「さてと、みんな配置に着いたかな?」
ハムスケと待機していたたっちは空を見上げて呟いた。
作戦を説明され、ハムスケに一人跨がることになったたっちは思わずギチギチと警戒音が顎のあたりで鳴らしてしまった。
作戦自体に不満は無いのだが、鬼の首を取ったかのように笑うデミウルゴスが気に入らないだけである。その姿はまさに悪魔である。警戒音も出てしまっても仕方がない。
この場にいるのが自分の正体を知る者だけで良かった。さすがに警戒音はごまかしが利かない。
まあ、結局はそれぞれが配置に着いてから跨がるので、デミウルゴスの目には入らないのが救いである。当の本人はギリギリまでたっちが跨がるのを待っていたが、モモンにせかされて渋々配置に向かった。
―――こっそりシャッターチャンスを狙っていた使い魔は叩き斬っておいた。
ほかにも隠れている使い魔がいないかあたりを探していると、ニニャから配置に着いたという<
「では、行きましょうか」
蛇の尾を持つ白銀の四足獣である強大な魔獣が、赤マントをはためかせる銀の騎士を乗せて平野をすさまじいスピードで駆け抜ける。
そして、目標から少し離れた場所でいったん止まると騎士が剣を抜いて太陽にその刀身を煌めかせた。
「我が名はたっち・みー!リ・エスティーゼ王国に恩ある者だ!王国に徒なす悪党達に正義の鉄槌をくだしに来た!!抵抗することなく、その身を差し出せ!投降するというのであればそれもよし!だが、罪を重ねるというのであれば我が剣で断罪する!!」
手を加えられた洞窟の入り口を鋭く睨みながら口上を述べるたっちは、おそらくカッコいいのだろう。実際に漆黒の剣やガゼフ達が見ればため息が漏れるほど見とれることだろう。
―――だがしかし、やはりユグドラシル出身者から見れば、ドヤ顔した巨大ハムスターに乗ったおっさんがカッコつけているようにしか見えない。
デミウルゴスなんかは爆笑間違いなしだし、モモンは必死に目を反らすことだろう。その自覚もたっちはあるが、だからといって恥ずかしがってもいられない。むしろ開き直って堂々とするしかない。
けれど、待てども洞窟からは何の動きもない。首を傾げてたっちはハムスケから降りると顔を見合わせた。
ハムスケも髭をヒクヒクさせるがやはり動く気配を感じられず、困ったようにたっちを見つめた。
「どうしたのでござろう?もしやそれがし達に恐れをなして巣で縮こまっているのでござろうか?」
「いつもであれば、血の気の多い者が真っ先に顔を出すんですけどねぇ?」
たっち一人の場合は大抵力量差も判らない脳筋男が飛び出してくるのだが・・・、ハムスケがいることで怯えているのだろうか?ただのでかいハムスターなのに・・・。
「まあ、戦わないで済むならそれでもいいんですけどね。投降を呼びかけてみますか」
そう言って、たっちは羊皮紙を取り出して丸めるとメガホン代わりにして、洞窟内まで聞こえるように声を張り上げる。
「あー、テステス。ううん!えー、君たちは完全に包囲されている!!大人しく投降したまえ!!」
昔とった杵柄というか、さんざん見まくった刑事ドラマの影響でそんな口上を張り上げる。古い熱血刑事物ばかり見ていたので、現実の警察官では出来なかったことをここぞとばかりにする。
「故郷の親御さんも泣いてるぞ!!罪を償って真っ当な人間になるんだ!!」
本当ならここにお袋さんを呼びたいがそうも行かない。なので、たっちは咳払いをすると、とてもいい声で歌い始める。
「か~さんが~よなべ~をして、てぶく~~ろあんでくれた~~~♪」
「―――なにやってんですか」
呆れたように入り口から出てきたのは漆黒の鎧を着たモモンだった。意外な人物の登場に、たっちは小首を傾げた。
「あれ?どうしてモモンさんがこちらに?」
「どうしてというか・・・、なかを見てもらえば判りますよ」
犯罪者がいるはずの洞窟をあっさり抜けてきたモモンは、さっきのたっちについて突っ込むのをやめて手招きした。
