オーバーロード 骨の親子の旅路 作:エクレア・エクレール・エイクレアー
<< 前の話
12
モモンガが村に着いた時にはおそらく全てが終わっていた。パンドラたちにとっての脅威は全くいなかったということだ。一応上空から生存者と残党がいないかを魔法を用いて確認して、生存反応があったのは全員村人だったのでパンドラに指示を出しながら地上に降りた。
「モモン様、この者は部隊の中でも上の立場にいる者かと愚考し捕らえました。早速行いますか?」
「まずは俺の魔法で口を割らせて、その後だな。魔法の効果も確認したい」
「わかりました」
パンドラに捕らえた男を抱えさせたまま生き残りの住民たちに話しかける。さっきまでのような声色ではなく、できるだけ一般人だと思わせるような声で。
「皆さん、私は最近この近くに来た旅の者で、モモンと申します。森の中で生活していたところ、エモット姉妹と出会って少なからず恩義があります。その姉妹が襲われていたために助太刀させていただきました。そのモンスターたちは私が召喚したものなので皆さんを襲うことはありません。この中で責任者はいますか?」
「私が村長をさせていただいております」
そう言って年配の男性が手を上げて立ち上がった。まとめる人間が生き残っているのは都合が良いと一安心する。
「住居の中に生き残っている方がまだいます。その方々を運び出してください。手持ちのポーションを使いましょう」
「わ、わかりました」
「あと一つ。エモット夫妻はいらっしゃいますか?」
生き残りの中から名乗り出る者はいない。村の中で感じた生命反応はどれもバラバラ。絶望的だ。
「そうですか……」
一応確認でパンドラに《伝言》を繋げる。この先の内容を村人に聞かれるわけにはいかなかった。
(パンドラ。宝物殿には
(恐れながらモモン様……。アレもレベルダウンのペナルティがあります。レベル1の村人ではそのペナルティに耐えられないかと……)
(そうか……。蘇生系の巻物は?)
(
それはモモンガも覚えている。あとは超位魔法の《星に願いを》だが、実験した結果そこまで便利な魔法ではなかった。ユグドラシル時代から考えればかなりの自由度は上がったが、全てのルールを変えられるほどの超常の力ではない。
いや、むしろそんな力を一日四回、日付が変わる度にまた使用可能になるというのは恐ろしい。それこそ、生き物を辞めてしまっている。力に制限がついて良かったと思える数少ないことだ。
結論からすると、レベル1という最底辺では蘇生はできないということだ。
村人で実験するという選択肢もある。もしかしたら蘇生に成功するかもしれない。レベルダウンという弊害がなくなっているかもしれない。エンリから聞いた話では、蘇生はできるということだった。
だが、モモンガはそれを選択できなかった。
(目の前で家族が灰になったら……。ただ生活をしていただけの人間が、何かをしたわけでもない被害者が、俺の手によって灰になるなんて俺自身が耐えられない……。村人も、余所者に勝手にそんなことをされたら、恨むだろう……。実験なんて、できやしない)
パンドラにも言ったが、敵対するのは悪逆な者だけ。だからこそ、善良なる村人であろう亡くなった人々には、何もできなかった。確証もないことを試すなんて無責任なことはできなかった。
「では男手で亡くなられた方々の埋葬を行いましょう。死霊使いの私が言うことではありませんが、アンデッドにさせるわけにはいきません。村長殿、どこか家を一つ貸していただけませんか?それも汚れても良い場所を。この男を尋問し、このようなことをもう起こさせないようにしませんと」
「一家全員が亡くなった家でどうでしょうか?……あとモモン様。エンリたちは無事なのでしょうか?」
「ええ。傷を負っていたので治療し、私の仮宿で休ませています。……そうか、さすがに両親を埋葬する際には傍にいないと。最後の顔くらい確認させないと、ですね」
そう言ったモモンガの顔は、幻覚で出来たものであったのに泣きそうに歪んでいた。アンデッドのままだから涙など出るはずがない。それにエンリたちの両親とは言え、モモンガは会ったこともなかった。
なのに湧き上がる感情は。同じく親をリアルで亡くした鈴木悟の魂の咆哮だったのか。
「では先にエンリたちを連れてきます。パンドラ、召喚した存在を村の外へ配置して警戒に当たらせろ。お前自身は埋葬の手伝いを。方法はこの地方独特の物があるかもしれないから村の方の言うことを聞くように。その男は手足を縛って死の騎士一体に見張らせておけ。今の内にポーションを渡しておく」
「わかりました。――モモン様、申し訳ありませんでした」
