孤独な支配者   作:栗の原
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支配者との出会い

階層守護者達からの賛辞と忠義を受けていた至高の存在―その内の一人、ウルベルトの長い耳がピクリと跳ねる。

 

「どうかしたんですか?」

ウルベルトの微かな変化を視界に捉えたペロロンチーノが視線を投げ掛ける。

ウルベルトは口許を隠し、ペロロンチーノ達にのみ聞こえるように囁く。

「モモンガさんが起きたようです。そして部屋から出ました。」

 

ウルベルトがかけたのは、勝手に部屋に侵入する者へのカウンターだ。

幾重にも重ねた魔法は、どれか一つでも発動するとウルベルトにまで情報が届くようになっている。

例え100lvNPCが、どれだけ急ごうが、追い付けるように計算された上で。

足止め系の嫌がらせアイテムは問題児であった るし★ふぁーの部屋から大量に出てきた分もしっかりと上乗せしてある。

 

それが、アルベドがモモンガのいる部屋に行こうとも追いつけると言った理由であり、自信でもあった。

 

だが、その魔法もアイテムも一つとして発動されてはいない。

 

発動が確認出来たのは、部屋から九階層に続く廊下へと、中にいた者が外に出た場合にのみ発動する一種の探知系魔法だ。

 

「どうする?」

ぶくぶく茶釜が首を捻ると、たっち・みーが顎に手を当て唸る。

 

NPC達には敵意は無い。

それどころか、この短い間で 狂信的ともいうべき忠誠を示された。

ならば、次はどうするべきだろうか。

 

「では…。」

たっち・みーは、開いた口を一度閉じる。

その反応に、ぶくぶく茶釜が更に首を傾げていたので、咳を払い誤魔化す。

 

アインズ・ウール・ゴウンは多数派を重んじるギルドだ。

意見が別れた場合、双方話し合いの末、多数決によって決定されてきた。

 

ここで、たっち・みーが意見を述べれば、ぶくぶく茶釜もペロロンチーノも従ってくれるだろう。

だが、本当にそれで良いのだろうか。

 

たっち・みーはウルベルトを見る。

山羊の顔には体毛があるためか、その表情は伺いにくい。

大きく皺が寄れば判別出来るのだが、今はどういった感情を持っているのか分からない。

 

「私は、モモンガさんと合流したほうが良いと考えますが、皆さんはどうでしょうか?」

ぶくぶく茶釜とペロロンチーノから小さく驚きの声が漏れた。

 

「私は賛成です。早くモモンガさんと合流しましょう。」

ウルベルトがそう言うと、ペロロンチーノとぶくぶく茶釜も頷く。

「皆さん、今まで勝手に命令してきた私が言うのもなんですが、これからは……というか、今までのように多数決で物事を決定したいと思います。」

どうでしょうか? と半ば申し訳なさそうに言う たっち・みーにペロロンチーノは笑う。

「大丈夫ですよー。というかそっちの方がアインズ・ウール・ゴウン(俺たち)らしいし。あ、モモンガさんと合流に一票です。」

「うん、そうだね。それが良い。あ、私も賛成で。」

ぶくぶく茶釜もペロロンチーノに続く。

 

「分かりました。ではモモンガさんと合流し―」

たっち・みーは言葉を切る。

 

先に反応したのは、六階層を守護するアウラ、そしてマーレだ。

続いてたっち・みー達も反応する。

 

気配は二つ。

一つは問題ではない。玉座の間で会っていたためか、アルベドのものだと直ぐに分かった。

 

そしてもう一つの気配。

ゆっくりと歩を進めて近づいてくるのが分かる。

その人物が誰なのか、想像するのは容易い。

しかし、本当にそうなのか という疑問が頭を過る。

 

 

姿を現したのは死の支配者(オーバーロード)。彼らがよく知るモモンガ―その人だった。

後ろにアルベドを従え、悠然と歩を進め、近づく。

アルベドに変わった様子はないが、左手の薬指にはギルドの指輪が飾られている。

 