それに素直について行くと、ようやっと異常に気が付いた。
「―――すでに襲われた後だったんですね」
近づけば洞窟内に漂う血の匂いと、大きな爪痕に気が付いた。入り口も所々崩れており、無理矢理頭を突っ込んだようだ。
「やはりアレに襲われたんですかね?」
「そうですね、ほぼ確定ですよ」
そう言って奥にあった"元"人間の石を叩く。
実はここに来る途中にギガント・バジリスクを見たのである。数が多かったのと、戦って気付かれる恐れもあったのでそのまま迂回して来たのだが―――、進行方向から見てここを襲った後だ。
「外に逃げ出して石にされているのもいくつかありました。アレは有効範囲が広いですから、外にでるのは無謀でしたね」
「生き残りは?」
「隠れているのが数人いました。抵抗する気力もなさそうですよ」
あっけないものだと肩を竦めるが、空気は固いままだ。
「―――奴らはエ・ランテルまで行くと思いますか?」
「行かなくても、ここら辺を縄張りにされると困りますよ」
カッツェ平野のアンデッド狩りをするのは冒険者の義務である。その途中をギガント・バジリスクに縄張りにされると非常に困る。
「やれやれ、盗賊狩りよりやっかいですね」
なんて言っているが、たっちもモモンもそこまでやっかいとは思ってはいなかった。
*****
「では私は一足先にエ・ランテルに戻り万が一に備えておく」
そう言ってハムスケに乗り込んだガゼフはニニャとともにエ・ランテルに知らせに走ることになった。
一匹で都市一つを簡単に滅ぼせるギガント・バジリスクの石化させる視線の効果はどこまでも長い。それこそ、姿が確認できなくても石化するのだ。なにも知らない衛兵や冒険者が犠牲になる可能性は高い。
ガゼフの部隊もいるし、王国戦士長の要請なら上層部も動きやすいだろうと、残りたがるガゼフを説得してハムスケに乗せた。
ニニャは護衛だ。護衛対象を一人で行かせるのはさすがに不味いからとこちらも説得して無理矢理乗せる。
「大丈夫ですよ、石化対策はちゃんと有りますから」
そう言って見せたマジックアイテムに、ニニャもホッとする。自分だけが逃がされるのではないかと疑っていた為、勝算があることに安心しガゼフとともにエ・ランテルに向かってハムスケを走らせた。
「―――それで、モモンさん。そのマジックアイテムはいくつ有りますか?」
「この二つだけですね」
"魔眼殺し"と呼ばれるマジックアイテムはこの世界では超貴重である。モモンでさえもアイテムボックスに突っ込んでいたこの二つしかない。
―――ある場所には山ほどあるのだが、今はまだ知らない。
「そうなると、まともに戦えるのは二人だけってことになるな」
石化の視線以外にも、猛毒の体液対策がないと不味い。そうなると、全身鎧のたっちとモモン、それと
そうなると、やはりたっちとモモンかとブレインが考えていると、たっちが信じられないことを言う。
「あ、私はマジックアイテムはいりませんよ。耐性持ってますので」
その言葉に周りはギョッとする。石化に耐性を持つ生物など聞いたことがない。が、たっちならあるいはと納得してしまう。
ユグドラシル時代に課金して石化対策をしていたのが役にたっていた。当然、モモンもデミウルゴスも耐性を持っているのだが、ただの人間であると思われているので口には出さなかった。
「―――と、なると三人でギガント・バジリスク退治をしましょうか」
ちょうど三匹いるしと、好戦的な笑みを浮かべるデミウルゴスに、たっちはため息をつく。
「言っときますけど、後ろから魔法攻撃しないでくださいよ」
「やだなーそんなことするわけないじゃないですかー」
たっちの釘に目を反らして棒読みするデミウルゴス。ものすごく不安であるが、まあ、モモンもいるから大丈夫だろうと納得する。
「みなさんは岩影に隠れていてください。もしもの為に援護をお願いします」
