オーバーロード 骨の親子の旅路 作:エクレア・エクレール・エイクレアー
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シリアスさん「長い一ターンだったな!
ほのぼのさん「え~?決闘前に罠仕掛けるなんてひどくな~い?」
シリアスさん「うるせえ!既定路線のご都合主義だ!あとガゼフとニグンは出さないわけにはいかないだろうが!」
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その日、またエンリたちの日常は変化した。
あの家を見つけては毎日のようにあの家へ行っていた。モモンとパンドラがする話は面白く、知らないことばかりだったことと、やはり美味しいご飯というのはとても魅力的だった。
それに一日では伝えきれないこともあったし、十三英雄の話は本にもなっているのでその本を持っていったりもした。それと空を飛ぶのも、あの二人がいない場所だと不安なのであの二人の近くで飛ぶことにしていた。
そんな、甘い変化とは別に今朝は唐突に変化する。
エンリはいつも通りに井戸へ水を汲みに行った。日によっては近くの川へ洗濯をしに行くのだが、今日は井戸に行く日だった。
水を汲んで家に帰ろうとした時、突如として悲鳴と金属音が聞こえた。それは誰かが襲われている音。誰かが着込んだ甲冑が擦れる音。馬から降りた際に軋んだ鎧の音。
村は、騎士たちに襲われていた。学のないエンリでもその騎士たちがつけている紋章が王国と毎年争っているバハルス帝国のものだとわかった。理由はわからないが、帝国に攻め入れられたということは理解した。
(お父さん、お母さん、ネム!)
組み上げた水が入った桶なんて投げ捨てて、一目散に家へ向かう。家には全員揃っていて、エンリと入れ違いになることを避けて家の中に引きこもっていたらしい。
合流してすぐ逃げ出そうとしたが、家の近くにまで騎士たちが迫っていた。エンリの父がその身体を盾として庇ってくれたが、あまりの多勢に無勢で母も切られてしまった。
なんとかエンリとネムだけは逃げきれて、森の中へ進む。トブの大森林へ入れば視界の悪さもあるが、土地勘のない相手ならやり過ごせると思ったからだ。
「お姉ちゃん!モモン様の所に行こう!モモン様なら助けてくれるよ!」
「……ダメよ!あの方は村の住人でも、王国の民でもないわ!こんな国同士の争いに、人間同士の争いに巻き込んだらダメ!」
あんな理性的で優しい方を戦争に巻き込むだなんてダメだ。たとえ元が人間でも、貴重なマジックアイテムを平然とくれる相手でも、アンデッドであるモモンが参戦したとなれば帝国にこれ以上ない理由を与えることになる。
人類の平和のために、アンデッドを飼いならす王国は滅ぼすべし。そう考えられてもおかしくはない。
最も、エンリはそこまで考えが及んでいるわけではない。
ただ、妹と一緒に食事をしている姿が子どものように無邪気だったから。
話を聞いているだけなのに、未知のことを知れて嬉しがる好奇心旺盛な人だったから。
昔話を聞かせてくれた時に、とても哀愁漂う寂しそうな瞳をしていたから。その想い出が、なによりも大事そうだったから。
そんな捨てられた子どものような人に、たとえ絶大な力を持っていようと助けなんて求められなかったから。
それに、森の奥深くにまで入れば、さすがに見逃してくれると考えていた。トブの大森林はかなり広い。それに迷ってしまえば餓死する可能性もあり、奥に行けばモンスターも群雄闊歩している。
そんな場所へ口封じのために追いかけてくるとは思えなかったからだ。
だが、森のまだ浅部で帝国の騎士に追いつかれてしまった。
「悪ぃな嬢ちゃん。目撃者は全員殺せって命令なんだ。森に逃げようが追いかけなきゃいけねーわけよ。職業軍人っていうのは上の命令は絶対なんでな」
二人の騎士が下衆な笑みを浮かべながら剣を向けてくる。その剣にはおそらく村人の血がべっとりとこびりついていた。それだけで村娘である自分の力と、相手の軍人としての力量差を理解してしまった。