跪く守護者達を過ぎ、死の支配者(オーバーロード)はそこで歩みを止めた。

アルベドは後ろに控えることなく、そのまま隣に立つ。

シモベとしての態度ではないと守護者達は眉間に皺を寄せた。

 

 

たっち・みー達との距離は開いている。

そこまで大きく開いている訳ではないが、友人に対する距離ではない。

何かあったとしても、対処出来る距離―そう思えた。

 

「モモンガさん?」

ペロロンチーノが不安そうに声を発した。

死の支配者(オーバーロード)はペロロンチーノを一瞥し、階層守護者をゆっくりと眺める。

 

そうしてから、ゆっくりと口を開いた。

 

「先に言っておくが…私は名を変えた。今の私はアインズ。アインズ・ウール・ゴウンだ。」

急に何を言い出すのかとペロロンチーノは目を見開く。

極寒の冷気を思わせる口調にぶくぶく茶釜に悪寒が走り、身を竦ませる。

 

ペロロンチーノが冗談を言うよりも早くたっち・みーは叫んだ。

「アルベド!モモンガさんに何をした!!」

たっち・みーとウルベルトはアルベドに対して武器を構える。

守護者達も一拍は遅れたものの、直ぐに行動を取る。

シャルティアはペロロンチーノの盾になるように立ち、アウラ、マーレも同様にぶくぶく茶釜を守るように立った。

デミウルゴスは直ぐに盾になれるような距離を取りつつ、ウルベルトの魔法発動の邪魔にならぬように横に立つ。

コキュートスはアルベドの喉元に武器を突き付けた。

 

それでもアルベドは動じない。

ただ、いつもの笑みを浮かべ佇むだけだ。

 

その態度にたっち・みーの柄を握る拳に力が入る。

 

この距離なら一瞬で詰めることが出来る。

アルベドに武器を構える暇など与えない。直ぐに無力化させてやる。

 

冷静に考え、腰を落とした たっち・みーと杖を構えるウルベルトは目の前の光景に息を飲む。

 

たっち・みーが突き付けた剣先からアルベドを守るようにアインズが間に入ったからだ。

そして、コキュートスはアインズから吹き出す絶望のオーラに押されるように数歩後退した。

 

アインズは骨の指をカタリと立てた。

「先に言っておくが…こちらに交戦の意思は無い。だが、そちらの態度次第だということを知っておいて欲しい。」

 

アインズは、たっち・みーとウルベルトから視線を逸らし、動けないペロロンチーノとぶくぶく茶釜を眺める。

 

そして興味が無くなったのか、再び視線をたっち・みーとウルベルトへと戻した。

 

「そしてもう一つ。お前達はアルベドが何かしたのだと思い混んでいるようだが、それは違うぞ?これはモモンガの意思でしたことなのだ。」

「……貴方は、本当にモモンガさんなんですか?」

 

偽物だ。

口調も仕草も、モモンガでは無い。

モモンガという外装を象った偽物―そうとしか思えない。

 

すがるような気持ちでたっち・みーが問いかける。

そんな たっち・みーを嘲笑うかのようにアインズが冷たく言い放つ。

「それについては、お前達の方がよく知っていると思ったのだが……どうやら違うようだな。」

 

意味が分からない。

たっち・みー達は動くことが出来なかった。

これは何かの冗談だ。

そう信じたかった。

 

それでも、目から入ってくる映像が否定することを許さない。

目の前の人物はモモンガでは無いと視覚が訴えてくる。

 

たっち・みーが言葉を失っていると、代わりにペロロンチーノがやけに明るい口調で話始めた。

 

「あ、モモンガさん…怒ってます?最近インしなかったから、魔王ロールして俺たちをビックリさせようとしてるんでしょ?」

ペロロンチーノは前に立つシャルティアの肩を掴み押し退け、そう言って笑う。

シャルティアが静止の声を上げるが、ペロロンチーノはシャルティアを睨みつけ、それを抑える。

 

「ほら、あんまり間延びさせると後が大変ですよ?モモンガさん、見た目は魔王ですけど中身は普通ですし。演技って疲れません?」

その言葉に続く者はいない。

 