この三人が倒れたあとになにが出来るというのか?しかし、ブレインは頷いてみせる。もしたっちたちが倒れたとしてもギガントバジリスクも深手を負っているだろう。それぐらいなら対処のしようもある。一匹ぐらいであればあるいはとブレインは対ギガントバジリスク戦をシミュレーションした。
「―――まあ、死んだとしても青の薔薇に頼んで生き返らせてやるよ」
目を開き、ニッと笑って見せたブレインはモモンの鎧をゴツッと叩いた。
「お願いしますね」と笑うモモンはたっちとデミウルゴスとともに歩き出した。
*****
その戦闘をブレイン達が見ることは叶わない。唯一
そのルクルットは最初こそ真剣な表情で気配を探っていたが、戦闘が始まり徐々に肩の力が抜けていった。
「大丈夫そうだなこりゃ」
なにが起こっているのかは判らない。だが、あの三人にとってみれば、ギガントバジリスクなどその辺のトカゲと大差ないのだろうなと、ルクルットは呟いた。
ミスリル程度の堅さの鱗など、たっちにとってはバターを切るようにたやすいことだった。モモンにとっても、まあ、固いカボチャだなと楽観視するぐらいたやすく刃が通る。毒の体液が飛び散り、モモンは慌てて下がるがたっちには返り血の一つも付いていない。
怒り狂ったバジリスクが突進してくるが、たっちは片手であっさりと10メートルはある巨体を止め、持っていた盾で殴打した。それだけでひしゃげた顔になったモンスターは動かなくなる。
自分ではああは行かないなぁとモモンが見とれていれば、相手をしていたバジリスクがジャンプした。よくもまあ、その巨体でここまで飛べるものだとのんきに自分の真上に来たバジリスクを見上げた。
ここで斬り付ければ確実に猛毒を浴びるなぁとぼんやり考えるが、なぜか心配など微塵もわかない。
空にいたバジリスクはすさまじい勢いで横に吹っ飛んだ。その際体液が降り注いだが、モモンに到達するまえに炎がすべてを燃やし尽くしてしまう。
「ありがとうございます、デミウルゴスさん」
「油断は禁物ですよ、モモンさん」
にっこりと笑うデミウルゴスはいくつもの魔法を展開し、バジリスクに集中砲火をしていた。最大でも第三位階の魔法なので、決定的なダメージは与えられないが、絶え間ない魔法攻撃にバジリスクはただジワジワとダメージを受けることしかできないでいた。
そんなバジリスクをニコニコしながら眺めてなにやら数を数えているデミウルゴス。しかし、魔法が途切れると、拗ねたように舌打ちした。
「チェッ、コンボ失敗した。やっぱり鈍ってるな~」
片手をワキワキさせて見下ろす。どうやらコンボを狙っていたようだ。それでもなかなかのコンボ数だったとモモンは思う。
(デミウルゴスさん、
それこそ、アダマンタイトにだって上り詰められるだろうにと、考えながらモモンは大きな口を開けて威嚇するバジリスクに向けて突進した。
*****
「片づきましたね」
キンっと涼やかな音を立ててたっちは剣を納める。返り血の一つも浴びることなく終わらせ、あたりを見渡す。デミウルゴスはともかく、モモンにとっても手こずることは無かったようだ。視線を向けた頃にはバジリスクの頭がまっぷたつに切り裂かれ、地面に沈んだ。
デミウルゴスは遊んでいるのか、ジワジワとダメージを与えながらコンボ数を稼いでいた。それに眉を寄せるが、まあモンスター相手なら別にいいかとため息を吐く。
「モモンさん、大丈夫ですか?」
怪我はないかと駆け寄ると、モモンは大丈夫といいつつ、左足を引きずっていた。
「怪我をされたんですか?!」
「あ、いえ、着地に失敗しまして捻っただけです」
そう愛想笑いをするモモンだが、実際は捻ってすらいない。ただ、モモンとしての戦闘力としては怪我の一つもしてなきゃおかしいだろうと、足を挫いたふりをしたのだ。
(気にし過ぎかもしれないけど、戦闘力に見合わない防御力に怪しまれるかもしれないし)
実際は100levelの
「すぐ回復を」
「いえ!捻っただけですし!回復魔法をかけるほどでは有りませんよ」
