1、武器がないなら轢き殺せば良いじゃない。
「なんだ、ここは」
俺はあまりの出来事にそう言わずにはいられなかった。先ほどまで東京にいたというのにいつの間にか木々が生い茂る森の中にいるのだ、人を轢いたショックで気でも触れたのかと思ったが、排気ガス臭い都内の臭いと違い清涼感溢れる森の臭いがすることがこれは現実なのだと辛うじて認識させた。
そして、その森の臭いに混ざるように漂う鉄錆の臭いと排泄物の臭い。タイヤの後には血がベッタリと地面についていた。
恐る恐る車の下を覗くと子供サイズの生き物が
明らかに人間じゃない。まるで映画に出てくるモンスターだ。お腹がつぶれているようで口から大量の血を吐いており叫ぶこともできないようでじたばたとする。それも少しのことですぐに小鳥が死ぬようにピクピクと体を何度か震わせると絶命した。
その生き物が絶命するのと同時に白い靄が立ち上がり、俺の方へと向かってきた。
「お化け!」
俺は逃げようとしたが足を血糊で滑らせ転んでしまった。その瞬間白い靄は俺の中へと吸い込まれた。
呪われた? ブルブルッと寒気がする。俺は取り合えずトラックの中に戻り仕事前に買っておいた缶コーヒーのふたを開けて一口飲むと今の置かれた状況を考える。
まずここは東京じゃない。そして俺は人を轢いた。それは間違いない。だけどふたを開けてみれば轢いたのはとても人間とは思えない化け物だ。そして車内のラジオからはザーと言うノイズだけが鳴っている。ポケットから取り出したスマホは圏外を示しておりマップ機能は使えなかった。ただ、道はある。道の状態はよくないが
車輪があるならば文明があると言うことと同義だ。ただ、この車輪の轍を作った文明の持ち主が俺が今轢き殺した化け物の文明なら俺は摘んだことになる。
文明があの化け物の物か調べる必要がある。
俺はもう一度車から降りると手に軍手をハメその化け物の死体を車の下から引きずり出す。
服と言うようなものは着ておらず、何かの獣の皮を身に纏っている。それは
つまりこの化け物の文化レベルは原始人以下のレベルだと言うことだ、とても車輪を作れるようなレベルに達していない。
俺はその事実に安堵をした。とは言え、こんな魔物がいる世界だ人間すらおらず、俺も魔物扱いの可能性がある。
もう一度トラックに戻り考える。これはどう考えても地球ではないのだと言う結論に至った。だったらここはどこだ? 分からないものは考えても仕方がないか。ならば人の気配のある場所まで行くべきかな。
キーを回しエンジンを再始動すると俺はそのまま道なりに前進した。ある程度大きい道とは言え、とてもUターンできる道幅がないからだ。乾いた赤土はまるで関東ローム層のような土で鉄分を多く含んでいることがうかがえる。こういう土は水はけが悪く雨が降れば途端にぬかるんでまともに走れなくなる。とは言え天気も良く路面はトラックが走るには十分な固さを保っており悪路ではあったが問題なく走れた。
しばらく走ると道は下へとさがる急勾配になった。しかし、その前方には大量の化け物たちが行軍よろしく跋扈していた。
トラックの気配を感じ取った化け物たちが一斉にこちらを向くと車内に響くほどの叫び声をあげ俺に向かい襲いかかってきた。
まずい、原始的な斧とはいえ石斧だ、あんなもので殴られたらトラックと言えどひとたまりもない。
覚悟を決めろ、やらなきゃやられるここは地球じゃないんだ化け物を殺しても罪には問われない。たぶん……。
「ままよ!」
俺はアクセルを思いっきり下まで踏んだ一速、二速とギアをあげていく、下り坂なので荷物を積んでいてもどんどん加速する。すでに時速は80kmを超えていた。車体が跳ねる。これ以上はスピードを出せない、だけど殺すには十分なスピードだ。
最初の衝撃が走る。血しぶきが飛びフロントガラスを汚す。俺はワイパーをかけアクセルを緩めることなく進める。ドゴドゴドゴと死体に乗り上げる振動と化け物にぶつかる音で一瞬
しばらくすると死体に乗り上げる衝撃も、フロントにぶつかる音も聞こえなくなった。俺は震える足をアクセルからはなしスピードを緩めウオッシャー液でフロントガラスを洗った。正面には化け物はいない。サイドミラーにも写っていない。俺はブレーキを踏みトラックを停車させると、窓ガラスを開け後方を確認した。そこにあったのは大量の化け物の死体と血の海だった。