「ほら、なんか言って下さいよ。俺だけしゃべって馬鹿みたいじゃないですか。まあ、いつも姉ちゃんには馬鹿にされてますけどね。」

ペロロンチーノが笑い声を上げる。

しかし、声は徐々に薄れ、何事も無かったかのように消えた。

 

アインズは、じっとペロロンチーノを見据える。

「信じようが信じまいが、それは個人の自由だとは思うが…。どう思い込もうと事実だけは変えられんぞ?」

ペロロンチーノの体がビクリと震える。

「はは、冗談キツいな…モモンガさん…。」

ペロロンチーノの呟きがやけに大きく響いた。

 

アインズはスタッフの先を地面に突き立てる。

「さて、驚かせてしまったようだが、先程も言ったようにこちらには交戦の意思はない。九階層に茶を用意させてあるんだ。まずは話合おう。」

アインズは誘うように両手を広げる。

 

たっち・みーはウルベルトを見る。

ウルベルトが頷くのを確認してから、ぶくぶく茶釜へと視線を動かす。

ぶくぶく茶釜も頷く。平静を装っているのだろう、よく見ると微かに体が震えている。

たっち・みーはペロロンチーノを見るが、返事は返ってこない。

 

「分かりました、そうしましょう。」

「それは良かった。」

アインズは鷹揚に頷く。

 

「アルベド、守護者達への説明は任せる。終われば私の元まで来い。」

「かしこまりました、アインズ様。」

 

「では、行こうか。」

アインズは指輪を使い転移する、それに続くようにたっち・みーとウルベルトの姿が消えた。

「……ほれ、行くぞ。弟。」

ぶくぶく茶釜がぺしっと、ペロロンチーノの頭を叩く。

「………わかってる。」

そう言ってぶくぶく茶釜とペロロンチーノの姿も消えた。

 

 

守護者達は創造主らを見送ると、アルベドを睨みつける。

「さて、どういうことか説明してもらいましょうか?アルベド。」

 

デミウルゴスの表情にはいつもの笑みが無い。怒りを表に出してはいないが、声には微かに怒りを含んでいる。

「ええ、もちろん。でも、立ったままというのもねぇ。よければ場所を変えたいのだけれど。」

「アルベド、コノ場デ話セ。」

コキュートスの下顎がガチガチと鳴り響く。

 

アルベドはシャルティア、アウラとマーレに視線を動かす。

それぞれ心情は違うだろうが、アルベドが取る行動によっては統括の任に着いている者だろうが容赦はしない。

瞳から そのような色が読み取れた。

 

「モモンガ様はアインズ・ウール・ゴウンと名を変えられました。これからはアインズ様と御呼びするように。」

アルベドは笑う。

「―以上よ。」

 

踵を返そうとしたアルベドの眼前にコキュートスの武器が振り下ろされる。

行く手を阻むように降り下ろされた斧は、アルベドの顔を歪めることなく反射させ、輝く。

 

 

守護者達の反応に、アルベドは言葉を失った。

無論、恐れてではない。

 

呆れて言葉が出なかっただけだ。

 

先程の守護者達の対応――アインズに前もって言われていたことだが、やはり理解出来ない。

 

守護者達は一人残らず、忠誠を誓っているのだ、あの裏切り者達に。

最後まで残られた慈悲深いアインズよりも、ナザリックを捨てた創造主に。

 

(本当に……理解出来ないわ…。)

 

アルベドから言わせれば、裏切り者達に忠誠を払う必要を見いだせない。

奴等は捨てたのだ、このナザリックを。シモベ達を。モモンガを。

 

そんな奴等のどこに忠誠を払えばいいというのか。

 

 

 

先程の光景を思い出し、ギシリとアルベドの歯が鳴る。

 

アルベドがアインズを支配化に置いていると、あり得ないとは思うだろうが、少なからず、そう仮定した守護者達は、己の創造主を守ろうと陣を取った。

 

アインズを精神支配から救おうとするのでは無く、創造主の身を第一に考えて、身を盾にした。

それが最善だと信じて、疑いもせず。

 

愚かなことだ。

アルベドは嘲笑する。

 

ナザリックの全てのシモベは、至高の支配者達に忠誠を誓っている。それは間違いない。周知の事実だ。

 

