徴用工判決は的外れだ! 韓国側3つの反論を検証する
日韓国交正常化交渉への理解不足が誤った反論の元凶だ
- 反論1「日本は個人請求権があると認めていた!判決に従え!」
- 反論2「中国には謝罪してお金を払っている!三権分立だ! 」
- これらの反論は的を射ているのか検証した
新日鉄住金に賠償を命じる判決が確定
10月30日、先の大戦中に製鉄所で強制労働させられたと主張する韓国人4人が、新日鉄住金に損害賠償を求めた裁判の判決が言い渡された。ご案内の通り、韓国大法院(日本の最高裁にあたる)は、新日鉄住金に日本円で約4000万円を支払うよう命じる判決を言い渡し、確定した。
日本政府は、1965年の日韓請求権協定で解決済みとの立場だが、大法院は「日本による植民地支配は違法であり、違法な強制労働に対する個人の損害賠償は請求権協定に含まれない」などと判断したのだ。日本政府は強く反発して韓国政府に対応を要求。新日鉄住金には賠償に応じないよう求めた。
一方韓国メディアや識者からは、この日本の対応について反論が出てきている。その反論が的を射たものなのか、検証する。
反論1の検証
反論1:日本は元徴用工の個人請求権があると以前から認めていたのだから、判決に従え
この反論が現在最もポピュラーなものだ。一部の報道が、今回の判決について「初めて元徴用工の個人請求権を認める判決が確定した」という記事を書いたため、「日本がこれまで認めていなかった個人請求権を韓国最高裁が認めた」と認識した人がいたかもしれない。韓国メディアは、1991年に当時の柳井俊二・外務省条約局長が国会審議で「(日韓請求権協定は)個人の請求権そのものを国内法的な意味で消滅させたものではない」と答弁していた事を取り上げ、「日本は個人請求権が消滅していないと自ら発言していたではないか!」と考えたのか、日本政府の「すでに解決済みだ」との反論を、「詭弁だ(韓国・中央日報)」と批判したのだ。さらに、日本からは経済援助だけで賠償を受け取っていないとも反論する。1965年の国会審議で、当時の椎名悦三郎外相が「経済協力というのは純然たる経済協力でなくて、これは賠償の意味を持っておるものだというように解釈する人があるのでありますが、法律上は、何らとの間に関係はございません」と答弁している事も、根拠の1つだ。しかし、この反論は的外れだ。日本政府は今に至るまで一貫して「元徴用工の個人請求権は消滅していない」という立場だからだ。より詳細に言えば、「個人請求権は消滅していないが、その権利は裁判で救済されないもの」という立場だ。この主張はやや分かりにくいので説明する。
「請求権はあるが救済されない」とは?
法律的な話になるが、まずは日韓請求権協定の当該条文を紹介する。
日韓請求権協定2条1項より抜粋
1.両締約国は、両締約国及びその国民(法人を含む。)の財産、権利及び利益並びに両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題が、(中略)完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認する。
この条文によって消滅したのは、財産的価値が認められる権利だけだと請求権協定の議事録には明記されている。平たく言えば、財産(土地や建物など)、権利(徴用工の被害補償など)、利益だけが消滅するのだ。つまり、請求する権利という財産価値を含まない権利は消滅していない。しかし、この請求権で相手国や国民(法人含む)に請求しても、請求権協定により財産的権利が相互に消滅しているので、請求に応じる義務がなくなっている。だから「請求権はあるが、救済されない」のだ。こうした法律の話は難しいが重要なポイントだ。しかし多くの韓国メディアは正しく理解できていない。
そして、このような法律的な事実に加えて、道義的にも大法院判決や韓国メディアの反論は間違っている事が、国交正常化交渉をひも解くことで見えてくる。
赤裸々に記された両国の衝突の記録
日本は韓国併合を「当時の国際法に照らして有効なものだった」と考えていて、韓国は「違法な支配であった」という立場だ。この立場の違いは、国交正常化交渉の時から現在に至るまで変わっていない。韓国政府が2005年に公開した、国交正常化交渉の過程を記録した外交文書には、この立場の違いによる両国の衝突と、徴用工問題解決のために両政府が何を求めていたのかが赤裸々に記されている。
以下抜粋して紹介する
▽1961年4月28日 第5次日韓会談一般請求権小委員会12次会議
日本:被徴用者の補償金とはどのようなものか?
