「ここがエ・ランテルか。やっぱりカルネ村とは規模が大違いだな」
悟は今カルネ村のほど近くにある都市”エ・ランテル”を興味深そうに歩いていた。
王都に向かう前に捕虜の受け渡し及び先触れを出すためガゼフ達と共に来たのだが、受け渡しの手続きにかなりの時間がかかるそうなのでその間都市の観光させてもらっているのだ。
都市に入る際に黒いローブを着た男が悟を見て取り乱して叫ぶのを見て変装―――といってもガゼフにあった時と同様に仮面をつけただけだが。―――がばれたのかとひやひやしたが、ガゼフのとりなしで何とか中に入ることができた。
観光をするにあたってガゼフは供をつけると言ってくれたのだが丁重に断った。別に一人が好きというわけではないがこの世界にきて初めての都市観光なので一人気ままに見て回りたかった。
まるでゲームの中のような中世の街並みが広がっており、ちょっとした店や民家でさえ物珍しく見える。あちこちの露店を冷かしていた悟はふと背後からついてくる気配に気づく。
道中危険がないかを偵察させるために上位アンデッド創造で召喚した〈
(どうしようかな。もう役目は果たしたから消してもいいんだけど)
今は〈
(そうだ、カルネ村に置かせてもらおう)
悟が受け入れてくれたカルネ村の住人なら集眼の屍も受け入れてくれるかもしれない。より強い
『冒険者組合』
(冒険者ね)
冒険者については道中にガゼフから聞いていた。その言葉を聞いた瞬間は心が踊ったが詳しく話を聞く内にどんどん失望していった。
その言葉からはかつてユグドラシルをプレイしていた時のように未知を求め世界を冒険する者というイメージを持っていたのだが、その実態はモンスター用の傭兵にすぎなかった。
遺跡の探索や秘境の踏破といった依頼もあるにはあるがごく一部に過ぎず基本はモンスター退治だ。それも人々に尊敬される英雄のような存在でも無く、兵士の代わりにその場その場で対処する派遣社員のような役割でありその地位も低い。
正直まったく心惹かれる職業ではなかったが、一つ悟にとって魅力的な点があった。それはどんな立場の人間でもなれるという所だ。
現在悟は戸籍も親族もいない身元不明者であり、おまけにその正体はアンデッドだ。アンデッドの部分は何とか隠せるとしても戸籍が無い以上まともな職に就くことはできないだろう。
しかし冒険者は身元不詳者でもなれる。むしろ冒険者になることで最低限の身分を持てるのだ。これは必要となるのは基本的に腕っぷしだけであり、傭兵崩れやスラム出身者を受け入れるためだという。ろくな職に就けない彼らに野党や盗賊になられるよりはこちらで雇うほうがマシという考えらしい。
「一応登録だけしとこうかな」
王様にコネがもてるとしても職にありつけるかは分からないし、最悪感謝状一枚渡されて終わりかもしれない。ガゼフから謝礼がもらえるとしても収入がなければいつかは枯渇してしまうだろう。
とりあえず身分証代わりになるものと日銭を稼ぐ手段を得るために悟は冒険者組合の扉をくぐった。
◆
「終わった・・」
組合でもらった
「ともかく軍資金はできた」
悟はお釣として受け取った硬貨を握りしめ、先ほどまでは指を咥えて見ている事しかできなかった露店に向かって歩を進めていった。
◆
「ん?」
よくわからない人形やアクセサリーなどを買いあさり、日が暮れかけてきたのでそろそろ待ち合わせ場所である黄金の輝き亭という宿に向かおうかと思った矢先アンデッド探知スキルである不死の祝福に反応があった。
(アンデッド反応?大したやつではなさそうだけど)
まだ発生してはいないようだがそれも時間の問題だろう。エ・ランテルにはまだ思い入れも無いが知っているのに放置するのも抵抗がある。もし放置したせいで犠牲がでたりしたら寝覚めが悪い。