だが、それは相対的な意味においてのみ成り立つもの。

そこに自らの創造主が含まれれば、シモベの言う忠誠など容易く変動する。

 

 

(この中には、アインズ様だけに忠誠を払いそうなシモベはいないわね。)

アルベドは、そう結論付けた。

 

コキュートスだけが、唯一アルベドに刃を向けたが、それは単に彼の創造主がいなかっただけのことだろう。

 

無論、後でコキュートスについてはアインズに進言するつもりではいるが、今はまだ早い。

 

 

アルベドは溜め息を吐きつつ振り返る。

 

こうなることをアインズは理解していた。

セバスが玉座の間でどう行動したかを聞いただけで守護者達の行動を予測したのだ。

守護者達が創造主を絶対だと思っていることを。

 

アルベドは腹の底から沸き出る忌々しさを表に出さず、変わらぬ笑みを浮かべたまま口を開く。

アインズが命令した通りに、一語一句そのままに守護者達に伝える。

 

「モモンガ様は、至高の御方々をこの地に留めることが出来なかった。その罰として、以前のギルド長としての名―モモンガという名を自らのご意志で剥奪なさいました。」

 

守護者達に動揺の声が漏れる。

 

一番に口を開いたのはマーレだ。

「そ、それは、ボク達が守護者として不甲斐ないからです!モモンガ様が責任を取る必要なんてありません!」

「そうだよ!罰を受けるべきなのは私達でしょ!?モモンガ様が受ける必要なんてない!」

そしてアウラも声を荒げる。

 

「私も罰を受けるべき者は他にいると思うわ。…でもね、モモンガ様がそう御決めになったのだから、シモベはそれに従うべきだとは思わない?」

「だけどさ…。」

アウラが小さく唸る。

 

シモベとして命令には従わなくてはならない。それはわかっているが、頷くことは難しい。

シャルティアも顔を歪め、言葉を探している。

 

「…では、モモンガ様がアインズと名乗ることについての理由を教えてくれるかね?」

デミウルゴスが眼鏡のブリッジを押し上げる。

顔を隠すような仕草を横目で捉え、アルベドはデミウルゴスに優しい声音で話す。

 

「それは簡単なことよ、デミウルゴス。モモンガ様はアインズ。アインズ・ウール・ゴウンと名を変えられることで、このナザリックの支配者として永遠に歩むと約束して下さったのよ。」

 

守護者達から感嘆の声が上がる。

その声はどこか安心したような色を含んでおり、それぞれ思いを発している。

コキュートスは、謝罪をしつつアルベドへと向けていた武器を下げた。

 

「なるほど、そうでしたか。教えて頂き感謝しますよ。」

「構わないわ、デミウルゴス。」

守護者達がアインズを称える中、アルベドとデミウルゴスの視線が中空でぶつかり、人知れず弾けた。

 

 

 

 

 

 

 

九階層にある大部屋の一つ。

そこに案内された たっち・みー達は促されるまま円卓へと座る。

この為に準備されたであろう部屋には充分な大きさの円卓と人数分の椅子が用意されていた。

 

目の前には紅茶が置かれているが、誰も手を付けようとはしない。

ただ、紅茶から出る湯気を呆然と眺めていた。

 

「さて、一体何から話せば良いか…。」

アインズは顎に手を当て、唸る。

すでに給仕のメイドは下がらせてある。

この部屋にはシモベは居らず、ナザリックで至高と謳われる者の内 五名が鎮座するのみだ。

 

「一体…貴方に何があったんですか?」

たっち・みーが重苦しく口を開いた。

 

モモンガと呼ばなかったことにアインズは軽く驚く。

そして、たっち・みーへの警戒を強めつつ、口を開いた。

 

「詳しくことは分からない。というのも、以前のモモンガとしての記憶の一切を失ってしまっているんだよ。君達の事もアルベドから教えられたくらいでね。」

 

アインズは笑いつつ、眼孔の奥で冷ややかにペロロンチーノを観察する。

感情を隠せない性格なのか、ペロロンチーノの表情が一番読み取り易い。

こちらとしては大いに助かるのだが、これで支配者としてやっていけるのかと少々心配になる。

 