だが、剣を向けられたことでネムは足を震わせて動けそうにない。かといってまた手を引いて逃げるのも難しい。
「ネム!あの家まで逃げなさい!飛んでいくの、良いわね!?」
選択肢としてネムだけを逃がすことだった。もうすぐで大人の仲間入りをする年齢の自分は口封じで殺されるとしても、幼子くらいは見逃してくれるだろうと。
だが、目の前の帝国の騎士たちはそうはいかないらしい。
「飛んでぇ?そんなちびっこが第三位階の使い手なわけないだろ?夢は寝て見な。ま、永遠の眠りだけどな!」
振るわれた剣をエンリはかろうじて避ける。ギリギリだった。その勢いのまま妹を茂みの中へ突き飛ばして、魔法で飛んで逃げてくれと思ったが、恐怖というのは身体を強張らせる悪夢のようだった。
あの剣は父親を切った物と変わらない。アレの前では大人も子供も関係なく殺されてしまう。それは子どもの精神にはだいぶクルものがあった。
いつもは活発でお転婆とも言えるネムでも、こんな非常時では何もできないただの子どもだった。
エンリは遊んでいるような、いたぶろうとしている剣ならなんとか見切れた。どうにか三回避けた時に、大きな隙を見つけた。
「舐めるなぁ!」
「グプッ!?」
どこも鍛えられていない、ただの村娘の拳。とはいえ、防具もつけていない首の部分にクリーンヒットすれば大の大人でも吹っ飛ぶ。首は急所でもあり、そこを切り落とされれば生き物は死ぬし、首の骨は人体的に本当に重要だからだ。
だが、そこはやはり村娘。一撃で首の骨を折るまではいかなかったようだ。
「やりやがったな……!オイ、やっちまえ!」
「大の字でぶっ倒れてるやつに命令されてもなあ……。ま、ガキから殺せばいいだろ」
もう一人の騎士は草むらへ隠れたネムへと近付く。エンリとネムの距離は離れていて、しかもネムは動けない。
だが、その距離を埋める手段がエンリの胸元にはあった。
「ネム!飛行!」
「げぇ!?マジで第三位階を!」
「バカな!グェェ!」
飛行により速度のついた拳はヘルムを凹ましながら騎士を吹っ飛ばした。その代償として右手は筋を痛めたのかもう拳を握ることもできず、血管が切れたのか血まみれだった。
そして、一人ずつ殴り飛ばしたために当分起き上がってこないだろうと思っていた。今ならネムを連れて無事な左手で手を引いて逃げられるだろうと。頼りたくはなかったけど、あの家へ向かおうと。
エンリが左手をネムに伸ばすと、ネムの瞳が大きく揺らいだ。
「お姉ちゃん!後ろ!」
「えっ?」
ネムが伸ばしていた手を思いっ切り引っ張る。だが、最初に殴り飛ばした騎士の剣はエンリの背中を斬り裂いた。ネムが引っ張っていなかったら心臓に剣が届いていたかもしれない。
エンリは背中が熱いなあ、と思いながらネムの方へ倒れ込んだ。
「まったく、手こずらせやがって……。イッテェ。首を痛めつけられたんだから、その代償は身体で払ってもらわねえとなあ?今まで襲ってきた村の若い奴はベリュース隊長に根こそぎ持っていかれたからな……。ヒヒヒ、楽しみだぜぇ」
「お姉ちゃん!お姉ちゃん!!」
エンリの腕の中で叫んでいるネムの声も、意識が朦朧として耳に入ってこなかった。その右手には偶然、首からかけていたドングリの意匠に触れていた。
だが、今の状態でエンリにできることはなかった。近寄ってくる騎士を撃退することも、泣きじゃくる妹を逃がすことも。
ただ一つだけ、弱音を吐くことだけはできた。
(モモン様……。妹だけは、助けてください……)
それは声に出ていた願いかどうかはわからない。ただその場にいたネムだけは気付くことができた。ネムの頭の中にその言葉が響いて、ドングリのネックレスが薄緑の光を発していたことを。
その直後、ネムの頭にとある人の叫びが届いたことを。
ネムたちの背後から騎士と相対するように暗闇が現れて、その中から二人分の人影が出てきたことを。
次の瞬間には、騎士が二人とも息をしていなかった。
シリアスももちろんやるよ?