韓国:生存者、怪我人、死亡者を含んで被徴用者に対する補償、すなわち精神的苦痛に対する補償だ
日本:このような請求は国交が正常化できなかったために解決出来なかった。今後国交が回復して正常化すれば日本の一般法律により個別的に解決する方法もある
韓国:解決方法としては色々あり得るが、私たちは国が代わって解決しようと思う
韓国側は「元徴用工の精神的苦痛に対する補償」を明確に要求。日本側は、個人への救済を提案したが、韓国側は拒否し、韓国政府が代わりに補償する形式を取ると主張している。次の会談では、両者の立場の違いがより明確になる。
▽1961年5月10日 第5次日韓会談一般請求権小委員会13次会議
韓国:他国民を強制的に動員することによる被徴用者の精神的、肉体的苦痛に対する補償を要求する
日本:徴用された時には日本人として徴用されたのであるから、日本人に支給したものと同じ援護を要求するということなのか?
韓国:当時日本人として徴用されたというけれど、そのように考えない。 私たちは強制的に動員された。考え方を直すことを望む。
日本:被害者個人に対し補償してほしいということか?
韓国:私たちは国として請求する。 個人に対しては国内で措置する。
日本:韓国人被害者に対しでもできるだけ措置しようと思う。
韓国:補償は私たちの国内で措置する性質のことだと考える。
日本:韓国が新しい基礎(※他国民として強制動員されたとの立場)で考えることは理解できるが、個人ベースではないということは理解することはできない。
韓国:補償金においては日本人死亡者・けが人に対しても相当な補償をしているが、他国民を強制的に徴用して精神的・肉体的苦痛を与えたのに対して相当な補償をしなければならないのではないか。
日本:日本の援護法を援用して個人ベースで支払えば確実だと考える。 日本側としては責任を感じていて、被害を受けた人に対し措置も出来ずに申し訳ないと考えている。
韓国:私たちは国内措置として私たちの手で支給する。日本側で支給する必要はないのではないか。
日本による統治を「違法」と考える韓国側は、徴用を「外国人を強制労働させたもの」と再び主張し、日本人徴用工以上の「精神的・肉体的苦痛への補償」を支払うよう求めた。一方日本側は、立場の違いに理解を示しつつ、繰り返し個人への支払いを訴えた。しかし、韓国政府が個人への支払いを強硬に拒否し、政府への一括支払いを繰り返し強く主張していた事が良く分かる。
立場の違いを乗り越えた先人達の知恵
このような議論を経て、1965年の日韓基本条約では、「韓国併合条約はもはや無効」という文言を使い、日本の支配がいつから無効だったのかを明確にしない事で両国の立場の違いを乗り越え、国交正常化が成し遂げられたのだ。そして同時に結ばれた日韓請求権協定では、日本から5億ドルの経済支援が行われ、個人の財産・請求権問題について「完全かつ最終的に解決された」(第2条)と確認された。日本は「韓国併合は合法」という立場なので、賠償ではなく、あくまで「経済支援」だった。
韓国も立場の違いを理解した上で、その経済支援をもとに経済発展を成し遂げ、増えた税収などから、元徴用工への補償を、少ないながらも行ってきた。1965年に結ばれたこの2つの条約は、日韓両国が立場の違いを乗り越えて、未来に向かって握手するために、先人が知恵を絞って生み出した結晶だ。その結果、日韓両国は紆余曲折を経ながらも50年以上交流を続け、今や年間の貿易額は相互合わせて9兆円以上、人の往来は1000万人を超えようとしている。