今も、何かを堪えるように嘴を噤んでいる。

 

彼等と親しくなれるように、わざと口調を変えたのだが―モモンガの口調とは違ったらしい。

アインズからすれば、モモンガの口調など分かるわけがないのだから仕方ないとはいえ、失敗だった。

もう少し言葉を砕かせるほうが良いのかもしれない。

 

 

「……何も覚えてないの?」

「覚えているのは、このシモベ達の事とナザリックの事だけです。」

アインズはぶくぶく茶釜の方を向き、言い切る。

ぶくぶく茶釜の表情は読むことが出来ないが、表情以上に声が感情を物語る。

ペロロンチーノの次に分かりやすい相手だ。

 

アインズは流れ星の指輪に触れる。

「この指輪に願ったのは二つ。一つは知っての通り、ギルド長の職を降ろせと――」

 

その言葉にペロロンチーノだけではなく、ぶくぶく茶釜やウルベルト、たっち・みーが微かに反応する。

 

アインズは眼孔の灯火を細める。

どうやら、知らなかったらしい。

 

(やれやれ、セバスから聞かなったのか。情報収集は基本中の基本だろうに。)

 

「―降ろせと、そう願った。」

 

しかし、吐いた言葉は戻らない。

アインズはそのまま続ける。

 

「残念ながらその願いは叶えられなかったらしい。それでモモンガは今度は逆の願いを唱えた。」

 

 

アインズは冷たく言い放つ。

「ナザリックの支配者―アインズ・ウール・ゴウンに生まれ変わらせろ…とね。」

 

「……それが、アインズという訳ですか。」

「ええ、その通りですよ。ウルベルトさん。」

 

アインズの言葉にウルベルトの眉間に寄った皺が一瞬、深くなる。

アインズは自嘲気味に笑う。

今のはモモンガの口調だったらしいが、嫌味のような含みを持たせてしまったようだ。

 

「……それで、どうするつもりですか?」

たっち・みーが口を挟む。

 

どちらの口調で話すべきか迷うが、親しみを出すなら砕けた話し方のほうが良いだろう。

彼等とは、今後とも仲良くしていかなければならないのだから。

アインズは笑う。

 

「警戒する必要はありません。先程も言った通り、私は貴方達と争うつもりはありませんから。」

アインズはそう言って骨の指を二本立てた。

「私から頼みたいのは二つ。一つ目は私がこのままアインズ・ウール・ゴウンを名乗るのを許可してくれること。二つ目は貴方達も今まで通り、ナザリックを一緒に支配して欲しいということです。」

 

「……それだけですか?」

訝しげに見てくるウルベルトにアインズは笑って答える。

「それ以外に必要なものはありません。」と。

 

これは嘘偽りの無い―アインズの本心だ。

アインズが思うのは、ナザリックだけ。はっきり言ってしまえばそれ以外どうでも良いのだ。

 

たとえ、たっち・みー、ウルベルト、ぶくぶく茶釜、ペロロンチーノがどうなろうとアインズの知ったことではない。

死ぬなら死ねば良いとすら思うし、生きるなら勝手に生きればいいと思う。

 

だが、それがシモベ達が望まないなら―アインズも望まない。

シモベ達が悲しむなら、彼等は殺させはしない。

シモベ達が望むなら、彼等を支配者として受け入れる。

 

ただ、それだけのことだ。

 

彼等を支配者として受け入れるのも、ナザリックを捨てさせない―シモベ達を悲しませることのないようにする為のアインズの策略だった。

 

「……異論のある方はいますか?」

代表してウルベルトが質問する。

その言葉に返事は返らない。

 

しばらく経った後、たっち・みーが立ち上がる。

 

「……一つだけお願いがあります。」

「何でしょう?」

 

たっち・みーは真っ直ぐアインズを見つめる。

 

「貴方がアインズと名乗ることに口を挟むつもりはありません。確かに、貴方以上にその名に相応しい人物はここには居ませんから。…それでも、私達が貴方をアインズと呼ぶのには抵抗がある。」

 

