剣みのある声に士郎とセイバーは、姿勢を正す。


 「もしかしたらとは、思っていた。」

 「慎二は、魔術師ではないため魔力を提供出来ませんでした。
  それは、あなたも同じです。」

 「では、今まで……。」

 「はい。
  慎二の命令で人間から供給していました。
  新都の事故の何件かは、私によるものです。」

 「ライダー、貴方は!
  ・
  ・
  っ!」


 セイバーは、ライダーを責めようとするが言い淀む。
 そこには、ライダーの意思がなかったからだ。


 「士郎。
  もし、私を手元に置くなら、
  同じ事をしなければいけません。」

 (そうか……。
  嫌な思いをしたんだな。
  ・
  ・
  でも、聖杯で願いを叶えるためには、現界し続けなければいけない。
  そして、正規のマスターじゃないと魔力を供給出来ない。
  つまり、俺じゃあ、ライダーを扱え切れない。
  今は、偽臣の書で半端なマスターになっているに過ぎないから。
  ・
  ・
  俺もセイバーも願いがないんだから、ライダーの願いを優先してもいいのかな?
  ダメだ。
  イリヤとも約束しちゃった……。
  ライダーの願いって、なんだろう?)

 「正直、サーヴァントにそういう事はして欲しくないな。」

 「士郎……。」

 (そういうところは、筋を通すのですよね。)

 「嫌な思いをするかもしれないが聞いてしまうぞ。
  俺の我が侭でライダーに魔力を供給出来ないという事は、
  ここに留まる時間が限られるという事だからな。」

 「はい。」

 「お前の願いが聞きたい。
  もし、賛同出来るものならセイバーと話し合う。」

 「いいでしょう。
  この件に関しては、シロウに従います。」


 セイバーが承諾を出すとライダーは、静かに語り始める。


 「…………。」

 「今の主従関係上、あなた達には、話す理由があります。
  実は、私も聖杯に願うものはないのです。」

 「それで、さっき怒るのは変だろう?」

 「聖杯を欲して呼び出すのはマスターですから。
  先ほどの時点では、士郎がイレギュラーの存在と分かりませんでした。」

 「なるほど。」

 (論破された……。)

 「私が呼び出された理由は、
  マスターの性質によるところが大きいのです。
  私とマスターの性質は、似ているのです。」

 「ちょっと、待った!」

 「何でしょう?」

 「もしかして、俺達は、間違えているかもしれない。
  ライダーの本当のマスターは、慎二の祖父ではないのか?
  祖父のイメージとライダーが一致しない。」

 「違います。」

 「では、誰が貴女を呼び出したのですか?」

 「俺達は、慎二の祖父がライダーを呼び出して、
  遠坂のレーダーに掛からない慎二を遠坂暗殺に差し向けたと思ったんだ。
  そして、暗殺が成功したら、再び、権限を祖父に戻すと……。」

 「なるほど、そういう予想でしたか……。
  しかし、事実は違います。
  呼び出したのは慎二の妹です。
  彼女は、無理やり強要され私を呼び出した。
  そして、戦う意思のない彼女の権限を偽臣の書を用いて慎二に譲渡したのです。」

 「なんか深くて複雑だな……。」

 「シロウ、おかしいです。
  リンの話では、マキリは途絶えた家系と聞きました。」

 「彼女は、養子です。
  正確に言えば良かったですね。
  慎二の義理の妹です。」

 (ヤバイ……。
  俺の嫌いなテレビドラマのパターンだ。
  養子、嫁、姑、家族の愛憎……。)

 「話を戻します。
  呼び出した彼女も呼び出された私も願いがないのです。
  特に彼女は、戦いを嫌っていますし、
  仮に勝っても、聖杯は彼女の手に渡りません。」

 「祖父か兄の手に渡ってしまうのですね。」


 ライダーは、無言で頷く。


 「私と彼女が接触した時間は、極めて少ない。
  しかし、その短い時間で願いが出来たのです。」

 「…………。」

 「私は、彼女を救いたい……。
  彼女を傷つけるものを全て消し去りたいのです。」


 ライダーの言葉にセイバーが奮い立つ。


 「シロウ! 供に戦うべきです!
  弱者を助けるのは騎士の道です!」

 「騎士道大原則ってか?
  まあ、分かんない話じゃないけどさ。
  ・
  ・
  『彼女を傷つけるもの』ってなんだ?
  『消し去る』って、どういう事なんだ?」

 「…………。」

 「『傷つけるもの』もの=者なら、祖父と慎二だろう?
  でも、これを消し去るって、よっぽどだぞ。
  また、もの=物って考えると想像がつかない。」

 「前者の事ではないのですか?」

 「そういう風に聞こえなかった。」

 「士郎、おっしゃる通り両方です。」

 「者=祖父と慎二です。
  物=マキリの地下にある修行の場です。」

 (ワンピースで言えば、
  者=アーロン、物=計測室だな。)

 「消し去りたいほどの理由って、聞いた方がいいか?」

 「シロウ、聞くべきです。」

 「お前、分かって聞いているか?
  もしかしたら、凄く言い難い事かもしれないだろ?」

 「それでも聞くべきです。
  私は、大河に話して救われました。
  ライダーの話を聞いて、苦しみを分け合うべきです。」

 「俺は、話を聞いて、俺が辛くなるんじゃないかと思ってな。」

 「シロウ、そっちが本音ですか!」

 「あ~……分かった分かった!
  聞く! 聞かせて頂きます!」

 (善しも悪しも士郎は、いい勘をしています。)

 「セイバー、感謝します。」


 士郎は、諦める。
 こうなると手が付けられない。


 「彼女は、幼い頃から虐待を受けています。」

 「変じゃないか?
  養子を取るのは家系を守るためだろ?
  だったら、大切にされるべきじゃないのか?」

 「そうですね?」

 「余所から別の魔術師の血を入れるという事は、
  その家系のものとは違うものを入れるという事です。
  彼女は、その修正として拷問にも近い修行を架せられている。
  これを虐待と言わずに何と言うのです!
  それに……。
  そのせいで彼女は、人体に修正も施されている。」

 (やっぱり、聞かなきゃよかった。
  魔術師って無法地帯なんだもんな……。)

 「信じられない……。
  その方は、どれほど耐えているのですか?」

 「私も分かりません。
  ただ……髪の色や目の色が、本来の性質を変えた事で影響を及ぼす程です。
  どれぐらいの年月を耐えて来たのか……。」

 「間桐 桜か……。
  そういう事情があったんだな。」

 「シロウは、知っているのですか?」

 「有名人だよ。
  根暗で幸が薄そうだって。
  噂じゃ、凄い人見知りだし、しゃべっているのも見た事ないって。
  虐められても何も言い返さないで、虐めている方が根をあげるってさ。」

 「…………。」


 ライダーは、下を見て俯いている。
 セイバーも、どう言っていいか思案している。


 「そんな奴、救う価値あんのかね?
  ライダーの同情じゃないの?」

 「士郎! 聞き捨てなりません!」

 「じゃあ、なんで、そこまで肩入れすんのさ?」

 「何も知らないくせに……。
  あなたは、桜の何も知らないくせに!」

 「仮に助けたとしてさ。
  助けたって無駄じゃないの?
  そんなんじゃ自立出来ないって。」

 「それでも、この状況を変えなければ、桜は、何も変える事が出来ない!
  一人ぐらい……私ぐらい手を差し伸べてもいいでしょう!
  桜に転機の機会を与えてあげてもいいでしょう!」

 「お前は、変われると思うのか?」

 「変われます!
  私が変えて見せます!」

 「本当に?」

 「私の誓いに嘘はありません!」

 「ふ~ん。
  分かった。
  じゃあ、ライダーに命令を与える。
  ・
  ・
  残された魔力を使い責務を果たしていいぞ。」

 「え?」

 「シロウ?」

 「俺は、ダメ人間だから手を出さない。
  そして、ライダーの戦いだから見届ける事にする。
  セイバーにも手を出させない。
  その代わり、口出しはしてやるから相談は受け付けてやる。」

 「士郎……。」

 「英雄が誓いを立てた以上、約束は守れよ!
  決行は、今から!」

 「今からですか!? シロウ!」

 「そう。」

 「何故です!?」

 「慎二の情報が間桐に伝わるまで、
  ライダーは、屋敷に自由に出入り可能だろ?」

 「……なるほど。」


 士郎は、『着替えて来る』と言い残し、部屋を出て行った。


 「あれは、一体?」

 「貴女のやる気が見たかったのでしょう。」

 「やる気ですか?」

 「私の時も、そうでした。
  シロウは、ウジウジしているとああですよ。
  人の感情を逆撫でして本音を聞き出すのです。」

 「つまり……。」

 「ただのへそ曲がりです。
  助けるつもりだったくせに……。」

 「私は、いいマスターに拾われた。」


 ライダーは、戦いに赴くために最後のマスターの期待に応えるために力強く立ち上がった。



[7779] 第41話 ライダーの戦い①
Name: 熊雑草◆890a69a1 ID:9b88eec9
Date: 2010/08/27 00:27
 == Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==



 数分後、士郎が私服に着替えて姿を現す。


 「遠坂が慎二をボコってるはずだから、
  直ぐには間桐の家に連絡は入らないと思う。
  ただ、漫画なんかにある使い魔なんてのが見張っているとアウトだけど。」

 「その点は、大丈夫だと思います。
  学校の結界で偵察していた使い魔も消滅しているはずですし。
  士郎、申し訳ありませんが魔術師でないあなたは……。」

 「眼中にもないって?
  好都合だな。
  マスターが雑魚で良かった。」

 (喜ぶところなのでしょうか?)



  第41話 ライダーの戦い①



 士郎達は、家の前に出る。
 まだ、日が高いため、セイバーとライダーは霊体化する。


 「時間がないから、
  歩きながらライダーの作戦を聞く。」

 「分かりました。
  私の目的は、二つあります。
  一つは、祖父である間桐臓硯を消し去る事。
  もう一つは、修練場を消し去る事です。」

 「その消し去るという言葉は?」

 「臓硯は、蟲で形を保っています。」

 「群体みたいなものですか?」

 「はい。」

 「それで消し去るか……。」

 (それって、完全に消し去れるのか?
  少しでも残したら癌細胞みたいに繁殖するのでは?
  ・
  ・
  意味がない?
  いや、次の段階の時間稼ぎになるはずだ。
  対策は?
  ダメだ……情報がない。)

 「修練場は?」

 「桜の居てはいけないところです。
  そして、臓硯の体の代替も行っています。」

 (蟲を使っての修行だったのか……。
  女の子が……。
  これも魔術師だからで済むのだろうか?
  ・
  ・
  そして、臓硯の体の代替もするのか……。
  もっと、情報が欲しいな……。
  ・
  ・
  そうだ! これ戦争なんだよな。)

 「ライダー、少し頼まれてくれないか?」

 「何でしょう?」

 「目的のものを消滅させるのは、賛成。
  しかし、魔術関係の資料は、残してくれないかな?」

 「構いませんが……。
  何を考えているのです?」

 「万が一を考えて資料を残して欲しい。
  臓硯が群体なら、少しでも残したら再生するかもしれない。
  だったら、マキリの資料を奪って虫下しみたいのを作って置くのも良くないか?」

 「シロウ、そんな火事場泥棒みたいな……。」

 「いいんだよ、戦争なんだから。
  戦利品は、勝った方が貰うんだよ。
  サーヴァント二人も居れば、運ぶの簡単だしバレないし。
  指紋も足跡も追跡不可能だ。」

 「丸っきり泥棒の発想ではありませんか!」

 「まあ、固い事言うなって。
  取られた方も魔術関係のものは、警察に言えないし訴えられないって。
  再生して肉体作ってる頃には、虫下しも出来てるだろ?」

 「簡単に言いますが、作れるのですか?」

 「遠坂に作らせる!」

 「他力本願でしたか……。」

 (リンもエライ人と縁を作ってしまった……。)


 慎二の家まで後半分というところで、士郎は、戦闘の詳細を聞く。


 「ちなみに。
  どうやって、やっつけるんだ?」

 「宝具を使います。」

 「家に居る臓硯を狙えるのか?」

 「正直、難しいです。」

 「外に誘き出せたら、どうだ?」

 「それならば、確立が大幅に上がります。」

 「じゃあ、俺が臓硯を誘き出す。
  そっからがライダーの戦いの開始という事で。」

 (シロウ、あれだけ言って甘いですね。)

 「…………。」

 「分かりました。」


 ライダーもセイバー同様に士郎の甘さにクスリと笑みを溢す。
 士郎は、セイバーとライダーに自分の甘さを見抜かれ、少し自己嫌悪する。

 そして、三人は、慎二の家に辿り着く。
 魔術師の工房なので距離は長く取る。
 ライダーは、宝具を使用する準備をする。


 「私は、上空で準備します?」

 「上空?」


 眩い光が一瞬するとライダーは、空に舞い上がる。


 「天馬……。
  まさか、幻想種!?」

 「凄いな。
  あれだけ高ければ、気付かないな。」


 士郎とセイバーは、遥か上空で点になっているライダーを見上げる。
 暫くしてセイバーは、士郎に話し掛ける。


 「シロウ、私は?」

 「俺がやられそうになったら、
  ライダー、無視して助けてくれ。」

 「シロウ、先ほど言った事とかなり違いますが……。
  見守るのではないのですか?」

 「出・来・る・限・り・だ。
  俺は、死にたくない!」

 「台無しです……。」

 「そういう事で行って来る。」


 セイバーは、溜息をついて慎二の家に向かう士郎を見送った。


 …


 士郎は、久方振りに訪れる慎二の家の前に立つ。
 以前は、ただの同級生だと思っていた。
 今は、魔術師の家と認識している。
 この違いは、士郎を少し躊躇わせた。


 「ふう……。
  正直、足が竦むな。
  気持ちだけでも負けないようにしよう。」


 士郎は、天地神明の理を握り、集中して線を繋ぐ。
 戦闘態勢だけは整えると家の呼び鈴を押し、門を潜る。
 そして、中から一人の老人が現れる。
 和服を着込んだその姿も然る事ながら、年輪のような深い皺が特徴的だった。


 「何用かな?」

 「慎二君から、御爺様に渡すようにと言伝を。
  御爺様は、あなたで合っていますか?」

 「儂で間違いない。」

 「これ、何か分かります?」


 士郎は、懐から偽臣の書を取り出す。
 老人の目が見開かれ早足で士郎に迫る。


 「何故、貴様がそれを持っておる!?」

 (どうやら慎二の情報は、まだ、届いてないようだ。
  なんの警戒もない。
  俺をマスターとも認識していない。)


 士郎は、立ち止まったまま、老人が近づくのを待つ。
 空には、昼の彗星が流れる。
 そして、士郎の2m前の地面が消滅していく。


 「な、なんだ!?
  これが宝具!?」


 予想外のエネルギーの奔流が目の前を流れ続ける。
 光と熱で離れていても火傷をしそうになる。
 士郎は、半身になって熱を含んだ空気を避けようとする。


 (ライダーの奴……。
  これ……もっと距離取らないと危ない技じゃないか!)


 エネルギーの奔流は、数秒間流れ続ける。
 士郎が目を開けると抉られた地面が湯気を立たせていた。
 そして、その中心でライダーが己の天馬を愛でていた。

 「本当に消滅させやがった……。
  ビーム兵器みたいだ……。」

 「士郎、感謝します。」

 「お礼は、いいけどさ……。
  もっと離れて使おうね!
  危うく死ぬとこだったわ!」

 「士郎が見届けてくれると言いましたので。
  最前列の特等席で実行しました。」

 「……そんな気遣いはいらない。」


 ゲンナリとする士郎にライダーは、優しく微笑む。


 「直ぐに桜を連れて来ます。」


 ライダーが屋敷に入ると、入れ替わりでセイバーが現れる。


 「終わったようですね。」

 「一瞬、お花畑が見えた。」

 「凄まじい宝具です。」

 「聖杯戦争って、こんな危ないもの使って戦うのか?
  はっきり言って人目につかない様に夜戦っても絶対バレるって。」


 セイバーは、何と言っていいのかという顔をする。
 士郎は、一息吸うとセイバーに質問する。


 「ライダーは、まだ現界していられるのか?
  あれだけの威力だ。
  魔力も桁外れに使うんだろ?」

 「正直、分かりません。
  ライダーの魔力量が、元はどれぐらいだったのか分からないので。
  ただ、人を襲ってまで補っていたのです。
  そんなに多くはなかったと思います。」

 「恐らく、今のをもう1回使うはずだ。
  それをしたら……。」

 「だから、貴方は言ったのでしょう?
  『見届ける』と。
  ライダーが覚悟を決めているのを悟ったのでしょう?」

 「…………。」

 「消えて欲しくないとも思って桜の事を焚きつけた。
  桜の事があれば、アイツは自分を抑えて戦うって。
  そうすれば聖杯戦争が終わるまでの間は、桜に付いて居られると思ったから。」

 「シロウは、随分とライダーに肩入れしますね?」

 「妬いたか?」

 「違います!」

 「な~んかな、セイバーも含めてさ。
  英雄って戦ってばっかじゃん?
  それを否定はしないけど、戦って死ぬだけって嫌でさ。
  温いマスターの下に居るんだから、
  この聖杯戦争だけは、真面目に戦わなくていいんじゃないのって?」

 「…………。」

 「最近、それに浸り切っている気がして。
  実は……私は、少し自己嫌悪に陥っています。」

 「だとしたら、俺の思惑通りだな。」

 「まあ、日々、新しい発見だらけなので飽きはしませんが……。
  私の生前の威厳というか……品格が失われているようで……。」

 「まあまあ、今だけ今だけ。」


 セイバーは、溜息をつく。
 何故、私は、この人に従っているのかと。
 そして、ドアが開く音がして目を移す。
 ライダーに肩を抱かれて女の子が姿を現す。
 印象的な長い髪を片方だけ赤いリボンで留めている。
 そして、ライダーの言った通りに髪と目の色が少し違う。


 「桜です。」


 ライダーの紹介にも、何も反応しない。
 虚ろな目からは、何を考えているのか読み取る事が出来なかった。


 「サーヴァント・セイバーと言います。」

 「セイバーのマスターで、
  慎二から偽臣の書を奪った男です。」

 (そんな説明がありますか!)

 「…………。」

 「衛宮……先輩……。」

 「桜、知っているのですか!?」


 桜は、無言で頷く。


 「有名人ですから……。」

 「学校では、知られてる方かな?」

 「……デタラメな人だって。」

 (またか!)


 セイバーは、顔を背け笑いを堪えている。
 ライダーは、額に手を当て俯いている。


 「何をしに来たんですか?」

 「何もしないために来たんだ。」

 「わたしは、待っていた正義の味方が来たのかと思いました。」

 「?」

 「俺は、そんな偉い人じゃない。
  どちらかと言うと、これから不法侵入の火事場泥棒をする悪い人だ。」

 「は?」


 セイバーは、次に自分が行う作業を思い出し愕然とする。


 「正義の味方は、桜が呼び出した。」

 「ライダー?」

 「そう。」

 「でも、ライダーは、兄さんが……。」

 「これか?」


 士郎は、偽臣の書を見せる。
 桜は、呆然と偽臣の書を見つめている。
 やはり、感情を読み取れない。


 「慎二から奪って改竄して、ライダーを引き入れた。」

 「……やっぱり、デタラメな人だったんですね。」

 「…………。」

 「セイバー。
  なんのノリもなく冷静に『デタラメ』と言われるのは、
  思いの他傷つくな。」

 「私は、反省する良い機会かと。」

 (ここに俺の味方は居ない……。)


 桜に呆然と見つめられても困るので、士郎は、話を続ける。


 「俺は、ライダーに好きにしろって命令を出している。
  そうしたらライダーは、桜を……。」

 「わたしを……?」

 (なんて言えばいいんだろう?
  なんかそのまま言っても、心に届かないような……。
  ・
  ・
  まあ、いい。
  熱い言葉なら通じるだろう。)

 「ライダーは、こう言った。
  ・
  ・
  『桜! お前が好きだ!
   お前が、欲しいーーーっ!』と。」


 桜の顔が少し上気する。
 セイバーは、盛大に肩を落とす。
 そして、ライダーは、士郎にグーを炸裂させた。


 「私は、桜に告白などしていません!
  『桜を守る!』と言ったのです!
  何故、いきなり、そっちの方まで話が飛ぶのです!」

 「すまん。
  ちょっと、言い間違えた。」

 「何処が、ちょっとなのです!」

 (また、妙な流れに……。)


 ライダーは、肩で息をして桜に振り返る。


 「見苦しいところを見せて、申し訳ありません。」


 桜は、無言で首を振る。


 「桜、どんな状況であれ、私のマスターはあなたです。
  あなたが望まないもの。
  あなたを傷つけるものは、全て私が排除します。
  ・
  ・
  私は、今から地下の修練場を消滅させます。」

 「でも、御爺様が……。」

 「あれは、もう居ません。
  私の逆鱗に触れたのです。」

 「…………。」

 「桜、最後の戦いに行く前に
  あなたを感じたい。」


 ライダーは、桜を強く抱きしめる。
 桜は、分からないという顔をしていたが、遠い記憶にある柔らかい感覚を少し思い出すと微笑んだ。
 ライダーは、それを見るとゆっくりと桜を離し、士郎とセイバーを見る。
 顔には複雑な感情が浮かぶ。


 「約束は、守れないかもしれません。」

 「見届けるよ。」

 「私も、胸に焼き付けます。」

 「ありがとう。
  でも、誓いは果たしました。」


 ライダーは、桜の微笑を思い出す。


 「桜、行って来ます。」


 ライダーは、屋敷の地下へと歩いて行った。


 「……ライダーは?」

 「…………。」

 「ライダーは、お宅の『望まないもの』『傷つけるもの』を
  排除するために、戦いに行った。」

 「それは……。」

 「ライダーは、魔力の提供が行われていない。
  次に宝具を使えば恐らく消える。」

 「!!」


 桜に驚いた表情が見て取れる。
 セイバーは、桜を見つめながら、ライダーを思う。


 (ライダー、サクラに感情が見て取れます。
  確かに貴女は、誓いを果たした。
  彼女は、変わっていっている。)


 セイバーは、拳を強く握り、屋敷を見つめる。
 一方、自分の価値観を見出せないでいる桜の口から言葉が漏れる。


 「ダメ……。
  ダメです。
  わたしなんかのために消えるなんて!」


 桜の顔に混乱、後悔、自責……色んな感情が渦巻く。
 士郎は、その表情に負の感情しかない事に気付く。


 「…………。」

 「セイバー。
  男だったら、ライダーの戦いを見届けるべきだよな。」

 「はい。」

 「それも一つの美徳だよな。」

 「はい。」


 桜は、士郎の言葉に涙を流して違うと首を振る。


 「でもさ。
  この子は、認めてないぞ。」

 「それは……。」

 「騎士じゃないから?
  英雄じゃないから?
  覚悟がないから?
  理解出来る齢じゃないから?」

 「シロウ……?」

 「実はな……。
  今になって、俺も消える意味が分からん。」

 「は?」


 屋敷に光が満ちていくのを士郎達は確認する。


 「悪いけど……地下の修練場まで案内してくれないか?」


 桜は、涙を拭い頷くと屋敷に向かい走り出す。
 士郎も続いて走り出す。


 「シロウ!」


 セイバーが、士郎を呼び止める。


 「貴方は、ライダーの誓いを……。
  戦いを見届けるのではないのですか!?」

 「見届けない。」

 「誇りを汚すのですか!?」

 「汚す。」

 「何故です!?」

 「ライダーは、誓いを果たしていない。」

 「サクラに感情は戻りました!」

 「負の方のな。
  陽の方の感情は?」

 「それは……。」

 「だったら、誓いを果たさせるべきだ。」

 「しかし、ライダーは、既に……。」

 「行動を起こしてから考えないか?」

 「…………。」

 「貴方という人は、こんな土壇場で……。」


 セイバーは、気まぐれな主に腹を立てつつ、士郎を追い越して走り出した。
 それに続いて士郎も走り出す。
 士郎とセイバーは、桜を追って屋敷に入った。



[7779] 第42話 ライダーの戦い②
Name: 熊雑草◆890a69a1 ID:9b88eec9
Date: 2010/08/27 00:27
 == Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==



 地下の修練場に向け、広い屋敷を走り抜ける。


 「貴方にとっての美徳を
  今度、ゆっくり聞きたいものです。」

 「同じ過ちを繰り返す事になるぞ?
  なんせ俺は、デタラメな人らしいからな。」

 「ええ、後悔してでも聞かないと
  今生の棘として苛まれそうです。」

 「こんな竹を割ったような男を捕まえて。」

 「どちらかと言うと絡み付いて離れない雑草です。」

 (ホント、いい切り返しが出来る様になった。
  セイバーは、立派なツッコミになれるよ。)



  第42話 ライダーの戦い②



 修練場の前に辿り着くと、桜が扉を開けようとする。


 「待ってください!
  宝具の影響で熱風が出て来るはずです。
  私が開けます。」


 魔力で覆った状態でセイバーは、扉を開ける。
 熱い風が吹き抜け、蒸気が吹き抜ける。
 暗いところに目が慣れ始める。
 この空間に何があったのか?
 どのぐらいの深さがあったのか?
 消滅した空間には何もなく、検討もつかなかった。


 「広いな。
  俺の町の地下にこんな空間があったなんて。」

 「サクラ、中心は、どちらですか?
  ライダーは、きっと……。」


 桜は、地下の中心に走って行く。
 士郎とセイバーも続いて走る。


 (地面が柔らかい……。
  あの力で円を描いて回ったのか?
  だから、球状のドームみたいになってんだ。
  ・
  ・
  さっきより、範囲、威力、供に大きい。
  ・
  ・
  空気も薄い……。
  空気ごと、消滅したのか?
  長く居ると死んじゃう?)

 「ライダー!」


 桜の声が聞こえる。


 (アイツも、声を張れるんだな。)

 「桜!?」


 ライダーは、桜が居る事に驚いている。
 そして、息を切らしている桜の後ろに士郎とセイバーが駆けつける。


 「どういう事ですか?」

 「セイバーが我が侭を……。」


 セイバーのグーが、士郎に炸裂する。


 「嘘をつかないでください!」


 ライダーは、そのやり取りを見て、何故か落ち着きを取り戻す。
 士郎は、息が整っていない桜を見て、代わって話す事にした。


 「時間は、まだ、あるんだろう?」

 「ええ、僅かですが……。」


 ライダーは、透き通り始めた手を見せる。


 「桜は、ライダーに話があるみたいだ。」

 「もう、終えたつもりです。」

 「終わってなかったみたいだ。」

 「…………。」

 「急ぎ過ぎたかな?
  臓硯倒したんだし、ゆっくり話せば良かった。」

 「別れが辛くなるから、急いだのです。」

 「桜との?」

 「ええ……。」

 「俺達は?」

 「何故でしょうか?
  あなた達には、そういう感情が芽生えません。」

 「そういう事じゃないか?
  そういう別れの感情を桜に持てるように
  ならないといけないんじゃないか?」

 「…………。」

 「もう、過ぎた事です。
  時間もありません。」

 「残りの時間は、ライダーと桜に残すよ。
  そろそろ、桜の息も整っただろう?」


 桜が、一歩前に出る。
 士郎は、少し距離を取り、セイバーに近づき話す。


 「やっぱり、ダメだった。
  ライダーは、全部の力を使っちゃったみたいだ。」

 「…………。」

 「この時間が、無駄ではないと信じています。」

 「そうだな。
  マスターとサーヴァントの関係は、普通は特別なものだ。
  マスターが最後の別れを望むなら、
  サーヴァントは応えるべきか……。」

 「出会った以上、別れは必須です。
  どちらも、1度しかないから大切なのです。」


 士郎とセイバーは、二人を静かに見守った。


 …


 桜は、ライダーを見て黙っている。
 ライダーは、桜が口下手なのを知っている。
 だから、ライダーは、自分から話し掛けた。


 「桜、来てしまったのですね。
  ……あなたを虐めるものは、もう、ありません。」

 「違うんです……。
  わたしは、いいんです。
  これまでも我慢したし、これからも我慢すれば良かったんです。」

 「桜、それは間違いです。
  我慢しなくていいのです。
  私は、桜に変わって欲しかった。
  私が、桜を変える転機になりたかったのです。」

 「でも……ライダーが居なくなって。
  私が変わったって……。」


 桜の思いにライダーは首を振り、静かに答える。


 「意味はあります。
  私は、一度、自分の人生を生きました。
  私は、本来、存在しない者。
  あなたの人生に私が居ないのが本当なのです。
  だから、桜……。
  あなたは、気にする事などないのですよ。」


 桜は、ライダーにしがみ付く。
 自分を理解してくれた人に……。
 自分を助けてくれた人に……。
 何より、自分を変えようとしてくれた人に……。


 「逝って欲しくないんです!
  もっと、わたしと話をして欲しいんです!
  あなたに……ライダーに!
  もっと……もっと……。」


 桜は、最後に自分でも何を言っているのか分からなくなった。
 ライダーは、更に自分が希薄になるのを感じる。
 最後なのだとライダーは理解して、桜の髪を撫でる。


 「桜、私だけではありません。
  あなたを思っている人は、もっと居ますよ。」


 ライダーの優しい言葉に桜の声にならない声が聞こえるようだった。
 セイバーは、真っ直ぐに二人を見据えて動かない。
 目には、涙が光る。


 「そろそろ時間です。」

 「……!」


 桜は、ライダーを放そうとしない。
 士郎が、ライダーと桜に近づく。
 セイバーも後に続いた。


 「お世話を掛けました。
  あなた達には、何も出来ませんでした。」

 「気になさらず。
  貴女は、素晴らしい英雄です。」

 「…………。」


 士郎は、ライダーに何も言わず、桜に声を掛ける。


 「大丈夫か?」


 桜は、首を振る。


 「どうしても、ライダーに逝って欲しくないのか?」


 桜は、頷く。


 「じゃあ、ライダーが居れば変われるのか?」


 桜は、頷く。


 「桜は、ライダーに何が出来るんだ?」


 今の質問にセイバーとライダーは、異を唱えようとする。
 しかし、家を出る前の事を思い出し、言葉を飲み込む。
 士郎は、桜から何かを引き出そうとしているのだろうと。


 「わたしは……。」

 「ライダーは……。
  いや、セイバーだって、この聖杯戦争の間しか存在出来ない。
  きっと、1年も2年も居られない。」

 「それでも……。」

 「自分の事じゃない。
  ライダーに何が出来るかだ。」

 「…………。」

 「何か出来る事があれば、
  桜は、ライダーにしてあげるのか?」

 「してあげます……。
  わたしも、ライダーに恩を返したい。
  お礼が言いたい。
  何かをしてあげたい。」

 「今直ぐに出来る事がある。
  お礼は、言ってあげられる。
  ・
  ・
  桜がしてあげられる事だよ。」


 士郎は、桜の様子を見てから、セイバーに近づき小声で話し掛ける。


 「セイバー。
  もし、桜が『ありがとう』を言う勇気があったら、後で俺を殴れ。
  お前を裏切る行動に出る。」

 「は?
  また、よく分からない事を……。
  シロウが、サクラにお礼を言わせる機会を作ったのではないですか。」

 「ここは、大きいんだ。
  自分のためにライダーを側に置くのではなく、
  ライダーのために自分も頑張れる事を見せる。
  それは桜の望んだ事であり、ライダーの願いなんだと思う。」

 「まあ、いいです。
  シロウを殴るのは、私の役目ですから。」

 (嫌なポジションだな、セイバー……。)


 桜は、強く抱いていたライダーを放す。
 そして、微笑む。
 これが、一番ライダーの望むものと信じて。


 「ライダー……ありがとう。」

 「桜……。
  ええ、私こそ。ありがとう。」


 桜は、また、直ぐに泣き出してしまう。
 士郎は、桜の頭を撫でる。


 「よくやった。」


 桜は、泣きながら頷く。
 ライダーは、士郎に笑みを見せて話し掛ける。


 「士郎、ありがとうごさいました。」

 「桜は、逝って欲しくないってさ。」

 「ご自分で桜を説得して置いて……。」


 士郎は、偽臣の書を出す。


 「何を?」

 「命令だ、ライダー。」

 「は?」
 「え?」
 「シロウ?」

 「人間を襲って貰う。」

 「「「!!」」」

 「現界するのに必要な生命力を俺から奪うんだ。
  ただし、半殺しで。
  ・
  ・
  やっちゃって!」


 偽臣の書の効果でライダーは、強制的に行動させられる。
 士郎は、どうやって奪われるのか分からず、恐怖で竦みながら我慢する。
 ライダーは、士郎の首に手を回すと大きく口を開き噛み付いた。


 「吸われてる……。
  血を吸われてるーーーっ!」

 「シロウ!」

 「……大丈夫だと思う。
  アカギでやってた。
  2リットルまでなら、死なないとか……。」

 「……意外と余裕ですね。」

 「まだ、貧血起こすほどじゃないから……。
  ・
  ・
  あっ!
  何も俺じゃなくても、セイバーで良かったじゃん!」

 「私を身代わりにしようなどと……。
  貴方が死にそうになったら、私も首を差し出しましょう。」

 「わ、わたしも……。」


 セイバーの言葉に桜も加わる。
 ライダーのお陰で、僅かな時間でも感情が開放されているようだった。


 「どうだ? ライダーに変化は?」

 「透けているところが、なくなって来ました。」

 「そうか。
  じゃあさ、ライダーが普通に現界出来るようになったら、早速、資料を漁ろう。
  令呪を制御した御三家のマキリなら、桜に令呪を返せるはずだ。
  正直、毎回、血を吸われてたら体が持たない。
  ・
  ・
  そういう訳で、桜。
  出来れば聖杯戦争が終わるまで、手を組まないか?」

 「わたしは、構いません。」

 「いいかな? セイバー?」

 「もう、決めてしまったではないですか!」

 「すまんなぁ。
  血が抜けて来て思考力が低下して。」

 「本当でしょうね?」

 「ああ、ブラックアウトして来たから……。」


 士郎は、バタンと倒れる。
 しかし、ライダーは、まだ吸い続けている。


 (長いな……。
  足りないんじゃないか?
  ・
  ・
  よく考えれば、ビームライフルのビームのエネルギー2発分だもんな。
  人間、一人じゃダメか?)


 暫くするとライダーは、士郎の首から唇を離す。
 そして……。


 「士郎! あなたは、何を考えているのですか!」


 ライダーは、士郎をブンブンと縦に揺する。


 「ま、待て、ライダー!
  頭を振るな! 死んでしまう!
  死んでしまう~~~!」


 ライダーは、ハッとして手を止める。


 「こんなところでドジっ子の特性が……。」

 「大丈夫みたいですね。」

 「ライダー!」


 桜が、ライダーに再び抱きつく。
 ライダーの戦いは、ひとまず幕を閉じる。
 半殺し=士郎という結果を残して。



[7779] 第43話 奪取、マキリの書物
Name: 熊雑草◆890a69a1 ID:9b88eec9
Date: 2010/08/27 00:27
 == Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==



 桜とライダーは、主従の関係を深めていく。
 他愛のない会話が流れる。
 こういう会話こそ、桜に失われていたのだろうとセイバーは見守る。

 そして、もう一方の……。
 半死状態の自分の主を見る。


 「制裁は、後にします。
  大丈夫ですか?」

 「多分……。
  この状態でも、あと4時間は平気なはずだ。」

 「随分と具体的な時間ですね?」

 「……経験済みだ。」

 「また、大河絡みですか……。」


 士郎は、黙って頷いた。



  第43話 奪取、マキリの書物



 全員で地下から上がる。
 士郎は、直ぐに床にへたり込む。
 ライダーは、桜を連れて洗面所に向かった。
 涙の跡を洗い流すためである。


 「シロウ、本当に大丈夫ですか?」

 「まだ、少しは……。
  やらなきゃいけない事がある。」

 「資料ですか?」

 「そう。」

 「ここでは、全部、見切れないです。」

 「そうか……。
  じゃあ、家に持ち帰るから、それだけにしよう。」

 「ええ、全て後でいいです。」


 暫くして、桜とライダーが戻って来た。


 「早速で悪い。
  マキリの書庫やアイテムのある場所を教えてくれないか?」

 「それなら、多分、御爺様の部屋に……。」

 「じゃあ、行こう。」


 フラフラと立ち上がる士郎にセイバーが肩を貸し、付き添う。
 桜とライダーが先に歩き、士郎達が後に続いた。
 部屋は、都合よく鍵が開いていた。


 「俺を油断したんだな。
  鍵を開けたまま出るなんて。」

 「ええ、シロウが、マスターとは気付かなかったのでしょう。」

 「さっさと調べよう。
  隠し扉とかないかも調べないと。」

 「士郎、あなたは、座っていてください。
  私達が全てやります。」

 「……了解。」


 セイバーとライダーが部屋を漁り始める。
 桜は、臓硯の部屋の詳細までは知らないため、一通り目を通す必要があった。


 「本棚は、あまり弄らないでくれ。
  並び方にも意味があるはずだから。
  出来れば日記とか記録、臓硯の手記を見つけてくれ。」

 「分かりました。
  そうなると、この机でしょうか?」

 「考えられますね。
  わたしは、あちらの金庫を開けます。」

 「鍵は、どうするのです?」

 「士郎の言葉じゃありませんが、多少、強引でも開けてしまいます。
  魔術的トラップを感知出来なければ、力で引き裂いても問題ないはずです。」

 「では、お願いします。」


 士郎は、もう少し時間が掛かると判断すると桜に頼み事をするため、話し掛ける。


 「桜……。」

 「はい。」

 「…………。」


 士郎は、自己嫌悪に陥る。


 「何やってんだ、俺?
  初対面の女の子を相手に名前で呼んでる……。
  思い出したら凄く恥ずかしい……。」

 「あ、あの……。」

 「なんか、すいません……。」

 「気にしてませんから。」

 (なんなんだろう? この人……。)

 「間桐さん。」

 「桜で構いませんよ。」

 「そう呼ばせて貰うよ。
  ・
  ・
  お願いがあるんだけど。」

 「なんですか?」

 「マジックとビニールテープと鋏を用意出来ないか?」

 「それなら、あるはずです。
  取って来ます。」


 桜は、立ち上がると部屋を後にする。
 そして、桜が件の物を取って来る頃、セイバーとライダーの詮索は終了した。


 「何かあった?」

 「机の中に日記が。
  しかし、書き方が妙なのです。
  日付と1行のみで構成されています。」

 「どれ? 本当だ。
  これ、なんかの略式だ。
  『KY=空気読めない』みたいな。」


 士郎の例えにセイバーとライダーと桜は、臓硯に嫌な想像を重ね口を押さえる。


 「他には?」

 「金庫の中にセイバーの見つけた日記の束が。」

 「古いものは……。
  百年単位じゃないか……。
  何年生きてんだ!?」

 「御爺様は、分からない事だらけなんです。」

 「桜も知らないんだ……。
  まあ、これを見れば少しは分かるかな?」

 「後は、この本棚ですが。
  どうしたものか……。」

 「全部、持って帰ろう。
  本棚ごと、持って行けるか?」

 「持てますが……人に見つかりますよ。」

 「やっぱりか。
  桜、さっきので番号付けてくれるか?
  分割して持って行こう。」


 桜は、テープに番号を付け切っていく。
 それをセイバーとライダーが本に貼り付けていく。


 「じゃあ、運ぶか。」

 「シロウ。
  貴方は、家に戻ってください。」

 「桜、士郎をお願いします。」


 桜は、少しオドオドした後、頷いた。


 「じゃあ。
  後、よろしく。」


 桜と士郎は、先に間桐の家を後にした。
 その後、セイバーとライダーは、マキリの資料を士郎の家に数回に分けて運び続けた。


 …


 桜は、ノロノロと歩く士郎のスピードに合わせて歩いていた。
 彼女にしては精一杯の勇気を振り絞り、士郎に声を掛けた。


 「あ、あの……。
  ありがとうございました。」

 「うん?
  あ、そうか。
  俺には、まだ、だったもんな。」

 「はい。」

 「詳しくは、聞いてないけど……。
  大変だったらしいな。」

 「はい。」

 「…………。」

 「ライダーが必死だった。」

 「ライダーが?」


 士郎は、偽臣の書を桜に見せて話を続ける。


 「そう。
  俺、一応、マスターなんだけど。
  俺は、眼中なし。
  桜の事だけ。」

 「…………。」

 「自分に似てるんだってさ。
  そうは見えないけど、
  自分で言うから、そうなんだな。」

 「わたしは……。
  ライダーほど、立派な人じゃありません。」

 「それ言ったら、ほとんどの人間がそうだって。
  アイツら英雄だぞ?
  ・
  ・
  似てるのは、心なんじゃないかな?」

 「心ですか?」

 「うん。」

 「…………。」

 「わたしは、自分が嫌いです。
  意気地なしで、なんにでも流されて……逆らう事も出来ません。」

 「…………。」

 「そんなわたしに……。
  英雄だったライダーが尽くしてくれるのが辛いです……。」

 (重症だな……。
  なんでもかんでも、自分が悪くなっちゃうんだ。
  でも、少しは話してくれるようになったよな。)

 「桜は、大変だぞ?」

 「?」

 「ライダーが言い切っちゃったんだ。
  『桜は変われます!』『私が変えます!』って。
  そうやって約束したから、俺は、ライダーを自由にさせた。」

 「でも……わたし……。」

 (嘘です。
  約束じゃ、ありません。)

 「桜も約束したじゃん?
  『ライダーに何かしてあげたい!』って。」

 (これも約束じゃないです。)

 「…………。」

 「嘘じゃないんだろ?」

 「……はい。」

 (約束に挿げ替え成功。)

 「俺も、死に掛けた甲斐がある。」

 「……自信はありません。」

 「そうか?
  学校の印象と違って、桜は強そうだけど?」

 「わたしがですか?」

 「ライダー呼んだの桜なんだから、魔術師なんだろ?」

 「……未熟ですけど。」

 「魔術師って普通の人間より、一つ上だろ?
  桜は、ある意味、俺や一般生徒より上なんだよ。」

 「上ですか?」

 「そう、立場が上。
  本気になれば、虐めてた奴等を懲らしめる事も出来たんじゃないの?」

 「それは……。」

 「慎二は、やったよ?」

 「…………。」

 「わたしは、痛いの嫌ですから。」

 「自分で嫌なのは、他人にしない?」

 「はい。」

 「そういうところが強いんだよ。」

 「…………。」

 「これは、強さですか?」

 「強さだと思うな。
  強敵と書いて『友』と読むように
  優しさと書いて『強さ』と読む………みたいな。」

 「よく分からない例えです。」

 「北斗の拳は、知らないか。」

 「でも……。
  それが強さなら、わたしは、変われるかもしれません。
  ・
  ・
  ただの弱者で……強さはないと思っていました。
  今は、それに縋ります。
  それに縋って変われるように努力します。」

 「そうだな。
  ライダーも、きっと喜ぶよ。」

 (少しは、自信がついたかな?
  話してみたけど、悪い子じゃないんだよな。
  ・
  ・
  おお振りの主人公みたいに
  周りの人間が桜から自信を取っちゃったんだ。
  ライダーは、阿部君の役割か……。
  頭、グリグリするのか?
  ・
  ・
  いや、無理だな。
  ライダー、桜に甘いもんな。
  ・
  ・
  俺のサーヴァントは、平気で主人を殴るけど……。)


 それから家に帰るまで士郎と桜に会話は無かった。
 桜は、士郎との会話を頭の中で繰り返していた。


 …


 衛宮邸に着くとセイバーとライダーが迎えてくれた。


 「無事に辿り着けて、何よりです。」

 「ああ、ただいま。
  あがってくれていいぞ。」

 「お邪魔します。」


 士郎に続いて桜も家にあがる。
 そして、士郎は、自分の部屋に通される。
 丁寧に布団も敷いてある。


 「いや、どうも有り難い。
  しかし……。
  ・
  ・
  なんで、資料を全部、俺の部屋に運ぶ!?」

 「居間だと大河が来るかもしれません。」

 「いや、他にもあるだろ!?
  この家には空き部屋が……。」

 「桜が、どの部屋を使用するか決めていませんので。
  桜が決めるまでは、不要な荷物は置けません。」

 「どんだけ、桜主義だ!?
  なんで、この家の主が、一番不当な扱いを受けるんだ!?」

 「…………。」

 「お茶でも淹れますか。」

 「流すな!
  ・
  ・
  まあ、いいや。
  桜とセイバー!」

 「はい。」

 「何でしょうか?」

 「俺は、お前達のせいで死に掛けた。
  今直ぐ償いをして貰う。」

 「シロウ! 何故、私なのです!
  ライダーでしょう!?」

 「多分、ここに荷物を置こうと提案したのは、お前だ!」

 「う!」

 「罰としてセイバーは、桜を台所まで案内して手伝い。
  桜は、死に掛けている俺のためにおにぎりを作って来る事。
  ・
  ・
  それで全部許してやる。」

 「シロウ……。
  ・
  ・
  桜、こっちです。
  暴君の気が変わらぬうちに。」

 「は、はい。」

 (暴君かよ!)


 セイバーは、桜を連れて台所に退避する。
 部屋には、士郎とライダーが残される。


 「何なんですか? あれは?」

 「セイバーは見張り。
  桜を遠ざけたかった。」

 「?」

 「地下で話してた令呪を桜に返すって口実は、それほど重要じゃないんだ。
  多分、偽臣の書に桜のサーヴァントになれって命令すれば、資料なんて全然必要ないはずだから。
  本当の目的は、ライダーが言っていた『体の修正』の方なんだ。」

 「どういう事ですか?」

 「余所から養子を取るぐらいだから、余り変な事はしてないと思うけど。
  命に関わるような事がないとは言い切れないだろう?
  何をしたか調べないといけないと思うんだ。」

 「…………。」

 「そうですね。」

 「でもさ、相手は女の子だからプライバシーとかも考えないといけない。
  だから、ライダーが調べてくれないか?」

 「ま、待ってください!
  この資料を全部ですか!?」

 「当然。」

 「これだけの資料を調べている間、現界出来る保障はありません。
  きっと、聖杯戦争が終わってしまいます。」

 「さっきも言ったけど、異性のプライバシーがあるから、
  俺は手伝えないし……。」

 「許可します!
  桜の従者として許可します!
  あなたの訳の分からない能力で資料を確認して頂かないと終わりません!」

 「ライダー……。
  俺をそんな風に見ていたのか?」

 「そういう訳ではないのです!
  私のクラスは、キャスターではなくライダーです。
  魔術書の解読には向かないのです。
  実際、偽臣の書も、ほとんど読めませんでした。」

 「そうか。」

 「しかし、あなたは読めないはずの偽臣の書を解読し命令権を奪い取った。
  時間の短縮と解読は、あなたを頼るしかないのです。」

 (困ったな。
  魔術のエキスパートが誰も居ないんじゃどうしようもない。)

 「士郎、虫下しを作らせる人物に、一緒にお願い出来ませんか?」

 「その手があった!
  ・
  ・
  でも、これだけの資料だからな。
  聖杯戦争の最中に調べてくれるかな?」

 「優先事項です!」

 「分かった。
  とりあえず、頼むだけ頼んでみるよ。
  ただ、結界の後処理で忙しいだろうし。
  学校も、暫く休校だろうから、向こうからの連絡待ちでいいかな?」

 「構いません。」

 「俺は、へばって動けないから、その間に資料に目を通してリストを作る。」

 「リスト?」

 「いくら遠坂が優秀でも、この資料を全部読んでたら終わらない。
  ある程度、纏めないと終わんないだろ?
  優秀なアイツが、俺と同じ特技を持っているとは思えないし。」

 「士郎、ありがとうございます。」

 「ふう。
  代わりと言っちゃあなんだが、セイバーに今の説明しといてくれ。
  桜には、まだ、黙っといて。
  どんな結果になるか分からない。」

 「分かりました。」

 「では、暫く休戦だな。
  他のマスターも手出し出来ないだろう。
  サーヴァントが2人も居れば。」

 「はい。」


 襖が開いて、桜が現れる。
 お盆の上には、大きさの揃っていない凸凹のおにぎりが乗っている。


 「あの、どうぞ。」

 (料理した事ないのかな?
  海苔の上にも、ご飯が一杯付いてる。)


 士郎は、おにぎりを一つ取ってかじる。
 一口かじっただけで、おにぎりは崩れそうになる。
 桜は、緊張して見ている。


 「うん、うまい。」


 桜の顔が安心する。
 士郎は、息も尽かさず残りのおにぎりを平らげた。


 「生き返った。
  血が出来るのが分かる……。」

 「よかった。」


 安心する桜とライダー。
 部屋には、安堵の溜息が漏れる。
 そこにスパーンと襖を開けてセイバーが現れる。


 「シロウ! これも是非!」


 士郎は、セイバーからバレーボールを受け取る。


 「なんだこれは……?
  おにぎり?」


 『そうです』と胸を張るセイバー。
 それは、いくらなんでもと苦笑いを浮かべる桜とライダー。


 「さあ、シロウ! 一気に!」

 (酒か何かと勘違いしてないか?
  ・
  ・
  ダメだ……あの目は、桜と違う意味で期待している。
  え~~~い!)


 士郎は、バレーボールにかじりつく。
 中心近くまでかじりつくとシャリッと音がする。
 桜とライダーは、妙な音に首を傾げる。


 「…………。」

 「~~~っ!!」


 士郎の食べる速度が加速する。


 「セイバー、何を入れたのです?」

 「はい。
  同じ味では飽きると思い、中心に塩を入れました。」

 「塩だけ入れたのですか!?」

 「そうですが?」

 (それでは……。
  士郎は、味を誤魔化すためにがっついているのですか……。)


 セイバーは、得意気に胸を張る。
 ライダーは、呆れて俯く。
 桜は、再び、台所に走る。

 巨大なおにぎりを食べ尽くしても士郎は苦しそうにもがく。
 桜が持って来た水を一気に飲み干し、士郎は肩で息をする。


 「殺す気かっ!」


 士郎は、セイバーに怒鳴りつける。


 「そんなに美味しかったですか?」

 「お前に同じものを作ってやる!」

 「私も食べたかったのですが、もう、ご飯がありません。」

 「食べたかった!?」

 「はい。」

 「…………。」

 (悪気はないんだな……。
  ・
  ・
  冷静になれ~~~!
  冷静になれ、俺!
  冷静に~~~……冷静に~~……冷静に~……冷静に。)


 士郎は、一息、大きく息を吸う。


 「桜には、今日、二度助けられた。」

 「い、いえ、いいんです。」

 「しかも、命を落とし掛けた理由が自分のサーヴァントだとは……。」

 「面目次第もない……。」

 「?」


 士郎の言葉にライダーは謝り、セイバーは首を傾げた。


 「自覚があるのと悪気がないのって、どっちが罪が重いんだろうな……。」


 士郎は、目を細め遠い目で明後日を見る。


 「では、シロウ。
  我々は、そろそろ。」

 「ああ、居間で寛いでいてくれ。
  ライダーは、桜の荷物を運んで部屋を勝手に選んでくれ。」

 「すいません。
  そうさせて貰います。」

 「衛宮先輩……。
  早く元気になってください。」

 「ありがとう。」


 士郎は、みんなが出て行くと布団に寝転び、血を作るために仮眠に入った。



[7779] 第44話 姉と妹①
Name: 熊雑草◆890a69a1 ID:9b88eec9
Date: 2010/08/27 00:28
 == Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==



 学校の結界の後処理。
 教会の監督役への連絡。
 それまでの間の重傷者の魔術による治療。
 抜かりない作業でテキパキと凛は、仕事をこなしていく。
 アーチャーは、最後になるであろう生徒を運び終え、凛に声を掛ける。


 「流石、聖杯戦争の参加者だ。
  この手際には恐れ入った。」

 「この十数年、鍛えて来たもの。
  ・
  ・
  アーチャー、質問があるの。
  わたしは、本当に優秀なのかしら?」


 凛は、魔術による治療を施しながら、アーチャーの答えを持つ。
 アーチャーは、凛らしくない質問に疑問を持ちながら、腕を組み壁に寄り掛かった。



  第44話 姉と妹①



 アーチャーは、凛の質問の意図が読めずに聞き返す。


 「どういう意味かな?
  私の答えは、既に伝えてある。
  君は優秀な魔術師だ。」

 「じゃあ、何故、最初に会った時は、
  認めてくれなかったのかしら?」

 「その事か……。
  理由は、既に話したはずだ。
  一番の要因は外見だと。
  君は若過ぎる。」

 「そう、若いわね。
  自分でも、未熟なのは承知よ。
  経験も浅いし。」

 「安心していい。
  私が優秀だと感じたのは、それだけではない。
  歳相応に相応しくない魔力量と知識を
  その歳で身につけている事もあげられる。
  一体、君は、どうやって、そんなに早く大人になったのか?」


 アーチャーは、何処か自信のなさそうな凛を励ますつもりで最後に皮肉を込めた。
 しかし、凛は、いつもの強気な答えを返さない。


 「大人になりたくて生き急いだだけよ。
  ・
  ・
  わたしが知りたいのは、今のわたしが優秀かどうか。
  アーチャー……。
  あなたが会った魔術師と比べて、今のわたしは、どうなのかを知りたいの。」

 「難しい事を聞く。
  端的に言えば、私の出合った魔術師の5本の指に入ると思う。」

 「…………。」

 「ありがとう。」

 「凛、さっきからおかしな質問ばかりだ。
  どうしたというのだ?」


 凛は、最後の重傷者を治療し終え、一息つく。
 そして、アーチャーの隣まで歩いて行くと自分も壁にもたれる。


 「わたし……。
  本当は、聖杯戦争のために修行して来たんじゃないの。」

 「確かに出合った時に聞いた『実力を知らしめる』というのは、
  願いではないので腑に落ちなかったが……。」

 「わたしは、実力をつけて戦いを挑むつもりだった。」

 「だった?」

 「今回、聖杯戦争が、こんなに早く開始されたのは予想外だったのよ。」

 「?」

 「正直に言えば、アーチャーという味方を得られた事が、
  わたしの計画遂行を前倒し出来るチャンスなの。」

 「どういう事だ?」


 凛は、一呼吸置いて答える。


 「わたしは、妹を助けなければいけない。」

 「まさか……。」

 「ええ、あなたに協力を求めようと思ってる。
  わたしが年月を費やして得る実力分をあなたに求めようとしてる。」

 「凛……。」

 「筋違いとも分かってる!
  頼める立場でない事も分かってる!
  でも、この機を逃して待たせられない!」

 「この機か……。
  それは、先のライダーとの戦いに関係があるのだな?」

 「慎二が、ライダーのマスターだった事に関係があるわ。
  わたしの狙いは、間桐にあるから。」

 「倒すべき敵は、そこに居る訳か……。
  そして、ライダーの行動……。
  偽臣の書を奪う事が目的なら、ライダーは間桐に居ない。
  敵を倒すなら、今だと?」


 凛は、無言で頷く。
 その後、暫くの間、時間が止まったように流れた。


 …


 凛は、アーチャーの返事を待った。
 願いを押し付けたのは自分だから。
 そして、これは聖杯戦争とは関係ない回り道を強要するものだから。

 一方のアーチャーは、当惑の中に居た。
 そして、また、頭痛が始まる。
 アーチャーは、隣の凛に気付かれないように目を閉じる。
 直に頭の中で会話が始まる。


 「…………。」

 (『わたしの声が分かる?』

  「ああ……。
   凛なのだろう。」

  『正確には、あんたの頭の記憶を制御する擬似人格よ。』

  「何故、こんな事をした?」

  『あんたが、どうしようもない馬鹿だからよ。』

  「……否定はしない。
   しかし、記憶に制御を掛けるのは辞めて欲しい。
   この世界の君に迷惑を掛ける事になる。」

  『それは、心配しなくてもいいわよ。
   この世界の未来は、あんたが呼ばれなくてもあまり変わらないもの。
   そういう世界を選んだから。
   まあ、あんたの努力次第で良くはなるけどね。』

  「やはり君のせいなのか……。」

  『頭が痛いでしょ?』

  「ああ。
   何もかもが掛け離れている。
   特に自分と彼女が、こうも違うと不快感を覚える。」

  『人は、自分を見るのは嫌なものだからね。
   しかも、性格は、あんたの正反対。
   あんたが捨てたものを肯定する。』

  「正反対?
   ただ壊れているとしか思えんが……。」

  『セイバーも?』

  「いや……。
   彼女は、まだ、雰囲気が残っている。
   ただ……何処か心に矛盾が残る。」

  『いい傾向ね。
   わたしさ。
   あんたの歪んだ性格を作ったのは、あんたのお父さんだと思ってる。』

  「…………。」

  『でもね……。
   それを縛っちゃったのは、セイバーかなって。
   彼女は、最後まで貫き通した。
   あんたも、それを美しいと感じて彼女に憧れたんじゃないかって。
   ・
   ・
   だから、あんたは、自分も最後まで貫き通さなきゃって感じてる。』

  「そういう言い方はしないで欲しい……。」

  『ここの世界では、可能性を見て欲しいの。
   こういう道も選べるって。』

  「あの自分を見ると逆に選びたくなくなる。」

  『あれは、無視していいわよ。』

  「何?」

  『あれは、この世界を形作るキーパーツみたいなものだから。
   まあ、それでもあんたの可能性には変わらないんだけど。』

  「どういう事だ?」

  『そろそろ時間ね。
   あんたが鍵を解いたから出て来れたけど。
   また会話するなら、エネルギーを溜めないと。
   あんたからエネルギーを貪って。』

  「はあ……仕方ない。
   流れに任せるか。
   記憶は戻るのか?」

  『わたしが出て来ちゃったからね。
   直ぐ戻るわよ。
   スイッチが入ってから切れるまでは短いから。』

  「君が消えれば、記憶が戻るのか。」

  『そういう事。
   あ、そうだ。
   積極的に関わりなさい。
   この世界のあんたに戦う力はないから。』

  「何だと……。」

  『桜とイリヤを、また無くすかもしれないわよ。』

  「それは……。」

  『ああ、あとあと!
   この世界を司るのは、”デタラメ”だから!
   あ~~~! 時間が……。
   ・
   ・

  凛……。
  時間の調整ぐらいしといて欲しかったものだ。
  結局、何のために記憶を縛ったか分からない。
  そもそも記憶を縛る必要があるのか?
  確かに自分の根幹になっているものを思い出せない。
  ・
  ・
  一番厄介なのが、擬似人格のニュアンスで制限が入っている事だ。
  何故、こんなデタラメな記憶の制限の掛け方なんだ?)


 アーチャーは、溜息を吐く。


 (今は、こちらの凛を優先しよう。
  彼女は、私のマスターなのだから。
  それに……。
  助けなければいけないという衝動が走る。
  ・
  ・
  積極的にか……。
  一番信頼出来る人物のアドバイスだ。
  積極的に関わらせて貰おう。)


 アーチャーは、記憶を少し整理して隣に佇む凛の事を考える。
 そして、片目を瞑ると凛に語り掛ける。


 「私は、ちょうどライダーのマスターを倒そうと考えていた。
  その過程で、君が何をしようと口を挟む気はない。」

 「アーチャー……。」

 「チャンスなのだろう?
  私にとっても君にとっても。」

 「ええ!」

 「では、後は、今来た神父に任せて行くとしよう。」


 相変わらずの憎まれ口を叩く従者が協力を了承してくれて、凛の顔は晴れていた。
 凛とアーチャーは、残りの事後処理を言峰神父に任せると学校を後にした。


 …


 間桐邸に着いて、凛は愕然とする。
 門を潜って直ぐに、円形に抉れた地面が見える。
 接触面を見ると空間ごと切り取ったような見た事もない跡が見える。
 戦いの痕跡にしては、綺麗過ぎる跡。
 抵抗の痕跡がなく、一方的に戦いが進行した後だった。

 アーチャーは、呆然とする凛に指示を求める。


 「戦いは終了している。
  この後は、どうする?」


 凛は、ハッとして気を取り直す。


 「地面の土が乾いているから、戦いがあってから時間が経ってるわ。
  ならば、敵は居ないと考えるべきね。
  ・
  ・
  生存者も確認しないと……。」

 「了解だ。
  では、続いて屋敷の探索に入る。」


 アーチャーを先頭に凛が後に続く。
 直に一つの部屋が目に入る。


 「開いてる?」

 「何者かが、既に屋敷に入ったのだろう。」


 アーチャーが、警戒して扉を開く。


 「やはりな……。
  荒らされている。」


 続いて、凛も中に入り確認する。


 「サーヴァントに間違いない。
  金庫を力で開けられている。
  しかも、魔術書の類を奪って行っている。」


 凛は、空の金庫と本棚を睨む。


 「目的は、間桐の知識か。」

 「そうでしょうね。
  他は、荒らされてないみたいだし。」


 屋敷の探索は続く。
 屋敷に人の気配はしなかった。


 「何……これ?
  どうなってんのよ?
  桜は?」


 廊下で立ち尽くす凛に反対側の探索を終えたアーチャーが声を掛ける。


 「凛、こっちだ。
  地下に続く道がある。」


 目的の人物の生存……。
 凛達は、最後の希望を持って地下に移動した。


 「嘘?
  何で?
  何で、何もないのよ!」


 地下の扉の奥は、空間があるだけだった。
 アーチャーが、地面の土を手に取り確認する。


 「門の前にあった痕跡と同じだ。
  ここで、あの力を使ったに違いない。」


 凛が地面に座り込む。


 「凛!」

 「どうしよう?
  ・
  ・
  ここには生きた人間が二人しか居ないはずなのに……。
  桜と臓硯……。
  痕跡が2ヶ所って事は……。」


 最悪が頭を過ぎると凛は嗚咽する。
 アーチャーが、凛に近づく。


 「少しだけ……。
  直ぐに立ち直るから……。」


 アーチャーは理解した。
 この世界の凛が早く大人になった理由。
 彼女の並々ならぬ努力は、ただ一人のために注がれた愛情の裏返しであると。


 …


 数分の後に凛は自分の気持ちを立て直す。
 立ち上がった彼女は、もう、いつも通りのように見えた。


 「アーチャー、痕跡を調査して。
  これをやったマスターとサーヴァントを探す。」

 「了解だ。
  しかし、調査をする前に敵の目星をつける事は出来そうだ。」

 「クラスの特性と今までの情報で判断するの?」

 「その通りだ。
  私を除いて考える。
  ランサー……戦った限り、彼の宝具ではこの状態を再現出来ない。
  セイバー……小僧といる者が、ここに居たとは考え難い。
  バーサーカー……戦い方の痕跡が少な過ぎる。
  アサシン……魔力量の少ないクラスで、この芸当が出来ると思えない。
  考えられるのは、以下の2クラス。
  キャスターかライダー。」

 「なるほどね。
  この消滅したような痕跡は、魔力によるところが大きい。
  正体の分からないキャスターかライダーと考えるのが妥当ね。」

 「その中でも、キャスターが怪しいと私は考える。
  理由としては、ライダーが実行したとするとマスター殺しになり、
  ライダー自身が存在出来なくなるからだ。」

 「そうね。
  士郎の話から推測すると偽臣の書を奪って得た自由を
  自ら放棄するのはおかしいわ。
  でも、偽臣の書を奪って慎二もリタイアした今では、
  ライダーは、自由に何でも出来る。
  魔力供給のため、自ら人を襲い出すとも考えられる。」

 「ふむ。
  痕跡を調べるまでもなさそうだな。
  これから、どうする?」

 「…………。」

 「正直、手数が欲しいわね。
  キャスターとライダーを見つけないと。」

 「手数か。」

 「そう、手数なのよ。」

 「…………。」

 「当ては、あるんだがな。」


 凛とアーチャーは、顔を見合わせる。
 そして、溜息を吐く。


 「仕方ないわね……。
  まだ、ライダーを倒した訳じゃないから協力関係だし。」

 「では、行くか?」


 凛とアーチャーは、屋敷を出ると衛宮邸に向かった。



[7779] 第45話 姉と妹②
Name: 熊雑草◆890a69a1 ID:9b88eec9
Date: 2010/08/27 00:28
 == Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==



 士郎は、1時間ほどの仮眠の後、臓硯の手記を見直していた。
 手元には、別のノートを置きメモを入れていく。


 「記号の意味が分かって来た。
  本棚の本と対になっているんだ。
  文字が分からないから、形だけで判断した結果、
  章は18に分かれて、それぞれ5項目で纏めてる。
  90冊の本は、そこに関係がある内容なんだろう。
  と、なると、数字の方はページか?
  いや、目次の章番かも……。
  でも、位置を表しているはずだ。
  ・
  ・
  後は、18章に分かれてる本の各章が、何を記しているか判断しないと。
  例によって絵だけで判断か……。
  臓硯の書物だから、コメントもないし。
  とりあえず、この本のリストと手記を関連付けられるようにしよう。
  ・
  ・
  リストにメモを入れるのは、いいだろう。
  間違っているのは、しょうがない。
  勘なんだし。」


 士郎は、一息つく。
 関連付け出来ない本が7冊残ったが、挿し絵も少なく判断がつかなかった。



  第45話 姉と妹②



 士郎は、挿し絵の速読を繰り返してリストを完成させていく。


 「この手記で記号が使われ出したのは、ここ50年ってとこだな。
  つまり、50年前にある程度の完成形が出来ていたんだ。
  子孫に伝えるために纏めた資料かな?
  でも、挿し絵が多いという事は、何かを伝授するためのものだよな?
  ・
  ・
  となると本当の秘伝は、残された7冊にこそ書いてあるんだろう。
  ただ、この7冊……それほど古くない。」


 士郎は、更に速読を繰り返し数時間の後、リストを完成させた。


 …


 改めてリストを確認し、人体修正に関する本を手に取り確認する。


 「俺は、馬鹿だ。
  軽い想像で桜に声を掛けちまった。
  これは想像を絶するものだ。
  ライダーが激怒するのもおかしくない。
  ・
  ・
  『蟲を支配する』『蟲を退治する』これを纏めた本を重点的にリスト化するべきだな。」


 士郎は、件の本を詳細にリスト化する。
 そして、士郎は、ここでペンを置く。


 「居間に戻るか。
  遠坂に連絡を入れないと。
  残り7冊の解読は、もう、俺じゃあ無理だ。
  悠長に待っていられない……よな。」


 士郎は立ち上がり、血が足りているか確認する。
 続いて気持ちを切り替える。
 桜を見る目が、ライダーみたいになっては困る。

 士郎は、自分の部屋から出て居間へ向かった。


 …


 居間の方から懐かしい音楽が聞こえる。
 これは何だったかと、士郎は、首を傾げ障子を開ける。
 そして、頭を押さえる。


 「サーヴァントが、スーパーファミコンしてる……。
  なんで、そんな古いものを……。
  ・
  ・
  いや、なんで、こんな展開になった!?」


 士郎の声にセイバー達が振り向く。


 「何をしているんだ、お前達は?」

 「『ミニ四駆 シャイニングスコーピオン レッツ&ゴー!!』です。」

 「そうでじゃない!
  なんで、テレビゲームなんかしてるんだ!?」

 「シロウが、居間で寛げと?」

 「そうだった……。
  言ったの俺だった。」

 (しかし、この展開を誰が予想出来る?
  ・
  ・
  そうだ!
  こういう時は、冷静なライダーに聞けば……。)


 士郎は、ライダーに事情を聞こうとする。


 「ライダー……。
  ・
  ・
  服が!」

 「ああ、士郎。
  今、気付きましたか?」


 ライダーは、黒いトレーナーに黒いジーンズを履いている。


 「なんだ!? 何が起きたんだ!?
  俺が知らない間に、なんでコイツらは、こんなに馴染んでいるんだ!?」


 混乱する士郎。
 桜も苦笑いをしている。
 士郎を無視して、セイバーが桜に話し掛ける。


 「この設定でいいのですか? 桜?」

 「あ、はい。
  よく分からないので……。」

 「そうですか。
  では、パスワードを。」


 セイバーは、パスワードをメモに取るとリセットを押し、フリーバトルのモードに移行する。
 そして、パスワードを入力する。


 「まず、私のものを
  『ゃ¥っめのまっえゃとるいに*ひとぬもこく
   っけきほふ%ゆぅゅぇしのっきえぅぇぅいり
   ふ&%はい$かにきてろれく!』
  ・
  ・
  続いて、ライダーのものを
  『わなぉ¥-せらわみ$まめぃやまにてゆやゆ
   つなんをゅぉ?さにねもさ&きるむ¥ぁなょ
   し&より&りみみふ&にきっそ』
  ・
  ・
  そして、最後に桜のものを
  『うまへたゅは$やゃぅょ&しけもぬおっさす
   *ろ!くませくけりてとへまみよてしら&う
   まゅやゅ$りちね!うこぇさり』
  ・
  ・
  よし!」

 「『よし!』じゃねー。」

 「シロウもやりますか?」

 「やらん!
  なんで、こんなに緩んでるんだ!?」

 「今日ぐらい、ゆっくりすべきです。
  シロウも血を作らなければいけませんし。
  ・
  ・
  シロウは、誰が勝つと思いますか?」

 (やる気満々だな、セイバー。)

 「じゃあ、レイスティンガーで。」

 「フ……浅はかな。
  我々は、スーパーグレートジャパンカップを制した猛者ですよ?」

 (いや、それ俺のセーブデータだから。
  それにこのゲームって、ストーリーモードとフリーバトルモードを
  同じに考えるとエライ事になるはずだけど。
  ぶっ飛ぶはずだ……コースアウトして……。)


 テンションがハイのセイバーは、スプリングカップのコースを選択する。


 「何か賭けてるのか?」

 「特に何も。」

 「そうか。」

 (それがいい。)

 「ふむ。
  それも面白い。
  罰ゲームを設けましょう。」

 「は?」
 「え?」


 ライダーと桜は、少し嫌そうな顔をする。


 「おや?
  ライダーは、クラスが騎兵のくせに逃げるのですか?」

 (煽るな、セイバー!)

 「セイバー、あなたには少し痛い目を見せる必要がありそうですね。」

 (お前も乗るな、ライダー!
  そんな安い挑発!)

 「やめませんか?
  ゲームですし……。」

 「俺も桜の意見に賛成。」

 「たかがゲームです。
  罰ゲームも、そんなに酷いものではありません。」

 「お前が決めるのか?」

 「そうですね……。
  負けた者は、さっき入力したパスワードを
  次にこの家を訪れた者の前で叫んで貰いましょう。」

 「ハードル高いぞ!」

 「いいでしょう、セイバー。
  私のトライダガーZMCで叩き潰して差し上げましょう。」

 「わたしは、やりたくないのに……。」

 (珍しいな。
  ライダーが桜を無視なんて。)

 「では、私が、シャイニングスコーピオン。
  ライダーが、トライダガーZMC。
  桜が、セイバー600。
  ・
  ・
  桜は、良い名前のボディを選んだ。」

 (じゃあ、お前が選べばいいじゃんか。)

 「そして、シロウが、レイスティンガー。」


 士郎は、吹き出す。


 「俺も加わるのか!?」

 「はい。
  シロウは、COMのマシンを選択したので、
  負けた時の罰ゲームは、我々のパスワードを全て叫んで貰います。」

 「…………。」

 「俺だけ、不当な扱いじゃないか?」

 「では、始めます。」

 「軽く流された。」

 (凄いですね、セイバー。
  ここまで主を無視するサーヴァントも珍しい。)

 (セイバーさんって……なんで、衛宮先輩より偉そうなんだろう?)


 …


 そして、開始されるレース。
 ……2周目。
 そこには、レイスティンガーしか走っていなかった。


 「馬鹿な!?」

 「わたしのトライダガーZMCが!?」

 「みんな飛んじゃった……。」

 (やっぱりな……。)


 愕然として項垂れる、セイバー、ライダー、桜。


 「まあ、自業自得という事で。
  罰ゲーム頑張ってくれ。」


 そして、都合よくなるインターホン。


 「なんて間の悪い……。」

 「これでは、誤魔化す事も出来ない……。」

 「セイバーさん、往生際が悪いです……。」


 どうしたもんかと士郎は、玄関に向かった。


 …


 訪れた客は誰かと士郎は考える。
 一番先に浮かんだのは藤ねえだったが、病院に運ばれているはずの藤ねえが訪ねて来るのはおかしい。
 そもそも藤ねえは、インターホンを押さない。


 (イリヤかな?)


 イリヤと別れた時の自分の『いつでも来てくれ』という言葉を思い出す。
 しかし……。


 (イリヤもインターホン押さないな。
  堂々とバーサーカーと不法侵入してたし……。)


 考えながら玄関に辿り着くと赤い影が見える。


 (遠坂か。
  電話でいいのに。
  わざわざ経過を教えに来てくれたのか。)


 士郎は、玄関の扉を開ける。


 「よう、遠坂。」

 「話があって来たの。」

 「そうか。
  まあ、ここではなんだし。
  あがってくれ。」

 「ええ、そうさせて貰うわ。」


 居間に案内しながら、士郎が話し掛ける。


 「学校の方は?」

 「全て終わったわ。
  重傷者は、全て治療したから命に関わる人は居ないわ。
  後処理も任せて来たから。」

 「よかった。
  悪いな、わざわざ報告に来て貰って。」


 士郎の言葉に凛は、立ち止まる。
 そして、居間の障子の前で二人は静止した。


 …


 居間の中では、セイバー達が揉めていた。


 「遂に障子の前まで来てしまいました。」

 「セイバーが、あのような罰を設けるから。」

 「本当にやるんですか?」

 「このままやめては、シロウに何と言われるか。
  私は、罰が更に重いものになると思います。」

 「まったく、厄介な主従ですね。」


 内側の三人は、静かに罰執行を待った。


 …


 立ち止まり黙りこくってしまった凛に士郎は、疑問符を浮かべる。


 「どうしたんだ?」

 「話は、事後処理の報告じゃないの。」

 「他に何かあったか?」


 凛は、士郎に頭を下げる。


 「士郎に頼みがある。
  これは、完全なわたしの我が侭。」


 士郎は、予想外の展開に焦り出した。


 …


 居間では、三人が息を潜め続ける。
 しかし、桜が俯いている。
 表情には、不安や焦りが見える。
 その様子にセイバーが声を掛ける。


 「桜、どうしたのですか?」

 「遠坂先輩が……。」

 「リンの事ですか?」

 「どうして、ここに遠坂先輩が来るんですか?」

 「リンは、今、私達と協力関係にあります。
  本来は、学舎の結界を止めるまでのものでしたが……。」


 ライダーは、口を閉ざしていた。
 ライダーは、凛と桜の関係を知っている。
 桜の過去を夢に見たからである。
 プライベートのため、口にはしていない。
 あの家で桜を支えていた存在が凛であり、待ち続けていた人物である事も知っている。
 それ故に、凛の本心を桜が怖がっているのを知っている。
 『自分をどのように思っているのか?』
 『勝手な期待をしていたのは、自分だけではなかったのか?』
 『凛は、自分を見捨ててしまったのではないか?』
 ライダーは、直ぐにでも手を差し伸べたかったが我慢する。
 桜は、凛との対峙を真正面から受け止めなければいけない。
 それによって傷ついたとしても……。
 これは、桜の戦いなのだから。

 居間では、セイバーだけが事態を把握出来ないでいた。
 セイバーは、桜とライダーの心情を僅かに感じ取ると静かに事態を見守る事にした。


 …


 未だに頭を下げ続ける凛に、士郎は困惑する。
 こういう展開には慣れていない。


 「話、聞くからさ。
  頭を上げてくれないか?
  もし、ずっとそのままなら頼みは聞かない。」


 凛は、頭を上げる。
 そして、視線を下にしたまま話し出す。


 「結界の事後処理の後、直ぐに間桐の屋敷に行ったの。
  状況から考えて間桐のマスターは、
  サーヴァントに守られていない状態だと思ったから。」

 (俺達と入れ違いか。
  事後処理をした後だから、遠坂の方がずっと後だけど。)

 「でも、そこには倒すべき敵は居なかった。」

 (ライダーが暴れた後だからな。)

 「…………。」


 凛は、押し黙っている。
 唇を強く噛み締めた後、会話を続ける。


 「本当は、そこには、もう一人居た……。」


 凛の言葉は、居間の桜にも届いている。
 桜は、俯きながらスカートを握り締めて凛の言葉を待っていた。


 「わたしの聖杯戦争の報酬……。」

 「なんで、報酬なんだ?」

 「わたしの魔術は、桜のためにあって……。
  何もなかった聖杯戦争での願いに願いが出来た……。」

 「なんか日本語がおかしくないか?
  順序だってないというか……お前、大丈夫か?」


 いつもの覇気がない凛に、士郎は疑問を持つ。


 「大丈夫じゃ……ないかな。
  自分が、こんなに脆いものだなんて思わなかった。」


 士郎は、溜息をつくと頭をガシガシと掻く。
 このままでは、内容が分からないと凛を誘導する事にした。


 「まず、ハッキリさせたいんだけど。
  間桐 桜と聖杯戦争は、本来、別の事だったんだな。」

 「ええ。」

 「じゃあ、聖杯戦争の報酬が、間桐 桜というのは?」

 「桜を取り戻す事だった。」


 凛は、どんどん暗くなっていく。
 立て直したはずの気持ちは、早くもグラつき始めていた。


 (『だった』過去形。
  遠坂は、屋敷の痕跡を見て、桜が死んだと思ったのか。
  ・
  ・
  よく考えれば、あれは、そういう痕跡だな。
  誰も残って居ないし。)

 「その『取り戻す』って?
  まるで間桐 桜が、遠坂のものみたいじゃん?」

 「桜は……わたしの妹。
  ・
  ・
  遠坂 桜が、本当の名前よ!」


 抑えていた感情が、最後に爆発した。
 潮らしく振舞うなんて自分らしくないと本来のスイッチが入る。


 「桜と別れたあの日から、魔術を修練して来た。
  今のわたしじゃ無理でも、いつか力をつけて臓硯から桜を取り戻すんだって!」

 (なんだ!?
  急に怒り出した!?)

 「なのに!
  どっかの馬鹿が、桜をこ……。」


 士郎に掴み掛かる勢いは、一瞬で消え失せる。
 冷静を保とうとしても頭の中はぐちゃぐちゃだった。
 言葉も喜怒哀楽も支離滅裂になっている。
 どんなに取り繕うと最愛の人を失った衝撃を十代の少女の感情では抑え切れなかった。


 「殺し…ちゃった……。」


 凛は、床に蹲ってしまった。
 代わりに士郎の前にアーチャーが現界する。


 「すまんな、小僧。」

 「なんと言えばいいか……。」

 「私が馬鹿だった。
  どんなに優秀な魔術師でも、凛は、まだ、大人になりきっていない。
  心の整理をつけさせるべきだった。」

 「妹が亡くなったのか?
  ・
  ・
  ちょっと、待った!」


 士郎の言葉に答えようとするアーチャーに静止を掛けて整理する。


 (確かライダーの話では、桜は養子だ。
  そして、遠坂の話では、桜は妹。
  ・
  ・
  つまり、遠坂家から出された桜を再び取り戻そうとしていた訳だ。)


 士郎は、事態を把握してアーチャーに話し掛ける。


 「事態は、飲み込めた。
  少し遠坂と話させて貰っていいか?」

 「構わん。
  しかし、いつもの調子で凛を傷つけるような時は容赦しない。」

 「信用ないな……。
  了解だ。
  遠坂を傷つけるような事はしない。」


 凛を見ると蹲ったまま、小刻みに震えている。
 士郎は、ハンカチを凛に渡す。
 凛は、それを受け取ると涙を拭いて士郎を見上げる。
 士郎は、目線を合わすために廊下に胡坐をかいて座り込んだ。


 「遠坂って、根源を目指すためだけに
  魔術師になったんじゃないんだな。」

 「始めは納得してた。
  魔術師になって遠坂家の悲願を達成するんだって。
  ・
  ・
  でも、おかしいのよ。
  魔術師だからって桜を手放すのは……。
  ・
  ・
  あの時、わたしは子供で父に逆らう事も出来なかった。
  流されるままに桜を取られて無理やりに納得してた。
  本来、跡目にしか伝えない魔術の奥義を
  桜が、間桐の家で伝授される事が出来るって。
  ・
  ・
  でも、時が流れるうちに桜は暗くなっていった。
  わたしは、それが許せなかった。
  大好きな妹が、どんどん別人のようになっていく。
  慎二に虐められているのも何度も目にした。
  だから、わたしは、桜を取り戻す事を決意した。
  そのためには、間桐 臓硯より、優秀な魔術師になる必要があった。」

 「そうか。
  根源を求める事から、妹を取り戻す戦いに変わったのか。
  話し合いで済まなければ実力行使……。」

 (実力行使というのが遠坂らしい。)

 「話し合いで解決しないのは分かっていたわ。
  だから、ひたすらに魔術を極めないといけない事も。
  でも、魔術を知れば知るほど、目指す高みも敵の実力も遠く感じるようになった。」

 (アーチャーが心配するまでもなく、とても茶化す雰囲気じゃない。
  ・
  ・
  桜の言っていた『正義の味方』って、遠坂の事だったんだな。)

 「魔術は、一朝一夕で直ぐに身につくものじゃない。
  十数年の修練でも、間桐 臓硯に勝てるなんて見込みはなかった。
  そんな時、いつもより早い周期で聖杯戦争が開始された。
  サーヴァントを得れば勝てると思った。」

 「遠坂の聖杯戦争には、そんな意味も含まれていたのか。」

 「ええ。」


 会話がいつもの凛のペースに戻る。
 気持ちが少し落ち着いて来た事もあるが、自分の中の溜め込んだ気持ちを少し吐き出したのが気を楽にさせた。


 「遠坂は、自分の時間を桜のために費やして来たんだな。」

 「士郎……。」

 (セイバーは、国のために……。
  ライダーは、桜のために……。
  桜は、誰も傷つけないために……。
  遠坂は、桜……妹のために……。
  ・
  ・
  この聖杯戦争は、みんな誰かのために戦っているんだな。
  これは、偶然なのか?
  戦いに野心が見えないなんて。
  あっ、イリヤは野心があった。
  俺を殺そうとしてた……。)

 「桜もきっと、同じ時間だけ遠坂を思っていたよ。」

 「やめてよ!
  今、そんな事言われたら、また……。」

 「そうじゃない。
  桜は、生……。」

 「やめてったら!」

 「いや、だから。
  桜は、生……。」

 「やめてったら!
  ・
  ・
  ・


 士郎が、桜の生存を伝えようとするが、凛が遮るという無限ループが発生する。
 士郎は、いい加減うんざりして切り上げる。
 そして、代わりにアーチャーに話し掛ける。


 「アーチャー、あのさ……。」

 「小僧。
  私に言った事を覚えているか?
  『容赦しない』と。」

 「俺の言う事は、最重要の事なんだが……。」

 「貴様に選択の権利はない!
  全ての話が終わってからにしろ!」

 「……なんでさ。」


 士郎は、少しやさぐれた。


 …


 居間では、桜が泣いていた。
 姉は、自分を忘れていた訳ではなく自分のために時間を費やし努力を重ねていたからだ。
 そして、その側で二人のサーヴァントは、頭を押さえていた。


 「セイバー、士郎は、正しい事を伝えようとしているのに
  何故、ここまで足蹴にされるのです?」

 「シロウと関わった者の2次災害と言うべきでしょうか?
  普段、デタラメな事をしているので信用がないというか……。
  また見当違いな事を言い出すのではないか不安というか……。」

 「そうでしょうか?
  私と桜に対しては、誠意ある態度を取ってくれたように思えます。」

 「…………。」

 「そうですねぇ……。
  『蜂蜜』という言葉を聞けば、思い当たる節があるのではありませんか?」

 「……あれですか。
  非常に納得です。」

 「あの行動は、敵味方問わず混乱を招きました。
  生前、戦において、あの様な得体の知れない戦術を取る者は居ませんでした。」

 「本当は、いい話をしていると言うのに……。」


 セイバーとライダーは、士郎の事は、放って置く事にして桜をなだめ始めた。


 …


 士郎は、だんまりを続けた。
 何故か、この場には、自分の意思を主張する機会が与えられないからだ。
 アーチャーに睨まれながら、凛が落ち着きを取り戻して話しをするのを待ち……待たされ続けた。


 「ごめん、落ち着いた。
  でも、今は、そういう話はなしで、お願い。」

 「ああ、分かった。」

 (桜の死を受け入れられないのは分かるけどさ。
  彼女、死んでないんだよ……。
  この一言を言えれば、万事上手くいくのに。)

 「それで、一番初めに言っていた事に戻るけど。
  士郎に折り入って頼みたいの。
  ・
  ・
  キャスターとライダーを探すのを手伝って欲しい。」

 「復讐か?」

 「そう。
  戦いの痕跡から犯人は、このクラスしか考えられない。
  そして、探すなら人数が多い方がいい。」

 「う~ん。」

 (なんて言えばいいんだろう?
  犯人も経緯も全部知っているのに……。)


 士郎は、どう伝えようか悩んでいたが、赤い主従には断る理由を考えているように見えた。


 「士郎、これは、被害を減らす事でもあるのよ。
  犯人がライダーなら、恐らくマスターを殺している。
  マスターの魔力供給がない以上、人間を襲い出すわ。」


 …


 居間では、ライダーがセイバーを問い詰めていた。


 「何故、私が見境いのない血に飢えた野獣の様な扱いを受けているのですか!?」

 「シロウのせいです。
  シロウは、リンにライダーを手駒にした事を言っていません。
  その場凌ぎの嘘で、ライダーが偽臣の書を奪って
  自由を手に入れたという事にしてしまったのです。」

 「これが、2次災害ですか……。」


 ライダーは、がっくりと項垂れる。


 「もちろん、戦略的な要素もあると思います。
  一時的に協力関係にあるとはいえ、
  リン達とは、いつか敵同士になるのですから。」


 セイバーは、ライダーにフォローを入れて場の空気を落ち着かせようとした。


 …


 士郎を凛とアーチャーが睨みつけ返答を待つ。


 「話は、それで全部か?」

 「ええ、後は、あなたの返答次第よ。」

 「アーチャー。
  もう、俺の話をしていいか?」

 「答えが先だ。」

 「答えも何も、遠坂達は大きな間違いをしている。
  よって、そこを訂正してからじゃないと答えられない。」

 「「間違い?」」

 「そう。
  まず、桜は死んでいない。」

 「「!!」」


 凛とアーチャーが目を見開いて言葉を失くす。


 「そして……。
  間桐邸の襲撃に関しては全て知っている。」


 凛とアーチャーは、固まったまま動けない。
 そのまま、約1分の時間が流れる。


 「え、あ、……ちょっと待って。
  どういう事?」


 凛が、アーチャーを見る。


 「私に聞かれても……。」


 アーチャーが、士郎を見る。


 「お前らが悪いんだからな。
  俺が話そうとしたのを全部遮ったんだから。」


 凛が膝立ちすると士郎にグーを炸裂させる。


 「何すんだ!」

 「士郎……。
  わたしに分かる様に説明しなさい。」


 凛が、魔力で強化した手で士郎の肩をがっちりと掴むと強靭な握力で締め付ける。


 「っ!
  痛いって! 話す! 話すから!
  お・ち・つ・け!」


 凛は、士郎の拘束を解く。
 凛の後ろでは、凛がやらなければ私がやったと言わんばかりにアーチャーが仁王立ちしていた。


 (なんなんだ!? この不当な扱いは!)


 士郎は、ゴホンと咳払いをする。


 「話をする前に約束して貰う事がある。」

 「何よ?」

 「遠坂の願いが達成されたあかつきには、
  俺への戦闘行為は、金輪際なし!
  つまり、聖杯戦争で俺を殺すというのはなし!
  それと3つぐらいの言う事を聞いて貰うからな!」

 「いいわよ、それくらい。
  さっさと話しなさいよ。」

 「約束したからな!」

 「しつこいわね! 分かったわよ!」

 「まず、結界を解いたとこから話す。
  お前達に話したのは、半分嘘だ。」

 「「な!」」

 「当たり前だろ?
  お前ら、俺を殺すかもしれないのに
  本当の事を全部話す訳ないじゃんか!」

 「言われてみれば、その通りだけど……。」

 「いいか?
  俺が話すのは、お前達がもう敵じゃないからなんだからな!」

 「もういい!
  小僧、一体、何が嘘だったんだ!」

 「ライダーが逃げたというところだ。」

 「じゃあ、倒したの?」

 「違う。
  偽臣の書を慎二から奪って、
  マスター権限を俺に書き換えた。」

 「「!!」」

 「そんな事出来るの!?」

 「知らんよ。
  本に書いてある事を実行したら出来たんだよ。
  そこら辺は、魔術師である遠坂の分野だろ?」

 「凛、可能なのか?」

 「可能かもしれないけど……。
  それには、偽臣の書の解読が必要なはず……。」


 士郎は、偽臣の書を取り出すとセイバーとライダーにした説明をする。
 同じく微妙な反応をして頭を抱える赤い主従。


 「デタラメだわ……。」

 「有り得ん……。」

 「ああ、もういいよ。
  デタラメで。
  ・
  ・
  で、ライダーは、俺のサーヴァントになったわけ。」

 「なるほどね。
  それでライダー犯人説はなくなるのね。」

 「いや、間桐邸を襲ったのはライダーだ。」

 「あ~~~!
  何で、いつも士郎の話を聞くと予想と違う答えが返って来るのよ!」

 「凛、諦めろ。
  コイツは、人間ではないのだ。」

 「酷いな……。」

 「一体、ライダーに何を命令したのよ! あんたは!」

 「話を急ぎ過ぎ。
  いいか? 過程が大事なんだ。
  ・
  ・
  ライダー自身は、真っ当なサーヴァントだ。
  おかしいのは、慎二という偽りのマスターだけなんだ。」

 「本物のマスターもイカレてるじゃない。」

 「本物のマスターは、臓硯じゃない。桜だ。」

 「嘘? 何で!?
  どうして、あの子が聖杯戦争に参加しているのよ!」

 「参加したんじゃない。
  させられたんだ。
  だけど、桜は、人を傷つけるのを望んでいない。
  だから、サーヴァントの権限を慎二に譲渡した。
  それが桜に出来る間桐での精一杯の抵抗だった。」


 大事な妹をやりたい放題してくれた間桐に、凛の表情に怒りが浮かび上がる。


 「遠坂の行動は正しいんだ。
  間桐から桜を取り戻す事は……。
  ・
  ・
  間桐の中じゃ、桜に味方は居なかったんだ。」


 凛は、拳を床に叩きつける。
 再度、振り上げた拳をアーチャーが止め、凛をしっかりと抱きしめる。


 (へ~。
  アーチャーって、優しいんだな。
  ・
  ・
  しかし、なだめ方が暴れ馬を押さえるように見えるのは気のせいか?)


 士郎は、話を続ける。


 「そんな中で、桜の味方が現れた。
  言うまでもないな。
  桜が呼び出したライダーだ。」

 「ライダー?」

 「そう。
  ライダーは、桜の味方だ。
  慎二がマスターの権限を奪っても、ライダーは桜の味方だった。
  実際、ライダーも慎二に嫌な思いをさせられている。
  ・
  ・
  人を襲わされている。
  慎二じゃ、魔力の供給が出来ないからな。」

 「貴様は、何で、ライダーの事情に詳しいのだ?」

 「ライダーに聞いた。
  セイバーの時と同じ様にどんなサーヴァントか知りたくて。」

 「また、願いを聞いたの?」

 「そう。
  そうしたら、桜を救ってあげたいって。」

 「何で?」

 「お前じゃないけど。
  桜の事情を知っていて、それに応えるだけの実力があれば、
  そういう行動に出るんじゃないの?」

 「…………。」

 「ちょっと、嬉しいな。
  わたし以外にも、桜を気に掛けてくれる人が居るなんて。」

 「だから、俺は、ライダーに好きにしていいって命令した。」

 「士郎……らしくない。」

 「いくら俺でも、最後の戦いをする人間を前に茶化さないよ。」

 「最後……。
  そうか!
  ライダーは、魔力供給していないから。
  ・
  ・
  でも、それじゃあ!?」

 「ライダーは、宝具を使用したんだ。
  あの痕跡は、宝具の跡だよ。」

 「何故、2箇所も痕跡の跡があったのだ?」

 「玄関にあったのは、臓硯を倒した跡。
  地下にあったのは、桜を苦しめている修練場の跡だ。
  ライダーは、桜を苦しめるものは全て消滅させた。」

 「ライダー……。
  わたしがやるべき事を……命を懸けてしてくれたんだ……。」


 凛の顔が嬉しさに溢れている。
 妹のために文字通り命を懸けてくれた事に。
 感謝の言葉と一緒に涙が頬伝っていた。
 凛が涙を拭うと真剣な顔になる。


 「魔力供給のない状態で、宝具なんて使ったら……。
  ライダーは、もう……。」

 「大丈夫。
  お礼は言えるよ。」

 「……よかった。
  でも、どうして?」

 「その後が大変だった。
  消え掛けているライダーに桜が『逝かないでくれ』って。
  ライダーも困惑してた。」

 「桜が……。」

 「セイバーの話だと閉じ込めてた感情がライダーを切っ掛けに解放され始めたらしい。
  俺も桜があんなに声を張っている所を見たのは初めてだ。
  学校じゃ……ほら、あれだったから。」

 「ええ、分かるわ。
  でも、ライダーは消え掛けていたのよね?」

 「魔力が足りないなら供給すればいい。
  偽臣の書は、俺の手の中にあるんだ。
  人を襲わせた。」

 「「!!」」

 「俺をな。
  ・
  ・
  驚いたか?」


 凛が士郎にグーを炸裂させ、アーチャーがゲンコツを落とす。


 「何で、茶化すのよ!」

 「まったく、貴様という奴は!」

 「まあ、そういう訳で。
  めでたしめでたしだ。」

 「二人は?」


 士郎は、障子を指差す。


 「俺達の会話は、駄々漏れだ。」


 凛が士郎にグーを炸裂させると勢いよく障子を開ける。
 その先には、十数年待ち望んでいた人物が涙を流していた。
 そして、隣では妹の恩人が妹を優しく抱いていた。
 凛は、二人に駆け寄ると力一杯抱きつき感謝の言葉を繰り返した。


 「小僧。
  何故、最後に茶化した?」

 「魔力供給のし過ぎで死に掛けたなんて、俺の落ちはいらないだろ?」

 「凛を気遣ったのか?」

 「俺にそんな甲斐性はない。」

 「ふむ。
  今度、酒でも飲みながら、そこら辺を話したいものだ。」

 「未成年に酒を勧めるな。」


 士郎とアーチャーは、微笑みながら三人を見守った。
 セイバーは、デタラメな主が少し誇らしかった。



[7779] 第46話 サーヴァントとの検討会議
Name: 熊雑草◆890a69a1 ID:9b88eec9
Date: 2010/08/27 00:29
 == Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==



 士郎とアーチャーは、廊下にて数分事態の流れを見守っていた。
 その後、セイバーとライダーが居間を出て来る。


 「桜と姉を二人にしてあげます。
  十数年の時は、直ぐには埋まらないでしょうが、
  今は、そっとして置いてあげましょう。」

 「ライダーは、加わらなくてよいのですか?」

 「ええ。
  桜とは、いつでも話せます。
  肉親との会話とは、生涯の宝物です。
  私は、それを痛いほど知っています。」

 「廊下で立ち話もなんだし、俺の部屋に行かないか?
  話したい事もある。
  ・
  ・
  4人か……狭いかな?」


 士郎は、サーヴァント達を引き連れて、自分の部屋へと向かった。



  第46話 サーヴァントとの検討会議



 部屋に入り、士郎以外の三人は絶句する。


 「汚い……。」

 「あの数時間で、よくこれだけ……。」

 「とりあえず、布団だけでも戻したら、どうだ?」


 士郎は、布団を押入れに突っ込み、本とリストを番号の順に積み直し、他の三人の座る場所を手際よく確保する。


 「何でしょうか?
  汚い中にも片付ける法則があったような……。」

 「細かいな。
  血が足りなくて座って作業してたんだから、
  荷物が散乱するぐらい仕方ないだろう。」

 「申し訳ありません……。」


 士郎の言葉に罰の悪そうな顔でライダーが謝罪する。


 「ライダー、貴女が気にする事はない。」

 「そうだ。
  君は、サーヴァントとして当然の責務を果たしただけだ。」

 「なんで、俺への労いの言葉がないんだ……。」

 (段々、士郎が哀れに思えて来たのは、私の間違いでしょうか?)