たっちの好意を慌てて辞退する。中身アンデッドだから回復魔法ではダメージを受けてしまう。しかし、正体を隠している以上そんなことは言えない。
「ほっといてもすぐ治りますよ」
そう言えば、たっちは「・・・そうですか?」と不満そうにしていたが、それじゃあと腕を伸ばした。
「―――てめぇはなにしてんだ」
バジリスクのHPが0になり、ちょっと満足したデミウルゴスが振り返ると―――、たっちのバカ野郎がやらかしていた。
「えーと?たっちさん、なにをなさっているんですか?」
「モモンさんが足にお怪我をされたので」
肩を貸しています。と言いつついわゆるお姫様だっこをしていた。銀の騎士の腕のなかで漆黒の英雄が居たたまれないと顔を覆って縮こまっていた。
「・・・誰か俺を殺してくれ」
「? モモンさん何かおっしゃいました?」
「いいから降ろしてやれよ」
小刻みに震える声で呟くモモン、無自覚イケメンオーラをたれ流すたっちにブレインは頭が痛そうにしていた。
「・・・・・・いや、そりゃねーよたっちさん。モモンさんを何だと思ってるんだよ」
「大の男にすることではないのである」
「どこまでも善意であることは判るんですが―――」
漆黒の剣もそりゃないわ~と残念な顔を見せる。
たっちはなぜ非難轟々なのか全く判らず小首を傾げていた。
*****
椅子に深く腰掛けながら、ギルド、アインズ・ウール・ゴウン一の軍師、ぷにっと萌えは仲間達が集めた情報を吟味していた。
「―――この、モモンていう冒険者。モモンガさんじゃないかな」
「ふむ、その心は?」
「名前が似ているのと、性格も大体一致している」
同じように情報を吟味していたベルリバーは、顔を上げると態とらしく首を傾げる。
「しかし、彼は戦士職ではなかったと思いますが?」
「あの後戦士職も取っていたという可能性もなくはないですが、この世界のレベルにあわせて態と専門職ではない戦士に偽装していると思えますね」
「たしかに、100levelの魔法職が戦士のまねごとをすれば大体三〇level程度の戦士になりますね」
それにと、ベルリバーは続ける。
「もし、自分一人だけだと思いこんでいれば、仲間を探さずに旅人になっているでしょうしね」
長い付き合いであるギルドマスターの性格を把握している男はため息を吐く。合流した仲間達からの話を統合して、彼は最後までユグドラシルに残っていた可能性が高い。こちら側に飛ばされた条件はいまだに判別できないが、様々なプレイヤーが時代もバラバラに転移していたことが判っている。
「・・・もしかしたら、私たちには会いたくなくて態と姿や名前を偽っている可能性もありますよ」
少し落ち込み気味にぷにっとは呟く。ユグドラシル最後の日に集った人数はあまりにも少なかった。そして最後の会話も短い。―――長年ギルドを守り続けてきたギルマスに対してあんまりな仕打ちである。
それぞれの社会人としての事情があるから仕方がないと、モモンガは笑っていたようだが内心はどうだろうか?自分たちを恨んでも仕方がないとぷにっとは思う。
「だから接触するのを遅らせているんですか」
本当はもっと前から二人は薄々感づいてはいたのだ。しかし、今の今まで言わなかったのは、会いに行って拒絶されることを恐れていたのだ。
呆れたように言ってはいるがベルリバーも似たような気持ちであった。会いに行って、拒絶されるならまだいい。何度でも謝罪をするつもりだ。たとえ許されなくてもいいと思う。だが、自分たちを無い者にされるのが一番きついとベルリバーは考える。
「あなた方は誰ですか?」そういって自分たちの存在ごと抹消されていれば謝罪など何の意味もなさない。自分たちの罪を無かったことにされることで自分たちはこの罪悪感を一生背負い続けなければならないのだ。
「けれど、会いに行かなければならないでしょう?」
頷くぷにっと萌えを見ながらベルリバーは笑う。