たっち・みーの言葉を聞きながら、そうだろうな とアインズは他人事のように思う。

こうなるのも少なからず予期していたことだ。

 

「だから、私達が貴方をかつての名―モモンガと呼ぶことだけは許して欲しい。」

「なるほど…。それぐらいなら構いません。」

アインズは頷いてみせる。

 

「とりあえず、ここで話は一旦終了しましょう。お疲れでしょうから、まずは休んで下さい。私はこのままナザリックの指揮を執ります。」

アインズはそう言って部屋から出ていった。

 

 

「……どうします?」

静寂に包まれた部屋にウルベルトの声が響く。

たっち・みーは乱暴な音を立てて椅子に座る。ガントレットで顔を覆い、溜め息を吐き出している。

 

「あ、あのさ!」

重苦しい空気を撃ち破るような、やけに元気な声。

ウルベルトが声の主へと視線を向ければ、ぶくぶく茶釜が触手を振りつつ提案した。

 

「指輪はさ!あと一回使えるじゃん!それ使ってモモンガさんを元に戻してもらえば―」

「モモンガさん自身がそう望んだのに、俺たちの勝手で元に戻すと?」

ウルベルトの言葉にぶくぶく茶釜は言葉に詰まる。

 

「そ、それはそうかもしれないけどさ!あんなのモモンガさんじゃないよ!」

ウルベルトは、やれやれと頭を振った。

「いや、むしろモモンガさんらしいかもしれませんよ?モモンガさんだって少なからず俺たちに思うところがあったはずですから、それが表に出たと考えればあれぐらいの態度が普通かと思いますがね。」

 

思わぬ否定の言葉にぶくぶく茶釜は声を荒げる。

 

「はぁ!?ウルベルトさんはモモンガさんがあのままでいいって言いたいの?」

「いえ、そうは言ってません。」

「じゃあ、どういう意味!?」

「あれが一体誰であろうと、モモンガさんがそうなりたいと望んだのでしょう?ということは、モモンガさんが俺達に言うことが出来なかった心の奥に、ずっと眠っていた感情がアインズとして具現したのでは?」

 

うっ、とぶくぶく茶釜は口ごもる。

 

アインズからは敵意なんて微塵も感じなかった。

会談中は、終始穏やかで好感すら持てた。今日初めて出会った人物なら、そう思ったことだろう。

 

だが、ここにいる誰もが気付いた事実。

アインズは以前のモモンガの仲間達に対して何の感情も抱いていないのだ。

 

アインズがウルベルトの言う通り、モモンガの心から派生した人物なら、友人として その気持ちをぶつけて欲しかった。

少なからず抱いたであろう怒りを。

 

 

だが、アインズは何の感情も抱いていない。

壁に話しかけるような無機質な言葉で、感情を伴わせることなく、坦々と口を開く。

アインズの中には、ギルドメンバーの記憶も感情も何一つ存在しない。

 

モモンガという自分の存在すらいないのだから。

 

ぶくぶく茶釜が乱暴に机を叩く。

「なんでウルベルトさんは落ち着いていられるの!?モモンガさんが変わっちゃったんだよ!悲しくないの!?」

ぶくぶく茶釜の声が次第に怒りを含んでいくのと対称的にウルベルトは平坦な声で返す。

 

「悲しいですよ?当たり前じゃないですか。」

「だったらなんで落ち着いていられる!!!」

ぶくぶく茶釜から怒号が飛ぶ。

椅子から立ち上がり肩で息をするぶくぶく茶釜をじっと見据えながら、ウルベルトは紅茶を一口含む。

 

「あまりね、動かないんですよ。」

「何が!?」

「感情ですよ。」

 

ウルベルトが紅茶の余韻を楽しみつつ、カップを置く。

 

「確かに、モモンガさんの事はショックでした。モモンガさんが俺達との記憶を無くしてでも別人になりたかったなんて事実聞きたくは無かった。これは本当です。」

 

「――でもね、心の中でそう思うほど感情には影響は無いんです。全くと言っていいほど穏やかです。体だけではなく感情も悪魔のようになってしまったんですかね?感情の起伏があるスライム種が羨ましいですよ。」