 各々が座る場所を確保すると、士郎は、気を取り直して会話を始める。


 「まず、無事に姉と妹が、再会を果たせた事を歓びたいと思います。」

 「何故、宴会口調なんだ?」

 「シロウの考えている事は、よく分かりません。」


 士郎の話は続く。


 「しかし、今まで右肩上がりで来た我が社も、
  臓硯という荒波にぶつかり、苦難の時を迎えました。」

 「……芸が細かいと褒めるべきなのでしょうか?」

 「一度でも褒めれば調子に乗る。
  ここは、黙止を貫け。」


 ライダーは、この流れについていけなかった。


 「冗談は、ここまでだ。
  桜の事は、まだ終わっていない。」

 「シロウ……。
  自分で緩めて置いて、
  気を引き締め直すのは、やめてくれませんか?」

 「このパターン飽きたか?」

 「飽きる飽きないの問題ではありません!」

 (セイバーの限界もここまでか……。)

 「ちょっとな。
  辛い話になるから、場を和まそうかと。」

 「士郎、もう、分かっています。
  気遣いは無用です。
  我々は、幾度もの死線を越えて来た者です。」


 ライダーが、収拾しない事態に区切りをつける。


 「そうか……。
  ライダーが知っている通り、桜の体の事なんだ。」

 「体?」

 「人体の修正の事ですか?」


 士郎は、無言で頷く。
 アーチャーの眉が少し吊りあがる。


 (私は、この事を知っているはずだ。
  凛の干渉により、記憶が制限されていて詳細は思い出せない。
  しかし、これは重要な事だったはずだ。
  ・
  ・
  記憶は制限されても、気持ちは忘れるなと叫び続ける。)

 「想像を絶するものだよ。
  文字は解読出来ないが、挿し絵だけでも大方の想像はつく。」


 士郎は、ノートに纏めたリストと人体修正に関する本を前に出す。


 「解決しなきゃいけない事だと思う。
  目を通してくれないか?」


 三人のサーヴァントは、ノートと本を見比べて怒りを溜め込んでいく。


 「シロウ……。
  私は、これほど怒りを感じた事はありません。」

 「同感だ。
  狂気の沙汰としか思えん。」

 「本人が望んで魔術師になる覚悟があるなら、
  勝手に人体修正でもなんでもすればいい。
  しかし、桜は、こんな事を望んでいないはずだ。
  ・
  ・
  ライダー、すまなかった。」


 士郎は、ライダーに向き直り土下座する。


 「士郎? 待ってください!
  何故、あなたが謝るのです!?」

 「俺は、何も知らないで……。
  軽い気持ちでライダーと桜に接してしまった。
  事情も知らないで口だけ挟んで……。
  桜にも謝るつもりだ。」

 「…………。」

 「士郎、気持ちは貰って置きます。
  そして、私は、あなたの言葉と行動に感謝はすれど、些かの嫌悪もありません。
  あなたは、私に行動の機会を与えてくれた。
  もし、あなたにお願いする事があるとすれば、それは桜に謝らない事です。
  桜は、きっと困ります。」

 「…………。」

 「ありがとう。
  俺もライダーの気持ちを汲んで桜に謝らないで置く。
  その代わり、もう一回、お礼を言って置く。
  これは、桜の分だ。
  ありがとう。」


 士郎の行動にセイバーとアーチャーが絶句していた。


 「信じられない……。
  シロウが、まともな会話をしている。」

 「普段のギャップが激し過ぎて眩暈がする。
  ・
  ・
  しかし、それだけ壮絶な内容だったという事だ。
  この本は……。」


 士郎が顔をあげ、全員が今後の展開を考える。


 「率直な意見を言い合いたいと思う。
  俺の調査は、リストを作るところまでで終わっている。
  これ以上は、文字の解読と魔術の知識が不可欠だからだ。
  みんなの意見を聞きたい。」

 「この資料だけでは何とも言えないが、
  まず、桜の体を調べるべきではないか?」

 「どうやって?
  この本だと体内に蟲を寄生させる事になっているから、
  メスで体を裂かない限り分からんぞ?」

 「絶対ダメです!」

 「何のための魔術なんだ?
  私は、解析に掛けては結構自信がある。
  貴様の机の上にある鉛筆削りを貸してみろ。」


 士郎は、鉛筆削りを机の上から取るとアーチャーの前に置く。
 アーチャーは、鉛筆削りを片手に持つと何かを呟いた。
 そして、材質、強度、年数、構成に至るまでを言い当てた。


 「どうだ?」

 「凄いな。」

 「これで確認は、問題なさそうですね。」

 「問題は、やはり蟲の除去でしょう。
  位置や状況は、アーチャーの魔術で対応出来ます。
  薬物の投与も、この本の資料があれば何とかなると思います。
  解読に関しては、桜の姉の知識頼みですが……。」

 「そこは、問題なかろう。
  是が非にも解読するだろう。」

 「…………。」


 蟲の除去、これが最大の問題であった。
 セイバーは、本を見ながら呟く。


 「何も思い付きません。
  そもそも、体にこんなにしっかり寄生してしまっているのであれば、
  外科的に除去をしても末端の神経に残ってしまう。」

 「ええ、それが問題です。」

 「…………。」

 「質問していいか?」

 「ええ、この状況を打破出来るかもしれません。
  何でも言ってください。」

 「確信はないんだけど。
  セイバー達は、俺と違って、
  ある程度の魔術の出来る事、出来ない事を判断出来るだろ?」

 「それは、我々の周りに魔術師が居ましたから。」

 「俺は、今から絵空事で思い付いた事を言うから、
  出来そうな事と出来そうにない事を判断してくれないかな?」

 「……なるほど。
  魔術の知識がない士郎の方が、
  我々より柔軟な思考を持っている部分があるかもしれない。」

 「やってみよう。
  小僧、言ってみろ。」

 「まず、霊刀とかで蟲だけを殺すようなものはないか?」

 「蟲殺しの霊刀ですか?
  私は、聞いた事がありません。」

 「じゃあ、逆に魔力殺しでは?」

 「聞いた事はありますが、
  それでは、魔術師である桜も傷つけてしまう。」

 「無理か……。
  じゃあ、先に話してた虫下しの類は?」

 「仮に効いたとして、蟲の屍骸が神経に絡みついたままでは、
  生活に支障をきたす恐れがある。」

 「ダメか……。
  蟲をコントロールして追い出すのは?」

 「何?」

 「シロウ……それが出来たら苦労しませんよ。」

 「ライダーも無理だと思うか?」

 「あの蟲にそれほど高度な知能が備わっているとは……。」

 「小僧、その考えに至った経緯は?」

 「コンピューターウィルスって知っているか?
  インターネットとかから、人のパソコンに入ってプログラムを書き換えちゃうヤツ。
  同じ事を蟲に出来ないかと思って。」

 「蟲に撤退のプログラムを植えつけるのか……。」

 「出来なくはないと思うんだ。
  だって、臓硯の体は郡体のようなものだって、ライダーは言っていただろ?」

 「確かに言いました。」

 「そして、修練場の蟲は、臓硯のスペアだって。」

 「ええ。」

 「じゃあ、臓硯の体を作るという命令は、誰が出して制御するんだ?
  臓硯以外、考えられないじゃないか。」

 「言われてみれば、臓硯が人の体を保っているのも
  蟲をコントロールしているから。
  桜に植え付けられたものも臓硯のコントロールの支配下に置く事を考えれば、
  当然、命令の系統は全て同じと考えられる。」

 「しかし、シロウ。
  どうやって、蟲をコントロールするのです?」

 「詳しく調べないと分かんないけど、これ。
  『蟲を支配する』の章を見れば分かんないかな?」


 ライダーが、リストと本を手元に寄せ調べ始める。


 「それで、外に出た蟲を『蟲を退治する』の章で……。」


 セイバーが、ライダーの隣に本を運ぶ。


 「どうかな? アーチャー?」

 「発想は悪くない。
  後は、裏づけだ。」


 士郎とアーチャーは、セイバーとライダーの作業を待つ。


 「出来るかも……しれません。」

 「本当か?」

 「文字が解読出来ないため、何とも言えませんが、
  この本が子孫への伝授を考えたものなら、嘘はないはずです。」

 「じゃあ、後は……。」

 「行動に移すのみだ。」


 士郎の部屋には、安堵の溜息が漏れた。
 しかし、この部屋の中には、まだ、7冊の謎の本が残されている。



[7779] 第47話 イリヤ誘拐
Name: 熊雑草◆890a69a1 ID:9b88eec9
Date: 2010/08/27 00:29
 == Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==



 時間は、そろそろ夕飯時になっていた。
 士郎は、携帯を使って、忘れていた連絡を藤村組に入れる。
 いつもの要領で誤魔化そうと思ったが、雷画爺さんは、豪快な笑いで一蹴してくれた。
 藤ねえは、既に病院で騒ぎを起こした後だとか、耳の痛い話も入って来たが元気そうで何よりだった。


 「さて、居間に戻るか。」


 先に出て行ったサーヴァント三人を追って、士郎は、自分の部屋を後にした。



  第47話 イリヤ誘拐



 居間に行く途中でセイバーに会う。


 「どうしたんだ?」

 「はい。
  お風呂の用意をしようと思いまして。」

 「?」

 「女の子が涙の後を残しっぱなしというのは、よくありません。」

 「そうか。
  ・
  ・
  セイバーは、意外と現代に馴染んでるな。
  この家の間取りなんかも認識しているようだし。」

 「サーヴァントですから。」


 セイバーは、さっさと行ってしまった。


 「どっちがデタラメだよ?」


 士郎は、居間に向かった。


 …


 居間では、姉妹が泣き疲れて仲良く眠っていた。


 「まあ、疲れたんだろうな。
  長い時間を急速に埋めようとしたんだし。」

 「ええ、幸せそうな寝顔です。」


 ライダーが嬉しそうに答える。
 台所では、リズムよく包丁を刻む音がする。


 「ん?
  なんで、アーチャーが台所に?」

 「彼が夕飯を作るそうです。
  主に対するお礼だそうです。」

 「ふ~ん。」


 セイバーが、居間に戻って来る。


 「火を入れました。
  20分程でしょうか?」

 「そんなもんだな。」


 テレビにスイッチを入れて音を低くする。
 新都のガス漏れ事故は未だ続き、学校の事もニュースに取り上げられていた。


 「やったな。
  明日から休校だ。」

 「喜ぶところですか?」

 「ガス漏れ事故が止まらない。
  と、いう事は、以前とどこかのマスターが継続中か。」

 「確認出来ていないクラスは、あと三つありますから。」


 暫くテレビを見ていると、ライダーが、士郎とセイバーに話し掛ける。


 「少しいいでしょうか?
  お伝えして置かなければいけない事があります。」

 「なんだ? あらたまって?」

 「士郎。
  あなたは、セイバーへ、どのように魔力を供給しているかご存知ですか?」

 「それが分からないんだ。」

 「私も魔力供給だけは感じるのですが、ラインの繋がりは感じないのです。」

 「…………。」

 「やっぱり。」

 「「やっぱり?」」

 「大変、申し上げ難いのですが、
  私は、士郎に魔力供給して貰った時に分かってしまいました。」

 「それは良かった。
  私も気にはなっていたのです。」

 「セイバー、よく聞いた方がいい。
  ライダーは、『申し上げ難い』と言っている。」

 「?」

 「士郎、あなたは体力のある方じゃありませんか?」

 「ある方だと思う。
  『衛宮は、無駄に体力がある』とか。
  『衛宮の体力は、デタラメだ』とよく言われる。」

 「だから、気付かなかったのでしょう。
  結論から言いますとセイバーに供給されている魔力は、士郎の体力そのものです。」

 「は?」
 「なにーっ!?」

 「士郎の中の何かを通して、体力を魔力に変換して送られています。
  簡単に言うとセイバーは、士郎を襲っている状態です。」

 「…………。」

 「凄い衝撃の事実なんだが……。」

 「…………。」

 「私が…私が、シロウを襲っている!?」

 「私も驚いているのですが……。
  一番の驚愕は、士郎が気付いていないところです。」

 「そうですよね。
  ・
  ・
  体がだるくなったり、覇気がなくなったりするはずですよね?」

 「多分、一日で回復する体力が
  セイバーに送られる魔力より大きいのでしょう。」

 「じゃあ、問題ないじゃん?」

 「士郎、これは本来有り得ません。
  ましてやサーヴァントの魔力供給を体力で補えるなど。」

 「そうだよな。
  魔力は、質のいい純粋なエネルギーだ。
  それに比例する体力って……。」

 「ライダー、直ぐにでも供給を止めないと!」

 「どうやってですか?」

 「それは……。
  どうやってでしょう?」

 「まあ、いいじゃん。
  死なない程度で体力持って行っている分には。」

 「私は、嫌です!
  英雄ともあろう者が、主の体力を貪り取り続けるなど!」

 「セイバー。
  お前は、俺のサーヴァントになった時点で品格なんてないも同然だろ?」

 「貴方は、何故、人事のように流せるのです!
  それに! 私は品格をなくしたくありません!」

 「しつこいな。
  ・
  ・
  じゃあ、あれだ。
  俺の令呪の命令で、仕方なく体力を取ってる事にしよう。」

 「シロウは、令呪を使えないでしょう!」

 「じゃあ、正義の使者のセイバーに奇跡が起きて、
  悪者の俺から体力を取ってんだよ。」

 「何ですか! その子供騙しの設定は!
  しかも、何で、正義と悪が手を携えて協力関係になっているのです!」

 (だって、理由も分からないのに答えを聞くんだから、
  適当に答えるしかないじゃないか。)

 「じゃあ、魔法の言葉だ。
  ・
  ・
  俺が、デタラメだからだ。」

 「…………。」

 「結局は、そこに至るのですね……。」


 セイバーは、泣き崩れた。
 ライダーは、これが士郎の日常と認識し、自分達が過ごした今日一日が例外だと強く認識させられた。


 「うるさいわね。
  何を騒いでんのよ。」


 士郎とセイバーの騒動で、凛と桜が目を覚ます。


 「起きたか?
  悪かったな。」

 「いいわよ、別に。」

 「あ。
  そろそろ風呂沸いてるから、入ってくれば?」

 「お風呂? 何で?」

 「鏡で見れないぐらいの泣き顔だぞ。」


 凛は、ハッとして両手で顔を覆う。


 「ちなみに。
  その泣き顔は、写メに撮らせて貰った。
  お前が逆らった時点で美綴に送信する。」

 「ちょっと!
  あんた卑怯よ!」

 「逆らう気か?」

 「そんなものは消去よ!
  携帯電話ごと、この世から消滅させてやるわ!」


 凛と同様に目を覚ました桜は、士郎と姉の壮絶な光景に目を見開く。
 しかし、直に笑いが込み上げてくる。
 そんな自分に桜自身が驚いていた。
 捨てたと思った感情は、眠っていただけなんだと。