市長に警告しようとも思ったが今の悟では会うこともできないだろう。ガゼフに頼めば可能かもしれないがたとえ会えたとしてもどうやってアンデッドの気配を探知したか説明しなければならない。
(『実は自分もアンデッドなので他のアンデッドの気配がわかるんです』なんて言えないしなあ)
悟は人影の無い物陰に移動すると周囲に〈
〈邪神降臨〉
黒い子山羊を召還した時と同様の禍々しい漆黒の球体が宙に現れるが、あの時と比べるとその大きさはかなり小さい。大地に触れた球体が弾けると中から芋虫のような漆黒のモンスターが姿を現す。
こいつは子山羊とは逆にステータスは低いが様々な特殊能力を持っており、特に探知と隠密に関してはずば抜けている。
「この都市の治安を守ってください」
◆◆◆
「な、なんでこんなことをする!」
日が落ちて闇に包まれた路地裏にて仲間を殺され戦意を砕かれた男の顔を見ながら元漆黒聖典第九席次であるクレマンティーヌは笑っていた。
どんなマジックアイテムでも使用できるタレントを持っているという有名な薬師の孫を攫いにいったのだが、あいにくと留守であったので足のつきにくいワーカーを使って帰ってくるまで監視をさせようとした。
しかし相手は四人もいたので趣味と実益をかねて三人は殺した。情報が漏れないようにするためこちらを知っている人物はできるだけ少ないほうがいい。
(あとはこいつを一発くらわすだけ)
精神操作の魔法が込められたスティレットを手に背を向けて逃げ出した男の後姿を見ながら肉食獣のような獰猛な笑みを浮かべる。利用するため大怪我をさせられないのが残念だができるだけ激痛を与えられる場所に突き刺してやろうと思いながら追いかけようと一歩踏み出そうとした瞬間。
―――ゾクリ
背筋に冷たい悪寒がよぎり歩みを止める。逃げる男の姿が闇に消えて行くがそんなことはとうに頭から消え去っている。
今自分の背後にある”ソレ”の事を考えれば他の事を考える余地などない。戦士としてのクレマンティーヌの勘は今すぐ逃げろと警鐘を鳴らしているが元漆黒聖典第九席次としてのプライドが逃走を拒んでいた。ゆっくりと振り向いたクレマンティーヌはソレを目の当たりにする。
そこには闇の中においてさらに漆黒に見える影。影はしだいに姿を変え黒くて朦朧とした大きな闇のかたまりとなる。その形は巨大なイモ虫のような円柱形であり、忽ち目のない顔と手足のない胴体を持つ巨人に似た姿となる。
―――殺す
殺す殺す殺すコロスコロスコロスころすころすころす。
クレマンティーヌはソレを殺すことしか考えられない。アレは人の世にいてはいけない存在だ。
いつものひょうひょうとした態度は完全に消え、漆黒聖典第九席次へと戻ったクレマンティーヌは立ったままクラウチングスタートのような体制をとる。刺突武器を愛用するクレマンティーヌの必殺の構えであり、たとえ思考が麻痺していたとしても染みついた戦闘技術は自然と本気の構えを取らせる。
〈疾風走破〉〈超回避〉〈能力向上〉〈能力超向上〉
四つの武技を同時に発動させたクレマンティーヌは息を吐きだすとソレに向かって突進する。武技によって極限まで高められた感覚は相手の動きを完璧に捉えている。あらゆる動きを想定するがソレは予想に反して何の動きも見せない。その事に疑問を覚えるが漆黒聖典としての矜持とあふれる殺意が後退を許さない。
「死ね!」
スティレットがソレに突き刺さる寸前、突如視界が闇に包まれる。それがソレに飲み込まれたのだと気づく前にクレマンティーヌの意識は闇に飲まれていった。
◆
悟の命を受け殺人の現行犯の処理を終えたモンスターは腹ごなしをするかのように身震いすると、次は墓場で怪しげな儀式をしている不届きものを処理するため闇に消えていった。
冒涜的な存在を目にしたクレマンティーヌは一時的発狂からの殺人癖発症です。
・・・いつもと変わらんね。