以上の経緯から、「賠償」ではなく「経済援助」名目で韓国に渡った日本のお金と引き換えに、韓国政府が元徴用工に補償金を支払うというのが、この条約の根幹であり精神でもあると言える。同時に、韓国側から見れば「強制労働による精神的苦痛に対する補償」の意味合いで資金を受け取っているのに、さらに日本企業に賠償を支払えという判決は、韓国側の「二重取り」となり、著しく不合理であることもわかる。
2005年に盧武鉉政権が国交正常化交渉を再検証した際に、「韓日間で徴用工問題は解決済み」と判断したのは、このような経緯が明らかになったためだと考えられる。
「日本は個人請求権を認めていたのだから、判決に従え」との反論は的外れであり、条約の本質から目を逸らしていると言える。
反論2の検証
反論2:日本企業は中国の徴用工とは和解した一方韓国の徴用工との和解や賠償に応じないのは不合理だ
この反論も比較的多くみられる。実際に、三菱マテリアルや西松建設は中国人元徴用工と和解し、謝罪や和解金の支払いを行ってきた。左派のハンギョレ新聞は「一部の中国人には補償した日本企業ら、なぜ態度が違うのか」という見出しで詳しく報じている。「侵略した中国と、植民地支配した韓国とで対応を変えるのはおかしい」とのトーンで反論するケースが多いが、論点をずらしていると言わざるを得ない。
中国は国交正常化の際に賠償請求権を放棄し、日本から金銭を受け取っていない。だから、三菱マテリアルや西松建設が、法的責任はないが道義的責任はあるとして、和解に応じたという対応は理解できる。しかし韓国は前述の通り、元徴用工への補償金の意味合いを含む巨額の経済支援を日本からすでに受け取っている。
中国と韓国とで、日本企業の対応に差が出るのは、当然だ。
反論3
反論3:民間同士の裁判に日本政府が文句を言うのは筋違い。韓国は三権分立の国家なので、裁判所の判断について韓国政府に対応を迫るのは日本が民主主義を理解していない証拠だ。
これも韓国メディアや韓国ネット上でよく見られる反論だ。しかし国際法を理解していないか、意図的に無視していると言える。
もし何らかの条約を、「我が国の司法が否定したから」という言い訳で一方的に反故にするのが許されるなら、国際社会で条約を結ぶことなど出来なくなる。企業間の契約で、「わが社の法務部が突然ダメだと言い出したから、あの契約は無かったことにして」という言い訳が許されないのと一緒だ。
だから条約は、国全体を拘束する。行政であろうと、立法であろうと、司法であろうと、条約に違反する事をしたら、その時点でその国は条約違反状態と判断される。そうなれば、外交を担う行政府が対応を迫られる事になるのは当然だ。
また民間同士の民事裁判とはいえ、日韓請求権協定という外交案件が判決に密接に関与していて、日本法人が不当に不利益を被りそうになっている事から、邦人保護の観点で日本政府が乗り出してくるのは、不自然なことではない。
事態打開の責任は100%韓国政府にある
大法院判決への日本の反発が強まるにつれ、韓国メディアでは様々な反論が出てきたが、以上のように、有効な反論は見当たらない。一方韓国政府は、この問題について日本政府と同じく「解決済み」との立場だ。
判決後、文在寅大統領が沈黙を続けるなか、新聞記者として日本での勤務経験がある知日派の李洛淵(イ・ナギョン)首相が対応を検討している。韓国政府は、日本の強い反発と、政府見解と異なる判決、さらにはそれを支持する世論との板挟みになっており、適切な対応を見つけるのは難しそうだ。
いずれにせよ、答えを見つける責任が100%韓国政府にある事は、国交正常化交渉でのやり取りを見ても、明らかである。
(執筆:FNNソウル支局長 渡邊康弘)