 カバディでも始めるがごとく、間合いを取って臨戦態勢に入っている凛にアーチャーが溜息混じりにフォローを入れる。


 「凛、落ち着け。
  小僧の嘘だ。」

 「嘘?
  ・
  ・
  ~~~!!」


 凛は、士郎にグーを炸裂させる。


 「桜! 行くわよ!」


 凛は、桜の手を引くと風呂場に向かった。


 「怪獣の様だ。」

 「シロウが、からかうからです。」

 「……それにしても。
  桜の性格が数時間前と全然違うな。」

 「ええ、姉のお陰でしょう。」

 「ライダー、貴女もです。」

 「休校明けが楽しみだ。
  学校の連中、度肝を抜くぞ。」


 士郎が可笑しそうに笑っているとアーチャーが声を掛ける。


 「小僧、飲み物が足りない。
  何か買って来てくれないか?」

 「いいよ。」

 「では、私も。
  まだ、倒していない敵も居ますので。」

 「そうだった。
  じゃあ、行って来る。」


 士郎とセイバーは、商店街へ向け衛宮邸を後にした。


 …


 商店街までの道は、夕闇に覆われ始め、空気も冷え始めていた。
 本日は、バイトもお休みの日。
 学校が休校のため、明日以降も暫くお休みにしようかと士郎は考えていた。


 「シロウ、今回の聖杯戦争は、何処かおかしい。
  聖杯に対する願望を持っている者が少ない。」

 「なんだ? 自分だけ違う感じがして嫌になったか?」

 「…………。」

 「正直に言えば、自分が浅ましく感じます。」

 「まあ、俺も同じ事を考えたけどな。」

 「シロウも?
  ・
  ・
  私が浅ましいと……。」

 「そうじゃない。
  聖杯戦争は、本来は、もっとドロドロとしたもののはずだって。」

 (そっちの方でしたか……。)

 「その通りです。
  一族の悲願が懸かっているのですから、
  魔術師達は生死を懸けて戦います。」

 「今回って、その辺が薄いんじゃないの?」

 「薄い?」

 「俺はさ。
  遠坂みたいに若いのは、稀で。
  もっと老けた魔術師が参加するとばかり思ってた。
  そういう頭固くなってる連中が、
  『一族の悲願だ』とか『自分の研究の成果だ』とか言って参加する。」

 「間違いではないでしょう。」

 「そういう思想って若い内より、
  歳とって思い詰めないと熟成されないんじゃないの?」

 「一理ありますね。」

 「だろ?
  だから、遠坂や桜は、そういった意味じゃ若過ぎるんだよ。
  それに、歳とってないから『これが最後だ』とか考えないんだよ。
  だって、まだ寿命は、たっぷり残ってんだから。」

 「シロウ……。
  寿命は、関係ありませんよ……。
  戦争は、生死を懸けた殺し合いなのですから。」

 「……そうだった。
  なんとなくで生き残ってたから、つい自分は死なないものだと……。」

 「危ないですね。
  素人の陥り易い勘違いですよ、それは。
  貴方も体験したでしょう?
  傷つけば痛みも伴うし、血も出るのです。」

 「すまん。
  緩んでた。
  しかし、この国では、誰もが戦いに慣れていないのは確かなんだ。
  ここ、50年ぐらい戦争はないんだ。」

 「凄いですね。」

 「だから、常に周りに戦いがないから緊張感が持続しない。」

 (シロウは、それとは無関係で緊張感が持続しない気もしますが……。)

 「でも、戦国時代の時は、15歳で元服といって大人の仲間入りしてたから、
  歴史上、常に緩んでいた訳じゃない。
  なんかの漫画で言ってたな……人間の歴史はワルツの様だって。
  革命→戦争→平和を繰り返すだったっけ?」

 「話が逸れましたね。」

 「すまんな。
  で、この聖杯戦争が、野望がなくておかしいのは分かったけど。
  マスターが若過ぎるで、いいのか?」

 「それも一概には言えません。
  呼び出されるサーヴァントが願いを望んでいるかもしれない。
  それに召喚を行う以上、マスターにも理由が存在するはずです。」

 「遠坂の召喚は、桜のためだもんな。
  遠坂は、アーチャーに聖杯を譲るのかな?」

 「そこは分かりません。」

 「多分、ライダーとは、もう戦わないだろうな。」

 「はい。」

 「そうなると最後の一人にまでならないよな?」

 「そういえば、そうですね。」

 「仮にさ。
  サーヴァントが誰も居なくならないで、
  戦わなくていいという状態になったら、聖杯戦争って終わるのか?」

 「…………。」

 「考えた事もありません。
  どうなるのでしょう?」

 「聖杯が現れている期間とかって決まってんのかな?
  俺は、どっちかというとサーヴァント召喚の待ち期間と捕らえてるんだけど。」

 「…………。」

 「確かに一度呼び出してしまえば、システムの後方支援で、
  マスターの魔力以外の補正が入っているはずです。
  多分、この冬木という霊脈を利用しているのでしょう。」

 「つまり、一度呼び出して聖杯戦争を終わらせなければ、
  システムのバックアップで、ずっと居られるんだな。」

 「しかし、そんな妙な事態になりますか?
  仮にも戦争ですよ。」

 「セイバー、アーチャー、ライダー、バーサーカーに至っては、
  戦わなくても良さそうじゃん?」

 「まさか……。
  貴方は、残り三人のサーヴァントを説得するつもりですか?」

 「……なるほど。
  そういう考えも有りか。」

 「そんな事が出来るとは思えません。」

 「それは、後で考えよう。
  もう、半分達成出来たんだし。」

 (楽観的な……。)

 「今は、桜だ。」

 「そうでしたね。」

 「対策は、一通り立てたけど、やはり魔術書の類は、
  遠坂の知識を借りないと解決しないだろう。」

 「ええ、私達には解読出来ない文字が多過ぎる。」

 「後さ。
  桜に気を遣って話してないけど、
  桜自身は、自分の体の事を知っているはずだよな。
  話すべきなのかな?」

 「それは、リンに任せるべきでしょう。
  彼女は、サクラの姉であり、ライダー以上に長い月日を思い続けて来た。
  その問題を話すのも治療して期待に応えるのも、リンであるべきでしょう。
  我々は、助力をしても横槍を入れるべきではありません。
  シロウは、リンに話すつもりなのでしょう?」

 「そのつもりだ。」

 「では、我々は、リンが魔術書を紐解いている間、
  サクラの心をもっと開いてあげるべきです。」

 「……それがいいかな?」

 「はい。
  だから、私も、先ほどはテレビゲームなるものを一緒にしたのです。」

 「ああ……あれね。
  セイバーもライダーも、はっちゃけ過ぎてた。」

 「あれは、ワザとです。
  ライダーと示し合わせて、私達が先導したのです。
  サクラは、積極的な方ではありませんので、
  私達が行動を起こせば無理にでも賛同します。
  無理やりではありますが、私達なりに考えた結果です。」

 「なるほど。
  俺は、セイバーのネジが飛んだのかと思った。」

 「そう思うなら反省してください。」

 「なんでさ?」

 「私達の行動は、貴方を参考にしています。
  ネジが外れたと思っているなら、それは、貴方自身の行動に原因があるのです。」

 「…………。」

 「あの行動に思い当たる節はあるが……。
  俺の行動を参考にしていたのか……。
  他人からは、ああ見えるんだな。」

 「理解して頂けましたか?」

 「ああ、やられるよりやった方がいい。」

 「話を聞いていたのですか!?」

 「俺の辞書にはミント同様に
  『こりるとか反省するという言葉』は、載っていない。」

 「最悪な理念です……。」


 話をしながら歩いていると商店街に到着した。


 …


 商店街のスーパーで飲み物を購入する。
 そして、増えた人数も考えて食料も購入する。


 「両手が凄い荷物になったな。」

 「あれだけの人数が増えましたからね。」

 「賑やかな方がいいから、構わんがな。
  この荷物だけは、なんとも……。」

 「給仕係は、持ち回り制にした方がいいかもしれませんね……。」


 大量の荷物を持ちながら公園を通り掛かると小さな影がブランコに座りながら空を見上げている。
 士郎は、声を掛ける。


 「どうしたんだ? 寒いんじゃないか?」


 少女は、士郎に気付き駆け寄って来る。


 「士郎、みーつけた!」


 両手が塞がり無防備で受け止めた少女のおでこが士郎の鳩尾に直撃する。
 セイバーは、あれは痛いと心の中で合掌する。


 「……元気がいいのは良いが、鳩尾に飛び込むのはどうかと思うぞ。イリヤ。」

 「大丈夫! ワザとだから!」

 「…………。」

 (話を聞いていませんね。)


 イリヤは、不思議そうに士郎達の荷物を見る。


 「何? この大量の荷物?」

 「色々あってな。
  人数が増えたんだ。
  その食料調達の結果、こんな状態に……。」

 「なんで、増えるの?」

 「実はだな……。」

 「シロウ! 敵に情報を漏らしてはいけません!」

 「敵って……。
  イリヤは、もう俺達の仲間じゃないか。
  俺が不当なやり方でイリヤを嵌めて、アインツベルンの名に誓わせただろ?」

 「そう……。
  士郎に陥れられたの……。」


 イリヤが、がっくりと項垂れる。


 「本人が不当と自覚しているのが……。
  救いと考えるべきなのか?
  質が悪いと考えるべきなのか?
  どちらにしても、いつも余計な所で葛藤させられる。
  ・
  ・
  そんな事は、どうでもいい!
  何故、情報を漏らすのですか!」

 「イリヤって、魔術師のエリートなんだろ?
  だから。」

 「答えになっていない!」

 「士郎は、分かってるわね。」

 「魔術書の解読は、1人より2人の方が早い。」

 「…………。」

 「なるほど。」

 「今度は、わたしが分からない。
  なんで、二人は納得してんの?」

 「イリヤスフィール。
  無礼を許してください。
  貴女は、私達の仲間です。」

 「何!? なんなの!?
  なんでセイバーが、突然、友好的になったの!?」

 「まあ、簡単に言うと『これから一緒に重労働するから、よろしく』と。」

 「何!? 重労働って!?
  どうして決定事項みたいに話が進んでんの!?」

 「大変だなぁ。
  敗者って。
  じゃあ、イリヤ。
  一緒に行こうか? 夕飯ご馳走するから。」


 士郎とセイバーは、イリヤの腕を左右でがっちりロックすると衛宮邸に向けて歩き出す。


 「キャー! 攫われるー!」

 「イリヤスフィール。
  そんなに、はしゃがないでください。」

 「喜んでない!」

 「俺んちは、楽しいぞ。」

 「気が向いたら寄るから!」

 「今までの経過もお話しします。」

 「もういい! もういいから!」


 士郎とセイバーは、イリヤを……誘拐して帰宅した。



[7779] 第48話 衛宮邸の団欒①
Name: 熊雑草◆890a69a1 ID:9b88eec9
Date: 2010/08/27 00:30
 == Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==



 左右の腕をロックされ、少しふてくされて歩くイリヤ。
 しかし、直に自分から士郎とセイバーの腕を掴んで歩き出す。
 そして、イリヤの口からポツリと言葉がこぼれる。


 「久しぶりだな。
  こういう風に歩くの。」

 「俺もかな。」

 「私もです。」

 「士郎、わたしにお願いしたい事があるんだね。」

 「そうなんだ。」


 イリヤは、士郎とセイバーの手を解いて士郎の背中に張り付く。
 そして、ワサワサとよじ登り、肩車の体勢で士郎の頭にしがみつく。


 「やっぱり、バーサーカーより見晴らしは低いわね。」

 「あの規格外の人と一緒にしないで下さい。」


 士郎の言葉にイリヤは、笑顔を浮かべる。


 「このまま、士郎の家まで連れて行ってくれたら、協力してあげる。」

 「了解だ、お姫様。」



  第48話 衛宮邸の団欒①



 士郎は、肩車をしながら、イリヤに今までの経過を伝える。
 士郎のデタラメな行動をイリヤは、可笑しそうに聞いている。
 途中、セイバーが入れる落胆や怒気が、より一層可笑しかった。


 「セイバーも大変ね。」

 「はい。
  気が休まる事がありません。
  しかも、行動的には、最終的に丸く収まるので説教も出来ない。」

 「してるじゃんか。」

 「私は、不完全燃焼です。」

 「それにしても、わたしの知らない内に色々あったんだね。」

 「ああ、なんか戦わない事を念頭に置いてんのに
  知らず知らずに最前線に居るんだよ。」

 「でも、戦う相手が士郎の近くに居るんだから、仕方ないかな。
  しかも、通ってる学校が戦いの場所だったんでしょう?」

 「避けられない戦いだった。
  知り合い全員が人質みたいなもんだから。」

 「その後、そのサーヴァントのために死に掛けるなんて……。
  士郎は、やっぱり馬鹿ね。」

 「反論の余地もない……。」

 「でも、嫌いじゃないな。
  そういうところ。
  セイバーの言った通りだもの。」

 「ああ、この前、別れ際に言ってた……。
  ・
  ・
 (ようやく、分かった。)
  ・
  ・
  そうだな。
  結果として、あの言葉の証明をする事になったな。」

 「後は、その桜って娘の事を解決するだけなんだね。
  確かに魔術書は、魔術師に任せるべきね。
  任せて。手伝ってあげる。」

 「ありがとう、イリヤ。」


 イリヤは、士郎に微笑む。
 しかし、イリヤの会話を聞いていたセイバーが、疑問を口にする。


 「やけに素直ですね?」

 「当然よ。
  士郎が、その子をほっぽり出す様な事をしたら手伝わなかったわ。」

 「しかし、それは2次要素でしかない。」


 士郎の言葉にイリヤは、ギクッと肩を震わせる。


 「どういう事ですか、シロウ?」

 「きっと、余所の魔術書は、言ってみれば門外不出の秘密の宝箱だ。
  それを俺という泥棒の大義名分を持って、堂々と閲覧出来るという訳だ。」


 セイバーが、ジト目でイリヤを見る。


 「士郎、それは言わないでよ。」

 「知りたいのは、間桐の令呪のシステムの秘伝じゃないの?」

 「もう! 士郎!」

 「……抜け目がないですね。」


 セイバーが溜息をつく。


 「まあ、いいじゃん。
  もう間桐はなくなるんだし。
  その技術を御三家の二家が受け継げば。」

 「うん、士郎!
  いい事、言った!」

 「しかし、ですねぇ……。」

 「いっその事、遠坂が受け継いでるサーヴァント降霊の技術も教えちまえば、
  冬木から聖杯戦争がなくなって願ったり叶ったりだ。」


 イリヤは、うんうんと頷いている。


 「貴方という人は……。」

 「大体、迷惑なんだよ。
  平和な日本で消滅させるような宝具で争うなんて。
  やりたいなら、もっと人様に迷惑の掛からない砂漠の真ん中ででも、
  勝手に戦争して殺し合えっての。」

 「士郎って、本当に自分主義よね。」

 「自分、大好きです。」


 イリヤとセイバーが同時に溜息をついた頃、衛宮邸に到着した。


 …


 衛宮邸に着くと玄関をあがり、直ぐに居間に向かう。
 障子を開けると夕飯の支度は全て終わり、全員が席に着いていた。


 「飲み物だけじゃなくて、食料も調達して来た。」

 「…………。」

 「夕飯の準備は、全部終わったみたいだな。
  ありがとう、アーチャー。
  あと、悪いんだけど1人分追加してくれ。」

 「…………。」

 「どうした?」


 沈黙を破り、凛が代表して声をあげる。


 「『どうした?』って聞きたいのは、こっちだーっ!
  その子は、誰よ!」


 凛は、ビシッとイリヤに指を向ける。


 「ん? ああ。
  公園に居て寒そうにしてたから連れて来た。」


 凛のグーが、士郎に炸裂する。


 「幼女誘拐かーっ!?」

 「違うわ! 知り合いだ!
  ・
  ・
  紹介する。
  イリヤ…………アインツベルンだ。」


 今度は、イリヤが、士郎にグーを炸裂させる。


 「もう! また、名前忘れたの!」

 「すまん……。」

 「ちょっと、待った!
  今、アインツベルンって言わなかった?」

 「言ったけど。
  イリヤの魔力を感じれば、気付くもんなんじゃないのか?」


 再び、凛のグーが炸裂する。


 「気付かないわよ!
  この家の結界に、何も反応なかったじゃない!」

 「結界?
  この家にそんなもんがあるのか?」

 「あ~~~!
  そうだった。
  コイツは、魔術師じゃなかったんだ!」

 「溶けるのか?」

 「そんな物騒なもんじゃないわよ!
  敵意の持った人間の侵入に警報が鳴るのよ!」

 「へえ。」

 「そんな事より!
  何故、アインツベルンのマスターが、ここに居るのよ!」

 「公園に居て寒そうにしてたから連れて来た。」

 「そうじゃない!
  どうして、敵がここに居るのよ!」

 「いや、結界に反応ないなら違うんだろ?」

 「が~~~!
  訳分かんない!」

 「シロウ……。
  また、リンをからかっているでしょう?」

 「分かるか?」


 ブチッと何かが切れる音がする。
 凛は、士郎にローリングソバットを華麗に決める。


 「分かる様に説明しなさい!」

 「……はい。」


 その後、士郎は、正座をさせられて凛に説明をする。
 夕飯は、士郎と凛を置いて慎ましやかに開始する。
 そして、その輪には、当然のようにイリヤが含まれていた。

 士郎の説明を聞きながら、アーチャーがセイバーに声を掛ける。


 「まさか、私達の知らない間にバーサーカーに勝利していたとは……。」

 「あれは、バーサーカーに勝利したのではありません。」

 「士郎の計略に、わたしが負けたの。」


 イリヤが、自分の非を認める。
 ライダーは、それでも感嘆の声をあげる。


 「しかし、人の身でバーサーカーの攻撃を受け切るとは……。」

 「シロウの話では、バーサーカーの攻撃が読めた様です。
  イリヤスフィールの『手加減しろ』の命令と狂化による攻撃力向上は、
  矛盾した命令であったため、動きに戸惑いが表れたそうです。」

 「なるほどな。
  動きが分かれば躱せるかもしれない。」

 「士郎自身の能力も高いのですね。
  いくら動きが読めても、英雄の動きについて行くのですから。
  私の投擲が、士郎に弾かれたのも納得がいきます。」


 アーチャーは、自分の過去を振り返っていた。
 自分は、あの時、8年間の間、地獄のような魔術の特訓をしていた。
 それは常識を超えた方法だったが、魔術回路を常人以上に鍛え上げる結果に繋がった。
 与えられた基礎を目的のために愚直に繰り返し、何かに特化するのは、衛宮士郎の特徴だったような気がする。


 (この世界の衛宮士郎は、魔術を持たない。
  しかし、根本が同じなら、何かに特化した特訓をしていたのかもしれない。)


 士郎の話が一段落すると、今度は、アーチャーの料理に話が移る。
 セイバーが、料理の感想を漏らす。


 「この煮物は、とても美味しい。
  具の一つ一つに味が染込んでいる。」

 「君に褒めて貰えるのは、感激の至りだ。」

 「しかし、和洋折衷になっているのは何故でしょう?」

 「私なりの配慮だ。
  呼び出されるサーヴァントが、同一の国なら良いのだがな。」

 「なるほど。
  アーチャーのお陰で、世界中の料理を口に入れる事が出来る。」


 満足そうに料理を口に運ぶセイバー。
 イリヤとライダーは、複雑そうな顔をしている。
 そして、疑問をアーチャーにぶつける。


 「あなたは、本当にサーヴァントなのですよね?」

 「無論だ。」

 「う~ん。
  料理の達人の英雄か……。
  実は、歴史の中で腹ペコの国民を餓死から救い出した料理の鉄人の英雄とか?」

 「イリヤスフィール……。
  それではアーチャーの武器は、何になるのですか?」

 「わたし、テレビでピザをフリスビーみたいに投げてるの見た事ある!」


 全員の頭の中で敵と戦うアーチャーが、ピザ生地を投げる姿が浮かぶ。
 暫く笑いを堪える作業で沈黙するが、直に皆耐えられなくなる。


 「私は、一体どんな英雄なんだ!?
  その様な戦い方はしない。」

 「しかし、やられた方のサーヴァントは焦りますね。」

 「セイバー……。
  君も悪ノリし過ぎだ。」

 「でも、なんで、料理が得意なの?」

 「別に苦手である必要はあるまい。
  戦いばかりの中で、上手い料理が食べられるのも悪い話ではなかった。」

 「ええ、よく分かります。
  私も、あの時、この料理があれば勝てたという戦が思い浮かびます。」

 「私は、皆が喜んでくれればいい。
  ・
  ・
  私の料理の味は、どうかな?」


 アーチャーは、桜とイリヤに質問をする。


 「とっても美味しいです。
  わたしは、料理をしませんから。」

 「悔しいけど、美味しい。
  アインツベルンのメイドの料理が、
  一兵士の料理に負けるなんて思わなかった。」


 アーチャーは、満足そうにお茶を啜り、イリヤは、メイドへの料理特訓を密かに胸に抱いた。


 …


 士郎の凛への説明も終わりに近づいていた。


  ・
  ・
  という訳で、今に至る訳だ。」

 「よく分かったわ。
  あんた、天性のトラブルメーカーね。」

 「そうなんだ……。
  セイバーやライダーとかが悪いサーヴァントなら無視も出来るんだが、
  人の道のど真ん中を行く行動だろう?」

 「そうね。
  あんたが滅茶苦茶やるから影に潜んでいたけど、
  魔術師でもないあんたが、実は、一番の被害者だったわね。」

 「そうだ。
  バーサーカーにも殺され掛けてる。」

 「……よく生きてたわね。
  結界にも引っ掛かるし。」

 「そうだ!
  溶かされ掛けているんだ!
  そして、そのサーヴァントへの人道支援!」

 「…………。」

 「まあ、士郎だからいいわ。」

 「オイ!」

 「セイバーと契約した時から、覚悟は出来てたんでしょう?」

 「お前に話したよな? 経緯?」

 「…………。」

 「お腹空いちゃった。
  夕飯食べましょう。」

 (こういう流れになる事は、分かってたさ……。)


 士郎は、凛の後を追ってテーブルへと向かった。


 …


 凛と士郎が、固まっている。


 「終わりましたか?」

 「長かったですね?」

 「美味しかったよ!」

 「私も作った甲斐があった。」


 返ってくる返事は、全て過去形である。


 「わたしの夕飯は!?」
 「俺の分は!?」


 テーブルの上は、綺麗になくなった皿だけが残る。


 「落ち着け、遠坂。
  イリヤが加わったとしても、一人分多いんだ。」

 「そうよね。
  何処かに残っているはずよね。」

 「…………。」


 目が泳ぐ。


 「まさか、サーヴァントが『もう、ありません』なんて
  ベッタベタな落ちを用意している訳ないさ。」

 「そうよね。
  そんな使い古された展開……。」

 「もう、ありません。」


 セイバーが、言葉の宝具で問答無用の止めを刺す。


 「ありえねーっ!
  俺が、一番栄養取らなきゃいけないのに!
  俺の血がーっ!」

 「英霊って、なんて図太い神経してんのよ!
  マスターの命令がなければ、何でもありかーっ!?」


 喚き散らす、士郎と凛。
 そんな中、唯一の理解者が救いの手を差し出す。


 「あ、あの……。
  おかず少しだけど、避けて置きました。」


 桜が、一皿分の盛り合わせをそっと差し出す。


 「桜~!
  流石、わたしの妹だわ!」

 「本当だ。
  どこかの馬鹿サーヴァントとは、大違いだ。」

 (((馬鹿サーヴァント!?)))


 しかし、ここで再びの沈黙。
 飢えた2人の戦いが切って落とされる。


 「遠坂……。
  女の子は、体重管理とか大事じゃないか?」

 「お生憎様。
  わたしの管理は完璧よ。
  これは、許容範囲内の摂取量よ。」

 「そうか。
  ・
  ・
  俺は、お前の妹のために、妹のサーヴァントに血を提供していてな……。」

 「ありがとう。
  この言葉には、万にも匹敵する感謝が込められているわ。」

 「…………。」

 「素直に言おう。
  これは、俺が食べる。」

 「譲れないわね。
  わたしは、学校での救済活動で魔力を使ったの。
  新たな活力を体に注ぎ込まなければいけないわけ。」


 一つの皿を前にバチバチと火花を飛ばす飢えた獣達。
 士郎の袖をクイクイと誰かが引っ張る。


 「ハイ、士郎の分。」

 「イリヤ……。
  お前だけだ!
  俺の事を本当に理解してくれるのは!」

 「ううん。
  お礼なんていいの。
  お兄ちゃんは、わたしの命の恩人だもん。」


 飢えた獣達に餌が与えられる。
 しかし……。


 「なんじゃこりゃーっ!?」

 「わたしの嫌いな野菜だよ!」

 「肉は?」

 「ないわ。」


 士郎は、凛に振り返る。
 凛は、我関せずで食事を始めている。
 残された士郎は、野菜スティックをかじる。


 「適度な細さが噛み切り易い強度に保たれた絶品だ。
  付け合せのドレッシングも悪くない。」


 『おお』と居間に声が漏れる。


 「……が。
  こんな扱い我慢出来るかーっ!
  こうなったら!」


 士郎は、立ち上がり受話器を握る。


 「すいません。
  ピザの配達をお願いしたいんですけど。
  ・
  ・

 「流石、シロウ。」

 「自分主義。」

 「まあ、この扱いを受けては……。」

 「シロウ、自分だけでなく我々の分も。」

 「まだ、食うのか!?」


 衛宮邸の夕飯は、まだまだ続く。



[7779] 第49話 衛宮邸の団欒②
Name: 熊雑草◆890a69a1 ID:9b88eec9
Date: 2010/08/27 00:30
 == Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==



 宴の後……。
 あれを夕飯とは、誰も言えなかっただろう。
 エスカレートしていく居間……。
 『飲酒解禁』『マスターの暴走』『バーサーカーの現界』etc……。

 今日から明日に変わる時間、士郎は、例によってアインツベルンに電話を入れる。
 セラとの第2戦の幕開けである。



  第49話 衛宮邸の団欒②



 何度目かのコールの後、電話が繋がる。
 楽しい事が始まるとイリヤは、スピーカーのボタンを押す。
 セイバーを除く全員が、何が始まるのかと聞き耳を立てる。


 『ハイ。』

 「……セラか。」

 『また、貴方ですか。
  衛宮士郎。』

 「また、イリヤを預かっている。」

 『そんな事だと思いました。
  貴方は、お嬢様の魅力に魅入られた獣のようですね。』

 「相変わらずの毒舌だな。
  アインツベルンは、メイドの教育が成っていないようだ。」


 …


 セイバーにライダーが話し掛ける。


 「何なんですか?
  この殺伐とした対決姿勢の会話は……。」

 「ええ、私は、これで2度目になります。
  会話しているのは、イリヤスフィールのメイドなのですが、
  シロウとの相性は最悪です。」


 セイバーの落胆する雰囲気に覚えがある全員は修羅場を予感する。


 …


 『貴方程度の俗人に高貴なお嬢様に仕えるメイドの教育など、
  お分かりになるとは思えませんが?』

 (きついわね……。
  電話の相手に、ここまで切って捨てるなんて。)

 「ほう。
  そのお嬢様は言っていたぞ。
  『一兵士の方が料理が上手い』と。」

 『何を馬鹿な……。』

 「己を恥じるがいい。
  セラは、負けたのだからな。
  お前の負けは、アインツベルンの負けだ。」

 (いや、どう考えても、そんな大それた事にはならないわよ。)

 (士郎は、今日も絶好調ね。)

 (イリヤスフィールが訪れた時の恒例の儀式みたいになって来ました。
  どちらかと言うと悪魔系の儀式ですが……。)

 『まさか、貴方ごときに遅れを取るとは……。』

 (以外に素直だな……セラという人物。
  小僧の嘘かもしれんというのに。)

 「俺は、料理をしていない。
  今日、料理をしたのは俺の部下だ。」

 『くっ!
  私は、二番煎じに負けたのですか!?』


 …


 赤い主従が、怒りを灯す。


 「あの馬鹿!
  私は、いつお前の部下に成り下がったというのだ!」

 「人のサーヴァントを勝手に!」

 「シロウは、その場の勢いで言っていますから、
  真面目に考えると持ちませんよ。」

 「まだ、続くんですか……。」


 セイバーの言葉に、桜は、少し怯えた声で呟く。


 …


 「本題を話したいのだが、いいか?」

 『ええ、承ります。
  今回の怨恨は、必ずリベンジします。』

 (第1ラウンド終了かしら?
  ポイントでは、士郎がリード?)

 「イリヤを2,3日借り受けたい。」

 『は?
  何をおっしゃっているのです!?』

 「アインツベルンの魔術の知識が必要なんだ。」

 『余所の魔術師の知識を
  おいそれと公開出来る訳ないでしょう?』

 「そこは、分かっている。」

 『では、一体何なのです?』

 「俺は、御三家の間桐の魔術書を手に入れた。」

 『な!?』

 「その解読にイリヤの力を借りたい。」


 …


 凛が、セイバーに話し掛ける。


 「本当?」

 「はい。
  本棚から全て持ち出しました。」

 「それって魔術師としての禁を侵してるわよ。」

 「士郎の言い分だと
  自分は魔術師じゃないから、いいそうです。」

 「デタラメね。」


 電話の声も同じ事を指摘する。


 …


 『それは、魔術師として如何なものでしょうか?
  そんな事をすれば、他の魔術師達から罵倒されますよ。』

 「セラ……。
  俺は、魔術師じゃない。
  しかも、こんな偏狭の東の地の出来事が伝わると思うか?」

 『それは……。』


 …


 凛が頭を押さえる。


 「冬木の管理人として、どうなんだろう?
  魔術師の領域を侵す事態が目の前で行われている。
  しかも、そいつは、アインツベルンを巻き込んで誘惑しようとしてる。」


 …


 士郎の悪魔の囁きは止まらない。


 「大丈夫だ。
  罪は、俺のせいにすればいい。
  間桐が、なんと言おうとだんまりを決め込めばいい。」

 (だんまりも何も、臓硯は、倒してしまったではないですか……。
  いや、シロウの事です。
  それを知っていて、セラを落とそうとしているに違いありません。)

 『しかし、お嬢様は……。』

 「イリヤも、了承済みだ。
  『上手くいけばアインツベルンは、冬木に来ないで独自の道を開拓出来るかも』と言っている。」


 …


 イリヤは呟く。


 「わたし、言ってない。」

 「そうですよね……。
  シロウが勝手に話した事です。
  それが、イリヤスフィールが言った事に摩り替わっている。」


 …


 『分かりました。
  アインツベルンは、密かに手を貸しましょう。』


 …


 「遂にアインツベルンが落ちたわ。
  冬木の管理人の前で、堂々と密約が交わされたわ。」


 …


 「冬木の管理人は、任せてくれ。
  俺は、アイツの弱点を知っている。
  アイツも巻き込んで共犯にする。」

 『衛宮士郎……。
  貴方が、こんなに頼もしいとは思いもしませんでした。』


 …


 「弱点って、何よ?」

 「気になりますね。」

 「凛、ここで問い詰めない方がいい。
  この場に居る全員に聞かれる。」

 「そうね。
  後で、ゆっくりとアイツの体に制裁という問い掛けで聞くわ。」


 …


 「問題は、イリヤの着替えとかなんだが……。」

 『安心してください。
  改築から全てをあわせて、二時間で何とかして見せます。』

 「待て!
  俺の家を改築するのか!?」

 『当然です。
  お嬢様には、相応しい場所を用意しないといけません。』

 「いやでも、ご近所に迷惑も掛かるし……。
  家は、武家屋敷だから……。」

 『抜かりはありません。
  見事に改築して見せます。
  それに……これが通らないようであれば、条件は飲めません。』

 「っ! 了解だ。
  ただし、一部だぞ!
  角部屋だけだからな!」

 『お任せください。』


 …


 赤い主従は、首を傾げる。

 「変な流れになって来たわね。」

 「揚子江とアマゾンが合わさった位にな。」


 …


 『では、二時間の時間を頂きます。』

 「分かった。」

 『…………。』

 「どうした?」

 『衛宮様。
  一つ、お礼を言って置きます。』

 (衛宮様?)

 『先日、頂いた絵です。』

 「ああ、あれか。
  鉛筆のデッサンだぞ?」

 『はい。
  モネやフェルメールなどの巨匠に比べれば、足元にも及びません。』

 (モネ? フェルメール?
  ナディアのネモ船長しか頭を過ぎらん。)

 『しかし、あの絵は、温かくていいものです。
  額に飾って大切にしてあります。』

 「そこまでして貰わなくても……。」

 『あの絵には、私達が居ます。
  それだけで大切な宝物なのです。
  お嬢様、リズ、バーサーカー、私。
  もしかしたら、誰一人として存在しなかったかもしれないのです。』

 「?」

 (そういえば、イリヤは、やけに嬉しそうだった。)

 『ありがとうございました。では。』


 電話は、プツリと切れた。


 「なんだ?
  最後に強烈なカウンターを喰らった気分だ。」


 不思議がっている士郎の顔を見ながら、イリヤは、セラの気持ちが分かっていた。
 作られた者の定め。
 それは、創造者の気まぐれで自由にされる。
 『あの絵には、私達が居ます』その言葉には、どれ程の思いが込められていたか。

 士郎は、首を傾げてイリヤに話し掛ける。


 「セラが変だ……。」

 「セラは、優しいよ。
  ただ、一生懸命だから言葉もきつくなるだけ。」

 「俺限定って事はない?」

 「少しある。」

 「なんか事情があるのかな?
  まあ、いいや。
  ・
  ・
  それより、二時間で改築って、どんな魔法だ?」

 「そろそろだと思うよ。」


 外では、けたたましい音が始まる。
 まるで、何かが大量に駆け抜けて行くようだ。


 「イ、イリヤ……。
  これは?」

 「分かんない。
  多分、セラがお金に物を言わせてやってると思う。」

 「…………。」

 「アインツベルンって、サーヴァント呼ばずにセラを戦わせれば?」

 「フフ……。
  それもいいかも。」

 「それにしても……。
  俺以外は、動じないな。」

 「みんな落ちてんのよ。」

 「え?」

 「士郎もお酒飲んだみたいだけど、
  他のみんなの前をよく見てよ。」


 テーブルには、山がある。
 もう、誰が飲んだか分からない量である。


 「俺は、自分が弱いの知ってるから飲まなかったけど。
  イリヤは……未青年か。
  遠坂は……自分でリミッター外してたな。
  サーヴァントの連中は……何故か飲み比べの対決になって酔い潰れたんだ。
  コイツら、この体たらくで、どうやってマスターを守るんだ?
  ・
  ・
  そうだ! 桜は!?
  アイツは、この家の唯一の真人間だ!」

 「真人間だから、真っ先に凛に潰された。」


 士郎は、がっくりと跪く。


 「馬鹿ばっかだ……。
  いや、おかしいだろ!?
  さっきまで、普通に突っ込んでただろ!?」

 「途中に『…』が、あるでしょう?
  あの時、士郎が言った事件が起きてたのよ。」

 「誰に伝わるんだ?
  そんな微妙な設定……。」

 「いいじゃない。
  改築済むまで、ゆっくり話でもしましょう。」

 「いいけどさ。
  なんで、コイツら静かになったわけ?」

 「士郎は、何も知らないのね。
  酔っ払いは、放置されると寂しくて寝てしまうのよ。」

 「そんな設定初めて聞いた。」

 「よく覚えて置くといいわ。」

 「なんか、どんどん聖杯戦争から離れて行くな。」

 「それはそうよ。
  マスターとサーヴァントが4組も居て戦わないんだから。」

 「挙句の果てに宴会して酔い潰れて……。
  俺、初日にこっ酷くセイバーに怒られたんだけどな。」

 「見る影もないわね。」

 「大体、バーサーカーと飲み比べして勝てる訳ないんだよ。」

 「体積からして違うもんね。」

 「その通りだ。
  アルコールを分解する肝臓がでかいんだから、勝負にならんだろう。」


 一息つくとイリヤは、真剣な顔になる。
 今、この場には、士郎とイリヤしか意識を覚醒させている者は居ない。


 「…………。」

 「士郎、そろそろ本当の事を教えて。
  どうして魔術書を解読するのか。」


 士郎は、周りを確認するとイリヤにそっと話し出す。


 「本当は、遠坂にも一緒に聞いて欲しかったんだけど。
  桜の体についてなんだ。」


 イリヤは、桜の髪の色を見る。


 「人体の修正を受けているのね。」

 「そう。
  臓硯から奪った資料を見て、なんとかなりそうなんだけど。
  完全な解読は、俺や他のサーヴァントじゃ無理なんだ。
  そうなると生粋の魔術師に頼むしかなくて……。」

 「なるほどね。」


 士郎は、桜を見て溜息をつく。
 そして、魔術師に対する本音が少し漏れる。


 「俺、魔術師って、よく分かんないよ。
  そこに自分があって自分がないようで。」

 「難しい例えね。」

 「だってさ。
  一族の積み重ねて来たものを完遂させるために自分を犠牲にしている。
  確かに自分の選んだ道だけど、自分の意思がないようでさ……。
  しかも、目的達成のためには、なんでもありで事を進めてる。
  聖杯戦争にしろ、人体修正にしろ、他人に迷惑掛けなきゃ達成出来ない。」

 「否定出来ないわね。」

 「な~んで、そんな生き方しちゃうかな?
  人より一歩秀でた存在が魔術師なんだからさ。
  そう思うと一般人として、同じ弱者の桜をなんとかしたくなっちゃうわけ。」

 「生まれた時から、それを当たり前って思っちゃうと
  士郎みたいに考えられなくなっちゃうかな?
  周りが魔術で染まっているから、普通の人の事を忘れちゃうの。」

 「でも、俺は、イリヤと話をしていて楽しいぞ。
  これは、共通の思いなんじゃないか?」

 「うん。
  そうだね。
  わたしも士郎と話すと楽しい。
  ・
  ・
  違うかな……。
  士郎と話して楽しい事に気付いた。
  こんな馬鹿みたいな事は、周りで起きないもの。」

 「じゃあ、今、気付いてよかったな。」

 「うん。」

 「俺は、魔術師じゃないから何も知らない。
  だから、分からなくても出来なくても、なんとかしたいと暴走する。
  最後は、結局、他力本願で行動を実行する。
  ・
  ・
  すまないねぇ、イリヤにはいつも頼ってばかりで。」

 「お兄ちゃん、それは言わない約束でしょう?」

 「…………。」

 「ここで悪代官でも出てくれば、話が進むんだがな。」


 居間の障子が開き、白いメイド服の女性が現れる。


 「お嬢様、全て終わりました。」

 「悪代官の登場だ。」

 「誰が悪代官ですか! 衛宮士郎!」

 「セラは、俺を見て分かるんだな。」

 「当然です。」

 「そっちの赤いのが
  衛宮士郎かもしれんだろう?」

 「小物を見極める選定眼は、持ち合わせています。」

 「相変わらずだな……。
  いや、想像通りの人物だ。」


 士郎とセラの間に、イリヤが割って入る。


 「セラ、ありがとう。」

 「お嬢様、私も、ここでお世話をします。」

 「大丈夫よ。
  お城のリズも一人だと心配だし、大事な物の管理はセラのお仕事よ。」

 「…………。」

 「分かりました。
  衛宮士郎、くれぐれもお嬢様に粗相のないように!」

 「分かった。
  ・
  ・
  それにしても、二時間どころか30分ぐらいだぞ?」

 「一般庶民には分からない事もあるのです。
  ああ、ついでに庭も直しました。
  バーサーカーが暴れた後だったようなので。」

 「それは助かった。
  ありがとう。」

 「意外ですね。
  貴方は、礼も言えない人格破綻者だとばかり思っていたのですが。」

 「何を参考にして、そういう判断に至ったんだ?」

 「貴方の言動とお嬢様の話からです。」

 「なんか聖杯戦争が始まってから、変な二つ名が増えていくな。」

 「これで貸し借りはなしです。」

 「貸しなんてあったか?」

 「ええ、確かに返しました。
  では、お嬢様。
  失礼いたします。」


 白いメイドは、一礼するとそそくさと引き上げて行った。


 「凄いな……アインツベルン。」

 「そう?」

 「なんでもありだ。
  聖杯要らないじゃん。」

 「魔法を完成させるには必要なのよ。」

 「分からん。
  やっぱり、魔術師の考える事は分からん。」


 混乱する士郎の横で、イリヤが目を擦り欠伸をする。


 「士郎、わたし眠くなっちゃった。」

 「そうだな。
  この酔っ払い共は、このままにして寝ようか?」

 「うん。」

 「でも、その前に……。」


 士郎は、泥酔して爆睡している面々の手足を紐で繋ぐ。
 居間の中に巨大な綾取りが出現する。


 「さあ、寝よう。」

 「顔に落書きでもするのかと思ったけど……。
  士郎は、斜め上を行くわね。」

 「明日が楽しみだ。」

 「早起きしなきゃね!」

 「いやいや、きっと叫び声が目覚ましになる。」


 士郎とイリヤは、静かに居間を出る。
 衛宮邸に見事に出現した洋風の扉に度肝を抜かされながら、士郎とイリヤは、床に着いた。



[7779] 第50話 間桐の遺産①
Name: 熊雑草◆890a69a1 ID:9b88eec9
Date: 2010/08/27 00:30
 == Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==



 明方……。
 張り詰める静けさと冷気の中で士郎は、目を覚ます。


 「ダメだ。
  体が鍛錬を忘れるなって起こしに掛かる。
  ・
  ・
  仕方ない……少し早いが起きるか。」


 士郎は、私服に着替えると天地神明の理を持ち、部屋を出る。


 「昨日、風呂入ってないな。
  酔っ払い共も朝風呂に入るかもしれん。」


 士郎は、鍛錬の前に洗濯機を回し、風呂掃除を始めた。



  第50話 間桐の遺産①



 風呂掃除を終えて、水を張り直し、釜に火を入れる。
 酔っ払いの居る居間を通り過ぎ、玄関から庭へ出る。


 「あの荒れ果てた庭が本当に直ってる。
  セラに感謝だな。」


 続いて、衛宮邸の奥へと目を移す。
 そして、イリヤの居る角部屋で静止する。


 「セラ……。
  ワザとか?
  ・
  ・
  いや! ワザとだ!」


 衛宮邸の角部屋は、造形の美しい白亜の宮殿に生まれ変わっていた。
 武家屋敷と西洋の宮殿のコラボレーションは、何とも言えない異様な雰囲気を醸し出していた。
 士郎は、今はいないメイドに怒りを覚えつつ土蔵に向かった。


 「すまんな。
  忘れていた訳じゃないんだ。
  今日も頼むよ。」


 士郎は、天地神明の理に話し掛けると柄を握り、集中し始める。
 直にピンと張り詰めた空気が土蔵を覆う。


 (早い……。
  柄を握った瞬間に、一体になった。
  俺が成長したのか? それとも天地神明の理の特殊能力か?)


 士郎は、疑問を振り払いイメージトレーニングを始める。
 サーヴァントの桁違いの動きを目の当たりにしてから、敵のイメージは何度か修正している。
 士郎は、更に昨日得た情報を敵に付加する。
 ライダーの宝具の威力……。
 敵に必殺技と呼べる奥の手を付加する。

 結果、士郎は、イメージでボコボコにされる。


 「手が付けられない。
  ただでさえ、動きをセイバー以上に設定しているのに、
  ライダーの宝具を与えたら、迂闊に近づく事も出来ない。
  ・
  ・
  天地神明の理で宝具の魔力も吸い切れるのか?
  それが出来れば、少し粘れるんだけど。」


 士郎は、慎二の攻撃を思い出す。
 天地神明の理は、慎二の偽臣の書による攻撃を確かに吸収して見せた。


 「問題は、受け皿になる俺の体が、
  どれだけ魔力を蓄える事が出来るかだな。
  容量を超えれば、きっと破裂する。
  ・
  ・
  そういえば、ライダーから奪った魔力を体内に入れっぱなしだ。
  あれを試してみるか。」


 士郎は集中し、昨日奪い取ったライダーの魔力と自分の中の黄金の光の塊を認識する。
 ライダーの魔力を少しだけセイバーに送るため、魔力の変換をイメージする。
 作業は、思いのほか簡単だった。
 黄金の光の塊自身がセイバーをよく認識しているようで、ライダーの魔力をセイバーの色鮮やかな青に変換する感じで滞りなく処理してくれた。
 そして、とりあえず、今は、ライダーの残りの魔力を体の中に残して置く事にした。
 もしかしたら、何かの役に立つかもしれない。


 「う~ん。
  なんかこの黄金の光って、セイバー贔屓な気がするな。
  ライダーの話じゃ、俺の体力を奪ってるっていうから、
  きっと、コイツがやってんだ。
  なんなんだろう?
  多分、マスターのイリヤや遠坂や桜にもあるんだろうな。」


 士郎は、天地神明の理を握り、再びイメージトレーニングを始める。
 戦いの際には、相手の宝具攻撃を天地神明の理から魔力を吸収して防ぐ事をイメージして。
 そして、己の中の黄金の光に奪った魔力を注ぎ込むように。


 …


 士郎が起きてから2時間後、イリヤが目を覚ます。
 御付きのメイドが居ないため、朝の支度やお茶がないのを少し残念に思いながら着替えをする。
 自分の部屋を抜け出し、士郎を探索に行く。
 士郎の部屋は、もぬけの空になっていた。

 目を閉じて魔力を感知しようとする。


 「士郎って、魔力ないんだった……。
  ・
  ・
  あれ? ライダーの魔力が2つ?
  消えていく……。
  何? この変な魔力の動きは……。
  ・
  ・
  変……デタラメ……士郎だ!」


 イリヤは、魔力の消えた土蔵に向けて走り出した。


 …


 土蔵の中での士郎は、本日、イメージの敵に4敗目を喫していた。


 「ダメだ~!
  強い! 強過ぎる!
  木刀じゃない分だけ、強度が増したのに吸収し切れない。
  あの連続攻撃が手に負えない。
  こっちは、1回受け流すだけで慣性殺して衝撃吸収するから、
  どうしても動きが大きくなる。
  だけど、魔力を通した攻撃は、通常攻撃の威力が上がるから、
  大振りに変わっても動作が大きくなる事がない。
  ・
  ・
  変えないといけない。
  新しい型に……。
  威力は、全部消せないにしても連続で受け流せるように。」


 士郎は、集中を解く。
 頭を柔軟にして考える。
 衝撃を吸収するため、力を抜くのは大事だ。
 しかし、体を動かす時は、筋肉を動かし力を入れなければいけない。
 この時、筋肉を締める事で骨格が固定され、衝撃が分散されず体に伝えてしまう。
 では?


 「衝撃の慣性が通り過ぎた後に次の攻撃が始まるまでに筋肉を動かす。
  無理無理……。
  筋肉は繋がっている。
  体を動かす時には、一連の通り道がある。
  そこを動かす筋肉を選ぶ事なんて出来ない。
  ・
  ・
  まず、衝撃を全部消すために、同じ方向に飛ぶ距離を抑えよう。
  これだけでもモーションが少し減るから、体を立て直す時間は稼げるはずだ。
  ただ、抑え過ぎると攻撃を貰って余計に体勢が崩されるから……。
  ・
  ・
  一朝一夕で、なんとかならんぞ。
  もう、聖杯戦争始まってんだから。
  ・
  ・
  そうだ! いっそ、ぶっ飛ばされるんだから、
  飛ばされる事と次の攻撃の動作を関連付ければ……。
  だったら、型の改造なんていらないし。
  そもそも、それを失敗してるから考えてんじゃん……。」


 八方塞がりだった。
 とりあえず、思いつくまでは、慣性の方向へ飛ぶ練習をしようと士郎は思う。
 そして、土蔵の中で試行錯誤しながらピョンピョンしているとイリヤがやって来た。


 「士郎が狂った……。
  ・
  ・
  だったら、いつも通りか。」

 「開口一番が、その一言かイリヤ……。
  昨日の宴会で要らない知識を植え付けられたようだな。」

 「何してたの?」

 「刀を使った訓練。
  俺、魔術師じゃないから、何かしてないと死んじゃうだろ?」

 「そうだね。
  何もしてなかったら、バーサーカーに2人にされてたもんね。」

 「上士郎、下士郎です……みたいな。」

 「そうそう。」

 (笑えんな……。)


 笑顔のイリヤにゲンナリと落ち込む士郎。
 その時、居間から悲鳴が聞こえる。


 「トラップ発動!」

 「セイバーの声っぽかったね。」


 続いて聞き覚えのある悲鳴。


 「ライダーだな。
  蜂蜜の時に聞いた。」


 そして、姉妹の息の合った悲鳴の不協和音。


 「凄いな……。」

 「サーヴァントの悲鳴って貴重よね。」

 「英雄だから、戦いに敗れても悲鳴はあげなさそうだもんな。」


 続いて、アーチャーの悲惨な悲鳴があがる。


 「なんで、アーチャーも悲鳴をあげるんだろう?」

 「悲鳴じゃないな。
  呻き声だ……。
  行き場のない皆の拳が、アーチャーに向かったと見た。」

 「さすが、士郎。
  こういう分析は得意ね。」

 「任せてくれ。」

 「悲鳴がやんだね。」

 「このままでは、紐をただ解かれてしまう。
  イリヤ、バーサーカーに遠隔で命令出せないか?」

 「う~ん。
  明確なイメージを伝える必要があるから、言葉よりも難しいけど……。
  出来ない事もないよ。」

 「じゃあ、俺が取るポーズをバーサーカーに取らせてくれ。
  バーサーカーにも紐は結んである。」

 「いいよ。」


 士郎は、『ヒーロー見参!』のポーズを取る。
 居間から、再び悲鳴が聞こえる。
 バーサーカーに全員引っ張られたのだろう。

 続いて、モーニング娘。の『LOVEマシーン』を踊ってみる。
 居間から阿鼻叫喚の悲鳴が聞こえる。


 「まだ、やれるか?」

 「く……ふふ……あはは。
  もう、無理……。
  笑い堪えてバーサーカーに命令送れない。」

 「そうか。
  次は、ラジオ体操をするつもりだったんだが。」

 「士郎、そろそろ戻らない?」

 「そうだな。
  鍛錬も行き詰まった事だし。」


 イリヤと士郎は、土蔵を出て居間に向かった。


 …


 魔界の扉を開くが如く、居間の障子を開ける。
 居間の真ん中には、バーサーカーに絡みついたサーヴァントと人間の塔が建っていた。


 「これは、一つのアートだな。」

 (さすが、イリヤ。
  バーサーカーを暴れさせても居間を壊していない。
  ここで食事をするのを理解しているからかな?)


 イリヤは、お腹を抱えて笑っている。


 「そこのちっこいの!
  笑い過ぎよ!」

 「凛、今の状態、分かって言ってるの? えい!」


 イリヤは、凛の脇をツンツンと突っつく。


 「こら! やめなさい! くすぐったい!
  あはははははははははは!」


 自分達に自由はないんだと再認識する塔の住人達。


 「シロウ……。
  貴方の仕業ですね?」

 「違う。」

 (あっ。
  士郎の嘘が始まった。)

 「言い逃れは出来ませんよ。」


 セイバーの声で他の住人の目にも殺気が篭る。
 士郎は、徐に溜息をついてみせる。


 「お前さ……。
  昨日の惨劇を全て覚えているのか?」

 「…………。」

 「……何処からですか?」


 その言葉を聞いて、全員記憶がない事を認識させられる。


 「あの場でな。
  意識があったのは、俺とイリヤだけだ。」

 「では、間違いなく犯人は……。」

 「だから、一部始終を知っている。」

 「…………。」

 (士郎は、間の使い方が上手いんだな。
  相手を誘導するから、士郎が仕方なく答えている様に思わされるんだ。)


 イリヤは、やり取りを観察しながら感嘆する。


 「何があったのでしょう?」

 「これをやったのは、セイバーとライダーとアーチャーだ。」

 「え!?」
 「なに!?」
 「我々が!?」

 「バーサーカーと飲み勝負したのは覚えているな?」


 三人のサーヴァントが頷く。


 「同時に、そこから記憶がないのも。」


 三人のサーヴァントが頷く。


 「お前達は、勝負は無効だと言いすがり、
  『誰一人逃げられないように』と紐で自分達を拘束したんだ。」

 「…………。」

 「それなら、シロウ達も拘束されているはずでしょう?」

 (意外と鋭いな。
  しかし……。)

 「お前達が、『飲めない奴に用はない』と放り出したんだろうが。」


 「「「うっ。」」」


 記憶がないから証拠もない。
 士郎の言葉が事実に置き換わっていく。


 (完全に士郎のペースね。
  それにしても、どうして嘘をこうも堂々と言い放つ事が出来るんだろう?)

 「疑いを掛けて、申し訳ありません。
  シロウ……出来れば、この紐を切って欲しいのですが……。」

 「分かった。
  イリヤ、バーサーカーの力で断ち切ってくれ。」

 「「「「「待った!!」」」」」

 「どうした?」

 「こんなに絡み合っているのに
  バーサーカーの力で断ち切ったら痛いでしょう!?」

 「セイバー……。
  『痛い』じゃ済まないわよ。
  骨とか折れるわ。」

 「士郎、今のはなしの方向で。」

 「そうか。
  じゃあ、頑張ってくれ。」


 士郎は、台所に向かおうとする。


 「待て! 小僧!
  とりあえず、外せ!
  それとお前楽しんでいるだろう?」

 「呆れてるんだよ。」

 「喧嘩を売っているのだな?」


 士郎は、アーチャーを無視してイリヤを見る。
 『もういいんじゃないの? わたしは十分楽しめたわ』とイリヤが頷く。


 (仕方ない。
  ここまでにしとくか。)

 「小僧! 無視をするな!」

 (必死だな……アーチャー。
  美女達と絡まってんだからいいじゃないか。)

 「霊体化だ。」

 「なに!?」

 「なんで、お前ら霊体化して抜け出さないんだよ。」

 「「「あ。」」」


 サーヴァント三人が、目の前から消えると紐と服が残される。
 そして、直ぐに武装した姿で目の前に現れる。


 「大丈夫か?」

 「いいえ……。」
 「あまり……。」
 「最悪だった……。」


 続いて、イリヤの命令でバーサーカーが姿を消す。
 そして、残される姉妹。


 「お前らも、早く霊体化しろよ。」

 「出来るか!」

 「じゃあ、縄抜けの術でも。」

 「魔術師は、マジシャンじゃない!」

 「じゃあ、桜だけでも。」

 「わたしも助けなさいよ!」

 「怒るならあっちな。」


 士郎は、無実のサーヴァント三人を指差す。
 アーチャーは、台所へ。
 セイバーとライダーは、ゴミを片付け始めた。


 「逃げやがった……。」

 「あの……衛宮先輩。
  本当に外して貰えないでしょうか?」

 「…………。」

 「あの……?」

 「なんか、その格好エロイな。」


 桜が赤面し、凛とイリヤのグーが士郎に炸裂する。


 「「セクハラ!」」

 「っ!
  遠坂……お前、やっぱり縄抜け出来るんじゃないか!」

 「へ?
  ・
  ・
  違うわよ!
  これは……ツッコミ入れようとしたら抜けたのよ!」

 (便利な特殊能力を持っているじゃないか……。)


 士郎は、桜のところに行くと紐を一本引っ張る。
 すると桜に絡みついた紐は、全て解けた。


 「あ、ありがとうございます。」

 (どうやったんだろう?)

 「あんた、一体何者なのよ?」

 「こんなもん。
  ここに住んでれば、自然と身につく。
  暴れ虎は、自分で絡まったり絡ませたりするからな。」

 「藤村先生……。」

 「さて、朝食だな。
  しかし……。」


 士郎は、凛と桜を見る。


 「何よ?」

 「酒臭い女の子って引くな。」


 凛と桜が、ショックで固まる。


 「凛、魔術で分解したら?」

 「そんな事出来るのか?」

 「出来るよ。」

 「へー。」

 「それもするけど、朝風呂に入る!」

 「我が侭だな。」

 「うるさいわね!」

 「火は点いてるから、いつでも入れるぞ。」

 「気が利くじゃない。」

 「俺が入るつもりだったんだ。」

 「まあ、いいわ。
  桜、行くわよ。」

 「あの…姉さん……。
  昨夜も一緒に入りましたけど?」

 「いいのよ。
  今まで出来なかった事なんだから。」


 凛は、桜を連れて出て行ってしまう。
 士郎とイリヤは、密かに親指をビシッと立てた。


 …


 アーチャーが朝食を作り、居間の片付けを他のメンバーで行う。


 「セイバー達は、酒臭くないんだな?」

 「サーヴァントは、一度、霊体化して現界すれば元通りです。」

 「便利だな。」


 感心している士郎に、ライダーが真剣な顔で質問をする。


 「士郎、これからの事ですが……。」

 「うん?」

 「いつから始めるのですか?」

 「間桐の魔術書の解読か?
  イリヤには、もう協力をお願いしたんだ。」

 「うん。
  魔術師の等価交換も成立しているわ。」

 「後は、遠坂に事情を話すだけだ。
  でも、作業は、今日から実行しよう。」

 「はい。」

 「で、役割分担なんだけど……。
  魔術書の解読出来るのは、イリヤと遠坂の二人。
  この二人は、調査に専念して貰う。
  セイバーとライダーは、桜の心のリハビリを頼む。
  セイバーから、昨日、聞いているから引き続き頼む。」


 セイバーとライダーが頷く。
 ライダーは、この後、セイバーにお礼を言っていた。


 「残りは、俺とアーチャーなんだが。
  アーチャーは、見張りをお願い出来ないかな?」

 「何故だ?」

 「多分、残っているクラスで危ないのがアサシンだと思うんだ。」

 「他のランサー、キャスターも危ないと思うが?」

 「ランサーとキャスターは、正攻法の考えを持っていると思う。
  だから、多勢に無勢の無理な攻撃はしないと思う。
  だけど、アサシンは別じゃないか?
  気配を遮断出来るなら、目視するしかない。
  確かクラスの中で遠見が優れているのは……。」

 「了解した。
  貴様の考えは正しい。
  監視は、私がしよう。」

 「で、残るのは俺だが……。
  役割がない……。」

 「…………。」


 居間が沈黙する。
 士郎は、魔術師でもなければサーヴァントでもない。


 「士郎も、桜と会話をしてくれればいいと思いますが?」

 「自分で言うのもなんだが……。
  俺と会話させて桜が変な方向に心を開放させたら、どうする?」


 全員の頭に士郎の行動が浮かび、それを桜に置き換える。


 「ダメですね……。」
 「却下ですね……。」
 「女の子で、あそこまでは……。」
 「士郎が二人に……。」


 再び、居間が沈黙する。


 「まあ、そういう訳だ。
  俺は、自分の部屋で大人しくしてるよ。
  よく考えたら、血を作らないといけないし。」

 「そうでしたね。
  重症のくせにピンピンしているから忘れてました。」

 「では、小僧は放っといて、他の面々は実行に移そう。」


 居間での作戦会議が終わり、風呂からあがった凛と桜が加わる。
 朝食は、いつも以上の賑やかさで終始した。


 …


 朝食の後、士郎とアーチャーが凛を廊下で捕まえる。


 「遠坂。
  ちょっと、いいか?」

 「珍しいわね。
  あんた達、二人でなんて。」

 「凛、真面目な話だ。
  桜の事についてだ。」


 凛の顔が真剣なものに変わる。
 魔術師としてのスイッチが入ったようだ。


 「君の事だから、もう、分かっていると思うが、
  桜の体は、修正を受けている。」

 「分かってる。」

 「どういう状態かも分かっているか?」

 「昨日、今日と一緒にお風呂に入って大体は……。」


 凛は、視線を廊下に落として俯いた。


 「小僧は、ライダーからその事を聞いたらしい。
  その時、間桐の魔術書を持ち出した。」

 「犯人は、士郎だったの……。」

 「それは、希望を見出すためだ。」

 「希望?」

 「君の魔術の知識があれば、何とかなるかもしれない。」

 「……本当?」

 「確信はない。
  しかし、出来なくはないと思っている。
  君は、私が認めた優秀な魔術師だ。」


 凛は、顔を上げる。
 自分の見立てでは、間桐の人体修正は何をしているか検討がつかなかった。
 アーチャーの言葉だけでは、心許無いと士郎にも顔を向け目で訴える。


 「とりあえず、こう考えている。
  桜の体の修正は、蟲を使っている。
  だから、その蟲をコントロールして外に追い出す。
  この考えの根本は、臓硯の肉体が蟲で出来ていた事に起因するんだ。
  蟲を操って体を作っていたなら、蟲を操作する事が出来るって。
  だから、間桐の遺産を紐解いて救い出す。
  残念ながら、これが出来る魔術師を俺は、二人しか知らない。
  遠坂とイリヤだ。
  イリヤは、間桐の魔術書の知識を提供する事で協力してくれるってさ。」

 「……あ。
  ……たすかる…助かるんだ。
  桜…桜、助かるんだ。」


 諦め掛けていた可能性が開かれたため、凛は、気が抜けるとしゃがみ込む。


 「安堵するのは……。」

 「分かってるわ!
  わたしが解読する!
  解読して、桜を救うわ!」

 「いつもの勇ましい遠坂だ……。」


 士郎に凛のグーが炸裂する。


 「女の子に勇ましいはないでしょう!」

 「なぜ、殴る?」

 「景気づけの一発よ!」

 「俺、関係ないじゃん?」

 「士郎を殴ると気合いが入るのよ!」

 「お前も、デタラメだ。」


 気合いの入った凛は、間桐の魔術書を解読するため、士郎の部屋に向かった。



[7779] 第51話 間桐の遺産②
Name: 熊雑草◆890a69a1 ID:9b88eec9
Date: 2010/08/27 00:31
 == Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==



 士郎は、凛と別れた後、風呂場に向かう。
 昨日からの疲れを体の汚れと一緒に洗い流すために。
 アーチャーは、霊体化するとそのまま屋根に向かい監視を始めた。

 士郎は、脱衣場の扉を開けて固まった。


 「下着が……。
  女性の下着がある……。」


 士郎は、見なかった事にして風呂場に向かった。


 「あれ、今後どうしよう?
  聖杯戦争終わるまで、アイツら居るんだよな。
  俺が、一緒に洗濯していいのか?」


 士郎は、湯船に浸かりながら葛藤し続けた。



  第51話 間桐の遺産②



 凛とイリヤは、士郎の部屋に来ていた。
 件の魔術書は、士郎の部屋にあったためだ。


 「さて、何処で作業しようか?」

 「わたしの部屋は、ダメよ。
  アインツベルンの魔術の知識が置いてあるんだから。」

 「わたしは、荷物は持って来たけど、
  まだ、自分の部屋にセットしてないのよね。」

 「?」

 「凛は、荷物持参して来たの?」

 「だって、桜を殺されたと思ったから、
  犯人探しの手伝いを士郎にさせるつもりだったのよ。」

 (士郎に手伝わないの選択権はなかったのね……。)

 「魔術書運ぶの面倒だし、ここで作業しましょうか?」

 「そうね。
  薬品の調合する訳でもないし。
  本を解読するだけなら、机があれば十分だわ。」


 凛とイリヤは、士郎に断りもなく部屋を占領し、魔術書の解読を始めた。


 …


 一方、居間では……。
 セイバー、ライダー、桜が台所に立っていた。


 「セイバー、料理をしようというのは構いませんが……出来るのですか?」

 「いえ、出来ません。」

 「…………。」

 「サクラ。」

 「は、はい。」

 「貴女は、シロウやアーチャーが料理を出来るのが悔しくありませんか?」

 「いえ、特には……。」

 「私は、アーチャーは、まだしも、シロウの料理が美味しいのが納得いきません。」

 「美味しい料理が食べれていいと思いますけど……。」

 「セイバー。
  私は、あなたの言っている事が少し分かります。」

 「ライダー?」

 「桜、あのデタラメな士郎が料理を作っているのですよ。
  我々に出来ないのは、おかしいと思いませんか?」

 「それは、日々の積み重ねなんじゃ……。」

 「それもありますが、シロウ如きに出来たものを
  我々、サーヴァントが、何日も掛けて身につけるものではないでしょう?」

 「でも……。」

 「桜、料理のレシピ本もあります。
  この通りに作れば間違いありません。」

 「そうです。
  間食の時間に合わせて挑戦してみましょう。」

 「どうせなら、三者三様で違うものを作り、食べ比べてみましょう。」

 「わたしは、自信ありません。」

 「では、始めましょう。」


 この時、彼女達は、自分達が地獄の扉を開けた事に誰一人気付いていなかった。


 …


 風呂からあがり、士郎は、自分の部屋の襖を開ける。


 「なんでさ?」


 部屋は、凛とイリヤに占領され間桐の魔術書が散乱している。


 「士郎、何しに来たの?」

 「ここは、俺の部屋なんだが……。」

 「今、わたし達が使っているから、隣の部屋を使って。」

 「ここ狭いだろ?
  本なら運ぶの手伝うからさ。」

 「手伝う気があるなら、士郎が部屋を替えて。」

 「…………。」


 士郎は、隣のセイバーの部屋に追い出された。


 「…………。」

 「まあ、いいさ。
  寝て血を作るだけだ。」


 士郎は、畳に大の字で寝転ぶと寝息を立て始めた。


 …


 魔術書の解読は、解読の糸口も見つからない状態だった。


 「全然、分からないわ。」

 「まあ、直ぐに解読出来るとは思わなかったけど。」

 「文字に手掛かりが有り過ぎて分からない。」

 「そうなのよね。
  イリヤが抜き出してくれた文字とわたしの抜き出した文字。
  ・
  ・
  これ、どう見てもよく知っている魔術文字なのよね。」

 「そう。
  そういったものが、本のあちこちに散乱してる。」

 「まさか、文字の中に文字を隠すとは……。
  これ、意味が分かっちゃうから、先入観に囚われて混乱するわ。」

 「はっきり言って、士郎が纏めたリストすら、どうやって纏めたか分からない。
  付箋のページの挿し絵を見て、どことなく判断はつくけど……。」

 「そうよね。
  臓硯の手記も同じ文字が使われてはいるけど……。」

 「…………。」

 「魔術文字を使っているという事は、何か意味があるのかも。
  意味を反対にしてみたりして試すしかないわね。」


 解読は、困難を極めていた。


 …


 居間では、三人の料理が完成する。
 台所は見るも無残な有様で、物がごちゃごちゃと散乱している。


 「では、試食を……。」

 「誰のものから試しますか?」

 「…………。」

 「自信はありますか? ライダー?」

 「あなた以上には……。」

 「では、見た目の悪い順という事で。
  私、ライダー、サクラの順番で。」


 三人の前に地獄の扉が置かれる。


 「セイバーさん、この料理の名前は、なんですか?」

 「確か……。
  ホットケーキと書いてありました。」

 「…………。」


 三人は、無言で視線を合わすと頷く。
 そして、地獄の扉Xを口に運ぶ。


 「「「ガリッ……。」」」

 「見た目ほどではないですね。」

 「ええ、入れ過ぎた砂糖が、
  ガリガリに焦がされてコーヒーの様な味がします。」

 「なんとか食べれま……。」


 桜が台所に走り出す。
 セイバーとライダーが疑問符を浮かべながら、食べ進める。
 そして、数秒後。
 同じ様に、台所に走り出す。


 「……凄く苦いです。」

 「しかも、あれだけ焦げているのに何故か生生地……。
  この生地が焦げて苦い……。」

 「こんなはずでは……。」


 台所で口を漱ぎ、水をコップ一杯飲み干す。


 「次は、ライダーです。」

 「セイバーのものは、見た目通りの結果でしたが、
  私は、本に忠実に作りました。」

 「期待出来ますね。」

 「見た目も、本の通りですね。」


 三人の前に、一口サイズに切られた第二の地獄の扉が置かれる。
 そして、地獄の扉Yを口に運ぶ。


 「…………。」

 「…………。」

 「…………。」

 「…………。」

 「…………。」


 三人は、台所に行って慎ましく処理する。


 「噛み切れませんでした。」

 「おかしいですね?」

 「ライダー、何を作ったの?」

 「ゼリーというものを……。」

 「私の料理と甲乙付け難いですね。」


 そして、残される桜の料理。


 「食べるのやめませんか?」

 「ダメです。」

 「そうです。
  我々だけ恥を晒して、サクラだけ逃げるなど。」

 「失敗前提で、会話しないで下さい。」


 三人の前に、第三の地獄の扉が置かれる。
 そして、地獄の扉Zを口に運ぶ。


 「「「サクッ」」」

 「…………。」

 「気のせいですかね?」


 三人は、再度、口に運ぶ。


 「味がしない……。」

 「歯応え食感は、完璧なのに……。」

 「クッキーを作ったつもりなんですが、
  これじゃあ、小麦粉食べているみたいです。」

 「あ。」


 セイバーが、台所から蜂蜜を持って来る。


 「何のつもりですか?」

 「シロウが、『甘さが、欲しいならこれをかけろ』と持参したのを思い出しました。」

 「あの時、蜂蜜を持っていたのは、そのためでしたか。」


 セイバーは、小皿に蜂蜜を絞る。
 そして、三人は、蜂蜜を少し付けて試食を再開する。


 「悪くないですね。」

 「しかし、一味足りないような。」

 「塩気ですかね?
  以前、食べた時は、若干の塩気があったような……。」

 「すいません。
  塩は、入れてません。」


 ライダーが、お茶を啜り結論を出す。


 「全員、失敗ですね。」


 居間には、ズーンと暗い影が落ちた。


 …


 凛とイリヤは、本を投げ出して悩んでいた。


 「意味を反対にしてもアナグラムみたいに置き換えても、
  一向に意味が見えて来ない。」

 「アインツベルンに伝わっている暗号解読を試しても分からない。」

 「何か暴れたい気分……。」

 「やめてよね、凛。」

 「士郎は、どうやって見極めてリストを作ったのかしら?」

 「リストぐらいなら、わたし達にも出来るわよ?」

 「でも、話を聞くと士郎は、全部の本を数時間でリスト化したって。」

 「これ全部!?」

 「そうよ。
  そのノートにあるリスト全部よ。」

 「それって……やっぱり、ある程度意味を理解してないと
  リスト化なんて出来ないんじゃないの?」

 「わたしも、そう思う。
  ・
  ・
  士郎に聞いてみようか?」

 「でも、アイツは、これ以上読めないから、
  わたし達に頼んだんじゃない。」

 「でも、ヒントになるかもしれないわ。」

 「…………。」

 「そうね。
  一歩も進んでいない今の状態よりは、マシね。」


 凛とイリヤは、隣の部屋の襖を開ける。
 士郎が大の字で寝ていると何だか腹が立って来た。


 「ムカつくわね。」

 「ええ。
  わたし達が必死に解読してるって言うのに……。」


 凛が、士郎を起こそうとして近づく。


 「にぃえっきし!」


 突然の士郎のくしゃみで転倒する凛。


 「ん? 何だ?
  どうしたんだ?
  ・
  ・
  遠坂、パンツ見えてるぞ。」


 寝起きで判断能力の落ちている士郎は、地雷を躊躇う事無く踏みつける。
 凛のグーが士郎に炸裂する。


 「って~~~!
  何すんだよ!」

 「あんたが、デリカシーのない事を言うからよ!」

 「あれ?
  なんで、ここに居るんだよ?」

 「イリヤ、本当にコイツを当てにしていいの!?」

 「わたしも自信なくなって来た。」

 「なんなんだよ、一体。」

 「士郎に聞きたい事があって。」

 「俺に?」

 「解読の事なんだけど。」

 「俺、字読めないぞ。
  特に横文字の類は。」

 「知ってる。
  でも、士郎は読めないのに
  あの大量の本をリスト化したでしょう?」

 「ああ、その事か。」

 「どうやったの?」

 「どうって……。
  俺は、遠坂やイリヤのように字が読めないからさ。
  みんな形で判断だよ。」

 「形?」

 「そう。
  文字を文字と見ないで形として判断したんだ。
  ・
  ・
  それに得られる情報は、挿し絵だけだろ?
  だから、挿し絵の表題から、これっていうものを見つけてから、
  その同じ形の多く載っているページを見て、
  この本が、そういうものだって判断したんだ。」


 凛とイリヤは、考え込む。


 「その過程の手記は残ってる?」

 「ノートの裏側から書いてあるよ。
  俺、表は大事な事書いて、裏にはメモを取る癖があるんだ。」


 凛とイリヤは、ノートの裏側を見る。
 そして、パラパラと数ページに亘って書かれたメモ書きを読み進める。


 「そうか。
  この魔術文字自体が、魔術師を騙すトラップだったのよ。」

 「生粋の魔術師なら魔術文字に目が行く。
  でも、士郎のように分からない者が見れば、
  ただの記号にしか見えない。
  つまり、魔術文字=記号なんだわ。」

 「おかしいと思ったのよ。
  士郎如きがリスト化出来るなんて。」

 「オイ!」

 「そうよね。
  士郎如きがわたし達より賢い訳ないものね。」

 「こら、チビッ子!」

 「士郎が馬鹿だから解読出来たのよ。」

 「こら、赤いの!」

 「そっか。
  士郎が馬鹿でよかったわ。」

 「人を馬鹿馬鹿と……。」

 「助かったわ。
  また、寝てていいわ。」


 赤と白の台風が去ると士郎は、一人部屋に残された。


 「なんなのさ?」


 士郎は、覚醒してしまった意識で寝転ぶが眠りにはつけなかった。
 凛とイリヤは、足掛かりを得ると水を得た魚のように解読を進め出した。



[7779] 第52話 間桐の遺産③
Name: 熊雑草◆890a69a1 ID:9b88eec9
Date: 2010/08/27 00:32
 == Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==



 凛とイリヤは、解読を快調に進めていく。
 新たな魔術文字を記号に置き換え、判明した記号に意味を付け加える。
 士郎のノートには、新たなページが加えられていく。
 暗号化の記号とパターンを掌握すると、優秀な魔術師二人の作業は止まる事無く滑らかに手が動き続ける。


 「悔しいわね。
  このノート。
  二割ぐらい解読済みだったわ。」

 「ええ、魔術師どうこうじゃないわ。
  士郎のあの能力は。」

 「ただ、本人が学校のテストで赤点を取らない事にしか使っていないのよ。
  解読に苦労していたわたし達のプライドを傷つけるわよね。」

 「なんて無駄な使い方を……。」


 凛とイリヤは、解読の手応えとともに士郎に対する怒りと脱力を感じていた。



  第52話 間桐の遺産③



 凛とイリヤは、一息つくために居間を訪れる。
 居間には、炭屑とゼリーとクッキー、そして……蜂蜜。


 「あら、おやつ用意したの?」

 「一息入れたかったんだ。」


 凛は、クッキーを摘まみ、イリヤは、一口サイズのゼリーを口に放り込む。


 「「「あっ!」」」


 居間で落ち込んでいた三人は、止めるタイミングを逸してしまう。


 「姉さん、直ぐ吐き出してください!」

 「イリヤスフィール、貴女も!」

 「「?」」

 「…………。」

 「…………。」

 「…………。」

 「…………。」

 「…………。」


 凛は、何とか飲み込むが、イリヤは、台所で慎ましく処理する。


 「「何のトラップよ!!」」

 「違うのです!
  シロウとアーチャーが、簡単に料理をするので
  我々も挑戦したのです!」

 「そして、食べ比べてみたのですが……。」

 「姉さん達と同じ様な事になって……。」

 「そういうものは、サッサと処理する!
  悲劇は、悲劇しか呼ばないわよ!」

 「アインツベルンのレディがする事じゃないわ!」


 一息つきに来たはずが、何故かお説教をする二人。
 そして、それを甘んじて受ける三人。
 その妙な叫び声に頭を抱えて監視を続けるアーチャー。


 「真面目に監視するのが、馬鹿らしくなって来た。」


 衛宮邸に真人間は、少なくなって来た。


 …


 目が覚えて眠れなくなってしまった士郎は、セイバーの部屋を物色する。
 と、言っても、2,3日前に現れたセイバーの私物などある訳もなく、出て来るのは自分のものばかりである。
 そんな中、机の上に綺麗に並んだ7匹のライオンに目が移る。


 「この前、取ったヤツか……。
  暇だし、これを改造するか……。」


 士郎は、裁縫道具を取り出すと1匹のライオンの頭の縫い目を解き始めた。


 …


 20分の休憩の後、凛とイリヤは、居間を出る。


 「エライ目にあったわね……。」

 「ええ、士郎にだけ気をつければと安心し過ぎていたわ。」


 溜息をつく二人だが、イリヤは、凛が、何処か嬉しそうに見えた。


 「どうしたの?
  少し嬉しそうだけど?」

 「ちょっとね……。
  失った時間って取り戻せるんだなって。」

 「桜の事?」

 「うん。
  正直、怖かったんだ……。
  わたしも桜も時間が経ち過ぎていたから。
  ・
  ・
  直ぐに元通りにはならない……いえ、過去を消せないのだから元通りにはなれないわね。
  この十数年の変化をお互い受け入れる事が出来るか怖かった。
  気持ちがいくら望んでも、叶わないかもしれないから……。
  ・
  ・
  でも、『桜とああいう思い出があればよかった』『こういう思い出があればよかった』
  そう思っていた時間が、さっきの居間にはあったの。
  失った時間にあったはずのものがね……。」

 「そういう意味ね……。
  凛は、桜が居てよかったわね。」

 「ええ……。
  本当にそう思う。
  ・
  ・
  だから、きっちりと仕上げるわよ!」

 「凛、感謝しなさい。
  アインツベルンが、こんな小事に力を貸すのだから。」

 「分かってるわよ!」

 (失われ時間を取り戻すか……。
  わたしは、士郎との時間を取り戻せるのかな?)


 凛とイリヤは、士郎の部屋に戻ると作業を再開した。


 …


 凛とイリヤが部屋に戻って来た事を隣に居た士郎は音で判断する。
 20分の間にライオンの子供は、鬣を生やした大人のライオンに変わっていた。
 士郎は、そのライオンを並んでいるライオンの真ん中に置く。


 「目立つな……。
  まあ、鬣が増えただけだし。
  他のところもいじろうかと思案したが、これぐらいが限度だな。
  考えた時間の方が無駄に長かった。」


 士郎は、欠伸を一つする。


 「単純な作業をして眠くなって来た。
  もう1回、血を作ろう……。」


 士郎は、再び大の字で眠り始めた。


 …


 居間のセイバー、ライダー、桜は、2匹の魔獣に叱られて、盛大に荒らした台所の片付けに入っていた。


 「まさか、叱責が飛び火して、
  台所を即座に片付ける羽目になるとは……。」

 「どちらにしろ、私達は、お菓子を堪能して寛ぐ時間がなかったのですから、
  結果的には、同じ状況になっていたでしょう。」

 「フォローになっていませんね。」

 「でも……楽しかったです。
  わたしは、みんなで作業する事も失敗する事も初めてですから。」

 「では、今度は、成功を目指しましょう。」

 「ええ、一矢報いなければなりません。」


 台所を片付けながらの反省会は、桜にとっては楽しいものだった。
 しかし、後半、セイバーの意気込みに押され、第2の魔界の扉を開ける布石がまかれた事は言うまでもない。
 これを打開するには、彼女に勝利をもたらさなければならないが、それが困難な事も言うまでもない。


 …


 日が傾き、夕暮れ時が迫る。
 衛宮邸にも電気の光が灯り、時刻は夜へと変わっていく。

 バンッと間桐の魔術書を積み上げ、士郎の部屋で凛とイリヤが笑みを浮かべる。


 「リスト化終了!
  これで魔術書を読めるわ!」

 「間桐の知識は、これでアインツベルンのものだわ!」


 妙なテンションで笑い続ける凛とイリヤ。
 隣の士郎は、薄気味悪い笑い声で目を覚ます。


 「終わったのか……?
  なんで、叫んでんだろう?
  ・
  ・
  ああ、試験終わった時のあのテンションか。」


 士郎は、起き上がると襖を開け、二人に声を掛ける。


 「盛大に盛り上がってるな。」

 「士郎、リスト化終わったよ。」


 イリヤが、士郎に抱きつく。
 そのイリヤをエライと士郎は、頭を撫でる。
 凛が、士郎に続きを話す。


 「明日から、裏づけを取るわ。」

 「で、明後日に実行か?」

 「いや、必要なクスリがあれば調合しないといけないわ。」

 「なるほど。」

 「魔術を行使するなら、それなりの儀式も必要かも。」

 「なるほど。
  とはいえ、そこまで算段がつくぐらいに進んだんだ。」

 「まあね。」


 士郎は、凛とイリヤを交互に見る。


 「やっぱり、凄いんだな。お前達って。」

 「当然よ。
  聖杯戦争のシステムを考案した家系なんだから。」

 「アインツベルンの歴史は深いのよ。」


 胸を張る二人を士郎は、何処となく誇りに思い、もう一つの事も聞いてみる。


 「ところで……。」

 「「?」」

 「お前達に取って都合のいいものは、何かパクれたのか?」


 答えは返って来ないが、凛とイリヤから妖艶な笑みが零れたので、それだけで士郎は理解した。


 「収穫有りって事だな。
  間桐の魔術書を奪った俺は、何も見ていないし聞いていない。
  更に、この家には魔術師すら入り込んでいない。」


 凛とイリヤは、その通りと頷く。


 「じゃあ、居間に行って夕飯にするか?」


 士郎と凛とイリヤは、居間へと向かった。


 …


 居間では、アーチャーが昨日同様に夕飯を作り始めていた。


 (このアーチャーが、夕飯を作っている時に襲撃を受けたら、どうなるんだ?
  大丈夫か……。
  食事の時は、サーヴァント含め全員居るんだから。
  これだけの危険人物を襲う勇気はなかろう……。)


 居間に入り、それぞれテーブルの席に腰を落ち着ける。
 士郎は、自分も大概だが、この面々も引けを取らないなと思う。
 本当に、2,3日前の事なのに自分達のこの適応力の良さはなんなのだろうと。
 英雄同士が打ち解け、隣では、自分を殺そうとした少女が笑っている。
 そして、いつの間にか我が家同然で寛いでいる同じ学校の姉妹。
 その学友のサーヴァントに至っては、家事までこなす。


 「類は友を呼ぶか……。
  呼びまくってんな……。
  ・
  ・
  呼び過ぎだ。」

 「シロウ、何ですか?」

 「いや、お前ら全員、俺と同じ目をしていると思って。」

 「「「「「そんな目はしてない。」」」」」

 (7人のおたくって映画思い出すな……。)


 夕食は、恙無く終わり、一日中、解読で苦労した凛とイリヤを含め、全員が寛いでいた。
 ある者は風呂に入り、ある者は洗濯をし、ある者は掃除をし、ある者以外は、テレビを見たり……。
 そして、唯一、聖杯戦争を忘れていない者だけが屋根に上り、監視を続けた。

 士郎は、家事全般を片付けると居間を抜け出し、土蔵に向かった。
 やる事は変わらない。
 ほぼ毎日、欠かす事無く続けたイメージによるトレーニング。

 士郎が、鍛錬を始めて数分。
 気配に気付き、士郎は目を開ける。


 「アーチャーか。
  何か変わった事でも?」

 「いや、気紛れだ。
  屋根の上から貴様が見えたのでな。」

 「ああ、鍛錬していたんだよ。」

 (懐かしいな……。
  なんとなくだが覚えている。
  未熟な私は、ここで魔術を鍛錬した。)

 「変わった鍛錬だな。
  剣の修行なら、素振りや筋トレじゃないのか?」

 「それも大事なんだけどさ。
  俺、なんかイメージする事が合っている気がしてさ。
  毎晩、仮想した敵と戦ってるんだ。
  素振りして新撰組みたいに必殺の域まで一つの型を高めるのもいいけど、
  柔軟に色んな事に対応出来た方がいいかなって。」

 (イメージするのは変わらないのだな。
  私が、刀剣の最強をイメージするように。
  ・
  ・
  やはり、コイツも衛宮士郎である事に間違いないのだろう。)

 「筋トレに関しては、バイトで補ってるかな?
  45キロもある酒瓶運ぶのって、普通に考えたらいいトレーニングだからな。」

 「なるほどな。
  ・
  ・
  ところで、今、イメージしているのは、どのような相手なのだ?」

 「ん? ああ。
  セイバーと模擬戦したりして、大分修正を加えたんだけど……。
  早さと剣速は、セイバー。
  力は、バーサーカー。
  必殺技は、ライダーの宝具。」


 アーチャーは、目を見開き沈黙している。
 そして、口を開く。


 「なんてデタラメなイメージをしているんだ!?」

 「ははは……。
  お陰で、一度もイメージで勝ててない。」

 「当然だ。」

 「でもさ、これぐらいのイメージを持って置かないと
  サーヴァントに対応出来ないだろ?
  残ったサーヴァントが、俺のイメージより強いかもしれないんだから。」

 「それはないと思うぞ……。
  ・
  ・
  貴様は、戦うつもりなのか?」

 「まさか。」

 「では、何故、鍛錬を続ける?」

 「セイバーの足手纏いにはなりたくない。
  これが、サーヴァントだけの一騎打ちならいいけど、
  マスターが殺されても終わりだろ?
  全部の攻撃を躱すのは無理でも、1回でも躱せれば、
  セイバーの強さなら、俺を守るまでの時間稼ぎになると判断した。」

 「鍛錬は、昔から続けているようだが?」

 「そうだな、習慣になってたからな。
  ・
  ・
  初めは、藤ねえの剣術に付き合って……。
  アバラ粉砕されてから怪我しないように始めたんだ。」

 (ここは、少なからず覚えている。
  あの人は、昔から滅茶苦茶だった。
  ・
  ・
  そうか。
  この衛宮士郎は、衛宮切嗣ではなく、藤村大河を根幹に持っているのだ。
  つまり、私が衛宮切嗣の意思を継がずに育った可能性……。
  ・
  ・
  そうだ! 思い出した!
  私の根幹……。
  頭痛は起きていない。
  まだ、エネルギーを溜めているのか。)

 「貴様には、義父が居たはずだな。
  その意思を継ぐ気はなかったのか?」

 「魔術師になるかってヤツか?」

 「いや、心根……心情といった部分の事だ。」

 「思い当たる節がないな。」

 「『正義の味方になる』という様な事を言われた事は?」

 「ああ、あったあった!
  ・
  ・
  俺、この事話したっけ?」

 「ああ、聞いた。」

 「そうだっけ?
  ・
  ・
  親父は、確かに『正義の味方になりたい』って言ってた。
  でも、もう親父は正義の味方だったんだよな。」

 (そうだ。
  あの火災から救い出してくれた男は、紛れもなく正義の味方だった。
  だから、私は強く引かれて、今、英霊として世界と契約している。
  しかし、夢と現実の違いは、私を蝕み続けている。
  私は、誰一人の取り溢しもなく救いたかったのだ。
  ・
  ・
  だが、百を救うために一を切り捨て、
  十を救うために五を切り捨てなければならない時もある。
  彼の言う通り『正義の味方は、自分が救いたいと思った人』しか救えない。
  目に見えない誰かを救う事は出来ないのだ。)

 「貴様は……正義の味方に憧れなかったか?」

 「…………。」


 士郎は、天地神明の理を鞘に収め、夜空を仰ぐ。


 「俺は、その資格がないからな。」

 「資格がない?」

 「一つ後悔している事があるんだ。
  あの火災から助けてくれた正義の味方に言いそびれた言葉があるんだ。」

 「…………。」

 「屍同然で生きる気力もなく、
  生き残った事を責め続ける俺を救ってくれた正義の味方。
  自分が魔法使いだと打ち明けて、俺を信頼してくれた親父。
  爺さんは、いつまでも一緒に居てくれて、
  そのうち、俺も外国へ一緒に連れて行ってくれると思ってた。
  ・
  ・
  だから、爺さんの死期が近いなんて気付かなかった。
  いつも微笑んでいたから……。
  ・
  ・
  俺は、照れ臭くて、その言葉を先延ばしにし続けていた。
  きっと、正義の味方は、この言葉を聞いて頑張れる。
  ”ありがとう”を言えないでいた。
  『あの火災から助けてくれてありがとう』……この言葉を言えないでいた。
  ・
  ・
  正義の味方を蔑ろにした俺に、正義の味方になる資格はない。」

 (正義の味方を蔑ろにした……。
  ここが私とコイツの大きな分岐点なのだな……。)

 「もし……。」


 士郎の言葉に、アーチャーが耳を傾ける。
 この言葉は、過去に忘れて来た後悔に苛まれた自分からのメッセージに聞こえたから。


 「もし、アーチャーが正義の味方を目指していたなら、
  何がなんでも生き抜いて欲しい。
  ・
  ・
  英霊って死んでるのに変な言い方だな……。
  ・
  ・
  あ~~~! そうじゃなくて!
  世界に頼まれて、どこかに赴く時に死ぬなって事!
  正義の味方に、俺の言いたかった言葉を伝えたい奴が居たとして、
  アーチャーが死んでたら、そいつは、一生救われないから!
  ・
  ・
  何言ってんだ!? 俺は!?」

 (資格か……。
  確かにあまり考えなかったな。
  そして、救った者の気持ちも……。
  取り溢しがないように……。
  犠牲者を出さないように……。
  数に拘っていた訳ではないが……。
  ・
  ・
  正義の味方を癒せるのは、救った者の言葉だけかもしれない。
  そして、救ったつもりが救われているのは、正義の味方なのだろうか?)


 混乱し続けた士郎は、まだ、話を続ける。


 「あ~~~! つまり!
  正義の味方ってのは、なろうと思ってなれるもんじゃないし!
  なりたくなくてもなってしまうものなのだ!
  正義の味方ってのは自覚じゃない!
  守られた側が思ったら、そいつは正義の味方だからだ!」

 (面白い奴だ……。
  藤ねえの影響を受けるとこうなるのか。
  言いたい事を言えないが、何故か伝えたい事は伝わって来る。
  あの人は、そんな人だった……。)


 士郎は、頭を抱えて混乱している。
 もう、自分でも何を言っているのか分からなくなっていた。


 「もういい。
  言いたい事は、大体分かった。
  私は、救った者の言葉を受け止めればいいのだろう?」

 「そう! それ!
  ・
  ・
  よくあの説明で理解出来たな。」

 「これでも、随分と永い時を過ごして来たものでな。
  しかし、貴様は少し勉強した方がいいぞ。」

 「そうしようかな?
  なんか聖杯戦争始まってから、会う人会う人が馬鹿だ馬鹿だって言うんだよ。」

 「ああ、いい転機だ。
  ・
  ・
  邪魔をして悪かった。
  私は、監視に戻る。」


 アーチャーは、土蔵の外に出ると一気に屋根に駆け上がった。


 「なんで、アーチャーと親父の話なんてしたんだろ?
  なんか誘導された気もするんだが?
  ・
  ・
  まあ、いっか。
  ただの世間話だ。」


 士郎は鍛錬を切り上げ、衛宮邸に戻る。
 そして、間桐の魔術書の解読一日目が終わる。
 凛とイリヤは、必要な魔術文字=記号をほぼ洗い出し終えた。
 明日からは、これを使い自分達が計画通りに蟲を操れるかの確証を掴む作業に入る。



[7779] 第53話 間桐の遺産~番外編①~
Name: 熊雑草◆890a69a1 ID:9b88eec9
Date: 2010/08/27 00:32
 == Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==



 冬の冷気で張り詰めた空気と蒼い月が煌々と街を照らす。
 月の明るさは、何処か神秘的な気分にさせる。
 神秘的……聖杯戦争が行われている冬木の街は、神秘に溢れていた。

 主と協力者の安眠を守るため、衛宮邸の屋根で守護者は監視を続ける。
 そして、過去の可能性からの言葉を思い返した。


 (『正義の味方を目指していたなら、何がなんでも生き抜いて欲しい』
  『正義の味方に言葉を伝えたい奴が居たとして、
   アーチャーが死んでたら、そいつは、一生救われないから!』
  ・
  ・
  私に伝えたい言葉か……。
  そういえば、あの時の少女は、何を伝えたかったのだろう……。
  その言葉を聞いていれば、私は救われたのだろうか?)


 空には蒼い月が、アーチャーを照らし続けていた。



  第53話 間桐の遺産~番外編①~



 世界との契約……死後を捧げ守護者になる事。
 世界は、バランスを保つため、守護者をあらゆる時代に送り込む。
 そして、名も無き英雄が歴史に名を刻む事無く消えていく。


 …


 世界に送り込まれた草原の真ん中で、頭に送り込まれる情報を整理する。
 見渡す限りの緑の波風の中では、争いなど皆無に思える。
 しかし、ここでも人々は、戦いを止める事はなかった。

 今回の目的は、ある少女の護衛……。
 いずれ世界を導く彼女を目的地まで連れて行くだけ。
 つまり、次の時代へと続く鍵となる少女をこの時代の要の扉へと導く事である。

 アーチャーは、草原を抜け、川を渡り、砂利道で出来た街道へと出る。
 情報では、彼女は、ここを通るはずだった。


 「遅い……。」


 二時間の時間が経過しても、人っ子、一人通らない。
 脇道の大きな石に腰を下ろして、延々と続く道の先を見続ける。
 目の良い彼は、一本道が太陽の熱で陽炎を曲げる地点まで確認出来る。
 そこをいくら眺めていても誰も通らなかった。

 更に一時間……。
 明方の召喚から日は高く昇り、お昼になろうとしていた。
 そして、初めて人らしき影を歪む陽炎の先に見つける。


 「やっと、来たか……。」


 腰を上げ立ち上がり、件の人物がこちらに近づくのを待つ。
 しかし、目的の人影は突然倒れた。


 「何!?」


 アーチャーの脳裏に任務前の任務終了が過ぎる。
 アーチャーは、全力で件の人物に向かった。


 …


 件の人物は、本当に幼い少女だった。
 髪は、赤みがかったオレンジ色で腰まで伸びているのが印象的だった。

 しかし、姿は……寝巻き。
 朝起きて、今、来ましたという感じである。
 そして、その少女は、倒れた時に打ちつけたのだろう。
 アーチャーの前で、盛大にドクドクと鼻血を流し続けている。


 (これが目的の人物……。
  大丈夫なのか?
  ・
  ・
  いや、それよりもこの出血量!
  早く止めなければ!)


 アーチャーは、少女を腕に抱える。


 「トレース・オン。」


 本来、武器の解析を行う作業を少女の顔に行う。
 出血の箇所を確認……。
 鼻骨に問題がないのを確認……。
 鼻血以外の外傷がないのを確認……。


 「この程度なら、未熟な私の治療系魔術でも止められるか……。」


 生前の赤い悪魔の異名を取る師匠のスパルタ教育が役に立ったと不器用に魔術を組み上げ実行する。
 直に傷は塞がり、少女の流血は止まった。


 「さて、気絶してしまっているようだが、どうするべきか……。
  仕方がないな……。」


 アーチャーは、街道に出る時に飛び越えた川まで少女を抱えて歩いた。


 …


 少女を木陰に寝かし、川の水を汲みに行く。


 「こういう時は、自分が投影に特化した魔術師で良かったと思うな。」


 アーチャーは、バケツを投影して水を汲む。
 そして、枯れ木と石を組み、即席の釜戸兼焚き火を用意する。
 続いて鍋を投影。
 鍋に水を注ぎ、お湯を沸かし始める。


 「ふむ。
  後は、毛布とタオルか。」


 アーチャーは、毛布とタオルを投影する。


 (毛布の投影は、イリヤを受け止めた時以来か……。)


 毛布を少女に掛けて、少し温かくなった鍋の水をタオルに掛け、流血した血の跡を拭いていく。


 「まさか、目的の人物と会話をする前に
  世話をする事になろうとは……。」


 アーチャーは、血を拭い取り終わると少女を観察する。
 幼い寝顔は、何処にでも居る普通の少女だった。


 「!」

 「まだ、血が出ている……。」


 アーチャーは、顔だけの解析で止めた自分の無粋さを後悔する。
 そして、体全体を解析する。


 (腕、脛、胸に打ち身による痣……。
  これは、転倒によるものか……。
  出血は、足……足の裏!)


 アーチャーは、少女の足を確認する。
 彼女の足には、おびただしい数の石が突き刺さったままだった。
 長い距離の砂利道を歩いて来た証拠であった。
 アーチャーは、慎重に石を抜き血を拭き取っていく。
 全ての石を取り去り、傷口だけが足の裏に残る。
 そして、再び未熟な治療魔術を掛け始める。


 「私の力量では、薄い皮までしか治療出来ん。
  暫くは歩く度に痛みがぶり返すかもしれんが、我慢して貰うしかないな。
  ・
  ・
  それにしても……気絶しているとはいえ、我慢強い子だ。」


 アーチャーは、治療を終えると少女が目を覚ますのを待った。


 …


 日が傾き掛けた夕暮れ時、少女は、目を覚ます。
 自分の記憶を懸命に辿り、砂利道の街道を歩き続けていた以降の記憶が繋がらない事を確認する。
 そして、自分に掛かっている毛布に気付き、誰かに助けられたのだと理解する。


 「ここは……。」


 森の中は夕暮れ時のため、薄暗く気味が悪かった。
 そのため、自分が何処に居るのかも判断出来ない。
 ここは街道から、どのぐらい離れた場所なのか?
 自分は、目的の場所まで、どのくらい近づいたのか?


 「目が覚めたようだな。」


 森の奥から現れた青年に声を掛けられ、少女は振り返る。
 少女は、声を掛けた青年を凝視する。


 (この人は……。
  赤い外套を着た……旅人?
  髪は、地毛なのかな?
  真っ白だけど……。)


 アーチャーは、少女に見つめられながら少女の反応を待つ。
 しかし、いくら待っても答えが返って来ない。


 「……大丈夫か?
  君を助けて、かなりの時間が経つのだが?」


 少女は、自分の姿を確認する。
 目を下ろし、べったりと血のついた跡の寝巻きを確認。
 至る所に打ち身による痛みを確認。
 足の裏が少し痛いのを確認。


 「体中が痛い……。」

 (反応が遅いな……。)

 「でも……。
  足は、もっと痛かったのに……。」

 「勝手ながら、治療させて貰った。」


 少女は、自分の足を抱えて足の裏を確認する。


 「血が出てない……。
  ・
  ・
  治った?」

 「いや、治ってない。
  薄皮で血が止まっているだけだ。
  本来、足の皮は、もっと厚いものだ。」

 「ふ~ん、そーなんだ。
  ここ、どこ?」

 「街道を少し反れた川の近くだ。」

 「へ~。」

 「思ったより元気そうで何よりだ。」

 「そう?
  あ、そうだ。
  助けてくれて、ありがとう。」

 「どういたしまして。」


 少女のお腹が盛大に空腹を告げる。


 「お腹減った~~~!」

 「今、魚を獲って来たところだ。」


 アーチャーは、腸を取って口に木を刺した魚を焚き火の前に刺していく。


 「あんた、なかなかやるわね!」

 「それは、どうも。」

 「その鍋は?」

 「生憎、調味料がないので味付けは出来ないが……。
  茸と野草のごった煮だ。
  味付けは、茸の出汁だけだ。」

 「おお!
  いいっていいって!
  こんな森の中で、これだけの料理が出来れば大したもんよ!」

 「何か君は、やたら態度がでかいな。
  私のよく知っている人物を思い出させる。
  尤もその人物は、黒髪で髪を左右に結っていたがな。」

 「へ~。
  あたしも本来、そういう髪よ。
  待ってて。」


 少女は、寝巻きのポケットから普段結っている紐を取り出すと髪を左右に結っていく。


 「どう?」

 「嫌が故にも、思い出させるな。」

 「あ~~~! いい匂い!
  さ、食べよ! 直ぐ、食べよ! 今、食べよ!」

 「魚は、焼けていないぞ?」

 「鍋! そっちは、食べれるでしょ?」

 「まあ……。
  一緒に食べた方が美味しいのでは?」

 「大丈夫よ!
  3杯目ぐらいには焼きあがるわよ!」

 (この食欲は、金髪の王様を思い出させる……。)

 「分かった分かった。
  先に鍋のものをよそおう。」


 少女は、アーチャーがよそう鍋の具を嬉しそうに見ながら目を輝かせる。
 よそったお椀をアーチャーは、少女に手渡す。


 「いただきま~す!
  ・
  ・
  …………。」

 「どうした?」

 「この鍋……カボチャ入ってないでしょうね?」

 「森の中なので、カボチャは見つからないが?」

 「うん! 問題なし!
  いただきます!」


 少女は、勢い良くがっつき出した。
 アーチャーは、自分の料理を美味しそうに平らげていく少女に懐かしいものを感じていた。


 「ところでさ。
  あんた、なんて名前?
  あたしは、ミント。
  呼ぶときは、『カワイクてカッコいいミント様』とか『バラのよーに美しいミント様』ってね。
  めんどくさかったら『ミント様』だけでも気にしないから。」

 「……私の方が年上なのだが?」

 (この少女は、身分でも高いのだろうか?)

 「ああ。
  頭、真っ白だもんね!
  ひょっとしてジジイ?」


 アーチャーは、ガンッと頭をハンマーで叩かれた気分になる。


 「確かに白髪だが、私は、そんなに歳を取っていない!」

 「おかわり!」

 「君は、話を聞かんな!」

 「聞いてるわよ。
  ジジイだけど若いんでしょ?
  いい? あたしは、おかわりしたいの!」

 (第2の赤い悪魔だな……。)


 アーチャーは、無言でおかわりをよそう。


 「で、あんたの名前は?
  このミント様に言ってみ? ん?」

 「……エミヤだ。」

 「エミヤ?
  あまり聞かない名前ねぇ。
  まあ、いいわ。 おかわり!」

 「もう食べたのか!?」

 「なに言ってんのよ?
  まだ、2杯目じゃない?」

 「まだ……。」

 「エミヤ、早くよそって!」


 アーチャーは、言われるがままよそう。


 「いや~、こんな森の中で
  温かいご飯にありつけるとは思わなかったわ!」

 「私は、君を助けた時とのギャップに
  少々戸惑っているのだが……。」

 「見た目?
  あたしの魅力は、昨日も今日も変わらないわよ?」

 「見た目ではない。
  性格……内面だ。」

 「やさしさに溢れてるでしょ!」

 「ああ、やましさに……。」

 「なぬーっ!?」

 「そろそろ魚が焼けるぞ?
  食べれるか?」

 「うん! 食べる!」


 ミントは、おわんのごった煮を啜りながら、魚にかじりつく。


 「いい焼き加減! あんた天才ね!」

 「何のだ?」

 「料理よ!
  ・
  ・
  そうだ! あんた、あたしの家来にしてあげるわ!」

 (そういう任務だから、別に構わんのだが……。
  まだ、この少女が何者か一向に分からない。)

 「君の部下になると何か役得でもあるのか?」

 「あるわよ。」

 「ほう。」

 「あたしは、世界を征服するんだから。」


 アーチャーは、勢いよく吹く。


 「何だと!?」

 (世界よ……。
  本当に、このミントという少女を助けなければいけないのか?)

 「本当においしいわ。
  そっちの魚も焼けたんじゃない?
  食べていい?」

 「構わんぞ。」

 「あんたいいヤツね!」


 ミントは、次の魚を食べ始める。
 アーチャーは、事態を見守る事にした。
 ミントが、どのような行動を起こすのかを。
 そして、考え込んでいるうちにミントは、鍋と魚を全て処理していた。


 …


 翌日、ミントの歩いて来た道を二人は引き帰していた。


 「う~~~。
  まさか、反対の方向に歩いていたとは……。」

 「君は、直情的に動くようだな。」

 「急いでいたのよ。」

 「昨日の君の勢いに飲まれて聞き忘れていたが、
  君は何者で、どうして裸足で歩いていたんだ?」

 「あたしは、魔法使いの家系の子なの。」

 「魔法使い!? 魔術ではないのか!?」

 「正確には魔術ね。
  ・
  ・
  うん?
  魔術は秘匿されているのに
  それを知っているということは……。」

 「ああ、私も少し魔術を心得ている。」

 「なるほど。」

 (いきなり、秘匿している魔術の事を口にするとは……。)

 「それで?」

 「実家が野党に襲われちゃってさ。
  妹を人質に取られちゃったのよ。」

 「いきなり、凄い展開だな。」

 「家の秘伝を渡せとか何とか言っててさ。
  今もオヤジと交渉中。」

 「君は、何故、抜け出せたのだ?」

 「あたし?
  3年ぶりに家出から帰って来たから、野党もあたしを知らないみたい。
  つまり、あの家にもう一人娘が居たなんてわからなかったのよ。」

 「家出……。」


 アーチャーは、頭を抱える。


 「何故、家出などしたんだ?」

 「つまんないから。」

 「は?」

 「だってさ。
  世の中、戦争に参加している魔術師もいるのよ?
  アイツらばっかり、使いたいほーだいで、魔術バンバン使っちゃってさ!」

 「待て。
  それでは、君は、好き勝手に魔術を使いたいから、家出したのか?」

 「そうよ。」

 「……魔術協会が黙っていないのではないか。」

 「何度か来たわね。
  ボコボコに返り討ちにしてやったけどね。」


 アハハと笑っているミントだが、事態は、それぐらいで収拾する事ではない。
 更にそれだとどうにも辻褄が合わない事がある。


 「話から察すると君は、相当な魔術師なのだろう?
  野党など、物の数ではないのではないか?」

 「あんた、鋭いわね。
  その通りよ。
  だけどね~。
  実家に戻る時に正体バレないように杖とか色んなもんをカローナの街に隠しちゃったのよ。」

 「魔術には関係ないような気がするが?」

 「それがさ。
  家出して気が付いたことがあるのよ。
  実家では、あたし魔術全然成功しなかったんだ。」

 「妙だな?
  詳細を省いて簡単に話すが、魔術回路に魔力を流せば魔術は発動するはずだが?」

 「うん。
  あたしも、そう思ってた。
  でも、あたしの魔術にあたし自身の魔術回路が耐えられなくてさ。
  発動寸前にいつも消滅してたんだ。」

 「つまり、君の生成する魔力が強過ぎたという事か?」

 「正解!
  で、仕方ないから、魔術を発動するのを杖に置き換えたの。」

 「なるほど。
  世の中には、変わった魔術師もいるものだな。」

 「だから、野党をボコボコにするのに
  カローナの街に行かないといけないのよ。」

 (しかし、この娘……。
  凄いんだか凄くないのか分からない魔術師だな。
  そして……どうして、こんな凶暴な娘が保護対象なのだ?)


 …


 カローナの街に着くと街の人間は、一斉にアーチャーとミントを見る。
 ミントの寝巻き姿と靴の変わりに毛布を巻いた即席ブーツが目に付いたためである。


 「酷く目立っているが……。」

 「気にすることないわよ。
  ほら、こっちこっち。」


 ミントは、裏道を潜り道具屋に入る。


 「ちーす!
  荷物取りに来たよ!」

 「相変わらず、いつも騒ぎを撒き散らすな。」


 ミントが声を掛けた先には、初老の老人が店番をしていた。


 「また、掘り出し物持って来るからさ。
  荷物出して。」

 「ちょっと、待っとれ。」


 老人が奥に消えるとアーチャーは、ミントに話し掛ける。


 「隠してあるのではなかったのか?」

 「同じことよ。
  預かって貰うのも隠すのも。」


 老人が再び姿を現す。
 手には鮮やかな紫の服、ブーツ、1対のリング、リュックサックを持っている。
 ミントは着替えようと寝巻きを脱ぎ出す。
 老人とアーチャーは、慌てて反対を向く。


 「彼女は、いつもこうなのですか?」

 「いつもじゃ。お主は?」

 「街道の途中で会った者です。」

 「気に入られたな。
  とことん巻き込まれるぞい。」

 「……まるで災害のような言い方ですね。」

 「まあの。
  だが、リスクも大きいが見返りも大きい。
  ついつい手を貸してしまうぞい。」


 アーチャーは、瞬間的にこの老人はダメだと判断した。


 「用意出来たわ。
  行くわよ、エミヤ!」


 完全装備に身を包んだミントは、アーチャーに命令する。


 「主導権を握られたな。」

 「昔から、あの手の相手は苦手でな。」

 「こらー! もたもたしない!」


 アーチャーは、苦笑いを浮かべつつミントとカローナの街を後にした。


 …


 カローナの街を訪れる時に通り過ぎた街の前で、ミントは腕組みをしている。
 そのミントをアーチャーは、どうしたものかと眺めている。


 「よし! 正面突破ね!」

 「ちょっと、待て!」

 「なに?」

 「人質がいるのだろう?
  何故、正面突破なんだ!?」

 「敵をやっつければ終わりじゃない?」

 「人質はどうなる?」

 「ああ、妹?
  なんとかするんじゃない?
  あの子、ああ見えてタフだから。」

 「私は、その妹がどんな人物か分からないのだが……。」

 「大丈夫よ。
  任せなさいって!」

 (世界よ……。
  だんだん役割が分かって来た。
  私は、この娘を護衛するのではなく、
  この娘により、もたらされる被害者の護衛をする訳だな。
  ・
  ・
  確かに、私にしか出来ない事だ。
  あの衛宮邸の動乱を体験した私にしか……。)


 アーチャーは、護衛に徹底する事を決めた。
 暴走する赤い悪魔Ⅱの制御など出来る訳がない。
 だから、ここはミントの好きな様にさせる事にした。

 ミントは、実家の前の門に立つ。
 魔術師の名家らしく立派な家構えをしている。
 ミントは、門に跳び蹴りをかますと殴り込み上等の要領で門を薙ぎ倒して突入した。


 「彼女の実家だよな……。
  何で、門を壊して行くんだ……。」


 屋敷の中には、野党の凄惨な悲鳴が聞こえる。


 「殴り込みだーっ!」

 「新たな野党の殴り込みだ!」


 ミントの消えた先に雷やら洪水やら竜巻が巻き起こっている。


 「確かに優秀な魔術師のようだ。
  さて、私は、家族の安全を確保するため、狙撃のポイントを探すとしよう。
  ・
  ・
  それにしても野党が野党を襲う構図になるとは……。」


 アーチャーは、屋根伝いに身を躍らせ、狙撃のポイントを探し始める。
 そして、屋敷の構図を頭に描き、徐々に全体像を把握していく。

 悲鳴は、右から左に移動し、火炎やら氷柱やらの災害が広がっていく。


 「ここは、間違いなく彼女の実家なのだよな……。」


 アーチャーは、頭を抱える。
 ミントの実家を破壊しているのは、ミント自身に他ならない。
 災害が屋敷の一番奥で止まる。
 ミントが目的地に着いたようだ。
 アーチャーは、奥を一望出来る大きな木を目指して走った。


 …


 屋敷の奥で爆発が起きる。
 頑丈な扉をぶっ飛ばし、野党の親分とミントが相対する。


 「てめぇ! 何もんだ!
  この家は、俺達が先に目を付けたんだぞ!」

 「嘘言ってんじゃないわよ!
  どこの世界の野党が、魔術の奥義を欲しがるっていうのよ!
  あんた達の黒幕は、誰よ!」

 「それは言えないな。」

 「…………。」

 「マヤ、オヤジは?」


 ミントは、人質の少女に質問する。


 「地下に監禁されています。」

 「オイ! 勝手に話すな!」


 野党の親分がミントの妹を殴りつける。


 「マヤ、あんたは、なんとかしなさい!
  魔術を使うわよ!」

 「はい?
  お姉さま?」

 「オイ! 人質が居るんだぞ!」


 ミントの詠唱が始まるとマヤも慌てて詠唱を始める。
 盗賊の親分は、一人うろたえる。
 そして、マヤの防御呪文が完成した直後、ミントは、己が魔術を炸裂させた。


 …


 アーチャーは、木の上で一部始終を見ながら呆然としている。
 ミントは、妹もろとも盗賊の親分と自分の家を吹っ飛ばしたのである。
 目の前には、まだ、魔力のエネルギーが柱のように巻き上がっている。


 「滅茶苦茶だ……。」


 事後処理のため、アーチャーは、ミントの居る屋敷のあった場所を訪れる。
 そこには、黒焦げの野党の親分ともめる少女が二人。


 「お姉さま!
  なんて事をするのです!」

 「あんたを助けたんでしょうが!」

 「わたくしもろとも、魔術を行使するなど!」

 「あんたを優秀な魔術師と見込んで実行したのよ!」

 「それが、この有様ですか!?
  家が消滅しているではないですか!」

 「こんなもの些細なものでしょ!」

 「些細!? 家の消滅が些細!?」

 「そうよ!
  相変わらず、うるさいわね!」

 「3年ぶりに戻って来たと思えば……。
  まさか家を消滅させるとは……。
  わたくし、あまりの事に頭痛がしますわ。」

 「なぬ!?」


 終わりそうもない喧嘩に、アーチャーが割って入る。


 「少し、いいか?」

 「へ?」

 「どちら様でしょうか?」

 「ちょっと、訳ありでな。
  そのミントに突き合わされている。」

 「申し訳ありません。」

 「なんで、いきなり謝るのよ!」

 (悲しい習性だな……。)

 「言いたい事も分かる。
  私も大概にして君と同じ気持ちだ。」

 「……ついに私にも理解者が。」

 「そこ! 勝手に打ち解けない!」


 アーチャーとマヤから、溜息が漏れる。


 「気分悪い!
  もう、行く!」

 「行くって?
  何処へです!?」

 「とりあえず、王都を目指すわ!」

 「何のためにです!?」

 「もちろん!
  世界を征服するためによ!」

 (ああ……。
  これで私は、この娘と目的地である王都へ向かうのか……。)


 …


 アーチャーは、この後、王都までミントと旅をする事になる。
 そして、アーチャーとミントの旅も終わりを必ず迎える事になる。

 会った時から、変わらない会話に態度。
 しかし、彼女の変化は見ていて楽しかった。
 彼女の正義の味方になれる時間が楽しかった。
 辛い守護者の時間にあった満足のいく時間だった。

 その最後の別れ。
 アーチャーは、彼女の言葉を聞けなかった。

 最後の最後に彼は、傷を負った。
 致命傷となる傷を……。
 自分が死んで終わりを迎えるのは、初めてではない。
 だが、これは満足のいく死だった。
 誰かを庇って倒れる。
 今までと何かが違う。
 それは、何なのだろうか?

 横たわる自分に何かを叫ぶミントの姿が見える。
 もう、声も聞こえない。
 微かに繋ぎとめた意識で、彼女が何を言ったのか伝えたいのかを必死に考える。
 自分の心に浮かんだ満足感と供に。

 最後に彼女は、微笑んで何かを口にする。
 そして、涙が溢れるのが見える。
 アーチャーの記憶は、ここで切れた。


 …


 再び、衛宮邸の屋根。
 アーチャーは、彼女の最後の唇の動きを思い出す。


 「ああ、今、伝わったよ。
  確かにその言葉は重要だ。
  受け取らなくてはいけないな。」


 アーチャーは、満足感の理由を理解する。


 「いい経験もあったのだな……。
  人は、自分だけの価値観だけでは生きていけない。
  自分を分かってくれる人も重要だ。
  自己満足も重要だ。
  そして、その気持ちを与えてくれるのは……。」


 月夜の晩に一陣の風が吹き抜ける。
 風は、アーチャーの最後の言葉を攫って行った。



[7779] 第54話 間桐の遺産~番外編②~
Name: 熊雑草◆890a69a1 ID:9b88eec9
Date: 2010/08/27 00:33
 == Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==



 アストロレンジャーズとの明後日のレースのため、烈は、ビクトリーズの練習場に一人向かっていた。
 そんな烈に一人の女の子が声を掛ける。


 「ねえ、あんた、どこいくの?」


  烈は面識のない子だったが明るく返事を返す。


 「これから、ミニ四駆の練習に行くんだよ。」

 「みによんく? なにそれ? 」


 自分もテレビに映るようになり、知っていて声を掛けたのかと思ったが、女の子は烈の事を知らないようだった。
 時間にも余裕があるので、烈は、自分のマシン:ハリケーン・ソニックを女の子に見せてあげる。


 「これを走らせてレースをするんだ。」

 「へ~。
  見てみたいなあ。」


 烈は、見せてあげたいと思ったが、グランプリマシンは秘密が多く簡単には見せられない。


 「ごめんね。
  見せてあげたいんだけど、チーム内の秘密なんだ。
  僕は、これから練習に行かないといけないから。」

 「そーなんだ。」


 烈は、女の子と別れるとビクトリーズの練習場に向かった。
 練習は、休みの日を利用したため、午前中から午後までみっちり行われた。
 休憩時間にベンチで一息ついていると声を掛けられる。


 「みによんくって、スゴい速いのね。」

 「うん。
  グランプリマシンは、特別な素材やモーターを使っているからね。」


 返事を返して、烈はハッとする。
 声を掛けたのは、さっきの女の子だ。


 「どうして、ここにいるの!?」

 「おもしろそーだから♪」

 「…………。」


 烈は、暫し呆然とすると注意する。


 「ダメじゃないか。
  さっき言ったのに! 」

 「いいのよ、べつに。
  わかりゃしないって。」

 「みんな居るんたから、怒られる前に外に出よう。」

 「ホントに大丈夫だって。
  だって、あたし……あんたにしか見えてないみたいなんだもん。」


 烈は、目をパチクリとする。
 そして、近くを通った藤吉の頭を女の子はひっぱたく。


 「なんでげす!? 」


 藤吉は辺りを見回すが、女の子に気付いていないようだった。


 「あたしミントっていうの。
  よろしくね、烈♪」


 …


 ミントが、烈にくっついて歩いて1日が経った。
 練習前にミントは、とんでもない事を言い出した。