 

もう一度、紅茶へと手を伸ばしたウルベルトの目の前のカップが無残に叩き割られる。

ウルベルトは長い瞳孔でその人物を見据えた。

 

ぶくぶく茶釜の触手の一本がグネグネと伸び、そして縮む。

「…ウルベルトさん、ケンカ売ってるなら買うよ?」

「そういうつもりじゃ無かったんですが…ね。」

ウルベルトの瞳孔が更に細くなる。

手に付着した紅茶をハンカチで拭いながら立ち上がる。

ウルベルトが無造作に捨てたハンカチから突然発火したかと思うと、瞬きの間に墨となり消えた。

 

ぶくぶく茶釜は動かない。だが、ウルベルトどのような行動をしようと対処できるようにはしているのだろう。

 

ピリピリとした刺すような空気にたっち・みーが声を上げる。

「二人ともいい加減に――」

だが、一触即発の空気を切り裂いたのは、たっち・みーでは無かった。

ペロロンチーノが勢い良く椅子から立ち上がり、意を示す。

椅子が勢いに押され、倒れる音が部屋に響いた。

その音がペロロンチーノの感情を表しているかのように思えて、ウルベルトとぶくぶく茶釜は口を噤んだ。

 

 

「……俺、ちょっと散歩してきます。」

ペロロンチーノはそう言うと足早に部屋から出ていった。

 

バタンッと力任せに閉められた扉の音で、たっち・みーがようやく我に返った。

そして諭すように口を開く。

 

「……二人とも落ち着いて下さい。ここで言い争っても何もなりませんよ。」

「…そうですね、茶釜さんスイマセン。」

「いや、私の方こそ…。」

 

ぶくぶく茶釜もウルベルトも頭を下げる。

「…今日はモモンガさんの言う通り休みましょう。何かあれば伝言(メッセージ)を。いいですね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナザリック地下大墳墓の誇る宝物殿に一つの足音が響く。

ここに足を踏み入れる誰もが、美しい輝きを発する宝に目を奪われ、足を止めるはずだ。

だが、足音の主は止まらない。

 

ただ悠然に目的の場所まで目指す。

さも、当たり前だと言わんばかりに。

 

「これは、我が創造主たるモモンガ様!ようこそいらっしゃいました!」

軍服姿の卵頭が大袈裟な仕草で深く頭を下げる。

 

「ああ、お前も元気そうだな。パンドラズ・アクター。」

「はい!お陰さまで元気にやらせて頂いております!」

アインズは鷹揚に頷く。

 

「モモンガ様、本日はどういう御用件でこちらにいらっしゃったのでしょうか?」

首を傾げるパンドラズ・アクターにアインズは笑う。

「先に言っておくが、私はモモンガという名を捨てた。これから私を呼ぶときはアインズと呼べ。アインズ・ウール・ゴウンだ。」

「おお、かしこまりました。我が創造主。……しかし、それは一体どういう意図がおありなのか…お聞きしても?」

更に深く頭を下げるパンドラズ・アクターにアインズは問いかける。

 

「そのことに関しては、私よりもお前の方が詳しいと思ったのだがな。」

アインズは冷ややかに笑う。

どこか挑戦的な眼差しで見つめられ、パンドラズ・アクターは一瞬言葉に詰まる。

「―っ!申し訳ありません!」

「頭を下げる必要などないぞ。まあ、立ち話もなんだ、案内を頼む。」

「かしこまりました!ささ、アインズ様!こちらへ。」

やけに楽しそうなパンドラズ・アクターに促され、アインズはソファに腰を下ろした。

 

 

「ここに来た理由は、お前に聞きたいことがあるからだ。」

「おおっ。」

パンドラズ・アクターの体が感動で打ち震える。

アインズの叡知に比べれば、パンドラズ・アクターなど取るに足らない。

それでもアインズが必要だと求めて下さっているのだ。その事実にパンドラズ・アクターは震える。

 

