16-75.サガ帝国、帝都の戦い(5)
「なむ~?」
「痛そうなのです」
安全地帯に座したタマとポチが呟く。
帝都の中心、沈んだ帝城の
魔王を操る堕ちた勇者フウを、ヒカルが「
「今のはルルではなくミトの攻撃のようですね」
タマとポチの後ろに立つリザが、空に浮かぶナナの
――LWUHUAMZIEEA。
魔王が咆哮を上げる。
ルルの加速砲を用いた超音速の理槍の雨を避けられるほど、勇者フウの反射神経は良くない。
だが――。
「ラミ子さん!」
勇者フウの少し甲高い叫びが帝都の瓦礫の上に響く。
「げ、生きてる」
どこか安心したような声をアリサが漏らす。
「ラミアの魔王が顔を背けて、あの子を庇っていました」
優れた狙撃手であるルルには見えていたようだ。
こちらを見て叫ぶ魔王は顔が抉れていたが、白い蒸気を上げながら再生を始めていた。
――LWUHUA。
魔王が勇者フウを両手で包む。
「ラミ子さん?」
魔王の胸骨の上端付近の胸元の肉が開き、そこに勇者フウを導く。
「そうか――ラミ子さんと一つになれるんだね」
うっとりと目を細めた勇者フウが、肉の壁の向こうへと消えた。
「
「二口女なのです!」
「いや、さすがに捕食じゃないと思うわよ?」
タマとポチの誤解を解くアリサも、今一つ自信がないようだ。
魔王の全身を暗紫色の光が流れると同時にその姿が変わった。
「魔王がチェンジフォームしたと告げます」
「勇者の鎧と短剣?」
勇者フウの物とおぼしき装備が、ラミアの身体に装着される。
下半身は蛇のままだが、そこにも脚部鎧を変形したような装備包まれていた。
ただ、装備変更時に少し力が緩んだらしく、蛇の下半身に締め上げられていたミーアのレッサー・フェンリルが危地を脱していた。
◇
「暗いな……でも、温かくて柔らかい」
『明ルイ。スル』
勇者フウの呟きに、少女の声が片言で答えた。
赤く脈動する部屋に作られた狭い部屋。
その中央にある操縦席風の椅子の上に勇者フウは座っていた。
「――うわっ」
急な加速に勇者フウは息を詰まらせたが、勇者フウが座席から投げ出される事はなかった。
シートベルト代わりの細い触手が彼を座席に固定していたからだ。
「ラミ子さん、外の様子は見れない?」
『見エル、スル』
正面方向の壁が透き通り外側が見られるようになった。
前方に球状の積層型魔法陣――ナナの御座が浮かんでいる。
「敵は強い。ラミ子さん、僕の装備を使って」
『装備、スル』
勇者フウがインベントリから取り出した勇者の鎧や短剣を、壁から伸びた触手が受け取る。
「他にもあったら良かったんだけど、他はジェネラル達にやっちゃったから……」
『感謝、フウ』
声は平坦だったが、勇者フウはその言葉に深い労りを感じた。
勇者フウが前を向く。
うつむきがちな彼にしては珍しく真っ直ぐと。
「敵は殲滅だ。ラミ子さん」
『殲滅、スル』
勇者フウの指令を受け、魔王が戦闘を再開した。
◇
「ふぁらんくす~なのです!」
ポチが慌てて張った使い捨て防御盾ファランクスが、城壁をも斬り裂く攻撃を防ぐ。
魔王の腕が伸び、巨大な聖短剣がポチを襲ったのだ。
始めの頃は剣で受けていたポチ達だったが、「全てを穿つ」竜牙の武具といえど、オリハルコン合金で作られた大質量の聖短剣を無傷で受け続けられるほど頑丈ではない。
わずかでも刃筋が乱れれば、そこから傷が付いてしまうのだ。
「これでは近寄れませんね」
「そんな事ないのです!