 「あたしもやる。」


 すでに決定事項の物言い。
 烈は困惑する。


 「ミントちゃんは、レースに出れないよ。」

 「そんなことは、わかってるわよ。
  あたしのみによんくをあんたが走らせればいいじゃない。」

 (豪が、二人になったみたいだ。)


 弟の豪以上に強引なミントに、烈は、暫し頭を押さえる。


 「ダメだ!
  僕達は、チームでレースをしているんだ!
  勝手な事は出来ない!」

 「なんで、そんな意地悪ゆーのよ!」

 「ダメなものは、ダメなんだよ。」


 ミントはイライラが頂点に達する。


 「烈、ゆーこときかないんだったら、あたし暴れるわよ?」

 「そんな事言ってもダメ。」


 弟の豪ならここらで捨てゼリフを吐き、怒って居なくなるところだ。
 しかし、ミントは、一筋縄ではいかない。
 ミントは、左手を壁にかざし、デュアル・ハーロゥを起動する。

 そして、”白の魔法:パワー”を発動し、光の矢で壁を打ち抜く。
 コンクリートの壁が、ガラガラと音を立てて崩れる。
 突然の爆音にチームの仲間も集まって来る。


 「烈君、大丈夫!?」

 「何が起きたんだ?」

 「手抜き工事でげすか?」


 ミントは、ニヤリと笑い、烈は、事態が把握出来ず固まる。


 「アニキ、ケガないか?
  大丈夫なのか?」


 烈は、豪の声で我に返るとミントを見る。


 「今度は、大事な仲間がケガするかもしれないわよ♪」


 烈は、悪魔にでも取り付かれたと諦める。
 大事な仲間を危険にさらす訳にはいかない。
 烈は、リーダーなのだ。


 「……分かった。
  言う通りにするよ……。」


 ミントは満足して微笑み、仲間は、脈略のない話に不安が増した。


 …


 烈は、予備のソニックのパーツから新しいマシンを作らなければならなくなった。
 とりあえず、ミントがどんなマシンを作りたいか聞いてみる。


 「あの子より、速いヤツ!」


 ミントが指さしたのは、豪だった。
 烈は、頭を抱える。
 コーナリングで力を発揮する烈と真逆の発想……つまり、ストレートのスピードに力を発揮するタイプが豪だからだ。
 烈は、仲間のために仕方なく豪にセッティングの質問をしに行く。


 「豪、聞きたい事があるんだ。」

 「アニキがオレに? 珍しいな。
  と、言っても、カッ飛びの事しか教えらんねぇけどな。」


 豪は、カッカッカッと大声をあけて笑う。


 「それを教えて欲しいんだ。」


 豪は絶句し、真剣な顔になる。


 「アニキ、ホントに大丈夫か?
  さっき、頭打ったんじゃないか?」


 いつも考えの違いがあるごとにぶつかっていただけに、豪は、本気で心配する。


 「はは……頭打ってた方が良かったかも。」


 豪は焦り出すが、烈は用件を進める。
 豪は、今のセッティングで一番いいギア比やダウンフォースを掛けないといけないところなどを丁寧に教えてくれた。
 烈は、頭を打ったと思われて普段見せた事のないやさしさを見せる豪を見て、やるせない気持ちになった。


 「後は、ひたすら軽量化だな。
  やり過ぎると強度が落ちるけど、烈アニキなら大丈夫だろう。」

 「ありがとう、豪。
  後で練習走行に付き合ってくれ。」


 そして、烈は、そのまま土屋博士のところに行く。


 「博士、お願いがあるんですけど。」

 「やあ、烈君。何かな?」

 「新しいGPチップが欲しいんです。」

 「何に使うんだい?」

 「今度のレースでソニックのセッティングを大幅に替えるんです。
  だけど、それは本来のソニックと大分違うんで使い分けたいんです。」

 「妙なクセをつけたくないって事かな?
  構わないけど、何で、そんなにセッティングを変えるんだい?」

 (『生死に関わるからです』とは言えないな。)


 烈は、暫し考えるとこう言った。


 「チームのためです。」


 土屋博士は、烈の真剣な面もちに納得すると笑顔で烈に新しいGPチップを渡した。
 烈は、早速、ミントとマシンを作り始める。
 駆動部分に詳しくないミントは、ボディにヤスリがけをして軽量化し、カラーリングを担当。
 烈が、シャーシ全般を受け持った。
 二人は、ぶっ通しで作り続け、夕方にマシンは完成した。
 ボディは、塗装すると乾くまで時間が掛かるので、これから行う豪との練習で走り方をGPチップに記憶させてから行う事にした。

 欲しいデータは、ストレートでのカッ飛び。
 目標は、豪のサイクロン・マグナム以上のスピード。
 烈と豪は、深夜までマシンを走らせた。
 GPチップが学習を終えた頃、豪は、家に帰宅した。


 …


 烈は、ストレートの最終調整とコーナリングのGPチップの学習をこれから行わねばならなかった。
 ストレートの最終調整は一時間ほどで済んだが、問題はコーナリングだった。


 「ハリケーンドリフトが出来なくなっている。
  軽量化で失われたシャーシの強度が、ドリフトに耐えられなくなってるんだ。
  これじゃ、ダメだ。
  コーナリングでコースアウトしてしまう。」


 スピードを落とす事なく最短距離をドリフトして走り抜けるハリケーン・ソニックの必殺技は、完全に再現出来なくなってしまった。
 烈は、悩んだ。
 スピードをあげれば、当然、何かが犠牲になる。
 特にコーナリングでコースアウトするのは、烈のプライドが許さなかった。

 グランプリマシンになり、強度が上がっても軽量化すれば、その分強度が落ちる。
 ハリケーン・ソニックの動きを再現するには、シャーシの強度は絶対不可欠だ。
 烈は自分のレーサーボックスを漁り、何かないかと思案する。


 「これは……。」


 烈は、一代前のバンガード・ソニックを手に取る。
 バンガード・ソニックのシャーシは、グランプリマシンではないため市販のミニ四駆と強度は変わらない。
 そう、バンガード・ソニックはグランプリ・マシンでなくても、立派にコーナリングを極め貫いたのだ。

 烈は、新マシンのコーナリングの設定をバンガード・ソニックの設定に変える。
 試走で一周走らせて見る。
 新マシンは、ハリケーン・ドリフトこそ行えなかったが、コースアウトする事なく一周して見せた。
 強度が落ちたシャーシは、バンガード・ソニックの設定が適しているようだった。


 「よし、バンガード・ソニック!
  新マシンに、君の息吹を吹き込んでくれ!」


 烈は、バンガード・ソニックと新マシンを走らせGPチップに学習させる。
 学習が終わった時には、明け方になっていた。
 烈は、コースの横で力尽きると眠り込んでしまった。


 「さすが男の子。
  こんじょーあるわ♪」


 ミントは、新マシンのボディを抜き取ると自分のデザインで塗装を始めた。


 「みによんくって、思ったより楽しいわね。
  あとは、カッコよく仕上げるだけだし。
  烈は、寝かせといてやるか。」


 太陽が昇った時、塗装は終わった。
 二時間後、塗料も乾いた。
 土屋博士の塗料は、どんな素材を使っているのか乾燥も速い。
 ミントは、ボディをシャーシに収め、レーサーボックスに新マシンをしまった。


 …


 烈が、コースの横で眠り込んでいるうちにビクトリーズのチームメイトがやって来た。


 「うわ!
  誰か寝てるよ!」

 「烈君でげす!」

 「徹夜したのか。」

 「アニキのヤツ、先に出たのかと思ったら帰ってなかったのか。」


 そこへ土屋博士がやってくる。


 「おはよう、みんな。
  どうしたんだい?」

 「リーダーが、眠りこけてんだよ!」


 豪は、烈を指差し溜息をつく。


 「ははは……烈君らしいね。
  やりだしたら止まらなくなっちゃうんだよ、いつも。」


 しかし、レースの時間は変わらない。
 土屋博士は、そっと烈をゆすって起こす。


 「ん? 博士?
  ・
  ・
  ああ! しまった!」

 「もう、朝だよ。烈君。
  マシンは、完成したのかな?」

 「はい! 大丈夫です!」

 「じゃあ、今日のレースのミーティングをしよう。」


 ビクトリーズのメンバーと土屋博士は、先に会議室に向かい、烈は、顔を洗いに洗面所に向かった。
 会議室では、烈の行動が話題になっていた。


 「博士~。
  烈アニキが、おかしいんだよ。」

 「わても、そう思うでげす。」

 「どう、おかしいんだい?」

 「壁に穴空いた時に、いきなり独り言言ったり。
  オレにカッ飛びのセッティング聞いたり。
  一緒に試走するんだぜ。」

 「確かに烈君らしくないね。」

 「あのコーナリングの鬼がか? ありえんな。」

 「だろ~。」

 「まあ、烈君もリーダーになって一生懸命なだけだろう。
  ミーティングで、烈君の説明を聞いて結論付けよう。」


 一方、洗面所で烈は顔を洗い。
 ミントと会話をしていた。


 「新マシンの塗装出来なかったね。」

 「あたしがやっといたわ。
  あんたがシャーシで、あたしがボディって約束だったじゃない。」

 「そうか。
  ごめんね、手伝えなくて。」

 「いいっていいって。
  一番になれるかな~。」


 ミントは、今日のレースを楽しみに微笑む。


 「今日は、チーム戦でチームの4番目のマシンが、先にゴールした方が勝ちなんだ。
  だから、あまり順位は関係ないよ。」

 「ダメよ!
  一番でゴールしなきゃ!」


 烈は、苦笑いを浮かべる。


 「ところでさ。
  名前、何にするの?」

 「そっか~。
  みによんくの名前、決めてなかったわね。
  単純にミント・ソニックにしましょ!」

 「何か女の子っぽくて嫌だなぁ。」

 「いいじゃない。
  あたしも手伝ったんだから。」

 (人質取られて作らされたが正解……。)

 「あまり長い名前は、省略されて悲劇を生むわよ。」

 「何それ?」

 「あたしの知り合いに自分のマシンを
  『スカーレッド・タイフーン・エクセレントガンマ』って名づけたヤツがいてさ。」

 (けっこうカッコイイ名前かも。)

 「そいつのマシンの略称が、スカタン号よ。」

 「うっ。」

 「そーならないためにも、名前は簡単でいいのよ。」

 「分かった、そうするよ。」

 (逆らったら、また、魔法使われかねないし……。)


 烈は、会議室に向かう。
 会議室にみんないる事を確認すると今回のレースの作戦を話し始める。


 「今回のレースは、ビクトリーズを2つのチームに分けて挑もうと思う。」

 「打ち分けは?」

 「リョウ君、藤吉君、J君のメインチームと豪と僕のサブチームだ。」


 土屋博士は、異色の組み合わせに質問をする。


 「どういう考えで打ち分けたんだい?」

 「メインチームは、藤吉君のスピン・コブラを活かすために振り分けました。」

 「わてが、メインでげすか?」

 「うん。今回のレースは、ストレートと波打つようなコーナリングが結構多いんだ。
  当然、ストレートでは、リョウ君のトライダガーがスリップストリームで引っ張る。」

 「ああ、任せてくれ。」

 「問題は、波打つコーナーだ。
  ここをビクトリーズで一番速く走れるのは、藤吉君のスピン・コブラだと思う。」

 「過大な評価、ありがとうでげす。」

 「ただ短い間隔での切り返しのため、スリップストリームの有効範囲は、
  3台が限界じゃないかって思ったんだ。」

 「そうだね。
  斜めにマシンを配置した時、3台分ぐらいの余裕しかない。」

 「だから、このチームにしたんだ。
  そして、トライダガーとスピン・コブラは、最後の上り坂を登る時、バッテリーをかなり消費していると思う。
  そこからは、温存していたJ君のプロトセイバー・エボリューションで一気に引っ張って貰いたい。
  僕の予想だとストレートでは、五分の勝負。
  コーナーでビクトリーズがリード。
  最後は、リードを守って勝つ。」


 土屋博士が、烈の説明に頷く。


 「なるほど。
  メインチームは、先に3台ゴールする必須条件のチームなんだね。」

 「はい。」

 「じゃあ、サブチームは?」

 「オレは、カッ飛んで1位になるだけだ!」


 いつもの豪の言葉に、藤吉は溜息を吐く。


 「いつも言ってるでげすが、チーム戦ではワガママを言っちゃいけないでげす。」

 「オレは、一番じゃなきゃ嫌なの!」


 リョウもJも、なかば諦めている。
 土屋博士も苦笑いを浮かべるしかなかった。


 「うん。
  それでいいんじゃないかな。」


 烈の言葉に、みんなが釘付けになる。


 「サブチームは、カッ飛びがメインだ。
  豪と僕がぶっちぎる。」

 「それでは、バッテリーが持たないよ! 烈君!」

 「オレも、Jと同じ意見だ。」

 「うん。
  僕もそう思う。
  だから、条件をつける。」

 「条件?」

 「豪、エリアが変わる度に勝負しよう。
  勝った方が次のエリアで先頭を走って、
  負けた方がおとなしくスリップストリームに入るんだ。」

 (2台でバッテリーを温存するのか……?
  でも、勝負の条件逆じゃないか?)

 「言っとくけど、僕は豪だけじゃなくて、
  他のみんなにも前を走らせる気はないよ。
  1位を狙っていく。」


 烈の挑発的な態度に場の空気が少し張り詰める。


 「新マシンは、それだけスゴイって言いたいのか! 烈アニキ!」

 「そう思って貰っても構わない。
  作戦は、以上だ!」


 烈は、先に会議室を後にする。
 豪は、負けじと後に続く。


 「なんか烈君らしくないでげすな。」

 「ワザとじゃないかな?」

 「ワザと?」


 リョウとJと藤吉は、疑問を口に出す。
 土屋博士も、話に混ざる。


 「たぶん、そうだろうね。
  烈君は、豪君をスリップストリームで引っ張るつもりなんだよ、きっと。
  サイクロン・マグナムは、後半バッテリー切れを起こしやすい。
  それは、豪君が単独で走ってチームランニングをしないせいだ。
  烈君は、自分が引っ張って、最後に豪君に勝たせるつもりなんじゃないかな。」

 「じゃあ、この事は豪に言わない方がいいですね。」

 「ああ、烈君の気持ちを汲んであげよう。」


 ビクトリーズのメンバーと土屋博士は、専用のトレーラーでレース会場に向かった。
 他のみんなに見えないミントは、烈の横で楽しそうにビクトリーズのメンバーを見ている。
 その横で烈は、静かな寝息を立てていた。


 …


 会場に着くとメンバー表の提出と車検が行われる。
 土屋博士は、烈に新マシンの名前を聞く。


 「烈君、メンバー表の提出にマシン名の登録が必要だ。
  君の新しいマシンの名前を教えてくれ。」

 (そうか……。
  自分だけで済まないんだった。
  言いたくないけど仕方ない。
  ああ……ファイターとかにも名前呼ばれちゃうんだろうな……。)

 「……ミント・ソニックです。」

 「ミント?
  どういう意味合いがあるのかな?」

 「えっと……ひ、秘密です。」


 土屋博士は、首を傾げるとメンバー表に新マシンの名前を書き込み、メンバー表を提出に向かった。


 「烈!
  シャキッと言いなさいよ!」


 ミントが、烈に向かい怒鳴る。


 「まだ、慣れなくって。」


 ミントは、やれやれと両手をあげた。


 …


 烈は、車検をするため、レーサーボックスを片手に車検場に向かって歩き出す。


 「どこいくの?」

 「マシンを車検に出すんだよ。
  みんな同じ条件でレースをするんだ。」

 「お!
  男らしくせーせーどーどーってヤツね!」

 (ちょっと、違う気がする……。)


 烈は、レーサーボックスごと担当のお姉さんに渡す。


 「それにしても、レースひとつに随分たくさん見に来てるわね。」

 「国際レースなんだ。
  国同士で代表選手を選んでレースをするんだ。」

 「へ~。」


 車検は、無事終了した。
 担当のお姉さんが、烈にレーサーボックスを返す際、親指を立てウィンクする。


 「何だ?
  今まで、こんなリアクションされた事ないよ。」


 烈は、不思議に思いながら車検場を後にした。


 …


 レース直前、土屋博士は、ビクトリーズのメンバーに新しい電池を配る。


 「さあ、これからが本番だ!
  がんばって来てくれ!」


 ビクトリーズのメンバーは、各々のマシンに電池を装着する。
 烈も電池を装着するが絶句する。


 「ミントちゃん、このデザインって……。」

 「キレイでしょ!
  快心のできだと思うわ!」

 「絵もペイントもすごく上手いんだけど……。」

 (デザインが……。
  デザインが……。)


 会場にアナウンスが流れるとビクトリーズのメンバーとアストロレンジャーズのメンバーは、コースに集合した。


 …


 アストロレンジャーズは、 ブレット、エッジ、ジョー、ミラー、ハマーDのチーム。
 マシンは、全てバック・ブレーダー。
 しかし、性能は個々に変えてある。

 ハマーDは、パワー重視。
 ミラーは、コーナリング重視。
 ジョーは、高速重視。
 エッジは、バランス重視。
 ブレットは、バランス重視+パワー・ブースター内蔵。
 このマシンの特性を生かしコースに合ったバック・ブレーダーが、先頭でスリップストリームを用いゴールを目指す。

 一方のビクトリーズは、烈、豪、リョウ、藤吉、Jのチーム。
 マシンは、全て個人作成のオリジナル。
 個性にバラつきはあるが、長所を最大限に伸ばす必殺技を開発しているのが特徴。

 J:プロトセイバー・エボリューション
  バランス重視。必殺技のドルフィン走行で仲間をスリップストリームで大きく包み込む。
  また、可変バンパーにより風を味方につけれるビクトリーズで一番ギミックのあるマシン。
 藤吉:スピン・コブラ
  コーナー重視。必殺技のサンダードリフトは、短い切り返しのコーナーを最短距離で走り抜ける。
 リョウ:トライダガーZMC
  高速重視。必殺技は壁走り。
  独特のボディの形状から強力なダウンフォースを発生させ、パワーをタイヤに余す事なく伝える事で速い走りを実現する。
  この強力なダウンフォースを利用したのが壁走りである。
 豪:サイクロン・マグナム
  高速重視。必殺技はマグナム・トルネード。
  リョウのマシン同様に高いダウンフォースを生み出すボディにより速い走りを実現。
  また、本人の思想によりスピードを求めるため、かなりの軽量化がなされている。
  高低差のあるジャンプ台からの飛距離を伸ばす必殺技マグナム・トルネードは、軽量化したマシン特性を生かしたものである。
  ただ、コーナリングに難あり。
 烈:ミント・ソニック
  高速重視。必殺技?。
  ミントの脅迫により作成されてしまった悲劇のマシン。
  スピード不明。コーナリング不明。


 …


 コースの前に十人のレーサーが並び、マシンにスイッチを入れ開始シグナルを待つ。
 そんな中、アストロレンジャーズの紅一点のジョーが黄色い悲鳴をあげる。


 「きゃ~~~!
  なになに烈のマシン!?
  かわい~~~~~~~~~~~~~~い!!!」


 烈は、顔を赤くし帽子を深く被って表情を隠す。
 土屋博士の横にいるミントは、腕を組みうんうんと頷いている。

 会場に設置してある大画面モニターにミント・ソニックが写ると女性陣の間から黄色い悲鳴があがる。


 「ア、ア、アニキ……。
  ホントにそれを走らすのか?」

 「……そうだ。」


 烈は、真っ赤になりながら、精一杯の虚勢を張る。


 「レツ・セイバ……。
  ビクトリーズの中でおまえだけは、評価していたんだがな。」


 敵チームのリーダー・ブレットまでが、烈を好奇の目で見る。
 しかし、意外なフォローが会場に響いた。


 「今回の烈君は、新マシンで登場だ!
  その名もミント・ソニック!」


 会場内に『キャー』という歓声があがる。


 「どうやら、今日のひな祭りのためにデザインしてくれたみたいだ!
  女の子への配慮も忘れず、会場を盛り上げてくれるサービス精神にファイターも胸が一杯だ!」


 会場は、更にヒートアップしていく。


 「「「「「ひな祭り……?」」」」」


 アストロレンジャーズは、日本の行事など分からないため、疑問符が浮かぶ。


 「日本の節句でげす。
  3月3日は、ひな祭り。
  女の子を祝う日なんでげす。」


 藤吉の説明に、『ああ』と納得の声が響く。


 (助かった……。
  本当に助かった……。
  日本人でよかった……。
  今日が、3月3日でよかった……。)


 烈は、安堵の息を吐き出し、手の中のミント・ソニックを見る。
 ミント・ソニックのデザインは、ハリケーン・ソニックの左右後輪部分のボディに大きく縦に穴が開いている。
 そして、デザインは蛍光色のオレンジをメインカラーに一筋の流星が花畑を駆け抜けているものだった。


 (ミントちゃん、塗装の才能は抜群だ……。
  だけど……これは、メルヘン過ぎる!
  ・
  ・
  寝るんじゃなかった……。)


 会場は、盛り上がっていた。
 しかし、烈は沈んでいた。
 そして、運命のカウントダウンが始まる。


 …


 レースになれば、嫌でも空気は張り詰める。
 カウントダウンが開始し、シグナルが点灯する。
 シグナルが青に変わり、10台のマシンは、一斉にスタートを切った。


 「各車、綺麗に一斉にスタート!
  そして、アストロレンジャーズは、チームランニングのフォーメーションを!
  ビクトリーズは、リョウ君、藤吉君、J君が、チームランニングのフォーメーションを!
  ・
  ・
  おおっと! これは!?
  烈君と豪君の二人が一気に抜け出した!」


 予想を裏切る展開に、会場にざわめきが起こる。
 ミント・ソニックは、デザインとは裏腹に凶悪なスタートダッシュと加速力で一気に一団を抜け出したからだ。


 「ウソだろ!?
  マグナムが、ソニックに出遅れた!?」


 豪は、前を走る烈に驚きの声をあげる。
 第1セクションのストレートをミント・ソニックは、サイクロン・マグナムを置き去りに走っている。


 (はぁ……。
  この言葉を叫ぶとは思わなかったな……。)
 

 烈は、拳を突き出し叫ぶ。


 「カッ飛べ! ソニック!!」

 「あ~!!
  オレの決めゼリフ!!」


 豪は、大声をあげて烈を追い掛ける。
 ミントは、出だし順調のソニックに歓喜し、土屋博士の隣で魔法をぶっ放す。
 土屋博士とリョウの弟の次郎丸は、突然のポルターガイスト現象に驚き恐怖した。


 …


 第1セクションのストレートを終えてサブチームの烈と豪が先頭。
 続いて、アストロレンジャーズとメインチームのリョウ、藤吉、Jが、ほぼ同時に第2セクションに入った。
 第1セクション、ミント・ソニックの後を走っていたサイクロン・マグナムは、否応なしにスリップストリームで引っ張られる形になっていた。
 烈は、予想通りの展開に安堵し、豪に声を掛ける。


 「豪、約束だぞ!
  次のセクション、豪は、僕のスリップストリームに入って貰う!」

 「チェッ! わかったよ!
  くそ~、何でマグナムよりソニックの方がストレート速いんだよ~!
  昨日の練習走行じゃ、勝ってたのにさ!」

 「理由は、2つある。
  一つは、昨日は、高速用に慣れていない新しいモーターだった事。
  もう一つは、軽さ。
  ミント・ソニックは、サイクロン・マグナムより軽い。」

 「マジかよ!?
  アニキがそんな改造するの見た事ないぞ。」

 「色々あってね。」


 烈と豪は、第2セクションのコーナーメインのコースに差し掛かる。
 そして、ファイターの実況が入る。


 「さあ、怒涛の進撃を見せたミント・ソニック!
  コーナーメインの第2セクションでは、どのような走りを見せてくれるのか!?
  そして、コーナリングには、定評のある烈君!
  必殺のハリケーンドリフトを、いつ決めるのか!?」


 ミント・ソニックとサイクロン・マグナムがコーナーに入って行く。
 2台のマシンは、鮮やかにコーナーを抜けて行く。
 ミント・ソニックが、サイクロン・マグナムを引っ張って入るので、いつもより減速しない。
 しかし……。


 「コーナリングは、鮮やかに決めるがどうしたんだ!?
  ハリケーンドリフトが、一度も出ないっ!!」


 そう、それはコースアウトをしない綺麗なコーナリングでしかない。
 その間にアストロレンジャーズとメインチームは、先頭をコーナー重視のマシンに変えて差を縮めて来た。


 「レツ・セイバ……。
  何を考えている?」


 予想外の展開にブレットは、ビクトリーズの作戦を視野に入れる。
 メインチームも藤吉のスピン・コブラにより、アストロレンジャーズとせめぎあっていた。


 「ハリケーンドリフトじゃない?」

 「でも、あの走り方……どこかで見たような気がするでげす。」

 「バンガード・ソニック……。」


 最後尾を走るJに、リョウと藤吉が振り返る。


 「そういえば、似ているな。」

 「何で、今頃?」


 理由の分からない3人は、土屋博士の無線に期待したが連絡はなかった。
 さらに機嫌をよくして暴走するミントの魔法、兼、ポルターガイスト現象に土屋博士と次郎丸はベンチの影で怯え切っていた。


 …


 第3セクションは、再び長いストレートコースだった。
 豪は、今度こそと烈の横に並ぶ。


 「アニキ!
  次こそ、負けねぇ!」

 「そうはいかない!」


 ミント・ソニックとサイクロン・マグナムは、ストレートで勝負を始めるが、再び、ミント・ソニックが先頭を切る。


 「くっそ~!
  納得いかね~!」

 (豪には、悪いけどあと2つ理由があるんだ。
  後輪部分に開けた縦穴、あれが余計なダウンフォースを逃がしている。
  そして……。
  GPチップが、ミント・ソニックは育っていない事。
  レースを経験してGPチップがペース配分を学習する。
  だから、ストレートで出す全力も全開じゃない。
  ・
  ・
  だけど、ミント・ソニックは、GPチップが育っていないから常に全開だ。
  つまり、同じ性能ならミント・ソニックの方が速い……。
  でも……バッテリーは無限じゃない……。)


 わめきながら走る豪の隣で、烈は、後続との差を確認する。
 そして、全開で走り続けるミント・ソニックのバッテリーは、まだ心配なさそうだ。


 (予想通り、大分差をつけたな。
  ここで、もっと差をつける!)


 第3セクションのストレートで、サブチームは大差をつける。
 そして、第4セクションの波打つショートコーナーコースに突き進んだ。


 …


 第4セクションに入るとサブチームは、スピードが落ちた。
 ミント・ソニックが、バンガード・ソニックのコーナー思想を引き継いでいるとしても、グランプリマシン仕様のハリケーン・ソニックには遠く及ばない。
 しかし、それでもサイクロン・マグナムのコーナリングよりは遥かにいい。


 「烈君、豪君は、第4セクションに1番乗りだ!
  しかし、ショートコーナーの連続でペースダウン!
  どうやら、ミント・ソニックは、コーナー重視のマシンではなくストレート重視のマシンのようだ!」


 第4セクションでサブチームは、かなりのペースダウンをする。
 ストレートのセクションで稼いだ貯金も大分なくなってしまった。
 それとは逆にメインチームが急激な追い上げを見せる。


 「サンダードリフトでげす!」


 スピン・コブラのサンダードリフトでメインチームは、どんどんサブチームに迫り、アストロレンジャーズを引き離す。
 アストロレンジャーズのブレットは、ここに来てようやく作戦を理解する。


 「ビクトリーズの狙いが分かったぞ。」

 「本当か!? リーダー!」

 「彼らは、チームを二つに分けて俺たちを引き離すポイントを分けたんだ。」

 「ポイントを分ける?」

 「そうだ。
  前の3人は、今までは俺たちに引き離されない走りをしていたが、
  このセクションで引き離すつもりだ。」

 「そうか!
  トウキチ・ミクニのマシンか!」

 「そうだ。
  あのマシンは、このセクションで威力を発揮する。
  しかし、このショートコーナーだ。
  我々のように1列縦隊では、トウキチ・ミクニのマシンのスリップストリームは維持出来ない。
  それで、チームを分けたんだ。」

 「それじゃあ……。
  レツ・セイバが高速仕様のマシンを使用していたのは……。」

 「ああ、間違いない。
  ゴウ・セイバとチームを組むためだ。」

 「やってくれるぜ!」


 アストロレンジャーズの面々は、作戦に嵌まっている事に歯噛みする。


 「だが、こちらも予想通りだ。
  ゴールした4位のマシンが速くゴールした方の勝ちだからな。
  ハマーD、次のセクション期待しているぞ。」

 「ああ、任せてくれリーダー。」


 余裕の笑みを浮かべたアストロレンジャーズは、最下位で第4セクションを後にした。


 …


 第4セクションまで1位を維持しているミント・ソニックにミントはご満悦だった。


 「ふっ……。
  さすが、あたしのミント・ソニックね♪
  子分の烈も、よくやってるわ。」


 ミントは、高笑いをしていたが、第5セクション半ばで悲鳴に変わる。


 「あ~~~!
  ちょっとちょっと、どーしちゃったのよ!?」


 姿の見えないミントの疑問に土屋博士が答える。


 「バッテリー切れだ……。」


 …


 第5セクションは、ループして天に伸びるタワーがコースになる。
 ループによる極端な上り坂と下り坂。
 そして、ゴールまでのストレートだ。
 ミント・ソニックは、タワーの7割ぐらいまでは順調だったが、そこから一気にスピードダウンした。


 「へっへ~んだ!
  アニキ、このタワーの勝負は、オレの勝ちだな!」

 (予想通りバッテリーが、パワーダウンしたな。
  今回、豪のバッテリーは、ゴールまで持つはずだ。
  最後のアドバイスだ……。)

 「甘いな、豪!
  ミント・ソニックは、サイクロン・マグナム以上の高速仕様だ!
  ここを上りきって、下りを『壁走り』のストレートで一気に追い抜く!」

 「くっ!
  アニキ、壁走りが出来るのは、リョウだけじゃないって覚えておいた方がいいぜ!」


 豪は、烈を残すと頂上に向けて走り去って行った。


 (上手く壁走りを印象付けれたみたいだな……。)


 安心した烈の横を今度は、メインチームがJのプロトセイバー・エボリューションを先頭に追い越して行く。


 「烈君……。」


 Jたち、3人は、既に気付いているようだった。


 「ごめんね。
  会議の時に、あんな事言って。」


 烈は、3人に謝る。


 「作戦だったんだから仕方ない。」


 リョウは、烈に気にするなと声を掛ける。


 「まあ、豪君の性格を考えるなら仕方のない作戦でげす。
  でも、事前に相談して欲しかったでげすな。」


 藤吉は、言葉に皮肉も込める。


 「ごめん。
  新マシンを作ってて、話す時間がなかったんだ。
  豪のマグナムは、今回、バッテリーの心配はないはずだ。
  後を頼むよ。」


 メインチームは、烈を抜き去ると豪も一気に抜き去ったようだ。
 豪が飛び跳ねているのが見える。


 (トルクが違うから仕方ないんだよ……。)


 暫くするとアストロレンジャーズが、ハマーDを先頭にすごい勢いで駆け抜けて来た。


 (アストロレンジャーズは、ここでハマー君のバック・ブレーダーで勝負をかける気か。
  大分、差を縮められてる。
  みんな……大丈夫かな?)

 「レツ・セイバ……やってくれる。
  見事な作戦だ。」


 去り際にブレットが、烈に言葉を投げ掛けていく。
 烈は、今は、追い抜けない状態を悔しく思いブレットを見返す。
 遥か遠くになってしまった上り坂で、豪はアストロレンジャーズにも抜かれたようだ。
 だが、烈は信じていた。
 下り坂こそ、豪の力を最大限に発揮出来る場所だと。


 …


 メインチーム、アストロレンジャーズ、豪の順でタワーの下り坂に差し掛かった。
 メインチームとアストロレンジャーズの差は変わらないまま下り坂のレースは続く。
 豪は、烈の言葉を思い出す。
 そして、それは、かつて自分が取った作戦。
 サイクロン・マグナムは、ループする下り坂を唯一ストレートにする壁に張り付くと壁走りで一気に先行するマシンに追い付いて行く。


 「どけどけ~!
  こっから先は、誰にも前を走らせないぜ!」


 タワー中央付近の下り坂で、豪は、アストロレンジャーズを抜き、メインチームを抜き、単独1位に躍り出た。
 その頃、烈は、ようやく上り坂を登りきり下りに入るところだった。


 「さて、ミントちゃんとの約束を守るために、ここからは賭けだな。」


 ミント・ソニックは、下り坂を全力でループ1周分駆け抜け、今出せる最高速度に達すると空高くコースアウトした。


 …


 ゴール前、最後のストレート。
 サイクロン・マグナムが他のマシンの追随を許さず、ゴールに向け一直線に独走していた。

 続いてメインチームの3台がストレートに入り、トライダガーが先頭に躍り出る。
 それに続き、スピン・コブラ、プロトセイバー・エボリューションがスリップストリームに入る。

 少し遅れてアストロレンジャーズが、4台編成で現れる。
 ハマーDは、上り坂でバッテリーを消費して、下り坂でついて来れなくなったからだ。

 ブレットが、サテライト・ワンに通信を入れ最後の切り札”パワー・ブースター”を使うタイミングを計る。
 しかし、サテライト・ワンの情報は非常なものだった。


 「くっ!」

 「どうしたんだ、リーダー!」

 「サテライト・ワンの計算では、最後の一台がゴールするのは、ビクトリーズの方が速い!」

 「そんな……。」

 「じゃあ、あきらめるのか!?」

 「いや、パワー・ブースターを使う。
  路面の状態やマシン負荷によるトラブルが発生する事も考えられる。
  計算では、差は、コンマ2秒だ。」

 「ああ、あきらめるのは早いな。
  逆転出来る要素はありそうだ。」

 「カウントダウンに入るっ!!
  ・
  ・
  パワー・ブースター、オンッッッ!!」


 先頭のブレットのバック・ブレーダーが赤く輝くと会場内で歓声があがる。
 豪のサイクロン・マグナムが先行してゴールする。
 メインチームとアストロレンジャーズは、ほぼ同時にゴールを駆け抜けた。
 

 …


 会場のざわめきは、収まる事なく続いている。
 電光掲示板には、まだ、結果が映し出されていないからだ。

 ビクトリーズとアストロレンジャーズは、固唾を呑んで結果を見守る。
 そこにファイターの実況が響く。


 「只今、レースの試合結果が出たから発表するぞ!

  1位、ミント・ソニック         27分18秒32
  2位、サイクロン・マグナム       27分20秒11
  3位、トライダガーZMC        27分24秒26
  4位、バック・ブレーダー1       27分24秒27
  5位、バック・ブレーダー5       27分24秒28
  6位、スピン・コブラ          27分24秒30
  7位、プロトセイバー・エボリューション 27分24秒31
  7位、バック・ブレーダー3       27分24秒31
  9位、バック・ブレーダー2       27分24秒32
  リタイア バック・ブレーダー4

  以上、勝者TRFビクトリーズだ!!」


 会場は、盛況に盛り上がっているが、走り切ったレーサー達は納得がいかない。


 「ちょっと、待った~!!
  なんで、オレが1位じゃないんだ!」

 「そうだ、それはおかしい。
  俺たちは、誰も烈に抜かれていないはずだ。」

 「そうか。
  レースをしていた君達は、分からないかもしれないな。
  では、VTRで確認して貰おう!」


 ファイターは、合図を送ると大画面モニターにタワーが写る。
 その下をビクトリーズやアストロレンジャーズが走っている。

 しかし、何か点のようなものが、豪の頭辺りを飛んでいる。
 点は、豪を追い越すと徐々に大きくなり、ゴール手前で着地するとゴールを一番乗りで駆け抜けた。


 「信じられん。」


 リョウが、呆れた声を出す。


 「ミ、ミニ四駆が飛んだでげす。」


 藤吉も驚きの声をあげる。

 そして、肝心の人物が、ハマーDと一緒に歩いて来る。
 烈は、電光掲示板の順位を見る。


 「勝ったみたいだね。」

 「アニキ!
  何、のん気なこと言ってんだ!?
  説明しろ!」


 豪は、烈の首を締め上げる。
 烈は、豪の手をタップすると豪は、慌てて手を放した。


 「レツ・セイバ、我々にも納得のいく説明をして欲しい。」


 ブレットもミニ四駆が飛んだ真実を烈に追求する。


 「分かったよ。
  えっと、ソニックは……。」


 ミント・ソニックは、壁に向かって走り続けていた。
 それをミントが拾い上げると、手を使って壁を蹴ったように見せ烈に渡す。

 ミントは、烈に親指を立てる。
 烈もミントに親指を立てる。
 二人は、笑顔を返しあった。

 ミントが見えない他のメンバーは、まるでミント・ソニックが、意思があるように烈の手元に戻ったように見えて唖然としていた。
 烈は、そんな事はお構いなしに説明を始めた。


 「簡単に言うと、あのタワーの頂上から飛んでここまで来たんだ。
  バッテリーがなくなる寸前だったから、もう、みんなには追いつけないから。」


 烈の指差すタワーは、物を落としてどうにかなる高さではない。


 「マグナム・トルネードみたいなもんか?」

 「いや、あの勢いで落ちたら壊れるって。」

 「じゃあ、どうやって飛んだんだ?」

 「パラシュートって知ってる?」

 「当然、知っているでげす。」

 「じゃあ、パラシュートに穴が空いているのも知ってる?」

 「そういう事か。」


 ブレットは、すでに分かったらしい。
 アストロレンジャーズの何人かは、察しがついたようだ。


 「ミント・ソニックの後輪の方の穴は、走っている時はダウンフォースを減らすけど、
  飛ぶ時は、パラシュートの穴のように空気の逃げ道になるんだ。」

 「パラシュートの原理か。
  思いつきもしなかったよ。」

 「付け加えるなら、今回、高速仕様で軽量化したことと
  ハリケーン・ソニックについていたカイト部分を、
  そのままにしたのが要因だね。」


 周りには、感嘆の息が流れていた。
 ブレットは、烈の前に進み出て手を出す。


 「チーム戦でも負けて個人戦でも負けた気分だ。
  完敗だ、レツ・セイバ。」


 烈は、ブレットの手を握り返す。
 会場は、割れんばかりの拍手で埋め尽くされた。


 …


 控え室に戻る廊下で、ミントと烈は話していた。


 「いや~、一時はどーなることかと思ったわよ!」

 「苦肉の策だったけどね。
  チーム戦を個人で勝つなんて無理しすぎたよ。」


 二人は、笑い合う。


 「ミントちゃんは、これからどうするの?」

 「そろそろ帰るわ。
  十分に楽しめたし♪」

 「そう。
  ちょっと寂しいな。
  ミント・ソニック持っていく?」

 「いいわ。
  あたしのいるとこには、電池ってゆーのないから。
  烈の好きな女の子にでもあげたら?」


 烈は、みるみる顔が赤くなる。


 「そ、そんな子いないよ!」

 「そう?
  まあ、いーわ。」


 ミントは、可笑しそうに笑う。


 「じゃあね、烈。」


 その言葉を残すとミントは、烈の前から姿を消してしまった。
 烈は、手に残ったミント・ソニックを見て、ウソではなく現実だったんだと認識する。


 「さよなら。
  ミントちゃん。」


 烈は、この2日に起きた事を胸に仕舞い、みんなのいる控え室に戻って行った。


 …


 カローナの街で、一人の少女が目を覚ます。
 大きく伸びをすると欠伸をする。


 「ううう……。
  何か変な夢見た……。
  昨日、ロッドのスカタン号に乗ったからかな?」


 ミントは、もう一度、伸びをすると部屋を後にした。


 …



  第54話 間桐の遺産~番外編②~



 プチンとセイバーは、テレビのリモコンでスイッチを切る。


 「なるほど。
  先日のテレビゲームは、このアニメを題材にしたものでしたか。」

 「…………。」


 満足そうな顔のセイバーにライダーは、質問をする。


 「セイバー、面白かったですか?」

 「はい、楽しめました。
  しかし、烈の苦労は人事と思えない。
  サクラは、どうでしたか?」

 「わたしは……男の子向けのアニメは、ちょっと。」

 「そうですか。
  ライダーは、どうでした?」

 「正直に言えば、面白かったです。
  私は、乗り物や動くものに興味があるので。」

 「クラス故ですね。」

 「しかし、このアニメはいいですね。
  一生懸命さが伝わる。」

 「何より、世界中の子供達が仲良く頑張っているのがいい。
  また、自分達で自作したマシンを作ってレースをするというのは、夢がありますね。」

 「ええ、友情と勝利への喜びと教育においても
  良いのではないでしょうか。」

 (何なんだろう?
  サーヴァントが、熱くアニメを語ってる……。)


 少し熱を帯びて会話するセイバーとライダーに桜は、不思議な気分になる。
 これは凛達が、解読を進めている合間の出来事である。



[7779] 第55話 間桐の遺産~番外編③~
Name: 熊雑草◆890a69a1 ID:9b88eec9
Date: 2010/08/27 00:33
 == Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==



 「ちょっと、いいですか?」

 「なんやねん? いきなり?」

 「いえ、ちょっと。
  最近、びっくりする事がありまして。」

 「またかいな?」

 「またって。
  自分……。」

 「で?」

 「あ、聞いてくれます?」

 「仕方ないから聞いてやる。」

 「実はですね。
  この前、電車に乗ったんですよ。
  知ってます? 南武線?」

 「知ってる。
  あの川崎に行くヤツやろ?」

 「そうです。
  ちょっと、用があって乗ったんですよ。
  スターだから、正体バレないように帽子被ってサングラスして深めにマフラーして。」

 「変質者やな?」

 「違うわ! スターやからや!」

 「どうでもええわ!
  続けろや!」

 「何で、そんなに上から目線なん?
  同じ仲間やろ?
  二人合わせて……。」


 パシーン


 「いいから、続けろ。」

 「まあ、いいですわ。
  で、立川から川崎に向けて乗ってたんですわ。
  始発やから座れるかと思ったんですけど、
  平日だったんでサラリーマンが多くて、立ちで川崎に向かったんですわ。」

 「ああ、ラッシュの時に乗ったんだ。」

 「はい。
  そうしたら、俺の前におっさんが座ってんですわ。
  40か50の。
  頭が、もう、禿げ始めてる。」

 「おお、んで?」

 「そのおっさんが、途中、眠り出したんですわ。
  発車して、2,3駅ぐらいだったと思います。」

 「うん、で?」

 「そしたら、そのおっさん、急に魘され始めたんですよ。」

 「マジで?」

 「マジで。
  そして、それ直ぐ終わるのかなと思ったんですけど、
  ずーっと魘されてんですよ。」

 「ホンマかいな?」

 「ホントです!
  登戸に着いても溝ノ口についても、ずーっと魘されてんですわ!」

 「おもろいな。
  周りの人間、どうしてん?」

 「俺と同じですわ。
  『えーっ』って、なってん。」

 「そら、なるわ。」

 「大阪だったら、ツッコムでしょ?」

 「ツッコムな。
  『なに魘されてんねん!』って。」

 「俺、思いっきしツッコミたくなったんねん。」

 「ツッコんだらええねん!」

 「無理ですわ~!
  出来ませんて!
  だって、東京ですよ!
  ツッコんだ瞬間に冷たい目で見られますもん!」

 「で、結局どないしたん?」

 「川崎まで、ずーっと放置ですわ。」

 「マジで?」

 「俺が、ツッコミたいのわかるやろ?」

 「わかるわかる。」

 「でも、東京の人って全然気にしないのな。」

 「そうなん?」

 「そうなんですよ。
  満員電車だから、一人ぐらいツッコムかと思ったんですけど、
  誰一人、ツッコまへんのですよ。
  最初、『えーっ』ってなるぐらいで、後、『知りません』って感じ。」

 「そういうとこ、あるかもしれへんな。」

 「怖いですよ~、東京。」

 「ハガキいっていい?」

 「なんや突然!
  俺の話は、おもろなかったんかい!?」

 「まあ。」

 「オイ!」

 「うっさいな~!
  毎度のことやないか!」

 「毎度言うな!
  俺が、いつもすべってるみたいやないか!」

 「ああ、わかったわ。
  おもろかったわ。
  ハガキいくで?」

 「もう、ええわ。
  好きにせい。」

 「2週間に一度行われる世界ハードSグランプリの
  ディフェンディングチャンピオンHさんのセコンドを勤めるMさんに質問です。」

 「お前チャンピオンなん?」

 「お前かてセコンドって書いてあるやないか。」

 「間隔2週間って、めっちゃハードスケジュールやな?」

 「しかも、世界戦ですよ?」

 「世界中から、2週間置きに集まるんや……。
  スポンサー破産するわ!」

 「ホンマやな。」

 「まあ、ええですわ。
  続けてください。」

 「ディフェンディングチャンピオンHさんを苦しめた
  元GのプロデューサSさんのムッツリハードSについて教えてください。
  何や? ムッツリハードSって?」

 「あなたの方が、ご存知なんじゃないですか?
  専門分野だし。」

 「知らんわ!」

 「嘘つかないでください。
  戦った相手やないですか?」

 「敗者のことは、覚えてへん!」

 「何気に王者の風を吹かせんといてください。
  そもそも、この大会ってどうやって勝敗決めるのかも分かんないですし。
  ムッツリついてる時点で、ハードSなんて成立しないですよ。」

 「ホンマやな。
  どうやって、Sって分かるんやろ?」

 「ああ!
  でも、お前は、相手が、Sかどうか分かんないから苦戦したんちゃう?」

 「どういうこと?」

 「関係ないか?
  ハードSのお前なら、誰かてシバキ倒すもんな。」

 「シバキ倒さんわ!」

 「女性は、セクハラか?」

 「セクハラせーへんわ!」

 「そして、気に入らないヤツは、チャカ出してバーン!」


 パシーン


 「ええ加減にせいや!」

 「次、行かへん?
  これ以上、広げられへんわ。」

 「最近のハガキは訳分からん。
  次、行きます。
  最近、髪を切って坊主頭にしたMさんに質問です。」

 「最近ちゃうわ。」

 「昔のGのDVDを見るとHさんの唇整形疑惑の話がありました。」

 「あったなーっ!」

 「しかし、今、テレビを見ると元に戻っていますが、何故ですか?
  大きなお世話じゃ!」

 「あれ、何でなん?
  俺も、気になるわ。」

 「今も昔も変わってへん!」

 「お前……。
  一度、整形して唇綺麗にした後、
  再手術して、また、たらこに戻したんやろ?」

 「するか!
  なんでそんなめんどくさいこと、しないといけないねん!?」

 「お前、一時期ドラマとか出てたじゃん?
  色気づいたんちゃうの?」

 「するか!
  なんでドラマ出る時、整形して、終わったら元に戻すねん!?
  整形したら、そのままにするわ!」

 「お笑いに整形した唇で出たら、笑い取れへんから?」

 「関係ないやろ!
  べしゃりに唇の何が関係あんねん!」

 「じゃあ、お前の90%が唇だから。」

 「90……って、お前!
  俺は、唇で出来とんのか!?」

 「はい。」


 パシーン


 「真実を言いましょうよ。」

 「真実も何も整形してへんわ!」

 「ええ!?
  じゃあ、あれなんだったん!?」

 「知らんわ!
  このネタにふれんどいて!」

 「いや、いじり倒しますよ。
  唇と言ったらあなた。
  あなたと言ったら唇ですから。」


 パシーン


 「ふれるな! 言うてんねん!」

 「え~っ!
  じゃあ、何か納得のいく答えを言ってくださいよ!」

 「…………。」

 「早く答えろや!
  お前、芸人何年やってんねん!?」

 「理由なんてないんやから、しょうがないやろ!」

 「皆さん、聞きました?
  逆ギレですわ。」

 「逆ギレちゃうわ!」

 「お前、自分の唇の事ぐらい、ちゃんと管理しとけよな!」

 「なんで怒られなあかんねん?」

 「とりあえず、謝れや。」

 「なんで?」

 「『自分の唇をないがしろにしてすいません』て。」

 「…………。」

 「自分の唇をないがしろにしてすいません。」



  第55話 間桐の遺産~番外編③~



 プチンとセイバーは、テレビのリモコンでスイッチを切る。


 「…………。」


 不機嫌そうな顔のセイバーにライダーは、質問をする。


 「セイバー、何故、このようなものを見たのですか?」

 「シロウが、私をGのHのようだと罵ったためです。」

 「…………。」

 「セイバー、感想は?」

 「ありません。」


 セイバーは、無言で立ち上がる。


 「どちらへ?」

 「ちょっと、鬼退治に……。」

 「…………。」


 セイバーは、無言で居間を出て行く。


 「桜、忘れましょう。」

 「……はい。」


 これは凛達が、解読を進めている合間の出来事である。



[7779] 第56話 間桐の遺産④
Name: 熊雑草◆890a69a1 ID:9b88eec9
Date: 2010/08/27 00:33
 == Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==



 一日が終わり、衛宮邸の面々は、眠りにつこうとしていた。
 その与えられた部屋で、少女が一人で苦痛に耐える。
 体の中から魔力を吸収するために暴れる蟲に抵抗して……。

 自分は、この苦痛から逃れられない……。
 でも、やっと取り戻した平穏を手放したくない……。
 しかし、この事を話せば、その平穏は壊れてしまうかもしれない……。
 長年の間に蓄積された己の業……。
 辛い事は、常に胸に仕舞い込んでしまう。
 解決出来ない悩みに少女は、必死に耐え続けた。

 答えは、すぐ側にある。
 勇気を出して頼ればいいだけなのだ。



  第56話 間桐の遺産④



 深夜、もう一人の少女が、儀式を行おうとしていた。
 目の前に並んだ僕を前に目が落ち、唇が優しく吊りあがる。
 そして、僕の一人を手に取り、そっと抱きしめる。


 「ふむ。
  やはり愛らしい……。
  ついつい『ぎゅっ』としてしまう。」


 セイバーは、ゲームセンターで取ったライオンを抱きしめ、悦に浸っていた。


 「こんなに愛らしくて、この抱き心地……。
  ・
  ・
  もう、ひとつ。」


 セイバーは、更に、もう1匹のライオンを抱え込む。


 「この手応え……。
  嬉しさも二倍ですね。
  ・
  ・
  それにしても……。
  なんて円らな瞳なのでしょう。
  ・
  ・
  我慢出来ません。
  全員一緒に抱きしめなければ……。」


 セイバーは、ライオンを取ろうと手を伸ばし静止する。
 目を擦り、『疲れているのでしょう』などと口にして、もう一度確認する。
 変わってない……。
 セイバーの腕から、2体のライオンが転げ落ちる。
 そして、問題のライオンを手に取る。


 「あ……あ……アスタリスクが……。
  お、大人になってしまった!」


 セイバーは、鬣を生やしたライオンを掴むと隣に繋がる襖をスパーンと力一杯開ける。


 「シロウ!
  アスタリスクが、大人になってしまいました!」


 士郎は、何を訳の分からない事を言っているんだと布団から起き上がると電気をつける。


 「アスタリスクって、なんだ?
  * の事か?」

 「これです!」


 セイバーは、鬣の生えたライオンを士郎に突きつける。


 (ああ……これか。)

 「昼間までは子供だったのですが、今、見たら大人に……。
  シロウ! これは一体!?」

 「俺がやった。」

 「…………。」


 暫しの沈黙。
 士郎は、あれが来るかと予想する。


 「貴方が……。」


 セイバーは、マジマジと鬣の生えたライオンを見つめる。


 「素晴らしい……。」

 「は?」

 「シロウに、まさかこの様な能力も備わっていようとは。」

 「なんの話だ?」

 「シロウ、あと二匹を大人にしてください。」

 「は?」

 「バランスがいい。
  私は、この前から鬣の生えたライオンも欲しいと思っていたのです。」

 「…………。」

 「明日で良ければ……。」

 「感謝します。」

 「……ところで、アスタリスクって何さ?」

 「この子の名前です。」

 「…………。」

 「この前、アニメの再放送でブリーチなるものを見ました。
  そのオープニングテーマから、名前を頂きました。」


 セイバーは、にっこりと笑いながら鬣の生えたライオンを強く抱きしめる。
 士郎は、その笑顔にドキリとする。


 (今のは、不意打ちだった……。)

 「どうしました?」

 「いや、なんでもない。
  ちょっと、俺が得しただけの事だ。」

 「?」

 「突然、すいませんでした。
  おやすみなさい、シロウ。」

 「ああ、おやすみ。」


 セイバーは、上機嫌で自分の部屋に戻って行った。
 士郎は、電気を消すと夜の寒さで頭を冷やしながら眠りについた。


 (それにしても……。
  アニメを勧めたのは失敗だったか?)


 …


 衛宮邸の朝、今日も士郎の朝は早い。
 洗面所で顔を洗い、いつも通り居間に向かい台所へ。


 「また、先越された……。」


 アーチャーは、既に朝の仕込みを始めていた。


 「遅かったな。」

 「5時前だが……。
  ・
  ・
  手伝う事あるか?」

 「無いな。
  下手に手伝われると味が落ちる。」

 「個人の味付けを尊重しろと?」

 「理解が早くて助かる。」

 「お客様に朝食を作って貰うのも気が引けるが。
  ・
  ・
  後、お願いします。」

 「うむ。
  任せておけ。」


 士郎は、居間を出ると道場へ向かう。
 ストレッチに30分を使い、軽い筋トレに30分。
 そして、天地神明の理を正眼に構える。


 「しまった……。
  相手が居ない……。」


 士郎は、そこで固まり、イメージトレーニングに切り替えた。


 …


 セイバーは、士郎の気配が隣の部屋から出て行くのを感じてから目を覚ましていた。
 朝の気配が、何処となく気を落ち着かせたくなるとセイバーの足は、自然と道場に向かっていた。
 道場では、先客が刀を正眼に構えて静止していた。


 …


 士郎は、セイバーの気配に気付くと振り返る。
 元々、誰かを相手にしたいところだった。


 「おはよう、セイバー。」

 「おはようごさいます、シロウ。
  剣の鍛錬ですか?」

 「そんなところ。
  丁度、相手が欲しかったんだ。
  相手をしてくれないか?」

 「いいでしょう。」

 「その格好でいいのか?」

 「そうですね。
  鎧を編むまでもありませんが……武装だけを。」


 セイバーは、甲冑を外した武装に換装する。
 壁の木刀を取り、向かい合う。


 「では、先日同様に魔力を開放します。」

 「頼む。
  俺も少しはマシになったつもりだ。」

 「行きます!」


 セイバーが、地を蹴り、突きを繰り出す。
 士郎は、回避する時、体全体での回避をしないようにする。
 膝から下だけを巧みに使い回避を実行する。
 前の時と違い、速度は格段に落ちていた。


 (?
  妙ですね。
  前は、もっと華麗に躱していたのに。)


 セイバーは、突きを躱されると、即、薙ぎ払いへと転じる。
 士郎は、それを天地神明の理で受ける。
 セイバーは、ここでも異変に気付く。


 (ここでも……。
  手応えが強く返って来る。)


 続いて振りかぶり、二度、三度と木刀を振り切る。
 セイバーは、なるほどと納得する。


 「型を変えましたね、シロウ。」

 「さすが剣の英霊。」

 「連続攻撃に耐えられるようにしたのですね。
  前の時は、威力を完全に消していましたが、今回は、手応えが残っている。
  確かにあの型は完全でした。
  完全過ぎて動作が大き過ぎた。
  それ故、連続攻撃に耐えられない。」

 「人間相手だと有り得ないんだけどね。
  サーヴァントは、連続で振り抜けるから、こんな在りもしない型になった。」

 「在りもしない……ですか?」

 「そう。
  色々、考えたんだ。
  体を強化するって、どういう事か。
  単純に威力が上がるって考えると破綻する。」

 「…………。」

 「振り切った後が重要だった。
  常人は、ここから次の攻撃に移る時、
  振り切った慣性を殺して、新たに剣に威力を乗せなければならない。
  しかし、サーヴァントは、強化されているから、ここのタイムラグがないに等しい。
  常人なら、『振り切った後の時間の立て直し=俺の回避後の立て直し』が成り立つ。
  サーヴァント相手では、成り立たない。
  俺が立て直している間に切り込める。」

 「『何かを得るには、何かを支払わねばならない』とエドも言っていました。
  貴方は、威力を自分で受ける代わりに動作の大きさを修正した。」

 「その通りだ。
  真面目な話に鋼の錬金術師の話が出て来たのは、納得いかないが。」

 (やはり、アニメを勧めるんじゃなかった……。)

 「考えましたね。」

 「しかし、まだまだ未完でさ。
  微妙な力加減が出来ない。
  今も手が痺れてる。
  もう少し、自分の我慢出来る範囲を見極めないと刀を落とす事になる。」

 「…………。」

 「シロウ。
  提案なのですが、よろしいでしょうか?」

 「なんだ?」

 「受けるのもいいのですが、やはり手を出すべきです。
  シロウが、受け続ける事をしないといけないのは、
  相手の攻撃を寸断する事が出来ないからです。
  相手は、攻撃をしないと分かれば延々と攻撃を止めません。」

 「尤もだな。」

 「私は、シロウの攻撃する姿を見ていません。
  是非、貴方から仕掛けてください。」

 「…………。」

 「やらなきゃ、ダメか?」

 「何か問題でも?」

 「弱点なんだよ。
  攻撃するの。」

 「は?」

 「攻撃すると、いつも負けるんだ。
  だから、俺は避け続けて、
  相手に確実に入れられるまでの隙が出来るまで待ち続けるんだ。」

 「それは……。」

 「非効率だろ?」

 「この上なく。」

 「だから、体力ばかり人並み外れてあるんだ。」

 「ライダーの言っていた意味が分かりますね。
  話が逸れましたが、弱点というのは?」

 「立ち合ってみれば分かる。」


 士郎とセイバーは、向き直り構え直す。
 今度は、士郎からセイバーに仕掛ける。
 大きく振りかぶった瞬間、セイバーの胴打ちが決まる。


 「って~~~。」

 「……酷いですね。
  受ける時と雲泥の差です。」

 「昔から、こうなんだ。
  藤ねえにも、結構、教えて貰ったんだけど、
  どうしてもダメなんだ。」

 「まず、振りが大きい。
  受けの時、あれだけ細心の注意をしているのに……。」

 「でも、振りかぶらないとスピード出ないだろ?」

 「あんなに上段まで、振りかぶる必要はありません。
  更に振りかぶった時間が長過ぎます。
  振りかぶった瞬間は、隙が大きいものです。」

 「振りかぶったまま、どこに打ち込んでいいか迷ってしまって……。」

 「後、これは推測ですが、貴方は、打ち込む事に迷いというか
  戸惑いを感じているように思える。
  これは、貴方の発言の事ではありません。
  心情的な事だと感じています。」

 「…………。」


 士郎は、天地神明の理に目を移す。


 「これって凶器だろ?
  痛いじゃん?」

 「痛い……って。
  当たり前ではありませんか。」

 「そう思うと、ちょっとな。」

 「イリヤスフィールには、刀を突きつけたではありませんか。」

 「人の心を抉るような事は、言わんでくれ。
  あれ凄い罪悪感なんだから。
  それにあれは、この刀に刃がないから実行したギリギリの事だ。」


 セイバーは、溜息をつく。


 「貴方の行為は、上段者が行うものです。」

 「上段者?」

 「そうです。
  相手を気遣うのは、悪い事ではありません。
  しかし、未熟な腕で相手を気遣って、どうするんですか?」

 「……それもそうだな。」

 「もし、相手を傷つけたくないなら腕を磨くべきです。
  どんな相手でも傷つけずに征する強さを身につけるのです。
  未熟な腕では、庇うべき相手も倒すべき相手も……そして、自分自身さえ傷つけます。」

 「……申し訳ない。」

 「謝る必要はありません。
  今は、私が居ます。
  しっかり、鍛え直してあげましょう。」

 「え?」

 「まずは、素振りから始めます。」

 「待て!
  俺は、自分のペースでやる!」

 「何を温い事を……。」


 セイバーの雰囲気が変わって来る。
 温和な上官から鬼軍曹へと……。
 それから朝食まで容赦ない特訓が続く。
 注意は、木刀での愛の鞭のみ。
 朝の光の中で、士郎は、天への朝の光を垣間見るのだった……。


 …


 朝食時、士郎とセイバーを除く全員が席に着いていた。


 「遅いわね。
  何をやってるのよ?
  アイツ、まだ寝てるの!?」

 「いや、小僧なら起きている筈だ。
  私と朝、会話をした。」

 「じゃあ、どっかで遊んでるわけ?」

 「この時間から遊んでいるとは思えんが……。」


 その時、居間の障子が開く。
 セイバーに抱えられた状態で士郎が現れる。
 セイバーは、面倒臭そうに士郎を投げ捨てる。


 「まったく、根性のない。」


 屍の様に動かない士郎を目撃して、凛達の頬に一筋の汗が流れる。


 「何これ?」

 「シロウと剣の鍛錬をしていたのですが、
  途中でへばって、この有り様です。」

 「…………。」


 ライダーが、一同を代表して質問をする。


 「本気で打ち合ったのですか?」

 「当然です。」

 「ただの……人間相手にですか?」

 「え?
  ……ただの?」

 「ええ、ただの。」


 セイバーは、テーブルについている各々の顔を確認する。
 テーブルについている者は、無言で頷く。
 イリヤが、士郎の服を捲り上げる。


 「すごい痣の数ね。」

 「そ、それは、この前のバーサーカーの時の痣も……。」

 「面白い事を言うわね、セイバー。
  バーサーカーは、木刀なんて使わないわ。
  直撃を喰らえば死ぬだけよ。」

 (((((どっちもどっちだ……。)))))


 凛が溜息をつく。


 「わたし……被害者は、わたし達だけだと思っていたんだけど、
  今は、衛宮君に同情するわ。」

 「しかも、殺され掛けたのが、
  自分のサーヴァントですからね。」

 「やり過ぎました……。
  申し訳ない……。」


 セイバーは、猛省している。
 その時、士郎が、のそりと起き上がる。


 「ううう……。
  気絶してたか。」

 「シロウ、申し訳ありません。」

 「ああ、いいって。
  体で覚えさせられるのは慣れてるから。」


 アーチャーは、心当たりがあり、額を押さえる。


 (また、あの人か……。)


 セイバーの反省の弁は続く。


 「しかし、気絶をさせるほど、打ち込んでしまい……。」

 「まあ、つい最近、遠坂にも気絶させられた事だし。」


 今度は、全員の視線が凛に集まる。


 「わたし!?
  わたしが、いつ士郎を気絶させたのよ!?」

 「凛、学校だ。」

 「学校?
  ・
  ・
  あ!」


 凛は、思い出す。
 桜は、おずおずと質問をする。


 「姉さん、衛宮先輩に何をしたんですか?」

 「え~っと……。
  まあ、いつも通りグーを入れただけなんだけど……。」

 「殴った先に消火器があったのだ。」


 的確なアーチャーのフォローに居間に溜息が漏れる。


 「何と言うか……。」

 「色々と不幸が重なりますね……。」

 「わたしは、冤罪よ!」

 「まあ、いいよ。
  腹減ったよ。」

 「士郎は、流してしまっていいんですか?」

 「大した事じゃないだろ?」


 士郎は、ライダーの指摘を軽く流す。
 『気絶させられる=大した事ではない』が、衛宮士郎と藤村大河のデフォルトになっていた。
 そのため、常識を持って事実を受け止めているセイバーは、まだ、反省を続けている。


 「シロウ……。」

 「まだ、気にしてんのか?
  収穫あったから、気にするな。
  今度は、俺が、セイバーに一泡吹かせるから。」


 士郎の言葉に、セイバーにスイッチが入る。


 「ほう……。
  面白い事を言う。
  いいでしょう。
  やはり、貴方に手加減はしません。」

 「いや、そこはしてくれ。
  あくまで人としてのレベルだから。」


 居間には、再び、溜息が漏れる。
 朝食が直に始まり、各々アーチャーの料理を胃に収めていく。
 そして、本日も魔術師二人の戦いが始まる。
 士郎は、昨日同様に血を作りながらライオン二匹を大人にし、セイバー、ライダー、桜も同様の一日を過ごす。
 よって、この4人の話は、特にしない。


 …


 凛とイリヤは、作成し終わったリストを参考に裏づけと治療方法を話し合う。
 魔術書の調査の結果、必要なのは、魔術の術式を組み上げる事だった。
 間桐の水属性をコントロールし術式を組み上げる。
 この組み上げ方こそが、魔術書に引き継がれた子孫への知識の秘密であった。


 「凛、ここ。
  これを解明しないと蟲は操れないわ。」

 「待って……それは、こっちの本の……。
  ほら、ここ。
  これを使えば、いいはずよ。」

 「分かったわ。
  じゃあ、メモに追加しとくわよ。」


 イリヤは、一見、分からない図に魔術文字を追加する。


 「どう?
  多分、今のを利用出来れば完全に蟲をコントロール出来ると思うんだけど?」


 凛は、イリヤの追加した図の魔術文字を読み取り、組み上げた魔術を起動する。
 左腕の魔術刻印が浮き上がり、翳した左手の前に起動された魔術の魔法陣が出現する。


 「うん、出来そうよ。
  本当に助かったわ、イリヤ。
  術式も、もう少しってところね。」

 「間桐の水属性をコントロールするには、
  五大元素を操れる凛にしか出来ない事だもの。」

 「分かっているわ。
  これだけは、失敗出来ない。」


 魔法陣が回転を始めると一筋の光に圧縮される。
 凛とイリヤの前に安定した魔術の結果が出現する。


 「出来……たわ。」

 「これが?
  ・
  ・
  迂闊に触れられないわね。
  令呪を作成した技術が入っているんだから。」

 「そうね。
  蟲だけをコントロールする名目で作ったつもりだけど、
  試してみない事には分からないわ。」

 「凛、今のうちに……。」

 「ええ、呪文に置き換えるわ。」


 凛は、組み上げた魔術を呪文に置き換えていく。
 組み上げが終了すると、新たなスイッチを自分の中にイメージする。
 呪文を紡ぐと心の中でスイッチが切れる。
 魔術の光は、徐々に光を失い消滅した。


 「魔力は、思ったより使わないわね。」

 「郡体である体の蟲を制御して維持するのに
  莫大な魔力を使っていたら、本末転倒になるもの。」

 「それもそうね。
  ただ、技術は、さすがと言ったところね。
  蟲を操るために水属性だけしか使用していないけど。
  これを全属性に適応させたらと考えただけで背筋が寒くなるわね。」

 「上手くいけば、相手のサーヴァントの令呪に
  令呪の上書きが出来るかもしれないものね。」

 「…………。」


 イリヤと凛は、沈黙する。


 「実際にやって成功する保障はないけどね。
  サーヴァントの対魔術は、半端じゃないもの。
  わたしにイリヤほどの魔力が備わっていれば考えるけど。」

 「わたしも出来ないわね。
  生まれ持っての魔術の特性が合わないもの。」

 「知識だけは頂くけどね。」

 「ええ、知識だけは。」


 凛とイリヤは、魔術師ならではの笑いを浮かべる。
 そして、これからの段取りを話し合う。


 「さて、計画を実行するには、ある程度の準備が必要ね。」

 「ええ。
  凛、説明をお願い。」


 凛は、頷くと説明を始める。


 「まず、桜の体の状態を見る必要があるわ。」

 「アーチャーがやるんでしょ?」

 「問題は、どうやって調べるかよ。
  桜は、魔術師としての修行をして来ている。
  アーチャーが魔術を使えば、直ぐに気付くわ。」

 「凛は、桜に隠し通すつもりなの?」

 「…………。」

 「分からない。」

 「桜は、なんで、凛に話さないの?
  自分の体の修正は、知っているんでしょ?」

 「それは……。」

 「あなた達、本当に姉妹なの?」

 「当たり前じゃない!」

 「だったら、なんで遠慮するのよ!
  なんで、お互い信じ合わないのよ!」

 「イリヤ?」

 「大好きなんでしょ!?
  二人とも待ち望んでたんでしょ!?
  なんで、止まっているのよ!」

 「前にも言ったでしょう。
  怖いって……。」

 「怖くない!
  信じていれば怖くないわ!
  お互いで、そうやって相手の出方を見て、
  傷を舐めあっていればいいの!?」

 「やけに突っかかるじゃない?」


 イリヤの厳しい言葉に凛は、少し不機嫌になる。
 一方、イリヤは、凛に本当の事を言われて少し冷静になる。
 冷静になると今度は、自分の本音が漏れた。


 「…………。」

 「わたしは、士郎と本当の姉弟になれない。」

 「確かイリヤのお父さんが士郎の義父だっけ?」

 「うん。
  わたしは、士郎と本当の姉弟になりたい……。」

 「それは……。」

 「出来ないでしょ?
  だから、本当の姉妹なのに遠慮しているあなた達が大嫌い!」

 「…………。」

 「十何年も離れていたのにイジイジしているあなた達が大嫌い!」

 「…………。」

 「わたしが望んでも手に入れられないものを持っているあなた達が大嫌い!」

 「…………。」

 「大事なものなのに大事にしない凛が……大嫌い。」


 イリヤは、俯いている。
 凛は、イリヤの言葉を頭で繰り返し反芻する。
 言葉を頭に響かせる内に、沸々と自分への怒りが沸き上がって来る。
 イリヤの言っている事は正しい。


 「大馬鹿!」


 凛の大声にイリヤは、ビクッとする。


 「イリヤ、あんたが正しいわ!
  馬鹿は、わたし!
  何をイジイジイジイジイジイジイジイジしているのよ!
  あれだけ、待って!
  わたしは、何を遠慮してたのよ!
  桜に遠慮する事が、姉妹としての侮辱だって気付きなさいよ!」

 (凛が壊れた?)


 凛は、イリヤをギンッと睨みつける。
 イリヤは、再び、ビクッとする。
 凛は、イリヤの前にズカズカと歩くとガシッと肩を掴む。


 「決着をつけてくるわ!」

 「戦いに行く訳じゃ……ないのよ?」


 凛は、部屋の外に向け歩き出す。
 そして、振り向き様にイリヤに指を刺す。


 「イリヤ!
  あんたが、どう思っているか分かんないけど、
  士郎とあんたは、間違いなく兄妹よ!
  あんた達、そっくりだわ!
  ・
  ・
  行って来る!」


 凛は、襖をスパーンと閉めると出て行った。


 「行っちゃった……。
  ・
  ・
  凛は、ああいうのがいいのよね。」


 イリヤは、クスリと笑う。


 「ちょっと、お姉さんなところを見せちゃったな。
  ・
  ・
  わたしと士郎は、兄妹か……。
  お姉さんにはなれないのかな?」


 イリヤは、凛と二人で散らかした資料を片付け始めた。
 心の中で姉妹が本当に救われるようにと願い続けながら。



[7779] 第57話 間桐の遺産⑤
Name: 熊雑草◆890a69a1 ID:9b88eec9
Date: 2010/08/27 00:34
 == Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==



 勢いよく飛び出し、居間にズンズンと凛は近づいて行く。
 力一杯障子を開けるとスパーンと障子が音を反響させる。


 「桜! ちょっと、面かしなさい!」


 セイバーとライダーと桜は、目を見開き硬直する。


 「リン……殴り込みですか?」



  第57話 間桐の遺産⑤



 最近のセイバーは、よくテレビを見ている。
 ジャンルは、アクションやアニメが大半であるが、ライダーや桜の趣味に合わせる事もある。
 そのため、彼女は、現在の風俗や文化を急速に学んでいっていた。
 聖杯戦争には、無用の知識である……。
 先ほど、セイバーの口から出た言葉も不良達が戦うアニメを見て出た言葉だった。


 「殴り込みじゃないわよ!
  桜と話がしたいの!」

 「そういう事ですか。
  ドスのきいた声でしたので、てっきり。」

 「私は、『面かしなさい』から、
  殴り込みかと……。」


 本日もサーヴァント二人のコンビネーションは冴えていた。


 「ちょっと、気合いを入れ過ぎていたわね。
  そういう事じゃなくて、桜の体の話をしたいの。」

 「!」


 セイバーとライダーは、凛が決心した事を悟る。
 桜は、避けては通れない事に顔を強張らせる。


 「席を外してくれると助かるわ。」


 凛の言葉にセイバーとライダーは、無言で席を立つと居間の外へ出る。
 居間には、凛と桜だけが残された。


 …


 居間の外でサーヴァント二人が立ち尽くす。


 「思ったより……早かったですね。」

 「ええ。
  ・
  ・
  まさか、もう魔術書の解読が終わったのでしょうか?」

 「そうですね。
  あれだけの量を解読に、たった二日とは考えられないですね。」

 「ここで話していても分かりません。
  士郎の部屋に行きませんか?
  確か、あそこで解読をしていたはずです。」

 「はい、行きましょう。」


 セイバーとライダーは、士郎の部屋へと向かう。


 「ところで、セイバー。」

 「何でしょうか?」

 「私達の会話に関してですが、
  同じ様な言葉遣いで分かり難くないですか?」

 「正直に言うと分からないと思います。」

 「やはり、人を呼ぶ時に、
  名前で極力呼ぶようにして判断するしかないのでは?
  ・
  ・
  例えば、士郎を呼ぶ時です。
  セイバーの場合は、シロウ。
  私の場合は、士郎。
  ・
  ・
  人称を呼ぶ時も、
  セイバーは、貴方。
  私は、あなた。
  ・
  ・
  と分かれているのですから。」

 「しかし、『私』で始まって、人称を呼ぶ事なく会話が終わる事もあります。」

 「そうですねぇ……。
  そこは、もう、読者の想像力に頼るしかないのではないでしょうか?」

 「確かに……。
  会話と会話の間に、細々『誰が何した』と入れるとテンポが悪くなります。」

 「ええ、原作の方での作画と文字のコラボレーションは、
  非常によく考えられています。
  活字だけでは分からない台詞の有無を画によって、
  誰が話しているか一目で分かるため、テンポよく読み進められます。」

 「…………。」

 「我々は、一体何の話をしているのでしょうか?」

 「さっさと行きましょう。」


 セイバーとライダーは、士郎の部屋に向かった。


 …


 居間では、姉妹が見つめ合っている。
 これからの話は、お互いが心の境界に踏み入らなければ成立しないからだ。
 凛は、深呼吸を一つする。


 「日も高くなっているし、縁側で話さない?」

 「……はい。」


 凛と桜は、縁側に移動し、仲良く並んで座る。
 穏やかな日差しと冷たい空気……そして、風に乗って鼻をくすぐる洗濯物の洗剤の匂い。


 「ん? 洗剤?」


 姉妹は、匂いの先に目を移す。
 その先には、姉妹の下着が風に舞っている。


 「「!!」」


 姉妹の顔が、みるみる赤くなる。


 「何で、わたしの下着が洗濯された上に
  干されているのよ!」

 「わ、わたしのもあります!」

 「だ、誰よ!?
  勝手に洗って干した奴は!?」

 「……洗濯機を仕える人物が、
  犯人なんじゃないでしょうか。」

 「士郎ね……。
  ・
  ・
  あんにゃろ~~~!
  絶対、ぶっ飛ばす!!」

 「下着を置きっ放しにした
  わたし達にも問題がある気がしますが……。」

 「……そうね。
  確かにそれもあるわ。
  ルールを作りましょう。
  女性陣と男性陣で区別しましょう。」


 姉妹は、洗濯物を見続ける。
 自分達の下着と一緒に揺れる男性物の下着が、弥が上にも気を散らせイラつかせる。


 「居間に戻りましょう。」

 「……はい。」


 姉妹は、再び居間に戻る。


 …


 士郎の部屋にセイバーとライダーが現れる。
 部屋には、イリヤしか居ない。


 「二人とも、どうしたの?」

 「凛に追い出されました。」

 「そう。
  凛は、行動が早いのね。」

 「知っていたのですか、貴女は?」

 「ええ。
  わたしが煽ったんですもの。」

 「煽った?
  ちゃんと煽ったのでしょうね?」

 「煽り方に問題でもあるの?」

 「凄い気の入れようでしたので……。」

 「それは、わたしのせいじゃなくて、
  凛の性格の問題じゃないの?」


 セイバーとライダーは、少し考える。
 先日のお説教した時の凛の気概が頭を過ぎる。


 「性格ですね。」

 「でしょ?」


 イリヤは、クスリと笑う。


 「イリヤスフィール、質問なのですが、よろしいですか?」

 「ええ、構わないわ。」

 「魔術書の解読は、もう、終わったのですか?」

 「ええ、一通り。
  まだ、実際に魔術を試した訳じゃないから、
  完全に終わった訳じゃないけど。」

 「それにしても早過ぎませんか?
  間桐は、仮にも聖杯戦争のシステムを組み上げた一族。
  その魔術書の解読が、二日で終わるなど考えられないのですが。」

 「それは、士郎のおかげね。」

 「士郎?
  士郎が解析したとでも言うのですか?」

 「ええ、そう言っても過言じゃないわね。」

 「本当ですか!?」

 「あれは、魔術師が解くと時間が掛かる本だったのよ。」

 「?」


 イリヤは、座布団の上に座り直すと説明を始める。


 「秘伝の魔術書には、当然、一族以外に知られないための秘密がある。
  暗号、アナグラム、読み込むルール……例をあげれば数え切れないわ。
  間桐の魔術書は、魔術文字を基点に秘密が隠されていた。」

 「魔術文字……。」

 「そう。魔術師なら見た瞬間に必ず意味が頭に浮かぶ。
  更に今では、魔術師達に広く知れ渡っている
  暗号の解読法が散りばめられている。
  つまり、文字の中に文字を隠しているというわけ。」

 「木の葉を隠すなら、森の中……ですか。」

 「ええ、よく出来ているわ。
  まず、魔術文字で意味を惑わす。
  次に解読法で解読させ惑わす。
  ・
  ・
  これだけでかなりの時間を取られる。
  わたしの知っている解読法だけでも、
  誤認させられた解読法は、20近くもあったわ。」

 「そんなに……。」

 「更にその中から本当の解読をしているものを見極めなければならない。
  解読した記述は、試さなければ分からない。
  1個1個試せば、百年は掛かるわよ。」

 「百年……。」

 「イヤらしい事この上ないのよ! この魔術書!
  だって、全…………部っ、解読出来るのよ!
  解読出来ちゃった以上、調べるしかないじゃない!」

 「では、何故、シロウが正解の暗号を解読出来たのですか?」


 セイバーの質問に冷静さを取り戻し怒りを静めるとイリヤは、落ち着いて話し出す。


 「初めにおかしいと思ったのが、
  文字も読めない士郎がリストを作った事。」

 「でも、挿し絵で判断したとか言ってませんでしたか?」

 「セイバー、試しに士郎のリストを見ないで、
  この本の……この章の挿し絵を見てみて。」


 セイバーは、本をパラパラと捲り挿し絵を確認する。
 ライダーも横から挿し絵を覗いて確認する。


 「…………。」

 「統一性がない……馬鹿な!?
  シロウに見せて貰った時には、意味を理解出来たはずなのに!?」

 「うん。
  じゃあ、士郎のリストで示している挿し絵を見て。」

 「…………。」

 「繋がる……意味が繋がります!」

 「士郎は、ちゃんと意味を理解して挿し絵を選り分けているの。
  だから、士郎にコツを聞いたの。
  答えは、簡単だったわ。
  魔術文字の意味、暗号の解読法は全部フェイク。
  本当の解読法は、文字の記号化だったんだから。」

 「文字の記号化……。
  つまり、文字を記号として意味を持たせて
  文章を作らないと読めなかった……という訳ですか。」

 「その通りよ。」

 「しかし、その文字が、どのような意味の記号かの判断は?」

 「それが士郎にしか出来なかった事よ。
  実に効率的に解き明かしたわよ、士郎は。」


 イリヤの顔が引き攣っている。


 「どうしたのです?」

 「士郎はね……。
  赤点回避の技術を使ったんだって……。」

 「また、ですか!?」

 「ショックが大きいわ……。
  長年培った知識や一族秘伝の解読法を一蹴したんですから……赤点回避の技術で。」

 「士郎は、一体何者なんですか!?」

 「それより、一体どんな方法なんですか!?」

 「士郎の話では、赤点回避の連中の中では、
  使い古された古い方法らしいわ。」

 「それだけでも、侮辱された気分にさせられますね。」

 「国語の選択問題の技らしいんだけど。
  士郎は、国語の問題の時、問題の長文を一切読まないんだって。」

 「は?」

 「え?」

 「わたしも文章読まないで問題なんて解けないと思うわ。
  だって、文章の中に答えが書いてあって、それと合っているものを
  選択しないと正解しないのが道理でしょ?」

 「全くです。」

 「勘で当てるのですか?」

 「いいえ……作った人間の心理を読むのよ。」

 「前もそんな事を言っていましたが……。」

 「国語の選択問題だと……。
  明らかに違うもの。
  言葉の意味が矛盾しているもの。
  似た意味のもの。
  が大抵あって、意味の似ているもののどれかが、ほぼ正解なんだって。
  ちなみにこの心理は、士郎の学校の国語教師ね。」

 「今のが4択なら、ほぼ正解の2択まで絞れましたね。
  後は、一体何を判断するんですか?」

 「語尾らしいわ。」

 「語尾?」

 「~と言っている。
  とか
  ~と言います。
  日本語には、『ですます調』とか『である調』があって
  これで判断するって。
  テストペーパー自体の完成度が高いと答えが『である調』になって
  完成度が低いと『ですます調』になるんだって。」

 「完成度など、判断つくのですか?」

 「士郎の話だと、配点の振り分けで判断出来るらしいけど……。
  もう、わたしはお手上げ。
  言っている意味すら分かんない。」

 「セイバー、私は、頭が痛いのですが……。」

 「奇遇ですね……私もです。」

 「で、その法則に基づいて、挿し絵を判別するんだけど……。
  臓硯の思考を読み取ると……挿し絵に癖があって、
  明らかに騙そうとする者の意思が見え隠れするんだって。
  これは配点の完成度が分かるようにならないと無理だから、私には分からない。
  ・
  ・
  士郎が言うには、その癖の法則を照らし合わすと、そのリストになるんだって。」

 「全然分かりませんし、納得も出来ません。」

 「ええ、誰一人として士郎の説明に納得出来る人間は居ないわ。」

 「理解も出来ないのに
  どうやって貴女達は、取っ掛かりを見つけたんですか?」

 「士郎の言葉で文字が記号。
  挿し絵の選り分けは、可能になったでしょ?」

 「はい。」

 「挿し絵には、表題がついている。
  つまり、挿し絵=文字=記号になるのよ。」

 「なるほど。」

 「後は、文字=記号をリスト化する。
  新たな文章に、文字=記号で訳していき、
  新たな文字=記号に予測した意味を加えてリストを完成させれば……。
  魔術書の解読は完成よ。
  士郎が魔術師ではない事と勉強嫌いで変な能力があったから、
  解読の時間は短縮されたのよ。」

 「しかし……。
  手放しで喜べない。
  この後味の悪さは……。」

 「もう、言わないで……。
  魔術師の粋を極めた魔術書を『馬鹿』に解読されたってだけで、
  わたしや凛のプライドは、ズタズタなんだから。」

 「しかも、士郎は、数時間で解読してましたよね……。」

 「それも頭痛の種の一つ……。」


 セイバーは、額を押さえて俯いていたがある事を思い付く。


 「イリヤスフィール、ちょっと思い付いたのですが……。」

 「何?」

 「貴女の家系にも難攻不落の魔術書があるのではありませんか?」

 「ええ、あるわ。
  出所不明のものや一族全員の宿題に繋がるようなものも。」

 「それを……シロウに解かせては、どうですか?」

 「…………。」


 セイバーの意見にイリヤとライダーが固まる。


 「確かに得体の知れないものほど、
  士郎は、解き明かしそうな気がしますね。」

 「そうでしょう?」

 「面白いわね。
  やってみる価値はありそうだわ。」


 イリヤは、携帯を取り出すとセラに電話を掛ける。
 セラに電話が繋がるとイリヤは、現在、城にある未解読の古文書を手配した。


 …


 居間に戻る際に凛は、台所に足を運ぶ。
 そこにはティーカップのセットと沸騰し始めたポットが用意されていた。


 「アーチャーね……。
  陰ながら応援してくれているのかしら?」


 凛は、ポットの火を止め、紅茶を自分と桜の分を手早く用意すると桜の居るテーブルに運ぶ。


 「お待たせ。
  少し落ち着けてから話しましょう。」

 「はい。」


 紅茶を口に運び一息つくと、凛が話し始める。


 「桜、あなたの体の事は知っているわ。
  本来の属性を替えられるほどの影響が
  髪の色と目に表れているほどだから。」

 「…………。」

 「そして、桜が辛い事を我慢して来た事も。」

 「…………。」

 「だから、ごめんなさい。」


 凛は、深く頭を下げる。
 桜は、驚いて理由を聞く。


 「なんで、姉さんが謝るんですか?」


 凛は、頭を上げる。


 「桜の変化に気付いていたって事は、わたしは、それを認識していたのよ。
  だけど、わたしは、知っていながら桜を助けなかった。」

 「でも……それは、お爺様を倒す力がなかったからって……。」

 「それは、言い訳……。
  本当に勇気があったなら、殺されても桜を助けに行くはずだった。
  わたしは、死ぬのが怖くて、一歩を踏み出せなかったのよ。」

 「…………。」


 凛は、自分を許さない。
 強い意志で、自分の非を認める。
 桜は、その姉の態度に自分の弱さを認識し始める。
 そして、姉の様に少しでも強くなれたらと一歩を踏み出し始める。


 「もし……姉さんが、それを理由に謝るなら、わたしも同じなんです。
  わたしは、自分が辛いのを周りの人に言う事が出来なかった。
  大好きな姉さんに助けを求める事をしなかった。
  わたしは、勇気がなかったんです。
  ・
  ・
  抵抗もせず、助けも求めず、ただ自分を捨てていただけなんです。」

 「…………。」

 「この家に来てから、分かった事があるんです。
  姉さんと話す事、ライダーと話す事、みんなと触れ合う事……。
  これは、とっても大事な事だったんです。」

 「…………。」

 「本当は、これを守るために戦わなければいけなかったんだって。
  今、姉さんと話して気付きました。
  ・
  ・
  実は、こうして本音を話せるのも、
  今、姉さんの強い態度を見た後押しがあったからなんです。」

 「…………。」


 凛と桜は、お互いの言葉に罪の意識を背負っているのだと感じ取る。
 それは、すれ違った十数年に積み上げ蓄積されたお互いの壁のように思えた。
 だけど、この壁は、壊していかなければいけない。
 姉妹の手を取り合って……。


 「わたし達の感じている気持ちは……。
  悪い事なのかしら……。」

 「わたしは、姉さんに自分を責めて貰いたくないです。」

 「わたしだって!
  ……桜に自分を責めないで欲しい。
  ・
  ・
  誰だって思い通りに勇気を持てる訳じゃないもの。
  ……死ぬのは、怖いわ。」

 「そうです。死ぬのは、怖いんです。
  わたしも姉さんも、再会を望んでいました。
  死んだら再会を果たす事は出来ません。
  だから、死を恐れたんだと思います。
  ・
  ・
  わたし達は、みんな弱者なんだと思います。」

 「そうね。
  どんなに虚勢を張っても、誰でも勇気を出せない時があるはずだわ。
  認めましょう……わたし達は弱者だって。
  ・
  ・
  桜、わたしは、あなたが居なければ生きていけなかった。
  そして、死ぬのも怖かった。
  だけど、あなたの存在が、わたしを辛い魔術の道から外れないでいさせてくれた。」

 「はい。
  ・
  ・
  わたしも、姉さんが居なければ生きていけませんでした。
  そして、他人に自分を見せるのが怖かった。
  だけど、正義の味方の姉さんが助けに来てくれると信じて、間桐の家でも生きて来れました。」


 勇気とは、何だろうか。
 英雄のように賞賛される者だけが得られる証なのだろうか。
 弱さを認めた者にも等しく与えられる言葉ではないのだろうか。
 姉妹は、弱さを認め勇気を得たのだろう。
 胸の痞えも、高く感じた壁も、気にするほどではないように思えて来る。


 「わたしは、これからの未来は幸せに生きたい。
  桜と過ごせなかった時間より、桜と幸せになるわ。」

 「はい。
  わたしも、これからの未来は幸せに生きたいです。
  姉さんと過ごせなかった時間より、姉さんと幸せになりたいです。」

 「…………。」

 「だから……。
  本当の姉妹に戻りましょう。」

 「はい。」


 離れていた気持ちが近づくと、手に入れたかったものが手の届くところにあると認識する。
 姉が居てくれる事が嬉しくて。
 妹が居てくれる事が嬉しくて。
 そして、姉妹に戻る事をお互いが望んでいた事が嬉しかった。
 長い年月を掛けて取り戻した絆に感情は、目から溢れ落ちた。
 鏡写しに頬を流れる涙に気付くとお互いが気持ちを整理するため、暫しの沈黙が居間を支配した。


 …


 士郎の部屋では、件の人物である士郎の存在を思い出していた。


 「そういえば……。
  シロウは、何処に居るのですか?
  ここで作業をしていたのでは、居場所がないのでは?」

 「邪魔だから、隣のセイバーの部屋に押し込んであるわ。」

 (邪魔ですか……。
  士郎の部屋を占領しているのですから、
  この場合は、どちらかというと……。)


 『そうですか』と一言呟くとセイバーは、隣の襖を開ける。
 そこでは士郎が、昨日同様に大の字で寝ていた。


 「寝てます……。」

 「血を作らねばならないのですから、
  そっとして置いてあげてください。」

 「う~ん……。
  そうなると古文書の解析は、どうしよう?」

 「叩き起こしますか?」

 「セイバー、私の話を聞いていましたか?」

 「おや?
  これは……。」


 セイバーは、士郎の枕元に転がるライオン2体を抱き上げる。


 「見事です。
  仕事を終えてから眠りにつくとは……。
  流石は、私のマスターだ。」


 新たな鬣を生やしたライオン2体にセイバーは、満足顔で頷く。


 「何ですか、それは?」

 「ふむ。
  シロウに頼んで置いたライオンの大人化です。」

 (病み上がりの人間に
  この従者は、何をさせているのか……。)

 「あーっ!
  セイバーだけ、ズルイ!」

 「ズルくありません!
  これは、マスターに召喚させたサーヴァントの特権です。」

 「何か微妙に言葉のニュアンスがおかしいです。」

 「ライダー、貴女の気のせいです。」

 「わたしも、ぬいぐるみ持って来ればよかった!」

 「貴方は、人の家を改築するほどの事をしているではありませんか。」

 「そんなの些細な事よ!
  わたしは、お金で買えない幸せが欲しいの!」

 「士郎は、大人気ですね。」


 士郎は、耳元でギャンギャン騒ぐ口論に目を覚まし、数分前から胡坐をかいて座っている。


 (何をくだらない事で口論しているんだ?)

 「フ……。
  では、特別にシロウを貸してあげましょう。
  ぬいぐるみに罪はありません。」

 「ホント!?
  どうしようかな~。
  全部、お気に入りだからな~。
  新しいの作ってくれないかな~?」

 「流石に新しいのを作るのは時間が掛かるのでは?」

 「そんな事ないぞ。
  さっき、作ったヤツでよければ持って行っていいぞ。」


 件の人物の参入でセイバーとイリヤとライダーは、士郎の起床に気付く。


 「起きていたのですか?」

 「起こされたというのが正しい……。」

 「ねえ、士郎。
  『さっき、作ったヤツ』って?」

 「生地が余ってたんでな。
  ライオンを直した後に作ったんだ。」


 士郎は、押入れに仕舞った裁縫道具を掻き分けて人形を取り出す。
 そして、一体に手を突っ込む。


 「『シロウ! おかわりです!』」

 「あ! セイバー!」


 セイバーのグーが、士郎に炸裂する。


 「妙な台詞で、私の人形を操らないで下さい!」

 (的確に捉えた言葉だと思いますが……。)


 士郎は、反対の手に別の人形を装着する。


 「『フ……。
   セイバーの腹は、私が満たそう。』」

 「今度は、アーチャーですか。」


 再びセイバーのグーが、士郎に炸裂する。


 「だから、私を題材にからかうのを止めてください!」


 士郎は、構う事なくアーチャーの人形を外し、別の人形を装着する。


 「『セイバー、もう……その辺で止めては?』

  『何を言っているのです、ライダー。
   私は、まだ、腹八分目ですし、
   デザートの別腹も確保してあります。』」

 「士郎、上手い。
  声も少し似てる。」

 「声というより発音の強弱と発する間ですね。」


 再びセイバーのグーが、士郎に炸裂する。


 「シロウ!
  これでは、私が、ただの食欲魔人の様ではないですか!?」

 ((違うの?))


 士郎は、ライダーの人形を外し、バーサーカーの人形を装着する。


 「こればかりは、どうしようもないですね。
  バーサーカーは、しゃべれませんから。」


 イリヤは、期待の目を向け、士郎は、ニヤリと笑う。
 左手のセイバーに対して右手のバーサーカーは、溜息を吐いた後、両手を挙げてやれやれと首を振る。
 セイバーの最後のグーが、士郎に炸裂する。


 「侮辱も大概にしなさい!」


 イリヤは、笑い転げ、ライダーも少し笑いを堪えている。


 「まあ、概ね真実に沿った人形劇でしたね。」

 「ライダー!?」


 士郎は、両手の人形を外すとイリヤに纏めて渡す。


 「こんなんで、いいか?」

 「うん! ありがとう!」


 士郎に対してセイバーは、鋭い視線で敵視する。


 「シロウ。
  イリヤスフィールには、随分と甘いのですね。」

 「そうか?
  俺は、誰に対しても甘いぞ?」

 「私に対しては、どうなのですか?」

 「何を言ってるんだ?
  お前に対して、一番甘いじゃないか。
  普通いないぞ。
  自分のサーヴァントに殺され掛けて笑って許す奴なんて。」

 「うぐ……。
  シロウ、それを言うのは卑怯ではありませんか。」

 「まあまあ。
  ここからは、お前も楽しめる。」

 「は?」


 士郎は、新たな人形を両手に装着する。


 「『桜~。
   肩凝っちゃたわ。
   揉んでくれない?』

  『いいですよ、姉さん。』」

 「リンとサクラですか……。
  こんなものまで作ったのですか。」


 セイバーは、感心と呆れたの中間の言葉を吐く。


 「『どこが凝っているんですか?
   ここですか?』

  『もう少し下よ。』

  『ここですか?』

  『あんた、下手ねえ。』」

 「凛は、随分と偉そうですね。」

 「こんなもんじゃない?」


 人形劇でも主人の扱いに不満を持つライダーとデフォルトだと認識するイリヤ。
 士郎は、新たな人形を桜と入れ替える。


 「『なになに?
   ダメよ、桜ちゃん。
   わたしに任せて任せて!』」

 「まさかの大河登場ですか。」

 「『いくわよ! 遠坂さん!』

  『~~~っ! 待った!
   藤村先生、待ったです!
   押してます! 間違いなく秘孔を押してます!』」


 藤ねえのマッサージで苦しみもがく凛。
 ライダーは、少しすっきりした表情をしている。
 士郎の操作で凛の人形は、泡を吹いているように見える。
 士郎は、再び藤ねえと桜の人形を入れ替える。


 「『姉さん! 姉さん! 姉さ~ん!』
  ・
  ・
  デッド! エ~ンド!」

 「死んでしまうのですか!?」

 「うん。」

 「シロウ、それは笑えません。」

 「そう?
  セイバーは、こういうの好きかと思ったけど?」

 「貴方は、私をどういう風に捉えているのです?」

 「S。」

 「は? S?」

 「まあ、気にするな。」

 「気になります。」

 「これも君にあげよう。」


 士郎は、イリヤに凛と桜と藤ねえの人形を渡す。


 「あ、ありがとう。」


 イリヤの腕は、既に持ち切れないほどの人形が抱えられていた。
 人形劇は、更に続く。


 「『お嬢様! 一体、何時だと思っているのです!』

  『大丈夫よ。
   バーサーカーも一緒なんだから。』」

 「あ!」

 「誰ですか?」


 イリヤの家のメイドを知らないライダーは、首を傾げる。


 「『私とリズが、どれだけ心配をしているのかご存知ではないのですか!?』

  『うん、イリヤ心配。』」

 「シロウ、もう一人は?」

 「リズだ。
  ちなみに会った事ないから、リズの言葉遣いは、
  イリヤの情報から俺が適当に操っている。」

 「器用ですね……。
  片手で2体操るとは……。」

 「『今度からは、気を付けるわ。』

  『お嬢様は、あの衛宮という男に油断し過ぎです!
   あの得体のしれない男に近づくというだけで、
   私が、どれ程神経を磨り減らすか……。』」


 イリヤは、額を押さえる。


 「どうしたのですか、イリヤスフィール?」

 「いや、最近あった強烈なデジャブが……。」

 「『セラ、怒らない。
   小皺が増える。』

  『リズ! 貴女は、何を言っているのです!』

  『そうよ。
   セラ、美容によくないわよ。』

  『お嬢様まで!』」

 「士郎……。
  跡着けてたの?」

 「合ってるか?
  セラには、ちょっとした恨みがあるので、
  少し痛い目を合わせているのだが。」

 「わたし、もう少しセラに優しくしよう……。」

 「『もう、いいです!
   二人は、私の事など、何とも思っていないのですね!?』

  『そんな事ないわ。
   大好きよ、セラ。』

  『お嬢様……。』


 イリヤとセラの人形が抱き合う。


  『実は、セラとイリヤ……。
   こういうノリが好き。』

  『『リズ!』』
  ・
  ・
  みたいな?」

 「士郎……。
  本当に跡着けてないわよね!?」


 士郎は、人形を手から外すとイリヤに渡す。


 「これも君にあげよう。」

 「……ありがとう。」


 イリヤは、複雑な表情で人形を受け取る。


 「それにしても……。
  シロウ……何故、こんなに裁縫が出来るのですか?」

 「藤ねえに仕込まれてな。」

 「大河、直伝ですか?」

 「いや、違ったな……。
  藤ねえとネコさんだな。」

 「どっちも分からないのですが……。」

 「藤ねえがシロウの義姉で。
  ネコさんがアルバイト先の主です。」


 セイバーが、手早く説明を加える。


 「ある日だな。
  藤ねえとネコさんが、揃って家を訪れてだな。
  制服を直せと言って来るのだ。」

 「何で、そんな状況に陥るのです。」

 「まあ、あの人達は、
  ありもしない問題ごとを持って来る天才だから。」

 「生まれながらのトラブルメーカーなの?」

 「うん。
  で、次の日、卒業生を送り出さないといけないから、
  直すの手伝えというイベントが発生してだな。
  一度、直してやったら、いいもの見つけたみたいに思われて、
  事あるごとに直させられる訳だ。
  ・
  ・
  それ以来、俺の腕はメキメキ上達し、
  ご近所さんのウェディングドレスを手縫いで
  作成出来るほどにまで上達したのだ。」

 「……ウェディングドレスって。」

 「では、自分の服も手作りですか?」

 「それはしない。
  自分で作った服を自分で着るのは……痛い。」

 (((ああ、それは……。)))


 セイバーが、イリヤが持ち切れずに零した自分の人形を手に取る。


 「随分といい生地を使っていますね。」

 「ほら、一杯あるじゃん。布地は。」


 セイバーは、指差す先を見る。


 「!!
  私の服ではないですか!?」

 「正確には、藤ねえのお古な。
  それになんか……それを好んで着てるから。」

 「まあ……。
  そうですが……。
  シロウの話では、制服なるものがほとんどで着れないのは確かです。」

 「実は、着たかったとか?」


 セイバーのグーが、士郎に炸裂する。


 「そんな趣味はありません!」

 「士郎が、見たかったんじゃないの?」

 「可能性の一つは目撃した。
  セーラー服のセイバーは、実に新鮮だった。」


 再びセイバーのグーが、士郎に炸裂する。


 「子供の前で、何を堂々と言っているのです!」

 「男の浪漫?」

 「士郎は、わたしやライダーにも着て欲しい?」


 イリヤの質問にセイバーとライダーが士郎を見る。


 「……見たいに決まってるじゃないか。」

 「恥も外聞も無く言い切りましたね。」

 「私は、似合わないと思いますが……。」

 「ふ……。
  ライダーは、ダメだ……。」

 「ダメ?」

 「ああ、ダメだ……。
  ・
  ・
  それだけのスタイルと美貌!
  そして、落ち着いた口調を併せ持って似合わない!?
  男だったら、『馬鹿か!?』となるぞ。」

 「士郎……。
  褒めているのかもしれませんが、
  セクハラを受けている気分もします。」

 「士郎! わたしは?」

 「バッチリだ……いい。
  お嬢様のセーラー服……。
  白い髪っていうのも映えるよな。
  ・
  ・
  総合すると男でよかった。
  ・
  ・
  聖杯戦争で得した事って……。
  世界中の美少女を呼び出しまくれる事だと、今、気付いた!」


 士郎は、感動を噛み締めながら、拳を握り締めた。


 「いらない事に気付きましたね。」

 「やっぱり、ただの馬鹿だと再認識しました。」

 「ここまで正直だと逆に清々しいかも。」


 その時、家の呼び鈴が鳴る。
 セラが古文書を持って到着した。


 …


 居間では、凛の説明が始まっていた。


 「この家で桜の体の事を知らない人は居ないわ。」

 「衛宮先輩も知っているんですか?」

 「ライダーが、桜を救出する時に説明しているわ。
  その時に魔術書を手に入れさせたのが、士郎よ。」

 「衛宮先輩が?
  ・
  ・
  それで魔術書の移動を。」

 「ええ、ライダーの話を汲んでくれたらしいわ。
  一応、人としての筋を通してくれたみたいね。
  ・
  ・
  そして、魔術書を解読して、桜の体について調べたの。」

 「なんで、調べる必要があったんですか?」

 「色々、調べられるのは嫌だと思うけど。
  体の修正が命に関わるものや
  日常生活に支障を来たすものだったらって、心配だったの。」

 「……姉さんには話します。
  わたしの体には、蟲が寄生しています。
  そして、その蟲は魔力を吸い続けています。」

 「ありがとう。
  桜の口から聞けて、よかったわ。
  魔術書の解読は、もう、終わっているの。
  そして……。
  わたし達は、魔術書を解読して、
  桜の体から蟲を追い出す事を考えている。」

 「可能なんですか!?」

 「出来ると思ってる。
  だから、桜の体を調べないといけない。
  その時、アーチャーの解析魔術を使うわ。」

 「解析?」

 「ええ。
  手順も含めて簡単に説明するわね。
  アーチャーは、対象物の基本格子から構造まで全てを解析出来る魔術を身につけているわ。
  アーチャーの魔術で、桜の体に寄生している蟲の位置や状態を確認する。
  この蟲が魔術書通りのものか確認出来なければ、どうにもならないから。
  桜の体の状態と対象の蟲が確認出来たら、開発した『蟲をコントロールする魔術』を使用する。」

 「もう、随分と進めていたんですね。」

 「本当は、桜への説明が先だと思ったんだけど……心を決め兼ねてた。
  結局、さっき話すまで言い出せなかったのよ。
  ・
  ・
  でも、みんなが後押ししてくれたのよね。」

 「後押し……ですか?」

 「わたしと桜の二人の問題に踏み込まないで全部託してくれたの。
  だから、わたしが桜と話すまで、何も言わないでいてくれた。
  (イリヤには叱咤されたけど……)
  わたしと桜で解決してくれるって信じてくれているのよ。
  力強い後押しだと思わない?」

 「はい。
  信じて貰えるっていう事は力強いです。」


 凛は、目を瞑り、一呼吸して覚悟を決める。


 「今夜、実行しようと思うの。
  わたしの魔力が最高に高まる前にアーチャーの魔術を実行する。」

 「……はい!
  お願いします。」

 (力強い返事……。
  桜も覚悟を決めたんだ。)

 「分かったわ。
  ・
  ・
  桜、本番を前に確認させて貰いたい事がある。」

 「なんでしょう?」

 「開発した魔術が、本当に効果を発揮出来るか試さないと。」

 「確かにそうですね。
  分かりました。
  左手に使用してください。」


 桜は、左手を捲り上げて差し出す。


 「蟲には、体を左右に振る命令を出すから。」

 「待て。」


 凛の魔術実行前にアーチャーが現界し、止めに入る。


 「アーチャー……。
  あんた、そこで覗き見てたの?」

 「嫌な言いがかりはやめてくれ。
  私は、君のサーヴァントだ。
  主の側に付き従うのが役目だ。」

 「で、何で止めるのよ?」

 「どうせなら、今、解析を行う。
  君の魔術が機能しているかも、合わせて確認する。」

 「なるほど。」

 「それに……試す前の魔術を
  補佐なしで実行するのは危険だろう?」

 「お願いするわ。」

 「うむ。
  任せて貰おう。
  ・
  ・
  トレース・オン。」


 アーチャーは、桜の手を取り解析を始める。
 全身に行き渡る蟲の存在を確認する。


 「小僧に見せて貰った魔術書の蟲と同じだな。
  ただ、心臓付近に大物が居る。
  コイツは、魔術書にも載っていなかったものだ。」

 「大物?」

 「まずは、小物で試せばいいだろう。
  始めてくれ。」

 「分かったわ。」


 凛は、魔術刻印を起動し、新たに作り上げた呪文を詠唱する。
 意識が深く落ち、魔術を実行する回路に自分を導いていく。
 そして、組み上げた魔術が、凛の左手の前に現れる。


 「アクセス開始。」


 凛の魔術の光が、桜の左手に触れ左手を覆い始める。


 「コンタクト。
  ・
  ・
  命令を出すわ。」


 アーチャーの解析の元、蟲が左右に動く。


 「凛、左右に動いているのを確認した。
  次は、動きを止めてくれ。」


 凛の命令で、蟲は静止する。


 「確認した。」

 「コンタクト・カット。
  ・
  ・
  アクセス・カット。
  ・
  ・
  ふう。」


 凛が、魔術を停止させる。


 「制御出来たわね。
  桜、大丈夫?」

 「はい。」

 「見事だな。」

 「これで本番を迎えられるわね。
  今晩、決行よ。」


 凛と桜の話し合いと魔術の試験が終わる。
 戦いは、今夜。



[7779] 第58話 間桐の遺産⑥
Name: 熊雑草◆890a69a1 ID:9b88eec9
Date: 2010/08/27 00:34
 == Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==



 衛宮邸の深夜。
 場所は、庭。
 凛の魔力が最も高まる時刻。
 桜への魔術の行使が始まろうとしていた。


 「そろそろ始めるわよ。」


 凛の声に周りの人影が頷く。
 そんな中、凛のサーヴァントであるアーチャーが質問する。


 「小僧とセイバーの姿が見えないようだが?」


 その質問にイリヤが答える。


 「士郎は、アインツベルンの古文書を解読中よ。」

 「何故、今頃になって?」

 「士郎の能力を無駄にしないために、
  わたしが『これも解かないと桜を救えないわ』って言ったら、
  慌てて作業してくれたんだ。」

 「…………。」

 「イリヤ……君も大概にして悪どいな。」

 「だって、士郎とは姉弟だもん。」


 上機嫌に返事を返すイリヤを見て、凛は思った。


 (わたしも、明日、一族の古文書を解かせないと。)



  第58話 間桐の遺産⑥



 凛の魔力が高まり切る前に、イリヤが桜を前に暗示を掛けようとしていた。


 「桜……力を抜いて、わたしの目を見て。」


 イリヤの紅玉のような目に魔力が宿り始める。
 桜は、イリヤの目を暫く見続けると脱力してライダーに体を預けた。


 「これで暫く眠って起きないわ。
  感覚も麻痺させといたから、何も感じないはずよ。」

 「ありがとう、イリヤ。
  こっちもいいみたい。」


 凛は、魔術刻印を浮き上がらせ呪文を紡ぎ出す。
 呪文により、スイッチが入ると作り上げた魔術の成果が左手に表れる。


 「アーチャー、お願い。」


 アーチャーが、桜の左の掌を深々と切り裂く。
 そして、己自身の魔術を起動する。
 桜の体の解析を行い、状況を把握出来たところで凛に合図を送る。


 「アクセス……。」


 昼間同様に、桜の体に寄生する蟲へ開発した魔術を接続していく。


 「コンタクト……。」


 接続を確認すると蟲への命令を始める。


 「左手の傷口から、蟲を追い出すわよ。
  ライダーは、それをトレイに。」

 「分かりました。」

 「郡体である以上、少しでも残せば再生するかもしれない。
  桜の体から全て追い出したら、消滅させるのよ。」


 凛が、魔術を行使して数分。
 桜の左手の傷口から寄生していた蟲が姿を現した。


 「気味が悪いわね……。」


 イリヤの口から本音が漏れる。
 この言葉は、人を傷つける言葉にあたるが誰もそれを咎めなかった。
 怒りはイリヤにではなく、臓硯へと向けられているためである。


 「許せません。」


 ライダーは、桜を強く抱きしめる。


 「ライダー、気持ちは分かるけど、
  今は、桜をしっかり治しましょう。
  左手をしっかりトレイに固定して。」

 「凛……。
  すいません、あなたも辛いのに。」

 「大丈夫……。
  わたしも桜も、しっかりと覚悟を決めたから。
  ライダーやみんなに勇気を貰ったから。」


 凛が、ライダーに向けて微笑む。
 ライダーも凛の気持ちに微笑んで返した。


 …


 魔術を行使し続けて1時間が経った。
 トレイは、既に3個分が蟲に占拠されていた。
 トレイの中では、ウネウネと蟲が動き続けていた。
 イリヤは、容量が一杯になったトレイに結界を張る。
 万が一にも、この蟲達が自分達を襲わないように。


 「凛。
  後は、心臓付近の大物だ。
  それ以外は、全て外に追い出した。」


 ライダーの手の中の桜は、やつれて軽くなっていた。
 突然、体の体積が減ってしまって、桜の体は大丈夫か心配になった。


 「あと少し……。
  あと少しです、桜。頑張って。」


 そして、凛の魔術が残された大物に向けられた。


 …


 衛宮邸の士郎の部屋。
 士郎は、お昼から延々とアインツベルンの古文書を解読し続けていた。
 イリヤを煽って士郎に古文書を解かせるように差し向けたセイバーは、少し罪悪感に苛まれていた。


 「シロウ。
  そろそろ一息入れては、どうですか?」

 「ダメだ。
  外では、もう、始まっている。
  俺の解読が遅れたら、桜が死んでしまうかもしれない。」

 (シロウ……すいません。
  それは、間桐の魔術と全然関係ないものなのです……。
  ・
  ・
  慣れない事は、するべきではありませんでした。
  嘘をついた事が、こんなにも心苦しいとは。)


 士郎は、必死に解読を続け、セイバーは、片隅で反省し続けた。


 …


 魔術を行使し続け、最後の大物に取り掛かっていた凛は焦っていた。


 「くっ!
  制御出来ない!」

 「嘘!?
  魔術書は、完全に解き明かしたはずよ!」


 凛の魔術と蟲との動向を見ていたアーチャーが声を掛ける。


 「凛、魔術を止めろ。
  丸っきり、受け付けていない。
  と、いうよりも、コイツは、自らの意思を持っているようだ。」

 「意思?」


 凛は、額に流れる汗を拭いながら、魔術のスイッチを切る。


 「アーチャー、分かる範囲で説明してくれる?」

 「了解した。
  凛、今まで追い出した蟲は、単細胞的な存在だ。
  命令通りに動くか、食欲のようなものしか持ち合わせていない。」

 「ええ。
  それを利用して、命令を出して追い出したんだもの。」

 「しかし、残された蟲は、自分で意思を持っているとしか思えん。
  コイツは、凛の魔術に障壁を張って防いでいる。」

 「蟲が魔術障壁を張る!?
  そんな馬鹿な!?」


 アーチャーの説明にイリヤが推測を立てる。


 「凛、もしかしたら制御用の蟲かもしれないわ。
  郡体である蟲を一元管理する役割を誰かがしないと、
  桜の体は、その他の蟲に喰い殺されているはずだもの。」

 「待って……。
  そうか、単細胞である蟲の食欲をコントロールして
  桜の体を支配していたのね。
  ・
  ・
  じゃあ、この蟲を追い出さないと……。」

 「ええ、下手をすれば、また、同じ状態に再生するかもしれない。」

 「しかし、どうする?
  コイツは、心臓に寄生していると言っても過言ではないぞ。」

 「魔術が効かない以上、直接攻撃するしかないわね。」


 イリヤの言葉に誰もが言葉を失う。


 「……仮に攻撃を加えたら、どうなりますか。」


 ライダーが質問をする。


 「心臓は、使い物にならなくなるでしょうね。」

 「くっ!」


 ライダーが、唇を噛み締める。
 ハッと凛が、何かに気付き、ポケットから宝石を取り出す。


 「これ……。」


 凛の手には、年代物の宝石が握られている。


 「凄い魔力が宿っているわね。」

 「これを使って、心臓を再構築する。」

 「…………。」

 「凛、確かに出来るかもしれない。
  でも……あなたは、桜の心臓を傷つける事が出来るの?」


 イリヤの言葉に凛は息を飲む。


 「凛、問題は、それだけではない。
  正確に蟲を殺し抜き出さなければならない。」


 問題が発生し暗礁に乗り上げ、誰もが言葉を失った時、屋敷の結界が警告を発する。


 「こんな夜中にサーヴァントと魔術師が、
  お揃いで、何をやっているんだ?」


 衛宮邸の屋根の上。
 深紅の槍を担ぐ青年が凛達を見下ろしていた。


 …


 凛達の前にアーチャーが仁王立ちする。
 ライダーは、桜をイリヤに任せるとアーチャーの横に肩を並べる。


 「ランサー……何の用だ?」

 「小一時間も魔力を発し続けて、『何の用だ』もないもんだ。
  ほう、新顔も居るな。
  キャスター……いや、ライダーってところか。」


 ランサーは、屋根の上から品定めをする。


 「2対1か……分が悪いな。
  まあ、相手の能力の偵察が目的だ。
  適当に遊んで帰るか。」


 ランサーは、屋根から飛び降りる。
 すると、そこに人影が現れる。


 「イリヤ! 解読出来たぞ!
  これで……ギャッ!」


 ランサーを除く全員が額を押さえる。
 代表してライダーが口を開く。


 「なんと間の悪い……。」


 士郎は、ランサーに踏みつけられたまま、もがいている。


 「ん? 何か踏んだか?」

 「な、なんか落ちて来た!?」

 (意外と元気じゃない……)


 凛が呆れて見ている中で、士郎とランサーの視線が合う。


 「何だ? オマエは?」

 「俺は……。
  見知らぬあんたに踏みつけらている者だが。
  説明するから、どいてくんない?」


 ランサーは、溜息を吐いて足を退ける。
 士郎は、誇りを払って立ち上がる。


 「俺は、この家の家主の衛宮士郎だ。」

 「ほう……。
  ん? 魔術師じゃないのか?」

 「違う。」

 「一般人かよ。
  これじゃ、楽しめないな。」

 「楽しむ?
  遊びに来たのか?
  こんな深夜に?」

 「違う!
  俺は、戦いに来たんだよ!」

 「ああ、アイツらと?」

 「そうだ。」

 「じゃあ、勝手に遊んでてくれ。
  イリヤ! ちょっと、いいか?」


 声を掛けられたイリヤが複雑な顔をする。


 「相変わらずのマイペースね。
  ランサーを無視して声掛けるなんて……。」

 「しかも、場が一気に弛緩してしまった。」

 「セイバーは、動揺していませんね。」

 「慣れたんでしょ。」


 無視されたランサーの額に青筋が浮かぶ。


 「オイ、坊主!」

 「なんだ?」

 「俺を無視するとは、余裕じゃないか?」

 「だって、俺意外と戦いに来たんだろ?」

 「見られたからには、オマエを殺さなきゃなんねぇ。」

 「じゃあ、最後にしてくれよ。
  俺、忙しいんだよ。」

 「ああ!? 忙しいだ!?」

 「そうだ!
  桜が死んじゃうかもしれないんだ!」


 士郎は、ランサーを無視してイリヤに駆け寄る。


 「何だってんだよ?」


 ランサーは、状況が掴めず悪態をつく。


 「イリヤ、分からない文字だらけだが、リスト化だけはした。
  後、もう一つ。
  解読したら変な図面とそれのキーポイントになる各説明に行き当たった。
  これを見てくれ。」