「何故お前が謝る?お前も俺も神じゃない。たっちさんでもない。ウルベルトさんにもなれない。――どれだけ力を持っていても、身近な存在を守れないちっぽけな人間だ。力があるからと言って何でもできるなど、できないことなどないというのは思い上がりだ。……これは先程までの俺もそうだがな」
最後は自虐的に笑ってモモンガはグリーンシークレットハウスへ転移する。二人が寝ている寝室まで行って、魔法を解いた。
二人は仲良く目を覚ます。だが、目を覚ました先には夢などという希望はなく、果てしのない現実が待っている。
「おはよう。エンリ、ネム。……傷は、大丈夫か?」
「モモン様……。ごめんんさい、巻き込んでしまって……。あなたは、関係ないというのに」
「関係ないのはエンリたちもだろう?辺境の村や街というのは生産性を残すために土地や人を荒らさずに占領するのが一般的な戦争における常識だ。全ての土地を根絶やしにするのは愚か者のすることだとかつての仲間が言っていた。……謝るのは私の方だ。エンリたちの両親を救えなかった。すまない」
モモンガは頭を下げる。誠心誠意謝りたいという気持ちの表れでもあったが、今の二人の表情を受け止められる度胸がなかったということも大きい。
しばらくの沈黙の後、エンリが口を開いた。
「頭を上げてください、モモン様。あなたのおかげで身体は健康そのものみたいです。治療してくださったんですよね?ありがとうございます。両親のことは、なんとなく予想していましたから……」
強がっているのが声だけでわかった。モモンガよりも年下の、今辛い想いをしている少女が強がってみせている。それから逃げるのは、大人としてダメだと思いモモンガは顔を上げた。
「これから、村の男手が亡くなった方々を埋葬する。パンドラも手伝っている。……埋められる前にもう一度、顔を見ておくべきだ。いや、しなければならない。人間として、家族として、行わなければならない。人間の心をなくしてしまっては、ダメだ……」
今はない心臓の前にモモンガは自然と手を当てていた。アンデッドになってしまい、脈というものも心臓もなくなってしまっていた。今は人間の身体を幻覚で纏っているが、中身までは変わらない。
すでに身体はアンデッドに変わってしまった。なのに心は人間の物と交じっている。
今のモモンガは鈴木悟と合わさって中途半端な存在だ。
絶対の正義を掲げることもできない。究極の悪を誇ることもできない。
アンデッドとして振る舞うことも、人間として振る舞うこともできない。
まさしく、
そんな、何にも
「モモン様。あなたが悲しんでいることはわかります。だから……無理をしないでください。私とネムを助けてくれたのはあなたです。あなたにはきちんと、人の心が十分に残っています。ちゃんと心は、ここにあります」
「モモン様、ネムのワガママ聞いてくれようとしたんだよね?無理なこと言ってごめんなさい……。あと、お姉ちゃんを助けてくれて、ありがとうっ」
「ッ!」
たしかに目の前の二人は助けられた。だが、もし《伝言》が使えるアイテムを渡していなかったら。もし少しでも遅れてしまったら。
今熱を感じられる目の前の少女たちまで、失っていたのかもしれない。
そう考えるだけで、ないはずの身体の熱が急激に冷めていく。悪寒などというバッドステータスは効かないアンデッドの身なのに、何が悪寒などを感じさせるのか。
それはエンリの言葉に答えが在った。
それは身体ではなく、心が震えているのだと。
「俺は……泣けないんだ。アンデッドだから、涙が流せない。こんなに悲しいと思っているのに、もう少ししたら感情が抑制される。それに……怒りがあったとはいえ、人を殺したのに嫌悪感なんて一切抱かなかった……。こんな俺がっ!人間だなんてとても言えやしない……!!」
「モモン様。涙だけが感情を表すものじゃないですよ?こんなにも手が震えて、今にも泣きそうなほど顔が崩れています。ううん、たぶん元の姿でも、気付けましたよ?モモン様、ずいぶんと表情が出やすいですから」
鏡がないから表情がどうなっているかはわからない。だが、手が震えているのは事実だった。むしろ握っているエンリとネムの手の方が、しっかりとしていた。
そんなエンリとネムは、モモンガの首へと手を回してきた。モモンガの頭が、二人の間に入るように。
「ごめんなさい。無理をさせてしまって。もう、無理はしないでいいですから……」
「ああ……っ。あああ……!」
声も震えるのに、身体にも悪寒が走るのに、泣くという当たり前の行為ができない。
こんな半端者だからこそ、モモンガは決心する。
人間の彼女たちがもう悲しまないように、この力を使おうと。使える力の全てを持って、彼女たちが暮らす村を脅かす外敵全てを排除しようと。
この村を守るためならもう一度、魔王と呼ばれても構わないと。
明日は更新しない予定です。