二本目の聖短剣の攻撃を回避したリザが、ポチの傍を並走する。
「にんにん~」
二人の前を蛇髪アンデッドに追われた猫忍者が楽しそうに駆け抜けた。
「遊んでいないで倒しなさい」
「あい~」
トンッと猫尻尾が地面を叩くと、瓦礫の隙間から伸びた無数の影が蛇髪アンデッド達を咥え縛り上げた。
そこに青い光の弾丸が雨と降り注ぎ、蛇髪アンデッド達を殲滅する。
動きを止めた蛇髪アンデッド達を見つけたルルがフォローしたようだ。
「私達も本体の攻撃に戻りますよ」
「あいあいさ~」
「らじゃなのです」
レッサー・フェンリルが牽制する魔王との間合いを計る獣娘達。
上空ではナナが防御と回避、ヒカルとルルが攻撃、アリサが索敵と妨害を担当し魔王と激戦を繰り広げていた。
すでにその余波で城壁内はもとより、帝城周辺には無事な建物が一つも残っていない状況だ。
「――にしても強いわね。あの魔王」
「そりゃ、レベル九五の上に、勇者の装備まで身に着けているもの」
アリサの呟きにヒカルが答える。
「どうして、最初からラミアの魔王を出さなかったのかな?」
「ヴァンパイアの魔王より先にって事?」
「うん、黒幕――ゴブ王の仕業なら、最初っから同時に出すなり、別々の都市に出すとかすればいいのに」
「出し惜しみしたいタイプとか?」
「家庭用ロープレの敵役ならありがちだけど、逐次投入なんて愚策過ぎでしょ?」
アリサの考察に生返事をしつつ、獣娘達が攻撃しやすいようにヒカルが援護魔法を使う。
「そう、だね。でも相手が無能だと決めつけると足元を掬われちゃうわよ」
かつて、その手に嵌まって多くの犠牲を出した事があるとヒカルが自嘲した。
「ご主人様がヘルプに来ないように加減している? もしくは私達がご主人様のサポートに行けないように釘付けにしている?」
ぶつぶつとアリサが思考を呟く。
「なんの為かしら? ゴブ魔王は嫌がらせみたいに放火しながらあちこちの都市を飛び回って、ご主人様から逃げ続けている。もし、それも全て何か理由があるとしたら――」
――ピピッ。
アリサの黄金鎧が孤島宮殿からの信号を受けて鳴る。
帝都を守っていた通信阻害の結界は、この騒ぎの間に消えてしまったらしい。
「何か緊急事態?」
『報告するか迷ったのですが――』
孤島宮殿に待機するゼナ、王都で発見された
現在はセーラを始めとする高位神官達が浄化儀式を行っているらしい。
他にもセーリュー市やムーノ侯爵領でも同様の品が発見され、関係各所に警告済みだと付け加える。
「ナイスなフォローね! そっちは任せるわ。後、こっちの状況も伝えるから、ティナ様や考察の得意な人間と共有して向こうの狙いを絞り込んでみて」
アリサは彼女達自身が体験した事やサトゥーが伝えてきた事柄を、ゼナに語った。
「エルテリーナ様やシスティーナ殿下にお伝えしてきます」
「うん、お願いね」
考察を仲間達に委ねたアリサは、心置きなく戦いに集中しだした。
一進一退を続けていた魔王との激戦は、徐々にアリサ達の優勢へと傾いていく。
◇
「ラミ子さんの攻撃が効かない? なんだよあのチート防御は! 白い武器を持ったちっこいのや尻尾女は絶対防御のはずのアイギスを貫いてくるし! それになにより――」
毒を吐いていた勇者フウが、キッと空に浮かぶ御座を睨む。
「FPSの初期装備みたいに弾切れ無しにガンガンア撃ってくるガンナー! ラミ子さんの綺麗な身体をいいように撃ちやがって!」
魔王が持つユニークスキル「
「ラミ子さん、右下! 白い武器持ちの三匹が来る!」