「私に答えられることであれば幾らでもお聞き下さい!」

胸に手を当て、アピールするような仕草をするパンドラズ・アクターに構わず、アインズは口を開いた。

「ああ、先に言っておくと、ギルドメンバーの内四名が帰還した。たっち・みー、ウルベルト・アレイン・オードル、ぶくぶく茶釜、ペロロンチーノだ。」

「おお、それはおめでとうございます!」

 

パンドラズ・アクターはそう言いながら、アインズの変化に気付いた。

アインズからは、喜びが読み取れない。

あれほど待ち望んだ瞬間だというのに、何の色も感じさせないのだ。

 

そこで、パンドラズ・アクターは気付く。

アインズの指に嵌まった見慣れない指輪に。

 

「―それは流れ星の指輪ですね。」

「よく気付いたな。これが全ての始まりだった。」

 

アインズが話を終えるとパンドラズ・アクターに笑いかける。

「それを踏まえて聞きたいのは、あの四人に関する全ての情報だ。パンドラズ・アクター、お前が知っている全てを教えろ。」

 

パンドラズ・アクターは命令のまま、グニャリと体を歪める。

象ったのは白銀の全身鎧(フルプレート)に身を包んだたっち・みーだ。

 

「すばらしい。モモンガには感謝しなくてはな。」

アインズは嬉しそうに笑う。

たっち・みーの能力について充分なほど調べ尽くしたアインズは続けて命令を飛ばす。

 

パンドラズ・アクターは、アインズが望むままに姿を変えた。

モモンガがそうあれと与えた力を使い、モモンガの望まぬ目的の為に、ただ姿を変えて。

パンドラズ・アクターは次々と姿を変え、パンドラズ・アクターが知りえる情報を包み隠さずアインズに伝える。

 

ウルベルト・アレイン・オードル、ぶくぶく茶釜、ペロロンチーノ、武人建御雷、やまいこ、弐式炎雷――

 

たった一人を除いた、全ての異形へとその姿を変えていく。

 

 

パンドラズ・アクターがいつもの軍服姿に戻るとアインズは満足そうに頷く。

 

「なるほど、これで奴等の大体の能力は分かった。感謝するぞ、パンドラズ・アクター。」

「勿体無き御言葉。…ところでアインズ様、御質問が一つあるのですが。」

「なんだ?」

「はい。アインズ様は他の至高の御方々との戦闘を考慮なされているとの認識で宜しいのでしょうか?」

パンドラズ・アクターの表情は変わらない。

いつもの顔でアインズに問う。

 

「ああ、そう思っていて構わない。今はまだ様子を見るが、奴等がナザリックに害を及ぼすのなら容赦はしない。その身の塵一つ残らぬほど、完膚無きまでに叩き潰すつもりだ。……その時はお前にも働いてもらうぞ?」

「かしこまりました、アインズ様。」

「霊廟の装備を渡したくないのが本音だが、そうも言っていられないだろうな。…対外的には我々は仲間なのだからな。」

アインズはそう言って邪悪に笑う。

眼孔の灯火が揺らめいたのは、その未来を予期してなのか―パンドラズ・アクターには分からなかった。

 

パンドラズ・アクターは忠義を示すように大袈裟な仕草で、胸に手を当て深々とアインズへと頭を下げた。

 

「まあ、そうはならないように努力はするつもりだがな。」

アインズは、顎を擦りながら続けた。

 

「それと、お前にも渡しておこう。これから必要になる。」

パンドラズ・アクターはアインズが差し出したリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを恭しく受け取り、長い指に嵌める。

「今まで以上の忠義を期待しているぞ。」

転移したアインズを見送ると、パンドラズ・アクターは敬礼を解いた。

 

そしてカツカツと軍靴を鳴らし、霊廟へと近づく。

 

霊廟への入り口で歩を止めたパンドラズ・アクターは軍帽を深く被り直す。

 

「アインズ様…。モモンガ様のことはお聞きになられないのですね。」

アインズはただの一度も霊廟を見ることは無かった。

装備を置いてあるとパンドラズ・アクターが言ったときも何の反応も示さなかった。

 

パンドラズ・アクターは、霊廟を眺める。

 

何も発することはなく、ただ 丸く塗り潰したような目でじっと霊廟を眺め続けた――

 








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