そう、断罪の権利はモモンガが持っているのだ。どんな結果が待っていようと、我々はギルドマスターに会いに行かねばならない。
「―――まあ、みんなが揃ってから土下座しに行きますか」
わざとらしいくらい明るくベルリバーは笑った。
*****
「え?カジットとクレマンティーヌがですか?」
ギガントバジリスクを倒し、エ・ランテルに戻ると組合長とガゼフが渋い顔をしてことの次第を教えてくれた。
「・・・ギガント・バジリスクを警戒して、エ・ランテルの戦力を一カ所に集めている隙に、何者かが二人を連れだしたようだ」
ガゼフとニニャの知らせに、エ・ランテルは騒然となり市民は避難し、腕の立つ冒険者は警戒に当たらせていたのだが、いつの間にか二人を拘束していた牢が空っぽになっていた。
それを聞いて顔を見合わせるモモン達はやられたとばかりに頭を抱えた。
「ギガント・バジリスクは囮だったわけですね」
ギガント・バジリスクが三体も固まっているのはおかしいと、ブレインが不思議がっていたが、アレが人為的なら納得である。
「たしかにアレが大量に出現すれば、エ・ランテルもイヤでも警戒が集中するな」
「ズーラーノーンでしょうか?」
「たぶん違いますね。あの二人の記憶を消してもう用はないはずです。あるなら先日のうちに連れ出してますし」
「となると、全くの別口からということか」
ガゼフが苛ただしげに頭をかきむしる。自分がいながらなにをやっているのかと腹が立つ。
(あなたの仕業じゃないでしょうね?)
(ちっげーよ、そんな奴らしらねーし、だいたいバジリスクを使役するスキルなんかもってねーよ)
(―――そうですね)
とっさに疑ってしまったが、彼にそんなことをする理由はない。やり方にしても彼にしてはスマートすぎるし。
「コレばっかりはしょうがねーよガゼフ。あんな怪物が街に来るかもしれないとなったら無駄に戦力は割けなかったんだから」
「―――我々も、あの二人が大人しいからとつい油断してしまいましたからね」
組合長が申し訳なさそうに頭を下げるのを、ガゼフは手を振ってやめさせる。どこまでも責任感が強い男である。
「心当たりは無いだろうか?」
「さて、無いと言うよりはありすぎて困るという方が正解ですね」
ズーラーノーンの被害は広範囲に及ぶ。それこそ、恨みを持っている者はどこにでもいるのだ。ギガントバジリスクが人為的ではなく全くの偶然という線も捨てきれないうちは容疑者が多すぎる。
「二人が脱走した可能性もありますし」
大人しかったとは言え、二人の戦闘力を考えれば騒ぎに乗じて逃げ出すことも可能なのだ。そうなるともうお手上げである。
そうですか・・・と、たっちが落胆したように肩を落とす。探し出すことは不可能だろうと思われた。
「―――で、実際のところは見当がついてんだろ?」
ブレインの声に、三人が振り返る。組合長とガゼフとモモンである。
「おどかさないでくださいよブレインさん」
「たっちに知られたくないってことは・・・帝国とかか?」
「いや、法国じゃないかと思っている」
組合長が硬い表情で答える。以前のクレマンティーヌが法国から宝を盗み出していたという報告を受けていたのだ。
「強力なマジックアイテムで、至宝の一つだったらしい」
「なるほどな。で、その至宝とやらはどこかに隠されてるってわけか?」
「いえ、破壊しました」
あっさりとモモンは経緯を話す。人一人の命がかかっていたのでやむなく破壊した。そのことは組合長にも話していたが、法国を敵に回す恐れがあるので箝口令を強いたのだ。もしあちらに知られた場合は、モモンが責任を取る事になっていたが、いまや国のアダマンタイトの英雄を差し出すなど考えられない。
フムと、ブレインは納得する。なら間違いなく、今回のことは法国の仕業だろう。注意をほかに反らして盗人を奪還し、至宝の在処を吐かせようとしたのだろう―――が、もはや宝は破壊され盗人は記憶を消されて子供になっているのだ。全くの骨折り損だ。