勇者フウが警告するも、魔王の両手は空から飛来する白竜リュリュや地を這うように襲ってくるレッサー・フェンリルの相手をしていて、迎撃に回せるのは蛇髪による石化レーザーくらいだ。
その石化レーザーも、瞬動を使ったジグザグ機動で避けられてしまう。
「僕にユウキみたいな魔法があったら……」
見守るしかない状況に、勇者フウがガリガリと爪を噛む。
『魔法、アル』
少女の声と共に、勇者フウの眼前にPCゲームの選択画面のようなモノが現れた。
「魔法一覧? もしかして――『
『譲渡、スル』
「僕に制御を任せるって事?」
一覧を眺めた勇者フウが、クックックと引きつった笑みを浮かべる。
「いいぞ! これなら勝てる!」
メニューに指を這わせた勇者フウが一つの魔法を選んだ。
「
激震が大地を襲い、足を躓かせたポチやレッサー・フェンリルが、魔王の攻撃に捉えられた。
「
帝都に広がっていた瘴気が集まり、漆黒の渦が沼のように領域内の人々から生気を吸い上げた。
ポチを抱えたリザが空中へと二段ジャンプで飛び上がり、忍者タマと合流してナナの御座の中へと退避する。
「
御座ごと空間魔法の結界に閉じ込められたアリサ達だったが、ほどなく対抗呪文を使ったアリサによって脱出していた。
「思ったより速かったけど、時間は稼げた」
空から振ってきた巨大隕石が御座を遅う。
かつて偽王シンがシガ王国の王城を滅ぼそうとしたメテオ召喚の魔法だ。
迷宮から脱したばかりのアリサ達は、それに気付くのに遅れ、御座ごと巨大隕石の下敷きになる。
「あはははっははは。凄いよ、ラミ子さん。僕らは無敵だ」
魔王の体内で、勇者フウが狂ったような哄笑を上げた。
◇
「やばいな、なんだあれ?」
「メテオだろ。どうするユウキ」
飛翔靴で帝城から距離を取って観戦していた勇者ユウキと勇者セイギが、上空から落下する巨大隕石を見上げていた。
「というか、ここにいたらヤバくね?」
「そうだ、やばいよ!」
勇者ユウキと勇者セイギが急降下し、爆風や瓦礫から隠れられそうな場所へと避難した。
しばし、暴風と砕けた瓦礫の乱舞から身を隠す。
「魔王が何か捜してる? もしかしたら、あいつらまだ生きているのかな?」
「あのメテオで? 高レベルの勇者は凄いね」
爆心地には地面に刺さって砕けた隕石をかき分ける魔王の姿があった。
「どうしようか?」
「手伝うっきゃないだろう」
勇者ユウキが魔力を集中し、魔王の上半身に向けて「
不意打ちを受けた魔王はアイギスを張る間もなく上半身を焼かれた。
「こっち向いた!」
「逃げろ!」
白煙を上げて再生を始める魔王が、二人の勇者達の方を振り向く。
逃げ出す二人の背後に、報復の石弾が雨と降り注ぐ。
どれも民家ほどもある巨大な石の砲弾だ。
「死ぬ、死ぬ、死んじゃうぅううう」
「うるさいセイギ、もっと足を動かせ!」
吸血鬼の魔王から逃げ惑った時よりも真剣に、勇者達は必死の思いで空を駆けた。
◇
「ふう――無茶するわね、あの子達」
「うん、でも助かった」
「
設計上はあのくらいの巨大質量には耐えられるはずなのだが、初期不良故かメテオが単なる質量攻撃ではなかったのか、一時的に御座の機能がシャットダウンしてしまっていたのだ。
アリサの身体の表面を二度ほど淡い紫色の光が流れる。
「さあ、反撃よ! アリサちゃんの本気を見せてあげるわ」
魔王へと杖を向けたアリサが、男前の笑顔でそう宣言した。
※次回更新は、12/2(日)の予定です。
アリサ達のターンは次回で終わり、次々回からサトゥーのターンに戻る予定です。
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