 士郎は、イリヤにノートを見せる。


 「士郎、本当に悪いんだけど、今、それどころじゃないの。」

 「それどころじゃない?
  どうしてだ!?
  これないと桜が死ぬって!?」

 「ごめんね。
  それ……桜となんにも関係ないの。」

 「…………。」

 「え? もう一度、頼む。」

 「それね。
  アインツベルンの難攻不落の古文書で、
  桜と関係ないんだ……えへへ。」

 「なにーっ!」


 士郎は、頭を抱えて絶叫する。
 そして、セイバーが士郎の後ろに申し訳なさそうに現れる。


 「セイバー、士郎に言ってなかったの?」

 「すいません、言えませんでした。
  サクラのために、必死に解読を進めるシロウを見て、
  『嘘です』なんて言えませんでした。」


 セイバーは、恐ろしいぐらいに落ち込んでいる。
 イリヤも苦笑いを浮かべて、一筋の汗を流す。
 そして、どうしたもんかという場の雰囲気を士郎が、再び、ぶち壊す。


 「まあ、知ってたけどな。」

 「え?」
 「は?」


 士郎の口から信じられない言葉が漏れる。
 セイバーは、パクパクと口を開いて言いたい事が言えない。
 イリヤも呆然としている。


 「だって、古文書解いたら、図が出て来るなんておかしいだろ?
  途中でイリヤのイタズラだって気付いたよ。
  セイバーも途中からよそよそしいから、一枚噛んでるなって。」

 「で、では、今までのやり取りは!?」

 「ああ。
  逆にイリヤとセイバーを騙してやろうと思って。」


 プチンと何かが切れる音がするとセイバーとイリヤのグーが、士郎に炸裂する。


 「もう! こんな時に、どうして士郎は!」

 「冗談にも程があります!
  私が、どれだけ心を痛めたか!」

 「そもそも、お前らが俺を嵌めようなんて
  浅はかな事を考えるから、こんな事になるんだろう?」

 「では、ランサーを無視する必要はないじゃないですか!?」

 「だって、ああしないとリアリティが出ないじゃん。」

 「そんなものは、必要ありません!」

 「何言ってんだよ。
  一度、俺に騙されてる奴の警戒を解くには、
  それぐらいしなくちゃバレるじゃないか。」

 「貴方は、どれだけ無駄な事に労力を注ぎ込むつもりですか!?」

 「そうだな……。
  半日掛けて古文書解いて仕込みを行うぐらい?」

 「士郎……。
  これだけのために古文書解いたの?」

 「そうだけど?」


 再びランサー以外の全員が額を押さえる。


 「あんた、本…………っ当に馬鹿じゃないの?」


 凛の口から、呆れたを通り越した本音が漏れる。


 「俺も途中から思ったんだけどさ。
  古文書解く方がしんどい作業だって。
  でもさ、セイバーとイリヤをからかいたい一心で、がんばっちゃったよ。」

 「馬鹿って、凄いのですね……。」

 「ライダー、それは大きな勘違いだと思うぞ。」

 「はは……また、騙されました。
  もう、どうでもいいです。
  シロウなど、どうでもいいです。」

 「セイバー、気落ちしちゃダメよ!
  ちゃんと成果は、あったんだから!」


 イリヤは、士郎の解読したノートをセイバーに見せる。


 「一体、誰が得をしたのでしょう?」

 「さあ?」


 イリヤは、苦笑いを浮かべて首を傾げる。
 しかし、ここで無視をされ続けて怒りを蓄積させた蒼い野獣が、限界点を突破する。


 「オマエら! いい加減にしろ!」


 ランサーが、槍を構え深く沈み込む。
 一触即発の雰囲気が辺りを支配する。
 士郎は、少し真剣な顔になると凛に声を掛ける。


 「冗談も、ここまでか……。
  ランサーが現れなければ、もう少し楽しめたものを。」

 「あんた、まだ、ふざける気だったの?」

 「まあ。
  ・
  ・
  それより、桜は?」

 「今頃になって『それより』って……。
  ・
  ・
  問題発生よ。
  心臓に寄生している大物が取り出せないで困ってる。」

 「大物?」

 「桜に寄生した蟲を制御しているヤツで、
  取り出すには心臓を傷つけないといけない。」

 「つまり、外から……。」

 「ええ、魔術で心臓の代替は出来るんだけど、
  正確に蟲を攻撃する方法がないの。」

 「なるほど。
  間桐の魔術が効かない以上、多少強引でもってところか。
  ・
  ・
  それが最後の1匹か?」

 「ええ、そして最大の難関。」

 「桜の体を診るには、アーチャーは不可欠。
  これから間桐の魔術を再度組み上げるなり、
  別の方法を試すには遠坂とイリヤが不可欠。
  ライダーは、魔力の有限があって戦闘は不可能。
  ・
  ・
  遠坂。
  桜の治療は、1回で行う方がいいよな?」

 「ええ、体に負担を掛けたくないから。」

 「仕方ない。
  俺とセイバーが、ランサーを相手にして時間を稼ぐ。」

 「士郎?」

 「まあ、俺は、セイバーの後ろでウロウロしているだけだけど。
  ・
  ・
  引き続き、試して貰えるか?」

 「言われるまでもないわ!」

 (おお、心強いお言葉。)


 士郎は、セイバーに声を掛ける。


 「久々の戦闘だ。」

 「シロウ?」

 (目が本気だ。
  ならば……。)

 「分かりました。
  貴方の剣となって、見事、ランサーを討ちましょう!」


 セイバーが武装を換装し、アーチャーとライダーの前に出る。


 「後は、私が引き受けます。
  サクラを頼みます。」

 「セイバー……。
  気を付けてください。」


 ライダーは、セイバーに声を掛けて、再び、桜に駆け寄る。


 「奴とは、一戦交えている。
  本来、この手の助言はしないのだが……。
  相手は、『クー・フーリン』だ。」


 アーチャーも助言を残すと桜に駆け寄る。
 そして、入れ違いで士郎が肩を並べる。


 「坊主、まさかオマエが、
  セイバーのマスターだ……なんて言わないよな?」

 「俺が、セイバーのマスターだ。」


 ランサーは、大声で笑っている。


 「魔術師でもない奴がマスターか。
  じゃあ、そのサーヴァントも、あまり期待出来ないな。」


 ランサーの嘲笑にセイバーは、不快感を表す。


 「気にするな、セイバー。
  所詮、どこぞの馬鹿の戯言だ。」

 「何だと?」

 「そんな聞いた事もないような中国人に
  俺のサーヴァントは負けない!」

 「…………。」

 「シロウ?」

 「オイ、坊主?」

 「なんだよ!」

 「「何で、中国人なんだ!」」

 「え?」


 折角、助言を残したアーチャーは、頭痛を引き起こしていた。


 「あの馬鹿!」

 「士郎に期待しちゃダメよ。」

 「セイバーが、きっと、フォローします。
  こちらは、作業を続けましょう。」

 (そういえば士郎って、
  ヘラクレスすら知らなかったわね……。)


 士郎は、セイバーに質問する。


 「『クー・フーリン』って、中国系の名前じゃないか?」

 「貴方には、彼が中国人に見えるのですか!?」

 「…………。」

 「西洋風っぽいな。
  だって、『巧・風淋』とかって書きそうじゃん。」

 「勝手な当て字を入れて、妙な人名を作らないでください。」

 「じゃあ、どんな奴なんだよ?
  セイバーは、知っているのか?」

 「当然です。
  彼は、光の御子と云われたアイルランドの英雄です。」

 「分かってるじゃねぇか、セイバー。」

 「ふ……俺は、聞いた事もないがな。」

 「シロウ……威張るところではありません。
  寧ろ、彼ほどの英雄を知らない自分の無知を恥じてください。」

 「有名な英雄という事は、強いんだな?」

 「はい。真名を知ったところで苦戦を強いられるでしょう。
  そして、何より気をつけなければならないのが、彼の持つ深紅の槍です。
  あの槍は、因果を逆転させます。」

 「因果?」

 「槍を放つという現象より、心臓を穿つという事が先に生じるのです。」

 「この世界には、人の運命をつかさどる何らかの超越的な『律』……。
  神の手が存在するのだろうか……。
  少なくとも人は、自分の意志さえ自由には出来ない……。」

 「…………。」

 「何を言っているのですか、貴方は?」

 「いや、急にベルセルクのナレーションが頭を過ぎって。
  ・
  ・
  あ。
  俺、武器置いて来ちゃったから、任せていいかな?」

 「元より、そのつもりです!」

 「あ……そう。」


 士郎が、後ろに下がるとセイバーとランサーは、直ぐに戦いを始めた。
 最初の一太刀の交差で、ランサーの顔色が変わる。


 (あれは、驚くよな……。
  あの体型で打ち合えるんだから……。
  ・
  ・
  あ、剣も見えなくなってる。
  あんな事も出来るんだな。
  今更ながら気付いた。)


 …


 一方、桜の治療に当たっていた面々は、苦戦を強いられていた。
 心臓を傷つける事なく蟲を取り出すため、魔術の威力を上げたりアレンジを加えるが、魔術ではどうにもなりそうになかった。


 「やっぱり、直接取り出すしかないわ。
  でも、どうやって……。」

 「アーチャー、あなたの武器で蟲を刺し貫く事は出来ませんか?」

 「私の干将・莫耶で出来なくはないが、
  蟲が動かないという保証もない。」

 「そうだ!
  なら、弓で蟲を狙えばいいじゃない!」

 (妹の事で、大分混乱しているな……。)

 「凛……弓で狙うのも、刃を突き立てるのも同じだ。
  しかし、どちらも同じ事なら覚悟を決めるが……。」


 凛の動揺にイリヤは声を荒げる。


 「どちらにしても実行するなら、みんなが覚悟を決めなきゃダメ!
  特に凛!
  あなたは、傷ついた桜の心臓を治療しなければいけないんだから!
  今みたいに取り乱しちゃダメ!」

 「…………。」

 「そうね、ごめん。」

 「まず、もう一度手順を決め直しましょう。」


 凛達は、イリヤを中心に相談を始めた。


 …


 士郎の前で凄まじいスピードで、セイバーとランサーが交錯していた。
 真名を知られ宝具の開放のタイミングを慎重に測るランサーと住宅地での宝具開放を厳禁にしているセイバーとの戦いは、己の技術と技術のぶつかり合いになっていた。
 士郎は、呆然とその戦いを見ながら、別の事を考えていた。


 (ランサーの武器……名前聞き忘れた。
  ・
  ・
  兎に角! あの槍!
  因果を逆転させるヤツ!
  ・
  ・
  心臓を確実に貫くって言ってたな。
  あれで桜の心臓の蟲を貫けないかな。
  ただ、宝具の開放だから威力が強過ぎるか?
  威力を下げるには……。
  ・
  ・
  そうだ! ライダーの魔眼!
  あれって、サーヴァントには直接効かなくてもランクを下げるって言っていたな。
  つまり、ライダーの魔眼開放状態で、
  ランサーの宝具を使えれば、桜の傷は、最小限で済むんじゃないか?
  その後、遠坂の……なんだっけ?
  まあ、その遠坂の変な魔術で治療を出来れば……。)


 士郎は、セイバーとランサーの戦いを無視して、凛達のところに歩き出す。


 「オイ。
  オマエの主は、行っちまったぜ?」

 「構いません。
  シロウは、私を信頼しているから任せたのです。」

 「羨ましいね、いい主を持って。」

 「……ただの考えなしかもしれませんが。」

 「ああん?」

 「こちらの事です……行きます!」

 「ああ! 存分に奮い合おうぜ!」


 セイバーとランサーの激突は、更に激しさを増していった。


 …


 段取りを話し合っている凛達の元に士郎は歩いて行く。
 説明をしているイリヤの肩をポンポンと叩き、肩に手を置いたまま人差し指を立てる。
 振り返ったイリヤの頬に人差し指が当たる。
 イリヤは、問答無用で士郎にグーを叩き込んだ。


 「なんの用!」

 「なかなかいいパンチを身につけたじゃないか、イリヤ。
  桜の心臓の蟲の始末に困ってんじゃないかと思って。」

 「何かいい案でもあるの!」


 イリヤは、イライラした声で士郎に話し掛ける。


 「うん、思い付いた。」

 「へ?
  ・
  ・
  本当?」

 「今、問題になってんのってさ。
  桜の心臓に如何にダメージなく、正確に蟲を殺すかって事だろう?
  それでアイツ……ランサー。
  アイツの武器って因果の逆転とかで心臓を確実に貫ける。
  ランサーに頼んで、桜の心臓の蟲をやっつけて貰えないかな?」

 「頼むって……士郎。
  どうするの?」

 「あんた、とことん馬鹿よね。」

 「遠坂もイリヤも、もう忘れたのか?
  俺、お前達と接触すると必ず頼み事をしてただろう?」

 「そういえば……。
  あんたは、そういう奴だったわね。」

 「わたしも忘れてたわ。」

 「で、遠坂には、最後に戦うように約束取り付けただろう?
  あのノリで、アイツにも頼んでみよう。
  遠坂と同じで呆れて承諾してくれるかもしれない。」

 「呆れてって……。」

 「でも、今のあの状態で、どうやって話すの?」


 イリヤの指差す方向でセイバーとランサーのガチンコ勝負は、嵐のような勢いで続いている。


 「竜巻の回転を止めないと話も出来ないな。」

 「その心配はいらない。」


 アーチャーが、話に割って入る。


 「どういう事だ?」

 「凛、私の能力の一部を披露してしまう事になるが構わないか?」

 「ええ、緊急事態だから目を瞑るわ。
  一応、みんなとは協定結んでるし。」

 「違うな、遠坂。
  俺の巧みな話術で配下に治まったのを忘れるな。」

 「ああ、はいはい。
  分かってるわよ。」

 (約束を反故にする気だな。)

 「で、アーチャー。
  あなたの能力って?」

 「うむ。
  ・
  ・
  トレース・オン。」


 アーチャーの発した言葉の直後、アーチャーの手には、一本の深紅の槍が握られていた。


 「これって……まさか!?」

 「ランサーの槍だ。」

 「投影魔術!?
  しかも、こんな高度な完成度のものなんて!」

 「イリヤ、驚いてるけど凄いのか?」

 「魔術師なら、十人が十人驚くわよ!」

 「へ~。
  因みに精度と威力は?」

 「ほぼ同じだ。
  しかし、私は、本来の使い手ではないのでランクが落ちる。」

 「その槍をランサーが使えば、本来の精度を発揮出来るって事か?」

 「うむ。」

 「なるほど、好都合だな。」

 「何で、ランクが落ちて好都合なのよ?」

 「多分だけど、そのまま使ったら威力が強過ぎると思ったんだ。
  だから、武器のランクを落としたいと思ってた。」

 「なるほど。
  考えてるじゃない。」

 「ふむ。
  しかし、これでも人間相手では、まだ、威力が強いようだ。
  ・
  ・
  I am the bor……。」


 アーチャーが、何かを唱えたのは確かだが、それを完全に聞き取る間もなくアーチャーの手で変化する槍に目が移る。


 「槍が矢になった!?
  すっげ! マジ、すっげぇぇぇ!」

 「これならば、弓の張力で加減が効くだろう。」

 「なあ、それって真名開放しても速度とか変わらないのかな?」

 「どういう事だ?」

 「漫画とかだとさ。
  撃った後にギューンって、凄いスピードで飛んでって……グサッて。」

 「なるほど。
  しかし、事象が逆転するならば、撃った威力も反映されるだろう。」

 「そうか。」

 「まあ、一発試してみればいい。」

 「じゃあ、あれに撃てば……。」


 士郎の指の先には、ランサーが居る。


 「流石に真剣勝負の不意打ちは出来ん。」

 「でも、手頃な心臓なんてないしな~。」

 「小僧……。
  手頃な心臓でランサーを指定するのって、どうなのだ?」

 「敵だし。
  なんか、アイツしぶとく避けそうだし。
  自分の武器だから弱点知ってんじゃないの?」

 「士郎に賛成!」

 「イリヤスフィール、その小僧に毒されてはいけない。」

 「う~ん。
  わたしも、士郎に賛成かな?」

 「凛……君まで……。」

 「ごめん。
  正直、ランサーより、桜が大事!」

 「アーチャー、すいませんが私からもよろしくお願いします。
  私も桜が大事です!」

 (同じサーヴァントとしてランサーに非常に同情する……。)

 「分かった。
  その代わり不意打ちだけはさせないでくれ。
  英霊としての良心と誇りが傷つく。」


 アーチャーは、深紅の矢を構えランサーに向ける。


 「ランサー!」


 戦いを続けるセイバーとランサーの動きが止まり、間合いを取りながらアーチャーを睨む。
 アーチャーは、矢を放つと同時に真名を開放する。
 矢は、スピードを増して、ランサーへと曲線を描いて突き刺さる。
 ……否。
 ランサーは、矢を紙一重で回避する。


 「当たんないな。
  真名を開放したのに……。
  遠坂、どう思う?」

 「ランサー自体に何かあるわ。」

 「?」

 「矢は、間違いなくランサーに向かって行ったわ。」

 「そういえば『矢よけの加護』というのが、
  クー・フーリンにはあったな。」

 「アーチャーは、物知りだな。」

 「貴様が無知過ぎるのだ。」

 「なんか凄い形相でランサーが睨んでるな。」

 「当然だ。
  真剣勝負に横槍を入れたのだから。」

 「セイバー!
  実験終わったから、続き頼む!」


 士郎の声に、ランサーと一緒にセイバーも睨みつける。
 士郎は、二人を無視して話の続きをする。


 「やっぱり、ギューンってなったな。」

 「威力は、これぐらいでいいのではないか?
  人間の筋肉や臓器というのは、案外固いものだ。」

 「大事な事を忘れてたわ。
  対象となる蟲の防御力は?」

 「今の威力なら、問題なく貫ける。」

 「じゃあ、決まりね。
  イリヤ、一応、おさらいしましょう。
  新参者の馬鹿に場を荒らされたくないから。」

 「酷いな。」

 「分かったわ。
  残る最後の蟲を退治するため、アーチャーの今の矢で桜の心臓を貫く。
  そして、矢の上下2センチを目安に切り口を入れて蟲だけを取り出す。
  その後は、凛の治療魔術を実施。
  ・
  ・
  最後にライダーの宝具で全ての蟲を消滅させる。」

 「なるほど。」

 「その後……。」

 「まだ、あるのか?」

 「魔力の尽き掛けたライダーのために士郎が血を提供する。」

 「…………。」

 「なんで、当然の様に
  俺の血液提供が組み込まれているんだ!?」

 「一番、血の気が多いから?」

 「イリヤ、意味違うぞ……。」

 「まあ、ライダーも士郎の血は、お気に入りだからいいじゃない。」

 「はい?」

 「健康的で美味でした。」


 ライダーは、士郎に微笑み掛ける。


 「いやいやいやいや。
  そんな笑顔を向けられても……。」

 「士郎、諦めなさい。
  桜の大事なサーヴァントを消させないために、
  あんたは、血ぐらい提供すべきなのよ。」

 「遠坂!
  今の発言、おかしい!
  イリヤを庇い立てするセラみたいだ!」

 「そう?
  でも、これ決定事項だから。」

 「俺に選択の余地はないのか……。」

 「では、行動に移すぞ。
  凛、準備は?」

 「大丈夫!」


 ライダーが優しく桜を支え、アーチャーが弓を引き絞る。
 そして、真名の開放と供に深紅の矢が桜の心臓を貫いた。


 …


 戦闘の途中でランサーは、セイバーに静止を掛ける。


 「待て!
  オマエの仲間、あの女の子に矢を撃ったぞ!?」

 「あれは、治療の一環です。」

 「オマエ達……一体何をしていたんだ?」

 「簡単に言えば、お節介を焼いているのです。
  マスターとサーヴァントが寄り集まって、
  サクラ……あの少女を救おうとしているだけです。」

 「な……馬鹿か!? オマエら!」

 「ええ、私もそう思います。
  聖杯戦争の本質を忘れ、己が願いを置き去りにして、
  我々は、別の事で躍起になっている。
  ・
  ・
  しかし、この行為に後悔はない。
  これは、己が願いを叶える道の一つです。」

 「置き去りにした願いを叶える道か……。
  矛盾しているようだが、簡単に言えば急がば回れ。
  遠回りこそ、正解に近づく道か……。」

 「ランサー……。」

 「興が削がれた。
  また、今度にしよう。」

 「いいのですか?
  私なら、決着が着くまでお相手します。」

 「宝具の開放なしで真剣勝負もないもんだ。
  俺は、死力を尽くした戦いをしたいんでね。
  ・
  ・
  それに俺のマスターから、お呼びが掛かっちまった。」

 「そうですか。」

 「また、今度な。」


 ランサーは、霊体化するとセイバーの前から姿を消した。


 「ランサー……。
  次に見える時には、必ず決着を。」


 セイバーは、踵を返すと士郎達のところに歩き出した。


 …


 アーチャーの矢が正確に心臓を貫き、刺し穿つ死棘が心臓と蟲を捕らえる。
 アーチャーは、急いで刺し貫いた矢傷の上下を切り裂き、矢に刺し貫かれた蟲をゆっくりと引き抜く。


 「よし! 凛!」


 凛は、直ぐに秘蔵の宝石の魔力を用い、血液の流れを作りつつ、心臓の修復と傷口の修復を始める。
 アーチャーは、ライダーに代わり、桜を支える。
 ライダーは、アーチャーから受け取った矢をトレイに放り投げると宝具を使用し、天馬を召喚する。


 「イリヤ、離れよう。
  ライダーの宝具は強力だ。」


 士郎がイリヤを庇って離れると、夜空に輝く彗星は、大きな曲線を描き再び舞い戻る。
 間桐邸で見た強力なエネルギーの奔流が地面を抉り続ける。


 「相変わらずだな。
  だけど……威力も範囲も前より小さい。」

 「当然ね。
  魔力の供給が行われていないんだから。
  でも、この威力で十分だし消滅させるなら、
  ライダーの宝具は、打って付けだわ。」

 「イリヤのお墨付きなら、間違いないな。」

 「後は、桜ね。」


 桜の周りに全員が集まる。
 凛は、肩で息をして秘蔵の宝石に目を移す。


 「魔力……ほとんど、なくなちゃったわね。
  父さん……ごめんなさい。
  ・
  ・
  でも、桜……生きてる。
  全部、終わったわ……。」


 凛が、涙を浮かべて嬉しそうに振り返る。
 その笑顔は、魔術師とは、ほど遠い少女の笑顔だった。


 「リン、おめでとうございます。」

 「安心しました。
  桜が無事で。
  凛、あなたが頑張ってくれたお陰です。」

 「セイバー、ライダー、ありがとう。」

 「我々の完全勝利だな。」

 「ええ、ありがとう。
  アーチャー、あなたが私のサーヴァントでよかったわ。」

 「…………。」

 「イリヤ……。
  あなたに一番感謝してる。
  わたしを励ましてくれた事、一緒に魔術書を解いてくれた事。
  本当にありがとう。」

 「べ、別に、凛のためじゃないんだから!
  でも……桜が助かって、よかったわね。」

 「ええ、二度と失わないわ。」

 「士郎……。」

 「分かるぞ。
  俺なんかにお礼を言いたくないのは。
  俺も遠坂の立場だったら、言いたくない。」

 「そんな事はないわよ!」

 「だから、俺からお前に言葉を贈ろう。」

 「え?」

 (珍しいですね。
  シロウが、リンに優しいなんて。)

 (何だかんだで、こういう結果に導いた要因は、
  士郎にある事が大きい。
  彼も、それを分かって声を掛けるのでしょう。)

 (小僧も、一応、凛の性格を分かっているのだな。
  こういう時、素直になれないのが彼女だ。)

 (士郎……。
  今回だけは、許してあげる。
  でも、これ以降は、わたしのものなんだから!)

 「遠坂……。
  桜が助かって、本当によかった。
  そして、それを遠坂の頑張りで助けたのが嬉しいよ。」

 「士郎……。
  うん、ありがとう。
  長い間待ってたものを、やっと、取り戻せたわ。」

 「少し痩せちゃったけどな。」

 「ええ、滋養の着く料理を無理にでも食べさせて
  元気になって貰うわ。」

 「薬とかは?」

 「うん、処方する。
  完全に治るまで、わたしが面倒見る。」

 「そうか。」

 「士郎……ありがとう。」

 「ああ、よかったな。
  俺も、嬉しいよ。
  ・
  ・
  痩せてしまっても、桜の胸の大きさは変わらなかった。」

 「は?
  ・
  ・
  この馬鹿!」


 凛のグーが、盛大に士郎に炸裂する。
 他の面々は、頭を押さえて溜息をついた。



[7779] 第59話 幕間Ⅰ①
Name: 熊雑草◆890a69a1 ID:9b88eec9
Date: 2010/08/27 00:35
 == Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==



 長い夜が終わりを迎えようとしている。
 凛とライダーは、桜を部屋に運ぶと服を着替えさせベッドに寝かせる。
 2人は、桜が目を覚ますまで側に居る事にした。

 アーチャーは、衛宮邸の屋根で再び監視を続ける。
 魔力を発し続けてランサーに居場所が露呈した。
 これまで以上に敵との遭遇の可能性が高い。

 士郎とセイバーは、既に布団へと横になっていた。
 しかし、士郎は、直ぐに布団を抜け出し、イリヤの部屋へと向かった。



  第59話 幕間Ⅰ①



 士郎がノックをすると『どうぞ』と返事が返って来る。
 士郎は、イリヤの部屋へとあがり込む。


 「中は、こんな風になっていたのか。」

 「部屋を見に来たの?」

 「それもある。」

 「どう?
  わたしのお部屋は?」

 「外から見た部屋の大きさより、中の方が広いのが納得いかない。
  空間でも歪めているのか?」

 「う~ん。
  セラに任せたから、分からないわ。」

 「……セラも、大概にしてデタラメだよな。」


 士郎の言葉にイリヤは、クスクスと笑いを漏らす。
 そして、士郎は、溜息を漏らす。


 「ん?」


 士郎は、イリヤの部屋で別の気配を感じ取る。
 途端に唇の端が吊りあがる。
 そして、イリヤに小声で話し掛ける。


 「イリヤ、これからアイツを騙す。
  適当に相槌を打ってくれ。」

 (士郎……もう、気付いたんだ。)

 「いいわよ。」


 士郎とイリヤは、普段の声の大きさで会話を再開する。


 「ところで、他の用件は?
  『それも』って事は、他にもあるんでしょう?」

 「ああ。」

 「もしかて、わたしが目当て?」

 (さすが、イリヤ……。
  からかう事に関しては、通じるものがあるな。
  しかも、相槌どころか自分から仕掛けるとは。)

 「そうだ。
  俺は、イリヤが欲しい……。」

 「士郎……。
  こんな、わたしでいいの?」

 「ああ、愛しているよ……。」

 「士郎……。」


 イリヤが、士郎に抱きつこうとする。


 「衛宮士郎ーーーっ!」

 (来たな!)


 士郎は、パンと頭の上に振り下ろされる何かを白羽取りする。


 「やはり、セラか……。」

 「な!? 気付かれていたのですか!?」

 「当然だ。
  今のは、イリヤとお前を炙り出すために一芝居打ったんだ。」

 「お嬢様!?」

 「ごめんね。」


 士郎は、振り返りつつ手の中の物を確認する。


 「おま!? これ、薙刀じゃないか!?」

 「当然です。
  お嬢様に触れようとする輩は、一刀両断にしなくてはなりません。」

 「お前の前では、冗談も言えんな……。」

 「で、衛宮士郎。
  何用で、お嬢様の部屋に来たのですか?」

 (さらっと流したな。
  謝罪ぐらいしろよ。)

 「実は、さっき渡したノートの事についてだ。」

 「これ?」


 イリヤが、ノートを取り出す。


 「分かるか?」

 「セラと見てみたんだけど、今一はっきりしなくて。」

 「古文書とノートを照らし合わせ、
  衛宮様の解読に間違いがないのは確認しました。」

 「確認ね……。
  信用してないって?」

 「当然です。
  何十年もの間、解読出来なかったものが、突然、解読されたのです。
  嘘だと疑うのが心情でしょう。」

 「そんなもんか。
  それな……ただ見ただけじゃ分からないぞ?」

 「なんで?」

 「イリヤに渡したのは、解読した半分なんだ。」

 「半分?」

 「何故、全てをお渡しにならなかったのですか?」

 「あの場には遠坂やライダーも居たし、敵のランサーも居た。
  アインツベルンの遺産が、万が一にも流出したら拙いだろ?」

 「貴方は、意外と目配りが利くのですね。」

 「信用には、信用で応えないとな。」

 「それで?
  残りの半分は?」

 「これだ。」


 士郎は、サランラップを取り出す。


 「ふざけているのですか?」

 「大マジ。
  ノート貸して。」


 イリヤは、士郎にノートを渡す。
 士郎は、図の示してあるページに持っていたサランラップを巻き付ける。


 「どうだ?」


 イリヤとセラは、ノートを覗き込む。


 「図に説明が!」

 「そう、別項の各説明を図の適材適所に配置しないと分からない。
  そのサランラップには、マジックで適所に説明が書いてある。
  これがその古文書に隠されていた、もう一つの秘密だ。」

 「凄いですね。
  ……しかし、巻き付けてあるのがサランラップとは。」

 「悪いな。
  セロファンみたいなものは置いてないんだ。」

 「しかし、この図は……。
  とんでもないものを紐解いたようですね。」

 「ええ、聖杯戦争の禁忌。
  多分、アインツベルンの誰かが聖杯戦争のシステムを研究して、
  独自に作り上げた根源への道の繋げ方だと思うわ。」

 「この方法なら、魔力だけあれば繋げられそうです。
  お嬢様、如何ですか?」

 「確かに可能ね。
  でも、膨大な魔力が必要よ。
  聖杯戦争を開始するのに貯める霊脈の魔力の15倍は、必要なんじゃないかしら?
  周期を40年としたら、600年掛かるわ。」

 「だから、古文書にしてお蔵入りにしたのか?」

 「多分、そんなところでしょうね。」

 「もう一つの意味合いがあるかもしれません。」

 「どういう事だ?」

 「お嬢様、この聖杯戦争には幾つかの禁忌があります。
  そして、この膨大な魔力を聖杯戦争中に確保する術が一つあります。」

 (回りくどいな。)

 「それは、サーヴァントによる魂食いの事?」

 「……気付いておられましたか。」

 「ええ。
  同じ要領で大量の人間の魂を吸収してしまうんでしょう?
  それを実行すれば、歴史に汚名を永遠と残せるわ。」

 「大量殺人か……。
  かなりの範囲が予想されるな。」

 「そのような不本意な汚名を残す事など出来ません。
  お嬢様、この古文書は、見なかった事にしませんか?」

 「いいえ、それはしないわ。
  わたしの見た限り改善点も多くあるし、
  もしかしたら、アインツベルンの領土で根源の道を開けるかもしれない。」

 「本当ですか!?」

 「本当よ。
  要は、魔力を確保する問題と使用する魔力量なのよ。
  魔力を定期的に確保する霊脈と使用する魔力量の削減をクリア出来れば、
  アインツベルンの領土でも600年なんて待たずに出来るはずよ。」

 「へ~。
  じゃあ、冬木から聖杯戦争を本当になくせるんだ。」

 「セラ、今の魔術の技術なら、
  魔力量の削減も可能なんじゃないかしら?」

 「そうですね……。
  ・
  ・
  しかし、この古文書が出来たのは聖杯戦争後ですから、それほど、時間は経っていません。
  対応出来る技術があるかは、望みが薄いと思います。
  それでも、技術の革新が続いているのは事実です。
  もしかしたら、今なら対応出来る技術もあるかもしれません。」

 「……変だな?」

 「どうしたの? 士郎?」

 「この古文書って、もっと古いものに見えるんだけど。
  200年前にしては、紙も表紙も痛み過ぎてないか?」

 「そう言われれば……。」


 セラは、古文書を手に取り確かめる。


 「逆かもしれないな。
  この古文書をアインツベルンの誰かが紐解いて、
  聖杯戦争に利用したのかもしれない。」

 「確かに士郎の言う通りかもしれない。
  古文書に示されている説明が優れているから、錯覚させられたわ。
  画期的な事も幾つか記されているから、聖杯戦争を模倣したと思ったけど……。
  ・
  ・
  セラ、この古文書は、もっと詳しく調べる必要があるわ。
  もしかしたら、とんでもない技術が、まだまだ隠されているかもしれない。」

 「はい。
  続けて調査します。」

 「調査続けられるのか?」

 「衛宮様のお陰で、解読の鍵は解かれています。
  後は、文字が読める我々で精査するだけです。」

 「俺は、そこの字が読めないから、ニュアンスしか伝わらないけど。
  魔術の専門家が言うなら間違いないな。」

 「では、お嬢様。
  これで屋敷に戻ります。」

 「ええ、ご苦労様。」


 セラは、イリヤに挨拶をすると部屋を出て行った。


 「イリヤは、帰らないのか?」

 「関わった以上、最後まで面倒見るわ。」

 「イリヤは、いい子だな~。
  この子が、いきなり俺を殺そうとしたとは……。」

 「そんな昔の事、いいじゃない。」

 (まだ、1週間も経っていないんだが……。)

 「イリヤ、本当に古文書を紐解けそうなら、
  聖杯戦争をなくして、アインツベルンで根源の道を開くの考えてくれないかな?」

 「いいわよ。
  こっちも願ったり叶ったりだし。」

 「…………。」

 「そりゃそうか。
  魔術師の最終的な目的なんだから。
  遠坂に言ったら、怒りそうだな……。」

 「わたしだったら、『抜け駆けした』って怒るわね。」

 「そうか……。
  どうしよう?
  俺、このままじゃ遠坂に殺されそうだ。
  ・
  ・
  そうだ!
  イリヤ、遠坂と分け合ってくれないか?」

 「どうやって?」

 「200年前に祖先が協力して作り上げたのが聖杯戦争だろ?
  その現代版。
  つまり、イリヤと遠坂で根源の道を開けばいいんだよ。」

 「だから、どうやって根源の道を分け合うの?」

 「バイパスだ。
  アインツベルンで開いた根源の道をバイパスして、
  遠坂にも使えるようにするんだ。」

 「…………。」

 「そんなの出来るの?」

 「勘で言ってるだけだけど?」

 「…………。」

 「出来ないか?」

 「考えた事もないわ。」

 「じゃあ、根源の道が開いたらバイパスを作るのが、
  これからの先祖代々の宿題にしよう。」

 「よそ様の先祖の宿題を勝手に決めるなんて……。」

 「いいじゃん。
  減るもんじゃないし。
  俺のお陰で、イリヤも遠坂も大分おいしい思いをしたんだろ?」

 「まあ、それは……。」

 「じゃあ、決まり!」

 「士郎には敵わないわね。」

 「そうと決まれば、やる事やらないとな。」

 「やる事?」

 「うん。
  桜が元気になったら、皆に話して巻き込む。」

 「それ、やる事なの?」

 「間違いなく。」

 「嘘ばっかり。」


 士郎は、笑顔を浮かべると振り返る。


 「じゃあ、部屋に戻るよ。」

 「士郎。」

 「うん?」

 「切嗣の事……知っている事だけでいいから、お話しして欲しい。」

 「親父か……。」

 「士郎の事も知りたいし、わたしの事も知って欲しい……。」

 「……まあ、いっか。分かった。」

 「横になって寛いで。」

 「布団取って来るよ。」

 「わたしのベッド広いから、一緒に寝ましょう。」

 「…………。」

 「男女のプライバシーというか……モラルは大事だと思う。
  やっぱり、布団取って来るよ。」


 イリヤが、パチンと指を鳴らすとバーサーカーが現界する。


 「レディに恥をかかせる気?」

 「決してそのような事は……。」

 「バーサーカー!」


 バーサーカーが、士郎を掴む。


 「潰される~!」

 「大丈夫よ。
  こんな時のために細かい動作の特訓はバッチリよ。」

 (なんて無駄な努力なんだ。)

 「お兄ちゃん! 正座!」


 士郎は、バーサーカーに強制的に正座をさせられる。
 その夜、士郎とイリヤは話し続けた。
 何故か当初の予定とは違い、士郎は正座して。
 夜が明けお昼近くになって、士郎とイリヤは眠りに着いた。
 眠りに落ちる直前、イリヤは、士郎に呟いた。


 「本当は、凛と桜が羨ましかったの。」


 その言葉を口にした事をイリヤ自身は記憶に留める事はなかった。
 士郎も夢か現実か認識する事は出来なかった。


 …


 早朝。
 凛とライダーに見守られながら、桜は、目を覚ました。


 「姉さん……。
  ライダー……。」

 「桜、おはよう。」

 「おはようございます、桜。」


 桜は、ゆっくりと上半身だけ起き上がる。


 「大丈夫?
  何か変な事ない?」

 「体が……軽いです。」

 「それから?」

 「気持ちも……軽いです。
  不快な物が削ぎ落とされたような。」


 凛とライダーの顔に笑みが浮かぶ。


 「桜、もう大丈夫です。
  あなたを苛むものはありません。
  凛が治療してくれました。」

 「じゃあ……わたしの中の蟲は……。」

 「はい。
  もう、居ません。」


 桜が、嬉しさの余りに手で顔を覆う。


 「姉さん……。
  ありがとうございます。」

 「みんなのお陰よ。
  みんなが桜のために頑張ったわ。
  お礼は、みんなに言わないとね。」

 「はい。」

 「ただ、心配な事もあるわ。
  桜の体の体積が、蟲を排除した分だけ減っているの。
  そればかりは、どうにもならないわ。」

 「つまり……。」

 「食べて太るしかないわね。」

 「…………。」

 「姉さん、その言い方……なんか嫌です。」

 「しかし、桜。
  凛の言っている事は間違っていません。
  滋養のあるものを召し上がってください。」

 「分かりました。
  でも、心配するほどでもないかもしれません。」

 「何でよ?」

 「上手く言えませんが、蟲を追い出す前までこの体で生活していたんです。
  蟲が居なくなった分、楽に動かせるというか……。」

 「……分かって来たわ。
  蟲ってのは、言わば脂肪みたいに余計なものなのよ。
  その余計なものを背負って生活していたんだから、
  桜の筋力は、本来、かなり強いのよ。
  簡単に言えば脂肪を抜き取って、筋力だけ残ったようなものなんだわ。」

 「ダイエット成功ですか?」

 「その例えは、何か腹立たしいわね。
  ふふふ……安心しなさい、桜。
  3日で元の体型に戻るような滋養のつく料理を食べさせてあげるわ。」

 (なんか姉さんの地雷を踏んでしまったようです……。)

 「まあ、兎に角。
  居間に行きませんか?
  先ほどから、朝食の匂いが漂っています。」

 「そうね。」

 「はい。」


 凛と桜とライダーは、居間へと向かった。


 …


 居間では、朝食の用意を終えたアーチャーと朝食の匂いに誘われたセイバーが、皆の着席を待っていた。


 「遅いですね。」

 「小僧は、一緒ではないのか?」

 「昨夜、部屋を出てから戻っていません。」

 「いいのか?
  マスターを放って置いて。」

 「ええ、大丈夫です。
  外に行ったようではないので。」

 「ふむ。
  君が、そう言うのであれば、これ以上の追求はすまい。」

 「ところで、今日は、随分と柔らかいものが多いような。」

 「桜の事を思って、滋養に良いものと消化に良いものを作らせて貰った。」

 「ほほう。」

 「朝粥というのも、食が進むものだぞ。」

 「そうですか。
  ・
  ・
  しかし、遅いですね。」

 「先に、頂くかね?」

 「昨夜は、皆、遅くまで頑張っていましたから、
  誰も起きて来ないかもしれません。
  アーチャーの料理を冷ますのも良くありません。
  不本意ですが、ここは、先に頂いて置きます。」


 アーチャーが、盛り付けを始めようとした時、居間の障子が開き凛達が現れる。


 「アーチャー、この子にカロリーの高いものをお願い!」

 「藪から棒に……。
  どうしたというのだ?」

 「桜の奴、脂肪だけ減って筋力落ちてないんだって!
  そんなの絶対に許せないわ!
  だから、3日で太らせるのよ!」

 「別にいいではないか。」

 「姉さん、わたしは徐々に体重戻しますんで……。」

 「仕方ない……分かったわ。
  アーチャー、桜の分は、二倍用意して!」

 「姉さん!?」

 (凄い執念ですね。)

 「サクラ、アーチャーの料理は美味しいですよ。
  気にせず食べるべきです。
  今のサクラは、見ているこっちが心配になります。」

 「そうですか?」

 「はい。」

 「折角、痩せたんですけど、
  みなさんを心配させるのは良くないですね。
  太り過ぎないようにいただきます。」

 「朝食は気を使ったが、
  その調子ならば、昼食は普通のもので良さそうだな。」

 「はい。」

 「ところで、士郎とイリヤは?」

 「まだ、姿を見ていません。」

 「ふ~ん。
  イリヤは兎も角、士郎は、早起きのイメージがあったけど。」

 「お腹が空けば現れるでしょう。」

 「そうね。」


 朝食は、士郎とイリヤを除いて直ぐに開始された。
 話題は、ほとんどが桜の体の調子に関するものだった。
 そして、朝食後、凛が処方した薬により、桜と横から摘まみ食い(?)と言う名の味見をしたセイバーが苦さのあまり屍になった。


 …


 昼食時になっても士郎とイリヤは、姿を現さない。
 寝ているのだから、当然なのだが他の者は気になり始めていた。


 「おかしいですね。
  昼食にも姿を現さないとは……。」

 「セイバーではないので、絶対ではありませんが。」

 「ライダー。
  今のは、どういう意味でしょう?」

 「気になさらず。」


 セイバーとライダーの間に嫌な空気が流れる。


 「放って置けばいい。
  その間にやるべき事もある。」

 「それは?」


 嫌な空気を遮ったアーチャーの質問にセイバーが問い掛ける。


 「セイバー、今は、聖杯戦争中だ。
  今後の方針を考えねばなるまい。」

 「しかし……。
  不幸な事に、この家に居るマスターは、
  シロウの計略に嵌り、決定権がありません。」

 「「そうだった……。」」


 赤い主従が、同時に額を押さえて項垂れる。


 「まあ、律儀に守る必要もありませんが。」

 「士郎のサーヴァントとは思えない発言ですね。」

 「何というか……。
  戦いもせず、相手の心の隙をつく卑怯極まりない遣り方に、
  騎士である私は、自己嫌悪に陥っています。
  いっその事、貴方達から裏切ってくれる方がスッキリします。」

 「でも……衛宮先輩が行動を起こさなければ、
  きっと、ここにみんな居ませんでした。」

 「桜……。」

 「確かにデタラメな人ですけど……。」

 「そこが一番の問題なのよ!」


 桜の付け足した一言に反応して、凛がテーブルを叩く。


 「アイツが、まともな性格さえしてれば、
  素直に感謝もするし、尊敬も出来るのよ!
  な・の・に!
  当の本人は、人をからかう事を念頭に行動するから、
  わたし達は、いらないツッコミを入れたり、
  からかわれたり、イライラさせられたりするのよ!」

 「しかし、凛……。」

 「何よ! ライダー!」

 「士郎が、まともな性格をしていたら、暗号も解けませんでした。
  それに……私は、未だに慎二の操り人形で人を襲い続けていたかもしれません。」

 「だ~~~っ! もうっ!
  アイツのいい加減さが思いもよらず役に立つから!
  わたしは、この怒りを誰にぶつければいいのよ!」

 「シロウで、いいのでは?
  良くも悪くも全てシロウがいけないのです。
  人の善意を最後の最後で、いつも踏み躙る。
  折角、纏まり掛けたものを、また、バラバラにする。」

 「そうよ!
  全部、士郎が悪い!
  ・
  ・
  そして、不覚にもアイツに借りを作っている自分に無性に腹が立つ!」

 「シロウは、人を騙す事に長けていますから。
  人生全て『人をからかう事』に懸けているみたいなものです。」

 「もういい!
  放って置くわ!
  ・
  ・
  アーチャー! ご飯!」

 「昼食は、君のリクエストでカロリーが高いのだが?」

 「いい! 関係ないわ!
  カロリーは、怒りで消費する!」

 (聞いた事のない理論だ……。)


 昼食は、凛に巻き込まれた皆が、やけ食いに付き合わされる。
 桜は、徐々に体重を戻し、セイバーとアーチャーとライダーはサーヴァントのため、体重は変わらない。
 その夜、凛だけが体重計の前で悲鳴をあげる事になる。


 …


 夕方、士郎とイリヤが揃って居間に現れる。


 「「おはよう……。」」

 「おはようございます。
  随分と遅い起床ですね。」

 「ああ……朝焼けが綺麗だ。」

 「夕焼けです……。」

 「お前ら、あんな夜更かしして、
  なんで、起きれるんだ?」

 「貴方の場合、二時間寝ても目が覚めていたではないですか。」

 「……そうだな。」

 「二人一緒とは、随分と仲がよろしいのですね?」

 「うん、士郎と一緒に寝てたから。」
 「ああ、イリヤと一緒に寝てたから。」

 「…………。」


 居間には、変な空気が流れる。


 「シロウ。
  何故、イリヤスフィールと一緒に?」

 「ベッドが大きいからだ。」

 「また、目的の内容を話さず結論だけを……。
  私も学習しました。
  貴方の言い方には、含みがある。」

 「癖だ。
  気にするな。」

 「何の癖なのです!」

 「あの赤いのとか……。」


 凛のグーが、士郎に炸裂する。


 「名前で呼べ!」

 「赤いのもとい、遠坂とかに話すのめんどい時あるだろ?」

 「あんた、いつもそんな扱いしてるわけ?」

 「なんかさ。
  いつも説明求められるんだけどさ。
  説明してやるのにがっかりするんだよ。」

 「「「「「ああ~。」」」」」

 「で、説明聞かなくてもいいやってのが多くてさ。
  結論から言う事にしてるんだ。
  話し慣れるとそれで話を進めてくれるようになるから。」

 「シロウの謎の交友関係が、少し見えた気がします。」

 「全っ然、知らなくていい事だけど。」

 「まあ、そういう事だから流していいか?」

 「流せません。
  何故、婦女子と寝ているのです。」

 「だから、ベッドが大きいからだ。」

 「繰り返すな!」


 再び、凛のグーが士郎に炸裂する。


 「お前らってさ。
  意外と人のプライバシーに踏み込むよな。」

 「シロウの行為が、犯罪スレスレだからです。」

 「俺が、イリヤにいけない事でもしていると思っているのか?」

 「やりかねないわね。」

 「絶対にしない。
  例えばだ。
  お前らに、気になる異性が居たとする。
  しかし、そいつに近づくには最強のボディーガードを倒さねばならない。
  バーサーカーという……。
  ・
  ・
  お前らは、死を覚悟してそんな事をするのか?」

 「……しないわね。」

 「……失念していました。」

 「じゃあ、分かったな?」

 「分かんないわよ!
  だ・か・ら! 何で、イリヤと寝てたのよ!」

 「昨日、イリヤとアインツベルンの古文書の話をしてたら、
  他にも色々話す事があって、
  そのまま寝ながら話すかってなって、
  布団取って来ようとしたら、バーサーカーに正座させられて、
  そのまま、力尽きた。
  ・
  ・
  そんなところだよな?」

 「うん、そんなところ。」

 「それだけ?」

 「それだけだが。
  お前らは、他に何を期待してたんだ?」

 「犯罪的な事?」

 「私が制裁を入れる事でしょうか?」

 「馬鹿じゃないの?」

 「あんただけには、言われたくないわ!」
 「シロウだけには、言われたくありません!」

 (なんなんだ? この会話は?)

 「まあ、いいや。
  アーチャー、ご飯。」

 「わたしも!」


 アーチャーが、溜息を吐く。


 「まだ、夕飯には早くて用意してないが?」

 「お昼は?」

 「色々あってな。
  全て食べ尽くされた。」

 「言い方が気になるな。」

 「それと冷蔵庫が空だ。」

 「人数増えたからな……。」

 「士郎! お腹減った~!」

 「仕方ない……。
  買い物しながら、外で食べるか?」

 「え~~~っ!」

 「じゃあ、飢えるか?」

 「もっと、ヤダ!」

 「じゃあ、行こう。
  俺のおごりだ。」

 「仕方ないわね~。
  顔洗って用意するから、待ってて。」

 「分かった。」


 伸びをした後、イリヤは、居間を出て行く。


 「そうだ。
  遠坂、俺に借りがあったろ?」

 「な、何よ?」

 「眼鏡を作ってくれ。」

 「は?
  わたしは、眼鏡屋じゃないのよ?
  矯正なんて出来ないわよ。」

 「度は、いらないんだ。
  ライダーの魔眼を相殺出来ればいい。」

 「魔眼を?
  どうして、また?」

 「ライダーの素顔が見てみたい。」

 「士郎……。
  何故、私の素顔が気になるのです?」

 「気にならない理由が分からん。
  他の連中も気になるだろう?」


 他の皆は、目を逸らす。


 「士郎……皆は、分かっています。」

 「では、次だ。
  ライダーの眼帯が、私服に全然合ってないと思うだろ?」

 「それは……。」

 「私服に眼帯ってなんだ!?
  どっかのSMクラブか!?
  ライダー! お前は、変態か!」

 「違います!」


 ライダーのグーが、士郎に炸裂する。


 「あなたは、毎度毎度……。」

 「桜、お前からも言ってやれ。」

 「わ、わたしですか!?」

 「そうだ! 素顔がいいって!」

 「……でも。」

 「もういい、分かった。
  これを使う。」


 士郎は、懐から偽臣の書を取り出す。


 「あんた、そこまでする!?」


 凛は、呆れて声をあげる。


 「する! 俺は、ライダーの素顔が見たい!」

 「馬鹿ですね。」

 「馬鹿だな。」

 「馬鹿ね。」

 「……馬鹿なんでしょうか?」

 「と、いう訳で、遠坂。
  魔眼殺しの眼鏡を作れ!
  ・
  ・
  で、ライダー。
  お前は、眼鏡を掛けて素顔を見せろ!」


 士郎の我が侭に凛は溜息を吐き、ライダーに話し掛ける。


 「ライダー……諦めない?
  わたしは、だんだん不毛に思えて来た。
  ・
  ・
  それにこんな事で借りが返せるなら安いわ。」

 「しかし……。」

 「ライダー、お前の貸しもなかった事にしてやる。
  桜の事も貸し借りなしだ。」


 ライダーの視線が桜に移る。


 (もう、ひと押しだな。)

 「令呪も返そう。」

 「本当ですか!?」

 「シロウ!」


 士郎にセイバーとライダーが詰め寄る。


 「何で、戦力を手放すのです!」

 「なんだ?
  お前は、ライダーと仲良く姉妹ごっこでもしたかったのか?」


 セイバーのグーが、士郎に炸裂する。


 「そういう事ではありません!
  何故、私に一言の相談もなく勝手に決めてしまうのです!」

 「だって、俺、お前のマスターだもん。」

 「ぐっ! そう来ましたか……。」

 「それにさ。
  戦うたんびに血吸われてたら死ぬって。
  ・
  ・
  今回は、血吸われなくて済んだが。」

 「そういえば、まだでしたね。では。」


 ライダーは、士郎の首筋に噛み付く。


 「待て! ライダー!
  いつからお前まで、そんな勝手な事を……。
  ああ、血が抜けてく~。」


 ライダーは、唇を離す。


 「今回は、この程度で我慢します。」

 「ふふ……量は、この前ほどじゃないにしろ、しっかり吸うとは。」

 「これも桜のためです。」

 「セイバー、こういう訳だ。」

 「~~~っ!
  分かりません!
  もう、勝手にしなさい!」

 「じゃあ、早速。
  ライダーに命令する。
  今から、桜のサーヴァントに戻っちゃいなさい!」


 士郎の命令で、ライダーに令呪の命令が下る。
 それと同時に意味を成さなくなった偽臣の書が青い炎をあげて灰になる。


 「これで眼鏡決定。」

 「締まらないわね……『眼鏡決定』って。
  ・
  ・
  それにしても、ライダーって本来は、こんなに強いサーヴァントなのね。」

 「凄いのか?」

 「ええ、桜による魔力の供給で失った力を完全に取り戻しています。」

 「じゃあ、俺を噛む必要なくない?」

 「……ありません。」

 「オイ!」

 「この前の味が忘れられずに……つい。」

 「『つい』ってなんだ!?」


 士郎は、ふてくされながら台所に向かい顔を洗い始める。


 「歯は、磨かないのですか?」

 「まだ、イリヤが使ってると思うから、
  先に顔だけ洗ってんだ。」

 「そうだ。
  帰りに買い物に行かないといけないから、
  誰か着いて来てくれないか?
  この人数の食料は、さすがに持てない。」

 「シロウ、私が行きます。
  それに貴方に何かあっては大変です。」

 「セイバーは、元々、頭数に入ってる。
  もう少し、手が欲しい。
  桜かアーチャー……手伝ってくれないか?」

 「何で、わたしとライダーが人選から外れるのよ?」

 「眼鏡作成共同体だから。」

 「買い物行っている間に作るわけ!?」

 「お前なら、ちょちょいのちょいだろ?」

 「無理よ!」

 「『どんな時にも優雅たれ』だろ?」

 「そりゃそうだけど……。
  ・
  ・
  何で、あんたが家の家訓を知っているのよ?」

 「美綴と話してんの聞いた。」

 「言った……かもしれないわね。」

 「ちなみに、その後、全校にお前の家訓を知らせといた。」

 「余計な事をするなーっ!」


 凛のグーが、士郎に炸裂する。


 「それで、誰が着いてく?」

 「私が行こう。
  直に材料を選びたい。」

 「とことん料理人だな、アーチャー。
  本当にサーヴァントなのか?」

 「宝具を投影して見せただろ!」

 「さて、そろそろ洗面所も空いただろう。」


 士郎は、アーチャーを無視して居間を出て行く。


 「私は、アイツの投げっぱなしで無視する姿勢が許せん。」

 「貴方も、いっそ制裁を入れれば、どうですか?」

 「……遠慮して置く。」


 アーチャーは、自分の可能性に対して制裁を入れる事に自己嫌悪して、その場を流した。


 …


 数分後、衛宮邸の前に買い物に行く面々が揃っていた。
 イリヤは、コートと帽子を被ったいつものスタイル。
 セイバーは、藤ねえのダッフルコートに身を包んでいた。
 士郎は、いつもの普段着。
 そして、アーチャーは……『hollow』の時の黒の上下に身を包んでいた。


 「アーチャー……目立ちますね。」

 「そうだろうか?」

 「でも、休日のお父さんみたいな服装は、
  もっと似合わない気がするし……。」

 「男の渋みを感じさせる年齢なんじゃないか?」


 アーチャーを除く3人は、それぞれ思った事を口にする。
 その後、商店街に向け、道中を話しながら進む。


 「小僧、今後は、どうするつもりなのだ?
  認めたくはないが、現状、我々の協定は貴様を中心に成り立っている。
  且つ、マスター全てが貴様の配下にある……認めたくないがな。」

 「そうだな……全員、揃ってるところで話そうと思ってたから、さわりだけ。
  セイバーと話してた『冬木から、聖杯戦争をなくす』っていうのが、
  出来るかもしれないに変わって来ているんだ。」

 「そんな事を話し合っていたのか?」

 「まあ。
  40年周期とはいえ、毎回毎回、宝具ぶっ放す戦いは、もう勘弁。
  200年前の人の少ない時期なら、兎も角、
  こんなに人が増えた現代じゃ、聖杯戦争は、やっちゃいけない。」

 「確かにな。」

 (流してしまったが……。
  40年周期だったか?)

 「で、当初の思惑とは外れ、マスター4人が協力出来る事になった。
  これは、大きな誤算だよ。」

 「シロウと話した時は、『何を馬鹿な事を』と思っていましたが、
  現状は、シロウの思惑通りに進んでいます。」

 「遠坂の話で魔術師の最終目標が根源への道っていうのは理解した。
  それをアインツベルンに譲渡する形で聖杯戦争をなくそうと思ってんだ。」

 「な……本気か!?」

 「本気。
  とりあえず、アインツベルンの古文書解いて、
  不可能じゃなさそうなところまでは、昨日、イリヤと話した。」

 「本当なのですか、イリヤスフィール?」

 「解決しなきゃいけない課題もあるけどね。」

 「では、今後、我々はマスターを守護して、
  『課題』を解くまでの時間を稼げばいいのですか?」

 「それも一つの手だけど、残り三人のマスターとも協力出来ないかと思ってる。
  特にキャスターの協力を得られれば、『課題』解決は加速度的に進むと思うんだ。」

 「では、敵マスターとの話し合い、もしくは、捕獲を目的に?」

 「うん、それがいいかと思う。」


 セイバーとアーチャーとイリヤは、少し考え込む。
 無理ではなさそうだし、出来なくもなさそう。
 しかし、他のマスターの協力を得られるかは、不透明なところが大きい。


 「これは、遠坂達とも話さないと分からない。
  この話は、帰ってからにしよう。」

 「そうですね。」


 アーチャーとイリヤも、頷く事で返事を返す。


 「ところでさ。
  アーチャーの投影魔術って、なんなんだ?
  突然、槍とか出たけど。」

 「投影は、マイナーな魔術で使い手も少ないわ。
  理由として精度が悪い事とイメージがしにくい事があげられるわ。」

 「精度とイメージ?」

 「例えば、なんの変哲もないナイフがあったとするわ。
  士郎は、そのナイフを理解出来る?」

 「理解?
  見ただけで重さとか材質とかを判断するって事?」

 「ええ。」

 「無理だな。分からない。」

 「そう、それが出来ないと投影は出来ないのよ。
  多分、アーチャーは、桜に施したように解析能力が長けているから、
  対象物を解析して投影出来るのよ。」

 「なるほど~。
  イメージの方は?」

 「アーチャーが、槍を矢に変えたでしょう?
  あれはアーチャーが、イメージによって槍を別の物に変えた結果なのよ。」

 「イリヤスフィール、君には敵わんな。」


 イリヤの状況判断にアーチャーは素直に感心する。


 「はあ~……凄いな。
  ・
  ・
  じゃあ、イメージから全く未知の武器も作れるのか?」

 「出来ると思うけど、それは高等技術よ。
  人は、それを認識するから物として存在させるのよ。
  さっき言ったナイフも、材料から認識して形を変えてナイフにするの。
  だから、何もない状態から作り上げるには強いイメージが求められる。
  それこそないものをあるものと認識して、工程や錬度、技術をイメージしなければならない。
  簡単なものならいざ知らず、宝具級のものをイメージだけで作り上げるなんて
  人間の想像力を超えているわ。」

 「じゃあ、アーチャーってサーヴァントの中でも特別なんだ。」

 「それは間違いないわ。」

 「じゃあさ。
  今回は、アーチャーで召喚されたけど、
  キャスターとして召喚される可能性もあるわけ?」

 「面白い発想ね。
  う~ん、どうだろう?
  素質だけで言えば、ないとは言い切れないけど……。」

 「待ってください。
  アーチャーが投影出来るのは、弓だけではありませんでした。
  そうなると全てのクラスで呼び出せるのではありませんか?」

 「そうなるな。
  そこのところ、どうなの?」


 士郎は、アーチャーに視線を向ける。


 「ふむ……あまり考えた事がないな。
  呼び出すマスターの力量や性格にも影響するところかもしれんし……。」

 「そうだった。
  呼び出すマスターも重要な要素だった。」

 「そして、結論から言うとクラスにはそれぞれ条件があるから無理だ。
  キャスターなら、Aランクの能力が必要なはずだ。
  それに私を引き当てるには、それなりの媒体が召喚には必要で、
  それを保持している者は、現世では少ないだろう。」

 「何か含みのある言い方ですね?」

 「気にしないでくれたまえ。」

 「俺にも魔術回路があるっていうけど、
  仮に魔術を使えたら、何が起きるんだろう?」

 「士郎の特性は、未知数だもんね。
  気になるけど、今から修行しても大成するまで時間掛かるよ。」

 「そっか……。
  これあれば擬似魔術師になれるから、試してみようかと思ってたんだけど。」


 士郎は、布袋に包まれた天地神明の理を手に取る。


 (小僧に魔術か……。)

 「うっ!」


 アーチャーが、頭を押さえる。


 (またか……。
  今度は、何が引き金になった?)

 「すまない。
  先に行っててくれ。」

 「アーチャー?」


 アーチャーは、肩膝をついて目を閉じると意識を内へと向ける。


 …


 内では、擬似人格が嬉しそうに待っていた。


 (『あなたに会うのも、これで第二回!
   テンションが上がって来たでしょうか!?』

  「寧ろ下がった……。
   何で、そんなに元気なんだ?」

  『何かここで取り込む魔力に毒されて構成する人格が、
   だんだんとデタラメになって来たのよね。
   寧ろ、わたしも被害者……。』

  「前回より、早いお出ましだが?」

  『それは慣れね。』

  「…………。」

  「凛が、ミントに見えて来た……。
   どちらも似たようなものか……。」

  『?』

  「何で、呼んだのだ?」

  『どう、少しは変わった?』

  「ああ。
   反省もしているし、君のアドバイス通り積極的に関わっている。」

  『桜を救えたでしょう?』

  「……ああ。」

  『後は、あんた自身とイリヤね。』

  「イリヤ?
   ・
   ・
   そうか、イリヤは寿命が……。」

  『また、自分を忘れるし……。』

  「しかし、イリヤの寿命だけは、誰にも治せないはずだ。」

  『はあ……。
   ここの世界の可能性を忘れた?
   デタラメなあんたが、キーパーツなの!
   だから、アイツに何かをすれば都合のいいように変わるのよ!』

  「そんな都合良くいくものか。」

  『アイツに何かを託すとデタラメな選択肢が増えるのよ。』

  「……この状況下では、アイツに投影を教える以外ないではないか。」

  『分かってんじゃない。』

  「しかし、それが役に立つとも思えんし。
   私の世界のイリヤは……。」

  『いいじゃない。
   ここの世界のイリヤを救いなさいよ。
   少しは、胸のつかえが取れるわよ。
   桜を救って少しは、気が楽になったんじゃないの?』

  「……そうだな。
   楽になったのは確かだ。
   今度は、救えたのだから。
   ・
   ・
   足掻いてみるか……。」

  『しかし、託すのは壊れた性格をしたあんたよ。』

  「そうだった……。
   ダメかもしれない……。」

  『まあ、試してみる事ね。』

  「…………。」

  『ところで……。
   あの好き勝手してるセイバーは、どう?』

  「認めたくない……。
   ただ、ああいう風にも変われるのかとも思ったな。」

  『でしょ?
   あんたも、少し肩の力抜いたら?』

  「踏み越えてはいけない一線があるのも自覚している。」

  『馬鹿しろとは言わないわよ。
   ただ、連中を見て苦笑いでも浮かべて楽しいと思いなさい。
   重症なあんたは、自分じゃ無理。
   他人から分けて貰いなさい。』

  「……何を?」

  『本物の馬鹿さ加減ってヤツよ。
   ・
   ・
   さて、いい方向に変わって……いるかもしれないし。
   わたしは、これで最後にするわ。
   正直、記憶に制限かける必要もなかったわ。
   少しずつ慣れさせようとした優しさだったんだけど……。』

  「はた迷惑な……。」

  『直に記憶は戻ると思うわ。』

  「ああ……。
   心配を掛けていたんだな。」

  『ええ、正義の味方ならアフターケアもしてよね。
   身近に居る人なんだからさ。
   おっと、それが嫌でこんな事したんだった。』

  「重要性には、気付いてるつもりだ。
   そして、それでも彼女を忘れられない。
   しかし、後に会った君に似た少女も忘れられない。
   何より、君の事を忘れられない。
   楽しい思い出だよ……遠坂。」

  『楽しい……?
   あんた、もう、変わってんじゃない!』

  「最近、思い出した事だ。
   まだまだ、リハビリ中だ。」

  『もう、いいわ。
   好きにすればいい……。』

  「他にアドバイスはあるか?」


 擬似人格は、右手でチョイチョイとアーチャーを呼ぶ。
 アーチャーは、お礼を間近で言いたいと近づく。
 アーチャーが近づくと擬似人格は、アーチャーにグーを炸裂させる。


  『これを一度やりたかったのよね!』

  「な、何をする!」

  『じゃ~ね~!』)


 擬似人格は、笑いながら消えて行った。


 …


 アーチャーは、ぼんやりと意識を取り戻し呟く。


 「あのヤロー……。」

 「「「あのヤロー?」」」


 普段と違う言動遣いに疑問符を浮かべる三人。


 「何でもない。
  ・
  ・
  先に行っててよかったのに。」

 「置いて行ける訳ないでしょう。」

 「セイバー……。」

 「…………。」

 「きっと、ここから恋愛に発展するんだ。」

 「ほんと? 士郎?」

 「間違いない。」


 セイバーとアーチャーのクロスボンバーが士郎に炸裂する。


 (今の死ぬんじゃないの?)

 「この馬鹿が!」

 「息の根を止めますよ!」

 (止まってんじゃないの?)

 「お前ら、息ぴったりだな。」

 「…………。」

 (士郎って……。
  なんで、こんなに打たれ強いんだろう?)


 士郎を除く三人が、どうでもよくなる。
 暫し時間が経つとアーチャーは、擬似人格の言葉を思い出す。
 そして、少し考えて投影魔術の伝授を思い出す。


 「話を戻すぞ。
  試しに私の投影を試してみてはどうだ?」

 「投影? なんで?」

 「何となくだ。
  イメージだけすればいいから、もしかしたら出来るかもしれん。」

 「わたしは、無理だと思う。
  素人の士郎が、そんなに強いイメージを持てるとは思えないわ。」

 「同感ですね。
  それにシロウは、魔力の生成を分かっていない。
  魔術回路を繋ぐ事しか出来なければ魔術は発動しない。
  魔術回路を起動する魔力がなければ宝の持ち腐れです。」

 「そうだった……。
  俺、そもそも魔力が作れないんだった……。」

 「修行もしないで魔術師にはなれないわよ。」


 セイバーとイリヤは、『残念でした』と士郎に微笑む。


 「でも、一応聞いて置こうかな?
  アーチャー、どうやって投影してるんだ?」


 アーチャーは、イリヤを見る。
 今は、元気に笑っている少女に目を向ける。


 (彼女の未来……。
  聖杯戦争が終われば、ここに居ない私では救えない未来……。
  デタラメで構成されたこの世界のキーパーツ。
  コイツに託せば何かが変わる……。)


 アーチャーは、粘り強く説明する。


 「まず、魔術回路に魔力を通さねば、どうにもならん。
  これにより、自分の魔術が始めて具体化するのだから。
  その後、イメージもしくは、対象の情報を回路に乗せるのだ。」

 「抽象的な説明だな……。
  まあ、自分自身の感覚なんて相手に伝えてもしょうがないもんな。
  とりあえず、俺が出来るとすればイメージするぐらいだ。
  解析も出来ないし、魔力も生成出来ないんだから。」

 「そういう事だ。」


 アーチャーは、心の中で苦笑いを浮かべる。
 解析を行わずに投影させる……順番が逆だった。


 (質問に答えて順番が前後した。
  珍しく真剣に聞くから答えてしまったな……。
  訂正せねば……。)

 「待てよ……。」


 士郎が考えながら、止まる。


 「どうしました?」

 「少し時間をくれ。」


 士郎が天地神明の理を強く握り、集中力を高めていく。
 やがて、1本の線が、自身と繋がる感覚を返す。


 (ここからだ。
  慎二と戦って、ほったらかしにしていたライダーの魔力。
  これをこの線に繋いだら、どうだ?)


 士郎は、自身の中で主張する1本の魔術回路にライダーから吸収した魔力を流し込む。


 (次は、イメージだ。
  何をイメージする?
  ・
  ・
  重さ、形、用途、威力、硬さ……。
  イメージするのは、これだけ。
  材質、工程、年月などは、全て無視。
  元々、この世に存在しないものだ。
  俺のイメージが全て。
  ・
  ・
  このイメージを回路に乗せる!)


 天地神明の理を持つ反対の手でバチバチと放電が繰り返される。
 やがて魔力による構成が始まり、少しずつ姿を現し始める。


 (っ! 頭が割れるように痛い!
  ・
  ・
  それだけじゃない……。
  天地神明の理に続く線が猛り狂ってる!)


 士郎は、手の中で重さを感じる。
 次に、柄の冷たさ。
 そして、握り返した時の柄の硬さ。
 イメージ通りのものが手の中にある。


 (止めたいけど……。
  ここで止めたら、今までの過程が全部無駄だ!
  これが最後だ!
  二度とやらねーっ!
  ・
  ・
  ああ!
  ここでライダーの魔力が無くなりそうだ!
  ・
  ・
  どうする!?
  どうする!?
  どうする!?
  ・
  ・
  そうだ!
  セイバーに供給している魔力!
  ・
  ・
  ライダーの魔力を供給するフリをして……。
  ・
  ・
  よし! 逆に黄金の塊から魔力奪取成功!
  これを残りのライダーの魔力と合わせて!)


 最後に大きな放電を放つと手の中には、剣の柄が握られていた。


 「……出来た。」

 「嘘!?」

 「何故!?」

 「…………。」

 (可能性としてないとは思っていなかったが……。
  デタラメの可能性……。
  一体、何をしたんだ!?
  ・
  ・
  それより、魔力は、何処から!?)


 全員が士郎の手の中の柄を凝視している。


 「見た事もない剣だな。
  しかも、柄だけとは……。」

 「失敗したの?」

 「いや、これでいい。
  俺のイメージした通りのものなら。」


 士郎は、柄に集中し仮想の敵を想像する。
 その瞬間に柄から光が迸る。


 「と、刀身が吹き出ている!?
  シロウ、これは!?」

 「イメージしたのは、覇王剣だ。
  持ち主の闘気を刃のエネルギーに変える。」


 士郎は、集中を解く。
 剣は、再び柄だけになる。


 「覇王剣……聞いた事がないな。」

 「当然だ。
  これは、漫画に出てくる武器だ。
  この世には実在しない。」

 「漫画だと!?」

 「そんなものを投影したのですか!?」

 「漫画なんて、それこそイメージ出来ないじゃない!?」

 「とはいえ、投影出来ちゃったんだから、しょうがないだろ?」

 「しょうがないで済むのですか!?」


 セイバーは、アーチャーに視線で疑問を投げ掛ける。


 「小僧、それを見せてみろ。
  解析してみる。」


 アーチャーは、士郎から覇王剣を受け取る。


 「トレース・オン。」


 アーチャーの解析が始まるが、アーチャーは困惑の顔をする。


 「金属も分子配列も見た事がないもので構成されている。
  これは、地球上には存在しない金属で出来ているのかもしれない。」

 「原因は、分かりますか?」

 「見当もつかない。
  私は、このような投影を行った事がない。」

 「ちょっと、待って。
  士郎は、どうやって魔力を生成したの?」

 「そうです!
  シロウは、魔力を生成出来ない!」

 「多分だけど、この剣は、二度と投影出来ないな。
  種を明かせば魔力を合成したんだ。」

 「何だそれは?」

 「俺の中には、2種類の魔力があった。
  一つは、俺の中の何かが、セイバーに提供するために生成している謎の魔力。
  もう一つは、慎二との戦いで奪ったライダーの魔力。
  初めは、ライダーの魔力で魔術を動かしていた。
  だけど、最後の方で足りなくなってセイバーに向かう魔力を拝借した。
  恐らくこの時に魔力の合成が起きて、今の結果になったと思う。」

 「素人のくせにそんな無茶をしたの!?
  士郎、手を見せて!」


 イリヤは、士郎の手を奪い取るように見る。


 「やっぱり、魔術回路が焼きついてる……。」

 「そういえば、ヒリヒリするな。
  頭もガンガンする。
  ・
  ・
  治るのか?」

 「治ると思うけど、時間が掛かると思う。
  暫く、この魔術回路は使用禁止よ。」

 「代償があったな……。
  やらなきゃ良かった。」

 「しかし、それが原因とは言い切れん。
  何故なら、魔力は、ただのエネルギーにすぎず、
  それを構築するのは、魔術師の魔術の力量によるところが大きいからだ。」

 「なら、説明がつかないんだけど……。
  俺は、てっきり最後のバチッてので合成完了したと思った。」

 「イリヤスフィール、貴方の意見を聞かせて欲しい。
  私は、魔術師ではないため正確な判断が出来ない。」

 「常識で考えれば、アーチャーが正論。
  でも、使った本人の感覚が一番重要。
  だから、合成じゃないにしろ、
  2種類の魔力を使って何かが起きたとしか言えないわ。」

 「と、なると……また、ですか?」

 「ええ、士郎がデタラメだから。
  手順も確認しないで思い付きで実行したのが一番悪い。」

 「俺のせい!?」

 「貴様以外、誰が犯人なんだ?」

 「…………。」

 「まあ、いっか。
  どうせ、俺、魔術使わないし。
  他にも余分に魔術回路あるから。」

 「そんな言葉で済ましていいのですか?」

 「いいんじゃない?
  ・
  ・
  ところで、これどうしよう?」

 「強い武器なのですか?
  魔力などは感じませんが。」

 「使ってみるか?」

 「はい。」


 セイバーは、士郎から覇王剣を受け取る。
 そして、正眼に構える。


 「どの様に使うのですか?」

 「闘気を込めるんだ。
  ・
  ・
  そうだな、気合いを入れる感じだ。」

 「分かりました。
  やってみます。
  ・
  ・
  ハッ!」


 セイバーの気合いと供に覇王剣の柄から光の刀身が迸る。


 「闘気を込めれば、それに呼応して威力が上がる。
  その剣のエネルギーは、使い手の闘気なんだ。
  あっ、その枯れてる木なら切っていいんじゃないか?」


 セイバーは、枯れ木に向かって覇王剣を振り下ろす。
 セイバーの手に何の手応えも伝えず、木は、真っ二つに両断される。
 セイバーが、呆気に取られると覇王剣は刀身を納めた。


 「な!? シロウ!
  これは、凄まじい切れ味です!」

 「宝具と比べて、どうなんだ?」

 「既に宝具の域に達している。」


 アーチャーが、驚きを持って答える。


 「原作では、エネルギーも両断していたぞ。」

 「信じられない……。
  士郎のデタラメ加減って、底なしだわ!」

 「イリヤ……それは、褒めているのだろうか?」

 「しかし、これは使えます。
  シロウ、私が頂いてもよろしいでしょうか?」

 「構わんが……。
  なんに使うんだ?」

 「サーヴァント同士の戦いにおいて魔力を温存するのは重要です。
  この剣を用いれば、私本来の宝具を温存して戦えます。」

 「なるほど。
  ・
  ・
  でも、投影魔術なんだろ?
  いつか消えちゃうんじゃないか?」

 「剣にダメージが蓄積されない限り消えないだろう。
  小僧の投影は、私並みに成功している。
  その剣に綻びは感じられない。」

 「偶然にしては、出来過ぎね。」

 「一生分の運を使い切っていたり……。」

 「その代わり魔術回路が焼きついている。」

 「士郎、もう一回投影出来る?」

 「もう、魔力がない。」

 「セイバーに回している魔力を使えば?」

 「多分、それも上手くいかない。
  さっきは、ライダーの魔力を呼び水にして、
  自分の中でセイバーの魔力を引き込んだから。」

 「じゃあ、外から魔力を吸収すれば出来るの?」

 「多分、それは可能だと思う。」

 「変な制約ですね。」

 「どちらにしろ、使用するなら修練が必要だ。
  このまま適当に使い続ければ、残りの魔術回路も焼き切れる。」

 「めんどいし魔術師にならないから、もういい。」

 「何をふざけた事を!
  これだけの能力を持ちながら放棄するとは!」

 「そうよ! 絶対ダメよ!」

 「でも、魔術に興味ないし。」

 「私が同じ立場なら、直ぐにでも修練を始めるが……。」

 「聖杯戦争中に成果でなかったら意味ないじゃん。」

 「確かにそうですが……。」

 「聖杯戦争終わった後に暇なら覚えるよ。」

 「セイバー! わたし、絶対に士郎に魔術を覚えさせるわ!」

 (なんで、イリヤが燃えてんだ?)

 (魔術に興味がないと、
  この魔術の価値は分からないものか……。)


 士郎は首を傾げ、セイバーとアーチャーは溜息を吐き、イリヤは燃えていた。


 …


 商店街に着くと料理店を探す。


 「いつも来ているが、買い物以外は初めてだな。
  あの中華料理屋は、どうかな?」


 士郎の指差す『紅洲宴歳館・泰山』を見てアーチャーに忘れていた危機感が蘇る。


 「ダメだ!」

 「どうしたんだ?」

 「何故だか分からないが、あの店だけはダメだと私の中の本能が告げている。」

 「どうする?」


 士郎の問い掛けにセイバーとイリヤが、アーチャーの様子を伺い答えを出す。


 「アーチャーのああいう挙動を確認するのは初めてです。
  私の直感も、それに呼応するように危機感を知らせています。」

 「う~ん……サーヴァントの直感は信じた方がいいかな?」

 「じゃあ、別の店にするか?」


 アーチャーは、別の店を指差す。


 「小僧、あの店ならば問題なさそうだ。
  あの店は、割かし手の込んだ料理を出すから、
  セイバーも納得するはずだ。」

 「……俺とイリヤだけでいいんだが。」

 「何を言っているのです、シロウ!
  マスターとサーヴァントは、一心同体。
  マスターとの寝食を供にするものです。」

 「その割には、朝昼と俺を置いて食べたんだろ?」

 「何事にも例外は付きものです。」

 「…………。」

 (なんか食に関しては、セイバーに太刀打ち出来る気がしない……。
  アーチャーもそれを理解して、あの店を勧めたんだろうな。)


 士郎達は、アーチャーの勧めた店で昼食と夕食の間の食事を取った。


 …


 店を出ると食材を求めて、スーパーに向かう。
 途中、各々が感想を口にする。


 「中々、美味しかったですね。」

 「うん。
  あの店なら、わたしも満足かな。」

 「あれだけ食べて、文句を言われたら怒り狂うな……。」


 士郎は、軽くなった財布の中身を確認して引き攣った笑いを浮かべる。


 (この経験は、私にも覚えがあるな……。)


 アーチャーは、士郎の落ち込んだ背中を見て懐かしさを感じる。
 スーパーで食材の買い込みを終え、帰りの道中は、両手一杯の食材を全員が抱えている。


 「まさか、わたしまで手伝わされるとは思わなかった。」

 「イリヤスフィール、この程度で対価を支払えるのだから、
  文句を言ってはいけません。」

 「しかし、この多人数で生活するのは無理がある。
  スーパーの人も食材だけ買った俺達を見て驚いてたぞ。」

 「合宿でもするかのような大荷物だからな。
  まあ、兵糧と考えれば極自然だろう。」

 「その自然は、俺達にしか理解して貰えないだろうけど……。」

 「聖杯戦争が終わるまでです。
  それに、こうして皆で生活するのも楽しいではありませんか。」

 (楽しいか……。
  この数日で随分と考え方が変わったな。)

 「今度、セラとリズも呼ぼうかな?
  お城に居るのも士郎の家に居るのも変わらないし。」

 「セラか……。
  薙刀を持参する奴を家に置くのか。」

 「何ですか? 薙刀とは?」

 「武器だ。
  棒の先に刃物がついている。」

 「それは、知っています。
  薙刀とセラの話が気になるのです。」

 「簡単に言うと。
  からかったら、振り下ろされたんだよ。
  本物を……。」


 士郎は、『はは……』とゲンナリして笑う。


 「遂にからかうのも、命懸けの領域まで突入しましたか。」

 「セラに限ってだけどな。
  セラは、イリヤに関してのネタに丸っきり冗談が通じない。」

 「しかし、貴方もいい加減やめたら、どうですか?」

 「からかうの止めたら、兔は寂しさの余り死んでしまうんだ。」

 「そんな兔など、煮込んでシチューにして食べてしまえばいいのです。」

 「恐ろしい事を……。
  でも、ピーターラビットのお父さんは、食べられたんだよな。
  確か……。」

 「そんな残酷な話だったっけ?」

 「話に脈略がないな、君達は……。」

 「暇な時の会話って、他愛もないものだろ?」

 「聖杯戦争中なのだがな。」

 「もう少し、緊張感を持てと?」

 「その通りだ。」

 「俺とイリヤは、いいんだよ。
  マスターだから。
  守られる、か弱い立場だ。
  サーヴァントのセイバーとアーチャーだけが、緊張してくれればOK!」

 「なんなら、バーサーカーも出そうか?」

 「いい……。
  我々だけで何とかしよう。」

 「バーサーカーは、目立ちますからね。」

 「背高くてカッコイイもんな。」

 「うんうん。」


 話しながら歩いていると意外と時間は短く感じる。
 何だかんだと話している内に士郎達は、衛宮邸に到着した。


 …


 『ただいま』の挨拶に『おかえり』の声が返って来る。
 荷物を台所に運び、直ぐ様、選り分けて冷蔵庫に食材を入れる。
 落ち着いて席に着くとそこには眼鏡を掛けたライダーが居た。


 「遠坂、いい仕事だ……。」


 士郎は、凛にナイスガイポーズをして激眉先生の様に『ティーン』と歯を光らせる。


 「士郎、反則よね……この素顔は。」

 「美人過ぎる?」

 「ええ、予想を超えていたわ。
  だから、士郎の言っていた事にも、今は、同意出来る。」


 凛は、予想外のライバル(?)出現に項垂れる。


 「さて、やっと落ち着いたな。
  当面の敵が居るにしろ、これで俺達は、行動を起こせる。」


 士郎の言葉に皆が今後の聖杯戦争の話になると気を引き締める。
 良くも悪くも、今、この戦いの中心の纏め役が士郎である事を皆が納得していた。
 多少の不安を抱えながら……。


 「わたしから、先に話させて貰うわ。
  正直なところ、わたしは、既に目的を果たしている。
  桜を取り戻す事が出来たから。
  ・
  ・
  あらためて、みんなにお礼を言うわ。 ありがとう。」


 凛が、深々と頭を下げる。
 それに続いて桜も話を続ける。


 「本当は、わたしの方が姉さんより先に
  お礼を言わなければいけなかったんですが出遅れました。
  ・
  ・
  皆さん、ありがとうございます。
  わたしは、姉さんと再び話す機会が得られました。
  わたしも姉さん同様に目的を果たす事が出来ました。」


 桜も、深々と頭を下げる。
 続いて、イリヤが語る。


 「わたしは、正直に言えば目的を果たしていないわ。
  だけど……。
  士郎に負けて絶対服従になってる。」

 「ちなみに遠坂も桜もそうだ。
  自暴自棄になっている心の隙をついて、
  協力関係に持って行っている。」

 「貴方は、それを堂々と言いますか……。
  私は、正直、恥ずかしいです。
  ・
  ・
  後、内容を摩り替えないように!
  凛達は、絶対服従になっていません!」

 (鋭いな……。
  まあ、いいけどさ。
  遠坂には、なんでも言う事聞いて貰う権利を取り付けてあるから。)

 「次にサーヴァントの皆さん、どうぞ。」


 視線で譲り合った結果、ライダーが口を開く。


 「私の願いも既に成就しました。
  士郎のお陰で慎二の呪縛から解放され、
  桜を助け出す事が出来ました。
  ・
  ・
  士郎、あなたに感謝しています。」

 「ああ、俺も素顔を見れてよかった。
  聖杯戦争に呼ばれる女性サーヴァントの美人率が高くて嬉しい。」

 「台無しです……。」


 続いて、アーチャーの番になる。
 アーチャーは、士郎を見ると溜息を吐く。


 「私は、目的を消失してしまった。
  本来はあったのだが、余りにも掛け離れてやる気が失せた。
  よって、次回に期待する。
  その間に別の答えが見つけられればそれでいい。」

 「なんだ、その思わせぶりな答えは?」

 「全て貴様のせいなんだがな。
  ただ、生前果たせなかった事象の一つを果たす事は出来ている。
  今回は、マスターのために戦うだけにして置こう。」


 アーチャーの答えに全員が疑問符を浮かべる。


 「遠坂。」

 「何?」

 「令呪でアーチャーの目的を暴露させる事出来ないか?」


 士郎の言葉に凛のグーが炸裂し、アーチャーのゲンコツが落ちる。


 「馬鹿か!?」

 「そんな事に令呪を使える訳ないでしょ!」

 「まあ、いいや。
  マスター優先なら、遠坂同様だから。
  ・
  ・
  バーサーカーは、しゃべれないか……。
  では、続いてセイバーさん、どうぞ。」

 「このノリで、話すのですか……。
  私は……。
  ・
  ・


 セイバーは、そのまま沈黙している。
 セイバーは、考えていた。
 自分の願いは、選定をやり直す事に他ならない。
 しかし、それが間違いだと否定されてから考え続けていた。
 考え続けていたが、今までやって来た事は、どうだろうか?
 馬鹿騒ぎ……。
 士郎による暴走……。
 それ以外に思い出せない。
 一体、何の意味があったのか?


  ・
  ・
  分からない。
  答えを出そうと始めは考えていた。
  ・
  ・
  なのに!
  シロウの毎回の行動に……。
  我を忘れて……。」

 「地で過ごしてたな。」

 「はい。」

 「という事だ。」

 「わっかんないわ!
  結局、セイバーの願いは、どうなったのよ!?」

 「俺のせいで考える暇もなく保留中だ。」


 凛のグーが、士郎に炸裂する。


 「あんた! いい加減にしなさいよ!」

 「そう言われてもな~。
  セイバーの願いは難しいんだよ。
  結論から言えば、俺は、セイバーの願いに否定的。
  その辺は、セイバーも重々承知。
  だから、どうすればいいか考えてくれとお願いしたままだ。」

 「で、その願いって何なのよ?」

 「言えない。」

 「は!?
  この期に及んで、まだ、隠し立てする気!?」

 「言えないな。
  セイバーの願いは、もしかしたら歴史が変動するかもしれない位のものだから。」

 「な!? それって……。」

 「それだけ重いし大切なんだよ。
  だから、簡単に言えないし答えも出せない。
  故に葛藤して思い悩む。」

 「…………。」

 (普段、ふざけているのに他人の意思は尊重するのよね……。
  わたしが馬鹿みたいじゃない。)

 (彼女の悩み……。
  ああ、これは重い事だったな……。
  結局、何が正しいかなんて分からない。
  しかし、あの時に出した答えを信じている。
  ・
  ・
  フ……この辺の記憶はあるのだな。)


 セイバーは、強烈に刻まれた数日の記憶と生前の記憶を比べていた。

 生前は、王の責務のため奔走し自分を押し殺し、より良い国を築こうと必死だった。
 最後に裏切りにあい国を滅ぼしてしまった事が、死んで尚、心の棘として残り続けた。
 だから、選定をやり直す。
 自分以外の誰かなら、あの国を導いてくれたかもしれないから。

 一方、聖杯戦争中は、どうだろうか?
 変なマスターに呼び出され、毎日を地で過ごしていた。
 ある意味、自分を解放し奔放にしていた。
 私にも、こういう生き方があったのだと気付かされる。
 この2つの思い……どちらも大事ではないだろうか?

 前者は、己の全てを懸けて力の限り駆け抜けた。
 最後は、悲しい終わりだったが、自分と一緒に駆け抜けた人々との熱い思いは本物だった。
 悔いはあるけど、大事な大事なものだ。

 後者は、生前叶えられなかった……いや、許されなかった生き方。
 それをこのマスターは、強引に押し付けた。
 本気で怒らせ、脱力させ、仲間を与えて事件に巻き込む。
 それこそ、否応なしに強引に……。
 その中で、自分が変わっていったのを自覚している。
 楽しいと感じたのも自覚している。

 それら全てをなかった事にして、選定からやり直す……?


 「……スン。」

 「ん?」


 士郎は、セイバーに目を移す。
 セイバーは、俯きながら涙を流している。
 周りにいる全員が気付いて驚いている。


 「……なかった事にしたくない。
  国の事も……。
  シロウ達の事も……。
  ・
  ・
  大事なのです。
  しかし、大事だから……。」

 (やり直さなければいけないか……。
  終わらせないように……。
  ・
  ・
  きっと、遠坂と桜の願いの成就を重ねたんだろうな。
  目の前で、まざまざと成功例を見せ付けられたんだ。
  自分の失態は、辛く感じただろう。
  ……遠坂と桜の思いは、重い。
  十数年の月日を掛けたものだ。
  それは、長い年月を掛けて国を作り上げたセイバーと
  通じるところがあるんじゃないだろうか?
  ・
  ・
  国か……。
  大き過ぎて考えた事もないな。
  セイバーにとって、どれだけ大事なんだろう?
  ・
  ・
  踏み込めない……。
  俺が足を踏み込む事は、セイバーの思いに土足で踏み込むのと同じだ。
  俺は、それを一度している。
  だから、二度目はしない。)


 セイバーの言葉の意味は、士郎にしか分からない。
 初めて出会った日に本気で意見をぶつけ合った二人にしか。
 士郎とセイバーを覗くメンバーは、誰も声を掛けられないでいる。
 そして、士郎に目が行く。

 士郎は、セイバーから目を離さない。
 マスターとサーヴァントだからではなく、本気でぶつかり合った親友だから。
 士郎は、セイバーから目を離さない。
 どんな答えを出しても、受け止める覚悟を決めたから。

 そして、セイバーは、答えを出した。



[7779] 第60話 幕間Ⅰ②
Name: 熊雑草◆890a69a1 ID:9b88eec9
Date: 2010/08/27 00:35
 == Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==



 凛は、普段と違う雰囲気の士郎に戸惑いを見せる。


 (いつものアイツらしくない。
  目が真剣だ。
  微動だにもしない。
  セイバーの答えを待っているの?)


 士郎とセイバーを皆が静かに見守った。



  第60話 幕間Ⅰ②



 セイバーは、ゆっくりと顔をあげる。
 目には、力が宿っている。
 決意をして、迷いを振り切ったセイバーは、士郎に自分の答えを語った。


 「シロウ、私は願いを手放します。
  そして、受け入れます。
  どのような形であれ終わりを迎えるのは、私自身でなければいけない。
  後悔もあります……。
  惨めさもあります……。
  しかし、あの場所には、嘘偽りのない私が居ました。
  それこそ、大切な人々と共に。
  そして、私は、その延長でシロウ達と供に生前成し得なかった少女の生き方も体験した。
  どちらも大事なものです。
  なかった事になど出来ません。
  国の人々やシロウ達の事をこれ以上……傷つけられない。
  大事にするとは、変える事だけではなく持ち続ける事でもあります。
  私の思いは、持ち続ける事こそ大切だったのです。
  ・
  ・
  これが、私が出した答えです。」


 セイバーの真摯な眼差しを士郎は、目を逸らさず受け止める。


 (何かが違うんだ……。
  初めて会った時と……。
  ・
  ・
  目だ。目に力があるんだ。
  思い返せば、最初、セイバーは後悔に打ちのめされていた。
  でも、今は違う。
  全てを受け入れた上で答えを出したんだ。
  だから、あの目が力強く見えるんだ。)


 士郎は、微笑む。
 そして、セイバーに話し掛ける。


 「おめでとう……? それとも、ありがとう……?
  どっちを言うべきなのかな。」

 「シロウ?」

 「なんか、そういう言葉を掛けてあげたい気分だ。」

 「……では、おめでとうをいただきます。
  そして、私は、貴方にありがとうを返したい。」


 セイバーの微笑みにシロウはドキッとする。


 (不謹慎だな……こんな時に。)


 シロウは、立ち上がると居間を出ようとする。


 「どちらへ?」

 「慣れない事して、頭が湯だってる。
  屋根に登って頭冷やしてくる。」


 シロウは、そのまま居間を出て行く。
 残された者達は、暫しの沈黙の後、爆笑する。


 「士郎の奴! 照れてる!」

 「少し驚きました。」

 「ふむ、そうなると小僧とセイバーとの間の話が気になるな。」

 「それは、聞かないのが美徳というものでしょう。」


 凜が、セイバーに向き直る。


 「よく分からないけど、わたしもおめでとうを言わせて貰うわ。」

 「わたしも、あの、おめでとうございます。」


 セイバーは、少し驚いた後、微笑んでお礼を言う。


 「ありがとうございます、リン、サクラ。」


 ライダーが前に出る。


 「セイバー、あなたも大事なものを失った英霊のようですね。
  わたしも遠い日に大事なものを失いました。
  国ほど、大きなものではありませんが、
  失う事の痛みは、少なからず分かります。」

 「ライダー……。
  思いは、多い少ないではないでしょう。
  きっと、失った痛みは、誰もが均等でしょう。
  ただ、私は、受け入れられなかったのです。
  だけど……もう、大丈夫です。
  答えを得ました。」

 「そうですか。
  セイバー、おめでとう。」

 「ライダー、ありがとうございます。」


 イリヤは、少し溜息を吐いて感想を漏らす。


 「士郎ってやっぱり甘いわね。
  ひねくれ者のくせに……。
  セイバー、わたしの士郎に感謝しなさい。」

 「ええ、感謝します。
  しかし、『わたしのシロウ』とは、聞き捨てなりませんね。
  あれは、私のマスターです。」


 凛は、セイバーとイリヤの会話を聞いて思う。


 (士郎の株が上がったのかしら?
  その割には、『あれ』扱いだけど……。)


 アーチャーは、黙って出て行こうとする。


 「アーチャー。
  あんたまで、何処に行く気?」

 「私も小僧同様にこの空気に耐えられん。
  外で監視をする。」


 アーチャーは、霊体化して居なくなる。


 「逃げたわね。」


 凜は、獲物を逃がしたと不機嫌そうに舌打ちした。


 …


 士郎は、屋根の上でぼんやりと沈んでいく夕日を眺めていた。
 その横でアーチャーが現界する。


 「アーチャーか……。
  どうしたんだ?」

 「ここは、私の監視する特等席だ。」

 「そうか……。」


 アーチャーは、セイバーの別れ際の言葉を思い出す。


 『……貴方を愛している。』


 その言葉が頭に響く。
 かつて、自分に向けられた言葉。
 自分の可能性のひとつのコイツは、別の方法で答えを引き出した。


 (コイツは、一体、何を思ったのか?)


 アーチャーは、士郎に問い掛ける。


 「彼女を愛しているのか?」


 士郎は、思いっきり吹いた。


 「なんだ、それは!?」

 「違うのか?」

 「違う! 俺は、アイツをダチ以上にしか思っていない!」

 「そ、そうか……。」

 (コイツとは、根本的に違うようだ。)

 「びっくりした。
  アーチャーは、話を飛躍させ過ぎだ。」

 「すまなかったな。
  では、何をしていたんだ?」

 「考えてた……英霊と世界の契約について。
  そして、セイバーについて。」


 アーチャーの眉が少し吊り上がる。


 「世界っていうのが生き物みたいなのは理解した。
  自分の危機に英雄と契約して、いざこざを収めるのも。
  そして、それを利用してサーヴァントを召還するのが聖杯戦争のシステムだってのもな。」

 「何が言いたい?」

 「これから話す事は、セイバーには黙っていてくれよ。」

 「良かろう。」

 「セイバーは、世界に騙さていたと思うんだ。」

 「?」

 「セイバーの願いは、絶対に叶わないんだ。
  受け売りだが、世界は、安定を維持するために戻ろうとする力がある。
  例えば、過去に遡ってヒトラーを殺しても、
  別の独裁者が、ユダヤ人の大虐殺を行うというのがよく出される例だ。
  これをセイバーの願いに当て嵌める。
  全部は言えないが、アイツは、ある後悔から、ある事象のやり直しを望んだ。
  しかし、それは、セイバーという人物が置き換わって歴史が進む事に他ならない。
  俺の居る現代こそ、世界が出した安定という答えだからだ。分かるか?」

 「ああ、彼女の居ない歴史だけが塗り替えられるという事だな。」

 「そう。
  世界は、それを知っていてセイバーと契約した。」


 アーチャーは、無言でシロウの言葉を待つ。


 「この不平等な契約を、何故、セイバーが気付かずに結んでしまったか?
  俺は、こう考えている。
  ・
  ・
  死というものは、走馬灯と言うように一瞬で人生を振り返る。
  この時、幸せを振り返る者は、どれだけ居るだろうか?
  ほとんどが、後悔とか未練だと思わないか?
  ・
  ・
  死に際、家族に看取られたとする。
  しかし、満足に死を迎えられるだろうか?
  まだ、家族と一緒に居たいと思わないか?
  これは、未練だと思う。」

 「しかし、満足する者も居よう。」

 「みんなが、心が強い訳じゃない。」

 「英雄に関して言えば、皆、心が強い。」

 「そこだと思う。
  心が強くて願いも一般のものより気高い。
  もし、死の間際に、なんでも叶う『聖杯』という餌を見せられたら?
  彼らは、気高いからこそ目的の完遂を目指すと思わないか?」


 アーチャーは、少し考え込む。
 士郎の考えに当て嵌めれば、セイバーは、世界に『聖杯』という餌で騙されたという事になる。
 この考えは、生前思い付かなかった。
 だが、納得いかないものもある。


 「そういう考えも出来る。
  しかし、それは極端ではないか?」

 「なんでさ?」

 「彼女は、やり直しを望んだだけだ。
  そのやり直しと引き換えに死後を捧げたはずだ。」

 「じゃあ、なんで、やり直した歴史が存在しないんだ?」

 「それは……。」

 「魔術師で言う等価交換がなされてないじゃないか。」

 「だから、願いを叶えるため聖杯戦争に参加している。」

 「それって……。
  世界が願いを叶えるんじゃないじゃん。」

 「…………。」

 (そうかもしれない……。)

 「しかし、聖杯戦争に参加するには英霊の身でなければ……。」

 (ならない?
  ・
  ・
  違う。
  私の世界の彼女は違った。
  この世界の彼女は、死んで契約したと言っていた。
  恐らくこれが霊体化出来る理由だ。
  ・
  ・
  等価交換と言いながら、自分で聖杯を取らせるのはおかしい。
  それに願いを叶える聖杯戦争が頻繁に行われ、
  そこに願いのある英霊全てを送り込む事など出来るのか?
  ・
  ・
  しかも、願いを叶えられる英霊は、7人のうち1人だけ。
  これが等価交換だと?)

 「結果から見れば、セイバーは、思い悩んだ末に答えを出してくれた。
  これは、純粋に嬉しい。
  だけど、気付いてしまった契約の事実に不快になってる。」


 アーチャーは、混乱していた。
 デタラメな可能性のコイツは、ここに来て新たな疑問を投げ掛けた。
 かつて共に命を懸け愛した人が騙されていたのかもしれない。


 (事実なら、確かに許せない。
  しかし、それでも彼女は答えを出し貫き通した。
  この事実は変わらない。
  ・
  ・
  世界は、何を求めたのだろうか?
  彼女に考える機会を与えたかった?
  ただ単純に彼女の英雄としての力を欲した?
  ・
  ・
  機会を与えたなら、世界の彼女に対する思いやりだ。
  力を欲したなら、小僧の言う通りだ。
  ・
  ・
  あの英霊同士の壮絶な戦いが思いやり?
  しかし、頑固な彼女を思い直させるほどの
  状況を作るというのも中々出来ない。)

 「…………。」

 「とりあえず、世界に一矢報いてやりたい。」


 士郎は、世界がセイバーを騙したという前提で話を進める。
 その士郎をアーチャーの目が、何をする気だと言っている。


 「聖杯戦争のシステムを解き明かして、根源への道を開いたら……。
  世界とサーヴァントの契約を断ち切る!」

 「!!
  何故、そうなる!?」

 「だって、可哀想じゃんか。
  騙されたのに死んだ後も戦い続けるなんて。」

 「騙されたと決まった訳ではないだろう。」

 「なんでさ?」

 「いいか?
  やり直しを望んだのは彼女だ。」

 「うん。」

 「そして、願いを叶える聖杯戦争に送り込んだのは世界だ。」

 「うん。」

 「そこで彼女が願いを叶えたとしたら?」

 「……あれ?」

 「…………。」

 「でもさ。
  セイバーは、もう願いを手放しただろ。
  そのセイバーが英霊続けるのは、どう思う?」

 「そうだな。
  そこは、穏やかな死を迎えて、
  機会があるなら別の生を歩んで欲しいところだな。」

 「…………。」

 「……やっぱり、アイツを呼び出したのは、俺なんだ。
  ・
  ・
  俺、アイツが好きだ。」

 (小僧……。)

 「俺は、アイツみたいな奴に会った事がない。
  まるで望んでいた相手を見つけたみたいなんだ。」

 「…………。」

 「あんな的確なツッコミを入れる奴なんて。」


 アーチャーが、バランスを崩し屋根から落ちそうになる。


 「このアホが!」


 アーチャーのグーが、士郎に炸裂する。


 「何すんだよ?」

 「こっちのセリフだ!
  何で、しみじみとツッコミを召喚した感慨に耽っているんだ!」

 「いや、だから。
  素晴らしいツッコミの親友の事を思って、
  世界との契約を断ち切ってやろうという真面目な話をしているんだろ?」

 「違う! 何かが違う!
  貴様は、根本的に間違っている!」

 「そうかな?」

 (忘れていた……。
  コイツは、どうしようもない馬鹿だという事を……。)

 「じゃあ、ほっぽとくのか?」

 「それはそれで嫌なものだ。
  しかし、自分の意見ばっかり相手に押し付けるのもどうかと思う。」

 (コイツを目の当たりにすると
  自分が丸くなったのが良く分かる……。)

 「じゃあ、どうしようか?」

 「折りをみてセイバーに聞いてみろ。」

 「そうするよ。
  そのためには、キャスターの捕獲は絶対条件だ。
  絶対に一泡噴かせてやる。
  ・
  ・
  それと、さっきの話……くれぐれも内緒でな。」

 「ああ、分かっている。」


 アーチャーは、有り得ないデタラメな自分の可能性に脱力する。
 ここに来てからこればっかりだと溜息をつく。
 そして、最後の質問を投げる。


 「小僧、何故、私に打ち明けた?」

 「?」

 「相談するなら、凜の方ではないのか? 」

 「言えば遠坂は、手伝ってくれるだろうな。
  でも、この話は、男同士でしたかった。
  なんとなくだけどな……。」

 「フ……何となくか。
  ああ、何となく分かる。」


 男同士の内緒話で聖杯戦争は、次の段階へと進み出す。



[7779] 第61話 幕間Ⅰ③
Name: 熊雑草◆890a69a1 ID:9b88eec9
Date: 2010/08/27 00:36
 == Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==



 セイバーは、考えていた。
 自分の人生に、ここまで踏み込んでくれた者はいただろうかと。
 時代が違う?
 そうかもしれない……。
 価値観が違う?
 そうかもしれない……。
 身分がないから?
 そうかもしれない……そんな事はないだろう。
 ここの連中は、そんなものがなくても、きっと、平気で踏み込んで来るに違いない。
 先ほどは、少女の生き方と言ったが、それは間違いだと気付かされる。
 もっと、純粋な何か……そう、友と呼ぶのがしっくりくる。
 これも自分の望んだ一つに違いない。


 (世界も、味な事をする。)


 この時、シロウとセイバーに世界に対する認識のズレが発生する。
 セイバーは、シロウ達と引き合わせた世界に感謝し、シロウは、セイバーを騙した世界に不快感を感じていたためである。



  第61話 幕間Ⅰ③



 夕飯時。
 シロウとアーチャーが揃って姿を現す。
 あまり見られない異様な組み合わせである。
 視線は、男二人組に集まる。


 「妙な組み合わせね。」

 「寧ろ、男と女に別れているのだから、
  はっきりしてないか?」

 「いや、あんた達って相容れないイメージがあるから。」

 「否定はしない。
  しかし、小僧と二人組を想像するとぴったり合うのは、
  極僅かだと思うが?」


 凛は、一同を見回しセイバーとイリヤを見て止まった後、『そうね。』と付け加えた。


 「なんか馬鹿にされた気がするわ。」

 「同感です、イリヤスフィール。」


 アーチャーは、当然のように台所に向かい夕飯の準備を始める。


 (アーチャーも意外と好き勝手する性格だよな。)


 シロウは、溜息を吐きながら席に着く。


 「夕飯出来るまで、少し話していいか?」

 「おふざけ意外ならね。」


 凛が、釘を刺す。


 「今後の方針についてだ。」


 士郎の言葉で、皆が、真剣さを取り戻す。


 「まず、俺達のほとんどが目的達成に至って、
  今後、どうしようかと考えていると思う。
  一概に言えるのは、無事に聖杯戦争を乗り切る事。
  その先に続く結果を残す事こそ、本当の勝利だろう。」

 (本当に真面目な話のようですね。)

 「残る敵は、三人。
  ランサー、キャスター、アサシンだ。
  うち、情報があるのはランサーだけだ。
  敵を知る上でも、ランサー以外の情報を知っている人は、
  情報を提供して欲しい。」


 ライダーが手をあげる。


 「キャスターとアサシンについては少し情報があります。
  慎二と調べました。」

 「へ~、アイツも真面目に調査してたんだ。」

 「慎二は、家で、あぐらをかいていたので
  調査したのは、ほぼ私ですが。」

 「前言撤回。」

 「士郎以外に思わぬ伏兵が居ましたね。」

 「それで、分かった事は?」

 「拠点と真名です。
  アサシンについては、真名まで把握出来ませんでした。」

 「それだけでも、上出来じゃない。」

 「拠点は、柳洞寺。
  キャスターは、そこに結界を張っています。
  そして、結界を張っていない唯一の山門にアサシンを配置しています。」

 「待って、それってキャスターがアサシンを呼び出したって事?」

 「はい。」

 「その可能性を忘れていたわ。」

 「柳洞寺に魔術師が居るのか?」

 「そんなはずないんだけど……。」

 「凛、ちゃんと冬木を管理してるの?」

 「やってるわよ!
  でも、思い当たらないわ。
  柳洞寺に居るって事は、
  今回のためにやって来た魔術師って訳じゃなさそうだし……。」

 「リン。
  マスターは、魔術師ではないのかもしれません。」

 「どういう事?」

 「気になりませんか?
  一向に収まらないガス漏れ事故。」

 「まさか……。」

 「そう考えるのが無難でしょうね。
  キャスターは、魔力供給出来ないマスターの代わりに
  人を襲って現界している。」

 「なるほど。
  キャスターもセイバーと同じように勝手に召還された口か。」

 「違うと思います。」

 「じゃあ、どうやって出て来たんだ?」

 「士郎、キャスターの行いと真名が、これで結びつくのです。
  裏切りの魔女メディア……彼女は、自らのマスターを殺して、
  柳洞寺のマスターと再契約しました。」

 (まずいな……危険人物だ。
  話し合いなんて出来るのか?)

 「なんで、裏切りの魔女なんだ?」

 「あなたは、メディアを知らないのですか?」

 「士郎は、そういう人よ。
  ヘラクレスすら、知らないんだから。」

 「困りものですね。」

 「いいや、ネットで調べる。」


 士郎は、携帯のネットに繋ぎコルキスの王女の逸話を確認する。


 (騙されただけで悪い奴じゃなさそうだ。
  気になるのは、洗脳によって行為がエスカレートしたのか、
  元々の性格が直情径行なのかって事だ。)

 「感想は?」

 「ちょっと、同情するかな?
  自分の意思のない人生って、ぞっとするからな。」

 「そちらに目が行きますか。
  彼女の非道な行いには、何も感じないのですか?」

 「やり過ぎぐらいかな?」

 「…………。」

 「変か?」

 「肉親を殺しているのですよ?」

 「そうか……。
  お前らは、毒されているな。」

 「「「「「は?」」」」」

 「仕方ない。
  俺が、少し捻った見方の話をしてやろう。」


 ※ここから、士郎の過大解釈と捏造が反映されます。


 「まだ、幼い王女メディアは、神々の計略に嵌り、
  好きでもない男のために精神誠意つくさなければならなかった。
  男は、茶髪にロン毛。
  脂性で体臭のきつい怠け者で、
  世間からは、男に仕えるならイボ蛙と結婚した方が百倍いいと言われるほどだった。
  しかし、メディアは、男に尽くした。
  気に入らない事があったからと蹴られようと殴られようと男に尽くし続けた。
  彼女は、それが偽りの愛だとも知らずに……。

  やがて、ニートの男は盗みを働き、メディアの弟を人質に彼女と船で逃げ出す。
  しかし、追っ手の船が、ニートの男に近づくとニートの男はメディアに命令する。
  弟をバラバラに切り刻めと……。
  弟に触れるメディアの手が震える。
  最愛の弟を、どうして殺せるだろうかと。
  ニートの男は、メディアを蹴り飛ばした。
  自分では、人を殺す覚悟もなければ勇気もないくせに……。
  メディアは、泣きながら耐えるしかなかった。
  神々の呪いと弟への愛で身動きが取れず、震える手にナイフを持ったまま泣くしか出来なかった。
  そんな姉を不憫に思ったのは、弟だった。
  弟も姉を愛していたのだ。
  弟が進んで前に出る。
  『姉さん、もういいんだ。』
  弟は、姉の手を優しく包み、自らにナイフを突き立てる。
  姉の中の呪いが膨れ上がり、メディアの意識を奪っていく。
  感情とは、裏腹に動き続ける手。
  手は、弟をバラバラにして投げ捨てるまで動き続けた。
  その様子を見てニートの男は、滑稽だと笑い続ける。

  メディアの呪いが、一瞬だけ解ける。
  メディアの目には、赤く染まった手ともう姿を見る事の出来ない弟の居た空間だけが残る。
  誰を恨めばいい?
  何を哀れに思えばいい?
  回答のない自問自答と後悔の念だけが彼女を押し潰した。
  そして、自分を乗せて走り去る船からは、弟の亡骸を拾おうとする父が見える。
  『もう、帰れない……。』
  メディアが故郷に別れを告げる……。
  それが、最後の光景だった。

  数年後、メディアは二児の母になっていた。
  母親と呼ぶには、若過ぎる外見。
  呪いにより、好きでもない男に偽りの愛を感じ、あまつさえ体まで許した。
  そんな中で得た子供達は、掛け替えのない宝だった。
  偽りの愛の中にある本物の母と子の愛。
  未熟な母親と認識しながら、メディアは、一心に愛を注ぎ続けた。
  子供達もそんな母親に信頼を寄せ、この数年は、本当に幸せだった。

  しかし、そんな幸せも長くは続かなかった。
  ニートの男が、今度は、結婚詐欺を働いたのだ。
  ニートの男は言う。
  俺と別れろと。
  そして、お前も同意しろと。
  神々の呪いは、歪んだ愛でメディアを蝕んでいく。
  愛した男を奪われるな。
  その男こそお前の全てだと。
  メディアの心が、また、壊れていく。
  愛は、嫉妬に変わり、やがて、男への憎しみに変わる。
  長年、犯され続けたメディアの心は、ボロボロだった。
  ようやく手に入れた幸せは、また、悪戯に砕かれる。

  数日後に開かれた結婚の席で、ニートの男の結婚相手と
  ニートの男の関係者全てをメディアは、魔術により灰に変える。
  そして、無様に這いつくばったニートの男の前で最後の関係者である子供達を殺害する。
  狂った愛は、男から全てを奪った事で完成した。
  ニートの男は逃げ出し、港に向かい走り出す。
  その港で落ちて来たマストの下敷きになり、ニートの男は死んだ。

  そして、ニートの男の死により、呪いが解ける。
  メディアの目には、涙が浮かんだ。
  正気に戻った彼女は、泣くしか出来なかった。
  再び手に掛けてしまった肉親。
  愛してなどいなかったニートの男への愛。
  ただ、打ちひしがれる。
  手に残るのは、愛した人達を殺した感触だけ。
  ただの一度も愛せず、ただの一度も愛して貰えなかった。
  メディアは、泣き続けた。
  そして、泣き続け涙も枯れると、ふらりと立ち上がり、どこかへと消えて行った。
  ・
  ・
  どうだ? 悪い奴ではないだろ?」


 居間の空気は、ズーンと重いものになる。


 「シロウ……。
  正直、今の話を聞いて、
  とてつもなくキャスターと戦いづらくなったのですが。」

 「私もです。」

 「あんた、戦う前に味方の士気を落として、どうするのよ!?」

 「こんなはずでは……。」

 「まったく!」


 イリヤが付け加える。


 「これでキャスターが相手のマスターと恋仲になってたら、
  セイバーとライダーは、使いものにならないわね。」

 「はは……。
  まさか? この程度のヨタ話で。」

 「…………。」


 セイバーとライダーは、イリヤの言葉からメディアのIFを想像して視線を斜め下に背けた。


 「目を逸らすな。」

 「シロウが、悪いのですよ!」

 「そうです!」

 「心配しなくても大丈夫よ。
  メディアなら高貴な魔術師でしょ?
  魔術師でもないマスターなんかに恋なんてしないわよ。」

 「それもそうですね。」


 セイバーが、胸を撫でおろす。


 「まあ、話が逸れたが、キャスターについては分かった。」

 「話を逸らしたのは、あんただし、
  一体キャスターの何が分かったのよ!」

 「どことなくいい奴っぽい。」

 「全然、分かってないじゃない!
  戦力は!? 結界の種類は!?」

 「さあ?」


 凛のグーが、士郎に炸裂する。
 溜息混じりにイリヤが、凛にフォローを入れる。


 「凛、相手がメディアなら、神代の魔術師になるわ。
  だけど、こっちにはセイバーが居る。
  対魔力の強いセイバーなら問題ないはずよ。」

 「そうだったわね。」


 凛が落ち着きを取り戻す横で、桜は思う。


 (やっぱり、衛宮先輩が居ると纏まりません。
  途中までは、いい話なんですけど……。)


 そして、凛が主導権を奪う。


 「ライダー、結界の種類は分かる?」

 「サーヴァントの能力を下げるものです。」

 「と、いう事は、マスターである私達には無効なのね。」

 「はい。」

 「凛、山門に結界がないのは、なぜかしら?
  結界なんて普通の人間には分からないんだし、
  一部だけ開いて置くなんて変よ。」

 「そうね。
  柳洞寺を拠点にするのも分からないし。」

 「それには、理由があります。
  あそこは、落ちた霊脈なのです。」

 「何で、セイバーがそんな事を知って……。
  待って。
  霊脈なら、その流れに乗せて人々から奪った生気を……。」

 「ええ、運べるわ。
  だから、山門に結界がない。」


 全て繋がると一様にキャスターの策を感心する。


 「流石と誉めるべきかしら?
  どちらにしても、山門からの突入しかないわね。
  ・
  ・
  それで?
  戦力を分析してから、どうするつもりだったのよ?」

 「あらためて、今後の話だ。」

 「じゃあ、続けなさい。
  本当におふざけなしよ!」

 「さっきも、ふざけたつもりはないんだけど。」

 「いいから続けなさい!」

 「え~とだな。」

 (なんか締まらないな。)

 「冬木から聖杯戦争を取り除こうと思う。」

 「は!?
  おふざけはなしだって言ったわよね!?」

 「こっちは、大マジで話してる。
  簡単に言えば根源への道が開けば、
  もう、冬木で聖杯戦争をする必要はないんだろ?」

 「そ、それは、そうだけど。」

 「考えてもみろよ。
  四十年に一度とはいえ、毎回、遠坂が大暴れするんだぞ?」


 凛のグーが、士郎に炸裂する。


 「わたしは、大怪獣か災害か!」

 「ヒューマノイドタイフーンそのものじゃないか……赤いし。」

 「訳の分からない例えを出すんじゃないわよ!」

 「まあ、兎に角、宝具ぶっ放すには、人が増え過ぎてんだ。
  で、二百年前に御三家が力を合わせたように
  現代の御三家で根源への道を開いてしまおうって訳だ。」

 「そんな簡単にはいかないわよ。」

 「当然だ。
  だが、昔と今で違う事がある。
  解き明かさた古文書と魔術の進歩、そして、サーヴァントだ。」

 「前者の2つは、分かるわ。
  最後のサーヴァントって、何よ?」

 「順を追って説明する。
  まず、古文書。
  俺は、マキリとアインツベルンの古文書を解読して、
  詳細をイリヤに確認して貰っている。
  その結果、魔力さえ貯めれば、道は開きそうなんだ。」

 「あの古文書って、そういう類のものだったの?」

 「しかし、古文書通りだとエネルギーが莫大過ぎて見積もり六百年らしい。
  そこで、古文書が作られてから現代までに作られた魔術を利用して使用する魔力の削減を行う。
  そのためには、遠坂達の協力がいる。」

 「なるほどね。」

 「桜を助けたとはいえ、当然、根源への道には興味あるんだろ?」

 「それは……ある。」

 「だが、根源を分け合うのは難しい。
  だからこそ、聖杯戦争で勝者の独り占めになっている。
  よって、根源への道が開いたらバイパスを作る。
  俺は、これを遠坂やイリヤの祖先への課題としてしまおうと考えた。」

 「何で、余所様の先祖の課題をあんたが決めるのよ……。」

 「イリヤにもツッコまれた。」

 「当然よ。