しかし、それが判ったところで国力が弱体化している今、法国に文句など言えるはずもない。戦争にでもなればあっという間に王国は滅び去るだろう。
だからたっちには言わなかったのだろう。
「あいつクソ真面目、いや、バカ真面目だからな。法国に喧嘩売りそうだもんな」
「それならまだいい。国同士の争いにならないように個人で乗り込んでいく可能性がある」
「個人もなにも、あの人が乗り込んだ時点で法国は王国が喧嘩売っていると取るに決まっているでしょう?」
「・・・たっちさんも頑固だからなぁ」
組合長がいるから口には出さないが、たっちが異形種であることも問題である。人間なら、まだ話し合いの余地はあるだろうが、人類至上主義の法国がたっちの話を聞くはずもない。そこから最悪な展開しか思い浮かばない。
「たっちには悪いが、我々だけで対処したい」
法国は大を救うためなら小を切り捨てる主義だ。まっすぐなたっちがそんな国になにも思わないわけもない。そして、法国も異形種のたっちになにもしないとも考えられない。
「今回は実害があったわけではないですからね。穏便に済ませましょう」
エ・ランテルに被害はないし、ズーラーノーンの情報ももはやなにも引き出せない状態だった。イヤミは言われるだろうが何の問題もない。
「まあ、解決後にたっちさんに説明すれば大丈夫ですよ」
納得はしてもらえなくても、理解はしてくれるだろう。法国へはガゼフが何とかすると言うことで、この事件についてはコレで終わりとなった。
*****
はあ、と己の住居に戻ってきてたっちはソファーに体を沈める。何週間ぶりかに鎧を脱いで蟲の姿をさらしていた。
「―――体は疲れていないけど、やっぱり精神は磨耗するな」
用意されていた果実水を飲み、もう一度深いため息を吐いた。
思いがけず、再び再会したウルベルトは以前の事件とは別人だったのではと思うほど、以前の彼だった。いろいろと問いつめたくはあったが、他人がいる手前あまり強くは出られず、悪事を働かないように見張っていたがそれほど性格は変質していないようだった。
ただ、人を同じ生き物とは見れないのだと、ポロリとこぼしていた。それに関しては実はたっちも同じである。しかし、か弱い者を守るのは自分の役目であると思っていた。
それは警察官だったからなのか、人間でいたいとすがりついているだけなのか・・・それは判らない。ただ、自分の信念は貫きたいと思っている。
「連絡先は聞いたけど・・・」
けれどウルベルトと文通をしたいとは思わない。何というか、手紙でも喧嘩をすると判っているので羊皮紙を前にしても筆が重い。これがメールなら一行二行でも済むのだが、真っ白な羊皮紙にただ一言だけというのは―――。モモンに対してだったらいくらでも言葉が出てくるのだが。
「・・・説教の言葉だったらいくらでも出るけど、さすがにそれは喧嘩を売っているよな」
聞きたいことはいくらでもある。けれど、喧嘩腰にならない自信が全くない。どうしたものかと悩んでいると、書斎をノックする音を拾った。
「どうぞ」
そう許可をすれば、ローブを纏ったアンデッドが書斎に入室した。
「主、王宮からの依頼がいくつか来ています。早急に目を通していただけますか」
そういって、紙の束をディスクの上に置く。
彼の名はデイバーノック、元八本指六腕の一人であったアンデッドである。彼を含めた六腕をたっちがボコボコにして捕まえたのだが、エルダーリッチの彼だけはたっちが引き取ったのだ。
何というか、友人の姿がチラツいたのだ。他の六腕はともかくアンデッドのデイバーノックは処分される事が決まっていたが、たっちが彼を更正すると宣言したのだ。
当然誰もが反対したのだが、ガゼフだけはなぜか賛成してくれた。・・・そういえば、彼の友人にアンデッドがいるらしい。一度会ってみたいものだ。
ともかく、王国最強の二人のごり押しによりデイバーノックは晴れてたっちの奴隷となった。・・・言い方は悪いがモンスターを手元に置くのだ。周りの安心のためにも管理出来ていると見せないとだめらしい。
彼は最初すさまじく抵抗した。というよりたっちにおびえていて死すら選ぼうとしたのだが、たっちの説得(物理)により何とか落ち着き従うことを選んだ。
まあ、神聖系の聖騎士にアンデッドがおびえるのも無理はないのかもしれない。あっちではオーバーロードに懐かれていたので全く考えもしなかった。
そんなデイバーノックは思っていたよりも有能だった。人間不信の使用人達の代わりに王宮からの使者や来客の対応をしたり(当然幻術で人間に化けている)たっちの秘書的仕事をしたり、人化に時間制限のあるたっちに幻惑をかけて見た目だけ人にしたりと大活躍である。
文字の読み書きも出来る事もたっちには助かった。引き取ってよかったと笑いかけるが、当の本人には脅えられる。そろそろ心を開いてもらってもいいと思うのだが―――。
「留守中変わったことは無かったか?」
「・・・まあ、王が街の整備に取りかかったことぐらいですかね」
戻る途中であちこちで工事が始まっていたことを思い出す。古くさいと感じる町並みを綺麗にするらしいが、・・・デザインが厨二臭い。何で悪魔像とか建てるんだろう?さすがのガゼフも顔がひきつっていた。
しかし一部では好評らしい。ラキュースが気に入っているとガガーランが教えてくれた。―――薄々そんな気はしていた。
「そうか、まあ、街が綺麗になることはいいことだ」
そう頷いたたっちは、デイバーノックに書類を読み上げさせた。
*****
城に戻るとバルブロ王子が帰還したことを知らされた。手柄を上げての帰還に王に化けたウルベルトは諸手を上げて歓迎した。
たっち達のバジリスク退治の件はすでに耳に入っているらしく悔しげではあるが、あんな化け物と比べる必要はないと慰める。実際あんな完璧超人と比べられる辛さはよくわかるとバルブロに同情する。
「おまえが努力していることを私はよく知っている。他の者の評価など気にするな、無知な者達の言葉などただの雑音でしかない」
レベルで見れば弱い部類であるが、王族の中で努力しているのは何度も見ているし、他の兄弟にコンプレックスを感じていることもよくわかった。
判官贔屓という言葉があるがまさにそんな気持ちがバルブロに沸く。つまりは同情である。ちょっと優しくしてやりたくなる。
「たしかに政治も大事だろうが、時には力を見せつけることも必要だ。勇ましい王子の姿に兵も勇気づけられることだろう。おまえはおまえのまま突き進むといい」
その言葉に目を見開いたバルブロは、慌てて頭を垂れて感謝の言葉を紡いだがほんの少し震えているのがわかった。この王子の周りの評価は散々だったからな。認められたのがうれしいようだ。
―――しかし、親子なのに改まった場所でしか話せないってのも何だかなぁ・・・、よし、家族団らんの席でも設けるか。
などと、家庭に夢を見ているウルベルトは考えているが、バルブロ以外の子供に正体がばれていることをすっかり忘れていた。
野営をすることになったある一幕。
「さて食事をしましょうか」
「あれ?モモンさんの分は?」
「ああ、彼猫舌なんですよ」
「猫w舌ww」
「意外と軟弱だなおまえ」
「私は冷めるまで待ちますのでどうぞみなさんはお先に食べてください」
「じゃ、たっちさんはこれな」
「くwwさwwっ!!」
「すいませんルクルットさん、何で私は野草なんですか」
「だってたっちさん蟲じゃん」
「たwしwかwにwww」
「笑いすぎだ、普通に食べられますからこれはデミウルゴスさんに渡してください」
「ちょっと待てや、なんで俺に草食わせようとしてんだコラ」
「あなた好物じゃないですか」
「山羊と一緒にするなっていってんだろうがっ!!」
「お二人とも落ち着いて!」
「・・・ルクルットのせいですよ」
「軽い冗談だったんだけどなぁ」
ペテルの鉄拳が落ちた。
*****