  イリヤは、納得したわけ?」

 「イリヤは、俺に絶対服従だ。」

 「外道……。」

 「で、どうする?」

 「どうするって……。
  少し考えさせて。」


 凛は、試行錯誤を頭の中で繰り返す。
 確かに士郎の言っている事は、筋が通っている。
 この二百年で冬木の土地は人が増え、戦いに向いているとは言えないものになっている。
 魔術の秘匿を尊重するなら、聖杯戦争などするべきではない。
 実際、サーヴァントが人を襲う行為や結界発動による大量の被害者を出した事実に、冬木の管理人として黙っている訳にはいかない。
 そして、何よりも魔術師の最終目標に届くかもしれないという甘い誘惑を断る理由があるだろうか?


 (ないわね。)

 「その話に乗るわ。」


 凛の承諾に士郎は、予想通りと邪悪な笑みを浮かべる。


 「じゃあ、最後のサーヴァントについてだ。
  サーヴァントは、皆、桁違いの神聖さや知識を持っている。
  そして、聖杯戦争の創造主達が出来なかったのが、サーヴァントとの接触だ。
  しかし、現在、ここにはサーヴァントが現界している。
  彼らの知識を借りて新たな理論を構築する。」

 「あんた……凄い事考えるわね。」

 「話を聞いているとセイバー達の時代の方が、
  魔術に関する知識が豊富な気がしてな。
  宝具なんかも沢山あったようだし。」

 「確かに今の魔術の知識と過去の……特に神代の知識を
  掛け合わせるのは、面白い発想だわ。」

 「だから、キャスターの捕獲が次の方針の最重要課題になる。」


 士郎の話が一区切りつくと肺に溜まった空気をゆっくりと吐き出し、各々緊張を解く。


 「あの……衛宮先輩って、
  本当に魔術の知識ないんですか?」

 「最近になって……といっても、
  ここ3、4日で得た知識で予想を話してるだけだな。」

 「そうなんですか。」


 桜は、素直に驚いている。
 ここでアーチャーが、おかずを並べ始める。


 「話も一区切りついたようだ。
  そろそろお腹を満たしては、どうかね?」


 一同は、お腹の減り具合を思い出す。


 「もう、そんな時間なのね。
  いただきましょう。
  アーチャー、手伝うわ。
  運べばいいのかしら?」

 「わたしも手伝います。」

 「では、お願いしよう。」


 衛宮邸の食卓に次々と料理が並ぶ。
 まるで高級料理店のフルコースの様に。
 夕食は、誰もが文句のつける事の出来ない味だった。
 だからこそ、皆の頭にはアーチャーという英霊が、一体、何を成して英雄となったかという素朴な疑問が過ぎるのであった。


 …


 夕食の片付けと食器洗いを男二人、並んで行う。

 「世界との契約は、話さんのか?」

 「多分だが……俺の言った事は、
  キャスターを取り込まないと実現しない。」

 「ほう、根拠は?」

 「一回で使える魔力量が気になってる。
  宝具に使用される魔力量は、桁外れに強大だ。
  そして、マスターが、サーヴァントに太刀打ち出来ない理由の一つがこれだ。
  仮にマスターが、同じ量の魔力を制御出来れば、
  強力な魔術を使えるんじゃないか?
  でも、使わない……何故か?
  使わないじゃなく使えないからだ。
  元々の魔力量やそれに耐えうる媒体……宝具を持っていない事なんかが理由だ。」

 「ふむ。」

 「で、根源への道を繋ぐ時、聖杯という媒体を使わないで魔術を制御するなら、
  人間以上の存在……つまり、キャスターが必要なんだ。」

 「なるほどな。
  ・
  ・
  いつ、聖杯が媒体と気付いた?」

 「イリヤの古文書を解いた時、
  起動装置みたいなものが記されていた。」

 「大したものだ。」

 「全部受け売りの知識なんだけどな。
  RPGをやり込むと割りかしら思い浮かぶぞ。」

 「そうだろうか?」

 「例えばさ。
  水属性と雷属性の相性が悪いのは、
  魔術も同じなんじゃないか?」

 「ああ。」

 「それと同じでゲームの属性なんかも同じなんだよ。
  だから、RPGをやり込むと自然と似通ったところには目が行くし、
  応用を思い付くんだよ。」

 「納得はいった。
  ・
  ・
  しかし、貴様の発想は、全部自分の都合から得た知識だな。」

 「そんなもんだろ? 誰だって。」

 「義務教育から学んだ知識を応用したりすると思うのだが。」


 洗いものが終わり、手を拭く。


 「さて、キャスター捕獲の話し合いだ。」


 士郎達が、気合いを入れて振り返ると電子音が聞こえる。


 「今度は、ファミコンか……。」


 テレビ画面では、マリオが軽快に走る。
 しかし、直ぐに失敗した時のお馴染みの音が聞こえる。


 「シロウ、いいところに。
  ここが、どうしてもクリア出来ないのです。」

 (俺は、キャスターの話をしたいんだが……。
  なんで、コイツら聖杯戦争とかけ離れた事してんだ?)

 「シロウ、あと1機しかないのです!」

 (必死だな……セイバー。)

 「俺は、このゲーム得意じゃないんだ。」

 「持ち主の貴方が得意でない訳がない。」

 「結論付けるな。」

 (確かに嘘だが。
  あと1機か……。
  ゲームオーバーになれば、キャスターの話出来るかな?)


 士郎は、コントローラーを受け取るとマリオをジャンプさせ、踏む直前でクリボーにブッチュクラッシュさせる。
 画面には、ゲームオーバーの英字が浮かぶ。


 (これでキャスターの話が出来るな。)


 士郎の容赦ない行いにセイバーが声をあげる。


 「シロウ。
  貴方には、がっかりです。」

 「まったくです。」

 (なぜ、ライダーまで?)

 「リンやサクラ、そして、イリヤスフィールが下手なのは許しましょう。
  しかし、ライダーと私の努力の結晶を打ち砕いたのは許せません。」

 (お前が、やらせたんだろうが……。
  聖杯戦争は、どうなった?)

 「士郎、私もセイバーに同意見です。」

 (そして、ライダー……お前まで、なぜ、ハマっている?)

 「セイバー、話したい事があるんだけど。」

 「そのようなものは、後にして頂きたい。」

 (最重要課題だと思うのだが。)

 「じゃあ、どうしろと?」

 「勝負をしましょう。」

 「は?」

 「前回は、不覚にも敗れましたが、それは情報不足だったためです。
  しかし、今回は、シロウの実力は分かりました。
  叩きのめせます。」

 「セイバー……汚くないか。」

 「そして……。
  敗者には、当然、罰を受けて貰います。」

 「やりたくないんだけど……。」

 「貴方に選択の余地はありません。」

 「なんでさ?」

 「しかし、私も鬼ではありません。」

 (十分な悪鬼です。あなたは。)

 「チーム戦にしてあげましょう。
  せいぜい、ライダーを引き当てるように努力する事です。」

 (運を努力でなんとかしろと……。
  そんな事が出来るなら、俺は、毎回、宝くじで一等当選だ。)

 「では、グーとパーで別れましょう。」

 「どこで覚えた?」


 士郎とセイバーが右へ、凛、桜、イリヤ、ライダーが左へ移動する。
 アーチャーは、被害回避のため審判を買って出た。
 結果は、セイバー、凛、ライダーのチームと士郎、イリヤ、桜のチームになった。
 セイバーのチームは余裕があり、士郎のチームは沈んでいる。


 「止めないか?」

 「止めません。」

 「仕方ない……ルールは?」

 「2プレイで1機ずつ交代し、
  進んだ面により、勝敗を決します。」

 「分かった。」

 「こちらは、一番手に凛を出します。」


 凛は、嫌そうな顔をしてコントローラーを握るとマリオを進める。
 そして、クリボーが近づいた瞬間にマリオは加速し、クリボーに突っ込む。


 「有り得ないぐらい下手だ……。」

 「仕方ないでしょ!
  何処押せば、跳ねるか分からないんだから!」

 「ボタン二つしかないじゃん。」

 「まあ、計算通りです。」


 セイバーは、余裕を持って答える。


 「こっちは、姉妹対決という事で桜にしよう。」


 今度は、桜がコントローラーを握る。
 ルイージが歩く。
 歩いてクリボーにぶつかった。
 ゴンッと士郎は、テーブルに頭を強打する。


 「この姉妹……酷い。」


 続いて、ライダーがコントローラーを握る。
 ライダーの操作でマリオは、軽快に走り出す。
 キノコを取り、フラワーを取る。
 しかし、スピードが落ちない。
 常にBダッシュで駆け抜ける。


 (すげぇよ…止まらない…ノンブレーキだ……。
  ライダーというクラス故か?)


 マリオは、軽快に走るが止まる事なく穴にダイブする。


 「やはり、マリオの能力では、ここまでですか。」

 (お前は、ノンストップでマリオに何をさせたいんだ。)


 続いて、イリヤがコントローラーを握る。
 ルイージは、クリボーを踏みつけ土管を越える。
 そして、二匹並んだクリボーを踏み潰そうと、ちょうど二匹の真ん中にジャンプしてルイージは死んだ。


 「ああ! また!
  どうやれば、二匹一辺に殺せるのよ!」

 (そうか……イリヤは、全部やっつけないと気が済まないのか……。
  性格があらわれるな。)


 続いて、セイバーがコントローラーを握る。
 マリオは、軽やかに動き次々と面をクリアしていく。


 (上手いな。
  でも、律儀に一つ一つクリアしていくだけで、
  先に進める土管は、見向きもしない。
  セイバーらしい。
  だが、これだけじゃ……。)


 セイバーは、ちょっとの操作ミスで穴に落ちる。


 「くっ!
  焦り過ぎました! 不覚です!」

 「でも、大丈夫よ!
  士郎達は、まだ、スタート地点よ!」

 「はい、我々は、5-3です。
  先ほどの腕では、士郎には期待出来ません。」

 (酷い言われようだ。)

 「イリヤさん……わたし達は、何をさせられるんでしょう?」

 「あの面子を見ると、体力的な事をさせられそうね。
  腕立てとか腹筋とか……。」

 「その程度ですか。」

 「立てなくなるまでね。」

 「え!?」


 イリヤは、渋い顔をして汗を一筋流し、桜は、怯え始めた。


 「やっていいか?」

 「諦めが悪いですね。
  好きなだけ、どうぞ。」

 「じゃあ、好きなだけ。」


 士郎は、ルイージを巧みに操り、隠しコインや1UPキノコを取りノーミスで進んで行く。
 途中、土管のワープを利用して、4面にワープする。
 更に4面から、8面にワープする。


 「これで、お前らの罰ゲームは決まりだ。
  どうする? まだ、やるか?」

 「士郎!」

 「衛宮先輩!」


 イリヤと桜の表情が一変する。
 状況が逆転する。
 セイバー達が、ズーンとダークな空気を背負う。


 「シロウ……謀りましたね。」

 「勝負事にしたのは、セイバーのはずだが?」

 「こうなる事を読んでいたのでしょう?」

 「ライダー……お前まで。」

 「わたしの努力が……。」

 「遠坂、お前は、なんの役にも立っていないだろう。」

 「さて、罰ゲームの時間よ。」

 「嬉しそうだな、イリヤ。」

 「ええ。」

 (いい笑顔だ。)

 「桜、何にしようかしら?」

 「わ、わたしは別に……。」

 「いい子ぶるなよ、桜。」

 「そうそう。」

 「で、でも……。」

 「試しに言ってみ?」

 「じゃ、じゃあ……腕立て10回で。」

 「「却下!」」

 「甘いわ!」

 「ライダー戦で使った蜂蜜よりも!」

 「悪乗りしてるわね。」

 「ええ、手が付けられません。」

 「何とか桜に罰を決めさせなくては、被害が大きくなるだけです。」

 「では、どんなのがいいんでしょうか?」

 「仕方ないわね。
  士郎! 例題!」

 「了解です! 軍曹!
  例えば『鼻からスパゲティを食べる』なんて、どうでしょう?」

 「さすがだわ。
  士郎2等兵。」

 「拙いわよ。
  悪化していくわ。」

 「セイバー、何とかなりませんか?」

 「気を逸らしましょう。
  ・
  ・
  シロウ、話があったのではないのですか?」

 「そんなものは、後だ。」

 「失敗しました。」

 「~~~っ! 役立たず!」

 「イリヤ軍曹! 私にも例題を示してください!」

 「よろしい!
  バーサーカーとプロレスごっこ!」

 「……イリヤ、それ死んじゃう。」

 「ダメ?」

 「「「ダメ!」」」

 「じゃあ、スパゲティ?」

 「食べ物を粗末にするのは、よくないと思います。」

 (偉い! 桜!)

 「仕方ない。
  痛くないヤツで済まそう。」

 「本当ですか、シロウ?」

 「また~?
  士郎、甘いわよ。」

 「発表します!
  ・
  ・
  もしも、アーチャーが恋人だったらという設定で
  アーチャーに告白してみてください!」

 「何だと!?」


 思わぬ被害が飛び火し、アーチャーが声を上げる。


 「そうね~。
  その時は、アーチャーの首に手を回すのよ。」

 「「「出来るか!」」」

 「どう思いますか? イリヤ姉さん?」

 「がっかりです。
  自分から罰ゲームを求めて……。
  あれもダメ、これもダメ。
  あの人達って、本当に英霊?」

 「まさか、ここまで凶悪なものに変わるとは……。」

 「正に悪魔の化学反応ですね。」

 「どうするのよ?
  まるっきり、手に負えないじゃない。」

 「桜3等兵、あなたに、もう一度チャンスを与えます。
  あなたの意見次第で、彼女達の命運が決まります。
  生かさず殺さずの罰をどうぞ。」


 セイバー達は、桜に期待の目を寄せる。


 (せ、責任重大です!)


 桜は、思案する。
 士郎とイリヤを満足させつつ、セイバー達への被害を最小限にする。


 (これ……わたしへの罰ゲームじゃないでしょうか?)


 桜は、更に思案する。


 「う、歌を一曲歌うというのは、どうでしょう?」


 セイバー達の視線が士郎とイリヤに移る。


 「いいんじゃないか?」

 「そうね。」

 (いやに、あっさりしてるわね。
  まあ、歌ぐらいならいいけど。)

 「「ただし!」」

 (やはり、そう来ましたか。)

 (何が付加されるのでしょうか?)

 (この二人歪んでるわ。)

 「振り付けも入れて貰いましょう!」

 「選曲は、わたしがします!」

 「どうしますか?」

 「ここが最低ラインでしょう。」

 「諦めるか……。」

 「士郎、なんの歌がいいかな?」

 「やっぱり、長い方がいいだろう?」

 「でも、あの3人の中で壊滅的な音痴が居たら、
  ダメージを受けるのは、わたし達よ?」

 「それは、痛いな。」

 「何か失礼極まりない事を言っているわね。」

 「しかし、人前で演説をした事はあっても、歌った事はありません。」

 「私は、演説すらした事がありません。」

 「わたしだって……何だろ?
  何か思い出しちゃいけない感覚があるわ。」

 「そうだ! 
  園児が歌う童謡を『真顔で』『感情移入して』『拳をきかせて』歌うんだ。」

 「最悪の発想だわ。」

 「『森のくまさん』とか……ですか?」

 「桜のリクエストが来たわ。」

 「違います!」

 「いじられてますね……。」

 「認識したわ。
  士郎とイリヤは、くっつけちゃいけない……。」

 「でも、士郎。
  童謡だと振り付け分かんないよ。
  テレビ見ながらって訳にはいかないもの。」

 「う~ん……そうだな。」

 「教育テレビなら、流れているんじゃないですか?」

 「「それだ!」」

 「ついに、桜まで毒されてしまいました。」

 「凛が、桜を太らせようとしたから、機嫌を害したのでは?」

 「わたしのせい!?」

 「振り付けは、オリジナルにして貰った方が痛さ倍増だな。」

 「なんで?」

 「例えば、一見クールなライダーが、
  オリジナリティ溢れるくまさんを
  真顔で可愛いらしく表現するのを想像してみろ。」

 「…………。」

 「いいわ!
  セラに頼んで映像に残さないと!」

 「事態が、どんどん悪化して来てる。」

 「止まる事のない暴走機関車です。」

 「3人一編の方がいいか?」

 「一人ずつの方がいいんじゃない?」

 「「「3人でやらせてください!」」」

 「更に思い付いた!」

 (あんたの発想力は底なしか!)

 「敵を攪乱するためにキャスターの前で歌って貰おう。」

 「「「出来るか!」」」

 「歌ってる間に殺されるわよ!」

 「いや、絶対に呆れて動きが止まるって。
  その時、セイバーが振り付けして歌いながら斬り込む!」

 「士郎、それじゃあ、斬り殺しちゃうよ?」

 「どちらにしてもやりません!」

 「敗者に選択肢はない!
  家畜に神は居ないのだ!」

 「誰か止めて……。」

 「いい加減にしないか。
  小僧、悪ふざけもそこまでだ。」

 「そうだな。
  笑い転げた後に作戦会議は出来ないからな。」

 「え~! やらないの~!」

 「大丈夫。
  今度、商店街に行った時にやって貰うから。」

 「ハードルが、また、上がった……。」


 こうして作戦会議に移る事になった。


 …


 「さて、気を取り直して作戦会議をするか。」


 しかし、ほとんどの者が気を取り直せなかった。
 それでも、士郎は気にしない。


 「まず、キャスターの居る柳洞寺だが、全員で出向こうと思う。」

 (((((何で、平然と進められるんだろう?)))))

 「理由は、ランサーを警戒するためだ。
  あの槍の力をマスターに使われたら防げないと思う。
  だが、槍を使われる前に戦闘行為に持っていければ、
  宝具の発動は出来ないだろう。」

 「そうなるとライダーにランサーの相手をして貰うのがいいわ。
  クラスのスピードと遠距離でも速攻で影響を及ぼす魔眼は打ってつけだわ。」

 「じゃあ、ライダーは、マスターを守る突撃兵だな。」


 ライダーが頷く。


 「次に山門でのアサシンだが……。
  イリヤ、バーサーカーで頼めるか?」

 「キャスターを相手にしなくていいの?」

 「バーサーカーと戦って分かった事がある。
  バーサーカーは、手加減するのに向いてない。
  狂化して強くしているのに手加減しろの命令は、
  バーサーカー自体が混乱していた。
  理性が抑制されているから加減の調整も難しい。
  だが、アサシン相手なら遠慮はいらない。
  マスター暗殺の危険を回避するためにも全力で頼む。」

 「分かったわ。」

 (こういう時の士郎って、カッコイイな。)

 「さて。
  残り二人は、大体分かってるかな?」

 「はい。
  私が、キャスターの魔術をキャンセルし追い詰めます。」

 「そして、私が捕らえるのだな。」


 士郎は頷く。


 「問題は、捕らえ方なんだが任せていいのか?」

 「そうだな。
  マスターを人質に出来ればいいが、前のマスターを殺すほどの相手だ。
  いざとなればマスターを見捨てて逃げる可能性も高い。
  矢により縫い付けるしかあるまい。」

 「しかし、協力を得るのに傷つけるのは、どうでしょうか?」


 凛が、士郎の肩を叩く。


 「あんたの役目よ。説得しなさい。」

 「凛……。
  それは、リスクが大きいのでは?」

 「いきなり賭けに出る事もあるまい。」

 「そうですよ、姉さん。」

 「みんな、酷いわね……。」

 「…………。」

 「大丈夫よ。
  わたし達さえ覚悟してれば。」

 「遠坂……俺の味方は、お前だけだ。」

 「そう。
  覚悟して脱力に耐えさえすればいいのよ。」

 「「「「「ああ……。」」」」」

 「もう、誰も信じられん。」

 「では、私は、キャスターの魔術のキャンセルのみに専念します。」

 「私は、逃走しないように威嚇しよう。」

 「いい?
  間違っても士郎の説得で脱力して油断しちやダメよ。」


 士郎以外の全員の心が一つになる。


 (好きにすればいいさ。)


 決戦は、明日。



[7779] 第62話 キャスター勧誘
Name: 熊雑草◆890a69a1 ID:9b88eec9
Date: 2010/08/27 00:36
 == Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==



 士郎は、考えていた。


 (なんか俺……。
  進んで聖杯戦争してないか?
  死にたくないんだけどな……。
  まあ、仲間が増えたから死ぬ確立は減ったけどさ。
  ・
  ・
  何、やってんのかな~。
  作戦まで立案しちゃって……。
  ・
  ・
  いや、待てよ?
  成り行きとはいえ、俺が、アイツらを仲間に引き入れてんだよな。
  そりゃあ、アイツらに作戦立案する権限はないよ。
  ・
  ・
  俺が策立てるしかないじゃん。
  もしかして……墓穴掘った?)


 士郎は、頭を抱えて、今の状況に幻滅した。



  第62話 キャスター勧誘



 夜中、体重計の前で凛の悲鳴が響く以外、静かな夜が終わり朝を迎える。
 士郎は、いつも通りの時間に目を覚まし、道場へと向かう。
 そこには、先客が静かに目を閉じ、背筋を伸ばし正座をしていた。


 「おはよう、セイバー。」

 「おはようございます、シロウ。
  待っていました。」

 「なんでさ?」

 「昨日の続きです。」

 「え?」

 「シロウの攻撃面を補います。」

 「しかし、だな。」

 「キャスターとの戦いは、今日なのですよ。」

 (ここで『俺、戦わないし』って言ったら、
  昨日みたいに気絶させられるまで、やられるんだろうな。)

 「少し考えました。」

 「ん?」

 「攻撃する時に相手を気遣うのではなく……。
  からかうつもりで攻撃するのです。」


 セイバーは、『名案でしょう』という顔をし、士郎は、がっくりと肩を落とす。


 「お前な……俺をなんだと思っているんだ?」

 「遊び人です。」

 「…………。」

 「ドラクエⅢの。」

 「…………。」

 (確かに戦闘中にふざけたりするけどさ。
  ドラクエⅢまで、やってたのか?)

 「では、そういう事ですので。」

 「待った。」

 「往生際が悪いですよ。」

 「遊び人らしくいく。」


 士郎は、天地天命の理の先にマジックと布を巻き付ける。


 「これなら、セイバーを傷つけないし。
  俺も、やる気が出る。」

 (やはり、遊び人ではないですか。)

 「まあ、いいです。
  始めましょう!」


 そして、朝食まで稽古は続けられた。


 …


 朝食時、士郎とセイバーを除く全員が席に着いていた。


 「遅いわね。
  何をやってるのよ?
  アイツ、まだ、寝てるの!?」

 「いや、小僧なら起きている筈だ。」

 「じゃあ、どっかで遊んでるわけ?」

 「昨日も、この会話をしなかったか?」


 その時、居間の障子が開く。
 セイバーに抱えられた状態で士郎が現れる。
 セイバーは、面倒臭そうに士郎を投げ捨てる。


 「まったく、根性のない。」


 屍の様に動かない士郎を目撃して、凛達の頬に一筋の汗が流れる。


 「何これ?」

 「シロウと剣の鍛錬をしていたのですが、
  途中でへばって、この有り様です。」

 「…………。」


 ライダーが、一同を代表して質問をする。


 「昨日の焼き回しですか?」

 「いいえ、違います。
  私の顔を見てください。」


 居間に爆笑が起こる。
 セイバの鼻は黒く染まり、頬に猫のような髭が書かれている。
 凛が、笑いながらセイバーに話し掛ける。


 「とっても可愛いわよ。」

 「可愛い? シロウは、一体何の落書きをしたのですか?」

 「セイバーは、見てないの?」

 「ええ、笑われるようなものではないと思って。」

 「はい、わたしのコンパクト貸してあげる。」

 「すいません。」


 セイバーは、自分の顔を確認する。


 「ライオンでしたか。」

 「違うと思うわ……。」

 「兎に角、顔を洗って来ます。」


 セイバーは、洗面所へと向かう。


 「それにしても、セイバーの顔に、
  どうして落書きがあったのかしら?」

 「士郎が気絶しているという事は、
  昨日同様に剣の稽古だと思っていたのですが。」

 「それは間違いないと思うわ。
  この腕の痣は、木刀でしょ?」

 「相変わらず、容赦がないわね。」


 イリヤは、士郎の痣を見て溜息を吐く。
 そこへセイバーが戻って来る。


 「一体、どんな稽古をしたら、
  セイバーの顔に落書きが出来るの?」

 「それですか……。
  順序立てて説明します。
  まず、アドバイスをしたのです。
  シロウが、攻撃を躊躇するので、
  『攻撃ではなく、からかうつもりで』と。」

 「気持ちを切り返させたわけ?」

 「はい。
  そうしたら、シロウは、雰囲気作りと言って、
  自分の刀の切先にマジックを付けたのです。」

 「なるほど。それで顔に。」

 「はい。
  そして、剣の稽古が悪戯に変わった途端、
  シロウの動きは、見違えるようによくなりまして。」

 「しかし、それでもセイバーから、
  一本取れるとは思えませんが?」

 「ええ、シロウは、一本取る気など、
  その時点では、もう頭にありません。
  実行したのは、玉砕覚悟の相打ちです。」

 「相打ち?」

 「普通、剣で斬られると死にますよね?」

 「当たり前じゃない。」

 「でも、木刀では痛いだけです。
  それをいい事に私が打ち込んだ後に、
  顔に落書きしていくのです。」

 「本当に稽古でも何でもなくなってるわね……。」

 「流石の私も頭に来て、
  シロウをその場に座らせて、お説教したのです。」

 「この時点では、気絶してないのね?」

 「事件は、この後に起きます。
  お説教をしている私に対して、
  シロウは、私の鼻を黒く塗り潰したのです。」

 「そして、『完成だ』と。」

 「はい。
  そう言ったのです。
  そこで私の堪忍袋の緒が切れました。
  その後は、シロウの意識がなくなるまで滅多打ちに……。」


 居間の全員は、『はぁ……』と溜息をつき脱力する。


 「やっぱり、セイバーはSだな。」

 「違います!
  ・
  ・
  ……気付かれたのですか。」

 「ああ。
  これからキャスターのところに行くのに、
  先に自分のマスター殺して、どうするんだよ?」

 「貴方がいけないのでしょう!」

 「え~。
  俺は、セイバー先生のアドバイスに従っただけなのに~。」

 「ほほう……。
  まだ、言いますか……。
  もう1回、死にたいようですね。」

 「やはり、殺す気で木刀振ってやがったな。」

 「絶妙な力加減で意識だけを奪ったまでです。」

 「その辺でやめる!
  あなた達、本当にキャスターと会う気あるの?」

 「……すいません。」

 「別に急ぎじゃないから。」


 凛とセイバーのグーが、士郎にクロスで炸裂する。
 士郎にグーが綺麗に入ったところで、朝食は開始された。


 「ところでさ。
  キャスターんところに行くのって、昼間でもいいのかな?」

 「やっぱり、いつも通り、夜がいいんじゃない?
  人目もあるし……。」

 「そこ。
  俺達はさ。
  話し合いに行くんだから、昼間の方がよくないか?
  キャスターも大手を振って攻撃出来ないだろうし。」

 「なるほど。
  こっちも手出し出来ないけど、向こうも手出し出来ない訳か。」

 「そう。」

 「あれ? そうなると……。
  昨日決めた作戦は、どうなるのよ?」

 「昼間でも、キャスターが襲って来た時のみだな。
  俺も、今、話してて思い付いた方針だから。」

 「適当ね。」

 「そうでもないぞ。
  期末試験で諦め悩んだ末に斜め向かいの奴を見たら、
  答えの埋まった答案が見えたようなものだ。」

 「カンニングじゃない!」

 「世間一般的には、そういう例えをする輩も居るらしいが、
  不幸な偶然が重なった不慮の事故だ。
  それに俺も時間がない時だけしか、斜め向かいは見ないようにしている。」

 「確信犯じゃない!」

 「ある意味、正々堂々の告白で清々しいだろ?」

 「もう、いい。」


 朝食の終わりは、溜息で締めくくられ、各々用意があるので一時間後に柳洞寺に向かう事になった。


 …


 柳洞寺の長い階段を上がって行く。
 セイバーと二人で、これが最後だと。
 これから向かう最後の試練に、額には汗が浮かぶ。


 「本当にやるのか?」

 「はい。
  シロウは、精神面を鍛える必要があるのを痛感しました。」


 そう、士郎は、文字通りセイバーを背負い柳洞寺に階段を上がる事を強要させられていた。


 「戦う前に疲れちゃうんだけど。」

 「貴方は、本日、戦う予定はありません。」


 朝の稽古で鬼軍曹となったセイバーの指揮の基、士郎は、セイバーを背負って階段を上って行く。
 それを軍隊の合宿でも見るように、残りの面々は溜息をつきながら見守る。


 (((((セイバーは、怒らせてはいけない。)))))


 これが、その場に居る全員の共通認識だった。


 …


 山門の少し前で士郎は、セイバーを下ろし息を切らしている。
 小柄とはいえ、セイバーは重い。


 (あのヤロウ……。
  甲冑着やがって。)


 士郎は、息を整え終わると背中を伸ばす。


 「シロウ、ここからです。
  山門に近づけば、アサシンが現れるはずです。」

 「準備は、出来ているか?」


 全員が無言で頷く。
 戦闘に入る事を予想し、バーサーカーも現界している。
 辺りには、平日のためか参拝客も見えない。
 山門を潜れば、寺の僧達が居るのは間違いない。
 士郎が先頭で歩き出す。
 その横にセイバーが、アサシンの攻撃に備え歩幅を合わす。
 山門を前に士郎が立ち止まる。
 山門にアサシン現界の気配はない。
 士郎が大きく息を吸う。


 「キャスター君! 遊ぼう!」


 全員が肩透かしを食らった瞬間だった。


 「何ですか! 今のは!」

 「作戦だ。」

 「ふふ……興味ある言葉ね。
  納得いかなかったら張り倒すわ。」


 凛が、バキバキと手の骨を鳴らす。


 「俺達は、戦いに来たんじゃない。
  それにここで俺が声をあげた事で、
  寺の僧は、俺達に否応なしに気付く。
  気付かれた以上、相手も俺達も聖杯戦争……。
  いや、魔術師として戦う事は出来ない。
  これは、こちらとあちらを平等にするための布石なんだ。」

 「尤もらしい事言ってるけど、本当でしょうね?」

 「本当だ。」

 「じゃあ、何なのよ? あの叫び声は?」

 「なんだって良かったんだけどさ。
  『キャスター』って言えば、外人を連想するだろ?
  僧達の中で連想が伝播するはずだ。
  しかも、ここは治安のいい日本。
  いきなり訪ねたら、『知り合いか?』って思うだけのはずだ。」

 「ムカつくわね。
  本当に作戦だったんじゃない。」

 「残念だったな。」


 士郎は、何もない空間に話し掛ける。


 「そういう訳なんで通っていいかな?
  こちらもキャスターと話し合いをするのが目的なんだ。」


 長身の侍が現界し、笑いを堪え切れないといった感じで気さくに話し掛ける。


 「珍妙な客だ。
  待つがよい。
  今、ラインを通して確認しよう。」

 「あれ?
  思ったより、すんなり通ったな。」

 「まあ、向こうからお断りされるかもしれないけど。」

 「通ってよいぞ。
  坊主の作戦勝ちのようだ。
  あの女も寺の僧の目が気になるそうだ。」

 「ありがとう。
  ずっと、ここに居るのか?」

 「ああ、キャスターに呼ばれた時から山門と供にある。
  昼間でなければ、誰かを戦いの相手として置いて行って貰いたいところだ。」

 「キャスターと話がついたら、夜来る事もあるかもな。」

 「それは楽しみだ。
  陰ながら応援しよう。」


 侍は、再び姿を消した。


 「う~ん、煌びやか?
  いや、雅とか言う言葉が似合いそうな奴だったな。」

 「しかし、達人のようですね。
  あの足運び……。
  アサシンにして置くのは勿体ない。」

 「侍である以上、魔術のコントロールとか、
  魔力量は、期待出来ないんじゃないか?
  その辺が繁栄されたんだと思う。」

 「あんた、本当に聖杯戦争の知識をつけたわね。」

 「ああ、最近、どっぷり浸かってる自分に引き気味だ。」

 「凛、いい傾向じゃない。
  わたし達の説明する手間が省けたんだから。」

 「それもそうね。」

 (間桐の本とか古文書解いてから、
  どうも、その辺の知識が、頭の片隅に居座るんだよな。
  忘れようと思っても忘れられない感じ……。
  解いた奴に、そういった呪いでも掛かるようになってたのか?)


 士郎達は、一つの被害を出す事なく山門を潜る事に成功した。


 …


 本堂へと向かう道。
 その途中で体格の大きな僧が話し掛ける。


 「士郎くん、久しぶりだ。」

 「お久しぶりです、零観さん。」

 「はっはっは、君は、元気そうだね。
  うちの一成は、ガス漏れ事故で入院したというのに。」

 「鍛えてますから。」

 (((答えになっているのかしら?)))

 「しかし、三代目も倒れたと聞くが?」

 「倒れました。」

 「遂に士郎くんのデタラメさも三代目を越えたな!」

 (喜ぶべきなのか?
  デタラメで繋がった姉弟か……。)

 「今日は、何の用かね?」

 「え~っと、キャスターさんって知ってます?」

 「キャスター? はて?
  ・
  ・
  ああ。
  そういえば、そのような名前であったな、彼女は。
  決して物覚えの悪い方ではないのだが、何故か忘れていた。」

 「そのキャスターさんに、会いに来ました。」

 「何故、君のような学生が?」

 「俺ではなく彼女達です。」


 突然、振られたセイバーとライダーとイリヤは、慌てて頭を下げる。


 「おお、外国のお友達ですか?
  士郎くんも隅に置けない。」

 「親父の既知の方です。」

 「そうですか。
  では、本堂で待っていてください。
  拙僧が、呼んでまいりましょう。」


 零観は、笑いながら去って行く。


 「士郎! いきなり振らないでよ!」

 「まあまあ、俺が知り合いって言うよりも、
  イリヤ達みたいな外国人の方が説得力があるんだよ。」

 「それよりも、零観さんって言ったかしら?
  明らかに記憶を操作されていたわ。」

 「なぜに?」

 「キャスターを覚えていなかったわ。」

 「なるほど。
  じゃあ、手出しが出せないのは俺達だな。
  寺の僧、全員が人質だ。」

 「その通りだ。
  戦闘になった時は、逃げる事を第一に考えるんだ。」


 話は、トントン拍子に進む。
 しかし、今の会話で誰もがキャスターのテリトリー内である事を認識して、気を引き締め直した。


 …


 本堂に通され、各々が座って待つ。
 大人数に気を遣って零観さんが本堂を勧めてくれたに違いない。
 キャスターが姿を現す前に零観さんが、お茶とお茶菓子を持って来てくれた。


 「遅いですね。」

 「警戒してるんだろ?」

 「警戒? 何故です?
  人質が居るなら、キャスターの方が有利でしょう?」

 「セイバーは、本当に正々堂々としている。
  騎士の見本みたいだな。」

 「ええ、それを私も誇りに思っています。」

 「キャスターは、こちらの情勢や心理などを全く知らない。
  人質取ったぐらいで安心しないんだよ。
  セイバーは、兎も角、俺が人質を無視してキャスターを襲うかもしれない。」

 「そんな事はしません!」

 「もちろん、しないよ。
  だけど、そういう警戒をしているんだ。」

 「だから、山門を通ってから、ずっと、使い魔で様子を見ている。」

 「「「「「!!」」」」」

 「驚いたわ。
  一番魔術師にほど遠い人物が、
  サーヴァントを出し抜いて、私の使い魔を見破るなんて。」


 全員の視線が、深い紫のフードに身を包んだ女性に注がれる。


 「坊や。
  いつ気付いたのかしら?」

 「気付いたのは、キャスターの気配だけだ。
  今、言ったのは、嘘だ。
  サーヴァントより、先に気付く訳ないだろ。
  なんせ俺は、魔力の感知すら出来ない。」

 「変わった坊やね。
  切れ者なんだか、ただの馬鹿なんだか?」

 「後者だ。」

 「馬鹿の方ね。」

 「馬鹿よ。」

 「馬鹿ですね。」

 「間違いなく。」

 「皆さんの意見を尊重します。」

 「…………。」

 「どういう状況なのよ?」

 「気にしないでくれ。」


 キャスターは、首を傾げる。


 「それで、一体何の用で来たのかしら?
  戦うなら構わないわよ。
  話の流れから、この寺には貴方の知人も居るようだし。
  貴方自身、人殺しが出来ないようだから人質は有効なようだわ。」

 「キャスターなら、人質関係なしで簡単に人を殺せると?」

 「当然よ。」


 場の空気が張り詰める。


 (あ~あ~。
  キャスターは、全然こっちを気遣ってくれないんだ。
  これじゃあ、一触即発しそうだ。
  仕方ない……こっちのやる気を削ぐか。)

 「強がらないで欲しいな。」

 「強がる? 私が?」

 「俺は、お前の逸話を知っている。
  キャスターが辛い生き方を強いられたのも。」


 キャスターは、何ともないという顔をしているが、セイバーとライダーの動きが硬直する。


 「だから?」

 「お前が悪い奴じゃないという事も知っている。」


 セイバーとライダーは、完全に士郎の話を思い出した。
 顔を俯かせ必死に何かに耐えている。
 キャスター以外は、士気が落ちた事に気付いた。


 「それが?」

 「悪い。
  なんでもない。」

 「は?」

 (これで、大丈夫だな……さて。)

 「本題を話していいか?」

 (この子……。
  一体、今のは、何だったのかしら?
  こちらの神経を逆撫でする気?
  いや、それならば、もっと気に障る事を……。
  ・
  ・
  それに代表して話しているのが、何で、魔術師でもないただの人間なの?
  だんだん、分からなくなって来たわ。)

 「本題の前に少し話をしたいんだけど?」

 「いいよ。」

 「貴方に少し興味が湧いたわ。」

 「俺? 魔術師の遠坂やイリヤを差し置いて?」

 「ええ。
  あの二人が優秀なのも分かるし、
  あっちの子が素質を、まだ、開花していないのも分かるわ。」


 凛、イリヤ、桜をキャスターは、視線で指す。


 (そっか。
  桜は、魔術の性質が戻ったばかりか。
  そんなのも分かるんだ。)

 「それで、なんの取り得もない俺に、
  なんの興味があるんだ?」

 「何の取り得もないから気になるのよ。
  何で、あんな優秀な魔術師を、
  魔術師でもない貴方が従えているのかしら?
  ・
  ・
  あら、でも最近使った形跡があるわね。」

 「…………。」

 「本当に知りたいのか?」

 「ええ。」


 キャスターの要求にセイバーが口を挟む。


 「少し……いいでしょうか?」

 「何かしら、セイバー?」

 「話を聞くなら、覚悟をした方がいいです。」

 「へえ。
  それほど、凶悪な何かをこの坊やは持っているのね。」

 「ええ、気をつけるべきです。
  我々は、シロウの話が終わるまで耳を塞ぎます。」

 「は? 何で、そうなるのよ!?」


 セイバー達は、耳を塞ぐ。


 「貴方、何か呪言の類でも使えるの?」

 「さっきも言ったが、魔術師じゃないんだけど。」

 「まあ、いいわ。
  理由……聞かせて貰うわ。」


 士郎は、セイバー召喚、イリヤの勧誘、凛と桜の勧誘を話す。
 キャスターは、話を聞くうちに脱力していく。
 精神的ダメージが、徐々に蓄積していくのが分かる。
 セイバー達は、やっぱりという顔をする。


  ・
  ・
  という訳だ。」

 「さ、最悪だわ……。
  こんな強力な呪い級の話を聞いたのは初めてだわ。」

 (終わったようですね。)


 セイバーは、皆に合図をすると耳を塞ぐのを皆がやめる。


 「どうでしたか……シロウの話は?
  後悔したでしょう?」

 「ええ、忠告は聞くもんだわ。
  まさか、坊や以外が全員被害者とは……。」

 「俺が、一番の被害者だという話だったんだが。」

 「ますます、分からなくなって来たわ。
  目的が見えないんだけど……。」

 「だって、その話に俺の目的は入ってないし。」

 「普通、ここまで話の流れを聞けば、
  少しは分かるものなんだけど。」

 「まあ、話で俺以外の奴は、
  目的を果たしたのが分かっただろ?」

 「ええ、それだけは。」

 「じゃあ、本題に入る。
  まず、当初の目的は、俺が絶対に死なない事。
  これは仲間が増えた事で解決。
  そして、欲が出た。
  これだけ増えたんだから、なんとかなるんじゃないかと。
  俺は、続いて冬木から聖杯戦争をなくす事を考えた。
  ・
  ・
  以上。」

 「聖杯戦争を……なくす?
  ・
  ・
  クク……フ。
  アハハハハハ。
  坊や、私を笑い殺す気?」

 「本気なんだけど。」

 「いいわ、聞いてあげるわよ。
  何を思い付いて、その結果に行き着いたか。」


 …


 セイバーは、奥歯を噛み締めてキャスターを睨む。


 「許せません!
  シロウが、どのような気持ちで思い立ったかも知らずに!」

 「まあ、真っ当な理由じゃないのは確かね。」

 「リン!」

 「安心しなさい、セイバー。
  わたしは、士郎に賛成しているわ。
  それに……士郎のペースよ。
  ここから、わたし達は、いつもやられているんだから。」


 凛の言葉にセイバーは、落ち着きを取り戻すと状況を見守る事にした。


 …


 士郎は、動揺を見せずに話し続ける。


 「まず、聖杯戦争のシステムは、大まかだが解き明かしてる。」

 「何ですって?」

 「これには、理由がある。
  さっき、話した時に出た魔術書と古文書。
  一つは、聖杯戦争を作り上げた御三家の間桐。
  もう一つは、アインツベルンのものなんだ。
  これを解読して、大まかな事は分かっている。」

 「本当に解き明かしたの?」

 「間違いない。」

 「…………。」

 「それによると聖杯戦争をしなくても、
  根源への道を作れるらしいんだ。」

 (この坊や、まさか……。)

 「しかし、そのまま実働させると莫大な魔力が必要になるから六百年掛かる。
  使用する魔力を削減して発動期限の短縮をしなければいけない。
  基本となる古文書と魔術書は揃っている。
  後は、聖杯戦争のシステムを改造するだけでいいんだ。
  無事、開発出来たなら、冬木の聖杯戦争のシステムを破壊する。」

 (間違いない。
  この坊やも知っているんだわ。)

 「それで、私に何を頼みたいの?」

 「聖杯戦争のシステムを組み上げた先人達が出来なかった事。
  キャスターという魔術のスペシャリストとの接触による
  現代の魔術知識と過去の魔術知識の融合によるシステムの改造だ。」

 「凄い事を考えるわね。
  でも、残念ね。
  私は、一人で大丈夫よ。」

 「条件を飲まないなら戦う。
  セイバーとバーサーカーの対魔力は、
  キャスターの攻撃を受け付けないレベルだからな。」

 「脅すつもり?」

 「いや、まだ、粘り強く交渉するつもり。
  今のは、こっちの方が有利である事を示して、
  俺の方が、条件を緩和しているとアピールするためだ。」

 「正直なのね。」

 「あんたには、冗談は通じないと思っている。」

 「いいわ、続けなさい。」


 …


 凛達は、会話を聞いて驚いている。


 「わたしさ。
  士郎が魔術師じゃないのに
  ここまで言い切れるのが信じられない。」

 「ええ、交渉相手は、神代の魔術師。
  考えただけでも震えるわ。
  戦うだけなら、バーサーカーに任せればいいけど、
  交渉するからには、成果を出さなければならない。」

 「わたしは、最初のキャスターさんの言葉で、
  もう、何もしゃべれないと思います。」

 「簡単に言うと場慣れしているのでしょう。」

 「きっと、大河関係です。」

 「間違いないだろうな。」


 …


 「『一人で大丈夫』って言う事は、
  キャスターも別システムを開発したのか?」

 「どういう事かしら?」

 「簡単だ。
  キャスターじゃ、聖杯戦争は勝てない。
  なら、自分の知識を利用して根源への道を開けると考えればいい。」

 「私が勝てない理由は?」

 「この聖杯戦争は、御三家が勝てるように細工されているから。
  つまり、キャスターじゃなくても、
  御三家に呼び出されていないサーヴァントには、
  勝ち目が薄くなる仕組みになっている。」

 「フフ……。
  ここまで言い切られると清々しいわね。
  坊やの言う通りよ。」

 「そっか。
  もう、キャスターは、作業を開始していたのか。
  じゃあ、今更、持ち掛けても手遅れかな?」

 「いいえ、ギリギリセーフよ。
  二つの意味で。」

 「二つ?」

 「ええ、一つは、貴方達にも手伝って貰いたいという事。
  簡単に言うと私の開発しているシステムは、
  聖杯戦争のシステムを模倣して作った劣化版というところだからよ。
  オリジナルの書物と現代の知識を得られるなら、
  こちらも願ったり叶ったりだわ。
  もう一つは、私が、このまま作業を進めていたら、
  冬木から、人が全員居なくなっていたという事。」

 「一つ目は、分かった。
  二つ目の方は?」

 「劣化版も魔力を莫大に消費するのよ。
  その魔力を人間の魂で補うつもりだったから。」

 「ああ、なるほど。
  六百年分のエネルギーを換算するとそうなる訳か。」

 「ええ。」


 …


 凛達は、冷や汗を流す。


 「なんて、危ない会話なの。」

 「手段を選んでいませんね。」

 「わたし……衛宮先輩が、
  その話を聞いて平然としているのが怖いです。」

 「見習うべきかも知れないわ。
  魔術師の心構えとしては、動揺を見せない士郎の交渉は凄いわ。」

 「ええ。
  ただ、キャスターが譲歩の可能性を見せて来たわ。
  ここからが交渉の正念場よ。」


 …


 「それにしても、なんで、一気に人を消すような事をするんだ?」

 「あら、正義を振りかざす気?」

 「いや、そうじゃなくてさ。
  俺達が必死になって解き明かした古文書がなくても、
  劣化版とはいえ、聖杯戦争の模倣品を作れるんだから、
  自分で、もっと改良したの作ればいいじゃないか。」

 「時間がないのよ。
  聖杯戦争が、いつ終わるか分からないし。」

 「聖杯戦争が終わる?
  ちょっと、待ってくれ。
  俺は、聖杯戦争は、
  最後のマスターになるまで終わらないと聞いているぞ。」

 「そういえば、貴方も御三家のマスターじゃないんですものね。
  知らなくて当然だわ。」

 「教えて貰っていいか?」

 「いいわよ。
  ・
  ・
  聖杯戦争はね、聖杯となる器にサーヴァントの魂を溜め込むの。
  つまり、エネルギーさえ溜められればいいのよ。
  根源への道が開かれるぐらいのね。
  ・
  ・
  今回は、サーヴァントの質が高いから、
  少ない数のサーヴァントで道が開きそうだったのよ。
  そんな質の高いサーヴァント同士が戦うんですもの。
  あっ、という間に聖杯の器を満たすわ。」

 「アインツベルンが用意する器の事か?」

 「ええ、この近くにあるわよ。」

 (イリヤが持っているのか?)

 「なるほど。
  それで時間がないという事か。」

 「でも、急ぐ必要はなかったわね。
  サーヴァントが、皆つるんでいるなら、
  聖杯の器には、一向にエネルギーが溜まらないのだから。」


 …


 「なるほど。
  そういう仕組みで、サーヴァントが必要なのですか。」

 「これは、侮辱ですね。」

 「士郎とセイバーには、話したつもりだけど。」

 「イリヤスフィール。
  確かに聞きました。
  しかし、士郎もその扱いについては、我々の誇りを汚すと言っています。」


 喧嘩になりそうな雰囲気を凛が制す。


 「サーヴァントも願いがある以上、覚悟はあるはずよ。
  今更、揉めないで。
  士郎は、それを含めて気に入らないから、
  キャスターと交渉しているんでしょ。」

 「リン……すいません。
  一度、納得したつもりでしたのに。」

 「いいわ。」


 セイバー達は、再び、士郎とキャスターの話に耳を傾ける。


 …


 「そうか。
  それで、今もシステムを開発するために
  街の人を襲っているのか。」

 「そんなところよ。」


 士郎は、セイバー達に振り返る。


 「やっぱり、キャスターはいい奴だ。
  協力して貰おう。」


 士郎の言葉にセイバー達のみならず、キャスターも唖然とする。


 「あんた、街の人を襲っていると平然と宣言している奴に、
  何で、いい奴って言えるわけ!?」

 「私も、リンの言葉に同意します。」

 「わたしもです。」

 「ええ、私も。」


 イリヤとアーチャーを覗くメンバーは、士郎の意見に異を唱える。


 「本当に面白い坊やだわ。
  悪人の私に協力しようなんて。」


 アーチャーは、キャスターの話を聞きながら、イリヤに話し掛ける。


 「君は、反対しないのかね?」

 「なんか引っ掛かる。
  士郎の意見もそうだけど、士郎の言葉を聞いてから、
  キャスターが少しおかしいわ。
  ・
  ・
  あなたこそ反対しないの?」

 「私も同様に、会話に違和感を感じるのでね。」


 士郎は、キャスターを見る。


 「嘘がある。」

 (嘘?
  何を言っているのですか、シロウ?)

 「キャスターの行為は、矛盾している。
  もし、キャスターが人間をなんとも思っていないなら、
  ガス漏れ事故を装って死人を出さないのはおかしい。」

 「何を言って……。」

 「あれは、魔力の補給もあったかもしれないが、
  実験だったんじゃないか?」

 「…………。」

 「システムを発動しても、
  死に至らしめない限界を見極めるための。」

 「…………。」

 「根拠は、二つある。
  まず、さっき言った通り死人を出していない事。
  もう一つは、聖杯戦争である以上、位置を知られないため。」

 「士郎、どういう事?」

 「街全体から採取すると魔力の流れが、全部、柳洞寺に向いてしまう。
  これでは、居場所が直ぐにバレる。
  だが、ガス漏れ事故の現場のように単一的なら直ぐに特定される事はない。
  現場に辿り着く頃には、魔力の痕跡が消える。
  しかし、1箇所で集める魔力では微量だ。
  多く摂取するためには、ギリギリまで取らなくてはならない。」

 「では、キャスターは……。」

 「システムを発動しても、人の命を取る気はない。」

 「……坊や。
  人の気持ちを、何故、断言出来るの?」

 「簡単だ。
  俺の言っている事は予想でしかないし、
  自分の都合のいいように過大解釈をしているからだ。」


 その場の全員が言葉を失う。
 士郎の耐性が強いセイバーが、一足先に我に帰る。


 「根拠はないのですか!?」

 「ない!
  だから、断言ではない。
  ただ、堂々と自分の予想を言っているだけだ。」

 「やっぱり、馬鹿だわ……。」

 「そうすると私達が納得した話のいくつかは、
  シロウの予想だったという事ですか?」

 「危ないわ……。
  士郎に任せる事は、車の運転を知らない人に
  運転させるようなものだわ。」

 「つまり、たまたま車が動いていただけという事か。」

 「でも、わたし達に選択の余地はないんですよね?」

 「ええ、これからも、この危ない運転手の車に乗り続けるしかないのよ。
  予防策にヘルメットとシートベルトをしてね。」


 他の皆に混じって、キャスターも感想を漏らす。


 「最悪だわ……。
  何か、戦う以前にこの坊やに対する共通認識を持たされたわ。
  仲間的な……。」

 「予想通りだな。
  脱力させる事でセイバー達との仲間意識を芽生えさせる。
  キャスター、これで手を貸し易くなっただろ?」

 「ええ、貴方以外とは……。」

 「まあ、話の流れからするとキャスターも
  人手が欲しかったところだし。
  7人中6人のサーヴァントが徒党を組めば、
  聖杯戦争も直ぐに終わらず新たなシステムを作れる。
  万々歳の一件落着だな。」

 「シロウ、落着していません。
  システムを作るのに魔力が必要なら、
  今後もガス漏れ事故が起きます。」

 「じゃあさ。
  狭く深くじゃなくて広く浅く取ろう。
  キャスター、そういう魔術に替えてくれないか?」

 「まだ、仲間になると返事を返していないんだけど……。」

 「シロウ!
  何の罪のない人々から魔力を奪うなど!」

 「いいんだよ。
  人間、無駄なエネルギーを残しているんだから、
  必要ない消費出来ないエネルギーを奪う分には
  余計なカロリー消費して、逆に喜ばれるって。」

 (いいわね……それ。)

 (姉さん……羨ましそうな顔をしないでください。)

 「貴方、何で、私より悪どいのよ?」

 「セイバーも納得したし、頼まれてくれないか?」

 「納得してません!」


 セイバーのツッコミを面倒臭そうに受け流しながら、答えを中々返さないキャスターに士郎は、急かしに掛かる。


 「あんまり、我が侭言うとマスター襲っちゃうぞ?」

 「キャスターを脅さないでください!」

 「宗一郎様には、指一本触れさせないわ!」

 「「ん?」」
  ・
  ・
  宗一郎様?」


 セイバー達が固まる。


 「な、何よ?」

 「ま、ま、まさか……。
  キャスター、貴方は、自分のマスターに
  恋愛感情を抱いているという事はないですよね?」


 キャスターが、無言で赤くなる。


 「嘘!? イリヤの予想通り!?」

 (しまったな……。
  これで、本当にセイバーとライダーは使い物にならん。
  交渉の切り札が減った。)

 「いけない!?
  マスターに恋をしちゃいけないの!?」

 「いいえ、するべきです!」

 「え?」

 「そうです!
  あなたは、幸せにならなければいけない!」

 「は?」


 セイバーとライダーが、キャスターを力強く応援する。


 「シロウ!
  是が非にも、システムを完成させるのです!」

 (魔力供給の件は?)

 「安心してください、キャスター。
  士郎は、私達が説き伏せ協力させます!」

 「何これ?
  ・
  ・
  坊や、一体この二人に何を吹き込んだのよ?」

 「大した事は、言っていないんだけど……。
  ・
  ・
  かくかくしかじか。
  ・
  ・
  みたいな事を言ったら、無性にキャスターに同情してしまって。」

 (私の逸話をそういう形で捻じ曲げるのは珍しいわね……。
  ・
  ・
  しかし、面白い発想をする坊やだわ。
  常人の考えないような事を思い付いている。
  それに優秀な助手も手に入りそうだし……損はないわね。)


 キャスターは、軽く微笑むと士郎に話し掛ける。


 「いいわ、その話に乗ってあげる。」

 「ありがとう。」


 セイバーとライダーが納得の表情をする。
 士郎は、それを微妙な表情で見る。
 そして、再度、キャスターに向き直る。


 「ところで……。」

 「何かしら?」

 「そのフードの下が見たいんだけど?」


 キャスターのグーが、士郎に炸裂する。


 「この下の素顔を見ていいのは、宗一郎様だけよ!」


 本堂には、溜息が漏れる。
 しかし、これによりキャスターの協力を得られるようになった。



[7779] 第63話 新たな可能性
Name: 熊雑草◆890a69a1 ID:9b88eec9
Date: 2010/08/27 00:37
 == Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==



 痩躯の男がキャスターの隣に立つ。
 キャスターは、その男をマスターだと伝えた。


 「…………。」

 「宗一郎様って……葛木先生なのか。」

 「これは……きついわね。
  わたし達の学校の教師なんて。」

 「そ、そうですね。」


 痩躯の男が口を開く。


 「衛宮、遠坂、間桐……お前達もマスターなのか。」

 「え~……まあ、はい。」

 「宗一郎様。
  申し訳ありません。
  私の意見を勝手に変えてしまい……。」

 「構わん。
  キャスターの好きにするといい。」

 「ありがとうございます。」


 士郎は、首を傾げる。
 キャスターと葛木という先生の接点が思い浮かばない。


 「キャスター……。
  二人のなりそめを教えてくれ。」

 「やだ! 坊やったら!」


 キャスターのグーが、士郎に炸裂する。
 凛と桜は、呆然とする。
 殴るべきところなのかと。



  第63話 新たな可能性



 話を伺うと葛木には、理由が見当たらない。
 キャスターを助けたのも気まぐれなら、手伝っているのも気まぐれのような気がする。
 凛は頭を抱え、桜にそっと耳打ちする。


 「分かる?
  何で、キャスターが葛木先生に惚れたか?」

 「正直、分かりません。」


 続いて凛は、イリヤに聞いてみる。


 「…………。」

 「お子様には、分からないか。」

 「失礼ね!」

 「じゃあ、分かるの?」

 「それは……。
  やさしそうだから?」

 「あんた、葛木先生が
  そういうタイプに見えるわけ?」

 「バーサーカーも、静かだけどやさしいし。」

 「バーサーカーはしゃべれないし、
  イリヤの制御下でしょ……。」


 諦めの悪い凛は、続いてサーヴァントに振る。


 「遂に我々ですか。」

 「そ、分かる?」

 「見た目は、物静かな夫に尽くす女房というところなのですが。」

 「なるほど。」

 「しかし、そういう場合は、お見合いを連想させます。」

 「セイバー……。
  何処で得た知識なのよ?」

 「はあ、古き良き日本の文化ですが。
  常に夫の3歩後ろを歩くような。
  ・
  ・
  そんな話を時代劇で……。」

 「時代劇って……。」


 凛は、アーチャーに視線を移す。


 「私は、分からんぞ。」

 「そうよね。」

 (何かそれはそれで、ムカツクな。)


 凛は、士郎に目を向ける。


 (聞いちゃいけない気がする。)


 桜達が、凛の行動を見守る。


 (聞くしかない……わよね。
  流れからして……。
  大丈夫!
  覚悟よ!
  分かっていれば耐えられるわ!)

 「分からないわよね?」

 「いや、分かるが。」

 「分からないわよね!」

 「分かるけど?」

 「『分からない』って、言いなさいよ!」

 「横暴だな……。
  お前こそ、聞きたくないなら聞くなよ。」

 「リン……それは、あまりに酷いのでは?」

 「だって……。」

 「私だって、気持ちは分かります。
  また、場を壊すのですから……。
  ・
  ・
  しかし、流れは大事です。
  そして、貴女が悪くなくても、
  貴女が悪くなってしまう事もあります。
  ・
  ・
  安心してください。
  どんな結果になっても、貴女を責める人はいません。」

 「セイバー!」


 セイバーの胸で凛が泣き濡れる。


 (なんなんだ……この扱いは……。
  俺に味方は居ないのか?)


 凛は、暫くしてセイバーから離れると、仕方なさそうな目で士郎を見ると溜息をつく。


 「士郎、仕方ないから聞いてあげるわ。」

 「これってさ……。
  軽いトラウマになるぐらいの虐めじゃないか?
  桜が周りからこういう事を言われたら、泣くんじゃない?」

 「わたしは、結構慣れてますから……。」

 (ああ……そういえば、そいうキャラ設定だった。
  明るくなったのは、家来てからだった。)

 「桜……今の本当?
  やったのは、誰?
  わたしが、慎二と同じ目に合わせるわ!」

 「凛、及ばずながら、私も力を貸します。」


 桜の事になり、ライダーも割って入る。


 (そういえば、慎二の進退を聞いていなかった。)

 「遠坂、忘れてたんだけど、
  頼んだ慎二への制裁は、何をしたんだ?」

 「両手両足を粉砕しただけよ!」

 「粉砕? どういう事?」

 「両手両足の間接という間接を破壊したの!」

 「流石です、凛。」

 「…………。」

 「桜、言っちゃいけない。
  友達が、この街から居なくなっちゃう上に
  遠坂とライダーが警察に捕まる。」

 「……分かりました。」


 凛とライダーの勢いに士郎と桜は項垂れる。


 「ところで、シロウ。
  さっきから、キャスターが答えを待っていますが?」

 「ん?」


 キャスターの後ろに黒いオーラが見える。
 オーラは、『散々無視してふざけた事を言ったら、ぶっ飛ばす』と言っている。


 (俺のせいじゃないのに……。)

 「で、何が分かるのよ。」

 (ここで、質問するか……遠坂よ。
  ・
  ・
  とっておきのボケをかますタイミングがなくなってしまった。
  ここでボケたら、間違いなく殺される。
  仕方ない……真実を捏造するか。)

 「セイバー、遠坂、桜、ライダー、イリヤ、お前達と同じだ。」

 「「「「「?」」」」」

 「一人でよかったんだ……分かってくれる人が。
  ・
  ・
  セイバー。
  藤ねえがセイバーの努力を理解してくれた時、嬉しかっただろ?」

 「はい。
  私を真正面から受け止めてくれる人は居ませんでしたから。」

 「遠坂、桜、ライダー。
  姉妹同士が分かり合う事。
  主従同士で分かり合う事。
  今、感じている信じ合う事の大事さや嬉しさは?」

 「それは……言葉では言い表せないわ。」

 「はい。
  長年、願っていた事ですから。
  そして、ライダーが、どれだけ頑張ってくれた事かも。」

 「私は、凛と桜が手を取り合って笑った事が忘れられません。」

 「イリヤ、バーサーカーはやさしいだろ?」

 「うん。」

 「それは、イリヤが支配しているからだけじゃないんだ。」

 「本当?」

 「本当だ。
  バーサーカーは、分かっているよ。
  戦い方から、気持ちが伝わる。」

 「士郎……。」

 「もちろん、俺とも分かり合ってる。」

 「うん!」

 「キャスターの逸話を聞けば分かって来る。
  メディアは、信じたかったんだ。
  そして、信じて欲しかった。
  ・
  ・
  葛木先生は、嘘をつかない。
  その真摯的な態度は、学校の皆が知ってるじゃないか。
  上級生になるほど、先生に対しての質問や意見が多くなっている。
  それは、質問や意見に対して、先生が偽りなく答えてくれるからだ。
  ・
  ・
  葛木先生は、メディアの一番欲しかったものを無意識で与えていたんだよ。」

 「…………。」


 士郎の言葉に、皆、心を打たれる。
 士郎は、キャスターを見る。
 キャスターは、涙を拭っている。


 (な、なんとか……乗り切った。
  これが正解だよな!?)


 しかし、ピンチは、まだ続く。


 「衛宮、勘違いをしている。」

 (はい?
  なぜ、葛木先生から意見が?)

 「私は、お前が思っているような男ではない。
  生徒に関して言えば聞かれたから答えたまでだ。
  キャスターに関しても、望みをただ受け入れただけだ。
  本来の私は、自分の意見を持ち合わせていない。」


 キャスターが、少し肩を落とす。
 しかし、顔は、それでも十分だと言っている。
 一方、セイバー達の視線は、葛木を許さないと言っている。


 (葛木先生……。
  なんて事を言うんだ。
  俺に新たなピンチを招かんでください!
  ・
  ・
  なんとかしなければ……。
  なんとかしなければ…。
  なんとかしなければ!)


 士郎は、セイバー達の不信感を背中に感じながら会話を続ける。


 「葛木先生も、人とは違う人生を歩まれたように感じますが?」

 (ダメだ……葛木先生の情報を引き出さないとフォロー出来ない。
  YESかNOかだけでも、手に入れなければ!)

 「ああ、その通りだ。」

 (それだけ!?
  本当に、YESかNOだけ!?
  何かしてたとかは!?
  ・
  ・
  なんとかしなければ!
  頭をフル回転させろ!)

 「先生の人生ですから、これ以上は聞きません。
  ・
  ・
 (本当は、直ぐにでも聞きたいが。)
  ・
  ・
  でも、俺が、今、言った感じ方は嘘じゃありません。
  そして、先生が、ただ受け入れた事も真摯に受け止めていると感じました。
  ・
  ・
  だから、もしキャスターの意見を受け入れたなら、
  彼女の気持ちを考えて行動をして貰えないでしょうか?」

 「ふむ。
  キャスターの気持ちか……。
  何処まで出来るか分からんが。」

 「少しずつでいいと思います。
  人生の伴侶を得てから、理解する事もあると思います。
  それに先生は、キャスターに、もう与えてしまいましたから、
  男だったら責任を取るべきだと思います。」

 「そうか……。」


 葛木の言葉を聞いて、キャスターは、不安そうに葛木を見ている。
 葛木が、キャスターに向き直る。


 「私は、責任を取らねばいけないようだ。
  そして、何も知らない男だ。
  それでも衛宮の言った事は、何故か胸に残る。
  こんな男だが、残りの責任を果たさせて貰えないか。」


 キャスターは、深く頭を下げる。


 「宗一郎様……。
  不束者ですが、お願い致します。」


 本堂は、静寂に包まれている。


 (しまった……。
  夫婦の契りをさせてしまった……。
  ・
  ・
  何をやってるんだーーーっ! 俺は!?)


 士郎は、一人で頭を抱える。
 頭を抱える士郎に凛が話し掛ける。


 「誤解していたわ。
  士郎が、一番、皆の事を分かっていたわ。」

 「…………。」

 「ええ、私は、貴方がマスターでよかった。
  我々の事をここまで思っていてくれたとは、
  思いもしませんでした。」

 「…………。」

 「士郎! 皆で頑張ってシステム作ろうね!」

 (ああ……失敗出来ないね。
  多分、サーヴァントのまま結婚なんて出来ないから。
  根源への道を繋げないとどうにもならない……。
  ・
  ・
  終わった……。
  最後の最後で、取り返しのつかない事をしてしまった。)


 冷静に蚊帳の外から見ていたアーチャーだけが気付いた。


 (自爆したな……。
  嘘が嘘を呼んで取り返しがつかなくなったのだろう。)


 …


 その後、葛木は、病院を訪問してから学校にて残務処理という事になった。
 ほとんどの生徒と先生が入院してしまった学校で動ける先生は少ないためだった。
 一人で山門を潜って行く葛木を見て、凛が質問する。


 「一人で行かせていいの?」

 「ええ、いざとなれば空間転移するから。」

 「キャスターって、そんな事も出来るのね。
  神代の魔術師か……弟子入りしようかな。」

 「お断りよ。
  そんな無駄な時間。」

 「葛木先生との甘い時間がいいものね。」


 キャスターは、照れながらくねくねと嬉しそうに悶えている。


 (嫌味も通じないわね……。)

 「フードつけて悶えるなよ……気持ち悪い。」


 キャスターのグーが、士郎に炸裂する。


 「お黙り! 坊や!」

 (扱いづらい奴だ……。)


 イリヤが溜息をついて話を進める。


 「それで、これからどうするの?
  わたし達、なんの意識合わせも出来てないんだけど。」

 「優秀なブレインが居るんだから指揮って貰おう。
  キャスターさん、お願いします。」

 「仕方ないわね。
  ついてらっしゃい。」

 「どこ行くんだ?」

 「話すのも面倒だから、私の成果を先に見せるわ。」


 キャスターは本堂を抜け、先に歩き出す。
 それに合わせて士郎達が続いて本堂を後にする。


 …


 山門を抜け、階段の途中で脇道に反れる。
 キャスターは、奥の巨石を指差した後、姿を消した。


 「なんか歪んだ……。」

 「キャスターの能力でしょうね。
  行くわよ。」

 「男らしいな、遠坂は。」


 凛のグーが、士郎に炸裂する。


 「褒めたのに……。」

 「言葉を選べ!」


 一同は、巨石からの空間を通りキャスターを追う。


 「何これ!?」

 「神殿です!」

 「小さな町ぐらいあるな。」


 イリヤが周りを見回す。
 そして、感嘆の言葉を漏らす。


 「キャスターの能力……陣地作成能力ね。
  でも、ここまでのものって……。」

 「これって、キャスターが作ったのか?」

 「そうよ。」

 「凄いな~。
  もう、いつでもホームレス生活出来るじゃん。」

 「士郎……。
  そんな無駄な使い方しないでよ。
  そもそも、柳洞寺にしか神殿は作れないわ。」

 「なんでさ?」

 「魔力を集める拠点が必要だから。
  想像出来るでしょ?
  これだけの空間に街を再現する神殿を作るんだから、
  霊脈を使って魔力を大量に確保しないと。」

 「ふ……。
  魔力なんて分からんから、想像出来ないさ。」

 「……大馬鹿。」


 キャスターに続いて長い道を歩き、大きな神殿の前まで辿り着く。


 「ここで例の根源への道を作る装置を作っているのよ。」


 士郎達が、神殿を覗くと地下に磨かれた円形の巨大な石が見える。
 その石には、図形が刻まれている。


 「イリヤ、この図形……。」

 「ええ、古文書の図形に似てるわ。」

 「どうやら、本当に紐解いていたようね。」

 「ところでさ。
  キャスターは、これ作ってどうする気なんだ?」

 「私は、受肉して宗一郎様と居るつもりだったわ。」

 「ただ居るだけでいいのですか?」


 セイバーは驚いているが、キャスターは微笑んでいる。


 「ええ、一緒に居るだけでいいわ。
  そのためには、サーヴァントで在り続けないといけないから。」

 「どういう事だ?」

 「聖杯戦争が終われば、私達は、座に戻らなければいけない。
  あの忌まわしい契約の鎖に繋がれた……。」

 「しかし、今回の聖杯戦争の召喚がなければ、
  私達は、シロウに会う事も、それぞれのマスターに会う事もなかった。
  私は、世界に感謝しています。」

 「セイバー……。
  貴女、契約の事を……いえ、何でもないわ。
  確かに、そこは感謝しているわ。」


 キャスターは、言葉を遮ったが、士郎は、直ぐに思い当たった。
 アーチャーと話した夜の事を。


 (セイバー自身は、気付いていないのか?
  いや、気にしていないんだろうな。
  ・
  ・
  キャスターの話し方から、キャスターは気付いている。
  ライダーは……ポーカーフェイスで読めないな。
  ・
  ・
  それにしても、アイツは、どこまでお人好しなんだ?)


 士郎は、騙されたと思っていないセイバーに苛立つが、自分自身では、苛立っている事に気付かなかった。
 士郎は、とりあえず、その話は置いてキャスターに質問をする。


 「キャスター、ここで根源への道を開くつもりだったのか?」

 「そうよ。」

 「…………。」


 士郎は、顎に手を当て考え込む。
 凛は、士郎に質問する。


 「何か気になる事でもあるの?」

 「ここで根源への道を開くのは、拙いかもしれないな。」

 「どうしてよ?」

 「根源への道を奪われないか?」

 「は? 誰によ?」

 「ここで根源への道を開くと、当然、世界中の魔術師に分かるよな?」

 「莫大な魔力が流れ出るから仕方ないわ。」

 「それを奪いに来ないか?
  魔術協会ってのが。」

 「奪いに来たって平気よ。
  無限に近い魔力があるんですもの。」

 「でもさ。
  キャスターは、魔法使いじゃなくて魔術師なんだろ?
  魔術協会の奴らが、セイバーみたいな対魔力の強いサーヴァントで
  嗾けて来たら、どうするんだ?
  キャスターは殺されて、根源への道を奪われるんじゃないか?」

 「……否定出来ないわね。
  でも、ここ以外で根源への道は開けないわよ。」

 「そうか……。」


 士郎は、再び考え込んでしまった。


 「とりあえず、士郎は、放って置いて、
  今後の作業を決めましょう。」

 「ええ、それがいいわ。
  お嬢ちゃんは、イリヤでよかったかしら?」

 「イリヤスフィールよ。
  そう、呼んで。」

 「分かったわ、イリヤスフィール。
  貴女の持っている古文書や間桐の魔術書を拝見したいんだけど。」

 「協力関係にある以上、閲覧を許可しないといけないわね。
  凛、拠点を移した方がいいわ。」

 「士郎の家から、ここに?」

 「ええ。」

 「確かに……ここじゃないとダメね。」


 アーチャーが前に出る。


 「では、必要な物の運搬は、私がしよう。」

 「いえ、残ったサーヴァント全員で行いましょう。
  マスター達には、キャスターと今後の相談をして貰わなければ。」

 「了解した。
  キャスター、手頃な家を借り受けるぞ。」

 「ええ、構わないわ。」


 セイバーとライダーとアーチャーが、神殿を後にする。
 士郎は、まだ、考え込んでいる。


 「凛、あなたも古文書提供しなさいよね。」

 「わたしも?」

 「そうよ、1%でも可能性を上げるためなんだから。」

 「仕方ないか……。」

 「わたしは、役に立ちますかね?」


 桜は、不安そうに質問する。


 「役に立つはずよ。
  間桐の魔術は、水を基礎としているから、古文書には、その類の説明があるはずよ。
  その時は、桜の知識を貸して貰うわ。」

 「分かりました、姉さん。」

 「まずは、お譲ちゃん達の古文書から意識を合わせましょうか。
  このシステム作りは、結論を出してからにしましょう。」


 魔術師4人が、意思を一つにして頷く。
 その時、士郎が顔を上げる。


 「そうだ……。
  ここに作る必要なんてないんだ。
  ・
  ・
  キャスター、ちょっといいかな?」

 「何かしら?」

 「変な質問なんだけど、キャスターは、世界との契約切りたくないか?」

 「出来る事なら、切りたいわね。」

 「よし。
  ・
  ・
  契約の切り方知ってるか?」

 「ええ。
  でも、実現は無理よ。」

 「理由は?」


 キャスターは、懐から歪な短刀を取り出す。


 「破戒すべき全ての符……私の宝具、ルールブレーカーよ。
  これを突き立てれば契約を打ち消せるわ。
  だけど、私にルールブレーカーを突き立てる方法がないのよ。」

 「なるほど。
  材料は、揃っている訳だな。」

 「凛、これって……。」

 「間違いないわね。
  また、悪魔的な事を考え付いたのよ。」

 「また、ですか!?」

 「さっき言ったように
  ここだと安全じゃないってのは理解したよな?」

 「ええ。」

 「だからさ。
  別のところで根源への道を開こう。」

 「坊や、魔力の集められるところじゃないといけないのよ。」

 「分かってる。」

 「じゃあ、何処で開くのよ?」

 「座だ。」


 士郎の言葉に全員が絶句する。


 「士郎……頭、大丈夫?」

 「正気だ。」

 「何を根拠に、そんな事を言えるのかしら?」


 キャスターが溜息をつく。


 「多分、途中から説明すると混乱するから、
  一番最初の手順から話すぞ。」

 「ええ、聞いてあげるわ。」

 「まず、ランサーを仲間に引き込む。」

 「は?」

 「え?」

 「どうして?」

 「…………。」

 「そして、冬木の聖杯と聖杯戦争のシステムを破壊する。」

 (もう、意味が分かんないんだけど。)

 (士郎、何を考えてんだろう?)

 (衛宮先輩……分からないです。)

 「…………。」

 「さて、問題です。
  この行為をすると何が起きるでしょうか?」

 「何って……聖杯戦争がなくなるだけじゃない。」

 「それから?」

 「それだけよ。」

 「遠坂、冷静に考えろ。」

 「ムカつくわね。」

 「サーヴァントが座に帰るわ。」

 「そう。
  ただし、7人一編にな。」

 「…………。」


 キャスターは考えながら聞いているが、凛、イリヤ、桜の三人は、首を傾げている。


 「この座に戻るのを利用して根源への道を繋げるのが、
  聖杯戦争のシステムの一つだったはずだ。
  と、いう事は、座と根源への道は、近くにあると考えられる。」

 「…………。」

 「この座に帰るのを利用して、サーヴァント7人で根源への道を開く。」

 「「「「!!」」」」

 「どうやって、そんな事をするのよ!?」

 「まず、座とこっちとの間にキャスターの神殿を作る。
  そこがサーヴァント7人の拠点だ。」

 「そんな事、出来るの?」

 「小さくてもいいなら、出来ない事もないと思うけど……。」

 「規模は、関係ない。
  どうせ持久戦になるから、徐々に大きくすればいい。
  それに座には、魔力が溢れているんだろ?」

 「確かに英霊を確保するには、莫大な魔力が必要なはずだわ。
  そうか……世界が魔力を確保するとしたら、
  根源からと考える方が正しいのかも。」

 「そこで神殿を作ったら、今度は、こっちで作り上げた
  根源への道を作るシステムを使用する。」

 「そんなに直ぐには、出来ないわよ?」

 「この後ろの円石。
  これをアーチャーに投影して貰う。」

 「ちょ、ちょっと待った!
  アーチャーは、武器以外の投影は、精度が落ちるって言……。」

 「なら、円石を使わず巨大な剣に図形を描けばいい。」

 「巨大な剣なんて、どう用意するのよ!?」

 「イリヤのバーサーカーに作って貰う。」

 「バーサーカーに……。」

 「話を進めるぞ。
  神殿構築、システム構築、その後は、時間稼ぎだ。
  おそらく根源への道を開くには時間が掛かる。
  根源への距離と溢れる魔力から、
  時間は大分短縮されるが、数日は掛かるだろう。
  その間、敵から神殿を守らなくてはいけない。」

 「敵ですか?」

 「ああ、おそらく世界が契約の破棄を許さない。
  だから、英霊を神殿に送り込んで来るはずだ。
  そいつらと戦うんだ。」

 「無理よ! 数が違うわ!
  こっちは、キャスターを除いて6人よ!」

 「いや、アーチャーも神殿に居て貰う。」

 「じゃあ、5人じゃない!」

 「ただの5人じゃない。」

 「坊や、過大評価するのもいいけど根拠が薄いわ。」

 「烏合の衆と組織された小隊……どっちが強いと思う?
  サーヴァント6人には、組織戦の特訓をして貰う。」

 「な!?」

 「そして、アーチャーを控えさせているのにも理由がある。
  数日戦う以上、2回り以上すると思っている。」

 「2回り?」

 「やられた英霊が座に戻り、再び、戦闘に参加するはずだ。」

 「1回目の戦闘ではアーチャーに神殿からの後方支援を担当して貰う。
  2回目以降は、英霊の弱点となる宝具で狙い打って貰う。」

 「そうか。
  ランサーの武器を応用したアレね。」

 「後で、アーチャーの能力の詳細を教えなさい。」

 「分かった。
  これで、時間稼ぎもクリアだ。
  続いて神殿の無敵化と鍵を作る。」

 「坊や、無敵なんてありえないわ。」

 「神殿に人が居ればな。
  仕上げは永久機関による根源への道の制御だけだ。
  そして、神殿ごと時を止める。
  動いているのは、神殿内部の永久機関だけだ。」

 「時って……止められる訳ないじゃない!」

 「出来るはずだ。
  キャスターの空間転移。
  ヤマトのワープ航行では、時間軸を歪めて飛び越える。
  それが空間転移に応用されているなら、神殿の時間を止める事が出来るはずだ。
  スプリガンでは時の止まった物体は、傷つけられないと言っていた。」


 キャスターは、考え込むと頷く。


 「現世では無理でも、魔力の溢れる座なら出来るかもしれない。
  坊や、とりあえず、出来たものとして続けて。」

 「了解だ。
  永久機関の方は心配してない。
  魔術というものがそうらしいからな。
  聖杯戦争は、二百年続いていると言っている以上、
  魔術は、魔力さえ通っていれば消えないはずだから。」

 「周りは、魔力だらけだもんね。」

 「その通り。
  ・
  ・
  続いて鍵だ。
  これは、現世で根源への道を開くものだ。
  開けっ放しだとバレるけど、使う時だけ開けばバレないだろう。
  ただ、鍵は、想像だけで、どういうものが出来るかは考えていない。」

 「簡単に作れるわ。先に進めて。」

 「さすが、キャスター。
  さて、これで根源への道については終わった。
  後は、サーヴァント達の行く末だ。」

 「あの……。」

 「なんだ? 桜?」

 「サーヴァントさん達が戦う時の魔力供給は、どうするんですか?」

 「それか。考えなくていいぞ。
  俺達との契約が切れたら、世界との契約に戻るはずだ。
  魔力供給は、世界から来るはずだから。」

 「そうですか……分かりました。」

 「あ、そうだ。
  桜の言葉で思い出した。
  神殿作るのって、世界との契約が復活したの確認出来た後でな。」

 「ええ。」

 「では、あらためて。
  サーヴァントの行く末だが、まず、アーチャーの投影で
  ルールブレーカーとゲイボルグの合体版を作る。
  で、これを矢にして世界に打ち込む。7人分。
  これで世界との契約が切れるから、
  その後、キャスターが根源への道を開いて好きに決めてくれ。」

 「好きに?」

 「言い方が悪かった。
  こっちで皆の今後の希望を聞いて実現してくれ。
  キャスターなら、葛木先生と人生を歩みたいとかだ。」

 「宗一郎様と……。」

 「うん、生まれ変わってな。
  契約切れたし、これで万事めでたしめでたしだ。」


 キャスターは考え込み、凛達は、頭で必死に整理している。


 「衛宮先輩、本当に出来るんでしょうか?」

 「俺は、無責任な立場だからな。
  出来そうな事だけを言って、皆に考えて貰っている。」

 「でも、座に拠点を作るって、
  中々思い付かないのではないでしょうか?」

 「う~ん、俺も苦肉の策から搾り出したんだ。
  誰も手が出せなくて魔力のあるところって考えたら、
  あそこしか思い付かなかったんだ。」

 「確かに冬木の街に
  根源への道が開いているのは怖いですよね。」

 「うん。下手したら世界中の魔術師が集まって、
  冬木の街が魔術協会になりかねない。」

 「故郷がなくなっちゃうのは、辛いですものね。」


 士郎は、黙って頷く。
 そして、考えている凛、イリヤ、キャスターを余所に桜との会話を続ける。


 「そういえば、魔法使いって居るだろ?」

 「はい。」

 「彼らは、ちゃんとその辺の処理をしているよな。
  痕跡も迷惑も残さないんだから。」

 「そうですね。」

 「桜達が根源への道を開くなら、
  アフター・ケアもしっかりしないとな。」

 「出来るでしょうか?」

 「どうだろう?」

 「不安です。」

 「大丈夫、時間はあるんだから。
  ん? でも……時間掛かって学校始まったら、作業が遅れるな。
  ライダーに、また結界張って貰おうか?
  そうすれば、また休校だ。」

 「ダ、ダメです!」

 「じゃあ、しっかりしなきゃ。
  期待しているからさ。」

 「が、頑張ります。」


 桜と話している内に、キャスター達が結論を出したようだ。


 「神殿を作って根源への道を作るのは可能だと思うわ。
  問題は、サーヴァント同士の戦争よ。」

 「ええ、こればかりは避けて通れないはずだもの。」

 「問題もあるわ。
  わたしのバーサーカー。
  狂化が解けたバーサーカーが、すんなり味方になってくれるかよ。」

 「狂化は、今、解けないのか?」

 「クラスが固定されているから。
  それに本来、ヘラクレスは、
  バーサーカーとして呼び出される英霊じゃないわ。
  それを強制的に狂化して制御下に置いているから、
  狂化を解く事は出来ないわ。」

 「そっか。
  ・
  ・
 (アインツベルンは、積極的に裏技を使うな……。)
  ・
  ・
  バーサーカーの事は神殿を作ってから、
  キャスターと相談して貰うしかないかな?」

 「何で、私に相談なのよ?」

 「だって、狂化しているバーサーカーに行く末聞けないじゃん。
  結局、最後は、キャスターと話さないと。
  一緒で、いいじゃん。聞くのは。」

 「……目敏いわね、貴方。」

 「まずは、ランサーだ。
  アイツを捕まえんと、どうにもならん。」

 「あんたさ……。
  アーチャーに試し打ちさせる時に、ランサーで実験しなかった?」

 「そんな事もあったな……。
  あの時、やっつけなくてよかった……。」

 (ランサーが聞いたら怒りそうだわ……。)

 「でも、どこに居るんだろう?」

 「あなた達、キャスターの能力を忘れてない?
  彼女の魔力感知能力は、冬木の街全体に広がっているわよ。」

 「もしかして、誰がマスターかも分かってる?」

 「分かっているわよ。」

 「「「お~~~。」」」

 「マスターは、仲間になってくれそうな奴なのか?」

 「ならないわね。
  ・
  ・
  赤い貴女。」

 「凛、って呼んでくれていいわ。」

 「マスターは、貴女の天敵よ。」

 「天……敵?
  もしかして!」

 「神父よ。」

 「あ~~~っ! やっぱり!」

 「誰?」

 「あんたにも話したでしょ!
  監督役よ! 聖杯戦争の!」

 「あ~、俺が断った。」

 「そうよ。」

 「変態と名高い。」

 「そうよ!」

 「じゃあ、やっつけちゃえばいいじゃん。
  使えなくなった作戦通りにライダー対ランサーをしている最中に、
  残りのサーヴァントでフルボッコにすれば。」

 「あんた、悪魔みたいな奴ね。」

 「ホント、魔術師が可愛く見えるわ。」

 「そこまでか?」


 各々、何度目かの溜息をついたところで、一息入れる事にした。


 「アイツら、早く戻って来ないかな……パリッ。」

 「あんた、何処から煎餅出したのよ。」

 「本堂から持って来た。」

 「図々しいわね。」

 「皆も食べるか?」

 「お茶も欲しいわね。」

 「緑茶でいいのか?」

 「紅茶がいいわ。」

 「貴女、そんなものを好んで飲むの?
  あんなものただの色水じゃない。」

 「……キャスターって、味覚障害者なのか?」


 キャスターのグーが、士郎に炸裂する。


 「違うわよ!
  貴方、言葉に気をつけなさい!」

 「俺は、言葉より先に出る拳を注意するべきだと思う。」


 寛いでしゃべっているところに、セイバー達が戻って来る。


 「必要そうなものは、持って来ました。
  ただ、シロウのものは、纏まっていませんでしたので、
  後ほど、取りに戻ってください。」

 「分かった。
  俺以外は、泊る用意して荷物持って来てるからな。
  ・
  ・
  あ、これお駄賃。
  セイバーのために取っといた。」

 「ありがとうございます。」

 (嘘じゃない……。
  さっき、皆で食べようって出したヤツだし。
  外見の袋空いてるし。
  ・
  ・
  セイバー信じ過ぎ……。)


 セイバーは、さっそく一枚口に加える。


 「イリヤの荷物は、大変だったろう?」

 「途中、セラというメイドに会いました。
  既に内装も済んでいます。」

 「やっぱり、凄いな……セラ。
  あれ、イリヤの宝具なんじゃないの?」

 「坊や、寛いでていいの?」

 「ああ、さっきの話?
  キャスターがしてくれないかな?
  俺のは、勝手な予想だろ?
  専門家の予測を入れて説明してくれると分かり易い。
  ・
  ・
  あと、イリヤと遠坂と桜。
  御三家の代表として、フォロー頼む。」

 「分かったわ。」

 「仕方ないわね。」

 「出来る範囲で、がんばります。」


 その後、キャスターの説明により、お使いに出されたサーヴァント達に説明が行われた。
 キャスターの知識により、主だったフォローを入れずに説明は滞りなく終了する。


  ・
  ・
  こんなところかしら?」

 「大胆な戦略だな。」

 「ええ、聖杯戦争のサーヴァント召喚のシステムを逆手に取るとは。」

 「シロウの匂いが、プンプンしますね。」

 「ええ、坊やの考えよ。
  ・
  ・
  ここからは、実行するかどうかの意思確認が必要だわ。
  立案した以上、坊やは賛成。
  他の人達の意思を確認したいんだけど。」

 「キャスター。
  貴女自信は、どうなのですか?
  まず、貴女の意見を聞きたい。
  正直、勝算があるかどうか判断し難い。」

 「私は、勝算がなくても乗るわよ。
  坊やの言った通り、根源への道を奪われて殺される確立の方が大きいから。
  根源への道の隠蔽も出来るなら、一石二鳥ですもの。
  それにサーヴァント同士の戦いは、
  私個人よりも貴方達の実力と連携に懸かっているわ。」

 「そうですか。」

 「私は、乗らせて貰う。
  世界との契約で戦うのも飽きて来たところだ。」

 「飽きて来たって……。」

 「いや、磨耗して来たが正しいか。
  繰り返される戦いより、次の生で確かめたい事が出来た。」

 「契約を切って転生希望って訳ね。」

 「ああ。」

 「私も、お願いします。」

 「ライダー。」

 「契約さえ切れれば、交える縁の可能性があります。
  私は、もう一度、望んでみたい。」


 キャスター、アーチャー、ライダーは、すんなりと答えを出した。
 続いて、セイバーが口を開く。


 「私は、お手伝いだけさせて貰います。
  世界との契約を切る事は出来ない。
  世界には、恩がある。」

 「馬鹿らしい。」

 「何がですか、シロウ!」

 「馬鹿らしいから、馬鹿らしいと言ってんだ。
  セイバーは、根っこの部分が全然変わってない。」

 「何故、そのような言い方をするのです!」

 「自分で考えな。
  俺、アサシンに聞いて来る。」


 士郎は、苛立ちながら立ち上がり、外へ向かう。


 「何だというのです! あの態度は!」


 サーヴァントであるものだけが理解していた。
 不条理な契約の真実を。
 だから、士郎が苛立つ事に反対は出来なかった。
 そして、英雄である事を貫いているセイバーに尊敬と複雑な感情が彼らの胸に残った。


 「お譲ちゃん達は?」


 キャスターの質問にイリヤが真っ先に答える。


 「やるわ。
  ただし、条件を付けさせて貰うわ。
  聖杯戦争のシステムを壊すのは、最後にして貰う。
  万が一、失敗したら聖杯を再び求めないといけないから。」

 「当然の答えだわ。」

 「聖杯戦争のシステムは、聖杯を壊せばいいはずよ。」

 「でも、エネルギーの溜まっていない聖杯は、
  姿を現さないんじゃなくて?」

 「大聖杯から、直接、聖杯だけを壊すわ。」

 「イリヤ! そんな事まで話していいの!?」

 「構わないわよ。
  サーヴァントは、聖杯戦争が終わったら消える運命ですもの。」

 「確かにそうだけど……。」

 「ところで、凛。
  あなたは、どうするの?」

 「わたし? 乗るわよ。
  アーチャーが望んでいる事だし。
  借りは返して置きたいわ。」

 「桜は?」

 「わたしも賛成です。
  ライダーの力にもなってあげたいし。
  冬木から、争いの種はなくしたいです。」

 「そう。
  じゃあ、反対者なしね。」

 「アサシンは?」

 「いいのよ。
  アサシンのものは、私のもの。
  私のものは、私のものなんだから。」

 「酷いジャイアニズムね。」

 「じゃあ、今後の展開。
  私とお譲ちゃん達は、システム作り。
  バーサーカーは、剣作り。
  残りは、ランサー確保。 いいわね?」


 皆が、一様に頷く。


 「そうなると綺礼との交渉は、士郎がやるのか……。
  不安が残るわ。」

 「どうせ、決裂するんでしょ?
  だったら、誰が言っても同じじゃない。」

 「それもそうか。」

 「え~と。
  士郎とセイバーとライダーとアーチャーが行くんだよね?」

 「ええ。」

 「サーヴァントが三人も居れば、絶対負けないと思うわ。」

 「勝ち負けじゃなくて、確保が目的よ。」

 「分かってるわよ。
  神父だけ殺せばいいんでしょ?」

 「それも、何処かずれてる。」


 本日は、これでお開きになった。
 拠点の移転による後始末やシステム改造の下準備に当てるために。
 ただ、士郎とセイバーのすれ違いが少し胸に残った。



[7779] 第64話 女同士の内緒話
Name: 熊雑草◆890a69a1 ID:9b88eec9
Date: 2010/08/27 00:37
 == Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==



 深夜、山門を通り抜け、お寺の賽銭箱に腰を下ろして少女が空を仰ぐ。
 何故、私の主は、私に対してだけ冷たいのかと。


 「まったく、シロウは!」


 今まで頭ごなしに馬鹿などと言われた事のないセイバーはお冠だった。
 暫く、ぼうっと星を眺めていると月に照らされた境内を影が過ぎる。
 長い髪が大きな影を作り、弥が上にも存在を主張させる。


 「どうしたのです、ライダー?」

 「あなたとお話がしたくて。
  英霊同士、話し合える機会というのは稀ですので。」

 「そうでしたね。
  別れも近そうですし、偶には月を見ながら、
  話に花を咲かせるのもいいでしょう。」


 二人は、場所を境内に移し、話をする事にした。



  第64話 女同士の内緒話



 ライダーが、セイバーにお茶の缶を渡す。
 冬の寒空の下、お茶は、体を軽く温めてくれる。
 セイバーとライダーは、手の中の缶で、ほっと息をつく。


 「温かいですね。」

 「ええ。」

 「それにしても、今回の聖杯戦争はおかしな事ばかりです。
  召喚の時から常軌を逸していました。」

 「フフ……。
  何度、思い返しても笑ってしまいます。」

 「ええ。
  シロウとは、喧嘩する事からが始まりでした。
  今思えば、あの召喚は、シロウのデタラメさのせいではないかと思います。」

 「不思議な人です。
  あれだけ好き勝手して、何故か今、サーヴァントが纏まっているのですから。」

 「納得がいきません。」


 セイバーは、お茶を少し啜る。


 「しかし、シロウが、一番本質を分かっている気もします。」

 「そうですね。
  感情で動いているのでしょうが……それが羨ましい。
  中々、出来ない事ですから。」

 「しかし、尊敬と落胆の落差が大きくて、
  毎回、崖から飛び降りているような気分にさせられる。」

 「あれさえなければ……ですね。」


 ライダーが、お茶を啜る。


 「しかし、我々、サーヴァントに礼儀を持って接してくれているのも確かです。
  不条理には怒り。
  筋を通すところは通しています。
  ・
  ・
  それ以外は、ふざけていますが。」

 「ええ、ふざけてはいますが、
  私の事に関しても怒ってくれた。
  ・
  ・
  しかし、先ほどの事は納得出来ない。
  私は、シロウに引き合わせてくれた世界に感謝をしているというのに。」

 「…………。」


 ライダーが、お茶を啜る。


 「士郎の事です。
  理由があるのかもしれませんよ。」

 「理由……ですか?」

 「はい。
  彼は、無下にセイバーを傷つけるような事は言いません。
  あの言い回しに覚えがあるのではないですか?」


 セイバーは、出会って直ぐの喧嘩を思い出す。
 あの時は、怒鳴り合い、挙句の果てには手まで出された。
 しかし、あの時、士郎は答えを叫んでいた。


 「今回は、何も言ってくれませんでした。」

 「反省したのでしょう。
  『女の子には手をあげてはいけない』と。」

 「ただ、『根っこの部分が変わってない』と言われたのが胸に残るのです。
  正直、私は、自分が変わったと思っていましたから。」

 「それは、私もです。
  地が出ていますから。」

 「そうなのです。
  生前では、有り得ない事です。」


 セイバーとライダーが、お茶を啜る。


 「士郎が不愉快に思った事は、何なのでしょうね。」

 「それは……世界との契約でしょう。
  何がいけないのか……。」


 セイバーは、夜空を仰ぐ。
 ライダーは、セイバーが純粋であるのが少し羨ましかった。
 しかし、それ故、士郎の気持ちに気付けないのだとも悟った。


 「キーワードは、出ていますね。
  では、何故、契約したのかを考え直すといいかもしれません。」

 「契約の切っ掛けですか?」

 「ええ、分からない時は、最初に戻るのが捜査の基本です。」

 「…………。」

 「時間はあるようで短い。
  システム完成までの時間しかありません。
  ・
  ・
  もう一度、考えてみてください。」

 「そうします。」

 「では、そろそろ戻りませんか?」

 「はい。
  お茶も丁度なくなりました。」


 セイバーとライダーは、境内を後にした。



[7779] 第65話 教会という名の魔城①
Name: 熊雑草◆890a69a1 ID:9b88eec9
Date: 2010/08/27 00:37
 == Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==



 翌日から、新たな目標に向けて動き出す。
 キャスターをリーダーにして、凛とイリヤと桜が新たなシステム作りを開始した。
 初日から数日は、御三家の古文書解析が主になる。
 その直ぐ近くでは、音声遮断の結界に守られた鍛冶場で、バーサーカーが剣を打っていた。
 剣など打った事のないイリヤは、セラとリズを呼び出して一緒に剣作成の手伝いをして貰っている。
 システム作りをしながら、バーサーカーを制御する。
 イリヤは、器用にそれをこなしている。

 一方、ランサー捕獲部隊。
 士郎、セイバー、ライダー、アーチャーは、言峰綺礼神父の居る教会へと向かっていた。



  第65話 教会という名の魔城①



 坂を上ると立派な教会が姿を現して来る。
 ある意味イメージ通りだが、ここは本当に日本なのかという疑問が頭に浮かぶ。


 「へ~、凄いもんだな。
  無宗教だから、こんなものがあるのを知らなかったよ。」

 「…………。」

 「なんか言ってくれよ。
  独り言言ってるみたいで変じゃないか。」

 「…………。」

 「霊体化やめてくんない?」

 「…………。」

 「令呪使ってやるー!」


 セイバーのグーが、士郎に炸裂する。


 「何をトチ狂っているのです!」

 「俺、無視されるの嫌いなんだ。」

 「子供じゃあるまいし。」


 セイバーに続いて、ライダーとアーチャーが現界する。


 「ああ! 眼鏡は!」

 「眼鏡を掛けては戦えません。」

 「どう思う? アーチャー?」

 「至極、当然の答えだな。」

 「裏切り者め!」


 士郎は、いきなり左手を高く掲げると右手を添える。


 「士郎、何をしているのですか?」

 「俺とセイバーの間で、このポーズをしたら霊体化する決まりにしてるんだ。
  条件反射で攻撃避けれるように。」

 「セイバーは、霊体化していませんが?」

 「……ありましたね……そういう設定……。」

 「全然、条件反射出来ていませんね。」

 「やる気がないんだよ、セイバー。」


 セイバーのグーが、士郎に炸裂する。


 「貴方も、口だけで練習していなかったでしょう!」

 「いやさ、ランサーの宝具が発動したら有効かと思って。」

 「貴様、英霊同士の戦いに逃げろと言うのか?」

 「セイバー、言ってやりなさい。」


 セイバーは、渋い顔をしながら説明を始める。


 「私も納得はしていないのですが……。
  攻撃を躱すのに霊体化するのは、聖杯戦争の基本らしいのです。」

 「基本だと?」

 「はい。
  私達は、生前の戦い方に固執して、
  英霊らしくない戦い方らしいのです。
  ・
  ・
  簡単に言うと霊体化したり現界したりを繰り返し、
  攻撃を避けたり不意打ちをするのが当然だという事です。」


 ライダーは、なるほどと納得して頷く。


 「それでは、全員アサシンみたいではないか。」

 「お前らが、おかしいんだよ。
  勝ち負けだけに拘るなら、そうなるだろ?
  なんだかんだで、お前ら自慢したいんだよ。
  『俺って、こんなに強いんだぜ』みたいな。
  マスターにしてみれば、
  『私、こんな英霊持ってますの! ホホホ!』みたいな感じで。」

 「……頭に来るな。」

 「まあ、実現出来ないのは身に染みて分かったよ。
  そんな事する英霊もマスターも居ないってな。」

 「おや? どうしたのですか?」

 「結局、プライドがないと戦えないんだろ?
  命懸ける以上、そこは暗黙のルールなんだ。」

 「アサシンは、どうなるんだ?」

 「アサシンは、そういうスタイルを貫き通す事にプライドを持っている。
  そのスタイルを捨てるんだったら、アサシンなんてクラスはいらない。」

 「それもそうだな。」

 「たださ、今回、一人も欠けちゃいけないから、
  最悪、自分から霊体化して避けてくれって事だ。」

 「プライドは、どうする?」

 「さっきみたいに令呪使ったフリするから、
  俺のせいにして霊体化してくれないかな。」


 ライダーが、クスリと笑う。


 「フフフ……そう言われては仕方ありませんね。
  私は、堂々と霊体化させて貰います。」

 「悪いが、私は、あくまで自分のスタイルを貫かせて貰う。」

 「私は、この覇王剣を試し斬りしてみます。」

 「「それは、ダメだ!」」


 珍しく士郎とアーチャーが声を合わせる。


 「君は、何を考えているんだ!?」

 「宝具発動されたら、武器を切り替えて避ける事に専念しろ!」

 「しかし、試してみたいではないですか。」

 「子供じゃあるまいし。」

 (この主従、変なところが似てるな……。)


 一悶着の後、士郎達は、教会へと足を踏み入れた。


 …


 礼拝堂に入る。
 ちなみにセイバー達は、霊体化をしている。
 士郎は、キョロキョロと周りを見回す。


 「こんなんなってんだ。教会って。
  ・
  ・
  ところでさ。」

 「何ですか?」


 セイバーが、霊体化したまま答える。


 「呼び鈴って、どこだろう?」

 「…………。」

 「教会の入り方って、これであってるのか?
  でも、正面玄関だから間違いないよな。」

 「シロウ、相手は、ランサーのマスターです。
  気を引き締めてください。」

 「気は引き締めるけど、話し合いが最初だろ?」


 士郎とセイバーの声が礼拝堂に響く中で、カツンカツンと足音が近づいて来る。
 神父の登場である。


 「今頃になって現れたか、7人目のマスターよ。
  私は、この教会を任されている言峰綺麗という者だが。
  君の名は、何というのかな?」

 「衛宮士郎だ。
  ・
  ・
  っていうか、遠坂に電話貰ってるはずだよな?」

 「直接、聞きたかったまでだ。
  凛の言葉だけでは信じられんのでな。」

 「信用ないな遠坂の奴……。
  なんで『凛』って、名前呼びなんだ?」

 「ふ……十年来の腐れ縁というヤツでな。」

 「愛人とおじ様みたいな?
  いけないな……援助交際は……。」

 「違う!
  ・
  ・
  一体、用件は何なのだ?」


 士郎は、一息ついて本題を切り出す。


 「手を組まないか?」

 「馬鹿らしい。
  己が手で望みを叶える気がないなら、
  マスターなど辞めてしまう事だ。」


 士郎の提案は、即、切り捨てられる。


 「用件を言った方が早そうだ。
  アンタのランサーを欲しいんだ。」

 「力ずくで奪うのだな。」

 (やっぱり、コイツとは話し合いにならんか……。
  遠坂の予想通りだな。
  理由ぐらい聞いてもいいと思うんだけど。)

 「ここで暴れてもいいのか?」

 「監督役の拠点が壊れれば、容易に予想もつくだろう。」

 「じゃあ、場所を変えよう。」

 「人目もある。
  今日の零時に、そこの外人墓地に来い。」

 「罠とか仕掛けてあるんじゃないだろうな。」

 「そんな無粋な事はしない。」

 「俺はするぞ。」

 「好きなだけするがいい。
  それがマスターの戦いというものだ。」

 「話は、終わりだ。じゃあな。」


 士郎は、今までにないぐらいの早さで話を切り上げると教会を後にした。


 …


 教会から少し離れた縁石の上に腰を下ろし、士郎は、額を押さえる。


 「ダメだ。
  全然、話に乗って来ない。」

 「珍しいですね。
  シロウが、そそくさと撤退するなど。」

 「アイツ、手を組む気なんか更々ないんだよ。」

 「確かにそうですね。」

 「大体さ。
  なんで、監督役のアイツがマスターやってるんだよ?
  マスターやるなら、他の人間を監督役に宛がうべきだろ。」


 士郎の意見にライダーが、自分の見解を話す。


 「士郎の言っている事は正論です。
  あの神父は、何処かおかしい。
  私は、それ以外にも気になる事があります。」

 「どういう事が気になるんだ?」

 「全てを受け入れ過ぎているように感じます。
  適切な表現が見当たらないのですが、
  ランサーを所持している事を指摘されても、何の異も唱えませんでした。
  普通は、相手を警戒したり、情報源を聞き返したりしませんか?
  あの神父は、ランサーを所持している事を受け入れて話を進めていました。」

 「ライダーの意見も、尤もだな。
  他には、何かあるか?」

 「余裕があり過ぎる事だ。」


 今度は、アーチャーが指摘する。


 「余裕?」

 「小僧は、魔術師ではないから仕方がないが、
  神父は、間違いなく魔術師だ。
  その神父が、サーヴァント三人の接近に気付いていない訳がない。
  ただでさえ、手強いサーヴァントを前にあの余裕はおかしい。」

 「すると、あの神父は、他にも隠し玉を持っていると?」

 「考えられるな。」

 「でも、残ったサーヴァントは、ランサーだけだろ?
  ランサー一体を令呪で瞬間的に強化しても、
  まだ、こっちに分があると思うんだけど?」

 「では、シロウの様に嘘をついているのでは?」

 「う~ん、嘘をつく理由がないな。
  だってさ、『手を組もう』って言ってるんだから、
  そのまま、手を組めばいいじゃん。」


 暫しの沈黙が辺りを支配する。
 誰もが考えを纏め切れない。


 「少しずつ攻めてみよう。
  問題になっているのは、
  『監督役の神父がマスターやってる事』
  『受け入れ過ぎている事』
  『余裕があり過ぎる事』
  これで、いいかな?」


 セイバー達が頷く。


 「じゃあ、順番通りに『監督役の神父がマスターやってる事』についてだ。
  なぜ、代行者が来ないのか?」

 「監督役である以上、マスターの数を減らして置けば、
  管理するのが容易になるからではないでしょうか?
  それにいざこざが起きた時にサーヴァントが居れば御しやすい。」

 「それなら、納得いく事がある。
  私との戦闘の際にランサーは、『下見だ』と言っていた。
  監督役の立場なら、マスターとサーヴァントを知って置く必要がある。」

 「管理運営のためか。
  漁夫の利という考え方もあるな。
  監督役を隠れ蓑にして、マスターが二人になるまで戦わない。」

 「士郎の考え方だと、あの神父は、戦う気があるという事になりますね。」

 「実際、零時に約束を取り付けてる。」

 「小僧、神父は、ワザと連絡を入れていないのではないか?」

 「そうです、シロウ。
  神父に動機は見えませんが、戦う意思は見て取れます。」

 「ええ、監督役というのは情報を集めるにも騙まし討ちするにも、
  最適な役柄と考えられます。」

 「分かった。
  じゃあ、
  『神父は、ワザと連絡せず、自己の有利のためにマスターをしている』
  と結論付けよう。」


 士郎は、忘れないように手頃な石を拾い上げ、ガリガリと道路に書き殴る。


 「次だな。
  『受け入れ過ぎている事』についてだ。」

 「ランサーの事を知られているのを認識していたのでは?」

 「俺も、それを一番に疑った。
  でも、ランサーは、アーチャーみたいに……と、と。」

 「遠見か?」

 「そう、遠見が出来ないから接近するしかない。
  それに俺達が得た情報は、キャスターからだ。
  キャスターのレーダーに引っ掛かっていれば、
  キャスターから指摘があるはずだ。」

 「そうなるとランサーのマスターであるという情報は、
  それほどの価値がなかったのではないでしょうか?」

 「それって、聖杯戦争の戦い方とかけ離れてないか?」

 「だからこそ、最後の議題『余裕があり過ぎる事』に
  繋がるのではないか?
  神父は、ランサー以外に何か勝てるカードを持っているのだろう。」

 「サーヴァント以外の勝てるカードって……。」

 「だが、そういう事だろう。」


 ライダーが、纏めに入る。


 「つまり、『監督役の神父がマスターをやっている』のは、
  『ワザと連絡せず、自己の有利のためにマスターをしている』。
  そして、『受け入れ過ぎている』のは、
  既に『ランサーの役目が終わりを向かえ、情報価値を失っている』から。
  ・
  ・
  準備を終えている神父は、切り札を持っているため『余裕がある』。
  事は、神父の掌の中という事ですね。」

 「拙いな。相当の切り札を持っていると見た。」

 「それだけじゃない。
  ランサーの価値がないなら、
  神父は、いつでもランサーを切り捨てるぞ。」

 「どういう事ですか?」

 「俺達のランサーの重要性は知られていないが、
  神父は、令呪でランサーを楯にもするし、
  消滅させるような脅迫を俺達に出来るって事だ。」

 「我々の目的がバレるのは厳禁ですね。」

 「作戦を変更しよう。
  切り札を使われる前に神父を倒してしまおう。」

 「奇襲を掛けるのですか?」

 「今から戻ろう。」

 「しかし、教会を破壊しては……。」

 「破壊してもいい……。」

 「え?」


 士郎の目が座っている。


 「既に連絡入れないような細工をしてるんだ。
  暫く連絡がなくても怪しまれないに決まってる。
  それにここは遠坂の管理地だって言ってた。
  大暴れしても遠坂が揉み消す。」

 「貴様、凛に後始末をさせる気か!?」

 「させる。
  アイツが、今までドジなく管理出来たとは思えない。
  どこかで失敗を揉み消してるに違いない。」

 (凛には、うっかりがあるから……否定出来んな。)

 「ほ、本当にやるのですか!?」

 「やる。
  あの神父をフルボッコにしていい。
  ランサーの命が懸かっている以上、
  ゆっくりして相手に準備期間を与える必要はない!」


 セイバー達は、暫し考え込むが、結局は、士郎の意見に行き着く。


 「じゃあ、ランサーを救出に行こう!」


 戦うべき相手を救出しに行くという矛盾を抱えて、士郎達は、教会に引き返した。


 …


 教会の正面玄関手前10メートル。
 士郎は、天地神明の理と対話を開始して魔術回路を接続する。
 セイバーは、覇王剣を構える。
 ライダーは、鎖付きの杭を構える。
 アーチャーは、干将・莫耶を構える。


 「ここから、どうしますか?」

 「俺は、邪魔になるから、ここに残る。
  ライダーは、ランサーを足止め。
  セイバーとアーチャーで神父を叩きのめす。
  ただし、何が切り札か分からない。
  気を付けてくれ。
  ・
  ・
  そして、最後に……。」


 セイバー達が士郎を見る。


 「扉を蹴破る時は、『ダイナミック! エントリー!』と叫ぶ。」

 「…………。」


 ライダーとアーチャーのグーが、士郎に炸裂する。


 「シロウ……ガイ先生とアスカ、どちらのパターンで蹴破ればいいのでしょうか?」

 「「やるな!」」


 ライダーとアーチャーから、セイバーにツッコミが入る。
 セイバーは、少し残念そうな顔をする。


 (やりたかったのですね……セイバー。)

 (小僧に毒されている……。)


 そして(しかし?)、10秒後、我慢し切れなかったセイバーが、『ダイナミック! エントリー!』を叫んで突入した。


 …


 蹴破った扉が四散して、礼拝堂に舞う。
 突然の奇襲、15分での約束反故、言峰の予想を完全に覆す。


 「何だと!?」


 言峰が油断した理由は三つ。
 ・マスターが、若い少年だった事。
 ・マスターが、名ばかりの魔術師でもない人間だった事。
 ・そして、彼の義父が正義の味方を目指した衛宮切嗣だと知っていた事。
 以上の事から、少年が平気で約束を反故にするとは考えなかった。

 奇襲を成功させ、三人のサーヴァントが言峰に迫る。
 アーチャーが、斬り掛かる直前、ランサーが現界する。
 その瞬間、ライダーの速度が限界まで上がる。
 そして、ランサーを押し切り壁をぶち破り、戦場を二手に分けた。

 押し切られながら、ランサーは、ニヤリと唇の端を吊り上げる。


 「失敗だったな。
  オマエからは、化け物の匂いがするぜ。」


 …


 礼拝堂では、仕切り直しの戦いが再開しようとする。
 その直後、セイバーの頭をチリッと何かの予感が過ぎる。


 「アーチャー、下がって!」


 セイバーとアーチャーが、後方に飛んだ地面には夥しい武器が突き刺さる。
 武器の雨は、更に降り注ぐ。
 広い礼拝堂が狭く感じるほどに武器が錯乱する。


 「お前らしくないな、言峰。
  雑種如きに後れを取るとは。
  ・
  ・
  ここでは、埃が舞って我の鎧が汚れる。
  出るぞ。」

 「予想外だったな。
  まさか、あの男の息子が、こんな手を使うとは。」


 黄金の騎士を先頭に神父が続き、爆散した礼拝堂を後にした。



[7779] 第66話 教会という名の魔城②
Name: 熊雑草◆890a69a1 ID:9b88eec9
Date: 2010/08/27 00:38
 == Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==



 教会の壁が砕け、ライダーとランサーが飛び出す。
 ライダーとランサーは、教会近くの外人墓地へと移動する。

 その数分後、礼拝堂が爆散する。
 セイバーとアーチャーが、教会から飛び出して来る。
 そして、巻き上がる埃が収まると黄金の騎士と言峰が姿を現した。


 「本日、出番なし……か?」


 士郎は、遠くからサーヴァント達の戦いを見守った。



  第66話 教会という名の魔城②



 ランサーは、ライダーの力に流されるまま場所を移動する。
 ライダーは、依然と笑みが消えないのを不気味に思った。


 「何処まで行くんだ?
  俺は、何処で戦ってもいいんだぜ?」

 「なら、もう少しお付き合いください。
  この先の外人墓地まで……。」

 「いいだろう。」

 (ランサーは、マスターの心配をしていない。
  やはり、切り札を持っているという事ですか。)


 ライダーとランサーは、場所を外人墓地まで移した。


 …


 教会の前では、対峙が始まっていた。
 黄金の騎士と言峰、セイバーとアーチャーが睨み合っている。
 黄金の騎士を見たセイバーは、目を見開き驚いている。
 一方の黄金の騎士は、笑いを浮かべている。


 「久しいなセイバー。」

 「何故、貴方が!?」


 言峰も笑いを浮かべている。
 その中でアーチャーが一人だけ、懐かしい感覚に包まれていた。


 (記憶が戻って来ている……。
  度重なる体験で、
  今まで、はっきりしなかった事まで……。
  ・
  ・
  また、彼女と戦う事が出来るとは。)


 アーチャーは、前回の衛宮士郎だった頃の記憶を鮮明に思い出す。
 二人で最後に上った柳洞寺の階段。
 その先にあった自分達の過去との対決。
 貫き通した彼女の生き様。
 だからこそ貫き通した自分の夢。
 そして、今ある現実と夢との摩擦。
 目の前には、あの日の夢の続きが彼女と供にある。


 (何が間違いで何が正しいかを計り直すには丁度いい……。
  私は、再び、試されているのだ。
  違うものは、研鑽前と研鑽後だけ。
  力を手にして挑んだ時、それでも、私は、同じ気持ちでいられるのか?)


 動揺の続くセイバーの肩にアーチャーの手が掛かる。


 「少し楽にするといい。
  やる事は、変わらない。」

 「アーチャー?」

 「説明も要らない。
  事情も説明しなくていい。
  ・
  ・
  私は、どちらを引き受ければいいのだね?」


 自分を無視して話すアーチャーに黄金の騎士の怒りが蓄積されていく。


 「雑種! その汚い手をどけろ!
  それに触れていいのは、我だけだ!」


 黄金の騎士にセイバーは不快感を表す。


 「アーチャーは、神父を。
  ・
  ・
  英雄王ギルガメッシュは、私が討ちます。」

 「分かった。
  君に任せよう。
  最後に、これだけは言って置く。
  この戦いは、死んだら負け、死ななければ勝ちだ。
  忘れないでくれ。」


 セイバーが頷くとアーチャーは、セイバーを残して言峰の元へと向かう。


 「戦いに専念させたい。
  場所を変えたいのだが?」

 「構わん。
  こっちに着いて来るがいい。」


 言峰は、自らアーチャーを案内する。
 アーチャーは、過去の決着を思い返しながらセイバーを見る。
 そして、聖剣の鞘のない彼女の過去の結果を導き出した後、早期決着を意識した。


 …


 残されたセイバーとギルガメッシュの睨み合いは続く。


 「嬉しいぞ、セイバー。
  まさか、再び召喚されるとは思っていなかったからな。」

 「貴方は、あの後も現界し続けたのか?」

 「その通りだ。」


 セイバーは、覇王剣を構える。
 闘気を出していない覇王剣は、柄だけで刀身を現していない。


 「何だ? その玩具は?
  少し見ぬ間に気でも触れたか?」

 「試してみる事です。」


 ギルガメッシュの目が嘲笑いながら覇王剣に注がれる。
 しかし、目が段々と険しいものになっていく。


 「セイバー、その剣は何だ?」

 「何を今更……。
  貴方は、この剣の原典もご存知なのでしょう。」

 「分からぬから聞いている。」

 「分からない?」

 (確かシロウは、漫画の中の剣だと言っていた……。
  そして、アーチャーは、見た事もない金属だとも。
  ・
  ・
  存在しないものを投影したから、原典がないのかもしれない。
  シロウのデタラメさが、この男との戦いに勝機をもたらすかもしれない。
  問題は……この覇王剣が、何処まで通用するかだ。
  そして、温存した魔力を何処で使うか……。)


 セイバーの沈黙にギルガメッシュは、苛立ちを募らせる。


 「何故、答えぬ!」

 「気になりますか?
  しかし、敵に情報を与える訳にはいきません。」

 「……ならば、我が財を持って解き明かすまで。」


 ギルガメッシュの背面の空間が歪み、数々の武器が姿を現す。


 「我は、優しくはないぞ。
  気をつけて受け切れよ、セイバー!」


 空間から歪み出た武器の数々は、セイバー目掛けて降り注いだ。


 …


 外人墓地での戦いも静かに始まろうとしていた。
 ランサーとライダー……供に敏捷性の高いクラスの一騎打ち。


 「昔から、化け物退治は得意でね。
  オマエから漂う雰囲気に、さっきからピリピリしているんだ。」

 「そうですか。
  英雄というものは、人の忌み嫌う過去を暴きたがる。」

 「本気を出した方がいいぜ。
  油断していると首を落とす事になる。」

 「そうさせて貰います。
  尤も、本気で戦える日が来るとは思っていませんでしたが。」


 ランサーは槍を深く構え、ライダーは肉食獣のような構えを取る。


 「どういう事だ?」

 「つい最近まで能力を制限させられていたという事です。」

 「じゃあ、俺が仕入れた情報は忘れた方が良さそうだ。」

 「ええ、そうしてください。
  勢い余って首を落としてしまうかもしれませんから。」


 二人の唇の端が吊り上がると同時に、両者は地面を蹴る。
 すれ違い様に武器と武器とが甲高い音を立てる。
 本来のマスターである桜の魔力供給を受け、ライダーは制限なしで武器を振るっている。
 リーチの短い杭と槍とのぶつかり合いでも、ライダーは、押し負けていない。

 駆け抜ける直後、ライダーは、ランサーに杭を投げつける。
 ランサーは、死角からの攻撃を予想していたように躱す。
 ランサーを通り過ぎた鎖付きの杭が墓石に突き刺さる。
 墓石に突き刺さった杭をライダーは、力任せに引き抜いた。


 「なんて力をしてやがる!」


 ランサーは、墓石を槍で数回突く事で粉砕して回避する。
 再び、ライダーとランサーの間に距離が開く。
 ランサーは、ライダーが反転する前に攻撃を仕掛ける。

 ライダーは、連続で突きつけられる槍を鎖と柔軟な運動神経で紙一重で躱す。
 そして、ランサーが、深く突き入れた槍を躱すと同時に鎖を引き戻す。
 杭が、一気にランサーの後頭部目掛けて飛んで来るのをランサーは、余裕を持って避ける。


 「『矢避けの加護』は、投擲武器にも意味がありそうですね。」

 「そういう事だ。」

 (この武器では、ランサーを仕留めるのは無理ですね。
  しかし、私の役目は時間稼ぎ……。
  最初は、防御に徹しさせて貰いましょう。)


 ライダーは、自分の役目を理解し、ランサーの攻撃に対して防御を主軸にした戦いへと変更し始めた。


 …


 教会裏、言峰の張った音声遮断の結界の中で戦いは始まっていた。
 戦いは、研鑽された技と技とのぶつかり合いだった。

 一人は、長年積み重ねた体術。
 一人は、長年積み重ねた双剣術。

 積み重ねた技同士が拮抗し続ける。


 「私に合わせて戦う必要はないのだが?」

 「生憎、英霊と言えど、私は、セイバー達とは違うタイプの英霊でな。
  この戦い方しか出来ないのだ。」

 「そのようだ。
  生まれ持った才能とは、ほど遠い。」


 アーチャーと言峰が、間合いを置いて臨戦態勢を解除する。


 「少し話しをしないか?」

 「英霊から語られる言葉か。
  実に興味深い。」

 「……私は、衛宮切嗣の意思を継ぐ者だ。」


 アーチャーの言葉に言峰の顔が歪む。
 狂気か歓喜か驚きか分からない表情。


 「無論、彼の夢を引き継いでいる。」


 言峰の顔が更に歪む。


 「貴様は、衛宮切嗣の弟子か?」

 「そのようなものだ。
  故に、貴様が衛宮切嗣にした蛮行も、
  衛宮切嗣が死に際に残した言葉も全て知っている。」


 それは、言わなくてもいい言葉だった。
 だが、アーチャーは、言峰を衛宮士郎だった頃の言峰に近づけるために言葉を紡ぐ。


 「そうか……。
  では、あの男がどれだけ
  歪み切っていたかも知っているのだな!」

 「知っている。」

 (それを貫いたがために
  彼女達にどれだけ迷惑を掛けたか……。)

 「救ったと思った世界で、
  勘違いして死んで逝った事も!」

 「知っている。」

 (そして、その時、俺に託した思いが、
  今も、俺を縛り続ける事実を……。)

 「知っていて、あの男のくだらぬ幻想を引き継いだのか!」

 「その通りだ。」

 (やっぱり、直に言われると分かる。
  歪んでいると分かっていても、夢と現実の摩擦が発生しても、
  この男に切嗣を馬鹿にされる事は許せない!
  ・
  ・
  親父が、俺に植え付けた呪いとも思った。
  だけど、それを原点に研鑽を重ね、月日を重ねて来た。
  ・
  ・
  大事な人が止めても貫き通した意地。
  俺は、まだ、それを貫き通して戦うのか?……戦えるのか?
  ・
  ・
  あの日の思いが間違いなのか?
  これからも貫き通すのが正しいのか?
  その積み重ねた力で言峰と戦い、答えを出す!
  ・
  ・
  セイバー……直ぐには助勢出来ないかもしれない。)

 「言峰……。
  今度は、お互い足りないものはない。」

 「何を言っているか分からんな。
  しかし、貴様が、あの男の意思を継いでいるなら、
  この戦いは、私にとって意味を持つものになる。」


 アーチャーと言峰が構えを取る。
 両者は、再び、間合いを詰める。
 今度の衝突は、今までの試し合いではない。
 その証拠に言峰は、懐から三本の黒鍵を取り出し、指に挟み、同時に投げつける。
 アーチャーは、1本を体の的から外し、二本を干将と莫耶で受け流す。

 言峰は、防御をしない分だけ、攻撃にスピードを乗せた拳を放つ。
 それをアーチャーは、干将と莫耶を交差して受け止める。
 僅かに後ろに押し戻された直後、二人の戦いは、接近戦の乱打戦に切り替わる。

 どちらも決定的な一撃が入らない。
 いや、軽い一撃も腕や足で防御し合い、お互いの胴体に届かせない。

 アーチャーは、少年の頃からの成長を実感しながら戦いを続ける。
 あの時の神父は、戦いはしなかった。
 戦ったのは、この世全ての悪だった。
 しかし、努力を続けて鍛え上げた体と技術は嘘をつかない。
 あの頃、自分を見下していた男と対等に戦って確信する。
 言峰も研鑽を続けている男だと。
 そして、それは予感していた。

 聖杯戦争という戦いで時間を飛び越え、同じ条件で二人の男は戦い続けた。


 …


 降り注ぐ宝具の雨。
 セイバーは、躱し切れない宝具のみ斬り落とす。
 高まった闘気に呼応して吹き出す刀身は、飛んで来る宝具を叩き落すのではなく斬り落とす。
 感触は変わらない。
 手応えを伝えず、切り裂いていく。
 予想外の手応えに、セイバーのみならずギルガメッシュすら驚きを隠せない。


 「何なのだ、あの剣は!?
  何故、我の宝具が悉く切り裂かれる!」


 セイバーは、士郎が言っていた『在り得ない戦い方』の説明を思い出す。
 士郎は、サーヴァントに対する戦いのため、『在り得ない戦い方』していると言っていた。
 そして、今、自分に起きているのが『在り得ない戦い方』である。
 しかし、意味は、正反対である。
 士郎は、無理を押し通すため、自分の戦うスタイルを犠牲にして連続攻撃に備えた。
 今、自分に起きているのは、打ち出された砲弾の衝撃を己に伝えずに叩き落すという様なもの。
 本来、『在り得ない戦い方』である。

 ぶつかる衝撃が発生しない以上、体勢は崩れない。
 幾らでも連続攻撃に耐えられる。
 セイバーは、今こそ英雄王を仕留めるチャンスと踏み出す。


 「くっ!
  仕方あるまい。
  並みの宝具では太刀打ち出来ぬのなら、
  我だけが持つ覇王の剣を使うしかあるまい。」


 ギルガメッシュの後ろから、1本の剣が引き抜かれる。
 セイバーは、引き抜かれた剣のプレッシャーに踏み込むのを抑える。


 「あの剣は……。」

 「乖離剣……我だけが持てる覇王の剣だ。」

 (覇王……。
  偶然でしょうか?
  この剣も覇王剣というのは。)

 「もう少し遊ぶつもりだったが、遊びは終わりだ!
  セイバー、息があったら我のものにしてやる!」


 乖離剣が回転を始め、光が吹き出す。
 セイバーは、己が剣と換装する時間もなく覇王剣でギルガメッシュの攻撃に立ち向かう。


 …


 防御一辺倒に徹しているライダーにランサーは苛立っていた。
 彼の望みは、生死を懸けたギリギリの鬩ぎ合い。
 しかし、相手のライダーは、攻撃を仕掛けて来ない。
 作戦とも考えられるが、スピード重視のクラスのぶつかり合いなら、手数こそ戦いの主軸だからだ。


 「何考えてやがる!
  ちょっとは、攻撃して来たらどうだ!」

 「貴方を苛立たせるのも作戦のうちです。」

 「そんな誤魔化しがいつまでも続くと思うな!
  手加減された戦いに何の意味があるってんだ!」


 ランサーは、槍でライダーを指して、怒りの抗議を始める。


 (野生的な男だとばかり思っていましたが、
  なかなかどうして、知性も高いようですね。)


 ライダーは、シャンと鎖を手元に引き寄せ構えを解く。


 「貴方の目的は、戦いそのものなのですか?」

 「文句あるのか?」

 「そうですか……。
  なら、こちらが最高の舞台を用意すると言ったら、どうしますか?」

 「あん?
  何、訳の分からない事を言っている?」

 「我々の戦闘の目的は、貴方の確保なのです。」

 「ハッ!
  何だそれは!」

 「実は、手駒を集めて戦争を起こそうと思っていましてね。」

 「徒党を組んで人間相手に戦争か?」

 「まさか。」

 「じゃあ、手強いサーヴァントでも居るってか?
  オマエら、もう三人も居るじゃねえか。」

 「ええ、まだ戦力が足りません。」

 「一体、何と戦う気なんだ?」

 「英霊です。
  それこそ数万の。」

 「何!?」


 ランサーの目が驚きで見開かれる。
 しかし、直後、面白いものを見付けたというような目つきに変わる。


 「詳しく聞かせろ。
  場合によっちゃあ、手を貸してやる。」

 「戦いを挑むのは、世界の保有する英霊全てです。
  何故かと言うと……。」

 「乗った!」

 「…………。」

 「あの……まだ、説明をしていないのですが。」

 「いい!
  そんな面白い戦いなら乗ってやる!」

 (士郎の思考に近いですね……。)

 「くそっ!
  今は、マスターが居るからな~。」

 「神父の事ですか?
  今、戦闘中のはずです。
  我々は、貴方の確保が目的ですから、
  神父を倒して貴方を奪うつもりです。」

 「そうか!
  願ったり叶ったりだな!
  早く殺されてくんねーかな、言峰の奴。」

 (酷い思考の持ち主ですね……。)

 「まあ、いいや。
  一応、アイツが、まだ、俺のマスターだ。
  それまでは、戦わねばならん。
  相手をしろよ。」

 「この緩んだ空気で戦えと言いますか……。」

 「オウ!」

 「仕方ないですね。」


 ライダーは、不意打ちに近い状態で眼帯を外す。
 ランサーは、ルーン魔術で障壁を張る間もなく硬直する。


 「き、汚ねーぞ!
  ・
  ・
  う、動けねえ!」

 「私に、もう戦う意思はないので。
  まあ、戦闘が終わる間、お話だけには付き合います。」

 「なんて卑怯なんだ!
  オマエ、本当に英霊なのか!?」

 「はあ、一代前のマスターの影響とでも言いましょうか。
  不意打ちにも余り罪悪感を感じなくなりました。」

 「どんなマスターに仕えていたんだ!?」

 「聞きたいですか?
  お暇なら、お聞かせしますが?」

 「な、何で、そこで邪悪な笑みを浮かべる!?」

 「いえ、聞かされるばかりでしたので、
  偶には、聞かせる立場で士郎の気分を満喫しようかと。」


 外人墓地の墓石に腰を下ろし、ライダーは、士郎の事を語り始める。
 語る表情は、終始笑顔。
 ランサーの表情は、話が終わるまで複雑なままだった。


 …


 言峰とアーチャーの戦いにも終わりが近づいていた。
 僅かずつだが、アーチャーが押し始めている。

 アーチャーの中で言峰の技術は、賞賛に値するものだった。
 繰り出される拳も、蹴りも、一朝一夕で身につくものではない。
 数ある敵と見えて来たが誰とも型が一致しないのは、言峰自身が独自に鍛え上げた結果に他ならない。
 しかし、その拳は、それだけだった。
 何かの思いが強く乗って繰り出されるものではないように感じられる。

 少し前の自分も、そうだった。
 しかし、再び、見えた義父の仇との会話で、自分の双剣には、あの頃の意思が宿っている。
 言峰と打ち合う時に負けられないという意思が宿る。
 アンリマユとの戦いを思い出し、それに耐え抜いた切嗣の思いが込み上げる。
 そして、自分に託して死んだ穏やかな笑顔が蘇る。
 何より責務を果たしに行った彼女の笑顔が忘れられない。

 気持ちを込める度に双剣の攻撃は鋭さを増し、言峰を追い詰めていく。
 戦いは、無言の打ち合いの中で執着を迎える。
 言峰の両腕を斬り上げ、アーチャーは、あのアゾット剣を投影して突き刺す。
 魔力も何も溜まっていないアゾット剣を斜めに斬り上げて言峰は絶命した。


 「…………。」


 絶命した言峰を見て考える。


 「答えは出なかったな……。
  だが、あの思いは、結局、忘れる事は出来ないようだ……。」


 澄んだ青い空を見上げる。


 「私は、変われないのだろうか……。」


 再び、彼女を思い出す。
 『愛している』と告げて消えた彼女を。
 そして……。
 『ダイナミック! エントリー!』と扉を蹴破った彼女を。

 アーチャーの口から、苦笑いが漏れる。


 「実に彼女らしくなく彼女らしい。
  変わっていたんだな、セイバー。」


 そして、『どちらも大事だ』と泣いた彼女を思い出す。


 「ああ、大事なのだ……どちらも。
  切っ掛けは、アイツか……。
  私も地で生きてみるのもいいかもしれんな。」


 アーチャーは、少しだけ晴れた気持ちでセイバーの元へと向かった。


 …


 乖離剣から放たれるエネルギーの奔流に覇王剣を叩きつける。
 迷っては、ダメだと気合いを入れ、更に闘気を高める。
 覇王剣は、セイバーに応える様に、更に刀身からエネルギーを吹き上げる。


 「何……だと?
  我が乖離剣のエネルギーが引き裂かれる!?」


 セイバーは、乖離剣のエネルギーに対して、一歩ずつ歩みを進める。
 ギルガメッシュが、魔力を幾ら注ぎ込もうとセイバーの歩みは止まらない。


 「何だというのだ!?
  何故、押し返せない!?」


 切り裂いて進むものを押し返せないのは道理である。
 覇王剣は、ただ、切り裂くだけ。
 エネルギーの奔流は、セイバーを裂けて後ろに流れ進むのみである。

 セイバーは、遂に剣の間合いへとギルガメッシュを捕らえる。
 そして、この攻撃の主体である乖離剣と覇王剣が激突する。
 ここに来て初めての刀身同士のぶつかり合い。
 セイバーの覇王剣とギルガメッシュの乖離剣が火花を散らす。
 やがて、一歩も引かない両者の剣は、ビシビシと亀裂を発生させ四散する。
 同じ覇王の名を持った剣は、この瞬間になくなった。


 「馬鹿な!?
  相殺されただと!?」


 驚愕しているギルガメッシュに対して、セイバーは、次の一手の準備に入る。
 己自身の剣を取り出し魔力を込める。
 黄金に輝く騎士剣を振り上げ、懇親の力で振り抜く。

 満を持して放たれた必殺の漸撃に、英雄王は、血飛沫をあげる。


 「分からぬ……。
  何に……一体、何に我は負けたのだ?」


 朦朧とする意識の中で……。
 そして、戦いの中で驚愕しか表せなかったギルガメッシュは混乱している。
 切り裂いたセイバーは、振り返り英雄王に告げる。


 「納得出来ないのは、私も同じです。
  何故なら、私も貴方同様に打ち負かされたのですから。」

 「それは……。」


 最後の質問も答えも聞けぬまま、英雄王ギルガメッシュは、霧となり消えていく。


 「ええ、シロウのデタラメさに打ち負かされたのです。」


 セイバーは、勝たせて貰ったという後味の悪い余韻を引き摺りながらも、勝利に息を吐く。


 「しかし、覇王剣がなければ勝てなかったのも事実。
  これは私とシロウの勝利という事にして置きましょう。」


 振り返ると助勢に来てくれたアーチャーが見える。
 セイバーは、アーチャーに合流すべく歩き出した。



[7779] 第67話 教会という名の魔城③
Name: 熊雑草◆890a69a1 ID:9b88eec9
Date: 2010/08/27 00:38
 == Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==



 士郎は、遠くからセイバーの戦いを見つめ呆れている。
 ギルガメッシュの一撃は、民家を含めて数百メートルを吹き飛ばしている。
 そして、止めを刺したセイバーの一撃も教会の一部を吹き飛ばしている。


 「なんなんだよ、これは……。
  人の事をデタラメだデタラメだって言いながら、
  一番デタラメなのは、自分じゃないか。」


 セイバーの出した被害は、兎も角、ギルガメッシュの一撃は、大被害になっている。
 士郎は、携帯を取り出すとイリヤの携帯に電話を入れる。
 凛に変わって貰い用件を告げると、携帯からは、スピーカーを使用した様な声が響いた。



  第67話 教会という名の魔城③



 数十分後、ベンツから、凛が降りて来ると走りながら士郎にグーを炸裂させる。
 一緒に来てくれたキャスターが、早速、事態の揉み消しを図ってくれた。


 「一体、何があったのよ!」

 「そうよ!
  昼間に戦っちゃダメなのよ!」

 「話し合いのはずじゃなかったんですか?」

 「それ、後にしよう。
  民家まで攻撃がいってるから、そっちの被害をなんとかしないと。」


 そこへ、件の関係者が全員顔を揃える。


 「セイバーの戦いが、一番激しかったようですね。」

 「はい。
  相手に宝具の使用を許してしまいました。」

 「よく無事だったな。」

 「ええ、覇王剣が役に立ちました。
  あの剣は、英雄王の宝具の攻撃さえ斬り裂きました。」


 全員は、吹き飛んでいる跡を見ながら、それを斬り裂いたという言葉に驚いている。
 しかし、驚いてばかりもいられない。


 「キャスターが事後処理を始めてるけど、
  俺達も手伝った方がよくないか?
  それとも犯人だってバレないように逃げた方がいいのか?」

 「居ない方がいいわね。」


 とりあえずの行動が決まるとアーチャーが、凛に声を掛ける。


 「凛、ちょっといいか?」

 「ん? 何?」

 「実は、神父を殺した。」

 「え?」

 「已むを得なかった。」


 アーチャーは、蘇った記憶を元に少し事実を捏造する。


 「あの神父は、アンリマユの復活を目論んでいた。
  それに前回の聖杯戦争で凛の父を殺したのも神父だ。」

 「どうして、そんな事……。」

 「詳しくは分からない。
  だが、私のマスターが凛だと分かったら、
  色々と話してくれてな。」

 「綺礼の性格なら、話しそうだけど。」

 「すまないな。
  マスターの事を考えたら、踏み止まれなかった。」


 凛は、フンと鼻を鳴らし、そっぽを向く。


 「いいわ。
  そういう事情なら、許してあげるわ。」

 「ああ。」


 士郎は、やりとりを聞いて思う。


 (嘘っぽいな……。
  でも、知らない真実をアーチャーが聞き出したんなら嘘じゃないよな?)

 「なあ、アンリマユって、なんだ?」

 「この世全ての悪と言えば分かるか?」


 士郎以外は、アーチャーから語られる存在に表情を硬くする。


 「何それ?」


 そして、士郎以外が溜息を吐く。


 「その話も全部後にしましょう。
  綺礼が死んでいるなら、後処理もしないと。」

 「?」

 「先輩、教会に連絡するんです。」

 「ああ、神父は監督役だからか。」

 (しかし、実際に人が死ぬって聞くと、ぞっとするな。
  やっぱり、聖杯戦争は戦争なんだな。)


 …


 報告1:
 結局、あれだけの被害が出たにも関わらず死傷者0という有り得ない結果がキャスターの口から報告された。
 深い理由をキャスターは、語りたがらなかった。
 被害者になるはずの人達は、既に教会の下で、ギルガメッシュという英霊を存在し続けさせるために被害者になっていたらしい。

 報告2:
 監督役の死亡により、聖杯戦争の管理者が居なくなった。
 教会自体も言峰自身がマスターになっていたのは、寝耳に水だったらしい。
 冬木の管理者である遠坂が、次の監督役が来るまで取り仕切るという事だが取り仕切るまでもない。
 裏では、全てが取り纏まっているのだから。

 報告3:
 ランサーのマスターが決まった。
 キャスターである。
 キャスターは、早速、令呪を使って聖杯戦争中の宝具の使用を禁止した。
 ランサーは、抗議してキャスターの逆鱗に触れ、2回目の令呪を発動させられた。
 ランサーは、キャスターに絶対服従を命じられた。
 しかし、令呪の効果は、思ったほどないらしい。
 遠坂が渋い顔をしている。
 あの女も、アーチャーに同様の使用をしたに違いない。


 …


 キャスターの神殿に帰った時は、夕方になっていた。
 そして、早速、この事態を説明させられる事になった。
 しかし……。


 (なんで、当事者は、全員正座なんだ?)


 キャスターを始め、古文書解析チームの面々は、明らかに怒っている。
 怒っているのに笑顔というのが、一層、凄みを増す。
 ここら辺は、どの物語でもお約束。
 キャスターが、代表して質問をする。
 どうも暫く見ない間に格付けをしたらしく、キャスターがリーダーになったらしい。


 「説明をしてくれるかしら?」

 「セイバー、キャスターからのご指名だ。」

 「私が答えるのですか!?」

 「うん、マスター命令だ。」

 「卑怯ですよ!」


 キャスターが、にこやかに話し掛ける。


 「セイバー、貴女はいいわ。
  指揮していた人に話して貰うから。」

 「年齢順がいいです。」

 「却下します。」

 「じゃあ、背の順で。」

 「却下します。」

 「あいうえお順で。」

 「却下します。
  坊や……説明しなさい。」

 「命令形?」


 キャスターが黙って頷く。


 「坊や。
  聖杯戦争は、昼間に堂々と
  しちゃいけないのを知っているわよね?」

 「まあ、知識程度には。」

 「じゃあ、何で、話し合いに行ったはずの貴方達が、
  2時間後には戦闘を終了しているなんて形になるのかしら?」

 「はあ……。
  めんどい……。
  説明しちまった方が楽だ。
  ・
  ・
  あのな、俺だって、最初は交渉したんだよ。
  だけど、あの神父さ。
  全然、交渉する気もないし、裏があったんだよ。」

 「交渉の内容から、順に説明してくれる?」

 「まず、『手を組まないか』って直接聞いたんだ。」

 「ストレートね……。」

 「だって、相手が魔術師なら、
  近くにサーヴァントが3体も居れば状況を把握出来るだろ?」

 「なるほど。
  手間は省いているけど、それなりに理由があるのね。」

 「だけどさ。
  直ぐにNOの即決。おかしいだろ?」

 「確かに怪しいわね。」

 「だから、脅しも兼ねて『ランサーをくれ』って言ったんだ。」

 「貴方、大した度胸ね。」

 「負ける要素がないからな。
  だけど、これもNO。
  つまり、なんか切り札を持ってるみたいなんだよ。」

 「なるほどね。それで?」

 「零時にランサーを懸けて外人墓地で戦う事になった。」

 「…………。」


 古文書解析チームに流れる沈黙。
 イリヤが疑問を口にする。


 「おかしくない?
  なんで、約束したのに戦闘になるの?」

 「そうよね。
  約束取り付けたんでしょ?」


 キャスターが、予想を口にする。


 「奇襲を受けたのね?」

 「騙まし討ちですか!?」


 キャスターと桜に対して、士郎は首を振る。


 「いや、奇襲を掛けたのは俺達だ。」

 「…………。」


 再び、古文書解析チームに流れる沈黙。
 キャスターが、額に手を当て悩んでいる。
 まだ、耐性が出来ていないらしい。


 「凛、進行役を変わって貰っていいかしら?
  予想が悉く外れて、頭が痛くなって来たわ。」

 「……でしょうね。
  コイツは、常にわたし達の斜め上を歩こうとするのよ。」

 「失礼だな、遠坂。」

 「あんた、何やったのよ?」

 「別に大した事はしてないよ。
  それにこれは、セイバー達と相談して決めた事だ。」

 「本当?」


 凛が、セイバー達を見る。


 「はい。
  神父は、切り札を持っているようでしたので、
  ランサーを使い捨てにする可能性が出て来ました。」

 「何だそりゃあ?」


 ランサーが、首を突っ込む。


 「怒るなよ?
  神父の奴が、マスターって割れてんのに余裕があったんだよ。
  3対1で、普通勝負にならないだろ?」

 「まあな。」

 「それなのに余裕があるって事は、
  ランサーがやられても、逆転出来るカードがあるって事だろ?」


 ランサーは、不快そうに話を聞いている。


 「実際、変な奴が出て来てセイバーと戦ったし。」

 「ええ、彼が神父の切り札でした。」

 「俺達は、ランサーを失う訳には絶対にいけなかったからさ。
  その、理由はだな……。」

 「ライダーから、聞いている。」

 「そうか……。
  じゃあ、話を戻そう。
  そういう訳で結論から出たのが、俺達の計画の露見の危機だ。
  零時まで時間があるし、計画がバレればランサーを楯にされかねない。
  そこで、こっちから仕掛ける事にしたんだ。」

 「一応、考えてはいたのね。
  でも、やっぱり昼間戦うリスクは大きいわよ。」

 「それはない。」

 「何でよ?」

 「まず、もう戦うマスターが居ないから、
  手持ちの駒はバレても構わない。」

 「あ、そうか。」

 「そして、教会を破壊しても困らない。」

 「ん? 何でよ?」

 「後始末をするのは俺ではなく、冬木の管理人の遠坂だからだ。」


 凛のグーが、士郎に炸裂する。
 それを見て、ランサーは大いに笑っている。
 キャスターは、額に手を当て俯いている。
 悉く予想が外れる訳だと……。


 「あんたねえ! いい加減にしなさいよ!」

 「大丈夫だ。
  これで最後だから。」


 再び、凛のグーが、士郎に炸裂する。


 「最後の最後まで、迷惑掛けてんじゃないわよ!」

 「まあ、そういった訳で奇襲をした訳だ。」

 「アーチャー!
  セイバー!
  ライダー!
  あんた達も、この馬鹿の暴走を止めなさいよ!」

 「しかし、リン……。
  相手に考察の時間を与えるのは、
  結局、こっちが不利になる事しかないのです。」

 「最初は反対したが、
  セイバーの言ったところに最終的には行き着くのだ。」

 「すいません、凛。」

 「あ~~~っ!
  何で、いつもわたしばっかりに被害が飛び火するのよ!」

 (この子も不幸ね……。)

 「その後、アーチャーが神父。
  ライダーがランサー。
  セイバーが謎の人物。
  と、それぞれを相手にして、今に至る訳だ。
  もう、正座崩していいな?」

 「士郎以外は、いいわ。」


 士郎は、凛を無視して正座を崩す。


 「無視して、正座を崩すな!」


 凛のグーが、士郎に炸裂する。
 ランサーは、再び、大きな声で笑っている。


 「リン、疲れませんか?」

 「疲れるわよ!
  疲れるけど、わたし以外に誰が、
  この馬鹿に制裁を食らわすのよ!」

 「そんな使命感はいらんぞ。」

 「その辺にしなさい。
  セイバー、その謎の人物というのは何者なの?」

 「彼は、サーヴァントです。」

 「!」

 「そんなはずないわよ!
  ここに7人揃って居るじゃない。」

 「はい、今回の聖杯戦争の7人は。」

 「今回?」

 「件のサーヴァントは、
  前回から現界を続けている生き残りです。」

 「前回からって……。」

 「神父が手伝って、魂喰いを実行していたと思われます。」

 「…………。」

 「しかし、さすがだな。
  そこまで判断出来るなんて。」

 「理由があるのよ。」


 イリヤが、士郎の言葉に意見する。


 「セイバーは、前回、アインツベルンの
  サーヴァントとして参加していたんだから。」

 「ああ、それでか。」

 「ちょっと、『それでか』で終わる?
  何万といる英霊から、二回連続で選ばれてんのよ?」

 「このマスターにして、このサーヴァントありじゃない?」

 「シロウ……その例えは不快です。
  貴方の様なデタラメな人間に必然的に呼び出されたなどと……。」

 「失礼だな。
  お前、俺以外の奴がマスターだったら、
  もっと、すんごい事になってたに違いないんだぞ。」

 「しかし、今からやらせる気なのでしょう?
  その凄い事を。
  そのような事をやらせるのも貴方以外にはいません。」

 「と、セイバーも褒めてくれている訳だが……。」


 セイバーのグーが、士郎に炸裂する。


 「褒めていません!」

 「条件反射で殴るのやめないか?」

 「あ~~~っ! もう!
  兎に角!
  セイバーは、相手が誰か知っていたのね?」

 「はい。」


 アーチャーが補足する。


 「英雄王ギルガメッシュ……そう言っていたな。」

 「あ、それ知ってるぞ。」

 「本当に?」


 凛が、ジト目で士郎を見る。


 「あの武器を一杯集めてる奴だろ?」

 「近いわね……。」

 「FF5に出てたヤツ。
  俺、あのキャラクター好きなんだ。」

 「別物ね……。」

 「別物だな……。」

 「人類最古の英雄王ギルガメッシュ。
  それが、私の戦った相手です。
  あの無限に内包される宝具に、どれほど悩まされた事か。」

 「あれ宝具だったのか?」

 「シロウ、貴方には、どのように写ったのですか?」

 「ただの武器。」


 全員から溜息が漏れる。


 「嫌ねえ。
  坊やには、武器も宝具も区別がつかないの?」

 「すまん。
  魔力感知能力0なんだ……俺。
  ・
  ・
  でもさ!
  セイバーの奴、その宝具を簡単に斬り裂いてたぞ!」

 「ありえねえだろ?」

 「あんた、嘘つかないでよ。」

 「嘘じゃないって。
  だって、宝具を無限に持ってんなら、
  セイバーは、苦戦しているんじゃないか?」

 「それもそうね。」

 「リン、シロウの言った事は、嘘ではありません。」

 「セイバー……貴方の宝具って、一体何なの?」

 「私の宝具にそこまでの切れ味はありません。
  それを実現したのは、シロウの投影した剣なのです。」

 「ああ、あれか。」

 「投影? あんた、いつそんな事したのよ!」

 「遠坂が、眼鏡を作ってる時だ。」

 「セイバー、見せてくれる?」

 「それが……ギルガメッシュとの戦いで、
  彼の宝具と相殺のうえ消滅しました。」

 「じゃあ、今、やって見せて!」

 「それは、ダメ!」

 「何でよ、イリヤ?」

 「あの投影で士郎の魔術回路が焼き付いちゃったんだから!」

 「当然だ。
  今の話でも分かるだろう?
  人知を超えた物を投影したのだから。」

 「……分かったわよ。
  諦めるわよ。」


 少し不機嫌になった凛を見て、士郎は、少し考える。


 「簡単なヤツなら、いいんじゃないか?」

 「そうだな。
  その程度なら問題ないだろう。」

 「やるか?」

 「ええ、見せて。」


 士郎は、天地神明の理を握り、対話の後、魔術回路を繋ぐ。


 「OKだ。
  誰か、魔力を打ち出してくれないかな?
  俺自身、魔力を生成出来ないから、外から持って来ないといけないんだ。」

 「いいわ。
  わたしがやる。」


 凛は、士郎に指を向けガンドを打ち出す。
 それを士郎の天地神明の理が吸収していく。


 「貴方のその刀って、そんな事が出来るの?」

 「天敵だろ? キャスターの。」

 「ええ。」

 「さて、何を投影しようかな?」

 「このペーパーナイフは?」


 キャスターが、ペーパーナイフを取り出す。
 士郎は、集中してペーパーナイフを投影しようとする。


 「ダメだ……出来ない。」

 「出来ない?
  何で、宝具を斬り裂くような剣が投影出来て、
  ペーパーナイフを投影出来ないのよ?」

 「そのペーパーナイフが理解出来ないんだよ。
  何で出来てんのか、さっぱり分からない。」

 「小僧、思った通りに投影してみろ。」

 「分かった。
  そうだな……。
  ・
  ・
  あれにしよう!」


 士郎は、投影を開始する。
 手には、バチバチと前回と同じ様に放電が起こる。
 重さ、冷たさ、硬さ、大きさが定まり、形を成していく。
 最後に大きな音を立てて投影は完成する。


 「出来た。
  今度は、焼きついてない。」


 手には、刀身から柄まで淡い緑のナイフが握られている。


 「凄いわね。
  本当に出来たわ。」

 「シロウ、これは?」

 「エアナイフだ。
  風の力が宿っていて、切れ味が抜群なんだ。」


 全員で、ナイフを覗き込む。


 「見た事ないんだけど……。」

 「私も始めて見るわね。」

 「例によって、解析してみよう。」


 アーチャーが、解析を始める。


 「まただ。
  金属も分子配列も見た事がないものになっている。」

 「また……って。
  前回もなの?」

 「はい。
  前回も解析して貰った結果、謎の金属でした。」

 「坊や、試し切りさせて貰っていいかしら?」

 「いいよ。」


 キャスターが、紙をナイフで切り裂く。


 「普通のナイフと変わらないわよ?」

 「風をイメージして、切り裂いてみてくれないか?」

 「風?」

 「魔術使う時のイメージでいいと思う。」


 キャスターが、再び紙を切り裂く。
 今度は、音もなく紙が切れる。


 「凄いわね。
  刀身にかまいたちの様な真空波が発生しているわ。」

 「マグレじゃないみたいだな。」


 様子を伺っていたイリヤが話し掛ける。


 「ちょっと、いいかな?
  もしかして、士郎の投影って『ない』ものしか
  投影出来ないんじゃないの?」

 「『ない』ものとは、どういう意味ですか?」

 「え~っとね。
  士郎は、目の前にあるものは、解析出来ないから分からないの。
  でも、この世に存在しないものなら、
  なんの制約もないから作れるんじゃないかな?」

 「普通、そっちの方が難しくない?」

 「そう思うけど……。
  ・
  ・
  士郎って、デタラメなところがあるから。」

 「…………。」


 嫌な沈黙が流れる。
 アーチャーは、自分の理論を士郎に置き換えて考えていた。


 (私の解析や投影は、自身の固有結界から漏れた副産物だ。
  固有結界の中から拾い上げ投影する。
  固有結界には、無限の剣製により武器が溢れている。
  ・
  ・
  小僧が、私の可能性なら固有結界から何らかの恩恵……。
  つまり、副産物が発生する可能性は、極めて高い。
  こいつのパターンを分析すると根本にあるのは、
  どう見ても『デタラメ』というキーワードだ。
  つまり、副産物が『デタラメ』なんだろう。
  すると内包する固有結界は、それに近いものになるはずだ。
  ・
  ・
  デタラメ……つまり、空想か?)


 アーチャーは、一人で、何となく納得する。


 「ところでさ。
  俺が投影したいい加減な武器を使った訳だが……大丈夫なのか?」

 「はい。
  あれは、完全な反則の上に成り立っています。」

 「反則ってなんだよ?」

 「説明します。
  まず、ギルガメッシュの特徴から話しましょう。
  彼は、この世の宝具の全ての原典を持っています。
  つまり、彼が所有していない武器はないのです。」

 「そいつも反則の上に成り立ってる気がするんだけど?」

 「その彼が言ったのです。
  シロウの投影した剣を見て『分からない』と。」

 「当たり前だ。
  あんな漫画から持ってきたデタラメな剣が存在してたまるか。」

 「ええ、だから、彼も分からなかったのでしょう。
  ・
  ・
  しかし、剣の能力は凄いものでした。
  彼の宝具を紙の様に斬り裂いたのですから。」

 「マジ?」

 「マジです。」

 「ん? セイバーが、『マジ』?」

 「失礼。
  しかし、宝具を斬り裂くという反則をやってのけたのです。」

 「それで、苦戦しなかったのか。」

 「はい。
  ギルガメッシュ自身の剣技は、さしたるものではありません。」

 「さすが、剣の英霊だな。
  サクッと勝つとは。」

 「貴方、話し聞いて何とも思わないの?」

 「だから、セイバー凄い。」

 「違うのよ。
  宝具なんて普通斬り裂けないのよ。」

 「ランクにもよるんじゃないか?」

 「シロウ、宝具だけでなく普通の武器も斬れないと思いませんか?」

 「サーヴァントって、デタラメな存在なら出来るんじゃないの?」

 「貴方だけには言われたくないですね。」

 「まあ、いいや。
  兎に角、勝ったんだから。」

 (((((何で、流せるんだろう?)))))

 「まあ、これで聖杯戦争は、一件落着だな。」

 「はい。
  これからは、戦闘はないでしょう。」

 「では、あらためて。
  キャスター先生、これからの説明をお願いします。」

 「何か疲れちゃったわ。
  今日は、早めに切り上げましょう。
  簡単に話すわよ。
  ・
  ・
  まず、私達の作業が全然進んでないから、
  引き続き古文書の解析を続けるわ。
  ランサーを確保した以上、貴方達のチームは解散。」


 士郎達が頷く。


 「アーチャーは、システムの巨剣を投影しないといけないから、
  バーサーカーと作業をしてくれないかしら?」

 「了解した。」

 「ライダーは、桜の補佐。
  あの子は、まだ、支えが必要よ。」

 「はい。」

 「残りは……私達の作業が終わるまで好きにしていなさい。」

 「は?」

 「何だそりゃ?」

 「アバウトだな……。」

 「簡単に言うと残りのメンバーは、役に立たないのよ。」

 「ランサーは、役に立つんじゃないか?
  中国人じゃないって事から、ネットで調べたんだけど。
  ルーン魔術とかいうの使えるって書いてあったぞ。
  しかも、かなりの使い手だって。」

 「ちげぇねえ。」

 「一見、チンピラにしか見えんのだがな。」

 「オイ!」

 「そうですね。
  私も野蛮な人にしか。」

 「こら! セイバー!」

 「繊細には見えませんよね。」

 「ライダー!」

 「でも、実は、趣味が編み物とか?」


 ランサーのグーが、士郎に炸裂する。


 「役割変更ね。
  ランサーは、私達と一緒に作業して。」

 「仕方ねぇな。」


 残りは、士郎とセイバーだけである。


 「私も何か手伝える事はないでしょうか?」

 「『シロウと同じ扱いなど、我慢出来ません!』。」

 「ええ、だから是非!」

 「『何でもいいので、お願いします!』。」


 セイバーのグーが、士郎に炸裂する。


 「遊ばないでください!」

 「セイバー、貴方の気持ちは分かるけど、
  貴方は、剣士でしょう?」

 「くっ!」

 「だらけてりゃあ、いいんだから、
  無理に働かなくてもいいじゃないか?」

 「貴方は、他の人達が努力している間、
  怠惰を貪る事に何も感じないのですか?」

 「だって、俺達、邪魔じゃないか。
  そんなに気になるなら、毎日、差し入れしたり、
  洗濯したり、風呂の用意でもすればいいだろ?
  まさか、王様は、雑用なんて出来ませんとか?」

 「そんな事はありません!
  どんな事でも、見事役目を果たして見せましょう!」

 「はい、決まり。
  キャスター、締めていいぞ。」

 (謀られた!?)

 「鮮やかな手並みね。
  私が見習いたいわ。
  ま、そういう訳だから、作業は、明日からよ。」


 冬木の聖杯戦争は、これで仮集約を迎える。
 作業が分かれた後は、士郎とセイバーが衛宮邸。
 他メンバーが、キャスターの神殿で仮住まいとしながら作業を行なう。
 そして、キャスターのシステム開発の作業は、2週間で終わりを迎える。
 その後、1ヶ月をサーヴァント同士の組織戦のリハーサルに充てた。



[7779] 第68話 幕間Ⅱ①
Name: 熊雑草◆890a69a1 ID:9b88eec9
Date: 2010/08/27 00:39
 == Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==



 士郎とセイバーは、居間で向かい合っている。
 そして、ゆっくりとお茶を啜る。


 「暇ですね。」

 「昨日の今日じゃないか。
  やっと、戦闘しないでよくなったんじゃないか。」


 再び、お茶を啜る。



  第68話 幕間Ⅱ①



 セイバーが、ポツリと呟く。


 「シロウ、もし、貴方が魔術師なら、
  どのようなサーヴァントを呼び出しますか?」

 「魔術師じゃないけど、呼び出してしまっているんだけど。」

 「そうではなく……。
  媒体を用いて意識的に呼び出す場合です。」

 「なるほど。
  しかし、なんでまた突然に?」

 「暇なので。」

 「…………。」

 「まあ、いっか。
  クラスとかは?」

 「そうですね……。
  全クラスを伺って置きましょう。
  まず、ライダーからお願いします。」

 「ライダーなら、アムロ・レイだな。
  アムロ・レイを召喚して、宝具のνガンダムを使う。」

 「シャア・アズナブルではないのですか?」

 (なんかセイバーと普通にガンダムの話が出来るのに
  凄い違和感を覚えるな……。
  やっぱり、アニメなんて見せるんじゃなかった。
  ・
  ・
  っていうか、あの短い日数で、どれだけ見たんだよ!?)

 「シャアより、アムロの方が扱い易そうだから。」

 「カミーユ・ビダンなんかも、扱いづらそうですね。」

 「逆に扱いやすいキャラクターなんか居るか?」

 「ドモン・カッシュなどは?」

 「だめだめ!
  絶対、単独行動するって。」

 「以外にハマーンは、どうでしょう?
  彼女は、冷静沈着ですし、話し合いに応じてくれるのでは?」

 「聖杯勝ち取ったら、コロニーでも落としそうだけど……。」

 「それは、いけませんね。
  やはり、アムロ・レイが無難ですかね。」

 「うん。」

 「では、キャスターを召喚するとしたら?」

 「藤井八雲。」

 「三只眼吽迦羅の方が、強力ではないですか?」

 「一発は、大きいけど、その後の睡眠を守れる自信はない。
  だったら、獣魔術を使える藤井八雲がいいだろう。
  多分、獣魔術は、セイバーでもキャンセル出来ないんじゃないかな?」

 「確かに……。
  獣自身が戦うのですから、キャンセル出来ない可能性が高い。」

 「それにさ。
  聖杯戦争するなら、実戦で戦える方が有利だ。
  普通の魔術じゃ、対魔力の強いサーヴァントと戦えない。」

 「流石、シロウ。
  考えていますね。
  しかし、不死人『无』で召喚されますかね?」

 「その可能性があったか。
  じゃあ、三只眼吽迦羅を召喚して、
  宝具として藤井八雲を使うっていうのは?」

 「それは、ありかもしれません。
  このキャスターは強いですね。」

 「ああ、侮れん。」

 「では、アサシンでは?」

 「アサシンか……。
  思いつかないなぁ。
  ・
  ・
  あ、ケンシロウだな。」

 「北斗神拳ですか。
  一子相伝の暗殺拳なら、打って付けですね。」

 「なあ、ちょっといいか?」

 「何でしょうか?」

 「セイバーって、いつの間に知識つけたんだ?」

 「ご存知の通り、サーヴァントは寝なくていいものですから、
  その間に読み耽っています。」

 「ガンダムは?」

 「押入れにあったビデオを拝借しました。」

 「…………。」

 (サーヴァントのする事じゃない……。)

 「他にも知識があるのか?」

 「はい。」

 「…………。」

 (絶対に他のサーヴァントは、漫画とか読まないよな……。
  セイバーが特別なのか?)

 「しかし、シロウの知識は深いですね。
  私は、てっきりナルト辺りを選ぶかと思っていました。」

 「ナルトも忍者だから、暗殺向きかもしれないな。」

 「私の第一候補は、キルアですがね。」

 「ちなみにセイバーが、ライダーとキャスターを選ぶとしたら?」

 「ライダーなら、エウレカです。
  ニルバーシュで戦います。
  当然、レントンの席には私が。
  ・
  ・
  そして、キャスターなら、やっぱりエドでしょう。」

 「もう、サーヴァントじゃねー。」

 「さあ、次です。
  次は、ランサーです。」

 「蒼月 潮だな。」

 「同感ですね。
  彼以外にランサーは有り得ない。」

 (俺は、セイバーの妙なテンションの方が有り得ない。)

 「次は、悩むと思いますよ。
  バーサーカーです。」

 「孫悟空だな。」

 「何故、彼なのです?」

 「精神と時の部屋で悟飯と修行した時に、
  スーパーサイヤ人でも普通にいられるようになっただろ?」

 「はい。」

 「狂化した時がスーパーサイヤ人と考えるなら、
  悟空の方で制御してくれそうじゃないか?」

 「なるほど。
  しかし、狂化した時、大猿になるとも考えられませんか?」

 「サイヤ人は、月が出てないと大猿にならない。」

 「べジータの様にパワーボールを作る事も考えられますが?」

 「悟空は、自ら大猿にならないだろ。」

 (聞かなきゃいけないかな? セイバーにも……。
  なんか、今、遠坂達の気持ちがよく分かる。)

 「セイバーなら、誰を呼ぶんだ?」

 「そうですね……。
  ・
  ・
  思い付きません。
  修行不足のようです。」

 (少し安心した。)

 「そうです!
  範馬勇次郎です!」

 (時間差か……。)

 「なんで、範馬勇次郎なのさ?」

 「彼は、きっと既に狂っています。
  これ以上、狂わないでしょう。」

 「呼び出した瞬間に居なくなりそうだ。
  と、いうか、狂化しなくても絶対に制御きかない。」

 「アーチャーだと誰になりますか?」

 「冴羽りょうだな。」

 「誰ですか?」

 「拳銃を使う凄腕のスイーパーだ。」

 「ほほう。」

 「見るか?
  確かビデオ残ってるぞ。」

 「是非。」


 ビデオ鑑賞開始……。

 ~15分後~


 「何ですか!
  この『もっこり! もっこり!』言っている男は!」

 「お前が、『もっこり!』言うな!」


 ~10分後~


 「なるほど。
  あれは、仮の姿でしたか。」

 「いや、本性だけど……。」

 「本性なのですか!?」

 「そう。」

 「シロウと同じ匂いがします。」

 「俺は、そこまで見境いなくないと思うけど。」

 「しかし、彼の射撃の腕もそうですが、
  耐久性も目を見張るものがあります。」

 「耐久性?」

 「100tものハンマーの攻撃に耐えるのですから。」

 「そこは、ギャグ。
  そもそも、100tのハンマーなんて振り回せる訳ないだろ。」

 「ああ、なるほど。」

 (こういうのは、ダメか?)

 「で、セイバーが選ぶアーチャーは?」

 「ヴァッシュ・ザ・スタンピードです。」

 「おお! 凄いな!
  ・
  ・
  なんで、トライガンが分かって、
  シティハンターのギャグが分からないんだ?」

 「何故でしょうね?
  下ネタだったからですかね?」

 「そんな言葉まで覚えたのか……。」

 「いよいよ、本命のセイバーです。」

 「本命なのか?」

 「ええ、本命です。」

 「五右衛門かな?」

 「……ルパンのですか?」

 「なんでも切れる斬鉄剣。」

 「こんにゃく、切れないのでは?」

 「…………。」

 「なんで、そんな事まで知ってんのさ?」

 「有名ですから。」

 (サーヴァントの間で?)

 「では、セイバーさんが押すセイバーさんは?」

 「比古清十郎です。」

 「なんで?」

 「飛天御剣流は素晴らしい……。」

 「なんの答えにもなってない……。
  ・
  ・
  それで、こんなもん聞いてどうするんだ?」

 「暇つぶしです。
  シロウの戦士の戦いぶりを想像してみようかと。」

 「……想像?」

 (νガンダムが飛び交い……。
  パイと八雲が獣魔術で暴れ……。
  ケンシロウが秘孔をつく……。
  蒼月潮が獣の槍で戦い……。
  冴羽りょうが拳銃を撃つ……。
  孫悟空がスーパーサイヤ人になり……。
  五右衛門が斬鉄剣で斬る……。
  ・
  ・
  地獄絵図しか思い浮かばない……。)


 セイバーも、苦悶に満ちた表情をしている。


 「やっぱり、シロウの思考で聖杯戦争など有り得ませんね。
  考えなければよかったです。」

 「同感だ。
  乗せられて考えるんじゃなかった。」

 「しかし、こんな日々が毎日続くようでは、私は持ちません。」

 「不憫だな……。
  余暇の楽しみ方を知らないとは。」

 「どうしたものか。」

 「ぬいぐるみで遊んでれば?」

 「それは、夜の楽しみです。」

 (そんな事してんのか。)

 「じゃあ、いつも通りでいいんじゃないの?
  俺、今日からバイト再開するからさ。
  朝、起きて。
  道場で汗流して。
  バイトして。
  寝る。」

 「貴方は、楽しみというものがないのですか?」

 「今、暇を持て余している奴に言われたくない。
  それに俺は、普通に生活していれば事件が起きるから、
  楽しみに事欠くことはない。」

 「遊び人の高等スキルでも、身につけているようですね。」

 「便利だぞ……遊び人。」

 「しかし、貴方の考えは正しいでしょう。
  普段通りの生活の中にこそ、楽しみを見つけるのですから。」

 「そうそう。」

 「では……。」

 「ああ、ここ暫く怪獣達が暴れた家の中を掃除しよう。」

 「了解しました。」


 士郎とセイバーは、普段通りの日常に戻るべく部屋を片付け始める。
 掃除、洗濯に始まり、システム開発に勤しむ面々のため、差し入れの下拵えをする。
 それを、柳洞寺まで運び、台所を借りて調理する。
 その後、アルバイトをして家に帰る。
 この一連の流れが、士郎とセイバーの生活サイクルになった。



[7779] 第69話 幕間Ⅱ②
Name: 熊雑草◆890a69a1 ID:9b88eec9
Date: 2010/08/27 00:39
 == Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==



 システム完成までの日常も、日々変化していく。
 入院から復帰した虎の帰還、そして、咆哮。
 改築され作られたイリヤの部屋の発覚、そして、咆哮。
 当のイリヤの出現、そして、咆哮。
 何故か集まるマスターとサーヴァント、そして、咆哮。
 気の合うランサーと虎、そして、咆哮。

 何を掛け合わせても、咆哮の発生する物体X。
 珍事の上に開発された究極の人型兵器兼最終兵器。
 藤村大河が復活してから、安息の日々は消えたと言っても過言ではなかった。



  第69話 幕間Ⅱ②



 変化は、他にも発生している。
 学校の再開である。
 遠坂邸を二人の少女が後にする。
 一人は、遠坂凛。
 一人は、間桐桜。

 今までにない異質の組み合わせの登校は、全校を揺るがす事件に発展する。
 遠坂凛は、優秀美麗、全校生徒の憧れの才女として、この学校では通っている。
 間桐桜は、暗い、寡黙、虐めの対象として、この学校では通っている。
 しかし、入院生活が終了し学校再開で登校してみれば、性格と立ち位置の正反対な二人が仲良く登校して来ているのである。

 『一体、何が起きた?』
 これが、全校生徒の統一した疑問である。
 そして、この原因と思しき人物に全校生徒の勇者:美綴綾子が、質問を投げ掛けるのである。


 「衛宮。
  何で、遠坂と間桐が一緒に登校してるんだ?」

 「俺は、美綴が俺に質問をする理由が分からない。」

 「衛宮のせいなんだろ?」

 「面白い発想だな。」

 「納得出来ない現象の影には、衛宮がいつも居るだろ?」

 「…………。」

 「こういうデタラメな時は、衛宮に聞くのが鉄板じゃないか?」

 「俺は、美綴がつくづく男だったらと思うよ。」

 「期待に副えなくて悪かったな。」

 「じゃあ。」


 美綴綾子のグーが、士郎に炸裂する。


 「逃げるな!」

 「殴るな!」

 「わたしの質問に答えろ!」

 「遠坂にでも聞けばいいだろ?」

 「それが出来たら苦労しないわよ!」

 「なんでだよ?」

 「人のプライバシーにズケズケと入り込めないでしょ!」

 「それでも知りたいと?」

 「うん。」

 (正直な奴だ……。)

 「それにさ。
  ほら、間桐。
  あの子も、あんな風に笑うんだなって。」

 「あ~~~。」

 (あの環境で一週間暮らしただけで、ああだもんな。
  いや、寧ろ性格変えないと生きていけない魔境だったからな。
  今後の桜の性格の変化も楽しみだ。
  何より、早速、リアクションしてくれた美綴にMVPをあげたい。)

 「何か知ってんだろ?」

 「女の園の中の事を、何故に俺が知ってるんだ?
  寧ろ、女同士の美綴の方が情報集めやすいんじゃないか?」

 「…………。」

 「それもそうね。」

 「分かったら、手を放せ。」

 「…………。」

 「だから、手を放せって。」

 「…………。」

 「おーい。」

 「…………。」

 「どうしたんだ?」

 「やっぱり、衛宮が事情知ってんだろ!
  このパターンは、絶対にそうだ!」

 (素晴らしい学習能力じゃないか、美綴。)

 「率直な感じ、どうだ?」

 「どうって?」

 「遠坂と桜が一緒に登校していて嫌か?」

 「そんな事はないわよ。」

 「ふむ。」

 「それより、何で、間桐の方は名前呼びなのよ?」

 「慎二と区別するためだ。
  間桐Aとか間桐Bって言いにくい。」

 「あ、そう。」

 「遠坂って変わったか?」

 「パッと見、変わらないかな。
  でも、少し笑顔が柔らかくなったような。」

 「桜は?」

 「大違い。
  あの子、笑わないししゃべらないしで、いつも俯いてたもの。
  それが顔上げて笑ってんだから。」

 「いい傾向だろ?」

 「まあな。」

 (どうしようかな?
  遠坂と打ち合わせしないで適当な事言ったら……。
  そっちの方が面白いから、適当な事を言おう。
  どうせ聖杯戦争の話なんて通じる訳ないんだし。)

 「実はな。
  あの二人って、病んでたんだよ。」

 「病んでた?」

 「そう、心が。」

 「間桐は分かるけど、遠坂はそんな感じしないけど?」

 「いや、アイツもアイツで病んでるんだ。
  学校じゃ、少しよそよそしいだろ?」

 「う~ん、そうか?」

 「そうだ。
  さっき、『笑顔が柔らかくなった』って言っただろ?」

 「そういえば。」

 「で、性格を変えるために治療を試みたんだ。」

 「衛宮がやったのか?」

 「そうだ。」

 「どんな?」

 「虎穴に入らずんば虎児を得ず。
  虎と一緒に生活させた。」


 美綴綾子が吹く。


 「虎って……藤村先生!?」

 「そう。
  カルチャーショックを与えた。」

 「衛宮、それ、やり過ぎだって!
  下手したら、人格変わっちゃうって!」

 「もう、遅い。
  結果を見ただろ?」

 「それで間桐が、ああなっちゃったの!?」

 「大成功だ。」

 「遠坂は!?」

 「あまり変わってないみたいだな。」

 (と、いうか、地の方が藤ねえとタメ張るぐらい強力だから変わらない。)

 「大丈夫なのか!?
  咆哮したりしないだろうな!」

 (藤ねえの正しい見方をしているな。)

 「多分、毒が末端に広がる前に取り出したから。」


 美綴綾子は、踵を返すと校舎へと走り出した。


 「種は蒔かれた。
  後は、勝手に尾ひれがついて広がるだろう。
  ・
  ・
  放課後が楽しみだ。
  蒔寺が居れば相乗効果で、もっと面白い事になったんだがな。
  ・
  ・
  お、第一村人発見!」


 士郎は、蒔寺楓のところに情報を吹き込みに行く。
 蒔かれた種は、放課後までに立派な幹と雄大な枝葉を生やし花を咲かせる。
 休み時間置きに入る新着情報に、士郎は腹を抱える。
 しかし、士郎は、この時知る由もなかった。
 赤い悪魔による確実なデッド・エンドが近づいている事を。



[7779] 第70話 聖杯戦争終了
Name: 熊雑草◆890a69a1 ID:9b88eec9
Date: 2010/08/27 00:39
 == Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==



 4月。
 学年が一つ上がる頃。
 第5次聖杯戦争を体験したマスターとサーヴァントに別れが訪れようとしていた。
 場所は、柳洞寺近くの洞窟。
 大聖杯のある場所である。



  第70話 聖杯戦争終了



 大聖杯。


 (魔法陣で根源につながる門の雛形みたいなものらしい。)


 キャスターと凛の親切ご丁寧な説明があっても意味が分からない。
 士郎は、分からないものを深く考えず、それっぽい例えで頭に入れる事にした。


  ・
  ・
  説明は、以上で終わり。
  これから、聖杯戦争が終わったと大聖杯に誤認させて、私達は座に還る。
  後は、私達の勝利を祈ってて貰えるかしら。」


 士郎が質問をする。


 「成功したら、どうやって根源への道をコントロールするんだ?」


 キャスターが、3つのアクセサリーを取り出す。


 「これは?」

 「制御装置のレプリカ。
  成功したら、これの本物を坊やの部屋に転送するわ。」

 「なぜ、俺の部屋?」

 「さあ。
  知らずと皆の意見が一致したわ。」

 「まあ、いいや。
  なんで、3つなんだ?」

 「一つは、アインツベルン。
  一つは、遠坂。
  最後のは、私のものよ。」

 「俺の部屋に転送するって事は、
  キャスターは戻って来るんだな。」

 「ええ。」


 凛が、キャスターに話し掛ける。


 「少し時間を貰えないかしら。
  最後の別れをして置きたいわ。」

 「ええ、急がないからいいわよ。」


 凛は、アーチャーの元へ行く。


 「あっちで話すわよ。」

 「ああ、いいだろう。」


 凛とアーチャーが離れて行く。


 「桜、私達も。」

 「はい……。」


 桜とライダーが離れて行く。


 「…………。」


 イリヤが黙って離れる。
 しかし、直ぐに泣き声が聞こえる。
 ここはお構いなくとセラとリズが、イリヤのところへと向かう。


 「あ~あ……。
  オレは、マスター居ないからな。」

 「拙者もな。」


 ランサーとアサシンは、暇な時間を持て余し気味にしている。


 「坊やは、いいの?」

 「俺達は、皆と違って、ずっと家に居たからな。」

 「そう。」

 「シロウ……。
  お話ししたい事があります。
  私個人的な事です。」

 「個人的?
  なんかあったっけ?」

 「シロウ、私は、貴方に話していない。
  自分が誰なのか……。
  何という英霊なのかを。」


 キャスター、ランサー、アサシンが、驚いた顔をしている。


 「坊や、自分のサーヴァントの真名を知らないの!?」

 「知らないけど?」

 「何で知らねぇんだよ!」

 「奇怪な。」

 「初めて会った時に、
  魔術師じゃない俺に真名を教えるのは危険だって。」

 「それにしたって、
  随分前から戦闘なんてないだろ?」

 「気にならないから忘れてた。」

 「何で、気にならないんだよ?」

 「なんかセイバーってのが、しっくりくるからさ。」

 「ええ。
  シロウは、それ以外にも私を『お前』扱いです。」

 「ありえねー。」

 「まあ、いいや。」

 (((また、流した……。)))

 「ここで話すか?」

 「いえ、あちらで。」

 「そうか。」


 士郎とセイバーが離れて行く。
 残されたサーヴァント達は呆れている。


 「アイツ、大物だよな。」

 「ただの阿呆かもしれんが?」

 「どちらにしろ、普通忘れないわよ。
  しかも、気にならないって、どういう神経してるのよ?」

 「お主は、いいのか?」

 「ええ。
  私は、暫しの間、御暇するだけですもの。」

 「愛しい宗一郎の下へ戻るのならば……。」

 「アサシン、それ以上は言わない方がいいわよ。」


 キャスターの凄味にアサシンのみならずランサーも黙ってしまった。


 …


 他の面々は、最後の別れの言葉を紡いでいる。
 しかし、士郎とセイバーは、今になって真名を明かすという流れになっている。


 「シロウ……。
  この身は、アーサー王……アルトリア・ペンドラゴンと言います。」

 「アーサー王……。」

 (すまん……分からん。)

 「分からないのでしょう?」

 「……はい。」


 セイバーは、分かり切った事と微笑んでいる。


 「シロウが怒った理由を考えていました。
  そして、ライダーからも助言を貰いました。」

 (お節介だな。ライダーの奴。)

 「理由は、何となくですが分かりました。」

 「そうか。」

 (考える時間は、多かったからな。)

 「気持ちは変わりません。
  世界にシロウと会えた事に感謝しています。」

 「感謝出来るほどの出会いとも思えんが……。」

 「本人には、自覚がないものです。
  貴方も私の価値は分からないでしょう?」

 「うん。」


 即答する士郎に対して、セイバーの額に青筋が浮かぶ。
 そして、深呼吸をして冷静さを取り戻す。


 「ただ……契約は切ろうと思います。」

 「なんで、また?」

 「貴方に……リベンジをしたい。」

 「リベンジ? 仕返しって事?」

 「はい。
  私も、貴方の様に自由であると見せつけたい。」

 「…………。」

 「いいんじゃないか?
  世界は、たくさん英霊を抱えてんだろ?
  7人ぐらい居なくなったって構わんだろう。」

 「そう、貴方のそういう自由さが欲しいのです。」

 「俺って偉大だな~。」

 「そこで調子に乗らなければ、尚、いいのですが。」


 セイバーは、微笑んでいる。
 そして、右手を差し出す。


 「シロウ、ありがとうございました。」


 士郎も、右手を差し出す。


 「ああ、こちらこそ。
  ありがとう。
  セイバーのお陰で聖杯戦争はなくなった。
  ・
  ・
  いや、7割は、俺の手柄だな。」

 「二人の手柄で、いいではありませんか。」

 「そうだな。
  最初から最後まで、二人で駆け抜けて来た。」


 その後、力強く握り合った後、二人は、皆の元へと戻った。


 …


 大聖杯の魔法陣の前に、皆、集まっている。
 凛は、気丈に自分のサーヴァントを見ている。
 桜は、既に涙を堪えられなくなっている。
 イリヤの涙は、もう崩壊している。
 士郎は、変わらない。


 「遅かったじゃない。」

 「セイバーに真名聞いてたら遅くなった。」

 「そう。
  ・
  ・
  何で、今頃?」

 「キャスター、話してないの?」

 「何で、私が、貴方のメッセンジャーをしなきゃいけないのよ。」

 「三人の中で、一番気が利くと思ったから。」

 「「オイ!」」

 「間違いじゃないけど。
  そこまで親切でもないわ。」

 (否定せんな、この女……。)

 「もう、行くのか?」

 「ええ、いつまでもダラダラしてても仕方ないわ。」


 キャスターが、魔法陣の前に手を翳し振り返る。


 「いいわね?」


 サーヴァント達は、無言で頷く。


 「では、宗一郎様。
  暫くの間、留守にします。」

 「ああ。
  ・
  ・
  しっかり、終止符を打って来るといい。」

 「はい、必ず。」


 キャスターの手から光が溢れ、魔法陣の1/3程を侵食する。
 魔法陣は、暫く点滅を繰り返すとやがて光を失った。
 そして、マスターの前からサーヴァント達は、音もなく姿を消した。


 「呆気ないものだな。」

 「ライダー……。」

 「バーサーカー!」

 「アーチャー……。」

 「そして、その他大勢。」


 凛のグーが、士郎に炸裂する。


 「信じらんない!
  この状況で、まだ、ふざける気!」

 「死んだ訳じゃないんだし。」

 「失敗したら、死ぬのよ!」

 「失敗しないだろ。」

 「何で、言い切れるのよ?」

 「勘だ。」

 「それ……何の根拠になるのよ。」

 「この勘で、最後まで勝ち残った。」

 「…………。」

 「一応、験担ぎという事にして置くわ。
  ・
  ・
  ところで、セイバーは、何処の英雄だったの?」

 「アーサー王とか言ってたけど。
  俺は知らない。
  大した事ないんじゃないか?」


 凛のグーが、士郎に炸裂する。


 「お馬鹿!
  何で、知らないのよ!」

 「アーサーなんて言われても、
  随分前に破局した芸能人ぐらいしか知らん。」

 「重症ね……。
  士郎のせいで、バーサーカーとの別れの余韻が掻き消されたわ。」

 「わたしも、ライダーとの感動の別れが……。」

 「…………。」


 士郎達は、ギャアギャア喚きながら大聖杯を後にする。
 今度来る時は、聖杯戦争のシステムを破壊出来る事を祈って。


 …


 サーヴァントと別れ、それぞれの日常に戻っていく。
 いや、戻っていない。
 凛と桜は、一緒に暮らし始めている。
 衛宮邸には、イリヤとアインツベルンのメイド二人が居る。
 セイバー達の戦いが終わるまで、本国には帰れないとの事。
 そして、根源への道の起動キーが、士郎の部屋に現れるならと衛宮邸に居ついてしまった。
 何も変わらないのは、葛木だけだった。
 彼も内面は変わっているのだろうか。
 そして、月日は、4月から5月へと変わろうとしていた。



[7779] 第71話 その後①
Name: 熊雑草◆890a69a1 ID:9b88eec9
Date: 2010/08/27 00:40
 == Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==



 衛宮邸に少女の声が響く。


 「い~や! わたしも学校行くの!」

 「いけません! お嬢様!」

 「そうよ! イリヤちゃん!
  士郎は、学校終わったら帰って来るから!」


 士郎にしがみ付いて離れないイリヤをセラと藤ねえが引き剥がしに掛かる。


 「もう、いいじゃん。」

 「士郎!
  そんな事言って、この子、もう何回学校に来てると思うの!」

 「もう、慣れたよ。」

 「うん! 食堂のおばさんとも仲良し!」

 「お嬢様! いい加減、アインツベルンの教育も受けてください!」

 「わたしは、士郎みたいになるの!」

 「「それは、絶対ダメ!」」


 思いの他、セラと藤ねえの気は合った。



  第71話 その後①



 士郎みたいになる……。
 それは、士郎のいかさま試験術を身につけるという事。
 当然、教育者であるセラと藤ねえは許さない。
 しかし、結局は、時間切れになる。
 藤ねえが、学校に行くリミットになると抑止力は半減する。
 イリヤをセラ一人で止めるのは無理なのである。


 「セラさん、ごめんなさい!
  わたし、もう時間!」

 「藤村さん!?」

 「さ、行こう!」

 「お嬢様!?」

 「お弁当持ったか?」

 「うん! ほら、リュック!」

 「衛宮様! 確信犯ではないですか!?
  くっ! リズは、何処に行ったのです!」

 「今日は、バームクーヘンで許してくれた。」

 「あの裏切り者!」

 「じゃあね! セラ!」

 「あと、よろしく。」


 セラを置いて士郎とイリヤは、衛宮邸を出る。
 セラの悲痛な叫びなど、無視して……。


 「セラも懲りないな。」

 「ほ~んと。
  ・
  ・
  でも、なんで、簡単に学校入る許しが出たんだろ?」

 「あの校長は、物で言う事を聞いてくれる大人の人なんだよ。」

 「買収したのね。」

 「そうとも言うな。」


 イリヤは、士郎を見て笑う。
 そして、ポツリと呟く。


 「皆が居なくなって随分経つね。」

 「そうだな。」

 「少し失敗したな。」

 「ん?」

 「勝つ事しか考えてなかったから、
  全滅した事を知らせる方法がないの。」

 「その辺は、平気じゃないかな。
  神代の魔術師が、そんな愚かな事をしないよ。
  全滅する寸前になんらかのアクションを起こすはずだ。」

 「そうよね。」

 「連絡がないって事は、未だ戦闘中という事だ。」

 「長いわね。」

 「もうすぐ、一ヶ月だ。」


 春の日差しの中をゆっくりと学校へ向けて歩く。
 その後、何もしゃべらないまま学校に着いてしまった。


 「わたし、図書室行くね。」

 「分かった。」


 士郎は、下駄箱でイリヤと別れ教室へ向かう。
 クラス替えがあったにも関わらず、大部分が前年度と同じ顔ぶれ。
 珍事と言えば、何故か付き合い始めた後藤君と三枝由紀香。
 一体、何があったのか士郎には理解出来なかった。
 士郎は、気にせずカップルの後ろに座る。
 軽く挨拶を済ませて静かにしている。


 (暇だ……。
  授業中の遊び相手を取られた。
  まさか、後藤君に
  こんな甘い時間が訪れるとは思わなかった。)


 士郎は、溜息をつくと居眠りを始めた。


 …


 一方、衛宮邸では、バームクーヘンにかぶりつくリズの前で、待ちに待った変化が訪れていた。
 リズが監視を続ける士郎の部屋に光が溢れる。
 ぼうっとリズが見守る中、アクセサリーが空間から現れる。
 空間から現れたアクセサリーは……。
 バームクーヘンの中にめり込んだ。


 「バームクーヘンが、なんか食べた……。」


 リズは、アクセサリーのめり込んだバームクーヘンを監視し続けた。


 …


 お昼休み。
 士郎は、お弁当を持って屋上へ向かう。
 そこは、いつの間にか待ち合わせ場所になっていた。
 その屋上に向かう階段の途中で桜と鉢合わせになる。


 「あ、衛宮先輩。」

 「桜か。
  髪の毛、大分黒くなったな。」

 「目も姉さんと同じ色になって来てるんですよ。」

 「ホントだ。
  大丈夫か?
  周りの人間は、なんか言ってないか?」

 「はい。
  どうも兄さんの虐めで
  染めていたと思われてるみたいです。」

 「なるほど。
  で、その兄さんは?」

 「リハビリ中です。」

 「姉ちゃんの方は、本当に容赦ないな。」

 「はは……。」


 桜も凛の行動力には引き攣っている。
 屋上の扉を開けると既に凛とイリヤが準備を始めていた。


 「イリヤ。
  また、学校に入り込んでたの?」

 「うん、校長の公認で。」

 「この学校、大丈夫なのかしら?」

 「少しぐらいの我が侭が通るのは平和な証拠よ。」

 「何よ、それ?」

 「あ、士郎と桜を発見!」


 士郎と桜が、凛とイリヤに合流する。
 そして、お昼の準備を始める。


 「この組み合わせって目立つわね。」

 「まあ、イリヤの私服は、色が全然違うからな。」

 「わたしも制服着ようかな?」

 「どっちにしても、自慢の髪が目立つ。」


 凛は、話を切り上げ、本題を確認する。


 「で、どうなの?」

 「変化なし。」

 「そう。」

 「ねえ、前から思ってたんだけど。
  キャスターは、こっちに戻って来るんだよね?」

 「イリヤ、何を当たり前の事を……。」

 「受肉しないといけないから転生でしょ?
  成功したなら生を受けて、こっちに居るんじゃないの?」

 「……なるほど。」

 「だったら、なんで、現れないのでしょうか?」

 「手間取ってんじゃないのか?
  外人で転生するなら、
  両親丸め込んで日本に来ないといけないだろ?」

 「そっか。」

 「でも、あのキャスターが手間取るとは思えないんだけど。」

 「じゃあ、あれだ。
  同じ魂を持つ人間が二人いちゃいけないってヤツ。
  タイムマシンで同じ人間同士会ったら、何か起きるってヤツ。」

 「抽象的な例えね……。
  何かって何よ?」

 「この世から消えるとか。」

 「そんな訳ないでしょう。」


 キャスターの成果の確認。
 お昼休みは、これがお決まりの恒例行事になっていた。
 そして、お昼ご飯を食べ終わる頃、イリヤの携帯電話が鳴り響く。


 「もしもし。
  あ、セラ。
  ・
  ・
  うん。
  ・
  ・
  うん。
  ・
  ・
  ホント?
  ・
  ・
  分かった、直ぐ行く。」


 イリヤが、携帯電話を閉じる。
 そして、満面の笑みで吉報を伝える。


 「キャスターから、連絡来たわよ。」

 「「「!!」」」


 士郎達は、お弁当の後片付けをすると早退して衛宮邸へと向かった。


 …


 玄関を開け、廊下を走り、襖を開ける。
 士郎の部屋には、セラとリズが居る。
 しかし、セラは、渋い顔をしている。


 「キャスターから、届いたんだよな?」

 「はい。」

 「失敗なのか?」

 「いいえ。」


 凛達は、飛び跳ねて喜んでいる。


 「なのになんで、苦渋に満ちた顔をしているんだ。」

 「これです。」


 セラが、前に向けて差し出したものに、一同、がっくりと項垂れる。


 「何で、バームクーヘンに
  根源への道の鍵が突き刺さってんのよーーーっ!」

 「あ~あ~あ~。
  こっちのバームクーヘンには、手紙が突き刺さってるよ。」


 嬉しさ半減というところか。


 「だいじょぶ。
  リズに任せる。」


 リズは、鍵の刺さったバームクーヘンを食べ始め、ペッと鍵を吐き出す。


 「キレイになった。」

 「リズ! 何をしているのです!」


 涎でベタベタになった鍵を取り上げる。


 「衛宮様! そっちの手紙を取り上げてください!
  私は、これを洗って来ます!」


 バタバタと文句を言いながら、セラが部屋を出て行く。
 士郎は、食べられる前にバームクーヘンから手紙を引き抜く。
 ちなみに残ったバームクーヘンは、リズが処理をしてくれた。


 「手紙……読むか?」

 「セラが来るまで待つわ。」

 「こんなベタベタする手紙は始めてだ。」

 「転送場所にバームクーヘンがあったから、めり込んじゃったのね。」

 「なんで、こんなところにバームクーヘンがあったんですか?」

 「リズにお願いして見張ってて貰ったんだけど、
  お駄賃と差し入れを込めて置いといたんだ。」

 「おいしかった。」

 「やっぱり、士郎だわ。
  斜め上を歩く。」


 そこへセラが戻って来る。


 「洗って来ました。」

 「ベタベタしてない?」

 「はい。
  しっかりと洗いました。」


 全員が輪になって座り、アクセサリーを模した鍵を中央に置く。


 「誰が読む?」

 「あんたに任せるわ。
  ベタベタした手紙なんて読みたくないもの。」

 「そうするか。
  俺、もう掴んじゃったから、後で手洗わなくちゃいけないし。」


 士郎が、手紙を読み始める。


 「『経過を書くと長くなるから、結果を書く事にします。』

  割かし普通の書き方だな。
  もっと、キャスターの個性が出るかと思ったが。

  『私達は、英霊との死闘を繰り広げながらも、
   神殿と根源への道を開くシステムの構築に成功しました。

   こちらでは、時間の感覚が分からず、何日戦い続けたのか分かりません。
   坊やの言った通り、組織戦の練習をしたのは正解でした。
   数で劣る我々が勝利を得たのは、チームワークだったからです。

   そして、もうひとつの大きな嬉しい誤算。
   理性を取り戻したバーサーカーのリーダシップと武器です。
   彼は、我々の中で間違いなく最強の位置にいて、
   弓による遠距離攻撃、剣による近接攻撃、仲間を庇う屈強な肉体で
   我々を引っ張ってくれました。
   その甲斐あって、安心してシステム作りに専念出来ました。』

  ヘラクレスの弓……ナインライブズか。
  理性を取り戻すと剣技も復活するはずだからな。」

 「士郎、ヘラクレス知らないんじゃないの?」

 「この前、調べた。」

 「続きは?」

 「『システムの完成により、起動キーを贈ります。
   雪の結晶のモチーフが、イリヤスフィール。
   ルビーと桜のモチーフが、遠坂姉妹。
   紫水晶のモチーフが、私のもの。
   坊やは、しっかり管理して置く事。』

  なるほど。
  キャスターのものは、俺が手渡せという事か。」


 凛達が、それぞれ自分の起動キーを手に取る。


 「綺麗……。」

 「それぞれの個性をデザインに取り入れているんですね。」

 「しかし、それを最初に涎でベタベタにするとは……。」


 士郎は、続きを読む。


 「『使い方は、座に還る前に話した通り。
   秘匿の意味を込めて、ここには記載しません。
   また、貴女達の髪を媒体に作成した初期の鍵は、貴女達にしか扱えません。』

  ふ~ん。
  使い方は、分かるんだ?」

 「ええ、大丈夫よ。」

 「使う時は、結界で何重にも抑えないとバレるから、
  直ぐには使えないけどね。」

 「なるほど。

  『追伸1:
   世界との契約を切り、皆、それぞれの生へと旅立ちました。
   貴方達に感謝をしています。

   追伸2:
   特にランサーとアサシンが感謝していました。
   彼らの願いは、生死を懸けた鬩ぎ合い。
   相手が英雄なら、相手にとって不足なしとの事。
   また、これ以上の戦もないから転生するとも……。
   彼らの転生の動機は、不純にしか思えません。

   追伸3:
   バーサーカーこと、ヘラクレス。
   彼も転生を希望しました。
   何かやり残した事があるとの事。

   追伸4:
   他の面々は、予定通り。
   あっさりしたものです。』

  終わりだ。
  バーサーカーのやり残しって、なんだ?」

 「分からないわね。
  彼とは会話出来なかったから。」

 「バーサーカー……。」


 イリヤは、感慨深そうな顔をする。


 「とはいえ……宴だな。」

 「いいわね。」

 「賛成です。」

 「私も腕を振るいましょう。
  お嬢様、何かリクエストはありますか?」

 「バームクーヘン……。」

 「リズ! 貴女は、まだ、食べるのですか!?」


 その夜、衛宮邸でささやかではない宴が催される。
 藤ねえも加わり、行き着くところまで行け。
 崩壊なんて序の口、混沌まで突き進む。
 彼らは、3日間の間、酔いが抜けずに学校を休んだ。



[7779] 第72話 その後②
Name: 熊雑草◆890a69a1 ID:9b88eec9
Date: 2010/08/27 00:40
 == Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==



 楽しい事があれば、辛い事もある。
 出会いがあれば、別れがある。
 宴の後のポッカリ空いた空虚な気持ち。
 聖杯戦争の終止符を打てば、イリヤは、去らなければならない。
 アインツベルンに戻り、成果を報告するためである。



  第72話 その後②



 大聖杯、二度目。
 前回よりも数を減らし訪れる地下の大空洞。
 約束通りに聖杯戦争のシステムを止める。


 「破壊するのか?」

 「いいえ。
  キャスターが残してくれたメモ。
  これには聖杯戦争のシステムの止め方が書いてある。」

 「止め方?
  と、いう事は、休火山みたいにお休みするだけか。」

 「ええ。
  ただし、一度、火を落としたらシステムに魔力が行かなくなる。
  だから、徐々に魔力が枯渇するわ。
  枯渇したシステムに魔力を込めるには、また、長い年月が掛かる。」

 「なるほど。」

 「でも、時間は、聖杯戦争の周期と同じよ。」

 「そうなのか?」

 「だって、システムは出来てるんだから、
  スイッチをONにするかOFFにするかの違いでしょ?」

 「……そりゃそうだ。」

 「じゃあ、止めるわよ。」


 凛が、魔法陣に手を置く。
 イリヤは、凛の反対側まで歩いて手を置く。
 そして、二人の魔術師により魔法陣に封印が施される。


 「凄いな。」

 「はい、姉さんもイリヤさんも優秀な魔術師です。」

 「スタートが違うだけだ。
  桜もいずれ優秀な魔術師になれるよ。」

 「衛宮先輩……。
  ありがとうございます。」

 (二人に嫉妬した事を見破られたんでしょうか?)


 魔法陣への魔力の供給が断たれて、聖杯戦争のシステムは眠りに着く。


 「終わったな。」

 「ええ、全て。」

 「じゃあ、これでお別れね。」

 「え?」


 皆が、イリヤを見る。


 「今日、これからアインツベルンに帰るの。」

 「そんな突然……。」

 「居心地がいいから、離れられなくなっちゃうから。」

 「また、冬木に来るんでしょ?」

 「どうかな?
  根源への道が開かれた以上、そんな暇はないかも。」

 「…………。」

 「じゃあ、押し掛ければ?
  遠坂、一人でも大暴れするから楽しいぞ?」


 凛のグーが、士郎に炸裂する。


 「あんたは、毎回、わたしを引き合いに出すな!」


 イリヤは、クスリと笑う。
 そして、士郎達は、ギャアギャア喚きながら大聖杯を後にする。
 あの時と変わらず。
 ただ、突然、去ってしまう白い少女の存在は、賑やかだった日常から、また、灯火を奪っていくような感じがした。



[7779] 第73話 その後③
Name: 熊雑草◆890a69a1 ID:9b88eec9
Date: 2010/08/27 00:41
 == Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==



 イリヤが去って、1ヶ月。
 少し退屈な日々が続く。
 キャスター帰還の連絡も、まだない。



  第73話 その後③



 久々の藤ねえとの登校。
 気だるい朝に士郎は、大欠伸をする。


 「士郎。
  これから学校なのにそんな大欠伸して。」

 「昨日、夜遅くまで本を読んでたんだ。」

 「なんの本?」

 「悟空とケンシロウが本気で戦ったらって本。
  気功波の類はなしで、戦ったらって話。
  なかなか面白い見方をしていて、つい読み耽った。」

 「士郎~。
  そんな変な本読まずに英語の勉強してよ。
  此間のテスト、記号の選択問題しか合ってなかったわよ。」

 「全部記号問題にしてくれれば、80点以上取る自信はある。」

 「そんなんで受験出来るの?」

 「選択問題だけで、合格点の届くとこを受験する。」

 「お姉ちゃんは、どこかで育て方を間違えたわ。」


 珍しく藤ねえが項垂れる。


 「そういえば、今日、転校生が来るわよ。」

 「女?」

 「そうよ。」

 「よし。」

 「何が?」

 「ヤロウに興味はない。」

 「自分に正直過ぎて、また、不安が増したわ。」


 藤ねえは、学校に着くまで終始項垂れていた。
 しかし、職員室について件の転校生を見ると虎の咆哮が全校に響いた。


 …



 士郎は、HRの始まる前から眠りについていた。
 しかし、耳を劈く虎の咆哮で目を覚ます。


 「藤ねえの奴……。
  別れて3分で人の安眠を妨害するとは、どういう了見だ。」


 学校の生徒の8割も正体を把握している。


 「久々の高音量でござったな。」

 「5段階評価で、一番高いんじゃないか?」

 「何の話をしてるのかな?」


 士郎と後藤君の会話に由紀香はついていけない。


 「拙者達ぐらいの達人になると、
  藤村先生の声の大きさで衝撃の度合いが分かるでござる。」

 「それを5段階評価で分けている。」

 「……そうなんだ。」

 「で、今のレベルは、5だ。」

 「5って?」

 「被害が生徒にまで及ぶ危険性大だ。」

 「えーっ!?」

 「希望は、まだあるでござるよ。
  HRで教室に入って来た藤村先生の顔が笑っていれば問題ないでござる。」

 「怒ってたら?」

 「…………。」

 「何で、そこで黙るのかな!?」


 運命の分かれ目を迎える事になり、生徒の目は、藤ねえの現れる扉に注がれる。
 そして、軽快な足音と供に扉が開かれる。


 「おっはよう、みんな!」


 生徒達の顔に安堵が広がる。
 勝負に……賭けに勝ったと。


 「新しいお友達を紹介するねー。」

 (((((小学生でもないのにお友達って……。)))))


 生徒達の心が一つになる。
 そして、咆哮の原因が転校生である事に安心する。
 藤ねえの後から入る生徒にクラスの男子は雄叫びをあげ、クラスの女子は感嘆の声を漏らす。
 ピンと背筋を伸ばし、流れるような金髪と澄んだ緑の瞳。


 「衛宮アルトリアです。
  以後、お見知り置きを。」


 士郎は、激しく机に頭を打ち付けた。


 …


 理解出来ない。
 あの日、居なくなったセイバーが居る。
 制服着て堂々と。
 背丈が少し伸びた感じがするが、違和感はそれだけだ。
 藤ねえは、上機嫌で頷いている。
 セイバーは、士郎を見つけると微笑んだ。
 それをクラスの生徒は、何を意味するのかと二人を交互に見ている。


 「シロウ、お久しぶりです。」

 「元気そうじゃないか。」

 『お~』

 「貴方に会いに来ました。」

 『なにーっ!?』

 『また、衛宮が何かしたのか!?』

 『遂に日本を越えて外国まで巻き込んで!?』

 (うるさいな、コイツら。)

 「藤村先生、HRの続きをしてください。」

 「うん、いいわよ。
  二人で話を続けて。」

 (あの馬鹿虎……。)

 『さすが、藤村教諭』

 『日頃の恨みも篭ってますな』

 (いいだろう……。
  お前らが止めないなら、ここを地獄絵図に変えてやろう。)

 「いつ来たんだ?」

 「8日前です。
  雷画さんには、もう、挨拶を済ませました。」

 「ところで、名前間違ってないか?
  アルトリア・ペンドラゴンじゃなかったっけ?」

 「いいえ、合っていますよ。
  衛宮アルトリアで。」

 「なんで、衛宮なんだ?」

 「私達は、婚約しているではありませんか。」

 「…………。」

 『『『『『なにーっ!!』』』』』


 今の言葉には、藤ねえも真っ白になっている。
 藤ねえは、一気に士郎のところまで走り、首根っこを捕まえる。


 「士郎ーっ!
  一体、どういう事!」

 「俺が知るか!?」

 「雷画さんから、聞いていないのですか?」

 「聞いてない!」

 「お爺様!?」

 「はい。」

 「何やらかした、お前!」

 「はあ。
  外国人の滞在は面倒だからと、
  シロウと婚約して日本人に帰化しろと。」

 「そんな簡単に決められるのか!?」

 「士郎……。
  お爺様なら、やりかねない。
  あっちの方には、顔が利くから。」

 「それにしたって、婚約だぞ!
  俺の意思は!?」

 「シロウの意思など、どうでもいいではありませんか。」

 『アルトリアさん、すげぇ……。』

 『あの衛宮が、手玉に取られてる……。』

 「お前は、いいのか!?」

 「はい。
  私は、孤児出身という設定ですので、
  両親を気にする必要もありません。」

 「そういう事じゃねー!」

 『何だ? 設定って?』

 「お前は、俺のこ、こ、婚約者になるんだぞ!」

 「外国に戻る時に離婚すればいいではないですか。」

 「離婚!?」

 『有り得ない……。
  あんな可憐な顔して、言ってる事はデタラメだらけだ。』

 「藤ねえ! 雷画爺さんに言って解消しろ!」


 藤ねえは、目を瞑り耳を塞ぐ。


 「きっと、夢よ!
  寝て覚めれば、虎に囲まれた平和な日常があるんだから……。」

 「現実逃避をするな!
  それに、虎なんかに囲まれた日常も有り得ない!
  ・
  ・
  待てよ……。
  そもそも、話に現実味がない。
  セイバー、嘘だろ?」

 「これが婚姻届なるものです。」


 セイバーが、士郎に見せる。


 「俺の字じゃねー!
  誰だ、書いたの!?
  役所も受理しないだろう!」

 「少し積んだら、受け入れてくれました。」

 「それは、犯罪だ!」

 「そういう事ですので、
  今後とも、よろしくお願いします。」


 士郎が既婚者になった話は、たちまち全校に広がる。
 地獄絵図を見せられのは、士郎の方だった。


 …


 お昼休み。
 一人になりたい士郎は、屋上も避け、校舎裏で缶ジュースを片手に落ち込んでいた。


 「悪夢だ……。
  いや、まだ諦めるのは早い。
  雷画爺さんに確認するまでは……。」


 そこへ一人の女生徒が息を切らして逃げ込んで来る。


 (ここは、避難所か何かか?)


 女生徒と士郎の視線が合う。


 「坊や!」

 「坊や?
  ・
  ・
  まさか、キャスターか!?」


 士郎は、声でキャスターと判別するが、目の前の女生徒は違い過ぎる。


 「な!? え~~~!?
  どうしてだ!?
  背が縮んでるぞ!?」

 「しょうがないでしょう!
  転生したら、この歳だったんだから!」

 「待て! 待ってくれ!
  俺、セイバーの事だけで一杯一杯なんだ。
  説明してくれないか?」

 「いいわ。
  私も誰かに説明して鬱憤を晴らしたいとこだったから。」

 「まず、セイバーとキャスターどっちから話す。」

 「私の事からでいいかしら?
  私とセイバーの経緯は同じだから。」

 「頼む。
  事態の把握が全然出来ない。」

 「手紙は、読んだわよね?」

 「読んだ。
  だから、第2の人生を得たのも知ってる。」

 「そう。
  ・
  ・
  実は、転生の魔術開発の基礎を凛に任せたのよ。」

 「遠坂に?」

 「ええ。
  セイバーは、上手く転生出来てたでしょう?」

 「ああ、出来てた。
  衝撃の登場シーンだった。
  身元を隠すために孤児出身だとも言ってた。」

 「だから、安心して任せてたのよ。
  ・
  ・
  なのに!
  私の設定をセイバーと同じにしたもんだから、
  転生しても女学生じゃない!」

 「……うっかりだな。
  ・
  ・
  で、なんで、逃げてたんだ?」

 「男子生徒がしつこいのよ!
  転向初日で、何で、あんなにワラワラと!」

 「お前、美人だからな……いや、美人だったのか。
  あと、俺の勘だけど、キャスターって猫被るだろ?」

 「被るけど、何よ?」

 「遠坂も被ってる。
  それで騙されてる。みんな。
  アイツが清楚なお嬢様だって。
  ・
  ・
  つまりな。男ってのは、分かり易い理想像に弱いんだ。
  故にワラワラと集まる。」

 「馬鹿じゃないの!?」

 「否定はしない。」

 「じゃあ、どうすればいいのよ!?」

 「カミングアウトしてしまえ。
  葛木先生が好きだって。
  男のいる美人には近づかん。」


 キャスターの顔がみるみる赤くなる。


 「そんな……ヤダ、坊やったら。」

 「葛木先生には会ったのか?」

 「会ったわよ。」

 「あの先生は内面を見るから、外見変わっても、
  キャスターに対しての気持ちは変わってないだろ?」

 「ええ、素敵なままだったわ。」

 (惚気を聞かされそうだな。)

 「だったら、言ってしまえ。
  堂々と宣言しなくても、
  『葛木先生みたいな人が理想だ』って言うだけでもいい。
  あの手のタイプは、この学校に居ない。
  と、いうか世界にも数少ない。」

 「ええ、そうなのよ。」

 (何言っても、惚気るな……。)

 「いいか?
  言い寄ってくる男達の中には、絶対に『好きなタイプは?』とかって、
  聞いてくるワンパターンな輩が居る。
  沈黙を貫いて、タイミングを合わせて答えて黙らせろ。」

 「なるほどね。
  利用するのは慣れてるんだけど、
  追い払うのは慣れていないのよね。」

 「贅沢な悩みだ。」

 「あら、そうかしら?」

 「今度は、俺が質問していいか?」

 「どうぞ。」

 「セイバーと設定同じって事は、
  同じ孤児院とかに居たんじゃないか?」

 「ええ、そうよ。」

 「サーヴァントだった時の能力は?」

 「当然、あるわよ。」

 「宝具がないぐらいか。」

 「ええ。」

 「当然、記憶とかも引き継いでんだから、
  神童として、いい待遇してたんだろ?」

 「あら、分かる?」

 「やっぱり、そうか。」

 「どうしたのよ?」

 「セイバーが、余計な知恵をつけて現れた。」

 「孤児院出てから日本に来るまでは会っていないから、
  詳細な動向までは分からないけど……。
  そんなに変わってたの?」

 「ああ。
  俺は、既にセイバーに婚約させられた。」

 「…………。」

 「冗談でしょう?」

 「本当だ。
  しかも、転向初日の紹介で、皆の前で堂々と。」

 「……それは、災難ね。
  ・
  ・
  と、いうか、貴方が出し抜かれたの?」

 「ああ。
  だから、セイバーの動向が知りたかったんだが、今の話では情報がない。
  これでは期待出来ないな。」

 「貴方、聖杯戦争が終わっても戦いが続きそうね。」

 「全くだ。
  もっと、平和的な再会が出来ただろうに。」

 「さて、私は、行こうかしら。
  知恵も授かった事だし。」

 「遠坂達には会ったのか?」

 「会ったけど、気付かないわよ。
  お互い猫被ってたし。」

 「……気付くまで黙ってるつもりだろ?」

 「あら、分かる?」

 「キャスターは、楽しんでるな……。」

 「ええ。
  この国は、争いがなくて過ごしやすいわ。」


 キャスターは、踵を返すと楽しそうに戻って行った。


 「あの姿は、反則だな。
  絶世の美少女じゃないか。
  キャスターふった男って、ブス専なのかな?
  ・
  ・
  あ、鍵渡し損ねた。」


 お昼休み終了のチャイムが鳴り響く。
 士郎も教室へと戻る事にした。


 …


 放課後。
 士郎とセイバーは、一緒に帰っている。
 学校の人間の冷やかしも抜群の対応能力で受け流し、『別にいいんじゃない』の一言で流してしまった。


 「貴方と歩くのも久しぶりです。」

 「俺、セイバーは、この時代に転生しないと思ってた。」

 「何故ですか?」

 「綺麗な別れ方だったから。
  俺と会えば、また濁るじゃん。」

 「相変わらず自分を卑下するのに躊躇がありませんね。
  それに別れ際にリベンジすると言ったではありませんか。」

 「そうだったな。」


 セイバーは、暖かい陽気の風を受けながら呟く。


 「日本は、いい国ですね。
  あの時は寒い季節でしたが、今の暖かい季節も気持ちがいい。」

 「それなりにな。
  ・
  ・
  なあ、昼間の婚約って本当なのか?
  よく考えたら婚姻届を見せたって事は、
  まだ、役所に提出してないんだろ?
  大体、証人とか本人確認でバレるんじゃないか?」

 「流石、シロウです。」

 「じゃあ、嘘か?」

 「いえ、本当です。」


 セイバーは、鞄の中から婚姻届を出して士郎に渡す。


 「コピーです。
  筆圧の掛かった形跡がないでしょう?」

 「確かに……。
  なんで、こんなもんを持ってんだ?」

 「雷画さんが記念にと。」


 士郎は、ようやく分かったという顔をする。


 「そうか……。
  セイバーは、素なんだ。
  計画を立てたのが雷画爺さんなんだ。」

 「その通りです。
  それも言いませんでしたっけ?」

 「言った。
  『雷画さんに聞いてないのですか』って聞いてた。」

 「シロウ、貴方らしくもない。」

 「俺も、ここまでデタラメをした事がないからな。
  さすが、師匠だ。」

 「師匠?」

 「そう、雷画爺さんが俺の師匠。
  俺の考えの中心には雷画爺さんの教えがある。
  だから、向こうも俺を騙すのはOKだし、
  俺が、向こうを騙すのも暗黙の了解なんだ。」

 「妙な師弟関係ですね。」

 「キャスターに嘘ついちゃったな。
  雷画爺さんの思惑と気付くのに手間取ったから、
  セイバーの性格が激変したと言っちゃったよ。」

 「何故、そうなるのです?」

 「だって、セイバーの口からデタラメな
  言葉が出るとは思わなかった。」

 「変わりませんね。」

 「お互いな。」


 ク~とお腹の鳴る音がする。


 「シロウ、お腹が空きました。
  今日は、腕によりを掛けてくれるのでしょう?」

 「そうだな。
  偽装結婚とはいえ、新婚だし。
  雷画爺さんも呼んで……いや、藤村組で宴にしよう。」

 「はい。」


 士郎に聖杯戦争の時の騒がしい日常が戻って来る。
 それは、聖杯戦争で勝ち抜いて手に入れた本当の報酬なのかもしれない。



[7779] 第74話 その後④
Name: 熊雑草◆890a69a1 ID:9b88eec9
Date: 2010/08/27 00:41
 == Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==



 遠坂邸の呼び鈴を押す者が居る。
 大きなバッグを抱えて、とてもじゃないがセールスには見えない。
 桜が、パタパタと玄関に向かい小走りする。
 そして、扉を開ける。


 「はい、どちら様ですか?」

 「ご無沙汰しています。
  桜、すっかり明るくなりましたね。」


 桜の目に涙が浮かぶ。
 久しぶりに見た優しい笑顔に桜は抱きつく。


 「ライダー!」


 久々の主従の再会であった。



  第74話 その後④



 桜は、ライダーの手を引いて、遠坂邸の居間に案内する。


 「姉さん!」

 「ん? 新聞の勧誘から商品でもぼったくったの?」

 「違います!
  ライダーです!」

 「ライダー?
  ・
  ・
  え! ライダー!?」


 ライダーが、桜の後ろに遠慮がちに控えている。


 「どうしたの!?
  あ、え、そうじゃなくて……。
  この時代に転生してたの!?」

 「はい。」

 「兎に角、座って。
  今、お茶用意するから。」

 「ありがとう、凛。」


 紅茶を前にしてソファに腰掛け、姉妹は、ライダーを凝視していた。


 「驚いたわ。
  突然、訪ねて来るんですもの。」

 「すいません。」

 「今まで、どうして訪ねて来てくれなかったんですか?」

 「私も、やりたい事が出来まして。」

 「やりたい事?」

 「はい。
  貴女達、姉妹を見たら、私も最後まで姉妹を続けたいと思いまして。」

 「最後まで……そうか。
  ゴルゴン三姉妹の結末は、悲しいものですものね。
  願いを叶えられるなら、最後まで一緒に居たいものね。」

 「はい。」

 「じゃあ、お姉さん達と暮らしてたの?」

 「はい。
  始めは良かったのですが……。」

 「何で、歯切れが悪くなるのよ?」

 「いえ、貴女達に感動を覚えて理想を高く持ち過ぎました。
  実姉の性格をすっかり忘れていたのは、私の痛恨の極みです。」

 「ライダー、仲悪いの?」

 「いいえ、決してそのような事はありません。」

 「?」

 「テレビをつけてもいいですか?」

 「ええ、構わないわよ。」


 ライダーは、テレビをつけるとチャンネルを回す。
 そして、双子のアイドルが画面に映るとリモコンを置く。


 「彼女達を知っていますか?」

 「ええ、知っているわよ。
  可愛いんだけど、きつい性格してんのよね。」

 「私の姉です。」


 凛は、紅茶を吹き出しそうになり咳き込む。


 「大丈夫ですか、姉さん。」

 「コホ…コホ……姉!?」


 凛は、ライダーとテレビの中のアイドルを見比べる。


 「似てる……そういえば、似てる!」

 「ええ……まあ、姉妹ですから。」

 「そのお姉さんが、どうしたの?」

 「凛が感じた通りに、性格に難があるのです。
  凛、桜、申し訳ありませんが、私を住み込みで雇って貰えませんか?」

 「雇うって……。
  お姉さん達から逃げて来たの?」

 「はい。」

 「ライダー……。
  何のために転生したのよ。」

 「今は、もう、凛と桜のためという事にして貰えないでしょうか?」

 「はは……。
  凄い展開ですね……。
  どうしますか?
  わたしは、ライダーと一緒に居たいです。」

 「反対する理由はないわね。
  だって、メデューサが従者に居てくれるなんて、
  魔術師としては、破格の条件ですもの。」

 「私にサーヴァントの力が残っているのを
  知っているのですか?」

 「ええ、キャスターとセイバーに聞いたわ。」

 「セイバー?
  セイバーも、この街に戻っているのですか?」

 「ええ、驚くわよ。
  士郎と婚約してるんだから。」

 「…………。」

 「凛、もう一度いいですか?」

 「セイバーは、士郎と婚約してるのよ。」

 「な、何故、そんな事に!?」

 「どうしてだと思う?」

 「ま、まさか、セイバーが、士郎に惚れたのですか!?」

 「違うわよ。
  理由を聞いたら、また驚くわよ。」


 ライダーが、目で桜に訴え掛ける。


 「実は……日本に居座るために
  外国人であるセイバーさんは、衛宮先輩と婚約したんです。」

 「ぎ、偽装結婚ですか!?」

 「そう。
  アイツのデタラメさは、遂に日本を飛び越えたのよ。」


 ライダーは、額に手を当て項垂れる。


 「この脱力感も、何処か懐かしい……。」

 「まあ、私達も少なからず、
  ライダーに脱力させられたけどね。」

 「それは言わないでください。」


 桜が、ライダーに微笑む。


 「ライダー、これからもよろしくね。」

 「ええ、桜。
  よろしくお願いします。」

 「わたしからも、よろしく。」

 「ええ、凛。
  よろしくお願いします。」


 また一人、冬木の街にサーヴァントが戻って来た。
 遠坂邸の日常も、より一層騒がしくなる。



[7779] 第75話 その後⑤
Name: 熊雑草◆890a69a1 ID:9b88eec9
Date: 2010/08/27 00:42
 == Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==



 冬木の街が騒がしい。
 藤村大河と蒔寺楓という魔獣2頭でも、この街は、十分騒がしかった。
 しかし、6月頃に現れた外国人により、更に騒がしい街へと変貌する。
 金髪の王様、紫髪の騎手、青髪の魔女。



  第75話 その後⑤



 事件に関しては、事欠かない。
 5人の内、誰かが必ずと言っていいほど、1日に1回は、騒ぎを起こす。
 特に猫を被っていたキャスターの限界点が決壊し、自己の本性をカミングアウトしたところから、手が付けられない。
 そして、この街には火種だけではなく、注ぐ油も存在している。
 衛宮士郎である。
 常に歩き回る5箇所の火種に油が遭遇すれば煙が上がる。
 火のあるところに煙が上がるのは諺通りである。
 そして、この油は、火種に火が灯っていなくても着火させるから始末が悪い。


 …


 「逃げられました!
  キャスター、貴女の方は?」

 「こっちにも居ないわ!
  あのガキ!」


 士郎を追っての追いかけっこが校内で続いている。
 地の利を有利に事を運ぶ士郎を二人の才女が追い回す。
 そこに凛が猫を被って現れる。


 「どうしたのですか?」

 「リン、良いところに。
  シロウが逃走しました。」

 「行き先に心辺りないかしら?」

 「さあ、分かりませんね。
  何故、彼を追っているのですか?」

 「委員会をエスケープしました。」

 「あのガキ、まだ、一度も出てないのよ!」

 「…………。」

 (二人とも真面目だから……。
  そもそも、士郎を選んだ時点で人選ミスだと思うんだけど……。)

 「少しでもいい加減な性格を直そうと思って
  委員会に入れたのですが……。
  これでは、何の意味もない!」

 「全くよ!
  委員長をしている私の信頼が疑われるわ!」

 (キャスター、委員長なんだ……。
  それにしても……。
  転向当時とは、エライ違いだわ……。
  ・
  ・
  それと士郎が委員会に出なくても信頼は下がらないわ。
  皆、知ってるから……。
  奴のダメさ加減は。)


 セイバーが、腕時計を確認する。


 「キャスター、時間です。
  仕方ありませんが戻りましょう。」

 「そうね。
  他の人を待たせる訳にはいかないわ。」

 (本当に優秀だわ。この二人。)


 セイバーとキャスターが引き上げて行く姿を見送りながら、凛もその場を後にする。


 …


 一方、士郎は、既に校内を脱出していた。


 「アホか、あの二人?
  真面目に委員会なんか出ていられるかってんだ。」


 士郎は、ふてくされながら帰路に着く。
 暫く歩くと士郎の前に2メートルを越す巨漢が現れる。
 黒いスーツを着こなし、髪をオールバックにして後ろで縛り上げている。
 そして、サングラスを掛けた顔が士郎を睨んでいる。


 「…………。」

 (なんだコイツは……。
  ターミネーターみたいな奴だな……。
  ・
  ・
  表現が古いな……。
  でも、あれ名作だし。)


 士郎が無視して通り過ぎようとすると、男は声を掛ける。


 「久しぶりだな、少年。」

 「久しぶり?」


 士郎が振り向いた瞬間、男の強烈なボディブローが士郎に突き刺さる。
 強烈な一撃は、一瞬にして士郎の意識を刈り取る。
 男は、士郎を担ぎ上げると衛宮邸に向かう。
 鍵を力任せに引きちぎり、家に侵入すると天地神明の理を掴む。
 そして、携帯電話で連絡を取ると衛宮邸の前に一台の車が止まった。

 冬木の街から士郎が姿を消したのは、雪の降り始めた初冬の頃だった。


 …


 耳障りな機械の音と妙な浮遊感に士郎は目を覚ます。
 目の前には、先ほどの男が座っている。
 そして、身動きが取り難い。


 「シートベルトしてるからか……。」


 士郎は、ぼんやりと周りを確認する。
 映画で見たような自家用ジェットを思い起こさせる。


 「気が付いたか?」

 「うん、気が付いた。
  ・
  ・
  ここ、どこだ?」

 「飛行機の中だ。」

 「ああ……やっぱり。」

 「…………。」

 「どこに行くんだ?」

 「着けば分かる。」

 「多分、分かんないと思うぞ。
  俺、地理に関しては、地元以外疎いから。」

 「情報通りだな。
  自分の事以外は、興味が薄い。」

 「俺の情報なんて、なんのレア価値もないだろ?」

 「そうでもない。
  実に奇天烈で面白いものだった。」

 「そういう見方もあるか。
  まあ、確かに他人の人生を第3者の立場で見るのは面白いかもな。」

 「…………。」

 「君は、平然と私と話しているが、
  状況を理解しているのか?」

 「してないよ。
  でもさ、連れて来たのあんただろ?
  だったら、俺が喚いても情報入らないじゃん。」

 「普通、慌てたり質問をしないか?」

 「そういうもんかな?」

 「そういうものだ。」

 「あ、そうだ。
  俺、質問したじゃん。
  どこに行くかって。」


 男は、溜息をつくと答える。


 「アインツベルンだ。」

 「アインツベルン?
  イリヤのところか!
  そーかそーか!」


 男は、額に手を当てる。


 「失敗だな。」

 「ん?」

 「お嬢様から驚かすよう託ったのに何のリアクションもない。
  わざわざ誘拐の真似までしたのに……。」

 「期待通りにいかなくて悪いな。」

 「いや、これも情報通りだ。
  我々の斜め上を歩く。」

 「どっから得た情報だよ……。
  で、なんの用で呼んだんだ?」

 「本当に動じない男だ。
  ・
  ・
  お嬢様が、お前に会いたがっている。」

 「随分と急だな。
  確かに外国に家あるから、
  パスポート用意したりして大変で時間が掛かるけど。
  ・
  ・
  ん? 俺、パスポートとか用意してない!」

 「安心していい。
  アインツベルンが安全に密入国させる。」

 「は!?
  密入国!?」

 「その方が手っ取り早い。」

 「そんな訳ないだろ?」

 「もう、手配も済んでいる。」


 男は、士郎にパスポートを渡す。


 「『ドイツ出身:24歳 男
   シロウ・エーミヤ・ヨコヅナ』
  ・
  ・
  誰?」

 「君の偽装パスポートだ。」

 「誰だ! この写真!
  しかも、なんだ……ヨコヅナって!」

 「安心しろ。
  外国人には日本人の顔は、皆同じに見える。」

 「いや、だったら出身日本にしようよ!
  微妙にヨコヅナなんて入れて日本をアピールしなくていいからさ!」

 「すまんな。
  作った者も外国人なので先入観があってな。」

 「それにパスポートなんていらないだろ!
  俺、密入国するんだから、必要なのは偽の戸籍だろ!」

 「何だ少年?
  やる気満々じゃないか。」

 「違うわ!」

 「今から手配する。」

 「名前からヨコヅナは外せよ!」


 士郎を乗せた飛行機は、アインツベルンのある近くの国の飛行場へと向かった。


 …


 飛行場に着き、車に乗り換える。
 途中の街で士郎は、男に話し掛ける。


 「ちょっと、いいか?
  お宅さ……バーサーカーかヘラクレスでいいんだよな?」

 「この図体だからな。
  いずれ気付かれると思っていた。」

 「いや、気絶させられたパンチの威力に覚えがある。」

 「すまんな。」

 「いいよ、イリヤの悪戯だと思うから。
  とりあえず、連絡入れないと。」

 「なら、藤村雷画に電話を入れるといい。」

 「またか……まさか、国際的なマフィアじゃないだろうな。」

 「安心しろ。
  雷画翁は、お嬢様をお気に入りにしているだけだ。」

 「そうだった。
  じゃあ、電話させてくれないか?
  ・
  ・
  そういえば、俺、国際電話掛けた事ないや。」

 「この携帯を使うといい。」


 バーサーカーが、携帯電話で国際電話を利用し電話を掛けてくれる。


 (携帯操作するの違和感あるな……。
  でも、ボディガードってのになるんだろうな。
  凄く合ってる気がする。)


 士郎は、携帯電話を受け取る。


 「ん? うわ!?
  これ、普通の受話器ぐらいの大きさだ!
  ・
  ・
  仕方ないか……。」


 士郎は、呼び出し音を聞きながら雷画が出るのを待つ。
 受話器に藤村組の若衆が出たので、取り次いで貰い雷画が出るのを再び待つ。


 「ん? 繋がった。」


 キーンという耳鳴り音から受話器を離す。
 電話には、藤ねえが出た。


 『士郎! どこに居るの!
  委員会を放り出して!
  セイバーちゃんとキャスターちゃんに迷惑掛けて!』

 (アイツら、藤ねえに泣きついたのか。
  無駄な事を……。
  俺、もう日本に居ないし。)

 『私とセイバーちゃんのご飯をどうするの!』

 (それは関係ないだろ……。)

 『それで、どこに居るの?』

 「え~と……XXXって国知ってるか?」

 『知らないわよ!』

 「その国のYYYって街を知ってるか?」

 『国自体知らないのに街なんか分からないわよ!』

 (いい加減、怒りを解いてくれないかな?)

 「そこにセイバーも居るんだろ?
  地図開かせて。」

 『分かった。
  ちょっと、待って。
  ・
  ・
  いいわよ。』

 「今、そこに居る。」

 『…………。』

 「…………。」

 『えーーーっ!?
  なんで!?
  どうして!?』

 「簡単に言うと、帰りにとっ捕まって連れて来られた。」

 『誘拐じゃない!』

 「そうとも言うな。」


 電話の向こうでバタバタしている。
 『大河! 替わってください!』とセイバーの声が聞こえる。


 『シロウ!』

 「あ、セイバー。」

 『何をしているのです!』

 「話すの面倒臭くなるから、
  スピーカーのスイッチ入れてくれないか?
  藤ねえも雷画爺さんも居るんだろ?」

 『分かりました。
  ・
  ・
  どうぞ。』

 「実はだな。
  セイバーとキャスターに追われて、
  外国まで逃走を図った次第だ。」

 『我々のせいですか!?
  そこまで委員会に出るのが嫌だったのですか!?』

 「俺、やる時は、思い切ってるから。」

 『士郎! 嘘つかない!
  さっき、誘拐って言ったでしょ!』

 「そうだった。
  セイバー、それ嘘。
  誘拐されたのが本当なんだ。」

 『事態が悪化したではありませんか!』

 「はっはっはっ。
  よくある事だ。」

 『ありません!
  ・
  ・
  それより、本題を話して頂けないでしょうか?』

 「え~とだな。
  誘拐というのは、俺の運搬手段なんだ。」

 『はい?』

 「犯人は、イリヤのSP。
  つまり、ボディガードだ。」

 『イリヤスフィールの仕業でしたか。』

 「安心したか?」

 『いえ、安心は出来ません!』

 「それでさ。
  ボディーガードって、誰だと思う?」

 『知り合いなのですか?
  セラには勤まらないような気がしますが。』

 「なんとバーサーカーだ。」

 『バーサーカー!?』


 向こうでは、藤ねえと雷画が、バーサーカーとは誰かと騒いでいる。
 しかし、士郎は、セイバーが何とかするだろうと無視して話す。


 「俺も、今、やっと連絡入れたところで事情はこれからなんだ。」

 『そうですか。』

 「外国に連れて来るぐらいだから、
  かなりの日数居る事になると思うんだ。」

 『何故です?』

 「まず、外国に行くなんて藤ねえが許さないだろ?」


 『当たり前よ!』という声が響く。


 「そして、俺に帰る手段はない。
  つまり、用件が終わるまで開放されない。」

 『なるほど。』

 「そこで、雷画さんにお願いだ。」

 『替わります。』

 『オウ! 士郎坊!
  楽しい事になってるじゃねぇか!』

 「やっぱり?」

 『遂に日本を飛び出したな。』

 「自分の意思じゃないけどね。」

 『で、俺への頼みって何だ?』

 「俺、このままだと学校卒業出来ないんだよ。
  日数も単位も。」

 『で?』

 「偽装工作してくれないかな?」

 『ああ、いいぜ。』

 『!!』


 電話からは、向こうのやり取りがダイレクトで聞こえて来る。
 かなりの音量らしい。


 『雷画さん!
  それはいけない!』

 『そうよ、お爺様!
  なんで、士郎にはそんなに甘いの!』

 『男には旅をさせるもんなんだよ!』

 『誘拐ではありませんか!』

 『それに偽装工作って!
  なんで、それを許しちゃうのよ!
  ちゃんと学校に出て卒業させるの!』

 『しつけーな。
  2/3以上出てんだから、いいじゃねぇか。』

 『~~~っ!
  士郎が、あんなになっちゃったのは、
  お爺様のせいなんだから!』

 『だとしたら、俺の育て方に間違いはない!』

 『雷画さん!』


 士郎は、無視して携帯電話のスイッチを切る。
 そして、バーサーカーに向かい親指を立てる。


 「バッチリだ!」

 「纏まった気がしないのだが……。」

 「誘拐までして、気に掛ける事じゃないだろ?」

 「お嬢様の見立ては正しい……。」


 バーサーカーは、苦笑いを浮かべると携帯電話を受け取り車を出す。
 向かう先は、イリヤの居るアインツベルン本拠地。


 …


 街中を離れ、車は郊外を進んで行く。
 鬱葱と茂る森は、冬木にあったイリヤの城を思い出す。
 まだ、随分先にあるに違いないのに冬の城の屋根が徐々に見え始める。


 「凄いな~。
  外国って土地余ってんのか?」

 「そういう訳ではない。
  歴史の長い一族だ。
  初めから所有していたと考えるべきだろう。」


 車は、一番大きな城を通り過ぎ、更に奥へと進む。


 「あれ? 通り過ぎちゃったぞ?」

 「…………。」


 車は、城の真裏の日当たりの悪い建物の前に止まる。
 その建物も一般の家と比べれば豪華な作りだが、日当たりの悪さと城を比べると一回りも二回りもみすぼらしく見える。


 「ここだ。」

 「ちょっと、安心した。
  イリヤは、一般庶民に近い暮らしをしてるみたいで。」

 「そういう捉え方も出来るな。
  しかし、お嬢様の功績を考えれば、
  この住まいは粗末過ぎる。」

 「…………。」


 士郎は、バーサーカーに案内され建物に入る。
 石造りの建物は、内装の所々が痛んでいる。
 そして、二階の奥の部屋に通される。


 「士郎……。」

 「ここ暖かいな。
  ・
  ・
  凄いな、本物の暖炉だ。」

 「どうしたの!?」

 「拉致された……。」


 イリヤは、ベッドの上で驚いている。
 昼間から寝ているイリヤに違和感を覚えつつも士郎は、イリヤに笑い掛ける。


 「そうだ、バーサーカー。
  セラにお茶の用意させてくれ。
  俺、緑茶がいい。
  イリヤは?」

 「わたしは……。」

 「やっぱりなし。
  お腹減ったから、イリヤとご飯にする。」

 「……君は、客人だよな?」

 「いいんだよ。
  セラには、貸しがあるんだから。
  それにイリヤは、俺に絶対服従だから、
  セラの一つや二つ提供したってバチは当たらないって。」

 「相変わらずですね、衛宮様。」

 「おお、セラ。
  小皺増えたか?」


 セラのグーが、士郎に炸裂する。


 「増えてません!」

 「まあ、いいや。
  セラ、ご飯。」

 「……お嬢様は、さっき、いただいたばっかりです。」

 「イリヤ、セラが虐めるんだ。
  俺は、お腹が減って死んでしまうよ。」

 「衛宮様!」


 イリヤは、クスクスと笑っている。


 「いいわ。
  仕方ないから、もう一度、食事をしてあげる。」

 「イリヤは、優しさに溢れてるな~。
  どこかの王様や魔女や虎や悪魔とは、大違いだ。」

 「なんなの? そのバラエティーに富んだ例えは?」

 「冬木の街は、大賑わいでな。
  食事しながら話してやるよ。」

 「楽しみにしているわ。」


 一階に場所を移して食事を始める。
 士郎の話でイリヤは、終始笑い続けている。
 セラとバーサーカーは、半ば呆れつつも苦笑いを浮かべている。
 そして、夕暮れ時、話し疲れたイリヤが、先に眠りに着いた。


 「相変わらず、トラブルを巻き起こしているようですね。」

 「自重しているつもりなんだが、
  周りが勝手に凄い事になる。
  ・
  ・
  アインツベルンの緑茶、美味しいな。」

 「いいものを取り寄せてますから。」

 「で、俺を呼んだ理由は?」

 「お嬢様が呼んだのですよ。」

 「嘘はいけないな。
  俺を呼んだのは、セラだろ?
  イリヤの驚いた顔を見れば分かるよ。」

 「…………。」

 「なんか話しづらい事でもあるのか?」

 「衛宮様……。
  ここに留まって貰えませんか。」

 「どのぐらい?」

 「お嬢様が亡くなるまでです。」

 「……さすがにそれはちょっと。」

 「そう長い間ではありません。」

 「やっぱり。
  なんかおかしいと思ったんだ。
  昼間なのに寝てたし、食事も進んでなかった。
  病気なのか?
  だったら、根源への道が開いたんだし、幾らでも治せるだろ?」

 「病気ではありません……寿命です。」

 「寿命?
  あんな若いのに?」

 「私達は、作られた命ですから。」

 「詳しく聞かせてくれるかな?」


 セラは、アインツベルンのホムンクルスの話を始める。
 作られた生命体。
 そして、聖杯戦争のために作られた魔術刻印で出来た命。
 士郎は、複雑な表情で話を聞く。


 「根源の力で、どうにかならないのか?」

 「出来ません。
  道が開いても、我々は、まだ使いこなせていないのです。
  そして、根源への道の鍵は、お嬢様しか開けない。
  ・
  ・
  だから……お嬢様が死ぬ前に、お嬢様に無理強いをしてでも
  道を開かせて成果を貪ろうとアインツベルンは考えています。」

 「イリヤは、それを承知で道を開き続けている!」


 バーサーカーが、手の中のカップを握り潰す。


 (なるほど。
  バーサーカーのやり残しは、イリヤに仕える事だったんだ。
  『お嬢様』から、『イリヤ』に切り替わるのはパパモードってところか?)

 「だから……せめて、お嬢様の近くには、貴方が居て欲しいのです。」

 「私からも頼む。」


 セラとバーサーカーが頭を下げる。
 士郎は、頬をポリポリと掻く。


 「多分だけど、もう、あらゆる手を尽くしたって感じかな?」

 「……はい。」

 「リズは?」

 「リズは、お嬢様と強く結びついています。
  だから、お嬢様が弱ればリズも弱ります。
  リズもまた、動けない身です。」

 「そうか。」

 「願いを聞き入れてくれないでしょうか?」

 「条件がある。」

 「出来る事なら、何でも。」

 「留まってもいいからさ。
  もう少し足掻かないか?」

 「?」

 「直ぐには、寿命は尽きないんだろ?」

 「ええ。」

 「だったらさ。
  足掻こう。
  俺の悪足掻きに付き合ってくれるなら、
  留まってもいい。」

 「……分かりました。
  しかし、私達は、一度、諦めています。
  だから……。」

 「いい。
  分かってる。
  アイデアが出ないんだろ?
  そこは、俺がなんとかする。」

 「少年、いい策でもあるのか?」

 「ある!
  キャスターに聞く。」

 「根本の解決にならないのでは?」

 「分かってる。
  一気に解決を図っても成功しないだろう。
  まず、俺達は、手持ちの情報が少な過ぎる。
  情報集めが必要だ。
  なら、その集め方のアドバイスを専門家に貰う方が間違いない。」

 「しかし……。」

 「セラ。
  俺とお前の違いが分かるか?
  お前は、人に頼るのに躊躇があるんだよ。
  俺は、躊躇しない。
  相手を信用しているからな。」

 「衛宮様……。」

 「それに相手に迷惑を掛けるのも気にしない。」

 「それは……。」

 「相手が被害を被ろうが関係ない。」

 「間違ってます!」

 「いいんだよ。
  俺は、そういう生き方して来たんだから。
  皆、許してくれる。
  士郎だから仕方ない!
  衛宮は、馬鹿だから仕方ないってな!」

 「決して威張る事ではないですよ……。」

 「まあ、そういう訳だ。」

 「さっぱり、分かりません!」

 「バーサーカー、携帯!」


 バーサーカーが、勢いに飲まれて携帯電話を渡す。
 士郎は、先ほど覚えた国際電話の掛け方で、キャスターの携帯へと電話する。


 『もしもし、どなたでしょうか?』

 「俺だ。」

 『坊や! 何で、委員会に出ないのよ!』

 (何で、『俺だ』で伝わるのでしょうか?)

 「俺の意思は、誰にも曲げられん。」

 『何の理屈よ!』

 「それより、聞きたい事があるんだ。」

 『嫌よ。
  そんな面倒な事。』

 「じゃあ、キャスターが卒業するまで、
  学校で問題を起こさない事を約束する。」

 『…………。』

 「…………。」

 『いいわ。
  でも、それだけじゃ信用出来ないわ。』

 「分かった。
  セイバーにお前の作った呪い付きの契約書に血判を押させる。
  破ったらセイバーを好きにしていい。
  お前の趣味の服を着せるのも構わない。」

 『乗ったわ。』


 セラが、士郎に耳打ちする。


 「いいのですか?
  そんな約束をして。」

 「構わない。
  学校で問題は起きない。
  俺は、キャスターが卒業してから日本に帰るから、
  問題は、絶対に起きない。」

 (詐欺じゃないですか……。)


 士郎が、再び電話での会話を再開する。


 『それで、聞きたい事って?』

 「少し長くなるぞ。」


 士郎は、アインツベルンでの事情をキャスターに話す。


 『何で、貴方は、いつもそういう事に巻き込まれるのよ?』

 「なんかの呪いだな。」

 『後、謀ったわね。
  貴方、私が在学中は、学校に居ないじゃない!』

 「俺は、勝てる条件でしか要求を呑まない。」

 『仕方ないわね……。
  聖杯戦争を戦ったよしみでアドバイスしてあげるわ。』

 「助かる。」

 『まず、時間を確保しなさい。
  イリヤスフィールに無理をさせない事。
  根源への道を開くなんて直ぐ止めさせなさい。』

 「俺も、そう思ってる。
  それでさ、鍵の所有者を移すのが手っ取り早いと思ってんだけど。」

 『は?
  根源への道を手放すの!?』

 「そう。
  悪い言い方だけど、アインツベルンは、
  それでイリヤに関心がなくなると思うんだ。
  つまり、呈のいい使い捨てだ。
  それをあえて、こっちから提案する。
  根源への道より、イリヤが大事だ。」

 『貴方、世界中の魔術師を敵に回す言い方よ。』

 「俺、魔術師じゃないからいい。
  それにそういう細工をしてんだろ?」

 『何で、知ってんのよ。』

 「なんとなくだよ。
  所有者を変更出来ないと子孫に受け継がせられないだろ?
  これを裏切りの防衛策にしてると思ったんだ。
  つまり、所有者変更は、キャスター、遠坂、アインツベルンの
  3者の同意がないと出来ないようにする。
  そうすれば、3者の間で争いは起きない。
  例えばアインツベルンが、キャスターに所有者変更を認めないと
  キャスターの鍵は、使用不可能になる。
  当然、キャスターは、次のアインツベルンの所有者変更を認めない。
  これでアインツベルンの鍵も消滅する。
  手紙には書いてなかったが、こういう事が出来るんじゃないか?」

 『正解。
  その細工をしてるわ。
  本当は、暫く様子を見てから話そうと思ったんだけど。』

 「裏切り行為を確認するために?」

 『ええ、遠坂姉妹は兎も角。
  アインツベルンは、裏切りそうだったから。』

 「結果、予想通りじゃないか。
  アインツベルンの考えは、そのままズバリになりそうだ。」

 『そうね。
  カードは、早めに切って置く方が良さそうだわ。
  その説明と一緒に所有者を変更してしまいなさい。』

 「分かった。」

 『後、もう一つ。
  ホムンクルスを作るなら設計図と過程を記した記録があるはずよ。
  それも提供させる事を忘れないで。
  情報がなければ、どうしようもないでしょう。』

 「そうだな。
  助かったよ。」

 『何かあれば、連絡しなさい。
  出来る限り手伝うわ。』

 「ありがとう。
  なんか優しいな、今日のキャスター。」

 『……使い捨てって言葉、好きじゃないのよね。』

 「同感だ。
  じゃあ、所有者変更の時に、また電話するよ。
  多分、明日か明後日。」

 『分かったわ。
  ・
  ・
  ストップ!
  バーサーカー、居るわよね?』

 「居るけど?」

 『替わって。』

 「?」


 士郎は、携帯電話をバーサーカーに返す。


 「キャスターか。
  替わったが?」

 『……素直に謝るわ。
  ごめんなさい。』

 「試してみないと分からない事だった。
  それにイリヤの体の事は、知らされていない事だった。」

 『理論と方法の確立は、間違っていなかったわ。
  ただ、座標を示す神殿とそれを繋ぐ鍵を安定させるのに
  あれだけ莫大な魔力が必要になるとは思わなかったの。』

 (遠坂が言ってた鍵の制御の難易度の話か?
  関係ないからって、話半分で聞くんじゃなかったな……。)

 「キャスターの力を持ってしても……か?」

 『ええ。
  私でも神殿の制御をするのは、3分が限界よ。
  普通の魔術師なら瞬間的に開くのがやっとね。』

 「そうか……。」

 『その3分を利用して徐々に神殿を改造するつもりだけど、
  今は、制御出来ない状態と思ってくれる?』

 「心得ている。
  安定して使えるのは、どれぐらい掛かりそうなのだ?」

 『4,5年って、ところかしら?』

 「……間に合わんな。」

 『…………。』

 「…………。」

 『アーチャーの言葉を覚えてる?』

 「ああ。」


 …


 (『鍵が出来るなら心配なかったか……。
   イリヤスフィールの事が心配だったのだが、
   私は、これで安心して旅立てる。』

  『何の事だ?』

  『老婆心と思ってくれ。
   バーサーカー、これから、どうするのだね?』

  『…………。』

  『もし、鍵を使用しても、どうしようもない状態に陥ったら、
   小僧を使うといい。』

  『?』

  『アイツは、あの世界のキーパーツらしい。
   何かを起こす存在だ。
   そのために力も与えた。
   本人は、嫌がっていたがな。』

  『よく分からないな。』

  『……実は、私も分からないのだ。』

  『?』

  『ただ、大事な人のアドバイスなので
   これ以上、関われない私は、身近な人に託そうと思ってな。
   それをキャスターとバーサーカーに託す事にした。』

  『何で、私まで!?』

  『あれは、一人では荷が重いだろう?』

  『…………。』)


 …


 『理由は分からないけど、
  アーチャーは、イリヤスフィールの事を危惧していたのね。』

 「……うむ。
  それで衛宮士郎を迎えに行った。
  ・
  ・
  結果、事態が動き出した気がする。
  キャスターに連絡が取れたのも必然という気がして来た。」

 『そう。』

 「何か分かれば頼らせて貰う。」

 『……ええ。』

 「では、失礼する。」


 バーサーカーが、携帯の電源を切る。


 「なんかアーチャーの名が出て来たけど?」

 「本人が居ない今では、頼れない事だ。」

 「「?」」


 士郎とセラは、疑問符を浮かべる。


 「まあ、いいや。
  イリヤのお爺様でいいのかな?
  面会を頼むよ。」

 「そうだな。
  イリヤに無理はさせられない。」

 「連絡は、入れて置きます。」

 「では、出来るとこからコツコツと。」


 事態は、少しだが動き出す。
 そして、士郎とアインツベルンの最高責任者との面会が明日に決まった。


 …


 翌日。
 イリヤの居る別邸から、本拠の城へと車で移動する。
 車には、士郎、イリヤ、セラ、バーサーカーが乗っている。
 直に車が止まり、士郎は天を突く様な城に感嘆の声をあげる。


 「でかいな……。」

 「衛宮様、こちらです。」


 セラを先頭に、城の中に入る。
 複雑に入り組む城をセラは、迷わずに歩いて行く。
 そして、大きな扉の前で、セラは、侍女に面会を申し入れる。
 昨日の段階で連絡が入っていたため、面会は直ぐに行われる事になった。
 格式高い部屋に足を踏み込むと、士郎は、場違いなところに来たのではと眩暈を覚える。
 そして、赤い絨毯を進むとアインツベルンの責任者であるイリヤの祖父と対面する。


 「ご機嫌如何でしょうか、お爺様。」

 「挨拶は、いい。
  用件を聞こう。」

 (なんかイリヤに冷たいな……。)


 イリヤの祖父は、イリヤを冷たくあしらうと用件を促す。


 「俺は、衛宮士郎と言います。」

 「切嗣の倅か。」

 「養子です。」

 「どっちでもいい。」

 「単刀直入に言います。
  イリヤに根源への道を開かせるのを辞めさせて貰えませんか?」


 イリヤが驚いた顔をして、士郎を見る。
 そして、直ぐに士郎へ反論する。


 「士郎! 余計な事はしないで!」

 「それの言う通りだ。
  我々は、限りある時間で成果を搾り取らねばならない。」

 「でも、このまま無理をすれば、
  イリヤは、死んでしまいます。」

 「そのために生まれたのだ。」

 「…………。」

 「イリヤには、もっと価値があります。」

 「私にはない。」

 (あくまで成果を優先する……。
  魔術師としては、当然か。
  それでも納得出来ないのが、ここに三人居るんだよね。)

 「では、イリヤにこれからも無理をさせると?」

 「当然だ。」

 「俺は、イリヤに生きていて欲しいです。」

 「貴様の意思など、どうでもいい。」


 士郎の意見は、一向に聞き入れられる気配はなかった。
 士郎は、キャスターと話した駆け引きをする事を決意する。


 「では、取り引きをしませんか?」

 「取り引き?
  取り引きとは、価値あるものを計りに掛けねばならんのだぞ。
  貴様如きに用意出来るのか?」

 「『鍵の所有者の変更』。
  それで、如何ですか?」

 「「!」」


 イリヤと祖父の顔が驚愕に変わる。
 イリヤは、恐怖に。
 祖父は、狂喜に。


 「出来るのか!?」

 「出来ます。」

 (やめて……士郎……。)

 「方法は!?」

 「言えません。
  まだ、取り引きは成立していませんから。」

 (それが……成立したら……。
  わたしは……わたしは……。)

 「いいだろう。
  取り引きに応じてやろう。」

 (……いらない…存在……に…なっちゃう……。)


 イリヤは、俯いたまま動かなくなってしまう。


 「分かりました。
  方法は……。
  ・
  ・

 (わたし……。
  いらない存在になっちゃった……。
  お爺様は、もう、わたしに興味がなくなっちゃった……。)
  ・
  ・

  今度は、こちらの条件です。
  まず、イリヤに無理をさせない事。
  ・
  ・

 (なんで?
  なんで、わたしからわたしの価値を取っちゃうの?
  士郎……なんで?)
  ・
  ・

  そして、イリヤには不自由なくさせる事。
  ・
  ・

 (そんなのいらない……。
  わたしは……わたしは……。
  自分の価値が欲しいの……。
  必要とされていたいの……。)
  ・
  ・

  最後にイリヤの出生の秘密と経過の記録をいただきたい。
  ・
  ・

 (……分からない。
  ……分からない。
  分からないよ! 士郎!)
  ・
  ・

  条件を飲んでいただけますか?」

 「容易い……。
  いいだろう。
  それは、用済みだ。」


 イリヤは、終始俯いたままだった。
 士郎は、直ぐ様、キャスターに連絡を入れる。
 キャスターは、凛に連絡を入れ所有者変更の準備を整える。
 そして、イリヤは、言われるがままアインツベルンの別のホムンクルスに所有権を譲渡した。


 「好きにするがいい。」


 感情の篭らない祖父の言葉に、イリヤは、呆然と反応し挨拶をする。
 イリヤ達が、部屋を後にするとイリヤの感情は決壊した。


 「なんで!?
  なんで、あんな事言うの!?」


 イリヤは、大粒の涙を流して士郎を叩く。


 「わたしは、まだ、やれた!
  頑張れたのに!」


 イリヤは、士郎を叩き続ける。


 「わたしは!
  わたしは!
  必要とされる存在で居たかったのに!
  ・
  ・
  これで、わたしは!
  わたしは……。」


 イリヤは、その先の言葉を続けられなかった。
 言葉にすると自他共に認めてしまうようだったために。


 「俺が必要としている。」


 士郎が、イリヤを抱きしめる。


 「俺は、イリヤが居ないとイヤだ。
  死んじゃイヤだ。
  生きていてくれ。」


 士郎の温かい体温がイリヤに伝わる。
 今度は、別の涙が目から溢れる。


 「…………。」

 「本当に……。
  わたしが必要?」

 「必要だ。」

 「なんの価値もないのに?」

 「居てくれるだけでいい。
  イリヤは、価値なんて言葉で表せない。」

 「長くは居られないよ……。」

 「それでもいい。
  俺が、なんとかする。」

 「どうするの?」

 「なんとかする。」

 「……答えになってないよ。」

 「…………。」

 「俺は、デタラメだからな。」

 「うん、そうだね。」


 そして、自分のために来てくれた少年に微笑み掛ける。


 「わたしの人生……。
  士郎に任せるわ。」

 「ああ、任された。」


 士郎とイリヤは、再び強く抱き合った。


 …


 別邸に戻るとイリヤは、また、眠りについてしまった。
 泣き疲れた事もあるだろうが、休養を欲しがる体の眠りのサイクルが短くなっているためだ。
 セラが、イリヤをベッドに寝かしつけると士郎とバーサーカーの居る一階に戻って来る。


 「お嬢様は、お休みになりました。」

 「そうか。
  辛かったもんな。
  もっと、優しい言い方をしてもいいだろうに。」

 「それが魔術師という生き方です。」

 「少年……いや、士郎と呼ばせて貰おう。
  よくイリヤを受け止めてくれた。」

 「俺、イリヤ好きだし。」

 「私も見直しました。」

 「気持ち悪いな、セラ。」


 セラのグーが、士郎に炸裂する。


 「褒めているのです!」


 バーサーカーは、やれやれと溜息を吐く。


 「さて、資料は?」

 「先ほど、頂いてまいりました。」


 セラは、ドアの近くに立て掛けてある旅行用の大きな鞄を指差す。


 「仕事が早いな。」

 「アインツベルンのメイドですので。」

 (どんな理屈だろう?)

 「これから、どうするのだ?」

 「この資料を読まなきゃ。」

 「そうですね。」


 旅行用の大きな鞄に詰め込まれた資料は、途方もない試練を予感させる。


 「あんまりやりたくないけど、
  俺も、遂に勉強する時が来たな。」

 「どういう事ですか?」

 「セラ、俺を魔術師にしてくれないか?」

 「は?」

 「だから、その資料を読めるようにして、
  魔術も使えるようにするんだよ。」

 「本気ですか?」

 「そうしなきゃ、イリヤは救えない。」

 「本気のようですね。
  ・
  ・
  お嬢様の命が懸かっています。
  手加減は出来ませんよ。」

 「……お手柔らかに。」


 そして、ポンとバーサーカーが、士郎の肩を叩く。


 「私は、武術を教えよう。」

 「え?
  ・
  ・
  関係ないじゃん?」

 「正義無き力に意味がないように力無き正義もまた無力。
  しっかり、鍛えてやるぞ。」

 「なんでさ?」


 その日から、士郎は、3日に一度のペースで死に掛ける事になる。
 とりあえずの初日、セラにより開かれた魔術回路のスイッチで、士郎は死に掛けた。


 …


 士郎が去った冬木に手紙が届く。
 宛先は、衛宮アルトリア様。
 実に3ヶ月ぶりである。

 セイバーは、衛宮邸の一人暮らしにも慣れ、学生生活を桜花して士郎の事などスッキリ忘れていた。
 いつも通り早起きして、掃除洗濯をこなす。
 朝食は、藤村組にあがり込む。
 その過程で、いつものように新聞受けを覗き込む。


 「おや、手紙ですね。
  誰からでしょう?
  ・
  ・
  衛宮士郎?
  ・
  ・
  シロウ!?」


 セイバーは、ガサガサと手紙を開き中身を取り出す。


 「うわ!」


 セイバーは、吃驚して手紙を放り投げる。
 そして、再び手紙を拾い上げる。


 「驚いた。
  何で、手紙に血がべったりと付いているのでしょうか?
  転生してからは、終ぞ拝んでいなかったので慌ててしまいました。
  え~、なになに……。
  ・
  ・
  何で、こんな依れてミミズが這い蹲ったような字に……。

  『魔術関係の事だから、手紙にする。
   藤ねえや雷画爺さんには黙っていて欲しい。
   俺は、今、死に掛けている。』

  相変わらず、奇を衒った書き方ですね。
  死に掛ける訳ないではありませんか。

  『なんの因果か、魔術師の修行を開始した。
   先生は、セラだ。』

  何故、セラ?

  『セラは、容赦という言葉を知らない。
   と、いうか、頭のネジが一本外れてるとしか思えないドSっぷりだ。
   言葉の説明より、体で覚え込ませる。
   魔力の生成量が少ない俺は、魔術回路を鍛えないと生成する魔力量が上がらんらしい。
   だから、死ぬ寸前まで魔力を行使し続け、
   魔力が切れたら天地神明の理で外から強引に魔力を注入して、
   再び、魔術を発動させるという荒業を行使させられている。
   この修行方法合っているのか?』

  間違っています。
  廃人になりかねないですよ。

  『最近は、使用する魔術回路を二分して、一日置きに焼き切れる寸前まで行使している。
   本当に合っているのか?』

  だから、間違いです!

  『魔術の修行が終わると武術の修行に入る。
   先生は、バーサーカーだ。』

  ほう、良い師を見つけましたね。

  『バーサーカーは、容赦という言葉を知らない。
   と、いうか、頭のネジが一本外れてるとしか思えないドSっぷりだ。
   言葉の説明より、体で覚え込ませる。
   手加減を知らないバーサーカーとの実戦が気絶するまで続けられる。
   だから、死ぬ寸前まで体力を行使し続け、
   体力が切れたら修行が終わるという荒業を行使させられている。
   この修行方法合っているのか?』

  何故、どちらも手加減がないのでしょうか?

  『夜は、セラとイリヤに魔術の知識を教わっている。
   俺は、初めて勉強で安息を覚えるという無我の境地を体験した。』

  ありえない状況ですね。
  本当に死ぬんじゃないですか?
  ここからですね。
  血がべっとりとついて読めません。
  吐血ですかね……。」


 セイバーは、胸で十字を切るとキャスターに見せるため、鞄に手紙を仕舞い込んだ。


 …


 修行とホムンクルスの資料の解析。
 これが同時に行われる。
 酷使し続けられる精神と肉体は、悲鳴を上げ続けている。
 それでも辞める事は出来ない。
 自分から言い出した事だし、イリヤとの約束だから。
 セイバーに手紙を出してから、6ヶ月が経とうとしている。
 季節は、夏になろうとしていた。


 「衛宮様、大したものです。
  もう、魔術書は全て読めますね。」

 「本当、士郎凄い!」

 「俺、罰ゲームが絡むと頑張るタイプなんだ。
  セラのテストを合格しないと翌日の修行が倍になる。」

 (はは……。
  士郎、倍になってもならなくても、
  死に掛けるまで、セラはやめないわ。
  わたしって、容赦されてたんだ……。)


 イリヤは、真実を知ってセラに少し恐怖を覚えていた。


 「魔力量も著しく増えています。」

 「いや、あれだけやって増えなかったら怒り狂うって。」

 「じゃあ、修行のやり方は合ってるんだね。」

 「はい。
  間違いありません。
  私が教えているのですから。」


 セラは胸を張るが、きっと間違っている。


 「俺の魔力量って、どれぐらいなんだ?」

 「さあ、ここにはホムンクルスしか居ませんから、
  比較のしようがありません。
  しかし、並みの魔術師よりはあると思いますよ。
  このまま、修行を続ければ、
  遠坂凛のような優秀な魔術師にも匹敵するでしょう。」

 「このままのペースで修行をする気か?
  俺は、イリヤの体を治せればいいんだぞ。
  それぐらいの魔術師で十分だ。
  ・
  ・
  さてと……そろそろ本格的に事を起こさんか?」

 「起こそうにも衛宮様は、投影しか出来ないではないですか。
  その投影も相変わらず魔術回路を酷使しますし。」

 「そうだな。
  前みたいに焼き切れる寸前ってとこまでならなくなったけど、
  連続で同じ回路は使えないな。」

 「アーチャーみたいに複製するなら、兎も角。
  士郎の投影は、空想したものから作るから、
  回路にとてつもない負担が掛かるのよ。」

 「しかし、投影魔術の精度とスピードは、
  見違えるほど良くなりました。」

 「よくなって貰わんとな。」

 「あ……。
  セラ、ごめん。」


 イリヤが、ふらりと倒れ掛け、士郎が慌てて支える。


 「大丈夫です。
  お休みになりましょう。」

 「イリヤ、おやすみ。」

 「うん、おやすみ。」


 イリヤは、眠りに着く。
 この数ヶ月で、起きている時間も大分短くなった。


 「そろそろ限界かもしれない。」


 バーサーカーが呟く。


 「過程や理論は、資料を目に通して理解した。
  もう一度、専門家の知識を聞いてみよう。
  今なら、キャスターと普通に話せる自信がある。」

 「そのキャスターに来て貰う事は出来ないか?」

 「多分、アインツベルンが許さない。
  ここに滞在して分かったけど、セキュリティが半端じゃない。
  キャスタークラスの魔術師は、きっと、侵入を許してくれない。」

 「そうであったな。」


 セラが戻って来る。


 「お休みになられました。」

 「ちょうどいい。
  今から、キャスターに電話しようと思って。」

 「ええ、お願いします。」


 士郎は、キャスターに電話を掛ける。


 『あら、坊や。
  手紙読んだわよ。
  生きてたの?』

 「死んでたまるか。」

 『で、今度は何?』

 「ホムンクルスの寿命の延ばし方について。」

 『説明出来るの?』

 「それだけを勉強してたからな。
  携帯の電池、大丈夫か?
  多分、エンドレスでしゃべると思うけど。」

 『そんなに?
  ちょっと待って。
  ・
  ・
  アダプタ付けたから、いいわよ。』


 士郎とキャスターは、3時間近く話し続ける。
 セラは、9ヶ月の間で知識をつけて、神代の魔術師と対等に会話をする弟子が少し誇らしかった。


 「どうかな?
  イリヤは、そういったホムンクルスみたいなんだ。」

 『難しいわね。
  明らかに人間より高位の生命体よ。
  ホムンクルスを作る前なら、未だしも、
  もう成長してしまっているんでしょう?』

 「ああ。」

 『打開策は、思い浮かばないわね。』

 「そうか。
  ちなみにホムンクルスを作る前なら、
  どうやって対応するんだ?」

 『貴方、DNAって分かる?』

 「あの塩基のなんとかってヤツ?」

 『そう、それ。
  その遺伝子の情報に細胞分裂の回数とか
  寿命に関する情報が入ってるの。』

 「よく分からないけど。
  そういったものと頭に入れとく。」

 『でも、それ以上に重要なのが魂の設計図。
  この魂と呼ばれるものが、DNAと結びついて作り上げる。
  アインツベルンは、聖杯の器としてイリヤを作り上げるために
  魔術刻印そのもので体を作り上げている。
  当然、設計図に不一致が発生するわ。
  ・
  ・
  魔術刻印にDNAが耐えられないか……。
  魂の設計図が魔術刻印を受け付けないか……。
  多分、そこら辺で摩擦が起きる。
  イリヤが存在している以上、原因は、調べれば分かるはずよ。』

 「なるほど。
  それで、作る前に補強なり修正なりする訳か。」

 『ええ、そういう事よ。』

 「ありがとう。
  参考になったよ。」

 『悪いわね。
  これ以上、力になれそうにないわ。』

 「十分だよ。
  じゃあ。」


 士郎は、電話を切る。
 キャスターは、電話を終えて呟く。


 「あの坊や……。
  『根源への道を開いて、なんとかしろ』って、
  私に泣き付かなかったわね。
  ・
  ・
  また、何か考えているのかしら?」


 …


 一方、士郎の方の話を聞いていたセラとバーサーカーは、沈んだ顔をしていた。


 「万策尽きたか……。」

 「お嬢様も分かっているのかもしれない。
  だから、最近は、皆で居るところを楽しみにしておられる。」

 「何を勝手に締めてんだ?」

 「しかし……。」

 「まず、原因を突き止める。
  キャスターが言ってた通りに寿命とDNAと設計図を調べ直そう。
  原因を突き止めてから、対応出来るか出来ないかを決める。
  それに設計図と記録を見て、目星は付き始めてる。
  ・
  ・
  俺が気になるのをリストアップするから、
  セラは、イリヤの体を調べてくれないか?
  ほら、女の子だから。イリヤは。」

 「分かりました。
  ・
  ・
  約束です。
  最後まで悪足掻きします。」

 「うむ。
  その意気だ。」

 「私も気合いを入れねばな。
  ・
  ・
  士郎、行くぞ。」

 「え?
  今日ぐらい、ゆっくりしようよ。」

 「私は、きっちりしない事は嫌いだ。」


 バーサーカーが、無言のプレッシャーを掛ける。


 「…………。」

 「……いってきます。」


 士郎は、バーサーカーとの修行(扱き?)が終わると、フラフラする頭でリストアップを開始する。
 そして、翌日からセラが、それを元に調べる事で原因を突き止める事に成功した。


 …


 原因は、アインツベルンの設計図。
 魔術刻印だけに目が行き、肉体の方の強化が弱い事。
 つまり、魔術刻印で体を作る時にミスがある。
 士郎は、セラとバーサーカーと話しながら、設計図の一点を指差し結論付ける。


 「この術式……これのここ。
  ここを強化出来れていれば、
  イリヤの遺伝子は、魔術刻印にも負けなかった。」

 「なるほど。」

 「つまり、ここに損傷がなければ、
  お嬢様は、問題なく成長したと?」

 「そう思う。
  だって、成長止まってんだろ?」

 「はい。」

 「多分、成長が止まった辺りで遺伝子が切れてんだよ。
  体が魔術刻印に耐えれるぐらい成長すれば問題もなくなるはずだ。」

 「しかし……もう、遅い。
  イリヤは、成長し切ってしまった。」

 「はい……。」

 「なあ、この術式を書き換えるのって可能かな?」

 「もう、無理です。
  だから、キャスターは、作る前ならと言ったのです。
  作る前なら書き換えが出来るから。」

 「可能なんだ。」

 「…………。」

 「やけに、そこに固執しますね?」

 「俺、魔術師になっててよかった。
  2,3日修行を中止していいかな?」

 「え?」

 「少し考えたい。」

 「はあ……。」

 「あと、イリヤと同じ型のホムンクルスに会えないかな?
  多分、その子も同じ様に寿命が短いはずだ。」

 「ほとんどが処分されていると思われますが……。」

 「処分……ああ、そうか。
  あのオヤジ……。
  ・
  ・
  命を冒涜するみたいでイヤだけど……。
  その処分されたとこに行けるかな?」

 「行けますよ。」

 「じゃあ、3日後。」


 そういうと士郎は、部屋を後にする。


 「何か思い付いたのでしょうか?」

 「さあ?」


 セラとバーサーカーは、呆然と士郎の出て行った扉を見続けた。


 …


 士郎は、セラと話し合って直した術式を綺麗に清書する。
 それを机に置くとイメージトレーニングに入る。
 イメージするのは、弓矢。
 それを丁寧に丁寧にイメージする。
 それを3日掛けてイメージし続けた。


 …


 「衛宮様、約束の日です。」


 セラが士郎の部屋をノックする。
 士郎は、イメージトレーニングを切り上げて部屋を出る。


 「体調が優れないようですが?」

 「二徹してるからな。」

 「…………。」

 「何をしていたのです?」

 「修行だ。」

 「?」

 「バーサーカーも一緒に来て欲しいんだけど。」

 「分かりました。
  伝えて置きます。」


 士郎は、出掛ける支度をするため洗面所に向かい、セラは、バーサーカーに伝言を伝えるために士郎の部屋を後にした。


 …


 別邸を出て処分場へと車で移動する。
 その移動中にセラは、話し始める。


 「実は、私も処分されるホムンクルスでした。
  故あって、お嬢様に助けて頂いたのです。」

 「…………。」

 「だから、処分場に行くのは、正直、気が進みません。」

 「『あの絵には、私達が居ます』……そういう事か。」

 「覚えていらしたんですか?」

 「気になる言い方だったからな。」

 「そうですか……。」

 「…………。」

 「頑張らないとな……。
  これからも、一緒に居ないといけないんだから。」

 「ええ……。
  これからも一緒に居るために……。」


 …


 車は、処分場に到着する。
 セラが、地図と型番を調べながら案内する。


 「ここです。」

 「……出来るだけ、新しいホムンクルスがいい。」

 「では、こちらですね。」


 士郎は、横たわるホムンクルスに手を添える。


 「3日前に機能が停止しています。」


 士郎は、『ごめん』と呟いてから投影を開始する。
 いつもより長い投影時間。
 中々形にならない武器。
 士郎は、両手を前に突き出し集中力を高める。


 (ダメだ!
  条件付けでランクを落としても、魔術回路が確実に焼き切れる。)


 士郎は、大きく息を吐き、一度、投影を中止する。
 その様子をセラとバーサーカーが心配した様子で見守る。
 セラもバーサーカーも投影の失敗で魔術回路を損傷して、使い物にならなくなる一歩手前までいっている失敗を何度も見ているためだ。

 士郎は、用意していた作戦を実行しようと決意する。
 ヒントは、キャスターとの会話にあった『使い捨て』。
 士郎は、再び投影を開始する。


 (ちょっと、遠回りになるけど。
  失敗するよりいいや。)


 士郎は、投影を開始する。
 空想の中から、引き出すのは己自身。
 士郎は、投影により、ダミーの魔術回路を自分の中に投影する。
 そして、そのダミーの魔術回路を使用して、作りたい武器を投影する。


 (ここからが本番!)


 3日間掛けてイメージした弓が、空想から現実へと引き摺り出される。
 大きな放電の後、装飾豊な大弓が姿を現す。
 それと同時にダミーの魔術回路が焼き切れ霧散する。
 両腕には、その時の熱で焦げ後が残る。
 1回の投影で士郎は、全身から汗を噴出させていた。


 「ハア…ハア……出来た……。
  ・
  ・
  っ! いて~……。」


 士郎は、弓をバーサーカーに渡す。


 「それ、バーサーカーに引いて貰うから。
  次の投影だ。」


 士郎は、大きく深呼吸をする。


 (今度の投影は、魔術回路を酷使しないはずだ。
  痛くても我慢する……。
  イリヤのためなんだから。)


 士郎は、清書した術式を広げる。


 「貴方が、その魔術を実行するのですか?」

 「セラがやってくれるか?」

 「はい。
  その方がいいでしょう。」

 「分かった。
  リハーサルのつもりでやる。
  ただし、ここからは亜流だ。」


 士郎は、天地神明の理を握ると魔術回路を繋ぐ。


 「セラ、この術式に必要な魔力を俺の中に。」

 「はい。」


 セラが、天地神明の理の刀身に魔力を込める。


 「OKだ。
  次は、その刀身を握って、俺の中で術式を作ってくれ。」

 「え?」

 「出来るはずだ。
  さあ、刀身を握って。」


 セラは、恐る恐る刀身を握る。
 刀身から士郎に繋がる魔術回路を認識する。
 士郎の中には、セラを否定する魔力はない。
 セラは、自分の魔力を見つけると術式を作っていく。


 「出来ました。
  意外と簡単でした。」

 「お次は、この術式を。」


 士郎は、自分の中にある術式を矢に変えていく。
 更にゲイボルクの能力を付加する。
 因果を逆転し、事象が先にあるという能力の条件を付け加えて投影を開始する。
 深紅の矢に術式が装填される。
 士郎の手に深紅の矢が握られる。


 「成功!」

 「何なのですか、これらは?」

 「引っ掛かっていたんだ。
  『作る前なら出来た』って言葉。
  どこかで聞いた事があるって。
  ・
  ・
  ランサーのゲイボルク。
  因果の逆転……事象があった事になる。」

 「そうか!
  術式をあった事にするのだな!」

 「しかし、もうお嬢様は……。」

 「そう。
  そこで、その弓。
  俺の空想で時間を飛び越える。」

 「「!」」

 「上手くいけば時間を飛び越えて、
  その術式を書き換える。」

 「この弓でか……。」

 「ただ、制約が懸かっている。
  飛び越す時間が大きいほど、張力が必要になる。
  条件をつけてランクを落とさなきゃ、投影出来なかった。」

 「それで、私か。」

 「多分、バーサーカーじゃないと引けない。」


 士郎が、バーサーカーに矢を渡す。
 そして、横たわるホムンクルスに、もう一度触れる。


 「君を悪戯に侮辱する。
  本当にごめん。」


 セラとバーサーカーも、手を添えて目を瞑り。
 死者に黙祷を捧げる。


 「セラ、彼の生まれた歳は?」

 「4年6ヶ月前です。」

 「バーサーカー、弓を引くと弓についている時計が、
  1年に付き1回転する。
  4回転半するまで引き絞ってくれ。」


 バーサーカーは、矢を番え弓を引き絞り狙いを横たわるホムンクルスに定める。
 そして、指を放し、弓から放たれた矢は時間を越えた。


 「どうだ!?」

 「狙いは外れないはずだ。
  ランサーの槍は必中する。
  同じ原理の矢は外れないはずなんだ。」

 「…………。」

 「ゴフッ……。」


 目の前のホムンクルスが息を吹き返す。
 彼は、フラフラと立ち上がると生前行っていた作業に従事しようと歩き出す。
 成功して寿命を戻した証拠だった。
 士郎は、彼を止めようとするが、セラが肩を掴む。


 「彼に……意思はありません。
  あのホムンクルスには心がない。
  ただの奴隷なのです。」

 「…………。」


 士郎は、去って行くホムンクルスに頭を下げると処分場を後にした。


 …


 別邸に急いで戻ると士郎達は、イリヤの元に向かう。
 イリヤは、まだ、静かな寝息を立てている。
 セラは、早速、術式を作ろうとする。


 「待った。
  イリヤに術式を作って貰おう。
  同じ魔力でも、イリヤが作った方が相性はいいはずだ。」

 「そうですね。
  未来は、お嬢様自身の手で掴んで貰いましょう。」


 士郎達は、イリヤが目を覚ますのを待つ。
 士郎は、イリヤのベッドの周りのぬいぐるみを手に取る。


 「俺があげたヤツだ。」

 「とても気に入ってます。」

 「ん? なんだこれ?」

 「衛宮様だそうです。」

 「へ~。
  上手いもんじゃないか。」

 「ん……士郎?」

 「おはよう。」

 「もう、修行終わったの?」

 「うん、終わった。
  もう、しなくていい。
  ドSコンビから、開放だ。」


 セラとバーサーカーのグーが、士郎に炸裂する。


 「なんで、修行しないの?」

 「それはね。
  セラが、いい案を考え付いたからだよ。」

 「?」


 セラのグーが、士郎に炸裂する。


 「私じゃないでしょう!」

 「痛いじゃないか。」

 「一体、なんなの?」

 「簡単に言うとだな。
  イリヤの虚弱体質を治そうという事だ。」

 「治るの?」

 「うん。
  セラさえ、失敗しなければ。」


 セラのグーが、士郎に炸裂する。


 「私じゃないでしょう!」

 「痛いじゃないか。」

 「ホントに、一体、なんなの!?」

 「お嬢様、私が説明します。」

 「お願い……。
  セラ、顔怖い……。」


 コホンと咳払いをして、セラが説明を始める。


 「お嬢様のお体の弱さは、出生まで遡ります。」

 「ストップ。」

 「何でしょうか?」

 「わたし……アインツベルンの事は知ってるよ。
  だから、掻い摘んでね。」

 「分かりました。
  ・
  ・
  お嬢様のお体の弱さは、出生まで遡ります。」

 (聞いてないわね……。)


 その後、セラは、ホムンクルスの誕生方法を事細かに説明する。


 「イリヤ、ここからだ。」

 「……分かったわ。」

 「アインツベルンの粋を使って作られた術式に、
  実は欠点があったのです。
  術式に不備があり、お嬢様の遺伝子は、
  魔術刻印に負けてしまうのです。」


 士郎が、設計図を広げる。


 「ここだ。」

 「…………。」

 「強化が不十分って事ね。」

 「うん。
  で、こっちが俺達が書き直したヤツ。」


 士郎が、設計図の隣に清書した術式を広げる。


 「こんなに強化するの?」

 「お嬢様の発育の悪さは、遺伝子が途切れたためと思われます。
  修正前の術式で、2次成長前ぐらい。
  それを予想の範疇とすれば、これぐらいで丁度いいと思います。
  つまり、ここを直せば魔術刻印にも負けない体まで
  成長すると考えられるのです。」

 「なるほど。
  ・
  ・
  でも、わたし、もう大人だよ?」

 「はい、心得ています。
  だから、なかった事をあった事にします。」

 「?」

 「衛宮様の投影をご存知ですね。」

 「デタラメ投影?」

 「はい。
  それを使います。」

 「まず、原因が過去にありますので、事象を遡らなければなりません。
  そこで、あの弓を使います。」


 セラは、バーサーカーの握る装飾豊な弓を指差す。


 「綺麗……。」

 「あの弓で撃った矢は、時を飛び越えます。」

 「へ~。」

 「そして、ランサーの槍:ゲイボルクの能力に似た矢を投影します。
  この矢は、術式に向かって必中し術式を書き換えます。
  書き換える術式は、そこにあります。」


 セラが、先ほど説明した術式に視線を移す。
 士郎は、一呼吸置くとイリヤに話し掛ける。


 「ただ、問題があるんだ。」

 (ありましたっけ?)

 「俺は、投影しか出来ないんだ。」

 「じゃあ……。」

 「イリヤの力が要る。」

 「わたしの?」

 「そう。
  俺の中に術式を作る。」

 「どうやって?」

 「これ。」


 士郎は、天地神明の理を取り出す。


 「まず、俺に自分の魔力を送って、
  刀身を掴んで俺の中に術式を作る。」

 「うん。」

 「そして、俺が矢を作って……。
  バーサーカーが射る!」

 「おー!」


 士郎とイリヤの会話を聞いて、セラとバーサーカーは感心する。


 「士郎は、誘導するのが上手いな。」

 「はい、自然とお嬢様にやる気を出させている。
  ・
  ・
  まあ、本職がペテン師ですからね。」


 イリヤは、やる気になっている。
 士郎も期待に応えるべく気合いを入れる。
 早速、集中して天地神明の理に魔術回路を繋ぐ。


 「イリヤ、出番だ。
  刀身を握って。」

 「うん。」


 イリヤが、刀身をゆっくり掴む。


 「よし。
  後は、術式を作るのに必要な魔力を俺に送り込んで、
  俺の中にその術式を作るんだ。」


 イリヤは、魔力を送りながら、丁寧に術式を組み上げていく。


 (さすが、セラよりスムーズだ。)

 「出来たよ。」


 士郎が、投影を始める。
 イメージを鮮明にし、術式とゲイボルクの能力を矢に込める。
 そして、手に深紅の矢を握り締める。


 「バーサーカー。」

 「うむ。」


 バーサーカーが、矢を受け取る。


 「あれをわたしに向けて撃つんだよね。」

 「怖いか?」

 「……うん。」

 「じゃあ、俺が後ろで支えていてやる。
  ・
  ・
  いや、セラがいいだろう。」

 「うん、セラがいい。」

 「お嬢様?」

 「しっかり支えてね。」

 「はい!」

 「…………。」

 「これで、リズも元気になるよね?」

 「なります! 絶対に!」

 「うん。」

 (これで、また、みんなと一緒に……。)

 「では、行くぞ。」


 バーサーカーが、弓を引くと時計の針が一気に回転を始め、イリヤの年齢分まで引き絞られる。


 (凄い力だ……。
  張力は、とてつもなく重いはずなのに。)


 バーサーカーが、狙いを定める。
 そして、指を放す。
 矢は、イリヤに向かい姿を消す。


 「?」

 「消えちゃった……。」

 「過去に飛んだんだ。」

 「う!」


 イリヤが、体重をセラに預ける。


 「お嬢様!? お嬢様!?
  どうしました!?」


 セラの中でイリヤが光っている。
 セラは、必死にイリヤを抱きしめる。
 やがて、光が収まると髪がライダーの様に長く伸び、背も、二回りほど大きくなりセラぐらいの大きさになっている。


 「あれ?」

 「お嬢様?」

 「大丈夫か?」

 「おっぱい、でかくなったか?」


 イリヤとセラとバーサーカーのグーが、士郎に炸裂する。


 「どうなのですか?」

 「どうって?」

 「おっぱい、でかくなったか?」


 イリヤとセラとバーサーカーのグーが、士郎に炸裂する。


 「なんで、そんなセクハラみたいな事ばっかり聞くの!」

 「大丈夫だな。
  パンチの威力が、冬木に居た時と同じぐらいになってるから。」

 「もっと、まともな復調の確認の仕方はないのか……。」

 「いや、ある意味、一番正確だろ?
  殴られ続けて数年間……。
  これだけは間違えない!」

 「衛宮様、殴って欲しいなら言えばいいでしょう!」

 「怒りのエネルギーがないと正確な値は出ない。」

 「もう!」

 「ところで……。
  俺の復調確認方法でいいのか?」

 「「「よくない!」」」

 「じゃあ、真面目にやれよ。」


 イリヤとセラとバーサーカーのグーが、士郎に炸裂する。


 「「「お前だ!」」」

 「お嬢様、あちらに行きましょう。
  軽い健康診断を行います。」

 「分かったわ。
  ・
  ・
  うわ!」


 イリヤは、自分の髪を踏んでスッ転ぶ。


 「気を付けろよ。」


 イリヤは、ずるずると髪を引き摺って行く。


 「なんか新手の妖怪みたいだな……。」

 「それにしても、何故、急に背が伸びたのだ?」

 「成長期の事象が置き換わったんじゃないか?」

 「歴史が変わったのか?
  しかし、記憶にあるのは、小さい頃のお嬢様だ。」

 「多分、体験した歴史は変わらないんだよ。」

 「俺達がやった事も、また、歴史の1ページだ。
  つまり、その事象が反映されるのが、今からなんだよ。」

 「分からないな。」

 「言ってる俺も分からない。
  こんな事した事ないから、どうなるかも分かんないし。
  なるようになったんなら、いいんじゃないの?」

 「適当な……。」


 士郎とバーサーカーは、イリヤの健康診断を待つ。
 その間、士郎は、自分とバーサーカーの二人分のお茶を用意して寛ぐ。


 「は~。
  本当にアインツベルンのお茶美味しいな。」

 「何で、そんなに余裕なんだ?
  私は、不安で仕方ない。」

 「だって、元気になったっぽいじゃん?」

 「それでもだ。
  確認したのは、見た目だけだ。」

 「俺は、パンチ力を測った。」

 「当てになるのか?」

 「間違いなく。」

 「そんな馬鹿な……。」


 バーサーカーが、呆れて溜息を吐いた時、ドアが開く。


 「ホント!
  そんなデタラメで、わたしの体調を測ったつもりだったの?」


 長い髪をポニーテールで縛ったイリヤが怒っている。


 「どうだった?」

 「ふふ……バッチリよ!」

 「!」


 バーサーカーが立ち上がるとイリヤを抱きしめる。


 「バーサーカー?」

 「……よかった。
  本当によかった。」

 「うん、ありがとう。」


 イリヤも、バーサーカーを抱きしめる。
 士郎は、それを見て思う。


 (パパモード全開だな。)

 「バーサーカー、痛いよ……。」

 「すまない……。
  でも、嬉しくて……。」

 「はは……。
  泣かないでよ。
  つられちゃうから。」


 イリヤとバーサーカーは、親子の様に抱き合っている。
 イリヤは、力強い腕に幸せを噛み締めていた。
 しかし、幸せの報酬は、まだ終わらない。


 「イリヤ……。」

 「リズ!」


 扉の近くに、セラと一緒にリズが立っている。
 バーサーカーは、手の力を緩め、涙を拭うとそっとイリヤを押し出す。
 イリヤは、今度は、リズの元に走る。


 「大丈夫?
  どこかおかしくない?」

 「おかしい……。」

 「え!?」

 「お腹へってる……。」

 「もう!」


 イリヤは、リズに抱きつく。
 今は、何もかもが嬉しいらしい。


 「欲しいものは、みんな手に入れたって感じだな。」

 「ああ……よかった。」

 「涙脆かったんだ。」

 「うるさい!」


 士郎は、バーサーカーをからかいつつイリヤを見ている。
 イリヤが嬉しそうで。
 セラが嬉しそうで。
 リズが嬉しそうで。
 バーサーカーが嬉しそうで。
 士郎は、満足した気持ちで微笑んだ。



[7779] 第76話 その後⑥
Name: 熊雑草◆890a69a1 ID:9b88eec9
Date: 2010/08/27 00:42
 == Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==



 その日は、大いに笑いあった。
 イリヤとリズの復調を祝って宴を開く。
 士郎は、イリヤ達を見て家族なんだなと思う。
 それと同時にこんなに笑いあってる家族が居るのに、イリヤが自分を殺しに冬木に現れたのはおかしいと思う。
 犯人は、やはりアイツだろう。
 アインツベルンの最高責任者にしてイリヤの祖父。


 「少し、痛い目を見せるか?」



  第76話 その後⑥



 宴も終焉を迎える頃、イリヤは、ポツリと呟く。


 「これから、どうしようかな?
  長く生きられないと思ってたから、何も考えてなかったわ。」

 「?」

 「わたしは、アインツベルンのために生きて、
  アインツベルンのために死ぬ……そう思ってた。」

 「でも、アインツベルンは、イリヤを裏切った。」

 「うん……。
  だから、どうしよう?」

 「…………。」

 「アインツベルンを滅ぼす!」

 「え!?」

 「やったらやり返すのだ!」

 「そんな事出来ないよ!」

 「なるほど、未練もあるんだな。」

 「士郎……。
  試したわね?」

 「まあね。」

 「イリヤはさ。
  何したいの?」

 「それが分かんないの。
  士郎は、やりたい事ないの?」

 「ないな。」

 「嘘?」

 「黙ってても、ここ何年かは色んな事が起きるんでな。」

 「…………。」

 「じゃあ、士郎に着いて行こうかな?」

 「なんでさ?」

 「だって、何もしなくても何か起きるんでしょ?」

 「なるほど。
  ・
  ・
  じゃあ、俺の家来るか?
  セラとリズとバーサーカー連れて。」

 「いいの?」

 「部屋余ってるし、いいだろう。」

 「お前達は、どうする?」

 「どうって……。
  お嬢様の行くところに、私達は着いて行きます。」

 「じゃあ、決定だな。」

 「あーっ! どうせ行くなら寄り道しよう!」

 「寄り道?」

 「そう! 世界旅行しよう!」

 「いいんじゃないか。」

 「決定!」

 「セラ、リズ、バーサーカー、準備よ!」

 「分かりました、お嬢様。」

 「用意をしよう。」


 セラとバーサーカーは、直ぐに用意を始める。
 2人は、きっと、アインツベルンを去る事を決めていたに違いない。
 リズは、暫くぼーっとしていたが、セラの声が響くと駆け出して行く。
 リズは、久々に自分を呼びつける声に嬉しそうだった。

 その日、イリヤ達は、アインツベルンの最後の住処である小さな別邸を出る事に決めた。


 …


 出発前夜。
 士郎は、別邸の屋根に上り、時間を飛び越える弓を構える。
 キャスターの手紙と一緒に届いたある魔術の術式。
 それを天地神明の理で、己の内に取り込み矢を作る。
 狙いは、天に輝く大きな月。
 事象を飛び越えるそれは、本来、狙いを定める必要はないのだ。
 士郎は、矢を射る。
 矢は、月に吸い込まれるように姿を消した。
 士郎は、ニヤリと邪悪な笑みを浮かべると部屋に戻った。


 …


 出発の日。
 誰の見送りもない旅立ち。
 だけど、心は、晴れ渡る。
 これからは、何の柵もない。
 失敗も成功も、全て自己責任。
 ある意味、究極の自由を手に入れた。


 (父や母の思い出の残る地を出るのは寂しいけれど……。
  これからの未来に笑みが零れるわね……。)


 イリヤは、バーサーカーの運転する車に伸びをすると乗り込む。
 そんなイリヤを見ながら、士郎は、ある事を思い出す。


 「あ、イリヤに記念品があるんだ。」

 「記念品?
  なんで、士郎から?」

 「はい。」


 士郎は、イリヤに紙切れを渡す。


 「何? この長い呪文みたいの?」

 「唱えてみな。」


 イリヤは、不思議そうな顔をしながら、呪文を唱える。
 車の中で閃光弾でも炸裂した様に光が溢れる。
 イリヤの手には、根源への鍵が握られている。


 「これって……。」

 「キャスターの細工の一つだ。
  持ち主のところに帰る。」

 「でも、所有者を代えたって……。」

 「あの弓だ。」

 「?」

 「あれ使って、事象をなかった事にしてやった!」

 「「「!!」」」

 「はっはっはっ。
  ざまあみろってんだ!」


 車中に笑い声が木霊する。
 イリヤ達は、もしかしたら、とんでもない爆弾を抱えて旅をするのではと不安を抱える。
 しかし、このトラブルメーカーが、今回の結果を導いた張本人でもある。
 そして、このトラブルメーカーと居ると何故か元気になる。


 「お嬢様、何処から行きますか?」

 「そうね?
  暖かいところがいいかな?」

 「劇中、夏だぞ?」

 「海があるところにしよう!」

 「了解しました、お嬢様。
  お願いします、バーサーカー。」


 車は、アインツベルンの森を抜け走り出す。


 「これからは、倹約しないと。
  もう、お嬢様じゃないし。」

 「金には困らんだろ?
  錬金術が使えるんなら、希少金属を作って売れば、
  左団扇で暮らしていけるよ。」

 「そっか。」

 「労働したいんなら、冬木に来てからでいいさ。」

 「そうね。
  今まで苦労した分、遊ばなきゃね!」

 「いい心掛けだ。
  それにまだ、セイバー達の罰ゲームを敢行していないから、
  楽しみも結構残ってるぞ。」

 「士郎……。
  まだ、覚えてたんだ。
  わたしは、忘れてたわ。」

 「俺も修行の日々が終わって、一段落だ。」

 「終わってないよ。」

 「え?」

 「わたし、セイバーに約束したもん。
  士郎を立派な魔術師にするって。」

 「イリヤ……。
  まだ、覚えてたんだ。
  俺は、忘れてたよ。」

 「私の修行も残っている。」

 「バーサーカー!?」

 「私は、きっちりしないのが嫌いだ。」

 「微力ながら、お嬢様の手助けをします。」

 「セラまで!?」

 「リズは、士郎の差し入れを食べてあげる……。」

 「俺が、リズに差し入れるのか!?」


 士郎が珍しく項垂れる。


 「仕方ないか。」

 「うん!」


 走る車の風を受け、イリヤは、窓から気持ち良さそうに空を仰ぐ。


 「バーサーカー、田舎なんだから、もっと飛ばさないか?」

 「うん、わたしが許すわ!
  行っちゃえ! バーサーカー!」


 バーサーカーは、苦笑いを浮かべるとアクセルを踏み込んだ。
 車は、猛スピードで風の中を駆け抜ける。



[7779] あとがき・懺悔・本当の気持ち
Name: 熊雑草◆890a69a1 ID:9b88eec9
Date: 2009/05/16 02:22
 == Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==



  あとがき・懺悔・本当の気持ち



 このArcadiaというサイトに「チラシの裏」という一発ネタ作品のカテゴリを用意してくれた管理人さん。
 最後まで、お付き合いいただいた方。
 ありがとうございました。

 そして、私のSSで不快な思いになってしまった方。
 本当に申し訳ありません。

 最後なので、懺悔を込めて本当の気持ちを書きます。
 正直、書くのが嫌になってしまい強引にSSを終了させました。
 最後まで書き切るのが最低限のマナーだと思ったので、終了までは努力させていただきました。

 ここに投稿する以上、自己満足をするために投稿していたのですが、感想を読むのがだんだん怖くなってしまいました。
 Fate という作品を大好きな人がいるのに、私が、投稿する事で不快になってしまう方がいる事を痛感したからです。

 私自身、思い入れがあるのかと問われれば、それ程ないと言わざるを得ないと思います。
 度重なる指摘や矛盾点の乱立……言い訳のしようもありません。
 故に強引でもいいから、早々に身を引く事にしました。

 …

 さて、そんな愚かな私が、何故、Fate を題材にしたかと言えば「遠坂手裏剣」の出現のせいです。
 古本屋で、たまたま見かけたアンソロジーの本。
 それを開いて目に飛び込んできたのが「遠坂手裏剣」でした。

 「遠坂手裏剣」を見て、こんなのもありなのか……と思った瞬間でした。
 そして、ここまでデタラメして単価をつけているんだから
 ギャグにする事は許された作品なのだろうと勘違いし、今回の投稿に至る訳です。

 私の間違いは、更に続きます。
 物語である以上、起承転結を考えなければいけないのに、考えずに勢いで開始してしまった事です。
 ギャグを押し通したまま完結出来るほど、温い設定の物語ではありませんでした。
 ネットを開けば、日々論議を見かける設定の細かい物語なのです。
 寧ろ、ギャグにするにはハードルが高いし、やってはいけない事でした。
 そして、気付いた時には、取り返しのつかないところまで更新をしていました。

 初めから終わりまで、謝りっぱなしです。すいませんでした。
 こんな作品で、少しでも面白いと思っていただける箇所があれば幸いです。



[7779] 修正あげだけでは、マナー違反の為に追加した話
Name: 熊雑草◆890a69a1 ID:9b88eec9
Date: 2010/08/27 00:42
 == Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==



 ※修正ageだけでは、マナー違反の為に追加した話です。



  愚者の帰還



 数年の時を経て、主は自分の家へと辿り着く。
 離れていた理由は忘れた……思い出したくもない。
 そして、目の前の現実も理解したくない。


 「冬木よ! 俺は、帰って来たーーーっ!
  ・
  ・
  と、したかったのに……。
  なんだ! これはっ!?」


 目の前には見慣れた家があるはずなのに……ない。
 見慣れた家は、二階建てになっていた。


 「なんでさ?」

 「犯人は、一人しか居ないんじゃないの?」


 士郎にイリヤが、笑顔で話し掛ける。


 「いや、容疑者が多過ぎて分からない。」

 「なんで? セイバーでしょ?」

 「藤ねえかもしれない。」

 「ああ……。」

 「雷画爺さんという事も。」

 「ああ……。」

 「案外、遠坂が一枚噛んでるかもしれない。」

 「ああ……。」


 そして、遅れてイリヤの従者達が到着する。


 「注文通りの仕上がりですね。」

 「犯人は、お前か!?」

 「……まさかのセラ落ち。」


 衛宮邸の前には、数年で見違えた面々が居る。
 バーサーカーの暴力で逞しくなってしまった士郎。
 手足がスラリと伸び、少女の面影が薄くなったイリヤ。
 イリヤのボディーガード、時々、パパのバーサーカー。
 アインツベルンでは見る事が出来なかった私服のセラとリズ。


 「ただいま。」


 士郎は、いきなり扉を開ける。


 「あの男……。
  何の感慨もなしに……。」


 セラが、眉間に皺を寄せ拳を震わせる。


 「士郎には大事な感覚が欠けてる気がするわ……。」

 「お嬢様、感覚だけではありません。」

 「全般的に常識だな。」

 「知性ない……。」

 「…………。」


 そして、ピシャンと扉が閉められる。


 「「「無視するな!」」」


 イリヤ達は、後を追おうと扉に近づく。
 すると懐かしい声が耳に入る。
 しかし……。


 「貴方は、『誰だ?』と言っているのです!」


 閉められた扉の中から、セイバーの怒鳴り声が聞こえる。


 …


 「なんで、セイバーが怒ってるの?」

 「何故でしょうか?」

 「士郎は、背が伸びたからな。
  別人と思っているのかもしれんな。」


 イリヤ達は、完全に入るタイミングを逸した。


 …


 士郎は、額を押さえて俯く。


 (なんで、気付かないんだ……。
  ここは、俺の家じゃないか。)

 「いいですか?
  私は、留守を預かる者です。
  貴方のように背の高い人物は、私の記憶に居ません。
  ・
  ・
  いや……。」

 (やっと気付いたか。)

 「何だ……。
  アーチャーではありませんか。」

 「違うわ!」


 …


 「あの二人……。」

 「何故、漫才をしているのです!」

 「ブランクってないのね……。」


 イリヤ達は、衛宮邸到着2分で、今まで散々味わった脱力を感じていた。


 …


 士郎は、ビッと自分に親指をさす。


 「俺だ! 士郎だ!」

 「…………。」

 「シロウ……。
  あのシロウですか!?」

 「他にどの士郎が居るんだ?
  世の中には、そんなに士郎が居るのか?」

 「最近知った方には、真田志郎という方が……。」

 「技師長じゃねーか!」


 …


 「また、話が妙な方向に……。」

 「ちょくちょく出て来る真田って、誰なの!?」


 …


 一息ついてセイバーの顔が穏やかになる。
 士郎の顔を見るのも久方振りである。
 セイバーは、士郎の顔をマジマジと見上げる。


 「随分と背が伸びましたね。」


 士郎は、セイバーの胸に視線を移す。


 「変わらんな。」

 「何処を見ているのです!」


 セイバーのグーが、士郎に炸裂する。


 …


 イリヤとセラに青筋が浮かぶ。


 「なんか、今のは何が起きたか分かったわ。」

 「はい。
  その過程まで逐一と。」

 「ヒンニュウ……。」


 イリヤとセラが凄い勢いでリズに振り返る。
 バーサーカーは、額を押さえて溜息を吐く。


 …


 セイバーが、士郎の襟首をがっちりと掴むとブンブンと前後に振りまくる。


 「シロウ!
  貴方って人は……!
  貴方って人は…!
  貴方って人は!」

 (セイバーか……。
  何もかもが皆懐かしい……。)

 「会って2分ちょいで
  ツッコミを入れさせるとは、どういう事です!」

 「…………。」

 「NARUTOのサクラですか!? 私は!?」

 (バラエティー増えたな。)


 ガラリと扉が開く。
 イリヤとセラが、士郎にグーを炸裂させる。


 「な、なぜ……イリヤとセラから……。」

 「士郎……。
  世の中には、例え自分じゃなくても人を傷つけるNGワードがあるのよ。」

 「お前ら、3人だけじゃないのか?」


 セイバーとイリヤとセラのグーが、士郎に炸裂する。


 「リンもです!」

 「セイバー……それ違う。」

 「止めませんか……。
  傷が広がりますから。」

 「そうね……。
  久々に訪ねてみれば。」


 ハッとしてセイバーとイリヤとセラは、振り返る。
 そこには、赤い悪魔が拳を震わせて立っていた。
 そして、間髪いれずに凛は、士郎にグーを炸裂させる。


 「二次災害が……。」

 「あんたは、玄関入ってから何分間ボケてんのよ!」

 「お前は、どこから聞いて突っ込んでんだ?」

 「あんたが、セクハラ始めた辺りからよ。」

 「ほぼ全部かよ。」

 「入るタイミングが微妙なのよ!」

 「専門分野じゃないか……。
  貧……。」


 再び、セイバーと凛とイリヤとセラのグーが、士郎に炸裂する。


 「数年振りの癖に……。
  なんてコンビネーションなんだ。」

 「あんたこそ、数年振りなのに何なのよ!」

 「本当です!」

 「……日々、進歩がないのは知ってたけど。」

 「……この光景は懐かしいのですけどね。」


 セイバーと凛が怒りを再燃させる中で、イリヤとセラは溜息を漏らす。
 バーサーカーは、聖杯戦争中のアーチャーのポジションで脱力していた。


 …


 場所を居間へと移し、各々席に着きお茶を啜る。
 一息ついてセイバーが、士郎達に話し掛ける。


 「今まで、どちらに居たのですか?」


 イリヤは、指を顎にあてて答える。


 「世界中は、ほとんど回ったかな?」

 「世界中ですか……。」

 「そうよ。
  士郎の家に行く寄り道にね。」

 「寄り道って……。」

 「俺も、どうかと思う。」

 「あんた、変なもんでも拾って食べたの?」

 「なんでさ?」

 「そんな常識的な答えを返すなんて。」

 「俺だって後悔する事もあるさ。
  大変だったんだぞ……セラとバーサーカーと旅するのって。」


 セラとバーサーカーのグーが、士郎に炸裂する。


 「何故、我々なのだ!」

 「そうですよ!
  何処に行っても四六時中トラブルを
  起こしていたのは貴方でしょう!」

 「やっぱり、トラブル起こしてたのね。」

 「予想はしていましたが……。」

 「聞いて下さい!
  衛宮様は、一度や二度ではないのです!
  その国に行ってトラブルを起こすのではなく、
  その国の街単位でトラブルを起こすのです!
  ・
  ・
  この男……。
  最初は、ろくに言葉も話せないくせに!」

 「うるさいな……。
  大阪弁を話す宇宙人も居るぐらいなんだぞ?」

 「テレビのCMじゃない!
  しかも、何年も前の!」

 「これが日本を離れていた時間差というヤツだな。」

 「嫌な懐かしがり方をするわね……。」

 「しかし、言葉も通じないのに
  どうやってトラブルなんて起こすのですか?」


 バーサーカーが、溜息混じりに言葉を吐き出す。


 「最初は、ジェスチャーだ。」

 「それなら伝わりますね。」

 「セイバー……。
  『最初は』って言ってるわ。」

 「そのうちに相手のニュアンスで言葉を覚え始める。」

 「…………。」

 「大体、6時間ぐらい野放しにすると言葉を覚えて帰って来る。
  それから、トラブルを起こし始めるのだ。
  こちらは、まだ、言葉を覚えている途中だから必ず後手に回る。」

 「…………。」

 「リン……。
  私は、この手の映画を見た事があります。
  人間に寄生して言葉を解し人を襲っていくのです。」

 「俺は、寄生虫かエイリアンか!」

 (近いんじゃないかしら?)

 「あんた、横文字ダメなんじゃないの?」

 「色々あってな……。
  あの町で、セラに勉強させられたり。
  この町で、セラに勉強させられたり。
  その町で、セラに勉強させられたり。
  セラに勉強させられたりしていくうちに身についた……。
  セラは、イリヤの事になると容赦がないからな……。
  セラに殺される前に体が覚えるようになって……。」

 「あ、そう……。」

 (以前、聞いた大河関係で身につけた特殊能力と
  同じ香りのするエピソードですね……。
  ・
  ・
  まあ、特殊能力の活かされた経緯を聞くと、
  トラブルしか生まないというのが、シロウらしいですが。)


 士郎は、セラの事を口にした事でスイッチが入る。


 「俺の事ばっかり言ってるけど!
  セラもバーサーカーも常識がズレているんだぞ!」

 「嘘は、言わないで下さい!」

 「嘘?
  ・
  ・
  っな訳ないだろう!
  お前らのドSっぷりは、常軌を逸してんだよ!」


 セイバーと凛は、心当たりがあった。


 「あの手紙か……。」

 「よく生きていましたよね……。」

 「大体、死に掛けるまで修行ってなんだ!?」


 セラは、お茶を啜る。


 「生きているではありませんか?
  ・
  ・
  残念ながら。」

 「殺すつもりか!
  何度も言うがな……。
  俺は、死にたくないんだ!」


 今度は、バーサーカーがお茶を啜る。


 「その割には、死地に足を踏み入れるが?」

 「踏み入れてんじゃない!
  引っ張られてんだ!」

 「……あの。」

 「なんだ、セイバー?」

 「あの手紙は、事実なのですか?」

 「あれの6割増しの事があったと思ってくれていい。」

 「…………。」


 今度は、凛がお茶を啜る。


 「でも、何かスッキリしちゃった。
  セラとバーサーカーによって制裁が行われてたって聞いて。」

 「リン。
  私も分かります。
  こう……何か胸の痞えが取れるのが。」

 「アホの子が居る。」


 セイバーと凛のグーが、士郎に炸裂する。


 「アホ言うな!」

 「貴方にだけは言われたくありません!」

 (俺を肯定してくれる人間は居ないのか?)


 今度は、セイバーがお茶を啜る。
 そして、コホンと咳払いを一つ。


 「シロウのせいで大事な事を言うのを忘れていました。
  皆さん、おかえりなさい。」


 セイバーの穏やかな笑顔にホッとした空気が流れ、各々大事な事に気付く。


 「忘れていましたね。
  大事な挨拶を。」

 「セイバー、凛、ただいま!」

 「おかえりなさい、イリヤスフィール。
  成長した貴女に会えて嬉しいです。」

 「おかえり、イリヤ。
  もう、子供扱い出来ないわね。
  ちょっと、残念だわ。」

 「これから、お世話になります。」

 「ん。よろしく……。」


 セラとリズが姿勢を正して丁寧に頭を下げる。


 「ええ、ここを自由に使ってください。
  頂いた手紙の通りに改築は済んでいます。」

 「ご面倒をお掛けしました。」

 「……家主を差し置いて、
  そんなやり取りをしてたのか。」


 凛は、少しだけ士郎に同情した。
 続いて、バーサーカーが挨拶する。


 「すまないな。
  私も世話になる。」

 「お構いなく。
  貴方とイリヤスフィールの主従の関係は、
  手紙により理解しています。」

 「ありがとう。」

 「ただし……。
  暇な時で結構ですので、私と剣を交えてくださいね。」

 「了解した。」


 セイバーが、士郎を見つめる。


 「俺は、もう言ったんだけど……。」

 「言いましたっけ?」

 「扉開けた後に全力で否定された。」

 (そういえば……。)

 「まあ、いいや。
  ただいま戻りました。」


 士郎が頭を下げる。


 「おかえりなさい、シロウ。」

 「愚者の帰還ね。」


 凛の一言に皆が納得したように頷く。
 そして、士郎は、ふてくされた。


 …


 帰宅の挨拶が終わると士郎は、今度は、他の面々の行動が気になりだした。


 「俺達の事は、大体分かっただろ?」

 「はい。
  世界中でシロウが迷惑を掛けて回ったのですね。」

 「「「その通り。」」」

 「…………。」

 「でも、それがあったから面白くもあったわ。」

 「本来、怒るべきとこだと思うんだが、
  イリヤの言葉が、なぜか温かい……。
  ・
  ・
  ところでさ。
  セイバー達は、何してたのさ?」

 「我々ですか?」

 「無事に卒業したわよ。」

 「…………。」

 「卒業? なんの?」

 「学校に決まっているでしょう!」

 「ああ……。
  そんなのあったな。」

 「しかも、あんた。
  ちゃんと卒業出来てるし……。」

 「妙な日本語だな。」

 「ちゃんと細工してたのですよね……ライガさん。」

 「あの人は、そういう人だ。」


 『この馬鹿師弟が』と各々が拳を握る。


 「その後は?」

 「わたしは、桜と仲良くやってるわ。
  修行をメインでね。」

 「なんで?」

 「士郎、少し考えようよ。」

 「?」

 「鍵は、あるんだよ。
  後は、扱うための力量じゃない。」

 「でも、キャスター待ちなんだろ?」

 「違うの!
  鍵を扱うのは凄く大変なの!
  知ってるでしょ!?
  それが負担になるから、士郎は、わたしに辞めさせたじゃない!」

 「そうだった……。
  遠坂は、大変なんだよな。
  イリヤより雑魚だから……。」


 凛のグーが、士郎に炸裂する。


 「言葉を選べ!」

 「シロウ……。
  イリヤスフィールやキャスターと比べないでください。
  寧ろ、彼女達の方が規格外になるのですから。」

 「あまり考えた事がないから分からないけど。
  どれぐらい違うんだ?」

 「そうですね……。
  ・
  ・
  キャスターをフリーザ。
  イリヤスフィールをギニュー。
  リンをザーボン。
  と、考えて貰えれば分かり易いですか?」

 「多分……俺にしか分からんぞ。
  普通の魔術師は?」

 「アプールですかね?」

 「今のでほとんどの人が着いて来れなくなった。
  しかも、絶対にパワーバランスが合ってなさそう。」

 「貴方に説明するなら、少しぐらい誇張した方が理解し易いかと。」

 「…………。」

 「正直、分かり易かった。」

 (((ダメな主従……。)))

 「で、ザーボンは修行して新たな変身でも
  出来るようになったのか?」


 凛のグーが、士郎に炸裂する。


 「変な名前で呼ぶな!」

 「シロウ。
  アプールの貴方では、ザーボンには勝てませんよ。」

 「そうだな……言葉を選ぼう。」

 「そこの主従!
  馬鹿な会話を慎みなさい!」


 イリヤ達が溜息を吐く。
 少し落ち着こうとセイバーがお茶を啜る。
 そして、自分の現状も語ろうと背筋を伸ばす。


 「では、私の番ですね。
  私は……。」

 「語らなくていいや。
  俺と会話出来るってだけで、何をしていたか大体分かる。」

 「そうですか?」

 「漫画とアニメを見まくって、怠惰を貪ってたんだろ?」


 セイバーのグーが、士郎に炸裂する。


 「失礼な事を言わないでください!
  確かに転生の目的の一つは、『ワンピース』『ブリーチ』『ナルト』が、
  最終回を迎えていない事もあります!
  しかし、それだけではありません!」


 士郎とセイバーを除く全員が頭を押さえている。


 「知りたくなかった……そんな理由。」

 「根源の力を使って叶えた望みが漫画って……。」

 「どうしたのですか?」

 「何でもないわ……。
  士郎との会話を続けてて。」

 「分かりました。
  ・
  ・
  私は、怠惰を貪ってなどいません!」

 (凄いわね……この主従。
  まだ、続けられるんだ。)

 「じゃあ、何をしてたのさ?」

 「普通の生活です。」

 「?」

 「家事をして。
  炊事をして。
  ネコさんと働いて。
  大河達とお酒を飲んだり。
  そして、時々、羽目を外したり。」

 「…………。」

 「本当に普通の生活だな。面白いのか?」

 「この上なく。
  キャスターやライダーともお酒を飲みます。」

 「へ~。」

 「リンとサクラとも。」

 「へ~。」

 「聖杯戦争を切っ掛けに友達を作ったみたい。」


 イリヤの言葉にセイバーは、微笑んで返す。


 「ええ、最高の報酬です。」


 士郎は、満足そうに微笑むと立ち上がる。


 「少し安心したよ。
  街を回って来る。
  ついでにキャスターとライダー達にも会って来る。
  で、最後に藤村組に寄って帰って来る。」

 「わたしも行く。」


 イリヤが立ち上がる。


 「わたしは、セイバーに用があって来たから。」

 「お嬢様、我々は、荷物を片付けます。」

 「そう?
  じゃあ、士郎とわたしだけで行って来るね。」


 士郎とイリヤが居間を出て行く。
 セイバーと凛が感想を漏らす。


 「あの後姿は、もう兄妹には見えませんね。」

 「かと言って、恋人同士にも見えないわね。」


 バーサーカーが言葉を続ける。


 「人は、変わっていくものだ。
  成長していく過程で失うものもあるが得るものもある。
  私は、失ったものより得たものの方が価値あるものと信じている。」

 (バーサーカー……。
  すっかり、いいお父さんね。)


 居間での会話など知らずに士郎とイリヤは、衛宮邸を後にした。


 …


 士郎とイリヤは、ゆっくりと町並みを確認して歩く。
 そして、商店街を通り公園に差し掛かる。


 「懐かしいな。」

 「ここで士郎とセイバーに拉致されたのよね。」

 「…………。」

 「なんか勢力が分かれてるな。」

 「誤魔化した……。」


 公園では子供達のグループが3つに分かれ、何かを争っている。
 どうやら公園での勢力争いのようだ。


 「縄張り争いか?
  最近のガキは、血気盛んだな。」

 「大人も混じってる気がするんだけど……。」


 第1勢力:モップを槍のように構えたリーダーの勢力。
 第2勢力:物干しを刀のように構えたリーダーの勢力。
 第3勢力:金髪の青年と根暗そうな参謀の二人組みのリーダーの勢力。


 「あの構え……どこかで見たような。」

 「わたしも……。
  なんで、大人が混じってるの?」

 「しかも、アイツが一番人気を集めてる。」


 ジャングルジムのてっぺんで腕を組み偉そうに金髪の青年は叫んでいる。


 「フハハハハ!
  また、来たか! 愚かな雑種共!」


 士郎は、過去の記憶の言動から思い当たる人物を検索する。


 「ギルガメッシュじゃないのか?」

 「じゃあ、あれは言峰?」


 イリヤは、根暗そうな少年を指差す。


 「小峰! 貴様も笑え!」


 小峰と呼ばれた少年は、声を立てずに小馬鹿にしたように唇を吊り上げる。


 「微妙に名前が違うが……。」

 「別人なのかな?」

 「様子を見ようか。」


 公園では勢力同士の戦いではなく、リーダーによる一騎打ちの戦いになりそうだ。
 モップの槍リーダーが公園の半分をモップで線を引いて遮る。


 「ここからは、オレ達の領域だ。
  オマエらは、一歩たりとも入るな。」

 「何を馬鹿な事を……。
  ここからが拙者達の領域だ。」


 物干しの刀リーダーが領域を上書きする。


 「愚か者達め。
  この公園を支配するのは我々だ。」


 根暗そうなリーダーが線を踏みにじる。


 …


 「そろそろ名前で呼び合ってくれないかな。」

 「どうでもよくない?
  もう、ギルガメッシュ、言峰、ランサー、アサシンでいいじゃない。」

 「でもさ。
  言峰が小峰だろ?
  他の奴等の名前も気にならないか?」

 「う~ん。
  確かに気になるとこだけど。」


 …


 「ランサー、野蛮なところは変わらんな。」

 「そういうオマエこそ……この似非神父!」

 「ふ……。
  阿呆の子が喚いておるわ。」

 「「黙れ! アサシン!」」


 …


 「ランサーって言ってるし……。」

 「似非神父だって……。」

 「アサシンって言ってるし……。」

 「なんで、ここに転生してるのかしら?
  キャスターの手抜きかな?」

 「遠坂のうっかりじゃないのか?
  キャスターの年齢操作も失敗したみたいだし。」

 「どうするの?」

 「もう少し様子を見ようか。」


 …


 戦いは、壮絶を絶するものだった。
 既に子供同士の戦いの枠を外れて打ち合っている。
 そして、遠くから見ているからこそ分かる。
 勢力が分かれていた訳ではない。
 子供達は、戦いを見に来たギャラリーでしかない。
 各リーダーのファン層で分かれているのだ。
 壮絶な戦いの後、ランサーとアサシンと言峰が同時にノックアウトする。


 「凄いな……。」

 「お金取れるんじゃないの?」


 士郎とイリヤは、呆然と戦いを終始見届ける。


 「この後、どうなるんだろう?」

 「予想もつかないな。」


 ノックアウトしたリーダー達が、のそのそと起き上がる。


 「くそ! また引き分けか……。」

 「そのようだ。」

 「決着は、次回か……。」

 「お前ら……まだ、やるのか。」


 暫しの沈黙の後、リーダー達は、お互いを讃え合い始めた。


 「暑苦しい……。」


 その後、ギャラリーがリーダー達を胴上げしてフィナーレを迎える。
 イリヤは、頭を押さえて複雑な顔をする。


 「何がしたいのよ……。」

 「アイツらが、あのまま大人になったら、どうなるんだ?」

 「不良の巣窟になるんじゃない?」

 「ランサーは、似合いそうだな。」

 「他は?」

 「…………。」

 「想像出来んな。」

 「ギルガメッシュに至っては、何もしてないし……。」

 「他の子供とジャンプ読んでただけだった……散々、煽って。」


 士郎とイリヤは、その場を後にする。


 「今後が、ちょっと心配ね。」

 「セイバー達は、知ってるのかな?」

 「キャスターは、知ってるでしょ?」

 「そうだよな。
  ・
  ・
  あ。
  分かったかも。」

 「?」

 「アイツらをなんとかするなら子供の方が扱い易いから、
  この状態なんじゃないの?」

 「なるほど。」

 「いざとなれば、セイバーとキャスターで折檻すればいいんだから。」

 「でも、あの子達も大人になるよ?」

 「多分だけど。
  宝具が使えないなら、キャスターが一番強い気がする。」

 「そうかも……。
  キャスターだけが武器に依存しないから。」

 「…………。」

 「どうしたの?」

 「その後の展開が頭を過ぎった。」

 「その後?」

 「アイツらが大人になった時、キャスターはおばさんだ。
  それを冷やかされて何かが起きる。」

 「…………。」

 「ごめん、士郎……。
  その光景をわたしも予想出来る。」

 「何年後かに戦争が起きるな。」

 「回避出来ないの?」

 「…………。」

 「出来なくもない。」

 「本当?」

 「今からトラウマを作る。」

 「へ?」

 「ランサーとアサシンと言峰に
  キャスターを見ただけで動けなくなるぐらいのトラウマを刻み付ける。」

 「…………。」

 「ありなの?」

 「これしか未来を守れない。」

 「…………。」

 「ギルガメッシュは?」

 「放っといていい。
  宝具も王の財もないアイツなど、誰でも勝てる。」

 「酷い扱いね……。
  ・
  ・
  でも、なんで、ギルガメッシュと言峰がここに……。」


 少しの疑問を残しつつも士郎とイリヤの足は、柳洞寺へと向けられた。


 …


 柳洞寺の長い階段を上がって行く。
 この山門には、もう侍は居ない。
 その侍は、公園で暴れていたばっかりだ。
 山門を通り抜け、目的の人物を士郎は発見する。


 「お~い。
  キャスター。」


 キャスターは、士郎を見ると面倒臭いものを見つけたような顔をする。
 しかし、続いてイリヤを見るといいものを見つけたというような顔になり、そそくさと近づいて来る。


 「立派なレディになったわね、イリヤスフィール。」

 「あ、ありがとう。キャスター。」

 (なんか、この笑顔怖い……。)

 「今、暇かしら? 暇よね。
  貴女にぴったりの服があるのよ。
  是非、寄っていって。」

 「すまないな、キャスター。」


 キャスターのグーが、士郎に炸裂する。


 「お呼びでない!」

 「最初に声を掛けたのは俺なのに……。」

 「公害を私の視界に入れないでくれる?」

 「色々な例えをされて来たが、まさか公害とは。」

 「何しに来たのよ?」

 「なんで、遠坂もキャスターも俺を邪険に扱うんだ?」

 「貴方が居て良かった試しがないからよ。」

 「……酷いな。」

 「で?」

 「数年ぶりに帰って来たから寄ったんだけど。」

 「イリヤスフィールだけでいいわ。
  貴方は、帰りなさい。」

 「…………。」

 「イリヤ、おばさんが帰れって。」


 キャスターのグーが、士郎に炸裂する。


 「誰がおばさんだ!
  貴方とは、同い年でしょう!」

 「また、導火線が短くなったんじゃないか?」

 「誰のせいよ!」

 「真面目な話がしたいんだけど。」

 「…………。」

 「本当でしょうね?」

 「本当。」

 「何よ、真面目な話って。」

 「お礼を言いたくて。」

 「?」


 士郎が、イリヤの肩をポンと叩く。


 「キャスターのお陰で元気だ。」

 「キャスター。
  本当にありがとう。
  ずっと、直接お礼が言いたかったの。」

 「…………。」


 背が伸びて元気そうなイリヤを見て、キャスターは微笑む。


 「どういたしまして。
  私も嬉しいわ。」

 「キャスターが居なかったら……わたし……。」


 キャスターが、イリヤの両肩に手を置く。


 「私だけじゃないわ。
  きっと、皆が居なかったら、貴女は、ここに居ないわ。
  あそこには、誰一人欠けてもいけなかったの。」

 「キャスター……。」

 「努力を続けて来た貴女は、
  きっと天国の未来を呼び寄せたのよ。」


 イリヤは、感動したようにキャスターを見ている。
 しかし、士郎は、頭を押さえている。


 (ガイ先生だ……。
  この数年でNARUTOに毒されてる……。
  ・
  ・
  キャスター……セイバーと仲良かったからな。)


 士郎は、何となく凛達の気持ちが分かってしまった。


 …


 感動的な場面を壊さないように士郎は気を遣って無視する。
 本当は、どうしようもなく突っ込みたかったが、セイバー達のようにグーを炸裂させるスキル(勇気?)は、士郎にはなかった。


 「よかったな、イリヤ。」

 「うん。
  ・
  ・
  どうしたの? 疲れた顔してるよ。」

 「なんでもない……。
  そう……なんでもないんだ。」

 「?」

 「坊や、他にも用があるの?」

 「未来を託したい……。」

 「は?」

 「公園のガキンチョどもを知っているか?」

 「ええ、サーヴァントの成れの果てね。」


 キャスターは、おかしそうにクスクスと笑っている。


 (犯人は、コイツか……。)

 「アイツらもさ。
  時間が経てば大人になるんだよ。」

 「当たり前じゃない。」

 「大人になって暴れたら、どうするんだ?」

 「…………。」

 「別に……放っとけばいいんじゃない?」

 「でもさ……。
  アイツらが大人の時、俺はおじさんで、キャスターはおばさんだぞ。
  押さえ切れるのか?」

 「…………。」

 「考えてなかったわね。」

 (やっぱり……。)


 キャスターが、顎に手を当て考え始める。
 士郎は、さっき、イリヤと話し合った作戦を提示する。


 「今のうちにアイツらを躾けてくれないか?」

 「何で、私が躾けるのよ?」

 「多分、冬木で一番強い。」

 「そんな訳ないでしょう。」

 「他のヤツらは、宝具ないから。
  それに日本じゃ得物も中々手に入らないし。」


 キャスターは、少し考えると唇を吊り上げる。


 「そうね。
  この時代のこの国なら、私が一番理に適ってるわね。
  いいわ。躾けてあげる。」

 「トラウマになるぐらいがいいかと思う。」

 「いいわ。
  それぐらいの方が遣り甲斐あるし。」

 (キャスターも、ドSだ。
  アイツら終わったな……。)

 「これで未来は、守られたわね。」


 イリヤは、納得した表情で頷く。


 「用件は終わりだ。」

 「じゃあ、イリヤスフィールを借りるわよ。」

 「は?」
 「へ?」

 「セイバーのために作った服があるんだけど。
  あの子、中々袖を通してくれなくて。」

 (まあ、キャスターの趣味じゃな……。)

 「ここは、是非、イリヤスフィールに
  一肌脱いで貰うしかないのよ。」

 「……だってさ。」


 士郎は、イリヤを見る。


 「ちょっと、待って!
  士郎! なんで、擁護してくれないの!」

 「俺、未来予知出来てさ。
  キャスターを説得するの無理だって分かってるんだ。」

 「嘘でしょ!?」

 「いい心掛けよ、坊や。」

 「まあ、死ぬ訳じゃないし。
  こんなんで恩を返せるならいいじゃないか。」

 「その通りよ、坊や。」

 「士郎の裏切り者~~~っ!」


 イリヤのグーが、士郎に炸裂する。
 士郎は、ハンカチを振ってイリヤを見送る。
 イリヤは、ズルズルとキャスターに引かれて本堂の奥へと消えて行った。


 「さて、お茶でも飲みますか。」


 士郎は、時間を潰すために久々の柳洞寺を時間を掛けて満喫する。
 イリヤが開放されたのは、約一時間後だった。


 …


 大きな紙袋を両手で抱えながら、イリヤが複雑な表情で現れる。


 「おもいの他、よかった……。」

 「じゃあ、着て帰れば?」

 「それは、ちょっと……。」

 「あれ? キャスターは?」

 「マスターとの甘い時間に突入して追い出された……。」

 「…………。」

 (やりたい放題だな。)


 イリヤは、士郎に問い掛ける。


 「この後、どうするの?」

 「出来れば桜とライダーに会いたいな。」

 「凛の家かな?」

 「どうだろ?」

 「なんで、士郎が詳しくないの?」

 「遠坂姉妹の生態なんて観察してないし……。
  そもそも家も知らない。」

 「本当に?」

 「桜のためにって、遠坂もライダーも教えてくれなかった。」

 「…………。」


 イリヤは、深く納得した。


 「じゃあ、探せないじゃない。」

 「キャスター! キャスター! キャスター!」

 「また、士郎が壊れた……。」


 キャスターのグーが、士郎に炸裂する。


 「他の人に迷惑でしょう!」

 「こうすれば来ると思った。
  しかし、空間転移とは……。」


 再びキャスターのグーが、士郎に炸裂する。


 「何の用なの!」

 「桜とライダーと連絡取りたいから、
  なんとかしてくれ。」

 「貴方、何様なの?」

 「鷹村さんなら『俺様だ!』と言うだろうが……。」

 「鷹村守……か。
  強くても落ち着きのない男はね……。」

 (このキャスター……。
  どこまでセイバーに毒されてんだろ?)

 「で、なんとかしてくれ。」

 「頭を下げる気はないわけ?」

 「だから、なんとかしてくれ。」

 「…………。」

 「貴方の居ないこの数年は、本……当に平和だったわ。」

 「今日、数分しか話してないじゃないか。」

 「…………。」

 「はい。」


 キャスターは、諦めて自分の携帯を渡す。


 「それで連絡を取りなさい。」

 「ご苦労。」


 士郎は、携帯電話を受け取るとアドレスを検索し始める。


 「頭が痛い……。」

 「キャスターは、真面目だから。」

 「貴女は、平気なの?」

 「もう、慣れたわ。
  それに……これはこれで面白いよ。」

 「そう?」

 「そうよ。
  世の中、分かりきった事ばかりより、
  分からない数%の方が貴重な事もあるのよ。」

 「……あれが貴重ねぇ。」


 携帯電話で連絡を取る士郎を遠目で観察する。
 電話が繋がると士郎は、話し始めた。


 「俺だ。」

 『…………。』

 「俺だ。」

 『誰ですか?
  ディスプレイの名前と声が一致しないのですが。』

 「…………。」

 「や~ねぇ。
  宗一郎様命のキャス子よ。」


 キャスターのグーが、士郎に炸裂する。
 キャスターは、士郎から携帯電話を奪い取ると怒鳴りつける。


 「もしもし!
  さっきのは、私じゃないわよ!」

 『当然、分かります。
  ・
  ・
  もしかして……いえ、士郎ですね。』

 「貴女が真人間で助かるわ。
  凛だったら、何て言われたか……。」

 『大丈夫ですよ。
  士郎絡みなら、分かってくれます。』

 「そうよね。
  坊やは、共通の敵ですものね。」

 『……そこまでは言っていないのですが。
  ・
  ・
  あの用件は、何でしょうか?』

 「替わるわ。」


 キャスターは、士郎の襟首を掴む。


 「余計な事を言ったら殺すわよ。」

 「殺すなよ……。
  お前の場合、冗談じゃ済まないんだから。」


 士郎は、再び携帯電話を受け取る。


 「俺だ。」

 『士郎……。
  『俺だ』といきなり言われても困ります。』

 「用件なんだが……。」

 (((無視した……。)))

 『士郎……。
  もう少し話を聞いてください。』

 「何か話したいのか?」

 『もう……いいです。
  あなたの言いたい事を話してください。』

 「久しぶりに戻って来たから会いたいんだけどさ。
  桜と一緒に居るところを教えて欲しいんだ。」

 『今ですか?』

 「そう。
  今から行こうと思ってる。イリヤと。」

 『凛の家なのですが……分かりますか?』

 「何を今更。
  ライダー達が、隠匿したんじゃないか。」

 『そうでしたね。
  では、引き続き隠匿するために外で会いましょう。』

 「虐めじゃないか?」

 『桜のためです。』

 「変わらずの桜主義者め……。
  ・
  ・
  ライダーって……同性愛者?」

 『違います!』

 「まあ、いいや。
  どこで会うのさ?」

 『……この人の話を遮り、
  イラッとさせられるのも久しぶりですね。
  ・
  ・
  学校では、どうでしょう?
  あなたも懐かしいのではないですか?』

 「学校か……ライダー達が暴れた。」

 『本当に心の傷を逆撫でするのが得意なようで……。
  学校で躾けてあげます。』

 「…………。」

 「待ってます。」


 士郎は、携帯電話を切りキャスターに返す。


 「今日は、気分が悪いようだ。」

 「今、気分が悪くなったのよ!」

 「学校で待ち合わせ?」

 「うん。」

 「キャスターも行くか?」

 「何でよ?」

 「暇そうだから。」


 キャスターのグーが、士郎に炸裂する。


 「貴方が、呼んだんでしょうが!」

 「士郎、いつまでからかってるの?
  キャスターに悪いよ。」

 「貴女は、いい子に育ってよかったわ。
  こんな人格破綻者といて……。」

 「はは……。
  近くに居ると悪い事は真似しないようにって
  弥が上にも認識させられるから。」


 キャスターは、イリヤを優しく撫で、イリヤは、乾いた笑いを漏らす事しか出来なかった。
 その後、士郎とイリヤは、柳洞寺を後にする。
 キャスターは、士郎が帰って来なければ良かったのにと溜息をついて本堂へと戻って行った。


 …


 士郎とイリヤは、学校へ向け歩いて行く。
 荷物は、士郎が持ちながら。
 彼も一応、気を遣う事が出来たらしい。


 「みんな元気で変わらないな。」

 「士郎と一緒に回らなければ、
  もっと新鮮な気持ちで回れたかもしれない。」

 「?」

 「キャスター達の態度って、士郎だからだよ。
  士郎以外だったら別の態度をするに違いないもの。」

 「もしかして……。
  俺って特別な人なのだろうか?」


 イリヤのグーが、士郎に炸裂する。


 「特別ではなく軽蔑する人よ。」

 「軽蔑……。」

 「そうよ。」

 「その割には、旅行中ひっついてたじゃないか?」

 「だって……。
  得体の知れない原住民ともコミュニケーションを
  取れる人間って士郎しかいないし。」

 「俺、役立ってるじゃん。
  尊敬出来るじゃん。」

 「馬鹿と鋏は使いようって、知ってる?」

 「…………。」

 「俺は、イリヤにこんなに尽くしているのに。」

 「その分、お金払ってるじゃない。」

 「イリヤは、俺に絶対服従なのに。
  アインツベルンの名に懸けて誓ったのに。」

 「わたし、もうアインツベルンじゃないし。」

 「これから俺の家にお世話になるのに。」

 「あれ、セイバーの家でしょ?」

 「…………。」

 「いい切り返しを覚えたじゃないか。」

 「士郎のお陰でね。」

 「…………。」

 「イリヤは、『@$%#&』だな。」

 「え? 何?」

 「その上、『&&#$$$%』だ。」

 「何よ! その分からない発音!」

 「分かるまい!
  原住民の言葉を解せぬ愚か者には分かるまい!
  イリヤなんて、『%#&&@@@$』で
  『%%##@###』のくせに
  『&&%&#$@@##』だ!
  フハハハハハハッ!」


 イリヤのグーが、士郎に炸裂する。


 「意味も分からないくせに殴るなんて……。」

 「意味は分からなくても、馬鹿にしているのは分かるわ!」

 「やっぱり『%#&&@@@$』だ。」


 再びイリヤのグーが、士郎に炸裂する。


 「何をしているのですか?」


 いつの間にか学校に着き、ライダーが呆れて見ている。


 「イリヤは、今、反抗期なんだ。」


 再びイリヤのグーが、士郎に炸裂する。


 「もう、馬鹿! 大馬鹿! 本物の馬鹿!」

 「ふ……。
  馬鹿に種類も境界もないだろう。」

 「あ、相変わらずですね……衛宮先輩。」

 「おお!
  ・
  ・
  誰?」


 ライダーが、溜息混じりに補足する。


 「桜ですよ。」

 「桜?」

 「そうです。」

 「このセクシーな人が?」

 「そうです。」


 士郎は、桜の胸に視線を移す。


 「別人じゃないの?」


 ライダーと桜のグーが、士郎に炸裂する。


 「あなたは、何処で人を見分けているのですか!」

 「なんで、昔からそうなんですか!」


 士郎は、少し驚いている。


 「桜が……ツッコミを入れるなんて。」

 「士郎……。
  そこで驚きますか……。」

 「だって!
  唯一、俺に制裁入れなかった貴重な存在なんだぞ!
  ・
  ・
  それなのに……この数年ですっかり馬鹿共に毒されて……。」


 ライダーのグーが、士郎に炸裂する。


 「我々を馬鹿と言い換えるのを止めてください!」

 「ライダー……。
  お前も、こんなに俺をポンポン殴ってたっけ?」

 「…………。」

 「セイバーとキャスターと凛の影響で……。」

 「それ、おかしいだろ?
  だって、俺居なかったのに癖がつくなんて。」

 「この街には虎とか黒豹という輩も居ますので。
  それに……セイバーもあれで突っ込まれる要因を
  持ち合わせていますし……。」


 ライダーは、誰かのせいでと補足するように士郎を見る。


 「アイツら……。
  お構いなしで制裁入れてんのか?」

 「セイバーの話では、もうツッコミ癖がついて抜けないとか。
  酷い時には街中の人にも制裁を入れてしまうとか……。」

 (日本でも偉大な大阪人みたいになってる……。)

 「補足して置きますが、大阪は関係ありませんよ。」

 「?」

 「我々を突き動かすのは、殴った後の爽快感です。」

 (もっとダメじゃん……。)

 「桜も毒されてんの?」

 「わたしは、そんな事ありません!」

 「まあ、性格的に元がマイナスだから
  プラスマイナス0で普通なのかな?
  他は、プラスにプラスだから……。」


 士郎は、少し乾いた笑いを浮かべる。


 「それにしても桜は変わったな。
  髪の色って、そこまで元に戻るんだ。
  あ、目もか。」

 「姉さんのお陰です。
  あの後も、魔術書を読んで薬を処方して貰っていたんです。」

 「ええ、普通の魔術師以上の丁寧な処置をしてくれています。」

 「へ~。」

 「でも、わたし達から見れば、お二人の変化が目に付きますよ。」


 士郎とイリヤは、お互いを観察する。


 「そんなに変わってないけど?」

 「わたしの場合は、一瞬だったからね。
  それ以降は、変化がないのよ。」

 「実際の状況を見てない人達は、そういうもんか。」


 ライダーと桜は、疑問符を浮かべている。
 アインツベルンに居た者意外は、一瞬でイリヤが大人になった事を知らないからである。


 「わたしと違って士郎は、変わったの自覚あるでしょ?」

 「ああ……。
  ・
  ・
  バーサーカーの扱きにも気絶しにくくなった。」

 「…………。」

 「しかし、それは苦しむ時間が長くなった事にしかならない。」

 「…………。」

 「魔術回路も焼きつかなくなった。
  それにより、セラの魔術指導で気絶しにくくなった。」

 「…………。」

 「しかし、それは苦しむ時間が長くなった事にしかならない。」

 「…………。」

 「俺は、変わってしまった……。」


 士郎は、遠い目で空を見上げている。
 桜に一筋の汗が流れ落ちる。


 「ライダー。
  衛宮先輩に何があったんでしょう?」

 「……さあ。
  士郎をここまで廃人にするのですから、
  普通の修行ではないのでしょう。」

 「イリヤさん。
  一体、何があったんですか?」


 桜の質問にイリヤは、律儀に答える。


 「士郎ってね。
  人間個人のスペックで言えば、結構、優秀なの。」

 「はあ。」

 「今まで鍛えてなかったから、
  上等な原石みたいなものだと思って。」

 「原石というのは、我々が初めて会った頃でいいですか?」

 「うん。
  ・
  ・
  それでね。
  セラもバーサーカーも根っからの教え魔だから……。
  士郎は、格好の獲物なのよ。」

 「…………。」

 「わたしは、元々全てを持っているようなものだから、
  セラもバーサーカーも不完全燃焼だったの。
  でも、士郎という獲物が現れてセラ達は変わったわ。」

 「…………。」

 「大河による度重なる横暴により、
  普通の人間より死なない事に特化した士郎……。
  バーサーカーに取っては、死ぬ寸前までいたぶる事の出来る優秀な弟子だった。
  ・
  ・
  あんな生き生きとしたバーサーカーを見るのは初めてだったな。」

 「…………。」


 イリヤは、懐かしそうに目を閉じ思い出に耽っている。
 桜は、そんなイリヤに続きを促す。


 「あの……セラさんは?
  衛宮先輩は、投影しか出来ないんですよね?
  教える事はないんじゃないでしょうか?」

 「ええ、基本的にはね。
  でも、魔術師としては全然ダメ。
  ・
  ・
  普段から使ってないから魔術回路は鍛えられてないし。
  魔術回路だってかなりの本数があるのに活かし切れない。
  更に魔力に至っては生成も出来ずに絶対量も少ない。」

 「確かに士郎は、自分では魔力の生成すら
  出来ませんでしたからね。」

 「でも、1日で使える魔力には限度がありますよ。
  だから、魔術師は大成するのに時間が掛かります。
  セラさんが、いくら教えたくても……。」

 「フ……。
  セラのサディスティックな教育方針を
  満たすアイテムがあるでしょ?
  ・
  ・
  士郎の天地神明の理……。
  セラは、士郎の魔力が切れれば天地神明の理で
  無理やり外から魔力を注入して魔術の修行を続けるわ。」

 「…………。」

 「お陰で今や士郎は、わたしの質実剛健な魔術師よ。」

 「…………。」

 (道理で一回り大きい体格に……。
  よく死にませんでしたね……。)

 「その割には、あまり……と、いうか以前と変わらず、
  魔力を感じないのですが。」

 「当たり前だ。」


 ライダーの質問に士郎が答える。


 「魔力通すと痛いじゃないか。
  俺は、使用しない限り、1ミリたりとも魔力を生成しない!」

 「凄いのか凄くないのか
  分からなくなる発言ですね……。」

 「凄いんじゃないんですか?
  ある意味、魔術師なのに魔力感知されないんですから。」

 「聖杯戦争も終わっているのに……。
  何の役に立つんですか、そのスキル?」

 「なんの役にも立たん。」

 「身も蓋もないですね。」


 ライダーと桜に溜息が漏れる。


 「まあ、バランスの取れた生態系ではありますね。」

 「?」

 「士郎の暴走と抑止力がバランスよく生存しているのですから。」

 「食物連鎖の関係みたいにサラッと言うな!」


 ライダーは、クスリと笑いを溢す。


 「でも、結局、みんな冬木に集まって来たんだな。」

 「そうですね。
  ここは、思い入れの強い土地になってしまいましたから。
  わたしの場合は、従いたいマスターも居ますし。」

 「ありがとう、ライダー。」

 「そっか……。」


 イリヤは、冬木の街を巡り、それぞれ会ったマスターとサーヴァントを思い返す。


 (わたしとバーサーカー……。
  間違いなく最高の主従関係。
  ・
  ・
  葛木とキャスター……。
  キャスターを見れば、一目瞭然の幸せな夫婦。
  ・
  ・
  遠坂姉妹とライダー……。
  わたし以下だけど、信頼で成り立った主従関係。
  ・
  ・
  ギルガメッシュ、言峰、ランサー、アサシン……。
  子供同士の腐れ縁。
  彼らは、マスターを持っていないようなものだから……省略しよう。
  ・
  ・
  士郎とセイバー……。
  この二人だけが、どうしても主従として結びつかない……。)


 イリヤは、額に手を当て俯く。


 「どうしたんですか? イリヤさん?」

 「ちょっとね……。
  それぞれの主従関係を見て来たから、頭の中で整理してたの。」

 「はあ……。」

 「途中までは、いい信頼関係の下で冬木に来たんだなって。」

 「はい。
  みなさん、仲良くやっていました。」

 「でも、最後に士郎とセイバーの主従関係が頭を過ぎったら、
  なんとも言い表せない関係に頭痛が……。」

 (俯いた理由は、それでしたか……。)


 桜は、笑って誤魔化すしかなかった。


 「何を言ってるんだ。
  俺とセイバーは、誰にも負けない主従関係を築いている。
  俺がボケれば、セイバーが突っ込む。
  ・
  ・
  この上ない関係で成り立っていると思わないか?」

 「突っ込んでいるのは、セイバーだけではありませんが。」

 「そういえば……。
  俺は、無意識のうちにみんなと絶妙なコミュニケーションを
  取っているのかもしれない。」

 「会う人が、みんな同じ行動を取らされてるだけでしょ!」

 「俺の協調性の高さが恐い……。」

 「全くもって違う気がします……。」

 「その通りです、桜。」

 「士郎、本物の協調性を見せてあげましょうか?」


 イリヤとライダーと桜が無言で頷くと、寸分の狂いもなく士郎にグーが炸裂させる。


 「どう?
  これを協調性と言うのよ。」

 「ただの暴力じゃないか……。」

 「まあ、何はともあれ。
  あなたが冬木に帰って来た以上、騒がしくなりそうですね。」

 「遅くなりました。
  衛宮先輩、イリヤさん、おかえりなさい。」

 「おかえりなさい。」

 「ただいま!」

 「殴った後に挨拶なんて……。
  まあ、いいや……ただいま。」


 イリヤとライダーと桜は、再会に微笑む。
 士郎は、殴られた余韻でゲンナリする。


 「さて、そろそろ行こうか。」

 「どちらへ?」

 「藤ねえのところ。
  そこが最後だ。」

 「最後に一番の難関を残した感じですね。」

 「正直言うと……あまり行きたくない。
  誘拐されてから時間が経ち過ぎた。」

 「そうかな?
  雷画は、許してくれると思うよ。」

 「あの人はな。
  ・
  ・
  じゃあ、怒られて来る。」

 (怒られて来るって……。
  子供じゃあるまいし……。)

 「あ、夜来てくれ。
  姉ちゃん、連れて。
  多分、夜通し宴だから。」

 「はい、伺わせて貰います。」


 イリヤと士郎は、桜達と別れると藤村組へと足を向けた。


 …


 士郎の足は、何となく重かった。
 藤ねえのお説教が待っているのは間違いない。


 「学校を懐かしんでいる場面なんてなかったな。」

 「桜とライダーのパンチは、懐かしかったんじゃないの?」

 「桜のパンチは、初体験。」

 「色々、回って来たけど、あまり変わった気はしなかったね。」

 「そうだな。
  見た目が変わったぐらいだ。」

 「大河……。
  変わってるのかな?」

 「どうだろう?
  あの性格は、変わらないと思うけど。」

 「髪伸ばして、御しとやかになってるかもしれないよ?」

 「…………。」

 「想像出来ないんだけど……。」


 いつもと違い、舌のノリが悪い士郎のせいで、会話は余り続かなかった。
 そして、二人は、藤村組に辿り着く。


 「今日は、悪魔城のように見えるな。」


 早速、若衆に取りついで貰う。
 若衆は、最初、士郎と認識してくれなかったが、イリヤの事を覚えていてくれた事で認識してくれた。


 「俺は、そんなに変わったのだろうか?」

 「バーサーカーの修行は凄かったからね。
  腕まわりとか逞しくなってるよ。」

 「確かに……。」

 「背も伸びたし。」

 「アーチャーと間違われたから、
  アイツぐらいの大きさか。」

 (あれから背が伸びたのか……。
  自分で言うのもなんだが、
  年齢的に気持ち悪い時期に成長期が来たな。
  ・
  ・
  これも、俺がデタラメだからか?)


 雷画の居る座敷へと通される。
 雷画は、イリヤを見ると頬が緩み、愛しい孫娘に会ったようにイリヤの頭を撫でる。


 「綺麗になったな、イリヤ。」

 「ありがとう。」

 「あの小さい子が、いつの間にか大人になって。」


 イリヤは、嬉しそうに照れている。


 「雷画も、元気そうね。」

 「おう。
  それだけが取り得だからな。」

 「ただいま、雷画。」

 「ああ、おかえり。
  ・
  ・
  ところで、そちらは……。」

 (やっと、俺に気付いたか。)

 「イリヤのボディガードの方ですか。
  ・
  ・
  オイ! 茶を用意してやれ。」

 (呆けたか……雷画爺さん。)

 「違う……俺だ。」

 「そう言われてもな……。
  イリヤのところのボディガードの顔なんて分からねぇし。
  セラとリズのメイドしか知らねぇんだよ。」

 「ボディガードから離れてくれ。
  身内だろ……。」

 「身内?
  どっかの盃交わした奴か。
  誰だったかな~~~。」

 「どこまでボケる気だ!
  俺だ! 士郎だ!」

 「冗談だろ?」

 「どこに嘘をつく意味があるんだ。」

 「だってよぉ。
  幾らなんでも卒業間近のアイツが、
  そこまで背伸びねぇだろ?」

 「言ってる事は、尤もなんだけど。
  伸びちゃったんだよ。
  信じられないか?」

 「いや、信じるよ。」

 「雷画さん……。」

 「そのデタラメなところが士郎らしい。」

 「そこで信じるの!?」

 「まあ、言われてみれば面影残ってるしよ。
  何より、イリヤが連れて来たんだ。」

 (俺が、イリヤを連れて来たんだが……。)

 「もう、いいや。
  分かってくれただけでいい。」


 雷画とイリヤは、可笑しそうに笑っている。


 「しかし、旅に出すもんだな。
  一回りも二回りも、逞しくなって帰って来やがった。」

 「はは……。」

 (日々、死に掛けてたけど。)

 「雷画さん、ありがとう。
  無事、卒業出来てたよ。」

 「あんな事、大した事じゃねぇよ。
  ・
  ・
  それより、聞きたいんだがよ。
  何で、外国に行ってたんだ?」

 「セイバーに聞いてないの?」

 「いや、聞くとよ。
  複雑な表情して話を誤魔化すんだよ。」

 (まあ、説明しづらいわな……。
  イリヤも助かるか分からなかったし。
  助かった後は、音信不通で世界中飛び回ってたし。)


 回答に困っている士郎にイリヤが答える。
 答えた理由は、士郎の説明による二次災害を避けるためでもある。


 「わたしが無理言って、士郎を連れて来て貰ったの。」

 「ん?」

 「わたしね……。
  死にそうになってたんだ。」

 「なんだと!?
  士郎、てめぇ!
  何で、言わなかった!」


 雷画は、士郎の首根っこを捕まえるとブンブンと縦に振りまくる。


 (なぜ、俺がこんな目に……。)

 「やめて!
  わたしが無理言ったの!」

 「そ、そうか……。」


 雷画は、士郎を放す。


 「本当は、誰にも言わないで死のうって思ってたけど。
  無理言って連れて来て貰ったの。
  それで、士郎は、ずっと側に居てくれたの。」

 「そうか……。
  すまなかったな、士郎。」

 「ああ、気にしないで。」

 (やっぱり、ああいう行動の早さは藤村の血だよな。)

 「でね。
  士郎が来たら、治っちゃったの。」

 「…………。」

 「何で?」

 「…………。」

 「えっと……。
  士郎がデタラメだからかな?」

 「そうか。」

 「…………。」

 「ちょっと、待った!
  いいのか!? それで!?」

 「ああ? 何がだよ?」

 「何が……って。
  俺がデタラメだから、イリヤが治ったってとこ!」

 「おかしいか?」

 「おかしいだろ!?
  俺は、一体なんなんだ!」

 「デタラメな奴なんだろ?」

 「それで納得出来るのか!?」

 「まあな。」

 「!」

 「それによ。
  イリヤは嘘つく子じゃねぇしよ。」

 「それ、間違い!
  イリヤは、これでかなりの悪戯っ子だ!」

 「そうなのか?
  まあ、いい。
  治ったんだろ。
  問題ねぇじゃねぇか。」

 (似てるわ……この会話。
  要点を無視して軽く流すとこなんか……。)

 「なんで、流せるんだ!?」

 「しつけぇな。
  士郎のデタラメさが役ん立ったんなら、いいじゃねぇか。」

 「しつこい!?」

 「そうだよ。
  何で、素直にいい事はいい事って認めないんだ?」

 「いい事なのか!?」

 「いい事じゃねぇか。
  何か知らねぇ病気が、
  何か知らねぇ士郎のデタラメさで治ったんだろ?」

 「まあ、要約するとそうだけど……。」

 「だろ?
  考え過ぎなんだよ。
  俺は、また、イリヤに会えて十分なんだよ。」

 (デタラメだ……。)

 (士郎の根元を垣間見た気がするわ……。)


 雷画は、再び、イリヤを甲斐繰りしている。
 それを見て、士郎は、脱力する気分だった。


 「もう、いい……分かった。
  俺が馬鹿だった……。
  この人は、こういう人だった。」

 「失礼な奴だな。」


 イリヤは、あの話で事態が収拾した事に戸惑いつつも、魔術師の話を一切しなかった事に安堵した。


 (それにしても……。
  雷画が、この性格ならセイバーって、
  悩んで隠し通した意味あるのかしら?)


 イリヤは、笑う事しか出来なかった。

 そこにスパーンと勢いよく障子を開ける人物が登場する。
 その人物は、走りながら右拳を内側に捻る。
 そして、左足を踏み込み、右足を力強く蹴る。
 その回転は、足から腰に伝わり、突き出される右腕へと伝わる。
 それは、フィニッシュブローの一つ。
 ストレートのパンチに貫通力を持たせる伊達英二の必殺ブロー。
 人は、それをコークスクリューブローと呼んだ……。

 藤ねえのコークスクリューブローが、士郎に炸裂する。


 「歯を喰いしばりなさい! 士郎!」


 士郎は、久々の藤ねえのパンチで中を泳ぐ。


 (殴られてからのこのセリフ……。
  久々で、なんか懐かしい……。)


 藤ねえは、中を舞う士郎の襟首を掴むとブンブンと縦に振りまくる。


 「士郎の馬鹿!
  心配したんだから!
  連絡もよこさないで!」

 「大河……。
  それ以上振ると本当に命の心配をしなくちゃいけなくなるよ。」

 「へ?」


 士郎は、藤ねえの手の中でデッド・エンドへ向かおうとしていた。


 「キャーーー!
  士郎ーーー!
  ダメよ! 死んじゃダメよ!」


 士郎が、藤ねえの手を首から引き剥がす。


 「殺す気か!」

 「や~ね~。
  大丈夫よ。
  士郎は、これぐらいじゃ死なないって。
  こんなの今まで何度もして来たじゃない。」

 「そのどれもが、死に直結してただろうが!」

 (やっぱり、半端じゃないわね。この姉弟……。)

 「そんな事より、説明しなさい!」

 (俺の死は、そんな事なのか……。)

 「何を?」

 「今まで、何をしてたのかよ!」

 「もう、説明終わちゃったよ。」

 「へ?」


 雷画が、士郎に代わって説明する。


 「さっき、イリヤから聞いちまった。
  士郎は、病気だったイリヤに付き添ってたんだとよ。」

 「それならそうと、なんで、連絡入れないの!」

 「言えなかったんだよな、イリヤ。」


 雷画が、イリヤの頭を撫でる。


 「大病だったらしくてな。
  死ぬかもしれなかったんだとよ。
  気遣ってくれたんだよ。」

 「でも……。」

 「それでも、士郎にだけは話せたんだ。
  その勇気だけ認めてやりゃあいいんだよ。」

 「…………。」

 「はあ、仕方ないわね。
  イリヤちゃん、もう大丈夫なの?」

 「え? あ、うん。」

 「士郎のデタラメさで助かったんだと。」

 「そう、よかったわ。」

 (本当にこの人達凄い……。
  士郎のデタラメさを受け入れた上で会話してる……。
  ・
  ・
  士郎も項垂れてるし。)


 イリヤは、こんなに憔悴し切った士郎を見るのは初めてだった。


 「まあ、兎に角。
  士郎達が帰って来たんだ。
  今夜は、宴にしよう。」

 「いいわね。」

 「そうなると思って、遠坂達も呼んである。
  俺の家でいいんだろ?」

 「ああ、構わないぜ。」

 「そうよね。
  こういう日のために、士郎の家の地下に宴会場を作ったんだもんね。」

 「俺の家は、2階建てにされただけでなく、
  地下まで弄られてたのか……。」

 「雷画凄い……。」

 「ハッハッハッ!
  イリヤが喜んでくれるなら、弄った甲斐があったってもんだ。」

 「じゃあ、行きましょう。
  士郎! 早く料理作んないと!」

 「俺が作るのか!?」

 「そうよ!
  やっぱり、食べ慣れた士郎の料理が一番だもの!」

 (藤ねえ……。
  あれからなんの進歩もなかったのか……。)


 士郎達は、藤村組を後にして衛宮邸へと向かう。
 予定通りの宴をするために。

 この日より、鋼の錬金術師のナレーションのように語られる。

 冬木に禁忌あり……。
 動物の名前を二つ名に持つ者には覚悟を決めるべし……。
 そして……衛宮の名前には近づくなかれ。


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